織田信奈の欲望、前回の三つの出来事!
一つ! 浅井長政と信澄は夫婦付き合いを始めた!
二つ! 関白近衛前久は、自らの野望を太助と良晴に語った!
そして三つ!! その第一歩として、将軍宣下に厳しい条件を突き付けた!!
堺。
その名の由来は、摂津国と和泉国、河内国の丁度「さかいめ」に位置することにある。
この町は武家ではなく、「会合衆」と呼ばれる豪商たちによって自治が行われている。
その自治を実現させている力は、明、琉球、シャムやジャカルタと言った東南アジアから、ポルトガル、イスパニアと言った南蛮との貿易で得た「銭の力」である。
鉄砲鍛冶集団による種子島の量産体制も確立させた堺は、まさに世界中の銭を集めた「黄金都市」なのであった。
「まさか、この時代でソースをかけたたこ焼きが食べられるとは……流石国際都市。光秀さんもどうです?」
その堺に、京の留守役を申し付けられたはずの太助と光秀は来ていた。
「……七梨先輩、私達が何の為に京の留守役を放り出してまでこの堺に来たのか分かってるですか? ……一つ下さい」
「もちろん。この堺にいるはずのシャオを見つけること。そのついでに十二万貫を稼ぐことでしょう?」
そう。
太助が信奈に怒られることを覚悟で堺に来たのは、京を訪れていた商人から、シャオらしき人物がここしばらく境に逗留しているという情報を聞いたからなのだ。
「はふはふ……って、逆です逆!」
「俺にとっては逆じゃありません……あ。やっぱり間違ってました」
そういうと、太助はたこ焼きを食べる手を止めて
「十二万貫を稼いで、未来から来たなどとほざくサル野郎を追い落とし、信奈さんの寵愛を独占する。でしたね」
「!!」
貴方という人は……言いにくいことをずけずけと言いますね……。と呟く光秀。
「正徳寺でも美濃でもそうでしたけど……七梨先輩はなぜそこまで人の心を見通せるのですか?」
「世界を旅して、いろんな人に出会ってきた経験によるもの、ですよ」
良晴さんのこと、認められませんか? と太助。
「当然です」
そう、凛とした声で言い放った。
「我が明智家は今でこそ見るも無残に落魄しておりますが、元をただせば清和姫巫女様の血を引く清和源氏の一族。源頼朝公もこの清和源氏の出身です」
「つまり、名門中の名門出身ということですか」
「加えて、この十兵衛光秀は美濃随一の神童。だが父は早くに戦没。母上は、貧乏な家故に学問が出来ぬは不憫と、私の教育の為に寝る間も惜しんで内職を
続けてくださいました。この十兵衛光秀を野に埋もれさせず世に出したい、明智の家を再興させたい、その想いゆえに無理を重ね、とうとう体を壊されてしまいました」
「そして、道三殿の目に留まり、小姓に取り立てられたわけですね」
「はい! この私は他の武将とは頭の出来も覚悟も違います。信奈様が道三様から継がれた天下布武、そして世界制覇という夢に誠心誠意お仕え出来るものは、この十兵衛だけです。
断じてあんな……! 家臣の癖にこともあろうに信奈様に下心を抱くような、下剋上野郎の詐欺師なんかではありません!!」
太助は思う。
光秀の目は真剣で、母の想いに答えたい、信奈の力になりたいという想いに嘘は無いだろうし、応援してやりたいと思う。
だが彼女は自信を持ちすぎるあまり、他人を信じられず、信奈への忠誠心が暴走してしまっている。
かつて道三からこう聞いた。
「十兵衛はのう、一度物事に夢中になると、その問題に対してがむしゃらに働き続ける一方、周囲がまるで見えなくなってしまうんじゃ。
まあその集中力が、いつかとても大きな事を成し遂げる力になるじゃろうと儂は思っとるがのう」
成程、確かにその通りであった。
「まあ、それは置いといて光秀さん。十二万貫を稼ぐ具体的な作戦はあるんですか?」
「無論です。堺の町を包囲して、火をかければいいんです。境には金で雇われた傭兵共がおりますが、火を見ればびっくりして蜘蛛の子を散らすように逃げ去ります」
「で、焼けた堺に軍を入れて直轄領にしてしまえば、堺の富は全て信奈さんの物ですか。成程、完璧ですね。信奈さんが絶対に許可しないっていうところ以外は」
「なぜですか!?」
「この目の前の光景が答えですよ」
南蛮人だけではなく、傾奇者を含めて様々な人が行き交う往来。
傭兵たちも「この堺に攻めてくる勢力はおるまい」と安心しきっている。
「絶望に澱んだ京とは違う。この黄金の町は『希望』に満ち溢れている。この町を炎で包めば信奈さんは日ノ本だけじゃなく、南蛮でも悪く言われて世界に打って出る時
不利になる。……この際だからはっきり言います、光秀さん。俺は貴方とは仲良くやっていきたいし友達になりたいとも思っている。
でも、貴方が道を踏み外しそうになったら……貴方の敵になってでも止めます」
そこまで言って太助は人ごみの向こうに、背の高い男性と話をしている、鮮やかな振袖を着た信奈と良晴を見つけて、彼らに駆け寄って行った。
だから、光秀が小声で呟いた言葉に気が付かなかった。
「私は……間違っていません……間違っているのは……サル人間のほうです……」と。
第14話「黄金都市とびぃすとと巨乳シスター」
合流した四人はその男――今井宗久の屋敷を訪れていた。
聞けば彼は、信奈とは十年前に出会っており、現在は種子島の買い付け先である、納屋の主人だという。
会合衆の茶会に参加したことのある光秀も、彼を見かけたことがあるらしい。
「ようお越しくださった、おひぃさま。堺に逗留される間、どうぞそれがしの屋敷をお使いください」
「デアルカ。松永弾正はわたしに降参して大和へ引っ込んだわ。三好一党は四国へ逃走。宗久、あんたもわたしの味方につく?」
「それはもう。織田家はお父上の代から今井の鉄砲を御贔屓にしていただいとる上得意様」
「そう言いながら、織田家以外にも種子島を売り捌いているそうじゃない、宗久」
「高う買うていただけるなら、どこにでも売る。それが商いっちゅうもんですから」
太助は改めて今井宗久を観察した。
働き盛りの壮年、髪は白いものが混じっているが肉体の衰えはまだない。
頑固一徹そのものの苦み走った顔。南蛮渡来のモノクルをかけ、高い背に広い肩幅。
「そうそう。本日は、客人が来とります。お引き合わせいたしましょうか」
「誰なの?」
「天王寺屋の、津田宗及。この納屋の今井宗久と並ぶ豪商ですわ。それに鴻上屋の鴻上明生」
天王寺屋の当主、津田宗及。
今井宗久とは対照的な、線が細い青白い男だった。
今井宗久がたたき上げなら、彼は根っからの経営者だろう。
そして鴻上屋の鴻上明生は、逞しくも、どこか茶目っ気を感じさせる男だった。
「手前が津田宗及にございます。明智様とはかねてより昵懇にさせていただいております」
「鴻上と申します。織田信奈様との出会いを今日この良き日に感謝します」
「デアルカ」
(この津田宗及という男……商人というより策謀家って感じがする……。深く付き合いたくないタイプだ)
「お久しぶりです、津田殿。実は……」
光秀は上機嫌で、急ぎ十二万貫が必要な件をぺらぺらと話してしまった。
「なるほど……ご事情の程理解しました」
「津田殿、妙案はありますか?」
「堺は三十六人の会合衆が納めている街。それぞれから三千三百三十四貫文を矢銭として納めさせれば、十二万貫文になりましょう」
「大金ですね。いったい何と引き換えなんです?」
「ほう、そちらの君は話が早いじゃないか。十二万貫の値打ちのある『名物』を我らに売ってほしい! そう、納屋のたこ焼きに匹敵する名物料理をねッ!!」
太助の質問に、鴻上はかなりのハイテンションで返す。
「会合衆は、納屋のたこ焼きに押されて、どの店でも売れる名物料理を欲しがっているからね。今井殿はそれでいいかな?」
「それがしは異存おまへんで。名物料理も、自由な競争があってこそ栄えるっちゅうもんや」
「その欲望、実にすばらしいッ! 流石はその年で会合衆に席を連ねるだけはある!」
「ただし、名物は新たに二つもいりますまい。三日後の会合衆の集まりで売り込んでもらい、その場の投票で過半数を取った方だけを買い取らせていただきます」
「なお、いずれも投資する価値無し! と見れば白票を投じても構わないとさせてもらおう! 過半数に達しなかったら、話は打ち切りだ」
商人は儲からないものには銭を出さない。
少々厳しい条件だが、今はこの提案に乗るしかなかった。
「承知したわ。十兵衛! サル! 聞いたでしょう、今すぐ名物料理を考案しなさい! 負けた方は、岐阜城の厨房係に左遷よ!」
な……何ですとー、と良晴と光秀が顔を見合わせた。
「ちょっと待ってくれ! 俺は料理なんて全然できねえぜ! 別の勝負にしてくれ!」
「駄目よ。織田家は実力主義。身分は問わないけど、その分出世競争が激しいの。どっちも頑張りなさいね」
「お前なあ。そうやって追い込んで発破をかけるのは悪い癖だぜ? 十兵衛ちゃんみたいな生真面目な奴には、かえって逆効果になることもあるんだからな」
「そうかしら?」
津田宗及は帰り際に自分の邸宅を宿にするよう光秀を誘った。
光秀としては、良晴が信奈にセクハラをしないように見張りたかったのだが、断りきれずに、「夜までには戻ります」と言い残して津田宗及について行った。
「ところで良晴さん。さっきからしょっちゅう悶えてましたけど何があったんです?」
「いや……それは……」
「私が、堺は初恋の人と一緒に歩いた思い出の町なの、って言ってからずっとそうなのよ」
「初恋? へー、どんなふうに知り合ったんです?」
と、信奈は小声で話し始めた。
「実は、十年前に堺に来た時に父上と三人で堺見物をした思い出なのよ」
「十年前? ってことは、以前おっしゃられていた宣教師さんですか?」
「ええ、そうよ。あ! でもサルには内緒よ。最近増長してるから、からかってあげないと。くくくくく」
「成程、大体わかりました」
要するに、良晴は信奈の初恋の人が自分じゃなかったことにショックを受けているのだ。
だが『ショックを受けるほど信奈が好きになっている』ということを認めたくないからあんなに悶えているということだ。
一方、その頃。
津田宗及の屋敷では、光秀が「さるお方から依頼されている秘密の仕事を片付けてくれたら、相良様との名物勝負に勝たせて差し上げましょう」と
持ちかけられ、とある裏の仕事の依頼を受けていた。
「ふふん。持つべきものは友ですね。おまかせあれ!」
絶対に良晴に勝ちたい、という欲望に支配された光秀は、津田宗及が提案した話の黒さも、自分がトカゲの尻尾にされようとしていることも、何一つ考えることなく引き受けてしまった。
自信があるからこそ、世界を自分に合わせて考える。力ある者の傲慢である。
翌日。
丁稚姿の良晴は堺の町を歩いていた。
何せ、信奈と顔を突き合わせていれば喧嘩ばかりするわ、「初恋の人」の話をされると何故かむかつくし、腹いせに信奈の部屋に夜這いをかけようとすれば
信奈の隣で寝ている十兵衛に種子島を突き付けられるしで、堺の町を散歩しながら作戦を練ることにしたのだ。
とはいっても、自炊経験のない自分には、うろついてネタを探すぐらいしかできない。
右も左もわからない街を出鱈目に歩いているうちに、石造りの教会の前まで辿り着いていた。
そこには……。
「おや良晴さん。こんな南蛮寺に何の用なんです?」
「太助!?」
「おっと、皆まで言わないでください。シャオがここにいると聞いたので、話を聞きに来たんです。迷子の良晴さん」
「迷子じゃねえ!」
「……一人で今井屋敷まで帰れます?」
「…………なあ、ちょっと中覗いて見てもいいか? おお、これは!」
内装はまさに、教会。
祭壇に、十字架に、キリスト像、マリア像。
どうやら今は修道女の説話が行われているようだ。
聖書を朗読している若い修道女に良晴の目は釘付けになっていた。
何故か?
シスターが、金色の髪と真っ白い肌と碧い目を持つ西洋人だったからでもある。
だが何と言っても最大の理由は、その清楚で可憐な細い身体に、思わず目を疑うような、人知を超えた代物が与えられていたからである。
(おおおおおおおおっ? に、日本人の女の子では絶対にありえない奇跡のプロポーションッ! この愛らしい童顔にこの破壊的『バスト』!!
ああ……この美しい女の子はエルフだ! エルフが、戦国時代の日本に実在したんだ!)
ぶっちゃけ、シスターは超ボインちゃんだったのである。
ふらふらふらふらと、つい近寄って行ってしまう良晴。
駄目だこりゃ、と頭を押さえる太助。
「きっ……貴様、誰だ? 我らの集会所に、勝手に入ってくるな! 危険だ!」
片目に眼帯をした幼い女の子が良晴の前を通せんぼする。髪の毛はどういうわけか金髪で漆黒の南蛮河童を身に纏い、首からはロザリオと逆さの十字架を下げ
腰には鎖、足には革ブーツと凄い南蛮かぶれの子供だが、ちんまりとした刀を腰に下げているあたり、武家の娘らしい。
「こら、入ってくるな! 我等は今『黙示録のびぃすと』について教わっているところ……」
ぎりぎりと歯ぎしりしながら、眼帯娘は良晴の目の前に手をかざし、「えろいむえっさいむ、えろいむえっさいむ」と悪魔召喚の呪文を唱えて威嚇する。
(おいおい、聖なる教会で悪魔を呼びだそうとするなよ)
「いや、俺は……君の敵とかじゃなくて……えーと困ったな」
「代わりましょう良晴さん。俺達は尾張から来た織田家の武将で、七梨太助と相良良晴です。俺は教会に人探しに来て、こっちの人は
修道女さんの胸に誘惑されたからで他意はありません」
「おい、それだと俺が変態だと誤解されるじゃねえかッ!」
「……………」
「その『この馬鹿、何馬鹿なこと言ってんの?』みたいな顔はやめろよ! 傷つくから!」
「にゃにっ!? こ、この男もフロイスを抱き枕にしようというのかッ!? そうはさせんぞ! フロイスの胸は渡すわけにはいかん。
この梵天丸の必殺奥義、『十二使徒再臨魔界全殺(ボンテンマルモカクアリタイスゴイソード)』を喰らわせてくれるわ!!」
「おいこらチビガキ、刀を抜くんじゃねえ!」
「ふふ。梵天丸ちゃん。イエス様のお話を聞きに来てくださったお方を、そのように拒んではいけませんよ。それに、ここは教会です。抜刀してはいけません」
エルフと見紛う美少女修道女が、聖母のような笑顔を浮かべて眼帯娘――梵天丸の動きをやんわりと封じた。
「フッ。フロイスがそういうなら、この梵天丸も子供ではない。決着をつけるのは後日としよう」
「俺のへそまでしか背が届いてない子供のくせに何言ってやがる」
「子供ではない! 我こそはこの日ノ本の転覆をはかる破壊の大魔王『黙示録のびぃすと』こと梵天丸なるぞ!」
(あー、この子完璧にあれだよ。随分と早くかかっちゃってんなー)
「梵天丸ちゃんは、イエス様の教えよりもその……『ヨハネの黙示録』という恐ろしい物語がお気に入りのようで、黙示録のびぃすとに夢中なんですよ」
祭壇から降りてきた若き修道女、フロイス。
良晴の視線は、一歩歩くごとに実に柔らかそうに揺れる、衆道服に覆われた胸に釘づけだった。
(こ、これは……GとかIとかそんなちゃちな代物じゃねえ! 俺の心眼を以てしても計測不能とは!)
「こんな幼い顔の子に、どうしてこんな神のバストが……と、そう考えているんだろ、おっぱいモンキー」
「なっ! 何故わかるんだ!?」
「わからいでか!!」
と叫んで、鉄拳一発。
「え、ええとタスケさん? 私はこの堺南蛮寺の司祭を務めさせていただいてます、ドミヌス会宣教師のルイズ・フロイスと申します。……あのヨシハルさんはいいのですか?」
「気にしないでください。サルは叩いて躾けるものですから」
「それで、人探しと言われていましたがどなたをお探しなのでしょう?」
「はい、この人なんですけど……」
そう言って太助は、持ち歩いていたシャオの似顔絵を取り出して、フロイスに見せる。
「まあ、シャオさんではないですか」
「むむ? 七梨、お前シャオと知り合いだったのか?」
「! やっぱりここにいるんですね!?」
「うむ。我と共にこの堺に来てからフロイスと出会い、南蛮寺に厄介になっているうちに色々と手伝うようになったのだ」
「はい。今は身の回りの品を買い出しに行っておられます。もう少しで帰ってくると思いますが……」
「心配しないでください。……あの、一つお願いがあるんですけど……」
「何でしょうか?」
「良晴さんの話を聞いてあげてくれませんか? あの人はそういうのを一人で抱え込みがちなんで」
「構いません。『迷える子羊よ、求めよ、されば与えられん』と申します。ここで出会ったのも、主のお導きでしょう」
「ありがとうございます、フロイスさん」
「えー。『ヨハネの黙示録』を朗読してからじゃなきゃ我は嫌だー!」
「はいはい。それでは、先に黙示録を読みますね、梵天丸ちゃん」
戦国時代の南蛮寺で「ヨハネの黙示録」……随分みょうちきりんな取り合わせだな……と太助は思った。
そして、朗読が始まったのだが、梵天丸はこの話が本当に大好きらしく、章が進むごとに「キタ――――!!」と良晴の膝の上で暴れてはしゃいでいる。
しかし、太助は朗読中に「ん?」と首をかしげた。梵天丸が「七頭十角の獣は我のことで、二匹目の獣は、我の家来、小十郎の事なのだ!」と興奮しながらしゃべったからだ。
(眼帯、小十郎、梵天丸……。いやいや、まさかな。大体まだ生まれていないはずだしな)
そして朗読が終わり、信者たちが帰って、フロイスと太助、良晴と梵天丸が残った。
「お前も帰れよ! 何時まで俺の膝の上に載ってるんだ!」
「断る! フロイスとうぬを二人きりにすれば、フロイスの乳が危ないからな!」
「いや、だから、それは男としての本能であって……不可抗力っつーか……」
「あのう、ヨシハルさん? シチリさんから聞いたのですが何か悩みがあるのでしょう? 梵天丸ちゃんに聞かせると困ることでしょうか?」
「いや、別に構わないけどな。……多分」
良晴は、ここでフロイスに正式に自己紹介。
「俺は相良良晴。尾張の織田家に仕える武将だ。現実離れした話だけど、実は俺、未来の日本から来たんだ」
「まあ、未来から、ですか」
「おおかわいそうに。相良はいい年をして御伽草子の読み過ぎだクククク」
膝の上で梵天丸が馬鹿にしたような笑い声を立てたので、とりあえず尻を叩いておく。
「こら、叩くにゃあ!」
「黙示録の獣を名乗るよりはましだろーが!!」
「良晴さんは未来から、どのようにしてこの戦国のジパングへ?」
「それが、自分でもよく解らないんだ。気が付いたら飛ばされていた」
「それはさぞかし御苦労なさっていることでしょう。きっと、ヨシハルさんはデウス様に選ばれたのだと思います。何らかの重大な使命があるのではないでしょうか」
「一応自分ではそういう設定にしてるけど、こちとら太助と違って普通の高校生だったもんなあ……」
「フロイスさんはポルトガルの生まれですよね。確か……カトリックのほうでしたっけ?」
「よくご存知ですねシチリさん。おっしゃる通り、私はカトリックのドミヌス会に所属しています」
ドミヌス会は、無償無給で海を越えて布教活動をおこなっており、フロイスが日本へ来たのは師のフランシスコ・ザビエルから日本が誇る自然の美しさ。
そして騎士以上に騎士らしい『侍』について手紙で聞かされたからだという。
「けど日本での布教活動は大変でしょう。俺が言うのもなんですけど、寺社勢力が強いし、伝統に拘るあまり閉鎖的だし」
「はい。先日ようやく先のショーグン様、アシカガ公より京での布教活動を許可していただいたのですが、先のショーグンさまがジパングを追われてしまったという理由で
私はカンパク様の命により京での布教活動を禁じられたのです」
「それで堺に……。碌なことしないなあのお歯黒」
「お気になさらないでください。何事も神の御意志です。私はとりわけ罪深い人間なので……」
「フロイスちゃんのどこが罪深いんだよ?」
「その……胸のあたりが……大きな罪だと、よく言われます。男を惑わせると……」
「なんじゃそりゃあ! おっぱいがでかくてなにがいかんのですか!」
(確かに、この年でサイズは発育が良すぎる……かもしれないけど)
それはともかく。
「君は罪人じゃない! むしろ勝ち組! 俺が暮らしていた未来の世界では巨乳こそ正義だった! 中には貧乳マニアもいたけれど、日本人男性の8割は巨乳大好きだったブロッ!!」
テンションに任せて馬鹿を言い始めた良晴に、天の道をゆく回し蹴りを喰らわせて演説を強制終了させる。
「そこまでだ変態サル。日本人の恥をさらすんじゃない」
「あのシチリさん。いささかやり過ぎなのでは……」
「お気になさらず。でも言い草はともかく、罪人じゃないってのは同意見ですよ。何も悪くないなら、むしろ堂々としていればいいんです」
「そんなことを言われたのは生まれて初めてです……」
そこで太助はちらり、と良晴を見て。
「実は良晴さんの悩みというのが……一緒に堺見物に来た女の子に初恋の人がいると知って、なんだか知らないけどイライラしているんです。
……まあ要するに、嫉妬しているんですけど」
「ししししし嫉妬じゃねーよ!!」
ガバッと起き上がった良晴は猛烈な勢いで言い訳を始める。
「ただその、もしかしてあいつ俺のこと好きなんじゃねーか、なんて勘違いしていたものだから、自分の馬鹿さ加減が嫌になっちまうっていうか、
自己嫌悪っていうか、ああー!」
「嫉妬に苦しんでいるときは、一人ぼっちであれこれ妄想することをせずに、相手とよく話し合ってみることが大切ですよ。嫉妬は、一度心の中に生まれると、
どんどん大きくなって、いつの間にか心を支配し、大きな罪を犯す危険につながってしまいます」
そもそもその初恋の相手とは誰なのでしょう? とフロイス。
「少なくともイケメンだってのは間違いない、そう言ってたし。いったい堺でどんなことをしていたのか……」
「いけめんというのはどなたか存じませんが、そのお方の初恋はいつごろの話なのでしょうか?」
「…………」
フロイスに優しく励まされているうちに、良晴はふと気づいた。
「――しまったちくしょう! そういえば、あいつは堺に来たのは十年ぶりだって言っていた! ってことは、初恋の人とデートしたのも十年前!
信奈がこの梵天丸みたいなチビガキだった時代の話じゃねーか!」
「やっと気づいたか」
「ふふ。ヨシハルさんはノブナさまに担がれたんですね」
「あっしまった、信奈って言っちまった! い、いやいや、信奈ってのは、えーっと、そう! ニックネームみたいなもんで、今のあいつは尾張のういろう問屋の娘・吉――」
「大丈夫ですよ。迷える子羊の懺悔や相談事は、決して他言しません」
「相良お前、家来の癖に自分の主君に惚れてるのか。ククク、まさに神をも恐れぬ大それた所業だな。これぞ究極の下剋上!」
「ほ、惚れてなんかねーっての!! 畜生あの女……俺を散々おちょくりやがって!」
「怒ってはいけませんよ。多分ヨシハルさんにやきもちを焼いてもらいたかったのではないでしょうか?」
「は? ないない。あいつはそんなに可愛い女じゃねーよ。フロイスちゃんとは正反対」
そこで良晴は立ち上がってぐっと体を伸ばす。
「よしっ! 信奈の与太話に頭を悩ませるのはもうやめだ! 今は料理勝負を何とかしねえとな!」
「勝負、ですか?」
「すっかり忘れてたけどな! おい太助、言っとくが仕事の勝負より信奈の初恋話の方が気になって仕方なかったんじゃないぜ!
ぜんぜん、ほんっとうに、どうでもいいんだからな!!」
「ええ、どうでもいい、ということにしておきますよ(ニヤニヤ)」
太助がにやにやしながら答えるのと、南蛮寺の扉が乱暴に開かれて傭兵連中が中へ押し入ってくるのとがほぼ同時だった。
「あかんで、あかんで〜! 南蛮夷狄のパードレさんは堺から出て行ってもらうことになったで〜!」
「この南蛮寺は壊すで! 早よ立ち退かんと、あんたらもパードレさんと一緒に瓦礫の下敷きやで!」
「何だよお前ら?」
「穏やかじゃないな、誰に雇われた?」
フロイスを庇って前へ出て行く良晴と太助。
雇い主らしい、きんかんの髪飾りをした人物が二人の前に歩み出る。
「って、お前は――十兵衛?」
「む。サル人間、お前も早速南蛮寺を壊しにきていたとは! さては七梨先輩の入れ知恵ですね!」
「は? ここは京じゃなくて堺だろ? 何で南蛮寺を壊さなきゃならないんだよ?」
「ふん。この南蛮寺を壊せば、例の名物勝負に勝てるからに決まっています」
「それってもしかして裏工作って奴か!?」
「もしかしなくてもそうです(おそらく津田宗及からもちかけられたんだろう……完全に人間性を見透かされてるな)」
「それ以上の事は口外できません――というわけで皆の衆、よろしく頼みます」
合点承知! と傭兵たちは怪気炎を上げる。
悲しげに眉を顰め、ロザリオを握りしめて祈り始めたフロイスを見た良晴は、光秀に食って掛かった。
「幾ら勝負のためとはいえ、こんな無茶をやらかすんじゃねー! 落ち着け十兵衛!」
「勝負も大事ですが、信奈様の主命を達成することはもっと大事です。将軍宣下の件が通らねば、この上洛はただ敵を増やすだけの結果に終わります。
私を止めるというのなら、サル人間先輩には私より良い知恵があるのですか? それとも、名物料理が開発できましたか?」
「ぐ……それは……」
「ほうら、猿知恵などあてにはできないです。駄目駄目なサル人間先輩は黙ってお見過ごしやがればいいんです!」
そんな中、太助は傭兵たちを観察していた。
(やけに猫を抱いた坊主が多いな……。それにあの大将格の坊主。こいつだけは格が違う。種子島の埃と細かい傷……幾つもの戦場で使いこなしてきた証だ)
「パードレ殿、申し訳ないがこれもお役目の為です。お命までは奪わぬとこの十兵衛が保証いたしますから、直ちに堺から……」
退去してください。と続けようとしたその時。
光秀の背後に立った人影が、光秀の首筋に指を立てた。
すると次の瞬間、光秀は大口を開けて笑い出した。
「あははははははは! だ、誰ですかはははっはは! こ、この十兵衛にッ、こんな真似をッはははははは!」
「こんな真似はこっちの言うことです」
犯人はそう言って光秀の前に歩み出る。
薄紫色の髪、中華系の服に身を包み、腰には翼を広げた鳳を象った鍔の西洋剣を帯びている神秘的な雰囲気の少女。
フロイスちゃんがエルフなら、この子は精霊だ! と良晴は思った。
「貴方がどこの誰かは知りませんけど、この南蛮寺もフロイスさんも、必要としている人がたくさんいるんです!
それを壊そうとするなんて、例え関白様が許しても、この月小燐が許しませんッ!!」
後書き。
遂に、シャオ、参上!!
管理人感想
ダークレザードさんからいただきました!
フロイスちゃんキタ――ッ! 梵天丸キタ――ッ! シャオもキタ――ッ!
登場が楽しみだった子達が大盤振る舞い。今回はもうこれだけでお腹いっぱいです。
フロイスも梵天丸もアニメでは出番少なかったのが惜しまれる二人……とこう書くと長政達と同類っぽいけど、この二人の場合なまじキャラソンが名曲なだけに余計に不憫という(苦笑)。こちらでは存分に目立ってほしいものです。
というワケで光秀。今回の減点ものの行為は機嫌がいいので見なかったことにしてあげます(何様だ貴様)。