織田信奈の治める尾張は貿易で潤っているが、兵の質は低く、東は今川、北は斎藤と強敵に囲まれている。
特に今川義元は明確に上洛の意思を見せている。
だが、織田家は「大うつけ」信奈に従わぬ者達が存在していて外敵と戦える状態ではない。
そこで信奈が選んだのが、美濃の国主、斉藤道三との同盟である。

「以上、貴方が柄杓で池の水をかき出している間に勝家さんから聞き出した織田家のだいたいでした。
 わかりましたか? 良は…………サルさん」
「何で言い直した!? しかもサルって!!」
「サルみたいにうるさいから」
「さらりと返すな!!」
「付け加えると、この世界では第一子が男女にかかわらず家督を継ぐ定めになっているそうです」
「スルーかよ!!」

水汲みの後、信奈は一人で道三との会見場所である正徳寺に向かった。
太助はやっと復活した良晴とともに、勝家の従者という扱いで正徳寺へ向かっているのだ。

「所で良晴さん。斉藤道三についてどれだけ知ってます?」
「え? えーと、たしか蝮と呼ばれていて、それから……」
「……元は僧だったが油売りの商人を経て武士に。その後国主を追放して美濃を奪う。次々と人を喰らって上り詰めたことが『蝮』の異名の由来である。
 ちなみに、商人時代にある武士に『貴方の技は素晴らしいが商人の技だ。武芸を学べば達人になれるだろうに勿体無い』と評されたことが武士を志した由来とのこと――です」
「詳しいな、太助」
「そんな人間だから、信奈さんを心配して、勝家さんもため息をついてばかりということです」

武門であることを誉れにしている勝家のような人間からすれば、下剋上を行った人間など信用できないだろう。

「だったら、そんな奴と同盟せずに義元に対抗する策を考えればいいだけだろ?」
「簡単に言うな! せめて尾張が信奈様の下で一つになっていればいいんだが……これがなぁ〜」

と言って勝家はまた溜息。

「だったら、勝家さんが反対勢力を黙らせればいいんじゃないですか?」
「あたしは、ほんとは弟君の信勝様の家臣なんだ。信奈様付きのご家老が過労で急に亡くなったので、今日は変わりに侍っているだけさ……」
「家老が過労……もしかしてシャレか?」
「「…………」」

馬鹿なことを呟いた良晴を、勝家と太助はゴキブリでも見るような目で睨む。

「そろそろ正徳寺につくぞ。太助、お前はサルと信奈様の下へ行け。サルが何かしたら遠慮なく斬っていいからなッ」



第2話「同盟と蝮と信奈の夢」



正徳寺は美濃と尾張の国境にある門前町で、軍勢の立ち入りが禁じられた中立地帯である。
戦国武将同士の対面場所としては、最適だった。
その本堂の広い庭に、太助と良晴と後二人。
一人は信奈の小姓である犬千代という少女。
もう一人は、おそらく道三の小姓らしき女の子侍。
ここにいるのは、犬千代が先程信奈から言われていたように、相手が妙な真似をしたら斬れという命を受けているからだろう。
見た感じ、利発そうでおでこがやけに広い。太陽拳とか使えそうだ。
良晴が、番号交換しようか、ってこの時代には携帯ないんだったなどと呻いて犬千代に窘められるのを尻目に太助は本堂の自分の席に腰を下ろしている斉藤道三を観察していた。
堂々たる貫禄を持ち、老いてなおその体にはたるみなど一切無い。
頭の禿げ具合と、そこはかとなくスケベな顔つきはまさに「狒々ジジイ」

(けど、この会見に着流しで現れているあたり、完全に信奈さんを侮っているな。歴史通りならうつけ姿で寺に来る信奈さんを、どこかでこっそり見ていたからだろうが……。
 ま、すぐに度胆ぬかれるだろう、良晴さんと一緒にな)

小一時間後――
待ちくたびれた道三がたまらずあくびを漏らしたその時だった。

「待たせたわね! 美濃の蝮!!」

信奈が、本堂に姿を現した。
道三は茶を吹き出し、良晴は口をあんぐりと開けて、信奈を見ていた。
そこに立っていたのは奇妙な装いに身を包んだ『うつけもの織田信奈』ではない。
最高級の京友禅の着物を着こなし、化粧などいらないほど純白の素肌を露わにし、カリスマの輝きを放つ大きな瞳。
良晴はその美しさを形容できずに、道三は自分の見立てを上回る驚きに支配されてただただ、唸り声をあげていた。
それほどに『織田上総介信奈』は美しかった。

「わたしが織田上総介信奈よ。幼名は……あんたに呼ばれたくないから名乗らないでおくわ。蝮!」
「あ、う、うむ。わしが斎藤道三じゃ……」

道三はどうやら年甲斐もなく照れているようで、信奈と目を合わせず、茶器を手のひらで回し始めた。
と、太助の服の袖を良晴が引っ張る。

(なあ、驚いてねえみたいだけど、知ってたのか?)
(着飾れば美人だってのはなんとなく。着飾ってくるというのは……歴史通りですから)
(そうなのか!?)
(……道三の事といい、良晴さんの知識って微妙ですよね)
(ウッ!? ま、まあほとんどゲーム『織田信長公の野望』からだからな……)

という会話をしている間も良晴の胸の高鳴りは抑えられず、視線は信奈から話すことができない。

「蝮! 今の私には、あんたの力が必要なの。私に妹をくれるわね?」
「さて、それはどうかのう」

道三も信奈の先制攻撃で受けたダメージから立ち直り、迫力満点の笑顔、いや悪人面でニヤリと微笑む。

「織田信奈どの。いや、『尾張のうつけ姫』そなたが果たしてわしと同盟を結ぶに相応しい姫大名かどうか確かめねばな」
「ふん。何を確かめるというの?」
「そなたの力量、いくつか疑問があるのでな。尾張一国もまとめられぬうつけという評判、美濃にも届いておるのでのう。
 場合によっては、この場でそなたのお命を頂戴するやもしれぬ」

言葉こそおとなしいが、その鋭い眼光、ドスの利いた低い声、脇で見ている良晴にもわかるほどの信奈を丸呑みしそうな凄まじい闘気。
何よりも暗殺宣言を笑いながら平然と言ってのけるその態度。

(こ、こ、これが、「美濃の蝮」斎藤道三……)

太助が戦ってきた邪悪にも負けない迫力を感じさせる。

(こりゃ同盟会見なんかじゃねえ……まるで戦だ……)
(その通りですよ良晴さん。これはまぎれもなく、斉藤道三と織田信奈の決闘なんです。道三に認められなければ、尾張にも信奈さんにも未来は無い)

「あんたほどの器なら、私の実力の程は一目見ればわかるはずよ」
「わしは武将を見た目だけで判断することはせぬ。かくいうわしも、若い頃は水も滴る美青年じゃった……が心の中はその頃から毒蝮よ。
 容貌を利用して主筋に取り入って見せる……な」
「あらそう。今の見た目からは想像もつかないわね、狒々ジジイ」
「年を重ね、内面が外面に漏れてきたということじゃよ、ふ、ふ、ふ」

(流石……うつけ転じて美少女なんて不意打ちでとろかされる爺じゃないな)

「さてと、うつけ姫に幾つか尋ねてみてもよいかのう?」
「いいけど、何かしら?」

いよいよ二人の舌戦が始まろうとしていた。
さっき太助が言ったように、道三の眼鏡にかなわねば、同盟の話どころか命が危ない。
二人が至近距離で激しくにらみ合うその光景は、次の瞬間には真剣での斬り合いに突入しそうな迫力があった。

(だってのに、信奈の奴、「蝮」道三の鋭い眼光に震えあがるどころか胸を張って……いや見下ろしているみてえだ。こいつ……)
「生意気だけどもしかしてほんとにすげえ奴かも……」

良晴は無意識にそう呟いていた。

「一つ目の質問じゃ。そなたは何故、領民からも家臣からも『尾張のうつけ』と謗られておる?」
「逆ね。うつけなのは私じゃなく、私の周りの家臣共の方よ」

いきなり核心を突かれても、信奈は動じず、不敵に微笑みながら道三を睨む。

「はて。そなたはうつけ姿で町を歩いておると聞くが」
「外出するのに効率がいい服を選んで着ているだけよ」
「ほう……?」

信奈曰く、姫武将だからと言って、貴族ぶった格好で乗馬したり戦場に出向けば、機動力が落ち、戦で不覚を取ることになる。
今川義元のような十二単など論外。茶筅髷も腰のヒョウタンも効率と機能を求めたからだという。

(反抗勢力を油断させるため……じゃあなかったのか)

人間は自分より下と思っている相手の前では警戒が緩む。
史実でも、信長がうつけ時代にやっていたことは全て理にかなったことだったが、周りは皆「うつけのやること」と全く警戒していなかったという。
太助は信奈もそうかと思ったが違っていたようだ。

「種子島だってそう。今は南蛮の珍品だと思われているけど、これからの戦では主役になるに決まっているじゃない!
 そうなれば日本一弱い尾張の兵士だってたちまち最強よ!」
「なるほど。じゃが、鉄砲も一挺二挺では役に立つまい。高額で希少品のそれを果たして何挺集めたのかな?」
「五百挺よ」
「五百挺じゃと!?」

道三は肝をつぶした。石高の低い織田家ではせいぜい十挺か二十挺がいいところだと思っていたからだ。
それだけの種子島を一体どうやって調達したのだ?

「貿易港の津島を抑えているからよ。津島の商人に納入させた矢銭で買い揃えたの」
「……そなた、ただの大名ではないな。まるで商人じゃの」
「あんたも商人上がりでしょう、蝮? 戦に勝つには軍資金が必要、軍資金を調達するには商人を集めて商いを盛んにする。これが一番よ」
「なるほど、そなたがただのうつけではなく、とてつもない大うつけじゃというのはよく解った。最後に一つ尋ねたいのじゃがな」
「なに?」
「そなたの父君――なき信秀公は戦ではワシに勝てぬと知りながら、美濃を攻め続けた。それは何故かのう?」

信奈は、胸を張って答えた。

「父上の考えは知らないけれど、私が父上だったとしても同じことをしたでしょうね」
「ほう。その心は?」
「それは蝮、あんたが最初に美濃を狙ったのと同じ理由よ」
「――むっ?」
「蝮!世間のバカはあんたを『美濃を奪った蝮』と呼んでいるけどあんたが本当に盗りたかったのは『天下』そうでしょ?」

天下。
即ち、奥州から九州四国までを含めた日本全土。
この時代、今日を狙うものは大勢いたが、将軍家を打倒し、己の手に『天下』を掴もうとする者はいなかった。
それが定説であり、限界だったのだ。今、この瞬間までは。

「何故、わしが天下取りをもくろんでいたと断言できるのじゃな?」
「美濃を制する者こそが、天下を制するからよ! 西は京の都に連なり、東は肥沃な関東の平野へと繋がっている美濃こそが日本の中心だもの!
 この地に難攻不落の山城を築いて兵を養い天下を窺う。そして時が来れば一気に戦乱の世を平定し、日本を平和な、商人が自由に商いに精を出せる豊かな国にする。
 それがあんたの野望だったんでしょう?」

道三は表情を陽気なものに変えて、笑い始めた。

「参った……参ったわい、信奈殿! おぬしはその幼さで、この爺が胸に秘めていた戦略を全てお見通しだったのじゃな? いや、参った!」

織田信奈は、完全に美濃の蝮に自分を認めさせてしまった。会見はほぼ成功した……かに見えたが……。

「最初に美濃に目を付けたあんたは立派な軍略家だわ、蝮。唯一の不幸は、あんたが商人の生まれだったこと。
 それほどの智謀を持ちながら生涯の全てを賭けて、美濃一国を奪うしかできなかった。天は、不公平よね」
「まさしく、その通りよ」
「蝮、天というものがあって、それが人を愛するというのならば、わたしこそが天に愛されている者よ!
 生まれも美貌も領土も、そして何より時間が私にはある!」
「そうじゃのう」
「だから蝮、私はいずれ美濃を併呑する。あんたが生涯をかけて見た天下統一の夢、私が現実にしてやるわ!」
「商人が自由に商いを行える国を、そなたが?」
「商人だけじゃないわ。農民も侍も同じよ。日本を乱れさせた古臭い制度は全部破壊して、南蛮にだって負けない新しい日本に生まれ変わらせる!
 そしてわたしは「世界」を掴む!!」
「ファーッハッハッハ! やっと解ったわ、そなたがうつけものと呼ばれる理由が! ……このワシですら『天下』、つまり日本が限界じゃったというのに。
 十六の小娘であるそなたが、すでに『世界』などという途方もないものを見据えておったとは……。余人が聞けばうつけどころか気が触れているとしか思えんわい」
「そうね。だから蝮、今のはここだけの話よ。あんたと私にしか分かり得ない話だもの」
「いえ。ここに理解できる者が一人おりまする!」

声を上げたのはおでこの広い道三の従者だった。
信奈と信奈の夢の大きさに、血の滾りを抑えられなくなったのだろう。

「ジジイ、俺もだぜッ!」
「ちょっとサル? 口を慎みなさいッ!」
「いや、慎まない! ジジイ、俺は相良良晴! 身分はしがない足軽だが、こう見えても俺はぐふぉッ!?」

話の途中で良晴は崩れ落ちた。太助が腹に裏拳を打ち込んだからだ。

「良晴さん、やかましい」
「十兵衛。そちも思わず熱くなったのは解るが、今は黙っておれ」
「……ぎょ、御意」

道三が扇子をさして従者を沈黙させる。

「……ちょっとやりすぎ」
「いいんだよ。どうせおさえつけたってウキームキャーと喧しいんだから」
「……納得」

納得するな犬千代! と突っ込みたかった良晴だが、かなりいいところに入っていたので声が出なかった。

「……さて、天下取りのために美濃が欲しいという話じゃったな、信奈殿」
「そうよ。美濃が私の領土になりたがっているのよ」
「フッフッフ。老いたりとはいえ、蝮と呼ばれた男よ。ただでやるわけにはいかぬ」
「そう言うと思っていたわ」
「そなたが一代の英傑と分かってしまった以上、今度は軍略を競い合いたくなってきたわい」
「……そう、そう来るの。あんたが言うなら望みどおりにしてあげてもいいわよ」

太助も良晴も慌てた。
信奈が野望をさらけだしすぎて、戦人としての道三の欲望が刺激されてしまった。
どうにかして気をそらさなければ、気が合っているのに、ひねくれた性格のせいで二人は戦を始めてしまうだろう。
そう考えた太助は……。

「フフフフ……ハハハハハ!!」
「!?」
「肩書とは面倒なものですね、道三殿。それに縛られて、自分は芯から人を喰らう悪人であるようにふるまってしまう。
 『戦国大名斎藤道三』としてはそうでしょう。ですが、一人の『夢追い人斎藤道三』としてはそのようなことは望んでいない。
 その真の心の内、こちらの足軽もお見通しですよ」

太助、あんたいきなり何言いだしてるのよ! と信奈が一喝する。

「座興じゃ、わしの真の考えをその坊主が、分かるというのか?」
「ええ。知識はあやふやのようですが、この正徳寺の会見は重要な運命分岐点。記憶に残っていることでしょう」

ここで太助は良晴を見る。
良晴は太助が「本当に信奈さんの夢を支えたいというのなら、道三殿の心を動かしてみてください。それが出来なければ……」と言っているように思えた。
分かっている。ただの戦国ゲーム好きの高校生が、こんなすごい奴の力になるには、きっとその万分の一でもやって見せなくちゃ無理だろう。
それに、本当は気の合った二人がくだらない意地でしなくてもいい戦を起こしてしまうなんて良晴も嫌だった。

「ああ、斎藤道三! あんたは今こう考えているはずだ! 『わしの子供たちは、尾張の大うつけの門前に馬を繋ぐことになる』ってな!」

つまり、道三は自分の息子は信奈に敗れ、美濃を奪われてしまう。そう考えているという意味だ。

「ちょっ。サル。なんて失礼なことを言うのよッ?」

流石の信奈も顔色を変えていた。だが。

「小僧ッ!? 貴様我が心を読んだというのかッ!?」

道三が表情を驚きに凍りつかせたのを見て戸惑った。

「さっきは言いそびれちまったけどな。俺は未来から来た。あんたはこの先何百年と語り継がれている人間なんだ。
 あんたが信奈をそこまで評価していたってことを知ってただけさ」
「未来――そのようなことが――」
「爺さん、あんたは自分の息子たちが信奈の器量に遠く及ばないと気付いている! だから美濃に帰ったら、こっそり信奈に充てて『美濃譲り状』
 をしたためるつもりだ! 今は迷っているかもしれねえが、あんたは必ず書くんだ!!」
「しかし、美濃の蝮として信奈殿ほどの者と一戦交えたいという願いも……」
「さっき太助が言ってただろう、それは戦国大名として、蝮としてのあんたの願いだ! 一人の人間としてのあんたは信奈との戦なんて望んでねえ!
 信奈はやっと見つけた『天下統一』という夢を継いでくれる人間だ! 信奈に美濃を譲れなきゃ、あんたの人生は全てが無駄になっちまう!
 だが、あんたがこれまで築き上げた『蝮』の人生がそんなお人好しを許さない。だから、戦って奪って見せろなんてやり方しかできねえ!
 どうだ、図星だろうが!!」

しばらくの間道三は戦慄いていたが、やがて観念したように言葉を漏らした。

「信奈殿。織田家に侍なしとは、たばかられたのう。まさかこれほどの者が二人もおるとは――老いぼれたワシが勝てる相手ではないわい」
「えっ? 蝮?」
「小僧ども! お前たちのおかげで、この蝮、最後の最後に己の心に素直になることが出来たわ! ワシの夢、信奈殿に――いや、我が義娘に託すぞ」
「ちょっと蝮!?」
「『譲り状』はこの場でしたためよう。ワシは――我が娘に美濃を譲って隠居するぞい。これより信奈ちゃんは我が娘じゃ」

良晴の眼には、一瞬信奈の瞳がうるんだように見えた。
斎藤道三ほどの人間ならば、自分の志を理解できると思っていただろうが、ここまでの好意を寄せられるのは予想外だったはずだ。

「ほんとうに、いいの?」
「娘に国を譲るのは、父として当然の事じゃ。何より、蝮と憎まれてきた男の所業にも、斯様な意義があったのだと思えるようになるわい」

道三は筆を取り出し、「美濃譲り状」をさらさらと書いて見せた。

「いずれ我が一人娘をそなたの妹として尾張へ送ろう。わしはこれより家臣団と話をつけて、信奈ちゃんがいつでも美濃入りできるようにしておくわい」

一生涯をかけて奪い取った美濃という「お宝」を、あっさりと宿敵の娘に譲ってのける。
斎藤道三の器に、太助は涼やかさを感じていた。
が。

「……というわけで、ちょっとだけお尻を触らせてくれるかの。我が娘よ……」
「何がというわけでよ、エロジジイ!」

セクハラを働こうとして信奈にしばき倒される道三を見てると。

(やっぱり美少女ぶりに酔っただけのスケベジジイかも……わからない、わからないな……)

そう思えてくるのだった。



「やれやれ、無時に終わったな」
「道三殿がセクハラをしようとして信奈さんにしばき倒されまくっていたのを、無事というならですけどね」
「あー確かにやり過ぎだったよなあ。おっさんの従者も何度か刀に手をかけてたし、犬千代がいなかったら斬ってたかもなあ」

だが取り敢えず尾張と美濃の同盟は成ったし、道三は「美濃を譲る」と譲り状まで書いて誓った。

「なあ、太助」
「はい?」
「俺さ、正直言って今まで藤吉郎のおっさんの身代わり気分で何となく雇われてやってきた。
 でも今はさ、なんていうか、胸の中にすっげー熱いモノがあるんだ。まだ帰る方法は解らねえし、しばらくは信奈の夢に協力してやってもいいかなーって思ってんだ。
 まあ、口は悪いし暴力的だしいつ手討ちにされるか分かんねえけどよ、黙っていればスッゲー美少女だって分かったし……」
「……良晴さん」
「い、いや、別に惚れてねえ! 惚れてなんかねえからなッ!!」
「まだ何も言ってないですよ」
「って、な、なんか、胸の中が熱くっていうよりポカポカしてきやがった! きぃーッ、悔しいッ!」
「何キーキー叫んでるのよ、早く私のわらじ返しなさい」

門前で待っていると信奈が現れた。
ちなみに信奈のわらじは、会見前に良晴にヒョウタンと一緒に(良晴の顔面に)叩き渡されていたのだ。

「わらじ? ああ、これか」

良晴は、制服の上着の内側から信奈のわらじを取り出した。

(ふふん。信長! わらじ! 秀吉! と言えば草履取り時代のあのエピソード! さあ信奈!
 お前の足を冷やすまいという俺の心遣いに感謝しろ! そして敬え!)

が、良晴の望みとは裏腹に、信奈は高貴な美少女を台無しにする勢いで忌々しげに唾を吐き捨てた。

「き……気持ち悪ッ!! あんた、私の足の匂いを嗅ぎたくてわらじをそんな懐に入れていたんでしょッ!!」
「なんだとおおお!?」
「いや良晴さん。そう思われても文句言えないです、あんたのやったこと」

太助の言うとおり、良晴のやったことを説明すると「女の子が肌につけるものを懐に入れて人肌で温めていた」というセクハラ間違いなしの行いである。

「もしかして、わらじで興奮する男なのッ? うわっなんて高度な変態! この場で無礼討ちにしてやるわ、わたしの身の安全の為にッ!!」
「待て、お前は誤解している!」

良晴の弁解は完全に無視で、刀を抜いて良晴に切りかかる信奈と、それを必死で避ける良晴。
それを無言で見続けている犬千代に太助は声をかける。

「どうしたんです?」
「……姫様、楽しそう……」
「それは多分、初めて友達が出来たからじゃないでしょうか」
「……友達?」
「自分と対等の相手ができたんですよ。道三殿みたいな年上じゃなく、自分と同じくらいの年頃の……」


後書き
太助は一応学校で学んでいる他、横山光輝先生の各種伝記を読破しているので良晴より細かい知識を知っているという設定です。


管理人感想

 ダークレザードさんからいただきました!

 太助の情報元は横山光輝かよ(爆笑)。まぁ自分も人のことは言えませんが。
 というか相変わらず男に対して容赦ないな。シャオがいない分気が立ってたりするのかな?

 今回の話で道三との同盟が成ったということは、次回はお家騒動かな?
 意外にも後にキーパーソンになるものの現時点ではまだまだ小物の信行を太助がどうあしらうのか、楽しみにさせていただきます。