「服部半蔵程の忍びでも、初めて目にするものには反応が遅れるって。変身!」

カードを挿入口に装填し、両側のハンドルを押してバックルを閉じる。

『HERO RIDE DECADE!』

次の瞬間、そこに立っていたのは体のあちこちに『10』の意を持つ意匠を配したマゼンタカラーの仮面の戦士。
幾つもの世界を旅し、その瞳に『英雄』を見続けてきた全てを破壊し、全てを繋ぐ者。
その名は、超戦士ディケイド。

「貴様は……いったい!」

目の前でいきなり人間が謎の何かに変わったことに、さすがの服部半蔵も驚きを隠せない。

「太助……それは……」
「良晴さん、走れ!!」
「……ッ! すまん!!」

謝りながら良晴は跳ねるように立ち上がり、夢中で走り出す。

「させん!」

追おうとする半蔵の前に、ディケイドはライドブッカ―・ソードモードを構えて立ちはだかる。

「そいつは、俺を殺してからやってくれ」
「……ならば!」

叫ぶのと同時に再び手裏剣を投げつける半蔵。
地を這うように直進してくる手裏剣をかわ……さずに後ろに飛んだ。
手裏剣は不意に舞い上がり、喉を穿つ軌道を取るように飛んでいった。
その場ジャンプでかわそうとしていれば、喉を突き破られていただろう。

「貴様……“風穴”を見切るとは、甲賀者か!?」
「さあて、伊賀か甲賀か、ひょっとしたら風魔かも?」
「まあいい……殺しがいがあることには違いない!」

半蔵は忍者刀を抜いて突進、ディケイドもソードを構えて迎え撃つ。


第7話「カブキ犬と天運と桶狭間の戦い」


良晴は走った。
足を機関車のようにぶん回し、どこにこれだけの力があったのかと思うくらい、出鱈目に走った。
太助の無事を祈りながら必死に走り続けていると、背後に気配を感じた。
もしや半蔵に追いつかれたかと思い、なけなしの力を振り絞ろうとしたその時――

「……良晴、久しぶり」


投げつけられる手裏剣をあるものはかわし、あるものは切り払い、ディケイドを半蔵の戦いは三分を過ぎようとしていた。
良晴を追わねばならない半蔵は、だんだんと焦り始める。

「かくなる上は、我が美学に反するが――」

そう言って半蔵が取り出したのは――八方手裏剣。

「ッ! 毒剣か……」

手裏剣は刃が増えるほど、刺さりにくく、傷付け易くなっていく。
もっとも刃が多い八方手裏剣は、傷を負わせるだけでも相手を殺すために――つまり暗殺に使われる。
そうやって、毒を塗った手裏剣を「毒剣」と呼ぶのだ。

「その通り。ハンミョウの毒よ、かすっただけでも死ぬ!」

ディケイドに向かって毒剣が束になって降り注ぐ!
しかし、毒剣は尽く一本の朱槍によって薙ぎ払われていた。

「……姫様の危機と聞き、ただいま帰り新参として参上仕り候。……太助、加勢に来た」

その助っ人は、ド派手な虎の毛皮を頭からかぶり、虎の頭を帽子代わりにしてビロードの南蛮マント、南蛮風半ズボン、真白く整った小さな顔には赤い隈取、と立派な傾奇者だった。
だが、どこかで見たような……と思い、指フレームで顔だけ切り取ってみると……。

「犬千代さん!?」
「ん、久しぶり」
「どうしてここに?」
「夕べからこの山で野宿していたら、良晴を見かけた。……太助と違ってすぐ気付かなかった」

後半はとても不満そうに、口をとがらせていた。

「いや、その変わり様じゃしょうがないかと……逐電してから何があったんです?」
「実は……」

ういろうを求めて野山をさ迷い歩き、ういろうを求めて熊と戦い、ういろうを求めるあまり野性に目覚めて……。

「自分探しの旅をしていたら自分を見失った」
「いや……ういろう探しの間違いでしょ……」

が、再会を喜び合っている時ではない。
再び投げつけられた手裏剣を犬千代が叩き落とす。

「貴様の槍には手裏剣は通じぬな……」

ならば、と半蔵が忍者刀に手をかける。が。

「待て、服部半蔵! ここで俺達と相良良晴を殺せばどうなるか、よく考えろ!」
「む?」
「お前の主、松平元康は今川義元からの独立を望んでいる。だが義元はそれを許さず、使い走りをさせ続けて松平家を消滅させようと考えている。
 ならば、ここで俺達を見逃し、織田に今川を倒させれば、松平の独立は容易く成る!」
「織田勢如きが今川に勝てるわけがない。それに勝利した織田が勢いに乗って三河を攻めるかもしれん。そうなればどの道、我が姫の命運は尽きる!」
「元康殿は信奈様の幼馴染と聞く! それに今の信奈様の望みは美濃を攻略することのみ! だから東国への備えとして、必ず元康殿とは同盟を結ぶ! いや、俺達が結ばせる!」
「……義元の狙い。貴様の言うとおり、三河武士団の消滅にあることは確か。それに同盟の策もなかなかのものよ」

この時、服部半蔵は冷静に計算をしていた。
彼は、父の代から侍として松平家に仕えた武将としての器量を持った忍びであった。
そして真に冷酷非情な男でもあった。

(こやつの言うとおり織田が勝てばよし。負けたとしても、今川方の名のある将も大勢討死し、義元も三河武士を当てにせざるを得なくなる。
 どちらにせよ、姫は今の境遇から脱却できる……。それに、こやつ等を見逃したことは俺しか知らん。口封じも容易い)
「小僧。今回だけは貴様の言葉を信じてやろう。だが約束を違えれば、その代償は命で支払ってもらう、覚悟しておくことだ」
「無論。この世で最も尊い行い人間を汚した人間には、それが当然の報いだ」
「フッ……強かな奴」

半蔵は、犬千代という援軍が駆け付け、逃げた良晴を殺すのが難しいと自分が考え始めた瞬間を見計らって、太助が交渉を持ちかけたのを見抜いていた。
自分が、ただ己の任務を遂行するだけの「ただの忍び」ではないと踏んで。
そして、損得勘定の結果、二人を見逃して織田の勝利の目を引き上げることを選んだ。
それは太助たちにとって、まぎれもなく幸運だった。


そして、ボロボロのフラフラになりながらも、良晴は熱田神宮の信奈本陣に辿り着いていた。
そんな良晴の姿を見た信奈は、泣き、笑い、怒り、それらすべてが混ざり合ったような複雑な表情を浮かべて怒鳴った。

「サルッ! 戻ってくるなって言ったでしょうッ!? 何やってるのよ、そんなになって!!」

あまりの馬鹿さ加減に良晴の頬を張り飛ばすまでした。

「……義元の本陣は、桶狭間山の東の麓、通称・桶狭間だ」

良晴は後で知ったことだが、この時、義元の本陣を探るため、信奈も斥候を放っていたが、全員服部半蔵の手の者に捕らえられたのか、誰一人戻ってきていなかったらしい。

「本体は約五千。先行している他の部隊からは完全に孤立。今、変装した信澄が親衛隊と一緒に酒を配って足止めしている」
「勘十郎が?」
「信奈。俺に出来るのはここまでだ。どうする」
「サル。どうなの、あんたの千里眼では……」

言いかけて、信奈は口を閉じた。良晴の、傷だらけの顔に浮かんだ微笑を見たからだ。

「これはお前の道だ、信奈。俺は、お前が選んだ道を黙ってついていくだけだ」

その言葉に、信奈は不敵な微笑を返すことで答えた。

「だったら――全軍で桶狭間へ突撃よ! わたしの全てを、この奇襲に賭けるわ!」

その言葉に、眦をつり上げた勝家が、勢い良く法螺貝を吹いた。
一斉に兵たちが立ち上がり、鬨の声を上げた。

「折角の熱田神宮です。神様に戦勝祈願を成されては」

長秀の提案を受けた信奈は、仏頂面で神殿の前に近寄ると、甲高い声で叫んだ。

「いったいいつまでこの国を乱れさせたままにしてるのよ! 自分たちのことを敬わない人間なんか救わないって言うならそれでもいいわ!
 これからは人間であるこのわたしが民を守ってやるから! あんたが本当に神だっていうのなら、わたしを勝たせてみせなさいよ!」

その無茶苦茶すぎる神様いらない発言と行動に足軽たちはさらに士気が上がったが、勝家は罰が当たると怯え、長秀はあきれ顔だった。
そして、騎乗した信奈を先頭に、織田全軍が動き始めた。
息を整えた良晴も、田楽狭間から急いで戻ってきた五右衛門と合流した。

「五右衛門、太助と犬千代は?」
「戻ってきておらぬでござるか? ふむ、体力の消耗を避け、中途でのごうりゅうをしゅるちゅもりではないでごじゃろうか」
「今はそう信じるしかないか」

桶狭間へ。
猛速で全軍が突き進む中、異変が起きた。
熱田の神が傍若無人な信奈に激怒したのか、それとも信奈と織田勢の頑張りを認めたのか。
快晴だったはずの空がいきなり黒雲に覆われ、雷と豪雨とが襲ってきたのだ。

「太助殿の言うとおり、サル殿の努力、信奈様の天運を天が認めた結果なのでしょうか。そうであるなら、満点です」

と長秀。

「これぞ我が天運! この雨に乗じて、一気に桶狭間を襲うのよ! 雑兵は捨て置きなさい、狙うは今川義元ただ一人!」

どこまでもポジティブな信奈。
横殴りの雨で、視界はほとんど零。
この突然の集中豪雨は、国境地帯のあちこちに展開している今川軍の各部隊に対する目くらましになった。
補足できたのは、桶狭間山の山頂に立っていた服部半蔵ただ一人。
だが、半蔵は部下を「あれは龍だ。我らは何も見ていない」と制し、賭けの結末を見届けに向かった。


桶狭間で信澄たちの歓待を受けていた今川本隊の足軽達は、突然の雷雨に慌てて槍も甲冑も打ち捨てて、林の中に避難していた。
結果、本陣は僅かな小姓が守るだけのがら空きになったが、義元は気にも留めていなかった。

「姫、松平殿が先刻丸根の砦を落としました」
「この雨で地面がぬかるんで足場が悪くなってきました。本陣を移されては」
「必要……ない」
「しかし、足軽達はかなり酔っています。万が一奇襲を受けては――」
「ふん。このあた……わらわに奇襲をかけるような大馬鹿……いるはずがな……ありませんわ。おっほほほほ」

だがしかし。
そんな大馬鹿姫武将がこの時、この桶狭間にいたのである。
雨中の桶狭間。
雷が大地に落ちると同時に、彼女は単騎、谷へと駆け下りてきた。
織田信奈だった。

「全軍突撃! かかれええッ!」

雷鳴、豪雨、怒号。
桶狭間は大パニックに陥った。
油断しきっていた今川兵たちは慌てて武具を取りに戻ろうとするが、雨で地面がぬかるみ思うように動けない。
それでも本陣を守ろうと突進する足軽は、次々と柴田勝家の槍に吹き飛ばされていく。
元々尾張一の剛将と謳われる勝家だが、今の彼女は度重なる信澄の謀反を制止できなかったという思いを槍先に込め、阿修羅の如く暴れ回った。

「六が道を割ったわ! 一気に本陣に斬り込めえッ!!」

この時、五千の兵のうち、雨を避けて林の中に逃げ込んでいた多くの兵は豪雨で姿を、雷で大喚声をかき消された織田軍に気付くことさえできなかった。
かろうじて気づいたものも、泥に足を取られ、天を突く士気の織田軍に蹴散らされる一方だった。
そんな中、良晴は五右衛門とともに、一直線に本陣へと向かっていた。
性格は悪いがすこぶる美女。あんな美人を殺すなんて(俺の)人生の損失だ!
そう考え義元を降伏させようというのだ。
本陣に辿り着いた良晴たちが見たのは、こんな状況にもかかわらず床几に腰かけたままの義元の姿だった。

「おい、今川義元! 降伏してくれ!」
「…………」
「もうすぐここにも織田の兵がやってくるんだ、あんただって死にたくはないだろ?」
「…………」
「様子がおかしいでござるな?」

五右衛門の言うとおり、雷雨で外の様子に気づかないのはともかく、本陣に乗り込んできた馬の骨に対して無反応というのは考えにくい。
まさか、もう誰かに暗殺されちまったのか!?
恐る恐る近づいて、兜を取ってみようとした時、勝家が本陣に突っ込んできて義元を組み敷いていた。そのショックで兜が脱げて顔が露わになる。

「ッ!? こいつ、今川義元じゃねえ!?」

良晴の言葉に脇差を抜こうとしていた勝家の手が止まる。

「そ、それは本当か!?」
「ああ。俺は一度見た美人の顔は絶対に忘れない」
「影武者を立てていたでござるか……」
「あれ? 勝って当然の戦に影武者って立てるものなのか?」
「乱破を警戒したとかじゃないのか?」
「うーん。そんな細かいことを気にするようには見えなかったがなぁ」

と三人が考えていると。

「きーッ! この由緒正しい今川家の大大名たるわらわに縄を打つなど、何たる無礼な! 貴方何をしているのか分かっていますの!?」
「あーはいはい、さっきから降伏しろって言ってるだろ」
「誰が貴方達山猿どもに降伏など! そんなことをするぐらいなら死を選びますわ!」
「あーはいはい、だったら一息にズバーッと――」
「ししし死にたくな〜い! お命ばかりはお助けを〜!」

どこか気の抜けるやり取りと共に入ってきたのは――。

「七梨氏!」
「太助! と義元!!」
「誰? ……って本当かサル!?」
「ああ。京人形のように整いながらも、性根の悪さが漏れていて、俺的には天下一の美少女とは言えないこの顔……間違いねぇ!」
「いや、そっちもそうだけど、この変な格好をしてるのが太助なのか?」
「ああ、俺もついさっき知って……って五右衛門はなんでわかったんだ!?」
「相良氏が士官なされた日に見たでござる」
「ちょっと貴方達! わらわを無視するなんていい度胸ですわね! 元康さん! やっておしまいなさいってどこに行きましたのよあのお馬鹿さんは!

元康の所在を知らない所を見ると、どうやらかなり前から影武者と入れ替えられていたようだ。

「今の今まで誰にも気づかれなかったなんて……人望ないんだなぁ……」
「俺の経験上、こういう手合いは一人じゃ何もできないし、衣食住を保証すればそれで満足するから、さっきから降伏を進めてるんですけど……」
「何度も言っているでしょう! 降伏するくらいなら潔く死を選びますわ!」
「じゃあ、こっちも何度も言ってるけど、御首を頂戴して……」
「殺さないでくださいまし! わわわわらわは、死ぬのは嫌ですわ!」
「あ〜、確かにこれじゃあ、あたしでも気が引けるぞ」
「二人ともやめてくれよ〜、性格悪いけど美人だし、殺したらもったいない、俺が後悔する!」
「じゃあ、とりあえず問答無用で捕まえて、信奈様の判断を仰ぐことにしましょうか」
「この影武者は?」
「そっちは……って山野辺!? 山野辺じゃないか!」
「えっ、お前の知り合い!?」
「旅の連れです!」
「じゃあ、こいつも捕虜だな。言っとくがサル、説明はお前がしろよ」
「なんでだよッ?」
「あたしは気が進まないだけで、別に義元のことはどうでもいい」
「俺も以下同文。良晴さんの主張を聞いたんだからそれぐらいは我慢しないと駄目でしょう?」
「……わかったよ」


桶狭間の戦は、わずか三十分足らずで終わった。
今川義元が降伏した、という報が伝わると同時に、残った兵たちは武器を捨てて駿河へと逃げ帰ってしまった。
松平元康は丸根の砦から引き返し三河へ戻った。今川が滅んだ以上そのまま独立するだろう。
そして、義元の領地だが、こちらは武田信玄がすかさず奪い取ってしまった。
目に見える戦果は上げられなかったが、「織田信奈、今川義元を下す」の事実は全国の度肝を抜くだろう。
そして何よりも――自分の最大の苦難の時に、伸ばした手を命懸けで掴みにきてくれた者達がいたことが、信奈の最大の戦果だった。

「犬千代。勘十郎との諍いは終わったわ、帰参を認めてあげる!」
「……御意」
「そして、この度の見事な働きに応じて、ういろう一年分を下賜してあげるわね」
「……一年分……! どうしよう……」

一年分のういろうに埋もれた自分を想像したのか、犬千代は実に幸せそうな表情を浮かべる。
家臣たちの一部は「そんなんでいいのか?」とか話していたが、本人が幸せそうだから別にいいだろう。
次は……この戦に置いて一番の功績をあげた二人のうちの一人。が、暇を与えて追放したはずの男でもあった。
犬千代の隣で胡坐をかいて、声がかかるのを今か今かと待っているその無礼者に信奈は視線を向けた。

「で、サル」
「褒美をよこせ」
「まだ何も言ってないでしょ! 大体なんで戻ってきたのよ! 太助がいなかったらあんた死んでたじゃない!」
「うるせえな。追放は『戦の間』だっただろーが。ま、お前が何度解雇しようが、何度だって舞い戻ってやるけどな」
「だから、なんでよッ?」
「俺様が付いていてやらねーと、お前は短気で、不安定で、気分屋で! 見ちゃいられねえからだ!!」
「だ・ま・ん・な・さ・い・よッ!! ちょっとくらい働いたからって調子に乗るんじゃないわよ!」
「まあ、ぶっちゃけ織田家以外に仕えても、先が読めねえからな。断じてお前と一緒にいたいって訳じゃないぞッ!」
「あーお二人さん? じゃれ合いたいのは分かるけど、後が閊えてるんで手短にお願いします」
「だッ、誰がじゃれてるのよ太助ッ!? わ、わたしはこのしつけのなってないサルを……!」
「とにかく戦も終わったんだから、俺は帰参する。んで、褒美をよこせ! 二つだぞ」
「はいはい。わかったわよ。手羽先以外なら、ういろうでも味噌煮込みうどんでもあげるわよ」
「食べ物じゃねえよ。一つ目。三河に戻った松平元康と同盟を結んでくれ」
「もう使者を送ったわよ。美濃から京へ上るんだから東国と戦をするつもりはないわ。なんであんたがそんな褒美を欲しがるのよ?」
「いや、お前がそう決めてるのならそれでいい」

次の要求こそが本番だった。
今こそ自分の心の丈をぶちまけようと思った。
が、ふと思った。
太助は、自分の協力者だし、織田家に正式に使えているわけじゃない。じゃあ、褒美をもらえないってこともあるんじゃないのか?

「二つ目は……、捕虜になった山野辺って女の子を、織田家で召し抱えて欲しい!」
「えっ!? 良晴さんマジですか!?」
「ああ。お前には本当に世話になってるからな。これぐらいはさせてくれよ」
「でもいいんですか? 可愛い女の子とイチャイチャさせてほしい、なんていう心底下らない恥ずかしい願いを叶えるチャンスを?」
「って言い過ぎだろ!! 第一、俺は何も恥ずかしいことなんて言ってねえ! 男が戦に命を賭けられる理由なんてのはなあ! 可愛い女の子を守りたい、死なせたくない!
 これしかないだろうが! 少なくとも、俺はそうだッ」
「あ……」

太助は、信奈が一瞬肩を跳ねたのを見た。

「し、心配しなくても……太助の功績も一番だから……忘れちゃいないわよ」
「おおっ? 何故か知らねえけど、信奈が折れたぞ」

と小声で耳打ちしてきた良晴に太助は思った。
こいつ、今自分の言ったことの意味をよく解っていないな……と。


その夜。
良晴のあばら家には、続々とお祝いの品を以て隣人たちが遊びに来た。
浅野の爺さんはひつまぶしを。勝家は味噌煮込みうどんを(良晴の台詞のせいか絶対殺す、とブチ切れていたが)
信澄は……論功行賞の時から、自分の尻を抑えてどっぷり落ち込んでおり、何があったのか気になったが怖くて確認したくなかった。
道三は、まだぎっくり腰で動けなかったが、太助が伝言を受け取っていた。

「『人たらしの小僧よ、天下人の心はいずれお主の物となるじゃろう』だそうです」
「何だそれ? 意味分かんねえぞ」
「今はそれでいいですよ。……ところで良かったんですか?」
「山野辺ちゃんの事か? 気にすんな」
「そうじゃなくて、川並衆召し抱えの件ですよ。言わなかったみたいですけど」

……、……、…………忘れていた。

「そうだろうと思いましたよ」
「どうしよう!? 完全に忘れていたなんてバレちまったら……」
「ま、とりあえず平身低頭して謝るしかないでしょ」


それから、一人、また一人と帰って行き、良晴は一人になった。
五右衛門には、正直に忘れていたと告白し、ひたすらに謝ってどうにか許してもらった。
ただし、今度忘れたら全部男たちにばらすと、しっかり釘を刺されたが。
しかし、こうして部屋の中で一人、仰向けになっていると、不意に寂しくなってきた。
人が大勢来て騒がしかった反動だろうか?

(やめだやめだ、楽しいことを考えろ、気にすんな)

そう言えば、と良晴はふと思い出した。
あの後、信奈は太助にも褒美を取らせるといったが、太助は褒美の内容を耳打ちで伝えていたのだ。
その後、信奈は何故か頬をうっすらと赤らめて、俺に「身を清めて長屋で待っていなさい」と言っていたが……。
まさか、まさか……?
太助は、良晴を天下一の美少女とつきあわせてほしい、と言っていたのではッ?
そう閃いた刹那、心臓が口から飛び出しそうになった。

(ななな何で興奮してるんだ俺?たしかにあいつ天下一可愛い女の子って自分のことだって信じ込んでるし性格を除けば当たってるかもしれねえけど
 ってことは「身を清めて待っていなさい」って言ってたしまさかまさかまさかそんな馬鹿なあいつがそんなことするもんか好きでもない自分の家臣に褒美に
 自分を与えるとかそんなことするわけない大体あいつは自分に釣り合う男なんていないと思いあがっている節があるしあれで意外と純情だしいやでももしかして
 あいつが実は俺のこと好きだったりしたら?あいつ全然素直じゃねえから実は俺のことが好きだったりしてそして褒美を口実にして俺の布団に……!
 って、まずい! 何かよく解らんがこのまま一人っていうのは心臓に悪い!)

とあれこれ余計なことを考えながら、必死で目をつぶっていると、誰かが部屋へと上り込んできた。
しかも、良晴のすぐ隣に腰を下ろしてくる。

(ええい、俺はあんな我儘で暴力的な女なんぞ好きでもなんでもないが、覚悟を決めなきゃ男が廃る! 信奈だろうと別人だろうと女に恥をかかせるわけにはいかねぇ!
 いまこそ、大人の仲間入りをする時だぜ!!)

眼を血走らせ、オオカミの如く飛び起きようとして――。
訪問者に圧し掛かられた。

「起きているですか? サル様ッ」
「って、ねね―――――ッ!?  何でッ?」
「信奈殿が、『天下一の美少女』をサル様にご褒美としてお与えになると決めたからですぞ!
 このねねが、尾張で一番賢くて可愛い美少女ですぞ!」
「お前は『幼女』だ―――ッ!! 美少女違うッ! まだ早すぎるッ!」
「十年後には美少女ですぞ!」
「俺は今ッ! 今すぐ、女の子とイチャイチャしてえんだッ」
「というわけでこのねね、本日よりサル様の義理の妹となりましたぞ!」
「話聞けよッ、なんでそうなるんだよッ」
「これでサル様は身元不明の足軽ではなく、名実ともに織田家の家臣団の一員でござる、おめでとうございまする、兄様!」

パチパチと拍手しながら満面の笑みで囃し立てられても、侍大将に昇格したと聞かされても全然嬉しくない。

「あのさ、ねね。結局太助が信奈に要求した褒美ってのは何なんだ?」
「太助殿は、信奈殿に『サル殿に家族を作ってあげて欲しい』と願いましたぞ。なので、このねねが信奈殿より『女好きでスケベなサルが女の子に手をつけたり
 しないよう、妹としてきちんと見張りなさい』とのご命令を頂きました」
「えええええッ!?」

曰く。
別にサルが誰といちゃついても私は全然どうでもよくて、ほんとに、全く構わないんだけど、あんなエロザルに騙されて弄ばれる女の子がかわいそうだから
邪魔してあげるだけなのッ! と顔を真っ赤にして目を潤ませるほど激怒していた。

「これからはねね以外の女に色目を使ってはなりませんぞ!」
「何でそーなるッ? つーかお前に色目を使った覚えはねえ!」
「今が一番大事な時なのですから当分女遊び禁止です!」
「俺に『死ね』とおっしゃいますかーッ!?」

ふつふつと、良晴の中に信奈に対する憎しみが湧き上がってきた。
これが桶狭間の合戦を勝利に導いた家臣に対する仕打ちなのかあッ!?
俺を期待させるだけさせて地獄に叩き落としやがって……ッ!

「おのれ、信奈ぁぁぁぁぁぁッ!!」

と、思いっきり叫んだところで、猛烈な睡魔が襲ってきた。
父さん、母さん。俺、もうしばらくこの世界で頑張ってみるよ――と思いながら、良晴は意識を手放した。
信奈が部屋の外で、こっそりと聞き耳を立てていたのには、最後まで気が付かないまま……。



その頃、完全に闇に包まれた桶狭間に人影があった。

「因子の切り替えには失敗、しかし分枝の発生は無し。どうやら方法に間違いはないようだ。
 それにしても、早速ディケイドが現れるとはねぇ〜。まっ、張り合いが出るからそれはそれでいいんだけどさ。……さてと」

人影はどこからともなくタブレットを取り出して操作を始める

「次のステージは『美濃』キーキャストは……」
「『竹中半兵衛』と『浅井長政』」


管理人感想

 ダークレザードさんからいただきました!

 「こんなところへ攻めてくるバカはおらん!」「バカは来る!」を地で行っていた桶狭間の戦い。
 ここで慢心しなければ義元も天下を狙えただろうに……まぁ、『信奈』ではこの後も活躍しているんだけど。完全にギャグキャラ枠な『無双』に比べれば役どころではるかに救われてる子ですね。

 義元のところにいた山野辺。やっぱり仲間達は他の姫武将達のもとにいるみたいですね。
 次の相手、浅井家には果たして誰がいるのやら……