天空に浮かぶ宮殿の中の、もはや使われることもないと思われていた、とある部屋のドアが開かれた

「ありがとうございます。この部屋を使わせてくださって」

青年の言葉に、全身が真っ黒で、頭が空っぽのような表情をしたインド人風の男が答える

「かまわない。宮殿を管理するの、ポポの役目」

男の名はミスター・ポポ
カリン搭のさらに上空に浮かぶ神様の宮殿。今は主の亡きこの宮殿を守り続けている

「トランクスからこの部屋のこと聞かれた時は驚いた。神様死んでから、もう誰も使うことないと思っていた」

ポポの言葉に青年、トランクスの顔に後悔が浮かぶ

「ええ。この部屋のことをもっと早く知っていれば……」

トランクスの胸にやるせない思いがのしかかる
この部屋で修行した父は17号を吸収したセルをも圧倒し、
自らも未来に帰ってすぐ、あっさりと人造人間を仕留めてしまっている

「病気で亡くなった悟空さんは無理でも、父さんや悟飯さんがここを使えていたら……
いや、こんな『もしも』はやめましょう」

タイムマシンで変えたとしても、結局は新しい歴史がもう1つ生まれるだけ
ドラゴンボールなきこの世界では、死者を取り戻すのはタイムマシンを持ってしてももはやできない

「これから先、もう二度と悲劇を起こさないためにも、この部屋で力を身に付けたいんです」
「そうか……では、この部屋を使うのはお前達『二人』でいいんだな?」

ポポの言葉に答える『二人』

「はい。いくぞ、『セル』!」
「はい!!」



ドラゴンボールIF「もう1つの結末」



これはもしもの話
ほんの少しだけ歴史が変わった世界
タイムマシンによる干渉とはまた違い
ただ、ほんの少しだけ、心が変わった世界

まずは、描かれた歴史を見直してみよう

トランクスは過去に戻り、自分の干渉の結果歴史が変化(分岐)したとはじめは思っていた
しかし紆余曲折あり、歴史が随分変わってしまったのはセルのせいだったことを知る
それにより地下研究室の存在を知り、人造人間の停止コントローラーのことも知り得たわけだが、ここで疑問が残る

それは、未来に戻り人造人間を始末したあと、

「何故トランクスはセルが完成するまで待ったのか?」

ということ

過去に戻る前ならばわかる
ドクターゲロが人造人間を目覚めさせる前に壊そうとした時、合流したトランクスも研究所の場所を知らなかったのだから
さらに、その後悟空をカメハウスに隠そうと移動している時に
『タイムマシンでもっと昔に行って動き出す前に壊してしまうんです……ドクターゲロの研究所の場所はもうわかったし』
とまで言っている

だが未来に戻り人造人間を倒した後、トランクスは何故か地下室に行かずにセルを放置している

ひょっとすると、歴史の分岐により未来では研究所の場所が違ったのかもしれない
もしくは、あの時点ですでにセルが完成しており、外に出て行ってしまっていたのかもしれない
(人造人間がトランクスにやられたのを知らなかったことを考えるに、ほとんどニアミスになるが)

だが少なくとも、この世界においては、トランクスは培養中のセルの前に立った

特に対侵入者用の設備もない地下室で
生まれたとしても大した脅威でもなく
完全体になる心配もない
現時点では、生まれてもいない
ガラスを割って踏みつぶせば戦闘力たったの5の一般人でも殺せるひ弱なセル(細胞片)の前に

その時トランクスに襲いかかった衝撃はいかほどのものだったか

原作の説明では、人造人間を倒せたことを報告するためにタイムマシンの往復エネルギーを溜めるのにかかった時間は3年
その時にはセルはとっくに完成し、人造人間がいなくなったことも、タイムマシンのことまで調べ上げていた
ならば地下室の培養カプセルの中にいるのは、過去で初めて見た時の化け物の姿で眠るセルだとばかりトランクスは思っていた

(なのに……なんでこんな?!)

タマゴやサナギまで見ているトランクスは、イメージが違いすぎる姿に戸惑いを隠しきれなかった

実は、予想できるだけの要素はあった
タイムマシンに乗るためにタマゴに戻ったセルは、熟成に3年かかっていた
培養カプセルの中はまさにタマゴのようなもの
残り3年ほどで完成ならば、まさにサナギの中にあたる状態
昆虫は、サナギの中で細胞レベルにまでドロドロになって体を再構成し、成体へと至る
トランクスが直面したのはその段階のセルだった

(だから……だからなんだって言うんだ!こいつはみんなを殺した人造人間と同じなんだ!ドクターゲロの生み出した兵器だ!)

自分が育ったころにはみな殺されていた戦士たちのことが胸に去来する
過去に戻って生きている姿を見れたぶん、余計に、この世界では犠牲者であるという事実を強く認識した
まして、セルに対しては、別の歴史も含めれば自分は二度も殺されている。そもそも

(あの時はなんの躊躇もせずにやれたじゃないか。クリリンさんと一緒に……クリリンさん、と……)

はじめて地下室のセルを発見した時のことを思い出すと同時に、全く逆の感情を伴う記憶が蘇る

『な…なあ…。ちょっときくが…
あ…あの人造人間たち……ほ…ほんとにムチャクチャわるいやつらなんだよな……?』

自分の歴史では犠牲者の1人だったクリリンが、あちらでは最初から敵視できずにいた
聞いた話では停止コントローラーを踏み潰し、完全体のセルから吐き出された18号を懸命にかばったという

(悟飯さんが覚醒するきっかけとなった16号は自爆してでも地球を守ろうとしていた
三人とも、結局最後まで人一人殺さずに……)

トランクスの胸に、虚しさが去来した
その虚しさは、人造人間をいともたやすく葬った時にも生まれたもの

仇をとれた達成感などまるでなかった
ただ……終わった、と

まだセルが残っているのを思い出し、人造人間を倒せたことを母に報告するのも後回しにしてここに来たのも、
人造人間との因縁をはやく終わらせたかっただけだった




どれくらい長い時間そこにいたのか

湧き上がる様々な感情と向き合い、何度も考え直した末に、
出した結論を伝えられた母ブルマは、




「うん。いいわよ」




あっさりOKした




「……って!そんなあっさり?!」

コンピュータのプログラムをいじくって、セルが悪の存在にならないようにしてから生み出させてほしい

そう提案したトランクスに、ブルマはあっさりOKした

「ほんとにいいの!?人造人間なんだよ!父さんたちの仇なんだよ!?」

自分で言い出したことながら、さすがに軽すぎる返答にトランクスのほうが取り乱す
だがブルマが気だるそうに口にした言葉は、

「う〜ん。そのベジータたちなんだけどねえ……

ぶっちゃけベジータもピッコロも大差ないワルだったしね」


ぶっちゃけた


思わずずっこけてしまったトランクスだが、

「い、いやそれでも!他のみんなも殺されてるし!」

食い下がるトランクスだったが、それでも態度が変わらないブルマは

「そのみんなもベジータとナッパとかいうのに殺されてるけどね。
ちなみにその時悟飯くんをかばって死んだのがピッコロ」

「いや確かにそうだけど!!!ていうかその話だとピッコロさんいい人じゃん!!!」

どんどんパニクるトランクス。だんだん口調まで乱れだす始末。だが、

「その時孫くんが言ったらしいのよねえ…」

続いた母の口調の変化に興奮が治まる


「『もったいない』って」


「もったい、ない?」

トランクスの脳裏に、何度も聞かされた過去の父や戦士たちの話の記憶が蘇る

「そ。話したことあるでしょ?
瀕死のベジータにクリリンくんがトドメをさそうとした時、孫くんがそう言って止めたって。
天下一武闘大会でピッコロと戦った時も、仙豆あげて治しちゃうのよね〜。
そういうやつだったのよ。孫くんって」

スーパーサイヤ人になるほど怒りを覚えたフリーザに最後の一撃をくわえた時でも悲しい思いをしていた
そんな悟空や、悟空と共にいた皆ならば、トランクスの提案にも文句はつけまい。そう語る母に

「し、しかし…それでも、いいんでしょうか。やつはフリーザ親子の血もひいて「ベジータの血もね」え?」

言葉をかぶせたブルマは、笑顔を浮かべて

「じゃあ、あんたの兄弟だ。母親のあたしが生み出して育ててやるのは当然よ」

そう続けた

「兄…弟…」

呆然とするトランクスに、力強く笑ったままブルマは

「ねえ、覚えてる?
タイムマシンの歴史干渉の理論を伝えた時、それじゃ意味がないっていうあんたにあたしこう答えたよね
『人造人間にやられっぱなしじゃシャクだから、やつらをやっつけてしまった平和な未来があってもいいんじゃないか』って
じゃあさ……

セルがやっつけられて人造人間は平和に生きてる未来があってもいいなら

人造人間がやっつけられてセルが平和に生きてる未来があってもいいんじゃない?」

そう言ってのけた
自分達の未来は、仲間も敵も大勢の人達も、全員死んでばかりの『負けた』未来なんかじゃない
『仲間のセル』という、あっちでは手に入らなかったものを得た未来なんだと
そうでなければ、シャクじゃないか

「……そう、ですね。
じゃあ、俺がびしばし鍛えてやりますよ!悪の道になんか力ずくでも行けないように!」

笑いながら言うトランクスに、母も笑って答える

「その粋その粋♪
いや〜、ベジータが死んでからこれだけたって息子が増えるとは思わなかったわ〜♪」

ひとしきり笑いあったあと、早速新しい家族を迎え入れるための準備にとりかかる二人だった





そして時は流れ、

無事生まれたセルも健やかに育ち、

トランクスが悟飯に修行をつけられていた時のように
悟飯が悟空と共に、トランクスがベジータと共に精神と時の部屋に入った時のように

今、二人で部屋での修行に挑もうとしていた

「風呂とトイレと食料とベッドだけはある。がんばれ。仲良くしろ」

「…あっ」

ポポの言葉でトランクスは思い出す

『がんばれ!仲良くしろ』

それは部屋に入る前に、悟空にかけられた言葉だった

なんだか嬉しくなり、気合を入れなおして進む

「いくぞ、セル!」
「はい!!」


そして二人は進む


未来に、平和を……



後書き
このあと、魔人ブウのタマゴを回収しに来たバビディ一派との戦いとか考えましたが、今のところセルが元気玉を使うクライマックスしか決まっていません。
そもそも作品を考え始めたきっかけが『セルが元気玉を使う状況』を作ることでしたから。
ちなみにセルはセルジュニアの姿を元にイメージしています。性格は魔人ブウ偏でのトランクスと悟天で。
精神と時の部屋で修行後は、最低でも17号を吸収したセル以上、完全体のセルの50%くらいの力は身につけています。
トランクスは反則技で、生涯の中で4日分部屋を使っているので同じくらい強くなれています。
言い換えれば、悟空や悟飯の4倍近く使っているのに同じくらいまでしか強くなれませんでした。あの部屋の修行ではあのレベルが限界値という、悟空の読みが正しかったことを証明しています。

トランクスが主人公になったのには、ラスボスの最期の違いを考察した結果、トランクスの存在が大きく関わってきたからです。
悟空たちが戦ったピッコロやベジータは、最終的には味方になっています。純粋悪とまで言われたチビのブウですらウーブとして味方になりました。
フリーザも、よく考えたら生きていたので悟空は殺していないのです。フリーザにトドメをさしたのはトランクスです。
セルも悟飯が倒しましたが、存在を完全に抹消したのはトランクスです。仲間にならなかった敵にトドメをさしているのはいつもトランクスなのです。
これはやはり、トランクスだけが仲間を殺されて取り戻せなかった存在だからだと思います。
ドラゴンボールで死者を取り戻せている悟空たちは、相手を殺す権利がないんです。

しかしこれは、トランクスにとってはちっとも嬉しいことではないでしょう。
あちらは元敵とも仲間になれて、自分達は敵も味方も死んでばかり。
そんなトランクスの前に、生かすか殺すかを完全に自分が選べる命が現れたら、生かしたいと思ってもいいと思います。

バビディ編でもそこらへんが出るシーンを断片的に考えています。
バビディの術でフリーザの血に潜む邪悪性を引きずり出されて凶悪化するセルとか。
復活した魔人ブウに敵も味方もコテンパンにされた時、敵対したことも構わずにセルをかばって戦い、ブウにやられるトランクスとか。

「ダメだ……セル。憎しみの、心で……戦っちゃいけない…」

とか言わせたい!!

それにしても書き終わってから気づきましたが、セルのセリフ「はい!」しかない。


管理人感想

 九尾さんからいただきました!

  事前にドラゴンボールのSS、と聞かされていて、何が来るかと思ってましたが……そう来ましたか。なんか、二人の関係が原作最終話の悟空とウーブを彷彿とさせるものがあります。
 確かに地獄未来ルートのトランクス、最終的に勝ちはしたけどあまり救いはなかったような気が。そういった意味ではこんなEDが実際あってもよかったかもしれませんね。

 けど、そうなると他の悪役(死亡組)の改心IFルートも見てみたいですね。
 たとえば、“地球でトランクスに殺されず、次第に改心していくフリーザ”とか。
 ベジータのようになんやかんやで悟空達とつるんでいくうちに角が取れていき、やがて自らの身体をサイボーグ化した技術を活かして技術開発局を設立、マッドサイエンティストへの道を………………あれ? 何か違う?(爆笑)


 

(初版:2009/03/25)