戦国時代。
幕府の権力は衰退し、貴賤を問わず力ある者が己の欲望を叶えるために戦いあう時代。
その中に、日本の歴史上、最も強欲であったと言われる人間がいた。
その名は、織田信長。
様々な改革を成し遂げた信長であったが、腹心の部下、明智光秀によって本能寺にて討たれた。
彼にとって不幸であったのは誰一人として彼が、第六天魔王と呼ばれてまで追い求めた野望……当人にとっては心躍る夢を正確に理解できていた者が存在しなかったことであろう。
もし、彼に親友と呼ぶべき人物がいたら……、彼を心無き魔王にさせまいと足掻く人間がたった一人でもいたら……。
今の世界はどうなっていただろうか?
ガンガンヴァーサスDスペシャル――織田信奈の欲望――
第1話「信奈とサルと通りすがり」
その草むらで少年は目覚めた。
忍装束に身を包んだ少年は体を起こすとあたりを見回して首をかしげた。
「……? ここはどこだ? 俺、何でこんなところで寝てるんだ?」
が、ボケッとしてる暇は無かった。
轟く馬蹄の音!
唸る鉄砲の轟音!
そして、長槍を構えてこちらに向かってくる足軽たち!!
「よく出来た映画の撮影…………な訳ねーだろ!!」
次々突き出されてくる槍の穂先を避けながら、ある時は槍を逆につかんで足軽を投げ倒し、ある時は槍を奪って逆に追い払う。
長い旅の中で彼自身も鍛えられていたのだ。
それを繰り返し、どうにかこうにか林の中に逃げ込んだ。
「やれやれ。これで落ち着いて現状把握できる。まず……」
Q.俺は何者だ?
A.七梨太助、中学生、とある理由で家族+αと旅を続けている。
Q.ここはどこだ?
A.戦国時代っぽい世界のようだがよく解らない。
「だいたい家じゃなく、なんで戦場のど真ん中に寝ていたんだろうか……。ん? 声?」
声が聞こえてきた方に進んでみると、そこには足軽ともう一人の男が会話をしていた。
もしや、密談か? そう思ってこっそり聞いていたが……。
「……男としてこの世に生を受け、一国一城を望まぬ生き方などわしにはできんみゃあ! だってお城の主となれば、女の子にモテモテだみゃあ!」
「その通りだ! おっさん、気が合うな!」
「わしもそう思うみゃあ! おぬし、わしに匹敵する女好きだにゃ?」
「ああ! リアル彼女はいないが、脳内だけはいつもハーレムだぜ!」
スケベな馬鹿二人の会話だった。
「聞いて損したぜ……。でも、あっちの足軽はともかくもう一人の人が着てるのは、学生服だよな……。誰なんだあの人?」
太助がそう考えている間に、スケベ野郎二人は手を取り合うと、歩き出した。
「なんだか解らないけど……場違いなあの人がこの世界の重要人物、という気がする。
俺の役割も分からないし……今はあの人たちについていくか」
そう考えて太助は、二人の後を追いかけ始めた。
だが、林を抜けて街道へ出た瞬間、足軽がいきなりうずくまった。
学生服の人が道の脇に足軽を寝かせたところからして、ただ事ではないのだろう。
「どうしたんですか!?」
声をかけると、学生服は真っ青な顔で振り返る。
「おっさんが……おっさんが撃たれちまった!!」
「……流れ弾か」
「……誰じゃ? いや、誰でもいい。頼む、わしの相方と共に坊主を助けてやってくれぬか……。
坊主よ、わしらの夢、お主が果たしてくれい」
既に心の臓が止まろうとしているのだろう。足軽の瞼がゆっくりと閉じていく。
「そ、そうだ。おっさんの名は? 俺が出世したら、おっさんのでっかい墓を建ててやるからさ!」
「……わしの名は……木下……藤吉郎……」
「えっ? ええええええッ!!?」
学生服だけではなく、太助も驚いた。
木下藤吉郎と言えば後の豊臣秀吉。
織田信長に仕え、一介の草履取りから関白に上り詰め、日本史上最大の出世を果たした人物。
歴史に名を残す、正真正銘の『英雄』である。
言われてみれば、小柄でサル似の顔――確かに秀吉の特徴がある。
その秀吉が……織田家に仕えることもなく、『木下藤吉郎』のまま死ぬ?
「おっさん、死ぬな! あんたが死んだら日本の歴史は滅茶苦茶になっちまう! あんたが織田信長に仕えなければ、この先――」
「……信長とはだれじゃ……? 尾張の殿様の名は……のぶ……な……」
こときれた。
『豊臣秀吉』になるはずだった男が、あまりにもあっけなく死んだ。
「ど……どういうことだよ? 何が起きてるんだよッ?」
口には出さなかったが、太助もそう言いたかった。
これこそが自分の存在で始まったこの世界の『破壊』なのか?
「そうか。木下氏が死んだか……南無阿弥陀仏、でござる」
背後で少女の声が響いた。二人が振り返ると、そこに立っていたのは鎖帷子と忍者服の全身黒の少女忍者。
「拙者の名は、蜂須賀五右衛門でござる。これより木下氏に代わり、ご主君におちゅかえするといたちゅ」
口調も忍びらしかったが、最後はかみかみだった。
「や、失敬。拙者、長台詞が苦手ゆえ」
「藤吉郎さんの友達か?」
「相方にござる。木下氏が幹となり、忍びの拙者はその影に控える宿り木となって力を合わちぇ、共に出世を果たちょう、そう言う約束でごじゃった」
「だいたいわかった。三十文字程度が限界なんだな」
「う、うるさい! ご主君、名をなんと申す?」
「相良良晴」
「一応言っておくと、七梨太助」
「では拙者、ただいまより郎党『川並衆』を率いて相良氏にお仕え致す」
「そりゃいいけど、俺は文無しの家無しだから給料は払えないぜ?」
「織田家に仕官すればいいでござるよ。あそこは給料の支払いがいい」
「できるのか? おっさんならともかく、俺はこっちの世界じゃあ完全に身元不詳だからなぁ」
「それはそうと相良氏、髪の毛を一本頂く」
五右衛門は、ぷつっと義晴の頭から髪を引き抜くと、胸元から取り出してきた藁人形の中にその髪を詰め込み始めた。
「な、なんだそりゃ? まさか俺を呪うのか?」
「我が宿主になっていただく契約でござる」
「奇妙なやり方だなあ。ハンコつかせりゃいいのに」
「相良氏には、我が幹としてぜひとも出世していただく。それがきのちた氏とのやくちょくであろう?」
「ああ、それがおっさんとの約束だ――わかった、織田家に仕官してみせる!」
確かに藤吉郎の読みは鋭かった。
尾張の小大名に過ぎなかった織田家は、信長という稀代の英雄によって天下に王手をかける。
だが、『木下藤吉郎』という因子を欠いたこの世界の織田家の未来がどうなるか、もう誰にも解らない。
その死がこの世界の『必然』だったのか、それとも『破壊』なのか解らないが、立ち会ってしまった以上見て見ぬふりが出来るほど太助は薄情ではないつもりだった。
第一、良晴に協力してくれと、藤吉郎からも頼まれてしまったのだ。ならば。
「相良さん。俺にも手伝わせてくれませんか?」
「ん? そういや名前聞いてなかったな、あんた」
「一応さっき言ったんですけど……俺、七梨太助っていいます」
「うむ、木下氏もそう言っておられた。七梨氏、今後ともよろしくお願いするでごじゃる」
「やっぱり三十文字程度が限界なんだ、五右衛門さん」
「…………相良氏、合戦はまだ続いている。織田家の旗竿を持って槍働きをするがよい」
太助の言葉はスルーして五右衛門は義晴にアドバイスを送る。
「ああ、槍なんて使ったことねーけどな、やってみっか!」
「ふふん。木下氏が見込んだだけのことはある。若いのになかなかの御仁だ」
「ただのバカかもしれねーぞ?」
「ふふ。同じことよ」
そう言うと五右衛門は姿を消した。
「じゃあ、行こうぜ、太助」
「あ、ちょっと待ってください。行く前に……」
そう言うと太助は良晴に手を差し出す。
「俺達も、互いに契約を交わしておきましょう」
「……ああ、そうだな!」
力強く太助の手を握り返す良晴。
次に手を打ち合わせるような形に組み直し、握り拳を正面と上下から打ち合わせる。
「これは……?」
「友情の印です。藤吉郎さんの願いだけじゃなく、ダチとして夢の手助けをさせてもらいます!」
「へへっ。わかった! よろしく頼むぜ、太助!」
歩き出す太助と良晴。
最後に、良晴は後ろを振り返る。
「おっさん。あんたの夢、俺が継いだ! これは弔い合戦だぜ!」
藤吉郎の武具を貰い受けた良晴は、自分を奮い立たせ、太助と共に戦の場へと舞い戻って行った。
戦場では、一進一退の攻防が繰り広げられていた。
織田軍の旗竿を背中に立てた良晴は、今川軍の足軽隊の中へと突撃すると、生まれて初めて握った長槍を振り回した。
だが、いくら藤吉郎を殺した敵とはいえ、憎しみの無い相手。なにより相手の足軽たちの顔が、まつげや口元のしわまではっきりわかる。
ゲームの画面とは全然違うリアルさが、相手が本当に生きている人間なのだという事実を突き付けてくる。
(間違いない。俺は戦国時代にきちまったんだ! でも、どうして――)
「良晴さん!」
思考に沈みかけた良晴に、太助が声を投げかける。
「ここは戦場、今は生き延びることだけ考えましょう! 受け継いだ夢と命があるのなら!」
そうだ、その通りだ! そんなことは生き延びてから考えろ、相良良晴!
「うらあああああああ!!」
とはいっても所詮素人。
滅多矢鱈に槍を振り回して、敵を近づけないようにするのが精一杯だった。
敵も足軽とはいえそれなりに甲冑で武装しており、素人の良晴には討ち取ることはできそうにない。
繰り出される槍や刀は「球よけのヨシ」と言われたテクニックをいかしてひらりひらりと避けて逃げる。
ふと、太助を見れば、向こうは刀を拾って戦っていた。
攻撃はいわゆる峰打ちだが、振り回し方、避け方も堂に入っていて素人とは思えない。
小一時間、草原での押し合いは続いた。
良晴は我が身を守るのが精一杯、太助は敵を追い払うのに集中していたためお互い敵を討ち果たすこともできなかったし、殺すつもりもなかったが、戦況は織田軍有利になっていた。
「皆の者! あと一押しだ! 勇気を奮い起こせぇい!!」
軍馬に乗った鎧武者が、前線に押し出てきて叫び声を上げ始めた。
敵前線を一気に崩す好機と見て、騎馬隊の突撃が始まったのだ。
「足軽共! 誰か本陣へ戻り、ご主君をお守りせよ!」
が、足軽たちはここぞとばかりに首を一つでも多く上げることに夢中で誰も本陣へ引き返さない。
俺は敵の首を取るなんて嫌だし、戦の方は織田軍の勝利で決まりそうだし―――よし!
(本陣へ向かおう!)
太助が付いてくるのを横目で見ながら、良晴は槍を構えて織田軍の本陣へとはせ参じる。
かなりの乱戦だったとみえて、すでに大将を守る近衛兵たちも前線へ出てしまっており、本陣はがら空きだった。
ところが、である。
そこに、いずこからともなく急襲してきた今川方の決死隊が切り込みをかけていた。
(待て待て待てぇぇ!? 藤吉郎のおっさんに続いて織田信長まで死んじまったら、日本の歴史はもう修正不可能だ!)
秀吉は最終的には天下を盗るのだが、それは主君の織田信長が天下統一に王手をかけてくれたから。この二人がどちらも倒れれば、秀吉の天下を後から奪った徳川家康(このころはまだ松平元康だが)も日本を統一できないだろう。家康は、ぶっちゃけこの二人から天下を横取りしたようなものだからだ。
誰も乱世を統一できない。そうなったら未来の日本はどうなるのかさっぱりわからないが、良晴は一戦国ゲームファンとして、それだけはイヤだった。
何より、自分が本物の戦国時代にいるのだという興奮が、良晴の血をたぎらせていた。
織田信長らしき大将が今川決死隊に四方八方から取り囲まれているところへ、良晴はややへっぴり腰で、太助は堂々と突進する。
大将の兜へと飛んできた槍を、良晴は自分の槍で叩き落とす!
(すげえ! 織田信長の命をこの俺が守った!? まさに、その時歴史が動いた!)
「良晴さん、感動するのは後後」
太助に肩を叩かれて、いまだに敵に囲まれたままだったことを思い出す。大将と顔を合わせている暇はない。大将を守らねば、仕官もくそもない!
「織田家に仕官するため、素浪人・相良良晴、ここに推参!」
「同じく七梨太助! 故あって相良良晴に協力させてもらう!」
「新手か!」
「たった二人だ! 先にやってしまえ!」
壁となった二人を除こうと、今川兵が二人に仕掛けてくる。
良晴は焦った。本陣は狭い上に、敵の数が多すぎるからだ。
これ以上接近されたら刃を避けきれなくなる。良晴の回避能力はドッジボールで鍛えられたので飛んでくるものや、ある程度離れた所からの攻撃をかわすのは上手いが、近付かれると駄目なのだ。
「近寄るなあああ!! 近寄ったら命はねえぞおおおお!!」
良晴はうおりゃああああと叫びながらとにかく出鱈目に槍を振り回す。
だが、
「忍びの方はともかく足軽の方は素人だぞ!」
「よし、四方から囲んで一斉に突くぞ!」
流石にバレた。
その時、破裂音を立てながら、足元で煙幕が広がった。
(五右衛門さんか、この煙なら――!)
良晴が事態を把握しようとしているうちに――
『HERO RIDE DECADE』
妙な音声に引き続き人の悲鳴らしきものがあがり、煙が風に流れると今川の兵士たちが全員、太助と良晴の足元に突っ伏していた。
(これは、五右衛門と太助がやったのか)
彼我の腕の差が無ければ自分を殺そうとする相手を、殺すのではなく失神させるのは難しい。
(ってことはあの子供忍者も太助も、実はすごく強いのか?)
でも、さっき電子音声みたいなものが聞こえたような――?
「ご主君、戦は味方の大勝利です! ご無事でしたか!」
背後から馬が駆けてくる蹄の音。勝利の報告に来たのはさっき騎馬隊を率いて突撃していた武将だった。
太助は先ほどちらっとしか見ていなかったが、意志の強そうな眉と瞳が綺麗で写真写りがよさそうだった。
と観察していると、鎧の胸の部分のふくらみが妙に大きい。
(女の子なのか……? シャオよりスタイルいいかもしれないな)
そう思っていると、馬上の彼女が「きゃあ」と悲鳴をあげていた。
しまった、ジロジロ見過ぎたか。と思ったが、彼女が文句を言ったのは太助ではなかった。
「な、何だ貴様は!? あ、足軽の分際であたしのむ……胸をジロジロと!!?」
「あっ、ごめん! こんな巨乳な女の子、リアルでは生まれて初めて見たのでつい……」
(いや、良晴さん。セクハラ発言かましてどーすんの)
たちまち女の子武将は勝気そうなめじりに、恥辱の涙を浮かべて、抜刀した。
顔が赤いのは恥ずかしいのか、それとも怒りか。多分両方だろう。
「ぶ、無礼者! 手打ちにしてやるっ!」
良晴が思わず倒れ込んで逃げ出そうとし、太助が仲裁に入ろうとしたその時だった。
椅子に座り無言のままだった大将が口を開いたのだ。
「やめなさい六! そいつは一応わたしの命を救ったんだから、褒美を挙げなきゃ」
「なんと、それはまことですか?」
「ええ。槍で刺されそうになったところを助けてもらったわ。それに、わたしにもよく見えなかったけど、そいつ妙な術を使って今川勢をまとめて倒したわ」
「……そ、そうでしたか。ぎょ、御意」
そう。この本陣には織田の大将がいたのだ。
危なかったが守り抜けた。
「信長様! ぜひこの俺を足軽として雇ってくれ!
ドカッ!
良晴への返答は容赦のない蹴りだった。
「ごふっ?! なにすんだいきなりッ!」
「はあ? 誰よ、信長って? 私の名前は、織田信奈よ。の・ぶ・な」
「ええええっ?!」
「何よあんたは? これから自分で使えようとしている大将の名前を間違えるなんて、あんた馬鹿じゃないの?」
太助は良晴の顔を踏みつけている、大将の姿を観察していた。
茶色がかった髪を出鱈目な茶筅に結い、甲冑をつけず、湯帷子を片袖脱ぎにし、太刀と脇差はわら縄で巻き、腰には火打ち部句を賭ヒョウタン、そして袴の上には腰巻代わりの虎の皮。
左肩に鷹を止め、右肩に鉄砲――まだ種子島と呼ばれている頃か――を担いだ、現代で言えば不良、この時代で言えば傾奇者、よく言えば独創的な衣装。
まぎれもない「尾張のうつけもの」織田信長の若き日の装いであった。
だが、違うところがある。
一つは名前。もう一つは――少女であること。
顔についた煤を洗い落とし、きちんと着飾ればかなりの美人になるだろう。
ただ、爛々と生命力にあふれ「可愛さ」と「かっこよさ」を両立させた輝きを放つその瞳は、まぎれもなく太助が旅の中で出会ってきた「ヒーロー」達と同じだった。
つまり、ここはまぎれもなく彼女の世界――
「『織田信奈の世界』か」
「すっかり遅れてしまったわね。ほらサル、池の水をくみ上げなさい」
「はぁ?」
あれから良晴は信奈に引き回されて、池の畔に突っ伏していた。
太助はあの騎馬武者――なんと彼女は柴田勝家だそうだ――と一緒に集まってくる村人を信奈に近づけさせないようにしながら二人の会話に耳を傾けている。
ちなみになぜ良晴がサル呼ばわりされているかというと――。
一つ、信奈に口の中に種子島を突っ込まされたまま自己紹介したので、『さがらよしはる』の内最初の最後しかまともに発音できなかったから。
二つ、見たこともない妙な服を着てるし、槍を振り回すだけで今川兵をなぎ倒した→こんな妙な存在自分と同じ人間とは考えられない→自分は神も仏も怪異も信じない→よって良晴は人間以下の存在である! という結論をだしたから。
そして三つ、見た目だけは人間の雄っぽいし、キーキーと言葉らしきものを口走っているから、獣と人間の中間、即ちサルである! ということになったのだ。
よって良晴は足軽兼信奈の飼いザルとして信奈に飼われることになったのである。
もちろん良晴は、俺は人間だー! と文句を言ったが、全然聞き入れてもらえなかった。というか、そうやってキーキー喚いて信奈に文句をつけるその姿は、太助から見てもサルに見えるくらいやかましかった。
「そういえば勝家殿。信奈様はここに来る前、男手が必要とか言っていましたが、良……サルさんに何をさせるつもりなんですか?」
「ああ、この『おじゃが池』には、龍神が棲み着いているって噂があってな。これまで村人たちが人柱として乙女を沈めたりしてきたんだが……。ちなみに、この娘が今年の人柱だ」
そう言う勝家の隣には和服の少女が青白い顔をして震えている。
「だいたいわかりました。池の水を全て汲み出して、龍神なんて棲んでいない。お前たちの気の迷いが生み出した幻だって教えてやろうってことですね」
良晴さん張り切ってるだろうな、と思いながら池の方を見てみると、良晴は柄杓一本で凄い勢いで池の水を汲み出していた。
大方、ご褒美として生贄の少女を紹介してもらい、俺の彼女になってもらう! などと考えたのだろうが、もう少し頭を使うということができない物だろうか?
「このままじゃ何時間かかるか分かったものじゃない、ちょっと手助けしなくちゃな」
池の傍には川があるはず、と探しに来たところ近くに川があった。
とそこで五右衛門が何か作業をしていた。
「む、七梨氏。どうなされた?」
「良晴さんが凄い馬鹿なことをやってるんで、ちょっと手伝おうかと。五右衛門さんは?」
「拙者も流石に退屈してきたので、ところで七梨氏」
「何ですか?」
「あの時今川兵を蹴散らした姿。あれは何でござる?」
やはり、見ていたか。
「まあ、俺のとっておきというところです。良晴さんには黙っていてください」
「何故でござるか?」
「俺はいつか良晴さんのもとを去らなければなりません。良晴さんには俺が居なくなっても頑張ってもらわなければならない。だから、『困ったときには太助がなんとかしてくれる』と思われては困るんです」
「……そういうことでござるか。ならば拙者から言うことは何もないでござる」
それから何時間が立ったことか。
五右衛門と太助が水遁の術と土遁の術でこっそり手助けして、水の一部を川に流したとはいえ、大半の水は良晴が自分の腕一本でかき出していた。
その美少女への執念、恐るべし。
「すっごいわね、あんた……まさか柄杓一本でここまでやるなんて……」
信奈も思わず感心するほどの働きっぷりであった。
そして一滴残らず水がかき出されたおじゃが池の底には、龍神など存在せず、ただ大きな鯉が一匹ぴちぴちと跳ねているだけだった。
「みんな見たかしら? この鯉があんた達が拝んでいたモノの正体よ! 龍神なんていなかったんだから、人柱なんて下らない儀式は今後永久に禁止! 逆らう者は死罪よ!」
村人たちは口々に驚きと納得の言葉を口にしながらそれぞれの家へと帰って行った。
で、執念と気合いだけで見事この試練を達成してのけた良晴はというと。
「ぜえ……ぜえ……ぜえ……あ、あの子を、紹介して……」
「もう帰りましたよ。婚約者と祝言を挙げるそうです」
「……えっ……!?」
「信奈様にとても感謝していました。信奈様も満更じゃなかったみたいで、いい笑顔をしてました」
太助が何かを言っていたが良晴はもう聞いていなかった
ていうか、死んでいた。
ばったりと地に伏せて声もなく泣いた。
「大丈夫ですか? 今回の褒美として、信奈様が足軽に取り立ててくれるそうですよ。野望の第一歩ですよ。良晴さん? 良サルさん、聞いてますか? ……聞いてないな」
後頭部を踏みつけられても反応なし。
ショックと疲労でもはや声を上げる元気すら残っていないようだ。
「やれやれ、婚約者がいるんなら最初から言えよチキショー! とでも文句を言ってるんだろうな。心の中では」
と、的確に良晴の心を当てて隠し持っていたトイカメラをぱしゃり。
この世界最初の一枚は、「信奈の飼いザル」の情けない顔となったのだった。
管理人感想
ダークレザードさんからいただきました!
ギャーッ! 『信奈』ネタ先にやられたーっ!……と頭を抱えるのはこのくらいにして。
懐かしの『ガンガンヴァーサスD』で太助がやってきたのは『信奈の世界』。
変身はどさくさ紛れで終わらせてしまいましたが、まぁ、この時代の文化レベルから考えて普通に妖怪変化扱いされかねませんし、妥当な判断ですね。
ともあれ太助も信奈の元に仕官することに……さて、何人“墜とす”かな?(マテ