それは、今から数日前のこと――

「……やれやれ、入国するなりこれか……」
 肩に長細い包みをかつぎ、彼はため息まじりにつぶやいた。
 故あって堂々と入国できない身の上だったため、『それなりの方法』でこの場にたどり着いたのだが――まさか麻薬の取引現場に出くわしてしまうとは思わなかった。おかげで今、周囲から無数の銃口を突きつけられている。
「まったく、日本も物騒になったもんだ」
《ま、いいんじゃねぇの?
 オレ達にとって、物騒なのはいいことさ》
 彼の言葉に、どこからともなく聞こえた声が答える。
 確かに、声の言う通り、この状況は彼らにとって何の問題もなかった。だが――
「そんなことを言って、ただ単に『食材』をいただいちまいたいだけだろう?」
《否定はしないさ。肯定もしないがね》
 やはり声はひょうひょうと答える。決して浅い付き合いではない相手だから彼もあまり気にしない。
「――まぁ、いいか。
 ちょうど、お前の『腹ごしらえ』をどうしようかと思っていたところだしな」
 自分が今絶体絶命の状況下にあるにもかかわらず、平然とつぶやく、しかも姿の見えない何者かと彼を前に、銃口を突きつけている男達は皆怪訝そうな視線を向ける。
 だが、彼はかまわず懐に手を突っ込み――そこから手のひらに収まるほどの大きさの宝石を取り出し、告げた。
「全員喰っていいぞ。
 螂刃皇――シュレッド・オブ・マンティス」
 次の瞬間、その場が真紅に染まった。

 

 


 

Legend15
「烈光の刃」

 


 

 

 そして、時間は現在に戻り――
「ぅわぁ……」
 目の前の惨状を前にして、和馬は思わずうめき声を上げた。
 それほどまでに凄惨な光景だったからだ。
 床にあちこちに真っ赤な液体がぶちまけられ、あちこちに細切れにされた肉片が散乱している。
 同様に無数に飛び散り、すっかり真紅に染まった衣服を見れば、その肉片や赤い液体の正体はおおよその想像がついた。
「こりゃ、瘴魔対策本部ウチに話が回ってくるのもわかるな……」
 少なくとも、人間技とは思えないその光景を前に、和馬はそうつぶやくとクルリと振り向き、
「龍牙さん、どうですか?」
 尋ねる和馬の問いに、別の一角を調べていた龍牙はゆっくりと立ち上がり、答えた。
「少なくとも、これが人間のなれの果てであることは、間違いないだろうな……
 だが、何がどうなってこうなったのか……」
「人の手によるものじゃないですからね、どう考えても……
 やっぱり瘴魔の?」
「それにしたって、不自然なんだが……」
 つぶやき、龍牙は和馬に説明を始めた。
「瘴魔が人の負の思念によって生まれ、負の思念を糧としているのは知っているな?
 つまり、瘴魔が人間を襲うのは、負の思念の中でももっとも引き起こしやすい感情――すなわち恐怖をもたらすためだと考えられる」
「えぇ……
 しかし、この犯人が瘴魔だとすると……」
「当然、襲われたヤツらはパニックに陥ったはずだ。
 だが、ここを見てみろ」
 そう言うと、龍牙は比較的血が飛び散っていない辺りの床を見て、
「もし瘴魔に襲われたのだとしたら、この惨劇の中で後の方に殺されたヤツら、そして逃げ延びたヤツら――もちろん『いれば』の話だが――そいつらは先に殺されたヤツらによってできた血溜まりの中を駆け抜けたはずだ」
「となれば、当然地面には血でできた足跡がつくはずですよね?
 それなのに、そういった形跡が一切ない……
 現時点で調べてもらった範囲でも、ここにいたヤツらが逃走しようとした形跡は見られないそうです」
「そういうことだ」
 和馬に答え、龍牙は告げた。
「つまり――ここにいた連中は、逃げようという意識さえ起こらぬ内に、一瞬で皆殺しにされた、ということだ。
 瘴魔の仕業とは思えない……だが、瘴魔ではないとすれば一体何者が……?」

「……ダメね。
 ここのシステム、軒並みオシャカにされちゃってるわ……」
 瘴魔獣アルラウネによって壊滅させられた“AEGIS”日本支部――その跡地を調べ終わり、ライカは青木にそう告げた。
「せめて、データだけでも引き上げられたらよかったんだけど……」
「セイントブレイカーが奪われなかっただけでも良しとするしかない、か……」
 つぶやき、青木は傍らに作られた多数の土の盛り上がり――“AEGIS”のメンバーを葬った跡へと視線を向けた。
「なら……そろそろ引き上げるか。
 あまり死者を眠らせた地をほじくり返したくないし、後はよその“AEGIS”の連中が来るだろう」
「そうね……
 あたし達の立場からすれば、ホントならあまり関わってきてほしくない相手だし……」
 ライカの言うことはわかる。“AEGIS”は今は失われた超技術を封印することを使命としている連中だ。彼らからすれば、シャドープリンス――涼に協力していた方がむしろ異例であり、本来ならばブレイカービーストも封印すべき対象なのだ。
 まぁ、“AEGIS”についてライカと話が通じる事実は気になったが――彼女が華僑の名家の出である以上家族を通じて裏社会の知識にも通じている可能性は否定できない。それに“AEGIS”も古くからある組織だ。先代以前の『光』のブレイカーの知識の中にその名があっても不思議ではない、と青木は追求せずにおくことにしていた。
 と、その時――突然、ライカの携帯が着信音を鳴らした。
「はい、もしもし。
 ……あ、鈴香?」
 応答したライカのその言葉に、鈴香に惚れ込んでいる青木の表情が輝く――が、すぐに眉をひそめたライカを見て、ただ事ではないと気づいた。
「ちょっと……どういうことよ、それ!?」

「だから、ジュンイチさんと影山さんが行方不明なんですよ!」
 自宅の電話からライカの携帯へと電話し、鈴香はそう告げた。
〈影山さん、って、この間の『Dサバイバル』の時にあたし達のとなりに座った橋本くんのルームメイトの影山くんでしょ?
 なんでその影山くんまで巻き込まれてるのよ!?〉
「そ、それはちょっと、今は……」
 ライカの問いに、鈴香はチラリと橋本の方へと視線を向ける。
 無関係の橋本がいる場でブレイカーの話題に触れるワケにはいかない。ブレイカーブレスで通信せず電話で連絡を取ったのもそのためだ。
 どう説明したものか――と鈴香が考えていると、
〈……ひょっとして、普通の人が近くにいたりする?〉
 だが、電話の向こうでライカが気づいてくれた。小声で尋ねるその言葉にうなずく。
〈わかったわ。
 それじゃあ、すぐそっちに戻るから、事情の説明はその時に――あ、ちょっと!〉
 と、あわてたライカの声と共に言葉が切れ――次に聞こえてきたのは鈴香にとって意外な人物の声だった。
〈鈴香か?〉
「あ、青木さん!?
 なんで京都に行ったライカさんと一緒にいるんですか!?」
〈その説明は後でするから。
 それより、今一緒にいる『一般人』って……ひょっとして橋本じゃないか?〉
「え?
 そうですけど……なんでわかったんですか?」
〈まぁ、いろいろとこっちでも知ることがあってな……
 それに、ジュンイチ経由で面識もあるし〉
 鈴香の問いに答えると、青木は息をつき、鈴香に告げた。
〈それで、だ……
 オレ達が戻るまでに、橋本に一通り説明しといてくれないか?〉
「えぇっ!?
 け、けど、無関係の人に私達のことを話すのは……」
〈ルームメイトが『関係者』なんだ……もう橋本も、無関係じゃいられない〉

「じゃ、頼むな」
 そう言うと、青木は携帯を切り、ライカへと返す。
 それを受け取り――ライカは尋ねた。
「で……あたしにも、ちゃんと説明してくれるのよね?」
「……そうだな。
 会話の流れからして、お前が一番置いてきぼり状態みたいだからな」
 そう答え、青木はふと、となりでファントムが何やら考え込んでいるのに気づいた。
「どうした? ファントム」
「ん? いや、別に……」
 青木に答えるファントムだが、やはり何やら考え込んでいる。
(うーんと……確か、オレのマスターに会えたら、渡すように“影”のにーちゃんから言われてたのがあったはずなんだけど……
 なんだったっけ……)
「おーい、いくぞ、ファントム」
「あ、おうっ!」
(ま、いーか)
 思い出せないなら大したものではないだろう――あっさりとそう結論づけると、ファントムは青木に答えて駆け出した。

「見つけたぞ」
 東京湾の一角の廃倉庫――そこに足を踏み入れるなり、彼は静かにそう告げた。
「やはりここにいたか――考えることは一緒だな」
「そりゃそうでしょ、似たり寄ったりのルートで入国したんだから、身を隠す場所なんて限られるでしょ」
 彼に答えたその声は女の声だった。
「で? 他の連中は?
 それにこの国のブレイカー達の情報はつかめたの?」
「さぁな。どこで何してるのやら。
 この国のブレイカー達の情報だってさっぱりだな」
「何よ、しっかりしてよ、リーダー」
 答える男に、別の少女の声が告げる。
 だが、彼にはまったくこたえた様子はない。平然と声に返した。
「まぁいいさ。
 この国でブレイカーと闇の種族ダーク・トライヴの戦いが行われているのは確かなようだからな――他のヤツらもそれを追っかけるだろうし、オレ達もすぐにでも接触できるさ」
 そう言うと、男は手近な木箱に座り込み――告げた。
「だが、ひとつ言っておくぞ。
 誰が接触しても、恨みっこなしだからな」
「わかってるわよ」
「獲物は横取られる前に横取れ、よね♪」

「……どうだ? 傷の具合は」
「悪くないな」
 暗闇の中、シンはかけられた声にあっさりとそう答えた。
「しかし、まさかヤツが『精霊獣』まで使役していたとは――
 正直、ヤツを甘く見ていたかもしれん」
「だな……
 この分では、まだ隠し玉を持っているかもしれんな」
「あぁ」
 声に答え、シンは立ち上がり、
「ところで『グリフ』、『イクト』のヤツはどうしている?」
「さぁな」
 あっさりと答えが返ってきた。
「『イクト』だけじゃない。『ミレイ』に『バベル』に『ザイン』――『ヴォルト』も勝手に出歩いている。
 そもそもオレ達瘴魔神将は共通の目的を持っているワケじゃないんだ、仕方あるまい」
「確かに。
 『あのお方』がいなければ、今こうして組織としての形を維持していくこともかなわなかっただろうな」
 『グリフ』の言葉に、シンは肩をすくめてつぶやく。
「で? どうするつもりだ?」
 尋ねる『グリフ』に、シンはキッパリと答えた。
「知れたこと。ヤツを追う」

「……つまり、こういうことね?」
 東京への帰路の中で青木から、そしてブレイカーベースで橋本と共に鈴香から説明を受け、ライカはペン型デバイスによる書き込みが可能な大型モニター、通称『E.W.B.』へとわかったことを箇条書きにし始めた。
 ちなみに『E.W.B.』とは『Electric White board』、つまり電子ホワイトボードの略でジュンイチの命名。「そのままだ」と一部に不評だがそれはさておき。
「まず、ジュンイチはシャドープリンスの精霊術によって消滅――直後に現れたシンと呼ばれる瘴魔神将の言葉から察するなら、どこかに飛ばされた可能性がある。
 次に、シャドープリンスの正体は橋本くんのルームメイトの影山くん。ただしシンにやられて重傷。
 三つ目。影山くんは瘴魔に従うフリをしながら“AEGIS”と接触、青木さんのためにセイントブレイカーとファントムを用意していた。
 でもって、その影山くんはケガも治ってないのにどこかに行っちゃった、と……」
 他にも色々と情報を書き込み――あっという間に『E.W.B.』は情報の羅列で埋まってしまった。
「ホント、今日1日でいろいろありすぎよ、まったく……」
「だよなー」
「って、当事者のあなたが言うな、あなたが」
 平然と答える青木にライカはジト目で答え――そんな彼女に青木は尋ねた。
「なぁ……」
「何ですか?」
「前々から思ってたんだが……
 ジュンイチはともかく、オレに対しちゃお前、口調と本心とで尊敬のあり方にすさまじいギャップがないか?」
「あるわよ」
 即答された。
 思わず反論したくなるが今はそれどころではない――すぐに気を取り直す。
「それよりも今は瘴魔神将だ。
 そっちの話だと、エレメントブレイカーの拳を一発で止めた上に一撃でノされたんだって?」
「うん……
 今までの敵とは、そりゃもうレベルそのものが違ってた……」
 青木の言葉に、先の戦闘を思い出したファイがうつむき気味に視線を落として答える。
 あの時の自分達の一撃――文句なしに全力だった。ジュンイチのこともあり多少力みすぎていた部分もあったかもしれないが――だからといって簡単に受け止められてしまうような攻撃を放ったつもりはなかった。
 だが、現実には止められた。しかも片手で。
「精霊力、瘴魔力――どちらもそれぞれの計測値自体は私達ノーマル・ランクのブレイカーとほぼ同じ程度の出力でした。
 ですが、結果は明らかな惨敗……おそらく、実際の出力値はもちろん技術、戦術等を踏まえた実際の戦闘力は、1対1ならマスターランクですら上回ると思われます」
「『正』の精霊力と『負』の瘴魔力――
 本来なら反発し、対消滅するその力を安定して制御したことで、逆に反作用で莫大なエネルギーを生み出したんだろうな」
 ソニックの解説に、青木は“AEGIS”の支部で聞かされたことを思い出す。
 二つの力を使い分けることも、併せて使うこともできる瘴魔神将――不意打ちとはいえ合身した涼が一撃でやられたこと、エレメントブレイカーがまったく歯が立たなかったことを見ても、強敵であることに間違いはない。
「少なくとも、オレも慣れるまではガチンコでやり合うのは避けた方がいいかもな。当分は応用も利かないだろうし――」
 青木がそうつぶやくと、
「けど、ジュンイチさんは――」
「それに、涼だって……」
 ふとジーナや橋本のもらしたつぶやきは、一同の間にさらなる沈黙を運んできた。
 少なくとも、涼にジュンイチを殺すつもりはなかった(シンが涼のその行動から『裏切り』と断定した以上、そうなのだろう)となれば、ジュンイチは消滅したのではなく、どこから転移させられた、ということになる。これは先ほどライカの言った通りだ。
 だが、ジュンイチの飛ばされた先を知ろうにもその飛ばした本人が行方不明ではどうしようもない。
「……ジュンイチは、精霊術で飛ばされたのよね?」
「はい……」
 ライカの言葉にジーナがうなずき――青木は覚醒したことで知識の中に刻まれたブレイカーとしての戦闘知識を思い返した。

 精霊術――ジュンイチの炎のようなブレイカーの『能力』とは別に存在する、精霊力を用いた特殊な術の総称である。
 ただ単に『能力』を発現するよりも高い力、ないしはより複雑な効果を発揮できるが、そのためには呪文(というよりもキーワードによって力を目的の形に練り上げるプログラムのようなもの)を必要とするため、発動までに時間がかかる。
 その上、その呪文の形式に特定の法則はなく、大抵の場合ブレイカー各自で独自に編み出さなくてはならない。その手間よりも即戦力を重視し、ジュンイチ達は精霊術に特に力を入れずにいたのだが――それが完全に裏目に出てしまった形だ。
「精霊術に詳しいヤツがいたら、ヤツの呪文や発生したエネルギーの質からだいたいの効果は割り出せたんだろうがなぁ……」
「誰も持ってないスキルをあてにしたってしょうがないでしょ。
 今はあたし達に今できることの中から行動を決めていくしかないわよ」
 青木に答え、ライカは息をつき、告げた。
「とりあえず……影山さんを探すことから始めましょうか」

「ぐっ……!」
 全身に走る痛みに思わずうめき、涼は壁に背を預けたままその場にうずくまった。
 身体を強烈な閃光で撃ち抜かれる――普通の人間ならば間違いなく致命傷だ。生きているだけでも御の字だと思うべきだろうが……
「こうなった以上、もう時間はかけられんか……
 あまりハデにはやれんが、まずはヤツらに気づいてもらわなければ……」
 うめくようにつぶやき、涼は息をつき、付け加えた。
「どうも、ややこしい連中が動いているようだしな……」

〈事情はわかった。
 とりあえず、こっちでもそれとなく情報を洗ってみる〉
「頼みましたよ、龍牙さん」
 そう言いながら通話を終了し、青木は携帯電話をしまいながらジーナ達へと向き直った。
 ファイや鈴香は橋本と手分けして街中の探索に出ている。
「とりあえず、龍牙さんにも涼を探してもらえるよう頼んでおいた。
 まだ発足したてとはいえ、仮にも警察機構が絡んでるんだ。対策本部の捜査網なら何かしらヒットするとは思うけど……」
「あてになるの? この国の警察なんて」
「耳が痛いなぁ……」
 あっさりと告げるライカに、青木は思わず苦笑し――
 ――――――
 青木にとってはまだ慣れない、そしてジーナ達にはもうおなじみとなった感覚が感じられた。
 瘴魔の気配である。

「くそっ、どこにいるんだよ……」
 目につくところにいるワケがないとはわかっているが、それでも探すしかない――ライカ達と別れ、涼を探して街を駆け巡りながら、橋本はひとり毒づいた。
 やはり、目立たないところを探すしかないか――そう考え、人気のない路地裏へと入っていく。
 そして、しばし進んで――
 ――――――
(――――――っ!?)
 突然の気配に、橋本は動きを止めた。
「霊気……いや、違う……
 こいつは……禍物の気配か……?」
 瘴魔の気配であるところまでは理解できなかったが、その気配が人にとって害悪なものである、そのことまでは感じ取れる感覚を橋本は有していた。出所を探って橋本は周囲を見渡し――見つけた。
 行く手のビルの上に佇む、トカゲ人間――
 かつてジュンイチと広島で戦った、火トカゲ種瘴魔獣ラヴァモスの同族である。

「くそっ、このクソ忙しい時に!」
 感じ取れる気配を頼りに現場に向けて車を走らせつつ、青木は苦々しく毒づいた。
 だが、気になることは他にもあった。そのことを助手席に座るライカが指摘する。
「けど……襲われてる人のこの霊力って、どっかで感じたことない?」
「あるぞ。
 なんでアイツが襲われてるのかはわからないけどな」
 ライカの問いに青木はあっさりと答える。
 そう。彼らが感じているラヴァモスの気配のとなりにもうひとつ。襲われている当事者のものと思われる霊力を感じる。
 あくまでも精霊力ではなく霊力――少なくとも能力者ではあるようだがブレイカーではなさそうだ。
 とはいえ、ただの能力者くらいならさほど珍しい話ではない。超能力者のような異能者なら話は別だろうが、霊力に関しては現代社会においてもある程度認知されており、表立ってこそいないが退魔業も立派な職種のひとつとしてその立場を確立している。一方魔法に関しても、一般人が知ることこそないが“AEGIS”が回収した遺物によってその実在が確認されている。
 ちなみにこの世界においては霊能者や魔法使いなど修練次第で誰でも使える力を使う者は『能力者』、超能力者など先天性の重要な力を振るう者は『異能者』として区別されているのだが――どちらにせよわざわざ瘴魔が狙うような相手とは思えない。不幸な遭遇といったところだろうか。
「誰の霊力なんですか?」
 とにかく今現在問題なのはこの霊力の主が襲われており、それが自分達の知っている人物らしいということだ――後ろの座席から尋ねるジーナに、青木は答えた。
「橋本の霊力だよ」

 放たれたラヴァモスの火球をかわし、橋本は気弾銃で応戦するが、ラヴァモスの力場を破り、ダメージまで与えるには出力が足りないようだ。破れはするもののその本体までは届かない。
 周りの被害を気にしていては通じるワケがない生半可な攻撃しかできない――そう判断し、橋本は腰の後ろに差した“金剛”と“白銀”を取り出す。
「これなら!」
 咆哮と同時に橋本はトリガーを引き――先ほどまでとは比べ物にならない閃光が力場を撃ち抜き、ラヴァモスを吹き飛ばす!
「ぐ………………っ!
 こいつ、なんて霊力してやがる……!」
 うめいて、ラヴァモスは後方へと跳躍、橋本から距離を取るとその口から火球を吐き放つ。
 が――通じない。橋本はすかさず“金剛”と“白銀”を同時発射、かつてジーナの防壁すら破ったその攻撃を誘爆させて防御する。
(こいつ、ブレイカーでもないのにこの霊力……厄介だな……)
(あの火力と撃ち合いになったら面倒か……接近戦でいくか……?)
 互いに次の手を打ちかねた状態だが、それでも動かなければ状況は変わらない。橋本とラヴァモスは同時に地を蹴った。

 一方、その頃――
「こっちか……」
 静かにつぶやき、彼は街を歩いていた。
「思ったとおり、デカい“力”を持ってるヤツがあちこちにいやがる……」
《そうだな。
 まさによりどりみどり。宝の山だぜ》
 やはり彼に答える声の主はその姿を見せない。だがその言葉に逐次答えるところを見ると少なくとも彼に追従はしているようだ。
「まったく、退屈しそうにないな、この街は」
 言いながら、彼は確実に目的地へと向かっていく。
 そう――橋本とラヴァモスの交戦現場に。

「――いた!」
 さすがに路地までは車で入ることもできず、車から降りて駆けつけた青木が橋本とラヴァモスを見つけて声を上げる。
 せまい路地裏では多人数の方が不利になる。ジーナ達は周囲で敵の逃走や増援に備えてもらい、同行しているのは合流した鈴香とガルダーのみである。
「アイツ、前に広島戦ったヤツです!」
「ちょうどいい! 戦い方もわかるし、対応も楽ってか!」
 声を上げる鈴香に答え、青木はブレイカーブレスをかまえ、
『ブレイク、アップ!』
 鈴香と共に着装、一気に戦場へと乱入する。
「青木さん!?」
 それに気づき、橋本が声を上げるが、青木はかまわずラヴァモスへと走る。
「てめぇら――ブレイカーか!」
 対して、ラヴァモスも火球を放ち、青木を牽制する。
 それを次々にかわし、青木は両腕に装着したスティンガーファングをかまえ――
「――危ない!」
「――――――っ!」
 鈴香の叫びに青木も気づいた。とっさに横へ飛ぶとラヴァモスの両肩から放たれた火炎をかわす。
「あっぶねぇ……
 ジュンイチが手こずったワケだ。近距離の対応もバッチリじゃねぇか……」
 一旦間合いを取って仕切り直し、青木がうめくと――
「オレだっているんだぜ!」
 そんな青木とは反対側から、橋本がラヴァモスに向けて走る!
「あ、危ない!」
 そんな彼にガルダーが声を上げるが、すでにラヴァモスは橋本に向けて火球を次々に吐き放っていた。
 が、橋本はそれをことごとく、しかも青木よりもムダのない動きでかわすとラヴァモスの懐にすべり込む。
 だが、それだけではジュンイチや青木と同様にラヴァモスの炎に襲われるだけだ。現にラヴァモスは両肩のコブを開き、炎を生み出そうとしている。
 しかし、橋本はかまわず叫んだ。
「“白銀”、帯力!」
 その言葉と同時、彼の左手の“白銀”が霊力によって光に包まれ――放たれたラヴァモスの火炎を振るった“白銀”で斬り裂く!
 しかも、その一撃は同時にラヴァモスの力場をも斬り裂いていた。“白銀”を包んでいた霊力がラヴァモスの力場を構成していた瘴魔力と対消滅を起こしたのだ。
 すかさず、橋本は斬り裂かれた力場のすき間に何かを投げ込み――次の瞬間、修復された力場の中で爆発が巻き起こった。
 橋本が投げ込んだのは、気功炸裂弾と同様のエネルギー炸裂弾。気の代わりに霊力で爆発するもので、対魔戦闘において非常に高い効力を持つものである。
 しかも、力場の内部という霊的な閉鎖空間の中で爆裂したため、その威力は何倍にも高まっている――力場が内部から吹き飛び、大きく吹き飛ばされたラヴァモスがビルの壁に叩きつけられる。
「え……えーっと……」
 一方、橋本の意外な強さを前に、鈴香は状況も忘れて呆然としていた。ゆっくりと青木へと振り向き、尋ねる。
「な、何なんですか? 彼……
 ジュンイチさんと試合で互角に戦ってたから、それなりの技量はあるって知ってましたけど……瘴魔獣に対してもあそこまで強いなんて……」
「まぁ、お前はアイツのことあんまり知らんからなぁ……
 アイツの『素性』については、聞けばわかると思うけど」
「………………?」
 どこか楽しそうにつぶやく青木に、事情のわからない鈴香は首をひねるしかない。
 そんな彼らに気づくこともなく、橋本はラヴァモスへと“金剛”の銃口を向けつつ静かに告げた。
「お前がどこの誰かは知らないが――禍物のクセして『影武えいぶ』のトップエースにケンカを売ったからには覚悟しろよ」
「え、『影武』ですか!?」
 その言葉に驚きの声を上げたのは鈴香だった。
「お、知ってたか、やっぱり」
「退魔の家に生まれて、『影武』の名を知らない人なんていませんよ!」
 以前から知っていたのか、平然と尋ねる青木に、鈴香は戸惑いの冷めないまま答える。
 だが鈴香が驚くのももっともだ。『影武』と言えばこの国の退魔業界の最大手、トップブランドなのだ。そのトップエースともなれば、その実力は計り知れない。
「彼がその、『影武』のトップエースだったなんて……」
「ま、普段は霊力抑えてるからなー、アイツ。
 試合じゃ伯仲、実戦はジュンイチの方が上だけど、霊とか禍物を相手にするとジュンイチよりも強いし。
 なにせ――」
 そう言うと、青木はニヤリと笑うと鈴香にさらなる爆弾を投下した。
「『影武』の名が先行して意外に知られていないけど――橋本の家は『影武』の宗家だ」
「じゃあ次期後継者じゃないですか!」
 完全にパニック状態で鈴香が声を上げるが、そんな彼らにかまわず橋本とラヴァモスの戦闘は続く。
 ムキになって火球を連発するラヴァモスだが、橋本には通じない。あっさりとかわされ、橋本の照準がラヴァモスをとらえ――
『――――――っ!?』
 その瞬間、橋本も、青木や鈴香、プラネル達も、そしてラヴァモスでさえも――その場の全員が動きを止めた。
 突然、その場に強烈な威圧感が襲いかかったのだ。
 すさまじいプレッシャーだ。あのシンにさえ匹敵する、だがヤツとはどこか違う、異質の威圧感――
「な、何? 何なの、コレ!?」
(殺意をまるで感じない……
 なのに何だよ、この強烈すぎる闘志は!?)
 戸惑うファントムの声に答えることもできず、青木は周囲を探る。
 こんな強烈なプレッシャーを放てるのは、青木の知る限り――
(質はともかく、強さは“あの時”のジュンイチ並じゃないか、このプレッシャー!?)
 胸中でうめく青木の頬を冷たい汗が伝い――
「――上!」
 最初に気づいたのは鈴香だった。頭上を見上げて声を上げると同時、何かがその場の中央に落下した。
「な、何ですか……!?」
 舞い上がるほこりに視界を奪われ、ガルダーがうめくようにつぶやき――次の瞬間、彼らの耳に肉を斬り裂く鈍い音が聞こえた。
 次いで爆発。そして静寂が戻る。
 それから数秒――ほこりと爆煙が晴れると、そこにはひとりの男が立っていた。
 腰まで届く、後ろで簡単にまとめられた真紅の長髪、そしてそれと同色に染め直されたアーミールックに身を包み、人の丈ほどもある巨大な刀を肩に担いでいる。
 だが、そんな彼の容姿よりも目を引いたのは彼の足元にいる、ディフォルメされたライオンを思わせる生き物だ。
 どこかジーナのパートナー、ライムを思い出させる。となると彼(?)もプラネルだということだ。
 そして彼の持つ刀――
「精霊力……!?」
「あの剣、精霊器か……?」
 そう。その刀から感じる“力”はまぎれもなく精霊力だった。
 プラネルを連れ、精霊力を操る――とすると、男はブレイカーだということになる。鈴香は男へと駆け寄り、声をかける。
「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございます」
「なに、礼はいらねぇよ」
 鈴香の問いに男は答え――次の瞬間、
「危ない!」
 声を上げ、青木は獣天牙でその斬撃を受け止めた。
 “鈴香を狙った、男の放った斬撃を”。
「へぇ、いい反応だな」
「お前……! どういうつもりだ……!」
 感心するように告げる男に青木がうめくが、男はかまわず間合いを取り、
「どういうつもり……? ンなの決まってるだろ。
 オレはてめぇらと、殺し合いに来たんだよ!」
 叫ぶと同時――男は地を蹴り、青木へと突っ込む!
「くっ――!」
 うめいて、青木はスティンガーファングを装着し、斬りかかってきた男の斬撃を弾く。
「へぇ、てめぇも精霊器に装着するタイプのツールかよ!
 ますます興味がわいたぜ!」
 対して、男は一度青木から間合いを取り、後退する。
《コイツ、マスター・ランクだ!
 のっけから当たり! 掘り出し物だぜ、オイ!》
「そうだな。
 となれば、こっちも本気で殺り合ってやらないとな」
 相変わらず姿を見せない声の主に答え、
「ロッド! 着装だ!」
「おぅさ!」
 彼の言葉に答えたのは声の主ではなく――彼の連れていたライオン型のプラネルだった。

「ブレイク、アァップ!」
 男が叫ぶと同時、彼の左手のブレイカーブレスから光が放たれ、それは男を包み込むと物質化、鋼の獅子を形作る。
 そして――次の瞬間、それが粉々に粉砕され、中から漆黒の鎧に身を包んだ男が姿を現した。
「さぁ、殺し合いケンカの時間だぜ。
 ブレード・ライアット、発進だ!」

「いっくぜぇっ!
 ライアットセイバー!」
 咆哮と同時、男は手にした大刀とは別に一振り、新たな刀を虚空より生み出し、二つの刀を柄の部分で連結、合体させる。
「斬天刀――ツインセイバーモード!」
 合体した刃を振りかざし、一気に間合いを詰めた男は青木へと斬りかかる――対して青木はスティンガーファングで受け止めるが、
あめぇよ!」
 男は素早く身をひるがえし、反対側の刃を青木の“装重甲メタル・ブレスト”の胸部装甲へと叩きつける。
「が……はぁ……っ!」
 さすがは格闘戦用に特化した“ファング・スティンガー”だ。いかに精霊器やツールといえど一撃では破ることはできず、青木は大きく弾き飛ばされただけですんだ。だが衝撃はかなりのもので、一瞬呼吸が詰まる。
 それでも男の追撃を右へ跳躍することでかわし、青木はあらためて男と対峙。ようやく戻ってきた呼吸を整えながら尋ねる。
「どういうつもりだ、お前!
 ブレイカーなんだろ! なんで同じブレイカー同士で!」
「知ったことかよ」
 青木の問いも、男はあっさりと斬り捨てた。
「ブレイカーも闇の種族ダーク・トライヴも知ったことか。
 オレはただ、戦いができればいいんだよ。オレの魂をゾクゾクさせるような強い相手と命を賭け合う、そんなギリギリの戦いがな!」
 そう言うと男はツインソードを分解、彼が呼ぶところの斬天刀とライアットセイバーへと戻すと構えなおし、青木に告げた。
属性エレメントは“剣”。ランクはマスター。
 名は――そうだな、属性エレメントに合わせて『ブレード』とでも名乗っておこうか」
 そう言うと、ブレードと名乗った男はそのまま青木の様子をうかがい、自分から動く様子はない。
 いきなり仕掛けてくるほどに戦いたがっていた割には慎重なヤツなのか――と思ったが、青木はふと別の可能性に思い至った。
「こっちも名乗れってか」
「当然だ。
 相手が名乗ったら自分も名乗るのが、この国の戦士の作法だろう?」
「いつの時代の話だよ……」
 あっさりと返ってきた肯定に、青木はため息をつき、ブレードに告げた。
「属性は“獣”、ランクはマスター。
 “ファング・スティンガー”青木啓二だ」
「そうかそうか」
 名乗った青木の言葉に、ブレードはうんうんと楽しげにうなずいた。
 そこにあるのは何のことはない――単なる愉悦。
 戦いに嗜好を求め、命の取り合いに狂喜する、それこそが彼の存在意義だった。
「それじゃあ――楽しい殺し合いケンカを始めようか!」


Next "Brave Elements BREAKER"――

鈴香 「突然現れて私達に襲いかかってきた新たなブレイカー、ブレードさん。
 ですが、襲ってきたのは彼だけじゃなかったんです。
 次々に現れる、戦いを求めてやまないブレイカー達。
 彼らは一体、何者なんですか!?
 次回、勇者精霊伝ブレイカー、
 Legend16『その名はDaG!』
 そして、伝説は紡がれる――」


 

(初版:2005/11/13)