8月5日 P.M.2:23 場所…府中市 柾木家リビング
 
「ジーナぁ……ここはどーなるのぉ〜〜?」
「ああそこはですね────連立方程式を……こう組み合わせて………こうするとαとβの値が出るようになってるんですよ」
「うぅ……ありがとぉ────────」
 
 机に突っ伏しながら少女はどんよりとしたオーラを放ちながら本日の講師……ジーナに感謝の意を表しつつ、再び眼前の敵(夏休みの課題)とにらめっこを再開する。
 
 腰の下まで伸ばした深紅の髪を左右共にゴムバンドで結ったツインテールにて纏め、
 GパンにTシャツといったラフな格好で統一するという、見た目ボーイッシュなイメージが強い彼女……
 
 
 ライカ・グラン・光鳳院である。
 
「大分ジュンイチさんから出された課題も減ってきましたね。
この分だとリベール調査組への参加ももうすぐですよ」
「うぅーん、そうなんだけどさ────」
「どうしたんですか? 浮かない顔をされて……」
 
 今までの戦果(片づけた宿題の山)に目をやり、近づいてきたゴールを指さすジーナだが
 当事者であるライカは今ひとつ乗り気ではないようだ。
 
 いつもだったら宿題を終わらせた開放感と共に、文字通りジュンイチの所へかっ飛んでいくというのに。
 
 
「あずさから聞いた話だと、あっちもあっちで結構な厄介事に見舞われてるらしいじゃないの。
しかもそんな状況下であのジュンイチは未だに面倒臭くなって帰ってくる素振りを見せないし────
この様子だとあたし達がリベールに着いた途端に有無を言わさずコキ使われるわよ?
「────────まあ、ジュンイチさんですし。それ位のことは許容範囲内じゃないんですか?」
 
 少しは否定してやりなよジーナ。
 
「……別にコキ使われるのがイヤで言ってる訳じゃないのよ?
でもジュンイチのことだから────適当な所であたし達に全部押しつけてきそうな気がしてならないの
「それは間違いないですね」
 
 ────だから少しは否定してやりなよジーナ。
 お陰で一回もフォローされなかったライカが目の前に迫る現実に凹みまくってるじゃないか。
 
「うぅ……この宿題が終わっても、全然心休まる気がしない」
「まあファイちゃんも一緒ですし、ライカさん一人に集中するということはまず無いと思いますよ?」
「だといいんだけどねぇ────」
「それに………」
 
 言ってジーナは身につけていたエプロン(ジュンイチ用)のポケットから一枚の写真を撮りだし、ライカの目の前に差し出す。
 そして囁く────
 
 
「これを見ても、同じ様なことが言えますか?」
 
 
 瞬間、絶句。
 ライカの視界から色が消え……いや、完全には消えてはいなかった。
 何故なら今、彼女の視界は“赤”一色に染まっており──────
 
 彼女の思考から『手加減』の3文字が綺麗さっぱり消去されてしまった。
 
 
「ジーナ……これは、何?」
「リベールでのとある日常の一コマです。エイミィさんとの通信記録から拝借しました」
「なるほどこれはコレハ………
「そういうコトデスヨらいかサン………
 
 
 
 
 
「ふ〜───ジーナさーん、ライカさーん、お風呂開きま…した……よ…………」
 
 ほかほかと湯気を立ち上らせ、風呂から上がってさっぱりした様子のあずさが、髪に残った水気をタオルで拭きながらリビングへとやってきて────
 
 威圧された。
 
 
 二人の放つ、“悪の波動”に。
 
 
 真夏の夜…心地よく冷えた畳で寝そべっていた子犬のヤマトは、本能的にその波動をキャッチ。
 飛びつくようにあずさの足下に駆け寄り、ブルブルと身を震わせる。
 
 そんな二人の傍らに置かれた1枚の写真には……
 
 
 
 
 
 
 
 なのは達だけではなく、エステルやクローゼ…シェラザードにティータなど、女性陣全員が寄ってたかってジュンイチにひっつく形で写っていた。
 
 
 
 
 
 
(お兄ちゃん────死んだら骨は拾ってあげるね
 
 割と冷静な柾木妹、あずさだった。
 

 
 ごく最近まで、平凡な小学3年生だったわたし『高町なのは』に訪れた小さな事件……。
 
 
 歴史と文化、そしていろんな想いが交錯して
 
 対立の因果を断ち切るための、和平の道……
 
 動乱の渦に飲み込まれ、消えていった人々の想いに答えるために。
 
 そんな中での偶然の出会い。無邪気に微笑(わら)うその子は
 
 運命の歯車を、さらに加速させる────
 
 
 魔法少女リリカルなのはvs勇者精霊伝ブレイカー×英雄伝説 空の軌跡SCクロス小説
 
 Triangle World 〜空を翔る英雄達〜 始まります。
 
 
 
 第19話「交差する思惑。浮かび上がる懸念」
 
 
「ただいま、エルナンさん──────って、あ!」
 
 エルベ離宮でレンを保護したエステル達は、軍の担当者が待っている可能性を懸念して大急ぎでギルドへと帰ってきた……が、
 エルナンの側にはすでに軍服姿の担当者がギルドへと到着していた。
 
 無論エステルが驚いたのは『もう着いてたの?』という驚きの意味もあるのだが、それとは別の理由もあった。何故なら────
 
「あ、エステルお姉ちゃん!」
「エステル、お帰り!」
「やあ、エステル君。先日顔を合わせて以来だな」
「あれれ……シード中佐じゃない!?」
「なるほど、軍の担当者というのはあなたの事だったのね。────レイストン要塞からこちらに?」
 
 そう…やってきていたのは、ほんの一週間ほど前にレイストン要塞にてエステル達と名勝負を演じたシード中佐だったのだ。
 恭也は勿論、美由希も彼の側にいる事から、後の仕合の算段でもしていたのだろう。
 
 ────────武人肌な3人らしい一コマである。
 シェラザードが確認のために訪ねると、シードは小さく頷いて説明を始めた。
 
「ああ、その通りだ。つい先程、警備艇で王都に到着したばかりでね」
「そうなんだ……ちょうどあたしたちも仕事から戻ってきたんだけど」
「おや……? そちらのお嬢さんはひょっとして例の……」
「あ、うん。そうなのよ────ちょっと事情があって連れてきちゃったんだけど……」
 
 話を進めているとエルナンがエステルの脇に隠れているレンの存在に気付いた。
 さすがに内容が内容な為、あまり民間人……それも子供を同席させるのはいかがなものかと判断に困っている様子のエステルだったが─────
 
「えっと、レンちゃん。お姉さんたち、少しお話があるから2階で待っててくれないかな?」
「あら……ひょっとしてお仕事のお話?」
「う、うん……ごめんね」
「別にいいけど────お仕事お仕事って、まるでパパみたいな感じ。レン、そういうのあんまりスキじゃないわ」
「うっ………」
(はぁ……全く、しょうがねぇな)
 
 ………やはり相手は子供。
 正直に打ち明けたら打ち明けたでこんな調子である。
 さすがにこの状況は拙いかな──────との結論に至ったジュンイチが口を出そうとしたそのとき────────
 
「あ、あの……レンちゃんって言ったかな? わたしと一緒におしゃべりでもしない?
わたし、レンちゃんの事いろいろと知りたいな」
「あなたと? ────うーん、そうね。おしゃべりしてもいいわよ」
「えへへ、ありがとう。それじゃお姉ちゃん、わたしたち2階で待ってるね」
 
 横からティータが乱入し、ジュンイチに取って代わってレンの相手を受ける事になった。
 出番を奪われてちょっぴりセンチな気分になったのか────はたまたレンとのコミュニケーションの機会を奪われて落ち込んでいるのか────────
 
 ……多分後者だろうなと勝手に結論付けたエステルは、落ち込むジュンイチを放置して話を続ける事にした。
 
「はあ……助かっちゃったわ」
「ふむ、どういう事情かは後ほど聞くとしましょうか。まずは、シード中佐の話を先に聞いて頂けますか?」
「あ、うん。いいわよ」
「さっそく聞かせて頂くわ」
「すまない。こちらも急ぎなものでね。
──────まず、この話は王国軍からの正式な依頼と考えてもらいたい。君達に、ある件の調査と情報収集をお願いしたいんだ」
 
 とりあえず緊急性の薄いレンの一見は後回しにして……先にシード中佐の話を聞く事となった。
 改めて向き直り、シードは真剣な面持ちで語り出す。
 
「ある件の調査────?」
「……『不戦条約』は知っているね?
実は、その条約締結を妨害しようとする脅迫状が各方面に届けられたんだ」
「きょ、脅迫状!?」
「それは……穏やかではありませんね。一体どんな内容なんですか?」
「………これをご覧下さい」
 
 シードから告げられた衝撃の内容に、一同は動揺を隠せない様子だったが、クローゼが冷静に切り出してくれたおかげで何とか話は先へと進む事になった。
 そしてシードから受け取った手紙には、タイプライターのような印刷文字で以下のように書かれていた──────
 
『「不戦条約」締結に与する者よ。直ちに、この欺瞞と妥協に満ちた取り決めから手を引くがよい。
万が一、手を引かぬ者には大いなる災いが降りかかるだろう……』
 
 ……あまりにもストレートな内容に、思わず言葉を失う。
 ジュンイチですら呆れたような表情で頭を抱えている事からよっぽどの事なのだろう。
 
「うわ………」
「なるほど、“脅迫状”ね。────内容はこれだけなの?」
「ああ、これだけだ。
そしてお気づきのように差出人の名前も書かれていない。……正直、悪戯の可能性が一番高いと思われるんだが……」
「単なる悪戯とは思えない気がかりな要素がある────つーワケか?」
 
 手紙の内容を改めて確認しながら、ジュンイチが訪ねるとシードは頷いた。
 
「ああ……脅迫文が届けられた場所だ。
────まずはレイストン要塞の司令部。続いて飛行船公社、グランセル大聖堂、ホテル・ローエンバウム、リベール通信社……
そして帝国大使館、共和国大使館、グランセル城、エルベ離宮の全部で9箇所だ」
「そ、そんなに?!」
「なるほど……ただの悪戯にしちゃ大規模だな。軍が気にするのも無理はない」
「しかし飛行船公社に七耀教会、ホテルにリベール通信社か………一見、条約締結とは関係なさそうな所に見えるわね」
 
 確かにシードの言う通り、ただの悪戯ならそこまで節操もなく脅迫状をまき散らすのはおかしい。
 なのは達が驚く最中、各国大使館や王国城はともかくとして、何で協会やホテルまでもが対象に……などとシェラザードがうめくと
 
「ところが厳密に言うと全く関係がない訳じゃない。
────まず飛行船公社は帝国・共和国関係者を送迎するチャーター便を出す予定でね。同じくホテルも既に関係者の宿泊予約が入っている状況だ。
さらに大聖堂のカラント大司教は女王陛下から条約締結の見届け役を依頼されているそうだし……リベール通信は不戦条約に関する特集記事を数号前から連載している」
「うーん、どこも何らかの形で条約に関わっているって事ね。いったい何者の仕業なのかしら?」
「そうですね──────国際条約である以上、妨害しようとする容疑者はいろいろ考えられるでしょうし」
 
 シードの説明に思わずうなり声を上げるエステルの横で、フェイトも同じく思考を巡らせる。
 だが、一同の胸の内にあるのは共通の懸念。すなわち………
 
「そうだな。────共和国か帝国の主戦派……もしくは3国の協力を歓迎しない全く別の国家の仕業か……」
「もちろん、王国内にも容疑者は存在すると思います」
「そして……最悪の可能性が《結社》ね」
 
 恭也、クローゼ、そしてエステルと続き、共通して《結社》の可能性を提示する。
 ここまで来るとすぐに疑われるという所が、さすが悪の秘密結社といった感じだがとりあえずそれは置いてといて……
 今後の方針を決めるために、シェラザードが改めてシードへ切り出す。
 
「それで、軍としてはあたしたちに何を調べろと?」
「君達にお願いしたいのは他でもない……脅迫状が届けられた各所で聞き込み調査をしてほしいんだ。
具体的には────エルベ離宮とレイストン要塞を除いた7箇所だ」
「飛行船公社、グランセル大聖堂、ホテル・ローエンバウム、リベール通信社、帝国大使館、共和国大使館、そしてグランセル城ですね」
「フッ、どこも制服軍人が立ち寄ると目立ちそうな場所だね。情報部を失った今、聞き込みをギルドに頼るのも無理はないかな」
 
 オリビエが皮肉混じりに呟くと、シードもまた苦笑混じりに答える。
 ────得てして軍人というのはその出で立ちから気軽に街中を闊歩できないのが悲しいものなのだ。
 
「恥ずかしながらご指摘の通りだ。
────そして“新しい指揮官殿”の方針でギルドに回せそうな仕事は片っ端から回せとの事でね。
それを実践させてもらったよ」
「………いつもこんな感じなのか、エステル?」
「まあね。────父さんのやり口にいちいち突っ込んでたらキリがないし」
「まぁまぁ、これも先生の信頼の証よ」
 
 ジュンイチが小声で訪ねると、恥ずかしながらといった表情でエステルも項垂れながら答えた。
 ……密かに『ジュンイチだって似たようなもんじゃん』などと思っても絶対に声には出さない。これ以上話をややこしくしたくはないし。
 だが、シードの本心としてはもっと別の所にも理由があった。
 
「ふふ、君達に依頼したのはあくまで私の一存さ。
このたび、条約調印式までの王都周辺の警備を一任されてね。警備体制を整えるためにはなるべく多くの情報がほしいんだ。
どうか、引き受けて貰えないかな?」
「う、うーん………引き受けたいのは山々なんだけど…………もう一つ、片付けなくちゃいけない事件が起きちゃって──────」
「先程のお嬢さんの件ですね。かいつまんで説明して頂けませんか?」
 
 そういえばレンの一件がまだ未解決のままだった────
 ふと思い出し、バツの悪そうな表情で唸るエステルの様子を見たエルナンが説明を求めてきた為、かいつまんで説明する事となった。
 
 
−今から2時間ほど前……エルベ離宮にて−
 
「いや〜、まさか君達が知り合いだとは思わなかったよ。
─────えっと、君……名前はレンちゃんでいいのかな?」
「ええ、そうよ。レンはレンって言うの。ごめんなさい、秘密にしてて」
「はは、気にしていないよ。でもどうして突然かくれんぼなんか始めたんだい?」
 
 レイモンドが訪ねると、少女……レンはにこやかに微笑みながら答えた。
 
「だって、お姉さんが来てくれるって聞いたから……一緒に遊ぼうと思ってがんばって隠れていたのよ」
「あはは、そうなんだ。
────にしても、よくあたし達が来るなんて判ったわね?」
「だってお姉さん、遊撃士さんなんでしょ? レン、遊撃士さんが来てくれるって聞いたから」
「いや、そうなんだけど………遊撃士はあたしだけじゃないし、他の人が来たかもしれないわよ?」
「でもレンは信じてたわ。お姉さんが来てくれるって。その証拠に、ほーら。ちゃんと来てくれたでしょう?」
「う、うーん……確かに」
 
 何だか無理矢理こじつけられたような理屈だが、実際その通りなので訂正のしようがない。
 身振り手振りで何とか修正しようと唸るなのはだが、やはり回答に困ったのか黙りを決め込んでしまった。と────
 何だかジュンイチの様子がおかしい……。その場で俯き、肩がワナワナと震えている─────
 “またこのパターンか……”内心溜息をつかずにはいられない一同は、本日最大級の溜息を吐いたのち、各々の武器(デバイス)を構え─────
 
「のぉぉぉぉぉっ! ゴスロリ美少女萌えぇぇぇっ!!」
『ええ加減にせんかこのロリヲタクがぁぁぁぁっ!!!』
 
 レンの第一印象(見た目)とゴスロリチックな服装が見事カワイイもの好きのジュンイチの魂とマニア心に引火した。
 ジュンイチは突如猛スピードでティータの元へと駆け寄って抱きしめ、ほお擦りしようとした所でエステルやなのはは勿論、フェイトやクローゼからもボコボコにされた。
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 
「ねえお姉さん、そこのお兄さんは放っておいても大丈夫なの?」
「ええ大丈夫よ。この程度じゃジュンイチはくたばらないから」
 
 血みどろの瀕死状態で突っ伏しているジュンイチを前にあっけらかんとエステルはレンの問いに答える。
 だが、実際に1分も経たないウチにすっくと立ち上がってジュンイチは笑顔を振りまいてきた。
 ……若干名から嫉妬と軽蔑の眼差しで見つめられていたが。
 
「まあそこのロリコンお兄さんは放置するとして────あなたのパパとママは一体何処に行ったのかしら?
どうしてこんな場所でレンちゃん一人で遊んでるの?」
「わぁ、よく見たらお姉さんおもしろい格好をしてるのねぇ……そんな風に、おヘソを出してカゼを引いたりしないの?」
「まあ慣れてるしね。
────ってそうじゃなくて。レンちゃんのパパとママが……
 
 シェラザードが一同を代表して切り出すが、レン本人としては自分の両親がどうのこうのよりも目の前の際どい衣装の方が最重要課題らしい。
 絶妙なタイミングで話の腰を折ってくれた為、一瞬何の問題もなくスルーしかけたが何とか軌道修正。
 改めてレンへと切り出す。
 
「でも、その肌の色って南の方の出身なんでしょう? なのに寒いのは平気なのかしら?」
「小さな頃から旅芸人の一座でいろいろな場所を回ったからね……暑い所でも寒い所でも平気よ────────そ・れ・よ・り。レンちゃんのパパとママは一体何処に行ったのかしら?
「……ふう、しかたないわね」
 
 さすがにこれ以上話をはぐらかすのは宜しくないと妥協したのか、渋々レンは自分の身に起きた顛末を話す事にした。
 ……余談だが、上記の太文字フォントのセリフを吐く時、シェラザードのこめかみに青筋が浮き出ていたのはここだけの話。
 
「パパとママがどこに行ったかなんだけど……レンにもよく分からないの」
「分からない?」
「レン、パパとママと一緒にここに遊びに来てたんだけど……お昼を食べた後、パパ達が真面目な顔でレンにこう言ったの」
 
『パパたちは大事な用があってレンとお別れしなくちゃならない。
でも大丈夫、用が済んだら必ずレンのことを迎えに行くからね────パパたちが帰ってくるまで良い子にして待っていられるかい?』
 
 この展開は流石に予想できなかったのか────ジュンイチも軽い眩暈と頭痛をおぼえた。
 一同が呆気にとられる中、事の重大さを理解できていないのか……それとも純粋に両親の事を信じているのか………。
 レンは淡々と笑顔でエステル達に告げる。
 
「そ、それって……」
「ふふっ、レンはもう11歳だから『もちろんできるわ』って答えたわ。そうしたら、パパとママはそのままどこかに行っちゃったの」
「──────こりゃあ、参ったわね」
「えーと……そんな事情とは思わなかった。
────どうしよう? 保護者を捜すっていう話どころじゃなくなってきた気がするんだが」
「うーん……シェラ姉、いいかな?」
「もちろんよ。これもギルドの仕事だわ」
 
 エステルの申し出に二つ返事で了承するシェラザード。
 迷い無く即答する辺り流石といった所だ。
 
「執事さん、心配しないで。この子はあたしたちが責任を持って預かるから」
「えっ……?」
「ね、レンちゃん。お姉さんたちと一緒に王都のギルドに行かない? すぐにパパとママを見つけてあげられると思うわ」
「そうなの?
でもパパたち、大事な用があるっていってたのよ?」
「大丈夫、大丈夫。絶対に見つけてあげるから。お姉さんを信じなさいって!」
 
 自信満々と胸を張って宣言するエステルの姿を見て安心したのか、レンもしばらく唸った後に────
 
「うーん……それじゃあレン、お姉さんと一緒に行くわ。よろしくお願いするわね」
「うん! こちらこそよろしくね」
「ふう……本当にすまない。その子の事、よろしく頼んだよ」
「ええ、任せておいて────さてと、ギルドに戻りましょう」
 
 
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
「とまぁこんな事があったワケだ」
「なるほど……確かにそれは放ってはおけないな。
しかし、あんな年端もいかない子供を置き去りにするとは……」
 
 エステルと共に、状況の説明を行っていたジュンイチの一言で締めくくられると、
 事の重大さにシードも表情を暗くする。
 
「前に、その親御さんと少し話した事があるんだけど………とっても真面目そうで娘思いのご両親って感じだったわ。
何かのっぴきならない事情があると思うんだけど………」
「ふむ、そうですね。
何かの事件と関わって娘さんを巻き込まないようにしたのかも知れません。────しかし、それでしたら一石二鳥かも知れませんよ?」
「へっ??」
 
 にこやかに告げるエルナンのセリフに、間が抜けたような返事を返すエステル。
 どうやら秘策を思いついたようだ。
 
「どうやらレンさんのご両親は外国人でいらっしゃるようです。なら、大使館やホテルなどに問い合わせた方がいいでしょうね」
「あ、なるほど!」
「どちらも脅迫状が届けられた場所って訳ね。飛行船公社にも、乗船記録があるはずよ」
「王国軍も、各地に通達を回して親御さんの捜索に協力しよう。関所を通ったのなら分かるはずだ」
「ありがとう、シード中佐!」
 
 飛行船公社や軍関係なら国全体にネットワークを敷いているため非常に頼りになる。
 特にシードからの一言は、保護の観点からもまさに渡りに船と言わんばかりの申し出。全員に笑顔が溢れる中、丸く収まったと判断したエルナンが話を続ける。
 
「ふふ、どうやらこのまま話を進めても良さそうですね。
具体的な調査方法と分担はこちらに任せて頂くとして……やはり、調査結果の報告は文書と口頭がよろしいですか?」
「ああ、盗聴を避けるためにも導力通信は使わないでほしい。
実は本日から《エルベ離宮》に警備本部が置かれる予定でね。────ご足労かとは思うが、そちらにお願いできるかな?」
「うん、わかった。それじゃあ調査結果の方はエルベ離宮に直接届けるわね」
「よろしく頼むよ」
 
 こうして、脅迫状の調査と平行してのレンの両親大捜索作戦が開始される事となった。
 しかし、現時点で時計の針は昼の1時を過ぎた位置を指している……このまま各場所を回ったのでは時間的な余裕がない。
 
 そこで、せっかくの人数を使わない手はない────そういう結論に至った一同はメンバー割りを決めていた。
 
「さてと……どういう割り振りで聞き込みをしたらいいかしら?」
「まず各大使館の案内人はジンさんとオリビエが適任でしょう。そしてグランセル城については姫殿下にお願いします。エステルにしかるべき方を紹介してあげて」
「フッ、任せたまえ」
「要するに、大使さんに紹介すりゃあいいわけだな」
「わかりました」
 
 それぞれの場所での案内人を的確に割り振るシェラザード。そして
 
「リベール通信社は、言うまでもなくエステル自身が一番の適任ね。記者のお兄さんとも顔見知りみたいだし」
「そうね、挨拶替わりに行ってみることにするわ」
「ならあたしは大聖堂とホテル、それに飛行船公社の方を当たってみるわ。────残る問題はなのはちゃん達だけど、どうする?」
「あー……じゃあオレ一抜け」
「あらま、どうしたの?」
 
 順調に進んできた割り振りに突然水を差すように割り込んでくるジュンイチ。
 いつもらしくない彼の様子に不思議がりながらも、シェラザードは確かめてみる。
 
「──────実はオレ、管理局の方に報告書の提出も兼ねた呼び出しを食らってるんスよ。
ちょいと向こうでやりたい事もあるし、1日ほど開けたいんだけど……」
「うーん……別に調べ事だけだし、大丈夫だよね? シェラ姉?」
「ま、本来ジュンイチくん達は管理局の管轄で動いてるわけだしね。……こっちでもいろいろあったし、通信で報告しづらい事もあるだろうから、別に問題ないわ」
 
 ここにきて、ジュンイチのパワーと頭脳に頼れなくなるのは正直予想外の問題だったが、特に緊急性のある依頼ではないため彼の意見を尊重するシェラザード。
 無論こういう場に置いて、さすがに一言もなしで終わるほど彼も礼儀知らずではない。
 きちんとシェラザードとエルナンにお礼を言うと、すぐさまギルドを後にした────
 
 そして……他のメンバーの割り振りについては以下の通り。
 
 エステル・なのは・クローゼ・ユーノ(フェレット)組:グランセル城、リベール通信社
 ジン・アルフ・美由希組:共和国大使館
 オリビエ・恭也・フェイト組:帝国大使館
 
 以上の取り合わせで行う事になった。
 
 ………………
 ………
 …
 
 調査メンバーの割り振りも終わり、仲良し同士で留守番になるであろうレンとティータを呼び出した。
 
「それじゃ、あたしたちちょっと出かけてくるわ。
────ティータ、レンちゃん。悪いけどお留守番頼むわね」
「それなんだけど……レンはティータと一緒にお買い物に行く事にしたわ」
「へっ!?」
「ご、ごめんね、お姉ちゃん。レンちゃんがどうしても百貨店に行きたいらしくて……」
 
 ……どうやら談笑がそのままGo to ショッピングの流れになったらしい。
 突然の予定変更に申し訳なく思ったのか、ティータが頭を下げて謝っていると、レンが横から割り込んできた。
 
「あら、心外ね。ティータも、ぬいぐるみとか見てみたいって言ってたじゃない」
「あう……レンちゃんったらぁ」
「う、うーん……」
「いつレンちゃんのパパたちの情報が入るか分からないから待ってて欲しいんだけど……」
 
 やはりここは姉としての立場を優先し、レンの今後の事を考えて二人に居残るように促すエステルだったが………
 
「ジー……」←レン
「じー……」←ティータ
 
 ────仔猫と子犬が縋るような目つきで懇願してきた。
 今この場にジュンイチがいなくてホントに正解だったと思う。いたらいたで、エステルを押しのけての大暴走を繰り広げていたに違いない。
 さすがのエステルも二人の合体攻撃には勝ち目はないと悟り、あっさりと白旗を揚げる。
 
「う゛っ……ダブルでその目はズルいわよ」
「いいんじゃないの? ティータちゃんが付いていれば買い物くらい大丈夫よ」
「うーん、それもそっか。
──────ティータ、レンちゃん。あたしたちも夕方には戻るからそれまでには戻ってきなさいよ?
それと、王都は広いから迷子にならないように気を付けるように」
「うん、まかせて♪」
 
 ……何だかお姉さんというよりも、お母さんのような立ち位置のような気がするのは気のせいだろうか?
 
「それじゃあレンちゃん、さっそく出かけようか?」
「ええ、もちろんよ。────お姉さんたち、またね♪」
 
 笑顔で手を振りつつ、ティータとレンはギルドを後にした。
 そんな仲睦まじい二人の光景に心癒されつつ、クローゼは呟いた。
 
「ふふ、すぐに仲良くなっちゃったみたいですね」
「うん、さすがに年齢が近いだけはあるわね。
────でも、レンちゃんとティータの組み合わせかぁ。……微妙に不安なコンビねぇ」
「あら、どうしてですか?」
「いや、だって……ティータって押しに弱そうだし。レンちゃんにいろいろと振り回されそうな気がしない?」
「確かに……」
 
 確かにティータは健気で気配りの行き届いた純真少女である。
 しかし、基本的には彼女は引っ込み思案で年上(もしくは権力的に上の人間)の意見に流されるという傾向の性格だ。
 
 それに対してレンは初対面の時ですらあの自由気ままさに、自分の考えをちゃんと持っているので押しに強い。
 ……早くも力関係が確立されたようで、一同は微妙に不安を覚えた。
 
 まあ、それはさておいて。
 気を取り直してエステルはエルナンに確認をとる。
 
「そういえばエルナンさん。あの子の両親の名前はちゃんと聞き出せたの?」
「ええ、何とか。クロスベル自治州に住む貿易商のご夫妻のようですね。
──────名前は、ハロルド・ヘイワーズとソフィア・ヘイワーズだそうです」
「クロスベルの貿易商、ハロルド&ソフィア夫妻っと……うん、手帳にメモしたわ」
「こちらもオーケーよ。脅迫状の調査とあわせて聞き込み調査を始めるとしますか」
「それじゃあ、レッツ・ゴー!」
 
 
−30分後……グランセル東区街、カルバード共和国大使館−
 
 ジンの紹介で大使館へ入ることを許された美由希とアルフは、入館するなり、異国情緒にあふれた内装にただただ圧倒される。
 豪勢ながらもどこか懐かしい雰囲気を漂わせている最大の要因は、装飾に用いられている竹材だろうか。
 
 不思議と肩は張らずにリラックスできる。
 
「ふわぁ………」
「へぇ〜、ここがカルバード大使館かい。さすが立派で豪華な雰囲気だね」
「それに、どことなく懐かしい内装ですね……私達の世界だと、日本とか中国系のセンスに近いかも」
「ま、東方からの移民を受け入れてきた国だからな。────ちなみにエルザ大使の部屋は2階の奥にあるぞ」
「うん、わかったよ」
 
 ジンの案内で辺りを見回しつつ、2階へと通じる階段を上っていくと、大使の部屋へと通じるドアが目の前に現れた。
 
「ここが大使の部屋だ。さっそく話を聞いてみるか?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「よし、それじゃあお前さんたちを紹介しよう」
 
 同意を得、ジンは軽くドアをノックする。
 
「………? どうぞ、入っていいわ」
「……失礼しますぜ」
 
 そう告げ、部屋へと入ってきたジンの姿を見て、笑顔で歓迎する中年女性。
 一室の奥にて椅子に腰掛けるその女性は、三角眼鏡をかけ髪を簡素に纏め上げた…いかにもキャリアウーマンな風貌を醸し出していた。
 
 ……ここだけの話、第一印象が絵に描いたような『堅物』のイメージを想像した美由希は、わずかながら“ちゃんと聞き込みに応答してくれるか”不安に思えた。
 
「あら、ジンさんじゃない! 先日帰国したばかりなのにまたリベールに来たのかしら?」
「いやぁ、ギルドの仕事でやり残した事がありましてね。またしばらくの間はリベールに滞在しようと思ってます」
「フフ、さすがA級遊撃士。何かと忙しいという訳ね。……ところでそちらの方々は?」
 
 ジンの隣にいる美由希達の存在に気づいた女性大使が尋ねると、2人はそれぞれ前に出る。
 
「えっと、はじめまして。────私は今回ジンさんたち遊撃士の皆さんのお手伝いをさせていただいてる高町美由希といいます」
「あたしはアルフ。……細かい身の上を説明するととてもじゃないが時間が足りないので、とりあえず美由希と同じギルドの協力者といったところさ」
「よろしく。
カルバード共和国大使のエルザ・コクランよ。どうやら面倒な話があって訪ねてきたみたいね?」
「ええ、実は……」
 
 ジンたちは、大使館に届けられたという脅迫状について訪ねてみた。
 
「あの脅迫状の件か……それじゃああなた達は王国軍の依頼で動いているの?」
「一応そういう事になります。
─────ですが、遊撃士協会としても…そして一民間人としても見過ごせる話じゃありません。それを踏まえて協力して頂けませんか?」
「………ま、いいでしょう。我々にも関係ある事だしね。それで、何を聞きたいの?」
 
 事情を理解したのか、考え込むように美由希達へと尋ねるエルザ大使。
 最初の切り出しをどうすべきか……。いろいろと悩んだが、ここは正直に打ち明けてみることにした。
 
「えっと……まずは脅迫者に心当たりがないでしょうか?
共和国に、条約締結に関する反対勢力が存在するとか……」
「それは勿論いるわよ。たとえば私なんてそうだしね
「ええっ?!」
 
 いきなりの爆弾発言に、さすがに困惑する美由希。
 一方のエルザ大使は“してやったり”と云わんばかりの邪笑を浮かべて美由希の顔を鑑賞している……。
 
 何だかいらぬ誤解を招いてる気がしたので、呆れた口調でジンが割って入る。
 
「ちょいと大使さん……あんまり若いモンをからかわないでくれませんかね?」
「あら、事実は事実だもの。私のエレボニア嫌いは貴方も知っているでしょう?」
「そりゃまぁ……」
 
 どうやら本人はボケたつもりはないらしい。
 飄々と本心をぶっちゃけたもんだから、さすがのジンもどうコメントしたらよいものかと悩んでいたが─────
 
「ふふ、勘違いしないで。すでに大統領が決定して議会も承認した案件だからね。個人的な感情は抜きにして話は進めさせてもらっているわ」
「そ、そうですか……それじゃあ他の反対している人達は?」
「いるにはいるけど少数派ね。それらの勢力も“本気で反対してる訳じゃない”し」
“本気で反対していない”?」
 
 エルザ大使の説明に含まれる矛盾に、思わず首をかしげる美由希。
 
 そもそも反対しなければ自分たちの思惑通りに話が進むはずがないので、“心の底から反対しなけれ”ば彼らの意見が通るはずもない。
 しかし彼らは、あえて自分達の意志を押し殺して、条約締結に同意している。─────この矛盾は一体どこからくるのか……
 
 その答えは至極単純なものであった。
 
「あのね、そもそも不戦条約って実効性のある条約ではないの。
『国家間の対立を戦争によらず話し合いで平和的に解決しましょう』って謳っているだけなのよ。
そういう意味では条約というより共同宣言ね」
「その気になれば、いつでも破れる口約束に過ぎない……って事だね」
「ふふ、そういうこと。
─────まあ、確かにここ十数年、カルバードとエレボニアの関係は冷え切っていたから……今回のような機会を通じて話し合いの場が設けられるのは意義のある事だとは思うけどね」
 
 アルフがジェスチャーを交えつつ確認するように呟くと、エルザ大使も微笑みながらそれに付け加える。
 クローゼが説明したとおり、本当にただの口約束的なものでしかなかった『不戦条約』の内容。
 
 ならばなぜ反対派の一衆はこの条約締結に反対の異を唱えないのか?
 純粋な和平模索の結果なのか、それとも“反対意見を押しのけられる程の理由”があるのか……それは定かではないが、
 少なくとも一つだけ言えるのは、カルバード共和国の方はシロの可能性が高いという事。
 
 それを踏まえ、アルフと美由希が続ける。
 
「うーん……確かに脅迫状を出してまで阻止するほどの話じゃないか」
「あの、エルザ大使……カルバードの関係者が脅迫犯でないとするなら……誰が怪しいと思われますか?」
「ふふ、そうね──────個人的な先入観で言えばエレボニアの主戦派あたりが限りなく怪しいと思うけど……『新型エンジン』の件もあるし、その可能性も低そうなのよねぇ」
「新型エンジンって……もしかして《アルセイユ》用のですかい?」
 
 《アルセイユ》─────それは、ツァイス中央工房が開発した、王室親衛隊所属高速巡洋艦で
 王国軍が保有する警備艇を遥かに上回る機動性、高性能の指揮システム、居住区や簡易な工房まで備えるリベールの翼とも称される飛行艇。
 だが、高性能すぎるが故にそのスペックを引き出せるエンジンが未完成だったため、概存の技術で作られたエンジンを搭載し、試験運行を行っていたのが半年前までの話。
 
 そして、その《アルセイユ》専用として開発された最新型導力機関(オーバルエンジン)が、エステル達がグランセルに到着する数日前にロールアウトしたのである。
 
「そう、それのサンプルがカルバードとエレボニアの双方に贈呈される事になっているの。
不戦条約の調印式の場でね」
「あ!」
「つまり……アリシア女王はまんまと帝国と共和国を手玉に取ったということですね」
「ええ……悔しいけど大したお方だわ。
新型エンジンは、次世代の飛行船舶の要とも言える存在よ。それがサンプルとはいえ手に入るチャンスなんですもの。
いくら帝国の主戦派にしたって、水は差したくないでしょうね」
 
 早い話が、アリシア女王は2ヶ国の和平のために『新型エンジン』というエサをぶら下げ、トントン拍子で話を進めようと言うのだ。
 
 ……語壁があるように見受けられるかもしれないが、実際帝国も共和国も導力技術に関してはリベールに1歩2歩譲る形を取っている。
 そんな中で打ち出された今回の《不戦条約》に伴う、『新型エンジンのサンプル提供』。
 つまり自国の“力”を高めるためにも今回の提案はまさに『渡りに船』な状況なのだ。
 
 エルザ大使の言う通り、いくら主戦派の人間といえども水は差したくないのが本音だろう。
 
「な、なるほど……」
「ふむ、ということは………帝国・共和国共に不戦条約を妨害する可能性はかなり低いという事ですかね?」
「そうなるわね。お役に立てなくて申し訳なかったかしら」
「ううん、そんなことないです。容疑者が減っただけでも状況が分かりやすくなったし────あ、それとは別にお尋ねしたい事があるんですけど……」
 
 ひとまず脅迫状関連の話は一段落。
 引き続いて美由希はレンの両親…及びアリサとすずかの行方についてエルザ大使に訪ねてみた。
 
「クロスベルの貿易商、バロルド・ヘイワーズ……9歳くらいの女の子二人…………ふむ、心当たり無いわね。少なくとも大使館を訪れてはいないと思うわ」
「そうですか……」
「クロスベルといえば帝国と共和国の中間にある場所よ。帝国大使館にも問い合わせてみた方がいいかもしれないわね」
「はい、わかりました。えっと、いろいろと教えてもらってどうもありがとうございました」
 
 やはりそう簡単には足取りはつかめないか……
 心の中で落胆しつつも、いろいろと情報を提供してくれた事には変わりはないので、美由希は深々とお辞儀をして御礼の意を述べる。
 
「あら、どういたしまして。
………ところであなた、高町美由希さんっていったわね? ……もしかして《漆黒の双剣使い》の妹さん?」
「な、何ですかそのダークヒーローな二つ名は……」
「ふふ……ツァイス市のギルドに突如彗星のように現れ、手強い大型魔獣を次々と退治してきた兄妹の武勇伝はカルバードの大使館(ココ)にも風の便りと共に流れてきてるわ」
「あ、あはは…………ありがとう、ございます」
 
 どうやら自分達の知らない所で、噂にいろいろくっついて流れまくっているようだ。
 とりあえず今この場に兄がいない事に安堵しつつ、エルザの言葉に苦笑する美由希。
 
「かなり腕の立つ風に見受けられるけど……遊撃士の試験は受けるつもりで?」
「い、いえいえとんでもない!!」
「まあ美由希はまだまだ精進の身の上らしいからな……迂闊に妙な勧誘にのっちまったら兄上殿(恭也)からきっつーいオシオキが待ってる
「………………」
 
 思わず“オシオキ”の場面を想像し、一気に血の気が引いた────。
 
「あらあら、それは残念ね。────まあ、それも一つの将来の選択肢という事で、考えておいてちょうだい。あなたのような人材、ぜひともカルバードの方に……」
「ちょ、調査協力ありがとうございました〜〜〜!!!」
 
 これ以上居座っていると妙な所で墓穴を掘りかねない。
 居ても立ってもいられなくなった美由希は、脱兎の如く大使館を後にした。
 
 
−同時刻……グランセル東区街、エレボニア帝国大使館−
 
 
「やあ、兵士君。元気でやっているかい?」
「お、オリビエさん!? 今まで何をしてたんですか!?」
 
 エステル達と別れたオリビエ・恭也・フェイトの三人は帝国大使館の入り口までやってきていた……のだが、
 いきなり入り口に着くなりオリビエが“まるで親友に話しかけるように”意気揚々と門番の兵士に話しかけるが、当の兵士はそれどころではないらしい。
 オリビエの顔を見るなり、血相を変えて問いつめてきた。
 
「おや、どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたも………エルモに湯治に行ったきり行方をくらましたそうですね? ミュラーさんが怒っていましたよ」
「フッ、相変わらず可愛い男だな」
「って、オリビエさん……まさかわたし達と一緒に行動している事を大使館にお知らせしてなかったんですか?」
 
 まさかとは思うが、コイツは今の状況を楽しんでないか?
 いろいろ不安を覚えたフェイトが訪ねると、オリビエはあっさりと答える。
 
「ハッハッハッ♪ 愛を求めて彷徨う旅路は忍ぶものと決まっているからねぇ。それはともかく……中に通してもらえるかな?」
「構いませんが……ええと、そちらの方々は?」
「遊撃士協会の人間です。……とはいっても、民間協力者ですがね。
こちらの大使殿に少々お聞きしたい事がありまして────それでオリビエさんに紹介してもらおうという事に。
一応これが──────ギルドからの紹介状になります」
「なるほど、そうでしたか。身分も確かの様ですしお通ししてもよろしいですね」
 
 相変わらず行動基準がバカげているとしか言いようがないので、とりあえず無視して話を進める事にした恭也は、胸ポケットにしまっていたギルドの紹介状を差し出す。
 
 門番の兵士も状況を理解したのか、(オリビエを無視して)快く承諾してくれた。
 開錠スイッチを押し、入り口の門を開放する。
 
「どうぞお通り下さい。なお、大使館の敷地内は治外法権となっていますのでくれぐれもお気を付けて」
「─────だ、そうだよ恭也君?」
「………何故そこで俺に話を振るんですか」
「いやぁ……君が何かの間違いで帝国人であるボクに斬りかかってきたらそのまま逮h
「その前に貴方が本能と欲望のままにセクハラを働かなければ俺も刀を抜かなくて済むんです」
 
 せっかくの特権を使わない手はない……そう踏んで恭也へと告げるオリビエだったが、そんな彼の思惑は全てお見通しだったようだ。
 
 妖艶な笑みを浮かべるオリビエに対し、あくまでも冷静に対処する恭也、すっかり対・オリビエツッコミ要因の一人と化してしまっている。
 溜息混じりに告げる恭也の有様を目撃し、『恭也さんもなかなか大変だ……』と心の底から同情を禁じ得ないフェイトであった。
 
 …………
 ……
 …
 
 
「ほう……こりゃまた立派な建物だな」
「豪華な中に力強い雰囲気……帝国の調度で内装が統一されているみたいですね」
「フッ、帝国の威光をアピールする舞台だからね。───残念ながら役者の方がやや見劣りしているようだが」
 
 入館直後からしきりに周囲を見回し、その内装の豪華さに心奪われる恭也とフェイト。
 一応知り合いの実家で慣らされているため、ある程度の免疫は出来ているだろうと思っていたのだが、この場所はそれを遥かに上回るものだった。
 
 しかし、そんな壮大なスケールの内装もオリビエからすればただただ平凡的なモノに過ぎないらしい。
 と………
 
「何を不穏な事を抜かしているか……」
 
 何かを押し殺しているようなトーンの低い声が右側の部屋の方から聞こえてきた。
 3人が視線を向けると、一人の男性がこめかみに青筋を浮かべながらこちらに向かって歩み寄ってきていた。
 
 ……兵士や役人とも違う、迫力に満ちた出で立ち。鍛え抜かれ、一切の無駄がない合理的な体つき。
 何より、背中に携えた大剣が、男性の剛胆振りを強調する。
 
 一方のオリビエは、そんな男性の心情を知ってか知らずか、あくまでも笑顔で対応する。
 
「おお、親愛なる友よ! 久しぶりだね、元気にしてたかい?」
「貴様というヤツは………あれほど常に所在を連絡しろと言いつけていたにも関わらず……………」
「フッ、これも恋の駆け引きさ。離れているからこそ募る思いもあるものだからねぇ」
 
 何が恋の駆け引きだ。
 絶対に面白そうだからワザと放置してたに決まってる。
 
 オリビエを除く全員の見解が一致したところで、男性は変態を無視して恭也の方へ向き直った。
 
「………恭也君だったか。感謝する───どうやらこのお調子者が迷惑をかけてしまったようだな」
「(心の底から頷きたい……が、自重しておいた方が良いのだろうな)いえいえ、それほどでもありませんよ。“比較的”大人しくしていた方ですし」
「………あれ? どうして恭也さんの事を?」
 
 自己紹介もしてないのに、何故恭也の事を知っていたのだろうか?
 当の恭也も何の問題もなく、平然と会話を進めるものだから思わず失念しかけてフェイトが男性に尋ねる。
 
「ああ。君達の噂はすでに帝国大使館内でもかなりのものだ。恭也君達のことは、一部で《漆黒の双剣使い》等という二つ名が横行するくらいだからな」
「………むぅ」
「そういえば自己紹介がまだだったな。自分はミュラー・ヴァンダール。一応そこの変人とは幼馴染みという間柄だが、
いろいろあって今ではオリビエの監視護衛任務に就いている」
 
 自分達の実力が評価されるのは、剣士としてこの上ない喜びなのだが……本来の実力と相反する評価にこそばゆい感覚をおぼえ
 尚かつ微妙に悪役っぽい二つ名に嫌悪感を感じる恭也。
 
 そして、相も変わらずオリビエの存在を無視して、ミュラーはどんどん話を進めていく。
 
「まあ、そこの変人は放置しておくとして……どうやら帝国大使館に用があって来たみたいだな?」
「ええ、実はここの大使殿にお話を伺いたくてきたのですが……」
 
 脅迫状の一件を聞くため、帝国大使に面会に来た事を説明した。
 
「あの脅迫状か……自分も気にはなっていたが、ギルドが動くとは思わなかった。──────王国軍の依頼という事かな?」
「一応そうなりますが……俺達は民間協力者という事もありますし、出来るだけ中立の立場で調べさせてもらうつもりです」
「ふふ、いい心がけだ。それでは、自分の方からダヴィル大使に紹介しよう。────そこのお調子者よりは信用してもらえるはずだ」
「い、いいんですか?」
「助かります」
 
 あっさりと面会の手はずが得られた事に戸惑いながらもフェイト・恭也の二人は改めて感謝する。
 その一方で、信用度ゼロとして放置されていたオリビエが、あまりのいたたまれなさに思わず呟いた。
 
「えっと………そんなにボクって信用ない?」
「あるとお思いですか?」
「えと……その…………ごめんなさい、オリビエさん」
「シクシク……(T_T)」
「賢明な判断だ。────ダヴィル大使は2階の執務室にいる。確認を取ってくるからしばらく待っていてくれ」
「はい、分かりました」
 
 日頃の行いがものを言う場面。
 あっさりと告げる恭也に、謝りながらもフォローする気はあまり無い様子のフェイト。
 
 項垂れたオリビエは滝のように涙を流しながら落ち込んでしまった。
 
 そして……そんな彼を実に慣れた様子で扱うミュラー。
 ………きっと日頃からオリビエの受難に苛まれてきてたんだろうなぁと同情する。
 
 …………
 ……
 …
 
「……ここが執務室という所か」
「フッ、その通りさ。────それでは華麗に乱入して大使殿を驚かそうじゃないか」
「………親愛なる友に鉄拳制裁を受けますよ」
 
 気持ちを新たに、早くも暴走気味のオリビエを制止せんと忠告する恭也。
 
 
 
 
 ……あ、ちょっと青ざめた。
 
「────待たせたな。大使がお会いになるそうだ」
「あ、はい。それでは失礼します……」
 
 そう告げるミュラーに引き連れられ、大使室へと入る3人。
 そして案内された先には、いかにもそれらしい貫禄を持った中年男性が……
 
 おそらくこの男性がダヴィル大使なのだろう。
 忙しそうに書類に印を押していたが、ミュラー達が入室した気配を感じ取り、一旦その手を止めて一同の方へ向き直る。
 
「ようこそ、エレボニア大使館へ。私は駐リベール大使のダヴィル・クライナッハだ」
「遊撃士協会民間協力者……御神流師範代、高町恭也です」
「同じく民間協力者……兼ねて、時空管理局嘱託魔導士───フェイト・テスタロッサです」
「そして愛と平和の使者、オリビエ・レンハイムさっ!」
 
 緊張の面持ちで自己紹介する恭也達に相反して、この男はたとえ相手が自国の重役であろうともいつも通りな態度。
 そんなオリビエの態度を見るなり、まるで腫れ物でも見るかのような目線で威圧しながら一言告げる。
 
「フン……君か。
何でもエルモ村に行ったきり行方をくらましていたそうだな。あまりミュラー君に心配をかけるのはやめたまえ。
────もちろん私にもな」
「フッ、これは手厳しい」
「それはともかく……例の脅迫状の一見で話を聞きに来たそうだな。どんな事が知りたいのかね?」
 
 
 とりあえず反省する気は皆無らしい。
 
 まともに付き合っていたら疲れるだけとすでに納得しているのか、ダヴィル大使もあまり深くは追求せずに改めて恭也達へと問いかけてきた。
 
 正直ダヴィル大使の立場上、もう少しオリビエの態度に突っ込むかと思っていたので、あっさりと自分達に話題を投げかけられた恭也は少々躊躇ったが
 それでも、何とか本題である脅迫状関連の情報を集めている事を踏まえた上で訪ねる。
 
「………それでは、単刀直入にお伺いします。
大使は脅迫者に心当たりはありませんか? 例えば帝国内で条約締結に反対する勢力とか」
「はは、率直な物言いだ。
しかしあいにくだが、全くもって心当たりはないな。皇帝陛下も条約締結にはずいぶんと乗り気でいらっしゃる。それに異を唱える不届き者など、我が帝国にいるはずが無かろう?」
「ふむ……そう断言されると身も蓋もないわけですが………なら大使殿は帝国以外の人間の仕業だと?」
 
 率直に訪ねたら率直に答えられて正直コメントに困った恭也。
 あっさり否定されるとこちらとしても手掛かりが握りつぶされてしまう形になるので何とか話を続けられないかと質問を変えてみるが……
 
「当然、そうなるな。
おおかたカルバードあたりの野党勢力の仕業だろう。衆愚政治の弊害というやつだ」
「それはどうかと思います。
確かに共和国の与党と野党は毎度のように対立してるらしいですが……たとえ条約が阻止されたとしても大統領の責任になるとは思えない」
「フン、詳しい事は知らんよ。────確実に言えるのは、脅迫者が帝国の人間では有り得ない事だ。それだけ判れば十分ではないかね?」
 
 ジンから聞かされていたカルバードの内政治上を踏まえ、ダヴィル大使の答えに鋭い指摘を加える恭也。
 
 元来幾つもの移民を寛容な態度で受け入れてきたカルバード共和国。言い換えればそれだけ異なる政治的思考が交錯するというわけで……
 特に外交政策に関しては一番意見の一致率が悪いのだ。
 
 リベールやエレボニアとは違い、多数の議員によって成り立つ民主国家であるが故の弊害であるが、それを踏まえたとしても、
 『脅迫状』を出してまでの妨害工作はあまりメリットがあるような策とは思えない。
 そう思い立った恭也の返答に、表情を濁しながらもダヴィル大使ははっきりと言い放った。
 
「ふむ、なるほど………」
「あの、ダヴィル大使────オズボーン宰相閣下は不戦条約について、どのように受け止めてらっしゃるのですか?」
「なに………?!」
「ほう……」
 
 フェイトから告げられた核心を突いた質問に、驚きを隠せない様子のダヴィル大使。
 無論その驚きは自国の秘匿に関わるかも知れない内容であった事もあったが、なによりも……
 
 今この中で一番の年少者であるフェイトが、ちゃんと物事の本質を捉え、その上で“この質問をしてきた”という事に驚いていたのだ。
 
 そんなフェイトの博識ぶりに感心しながらも、オリビエも同意する。が、唯一気になったのが────
 
「フフ……なかなか鋭い質問だね」
「────そのオズボーンという方は?」
「帝国政府の代表者、《鉄血宰相》オズボーン。
────『国の安定は鉄と血によるべし』と公言してはばからないお方でね。帝国全土に導力鉄道を敷いたりいくつもの自治州を武力併合したりと、まあとにかく精力的な政治家さ」
「………どうにもファシズム色の強い宰相閣下ですね」
 
 恐らく事前に調べていたのだろう。
 フェイトの口から飛び出た人物の名に疑問を持った恭也が訪ねると、あろう事かオリビエは実に辛口たっぷりのコメントで説明する。
 
 おかげで多分に誤解まみれとなってしまった(いや、実際その通りの人物なのだが)恭也の認識を目の当たりにし、ダヴィル大使もさすがに気が気ではない様子だ。
 
「こ、こらオリビエ君! 自国の宰相を批判めいた言葉で語るのは止めたまえ!」
「フッ、別に批判をしているつもりはないけどね。ただ、もう少し協力的になってもバチは当たらないんじゃないかな?」
「な、なに!?」
「このままだとエレボニアという国の度量が疑われてしまう事になる……それがボクには耐えられないのさ」
「むむむ…………」
 
 さらに続くオリビエの自国への辛口コメント。
 言っている事は非常に的を射ているのだが、この男の場合、いつものヒョロヒョロ口調で言ってるために不快感しか湧いてこない。
 純粋な愛国心ゆえの葛藤に頭を悩ませるダヴィル大使だったが、横で見かねたミュラーがフォローをする。
 
「ダヴィル大使。その件に関しては秘匿すべき情報はありません。率直な事情を説明しても問題ないのではありませんか?」
「……ふん、まあよかろう。
先程の質問だが……陛下と同じくオズボーン宰相も条約締結には極めて好意的だ。むしろ宰相の方から陛下に進言したと聞いている」
「え……」
「ほう……」
 
 どうやらアテが外れたらしい。
 
 先程のオリビエの説明通り、オズボーン宰相は政治的、そして軍事的にもかなりの権力を握っているかなりの強権者だ。
 武力統合という非常に強引なやり口だが、結果的にそう言った政策が帝国を繁栄させているので誰も文句は言わず……
 いや、むしろ彼の下には無数の支持者がいるという事で……もし宰相がこの『不戦条約』そのものの存在を不快に思っていたのならその意志を汲んで、行動に出る輩が居るとしてもおかしくはない。
 
 しかし、事実はむしろその逆。
 いくら10年前の《百日戦役》で反攻作戦が功を奏し、逆転勝利を収められたとはいえ、戦力的にはまだまだ余力を残していた大国・エレボニアが
 自国よりも小国のリベール王国が提案した条約を鵜呑みにするというのは、これまでの宰相自身のポリシーを否定する事に他ならない。
 それでも、オズボーン宰相は自らのポリシーを否定……いや、むしろ好印象さえみせん態度で臨んだ今回の条約締結。
 
 ────明らかにきな臭さ全開である。
 
「それは────密かに噂されている新型エンジンが目的なのでしょうか?」
「いや、彼が陛下に進言したのは新型エンジンの話が出る前らしい。まあ、事情はどうあれ私としては妙な圧力もかからずにホッとしているというのが本音だ」
「ふむ、なるほど………これは帝国関係者はシロの可能性が高そうだ」
「そうですね。……大使さん、教えてくれてどうもありがとうございました」
 
 クローゼやティータから聞かされていた、《アルセイユ》用に開発された新型エンジンのサンプル提供が目当てか。と思って聞いてみても完全に空振り。
 となると本心はもっと別の所にあるみたいだが……考えても異世界の人間である自分達が答えに辿り着く事は出来ないわけで。
 
 思い悩んでもしょうがないと思い至り、とりあえず情報提供に協力してくれたダヴィル大使にお礼をすると、
 2人の素直すぎる態度に拍子抜けしたのか、戸惑いがちに大使は答えた。
 
「ふ、ふん……どうだ。私が最初から言った通りだろう。犯人探しがしたければさっさと他を当たるんだな」
「あ、ちょっと待ってください! 実は……もう2つほど聞きたい事があって────」
 
 ひとまず片づいた脅迫状の一念を片隅に置いて……今度はレンの両親…及びアリサとすずかの行方について、フェイトはダヴィル大使に訪ねてみた。
 
「そうか……それは不憫な事だな。うーむ、帝国商人なら時々この大使館を訪れるが………さすがにクロスベルの貿易商や子供には心当たりがないな。ミュラー君の方はどうだ?」
「いや、自分も記憶にはありません」
「そうですか………」
「しかし脅迫犯と同時に迷子の親に行方知れずの親友までも同時に捜しているとはな……月並みな言い方になるが諦めずに頑張るといい」
「あ……はい!」
「では、自分が門まで送ろう」
 
 やはりここもハズレか……。
 落胆している彼女の姿を見て不憫に思えたのか、厳ついその顔で何とか励まそうとし、優しく告げるダヴィル大使の好意にふれ、
 元通りの笑顔を取り戻すフェイト。
 
 ……必要ならフォローの一言でも入れようかと思っていたが、無駄足に終わったと苦笑しつつ、ミュラーは事を全て終えた3人を引き連れて大使館入り口まで送っていった。
 
 …………
 ……
 …
 
「ミュラーさん、どうもありがとうございました。おかげで大使さんからいろいろとお聞きすることができました」
「いや……大したことはしてないさ。それに本来、3ヶ国の問題だ。協力するのは当たり前だろう」
「それは間違いないでしょうね」
「何とか解決できるといいんですけど……」
「………………………………………………」
 
 大使への取り次ぎに始まり、調査を終えるまでの間様々な形でさりげなくフォローをしてくれたミュラーにお礼を言うフェイト。
 だが、当人はあくまで謙遜の姿勢を崩さずに、キッパリと告げる。
 
 フェイトがリベール入りしたのは、なのは達に比べて割と最近なのだが、それでも自分がお世話になっている土地の人達の力になりたい。
 フェイトが素直な気持ちに思いを馳せる中、オリビエは大使館から出る前から何やら神妙な面持ちで考え事にふけっていた。
 
「あ……どうされたんですか、オリビエさん?」
「いや……少し考え事をね。脅迫事件の話じゃないから気にしないでくれたまえ」
「は、はい………?」
「………………………………………………オリビエ、王都にいる間は大使館に泊まるんだろうな?」
 
 珍しいオリビエの思考する態度に疑問を持ったフェイトが問いかけるも、煙に巻く態度でかわされた。
 そんな彼の態度に思い当たる節があるのか、ミュラーが再びフォローする形で確認してきた。
 
「フッ、もちろんさ。いつものように君のベッドで甘い夢を見させてもらうよ
「…………な゛?」
「ふぇっ!?」
「…………清純な子供達が信じるから下らない冗談をさえずるな。あまり冗談が過ぎると簀巻きにして床に転がすぞ
 
 冗談に聞こえなかったオリビエの爆弾発言に、5歩ほど後すざりして構えるフェイトと恭也。
 これにはさすがのミュラーも額に青筋を浮かべ、静かに……警告するようにオリビエへと告げる。
 
「いやん、それっていわゆる緊縛プレイ?
「お望みとあらばな。ミノムシのように窓から吊してやってもいい
「ごめんなさい、調子に乗りましたorz」
「うーん、さすが幼なじみ」
「何だかんだ言いつつも、バッチリ息が合ってる所がすごいですね」
 
 ツッコミにボケで応答するも、ミュラーの方が一枚も二枚も上手だったようだ。
 緊縛プレイに加えて羞恥プレイ、そして天日干しの刑をプラスして死刑宣告してやると、さすがのオリビエも突っ伏した。
 
 やり口がエステルやジュンイチ以上に手慣れてるのは、やはり昔馴染みの成果というか、仕方なく身につけさせられたスキルといえる。
 
 真面目な性格のミュラーからして、無駄だと知りつつもオリビエの奇行の数々には突っ込まずにいられないのだろう。
 改めて実感し、「幼馴染みって凄いな」と感心する恭也とフェイトの言葉に、ミュラーは表情を濁して青ざめた。
 
「おぞましい事を言わないでもらいたい。──────まあいい、俺はこれで失礼しよう。調査の方、頑張ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
 
 
−同時刻……グランセル北区街、グランセル城前−
 
 
「ふわぁ…………」
 
 カルバード大使館を訪れている姉のようなリアクションをとり、目の前に現れた佇まいに思わず息を飲むなのは。
 
 100mはあろうかという長い石畳の橋を越えた先には、外敵の進入を阻む10mはゆうにある巨大な石造りの門に始まり、
 外壁は勿論、女王宮へと連なるテラスの造りも、見える範囲ではすでに自分の美術的理解度を超えている。
 
 ……まあ簡単に言い表せば「絵にも描けない美しさ」というやつだ。
 
 外見だけでこの状態なのだ。内装を目の当たりにしたら一体どうなるのやらと期待と不安が入り交じった表情で見守りながら、エステルとクローゼは門番の元へと向かって歩み寄っていく。
 
「あぁっ、待ってくださいよぉエステルさん!」
「はは……しょうがないなぁなのは。─────まあ、初めて目の当たりにすればそのリアクションも当然か」
 
 一応日本にも城と呼べるものはあるのだが……本質的な所での建築基準が異なるため、あえて追求はしないで置く事にした。
 多分自らの姉あたりは、自分の知識片手にいろいろと力説しそうだが。
 
 と、そんな彼女達の存在に気付いた門番が声をかけてくる。
 
「おや? 貴方は確か、武術大会で優勝した?」
「えへへ、お久しぶりね…その時はいろいろとお世話になったわね」
「はは、今日はどうしたんだ? 誰かに面会したいんだったらすぐに取り次がせて貰うぜ?」
「見たところ今日はお友達をお連れのようですし……城内の見学を希望ですか?」
「うーん、今日は遊撃士のお仕事できたんだけど………」
 
 2人それぞれ異なる答えでエステル達に語りかける兵士だったが、今回については全部ハズレ。
 あくまで彼女達は遊撃士の仕事で来ているのだ。
 ……仕事でなければ、城内見学と称して、なのは達とおしゃべりでもしようかと思っていたのは秘密だ。
 
 すると、クローゼが優しく微笑みながら一歩前に出、門番の兵士達に話しかけてきた。
 奥でなりを潜めていた時はさすがに気付かなかったらしいが、こうしてまじまじと見るとさすがにクローゼの正体に気付いたらしい。
 
 一般人扱いしてしまった事に激しい後悔を感じつつ、半ば叫び出すように門番の2人は訪ね返してきた。
 
 
「お久しぶりですね、ダンさん、アルツさん」
「ひ、姫様?!」
「く、クローディア殿下! お帰りとは知りませんでした!!」
「ふふ、今回はちょっと別の用で立ち寄ったんです。エステルさん達を城内にご案内したいんですけど……通していただけますか?」
「もちろんですとも!」
「殿下の命とあらば!!」
 
 慌てて敬礼する兵士二人の姿を見て悪戯っぽく微笑むクローゼ。
 
 
 ……ひょっとしてワザと?
 クローゼのキャラがキャラだけに、真意は謎のままである。
 
 とにかく、クローゼの正体を知った兵士二人は勿論彼女の要望を承諾。
 まあ年相応の美少女というのもあるが、彼女自身の人望も大きく関わっているのだろう、この兵士達の態度には。
 これがデュナン公爵だったら、いやよいやよの一悶着があっても不思議ではなかっただろうなと、子供心ながらに思ったなのはだった。
 
 
「クローゼ殿、並びにエステル殿ご一行がご来場!」
 
 アルツと呼ばれた兵士が門前の前に立つと、これからクローゼ達が城内に入る事を告げ、叫ぶ。
 
「開門!!」
 
 すると、大音量で城内から鳴り響く鐘の音と共に、門が中央の一線より左右に分かれ、轟音と共に開きだした。
 だが、それが1枚で終わることなく、その奥に2枚目の門が姿を現した────が、それもまた1枚目と同じように左右に分かれ、轟音と共に開いていく。
 
 そして、2枚の門が完全に開ききった時には、奥の通路に豪勢なレッドカーペットが敷き詰められていた。
 
 なのはがその光景に目を奪われている最中、ダンとアルツはそれぞれの持ち場へと戻り……
 
「「さあ、お通り下さい!!」」
 
 一斉に告げる。
 ……声の張り具合から緊張の念が感じ取れるが、それは純粋に彼女への忠誠心の表れから来ているのだろう。
 
 それを理解しているからこそ、クローゼもそれに恥じないよう笑顔で答える。
 
「ふふ……お役目ご苦労様です。────さあエステルさん。それでは入りましょう」
「う、うん。………クローゼ、一言いい?」
「なんでしょう?」
「────────クローゼが悩むまでもなく、今まさに立派に王女様してる気がするんだけど?」
「「わたし(ボク)もそう思います」」
 
 もはやこれはクローゼ自身の魅力の一つなのだろう。
 知らず知らずのうちに人を導く、一種の奇才の持ち主……。自覚してない分、人に空かれるんだろうなぁと実感せずにはいられなかった。
 
 その後、なのはと協同でクローゼをからかいながら廊下、テラス、女王宮と進んでいき……
 女王宮から通じるベランダ前のドアをくぐった時……
 
「ふふ……やっと来てくれましたね」
 
 城の周囲に広がる、リベール王国最大の湖・ヴァレリア湖をバックに、何かを見つめながらつぶやきながら、3人を歓迎する様子の老婆が佇んでいた。
 その優しさに満ちあふれた顔はとても歳を感じさせないエネルギッシュさを醸しだし、顔立ちがどことなくクローゼに似ている。
 この女性こそ、現リベール王国国王にしてクローゼの実祖母、アリシア・フォン・アウスレーゼU世─────その人だった。
 さすがに本物の女王様を目の当たりにするのは初めての経験からか、しばらくの間緊張で硬直状態となったなのはとユーノ。
 
 そして何故か彼女の側には……ジークがいる─────彼の姿に最初に気付いたのはエステルだった。
 
「ピューイ!」
「あれ、ジーク?」
「なるほど……ふふ、ジークが気を利かせてくれたんですね?」
 
 どうやらそういうことらしい。
 聞けばクローゼを始め、目の前にいるアリシア女王。そして彼女達王室の人間を護衛する王室親衛隊の隊長であるユリアという女性も、ジークと言葉を交わすことが出来るんだとか。
 
 クローゼ曰く「言葉が分かるというよりも、気持ちが通じ合う」ということらしいが、なのはやユーノからすれば“念話の一種?”という
 ややねじ曲がった形で認識されることとなったのはここだけの話。
 
「ええ、貴女たちが来ることを教えてくれました。────お帰りなさい、クローディア。そしてエステルさんになのはさん……よく来てくださいましたね」
「ふぇっ、な、どうして女王様がわたしのことを?!」
「事情はカシウス殿とジークから一通り聞かせてもらいました。本当に……いろいろと大変でしたね」
 
 いくらクローゼの知り合いといえども、一庶民の事情を女王様が気にかけてくれているという事実にさらにカチコチに固まるなのはをよそに、
 エステルは涙ぐみながらも、自然にアリシア女王へ告げる。
 
「あ……えへへ、気遣っていただいてどうもありがとうございます。でもやるべきことは見えているし、クローゼたちも助けてくれています。だから……あたしは大丈夫です」
「そう……ふふ、しばらく見ないうちに本当に頼もしくなりましたね。どうぞ、部屋にお戻り下さい。紅茶の用意をさせてもらいます」
 
 こうして、一同揃って手前の部屋へと戻ることとなった一同だが……
 『さすがに女王自らお茶を入れるなんてことはないだろう』などと、アリシア女王の口から飛び出た一言に半信半疑だったなのは。
 
 
 だが─────予想もしてなかった。
 
 
 この国の王族に関しては、常識の範疇に当てはまらないことに。
 
 その後繰り広げられた現女王と未来の女王二人のタッグによるお茶汲みによって、なのはとユーノの緊張をさらに加速させ、石像のように硬質化したのはいうまでもない。
 
 
 
to be continued...
 
次回予告
 
調査を順調に進めて行くにつれて、いろいろ判ってきましたけど……
 
ジュンイチは管理局に戻ったきりなかなか帰ってこないな………
 
あれ? さすがにお兄ちゃんでも心配?
 
いや……心配、というか不安だな
 
………………どゆこと?
 
────管理局で合流したジーナやライカから半殺しの刑を受けてないかどうか
 
あー……冒頭のアレ? あれ、ネタじゃなくて本当の事だったんだ………。
 
 
次回、魔法少女リリカルなのはvs勇者精霊伝ブレイカー×英雄伝説 空の軌跡SCクロス小説
 
Triangle World 〜空を翔る英雄達〜 第20話『狂ったお茶会』
 
リリカル・マジカル!
 
とりあえず……空の女神(エイドス)に、ジュンイチの無事を祈っておくか
 
 
 
−あとがき−
 
 ストレスに悩むような事してないはずなのに、円形脱毛症に陥りましたOTZ
 どうも、おはこんばんちわ。『心は永遠の14歳』────
 冒頭でぶっちゃけた通り、親父に突っ込まれるまでは後頭部に出来た10円ハゲに全く気付かなかったtakkuです。
 御歳25歳の小生が、何故この年でハゲに悩まされないといかぬのか……(絶望)
 
 冒頭のプロローグを除いて、ボケられるシーンがあまりにも少ないためにまたも執筆時間が長引きました。
 しかも前回の予告でアリシア女王までの謁見までのシーンを書くみたいな事を書いちゃったわけだからさあ大変。
 あまりにも書かなきゃいけない事が多くなりすぎて端折る事も前後編にする事も出来ず、結局総容量70kbオーバーの無駄ボリュームになることとなりました(汗)
 
 今回一番の見所としては将来の執務官として思考に馳せるフェイトちゃんと
 ミョーな二つ名で呼ばれる事となった高町兄妹。
 フェイトちゃんについては元々頭の良い子でしかも勉強好きだったみたいだと『無印』のSS02で判明してますし、
 恭也さんと美由希ちゃんに関して一言で言えば『活躍しすぎた』といった所で(爆笑)。
 
 明らかに自分で自分の首を絞めてますこの兄妹。
 
 次回は多分、あの男が久しぶりに登場?! ………かも(ぇ

管理人感想

 takkuさんからいただきました!

 冒頭からジュンイチに死亡フラグ。強く生きろよ、ジュンイチ(笑)。

 けど、その一方で脅迫だ何だと不穏な空気が。
 今後の展開への期待が否応なく高まります!

 そしてラストに登場、アリシア女王!
 ……ラストの一文といい次回サブタイといい、なんかブッ飛んだお方というイメージしかできないのはなぜでしょうか?(汗)

>ほお擦りしようとした所でエステルやなのはは勿論、フェイトやクローゼからもボコボコにされた。

 モリビト的には「クローゼからも」のくだりで大喜び。
 もはや『TW』ではジュンイチ×クローゼが最萌カップリングになりつつあります(マテ)。