織田信奈の欲望、前回の三つの出来事!
一つ! 信奈と良晴はより親密になったが、光秀は酷く怪しんでいた!
二つ! 信奈の夢の城・安土城の普請計画が動き出した!
そして三つ! だがしかし、大阪本猫寺が近衛前久の流言飛語を鵜呑みにし、打倒信奈に立ちあがってしまった!!
一夜明けた翌日。
良晴はフロイス、太助、翔子を伴い、堺の豪商・今井宗久の邸を訪れていた。
出発の直前に信奈から「堺衆はかつて本猫寺にも鉄砲を売っていたから、今井宗久から情報を仕入れられるはずよ」とのアドバイスをもらったためである。
「籠城戦の為の城やのうて、見物客を集めるための城とは、おひぃ様の考え着くことはいちいち器が大きい。普請の銭、足りぬ分は某が出しましょう」
「ありがてえけど、よくもまあ銭が続くなあ。信奈が天下を盗る前に納屋がつぶれるとかは、勘弁だぜ?」
「心配御無用。普請の銭は見物客が世界中から集まれば、堺の港も潤い、七年で回収できますし、例の『揚げたこ焼き』が日ノ本中で大人気でおますし。
もちろん権利は某の物。相良はんにはびた一文も払いまへんで」
「別に、たこ焼きの販売権を賭けてくれなんて無茶の代金と考えればいいけどよ」
「まあ今は金の話は置いといて。今井さん。本猫寺の教祖様と和睦交渉の席につきたいので、口利きをお願いしたいのです。それと、本猫寺について教えていただけないでしょうか」
「ふむ、それはまた厄介な……。本猫寺はおねこさま信仰を掲げるので『にゃんこう宗』と呼ばれております。元々は大乗仏教の一宗派でしたが、今では仏道とは
とんと縁が無い独特の教団になってますわ」
なんでも「にゃむにゃみにゃぶつ」と唱えることでおねこさまの住まう猫極楽へ旅立てる、という教えで全国の大勢の信者は戦って殉死すれば
それが叶うと心から信じているらしい。本猫寺の現当主・けんにょは天下布武ならぬ『天下布猫』を掲げて日ノ本全ての民におねこさまを崇めさせたい、
という大それた野望の持ち主とのこと。
「大体わかりました。要は、『鰯の頭も信心』ってことですね。ま、応仁の乱以来、一世紀にわたって乱世が続いたんだ……。武士にも公家にも『失望』して
最後に残った宗教に縋りつく気持ちもわからないでもないですけど」
「ってもそういう死んで楽になるって考え方はなあ……、困ったことになっちまったなあ」
(良晴おにーさんの頭のかきかた……なんかサルっぽいな……)
「で、そのけんにょと和睦交渉の席を設けて欲しいんですけど、できそうですか?」
「何しろ相手は銭で動く連中やないんで、某にできることはいきなりバッサリ斬られんように、紹介状を書いて送るまでですわ」
「後は俺達次第、と」
「まあ道が遠いことは確かですが、その道をゆくための手習いを手伝える御方を、本日はお招きしておるんですわ」
「「手伝う?」」
すっと襖があいて、真っ黒い服に身を包み、頭をすっぽりと黒いフードで隠した少女が茶室へと入ってきた。
なんとなく、背中に黒々としたオーラを背負っているような、一言で評するなら「不気味ゴスロリ」であった。
「堺の商人で茶人の千宗易はんや。最近では、千利休と名乗るようになりはった。無口な子やけど、茶の湯の腕前は本物や。利休はん、皆様に茶を点ててくれまへんか」
「……(こくり)」
罅割れた漆黒の茶碗に、利休は――ガラス瓶に入った赤ワインを注ぎ込んだ。
「ちょ。それ、抹茶じゃねーぞ?」
「利休はん流の茶の湯や。まあ黙って見てなはれ相良はん」
「……(ズイッ)」
利休が、ワインの入った茶器を良晴に手渡した。
「えーっと……回し飲みをすればいいのかな?」
「……(こくり)」
さらに利休は、南蛮饅頭――パンをちぎって、その場の面々に手渡していく。
「……」
ほとんど言葉を発しない利休だが、何故か言いたいことが伝わってくる。
「主の聖なる血たるワインと、主の聖なる肉体たるパンを皆で分け合う……。利休さん、これはもしかして、ミサなのではありませんか?」
「……(こくり)」
「左様。独自の茶の湯を探求してきた利休はんは、茶の湯にキリシタンの儀式を取り入れはったんや。これぞ和洋折衷、全く新しい今風の茶の湯ちゅうもんやな」
「『わびさび』じゃなくて『ごすろり』だな、これじゃ」
「「……(ふるふる)」
戻ってきた茶碗を撫でながら、利休が首を横に振った。
「何? これで終わりじゃない、ここからが茶の湯の本番だって?」
「……(こくり)」
茶碗の中に利休は、謎めいた液体を数種類投入し、それを金属の茶筅でかき混ぜた。
ぼむっ! と茶碗の中で小さな煙が上がり、そして茶碗の中に現れたものは――。
「こりゃ、金じゃねーか!」
「えっとさ……手品?」
「……(ふる、ふる)」
フロイスが十字架を切りながら涙目で翔子にささやいた。
「これはヨーロッパで錬金術と呼ばれている魔術です」
「錬金術!? ってーとさ七梨」
「ああ。エドワード達が使ってたのとは違う。卑金属から純粋な金属を作り出す、本当の意味での錬金術だ」
「……」
我が茶の湯の究極は、南蛮人が研鑽を重ねてきた錬金術と茶道との融合にあり、と利休は言いたいようだ。
「凄いでっしゃろ。今はまだちんまい小粒金しか作れまへんが、茶の湯の道を究めれば利休はんは膨大な量の金塊を量産できるようになるかもしれまへん。
利休はんは正真正銘、茶の湯の天才ですわ」
「……(ふるふる)」
利休は、まだ成功する確率が低い、今日はたまたま成功した、と言いたげな雰囲気である。
「いやこれ茶の湯じゃなくてもはや黒魔術の領域だろ!」
「銭になるなら何でもアリ。それが堺のルールですよ、良晴さん」
「七梨はん、よく解ってらっしゃる」
「……我が名は、千・利・休」
第三十一話「利休と漫才とにゃんこう宗」
はじめて利休が声を出した。
見た目とは違って、愛らしくてほわほわしたアニメ声である。
無口なのは、魔術師的な黒く重々しい声を出したくても出せないからだろうか。
「千・利・休。そうか! 全ての漢字に、十字架が隠されているじゃねーか! つまり利休ちゃんはキリシタン!」
「……(こくり)」
「うわあ知らなかった! 隠された歴史の真実! くそっ、現代の皆に教えてやりてえ! でも伝える方法がねえウキィィ悔しいー!」
「……まあサルさんはほっといて、いくらけんにょに会うためだとはいっても、こいつは一朝一夕で覚えるのは無理なんじゃねえ?」
「まあそうだが……ちょっと待った翔子ちゃん。聞き間違いじゃなきゃ、今、俺の事をサルって」
「頭をカキカキ、畳をガリガリ、キーキーうるさ〜いお猿さんじゃん、さっきから」
「そ、そうだったの? うあああ〜! ひょっとして、信奈にサルサル言われまくってるうちに、どんどんサルに退化していってるのかぁ〜!?」
良晴、またしても畳の上をゴロゴロ。
「……え〜と。けんにょに辿り着くためには茶の湯の技能が必要なのですか?」
「……(ふるふる)」
「え? 違う、今のは自己紹介?」
「七梨はん、本猫寺の上層部に、ましてけんにょはんに辿り着くためには、浪速の芸事を習得せんといかんのでっせ」
「大阪の芸事……ひょっとして、漫才?」
「……(こくり)」
本猫寺の門番たちを漫才でどっかんと笑わせなければけんにょへの道は開けない――けんにょの信頼を得るためにも漫才の芸が必要、と言いたげな雰囲気を利休から感じる。
「ヨシハルさん。漫才とはなんですか?」
「んー……ざっくり説明すると、二人一組で相方同士となって、面白い話をして聞いている奴を笑わせる、大阪の伝統芸能だ!」
「利休はんは自分の声が気に入らんので漫才師にはならなんだが、漫才の技能も一流や」
「……」
覚悟があるなら一週間で貴方達を立派な漫才師に鍛えて見せる、と利休が声を発せずに伝えてきた。
「ありがてえ。でも利休ちゃん、なぜ初対面の俺達をそこまで助けてくれるんだ?」
「……」
一度南蛮のバテレンが漫才をする姿を見て見たかったから、と利休は意外にも無邪気に答えた。
「え? え? 私も漫才をするのですか? ど、どうしましょう……笑いを取る修行なんてしたことないです、私」
良晴は頭を抱えた。
信奈が自分に賭けてくれているのがわかる為に、ここで太助と翔子に丸投げすることはできない。ここは何としても、フロイスちゃんに相方を務めてもらわねば!
「フロイスちゃん、人は笑うことで憂さが晴れて心が楽になるっていうからな! 特に大阪人は伝統的にそういう体質なんだ! 漫才を習得すれば、大阪での布教も進むかもしれねーぜ」
「そ、そうなのですか。わかりました。郷に入っては郷に従え、とジパングのことわざにありますよね。私、頑張ってみます!」
(フロイスさんって、騙され上手の素質があるよなぁ……)
そして、一週間に及ぶ地獄の特訓を経て……。
「俺達は、摂津国の本猫寺に向かっているのであった」
「誰に解説してんだよ太助。つーか特訓の風景とか省略しちゃ駄目だろ」
「フロイスさんが、利休さんに竹刀でお尻を叩かれて涙目になっている様は、各自想像してくださいなのであった」
「良晴さんが、半ば本気のセクハラでフロイスさんにしばかれるさまも、以下同文なのであった」
「おいおい、翔子ちゃんも何言ってるんだよ。つーか、語尾に、なのであった、ってつければいい訳じゃないんだぞ」
「山野辺。そろそろこのネタ止めようぜなのであった」
「ええー? もう少し続けねえか? なのであった」
「無視して、本猫寺の解説をするのであった」
本猫寺は寺といえども、何本もの川に守られ、深い堀を巡らせた要塞であり、もはや自治都市と言っても過言ではなかった。
守りはもちろん、四万とも五万ともいわれる門徒たちに雑賀孫市率いる雑賀衆と五千丁の鉄砲が味方しており、戦力も不足無し。
おまけに中国地方の覇者・毛利家を通じて海路で補給を受けられるため、兵糧の心配も無し。
白旗を掲げ、小さな川船で本猫寺へと到達し、上陸すると、早速一同はにゃんこう宗の面々にずらりと取り囲まれた。
不思議なことに、その大半は女の子だった。
やはり、猫の力によるものだろうか。
「織田軍の軍使が来たにゃ―」
「サルと異国のバテレンが混ざってるにゃ―」
「流石織田信奈、我等にゃんこう宗門徒の神経を逆撫でする人選だにゃー」
「うーん。武装してはいるけど、笑顔の『招き猫』を首に賭けた猫耳の女の子軍団に迫られても、怖くはないな」
「でも気をつけろよ、良晴おにーさん。いつもの調子で軽口叩こうもんなら、逆に襲われて猫極楽送りにされるだろうからさ」
「心配無用だ山野辺。もう襲われてる」
「もうかよッ!? さっすが、粋でいなせな行動派」
「遠慮せずに頭空っぽの馬鹿ザルって言ってもいいと思うぞ」
まあともかく、太助が使者であることを明かして取次ぎを頼むと、しばらくしてから、二人の門徒が出てきた。
一人は、銀髪で碧い眼の大柄な白人少女。
もう一人は、ちんまりと小柄な日本人少女だった。
それぞれ、本猫寺外交担当の下間乱亭と下間掛布と名乗った。
「ああッ、ランディ!? 貴方はジパングに主の教えを布教するために来た修道女だったはず! どうしてここにいるのですか?」
フロイスは旧友が棄教したのがよっぽどショックのようだが、対する乱亭は、
「主も、オネコサマも、ケンニョサマも同じものデス。私は世界一面白く、愛らしいケンニョサマにこの身をささげたのデス。私はケンニョサマに従い、
笑顔と、笑うことの楽しさを人々に思い出させるのデス。協会は猫をいじめますデスし、もう戻りません」
とあまり心を動かされていない様子。
「私もジパングの仏教徒の皆さんに洗礼を施してきた身ですから、こうして逆の事が起きてもランディを責められる立場にはありませんが……でも、
あれほど信仰心が篤かったランディが……衝撃です」
「どうやらけんにょと猫の愛らしさに魂を奪われたらしいなー」
そして掛布の方は、
「私は下間掛布と申す者で、ええ、乱亭さんと共に本猫寺の外交を担当させていただいております。今回、申し訳ないのですが織田信奈様に
宣戦布告させていただいたのも私の手配によるものです。織田信奈様はいけませんねー」
挨拶から始まって、本猫寺を攻め取り自分の城を建てるのはやり過ぎで信奈の将来を不安に感じており、坊主嫌いが行き過ぎててお好み焼きの研究中――と、
話が長い上に、あちらこちらに飛びまくるタイプのようだった。
「わかりました、皆まで言うな! とにかくけんにょ殿にお取次ぎお願いします! 信奈様に本猫寺攻めの意志はありません、あの人は安土城の普請に専心しています」
「ふむ。少しばかり話が込み入ってそうですね乱亭さん。真弓さんと岡田さんにも来ていただきましょうか?」
「フロイスは敬虔なキリシタンで徹底した非暴力主義者デスし、サルは見るからに弱そうデス。ワタシ達だけで良かろうデス。ここを通りたければ……」
乱亭が碧い瞳をキラリと光らせると同時に、猫耳の女の子たちが一斉に武器を手に取った。
「だから! 俺達は和睦交渉の使者なんだってば!」
「で、俺達はどうすればいいんですか?」
「それはデスね……」
「この下間掛布が説明いたしましょう。本猫寺の外交を担当している私と乱亭さんの二人を漫才で笑わせることが出来れば門からお通ししましょう。
けんにょ様に――関東の人間はお笑いの魂を――私も実は関東から来ましただけに――サルさんの口調を拝聴しますに――でも色々な国の――
しかしながらサルさんが堺にて衝撃的な――私といたしましては――でもそのこととけんにょ様謁見の――まったくもって、僧がお好み焼き屋を」
「乱亭さん。かいつまんで言うと……掛布さんは何と?」
「……ワタシ達を漫才で笑わせれば、ケンニョサマに合わせてやるデス――と言っているデス、カケフは」
「それなら大丈夫だ。俺は未来から来たが、未来の日本では全国各地にお笑い文化が浸透していたからな! 利休ちゃんの特訓を受けたフロイスちゃんと
「俺と山野辺の漫才を聞いて驚け!!」太助、被るな!」
こうして、まず太助と翔子コンビが漫才を披露することになった――!
「どもー! 通りすがりの太助でーす」
「同じく通りすがりの翔子でーす」
「二人合わせて、七梨太助でーす!」
「って、お前だけじゃねーかッ!」
スパーン!
おおー、と観客のみんなが少しわいた。
「つかみ」はオッケーのようだ。
「いやーそれにしても、本猫寺の皆さんは猫耳が似合っていますなあ」
「猫といえば、俺には少し嫌な思い出がありまして」
「ほう、それはどんな?」
「子供の頃、庭で思いっきり走り回って遊んでいたら、地面から出ていた猫に躓いてこけてしまいましてね、いやーあれは痛かった」
「こけたって、それ、どんな猫?」
「そりゃー木から生えてて、茶色くて太くて」
「それ、猫じゃなくて根っこ!」
スパーン!
とまあ、そのような感じで太助・翔子コンビは合格をもらい、良晴・フロイスコンビもセクハラいじめどつき芸で強行突破した。
まあ、最後の方は良晴はセクハラ親父そのものだったし、フロイスは天罰を下す気だったようだが。
門をくぐったそこには、コロシアムによく似た大集会所が築かれていた。
おそらく下間乱亭以下、南蛮人門徒たちの設計だろう。
石造りの客席と芝生の上に、数万人ものにゃんこう宗門徒が大集結して規制を挙げていた。もはや、アイドルライブ状態である。
その歓声を一身に集めているのは本猫寺当主・けんにょと、真っ黒い大鉄砲「八咫烏」を担いだ雑賀衆頭領・雑賀孫市。
乱亭曰く、一日の憂さを吹き飛ばすための一日一度、けんにょ・孫市はこうして漫才をやるのだそうだ。
「掛布さん。けんにょさんの耳は本物なのですか?」
「はい。あの方は生き神様、おねこさまですから。代々、本猫寺当主の方々は猫神様の血筋を受け継いでおりまして――」
「だいたいわかった。要するに半神半人の存在というわけだ」
漫才は佳境に入り、孫市のお尻ぺんぺんが飛び出した。
流石はお下劣上等の上方漫才。孫市は「尻喰らえ孫市」と呼ばれているくらいで、このネタは彼女の十八番。
「ふ、ふんどしだ! あれは、ふんどしだー!」
良晴は赤くなって目を伏せた。
「良晴さんってモテモテハーレムを目指してる割に、純情ですよね」
「い、いや〜、あれはエロ過ぎだろ。というか、お前は平気なの?」
「俺がどれだけ中学二年生をやってると思ってるんですか。もうあの程度慣れました」
「七梨〜。内側の話はやめとこうぜ」
「ケンニョサマが舞台を降りて謁見の間へ向かわれるデス。貴方がたと会うと申されているデス」
「私、めまいがしてきました」
そう言ってフロイスは不安そうに良晴の腕にしがみついてきた。
「私の常識とは異質すぎて、宗教者の集まりとは思えないのです。他の仏教とも全然違いますし、怖くなってきました」
「まあ、厳かさとかそういうのとは無縁だよな」
「心配無用ですよフロイスさん。良晴さんと、ついでに勝千代さんとも渡り合った俺を信じてください」
「なあ、勝千代って誰?」
「晴信さんの本名です。隠し湯で混浴して、暗殺注意のアドバイスをしたお礼に教えてもらいました」
「真顔で爆弾発言ンンッ!? ってか、元康ちゃん追い込む原因作ったのお前ぇぇぇぇッ!? な、何であの時……っ!?」
「裏切者として殺されかねないからですよ」
正論である。まあ良晴なら、あっさり喋って「殴ることないだろ」ぐらい言いそうであるが、適当だから。
「責任は感じています。だから告白したんですよ」
「……わかってるよ。まあ、俺が考えなしなのは自覚してるしな」
……
謁見の間に、六人が顔を並べた。
織田家代表の良晴と、補佐の太助・翔子、仲裁役のフロイス。
本猫寺当主のけんにょと、雑賀衆の親分・八咫烏を担いだ大柄な雑賀孫市。
「にゃーっはっはっはっはっは! 相良良晴。お前は噂に違わぬサル面だにゃ! 猫耳をつけても猫にはなれそうもないにゃ!」
漫才を終えて意気揚々のけんにょは、猫耳を揺らしながらご陽気に笑った。
「良晴はん。一揆勢はいつでも動かせる状態や。この交渉が決裂したら、大阪、伊勢、近江、三河でいっぺんに暴れ出すでー。京の都をいただくでー」
陽気で豪快な孫市は胡坐をかいて、大ぶりの茶碗でがぶがぶと酒を飲みまくっている。
良晴は孫市に視線を送ろうとして……何故か身を震わせていた。
(? そう言えば……門前でフロイスさんと話している時も、急に震えだして、首を振っていたっけ。なんか嫌な考えでも浮かんだか?)
「宗教者が戦をしてはなりません。信奈様が本猫寺を攻めるという流言飛語は、信じるに及びません」
フロイスが訴えるが、けんにょは毅然とした態度で答えた。
「根拠なき噂としてもいずれは衝突する定めにょ。戦ばかりを繰り返す武士どもにはもう任せておけないにょ。あいつら、人にとって最も大切な笑顔というものを忘れてるにょ。
いいかにょ? 天下を平定するというのならば、まずは何よりも民の心を癒すことだにょ。民の心を笑いとおねこさまの愛らしさで癒してこそはじめて
日ノ本に平和が訪れるんだにょ!」
まだ幼いし、始終『にゃーっはっはっはっは!』と笑ってばかりのけんにょだが、当主をやれているのは愛らしさによるものだけではないらしい。
民の心を癒してこそ、天下平定。という持論も正当だ。
事実、本猫寺の門徒には貧しい武家の次女三女や戦で田畑を荒らされた農村のこと言った、本猫寺(ここ)にしか行けない人々が多い。
「どうせ明日をも知れぬ人生、一か八か! 破れかぶれ! ちゅうこっちゃ。何ぼでも戦えるでー。ヒック」
酔っている孫市は、良晴の頭に狙いを定めて八咫烏を構えた。
「うちは紀伊の地侍。誰にも従わん天衣無縫の女や。ここに居ついとるんは、只けんにょはんと漫才やるのが面白いっちゅうだけの話や。
面白きことも無き世を面白く、ちゅう信条に従ってなー。うちを束縛しようとする奴は、織田信奈だろうが今川義元だろうがバテレンだろうが
鉄砲の餌食にしたるでー。あははははっ!」
「ま、こんな戦乱の世だ。辛い時こそ人に笑いをっていうあんたらの考えも分かるよ。でもさ、戦をはじめても、あんたらは笑ってられるの?」
と、翔子。
「このけんにょが勝って武士の世を終わらせれば、平和になるにょ。聞くがいいにょお前ら。戦国乱世で希望を持てなくなった人の心を癒すには、二つの薬があるにょ」
けんにょ曰く。
一つは涙。
泣いて心の内につかえたものを涙と一緒に流して落とす。キリシタンが凄い勢いで広まっているのも、聖書にはお涙ちょうだいの話が多いからである、と。
とはいえ、「人は生まれながらに罪を背負っている」という教えは、戦で焼け出されたり親を失って本猫寺に駆け込んできた幼い女の子達を保護している
けんにょからすれば受け入れがたいらしい。そんな門徒たちは被害者だ。罪があるならば、権威に縋るだけで力を無くした京の公家たちと、戦を止められない
弱さを抱えた武士たちがよっぽど罪深い。本猫寺は乱世に苦しめられている子供たちに安住の地と食べ物と、心の平安を与えるために活動している。
世がこれほど乱れなければ、本猫寺はちっぽけな猫寺のままだったはず、というのがけんにょの言い分だった。
良晴たちも、幼いながらにけんにょは大器だと認めるしかなかった。救世主として崇められる理由わかった気がした。
「確かに、どれだけ世が乱れていて不安に苛まれていたとしても、心の底から大笑いすれば、自然と心は軽くなるもの。
乱世だからこそ、進んで心を朗らかにしていこうという考えは素晴らしい」
そこで太助は、一度言葉を切った。
「俺は、宗教だろうと何だろうと、人が作ったものは正しい部分も間違っている部分があると考えています。けんにょさんの言う『人が生まれながらの罪人なら、
陽気な大阪人や焼け出された門徒たちに罪があるのか』というのはキリスト教の間違いだし、『涙という薬で人々を救っている』というのは正しいでしょう」
「では問うにょ、七梨太助。このけんにょの、本猫寺の教えの間違いとはなんだにょ!」
「無論、『死んだら猫極楽へ行ける』などという教えを吹き込んで、死を美化していることに決まっているッ!!」
その太助の迫力に、けんにょも思わずたじろいだ。
けんにょ自身もそう思っていたのか、表情が年頃のしおらしいモノに変わる。
「……『猫極楽』の教えは、元は戦や飢饉や疫病で死ぬことを恐れる民を安心させるための方便だったにょ」
「でも今では「猫極楽に行けるのだから死んだってへいきへっちゃら!』って命を捨てる免罪符になってしまった」
「気が付いたらそうなってしまったんだにょ。お前達も見た通り門徒たちは乱世が終わらない不安を誰かにぶつけてしまいたくて、毎日興奮しているにょ。
暴発する前に、武士相手に一揆するのが最善手なんだにょ。我が本猫寺は武田晴信や中国の毛利と親しいから、敵は織田信奈ということになるにょ」
「戦に苦しめられた八つ当たりで、門徒に戦をさせるのかよ!」
「まあなあ。そやけど門徒たちのたまりにたまった鬱憤が溢れそうなんもほんまやからなー。ま、こないになるまで民を苦しめたお武家さんが悪いっちゅうことで。
クソも不満も溜まったらブリブリひねり出さんとあかんやろ? なるようにしかならんで。あはははは」
「本当に八方破れな人だなあ」
このままでは門徒たちはけんにょの制御を離れて暴走してしまうということか。
「ああ……このままでは、ヨーロッパにおける宗教戦争と同じような悲劇がジパングでも起きてしまいます……」
「フロイスちゃん。ヨーロッパの宗教戦争ってどんなものだっけ? 俺、世界史は日本史ほど詳しくなくてさ」
「……お恥ずかしい話ですが、以前からヨーロッパのキリスト教勢力は二つに分裂して各地で戦争をしているのです。ローマ教皇様を中心とした旧来のカトリックに対して、
教会の権威を認めないプロテスタントという勢力が現れ、お互いに憎みあって各国で戦っているのです」
「そう言えばそんな話、教科書で読んだ覚えが、あるような、無いような……」
「まあ、元を正せば権威を復活させるために免罪符を発行して懐を潤そうとした教会に責任があるんだけどな。どんなことであれ、改革を起こそうとすれば
保守派との争いが生まれる。社会なんてそんなもんってことだな〜」
「つまり、この流れはもう止められないってことやなー」
「いや、未来から来たこの俺がこの悪い流れを変えるためにここに宣言してやる! 孫市姉さんは強い。鉄砲の女神と言ってもいい。門徒も次々と増え続けるだろう。
だから本猫寺は落ちない。だけど、最終的には信奈が勝つ! 天下布武のその先に、広い世界へ飛び出すという壮大な夢を持っている信奈は
この国しかみてねえけんにょちゃんには負けねえよ!」
にょにょっ、とけんにょがたじろいだ。
「う、嘘つけだにょ。このマタタビさえなければ不死身のけんにょ様が織田信奈に負けるわけがないにょ。未来から来たというなら証拠を見せるだにょ!」
「簡単に言えばさ、本猫寺の勢力は各地へバラバラに散っているだろ? 戦力は巨大でも、総大将のいない烏合の衆では、小さな勝利を積み重ねるので精一杯。
いずれ信奈の指揮する本格的な軍団に順番に各個撃破されるぜ」
「クッ……サル面の癖に事情通ぶりやがって、だにょ。そこまで言い切るなら、未来から来た証拠を見せるんだにょ! お前、もしかしてインチキ預言者じゃないのかにょ?」
「証拠って言われてもなあ……制服もスマホも信奈のコレクションになっちまってるし……」
「七梨、お前のカメラは?」
「現像する道具が無いんだ。証拠にはならない」
「それもそうか。まあスポーツの腕前みたいに、似たような道具があれば何とかなるわけじゃねえよな」
翔子の言葉に、良晴は閃いた。
「スポーツ……翔子ちゃん。それ、いい! その手は使える! 暴発寸前にまで溜まったみんなのフラストレーションをスポーツに注ぎ込めば……
一揆を回避できるかもしれねえ! 勝敗のあるスポーツなら、死人を出すことなくそのあたりの不満を解消することができる!」
「サル語だらけでよく解らんけど、民や町人は蹴鞠なんかやらないにょ、あ〜んな格式ばっかりうるさい武家と貴族だけの遊び、ちっとも楽しくないにょ。
一応けんにょはこれでも蹴鞠の達人だけどにょ」
「うちもや。あないなお上品なもんみせられたら、気色わるぅなってますます鉄砲をぶっ放したくなるわ」
「わかってるわかってる。この未来から来た俺が、最新式の南蛮蹴鞠を教えてやらあ! これは燃えるぜ!」
「「「南蛮蹴鞠???」」」
追い詰められた相良良晴が「平和の使者」として提案した一世一代の大アイデア、南蛮蹴鞠とはいかなるものか。
待て、次回!!
管理人感想
ダークレザードさんからいただきました!
本猫寺のにゃんこう宗……なんて心惹かれる宗教だ(マテ
猫はカワイイので正義。はい、コレ真理です。
接点持つのに漫才やらなきゃならないにゃんこう宗もアレですがフロイスが相方というチョイスもまた何と言うか……
まぁ、原作の太助となら普通にやり取りするだけで十分漫才になりそうですけど、こっちの太助はディケイドとしての旅の中でずいぶん性格が大人になっちゃってるからなぁ。翔子とのコンビに落ち着いたのは仕方のない流れですか。
あと、省略されたけど良晴とフロイスの漫才も見たかったかも。フロイスは騙され上手の才能があるんじゃなくて、何でもかんでも受け入れちゃう吸収力の持ち主なんだと思います。きっと漫才も面白かったに違いないっ!(確信
南蛮蹴鞠。まぁ何を指しているのかは原作知らなくても想像できるでしょうね。
ただ……結末を知らない原作未見の読者は不安しかないだろうなぁ、同じ手に出てえらいことになった異世界ファンタジーラノベアニメの前例があるだけに(苦笑)。