織田信奈の欲望、前回の三つの出来事!

一つ! 竹中半兵衛は人見知りの幼女だった!
二つ! 浅井長政は手段を選ばず、半兵衛を調略しようとする!
そして三つ! しかし彼女は、良晴を主として選ぶのだった!!


墨俣で、相良良晴と竹中半兵衛が主従の契りを交わしていたころ。
稲葉山城の山麓にある城主の館では、斎藤義龍とその家臣たちがさっそく酒宴を開いていた。
義龍は六尺五寸の大男であるが、意外と頭が聡い男であった。だが彼は良くも悪くも「武士の考え」しかできない男だった。
その為元服し、道三から自分が実は土岐氏の世継ぎだったと知らされてからは、その考えをさらに固め、「商人の思考」で国を発展させようとする父と尽く対立。
道三も古いしきたりにこだわる義龍の凡庸さに愛想を尽かし、美濃を信奈に譲ると勝手に決めてしまった。
これには国人たち――特に安藤伊賀守を筆頭とする「美濃三人衆」は震え上がった。何しろ信奈がまだ「うつけ姫」として評判だったころである。
「自領を取り潰されてはかなわぬ」と彼らは、取り立ててもらえないことを承知の上で半兵衛と共に義龍側へ着いたのだ。

「よくぞ半兵衛たちを退去させてくださいました。猿夜叉丸殿」
「昨日は調略に失敗した挙句、危うく糞団子を食わされるところでしたからね、その意趣返しですよ」

なんと浅井長政、何食わぬ顔で義龍の隣に座っているではないか。

「うつけ姫が尾張に加えて我が美濃を自力で併呑すれば、猿夜叉丸殿は織田家の下風に立たされる。そうならぬようにと色々と骨を折っておられるようですな。
 今度の意趣返しもその一つと見ましたが、そうではありませんか?」
(なるほど……一時期は道三が目をかけていただけのことはある)
「まあ、半兵衛がおらずとも我が稲葉山城に死角無し。うつけの信奈もすぐにそなたに首を垂れるしかないと気付くでしょう。
 織田家が半兵衛を雇いでもせぬ限り、この城は落ちることは無い。猿夜叉丸殿の懸念も杞憂というものよ」
「ふふふ、それはそれは」

この時、半兵衛がすでに良晴に仕官しているということをただ一人知っている人間がいた。
主演の末席に腰を下ろしている奇妙な女性がそれであった。
何が奇妙かというと、黒いコートを着てフードで顔を隠しているのに、周囲の人間は一人として、その服装の奇妙さに気付いている様子が無いのである。

(これで、信奈は自分の前に膝を屈するしかなくなった、と確信しましたか? 浅井長政。貴方が彼女にこだわる理由など、見当はついています。
 結局、貴方は織田信奈と相良良晴の二人が、身分も主従関係も無視してただ互いに共にあることを楽しんでいるのが、羨ましく、妬ましいのです。
 ですから、貴方は彼女を絶望させようとする。そうでなければ、貴方の『選択』は世の習いに従った結果ではなく、貴方自身の弱さのせいになってしまうのですから……)

そして、黒コートの女性は盃を煽る。

(まあ、どちらにせよ竹中半兵衛が相良良晴に仕官した時点で、この城と斎藤義龍の命運は決まりました。未練などありませんが、ディケイドに挨拶をしておくのもいいでしょう)


第10話「一夜城とショータイムと取りこぼす命」


竹中半兵衛調略という最初の目的を達成した良晴と犬千代は、安藤伊賀守の捜索を五右衛門と川並衆に任せ、報告の為に尾張の清州へと舞い戻った。
ところが――。
戻ってきてみれば、うこぎ長屋の良晴の家が、燃えていた。
というか、柴田勝家が、配下の兵士たちと一緒に松明を掲げて火をかけている。

「勝家ーーッ!! 俺の留守中に俺の家に何放火してんだ!!」
「仕方ないだろ、お前留守にしていて許可取れなかったんだから」
「許可とかどうとかじゃなくて、『何で』火をつけたのか聞いてんだッ! 答えなかったら乳揉むぞこらぁッ!!」

手をワキワキさせて鼻息荒く勝家に迫る良晴だったが、次の瞬間犬千代に凄い力で頭を締め上げられた。

「良晴、落ち着く。勝家、事情を話す」
「あ、ああ。お前らと太助が留守にしているうちに、信奈様は居城をこの清洲から小牧山に移されたんだよ。頭の固い老臣たちは猛反対したけど
 姫様は強制的に引っ越させて、渋る家臣の家は焼いちゃえ、と仰せになられて」
「それでいの一番に俺の家を焼くあたりに悪意を感じるが……まさか、俺の私物も全部燃やしたのか!?」
「それは……」
「兄様! 心配しましたぞ、黙ってどこかへ行くなどと……このねねにも一言くだされば、ううう……」

ねねが背中に抱きついてきて、すすり泣き始めた。
「そっか、ねねにも黙っていたんだっけ……」と、良晴は罪悪感を感じた。
こんなに夜遅くにまで起きていることが、ねねがどれだけ自分の心配をしていたかの証拠だ。

「兄様の私物はねねが持ち出しておりますぞ。本当に……無事で……」

頑張っていたが、さすがに限界だったらしく、ねねは眠ってしまった。

「寝ちまったか……しょうがない、小牧山へ向かうか」


小牧山は尾張の北端にある低い山で、はっきり言って僻地である。
何度も美濃勢の伏兵にあった信奈は、行軍距離を短縮するために山全体を急ごしらえの城砦とすることを決断した。
この本城の移転には、前述の理由以外にも、信奈を焦らせている理由があったのだ。
父・信秀以来の二代にわたる悲願である以上に、稲葉山城は義理の父斎藤道三のものだった。
その道三は最近めっきり老け込んでしまい、信奈は「蝮はもう長くない」と感じていた。生涯を美濃盗りに捧げた蝮を、亡命先の尾張でひっそりと死なせたくない。
義龍ではなく、自分を後継者に選んだことは、絶対に間違いなんかじゃなかったと証明してやりたい。
そんな風に考えていたのだと、『半兵衛調略』の結末を見届けて報告の為に戻るリリィから
「この戦は織田信奈と斎藤義龍による、斎藤道三の後継者争いでもある」
と指摘されるまでその考えに至らなかった自分を良晴は悔いていた。

(いつものあいつなら、長政に求婚されたって「私は自分が好きになった男を旦那様にしたいの」の一言で即刻断っている。なのに長政に断わりの返事も入れず、
 清洲を捨ててまで美濃を攻略しようとする。あいつが蝮のおっさんをどれだけ想っているのか知っていたのに、俺って奴は……!)

信奈の部屋で、美濃の地形を再現した庭園を見ながら良晴は悔い続けた。

「竹中半兵衛の調略に成功したそうだけど、何で半兵衛本人がここにいないのよ」
「半兵衛ちゃんは、長政に安藤のおっさんを人質にとられているんだ。安藤のおっさんを助けるまでは、長政に気取られないように菩提山で待ってもらってる」
(それに、半兵衛ちゃんは信奈にビビりまくってるからな〜)
「まあいいわ。だけど今度から動くときはあたしに直接言いなさい。誰かに伝言を頼むなんて横着したら斬るわよ」

刀を突き付けてすごむ信奈に「わかった、肝に銘じる」と二つ返事。

「……策を出しなさい」
「サク……? 騎馬隊とでも戦うのか」
「柵じゃなくて策! 稲葉山城を取る策よ、それしかないでしょう?」
「お、おう! とっておきのやつが「ただし、『墨俣築城』以外の策よ」
「げえっ!? 何でお前が言っちゃうんだよ!?」
「戦略的用地の墨俣に織田の楔を打ち込めれば、美濃の国人達を一気に寝返らせることはできるけど、義龍だってそれは分かってるわ。現に六が挑んで失敗したのよ」

数日前に勝家は、このままでは姫さまが浅井長政に奪われる〜。といてもたってもいられずに、墨俣へと繰り出した。
兵は三千人、人足は五千人の、計八千。
このままでは美濃は奪えず、姫様は浅井長政の妻にされてしまう。だがサルが万が一何とかしてしまえば、美濃は盗れても、姫様は「恩賞自由」の約束でサルの嫁に――!?
どっちも嫌な勝家は「自力で墨俣に城を建てて、恩賞自由の約束を果たしていただき、姫様の操をあたしが――ッて違うッ!?」と決死の覚悟を固めて墨俣に乗り込んだ。
だがしかし、墨俣は長良川を始めとする複数の川の流れが交差する中洲の地形。
自然、築城部隊は泥に足を取られての背水の陣を強いられる。しかも半分以上が人足なのだ。
たちまちのうちに美濃勢に蹴散らされ、勝家は泣きながら小牧山まで敗走する破目になったのだった。
もちろん「責任とって腹を切ります!」「貴重な戦力なんだから切腹禁止」というやり取りがあって、勝家のモチベーションがあっさり回復したのは言うまでもない。

「なるほど……勝家には悪いが、おかげで俺がやりやすくなったぜ」
「どういうことよ」
「あの勝家に無理だったんだ。『足軽上がりのサルに何ができる』って義龍たちも高をくくってるはずさ。そこに付け込めばなんとかできる」
「人足は逃げちゃってるから貸し出せないわ、家来も郎党もいないのにどうすんのよ」
「川並衆に協力させる。もし築城に成功したら、あいつらも召し抱えてやってくれ」
「川賊と付き合ってるなんて、ほんとに変なやつね、あんたって」

でも、あまり多くの兵はつけられないわ、と信奈。

「西の伊勢のほうでちょっと揉めててね。いつ本隊の出動を要請されるか解らない情勢なの」
「そうか。……信奈、悪いがこの築城作戦はお前にあることを呑んでもらわなくちゃ実行できねえんだ」

何時になく真剣な顔の良晴に信奈は戸惑ってしまう。

「な、何よ、言ってみなさいよ」
「確実に成功させたい。だから一週間後の梅雨時まで俺に時間をくれ」
「な……ッ。あんた!」
「わかってる! お前が蝮のおっさんに稲葉山城を返してやりたいって思ってるのも、半兵衛ちゃんの為に稲葉山城を捨てた俺が言えることじゃないのも分かってる!
 だけど頼む! 俺にもう一度機会をくれ! 俺に長政は間違ってると証明させてくれ!」

女には言葉で、口先で夢を見せてやればいい。浅井長政はそう言った。
だが、良晴は思う。それは絶対に違うと。
女の子が本当に求めているのは、甘いまやかしの言葉なんかじゃない。
見たがってる夢をただ夢のままに見せていい気分に浸らせるなど、本当の男のやることじゃない。
女の子が真に求め、男が真にやるべきは、夢を現実にしてやることだ。
そのためになら、男は自分の命だって捨てる覚悟ができる。

「約束する。必ず稲葉山城を盗る。夢も恋も、何一つお前には諦めさせねえ。
 俺には、身分も顔も腕もねえ――お前の夢を分かってやれるしか自慢がねえが……それだけはあの女たらしの長政にも、誰にも負けたくねえんだ」
「……え……?」
「どうだ、俺のガキっぽい言葉に少しは心が動いたか?」
「…………あ……」

信奈は顔を伏せ、カチンと固まって押し黙ってしまった。
一瞬、気恥ずかしい沈黙が二人の間を流れた。
いつもと違う信奈に内心慌てた良晴は、

「と、とにかく墨俣には城を建てる、んで稲葉山城を盗ったら――恩賞自由の約束、今度こそ果たしてもらうからな」

また弟や妹を増やすような真似はするなよ、俺はねね一人で手一杯だからな。そう言って去っていく良晴を見送りながら信奈は呟いた。

「あいつ……もしかして、本当に……」


掘立小屋同然の新たな相良家。
築城を引き受けてから三日、良晴は太助と共に築城計画を練りながら、五右衛門の帰還を待った。

「もう三日か……まさかもう始末されちまったんじゃ……」
「そんなことをすれば長政は一生半兵衛さんを敵に回すことになります。それは無いでしょう」
「そっか……それもそうだな……ところでなんで十兵衛ちゃんがここにいるんだ?」
「サル人間に協力するのは嫌ですが、あの浅井長政にほえ面をかかせられるなら、我慢するです。
 言っときますが、サル人間を手伝う七梨先輩を手伝うんですからね! そこを勘違いすんなです!」

その時。

「蜂須賀五右衛門、ただいま参上にござる」
「五右衛門、悪いな、あちこち引っ張りまわしちまって」
「うむ、安藤殿を無事救出して丁度良いところでごじゃった」
「おおっ! もうおっさんを救出したのか、流石五右衛門!」

ふふ、今頃竹中氏と合流なされているはずでござる。と五右衛門。

「ですがサル人間、半兵衛殿の知恵を借りなくて大丈夫ですか?」
「ああ。一度は義龍に仕えた半兵衛ちゃんを美濃攻めに加担させたくないんだ」
「相変わらず甘いでござるな」
「それに、俺達だけでやれる自信がある」
「ふむ。何か秘策があるのでござるな、相良氏」
「もちろんだ」

まず一つ。
築城に参加する手勢。
これは川並衆だけでは、美濃勢の攻撃に対処しきれないという太助の意見で、近隣の野武士たちを使う。
川並衆も元は野武士。そのネットワークで勤王の志を持った野武士たちに声をかけて良晴の金で雇う。

「良晴さんが川並衆を召し抱えてくれと信奈さんに申し出てしまっているのは……仕方がないので彼らも川並衆ということにしてしまいましょう」
「いいのかなあ……」
「どうせ、良晴さんだって川並衆の正式な人数は知らないでしょう? 五右衛門さんが黙っていれば大丈夫ですよ」

二つ目。
そうやって集めた人材を、少しずつ美濃領に渡し、稲葉山のさらに上流にある瑞龍寺山の裏手の密林に入り込ませて樵をやらせる。

「勝家さんの失敗の原因は大軍勢で墨俣に入ったことと、木材を尾張から持ち込んだことです。これじゃ美濃勢に気取られるのは当たり前だ」
「だから、野武士たちを少しづつ美濃に潜り込ませて、木材を現地で調達するわけですね」
「で、これらを梅雨時にやれば出水時だから渡られぬものと義龍も油断する、あちこちの洲も水浸しで用兵も思うようにできない」

そして最後。

「これは藤吉郎のおっさんが考案した手だが、ツーバイフォー工法で行く」
「通」
「背?」
「砲、でござるか?」
「あらかじめ建物の部品を別の場所で全部作っておいて、それを現地に運んで一気に組み立てちまうってやり方だ。これなら城に見せかけた砦ぐらいは一夜で作れる」
「ムムム……まさに奇策中の奇策でござるな、しかしそれだけの重量物をどうやって墨俣まで運ぶでござる」
「そこでお前たち川並衆の力が必要になる。切り出して作った部品を、筏に載せて木曽川から墨俣まで水上運搬するんだ」

この時代は、木曽川の流れが現代とは違い、中洲の墨俣で長良川と近接していたのである。
が、木曽川は名うての急流。しかも出水していれば危険度はさらに跳ね上がる。
当然、前野某達は一斉に不平の声をあげる。あげるが……

「……うにゅう。流れが速い木曽川の上流から筏で運べば、たちまちちゅのまたでござる。これはまた妙案でちゅな、ちゃがらうぢ」

五右衛門が噛みながらアイデアを褒めると、一転して歓声を上げて良晴を褒め称える。

「そうだ、これは天下の妙案だ!」
「坊主、お前は全く天才だぜ!」
「何度も言ってるけど、お前ら自分の意見とかねえのかよッ!?」

そして間もなく、小牧山から川並衆は八方へ散った。
それ以来尾張から美濃へかけておかしな人間の移動が始まった。
そして美濃へ渡るといずこへともなく姿を消した。


やがて梅雨に入り、木曽川も長良川も揖斐川も日増しに水かさを増していった。
美濃の武将たちも、雨季の間だけは信奈も川を渡れまい、と安心していた。
だが稲葉山城のすぐ後ろの瑞龍寺山では、ずぶぬれになった良晴と川並衆、そして五千人の野武士たちが懸命に働いていた。
何しろ勤王という筋を通して立派な武士に返り咲くか一生を厄介者で通すかの瀬戸際なのだからその真剣さは並々ならぬものがあった。
天下に名高い『墨俣一夜城』の伝説が、すでに始まっていたのである。
だが、良晴の心には不安があった。
失敗すれば死。命を拾っても、信奈をむざむざと浅井長政に奪い取られる。「木下藤吉郎」を演じているだけの自分に同じことができるのだろうか?

(違う……できるかどうかじゃない、やってやるんだ!)

そしてすべての部品は完成し、後は墨俣まで運んで組み立てるだけとなった。
だが、この時代の木曽川はただでさえ激流であるのに増水した今は、落ちたら間違いなく命が無い。
しかし、今の良晴は死の恐怖を超える何かが、彼の背中を押していた。

「身分なんて偶然の運に過ぎねえ。男の価値を決めるのは実力と志だ! それを証明してやるぜ、浅井長政ぁぁぁぁッ!!」

そう叫ぶと良晴は激流へと出された筏に飛び乗る。
それを皮切りに川並衆も野武士たちも次々と筏に飛び乗っていく。

「俺達が親分をお助けせずに、誰が助けるってんだッ!」
「「「俺達は、親分と、地獄の底まで、駆け抜けるッ!!!」」」
「生涯日陰の野武士で暮らすか、子々孫々に陽の目を見せるか、ここが運命の分かれ目よッ!」
「そうだ! 誰かの為ではない、我ら自身と子孫のために命をかける時だ!!」

この時、良晴は大将の器を示した。
叫んだ言葉と率先して危険に飛び込んだことで、その覚悟はこの場に集まった全ての人間に伝播したのだ。
……勢いはよかったものの何度も筏の上から振り落とされそうになって、その度に顔を赤らめた五右衛門に抱きとめられ、川並衆どもに「死ね」
「死んでしまえ、相良良晴」「親分に抱きとめられるなんて羨ましいッ!」と怨嗟の声を一身に受けていたが。

「相良氏。墨俣にござる……朝が来る前に城を組み立ててちまいまちょう」
「……そうだな。ここからは、一刻を争う勝負になる」
(そうさ。俺は何も諦めねえ)


そして、夜が明けた……!
最初にそれに気付いたのは、見張りの兵だった。

「うん? あれは何じゃ」
「城のようでござります」
「調べに参る、ついて参れ!」

近くによって兵たちは驚いた。
中はまだ出来上がっていないようだったが、城壁の柵は完成し、織田の旗が翻っていたのだ。
報告を受けた義龍を始めとした美濃の重臣達は驚愕した。
このようなことにならぬよう鵜の目鷹の目で見張っていたのに、一体どうやって城を完成させたのか。

「ええい! 議論など後でいい! 今はあの城を一刻も早く叩き潰すのだ、兵をだせぃ!!」
「はっ!!」

義龍の鶴の一声で、美濃勢が西から東から怒涛の如く墨俣に押し寄せてきた。

「来ましたよ。ざっと千。稲葉山城にも守備兵を残しているでしょうがすぐに出られる全軍で向かってきているです」
「ここに城を築かれるのは喉元に刃を突き付けられるのに等しいですからね……良晴さん、作業はあとどのくらいで完了しますか?」

太助の問いには義晴に代わって前野某が答えた。

「小一時間と言ったところだ!」
「幾ら柵で囲ってあるとはいえどれだけ持つか……」
「命あっての物種だぜ、坊主!? ここは撤退するべきだ!」

この時、良晴は浅井長政のせせら笑う声を聴いた気がした。何も諦めないなど不可能だ。子供の言い草、ガキの戯言だ、と。

「……俺が時間を稼ぎます」
『HERO RIDE DECADE!』

櫓を見上げると、太助がディケイドに変身していた。

「良晴さんは築城に全力を尽くしてください。……俺達が美濃勢を一手に引き受ければ、信奈さんが稲葉山城を攻めるチャンスが出来る」
「でも一人じゃ無茶だ!」
「野武士の皆さんも不利と見れば逃げ始めるかもしれない。士気を保つためには誰かがやらないといけないんです。……心配はいりません」

そう言って太助は真紅の髪の女性が描かれたカードを取り出す。

「そのカード……!」
「俺には、俺の仲間たちの力がある。変身!」

カードを差し込むと同時に太助は櫓から飛び降りる。

『HERO RIDE LILIY!』

そして地面に降り立つと同時に変身完了したその姿は、半兵衛調略作戦で共に行動したあの女性――リリィその人だった。

「な、なんと七梨氏は変身の術も使えたのでごじゃるか!?」
「はいです。私も知った時は驚いたです」

ちなみに、五右衛門の言う変身の術とは。
忍びが敵地に潜入して情報収集を行う際、異なる顔で潜入を行うことである。
こうしておけば、見破られて逃亡するとき、素顔に戻るだけで悠々と逃げおおせることができるのである。

(そう言えばローブの前を絶対に開かなかったけど……あれってドライバーを隠すためだったのか)

ライドブッカー・ガンモードを右手に構え、召喚器ライテウスをはめた左手を顔の前に掲げて、戦士は迫りくる敵軍に告げた。

「さあ、ショータイムだ!」

牽制の弾を打ち込み、敵に突進。切りかかってくる足軽にキックを叩き込み、槍兵や弓兵は銃撃で牽制。
ローブを翻しながら、一瞬たりとも止まらないその戦い方はまるで踊っているようだった。

『ATTACK RIDE BLAZENON!』

ライテウスからの火球と、銃撃で全方位を薙ぎ払う。
だがこれでは足りない。もっと敵の目を引き付けなくては。

『HERO RIDE CHERUSI』

今度は金髪の女性、チェルシーに変身。リリィの時とは打って変わって力強いインファイトで兵を蹴散らしていく。
それを阻止しようと数人の兵が一斉に槍を繰り出してくるが、

『ATTACK RIDE GRAVITY』

Dチェルシーが手をかざした途端に、先端が地面にめり込み、凄まじい重さがかかる。

「うぉぉッ!?」
「よ、妖術かッ!?」
「どうした? とっとと持ち上げてみろよ」
「お、おのれ! むぉぉぉぉぉッ!!」

兵たちが渾身の力を込めて持ち上げようとした瞬間、手を振り上げて重力を上向きにかけ直す。
全員が、槍を勢いよく持ち上げすぎてその場でひっくり返ってしまう。

「必殺、重力空気投げ……ってね。さあ、まだまだ行くぜ!」
『HERO RIDE ALICIA』

さらにアリーシャに変身。背から翼を生やして空を駆けながら敵に切り込んでいく。

「また姿が変わった!」
「て、天狗じゃ! 織田軍には天狗がおる!」

そのまま空に飛びあがり

『FINAL ATTACK RIDE AAAALICIA』
「奥義! ニーベルンヴァレスティ!!」

巨大な槍を敵の中心にぶん投げる!
そのディケイドの暴れっぷりに良晴も光秀も度肝を抜かれていた。

「な……なんて非常識な! 先輩本当に人間ですか!?」
「でも見ろよ十兵衛ちゃん。美濃勢の奴ら、浮足立ってるぜ。これなら城が完成するまで持つかもしれねえ……」

良晴が希望を口にしたその瞬間、Dアリーシャを光の鞭が襲う!
ヒーローライドが解けてディケイドに戻りながらも受け身をとり、攻撃の主を睨みつける。
相手は黒いコートを着用し、右手に鞭を、左手に銃を持っていた。銃が鞭の柄を途中で折ったような形をしているところを見ると、そういう機能を持った武器なのだろう。

「その外見……お前か、山野辺を義元の代役に仕立て上げた奴は」
「ほう、彼女の記憶に残っていましたか。いかにも。私の名は『シン』今後ともよろしく――したくありませんね、ディケイド」
「それはこっちの言うセリフだ――こいよ」


ディケイドがシンに抑え込まれたことで、美濃勢は再び砦に押し寄せてくる。
おまけに、増水の影響で集結が遅れていた各地の美濃勢も徐々に合流してきた。

「くッ……」

歯噛みする良晴を見ながら五右衛門は。

「相良氏。ここは拙者が食い止めるでござる」

これにて御免! と背中から忍者刀を抜いて、櫓から飛び降り、たどんを投げながら美濃勢へと切り込んでいく。

「〜〜ッ! この天才姫武将たる私を死なせたら化けて出てやるですからね! 七梨先輩!」

光秀も文句を言いながら野武士たちを引き連れて斬り込んでいく。

「五右衛門! 十兵衛ちゃん! ……クソッ!」

戦は嫌いだ。だけど嫌いなことを仲間にばかりやらせるのはもっと嫌いだ。

「俺の我儘に付き合わせておいて、俺だけ安全なところにいられるか!」

良晴も槍を取って戦場に躍り出た。

「相良氏!? 何故出てくるでごじゃる!?」
「お前に勝手に死なれてたまるかよッ!!」
「うぬう……ッ!」

瞬間、五右衛門は見た。
一丁の種子島が良晴を狙っている――!

「あ、危ないでござる、相良氏!」

種子島の発砲音。
五右衛門の声に反応して振り向いた良晴が見たのは。
目を回しながら、自分の腕の中に崩れ落ちてくる五右衛門の姿だった。

「ごっ……五右衛門ぉぉぉぉぉんッ!!」
「……相良氏……ご無事で……ござるか?」
「五右衛門……! 死ぬなよ!」
「……捨てる実の重みや価値を知らずして……新たな実を拾うことは、無理でござる」
「何訳の解んないこと言ってんだよッ?」
「……真の覚悟とは……その上で実を拾おうと……手を伸ばすことでござる……覚悟を持たれよ……ちゃがらうじ……」
「――五右衛門?」

返事は無かった。

「これじゃ、話が違うじゃねえか……!」

一夜城イベントを発生させたのに成功してくれない。
自分を信じてくれた五右衛門を死なせてしまった。
未来に知識に胡坐をかいたつけだというのか。
それとも、俺には藤吉郎のおっさんの代わりなんて最初からできないのか。

「俺には……結局何も、守れねえのかよ……!」

墨俣に、良晴の慟哭が響き渡った。


管理人感想

 ダークレザードさんからいただきました!

 前回ツッコみ損ねましたが、リリィ、『デュエルセイバー』のあの子ですか。
 原作プレイ済みです。真っ先に攻略しようとしたのに初回ではフラグ立ってなくて号泣しました(爆)。

 良晴を守って倒れた五右衛門。
 確かに良晴は未来の知識に胡坐をかいていたところはあるかも。未来で(ゲームから)学んだ知識があるにしても、具体的なところまでは知らないワケですし。
 今回で言うなら、一夜城築城は勝ちフラグかもしれないけど、史実では当然あったはずの“一夜城完成から勝利までの細かい駆け引き”なんてゲームじゃまず省略されてそう。築城から勝利までの間に攻められる可能性を楽観視していた良晴のミスですね。今後の挽回に期待しましょう。