「貴方がどこの誰かは知りませんけど、この南蛮寺もフロイスさんも、必要としている人がたくさんいるんです!
 それを壊そうとするなんて、例え関白様が許しても、この月小燐(ゆえしゃおりん)が許しませんッ!!」

シャオだけではない。
一度は帰ったはずの信者や見物客たちも、騒ぎを聞いて引き返してきた。

「フロイス様に手出しは許さんで―!」
「そうやそうや!」

とりわけ、毎日無償で学問を教わっている子供たちがフロイスの周囲をぐるりと囲み、舌足らずな声で口々にフロイスを庇う。
これには十兵衛も罪悪感を感じてしまう。
「貴方が何の為に南蛮寺を壊そうとしているのか知りませんけど、フロイスさんのような純真な人をいじめて、この子たちの心を傷付けてまでやることなんですか!?」
「ううう〜うるさい! こっちは切腹ものの赤っ恥をかくかどうかの瀬戸際なのです! 四の五の言わずにパードレ殿と出て行きやがれです!」
「結局貴方の個人的な都合じゃないですか! そんな我儘なんて聞くつもりはありません!!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさ―――――いッ!!」

シャオも光秀もどんどんヒートアップしている。特に光秀は自分の論理が破綻しかかって、完全に聞く耳持たずだ。

「どうする太助。これじゃ十兵衛ちゃんを説得するのは不可能だぜ」
「ですね。……かくなる上は仕方がない。目には目を、騙しには騙しで行きましょう。
 光秀さん知ってますか? 堺の会合衆はそのほとんどがキリシタンなんですよ。ここで貴方が南蛮寺を潰したら、会合衆の半数は信奈さんの敵になりますよ!」
「ええッ? そうなのですかッ?」
「堺は南蛮貿易で稼いでるんですから、キリシタン嫌いの商人より、贔屓の商人が多いのは当たり前じゃないですか」
「む、言われてみればその通りです」
「しかも、貿易で有利な立場に立つ為に、自分からキリシタンに改宗してるんですよ」
「なんですって!? そ、それは知りませんでした! 南蛮寺を潰すのはやめにしますッ!」

ここまで、たった五秒であった。
ちなみに、キリシタンに改宗した商人は数人しかいないのだがそれは秘密。

「あ、あ、危なかったです! この十兵衛光秀ともあろうものがもう少しで津田宗及殿に乗せられて、大変なことを……! これからはこの南蛮寺を守り通さねば、です!」
(おいおい、あっさり津田宗及の名前を出してるよ……。ま、それはともかく)
「やっと会えたな、シャオ」
「はい、太助君。…………え!? 太助君!? どうしてここに!?」
「気付いてなかったのか!?」
「え!? 本物……なんですか?」

疑うシャオを、太助はぎゅっと抱きしめる。

「本物だよ……探したんだぞ?」
「私も……」

お互い涙を流しながら、「家族」との再会を喜び合う。

「ウウ……俺、こういうの弱いんだよな……」
「私もです……」
「神のお導きです……」

良晴たちもおもわずもらい泣きをする。が、傭兵たちはそれでは収まらなかった。

「話が違うがな、明智の旦那」
「この邪悪な南蛮寺を打ち壊せないなら、パードレだけでもかどわかしていかんとなあ」

下っ端たちは下品な舌なめずりをしながらフロイスににじり寄っていく。
良晴はとっさにフロイスを庇おうとするが、丁稚のサルという設定で、武装していなかったことに気づき大慌て。
梵天丸とシャオが腰の剣に手をかけ、太助もドライバーを装着しようとするが。

「下郎ども、待てです!」

豪快に種子島をぶっ放して、光秀がフロイスを守った。

「パードレには一切手を出すなと最初から言ってあります! 聖職にある女性に対してその下卑た態度、この十兵衛光秀が許さないです!」

十兵衛の早撃ちの技に傭兵たちはすっかりおびえて蜘蛛の子を散らすように逃げだした。
事態をつまらなさそうに傍観していた大将格の虚無僧も、踵を返して南蛮寺から出て行った。

(誰だか知らないが、あいつだけは別格だった……こんな仕事を引き受けたのが信じられないくらいの……)

ともあれ、戦うことにならなくてよかった、と太助は胸をなで下ろした。

「ありがとうございます、アケチ様。この胸を乱暴者たちに触られていたら、私は神を裏切ってしまうところでした」
「ぱ、パードレ、お前がそんなでかい胸を張って揺らすからいけないのです」
「や、やはりそうですよね……。この国の女性は皆アケチ様のように美しいですし……特に、薄い胸のあたり」
「こらパードレ。今ごく自然に喧嘩を売りましたね?」
「気にし過ぎだぜフロイスちゃん。俺の同級生だったコギャル連中なんか、髪は染めるわ、カラーコンタクトで瞳の色変えるわとやりたい放題だったんだぜ。
 ま、髪や眼の色なんて、自分が気に入ってりゃーそれでいいんだよ!」
「未来では女の子が、自分の髪や瞳の色を自分で変えてしまうのですか?」
「そうだとも! それに未来にはハーフの子だって多いしな」
「はーふ? なんですか、それ」
「日本人と外国人の両親から生まれてきた子の事さ。国際結婚ってやつだな。未来の日本には大勢いる」
「待て相良。お前のその話は本当なのか?」

梵天丸が珍しく表情をこわばらせて良晴を睨んでいた。


第十五話「再会と邪気眼竜の誕生と料理勝負」


「なんだよ、チビガキ」
「嘘ならば叩き斬る」
「俺は嘘はつかねえよ」
「……この梵天丸は、父上の実の子ではない。母者が、南蛮の商人と密通した際に出来た子だ。この黄金色の髪を見れば誰もが解る公然の秘密。
 故に母者は密通の証である我を忌み嫌い、父上との間で設けた子である弟ばかりをかわいがっておる」
「……そうか」

梵天丸もいろいろ苦労してるんだな、と良晴は気付いた。が、太助は違った。

「だから?」
「何?」
「母さんが弟ばかり可愛がるのが何だって? そんなことお前だけに限った話じゃないさ。当たり前すぎて『あーそうですか』としか言えないね、伊達政宗ちゃんよ」
「げえッ!?」
「七梨、気付いていたのか……ッ!?」

良晴は驚いていた。
この目の前のチビガキが……あの、とんでもない野心家、日本史上に燦然と輝く元祖中二病、晩年にはマジで南蛮の国と同盟して江戸幕府をひっくり返そうと画策していたという――伊達政宗!?

(そう言えば、伊達政宗の父親がポルトガル人だったとか、実は隻眼じゃなくてオッドアイだったとかいう珍説を聞いたことがある。
 いわゆる「トンデモ学説」に過ぎないと思っていたけど……)
「っていうか、眼帯、小十郎、梵天丸と来て『まさか』とすら思わなかったんですか、戦国マニアの良サルさん」
「うるせえよ! っていうか、ちょっとばかり生まれてくるのが早くねえか? 確か、大体今から十年後くらいじゃなかったか?」

良晴の言葉にまたしても梵天丸の顔色が変わる。

「十年後……だと? ならば母上が聞いたというお告げは真であったのか!?」
「(お告げ?)ま、ともかくだ。家の信奈様だってそうだ。母親が信奈様を顧みずに弟の勘十郎に跡目を継がせたがっていた。
 想像だけど、謀反を起こすよう勘十郎を焚き付けていた節もある」
「……む。それは、我の家とまるきり同じではないか。しかし何故だ?」
「あの人が先進的過ぎて理解できないからですよ。自分の常識に収まりきらないから、『うつけ』と片づけることで自分たちを正当化しているだけです。
 でも、未来から来た俺達には、本当に正しく、新しいのはどちらかが、簡単に解る」
「ああ、この戦国の世を変える、変えられる可能性を持っているのはあいつだけだ。信奈は保守的な人間の素振りをして母に愛されることよりも、天下の為に、
 民の為にうつけと笑われようとも戦う道を選択したんだ。あいつの目的は日本を平定して終わりじゃねえ。この国を、南蛮諸国と対等に付き合える国際的な貿易大国にすることだ」
「そんな大きな理想をお持ちなんですね、ノブナ様は。ヨーロッパにも、そのような高邁な理想を掲げた君主はなかなかいません」

フロイスが感嘆の言葉を口にした。

「織田信奈は強いのだな、梵天丸もかくありたい。……相良、我のようなものも未来では人気者か」
「おう。保障するぜ。お前無駄にキャラが立ってるからな。『邪気眼』ッつーか」

梵天丸の隻眼が、きらーん、と輝いた。

「……邪気眼……!? いかなる意味の言葉だ、相良」
「俺も言葉の意味はよく解らねえ。たしか、目に恐ろしい魔力が宿っているとか言い張っている奴が語源だったか……?
 とにかく、お前みたいに妙な『俺様設定』を現実に堂々とやってのける奴を未来のアキバではそう呼ぶ」
「邪気眼……ククク、それはもしかしたら我の事かもしれぬ!」
「あーそうかい」
「いやこれは間違いない! 何故なら、我も魔眼の持ち主だからだ!」
「え、マジ?」
「故に魔眼であるほうの左目を常にこの眼帯で封印しておるのだ、これを取ると恐ろしいことが起こるからな……ククク」
「いえいえ、梵天丸ちゃんが言い張っているだけですよ。眼帯を取って見せてあげましょう、綺麗な瞳を」
「い、いやだシャオ。取ると……相良も七梨も怖がる。この梵天丸を恐れるようになる……」
「大丈夫、太助君には『それがどうした』ですよ」
「いいから見せろよ。6・6・6の眼帯の下はどうなってんだ?」
「あっ、こら」

良晴が梵天丸の眼帯を外してみると。
そこには何の問題もなく機能している、ワインレッドの瞳があった。

「うう……見るなッ! 呪われた魔眼だぞ!」

恥辱と恐怖で目を隠す梵天丸。
だが良晴は「すげー! 天然物のオッドアイじゃねえか! 初めて見た!」と感心していた。

「……おっどあい?」
「ああ、こんな風に左右で瞳の色が違う奴の事をオッドアイっていうんだ。でもカラーコンタクトじゃない生まれつきのオッドアイはすげー希少価値なんだぜ! 感動した!」

いやー完璧だ! 完璧な邪気眼キャラだ! と良晴は大興奮。

「……気持ち悪くないのか、相良」
「なんで?」
「この瞳を見ると、母親が南蛮人などと密通したから子が祟られたのだ……と皆が囁くのだ。我の味方をしてくれるのは、お供の小十郎だけだ」
「梵天丸ちゃんは、この瞳を隠すために色々と自分にまつわる話を作ってきたんです……」
(つまり『黙示録のびぃすと』を名乗るのは『不義密通の呪い子』として嫌われないために嫌われ者になる為……か)
「呆れるくらいに迷信深い奴らだな。これは遺伝的なもので祟りなんかじゃねーよ」
「ほんとうか?」
「当たり前だ。そんな風に生まれたのはお前が悪いわけじゃねえんだから胸を張れ! いやむしろ威張れ! そのオッドアイで敵をビビらせてやるぐらいの勢いでいけ!」
「おお! それだ、相良! その手は使えるぞ! ククク、我が魔眼……いや、我が邪気眼の力でいずれ奥州の覇者となってみせる!」
「まあ。梵天丸ちゃんのこんな嬉しそうな笑顔は、初めてです……良晴さんは本当に変わったお方です……」

いつも不機嫌そうだった梵天丸の表情が突如として晴れやかになっていくのを見て感動したフロイスは、涙ぐみながら、梵天丸の頭をわさわさと撫でた。

「礼を言うぞ、相良! お前のおかげで『独眼竜政宗』よりもっといい通り名を閃くことが出来た!」
「え?」
「我は、そう! 我こそは欧州の覇者、『邪気眼竜政宗』――!!」
「ちょちょちょ、ちょっと待て!」
「フ……フゥハハハハハ!! この邪気眼を武器に、奥州をなで切りにしてくれるわッ!! そうと決まれば今すぐ奥州に戻って家督を継がねばなるまい! さらばだ!」

そう言って梵天丸は、黒合羽を翻らせて南蛮寺から走り去……ろうとして足を止めた。

「シャオよ。今日まで楽しかった。だがお前はお前の家族のもとに帰れ。何、我にはまだ小十郎も愛もいる」
「梵天丸ちゃん……」
「……この国を変えるのはどちらの魔王か! 第六天魔王の織田信奈が先か、あるいは『黙示録のびぃすと』たるこの邪気眼竜政宗が先か!
 フロイス、相良、シャオ、太助、次に会うときは我は天下人ぞ!」

少し上ずった声で、そんな捨て台詞を残して梵天丸は今度こそ走り去った。


「……サル人間、私には正直何がなんだかさっぱりですが……お前、何かやらかしたんじゃないですか?」
「いわないでくれ十兵衛ちゃん……。俺だってそう思ってる……」

良晴は頭を抱えていた。
もしかしたら自分は、とてつもなく面倒くさい人間に、妙な自信と妄想を与えてしまったのではないか、と。

「いえ。ヨシハルさんは、とても良いことを成されました。私も、もう大きすぎる胸を恥じたりせず頑張ろうと思います」
「フロイスさんの言うとおりです。良晴さんは梵天丸ちゃんに一番必要なことを伝えたんですから」
「俺、そんな大層なことを言ったつもりはないんだけどなぁ」

いいや、そんなことはありませんよ。と太助。

「自分が本当に言って欲しいことって、他人の何でもない言葉の中から見つかることもあるんです。
 俺の仲間にも、正宗ちゃんと同じハーフの人がいました。化け物扱いされて人間に絶望していたその人は、『母親の好きな楽曲を好きだと言ってくれた』
 人を守れるなら、俺は化け物でもいいとまで言ってのけましたよ」
「太助君……そう言えば、太助君は何で堺にいるんです?」

太助はシャオに説明した。
織田家に良晴と共に仕官して、上洛にこぎつけたこと。
将軍宣下の条件として十二万貫を納めよと言われたこと。
その代金を会合衆に出仕してもらうために、新名物料理の開発競争を行っていること。

「そうだったんですか……」
「シャオの方は? 政宗ちゃんと堺に来たってことは、今まで伊達家に世話になっていたんだろう?」
「はい、実は――」

シャオは、織田家の面々に語った。
この世界に来てから伊達家の世話になっていたこと。
片倉小十郎と共に梵天丸の世話をしていたこと。
梵天丸の母・義姫が、梵天丸に自信と経験を積ませるために、遊学に出した時、義姫のやり方に反発して無理矢理梵天丸に同行してきたこと。

「やり方に反発? どういうことだよシャオちゃん」
「だって、経験を積ませるのはともかく、自信を付けさせるなんて、義姫さまが梵天丸ちゃんに優しくしてあげればいいだけなんですよ!
 梵天丸ちゃんはお母さんに褒められるためだけに、スパルタ教育も、極端な味付けの料理も我慢しているっていうのに……。
 お告げか何か知りませんけど、自分に出来なかったことを梵天丸ちゃんに押し付けているのを正当化しているだけとしか思えません!」
「ふーん。政宗ちゃんもいろいろあるんだな……」

ふと、光秀が顔をしかめて呻きだした。

「しまった。これでは会合衆を買収してもらう件はチャラです! 七梨先輩、私を騙しましたね!」
「言ったでしょう? 光秀さんが道を踏み外すなら、敵にだってなると。悪巧みに走るのは、切磋琢磨してどうにもならなくなった最後の最後ですよ」
「ううう……この十兵衛、料理の腕は確かですが……創作料理は苦手です……」
「俺もなんだ……味付けが濃ければ喜ぶ尾張の連中と違って、堺の町衆は美食家揃いに違いない。このままじゃ、二人そろって厨房で飯炊きだぜ」

悩む二人に、シャオが提案した。

「でしたら、すでにある料理を改良するしかありませんね。たこ焼きとかどうでしょうか」
「「たこ焼き??」」

シャオは説明する。
この世界のたこ焼きは、今井宗久が数年前に考案した和洋折衷のおやつ料理。
洋風のソースを塗るという南蛮風なところが堺の人々に大評判で、持ち運びもしやすい。
納屋がたこ焼き人気でどんどん大きくなったのを見た商人たちは、新料理をあれこれ開発したが、どれもたこ焼きの手軽さには敵わなかった。

「たこ焼きと異なる料理で対抗しようとして失敗してきた前例があります。ですから新しい味のたこ焼きを売り込めば、皆さん食いついてくれるかもしれません」
「問題は、今井宗久殿がそれを認めるか、ですね。事実上、たこ焼きの独占権を手放すことになるんですから」
「今井宗久が四の五の抜かせば、斬ればいいだけですから全然問題にならないです」
「問題だらけだっての、十兵衛!」
「このお利口者の十兵衛光秀、常に最短距離で問題を解決するのが信条ですから」
「ともかく、ようやく勝機が見えてきたんですから説得の為にも今井屋敷に戻りましょう。シャオを紹介しないといけませんし」
「そうだな」

南蛮寺を後にする一行。
その時、最後まで残っていた光秀が太助に声をかけた。

「七梨先輩……政宗殿に話した信奈様の身の上話……あれは本当ですか?」
「ええ、他ならぬ信澄さんが語っていましたから。信じられませんか? いつも明るく元気な、信奈さんがそんな悲しい思いをしてるだなんて」
「はい。母上が実の娘を愛さぬなどと……」
「世間一般にとっては、過ぎたる才は、馬鹿と同じということです。そこに血の繋がりなんて関係ない」
「でも、私の母上は……」
「光秀さんの才を、才と見抜けることができる器の持ち主だったということです。……俺は光秀さんが羨ましいですよ。そんな風に親の事を思えるんだから……」
「先輩……?」
「だから、信奈さんは家臣を大切にするのかもしれません。あの人にとっては、家臣団こそが家族なんですよ」


夜、今井宗久の屋敷内の茶室。
良晴と太助はここに乗り込んでいた。
茶を一服、いつかの信奈のように我流でいただきながら良晴は「うまい」と一言呟いた。

「豪快な飲みっぷりでんな、相良はん。織田のおひぃ様によう似てはる」
「俺が? 冗談はよしてくれよ」
「もちろん姿形やありまへん。そう……心根とでも申しましょうか。おひぃ様とは十年前、まだ幼い禿頭の子供の頃にお会いしましたが、当時は誰からも
 恐れられとった南蛮のパードレにやたらとなついて、『世界は平べったいのか丸いのか』とか『どうして南蛮船は重いのに沈まないのか』とか奇天烈な質問ばかりしとった。
 武家さんでありながら、武家さんとはまるで違う在り方を貫いとるところが似とるんですわ、それがしが目を付けるくらいに」
(商いには厳しい人だけど、信奈さんを心の底から気に入ってることは間違いないみたいだな)
「して、あんさんの商売話とは?」
「おう、そうだった。明後日の名物勝負だが、会合衆は並大抵の料理じゃ銭を出してくれねえと思う。まして俺は料理の素人だし、十兵衛だってどこまでやれるか保証がねえ」
「そうでっしゃろうな、津田宗及、何を企んでいるのやら」
「だけど、どちらかの名物が確実に『売れる』方策が一つだけある。たこ焼き、だ」
「たこ焼きは、我が納屋の専売特許」
「もちろん納屋の味を丸々盗むわけじゃねえ。俺と十兵衛が、新味のたこ焼きを開発する。たこ焼きを納屋に独占されている堺衆は、喉から手が出るほどたこ焼きの販売権が欲しい。
 美味い方をこぞって買い付ける。これで信奈は十二万貫文を調達できるというわけだ」
「無論、納屋にとって大きな痛手であることは分かっています。織田家の天下取りは、今井殿が『新味たこ焼き』を黙認してくれるかどうか、
 より正確に言えば、津田宗及の目論見に乗ってくれるかどうか、にかかっています」

今井宗久は、太助の言葉に「ほほう、知恵が回りますな七梨はん」と呟いた。

「どういうことだ?」
「買い手がつかなければ白票を投じられる、厳しい勝負に素人の料理人が挑む。しかも期日は明後日。堺衆が絶対確実に欲しがる唯一の名物料理と言えば
 納屋が独占しているたこ焼きのみ。誰が知恵を絞っても、勝ちを狙える選択肢は他にはありませんから」
「流石や、津田宗及。ようも知恵が回るわ」
「なあおっさん、認めてくれるか? 新味たこ焼き」
「相良はん。その件、簡単にはうなずけぬ」
「聞いてくれ。織田家が天下を盗れるかどうかは、この堺での名物勝負にかかっている。いずれ信奈が天下を盗れば、おっさんは信奈に天下を盗らせた大恩人って訳だ!」
「つまり……おひぃ様にそれがし自身と身代を先行投資せえ、ちゅうことですな? その為に、納屋名物であるたこ焼きを名物勝負に使わせろと」

今井宗久が腕を組んで思案を始めた。

「そういうことだ。どうだ?」
「仮におひぃ様が天下を取れねば、それがしは投資損」
「俺は未来から来た男だ。槍も馬も鉄砲も駄目だが、千里眼だけが俺の武器でね」
「そないな、あほな話を信じろ、と?」
「その俺が信奈に天下を盗らせる! 千里眼の俺が、信奈が天下取りの道を誤らないように、あいつをこれからも守る! 俺は、その為にこの世界に来たんだ!」

良晴の言葉は、説得力の欠片も無い与太話だった。
だが、目を輝かせてまくしたてる良晴の「熱さ」に、今井宗久は眼をしばたたいた。

「もしもあんさんの話が駄法螺ならば、今井の家はたこ焼き商売の独占権を失うばかりでなく、織田家と共に破滅。
 しかし仮にほんまやったら、今井の家はこの堺で一番の大商人にのし上がれますな」
「堺で一番じゃねえ。信奈の目標は、世界史の大転換点である、この大航海時代の一員として、世界を股にかけた海外交易に参加することだ。
 あいつの目はちっぽけな土地を奪い合ってばかりの日本なんか見てねえ。あいつが見ているのは広い海のその果ての、さらに向こうだけだ」
「それは真に」

宗久が、大きくうなずいた。
彼もまた信奈に一目置いている男なのだ。
今井宗久は、無一文同然の境遇から己の才覚だけで、会合衆にまで上り詰めた男であったが、ただ銭だけを欲しているわけではなかった。
喰うものに事欠いた若い頃はそうだったが、身代が大きくなるにつれ「銭はただ銭、有意義に使わなければ無意味、持つだけでは人は満足を得られぬ」と考え始めた。
それに、例え日ノ本中の銭を手にしても、商人が公家や将軍になれるわけではない。ならばこの銭の力を天下の英雄の為に役立て、後世に今井の名を残したい。
新時代を動かす力を持っているのは商人が握る銭なのだと、天下に証明したい。
そのような「欲望」を抱いていた。

「そうでんな……相良はんがそこまで惚れ込んだお人や。おひぃ様にこの命を賭けてみるのも、悪うないかもしれませんな。ええでっしゃろ、新味たこ焼き開発の件
 黙って見逃しましょう。納屋の屋台は揺らぐことになるが、おひぃ様が天下人になるまでは耐えて見せます」

ありがてえ! と良晴は思わず宗久の手をいただいて拝んでいた。

「信奈が天下を盗ればおっさんは日本一、いや、世界一の商人だって目指せるぜ!」
「良晴さん、ちょっと調子良すぎですよ」
「はっはっは。まあ、某はそういうお人、嫌いやおまへん。おまへんが……」

宗久は、改まって姿勢を正し、述べた。

「相良はん、あらかじめ言うときますが……商人の戦いは厳しいもんでっせ。某、これより織田家のおひぃ様に肩入れすると決めましたが、それは即ち、今までより
 さらに多くの銭が必要になるということ。銭の為でしたら、某は背後からあんさんをぶすりと刺すやもしれまへんで。用心するこっちゃ」
(おいおい、全く顔も言葉もいかついおっさんだぜ)


良晴が寝るために退室してからも、太助は宗久の部屋にとどまっていた。

「七梨はんは、まだ某にお話があるようでんな。それも、相良はんには聞かせられない類の」
「……津田宗及が、料理勝負には新味たこ焼きを出すしかないと考え着くのを予測していたとしたら、奴はおそらく今も『勝つための準備』を整えている。
 今井殿もそう思っていらっしゃるでしょう?」
「ふむ、相良はんとは違って、あんさんは随分と様々なものを見てきとるようでんな。……ほぼ間違いないでっしゃろ」

それが何か? と今井宗久が尋ねる。

「いえ……同じ商人である今井殿の意見が聞きたかっただけでして……失礼いたします」

そう言って退室した太助の顔には、何かの決意が現れていた……。


そして、名物勝負の日が来た!
三十六人の会合衆が、会場である開口神社の境内に集合した。
境内には、二件の屋台が建てられ、いずれも「新味たこ焼き」と書かれた幟を立てている。

「某は、相良良晴はんの新味たこ焼きを推させてもらいますわ」
「手前は旧知の明智光秀様を」

今井宗久と津田宗及の宣言に、新味たこ焼きの販売権を買い取れるなら、銭を惜しんでいる場合ではない、と会合衆がどよめく。
ここまでは、我が身を捨てる覚悟の今井宗久の思い通りになった。
しかし津田宗久はさらなる一手として、この名物勝負に会合衆代表の座を賭けないかと言いだした。
光秀が勝てば自分が、良晴が勝てば今井宗久が新代表だと。
そして、この勝負に乗った今井宗久を見て、武者震いをしたのは、鉢巻と割烹着姿の良晴であった。

「相良氏、本当に大丈夫でござるか?」
「結局、これだという料理は開発できていません。心配です」
「……不安」

良晴の左右には、京から応援に駆けつけてきた五右衛門、半兵衛、犬千代の三人。
もちろん、全員割烹着を着ている。

「しかしお前ら、京を留守にしていいのか?」
「……終わったらすぐ戻る」
「はいっ。良晴さんが厨房係に左遷されるかどうかの瀬戸際、これは戦です」

うー、と目を怒らせて千枚通しを振り上げる半兵衛。

「あーはっはっはっ! 諦めるです相良先輩! 私のほうは京と堺の伝手を使って至高の食材を調達してきました! おまけに……」

すぐ隣の屋台では、これまた割烹着姿の光秀がおでこを光らせながら大威張り。

「七梨先輩という心強い味方が付いてくれました! 七梨先輩抜きの相良先輩など、まさにサルそのもの!」
「光秀さん。鉄板の温め作業、実行中です」

何と太助が料理人姿で、光秀の下働きを務めている。

「頑張りなさいねー。負けたらその格好のまま岐阜城の厨房へ直行よー」

お座敷席には、今井宗久と一緒に茶をすする町娘・吉の姿が。
信奈は紙で作ったメガホンのようなものを持って、大声を張り上げはじめる。

『この、尾張のういろう問屋の跡取り娘・吉が勝負の様子を実況してあげるわ! 解説役は、納屋の今井宗久と、太助の家族のシャオよ!』
『お料理も、ちょっとの工夫で、この美味さ。今井宗久でおま』
『えーご紹介にあずかりました、月小燐です。よろしくお願いします』
(どうでもいいけど、この時代に「実況」なんて言葉があったんだろうか……)
『勝負のお題は、たこ焼き! 制限時間は半刻! ついでに堺の新代表まで決まっちゃう天下の大勝負よ! はじめッ!』

信奈の実況は、声が良く通っている、めんこい、と会合衆に評判で拍手喝采。
『どーも、どーも』と信奈も満更ではなさそうで、四方に笑顔で愛嬌をふりまいている。

「けっ。人をこんな過酷な勝負に追い込んでおいて、えらく楽しそうだなおい。きぃ悔しい」
「済みません良晴さん。鉄板を予熱で温めていませんでした!」
「半兵衛ちゃん、予熱ってなんだい?」
「お料理の際には、あらかじめ鉄板を温めておかないと……光秀さんの陣営では、すでに予熱を終えています!」
「そうなのか……。ってやべえ! それじゃ急がねえと時間が無くなっちまう!」

と、慌てて温めようとするも、薪がしけっていてうまく火をつけられない。

「拙者に任せるでござる!」

五右衛門が鼻息荒く、鉄板の下の七輪めがけて炸裂弾をぶん投げる。
もちろん大爆発を起こして、屋台は崩壊、四人は下敷きになってしまった。

「こらっ五右衛門ッ! 屋台を破壊してどーすんだよッ!?」
「にゃああ〜。火力の調整をしくじったでござる、面目ない」
「けほけほ。まだです、まだ終わっていません! 鉄板は無事ですッ!」

良晴陣営の崩壊を尻目に、光秀は太助を顎でこき使って順調に調理を進めていく。
堺の人々の嗜好を調査してきただけあって、大山崎八幡宮直送の最高級えごま油を一文銭の穴に一滴も零さず注ぎ込むという、道三譲りのパフォーマンスで会合衆のハートをがっちり掴む。

『種子島から茶の湯、油売りまでまさに八面六臂の多才多芸! 明智十兵衛光秀が、屋台に押し潰されて見苦しく暴れているサルを大きく引き離しました!』

信奈から褒められた光秀はいよいよ調子に乗って、太助の髪を引っ張って指示を出し始める。
勝負に熱中するあまり、太助が迷惑そうにしていることにすら気づいていない。
讃岐産の小麦と、昆布とカツオから煮出した出汁に隠し味の新鮮な卵を少し入れた生地。
たこは明石直送のものを生きたままぶつ切りにし、最高級天ぷらからとれた天かす、紅ショウガ、そして九条ネギを投入する。
「食われてたまるか」と張り付いてくるたこを引きはがしながら、太助はすぱすぱとタコの足を刻んで、一個一個正確に中央に投入していく。

『おおっと、たことの格闘です! 格闘しながら、刻んだたこを確実にたこ焼きへと投入! これは見事です!』
『某は、天かすと紅ショウガをたこ焼きに入れたことに驚きですな。成程……これまで考えもしなんだ味付けや』
『南蛮渡来の天かすに目を付けるとは光秀さんは流石ですね。でも……』

シャオは言葉を続けようとしたが、「はよう喰いたい!」と目を血走らせて叫ぶ会合衆たちを見て言葉を飲み込んだ。シャオ自身、遠目で見ただけではわからなかったのもあったからだ。
「光秀さんの用意した食材のいくつかが、言うほどすごいように見えない」と。
一方、良晴陣営は、どうにか屋台をつっかえ棒で立て直し、やっと七輪に点火したばかり。食材も近場でそろえた安物ばかりである。

「とにかく、焼かない事には戦いにならねえ! タネを焼くぜ!」
「まだ予熱が足りてませんよ、良晴さん。焦げちゃいます」
「そんな時は油だ、どば〜ッと大量に油を注ぐんだ!」
「……乱暴。でもそうすれば腹持ちはよくなる」

犬千代が鉄板の上にどっと油をぶちまけた。
たこ焼きを入れる穴に油が溜まりそうな勢いである。
信奈も「油が多すぎてなんかまずそう」とコメント。
しかも火加減が調節できていないため、あっという間にたこ焼きが固まってきた。
慌てて良晴が五右衛門と二人掛かりでひっくり返すも時すでに遅し。
こんがり堅焼けしてしまい、「たこ焼き独特の柔らかくてふんわりとした触感が台無し」と会合衆も良晴の素人っぷりに落胆の色を隠せない。
しかも、もう焼き直す時間もなく、今井宗久も顔色が青くなり始めていた。


はたして、良晴はこのまま厨房係へと左遷させられてしまうのだろうか……?


管理人感想

 ダークレザードさんからいただきました!

 これ、良晴絶対梵天丸に対してフラグ立てたよねー……同時にこの世界の歴史に大いなる禍根を残した気がしますが(苦笑)。
 そしてナチュラルに光秀にケンカを売るフロストちゃん。本当にこの子達はいい味出してるなぁ。再登場はもちろんのことぜひ仲間入りしてほしい二人です。