織田信奈の欲望、前回の三つの出来事!
一つ! 良晴と信奈が、正式な主従関係になる!
二つ! 道三の息子、義龍が謀反を起こす!
そして三つ! 良晴と太助は、道三を救うため長良川へと向かう!!
良晴は、たった一人で長良川へ駆けていた。
そのうちにふと、背後に五右衛門の気配を感じる。
「勝手に犬死されては困るでござる、相良氏」
「五右衛門、力を貸してくれるのか?」
「拙者は宿り木。宿主が枯れては立ち行かぬでござる」
「サンキュー。……あ、南蛮語でありがとうって意味だぜ」
そして、移動の途中で五右衛門が調達してきた馬に乗って、引き続き長良川を目指す。
もっとも、良晴は乗馬未経験なので、五右衛門の背中に抱きついて手綱を握ってもらった。
そうしているうちに、続々と「川並衆」の男たちが集まってきた。
ここで、川並衆について説明しておこう。
彼らは、今は亡き五右衛門の父が率いていた川賊である。
元々は侍だったが、いろいろあって主家が滅び、こうして賊に身をやつしたのだ。
容姿だけはどこからどう見ても盗賊ないかつい男達だが、紅一点の五右衛門親分には、並の侍以上の忠誠心を持っている。
五右衛門の目標は、自らが侍となることでこの郎党も侍に返り咲かせることだった。(良晴と太助の推察だが)
が、五右衛門もまた川賊の頭にして忍びという、日陰の存在。
故に、これはと見込んだ藤吉郎や良晴の影となってきたのだろう。
(お、おっかねえ連中……!? 五右衛門の奴、よくこんな奴らを仕切ってるなぁ……!)
良晴は川並衆に睨みつけられて、完全にビビっていた。
あれこれ手伝ってもらいはしたが、良晴が直接彼等と顔を合わせるのはこれが初めてだったのだ。
もっとも、その視線は五右衛門に抱きついている良晴に対する嫉妬に満ちていたが。
そんな感情を堪えつつ、副長格の前野某が五右衛門に問う。
「親分、今回は戦と盗み、どちらですかい?」
「美濃の蝮を盗み出す」
「そいつは大仕事ですな、子細は」
「蝮は長良川で戦の最中。筏で長良川へと繰り出し、蝮をさらって尾張へとひきかえちゅ」
五右衛門が噛んだその瞬間。
「出た!」
「親分の舌足らずが出た!」
「たまらねえぜこいつはよぉッ!!」
川並衆が一斉に歓声を上げた。
(こいつらこんな荒々しい連中の癖に真正のロリコンじゃねえか! マジでやべえ!)
良晴が川並衆への恐ろしさを深めながらも、川辺に辿り着き筏へと乗り移ることになった。
「相良氏は足手まといゆえ、来ずともよいでござる」
「そうだそうだ、足手まといだ!」
と川並衆たち。
「お前らだけに危ない橋を渡らせるわけにはいかねえよ。それに、死を覚悟した道三があっさりお前らに従うわけがねえ。太助が失敗してるかもしれねえし、俺も説得に行く!」
「ふむ、左様な理由があるならば、御意でござる」
「そうだそうだ、俺達には小僧が必要だ!」
「お前ら自分の意思とかねえのかよ……」
ある意味天晴れな忠誠心に呆れる良晴であった。
時は戻り、軍議が始まったころ、太助は美濃の上空に浮かんでいた。
少々反則臭かったが、ヴァルキリー・レナスにヒーローライドしてここまで飛んできたのだ。
「さて、ここからは賭けだ……見つかってくれよ……」
取り出したカードをドライバーに差し込む。そのカードとは。
『ATTACK RIDE CONCENTRATION』
精神集中。
エインフェリアや、世を乱す不死者を見つけ出すために魂の声を感じ取る、レナス達ヴァルキリーの能力を使うカードだ。
その能力で道三の本陣を見つけ出そうというのだ。
『良いか。ワシが討死したら織田につくも、義龍につくも好きにせい。だがいずれ義龍は必ず信奈殿に敗北する。これはワシの遺言として胸に刻んでおけい』
「……見つけたッ!!」
道三の魂の声を感じた太助は、その方向に向かって飛翔した。
そして、本陣の少し手前の森の中に着地して変身を解く。流石にあの姿で直接駆けつけるのはまずいだろうと思ったからだ。
「止まれ! 何者か!」
案の定、道三の兵に見咎められる。
「織田の七梨太助と申します。道三殿に取り次いでいただきたい!」
どうやら道三は自分の事を覚えていてくれたらしく、本陣の中に通してもらえた。
道三は床几に腰かけ、その側にはあの時の少女侍――十兵衛も控えている。
「久しいの、小僧。今や落ち目のこのワシに何の用じゃ?」
「道三殿。貴方は、悪党と言えど流石道三と呼ばれる死を望んでいるのでしょうが、そこを曲げて、その命を信奈様の為に使っていただきたいのです。
俺と一緒に尾張へ来ていただきたい」
「フ、フ、フ。それを儂が聞き入れると思っておらぬであろう?」
「ええ、そう思っているのなら、せめて鷺山城にでも逃げ込むでしょうね。それをしなかったということはもう討死を覚悟しておられる」
「その通りじゃ。信奈殿の軍兵はやがて日本の為の大切な軍兵となろう。それをいたずらに殺させるわけにはいかぬ」
「信奈様もそれは分かっています。ですが、あえて言いましょう。道三殿は信奈様を理解しておられない!」
「何じゃと!?」
「あの人は、俺と良晴さんにむかって言いました。自分の好きになった人間は皆、自分を置き去りにして死んでいく、と」
「……!」
「父に先立たれ、母に愛されず、弟と骨肉の争いを繰り広げる。信奈様は、自分が人を愛してはいけない人間だと思い始めているんです。
譲り状にあんなことを書くくらいに想っているのなら、生きて、信奈様に直接その想いを伝えてあげてください!」
「……ぬぅ」
「それでもどうしてもというのなら、仕方がない。良晴さんが来るまでここで待たせてもらいます」
そう言って太助は地面に座り込む。
「何!? 小僧がここへ来ると!? 何故じゃ!」
「もちろん、二度と信奈様にあんな顔をさせないように、道三殿を助けに来るんですよ。ついでに俺も」
「……お主、まさか」
「信奈様に何かをしてあげたいのは良晴さんも貴方も同じです。信奈さんの欲望が野望になるか、夢になるかそれは良晴さん次第。
そして今、良晴さんの命を救えるかは道三殿次第」
それに、と太助は一旦言葉を切った。
「生涯を賭けて美濃一国がやっとだった器で、齢十六にして『世界』を見据えている信奈様の器を測りきったつもりでいるのですか?」
「! フ、フ、フ……言いおるわい」
ゆっくりと、道三は床几から立ち上がり、言った。
「どうせ明日をも知れぬ身……ならば、その時が来るまで『父』として生き、信奈殿の器を見極めるのも良かろうて」
また一つ、歴史が分岐した瞬間だった。
川並衆は、川賊というだけあって川での盗賊稼業が本業である。
とりわけ地元の長良川一帯は、もはや自分の庭も同然。梅雨の時期で深い朝霧が晴れにくかったこともあり、筏は国境をやすやすと越えて良晴たちは戦場へと潜入することが出来た。
「霧が濃くなければ潜入は難しかったでござる。どうやら相良氏にはツキがありまちゅよ」
五右衛門が噛んで、川並衆はまた大騒ぎ。
「だからお前ら、ここ敵陣なんだから静かにしろよッ!」
良晴が本陣の裏へ、筏をつけてくれと指示を出そうとしたその時、その方角から数人の人影が飛び出してきた。
「坊主! 本当に来ておったのか……」
「おっ、良晴さん丁度いいところに。ついたばかりで悪いんですけど、引き上げです」
人影の正体は太助と道三、それに十兵衛を始めとする数人の手勢である。
「太助! 説得は成功したんだな」
「ええ、良晴さんのおかげですよ」
「へ? 俺、今来たばかりで何もしてないんだが……」
「あ〜気にしなくていいですから。さあ逃げましょう逃げましょう。蟻みたいに踏みつぶされる前に」
「そうじゃのう。坊主を死なせるわけにいかぬからの」
何だかよく解らなかったが、ここは戦場の真っ只中。
早く逃げなくてはならないのは確かなので、急いで出発した。
道三は先頭の筏。殿の筏には良晴と五右衛門、それに太助だ。良晴は、追撃してくる義龍軍を威嚇するために弓を取ったが……。
「ぐっ。弓ってこんなに重いモノだっけか? 堅くて、引けねえ」
「あまり無茶しないで下さいよ、良晴さん。義龍は、必殺の意思でこちらを追ってきますからね!」
ここまで『息子』と書いてきたが、実は義龍と道三は血縁関係ではない。
道三に国を追われた仙台の美濃守護職、土岐家の忘れ形見なのである。
道三が、血のつながりのない義龍を義息子とし、後継ぎと定めたのは、土岐氏を追放してもなお、反逆を続ける豪族たちを丸め込むためだった。
義龍が、豪族たちの勧めに従い謀反を起こしたのは、道三が「信奈に美濃を譲る」と前言撤回しただけでなく、実の父を追放した仇だからというのもあった。
一度は後継ぎとして、教えを受けたからこそ、義龍は道三の知謀の恐ろしさをよく知っていた。
道三の知謀に尾張の経済力が合わされば、美濃を守りきれないかもしれない。
義龍は何としてでも、今この時この場で道三を討つべく次々と火矢を射かけ、自らも船に乗り、追って追って追いまくった。
例え尾張領に入ったとしても、道三を討つまで止まらないだろうという執念を感じ、良晴も音をあげそうになった。
筏は刺さった矢の重みで傾き始め、速度が落ち、船の距離を詰められてきた。
万事休すか。良晴がそう思った、その時!
「ふせろ!」
そう叫んだ太助の声に従い、咄嗟に伏せた一同の頭上で轟音が響き、義龍軍がバタバタと倒れていく。
いったい何が? と岸に目を向けた良晴は驚いた。
そこには尾張の全軍を引き連れて、馬に跨った信奈がいたのだ。
先程の音は一斉に発射された種子島が出したものだったのだ。
「弓隊! 続いて射かけ!」
間髪入れずに、矢が義龍軍に浴びせられる。
「ええい、退け、退けッ!」
織田勢がほぼ全軍で押し寄せてくるという予想外の事態に、義龍は撤退を命じた。
形振り構わぬ追撃が仇となって、船団は細く伸びきってしまっており、このままでは先頭から順次撃破されるのが目に見えていたからだ。
このあたりの駆け引きの巧みさは、さすがは蝮の子。
義龍軍の船団は一斉に反転し、美濃へと引き上げていった。
「ふにゅう……地獄に仏とはこのことでござる」
流石の五右衛門も安心したような声を漏らす。
だが良晴は少し慌てていた。
信奈の率いている軍勢が多すぎたからだ。その上、勝家と長秀まで信奈の隣に付き添っている。
(たしかに援軍を出すように言ったし、勝家の指揮が無けりゃ尾張軍はまともに戦えないけど……。これじゃあ、尾張を見捨てたようなものじゃねえのか?)
ともあれ道三と良晴たちが命拾いしたのは事実。
良晴は、太助と二人で伏せたときにぎっくり腰をやってしまったらしい道三を支えながら丘へ上がった。
「正徳寺に続いて、またもしてやられてしまったわい……ありがとうの、アタ、アタタタタタ……」
「お、おい無理すんな、横になってろよ」
それだけは、どうしても信奈に伝えたかったらしく、道三はそれだけ言うとまたぎっくり腰で苦しみ始めた。
信奈はむすっと口を噤んでおり、道三の言葉を聞いてどう思ったのか、見ただけではわからない。
その横に肩を落として控えている勝家に、良晴は疑問をぶつけた。
「勝家、もしかして清州城は今……もぬけの空なのか?」
「お諫めは……した」
「だったらなんでお前だけでも残らなかったんだよ! 今川のこと、忘れたのか!?」
「し、仕方ないだろッ!? 信奈様が『勝家とあたしが先頭に立って、本気で決戦を挑む覚悟を見せなければ、義龍を追い返すことはできない』と仰せだったんだから!」
「お前、それ聞いて感激して飛び出してきたんだろ……?」
「ッ!? よく解ったな!」
「……お前って奴は……なんかもう……」
と、勝家と良晴が和んでいたその時。
パンッ! と音が響いた。
二人が音のした方を見ると、手を振り抜いた信奈と、左頬を赤く腫らした太助の姿があった。
「次にサルをこんな風に使ったら……斬るわよ」
「……承知しました」
それだけ言って信奈は再び床几に腰を下ろす。
信奈に、何故太助を叩いたのか尋ねようとした良晴だが「待てよ?」と考えた。
もしかして、太助が一人で道三を説得しに行ったのは、そうすれば後で俺が駆け付けると考えたからじゃないのか?
そうすれば凶暴で我儘で可愛くない、けど優しいところもある信奈が兵を動かすと考えた。つまり、俺の命を盾にしたのか?
と、そこまで考えて「いや、それは無いな」と思い直す。
(あいつが俺を……その、何だ、あ、アレでアレな風に思ってるなんてないだろ! そうだ、そうに決まってる! つーかそう決めた!)
良晴が悶えているところに、早馬が駆け付け、長秀に何事かを報告する。
「姫様、駿河の今川義元、二万五千の大軍勢で終わりへ進軍を開始。国境を守っていた砦は次々と落され、我が方の置かれた状況は零点です」
「やっぱり動いたわね。私も織田家も一巻の『尾張名古屋』かしら」
「姫、その駄洒落は百点満点の五点です」
「辛いわね、二十点くらい頂戴よ」
「姫補正のおまけつきですよ、これでも」
こんな時でも笑顔を崩さない。
長秀のおおらかさに感心しつつ、勝家は信奈の役に立とうと無い知恵を必死に絞って、ついに策を思い付いた。
「信奈様! 道三殿にお知恵を借りましょう!」
人頼みの策という情けない代物であったが。
「せっかくだけど六。蝮はぎっくり腰でそれどころじゃないみたいよ」
信奈の言うとおり、道三は茣蓙の上にうつぶせに倒れて、情けなくも呻いていた。これでは頭も回らないだろう。
「だーッ! 肝心な時にこの爺さんはーッ!!」
さらに早馬が。
「今川軍、尾張領に突入してきました!」
旧暦五月十八日。
「海道一の弓取り」今川義元は尾張が留守になっていると知り、ついに上洛軍を起こした。
第一目標は丸根の砦。
尾張と三河の国境にあるこの砦を抜け、清州城と尾張をつぶし、そのついでで近江も倒して、めでたく京に入る。
計画自体はアバウトだが、二万五千という戦国最大戦力がその計画を可能とする。
「……一度、本陣を構える……元康を……呼べ……なさいな」
フル装備の十二単と暑さのせいなのか、ボソボソ声で義元は部下の松平元康を呼びつけた。
松平元康。
一応、三河の国主だが、今川へ人質として送られる途中で織田に攫われ、そのまま人質になり、その後改めて今川の人質になって我儘姫のパシリされているという不幸な武将である。
並の人間なら人生に見切りをつけて絶望しそうな半生を送ったため、常に腹黒な笑みを浮かべて、本心を語らない。
「はい〜何用でしょうか〜?」
「……軍を率いて出発……丸根の砦を攻めろ……なさい」
「御意です〜」
「……お前お得意の乱破戦術で……手早くだ……ですわ」
上洛までは松平勢に先発を任せて本隊はひたすら温存。
元康が戦死すれば三河は正式に直轄地に。そうでなくても三河武士は大量に戦死して松平の戦力はガタガタになる。
で、本隊はほとんど無傷で、華麗に京へ入れる。
「これが、貴族……これが、貴族の戦い方、ですわ。お、ほ、ほ、ほほ」
「なんだかよく解りませんが、そうですその通りです〜」
と、追従しつつも元康は考えていた。
この上洛軍を起こしてから義元の様子がおかしいのだ。
いつもなら嫌味なくらい甲高い声で笑うというのに、ボソボソ声で話すし、兜は顔を隠すように深くかぶってるし。
まあ、気にしても仕方がない。と元康は丸根の砦へ向かった。
進軍自体はとても順調だった。尾張の人々も「今川の御姫様が来た」と大歓迎で、抵抗らしい抵抗をされなかったからだ。
深夜になっていた。
信奈の陣はひっそりと静まり返っていた。
斎藤道三を救出した後、信奈は本陣の中に一人で引きこもったままだった。
こうしている間に、丸根の砦が松平元康に包囲されて陥落寸前という急報が入ってくる。
筆頭家老の勝家は主だったものを集めて、本陣の前で作戦会議を開いた。
ここで話し合えば、本陣に巣篭りしている信奈にも会議の内容が聞こえるだろうと考えてのことだったが、効果は疑わしい。
何故なら、勝家は「こうなれば全軍で正面から突撃あるのみ」という玉砕戦法を主張する意外に策を持たない武辺者。
他の諸将は「籠城して、今川軍が尾張を素通りしてくれることを祈るほかなし」と望みの薄い消極策だったからだ。
「いい加減にしろ! 黙って聞いていれば戦う前から負けることを考えている奴ばかり……! 本陣の中で信奈様も馬鹿ばかりと呆れているだろうな!」
とうとう我慢ならず、隅で良晴と一緒に聞いていた太助は大声で怒鳴りつけてしまう。
諸将も新参が無礼な口をと気色ばむが、長秀が、「静まりなさい!」と怒鳴りつける。
「七梨殿。ならば、貴方には何か意見がございますか?」
「はい。ですが長秀さん、今この場にはどれだけの兵が集っていますか?」
「ふむ……三千と言ったところでしょう。何しろこの出陣が緊急のモノでしたから」
「全軍で真正面から勝負を挑めば万に一つの勝ち目も無い、ならば全軍で敵の弱点に奇襲をかける! だが、それには三つの条件があります」
「それは?」
「一つ、義元の本陣の場所を突き止めなくてはならない。二つ、その本陣を奇襲向きの場所に留めなければならない。三つ、諸将が信奈様の為に命を懸ける覚悟をしなければならない」
「古人曰く、天の時、地の利、人の和、その三つの勝機を揃えなければ勝ち目無しということですか……九十点の厳しさです」
そう言うと、長秀も太助も本陣の幕を見つめた。
「この次の下知で決まるでしょう……」
「信奈様がうつけだったか、それとも天下取りに相応しい大将だったか……」
二人がそう口にした瞬間、いきなり幕が開いた。
信奈が決断したのだ。透き通るように白い肌。しかしその瞳は紅蓮の炎の如く。
家臣たちは思わず、誰からともなく信奈の足元に伏していた。
「六! 小鼓を打ちなさい!」
勝家が、小鼓を取って「敦盛」のリズムを取り始める。
信奈は床几から立ち上がり、舞を舞い始めた。
「人間、二十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を得て、滅せぬ者のあるべきか」
誰も声をあげられなかった。
この場にいた者たち全員、天下を取るか、無になるかの博打に自分の命を賭ける覚悟をした信奈の舞歌う姿を生涯忘れることは無いだろう。
そして、ただ彼女と共に戦いたいと、強く思った。
信奈は良晴の前まで来ると。
「サル。あんたにはしばらく暇を出すわ。この戦いが終わるまで、あたしの元には戻ってこないこと、いいわね」
それだけ言って、馬に飛び乗り、風のように本陣を飛び出していった。
家臣たちは慌てて後を追い、あとに残されたのは良晴と、ついでに太助のみ。
だが、良晴の中に、言われた通りに信奈のもとを去ろうなどという考えは無かった。
あるのは『無視されようが嫌われようが、あいつを死なせたくない』という欲望だけ。
「こんな勝ち目のない戦で死ぬことなんてないわ、終わるまでどこかへ避難していなさい。そう言ったつもりなんでしょうけど、どうします?」
「何を言いやがるんだ太助。どっかで頭打ったか?」
「まあ、恋をした経験の無い良晴さんにそこまでわかれってのも難しいか」
「それは本当かの?」
後ろに振り向くと、小姓に支えられながらも、道三が立ち上がっていた。
「爺さん、何か嬉しそうだな……」
「ほっほっほ。若者の色恋沙汰は老人のなによりの楽しみよ。ま、それはともかく、お主が無駄に命を散らしてはならぬのは本当の事じゃ。
お主が死ねば、信奈ちゃんは儂が死ぬより何倍も悲しむわい」
「ええッ!? なんで?」
「……信奈ちゃんも素直でないとはいえ、お主かなり鈍いの」
「いいか良晴さん。欲望ってのは他人と共有すれば夢と呼ばれ、他人を傷つけても一人で頂き続ければ野望になる。
信奈さんの途方もない、この時代の人には理解できない、大それた夢を共有し二十年・三十年と支えていく……それはあんたにしかできないんだ、相良良晴!!」
太助は良晴に指を突き付け、そう断言した。
黙り込む良晴に道三が語りかける。
「どうじゃ、落ち延びる決心はついたかの?」
「ああ、ついたぜ。不器用で危なっかしいあいつを助けるって決心がな!」
「逃げぬのか」
「ここであいつを捨てて逃げたら、俺は一生負け犬じゃねえかよ! この世界にいる限りあいつを助ける。あいつの夢を叶えてやるって誓ったんだ!
ほっとけばみんな置き去りにして、今日の果てまで駆けていきそうなあいつに追いつけるのは未来から来た俺だけだ!」
「なるほどのう……そんな大それた誓いをするような人間は、放逐でもしなければ守れんのう……」
「そんな事より、策は無いのかよ? 悪知恵を使わせたら天下一、美濃の蝮はこんな時どうする?」
「これからは若者の時代じゃ、ジジイは休ませてもらうとするわい」
そう言って道三は良晴の制止も聞かずに、去って行ってしまった。
「……なあ太助」
「なんですか?」
「もしかしたら、だけどさ。今から起ころうとしてるのって、あの合戦かな?」
「心当たりがあるんなら、賭けてみたらどうです? 良晴さんは未来の知識で信奈さんを助ける。俺はその良晴さんの足りない所を助ける。
ま、四十点のテストを五十五点にする程度のフォローですけどね」
「微妙なフォローだな……でも、そうだな!」
「これだけは覚えていてくださいよ。――全ては生きてこそです。喜ぶこと、喧嘩すること、悲しむこと、主君のために働くこと。
そのどれもが生きていなくちゃできないんですから――」
二人は信奈たちの後を追って走り出した。
その途中、馬に乗った五右衛門と川並衆がまたどこからともなく現れた。
「相良氏。どうやら織田家はもう終わりでござる。よそへ行くか」
五右衛門の問いに、良晴は笑顔で答える。
「そんなことするかよ! 俺の主は、織田信奈だけだ!」
「ふふっ、左様でござるか」
「左様でござるよ!」
「ならば拙者たちもお供するでござる」
「お前ら、坊主にしちゃあなかなか肝が据わってるな!」
良晴は五右衛門の後ろに飛び乗り、行き先を告げた。
「桶狭間へ向かってくれ。すまないが、決死隊としてもう一働きしてもらうぜ」
「信奈軍は熱田神宮に集結しているでござるが?」
「俺達が合流するのはもう少し後、やることをやってからだ」
「というと?」
「俺の知識によればこの戦は未来で『桶狭間の戦い』と呼ばれてる戦かもしれないんだ」
「ふむ、以前も言っていた芸無知識とやらでござるか」
「だとすれば、今川義元は桶狭間で休息を取るはずだ! 本陣の場所を突き止めれば、信奈なら勝てる!」
「信奈殿は相良氏の言葉を信じぬかもしれぬぞ?」
「あいつは信じるさ」
「俺達が侍になれるかどうかはこの仕事にかかっている。坊主、勝ったら親分を取り立ててくれよ」
と前野某。
「だが、俺達の永遠の偶像、五右衛門親分に手を出したらただじゃおかねぇ! そう!!」
「「「親分は、永遠に穢れないッ!!」」」
「だからお前ら……もういいや」
良晴は、五右衛門の背中にしがみつきながら深いため息をつくのであった。
良晴たちは織田本軍とは別ルートを進み、今川軍が展開する尾張と三河の国境地帯へと向かった。馬を下りて山道を歩き、ついに桶狭間が見えた! ……のはいいのだが……。
「相良氏、あれが桶狭間でござる」
と五右衛門が指差したのは、谷ではなく、小高い『山』であった。
「待て五右衛門。あれは山だろ?」
「左様『桶狭間山』という山でござる」
「……や……山ッ? ゲームじゃ谷だったのにどうしてッ?」
「芸無の事をそれがしに聞かれても……」
「あの山に陣取られたら、平野を行軍する織田勢の姿が丸見えで、奇襲なんて不可能ですね」
「だよなぁ!? やっぱ谷じゃねえと駄目だよなぁ!?」
唯一の武器として絶対の自信を持っていたゲーム知識(微妙)が役立たずになって良晴の自信はもろくも崩れ去った。そしてパニックになった。
「助けて、ごエモ〜ン! おれもうどうしたらいいかわかんねぇ〜!!」
「う、うろたえてはならぬでごじゃる! はにゃせ、はにゃせ!」
「落ち着きなさい!」
ビシッ! と持っていた扇子で良晴の頭を一叩きする太助。
「あ痛ッ! なにすんだ!」
「大の高校生が幼女の腰にしがみついて泣くんじゃない、みっともない」
「俺の乏しいゲーム知識が粉砕されたんだぞっ! どうすりゃいいんだッ?」
「とりあえず、五右衛門さんから離れなさい。川並衆の皆さんに殺される前に」
太助の忠告は少し遅く、川並衆の荒くれ男たちは血涙を流しながら、良晴に殺到する。
殴られ、蹴られ、極められる良晴の前に……。
「は〜っはっはっは。助けに来てあげたよ、サル君!」
尾張から選りすぐられた可愛い女の子たちとともに、織田勘十郎信勝改め津田信澄が現れた。
「あれ信澄。お前まだいたのか」
「……いるに決まってるじゃないかあッ!」
「作戦会議にも姿が無かったから、てっきり自分の城に逃げ帰って震えているのかと思ったぜ」
「失敬だな。織田家の貴公子たる僕がそんな女々しい真似などするものかね。ただ謀反したせいで、参加させてもらえなかっただけさ。はっはっは」
「威張ることじゃないですね。ところで、その親衛隊の女の子に、このあたりの出身の子はいますか?」
と太助が聞くと、手が上がった。
「すみませんが、桶狭間山の近くに、見通しが悪くて、大人数では動けない狭く長い場所はありますか?」
「え〜と、それでしたら丁度山の東に狭い平地がありますよ」
「あるんですか?」
「はい。このあたりの者は、その平地の事も桶狭間と呼ぶことがあるんです。
正しくは『寿限無寿限無後光の擦り切れ、赤巻紙、青巻紙、黄巻紙狭間』と言うのですが長いし噛むしで誰もそう呼べないので……」
「成程。らしいですが、良晴さんどうします?」
と、どうにか川並衆の手から脱出した良晴に尋ねた。
さて、どうするか。
先程思い出したが、良晴お気に入りの『織田信長公の野望』でのイベントナレーションで「義元が討ち取られたのは田楽狭間である」と語られていた。
五右衛門に確認したところ、間違いなくそういう名前の谷があるとのこと。
事態が良晴の知っている歴史通りに進んでいるのなら「田楽狭間」と通称「桶狭間」のどちらかに義元がいるはずだ。
時間は無い、二面作戦をするには人手が足りない。
悩む良晴に信澄はこともなげに。
「この盗賊どもを一方へ送り、僕と親衛隊がもう一方へ行けばいいじゃないか。はっはっはっは」
と、何も考えてなさそうな爽やかすぎる笑顔で言った。
親衛隊は、私たち、信澄様の為なら死ねます! と黄色い大声援。
「相良氏、こんな連中、むざむざ死にに行くも同然でござる」
「俺だって女の子たちを危険に巻き込みたくはないが、今はそれしかないぜ! 信澄には俺と太助が同行するから、なッ!」
良晴の判断で五右衛門と川並衆は田楽狭間へ、良晴と太助、それに信澄親衛隊は通称「桶狭間」へと向かった。
義元の本陣を見つけた方が熱田神宮の信奈本陣へと舞い戻り、奇襲を進言する。
そして、当たりは通称「桶狭間」のほうだった。
良晴たちは地元の女の子達に先導されて山の間道を進み、ついに狭い平地に展開していた義元の本陣を発見した。
「優雅にもほどがる十二単に、巨大な黄金の龍の前立てを据え付けた重そうな兜……間違いない、あれが義元だ」
「本当かいサル君」
「ああ。実を言うと、以前戦場で見たことがあるからな」
会話を窺うに、義元は昨夜のうちに沓掛を出発し、日が昇ると同時に「暑い」という理由で急停止していたようだ。
傲慢が人の皮を被ったような義元にむかって、なら十二単を脱げよ、と言える家臣はおらず、丸根の砦を元康が落としてから出発と義元が決めたらしい。
「油断しているとはいえ、本陣だけでも五千はいるだろう。僕なら、今すぐ熱田神宮に引き返して姉上にご注進するが……サル君、七梨君、君たちはどうするかね?」
「それだけじゃ駄目だ。ここで奇襲をかけなくちゃ絶対に勝てない、太助が言ってた通り足止めしなくちゃ……」
良晴は歴史の分岐がまだ大きなものにはなっていないと分かり、自信を甦らせていた。
(自身の根拠を知らない信澄さん達には、若いながらもいっぱしの大将に見えているんだろうな)
「時間稼ぎと言っても、田楽狭間まで五右衛門さん達を呼びに行く時間は無いですよ」
「うーん」
「よし信澄さん、信奈さんの所には俺と良晴さんが行きます。貴方は親衛隊の女の子たちを使って義元の陣に礼の者を装うなりなんなりで酒を振る舞ってください。
あの様子じゃあ、祝勝の前祝いとか言ってあっさり始めるでしょう」
「やあそれは名案だね。僕の親衛隊には村娘が多いからまず疑われない」
「待てよ太助。これ以上女の子達に危険な真似はさせられねえ、報告はお前と信澄で行ってくれ、時間稼ぎは俺がやる!」
「はーい親衛隊の皆さん。この作戦を良晴さんとやりたい人ー」
誰も手をあげなかった。
「じゃあ、信澄さんとやりたい人―」
今度は一斉に歓声が上がった。
「だ、そうですけど?」
「……わかったよ畜生」
「心配はいらないよサル君。要は女の子達を引き連れてご陽気にどんちゃん騒ぎをすればいいんだろう?」
「そういうことだな」
「それくらい朝飯前のお手の物さ、ハハハハハ。こう見えて変装は大の得意でねえ」
「そうなんですか?」
「何せ正体を現して夜遊びすると勝家に叱られるからねえ〜。しかも、この美しい顔立ちだろう? 花魁にだって化けられるでありんす、なんちゃって」
「大丈夫です良晴さん。この足止め任務、この馬鹿殿以上に適任はいません」
「俺もそう思う」
二人は、山の間道を元来た方角へ走った。川並衆の一人が馬の番として待機している、熱田神宮へは馬を使えばすぐだ。
走りながら良晴は自分の体に、これまでにない充実感というか気力というか、そんなものが漲っていることに気付いた。
そうか、俺の報告一つに、織田家と信奈の運命の全てが託されているからだ。自分の全部で、何かをやり遂げようとしている満足感を味わっているんだ、と気づいた。
今ならば、どこまでも駆けて行けるとそう思った瞬間。
背後から恐ろしい気配を感じた。
例えるなら、ドッジボールの試合で死角から不意にボールを投げつけられる時のような、理屈では説明できない、空気を通して感じる『必倒』の意思。
だがそれよりもなお、冷たく鋭利。
(殺される?)
本能と勘に従い、良晴はとっさに前のめりに倒れ、その上に太助が覆いかぶさってきた。
太助も気配を感じて自分を助けようとしたのか?
そう考えた良晴の頭の上を、十字手裏剣が一斉に通過していった。
「に、忍者かッ?」
「流石だ、よくぞかわした」
殺気に満ちた低い声が聞こえてきた、その方角を見上げれば、木の上に立つ黒装束の男。
引き締まった肉体と、自信に満ちた不敵な目つきからして、かなりの手練れ。
「我が名は服部半蔵。今川方の本陣を突き止めるとは、名のある侍と見た」
(服部半蔵だって!? 徳川家康の下で暗躍した忍びの頭領じゃねえか! くそッ! 今川方の警戒網に引っかかっちまったのか!)
音も立てずに木の上から飛び降りてくる服部半蔵。
その身のこなしだけでも自分と良晴には勝ち目は無いと分かる。普通なら。
「良晴さん。俺が半蔵に隙を作ります、良晴さんは全力で走ってください、絶対に振り返らずに」
「馬鹿! お前を囮にできるか!」
「ここで二人とも倒れたら信奈さんはどうなるんですか! 敵は桶狭間にあり、と伝えなければ良晴さんは『約束』を破ることになるッ!」
「……ッ! けど、隙なんて作れるのか?」
「そこは正直言って賭けですね」
そう言うと、太助は何か白いものを取り出し体の正面に当てる。
すると、ベルトが飛び出し、それはたちまちバックルになった。
続けて腰の部分にある本のような物体を開くと、中から『ブオォン!』という音と共にカードを取り出す。
「服部半蔵程の忍びでも、初めて目にするものには反応が遅れるって。変身!」
カードを挿入口に装填し、両側のハンドルを押してバックルを閉じる。
『HERO RIDE DECADE!』
次の瞬間、そこに立っていたのは体のあちこちに『10』の意を持つ意匠を配したマゼンタカラーの仮面の戦士。
幾つもの世界を旅し、その瞳に『英雄』を見続けてきた全てを破壊し、全てを繋ぐ者。
その名は、超戦士ディケイド。
管理人感想
ダークレザードさんからいただきました!
ディケイドキタ――――ッ! これで勝つるっ!
第6話にしてようやく登場。相手も相応の実力者だし、出番の少なさを吹き飛ばすくらいの大暴れを期待します。
一方で信澄親衛隊が原作通り登場。
アニメで絵がついてホントに可愛いことが証明されただけに出てきてくれて大歓迎……なのに、原作では残念ながら出番はこれっきり。どうしてこうなった(号泣