「だから、ここにxの値を代入して、あとはそのまま式を解けばいい」
「ふんふん、なるほど……」
 説明を聞き、うなずきながらノートにシャーペンを走らせるライカを、ジュンイチは「ホントにわかってんだろーな?」などと思いながら眺めていた。
 しかし、ジュンイチがそう思うのもムリはない。実際ライカの学力の低さはかなり深刻だった。当人の知識の量はハッキリ言ってかなりのもの。とりわけ雑学に関しては完全に一般人のそれを凌駕している。にもかかわらず、なぜか勉強となるとその豊富な知識がカケラも活かされないのだ。
 知識はあり、応用もできるのになぜか勉強だけができない――ライカの奇妙な学力に、さしものジュンイチも首を傾げざるを得ないのが現状だった。
 そしてまた――
「ここ、わかんないんだけど……」
 ぺきっ。
 今しがた教えたばかりのところ、その応用問題を指さして告げるライカの言葉に、ジュンイチの手の中でシャーペンが折れた。

 

 


 

Legend12
「休息」

 


 

 

 一方、ブレイカーベースでは――
「じゃあ、ライカちゃんの勉強見てあげてるの? あのジュンイチが?」
「あぁ。
 いくらブレイカーの戦いがあるとはいえ、学生の本分である勉強をおろそかにはできないからな」
 思わず聞き返す翼の問いに、龍牙は答えてコーヒーをすする。
「よく引き受けたわね、あの子も……
 以前なら絶対に突っぱねてたのに」
「確かに、今回のブレイカー集めの旅を経て、少し丸くなってきている部分があるな。
 父親としては、いい傾向だと思うぞ」
 そう答える龍牙だったが、翼は不安そうにつぶやいた。
「ホントに、そうだといいんだけどねぇ……」

「じゃ、今日はここまでな」
 ライカにそう言うと、ジュンイチはテキストを閉じ、いそいそと片付けを始めた。
「………………?
 何か、あわててるように見えるんだけど」
「あわててるよ。
 どっかの誰かの出来が悪いおかげで、思ってたよりも時間をロスしちまったからな」
 ライカに答え、ジュンイチは言った。
「今日は『Dサバイバル』の日だからな」

 Dサバイバル。それは、龍雷学園で定期的に行われている“Dリーグ”の変則戦である。
 休日に校内全域をフィールドとして使い、参加者全員でサバイバル戦を展開する。
 校内各所で行われる試合は特設の観客席で観戦が可能。休日に行われるため、普段は放課後の時間帯にしか乱入申し込みができない外来参加者も無条件で参加が可能ということもあり、校内が大いに盛り上がる一大イベントとなっているのである。
 無論、Dリーグ登録選手であるジュンイチも参加を申し込んでおり、それから1時間もしないうちに選手控え室にその姿を見せていた。

 ――キュッ。
 額のバンダナに鉢金を仕込んで巻き直し、ブーツも念入りに点検する――
 最後に“紅夜叉丸”を腰に差し、ジュンイチは頬を叩いて気合を入れた。
 いくら毎回お祭り騒ぎになるイベントだと言っても、参加者にとってもお祭りだとは限らない――Dサバイバルの基本ルールは原則として禁止事項なしの『ELエマージェンシー・レベル5』ルールが適用される。生半可な気持ちで臨めば、自分にとっても相手にとっても極めて危険なものとなる。
 と――そんな彼に声をかけてきた者がいた。
「滑稽なものね。
 他ならぬあんたが、こんな場所にいるなんてね」
「……翼姉……?」

「今回もヤツら、思う存分ブッ壊すはずだ!
 実行委員会・校舎修復班、ファイトォーッ!」
『オォォォォォッ!』
 外で気合を入れるその声を聞きながら、ジーナ、ライカ、鈴香、ファイの四人はあずさに案内され、“中等部の”体育館に用意された観客席で試合開始を待っていた。
「けど、なんでいちいち別地区にある中等部に観客席作るのよ?
 実行委員会もみんなこっちで待機みたいだし……」
 現在の状況に疑問を抱き、ライカがつぶやくと、
「なに、簡単な話さ」
 そう言って、彼女らのとなりに腰かけたのは、彼女達と同じく観戦に来たらしいひとりの少年だった。
「危ないんだよ、高等部の敷地内は」

「何の用だよ?」
「別に。OGとして観戦ついでに顔出しに来ただけよ」
 怪訝な顔をして尋ねるジュンイチにそう答え、翼はジュンイチに告げた。
「それより……まだ続けてたのね」
「……何が言いたい?」
「彼女達の仲間になったのは、彼女達に任せるためだと思ったけど」
「最初はオレもそのつもりだったよ」
 翼の言葉にそう答え――ジュンイチは「でも」と自身の言葉を否定した。
「アイツらは優しすぎる。オレの望む重荷は、背負わせられない」
「それで、またこんな場に顔出してるワケだ」
「……仕方ないだろ。必要なんだから」
「まだそんなコト言ってるの?」
 ジュンイチの言葉に、翼は彼に詰め寄り、
「“あれ”は誰のせいでもない。あんたが罪を背負うことなんてないのよ!」
「違うよ、翼姉」
 しかし、ジュンイチは彼女の言葉をハッキリと否定した。
「“あれ”は……彼女のことは、オレの……
 ……いや、オレと、“ヤツら”の罪だ」
 そう言って、ジュンイチは控え室を出て行った。
 それを見送り、独り残された翼はつぶやいた。
「だからって……そんなこと続けてていいワケないじゃない。
 “自分を殺せる人間を探すための闘い”なんて……」

〈れっでぃ〜す、あぁ〜んど、じぇんとるめぇ〜んっ!
 これより、“Dリーグ”スペシャルマッチ『Dサバイバル』を開始いたします!〉
 龍雷学園高等部の敷地に実況のアナウンスが流れ、参加選手達は思い思いの場所で最後のウォームアップを始めていた。
 『Dサバイバル』においては、スタート地点も闘う場所もすべて参加選手各自の判断に委ねられている。つまり、どこからスタートするか、そしてどこで闘うかも、選手達にとっては重要なファクターとなる。
 つまり、相手に不利で自分に有利な場所を選ぶことも可能でありその逆もあり得る――リングという戦う場が限られている単純な格闘技の試合よりも広い範囲での駆け引きが重要になってくるのだ。
 そして、ついに時計が開始時刻の到来を告げ――
〈では、『Dサバイバル』……Fight!〉
 ずどぉぉぉぉぉんっ!
 開始の合図と同時、高等部の各所で火柱が上がった。

〈おぉっと、いきなりの大爆発! 早くも誰かの仕掛けていたトラップが炸裂だ!
 これぞ下位ランカーをふるい落とすDサバイバル最初の洗礼! 犠牲となった参加者達が、次々に爆風で吹き飛ばされております!〉
『………………』
 やけに楽しそうな実況アナウンスの流れる中、観客席でその光景を目の当たりにしたジーナ達は――思いっきり固まっていた。
 対して、あずさやとなりの少年は平然としている。スクリーンに映された光景を前に、少年が感心までしてつぶやいた。
「ほぉ……ウワサ通りずいぶんと気合が入っているな」
「だよねぇ……」
「って、ツッコムところはそこじゃないでしょ!」
 少年とあずさの言葉に、ライカは我に返って声を上げた。
「何よアレ! いきなりトラップじゃない!
 Dリーグって格闘技の試合じゃなかったの!?」
「一応は、な……」
 ライカに答え、少年は説明を始めた。
「そもそも、Dリーグのルールは一定じゃない。制限度、及び危険度を基準に5段階にルールが分けられている。通常の1対1の試合ではそこへ両者の話し合いによって細かい事項が調整され、その試合独自のルールが定められるワケだ。
 まぁ、Dサバイバルは参加者が多いこともあって『調整』はないが……制限度0、危険度MAXの『EL5』ルールで試合が行われる。その中では武器の使用も不意討ちも、果てはだまし討ちやトラップもOK――まさに『なんでもあり』のパーフェクト・バーリ・トゥードだ。たとえ死者が出たとしても、それが故意によるものでなかったのであれば問題にはならん」
「しましょうよ、問題に……」
「そいつは実行委員会に言ってくれ」
 うめく鈴香に答え、少年は続ける。
「まぁ、参加者もこれが死と隣り合わせのバトルロワイヤルだってことは承知の上さ。事前に『死んでも遺族に文句を言わせない』と誓約書も書かされることだしな。
 それに、このDサバイバルが始まってから、現在に至るまで死者は0。
 この実績があるからこそ表立って問題にならないワケだが……」
「ち、ちょっと待ってよ」
 少年の言葉をさえぎり、ライカが声を上げた。
「これだけ危険なルールだってのに、今まで死者が出てないっての!?」
「あぁ。参加者の覚悟が違うからな。
 さっきも言ったが、参加者は全員この試合が冗談抜きの命がけだってことは承知している――なにしろ、Dリーグの上位ランカーになってくると安全を考慮した危険度の低いルールですら十分に相手の殺傷が可能だ。そんな実力者がゴロゴロしている上にそいつらが制限事項一切なしのルールで暴れ回るんだ。Dサバイバルがどれほど危険かは普段の試合を見ているだけでも十分に推測できる。
 目に見えるリアルな危険性ほど、当事者の恐怖を掻き立てるものはない。自然と参加者は絞られ――そういったルールでも自己の命だけは保障できる、そんな実力者だけに限られてくる」
「けど、そんなことも見抜けない低いレベルの人達が参加してきたら、どうするの?」
「心配いらないよ」
 少年に尋ねるファイにそう答えたのはあずさだった。
「そーゆー人達は最初のトラップで脱落するから」
 すごい説得力だった。

「ふぅっ、危ない危ない」
 スタート直後の爆発をやりすごし、ヴァリツ同好会の山田は息をついた。
「今回は特に手が込んでやがったな……
 まぁいい。そろそろ他のヤツらも動き出すだろうし、オレも動くか」
 言って、山田は身を隠した木の上から地面へと飛び降り――
「いらっしゃぁい♪」
 ドゴォッ!
 待ち構えていたジュンイチの雷光弾を受けてブッ飛ばされ、窓を突き破って校舎の中へと消えていった。
「よっしゃ、次!」
 言って、ジュンイチが地を蹴り――
 ――ビュッ!
「ぅわったぁ!?」
 いきなり曲がり角から繰り出されたトンファーを、ジュンイチはとっさに身を沈めてかわす。
 そのまま前回り受身でゴロゴロと転がり、ジュンイチは距離をとって立ち上がり――
「久しぶりだな、柾木」
 言って、校舎の影から現れたのは――
「………………誰?」
「宮本だ、宮本! 棒術愛好会の宮本誠!
 夏休み前にお前と対戦したろ! 忘れたとは言わせねぇぞ!」
 首をかしげて真顔で尋ねるジュンイチに、宮本と名乗った棒術使いはムキになって言い返すが、
「………………
 ……あぁ! GW明けに!」
「違ぁぁぁぁぁう! 夏休み直前の7月だぁっ!
 ダメだコイツ! 完全に忘れてるぅぅぅぅぅっ!」

 しばし考えた末に真顔で告げるジュンイチに、宮本は頭を抱えて絶叫する。
 そう――彼はジーナが転校してきたあの日、ジュンイチと対戦したあの棒術使い。ただ単にジュンイチがキレイサッパリ忘れてるだけである。
「もう頭にきた!
 くらえ!」
 だが、ジュンイチのそんな態度に宮本は完全に怒り心頭。ジュンイチに向けて鋭い突きを繰り出す。
 対して、ジュンイチは前転の要領で身を沈めてその突きをかわし――
「くらいさらせぇっ!」
 逆立ちの状態から“気”の電撃をまとった両足を振り回しつつ両腕で跳躍。宮本を上空高く蹴り飛ばした。
 気功技『プラズマ・トルネイド』――柾木流ではなく、ジュンイチオリジナルの気功技である。
「棒術使いなら、もう少しマシなヤツを知ってるぜ」
 落下した宮本が大地に叩きつけられるのと同時、ジュンイチはそう告げると次なる獲物を求めて地を蹴った。

「ほぉ……」
 数多くのモニターのひとつに映し出されたジュンイチの戦いを見て、少年は感嘆の声を上げた。
「開始前の様子じゃずいぶんと気合が入っていたから、てっきり“火”かと思っていたが……ヤツの属性は“天”と“雷”か」
「え? 何言ってるの?
 ジュンイチ兄ちゃんはれっきとした『炎』のブレイ――」
「わぁぁぁぁぁっ!」
 少年の言葉に思わずブレイカーのことをしゃべりそうになったファイの口を、ライカはあわててふさいだ。
「………………? どうした?」
「い、いや、何でもない、何でもないから!」
 怪訝な顔で尋ねる少年に対し、ライカは必死にごまかし、そんな彼女に助け舟を出そうとジーナが尋ねた。
「あの……私達、気功に関してはあまり知らないんですけど……よかったら説明してもらえませんか?」
「……いいだろう」
 ジーナの言葉に、少年はため息をついて説明を始めた。
「気功は分類しようとすると、まず二つに分かれる。
 医療、建築等、主に生活面で用いられる、比較的簡単な『補助系』と、こういった武道の場で使われ、より高度で精密な制御が必要とされる『戦闘系』だ。
 しかし、そのどちらもそこからさらに8つの属性に分類される。すなわち――」
 言いながら、少年は指折り数えて8つの属性を列挙した。
「“天”、“風”、“水”、“山”、“大地”、“雷”、“火”、“月”――
 周易の八卦にも通じるこの8つが、気功の属性となる。
 そして、今のアイツの拳から放った気功は“天”に属する発光系の衝撃波に“雷”の電撃が伴っていた。つまり――」
「つまり……ジュンイチさんの技は“天”と“雷”の二つの属性を持っている、ということですか?」
「そういうことだな。
 だいたいの場合、使用者の得意とする属性はその使用者の性格もある程度反映される。だからオレは試合前のテンションの高さからヤツの属性を“火”と推測したワケだ」
 鈴香にそう答えた、その時――少年はふと何かに気づいた。
「……っと、どうやら、今回の黄金ゴールデンカードが始まりそうだな」

 ――タンッ!
 余計な相手との鉢合わせを避け、ジュンイチは運動部の部室の密集地帯――通称『部室長屋』の屋根の上へと着地した。
 自分の狙いは上位ランカーのみ。そのためにも、あまり無用な対戦は避けて体力も気力も温存しておきたいところだが――
「――――――!?」
 半ば直感的に真横へと跳んだ次の瞬間、ジュンイチのいた地点を何かが叩いた。
 まるで銃撃のような、しかし銃弾とは違う、質量と同時に熱量を持った何かによる狙撃である。
 しかし、その攻撃はジュンイチにとってよく知ったものだった。
(気弾による狙撃――!
 気弾銃か!)

 気弾銃とは、気功の発達の中で生まれた、気のエネルギーを応用した武器で、使用者の気で専用の弾丸『気弾』をコーティングして撃ち出すものである。
 使用者の気功によってその効果も千差万別。ただ気を込めるだけで使うことが出来るため、気功を用いて戦う初心者が好んで使う武器ではあるが、熟練者が使うとその気功の応用もあり、非常に厄介なものとなる。

 そして、ジュンイチを狙った今の攻撃には“火”の属性が付加されていた。さらにジュンイチの視界はおろか、気配を察知することの出来る範囲の外から放たれてきたものだ。間違いなく玄人の仕業である。
 それだけの腕を持つ人物は今回の参加者の中では限られている。
(今回の参加者の中で、気弾銃使用者は5名――その中で、これだけの狙撃のできる“火”の属性使い――)
 その条件を満たすのはひとりしかいなかった。
「――橋本か!」

「あちゃー、外したか……」
 校舎本館の屋上で狙撃仕様の気弾銃を下ろし、橋本はポツリ、とつぶやいた。
「……ま、アイツがそうそう簡単に当たってくれるワケないけどさ」
 そう言いながら、橋本は拳銃タイプの気弾銃を取り出し、気弾が十分に装填されていることを確認する。
 ジュンイチの持つ探知能力は並ではない。おそらく今の狙撃の方向や跳弾の角度から、すでにこちらの位置はほぼ把握されていると思っていい。何しろ事前に気づけていたならば“紅夜叉丸”で気弾をそのまま射手に打ち返すような神業を平然とやってのける男だ。
 となれば――遠くからチマチマ狙撃されることを嫌い、先にこちらを叩こうとこっちへ向かってきているはずだ。
 だが、それならそれでやりようはある。
 迎撃戦や強襲戦は、狙撃以上に得意分野なのだから――

「何よ、アイツ……
 あの距離からジュンイチを狙ったっていうの!?」
 ただでさえ化け物じみた索敵能力を持つジュンイチの、その索敵範囲のさらに外側から狙撃した橋本の姿をモニターで目の当たりにし、ライカは呆然とつぶやいた。
「一体何者なんですか? 彼は」
 そう鈴香が少年に尋ねるが――それに答えたのは彼ではなかった。
「橋本崇徳さんですよ」
 そう答え、ジーナはモニターを見て、
「まさか、彼も“Dリーグ”に参加していたなんて……」
「何ナニ? 知り合いなの?」
 尋ねるファイに、ジーナは答えた。
「クラスメートなんですよ、私やジュンイチさんの」
「つまりアイツも人外魔境なワケね」
「………………」
 ライカの言葉に、ジーナはフォローもできずにただ苦笑するしかない。
 と、少年がパンフを片手に説明を始めた。
「橋本崇徳。高等部1年G組、サバイバルゲーム部所属。市内のアパートにルームメイトと共に共同生活中。
 中等部時代から予備リーグで活躍、高等部に進学し本リーグに登録するなり破竹の快進撃。今闘っている柾木ジュンイチと“Dリーグ”最下層のDランクのトップを争っている――とはいえ、消化試合数のノルマをこなしていないせいでCランクに上がれずにいるだけで、すでに二人ともそれさえクリアすればすぐにでもCランク入りできる成績を叩き出している。
 柾木ジュンイチとの対戦成績は3戦1勝1敗1分けだ」
「聞いた私達が言うのも何ですけど……ずいぶんとその子について詳しいんですね」
「詳しいとも。
 オレ自身、直接の観戦は初めてだが……」
 鈴香に答え、少年は言った。
「その『ルームメイト』というのがこのオレ――影山涼だからな」

「今頃、アイツら大暴れしてる頃だろうなぁ……」
 ブレイカーベースで書類やデータを整理しながら、青木はポツリとつぶやいた。
「時間からして、そろそろジュンイチが橋本にちょっかいを出され始めたところだな……」
 と、そんな青木にクロノスが声をかけた。
〈気になりますか?〉
「まぁ……OBだからな。
 コイツがなけりゃ観戦しに行きたいところなんだけどな」
〈ご希望であれば実行委員会の中継を受信しますが〉
「盗聴じゃねぇか!」
〈ジュンイチさんはよく放課後の試合中継を見ておられましたが〉
「帰ってきたらアイツ閉じ込めろ。お仕置きするから」
 クロノスの言葉に青木が決意と共に言うと、
「はかどっているか?」
 言って、そこへ龍牙がやってきた。
「まぁ、作業自体ははかどってますがね……
 これだけの量のデータ、ジュンイチに気づかれないようにさばくのは骨っスよ、ハッキリ言って」
 そう答えて、青木は机の上に山と積まれた書類やデータディスクの山を指さす。
「仕方あるまい。ジュンイチが感づけば話は一気に物騒になる。それだけは何としても避けなければ」
「そりゃ、そうっスけど……」
 龍牙に答え、青木はため息をつき、
「だからって、クロノスの助けがあるとはいえ、たった3人でアメリカ政府の職員を上から下まで完全網羅、なんて正気の沙汰じゃないっスよ。
 別にみんながみんな“あいつら”の使いっぱ、ってワケじゃないんだし」
「そうは言うがな……」
 うめく青木にそう前置きし、龍牙は尋ねた。
「“あいつら”の息のかかった議員が、アメリカ政府内にどれだけいると思ってる?」
「さぁ……5割強、ってとこっスか?
 過半数を抑えておけば、反対意見もアメリカ政府お得意の『民主主義』とやらで抑え込めるだろうし」
 龍牙に答え、青木はコーヒーをすすり――龍牙は答えた。

「暗黙にバレている分と翼の調査で判明した分だけで7割半。
 まだ水面下にもぐっている分を考慮に入れれば、おそらく9割は超えるだろうというのがクロノスの予測だ」

 ぶふぅぅぅぅぅっ!
 あまりにも予想外なその答えに、青木はコーヒーを思いきり吹き出していた。
 ちゃんと書類やデータディスクとは反対方向に吹いているあたり、こういったリアクションには慣れているのだろうか。
 ともあれ、青木は息を整えると龍牙に聞き返した。
「ち、ちょっと待ってくれ!
 それって、マジな話なんスか!?」
「あぁ。
 残っているのはみんな、今では珍しい『清廉潔白』な類の議員達だ。
 稼ぎ目当てで政治家になった者達は、軒並み買収済みだと考えていいだろう」
 信じられないとばかりに聞き返す青木に、龍牙は沈痛な面持ちで答える。
「どーりで、好き勝手に米軍が使われてるはずだぜ……上がほとんど“ヤツら”の手先じゃな……」
 青木の言葉にうなずき、龍牙は言った。
「事態は、あまりにも最悪だ。
 どうやら、私達の宿敵は、世界有数の超大国を軍どころか丸ごと手に入れてしまったらしい……」

「――にゃろうっ!」
 毒づくと同時、ジュンイチは懐から取り出した苦無を投げつけ、進行方向に張られたピアノ線を切断し、
 ――ドゴォンッ!
 仕掛けられたトラップが発動。炸裂した指向性の気功炸裂弾が大爆発を巻き起こす。
「くそっ、何なんだよ、このトラップの数は!」
 次から次に行く手を阻むトラップの数々に、ジュンイチは思わず毒づいた。
 しかしそれもムリはない。ほとんど5mおきと言ってもいいほどの短間隔で仕掛けられたトラップによって、ジュンイチの侵攻速度は完全に鈍らされていた。
 橋本の仕業かとも思ったが、ジュンイチはその考えを頭から締め出した。確かに橋本は狙撃以外にトラップにも通じているが、彼が仕掛けたにしては数が多すぎる――いつも気弾銃や趣味のサバゲー用装備に金銭を投入し、慢性的な金欠状態にある橋本は、常にトラップに回せる資金が少なく、必然的に最小限のトラップしか仕掛けられないでいるからだ。
「トラップにここまでこだわるヤツといえば――」
 心当たりはひとりしかいなかった。
「――お前か相川ぁぁぁぁぁっ!」
 そう叫ぶなり、ジュンイチは前方の木の中に隠れていた相川へと小石を投げつけ、直撃を受けた相川は木の上から転げ落ち――
 ――ズドォォォォォンッ!
 真下に仕掛けられていた自分のトラップにかかって火柱の中に消えた。
「フッ、愚かな」
 それを見届け、ジュンイチは十字を切り――
「――――――!?」
 とっさに苦無に“気”を込め、背後から自分を狙った気弾を弾く。
 同時――橋本が校舎の影から飛び出し、ジュンイチに向けて両手の気弾銃を乱射する!
(拳銃モデル――!? 短距離ショートレンジでの接近戦狙いか!)
 胸中でうめき、ジュンイチは苦無で気弾を弾きつつゴミ捨て場のコンテナの陰に退避する。
 が――橋本はかまわずジュンイチに向けて撃ちまくる。ジュンイチを釘づけにするつもりなのだろうか。
 しかし、その作戦にはひとつ問題点があった。それは――
 ――ガキンッ!
 音を立てて、橋本の両手の気弾銃が排莢状態で停止した。
 弾切れである。
 そしてそれは、ジュンイチにとってまたとない好機でもあった。
「もらった!」
 咆哮するなりジュンイチはコンテナの陰から飛び出し、“紅夜叉丸”を抜き放つと橋本へと突っ込み――
 ――チャキッ。
「……へ?」
 橋本が新たに気弾銃をかまえたのを見て、ジュンイチは思わず間の抜けた声を上げていた。
 別に、橋本が予備の銃を持っているという事態を想定していなかったワケではない。問題なのは、橋本が新たに手にした気弾銃のタイプである。
無弾丸ノンブレッドモデル――『金剛こんごう』と『白銀しろがね』か!)
 それを認識すると同時、ジュンイチは大きく横へ跳び――
 ――ズダダダダッ!
 橋本の銃撃が、ジュンイチに襲いかかる!
 気弾を使わず、ただ“気”の塊を撃ち出すだけのモデルだが、それ故に弾切れの心配がない。質量がないとはいえ気弾を雨アラレと受けるのは、できることなら遠慮したい。
 しかも橋本のそれ、“金剛”と“白銀”は以前譲ってやった神籬ひもろぎの木片をグリップ部品に使用している。そこから放たれる気弾の破壊力は、通常の無弾丸ノンブレッドモデルの威力をはるかに凌駕している。つまりは――絶対に喰らいたくはない。
「あんにゃろ、使ってないから持って来てないと思ってたら!」
 うめいて、ジュンイチは窓を蹴破って近くの教室へと飛び込み――
「――――――!?」
 目の前の光景にギョッとして動きを止めた。
 そこら中に気功炸裂弾が転がっているのだ。
 そして、足元には自分の足が引っ掛けたワイヤーに引っ張られて抜けたピンの数々。つまり――
「しまっ――!」
 ドゴォォォォォンッ!
 大爆発が巻き起こった。

 ――ガコンッ。
 黒焦げに焼けた教卓が崩れ、天板が音を立てて落下し、
「あのヤロー……いくら校舎修復班がいるからって、好き放題やりすぎだろうが……!」
 教卓を盾に爆発をやり過ごしたジュンイチは、毒づきながら窓際に身を隠した。
(さて、どうするか……
 オレをここに追い込んだのは今のトラップにハメるためだとして……やっぱ、これでオレを仕留めたとは、アイツも思っちゃいないだろうなぁ……)
 胸中でため息をつき、ジュンイチは対策を考える。
 おそらく橋本は今のトラップで仕留められなかった場合に備えて待ち構えているだろう。となれば、外に出たとたんに気弾の雨が襲いかかってくるだろう。
 廊下に出るのも無論却下だ。ここまで周到に用意されていては橋本だってそのくらい読んでいるだろう。相川あたりをけしかけて2次トラップを仕掛けてさせてある可能性の方がはるかに高い。もう一度黒焦げの危機に直面したくはない。
 となれば――
「……しゃーねぇ。
 そっちがそうなら……こっちもその気だ」
 言って、ジュンイチが懐から取り出したのは――真っ白な紙と筆ペンだった。

「さて、どーする……?」
 もうもうと煙を吹き出す教室へと気弾銃をかまえ、橋本は静かにつぶやき――
「――――――っ!?」
 とっさに気弾銃を振るい、煙の中から飛び出してきた数本の苦無を弾く。
 そして――そのスキを逃さず、ジュンイチが煙の中から飛び出す!
「やっぱ出やがったか!」
 対して、橋本は気弾銃を向けるが、一度苦無を弾くために狙いを外したのが仇になった。ジュンイチの方が一瞬早く苦無を投げつけてくる!
 やむを得ずそれをかわすと、橋本はジュンイチへと改めて狙いをつけ――気づいた。
 先ほど弾き、足元に突き刺さった苦無に、何か図形が描かれた紙が巻きつけられている。これは――
「――ヤバいっ!」
 思い当たると同時、橋本は地を蹴ってその場を離れ――苦無に巻きついた紙が次々に“爆発し”、周囲に爆風をまき散らす!
(爆裂系の『気功符』か!)

 気功符――紙、ないしは木の札に使用者の気を込め、そこに描かれた特定の様式の模様――『術式紋』によって任意の効果を発揮させる呪符の一種である。
 ジュンイチは先ほどの教室の中で、発動させた後に時限式に爆裂するように組み上げた術式を気功符に書き込み、苦無に結びつけて投げつけていたのだ。

 そして、気功符の爆発は橋本の視界からジュンイチの姿を覆い隠し――
「――もらった!」
 ジュンイチの振り下ろした“紅夜叉丸”を、橋本は両手の気弾銃を交差させて受け止める。
 そのまま、両者はしばしつばぜり合い――
 ――ポンッ。
『………………?』
 突然すぐ脇に何かが落下。二人は思わずそちらに視線を向け――
 ドガオォォォォォンッ!
 落下物――気功炸裂弾が爆発した。

「じ、ジュンイチ!?」
 突然の爆発に、ライカは思わず席を立って声を上げた。
「な、何なんですか!? 今のは!」
「どうやら、新たな乱入者が現れたようだな」
 同じく声を上げるジーナに、少年は冷静に答えた。
 やがて、爆発の効果を確かめるかのように二人の少年がモニターの映像の中に現れた。
 と、それを見て声を上げたのはあずさだった。
「あ、あの二人……」
「知ってるの?」
「うん」
 尋ねるファイにうなずき、あずさは続けた。
「沢村英治さんと橘昭二さん。“Dリーグ”の登録選手だよ」
「えーっと……」
 あずさの言葉に、鈴香はパンフレットでその二人を探し出した。
「沢村英治さん。2-D出席番号18番。ランクはCランクの268位。気功炸裂弾を好んで使い、『爆弾魔マインスイーパ』の異名を持つ……
 橘昭二さん。2-A出席番号24番。ランクはCランクの276位。ナイフ使いで通称『切り裂き魔』……
 どっちも格上の選手じゃないですか!」
 声を上げる鈴香だったが――
「心配ない」
 少年はあっさりと言った。
「二人とも以前の試合で――あの二人に負けている」
 その言葉と同時、『あの二人』――ジュンイチと橋本が煙の中から姿を現した。

「ったく……いいところでジャマしやがって……
 流れペース取り戻せるところだったんだぞ、こっちわ」
「取り戻されても迷惑なんだけど……ま、ジャマされてムカツくのは同意かな」
 “紅夜叉丸”を肩に担いで告げるジュンイチに、となりで橋本はため息をついて答える。
「て、てめぇら!」
「しぶといヤツらだな!」
 まったく平然としている二人を前に、沢村と橘は口々に言ってそれぞれの武器をかまえ――
『ジャマだぁっ!』
 橋本の銃撃とジュンイチの斬撃が、二人をまとめてブッ飛ばす。
「一気に決めるぜ、橋本!」
「そんでとっとと続きをやるか!」
 咆哮し、ジュンイチと橋本はそれぞれの武器に“気”を送り込み、それに呼応して武器に宿る神籬ひもろぎの霊力が光を放つ。
 そして――二人は咆哮した。
「ド突き回せ! “紅夜叉丸”!」
「叩きつぶせ――“金剛”! “白銀”!」

 それは、二人の『武器』が『凶器』となった瞬間だった。

「あのままやってたら、絶対にオレが勝ってた!」
「いーや、オレが勝ってた!」
 闘いも終わって中等部に戻り、結局決着のつかなかったジュンイチと橋本が互いに譲らずにらみ合い――
「いーかげんにしなさい」
 翼がしばき倒して二人を黙らせる。
「元はと言えば、アンタ達二人があの二人を黙らせるのに時間かけてたからじゃない」
「何言ってんだよ。大変だったんだぜ、あの二人リタイアさすの」
「そーそー。なんだかんだ言って格上だぜ、アイツら」
「の割にはものすごく楽しそうに見えたけど?」
『………………』
 翼に反論する二人だったが、ライカの反撃を受けて黙り込む。
「くっそー、橋本がモタついてたせいだぞ」
「そう言うジュンイチだって、さっさと“紅夜叉丸”開放してりゃアイツらの乱入すら許さなかっただろうにな」
「何を!?」
「何だよ!?」
「やめなさいって」
 再び翼にしばき倒された。

「まったく、何をやっているのやら……」
 そんな彼らを、涼は中等部の屋上から眺めていた。
「ま、オレは別にかまわんがな……」
 そう言うと、涼は階段に向けて歩き出し――つぶやいた。
「もうすぐ、こんなお祭り騒ぎもやってられなくなるからな……
 今の内に、しばしの休息といかせてもらおうか。貴様らも、オレも……」
 そして、涼は左手へと視線を落とし――

 その手首には、ブレイカーブレスが着けられていた。


Next "Brave Elements BREAKER"――

「……やれやれ、ヤツらからの催促もせわしなくなってきたな……」

「ジーナは知ってるんだよな? 和兄――神威和馬さんのこと」

「……『対瘴魔合同対策本部』……?」
「あぁ」

「……『8年前』……?
 どうやら柾木の過去がらみらしいが……」

「こいつはオレ達を閉じ込めるための結界じゃない!
 瘴魔獣の波動を吸収して――中にいるオレ達に瘴魔の出現を悟らせないためのものだったんだ!」

「因果地平のかなたへ――消え去るがいい!」

Legend13「離脱」
 そして、伝説は紡がれる――


 

(初版:2005/06/05)