「さあ、遠慮なく召し上がってくださいね」
「は、ははははいっ!」
「………なのは、大丈夫?」
 
 アリシア女王が差し出したティーカップを、全力全開の震えと共に受け取るなのは。
 ……彼女の肩に乗っかっているユーノも、間近に接近した“本物の女王様”の迫力と気品に、かなり緊張している様子だ。
 
 心配になったエステルがなのはに尋ねるも、当の本人は全く震えが収まる気配すら見せない。
 
「エ、エエエえすてるサンハヘイキナンデスカ?」
「あたしも最初の頃は緊張したけど………もう慣れたわ。
大丈夫よ、女王様ってこう見えて結構気さくな人だし、何よりカッコイイもの」
「ふふ、ありがとうございますエステルさん」
 
 震えのあまり、喋りまでおかしくなったなのはの問いに、エステルは素直にアリシア女王の美点を並べ連ねる。
 一方の女王様は、特に照れる様子もなく、笑顔でエステルにお礼を言っている……。
 
「なのはさんも……そんなに緊張しないで、さぁ…一口でもいいからお茶を飲んで、リラックスしてください」
「あああありがががががとうござざいままますすすすす!!!!」
 
 …………相当重傷のようだ。
 何とかティーカップを手に取るものの、震えが大きすぎるために一向に口に運ぶことが出来ない。
 どうにかして緊張を解きほぐす手段はないモノか……。エスエルが思考にふけっていると────
 
「…………私の煎れたお茶が飲めないってのかぃ、えぇ!?
「「ひぃ〜〜〜〜〜〜っ!!!」」
「女王様?!」
「お祖母様!?」
 
 ────陛下御乱心?
 普段なら有り得ない、罵声とも取れるアリシア女王の叫びに、なのはやユーノだけではなくエステル……そして、一番間近で彼女のことを見てきたクローゼも困惑。
 
 というかなのはなんて、緊張と困惑と恐怖がごちゃ混ぜになって半泣きである。と、
 
「……ふぅ、やっぱり慣れないセリフは言うものではありませんね」
「────────ふぇ?」
「その様子では、どうやら落ち着かれたようですねなのはさん?」
 
 今度は一変して満面の笑みで尋ねられた。
 思わず呆気に取られるなのはだったが───かなりの瀬戸際まで追いつめられていた状況下で、突然振りまかれた笑顔。
 気が付けば、あれほどの緊張感がウソのように消え去っていた。
 
「あ………!」
「ふふ……。極度の緊張を解くにはそれと反対の状況に誘導してあげるのが一番。
恐怖心を限界まで煽った状態では些細な仕草でも笑ってしまうという────人間心理を応用した対処法です」
「あ、あはは………」
 
 自身満々に告げるアリシア女王のやり口に、思わず苦笑するしかないエステル。
 やり方がどうにも強引すぎるし、なにより一国の主がシラフでやるギャグではない。
 ────成功するしない如何に関わらず、笑えないからだ。
 
 
「……にしてもお祖母様、何故そんな手段を?」
「カシウス殿が教えてくれましたよ。
『なのはは陛下と面会するとなると絶対に緊張してロクにしゃべれなくなりそうだから、
もしその時はこの手段で平常心を取り戻させるとよろしいでしょう』────と」
「……………………アノクソオヤジ(-_-#)」←※注:エステル
 
 要らぬ所で死亡フラグを立てたオヤジ殿であった。
 
 
 ごく最近まで、平凡な小学3年生だったわたし『高町なのは』に訪れた小さな事件……。
 
 
 掴めない魔の手。
 
 焦るわたし達をよそに、物語の歯車は音を立てて軋む。
 
 少女は願う。まるでそれは、訴えるかのような真っ直ぐな想い。
 
 重なる想いに戸惑いながらも、わたし達は進み続ける────
 
 
 魔法少女リリカルなのはvs勇者精霊伝ブレイカー×英雄伝説 空の軌跡SCクロス小説
 
 Triangle World 〜空を翔る英雄達〜 始まります。
 
 
 
 第20話「狂ったお茶会」
 
「そう……脅迫状の件で来たのですか。まさか、各国の大使館や協会にまで届いていたとは……。
単なる悪戯とは思えなくなってきましたね」
「はい、そうなんです。そこで、関係者から話を聞いて脅迫犯についての目星をつけようということになって……」
 
 アリシア女王直々に煎れられた紅茶をそこそこに飲み干したエステルは、早速自分達が尋ねてきた理由を簡潔に説明する。
 一方のアリシア女王も、事の深刻さに表情が暗く淀んでいく。
 
「お祖母様は、今回の件に関して何か心当たりはありませんか? 特に国内に関してですけど……」
「そうですね………………クローディア、あなた自身はどう思いますか?」
「私……ですか?」
「あなたも王位継承者ならば日頃から国内情勢について考えを巡らせているはず……それを聞かせてもらえますか?」
 
 尋ねるクローゼに対して、逆にアリシア女王が聞き返す形となり、彼女も思わず戸惑ってしまう。
 ────女王の言う通り、自分にも王位継承権があるのは紛れもない事実……それに似合うだけの力を身につける意味でも、
 国内外の情勢を知るということはとても重要なことだ。……無論その辺についてもクローゼはしっかりと勉強していたが
 現国王である自分の祖母を納得させるだけの論説を説き伏せることが出来るかどうか、自信がなかった。
 
 それでも……ゆっくりと、
 
「は、はい………。
────────不戦条約そのものに関して国内で反対する勢力というのは殆どないと思います。
ですが、クーデター事件後極右勢力が追いつめられているという話を耳にしたことがあります。それが脅迫状という形で現れた可能性はあるかもしれません」
「ふふ、さすがね。────私の意見も大体同じです」
「えっと、どういう事ですか?」
 
 ────どうやらおおむね見解は一致らしい。
 クローゼの仮説に同意するアリシア女王の言葉に疑問を持ったエステルが思わず尋ねる。
 
「リシャール大佐以外にも軍拡を主張していた人々は少なくありませんでした。
ですが先の事件後、そうした主張は完全に封じられた形になっています。さぞかし不安と不満を募らせていることでしょうね」
「えっと、要するに…………リシャール大佐以外の軍拡主義者の嫌がらせですか?」
「そう言っても差し支えないかもしれません。
もしそうだとしたら……それは彼等の罪というより他ならぬ私の責任でしょうね。リベールでは言論の自由が認められているのですから……」
「お祖母様…………」
「あんまり同情する必要ないと思うんですけど……?」
「いえ、言論の自由というのは何よりも増して貴いものです。軍拡論にしても、愛国の精神から来ているのは間違いありません。
────そうしたもの全てを検討しつつ、国の舵取りをしていくこと……それが、国家元首の責任なのです」
「………………………………」
 
 胸を打たれた……。
 エステルは勿論、側で聞いていたなのはやユーノも、彼女の“器”の大きさというものに改めて言葉を失ったのだ。
 この人にとって、“自分の道を否定する人間の意志”ですら、“自分の道の一部に加えるべき”大切な意志というのだろう。
 
「うーん────しかしそうなると、実際に条約が阻止される可能性は低いということですか?」
「脅迫犯が軍拡主義者ならばそう言えるかもしれませんね。リシャール大佐が逮捕された今、彼らに事を起こす力はありません。
問題は、それ以外の人間が脅迫犯だった場合なのですが…………その可能性については私にも見当が付いていない状況です」
「そうですか………」
 
 なのはの問いにアリシア女王は少し淀んだ様子で最後の言葉を付け足し、それに対し、なのはも思わず項垂れた。
 と────
 
「女王様……一つお聞きしてもいいですか?」
「ええ、何なりと」
「女王様は何故、今この時期に不戦条約を提唱されたのですか?
────何しろクーデター事件の混乱も未だ完全に収まりきってはいない状況です……今は国外よりも国内のみに目を向けるべきだと思うんですが────」
「ちょ、ちょっとなのは……」
 
 なのはは意を決し、アリシア女王に真っ向から責め立てる。
 あまりにも直球過ぎる問いかけだったが、その内容は実に的確そのもの。……国内の情勢が不安定な状態で、あえて国外の……
 それもエレボニアとカルバードという巨大国家を相手取っての条約提唱。
 
 あまりにもリスクが大きすぎる政策に、思わず尋ねずにはいられなかったのだ。
 
「ふふ、なのはさんの仰る通りかもしれませんね。
ですが不戦条約に関してはクーデター事件よりも以前に両国の政府に打診していました。それを遅らせたとあっては、国家の威信にも関わるでしょう。
それに────『クロスベル問題』も再び加熱しているようですしね」
「え………?」
「クロスベルって……レンちゃんの住んでる自治州?」
「ええ、帝国と共和国の中間に存在している自治州です。……近年、この自治州の帰属を巡って両国は激しく対立してきました。
────判りやすく言えば、帝国と共和国のノドに刺さった魚の骨みたいなものです。それらに関する騒動を総称して、『クロスベル問題』って言われているんですよ」
 
 アリシア女王の言葉に、クローゼが割って入って説明をする。
 
「そっか……そういう場所だったんだ」
「つまり不戦条約を通じてリベールが魚の骨を抜く────それを狙ってらっしゃるんですか?」
「一朝一夕に片づく問題ではないでしょう。
ただそのきっかけを提供できればと思っていました。────そしてそれは、大陸西部の安定とリベールの発言権を高めることにも繋がるはずです」
 
 どんな大事件でも、最初は小さなきっかけから全てが始まる。
 アリシア女王はそれを理解しているからこそ、自分の国を守るため……そして周辺国の平和と発展を願って、今回の条約を提唱したのだ。
 
 訊ねたなのはも、隅々まで考え抜かれた女王の思慮に完全脱帽する。
 
「──────にゃはは……、失礼なこと言っちゃって申し訳ありませんでした。
だけど、これだけは訊いておかないと…………失礼な発言が続いちゃいますけど、本当に女王様はこの国に住む人達のことを考えて国を動かしてるのか、気になって…………」
「んもう……心配しなくても大丈夫だって。何てたって、『あたし達の国の女王様』なんだから。
────あ、そうだ! ちょっと話は変わりますけど」
 
 エステルはレン達の両親、そしてアリサとすずかの行方についてアリシア女王に尋ねてみた。
 
「まあ……そんなことが」
「さすがに女王様には心当たりはないですよね?」
「ええ……申し訳ありませんが………グランセル城を訪ねていたらヒルダ夫人が知っていると思います。
彼女のほうを訪ねてみるといいでしょう」
「はい、そうしてみます」
「お望みでしたら、クロスベルの自治政府に連絡を取りましょう。いつでも相談してください」
「あ……はい!」
 
 一国の主が、しがない庶民であるレン達の身に起きた不幸に対し、真剣に悩んで相談に乗る……。
 普通ならあり得ない光景だが……きっとそんな“小さな事”に真正面からぶち当たって一つずつ問題を解決していく……。
 ────その事が、この人を“リベール王国の女王”として絶大な人気と指示を受ける所以なのだろう。
 
「お祖母様、ありがとうございます。そろそろ私たち、次の調査に向かいますが……あの………」
「ふふ、分かっています。今夜はグランセル城に泊まっていってくれますね? その時に、あなたの考えをじっくり聞かせてください」
「はい、よろしくお願いします」
 
 未だ決意の鈍るクローゼを、優しい笑顔でもって支え、『本当の、本心の答え』を聞くまでじっと待つ女王の好意に、
 溜まらなくなったクローゼはうっすらと涙を浮かべ、答えた。
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 気持ちを新たに、メイド室までやってきたエステル達だったが……部屋中を見回してもそれらしき御婦人の姿は見当たらなかった。
 唯一室内にいたのは比較的若年のメイドが一人だけ。
 
 ──入れ違いかな? そう思い、なのはが引き返そうとした時、エステルは室内でただ一人いたメイドの女性へと訊ねる。
 
「やっほー、シアさん!」
「エ、エステル様!? ────あ、クローディア様も?!」
「お久しぶりですね、シアさん」
「し、失礼しました……永らくご無沙汰しております」
 
 どうやら顔見知りだったらしい。
 ────つくづくエステルの交友関係って広いなぁと素直に感心するなのは達をよそに、3人の“女の子”達はキャイキャイと昔話に花を咲かせていた。
 
「うんうん、シアさんにメイドの服を着せてもらったことを思い出すなぁ……」
「え────エステルさんが、メイド?」
「うん、女王様に会うためにね──────って、何よ二人とも…その顔は?」
「い、いやぁ……あはは──────」
「勢いを絵に描いたようなエステルさんがメイド服……正直似合わn──いや、もったいないなぁ」
「ユーノ、ギルドに帰ったら覚えておきなさい」
 
 ──────意外と地獄耳らしかった。
 エステルも内心気にしていたことをボソリと呟くものだからさすがにカチンときたのか、
 しっかりと聞き取ったユーノの“爆弾”に対して、死刑宣告とも取れる発言を言い放って彼を凹ませると改めて続きを話し始める。
 
「ゴホンっ! ……まあ、もろもろの事情があってメイドさんの変装をしたんだけど、その時ヨシュアにも無理矢理メイド服を着せてあまつさえシアさんに化粧までしてもらってたのよ。
あの時のシアさんったら、もうノリノリだったんだから」
「まあ……」
「きょ、恐縮です……」
「────王立学園の時もそうでしたけど、ヨシュアさんって本当に男の人なんですか?」
「あたしも時々疑問に思う」
 
 『女のあたし達よりもよっぽどサマになってたし』────と、やや自称気味に付け加えると
 エステルは初顔となるなのは達の紹介をシアに済ませ、本来の『メイド室にやってきた』目的に移る。
 
「そうそう、シアさん。ヒルダさんがどちらにいらっしゃるかご存知ないでしょうか?」
「あ、女官長でしたら今は資料室にいらっしゃると思います。何でも調べたいことがあると仰っていましたから……」
「資料室ね、オッケー♪ ありがとシアさん」
 
 笑顔で手を振りながら、エステルとクローゼはシアに別れを告げ、2階に所在する資料室へと向かった──────
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 資料室へと辿り着いたなのは達を出迎えたのは、巨大な一室に所狭しと陳列された古本やファイルの数々────その様はさながら、本の渓谷。
 府中市立図書館の規模には遠く及ばないものの、呆気にとられる度合いでは似たようなものである。
 そんなだだっ広い資料室を、クローゼを先頭に進んでいくと────────いた。
 
 整った立ち振る舞いに、品格を併せ持った後ろ姿の老女────彼女が侍女長を勤めるヒルダ夫人である。
 ある程度近づくと、ヒルダ夫人も気配に気付き、後ろを振り向く……すると驚いた様子でこちらに向けて言い放った。
 
「クローディア様!? それにエステルさんも………」
「ヒルダさん、ただ今戻りました」
「えっと────お久しぶりです」
「ええ…本当に……
姫様がエステルさんに協力なさっていることは私も存じ上げております。みなさん……ご無事で本当に何よりでした」
 
 二人の顔を見るなり、熱いものがこみ上げてきたのか────
 それを覆い隠すようにエステルやクローゼと固い握手を交わして再開の喜びに浸る夫人だったが……ややもするとなのは達の存在に気付き、エステルに訊ねる。
 
「エステルさん……こちらの方は?」
「あ、紹介しますね。あたしの大切な友達でギルドの調査協力をしてくれてる……」
「高町なのはです。──この子は、ユーノ君」
『キュッ!』
 
 エステルに促され、一歩前に出たなのはは簡単に自己紹介を済ませる。
 ──さすがにユーノの正体を知られたらいろいろと説明に時間を取りそうだったため、ヒルダ夫人の前ではフェレットのフリに専念してもらうこととなったが。
 
 自己紹介もそつがなく終わると、クローゼはさっそく本題に入るべく、ヒルダに問いかける。
 
「実はここに戻ってきたのは、ギルドの調査を兼ねてなんです。ヒルダさんに少々お聞きしたいことがありまして」
「私で良ければ何なりと。────ですが、ここで話すのは些か人の目がありますね。
……近くの客室を使わせて頂きましょう」
 
 ヒルダ夫人の言う通り、資料室には彼女と同じように資料との格闘に勤しむ人間の姿がちらほらと。
 ────人払いをするのもはばかられるため、一同はそそくさと近くの客室へと駆け込んだ。
 
 …………
 ……
 …
 
「なるほど……例の脅迫状の調査をなさっているのですか。
──────では、お知りになりたいのは犯人の心当たりでしょうか?」
「はい、正にそれです。とりあえず脅迫状が届いた所を一通り回ってみることになって……」
「それはご苦労様です」
 
 部屋に着くなり、早速とエステル達はこれまでの経緯をヒルダ夫人にかいつまんで説明する。
 だが、説明を受けるなり夫人の表情は見る見るうちに暗く淀んでいく……。
 
「────ですが、心当たりといってもさすがに見当も付きませんね。城のにんげんがやったのではない事だけは自信を持って断言できますが……」
「差出人の名前も書いてなかったですし、しかも人が書いた字じゃなくて“タイプライターのような印刷文字”だったから、判断は難しいし、当然ですよね…」
「城に届いた脅迫状は誰に宛てたものだったのですか?」
「……恐れながら、女王陛下に宛てたものでした。
陛下宛の不審な手紙は検めさせて頂いてますから、私も内容は存じております」
 
 最後にややぐもったような声で『恐れも知らぬ不届き者がいたものですね』と夫人が付け足すと、その場にいた全員が頷きながら同意する。
 ……確かに、城宛とするなら誰よりも“確実に効果のある名義”となるわけだし、何より犯人の行動力と見境の無さをアピールし、
 脅迫状としての効力を著しく向上させるには絶大といっても良いだろう。
 ……すると、今度はなのはがヒルダ夫人へと訊ねてきた。
 
「ところでヒルダさん。他に城に届けられた手紙で不審なものはありませんでしたか? 王室に対する、批判めいた内容の文書とか」
「それは……」
「ヒルダさん、私の方からもお願いします。今は出来るだけ多くの判断材料が欲しいんです」
「そこまで仰られるなら……」
 
 なのはの突然の問いかけに少々戸惑い気味ではあったが、クローゼの一押しが決定的となったようだ。
 仕方ないと言いつつも、夫人はゆっくりと話し出す。
 
「いくつか無記名の文書が届いているのは事実です。ですが、王室に対する批判というものはありません。
────むしろ、リシャール大佐の厳刑を嘆願するものが多いですね。恐らく一部の王都市民によるものではないかと……」
「そ、そんなことが……。で、でもそのリシャールさんって人はクーデター事件の主犯格だった人ですよね? 逮捕された今でもまだ人気があるなんて……」
「大佐が有能な人物であったのは誰もが認める所でしょうから……それを惜しむ人がいても何ら不思議ではないでしょうね」
 
 ヒルダ夫人の説明に、驚きを隠せない様子のなのは。
 
 ……通常犯罪者の所業というものは、誰からも理解され難いものが殆どであり、たとえ“犯罪者の身内”であったとしても、“同情”はあっても“賛同”は決して有り得ないのだ。
 しかし、ヒルダ夫人やクローゼの説明からすると、リシャールという男は通常の犯罪者の定義には当てはまらないようだ。
 極端な言い方をすれば、“政策上で大きなミスを犯してしまったアリシア女王”のような感じだろう。
 元々、人格・能力・実績、全てにおいて優秀な人物であったのだから、大佐の盲目的な信者…のような形での賛同者は多いはずだ。
 
「なるほど……じゃあ、そうした手紙と脅迫状は関係なさそうね。王室を動かすことが目的というわけではないし、それが判っただけでも良しとしますか」
「そうですね────あ、そうだヒルダさん。もう一つ聞きたいことがあるんですけど……」
「何でしょうか?」
 
 これまでの情報を整理し、簡潔にまとめてエステルが呟くと、その傍らで思い出したようになのはが声を上げ、
 ヒルダ夫人へ例の件────レンの両親の手掛かりを訊ねてみる。すると……
 
「クロスベルの貿易商、ハロルド・ヘイワーズ……ええ、存じていますわ
「ええっ!?」
「ヒルダさんのお知り合いですか?!」
 
 思いもよらないところで状況打破となる手掛かりが出てきたことに、声を荒げるエステル達。
 一同のただならぬ様子に何か事情があることを悟ったヒルダ夫人は、一瞬戸惑いながらもすぐに気を引き締め説明を始める。
 
「いえ、数日ほど前に城内の見学を希望された方です。たまたま手が空いておりましたので私が案内させて頂きました。
──────確かに、仰る通り奥様とお嬢様をお連れになっていましたね」
「な、なるほど。そういう事ね……」
「さすがに……ヒルダさんにレンちゃんのご両親がどこに行ったかの手掛かりはご存じなさそうですし」
「ええ、残念ながら。ただ……少々気になることが」
「気になること?」
 
 ヒルダ夫人の情報に決定打がないことにガクリと肩を落とす一同だったが、当の夫人は相変わらず険しい表情のまま、話を続ける。
 ────どうやらただ事ではなさそうだ。
 
「お嬢様の方は、とても楽しげに見学してらっしゃったのですが……それとは対照的に、ご両親の方は心ここにあらずといった雰囲気でした。
私と話す時は普通になさっていましたが……多分、無理をなさってたのかもしてません」
「こんな綺麗なお城を初めて見学したにもかかわらず、心ここにあらずな雰囲気……何か悩み事でもあったんでしょうか? それもかなり深刻な……」
「そうですね……その時点で何らかのトラブルに巻き込まれていたのかもしれません」
 
 なのは、クローゼと続く形で、レンの両親の身に降りかかったと思われる厄災を想像し、思わず身を震わせた。
 もしそのトラブルが《結社》絡みのものだとすると、大変なことになるのは間違いない。
 
(────ひとまず、“トラブルが何か”については頭の片隅に置いといて、レンちゃんの両親の行動パターンを割り出すことが、行方を捜す手掛かりになるはずだよ)
(うん、そうだね)
 
 ……さすがにユーノは堂々と会話に入り込むわけにもいかないため、念話でなのはのみにアドバイスすることとなった。
 思考に一区切りを付けたなのはは、次の話題へと移る。
 
「そうだヒルダさん、もう一つ尋ねたいことがあるんですけど────」
「何でしょう?」
「わたしくらいの女の子2人組が、最近グランセル城を訪ねてきませんでしたか?」
 
 そう言って、なのははポケットからアリサとすずか、フェイトと4人で写った写真を撮りだしてヒルダ夫人の元へ差し出す。
 夫人はしばらく写真を眺めた後、表情を暗くして告げる。
 
「いえ、存じませんね。……しかし、こんな年端もいかない少女が行方知れずとなるなど………世の中も物騒になったものです」
「うーん……離れ離れになっちゃったのにはこちらのミスが多分に大きいのであまり気になされる必要はないと思いますけど────」
「それでもです。迷い人は何よりも保護と身元確認が最も重要なのですから。にも関わらず、未だに対策が取られてない現状に深い憤りを感じます」
「にゃはは………お気遣い、本当にありがとうございます」
 
 はにかんだ笑顔で、ヒルダ夫人の心遣いに感謝するなのは。
 女王陛下もそうだが、この城の人達は本当に親身になって自分達のことを気遣ってくれる。
 異世界から来たなのはにとって、とても頼りになり、折れそうになる自分の心を支えてくれる大切なものであった。
 
 …………ヒルダ夫人の場合、若干いき過ぎな感が否めないが。
 
「ところで姫様。それにエステルさんになのはさん達は、今夜は当然グランセル城にお泊まりになられるのですよね?」
「へっ……?」
「私は王都に滞在している間はやっかいになるつもりでしたが……皆さんはどうなさいますか?」
「うーん……確かにお城で一泊っていうのも楽しそうですけど、さすがに気まずいといいますか落ち着かないといいますか………」
「あたしとなのはは、シェラ姉とティータに聞いてみないと。……レンちゃんのこともあるし」
「そうでしたね……」
 
 いくら知り合いにそういったお嬢様が多いといっても、女王様のいる王宮で一泊というのは庶民のなのはからすればかなり肩身の狭い状況でしかないようだ。
 一方のエステルは、ちゃんと自分の立場をちゃんとわきまえているのか、仕事的な部分をふまえて一時保留という形をとった。
 
「それでは、いつお泊まりになっていただいても大丈夫なよう、お部屋の準備をさせていただきます」
「ありがとう、ヒルダさん」
「よろしくお願いします」
「お任せください。────私はメイド室に戻りますが、皆さんはどうぞごゆっくりなさってって下さい」
 
 そういって小さくお辞儀をすると、華麗な立ち振る舞いでヒルダ夫人は部屋を後にして……エステル達だけが部屋に取り残された。
 
「さて都……これで女王様とヒルダさんから話を聞くことができたわね」
「後は────ナイアルさんのいるリベール通信社だけですね」
「そうね。だいぶ日も落ちてきたし、急ぎましょ」
 
 グランセルに到着したのが午前9時過ぎ──そこからそのままレンの保護に移行し、それから帰ってきて脅迫状の調査ときている。
 エステルの言うとおり、だいぶ日も傾き、時間的にほとんど余裕がなくなってきている。疲れで震える体に喝を入れ、3人(+1匹)はナイアルの待つ通信社へと向かった。
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
グランセル城を後にしたエステル達は、同じく各大使館での聞き込みを終えたメンバーと合流し、
 グランセル西街区の中心部に佇むオフィスビル────リベール通信社へと辿り着いていた。
 ……移動の際、大所帯でゾロゾロと歩き進む様はなかなかの見物であったと街の人々は口々に語ったとの噂がまことしやかに流れたのはまた別の話。
 
「あ、いたいた。────おーい、ナイアル! こんにちわ〜♪」
「あん……? ────ぉわ、何だ何だ! エステル達じゃねぇか!」
「こんにちわ、ナイアルさん」
「フッ、お邪魔させてもらうよ」
 
 クローゼから始まり、なのは達もそれぞれナイアルへ挨拶をほとほとに済ませると、一堂に会したそのそうそうたるメンバーに、
 ナイアルは思わず息を呑んだ。
 
「は〜……姫殿下に演奏家、『不動のジン』に期待の魔法少女────“漆黒の双剣使い”までいるのか。かなり賑やかな所帯じゃねぇか」
「えへへ……あの後、また色々とあって、ね」
「どうやらそのようだな。────ところで……」
 
 大所帯は大所帯なのだが……本来その中にいるべき人物の姿が見当たらない事に気付いたナイアルは、気兼ねなしにエステルに尋ねてみる。
 
「────ジュンの坊主は一緒じゃねぇのか?」
「あ、うん。ジュンイチは管理局の方に報告がてら戻ったわ。何でも『ヤボ用が出来た』とか」
「ほぉ、そうか。────ま、いいか。あいつにも色々インタビューしたかったが、それはまたの機会に取っておくとしよう」
 
 やや残念そうに呟きながら、ナイアルは懐からタバコを一本取りだし、慣れた手つきで一口吸い出す。
 
「ナイアルはその様子だと、市長選の取材は無事に終わったみたいじゃない?」
「フフン、あたぼうよ。それで、今日はどうした? 何かおいしいネタでもあるかよ?」
「いえ、今日はどちらかというとわたし達の方が知りたい側なので」
「こちらに届けられた脅迫状について、聞きたい事があるんですけど」
 
 お預けを喰らってる飼い犬のように、目をキラキラ輝かせながらエステルに詰め寄るナイアルだったが、なのはとフェイとに窘められ、
 
「何だ、お前らもそいつを追ってやがるのか? てっきり王国軍が調べてると思ったんだが……」
「その軍からの依頼で、あたしらが調査を手伝ってるワケなんだよ。おにーさんトコに何か情報は入ってきてないのかい?」
「うーん、俺の方も王都に戻ってきたばかりで大した情報は入ってねぇんだ。────むしろ俺の方がお前らに聞きたいくらいだぜ」
 
 アルフが続けざまに尋ねるが、ナイアルの方も調査を始めたばかりで状況はエステル達と何ら変わらないらしい。
 頼みの綱だった情報屋的存在のナイアルがこんな調子では大した手掛かりは得られそうにもないなと、タカを括った様な口調でエステル達が口々に好き勝手言い出した。
 
「何よ、使えないわね〜」
「君もマスコミの人間だろう。犯人の見当ぐらい付いてるんじゃないのかね?」
「ぐっ……失礼な! っていうか演奏家! お前にだけはそんなセリフ言われたくないぞ!!」
「失敬な。ボクはちゃんとエステル君達にしっかりと貢献しているさ」
「あたしから言わせてもらえば、2人共ドッコイドッコイだっての」
 
 思わずオリビエとナイアルの遣り取りに横やりを入れるエステル。
 だが、そのあまりにも容赦ないコメントに二人共ものすごい勢いで項垂れ始めた。
 
 そんな2人がいたたまれなくなったのか、クローゼが後方から割って入り、ナイアルに頭を下げて頼み込む
 
「お2人とも、失礼ですよ。
────あの、ナイアルさん。無理を承知でお願いします。些細な情報でも構わないので教えていただけないでしょうか」
「ちょ、ちょっと姫殿下! 頭を下げないでくださいよ!! ………あぁもう、仕方ねぇなぁ!」
 
 さすがに立場上、学生に扮しているがお姫様に頭を下げられるとは思ってもみなかったため、非常に困惑し、慌てふためくナイアル。
 
「これはオフレコだが……脅迫状が届けられたのはどうやらここだけじゃないらしい。
レイストン要塞、大聖堂に飛行船公社、ホテル・ローエンバウム……さらには帝国・共和国各大使館にグランセル城、エルベ離宮………全部で9箇所も届けられたらしいんだ!!
 
 ババーン!! と特大の擬音でも付きそうな勢いで、胸を張って力説するナイアル。
 だが、当のエステル達は全員目のやり場に困っているのか、辺りをチラチラと見回したり、俯いたり……あからさまにナイアルと視線を合わそうとしなかった。
 
「ん、どした?」
「えと……ごめんなさいナイアルさん」
「その情報ならとっくに軍の方から教えて貰ってたんですが」
「ぐはぁっ!!」
 
 困惑した表情を浮かべながらも、はっきり告げられたなのはとフェイトの宣告に再びその場に崩れ落ちた。
 無論フェイト自身も、別にナイアルにトドメを刺そうとして告げたワケじゃない。
 裏表のない、彼女だからこそはっきりと告げたのが仇となってしまったのだ。
 
 目から滝のように涙を流しながら、ナイアルは自信消失といった感じで呟く。
 
「し、仕入れたばかりの最新のネタだっつーのに……」
「こりゃ、聞くだけ無駄か」
「うん、他を当たった方がいいかもしれないわね……」
 
 さらにはジンとエステルからもダメ出しが飛び出してきた。
 さすがにこの2人の態度と物言いにはカチンときたのか、いきり立ったナイアルは、
 
ちょーっと待ったぁっ!!
そこまでコケにされちゃあ、リベール通信きっての敏腕記者、ナイアル・バーンズの名が廃るぜ!!」
「……廃るも何も、自称の時点で十分信憑性は薄いんですが
「恭ちゃん、今それツッコむ所じゃないよ。いくら本当の事でもナイアルさんまた凹んじゃうじゃない」
「……む、そうか。ものは言い様というヤツか」
「お前らも、そーゆー事は思っても口に出すんじゃねぇよ!!」
 
 一応付け加えておくが、上の高町兄妹のセリフにいっさいの悪意はない。
 ……気のせいか、ナイアルの涙が無色透明から赤色に変化している。
 傷つき、倒れながらもゆっくり立ち上がったナイアルは、自らを奮い立たせるように叫ぶ。
 
「いいだろう……そこまで言うなら現時点での俺様の推理をお前さん達に聞かせてやるよ!」
「ふーん────────」
「フッ、手短に頼むよ」
「が、頑張ってください、ナイアルさん」
「うぅ……なのはだけだぞ、傷心の俺を気遣ってくれるのは」
 
 今のナイアルにとって、なのはの何気ない心遣いでも胸に染み渡るものがあるようだ。
 
「いいかよく聞け。
俺はな、今回の事件は愉快犯の仕業だとにらんでいる」
「うーん、それはあたし達も考えたんだけど────」
「そう確信する理由を聞かせて貰いたいもんだな?」
 
 ナイアルの説明に異を唱えるように、エステルとジンが割ってはいるが、それも彼にとっては予想の範囲内だったらしい。
 2人のツッコミに動じる事もなく、
 
「記者としての経験から言うと……あの脅迫状にはリアリティが無いのさ。
────そもそも脅迫状ってのは“具体的かつ現実的な要求を掲げて”初めて意味があるもんだ。
……だが、あの脅迫状にはそれがない」
「確かにそうですよね。単に『災いが起こる』と書かれただけじゃ、関係者としても対応の仕様がないですし」
 
 ナイアルのもっともな自説に、美由希が後ろから声を上げて同意する。
 確かに……脅迫状としての効果を狙うなら『災いが起こる』という警告文はあまりにも抽象的すぎる。
 具体的な例として『水路に猛毒を流す』とか『飛行船に爆弾を仕掛ける』などの具体的な表現ならば、犯人としても対処する関係者としても理解しやすく、また実際の行動を起こしやすい。
 それをあえてしなかった────そのポイントにナイアルは着目し、愉快犯の仕業という仮説を立てたのだ。
 
「そういうことだ。とても本気で条約そのものを妨害するつもりだとは思えねぇ。誰だかしらんが、世間を騒がして喜んでいるだけだと思うのさ」
「なるほど────エルザ大使も言ってたけど、この“不戦条約”自体には『条約としての効力』はほとんど無い口約束的なものだって話だし
条約を妨害しても各国にはそれほど大きなデメリットがあるワケじゃない。逆にそれは、犯人側からしてもメリットが僅かなのは確かだし」
「一理ありますね────ただ、脅迫状が9箇所にも届いたのが気になりますけど……。
どこも条約締結に関係している場所ばかりのようですし」
 
 エルザ大使との面談を思い出し、呟く美由希の仮説にクローゼや恭也も頷く。
 
「確かに、ただの愉快犯にしては事情に聡いようだ……な」
「うーん、それを言われると────ただ、そうした事情ってのはその気になれば調べられるもんだ。
とりあえず、俺は愉快犯の前提で情報を集めてみようと思っている。お前さん達は、別の視点から動いてみるのもいいだろうさ」
「うん、そうね。
ありがと、ナイアル。結構貴重な意見だったかも」
 
 ひとまず参考になったのは間違いない。そう結論づけたエステルは素直に感謝すると、途端にナイアルテンション急上昇。
 ジャーナリストとしての面目躍如といった感じだ。
 
「フフン、そうだろ?
まあ、何かわかったらお互い情報交換するとしようぜ。俺も不戦条約の締結までは王都に腰を据えるつもりだしな」
「あ、そうなんだ。────って…そういえば、ドロシーはどうしたの?」
「ああ、あいつならボース地方に出張中さ。ちょいと写真を撮ってきてもらいたくてな」
「何かの特集?」
 
 ルーアンの時もそうだったが、もっぱらコンビで行動する事が多かったナイアルとドロシー。
 ……というよりも、一人暴走するドロシーのストッパー役として新人研修の時から組まされていたコンビだったために、エステル達にとってドロシーが単独で行動というのは非常に珍しい光景だった。
 
「王国軍関連の特集さ。
空賊どもが使っていた中世の砦があっただろう? 今あそこは王国軍の訓練基地になってるんだ。警備艇の操縦訓練何かが行われているらしいぜ」
「へぇ、そうなんだ。それじゃ、その基地の取材に行ってるワケね?」
「まーな。────未だに一人で任せるのは非常に心伴いんだが……
「うーん、確かに否定できないわね」
 
 ルーアンの時は比較的ナリを潜めていたみたいだが、ドロシーは“超”が付くほどの天然娘。
 それによって発揮される、天賦の才とも取れるほどのドジっ娘振りは、保護者(笑)であるナイアルはもとより、周囲の人間からしても非常にハラハラモノの
 いわゆる悩みと頭痛のタネ────というやつらしい。
 
 ナイアルの心痛に同意しているのはエステルだけではない。ジンやオリビエも、微妙に表情が落ち込んでいる事が手に取るように分かる。
 ……と、これ以上ドロシーの事で悩み出すとキリがないので、話題転換も兼ね、エステルはレンの両親とアリサ・すずか両名の行方について尋ねてみる。
 
「クロスベルの貿易商、ハロルド・ヘイワーズになのは達と同じ異世界の服を着た女の子二人か……
うーん、俺の所には今のとこそれらしい情報は入ってねぇな。ウチの『尋ね人』欄にも載せてなかったと思うぜ」
「そっか……」
「ま、サービスのついでだ。どうしても見つからなかったら俺の方でも力になってやるよ。
『尋ね人』欄に載せるなりクロスベル方面の知り合いに聞いてみるなりできるだろ。なのはのお友達については──────ドロシーの方にでも伝えておこう。
あそこは国境付近だからもしかしたら目撃情報があるかもしれないしな」
 
 さすがはジャーナリスト。情報関連の対処については手慣れている様子でエステル達に告げる。
 もちろんこの提案には、エステルはもちろん、なのはやフェイトも大喜び。
 
「あ、あありがとうございます、ナイアルさん!」
「よかったわね、なのは、フェイト。
ふふ……それにしても何だか今日はいつもよりも頼もしいわねぇ。ちょっぴり見直しちゃったわ」
「そーだろそーだろ………………って、いつもは頼もしくないって事かよっ!?
「あはは、や〜ねぇ。言葉のアヤだってば」
「ナイアルさん、どうかよろしくお願いします!」
「ああ。なのはやフェイトも色々と忙しくなるだろうが頑張れよ」
 
 深々と頭を下げて懇願し、親友の情報を心から待ち望むなのは達の姿を見送ると、ナイアルは再びタバコを一口吸おうとして……
 
 
「だーっ、燃え尽きてやがるっ!!」
 
 
 火事にはならなかったが、やる気ゲージが大幅に削がれた。
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 
 それからいくばくかして...
 ギルドへと戻ったえエステル達は、別行動を取って調査を進めていたシェラザードと合流。
 脅迫状関係についてはどこも有力な情報を得る事は出来なかった(アリサ・すずか関連の情報も同様)
 …………が、レンの一件については幾つかの有力証言が浮上した。
 
 ホテル・ローエンバウム:
 ヘイワーズ親子については、つい2・3日前から宿泊していて、本日チェックアウトしたとの事
 
 グランセル大聖堂:
 親子揃っての礼拝に訪れていたが、その際に両親は上の空な様子だったとか。
 
 飛行船公社:
 半年分の乗客リストを調査したが、ヘイワーズ親子の名は記載されていなかった。
 しかしエステルとシェラザードが「飛行船に乗ってきた」とレン自身の口から聞かされていた事から両親が偽名を使っていた可能性が浮上。
 
 
 ………ただの迷子保護がだんだん大事になっていってる気がするが、新しい情報が入ってくるまでは考えても仕方がない。
 とりあえず、レンの身柄についてはギルド────正確にはエステルが当面の面倒をみる事で見解が一致した。
 無論ティータは勿論、なのはやフェイトもエステルの協力を申し出たものの、当事者(レン)が『3人共、案外ヤキモチ焼きなのね』と呟いたもんだからさあ大変。
 顔を真っ赤にした3人が熱暴走の果てに崩れ落ちる様を見届け、困り果てたエステルは「レンの一件が片づいたら王都の百貨店でアクセサリーを買ってあげる」事で3人を説得。
 
 ヒルダ夫人から提案されていた『グランセル城にてお泊まり会』についても、ギルドと連絡を取りやすいホテルに滞在という方針で固まった。
 
 
 ………
 
 
 そして、エステル達は全員を引き連れて居酒屋《サニーベルイン》で夕食を摂る事となった。
 ジュンイチ不在となっているものの、メンバーがメンバーな為、シェラザードとジンによる酒盛り…オリビエによるピアノ演奏が始まり
 さらに気をよくしたエステルとオリビエが、それぞれナイアルとミュラーまで酒場に呼び出して参加させる始末。
 王都初日の夕べは、そうして楽しく過ぎていった。
 
 
 …………………………
 ……………
 ………
 …
 
 
 気分もほどよく上機嫌。宴会の余韻に包まれながらも、エステル達女性陣は早々に切り上げてホテル前までやってきていた。
 
「さてと……あたし達はここまでね。クローゼ、気をつけて帰ってね」
「ふふ、近くですから大丈夫ですよ」
 
 エステルの心遣いに笑顔で答えるクローゼ。すると、彼女の一言に疑問を持ったレンが尋ねてくる。
 
「あら、お姉さん。このあたりに住んでいるの?」
「え────えぇ、親戚の家に泊まるんです。それでは皆さん、失礼します」
「ふふ、お疲れ様」
「クローゼさん、さよーなら!」
 
 ……さすがにお城に“王族として”堂々と泊まるとは言い出しにくかったのか、適当にごまかしたクローゼは街の闇へと消えていった。
 まあ、一応ヒルダ夫人から“正式にお誘いを受けている”ので体裁上は問題ないのだろうが。
 
 残ったエステル達は、歩きながら宴会での一幕を語り合いつつ、入り口のドアをくぐってホテルのカウンターへと進んでいく。
 
「遊撃士協会の方々ですね? お話は伺っております。
────生憎ですが、4人部屋を一つしか確保する事が出来なくて……2人部屋を2つ追加でご用意いたしましたので、そちらの方でお願いできませんでしょうか?」
「あ、そうなんだ。────シェラ姉、どういう風に分かれる?」
「あたしはどこでもいいわよ。あんた達で好きなように決めなさい」
 
 部屋の割り振りについて、年長者であるシェラザードの意見を仰ぐが、返ってきたのは中立的な返答。
 これには、さすがに頭を悩ませていたエステルだったが────
 
「だったら、レンはお姉さんと一緒の2人部屋がいいわ。ずっとお仕事ばっかりであんまり話せなかったんですもの」
「あ〜、レンちゃんズルイ! わたしもお姉ちゃんと一緒の部屋がいいのに……」
「わたしもだよ!」
「わたしも……ツァイスではエステルさんとあまり話す機会がなかったから、ちょうどいいと思ってたんだけど……」
 
 年少組はどうやらお姉ちゃん(エステル)争奪戦に移行したようだ。
 
 ────かくも女の戦いというのは今も昔も非常にすさまじいモノだが、4人のやり取りを見てるとそういった修羅場的な展開は微塵も感じられない。
 
 ……むしろ微笑ましくすら思えてくる。
 
「ふふん、言った者勝ちよ。何だったら5人揃って一つのベッドで一緒に寝る?
「非常に魅力的だけどすごく狭そうな気が……。
────ん、今夜はレンちゃんにお姉ちゃんを譲ってあげる」
「うふふ、ありがとティータ。……ところで、なのはとフェイトはどうするの? ティータが降りたから4人で一緒のベッドに────
「えぇと……無理して一つのベッドにこだわる必要ないと思うんだけど、レンちゃん」
「……みんなでいっしょに………いっしょにベッドで……………」
 
 あくまで一緒のベッドというのはレンにとって譲れない一線らしい。
 そんなレンを必死に説得しようにも、当事者(エステル)は完全に置いてけぼりの様子。
 
 ─────そんな中、レンの提案によって先程から再びフェイトが熱暴走を起こし始めているようだがこの際気にしないでおく。
 
「うぅ……あたしを差し置いて何だかすごい事になってきたわね………」
「ふふ、モテモテじゃないエステル。
────それじゃ、あたしはティータちゃんと同室か。美由希ちゃんはどうする?」
「もうじき、兄も酔いつぶれて帰ってくると思うので2人部屋で待ってます」
「(若い男女が二人きりだなんて……大丈夫なのかしら…………ま、兄妹だし…いっか)
それじゃユーノ君も一緒に出来る? フェレット形態になれば2人部屋でも何とか入るだろうし、ね。んでアルフは……」
「是非ともシェラさん達の部屋の方にお願いします」
 
 ……ものすごい形相で詰め寄ってきた。
 
 ────結局。
 なのはとフェイトはシェラザード達の部屋と同席となり、残る2人部屋にそれぞれエステルとレン。恭也と美由希(+ユーノ(フェレット形態))という割り振りとなった。
 
 ………若干ユーノの顔から血の気が引いているように見えたが。
 
 
「わぁ、パパ達と一緒に泊まった部屋とは違うわね! 向こうの窓からはおっきな建物が見えるし────」
「……………………」
 
 一人浮かれ、部屋中を駆け回るレンとは対照的に、エステルは部屋に入るなり言葉を失った。
 運命のいたずらか、それとも“彼”との絆が導いたからなのか……
 
 
 その部屋は、クーデター事件解決のためにグランセルへとやって来ていた時に、ヨシュアと2人っきりで泊まった部屋だった。
 
 
「どうしたの、お姉さん?」
「あ……うん、ちょっとね」
 
 思わず涙腺が緩みそうになるのをグッと堪え、笑顔でレンの問いかけに答えるエステル。
 
 自分の側からヨシュアがいなくなり、彼の安否が不安で仕方がないようにレンもまた、両親がいなくなった孤独と戦っている。
 
 ────お姉さんの自分がしっかりしなくてどうする。
 
 そう叱咤した。
 
「それよりも……ごめんね、レンちゃん。パパとママの事なかなか見つけてあげられなくて」
「ううん、いいの。
だってパパ達、ちゃんと迎えに来てくれるってレンに約束してくれたもの。別にお姉さん達が無理をして探すことないわ」
「でも……」
 
 言いかけ、思い留まるエステル。
 憶測のみ飛び交う現状で、ありのままをレンに伝えても不安にさせるだけである。
 彼女は純粋に両親の言葉を信じて、今もこうして健気に待ち続けているのだ。
 そんな彼女の思いを無下にするのも忍びない────そう思い至ったのだ。
 
「それにレンのパパとママはかくれんぼが上手だったの。もちろんレンほどじゃないけどね。
だから簡単には見つからないと思うわ」
「あはは、そっか。────それじゃあ無理はしないでのんびり探す事にするわね」
「ええ、それがいいわ」
 
 ────ひょっとしてレンの親御さんってこういう事に慣れてるんだろうか?
 まだ未熟の域とはいえ、遊撃士の自分達がこれほど躍起になって探しているのに尻尾すら見せないなんて。
 さすがに拍子抜けしたのか、苦笑しながらエステルはレンとの会話を続ける。と────
 
「それよりも……レン、お姉さんに2つお願いがあるんだけど」
「お願い? ────何?」
「あら、だめよ。お願いを聞いてくれるって約束してくれなければ言えないわ」
「うーん、そう来たか……。あたしに出来る事なら何でもかなえてあげるわよ」
 
 お願いのハズなのに、主導権が相手側にあるのも何か変な感じだったが、他ならぬレンの頼みである。
 エステルは笑顔で、レンの要望を承諾する。これには当然レンも大喜び。
 
「ほんと? うれしい!!
最初のお願いわね────レンのことは“レン”って呼んで」
「??? ────ああ、呼び捨てでいいって事?」
「ええ、そうよ。ティータやなのは、フェイトは呼び捨てなのにレンだけ“ちゃん”付けなんてちょっと納得いかないわ」
「あはは……そういうもん?」
 
 ムックリと拗ねた表情でレンが提案してきた内容に思わず苦笑するしかなかった。
 だが、そんな時言うべき事は一つしかない。そう、
 
「うん、別にいいけど……何だったらあたしの事も“エステル”って呼び捨てにする?」
「お姉さんを?
────エステル……エステル………うん、いいかもしれないわ♪」
「あはは……だったらそう呼んでよ。改めてよろしくね、“レン”
「よろしく、エステル。───うふふ……うれしいな」
 
 承諾ついでに、ならば自分もと切り出したエステルの提案に、実にあっさりと乗ってきたレン。
 意外とこういうシチュエーションは嫌いじゃないらしく、上機嫌でエステルの名を繰り返す。
 
「そっかそっか。ところでレン、もう一つのお願いって?」
「ええ、あのね……さっき部屋に入った時驚いた理由を教えてくれる?」
「あ…………」
「エステル、ちょっとだけ哀しそうな顔をしてたわ。だから気になっちゃったの」
 
 どうやら、レンはレンなりにエステルの事を気遣っているようだ。
 物言いがストレートなのは……まあレンだからしょうがないという事にして...正直話すべきかかなり迷った。
 もちろん話している途中で自分が泣き出さないという自信は決して高くはなかったが……一度思い出すと鬱憤が溜まってしまうのもまた事実なわけで。
 
 ────気が付けば、エステルはゆっくりと“驚いた理由”を話し出していた。
 
「うん……前にね、この部屋にある人と泊まった事があるの。その人の事をちょっと思い出しちゃってね」
「わぁ! それってやっぱり恋人?!」
「ふふ……残念ながらそうじゃないわ。家族として一緒に暮らしていた、あたしの兄弟みたいな人、かな。
今はちょっと一緒にいないんだけど………」
 
 ウソだ。
 本当はあの時からもう両想いで──互いに相手の事を意識せずにはいられなかったというのに……。
 
 それでも、ちゃんと『恋人』と定義したくはなかった。何となく────そんな気がして。
 
 
 だが、レンはしつこく食い下がってきた。
 これにはエステルも素直に白旗を揚げ、ヨシュアの事を根掘り葉掘り話させられるハメとなった。
 2人揃って準遊撃士になった日の事や、ジェニス王立学園でのお芝居での出来事────
 ヨシュアと共に歩んできた道を時には笑顔で……時には哀しそうな表情を浮かべながら話し続け、
 ベッドの中に入ってからもエステルとレンは昔話に花を咲かせ……
 
 やがて、レンがうつらうつらして穏やかな寝息を立て始めた頃、エステルもよほど疲れが溜まっていたのか、それからしばらくもしない内に意識を失っていた。
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 一方そのころ────。
 リベール王国北部に位置するボース地方……その山岳部奥に所在するラヴェンヌ廃坑では……。
 
 
 3人ほどの人影が夜の闇に紛れ、廃坑付近の山道を進んでいた。
 その人影の出で立ちはまさに黒一色。異様とも取れるその独特のフォルム。
 
 人影は廃坑の入り口に差し掛かると、厳重に施錠された南京錠を、持っていたキーピックで開錠。そのまま暗黒の坑内へと消えていった。
 
 
 
 
 
 ────そして、その一部始終を近くの小陰で監視していた、別の人影が2人分。
 その2人は、周囲に敵の気配がないことを念入りに確認すると、小陰の中から姿を現した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ツァイスで一度、エステル達と出会いながらも、引き続き情報部の残党の行方を追っていたアガットとアネラスの2人であった。
 
「ふふっ……どうやらビンゴみたいですね」
「ああ……ようやく尻尾を掴んだぜ。────それにしても、ラヴェンヌ廃坑とはな……上手い場所に目をつけたもんだぜ」
 
 敵の周到さにアガットも皮肉混じりに感心する。
 ラヴェンヌ廃坑は文字通りの“元・鉱山”────出入りする人間はまずいない。
 しかも近くの村まではかなりの距離があるため、突発的な戦闘が起きても騒がれる事もない、
 正に潜伏するのにうってつけの場所であった。
 
「────確か、空賊団が定期船の積み荷を奪うために利用した場所でしたよね?」
「らしいな。エステル達が途中にある露天掘りの広場で空賊の一味と交戦したらしい」
「とすると……そこをアジトにしている可能性が高そうですね────どうします? このまま踏み込みますか?」
「ああ、ギルドと軍に連絡しているヒマはねぇ。とりあえず潜入して残党の規模を確かめるぞ」
「ラジャーです」
 
 先程も述べたが、ここから近くの村まではかなりの距離がある。しかもそこからギルドなどへ連絡していたら、まず確実に連中に気付かれて逃げられる可能性が高い。
 判断は一瞬。
 一度入り口前で身を隠し、中の安全を確保した後に一気に突入していった。
 
 
 ……………………
 …………
 ……
 
 ────突入はした。成功……は、せいこうである。だが………
 
「おかしいな……予想通り連中のアジトのようだが……人の気配が感じられねぇぞ」
 
 そう。つい先程、3人の人影……情報部の残党らしき人間が広場の奥へと歩いていく所を、しっかりこの目で見たというのに────
 行き止まりであるこの露天掘りには、それらしき人間が一人もいなかったのだ。
 
 予想もしていなかった事態に、アネラスも困惑する。
 
「そ、そうですねぇ……さっきの兵士達、どこに行っちゃったのかな?」
「フン、もしかしたら感付かれたのかも知れねぇが……まあいい、とっとと調べるぞ」
 
 とりあえず、状況が掴めないとはいえ、ジッとしているのは性に合わないらしい。
 アガットに促され、アネラスも戸惑いながら、連中が建てたらしいテントの中を調べていく。……が、
 
「ダメですね、もぬけの殻って感じです。先輩の方はどうですか?」
「こっちも同じだな。
留守中なのか、あるいは拠点を移した直後なのか……せめて行き先が分かるような手掛かりでもありゃいいんだが」
 
 八方塞がりか────。そう諦めかけたその時、
 
「えっと、行き先の手掛かりにはならなそうなんですけど……そこのテントでこのファイルを見つけました」
「────ほぅ、見せてみろ」
 
 そう言ってアガットがアネラスから受け渡されたのは、厚さ3cmはあろう程の紙のファイル。
 その中には様々な数字や文字、
 そして図面が陳列しており、表紙には『オルグイユ開発計画』というタイトルが大きく書かれていた。
 
「なんだコイツは……妙な図面が書かれているな。《オルグイユ》開発計画………何かの乗り物の設計図みたいだが」
「《オルグイユ》────何だかちょっとオシャレな名前ですね。やっぱり飛行船なんでしょうか?」
「さて、こういうのは門外漢だからよく分からねぇが……」
 
 言いつつ、アガットは適当にファイルのページをペラペラと捲っていく。
 ……恐らくこの場にティータがいれば、目をキラキラ輝かせて飛びついてくるに違いない。
 そんな彼女の姿がありありと想像でき、苦笑していると……
 
「……ん?」
「どうしたんですか?」
「ページの間にメモが挟んでやがった。
 
『招待状は配り終わった。テーブルとイスも用意した。お茶会の準備はこれでお仕舞い。
あとはお茶菓子を焼いてお客様が集まるのを待つだけ』
 
────何だこりゃ?」
「へ〜、ほのぼのとした内容ですねぇ。何だか絵本の一節みたい♪」
「フン……どうせ何かの暗号だろうさ。問題は何を意味してるメッセージって事だが……」
 
 言いつつ、思考を巡らせようとした────────その時!
 
「散れ!!」
「え……!?」
 
ダダダダダッ!!!
 
 
 突如鳴り響いた銃声よりも早く反応し、跳躍。
 その直後“さっき自分達がいた場所”に亜音速の鉛玉が着弾し、アネラスの肝を冷やす。……が、これで終わりではなかった。
 
 よく見ると暗闇に紛れ、3人の特務兵達が自分達を包囲するようにフォーメーションを展開していたのだ。
 
「うそ……いつのまに?!」
「ケッ、ずいぶんとアジな気配の断ち方をするじゃねぇか。あの赤い少尉にでも習ったかよ?」
「「「……………………」」」
 
 皮肉混じりに、彼等の元・隊長であった赤い少尉────ロランス・ベルガー少尉の事を口走るが、
 そんな安い挑発に乗る様子は一つも感じられない。
 特務兵達はゆっくり……ジリジリと距離を詰めてきた。
 
(アガット先輩……)
(ああ……どうやら普通じゃねぇな。
────連携で一角を崩してそれぞれ残りを片付ける。できるな?)
(お任せあれ!)
 
 すぅ──と、一呼吸置き……叫ぶ!
 
「そんじゃ────行くぜ!!」
「はいっ!!」
 
 咆吼と同時にまず飛び出したのはアネラスだった。
 持ち前の身軽さを生かし、あっという間に機銃を携えた特務兵の懐へと入り込み……
 
「さぁ、行くよっ!! 剣技・八葉滅殺!!
 
 叫ぶと同時に、抜刀したアネラスは懐に入り込んだ際の慣性を利用し、そのまま連続して斬りかかる!!
 
「まだまだまだまだぁぁぁぁぁっ!!」
 
 目にも止まらぬ超スピードで斬りつけられた特務兵は、そのたびに後方へと追いやられ、最後は────
 
「とどめっ!!」
 
 大きく跳躍し、そのまま縦一直線に斬り落とす!!
 これには一溜まりもなかったらしく、足下がふらつき始めた特務兵。そこに────
 
「オラオラァっ! 続いていくぜぇっ!! フレイムスマァッシュ!!!
 
 自慢の重剣にありったけの覇気を込め、アガットはそれを振りかぶり────
 
 
ズガシャァッ!!
 
 
 文字通り、『叩き付けた』。
 溢れんばかりの覇気は炎となって爆ぜ、そのまま足下がふらついていた特務兵を広場の壁際まで吹っ飛ばす!
 だが、他の特務兵達もタダではやられない────懐から手榴弾を取り出すと、安全ピンを引き抜き……投げた!
 
「────っ! アネラス、伏せろ!!」
 
 アガットの怒号に素早く反応し、近くの岩陰に身を隠して身を伏せるアネラス。
 一方で、一人取り残されたアガットは────
 
                           
ズガアァンッ!!
 
 爆発の直前に凹地へと転がり込み、間一髪の所で爆風を凌いだ。
 不意を突かれ、手榴弾を使ってきたことに内心舌打ちしながらも、
 
(なかなかやってくれるじゃねぇか────だがっ!!)
 
 いきり立ったアガットは何を思ったか、穴の中で重剣を大きく振り上げて……
 
「ずえりゃあっ!!」
 
 地面に銃剣を叩き付けた。
 ────が、ただ闇雲に剣を叩き付けたのではない。叩き付けた時の慣性と衝撃がアガットの身体を穴から引き上げ、特務兵達の上空で回転しつつ……
 
「っとぉ!!」
 
 着地した。
 ────アガットの得物であるこの重剣は、ただ破壊力を追求するために重くしてあるのではない。
 先程のように剣自体の重さを利用し、慣性で身体の動きを強制的にコントロールする意味合いも含むのだ。
 その戦い様は、まさに鬼神と呼ぶに相応しい……迫力と圧倒性を誇っていた。
 
 ゆっくりと立ち上がったアガットは再び重剣を振りかぶり…………一気に駆けだして距離を詰める!
 
「せいやっ!!」
「…………!」
 
 
斬ッ!!
 
 
 繰り出された特大の一撃。────並の街路魔獣程度ならば、この一発で沈黙する事は間違いない。
 そう確信していた。
 
 
 
 だが………
 
 
 斬りつけられた特務兵は、まるで何事もなかったかのようにすっくと立ち上がった。
 ……ダメージはある。しかし沈黙に至るほどの決定打にはならなかったのだろう。
 再び静かに殺気を発し始め、アガットと距離を取る。
 
(な、何だコイツ等?! 俺の重剣を受けても立ち上がって来やがるだと!? ────いや、それよりも……何だ、この“違和感”は?)
 
 自分のアイデンティティーでもある、重剣の破壊力が通じていない事実よりも、“斬った時に感じた違和感”に困惑するアガット。
 だが、その程度で攻撃の手を緩めるほど、彼は愚かではない。
 
(一発ブチかましても駄目なら────)
 
 重剣の柄を握り直し、咆哮する!!
 
「何度でもブッ斬るだけだっ!! ダイナストゲイルッ!!!
 
 瞬間、アガットの闘気が爆発。
 咆哮と共に重剣を構えつつ、特務兵の懐へと駆け込むと────
 
「うらぁっ!」
 
 飛翔した後に続けて縦に撫で斬り、
 
「せいっ!」
 
 今度は重剣を左から右に引き回し、大きく振りかぶりながら斜めに、
 
「でやぁっ!」
 
 勢いを殺さず、再び左から右に……今度は剣を振り回す際の遠心力も加えての横一閃。
 
「どぉりゃあっ!!」
 
 ラストは、遠心力を利用して剣の軌道を修正。縦の軌道に変換するとそのまま一気に振り下ろした!!
 
 アネラスの連続攻撃とは対照的に、一撃が非常に重みのあるアガットのSクラフト『ダイナストゲイル』が炸裂し、
 さしもの特務兵も一溜まりもなかったのか、その場にようやく崩れ落ちた。
 
「残ったヤツは私がっ! ────秘剣・光波斬っ!!
 
 抜刀し、振り上げた刀を今度は地面に対して垂直になで下ろすアネラス。
 意識を集中させ、自らの得物に『氣』を凝縮させていく────彼女の身体から漏れた氣は周囲に風の渦を発生させ、次第にその強さを増していった。
 
「これで、決まりだよっ!!」
 
 彼女にしては珍しい、覇気に満ちた叫びと共に横一閃に振られた剣から『氣』で編まれた刃の固まりが飛び出し、
 
ズゴォォォンッ!!
 
 氣の刃は特務兵に命中すると同時に大爆発。
 そして噴煙が収まると同時に特務兵は力を失い、その場に崩れ落ち……辛くも、アガット達の勝利が確定した。
 
 
「チッ、なんだこいつらは……。片付けたはいいが────どうにも奇妙な手応えだぜ」
「うーん、何か危ない薬でもやってるんじゃないんですか? 前にルーアンの不良グループが薬で操られたって聞きましたけど」
「いや……それともまた違う手応えだ。
────これはまるで……“石か木”をぶった切っているような………」
 
 『ダイナストゲイル』で沈黙させる前の、あの一撃から感じていた違和感を漠然と表現するアガットの言葉に、アネラスも首をかしげる。と、
 
パチパチパチパチ
 
 2人の後方から、乾いた音────拍手だろうか?
 ひとしきり鳴り終えた直後、今度は……
 
「あはは、スゴイスゴイ。お兄さん達、なかなか優秀な遊撃士だねぇ」
 
 響いてきたのは、明らかに自分達よりも若々しい……いや、まだ声変わりすらしていないであろう少年の声だった。
 そして、闇の中から姿を現した少年は……上下にピンク色のスーツと黄色いネクタイ─────右目下に奇妙な文様を刻んでいた、
 サーカスのピエロを連想させる格好をしていた。
 
 これにはさすがに面を喰らったのか、張りつめた声でアガットは少年に睨みを利かせると、少年は無邪気な笑みを浮かべながら告げる。
 
「てめえは………」
「うふふ……」
 
『執行者No.0。《道化師》カンパネルラ────《身喰らう蛇》に連なる者さ』
 
「あ……」
「とうとう現れやがったか……」
 
 突然ヒットした“大物”。
 ────目の前に探し尽くした《結社》の一味が立ち尽くしている……その事実が嫌が応にも二人の心拍数を上昇させ、緊張感もそれに伴って増大する。
 
「てめぇ………何でこんな場所にいる? 特務兵の残党と一緒に何をしようとしてやがるんだ?」
「うふふ────今回のボクの役割はあくまで『見届け役』なんだ。具体的な計画のことをボクに尋ねるのは筋違いだよ。
というか……ボクも知らないしね」
「『見届け役』──だと?」
 
 カンパネルラの口から出た、《執行者》としてはらしくない立ち位置に思わず困惑するアガット。
 ……気のせいか、今の2人の状況を楽しんでいるようにも取れるカンパネルラの表情は依然無邪気な笑顔で包まれていた。
 
「ま、『お茶会』に参加するなら急いだ方がいいかもしれないよ?
どこで開かれるかは知らないけど、少なくともここじゃないのは確かさ。……それとも、ここでボクと一緒に夜明けのコーヒーでも飲もうか?」
「……………………」
 
 冗談とも本気とも取れる……裏表の境がはっきりしないカンパネルラの言葉に、カチンと来たアガットは、怒りに満ちあふれた表情でにらみ返す。と……
 
「え、えっと…君……まだ若いみたいだけど本当に《結社》の人間なの? 悪いことは言わないからそんなの止めちゃった方がいいよ」
「うふふ、優しいお姉さんだなぁ」
 
 エステルと同じく、良心のままに、優しく問いかけるアネラス。
 一方のカンパネルラは、微笑みと共に自分を気遣うアネラスのことを率直に褒め称えるが………
 
「でも────道化師のことを笑い者にするのなら兎も角…………」
 
 微笑みがだんだん、邪悪なものへと変化していき────
 
 
 
「心配するのは、マナー違反だね」
 
 
 静かに告げたカンパネルラの一言と共に据えられた笑顔は……明らかに《執行者》の浮かべるそれと同質であった。
 
 
「えっ……」
 
パチンッ!
 
 最初は何が起きたのか全く理解できなかった。
 だが、事態は2人の脳内認識を無視して勝手に進んでいく────。
 
 アガットとアネラスが必死の思いで撃退した特務兵達が
 
 
 
 カンパネルラの指弾きの音と共に、、まるで何事もなかったかのように再び立ち上がったのだ。
 
 
「う、うそ!?」
「あれだけブチのめしてまだ動けるだと…………!?」
「うふふ────だから君たち遊撃士ってのは甘いんだよね。やるんだったら徹底的に壊すつもりじゃないと♪」
 
 笑顔でそう告げると、カンパネルラは再び指を高らかと上空へ掲げ……
 
パチンッ!
 
ドドドォォォンッ!!
 
「がッ………!」
「あうっ!」
 
 瞬間、特務兵達が一斉に大爆発を引き起こし、近くにいたアガット達はモロに爆風を浴び、その場に崩れ落ちた!
 
 ……《結社》の人間というのは、こうも簡単に人の命というものを平気で奪うのか!?
 情けも、容赦も、慈悲の心も欠片もないその所業に、アガットは怒りで震えずにはいられなかった。
 
「くっ………てめぇぇぇっ!!」
「ひどい……なんてことを………」
「あはは、驚いた? なかなか良くできたビックリ箱だろう?」
 
パチンッ!
 
 アガットとアネラスの心境とは裏腹に、当のカンパネルラは非常に楽しそうな表情で呟くと、再び指を高らかと掲げて指を鳴らす。
 
 すると今度は彼の周囲を取り巻くように炎のような渦が巻き起こり……まるでカンパネルラの身を隠すかのように蠢く。
 
「うふふ────これにて今宵のショウはおしまいさ」
 
 まるで紳士が淑女へと嗜むような、節度ある一礼と共に……
 
「それでは皆様、ご機嫌よう...」
 
 カンパネルラの身体は渦巻く炎に包まれていく!
 無論そんな彼を黙って見過ごすはずもない。────震える身体に喝を入れ、アガットは咆哮と共に渦の中へと突っ込む!!
 
「ふざけんなぁぁぁぁぁっ!!!」
 
 
 力任せに振り下ろした重剣の一撃は……
 
 虚しく空を切り────────
 
 再び辺りには、焚き火の弾ける音だけが鳴り響くのみとなった。
 
「…………………………」
「…………………」
 
 言葉が出ない。
 ────目の前で人が無惨な殺され方をした現実。
 ────許すことの出来ない大罪人を、みすみす逃してしまった後悔。
 
 いろんな感情がごちゃ混ぜとなり、立ち尽くすしかなかった2人だったが………
 どれほど時間が経っただろうか────最初に沈黙を打ち破ったのはアネラスだった。
 
「アガット先輩……あの………」
「……ああ…………。
こんな死に方しなくちゃならねえ程罪深くはなかっただろうにな────」
 
 クーデターという未曾有の大事件に荷担したとは言え、それは純粋な愛国心から来た行動。
 いくら罪人といえども、こんな惨たらしい死に様は、人としての尊厳を明らかに無視している。
 
 だが、いつまでもこのまま乏けているわけにもいかない。
 ────死者に対して、やるべき事は一つ。
 
「とりあえず……このままにはしておけねぇぜ。
お前はその辺りで適当に時間を潰しておけ。──さすがに若い娘にはキツイだろ」
「で、でも……!」
 
 同じ国に生まれ、国のためにと戦おうとした彼らを弔うため、汚れ役を買って出たアガット。
 無論彼自身も、この事態の異常さは苦痛以外の何物でもない。
 ……だが、ぶっきら坊で気性の荒い自分と違ってアネラスの心は繊細で、女性特有の暖かな優しさに満ちあふれたもの。
 彼女の方が、この惨劇に一番の苦痛を感じているのは明らかな事実なのだ。
 
 ならば、と踏ん切りをつけた……が、アネラスも人として────彼らを弔いたいという気持ちにウソはない。
 声を荒げてアガットの提案に異を唱え……気付く。
 
 疑問に思いながら、飛散した特務兵の遺体に近づき………おもむろに“腕だった”モノを拾い上げる。
 
「あれ……?」
「お、おい!?」
「あの、アガット先輩……この腕…………作り物みたいなんですけど?」
「なに………!?」
 
 よくよく観察してみると、血が出ていない。
 
 ────その事に気付けば後は簡単だった。
 アネラスに促され、アガットも飛散した肉体の一部を拾い上げて観察する……。
 
「歯車にゼンマイ……それに結晶回路(クォーツ)の破片…………つまりコイツは────」
 
 
「自立的に行動する導力人形……いわゆる人形兵器(オーバーマペット)ってヤツやろね」
 
 
 不意に暗闇の中から呟かれた一言に思わず反応し、身構えるアガットとアネラス。
 だが、声の主である……白と茶色のコントラストが特徴的な、奇妙なコートに身を包んだ青年が姿を現した。
 突然の自体に困惑するアネラスとは対照的に、アガットは険しい表情を浮かべ……しかし冷静に青年を問いただす。
 
「えっ……」
「………何モンだ?」
「七耀教会の巡回神父、ケビン・グラハム言いますわ。
アガット・クロスナーさんと、アネラス・エルフィードさんやね?」
 
 
 自己紹介など全くしていないにも関わらず……アガットとアネラスの素性を完璧に把握しつつも、本人であることを確認した青年……ケビンは────
 
「物は相談なんやけど………お互い、情報交換をせぇへんか?」
 
 
 ルーアンでブルブラン達と対峙しそうになった時と同様の………冷たく突き刺すような瞳で、二人に提案してきた。
 
to be continued...
 
次回予告
 
脅迫状調査も一段落し、シード中佐に報告を終えた私達を待ち受けていたのは……
 
《怪盗紳士》からの、3度目の試練……!
 
いつものように不思議な謎かけでわたし達を困惑させてくれたけど……
 
最後の文面が、非常に気になる所だな
 
……『主役』と『脇役』って、どういう意味なんだろう?
 
って……仕事に勤しんでたらレンのヤツがまたどっかに行ってしまったぞ
 
ああっ、レンちゃん待って〜〜!!
 
 
次回、魔法少女リリカルなのはvs勇者精霊伝ブレイカー×英雄伝説 空の軌跡SCクロス小説
 
Triangle World 〜空を翔る英雄達〜 第21話『怪盗紳士の真意。そして……』
 
ところでお兄ちゃん……ジュンイチさんの代理、いつまで続くんだろうね?
 
────ジュンイチが帰ってくるまでじゃないのか?
 
 
 
−あとがき−
 
 省略できず、長文化した王都編第二弾OTZ
 どうも、おはこんばんちわ。『心は永遠の14歳』────
 『マジカルバトルアリーナ』&『きらさら』のテーマソングを歌っていらっしゃるSouwerさんの『明日への翼』に激燃えなtakkuです。
 『きらさら第5話』でのゲームプレイ中、一番美味しい所で演奏される上記の曲は本当に熱いです! たまらんです!!
 
 今回は前話に比べるとボケのシーンが入れやすかったために結構はっちゃけさせて頂きました。
 その代償が………冒頭のアリシア女王の壊れっぷり(爆)。
 前回70kbをオーバーしたので、もう今回も開き直って大ボリュームで執筆。結構楽しかったです、書いてて。
 
 後半のアガットとアネラスの戦闘は二人の特性を考慮してクラフトを中心に展開。
 特にアガットは得物が得物なので、やりようによっては結構トリッキーな戦法が取れると思うのですが、あいにくとゲーム内ではそれが再現されることはないようで(涙)。
 ……素早さのパラメーターもジンの兄貴並みに低いですし。←酷
 
 ────得物繋がりで、いつかブレードの戦闘シーンを描くとなったら今回アガットで使えなかった戦術シーンを表現してみたいですね、やっぱり。
 

管理人感想

 takkuさんからいただきました!

 冒頭から思いっきりはっちゃけてくれたアリシア女王。
 しかし、その後の見識の深さと器の大きさは間違いなく“王”の器ですな。

 ……でも、やっぱりはっちゃけてる方が好きなので、ぜひとも再登場してジュンイチ“で”遊んでもらいたいところです(笑)。

 そしてその一方でケビンさん側は“結社”の新たな動きをキャッチ。
 果たして“お茶会”とやらの全貌は!?

 そして、未来の義兄と義姉と同室になったユーノの運命は?
 なんか、えらくキツい追求が待っていそうな気が……特に義兄から(爆)。