寒さがさらに深まる冬―――街に噂が流れた。

「聞いた?昨日公園でまた誰か殺されたって」
「それって噂の殺人事件?うわぁ…最近多いね」
 放課後、ファーストフードで楽しそうに話している数人の女子高生―――

「ちょっと前にもあっただろ?殺人事件、無差別に殺しまくってたヤツ」
「知ってる、昨日も中学生が公園で殺されていたとか…」
 会社の昼休み中の会社員達の間でも―――

 ―――人々の間では噂が流れていた。

「…信憑性が薄いというのに当然のように認められている。」
 少年が町で一際高い鉄塔の頂上近くにたたずみ特殊な能力で街に渦巻く人々の思念を読み取る
「街の人々は誰もが悪い予感を抱いている…この不安、恐れ、憎悪…この息苦しさは"ヤツら"を生む事になる―――」

 

 


 

第1話
「出会い」

 


 

 

 12月末―――おかしな年末だった。

 交通量は普段通りだが、歩行者はほとんど歩いていない―――
 寒さのせいか、日中だというのに街には人影がなく、道路を走る車の走行音だけが響く―――街はそれが当然のように静かにたたずむ。

  別に歩行者がいないわけがないはずだが、表に人影はない、無人のホームを人を乗せた電車が通りすぎる。
 目を凝らせば人が見えないのは外だけで建物内で普段通り人々が生活をしている。
 デパートやスーパーは相変わらず年末年始のバーゲンセールで盛況だし、喫茶店やファーストフード店も連日満員。
 誰もが建物の中で過ごしている。
 それは寒さのせいではなく、街に流れる"噂"のせいだろう。
 街に流れる噂…そう、それは―――

 ―――殺人鬼が街を徘徊していて、昼夜問わず殺人鬼に出くわせば無差別に殺される。

「誰1人殺されてなんかいない…ただの噂のはずなのに…街中で囁かれ犠牲者だけ増え続けている…今では普段夜遅くまで帰らない若者達でさえ夜には出歩かない…」
 誰も歩いていない街で1人の"少女"が呟いた。
まだどこか幼さを残しているが非常に整った顔立ち、小柄で華奢な体格、丁寧に切り揃えられたショートカットの髪が印象的だ。
"彼女"が纏う服は"彼女"が通う中学校の"女子用"の制服のモノだ、制服が"彼女"のイメージをより清楚なものとしている。
 しかし"彼女"は女ではない──―男なのだ───彼、橋本崇徳は日本で最も有名な退魔企業"影武"に所属する凄腕トップエースの退魔士なのだ。
 その彼が1人で街を歩いている理由―――それは噂の発端が霊や化け物、妖怪の仕業ではないかと予想されたからだ。
 その為に"影武"のエージェントは本社からの指令で街を巡回している。
「―――と…もう13時か…朝っぱらから歩いてて疲れたな…朝飯もまだだったからなぁ…」
 彼は腕時計を見る―――6時から街を巡回していた為、忘れていたが朝から何も食べていない。
「近くにコンビニやファーストフードの類は無さそうだ…」
 最近、頻繁に任務に狩り出される。
  食事を1日抜く事なんかしばしばあるが、毎回決まって書面上、依頼内容が簡単でランクの低い物に見えても、実際に蓋をあけると非常に困難で危険な事ばかりだったりする。
 腹ペコな状態で戦闘などの不測事態に直面する事はできるだけ避けたい、そんな状態での戦闘では実力が発揮できず、依頼を終わらせると同時にブッ倒れるのがオチだ。
「毎回そうだが、こういう時に限って店とかないのよね…偶然とは思えないとゆーか…つまり―――」
「それは偶然なんかではなく必然では?」
「え…」
  すれ違いざまに誰かの言葉。
「―――――」
  後で誰かが振り向く気配。
  歳は自分と同じくらいだろうか?1人の少年が自分の隣に居る。
「君は―――」
  橋本が声をかけようとしたが、少年は気にする事なく、そのまま歩いて行き路地に消えていった。
「ようするに何か?」
  3日も街を歩いていて、ようやく外で姿を確認できたのは、今の少年が初めてなのだ。
  今年の冬は、タチの悪い悪夢のようだった。

 

 奴が橋本崇徳―――
 先程、橋本に声をかけた少年は路地裏に居た。
 読み取った情報通り橋本の霊能力者としてのレベルは非常に高い、そして異能者―――"影"のマスターブレイカーとしての素質が彼には備わっている。
「俺の計画には、橋本の存在が必要不可欠だ…"ヤツら"が欲している以上、俺は"ヤツら"を出し抜くには、"ヤツら"―――瘴魔やあらゆる危険から橋本を守る必要がある…」
 瘴魔―――人の心の闇、怒りや憎しみ、恐怖のような"負の思念"を糧に生まれた暗黒の存在―――闇の種族、その頂点に君臨するのが"瘴魔神将"
 そして瘴魔に対抗する存在、それが"ブレイカー"である。
 少年―――彼自身も"ブレイカー"なのだが、故あって瘴魔に荷担している。
「思念を読んだ限り彼は善良な人物だ、実力もそれなりにあり自分自身を守るすべもある―――だからといって安全とは断定できない…」
 彼の戦闘データなどは揃っているが、実際橋本が戦ってる現場を少年は見た事がない。
「まずは…橋本の実力を見る必要がありそうだ」
  橋本と実力を見る―――少々手荒だが実力を見るには"こちらから"仕掛ける―――戦闘データが揃ってるとは言え相手は未知数だが実力を見るには実際戦ってみるのが、一番手っ取り早い。
「それに橋本と関係を持つ"キッカケ"にもなるしな」

 

「今夜も収穫はなし…街もほとんど回ったな…」
 深夜11時、静まりかえり無機質に立ち並ぶ街並みを橋本は歩いていた。
 途中3時間程度休んだが、朝から歩き回っている。
 すでに疲労もピークに達しようとしていた。
「あとはココだけかな?」
 橋本は工事現場おぼしき場所に入る。
「でかい公園だよな、花壇や、造りかけだが巨大な噴水、公園内にはプールや美術館といった施設もあり公園につけられた"エデン(楽園)"って名にはピッタリだな…」
 工事現場に入った橋本は辺りを見渡す。
「こんな場所に人影などはあるわけないな…俺みたいに不法侵入すれば話は別だが…」
 ザワッ――――
 突然の気配に橋本は動きを止めた。
「まさか…」
 この感覚は―――以前から何度も感じてきた対霊、対魔戦での霊気や邪気と異なる悪寒―――そう、明らかに"霊"でも"禍物"でもない何かが接近している。
 しかし、何かおかしい―――微妙に反応が弱いと言うか―――人間のような気も混じって感じるというか―――
 しかし、このまま見過ごすのも危険以外何でもない―――橋本は腰に差した拳銃―――気弾銃を抜き、気配のする場所へ銃口を向ける。
「誰だ!?」
 橋本は気配のする方へ油断なく気弾銃を構え呼びかける。
「ほう、一応察知能力はあるようだな」
 柱の陰から声の主が現れた。
「―――君は」
 橋本の前に現れた人物―――それは昼間、橋本と出会った少年だった。
「こんばんは、君は何をしているのかな?」
「あっ…いや、何をしていたわけではないんだ」
 少年が現れた途端、さっきまで感じていた悪寒が収まった。
 気のせいだったのか―――橋本の脳裏をよぎる。
「何もしていない…か、こんな深夜の人影がない場所でか?…まぁ、俺としては都合が良い!」
「何ッ!?」
 少年のその言葉と同時に先程まで収まっていたはずの異質の気配が再び発生する。
「この"異様"な気配は…お前の力なのか!?」
 橋本はとっさに間合いをとり気弾銃を構える。
「その通りだ、霊能者であるお前とはまた違った能力ではあるがな…お前には恨みなどないが―――」
 少年は自分の腰のホルスターに入れられた多節棍を抜き放ち油断なく構える
「―――少々痛い目にあってもらう!我が名は影山涼、行くぞ!」


管理人感想

 狂犬さんからいただきました!
 なんかジュンイチとジーナの出会いを彷彿ほうふつとさせる出会いが(苦笑)。
 しかし……事前に「橋本に女装させる」というのは聞いてましたが……ま、橋本は元々女装ネタ要員のキャラにするつもりだったんでいいんですけど(酷)。ただ単に先を越されたのが悔しいだけです(爆)。