8月4日 P.M.6:59 場所…海鳴市 高町家リビング
桃子達が食事交代で一時帰宅したその夜─────
桃子はもちろん士郎も突然の来訪者に驚いたものの、それでも大切な家族の一人である。
レンも帰宅してからは晶と桃子と交えて、美沙斗はキッチンで夕食の準備に明け暮れていた。
「それにしても……美沙斗さんの手料理も久しぶりですね。士郎さんも喜びますよ、きっと」
「そうかな? 兄妹だからそういう評価は結構厳しめだと思うけど」
「だいじょーぶですよ。士郎さん、おししょーと一緒で好きな人には結構あまあまな方ですから」
「失敬な。俺は身内には手加減はしないぞ?」
その割には結構桃子とラブラブしているのはレンの言う”あまあま”ではないのだろうか。
言ってる事と実際の行動が一致してない士郎の子供っぷりに苦笑しつつ、再び晶達は包丁を振るう。
さすがに桃子と美沙斗が二人して料理に励んでいる最中で啀み合うほど、晶やレンは無鉄砲ではない。
今のところ大人しくしているが……どうも落ち着かない様子だ。
……や、どつき合わないとストレスが溜まるとか───少しあるだろうが、原因は……
「ね、ねぇねぇ……ジーナ。あの女の人、誰?」
「えっと────聞いた話では美由希さんの実母の御神美沙斗さん……らしいですよ」
「えっ、桃子さんが高町家一同のお母さんじゃ……ないの?」
「厳密に言うと桃子さんと血が繋がってるのはなのはちゃんだけらしいんです。
恭也さんも元々はお母さんが別にいたらしいですし、美由希さんとも戸籍上では恭也さんの従妹なんだとか……」
「何だかややこしいね、高町家の実情───」
複雑に入り組んだ人間関係に、なにやら顰めっ面をしてるこの一人と一匹の存在だったりする。
ちなみにジーナとひそひそ話のやり取りをしていたのは子竜の姿をしたジュンイチのプラネル『ブイリュウ』である。
ジュンイチとは違い、ジーナ達は気殺(けさつ)の類を全く習得してない為、士郎や恭也と同じく、御神の剣を継ぐ者である美沙斗に、
あっさりと見つかってしまう。
「そこの子達も、隠れなくても大丈夫よ。話はあらかた、兄さんから聞かせてもらってるから……」
「あ、あら?!」
「さすが……美由希さんのお母さんですね。てか士郎さんいつの間にわたし達の事情を?」
「味方は一人でも多い方がいいだろ? 出張ついでに美沙斗に知らせておいたんだ」
美沙斗の都合や心情などお構いなしに淡々と告げる士郎。…心なしか美沙斗の顔が引きつっていた様に見えたのはきっと気のせいではないだろう。
しかし、美沙斗の方もなにやら心当たりがあるのか、あえて反対の意は唱えないでいる。
その心当たりが写る写真を、服のポケットから取り出してテーブルの上に差し出した。
「1週間前、香港のスラム街で猟奇殺人事件が起きて…私達の課が現場検証をしたんだけど───
その時に現れたのがそいつ等なんだ。幸いにも、現れたのが1体だけだったから何とか私と弓華で撃退したけどね………」
そうして差し出された写真に目をやったジーナとブイリュウは……思わず自分の目を疑った。
1週間前と言えば、丁度アリサが堕天使のリヴァイアサンに人質に取られた時……そして、久方ぶりに”過去”の記憶が蘇り、
ジュンイチの調子がおかしくなった時。……だが、どうして───何故─────??
「な──────何で……あの時のラヴァモスが、こっちの世界に!?」
それは、世界の運命を大きく変える、ほんの序章でしかなかった………
ごく最近まで、平凡な小学3年生だったわたし『高町なのは』に訪れた小さな事件……。
つかの間の休息に、羽を休める勇者達。
だけど勇者は問う。『君の守りたいものは一体何?』と───
少女は答える。『それが私の在り方だから。突き進むべき路だから』と───
例えそれが荊の道だとしても、少女は前へと進む。自分の選んだ、自分の道。
いつかきっと、望むべき安息の日が訪れると願って──────
魔法少女リリカルなのはvs勇者精霊伝ブレイカー×英雄伝説 空の軌跡SCクロス小説
Triangle World 〜空を翔る英雄達〜 始まります。
第8話「出発の刻(とき)」
ルーアン地方を騒がせた幽霊事件が解決してから3日が経とうとしていた…そんな一夜。
ルーアンの南繁街に位置する倉庫の屋根上で一人佇む人の影が、月夜の元静かに夜の海面へと映し出されていた……
「───かくして宴は終われども、残されし熱気に我らはただ惑い……蒼ざめた月影と海原を渡る涼風が、熱き血潮を冷ますのを待つのみ……」
「……待たせたな」
屋根の上で一人呟く男…《怪盗紳士》ブルブランに側方から呼びかける男性の声。……声質は、
恭也や士郎を超える、重みと覇気に満ちた低い声。だが、突き刺さるようなその声は、ブルブランにとってはもはや聞き慣れたものであった。
アッシュブロンドの髪と、深い紫色の瞳。吸い込まれそうな深い悲しみと絶望が形となった様なそんな目をした青年が、
隣の倉庫の屋根から飛び移って、ブルブランの元へと歩み寄る。
「フフ、丁度時間通りさ。……しかし、相変わらず律儀な男だな。たまには遅刻くらいしても罰は当たらないのではないかね?」
「これも性分でね……早速だが、報告を聞かせてもらおうか」
「はは、そう焦るものでもない。今宵は気分がいい───今しばらく浸らせてくれたまえ」
「やれやれ、余程気に入ったと見えるな」
青年が呆れ顔で告げると、ブルブランはまるで土産話をする子供の様に、無邪気に語り出した。
「うむ、麗しの姫君にはますます心を奪われてしまった。
それと思わぬところで美を巡る好敵手とであってね。それと………遭遇したぞ。”彼女”からの報告があった女神のような御心を持つ美少女とな」
「《アウトサイダー》か……。ところで《宝種》の方はどうなった?」
「既に基礎構造の解析は8割方終わっているらしい。後は出力制御とリミッター解除の方法らしいが……まだまだ問題点も多く、とても実戦で使えるものではないと漏らしていたよ。
フフ……ジュエルシードのことといい、これからもっと忙しくなりそうだ」
「全く、仕方のないヤツだ。個人的な趣味も結構だが、本来の計画に支障が出て貰っては困るぞ?」
「フフ……それは心配無用だ。前書きが多くなってしまったが、約束のものを渡そう…受け取りたまえ」
あまりにも歳不相応な、ブルブランの態度と物言いにやや溜息を漏らした青年は表情を険しくし、怪盗を一喝する。
だが、当の本人は相も変わらず自分のペースを崩すことなく淡々と告げながら───懐から大事そうに《ゴスペル》を取り出して青年に手渡す。
「……確かに。それで、実験の成果はどうだった?」
「フム、そうだな………9割方成功といった所だろう。投影装置の生み出した映像をかなり遠くの座標まで転送できた。
ただ、最初の1・2回は失敗したらしくてな……3回目を超えた辺りから完璧に動作する様になったが」
「ふむ……不安要素はあるが、悪くはない。早速《教授》に伝えておこう」
ブルブランから実験結果の報告を受け、多少表情を曇らせたものの、自身がこの手に関しては門外漢であることを自覚している為
青年はすぐさま元の顔つきへと戻った。瞳も相変わらず、深みのある印象を醸し出している。
やや暫くして、ブルブランは当初から気に掛けていた疑問を青年に投げかけてみる事にした。
「しかし《ゴスペル》か────導力停止現象もそうだが、今の技術を遙かに超えているな。
《一三工房》製らしいが、一体どういうカラクリなのかね?」
「さてな……俺も詳しくは聞かされていない。ただ、《教授》の話によるとそれらの現象は『奇跡』の一端でしかないらしい」
「ほう……奇跡ときたか。だが奇跡は女神にしか許されぬ御業────一体どういう意味なのやら」
「いずれにせよ、心の潜在能力は今後の実験で明らかになる事だろう。そうすれば……」
言いかけ、青年は気付いた。表情が一気に険しくなり、放たれる殺気の量も半端ではない。
その覇気……それはまるで─────────”修羅”そのものだった。
青年のその行為によって、ブルブランも───顔は笑っているが思考の方向は青年と同じなのだろう。
徐々に、場の空気がピリピリと張りつめてくる。
「……………………」
「ほぉ……フフ。今宵は意外な登場人物に恵まれている様だな。さて、筋書きはどうしたものか─────」
「フッ………」
にわかに笑みを浮かべ、青年は懐から自らの獲物を取り出す。
流れる様な流線型を持つ、金色に光る大剣……彼はそれを片手で、まるで木の棒でも振り回すかの様に自然に……
軽々と振り下ろして構え、”部外者”の方を向いて告げる。
「どちらにせよ、それは身を潜めているネズミの態度次第だろうさ」
「クク────違いない。さてさて…どんな声で鳴いてくれる事やら」
ブルブランもまた、自身の杖を構えて青年に同意する。顔は笑顔だが、放たれる殺気は凄まじい……。
だが─────
「………うぃ〜」
近くから木霊してくる、第3者の声。
彼等の実力ならば、例え目撃されていても全てを無かった事に出来るが、今ここで事を荒立てるのは拙い。
性格や戦闘能力が並の戦士を遙かに超越していても、無駄な殺生は好まないのが彼等の本心である。
─────先に獲物を下ろしたのはブルブランの方だった。
「どこのネズミかは知らぬが、命拾いした様だな」
「フッ……女神に感謝するがいい」
言って二人は海岸側の方へとダッシュし─────そのまま跳躍!
だが、二人は海面へと落ちることなく……そのまま姿を消してしまった。
その証拠に、海面には何かが落ちたような波紋が一切広がってない。……闇夜に波打つルーアンの海は、平和のままである。
近くの倉庫を、酔っぱらった青年達が通り過ぎると……そのすぐ側のコンテナの影でホッと胸をなで下ろす人影が……2つ。
「はぁぁ〜……寿命が縮むかと思うたわ─────へっ、言われずとも女神に感謝しまくりやっちゅうねん」
「よくもまぁ……見逃してくれたよな。あの殺気、思いっきりオレ達を殺る気満々だったぜ?」
「ま、《執行者》に目ぇ付けられて無事で済んだだけでも儲けモンや。下手したら今頃海の藻屑やで?」
「実際にそうなりそうだっただけに、妙にリアルだよな」
言って影達…が月明かりで照らされる。その正体は─────
「しっかし……こないな時間に何してんの、ジュンイチ君?」
「夜の散歩ッスよ。………これ以上シェラさんの絡み上戸とオリビエのセクハラに付き合ってらんないし。
……てかオレからすればその台詞、ソックリそのまま返せますよ? ケビン神父」
「まぁオレにも色々と事情があんねん。……今夜の事、エステルちゃん達には内緒な?」
「了解。……まぁオレとしてもあいつ等に余計な心配かけたくねぇし───今日はオレが出しゃばりすぎたせいでって事で」
「へへっ、おおきにな」
言いつつ、ケビンは手元のボウガンをしまうと、張りつめた雰囲気をぬぐい去る為にコンテナの影から出てきた。
────優しく当たる潮風に癒されながらも、ケビンは《執行者》達がいた倉庫の屋根の方を見上げ、呟く。
「……しかしまぁ、何ちゅう化け物共やねん。アレが結社の《執行者》かい……ジュンイチ君達、よー生きて還ってこれたなぁ」
「そこら辺はまぁ、いろいろあって、な(間違ってもオリビエの美学論説に助けられたなんてバカバカしい事説明できねぇぞ)」
自らの悪運の強さに、嫌気がさしつつも邪険には扱えない複雑な心境を浮かべ、ジュンイチがケビンの問いに答える。
最悪、《執行者》の手によってなのは達に危険が及ぶ様であれば、自分が絶対に守り抜かなければ……
改めて、心に誓うジュンイチであった。
……………………
…………
……
翌朝────────
窓から差し込む朝日で、ジュンイチは目覚めた。……部屋のカーテンはしっかりと閉められているが、
それでも隙間から覗き込む陽の光が、まるで凝縮されたかの様に彼の網膜を瞼越しに刺激する。
あの後……ケビンと別れてからシェラザードの絡み上戸を適当にあしらいつつ、寝床についた所までは覚えているのだが………
こっちの世界に来てからまだ1〜2日しか経っていないと言うのにかなり疲弊していた様だ。
《執行者》の懸念そっちのけで爆睡してしまった不甲斐なさに思わず自己嫌悪に陥ってしまいそうになるが、とりあえずそうも言ってられない。
今日一日かけて、溜まりに溜まったギルドの依頼をこなさなくてはならないのだ。……無論、エステルやなのは達ももう目を覚ましてる頃だろう。
未だ睡魔に震える瞼をこすって、インマイドリームな脳を無理矢理起床させる。
「ふあぁぁ………さて、朝メシ食らいに降りるか」
身を起こし、ベッドから出ようとシーツを掴んだ……そのとき
触っ────
伸ばした左手が、何やら生暖かいものに触れる。────そーいや、ベッドについたはいいが、シーツにまで入った記憶はない。
にもかかわらず今まで自分は”シーツをかぶって”寝ていた。
その経緯のカギを握る………人物がそこにいた。
「フフッ……ようやく目覚めたようだね、お・寝・坊・さ・ん♪」
「………………………………」
よく見ると下半身の大切な所以外、一糸まとわぬ姿。
頬を朱に染め、ジュンイチの方を見上げるヴァカの姿を目の当たりにし、さしものジュンイチも何が起きたのか全く把握できないでいた。
そして、そんな彼が出来た精一杯の事────それは
「……………何でオリビエがオレのベッドで寝てやがる?」
「はぁ……全くつれないなぁ。
皆が寝静まった後、炎の様に熱く燃え上がった一夜を共にした相手にそれはないよ────
あんなに激しく求めてきたのに……いざ要らなくなったらゴミの様に捨てるのねっ!!!」
「──────────────────」
その瞬間、ジュンイチの中で何かが切れた。
溢れんばかりの殺気を笑顔の裏に隠し、実ににこやかに、オリビエに告げる。
「オリっち、チョッチ…こっちゃ来い」
「わんわんっ」
ジュンイチのどす黒いオーラに気付くことなく、彼の手招きに子犬のマネを以て走り寄るオリビエ。
この後の顛末など、まるで考えもせずに………
……………
……‥
「ぬっ……来たぁぁっ!! ふん、ぬ、く………こんのぉ──────どおりゃあぁぁぁっ!!!」
咆吼と同時に、エステルは戦術棒………の代わりに携えた本日の相棒………。
強化プラスチックで作られた全長2mほどの棒……その先にはピンと張りつめた糸……そして柄の上部にはその糸が幾重にも巻かれた
ハンドル付きの機械……要するにリール。つまり釣り竿の事である。
実は彼女、釣りを始め、年頃の女の子らしくない趣味を多数持っており、父親のカシウスは勿論、当時一緒に暮らしていたヨシュアにすら
「もうちょっとオシャレとか女の子らしい趣味にしろ」と再三言われているにもかかわらずこんな感じなのである。
最近遊撃士の仕事が《結社》絡みで忙しくなってきてたので、久しぶりに糸を垂らしてみようと早起きし、
ホテル近くのポイントにてエキサイトしていた所であった……のだが、実は開始から30分ほどでようやく1匹目がヒットといった所で
まだまだ先は長そうといった感じだ。
……こうして説明している間にも、エステルは全身の力を余すことなくロッドに伝え、獲物との格闘に明け暮れる。
そして、格闘すること10分近く……先方に疲れが見え始めた、ほんの一瞬をエステルは見逃さなかった。腰を引き、一気に弓反りの姿勢を取って引き上げる!
ザバアッ!!
……………タコでした。
「あっちゃぁ………よりにもよってコイツか──────料理にも使えないし、どうしたもんかなぁ」
「釣れますか? エステルさん」
「……あ、なのは。おはよ」
「おはようございます♪」
笑顔で挨拶を交わし合うエステルとなのは。正式な仲間として認められ……
(というよりもむしろアレは義姉妹の契りと言った方がいいかもしれない)もう何年もの付き合いの様に見える二人の会話。
自分でやっといて微妙に照れくさく思えてしまいながらも、エステルはリールを巻き戻し、後かたづけをするとなのはの元へと歩み寄ってきた。
「なのはは朝早くから何してたの?」
「魔法の練習です。毎日の日課なので、リベールでも出来る限りやっとこうかなと」
「……なのはも朝から頑張るわねぇ。─────ユーノはその付き添い?」
「ええ……とはいえ、もう殆どボクがなのはに教える事なんてありませんけどね」
「ふぅん……」
言いつつ、エステルは本日の成果をバケツの中に放り込む。
……魔法少女になりたての頃から、早朝練習でユーノから魔法に関する沢山の事を教わり、
今の実力に到るのに半年程度しか経ってない事を聞いた時は、さすがにエステル達も驚いた。
余程良い師に恵まれてないと、ズブの素人がここまで短期間で成長出来る事はない。つまりそれだけ、
ユーノの教育技術が相当のものであるという証拠である。
時間は、今午前6時を回った所だった。朝食にするにはまだ幾分か早いし、声を荒げて釣りに明け暮れてたせいかのどが渇いていた。
それは多分、魔法の練習で朝早くから頑張っていたなのは達も同様であろう。
そう思い立ったエステルは、適当に釣り具を片づけると財布を片手になのは達に尋ねる。
「さてと……気持ちのいい朝だし、折角だからラヴァンダルに行ってジュースでも飲みに行こうか?
奢ってあげるから♪」
「(昨日シェラさん達が徹底的に飲み尽くした後でわたし達にジュース出してくれるかなぁ、店の人…)
それじゃあ……いただきます♪」
言ってエステルが左手を差し出し、なのはがそれに応え…右手を差し出して握り返す。
ユーノはそんな二人を見上げ『女同士の友情って何かいいな』何て思いながら早朝のカジノ・バーへと繰り出さんと歩み出した………その時
「龍翼の轟炎(ウィング・ギガフレア)ッ!!!!」
轟っ!!
「ほぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ………………………………”ポチャン”」
「……………………………………」
「…………………」
「………………………………」
爽やか気分台無し。
朝早くからルーアンの街一帯に響き渡る、轟音と絶叫と共に最悪の目覚めを果たしたシェラザードとクローゼは、エステル達と共に朝食を摂るため
カジノ・バー『ラヴァンダル』に来店していた(若干約一名、店長から涙目で警戒されていたが)。
「全く……朝くらいフツーに起きられないの二人とも?」
「それはオリビエに言ってくれ。─────むしろオレはこの事態の被害者だ」
「むむっ、ジュンイチ君その言いぐさは酷いぞ。この場合、むしろ必殺技で吹き飛ばした方にも責があると思うんだが?」
「んだとこんにゃろ?!」
エステルとシェラザードは一向に話を進めさせてくれない二人に再び鉄拳制裁を繰り出すと、
本日最大規模であろう溜息を深々と吐くと、ブレイザー手帳を取り出し、全員に対して告げる。
「さて、クローゼやなのは達も正式にあたし達の協力員となった所で早速なんだけど……ツァイスに向かう前にルーアンでの仕事を全部片づけてしまおうと思います」
「人数もそれなりにいるし……ここは二手に分かれてやっていきましょう。
姫様とエステル、なのはちゃんとユーノくんで一組目。────市内の依頼を片づけて貰うわ。
『はいっ!』
元気よく返事をするなのはとユーノは答える。
「……残った私とオリビエ、ジュンイチ君で街道の魔獣退治を担と……何よその不服そうな顔」
「朝一番にセクハラにあった被害者とその加害者をいきなり組ませますか」
「大丈夫よ、次何か間違いが起きそうになったらあたしが止めたげるから。あつーいオシオキと共に♪」
ジュンイチは見た。
シェラザードの笑顔の奥に潜む夜叉の姿を……。つまり言う事聞かないと無理矢理にでも屈服させるというのだ。
……何だか最近、要らぬトラウマを植え付けられてる気がしてならないが、自分の意見や主張がこの人(シェラザード)に通るとも思えないので、
理不尽とは思いつつも、渋々納得するしかないと打算して彼女の意見に従う事にした。
「仕事を終えたら、ジャンさんに挨拶してくからギルドに寄る様に。以上、解散ッ!」
「ふぇ〜い……」
「まぁまぁ、気を落とさずに──張り切っていこうじゃないかジュンイチ君♪」
「…………次、何かちょっかい出してきたら消し炭にしてやるから覚悟してろよ変態紳士」
密かにオリビエへ警告を発すると、ジュンイチは嫌々ながらもシェラザードの後に続く形でラヴァンダルを後にした。
……残されたなのは達はジュンイチの有様にただただ苦笑いを浮かべるしかない。
「傍若無人なジュンイチでも、シェラ姉には形無しか……何だ、以外とカワイイとこあんじゃん」
「と言うか……シェラザードさんの場合、無理矢理屈服させている様なイメージが強いんですが」
「────ジュンイチさんって、絶対結婚とかしたら奥さんの尻に敷かれるタイプですよね」
「あはは! それは間違いなさそう!! クローゼ面白い事言うじゃん♪」
(…………みんな、言いたい放題言ってるなぁ)
間違いなく本人がいれば怒り狂いそうな内容であるが、例え本人を前にしても、この3人なら絶対平気で喋ってそう。
何となく、同じ男としてジュンイチに同情せざるを得ないユーノだった。
────────10数分後...
なのは達を加え、エステル達は依頼主のいるであろう礼拝堂へと足を運んでいた。
何でも、エステルの先輩でもあるルーアン支部所属の正遊撃士…カルナが強化訓練に参加している為、当初予定していた日曜学校の講師役が
居なくなってしまって途方に暮れていたとの事……。ちなみにその講義内容とは────
「よりにもよって何でこういう依頼を回してくるかなぁシェラ姉も」
「協会のおさらいから始めて、次に遊撃士の職務の説明。最後に子供達の質問に答える型式ですか………」
「必然的に、異世界の住人であるわたしや、遊撃士じゃないクローゼさんは外れざるを得ませんね。
……専門分野の知識はエステルさんに丸投げするしかないのが辛い所です」
クローゼが授業内容を復唱すると、なのはがトドメのダメ出しをする。
するとエステルは表情を濁して、激しく項垂れた。
見かけ通り、どうやらエステルは体育会系の肉体労働派タイプ。……頭を使うのはどうも苦手の様子である。
「────んまぁ、何とかなるでしょ。…それに、白状するならつい最近あたしも強化訓練に参加してた際に徹底的に叩き込まれたし」
「訓練の成果を見せるいい機会ですね、エステルさん。頑張ってください」
「あはは……ありがと、クローゼ。正直不安ぶっちぎりだけど」
クローゼの激励も、今のエステルにとってはただのプレッシャーでしかない様だ。
その後、クローゼとなのはは邪魔にならない様に二階の見学場にて高みの見物……もとい、
エステルの勇姿をその眼に焼き付ける事にした。
そんな中、当の講師(エステル)は....
(や、やば────ドキドキしてきちゃった! だ、大丈夫……かな?)
控え室にて出番を待ちつつ、緊張と戦っている最中だった。
だが、彼女の心情とは裏腹に、授業は滞りなく進んでいくのが一枚の壁越しに聞こえてくる。
そして……いよいよ、その時は来た。
「さてと───じゃあ、こっから先の授業は講師の先生にしてもらうぜ。わざわざ来てくれたんだから、みんな失礼のないようにな」
(────来たっ!!)
礼拝堂の教区長さんが促すと同時に、エステルはややぎこちない動きながらも教壇へと進んでいく。
心なしか、その動きは1980年代のロボットみたいなカクカクした動きっぽい。
突然ガチガチの姿勢と態度で現れた年上のお姉さんに、子供達は早速興味津々の様子である。
……笑う脚を一喝し、軽く深呼吸──────やや落ち着くと、軽く自己紹介から始める。
「えーっと……こんにちは! お姉さんはエステル・ブライトっていいます。まだ新米だけど、遊撃士ってお仕事をやってるのよ」
一斉に子供達の表情が輝く。
早速質問の嵐が飛び交うが、教区長さんがいい具合にそれを制止……エステルも改めて子供達に告げる。
「……じゃ、みんな。用意はいいかな? 早速今日の授業のおさらいを始めちゃうわよ〜」
手元に用意されたテキストをめくりつつ、次の授業項目を確認するエステル。
その間、余裕が出来たなのははクローゼに話しかける。
「そういえば、わたしこっちの世界(リベール)に来てから『遊撃士』がどんなお仕事なのか、詳しく説明受けてないんですよね。
クローゼさんはどのくらいご存じなんですか?」
「仕事内容や細部の制約などは大体知ってますよ。 さすがに協会規約までは専門外なので良くは存じませんが」
「どんなお仕事なんだろう………」
なのはは既に興味津々の様子だ。
ユーノを自身の肩に乗せつつ、にわかに微笑むクローゼは、再び親友の方へと目をやる。
いよいよ講義が始まるみたいだ。
「最初にあたしの仕事である遊撃士の事について話すわね。
結構色んな依頼をこなしてるけど、大雑把に言えば遊撃士(ブレイザー)ってのは調査と戦闘のスペシャリストなの。
そんなあたし達遊撃士の主な使命は……『地域の安全と民間人の保護』よ。魔獣退治や犯罪の防止だけでなく、
荷物の護衛とか、落とし物探しとか様々な形で地域に貢献する仕事なの」
無事に出だしの問題をクリアしたエステル。内心凄まじい勢いでガッツポーズを取っていたのはもはや説明不要だろう。
一方、なのは達は……
「結構色々な依頼がありましたけど……あれ、全部こなすんですか?」
「さすがに全部はスケジュールの関係で無理みたいですけど…エステルさん、結構そういうのにこだわってるらしくてなるべく全部の依頼を請け負いたいって言ってましたよ」
「…………結局、こういうお仕事って信用が第一ですもんね。どんな些細な事であれ、誰かが困っているのは事実ですし」
なのはが呟いている内に、エステルは既に2問目の問題へと取り掛かろうとしていた。
慌てて視線を戻す。
「あたしたち遊撃士の身分には、正遊撃士と準遊撃士の二つがあるわ。このうち準遊撃士は、いわば見習いみたいなもので……
ここで功績を積み重ねて、晴れて正遊撃士へと昇格するワケね。
でも、正遊撃士になってからもさらにまた別な階級分けがあるの。これを『ランク』といって、その段階は経験や実績に応じて『G級からA級の計7段階』あるわ。
正式な階級はこの7つだけで、昇格が近くなると階級に『+』がつくの。
……実はさらにS級ってのもあるんだけど、それは特別な功績を立てた人物に非公式に与えられる名誉の階級ってワケだから……
だから一般的にはA級位の者が最高ランクの遊撃士って事になるわ」
意外とすんなり説明できていた。
だがエステルは慢心することなく、さらに気を引き締める。まだまだ授業は前半戦……クローゼやなのはが見ている手前、無様な格好は出来ない。
「へぇ……遊撃士にもランクがあるんですね」
「と言う事は、魔法使いにもランクみたいなのがあるんですか?」
「ええ────最低ラインがF、一番最高点がSSSです。……特にAAAランクに関しては幅が広くて、前後に『AAA−』『AAA+』なんてのがあります。
……ちなみに、管理局の測定ではなのははAAAクラス、ボクはAクラスでした」
「ふふっ……なのはちゃんもそうですけど、ユーノ君もかなり優秀な方なようですね。二人揃ってAクラス以上だなんて」
「はは………とはいっても、AAAとAじゃ格差が広すぎて、優秀って言われてもいまいちピンと来ませんが────」
クローゼの褒め言葉に、思わず苦笑いを浮かべるユーノ。
……それでも、武装局員の一般隊員よりはランクは上なんだからスゴイにはスゴイ方である。
「さて、そんな遊撃士達を束ねる組織が、みんなも知ってる遊撃士協会(ブレイザーギルド)よ。
授業で習ったと思うけど、協会はここ、リベール王国だけでなく大陸全土で活躍しているわ。
この世界的な組合が設立されたのは『導力革命』とほぼ同年代の………『今から約50年前』の事よ。
導力技術と協会の関係は深くて、今でもオーブメント関連財団から資金協力を受けているそうよ」
第3関門、とりあえずクリア。
……元々子供受けする性格と、気さくなしゃべり方のお陰なのだろう。子供達も真剣にエステルの話に耳を傾けている。
「えと……『導力革命』ってご存じですか? クローゼさん」
「『導力革命』は今から約50年前、エスプタイン博士と呼ばれる方が大陸から発掘されたオーブメントの原型……『アーティファクト』を解析して
現代に置いて使いやすい様にアレンジ、発明したことで民間は元より政治、軍事関連の様々な場面にその技術が広まった事を指すんです」
「へぇ………じゃあ、オーブメントって割と最近に作られたんですね。みんな当たり前の様に使ってるからもうちょっと昔に発明されたのかと思いましたけど」
「それだけオーブメントの汎用性と可能性が大きかったって事でしょうね」
クローゼの言うとおり、今やリベール王国だけでなく、周辺国も様々な分野でこの導力器(オーブメント)を応用した機関を使用している。
日常面では照明、調理器具に始まり、航空機のエンジン、軍事面に関しては銃火器や大砲などと言った分野にも利用されているのだ。
……閑話休題。エステルも次の問題に取り掛かる様だ。
心なしかその表情は曇りがち……あまり得意でない分野みたいだ。
「えーと、次は遊撃士と諸外国の関係についてよ。
大陸全土に協会が活動してるってのはさっきも説明したけど、協会がここまで拡大できたのは特定の国家と結びつきのない、非政府的な組織であったお陰ね。
でも実際の活動の中でも協会はちゃんと色々と考えてるの。例えば国家の対立を防ぐ為の約束事もきちんと守ってるわ。
その中でも一番有名な約束が…………『国家権力への不干渉』よ。
つまり、国やその関連機関には手出しをしないって事ね。国の内部の問題はあくまでもその国の人達が考える事なの。
こういう事に口出しするのは国際的にもルール違反とされているわ」
第4関門も何とかクリア。……多少棒読みな説明になってしまったが子供達は大して気には留めてない様子だ。
「成る程……組織の柔軟性を確保する為に、どこの国にも属さない中立的な立場を取る事でそれを実現したんですね」
「ふふっ……ユーノ君はやっぱり優秀ですね。大人でも理解するのが難しい遊撃士の立場をすぐに理解しちゃうんですから」
「い、いや……エステルさんの教え方が上手いだけですよ」
「うんうん、わたしもクローゼさんと同じだよ。ユーノ君、かっこいい♪」
……なのはにまでべた褒めされ、ふにゃけてしまうユーノ。
得てして男子という者は好意を寄せる相手に褒められるとふにゃけてしまう事が多いようだ。
「……とまぁ協会はこんな風に様々な手段で国家と役割分担しているのよ。
もちろん、全てが規約の通り上手く解決するワケじゃないし……緊急事態ともなれば規約と矛盾する立場に置かれる事もあるの。
でも、そんなときでも遊撃士は原則に従って行動する事を求められてるわ。つまり私達遊撃士はいかなる場合でも『民間人の保護を優先』するのよ。
このことを第一に考えていれば自然と正しい行動へと導かれるってわけ……まぁ実際に行動を起こしてみると色々と問題にぶつかるわけだけども、
そこを乗り越えるのも、遊撃士の腕の見せ所ってヤツね」
エステル自身、この問題については上手く説明できたかどうか不安であったが、これ以上上手い表現法も浮かばなかったし、
精一杯やってれば自然と子供達には通じるものである。生徒である子供達はやや首をかしげながらも”なるほど”と言った感じでノートを取っている。
いまいちピンと来なかったのはなのは達も同様らしい。
「……えと、つまりさっき説明してた『国家権力への不干渉』に関して、『民間人の保護』を巡って矛盾が生じる事があるって事ですか?」
「そうですね。────実は以前、軍関係者によってツァイスの研究者が拉致され、研究を強要されていたと言う事件があったんですが……
その時も、今なのはちゃんが触れた二項目の矛盾で、エステルさん達もかなり悩んだそうですよ」
「────ジュンイチさんだったら相手が軍だろうが異星人だろうが民間人を守る為だったら有無を言わさず、殴り込みに行ってるでしょうね」
思わずユーノが漏らすが、笑えねぇ。
「以上でおさらいは終わり────どう? わかったかな〜?」
見た目は教育テレビか何かに出てくる体操のお姉さんだ。
無難に前半部分の授業をこなしているが……問題はこれからだ。何せ後半からは生徒達からの質問コーナー。
どんな質問がとんでくるか分からない為、正直油断は出来ない。
「それじゃ、お待ちかねの質問コーナーよ! ジャンジャンきなさ〜い!!」
「はい、はーい!」
「おっ、元気いいわねー。どんな質問かな?」
エステルから向かって左側の男の子が元気よく手を挙げて疑問の意を表す。
男の子はややどもりながらも、エステルに尋ねる。
「えっと……ゆうげきしっていくつになったらなれるの?」
「何歳になれば遊撃士になれるかって事ね?
えっと…さっきも説明したけど、正遊撃士になるためにはまず準遊撃士にならないといけないの。
基本的に試験に合格すればなれるけど、試験を受ける為には『16歳以上である事が条件』よ。
────ただし試験をパスしてもすぐになれるワケじゃないの。しばらくは先輩の遊撃士の元で基礎的な研修を受ける事になるわ。
そこで十分に実力を付けた後にようやく準遊撃士になれるの」
「……ふーん、そっか。16さいいじょうになればいいんだね。ありがと、せんせー」
「あれ? ……確かエステルさんって今ちょうど16歳ですよね? て事は────」
「そうですよ。エステルさん達は16歳になると同時に、先輩の遊撃士であるシェラザードさんから研修を直々に受けて
史上最年少の16歳準遊撃士になったんですよ。……思えばそこから約半年で正遊撃士ですから、改めてエステルさんって凄いなぁって思います」
エステル自身のお人好しの性格も勿論あるだろうが、こうと決めたら絶対にやり遂げてしまうからエステルは様々な事件を解決できたのだろう。
つくづく彼女は遊撃士向けのいい性格と才能を持ってるなぁと実感するなのは達だった。
「はい、先生。質問いいですか?」
「うん、何かな?」
「魔獣ってゼッタイやっつけなきゃダメなの? すごくカワイイのもいるのに……」
「おっ、いい質問ね。魔獣への対応も難しいのよ〜……一般的には『退治を依頼した依頼者の意向を重視』するわ。
魔獣の対応に正解はないの、現場の状況によるって事ね。だから依頼者が退治を希望しない様な場合には逃がしてしまう事もあるのよ」
「へー、なるほどね〜」
「うんうん♪ やっぱり同じ生き物なんだから、無益な退治は控えた方がいいですよね!」
「ですけど、これもやはり『民間人の保護』の規則とぶつかってしまう事があるみたいです。
依頼者が退治を望まないにしても、魔獣によって生命の危機が予想される場合にはそちらの方を最優先しなければなりませんし……対処が難しい所です」
なのはが笑顔で頷くが、クローゼはやや複雑そうな表情を浮かべながら呟く。
ジュンイチが居たら『つくづく甘ちゃんだなお前ら』などと漏らしているに違いない。
…続いての質問は、一番右翼の男の子だ。
礼儀正しく、エステルに質問をする。
「ボクも質問していいですか?」
「ええ、いいわよ?」
「少し前に、空賊団が定期船を襲った事件があったよね?
あの時、空賊団を逮捕したのは王国軍の兵隊さんたちだったの? それとも遊撃士さん達?」
「定期船《リンデ号》が襲われた事件の事ね? あの時最終的に空賊団を逮捕したのは『王国軍の部隊』よ。
最後の突入作戦では、遊撃士と王国軍が空賊団を挟み撃ちする形になったの。空賊が逃げる所に王国軍が来て逮捕してくれたのね。
つまり、遊撃士と王国軍が協力して逮捕にこぎつけたわけよ」
「そっか……王国軍と遊撃士が協力してたのか────うん、それが一番だよね」
男の子は、納得した様な…納得がいかない様な、複雑そうな表情を浮かべながらも、一応は理解してくれた様だ。
…本来遊撃士は縁の下の力持ち。国内で起きる犯罪はその国の治安部隊が対処するのが最善の方法で、遊撃士はその援護をするのみ。
故に空賊事件では空賊団アジトの入り口で待ちかまえていた王国軍と、空賊を追う遊撃士とで挟み撃ちの形を取ったのだ。
一通り質問し終えたのか、子供達は”もう何もないよ”といった満足げな表情を浮かべている。
一応、確認の為尋ねてみる。
「最後、質問はないかな〜?」
「──────それなら、一つだけいいか?」
「はいどうぞ………って?! え?!」
エステルの視線の先、そして質問を投げかけようとしたのは……
魔獣退治の依頼を終え、様子見に礼拝堂を訪れたジュンイチであった。
彼のいきなりの登場には、さしものクローゼも驚いた。
何せ彼等と別れてからまだ1時間と少ししか経過していない。……つまり魔獣退治をものの1時間弱で終わらせて帰ってきた事になる。
だが、当の彼はそんなクローゼ達の心情なんか知ったこっちゃない様子で、子供達のすぐ後ろへと歩み寄り……とんでもない質問を投げかけた。
『──────お前は、人を殺す覚悟があるか?』
一瞬、思考が停止する。
だが、ダンマリで通すわけにはいかない為、エステルは何とか言葉を紡ぐ。
「えと………質問の意味が分からないんだけど?」
「要約しすぎたな。『誰かを守る為に誰かを殺す覚悟があるか』って事だ」
「────っ!!」
さらりと、しかもなのはとそれほど歳も変わらない子供達の前で何て質問を投げかけてくるんだ、と。
エステルも、2階から見物していたクローゼも同じなようで、居ても立ってもいられなくなり、
慌てて扉をくぐって1階へと向かう。
その間にも、ジュンイチは引き続きエステルに問いかける。
「お前が力無き民間人の為に働き────時には命を懸ける事もあるのは分かった。
だが………これから先、お前の前に現れるのは真っ当な悪党だけじゃない。────時には理不尽な暴力を以て沢山の命を奪おうとする輩とも遣り合う事もあるだろう。
自分の命のついでに他人の命も守らなきゃならない時だって来るはずだ……。そんな時、お前に命を守る為に命を奪う覚悟があるのか……
オレはそれが知りたい。その覚悟がない時は………お前はこれから先、誰も守れない。
宣言してやってもいい───────敵も味方も、全部の命を守り抜いて大団円なんてのは……マンガや小説の中だけの話だ。現実世界でそんな理想の形で終われる事はまず無い。
その事を知り、実行できなければお前は中途半端なまま進んで、後悔する事になる………必ずな」
言ってる事は無茶苦茶だが、何故か反論できなかった。
ジュンイチの発する一言一言が、とても重みがあって……そしてリアリティがあるようにエステルは感じたのだ。
それはおそらく正解だろう。
ジュンイチは幼い頃より、自身の家が代々伝えている戦闘術の継承に際し、身をもって『本当の実戦』を何度も体験しているからだ。
その中で、ジュンイチは自分の身…そして時には巻き込まれた人達の命を守る為、多くの命を奪ってきた。
そして決定的なのが……”8年前”に起きた、あの事件────あの日以来、彼は敵(かたき)を追い求めて沢山の人を屠ってきた。
時には”その場に居合わせただけ”の無関係な人間まで殺してしまった事もあった。
だからこそ、ジュンイチは教えたかった────知って欲しかった────────
無傷の勝利などあり得ないと……犠牲のない勝利など、この世には存在しないと。
エステルはやや考え……しかし、ゆっくり、しっかりと言葉を紡いだ。
「正直に言えば……そういう覚悟っていうのは、あたし────いや、あたし達遊撃士、誰の中にもないわ。
女々しい理想論かもしれないけど、”できないからって諦める”と、その時点で可能性ってのが潰えるちゃう気がするから。
例えどうしようもない場面に出くわしたとしても、諦めないで……前を見て進んでいけば、必ず道は開けるもんだよ?
準遊撃士の時、途方もない敵の野望にうちひしがれた時もあったけど……シェラ姉やオリビエ、クローゼ……沢山の人達があたしに力を貸してくれたお陰で
大きな事件に発展する前に食い止める事が出来た。人って、一人で出来る事って限られるけど、みんなで力を合わせればどんな事だって成し遂げられると思う。
時には助け、時には助けられる────そういう形で『みんなの守りたい気持ち』を支えるのが、遊撃士の本当の道だと、あたしは思うから。
だから、あたしは……守れる命は全部守りたい。守り抜いて、みんなの幸せを次につなげていけたらと思う。
…………………こういう答えじゃ、ダメかな?」
準遊撃士の時、ヨシュアと共に関わった王国を揺るがす大事件……通称『クーデター事件』での出来事を思い出しながら、エステルはジュンイチの問いに答える。
あの時、どれほど沢山の人の力を借りただろう────。
あの時、どれほど沢山の想いを受け継いだだろう────。
あの時、どんなに沢山の人達に護ってもらっただろう────。
その時始めて知った。人は一人では無力だが…2人…3人と、皆で力を合わせれば、それはやがてあらゆる百邪に抗う力となる。
力無き者を守るのが遊撃士だが、時にはその力無き者から力を借り受け、巨大な者と戦わなくてはならないのだ。
あの時学んだ事が、ジュンイチに対しての答えになるかどうかは、エステル自身も自信がなかった……が、ジュンイチはやや考えた後、その場でうつむいて────
「クックック…………あーっはははははははっ!!!」
「な、何よ?! 何がおかしいのよ!!」
「……いや何。オレも自他共に認める強欲人間だが、お前はそれのさらに上を行ってるなぁと」
「………馬鹿にしに来たのか、授業受けに来たのかはっきりしなさい」
「褒めてるんだよ、これでも」
そういうと、ジュンイチはくるりときびすを返し、元来た通路を通って帰っていく。
「その道ははっきし言って荊どころか有刺鉄線の道だぞ。それでも進むのか?」
「モチのロンよ。────────ってか、子供達のいる前でそういうグロい話持ち出すの止めてくれない?」
「慣れてくれ。元よりこういう性分の男なんでね。
──────それに、憧れや希望だけでやれる様な職業じゃないって、付け足しておきたかったんだ。
そういった”黒い”部分を知りつつ遊撃士の道を選ぶのなら、そいつはホンモノってことだろうし。
オレが言いたいのはそれだけだ………じゃ、ギルドで待ってるゼ、エステル先生」
言いたい事を散々吐き捨てた後、ジュンイチは礼拝堂のドアを開け、にこやかな笑顔を浮かべながら去っていった。
………無論、子供達はそれぞれ十人十色な表情を浮かべつつ、ジュンイチの問いについて考える。
────突き詰めて言えば今日の平和も『百日戦役』という人の殺し合いの上に成り立っているもの。
沢山の兵士達が、今の平和……そして自分達の未来を守る為に、敵の兵士の命を奪い、自らの命を犠牲にしてきた。
そして、自分達はその犠牲の上に今を生きている。……ジュンイチの一言が、子供達の考え方に変化を与える一石を投じたたのは間違いないだろう。
そして……礼拝堂のシスターからは、なかなかに充実した講義であったと感謝の意を受けて、依頼は無事終了。
……特にジュンイチの問いについては色々と考えさせられたと、冷静な感想を受けた。
子供達にも、そういった『命の重さの意味』や『戦争の意義』など、難しいテーマではあるが自分なりに考えて良い答えに辿り着いて欲しいと
シスターが付け加え、エステルはシェラザード達の待つギルドへと戻っていった。
「全く、不意に質問してきたかと思ったらなによアレ?! あたしはいいとしても、子供達が困ってたじゃない!」
「何いってんだ。オレ達の世界じゃあいつらの歳ぐらいには平気で”殺し”とか”戦争”とか、そういう分野で色々考えるガキが満ちあふれてるぞ。
場合によっちゃガキ達当人が、その当事者になる事もあるし…知らないでおくより、知ってたほうがより考えると思うぞ」
「アンタの世界の基準で考えんじゃないわよ────」
ジュンイチの論理性に思わず頭痛を催すエステル。
だがなのはは複雑そうな表情を浮かべ、どっちをどうフォローすればいいのやら困り果ててる様子だ。
そんな時、クローゼがいい具合に二人の間に割って入ってきた。
「まぁまぁエステルさん……。ジュンイチさんも悪気があって言ったワケじゃないですし。
それに………ジュンイチさんの問いかけであの子供達が『命を慈しむ立派な大人』になってくれれば私としても嬉しいですよ」
「クローゼ……。────はぁ、ったくしょうがないわね。
今回は何とか取り繕えたからいいけど、今度ああいう出しゃばった真似してくれたらタコ殴りにしてあげるから」
「へーへ」
気の抜けた返事に、エステルのこめかみに血管マークが浮かぶが、クローゼやなのはが宥めて何とか事なきを得た。
一方のジュンイチの脳裏には……昨日遭遇した執行者達の殺意が、未だにまとわりついて離れない。
ジュンイチは改めて、決意する。
エステルやなのは達を守る為ならば────────
いつでも”殺人鬼に戻れる”と────────
to be continued...
次回予告
孤児院のみんなやジルさん達に別れを告げ、導力器(オーブメント)の最新技術が集う街、ツァイスへ向かうわたし達
しかし、到着するなりド派手な歓迎を受けるオレ達
やっぱり、この地震……何かおかしいですよ?
そしてギルドで出逢う、頼れる仲間達♪
みんなでいっしょに、《結社》の野望を食い止めましょう!!
次回、魔法少女リリカルなのはvs勇者精霊伝ブレイカー×英雄伝説 空の軌跡SCクロス小説
Triangle World 〜空を翔る英雄達〜 第9話『震撼する大地』
リリカル・マジカル!
ところで、『仲間達』って────誰さ
−あとがき−
仕事の前では”週1更新の誓い”など、儚きものデスね……と悟ってみたり。
どうも、おはこんばんちわ。『心は永遠の14歳』────
とらハSS(サウンドステージ)Finalとbiohazard4(PC版)を秋葉原で購入し、ご満悦なtakkuです。
前者はともかく………後者は明らかに執筆を妨害してくれる要員に違いないです。
いよいよ次回から新天地のツァイス編!……の前に、遊撃士って何者やねんって疑問の声が”そろそろ”挙がる頃だと思うので、
先に釘指しておくいみでも日曜講師の依頼ネタを使わせて頂きました。
その一方で、他人には決してのぞき見る事が出来ない彼(ジュンイチ)の価値観や過去の出来事絡みで
エステルへの”覚悟”の問いかけをやりたかったのでやってみました。
「ブレイカー」ファンの読者の方々ならお気づきかと思いますがこのやり取り……ブレイカー本編のLegend09における
ジュンイチ君とライカちゃんの語り合いとほぼ同じです。
色々と含蓄のある内容だったので、エステル嬢の覚悟を推し量る意味でも使えるかなと画策し、やってみました。
管理人感想
takkuさんからいただきました!
重っ! ……っていうのが最初の感想。
けど、よく考えたら一番最初に『覚悟』云々をほざいたのはモリビトの書いた原作のジュンイチなんですよね(笑)。takkuさんもネタバレしてますけど。
ジュンイチって、普段おちゃらけてる割には、そういう真剣勝負に対する心構えのようなものにはかなり真摯なものを持ってるんですよね。
とはいえ、復讐のために尋常ならざる人数を殺してきた身で『今さら何をほざくんだコイツわ』みたいな見方もあるんですが、だからこそ見えてくるもの、っていうものもあるのではないでしょうか。
そういう『過ちを犯したからこその強さ』っていうのが、ある意味ジュンイチを支えている最大の要因なんじゃないかと思うワケです、モリビトは。
……まぁ、他者を守るためならいつでも過ちを犯し直す気マンマンなのが問題なのですが(苦笑)。
ちなみにこういう『覚悟の話』はモリビトも『なのブレ』でやる予定があったりします。
果たして、うちのなのはちゃん達はジュンイチの突きつける問題に対してどんな答えを返すのでしょうか?