ツァイス市で開かれた料理大会の翌日……ジュンイチ達は正式にキリカから伝えられた依頼を果たすべく、
王都「グランセル」へと向かう定期船に乗り込んでいた。
キリカの話によると今回の依頼は“王国軍直々”の依頼────との事だが、肝心の内容については秘匿性の関係からか、詳しくは語られる事はなかった。
彼女の事だ────薄々依頼の内容については察しがついていると思われる。
にも関わらず、あえて全てを話さないというキリカの奥ゆかしい態度に、エステル達はただただ困惑するのみ……
しばらくの間、定期船内をグルグル歩き回りながら、うんうん唸って考えてみるものの、堂々巡りを繰り返すだけでいつまで経っても答えが出る事はなかった。
───それ以前に、ジュンイチが早々に思考を取りやめて体を休めるように釘を刺されたのもあってか今では……
「……………………」
「……ジンさん?」
「おお、エステル。どうした──俺に何か用か?」
船内を歩き回りつつ、こうしてふと目の合った仲間達と語り合うのがメインになっていた。
やや沈んでいた表情は何処へやら─── 一気に思考を切り替えたジンは不意に尋ねてきたエステルに問い返す。
「あ、ううん……特に用事はないんだけど───考え事、してたみたいだな〜って」
「ああ、昔の事を……ちょいとな」
「それってやっぱり、あのグラサン男の事?」
「まあな。
────最後に別れて6年……長いようで短かったなと思ってな」
思い出されたのは鮮明に蘇る、猛き狼の咆哮。
繰り出される拳は野熊の一閃か、はたまた悪魔の一擢か────
もしやと思い、呟いたエステルの言葉にジンは静かに頷いた。
泉源での、ヴァルターとの一戦────エステルは勿論、あの場にいた殆どの人間がひしひしと肌で感じた、二人の因縁らしき物。
正直、エステルからすれば剛胆とも言えるジンの性格から考えると、暗く沈んだ表情で思考を巡らせる……というのは似つかわしくない。
「そうなんだ────えと、そういえば聞くのを忘れてたけど……ジンさんとあのグラサン男ってどういう関係なの?」
「一言で言えば“兄弟子”──だ。
俺もヴァルターも……元は《泰斗流》という拳術流派の門下生だったんだ」
「へぇ〜…じゃあジンさんから見て、あの男はどんなタイプの武術家だったの?」
「そうだな────月並みな表現になるかもしれないが、『天才』ってやつだろう」
あっさりと笑顔で告げた。
そんなジンの表情は、どこか懐かしげで…エステルにとって初めて見る彼の一面であり、同時に、何処か複雑そうにも見えた。
「圧倒的な格闘センスと反射神経────パワーとスピードを併せ持つ肉体─────
そして爆発的な“気”の使い方──────どれをとってもずば抜けていた……」
「確かに、あの動きや一撃は凄かったわ……オーグリッシュ・フォームになったジュンイチですらやや押され気味だったし」
「どうやらそうらしいな。
道場にいた頃、俺はあいつの強さに憧れていたものだった────」
「6年前────あいつが師匠であるリュウガ師父(せんせい)に手をかけるまではな」
それからエステルは、ヴァルターが踏み込んだ“闇”─────
そしてジンとの因縁の経緯を聞かされて、改めて『負けられない』と思い至った。
ごく最近まで、平凡な小学3年生だったわたし『高町なのは』に訪れた小さな事件……。
歴史と文化、そしていろんな想いが交錯して
対立の因果を断ち切るための、和平の道……
動乱の渦に飲み込まれ、消えていった人々の想いに答えるために。
そんな中での偶然の出会い。無邪気に微笑(わら)うその子は
運命の歯車を、さらに加速させる────
魔法少女リリカルなのはvs勇者精霊伝ブレイカー×英雄伝説 空の軌跡SCクロス小説
Triangle World 〜空を翔る英雄達〜 始まります。
第18話「Mischief of the kitten」
その後、ジンから語られた経緯を要約すると……
彼やヴァルターが入門していた流派───『泰斗流』はいわゆる“活人拳”ではあるものの、ヴァルターが目指したのは、その全く逆の方向。
武術を極める上で決して避けては通れない道──武術の暗黒面に特化した分野───“殺人拳”である。
その“ヴァルターの心の闇”を早くから見抜いていた彼等の師匠であるリュウガ・ロウランは彼の道を正そうと何度も説得するも失敗に終わり続け……
最終的には自分との仕合を通じてヴァルターを殺人拳の道から引きずり降ろそうとするものの、結果的には仕合に敗れ、命を落とす事となった。
(ジンはその仕合の際、見届け人として手出しする事が出来なかった)
そして……ジンだけでなく、ヴァルターとも面識のあったと思われるキリカは、リュウガの一人娘であった事。
ただでさえ『王国軍からの依頼』のこと出頭を悩ませていた後に、追い打ちをかけるようにのし掛かってきた二人の因縁。
何とか力になれないものかと思い悩むものの────────
『お前等がそんな事を気にする必要はねぇよ。考えたり、悩むのはオレがする仕事だ。
そのかわりお前等は前に進む事だけ考えてろ。……特にエステル、お前はその方が適任だと思うぞ』
ツァイスを出発する前、念押しするように告げられたジュンイチの一言が脳内でリプレイされて、結果的に思考は停止した。
───信用されてるのやら皮肉られてるのやら……多分後者だろうなと改めて実感するエステルは
(……何か、イノシシ見たく言われてるみたいでヤなんだけど)
どうやら彼女自身にも心当たりがあるようだ。
……閑話休題。だが実際、ジュンイチが協力者として同行するようになってからというものの、“思考する”という役目が殆ど彼にシフトしてしまってる気がする。
本来、アドバイザーとして活躍を期待していたクローゼを差し置いて、だ。
(ひょっとしてジュンイチ……あたし達に“必要以上に敵の事を考えさせない”様にしてる?)
ルーアンの時はまだ状況が掴み切れてないという事もあってか、そういった態度は見受けられなかったものの
ツァイスに渡ってからというものの、殆どの場面で思考し、悩み、行動する場面が増えている……。
まさかの可能性に一瞬エステルの表情が暗く淀むものの─────
(まさか、ね……)
結局はジュンイチという人間を信じ、思考を途中で切り上げた。
だが、エステルは思いにもよらなかった。
何気なしに脳裏に浮かんだ一説が─────
思いによらない形で、現実のものになろうとは。
……………………
…………
……
「皆さん、よく来てくれました。ルーアンとツァイスでの報告書は読ませていただきましたよ。
─────そちらの方々が報告にあった『時空管理局』の協力者の皆さんですね? 遠路はるばるご苦労さまでした」
「ま、苦労するのはいつもの事だが《結社》の方からすれば全然小手調べみたいな感じだったろうな。
実際、変態紳士やヴァルターのヤローも手ェ抜いてやがったみたいだし」
「それでも《結社》の同行が判明しただけでも大きな収穫です。今後は、王国軍との協力もスムーズに出来ると思いますよ」
「だといいんだがなぁ───」
ギルドに到着すると共に一同を出迎えてきた男性が笑顔と共に告げると、ジュンイチがため息混じりに呟く。
特に彼はヴァルターやデュナムとの一戦では、エネルギー残量の絡みがあったものの、オーグリッシュ・フォームまで使っておきながら終始押されっぱなしだったためにその思いは一塩だ。
と、続きを言いかけて気付く。
『そういえばこの男性って、何者だ?』と。
さすがに自然な流れで会話しだした手前、今更名前を聞くのも憚れるような気がするのか、なのは達もどう切り出したらいいものやら判らなかったが……
「そういやさ、おにーさん誰?」
((((((えら─────い!!))))))
……勇者がここにいた。
真顔で尋ねるアルフに内心賞賛の声を上げるなのは達だったが、さすがに建前としてこのままというのはアレである。
軽くたしなめる程度でフェイトが注意すると、男性は軽く会釈をしながら告げた。
「申し訳ありませんでした。そういえば自己紹介がまだでしたね。
私は王都支部の受付および、皆さんのサポートをさせて頂くエルナンという者です。以後、お見知りおきを」
「エルナンさんですか。えっと、わたしは───」
「高町なのはさんですね? そしてそちらの男性お二人が柾木ジュンイチさんに高町恭也さん。
皆さんの事は、報告書を拝見して既に把握済みです。ご心配なく」
「あ、あはは……相変わらず仕事が早いわね」
「まあ報告書を送ってきたのがキリカさんですからね。
皆さんの名前や性別、容姿に性格etc... 隅々にまで渡る詳細のデータが書き込まれてましたから」
「軽くプライバシーの侵害領域まで手ェ伸ばしてますねキリカさん」
というか所見の人間でも一目で分かるほどのデータを一体いつ仕入れた?
……等というツッコミはキリカに対しては野暮なのだろうなと納得し、ジュンイチはさらに話を続ける。
「まあ、挨拶は程々にして……本題に入らせてもらうが『軍の相談』ってのは一体どういうモノなんだ?」
「やっぱり……《結社》絡みなんでしょうか?」
「それなんですが、どうも通信では相談しにくい内容らしいんです。ですから直接、軍の担当者がこちらに来て事情を説明してくれるそうですよ」
最悪の事態が脳裏を過ぎったのか、ジュンイチの話に加わる形でなのはがエルナンに尋ねると、
しばらく躊躇ったもののゆっくりと口を開いた。
あまりにも歯切れの悪い様子にエステル達も納得のいかない様子だがこの際そういう思考は後回しだ。
「ふむ……通信では相談しにくい内容、か───後ろめたい内容なのかそれとも……」
「考えられるとしたら、盗聴を警戒…って所かな?」
「と、盗聴?!」
「その可能性は高いでしょう。導力通信は便利ですが傍受される危険もあります。
ギルド間の通信であれば盗聴防止用の周波変更(スクランブル)機能が使えるんですけどね……」
エルナンの説明にジン、オリビエの順番でそれぞれ呟くが、最後のオリビエの一言に悪寒が走ったのか
思わず叫び口調となったエステルだったが、ジュンイチやクローゼも同様に表情が険しい事から同じ事を懸念しているのだろう。
「あ、そうだ! その盗聴防止の機能は軍との通信には使えないの? それさえ使えれば……」
「軍は軍で、独自の通信規格を採用してるので無理なんです。そのため通常交信しかできません」
「そうなんだ………うーん、どうせだったら同じ規格にしちゃえばいいのに」
「それはお門違いってモンだろエステル。
いくら協力関係にあるっつーても方や一国の軍隊…そしてこっちはただの国際的な民間組織─────
組織内での機密性保持のためにも独自の企画採用はある意味自然(セオリー)だからな」
「うーん……ジュンイチが言うと何だか説得力があるわね」
『そういやコイツって元傭兵だったっけ』などと思いながら感心しながらうめくエステルだが、
当のジュンイチは“そんなの当たり前の事だろ?”と云わんばかりの表情で彼女に視線を送ると軽くため息をついた。
そんな彼の態度にちょっとムッとしたエステルだが、早々に思考を切り替え、エルナンの方に向き直る。
と………
「ですが……その様子ではエルナンさんは軍の相談の内容におおよその見当がついてらっしゃるのでは?」
「え?!」
「ま、そうでもなければあたし達をわざわざツァイスから呼び出したりしないでしょ」
「おや、見抜かれましたか」
ここまで黙りを決め込んでいた恭也が唸りながら口にした衝撃的な言葉に、エステルは勿論、側で見ていたなのはも驚きを隠せない様子だった。
しかも横で同じように聞いていたシェラザードはえらく落ち着いた態度で、恭也の意見に同意するもんだからその驚きも一塩である。
そして、含みのあるセリフでシェラザードから話を振られたエルナンは、再び笑顔で答える。
「これは私の読みですが……どうやら『不戦条約』に関する話である可能性が高そうですね」
「『不戦条約』……パッと見、“戦争せずに話し合いましょー”な条約っぽいな」
「何か、トゲのある言い方ね─────
まあそれは置いといて……最近いろいろな所で耳にしてるけど、具体的にはどういう内容の条約なの?」
エルナンの口から出てきた条約名に反応して答えるが、具体的な内容についてはメディアでもまだ記事として取り上げられる事も少なく、
情報不足の状態だったためによく認知していない様子のエステル。
……若干、遠からずも近からずな感想をジュンイチが漏らすが、他の異世界出身メンバー……ようするになのは達は対照的に
先程から頭の上を疑問符が飛び交っている。
ちなみに...
−教えて、クローゼ先生!! 《不戦条約ってなーに?》−
リベール王国現国王、アリシア・フォン・アウスレーゼU世が提唱した、
ゼムリア大陸上の三ヵ国(リベール、エレボニア、カルバート)間で締結される条約。
「国家間の対立を武力ではなく、あくまで議論等の話し合いによって解決する」
と謳っている平和的な条約であるが
条約そのものに強制力はない…いわゆる『口約束』に近い条約であるために
いつでも破られるという危険性をはらんでいるが、それでも『条約』という名目上、
抑止力にはなるし、議論の場が必ず設けられるために国民同士の友好的なムード作りにも繋がる可能性を秘めている。
「……とんでもねぇ夢物語的な条約をふっかけて来やがったなぁこの国の王サマは」
「だが、そんな『夢』を夢だと言って片づけたりしない所に国王の誠意と尽力を感じるな」
「はわぁ……エステル達の王様って、何か凄いねぇ──スケールが大きいっていうか何ていうか」
クローゼがしてくれた『不戦条約』の内容説明に、思った通り冷めた反応をしてくれたジュンイチに対し、
続く恭也はあくまで客観的にアリシア王の所業を評価し、美由希はただただその凄さに呆気にとられていた。
……まあジュンイチについては元傭兵で、常に戦いの最中に置かれてる身の上だったためにこういった“平和的に話し合いで解決”という提案には同意するのは難しいと思われる。
─────何処の世でも争いというのは常に生まれ続け、だからこそ傭兵などの兵力の需要が尽きる事がないのも現実だ。
幼少の頃からそんな現実に身を置かれては冷めた反応しかできないというのも当然のことだろう。
「その不戦条約が、来週末に《エルベ離宮》で締結されます。
外国の要人がかなり集まりますし、メディアにも注目されるでしょう」
「じ、じゃあもしそんな状況で……」
「《結社》が何かしでかしたら─────」
「確かに、シャレになってないわね………」
全員の脳裏に浮かぶ惨状……
世界各国から非難を浴びるリベール王国────
《結社》の人間によって荒らされ、壊された人々の幸せ………。
全員の顔から一斉に血の気が引いたのは間違いないだろう。
「ルーアンでの出来事はともかく、ツァイスでの一件よりもシビアね。
……で、その担当者さんが来るまであたし達はここで待機しておけばいいのかしら?」
「そうですね……約束の時刻まで時間がありますし、細々とした依頼を片づけて貰ってても結構ですが……」
Grrrrrr...
「おや、失礼」
「スンマセン、今のベル音に激しく突っ込んでもいいスか?」
どうやら感知できたのはジュンイチだけのようだ。
他の面々が“別にフツーじゃん”何て表情を浮かべる最中、この男だけは苦虫を噛み潰したような表情でエルナンに訴えかけるが当の本人は軽くスルー。
軽く一礼して断った後に、エルナンは受話器を手に取った。
「こちら、遊撃士協会…グランセル支部です。
はい…はい………………………………成る程、そうですか。ふむ、それは確かに困ったことになりましたね」
(何かあったんでしょうか?)
(表情からして緊急の内容じゃなさそうだ)
「少々お待ちください……」
受話器越しに質疑応答するエルナンの表情を読みとり、緊急性はないものと判断したジュンイチがなのはの疑問に答える。
しばらく応答を続けると、エルナンは受話器を一旦保留状態に置くと、エステル達の方に向きなおる。
「もしかして王国軍から?」
「いえ、エルベ離宮からです。
何でも観光客の子供らしき迷子を保護したそうですが……保護者が見つからずに困っているとの事です」
「ガクッ………何だよ拍子抜けだなぁー」
「フッ、まあそう言うな。たまにはこういうハプニングも悪くはない」
「……不謹慎ですけど、恭也さんの言うとーりかも」
エルナンから告げられた、あまりにも平和的なハプニング。
…実際迷子となった当人や親御さん達からすればシャレになってないのだろうが、今までの依頼が依頼だったために
こういった些細な依頼で気が揺るむのもある意味納得できる。
肩をガクリと落として項垂れるジュンイチとは裏腹に、恭也とティータはむしろ和んでる様子。
「その子の保護者を見つけてほしいとの要請なんですが……軍の担当者が来られるまで時間もありますし、協力していただけますか?」
「無論、引き受けさせて貰います。…問題ないな、皆?」
「はぁ………ったく、しゃーねー………息抜きと思ってやらせてもらいますよ」
「わたしも勿論行くよ。ね、フェイトちゃん?」
「はい」
ここまで来れば一蓮托生。
エルナンの要請に快く承諾し、恭也→ジュンイチ→なのは→フェイトの順で了承の返事が返される。
「はいっ、みんなの了承が取れた所で……気兼ねは必要ないよエステル。いつもみたいに気軽にメンバーを選んじゃって」
「ありがと、美由希♪
それじゃ……シェラ姉ぇ、クローゼ、なのは、フェイト──あとジュンイチの6人で行く事にするわ」
「トホホ…ボクはまたギルドで一人寂しくお留守番というワケか────」
「まあそう言うな。特に緊急性がなければ近くの居酒屋で一杯引っかけるのも悪くないだろ?」
「………俺は下戸なんですが」
エステルのメンバー選出にめでたく外れてしまったオリビエは、最近自分の活躍の場が少なくなってきてる事に思わずガクリとするが
同じく、選出にもれたジンはむしろ好都合と判断したのだろう。
同じ年長者(1位と2位)同士での酒盛りを提案し、オリビエも泣く泣くそれに了承した。
……こんな真っ昼間から酒盛りって少々不謹慎じゃないかなと思いつつも、この二人ならアリだろと不思議と納得できたのも謎である。
一方、完全に二人の酒盛りに巻き込まれる形となった恭也については、心の中で合掌して今後の冥福を祈った(を)
「ユーノ君も連れて行っていいですか、エステルさん?」
「え? うーん……ま、フェレットの姿になってれば何とか大丈夫か」
「良かったですねユーノ君」
「あはは────何か、素直に喜べませんが」
さすがに年長者達の酒盛りに巻き込まれるのは危険と判断したのか、なのはがユーノも同行させたいという要請をエステルは快く承諾。
正直“フェレットモードで”というのが納得できないが、贅沢は言ってられない。
気持ちを新たに、メンバーの決まったエステルはエルナンに声をかける。
「そういう事になったんで、エルナンさんよろしく」
「助かります」
言うとエルナンは受話器を再び手に取り、保留状態を解除。
受話器の向こう側の相手に再び説明を開始した。
「ええ────ちょうどちょうど手の空いた遊撃士がいましたのでそちらに向かわせます。
あなたのお名前は……はい………了解しました、それではお待ちください」
受話器を頭と肩で挟みながら、ペンを走らせて必要な情報をメモにとった後に受話器を本体に格納。
エステル達の方に向き直って説明を始めた。
「エルベ離宮で勤めているレイモンドさんという執事さんが、その迷子を預かっているそうです。
離宮についたら尋ねてみてください」
「うん、判ったわ────────って、レイモンドさん? どこかで聞いた事のある名前ね」
「あ────あの若い執事じゃないか? ホラ、離宮開放の時にカウンターの下で隠れていたあの」
「そっか、ナイアルの友達だったっていうあの人か」
どうやら既に面識のある人間らしい。
ジンの一言がきっかけとなり、少し前に起きた大事件の顛末を思い出してぽんと手をたたくエステル。
無論、同行するなのは達にとってもすでにエステルが面識のあるという事については正直渡りに船であった。
「何だよ知り合いか?」
「お知り合いならなおさら話は早そうですね。それではよろしくお願いします」
「了解! それじゃ行ってきま〜す♪ ……っとそうだ。オリビエ?」
「ん、どうしたんだいエステル君?
はっ、もしや! やはりこの天才抜きにして事件解決は難しいとか?!」
「ンなワケ無いでしょ。
判ってるとは思うけど、あたし達がいないからってティータや美由希に手を出すんじゃないわよ?
もし二人の身体にキズ一つでも付けてみなさい……」
すっく……
愛用の棒術具を取り出したエステルは静かにオリビエを威圧する。
きっと彼女の逆鱗に触れようものなら、間違いなくオリビエの魂は深き煉獄へと叩き落とされる事だろう──────
……オリビエは、黙って頷くしかなかった。
……………………
…………
……
−1時間後……エルベ離宮入口−
離宮前に足を踏み入れた途端、なのは達はその豪勢な造りにただ圧倒されるだけだった。
足下のタイルは勿論、建物の殆どが大理石と思われる真っ白なカラーリングの中、所々に植えられた木々の緑色が豪華さの中に温かいイメージを伺わせる。
よく見ると周辺には一般人もちらほら見受けられる事から、一般開放もされているのだろう。
孫を連れた老人や、カップルも何人かちらほらと見受けられる。
「エルベ離宮……何だか懐かしいわね。
でも、何だか普通の人もいる見たいなんですけど?」
「普段は市民の方々にも開放されている場所なんです。ちょっとした憩いの場所、といった所でしょうか」
「確かに……こういった所でお弁当もってピクニックっていうのもイイかもしれませんね」
まず最初に辺りを見回して、以前の印象と異なる所に気付いたエステルが呟くと、後ろから続いてきたクローゼが補足する。
その説明を受け、辺りを改めて見回したなのはが満面の笑みを浮かべながら呟くとエステルもそれにうんうんと頷きながら同意した。
「あー何か判る。
まあピクニックじゃないけど、家族連れとかも多いみたいね」
「多分、迷子のコもああいう家族連れの客の子供の可能性が高そうね。早いトコそのレイモンドさんっていう執事さんを探してみましょう」
「オッケー」
シェラザードの言葉に改めて気合いを入れ直し、エステル達は歩を進める。
そして、入り口から少し進んだ先にある建物の出入口に足を踏み入れると………
ちょうど入ってすぐの玄関ホールで一人の男性が辺りをきょろきょろと見回しながらため息混じりに呟いていた。
「はぁ、参ったなぁ……そろそろ遊撃士が来るのにどこに行っちゃったんだろう?」
「あのー」
「あ、はいはい。どうなさいましたk────」
背後から尋ねられた男性は、声のした方に向き直りながら客の応答をしようと受け答えしようとした直後、すぐに気付いた。
何故なら、声の主は自らの待ち望んだ遊撃士のものであり……
クーデター事件の際、反対派勢力の人々に対する人質達を情報部の手から救った功労者の一人だったのだから。
「あれっ!? 確かあんた達は……」
「ふふっ、お久しぶりねおにーさん」
「えへへ、こんにちわ。──覚えててくれたみたいね」
「はは、忘れるワケないさ! 何といってもエルベ離宮を開放してくれた恩人だからな……」
どうやら面識があるのはエステルだけではないようだ。
シェラザードも笑顔で男性…エルモンドに歩み寄り、エステルも自分達の事を覚えててくれた事に感謝の意を述べながらエルモンドの元へと歩み寄っていった。
一方のエルモンドも恩人2人がまさか担当してくれるとは思わず、嬉しさ半分懐かしさ半分……といった感じらしい。
と……
「あれ、そちらの君は……」
「どうかなさいましたか?」
「いや、はは……そんなワケ無いよな。他人の空似に決まってるか」
「ふふ、ひょっとして恋人さんと間違えました?」
「と、とんでもない! ────っと、話が脱線しましたね。
ええと……それじゃ君達が依頼を受けてくれた遊撃士かい?」
クローゼの顔をしばらく観察していたレイモンドは、不意に彼女からの爆弾発言に顔を赤くし、慌てて否定する。
ひょっとしたら王女ってのがバレたかと冷や冷やしたなのは達だったが何とかごまかせた様子にほっとして、エステルが改めてレイモンドの方を向き直る。
「うん、そうなんだけど……一体どうしたの? 何か困ってるみたいだけど?」
「それが……その迷子のコなんだけど────いきなり『かくれんぼしましょ』って居なくなっちゃってさ。今必死に探している最中なんだよ」
「あらら〜……」
どうやら事態が変な方向に悪化したらしい。
「す、すぐに見つけるから君達は談話室で待っててくれ。場所は知ってるだろう?」
「それは覚えているけど……苦戦しているみたいだし、あたし達も探すの手伝おうか?」
「え……いいのかい?」
「ふふ、これも乗りかかった船よ。
幸いこっちには探索のプロが揃い踏みしてるわけだし……その子の名前と特徴を教えて」
言いながらシェラザードはジュンイチ達に視線を送ると彼等もまた軽く頷いて了承する。
レイモンドもそんな彼等の頼もしさにほっとしたらしく、表情が幾分かゆるんだ。
「た、助かるよ。
白いフリフリのドレスを着て、頭に黒いリボンを付けた10歳くらいの女の子だけど……」
「ゴスロリ美少女キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーЩ(°Д°)Щ」
「………ええと、彼は?」
「大丈夫、ただの発作だから。放置しておいて問題ないわ」
エステルちんおおむね正解。
「そ、そうか。とりあえず判るのは外見の特徴だけで名前は分からないんだ」
「名前が分からない?」
「いくら聞いても『ヒ・ミ・ツ』とか言って教えてくれなくってね……
家族と一緒に来たと思うんだけどそれらしい人も見つからないし……ほとほと困り果ててギルドに助けを求めたんだ」
「そ、そうなんだ。
────それにしてもかくれんぼといい、割と元気な女の子みたいね?」
「うーん、元気というか………」
言葉を濁しながら告げるレイモンド。
しばらく唸った後に溜息混じりに説明を再開しだした。
「おませで、おしゃまで気まぐれ屋って感じかな。大人をからかって楽しんでいるような気もする」
「さしずめ悪戯好きの仔猫っていうタイプね」
「そう、まさにそれだ! はぁ〜……ホントにどこ行っちゃったんだろ。
─────多分、この建物からは出てないと思うんだけど……」
「という事は、中庭を含めて部屋の全てが捜索対象ですね。周りを見渡せば子供くらいなら隠れられる場所はいくらでもありますし、かくれんぼにはもってこいの場所かもしれません」
「そっか……しかし、この広い離宮の部屋全部かぁ………」
クローゼの説明に思わずエステルはげんなりした。
いくら建物内に捜索範囲が限定されているとはいえ、その敷地はそこらの公園やショッピングモールなど比ではないほどの広さを誇っているからだ。
「僕はいったん、談話室に戻ってあのコのことを待っているよ。見つけたら連れてきてほしい」
「うん、わかったわ」
いつまでも脱力してはいられない。
そう自分を奮い立たせたエステルは、エルモンドの提案を受け入れると他の面々の方へと向き直る。
「さーて、逃げた仔猫ちゃんを捜してみるとしましょうか。
白いフリフリのドレスに黒いリボンって言ってたわね……ジュンイチじゃないけど、確かにカワイイ見た目かも」
「ふふ、すぐに見つかりそうな外見ですね。どんな子なのか楽しみです」
「とりあえず一通り建物の中を探してみましょう。
ジュンイチくんやユーノくんは勿論、なのはちゃんやフェイトちゃんも探索技術には長けてるでしょうから、一部屋ずつ確実に調べていくわよ」
「りょーかい。
さてと────フェイトは依頼参加は初めてだったよね?」
「あ、はい。詳細はなのは達から聞いてるので、足を引っ張るようなことはないと思います」
「オッケー、上出来。なら早速行きましょうか!」
こうして、エステル、シェラザードを筆頭にエルベ離宮全域での壮大なかくれんぼが幕を開けた。
−1番目…図書室−
「古本が一杯陳列してるなぁ……美由希ちゃんがいたら凄いことになってそうだ」
「あはは……美由希、ホントに本が好きだもんね」
「それはともかくとして……女の子、いないみたいですね」
「部屋の内部にもそれらしき気配はなし。いるとすれば図書室の司書さんくらいか」
1番目の部屋、ハズレ。
−2番目…展示室−
「おっきなツボですね」
「離宮開放の時は、この底にスペアキーが貼ってあったのよね。
かなり大きなツボだし、ひょっとしてこの中に隠れて……」
「そんなワケ無いでしょ。──大体、その小さい口からどうやって入るつもり?」
「えへへ、それもそっか」
ちなみに、ジュンイチの人間レーダーもユーノ達の探索魔法も全部ハズレ。
−3番目…応接室−
「会食用の大きなテーブルね」
「不戦条約の時にはここで各国のお偉い方がメシを食らいながら談笑するワケか」
「そーゆートゲのある言い方は止めなさいっての。
─────まさか、この下に隠れているって事は…………………はは、さすがにいないわよね」
イスとイスとの間の隙間から、しゃがみ込む形で覗き込むエステルの姿に、思わずシェラザードが忠告する。
なぜなら彼女は今“スカート”を履いているわけで────
「ちょっとエステル……スパッツじゃないんだから気軽にしゃがみ込まないの」
「あ………えへへ、申し訳ない」
「はあ、まったく……」
呆れて果てながらも、退室していくシェラザードをよそに、エステルは顔を朱に染めながらとある人物へ尋ねる。
「ところでジュンイチ………もしかして」
「あ、何だ?」
「………………………………見た?」
「何のことだ?」
「分からないなら良し。ごめんね、変なこと聞いて」
「気にするな。何だか黄緑色の布地が見えたが黙っt“ゴスッ”てぶしっ!!!」
「しっかり見てるじゃないのこのスケベ! 変態!!」
ジュンイチ墓穴。
−4番目…とある個室−
「遅い! 遅すぎる!
フィリップめ……雑誌とドーナツを買うのにどれだけ時間をかけているのだ!」
エステル達が入室するほんの数十秒程前……
この個室では一人の中年男性が右往左往しながら、自らの遣い人の帰りを心待ちにしていた。
だが……その帰りが思いの外遅いのと、彼自身の腹の虫が何度も悲鳴を上げているという現実が、より一層男性を苛つかせていた。
そして、エステル達が部屋のドアをくぐると同時に男性の怒りが爆発した!
「これ、フィリップ! 私をどれだけ待たせれば………」
「へ……?」
「あ……」
しばし、呆気にとられる男性とエステル、クローゼの3名。
そして────
「そ、そ、そ………そなた達わぁぁぁぁっ!!!?」
「あら、確かあの時お城にいた」
「デュナン公爵……こんな所にいたんだ」
男性の絶叫が離宮中に響き渡る最中、等のエステル達はいたって冷静だった。
だが、エステルの発したセリフの中に聞き捨てならない一言が混じってたことに気付き、フェイトが尋ねる。
「エステルさん……この人、『公爵』って───まさか」
「そう、そのまさか」
「デュナン・フォン・アウスレーゼ……私の小父様で現国王のお祖母様の甥に当たる人物です」
「そしてクーデター事件を引き起こしたリシャール大佐に唆されて姫様を軟禁させた張本人」
「こんなチョビヒゲキノコ頭のメタボ野郎が王族ぅ? 世も末だねぇ全く」
クローゼとシェラザードの説明を聞くなりいきなりの暴言を、さも平気な顔をして言い放つもんだから
言われた当のデュナン公爵は怒りのゲージが一気に0まで下がり、それと共にテンションまで大暴落してしまった。
……きっと生きる希望の殆どを根こそぎ奪われてしまったに違いない。
あまりにも情け容赦ない一言だったために、さすがにエステルがフォローを入れようとする。
「じゅ、ジュンイチ……あんたねぇ。
仮にも王族の人間なのよ? 少しは気を遣いなさいよ」
「悪いがオレは身分の違いなんて考慮に入れるつもりはねぇぞ。
王族である前に一人の人間として存在してる以上、オレはあくまで“同じ人間として”対等に接する。
────現に、クローゼに対してもそーだろ?」
「そりゃ、確かにそうだけどさ………」
「王族だろうが神様だろうが悪魔だろうが、“確固たる存在”としてこの世に存在してるんだったらオレは気遣いなんてクソ食らえだ。
────むしろ、存在が不確定である幽霊の方が一番コエぇ」
「何だか説得力があるわね……」
ルーアンでの怯え様を見ている分、ジュンイチがどういう理由で幽霊を嫌っているか凄く納得できてしまうシェラザードだった。
それから数分後……何とか立ち直ったデュナン公爵にクローゼがやや躊躇いがちに調子を尋ねてみる。
「小父様……その、お元気ですか?」
「ええい、白々しい!
そなた達のせいで…そなた達のせいでな……私はこんな場所で謹慎生活を強いられているのだぞっ!」
「うーん、あたし達のせいって言われてもねぇ……リシャール大佐の口車に乗った公爵さんの自業自得だと思うけど?」
「ま、謹慎程度で済んで幸運だったと思うことですね。他の国ならいくら王族といえど極刑は免れないでしょうし」
脅しとも取れるシェラザードの一言に一瞬たじろぐデュナン公爵。
だが、すぐさま元の剣幕を取り戻して再び食ってかかってきた。
「くっ……
ふ、フン! 確かに陛下を幽閉したことがやりすぎであったのは認めよう。
リシャールに唆されたとはいえ、それだけは思いとどまるべきだった」
「あれ、何だか殊勝なセリフね?」
「フン、勘違いするな。私は陛下のことは敬愛しておる。
君主としても伯母上としても、非の打ち所のない人物だからな……だが、クローディア!」
怒りで奮い立つ中にも、一片の冷静さは持ち合わせていたようだ。
過去の自分の非を大人しく認めたことについてエステルが素直に感心していると、今度はその怒りの矛先がクローゼに集中しだした。
「そなたのような小娘を次期国王に指名しようとしていたのはどうしても納得がいかなかったのだ!」
「……………………」
「ちょ、ちょっと! 聞き捨てならないわね! クローゼは頭が良くて勉強家だし、人を惹きつける器量だってあるわ!
公爵さんに、小娘とか言われる筋合いなんて……」
「……エステルさん、いいんです。
前にも言ったように私は、王位を継ぐ覚悟が出来ていません。小父様が不快に思われるのも当然といえば当然だと思います」
「クローゼ……」
はっきりと告げるデュナン公爵に対して怒りをあらわにするエステル。
当然だ。自分の最も信頼している親友を目の前で貶されたのだから。
だが、当のクローゼは憤る様子もなく……むしろ自分の至らなさを自覚しているようにエステルをなだめてきた。
「ふん、殊勝なことを。
昔からそなたは、公式行事にもなかなか顔を出そうとしなかった。知名度で言うなら、私の方が遥かに国民に知れ渡っているだろう」
(悪い意味で……なーんて突っ込むのはヤボなんだろうな、きっと)
心の奥底でジュンイチが思わずうめくが決して声には出さない。
第一、声に出さずともみんな分かってるだろうし。
「それはすなわち、そなたに上に立つ覚悟がないということの表れだ」
「……………………」
「聞けばそなた、身分を隠して学園生活を送っているそうだな。
おまけに孤児院などに入り浸っているそうではないか。そんなことよりも、公式行事に出て広く国民に存在を知らしめること……それこそが王族の役目であろう!!」
「……それは…………」
「たわけ」
言うより早く、ジュンイチはクローゼとデュナン公爵、それぞれの頭を軽くひっぱたいた。
……心持ち、クローゼの方を手加減してひっぱたいたのは彼なりの思いやりの一念から。
さすがにこの彼の行動を予測し切れてなかったエステル達はしばらくの間開いた口がふさがらなかったが、構うことなくジュンイチは続ける。
「さっきから聞いてりゃまぁ天上天下唯我独尊な意見をずらりずらりと並べてまあ……
とても王族の言葉とは思えませんね、ホント」
「な、何だのだ一体!
先程から黙っていれば私のことを散々貶したり頭をひっぱたいたり──────私を誰だと思っておるのだ!!」
「チョビヒゲキノコ頭の世間知らずなメタボ野郎」
「orz」←デュナン公爵
またもバッサリと斬り捨てられた。
しかも先程のセリフと比べて一言多くなってる。
それでもジュンイチの口撃は止まらない。呆気にとられ続けるエステル達を無視して続ける。
「理想の君主っつーのは、知名度の宣伝なんぞしなくても善政を続けていれば自然と有名になる。
善政と呼ぶに相応しいのは、その国に暮らしている人々全員が笑顔で幸せに暮らせる環境と条件をそろえてやる事だ。
そして善政を行う上で必要な素養はただのお勉強や教育で身に付くモンじゃない。────沢山の人間との出会いや触れ合いの積み重ねの上に出来上がるモンだ。
アンタみたいに年がら年中引き籠もって、上から目線で人を見下すだけの人間に善政なんぞ出来るかっての、身の程を知れ阿呆」
「だ、だが! 王族には王族の立場というものがある!!
本来上に立つべき人間が下々の者達とお友達ごっこなど甚だしい!!」
だが、公爵の方も負けじとジュンイチの意見に反論する。
なるほど確かに公爵の言うこともある意味的を射ているなと、心の片隅で感心するも構うことなく続けた。
「まーそりゃそうだろうな。
実際軍隊でも上官が部下に対してそんな態度を取った日にゃ規律なんぞメチャクチャだ。
だが、国という組織は違う。
国王は国を束ねる長であると同時に、国を支える民を導く立場でもある。自分の国を良くしたくて独りよがりの政策やった所で国民に受け入れられなければ意味ねぇからな。
覚えとけメタボ公爵。────国王ってのは“上に立って導く権利”あるのと同時に“下で支える国民を幸せにする義務”があるんだってコトを。
そして“義務”を果たした上での“権利”があることを判ってないと……アンタ、仕舞いにゃ革命起こされて最悪命を落とす羽目になるぞ」
「う……ぐ…………」
さすがにこのセリフにはぐうの音も出ない様子のデュナン公爵。
だが、言い放ったジュンイチ自身も心を痛めていた。
自分がかつて傭兵として戦いの場に身を置いていた国の殆どが、君主の独りよがりのとばっちりを受け、貧困生活を余儀なくされた民で溢れかえっていたからだ。
そして、間接的にせよ直接的にせよ、そういう状況を生み出すことに荷担してしまった自分にも罪があると判っているからだ。
そして口撃の矛先は、今度はクローゼへとむき出した。
「大体、クローゼもクローゼだ。
“覚悟が出来てないから王位を継げません”だぁ? お前も身の程を知れ阿呆」
「ちょ、ジュンイチ!!」
「そこのメタボ公爵がクーデター事件に荷担してくれたお陰で、消去法でお前以外に王位を継げる人間がいなくなったんだ。
そんな状況で“王位を継ぎません”なんてセリフ、公衆の面前で堂々と公表してみろ。
お前の大切な孤児院のガキ共やテレサ先生、ジェニス王立学園のクラスメイト達────ゆくゆくはお前と関わってきた人間全員の未来を握りつぶすことになるんだぞ」
「────────っ!!」
驚愕した。
自分の考えが、まだまだ足りていなかった。
だがジュンイチは違う───────
あくまで客観的に、そして全体を見渡した末の結論だけを淡々と述べている。
“覚悟”云々所の問題ではない────問題はもっとシンプルで、しかも一番重要なものだったのだから。
「判ったか? つまりお前はそういう立場に置かれてるんだ。
“覚悟”云々で王位継承拒否れる甘ったれた立ち位置じゃねぇんだぞお前は。
立ち止まって悩んでるヒマがあるんならとっとと上に登ってやるべき事をやってしまえ。悩むのはそれからでも遅くはないはずだ」
「ジュンイチっ! アンタ……クローゼがどういう気持ちで今まで悩んできたか、判って言ってるの?!」
「当然だ。だからこそ言いたいんだよオレは。
コイツの現状ってのはもはや王位を継ぐ選択肢しか残されてねぇんだ。『出来るか出来ないか』じゃねぇ……『やるかやらないか』だ」
「ジュンイチさん………」
「ま────オレの言いたいことはそれだけだ。以上……あとはエステルに任せる」
言って、今度はクローゼの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜるように撫でると、ジュンイチはエステルにハイタッチして会話のバトンをあっさりと明け渡した。
「…………………………。
あたしは、王族の役目とか全然詳しくないから……ひょっとしたら公爵さんの言うことも一理あるのかもしれない」
「わはは、当然だ」
「でも、これだけは言えるわ。
────クローゼは今、悩みながらも答えを出そうと頑張っている………少なくとも、謹慎を理由に何もしてない公爵さんよりもね!!」
「な、何ィ!?」
ジュンイチの答えが二人の闇の部分をさらけ出すのとは対称的に……エステルの答えは二人の影に光をあてがうようなそんな一言。
思わず目頭が熱くなるような間隔を覚えながらも、クローゼはデュナン公爵へ提案する。
「エステルさん……
……あの、デュナン小父様。私は今、エステルさんのお手伝いをさせていただくことで自らの道を見出そうとしています。
私に女王としての資格が真実、あるのかどうか………近いうちに、その答えを小父様にもお見せできると思います。ですからそれまで………待っていただけないでしょうか?」
「ぐっ………ふ、ふん、馬鹿馬鹿しい。
ええい、不愉快だ! とっとと部屋から出て行け!!」
「言われなくても!
────あ、そうだ。その前に……ここに白いドレスを着た女の子が尋ねてこなかった?」
「なんだそれは………私はずっとここにおる! そんな小娘など知らんわ!!」
「あっそ。お・邪・魔・し・ま・し・た!」
「(ペコリ)……失礼しました」
さすがに二人とも我慢の限界に差し掛かったのか。
確認すべき最低限の事項だけやり遂げると、早々に部屋を後にし……その部屋のドアが凄まじい勢いで閉じられた。
「全く、何なのよあの公爵は! 自分のことは棚に上げてクローゼをけなしてさ!!」
「いえ、小父様の非難も当然といえば当然だと思います。王族としての義務……それは確かに存在しますから」
「で、でも……」
「まあぶっちゃけウチの世界の殆どの国が選挙制度で大統領やら総理大臣やらが選出されるからな。
さっきも言ったが、あの公爵のオッサンの場合、間違いなく悪い意味での知名度だけ上がりまくってしまった。
そーなっちまった今となっては、消去法でクローゼ以外に次期国王に相応しいと考える人間はいねぇだろ。国内外を問わず」
「それは………確かにそうなのかもしれません。ですが私の覚悟については小父様の仰るとおりです」
「クローゼ……」
あれだけジュンイチが論議したにも関わらず、“覚悟”にこだわるのは彼女なりの最後の一線か。
多分それを踏み越えてしまったら最後、クローゼは自分で自分を許せなくなるだろう。
……彼女の優しさと思いやりが垣間見える葛藤だ。
「私、ここで小父様とお会いできて良かったです。改めて私に足りない部分に気付かせていただきました。
それとジュンイチさん────あなたの言葉も、とても嬉しかったです。何となくですが……私が進むべき道が、見えた気がします」
「そりゃ何より。こっちも嫌われ役になった甲斐があるってもんだ」
「はいはいふて腐れない! ……よし、迷子捜し再開!! 頑張ろ、クローゼ♪」
「はい♪」
こうして、ツンと突っ張って先走りするジュンイチの後に続く形で、エステルとクローゼがその後ろを続行する。
これで、少しは先が見えてきたかな────?
そう思わずにはいられないなのは達だった。
……………………
…………
……
「う〜ん……ひとしきり他の個室も回ってみたけど、それらしい姿は見つからなかったわね」
「門番の兵士さんの話だと、それらしい女の子は離宮から出てないらしいですし……どこにいるんでしょうか?」
「……………………」
デュナン公爵のいた部屋を飛び出してから小一時間ほど……。
他の個室は勿論、中庭のベンチ下や植木の影など、子供が隠れられそうな場所は一通り探し終えた一同は、中庭の中央広場に集合して現状確認をしていた。
そんな中、黙りを決め込んでいるジュンイチの様子が引っかかったエステルが尋ねかけてくる。
「どうしたのよジュンイチ、考え込んじゃって」
「いやな……そういえば“談話室”ってまだ探してないな〜って」
「えっ? でも、あそこにはレイモンドさんが────」
「だけど、ずっと居座りっぱなしってワケでもなかったろ?
ちょうどオレ達に状況を説明してた時は、“女の子を捜すために部屋を出てた”ワケだし」
「あ………」
言われてみれば確かにそうだ。
思わず否定しかけたクローゼだったが、よくよく考えてみるともはや残された隠れ場所はあそこしか思い当たらない。
離宮の外に出てないとなると屋内にその居場所は限定される────しかも談話室を除いた各部屋はしらみつぶしに探している。
となると、まだ捜索していない部屋は談話室しか残ってないわけで……
「それに、かくれんぼをするに当たってオニに見つからないための最大の要点は『灯台下暗し』だ。
“普通ならすぐにバレそうな場所”だからこそ、あえてそういった場所に身を隠すと見付かりにくいもんなんだよ」
「な、なるほど………
ってジュンイチ。相変わらずそっち方面にやたらと詳しいけど────それも元傭兵としての経験?」
「まあな。気付いてるとは思うけど、オレって傭兵のクセして個人プレイが多かったからな。
必然的に仕事の内容も隠行や偵察がメインになるし……その経験上からイヤでもスキル上達ってワケだ。隠密行動をしてるとどうしても同業者とのやり合いになるからな。護身の意味でも互いに徹底的な探り合いになっちまう」
「そっか……なら、ジュンイチを信じて談話室を探してみようか」
言ってエステルは、一同を引き連れて談話室へと向かっていった。
……………………
…………
……
「あ、君達。どう、女の子は見付りそうかい?」
「うーん、まだ何とも言えないのよね。最後に残ったのがこの談話室だし」
「え? だけどここにはさっきからずっと僕が……」
「だけど、さっき玄関でオレ達と会ったときは部屋から出てたよな? それからくまなく探したか?」
「え……いや。そういえばこの部屋はまだ帰ってきてから一度も調べてないなぁ」
「だったら話は早い。早速だが調べさせてもらうぞ」
言ってメンバー全員が散開し、部屋中のありとあらゆる場所に探りを入れる。
談話用のテーブルの下や展示用の台の裏………
そしてカウンターの下をエステルが覗き込んだ──────
「えっ………」
「??? ………どうしたんだい?」
「あはは──どうしたもこうしたも………ジュンイチの読み、当たったみたい」
「ふみゃ〜ん……あーあ、レンの負けね」
そう言ってエステルに促され、渋々カウンターの下からはい出てきたのはレイモンドの説明通りの女の子だった。
艶々輝く紫色の髪を首の付け根まで伸ばしたショートヘヤーにあしらわれた、なのはがフェイトと交換したそれにそっくりな黒く細長いリボン。
そして黒と白の対称的なコントラストが映えるフリフリのドレス。
見た感じ、ティータよりも若干年下といった感じのその少女は、登場と同時にその見た目と今までずっとレイモンドに悟られずに隠れ続けていたという事実で一同を驚かせた。
「ええっ!?」
「もしかして……エア=レッテンで会ったコ?」
「何だ、この子も知り合いだったのか?」
「うん。まー知り合いというほど長く付き合ってたワケじゃなくて、なのは達に出会うほんの数時間前にエア=レッテンで出会ったの。
それにしても……やっぱりレンちゃんだったのね」
「うふふ……お姉さん、お久しぶりね。ちゃんとレンのこと覚えててくれて嬉しいわ」
「そっちの人達は初めましてかしら? レンっていうの。よろしくね♪」
それが、彼女となのは達の最初の出会いであった。
to be continued...
次回予告
レンちゃん、どうも複雑な事情を抱えてるみたいですね
まあレンの両親に関しては“脅迫状”の調査を進めていけば何か手掛かりがえられるだろう
エレボニアとカルバート両国の大使館に……わ! グランセル城で女王様と面会!?
うーん、クローゼのお祖母さんってのもある意味納得だなありゃ
次回、魔法少女リリカルなのはvs勇者精霊伝ブレイカー×英雄伝説 空の軌跡SCクロス小説
Triangle World 〜空を翔る英雄達〜 第19話『交差する思惑。浮かび上がる懸念』
リリカル・マジカル!
ジンさんはともかく、オリビエって相変わらず人望ねぇなぁ
−あとがき−
去年も確か同時期に1ヶ月前後の更新停滞をやらかしたなぁOTZ
どうも、おはこんばんちわ。『心は永遠の14歳』────
みかげ貴志氏の描くリリカルなのはワールドが素敵すぎて絶賛ハマリまくりのtakkuです。
先週のGW間に中学生の同級(←類友)と共に博多のメロンブックスでまとめて購入しましたが、どれも大爆笑ものの一品です。
とりあえずみかげさんの描くキャラでまともと言ったらなのはちゃんやエリオ、シグナム姐ぇくらい。他のキャラは全員はっちゃけてマス(爆)。
というわけで今回からは王都グランセル編! というわけでSC本編で言えばほぼ中盤に差し掛かっている所。
なので今回も複線入れまくり、ネタはそこそこに(笑)といった感じで書きました。
(それでもネタの構築にえらい時間がかかったのは事実なんですけどねorz)
そして、いつぞやの日記レスでも語ったようにジュンイチ君の無意識下によるフラグ立てを実現すべくやっちゃいました。
クローゼ本人の前で、あっさりバッサリ斬って捨ててベタ褒めしてw
ギャルゲーで言うならば、物語序盤に出てくるフラグ成立のためのフラグ立て(を)
クローゼってば自分自身が大胆な行動する分には差し支えないのですが、他人からこういう風に攻められるのは多分苦手なはず。
そして、彼女の心の中では未だにヨシュアきゅんへの未練があったりで─────
ハイそうです、修羅場せる気満々です私。←大問題
これから先どうなるのか。私自身予想もつきません←マテ
P.S.ギルド受付での通信機のベル。アレの元ネタ分かる人は何人いるんでしょうか。使った私自身もゲーム自体は見プレイですが(ぉ
管理人感想
takkuさんからいただきました!
久しぶりのジュンイチ節炸裂。今回の主役の座を完全に奪い取ったような雰囲気がひしひしと。
相変わらず情け容赦のない説教をするな、この男わ。しかも本質的に反権力主義者な上にそれが貫けるだけのスキルと力を持ってるから余計に質が悪いワケで。まぁだからと言って彼の口撃にさらされたメタボ公爵がかわいそうだとは思いませんが。
そしてついに! クローゼ相手にフラグの予感!
クローゼは最終的には“自分より他人”に落ち着いて一歩退いちゃうタイプだと思うので、ジュンイチみたいなガンガン突っ走るタイプが相方な方がバランスが取れていいのかも。
なんかこの二人で『奥マジョ』が書きたいような気も。攻略が止まってる『F.C.(PSP)』再開しようかな?
>あたし達がいないからってティータや美由希に手を出すんじゃないわよ?
>もし二人の身体にキズ一つでも付けてみなさい……」
その必要はないよ、エステル。
“その時”が来たら、お前が手を下すよりも早くお兄ちゃんズが誅殺するだろうから(爆)。
>実際軍隊でも上官が部下に対してそんな態度を取った日にゃ規律なんぞメチャクチャだ。
お前が言うな(爆)。