「あとしばしの間、付き合ってもらうぞ。
 出て来い。影鎌帝――シャドー・オブ・デスサイズ!」
 瞬間、結晶体から放たれた“影”がメギドを包み込み――その身体が変化した。
 子供の竜から――漆黒の死神へと。
《……あれが相手か? 主よ》
「そうだ。
 オレに余裕はない。貴様が主力だ」
《心得た》
 涼に答え、死神――シャドー・オブ・デスサイズは手にした鎌をかまえる。
「へぇ、てめぇは精霊獣を飼ってるのかよ?」
「『飼ってる』というのは適切ではないな」
 ブレードに答え、涼は影天棍をかまえる。
「ゆくぞ、“剣”のブレイカーよ。
 大義成す影龍――“シャドー・ヴォルテック”、参る!」

 

 


 

Legend17
「激突する獣王」

 


 

 

 そこは、柾木家の地下――そこに広がる地下施設の最深部――
「うーん……」
 犬のヤマトを抱きかかえ、あずさはそれを見上げていた。
 目の前には一見しただけでは何を意味するのかまったくわからない巨大なシステムが存在していた。
 だが――システムは稼動していない。待機状態のままだ。
「これが動いてない、ってことは……少なくとも、お兄ちゃんは死んでないってことだよね……」
 しかし、このシステムは稼動しない方がありがたいものだった。あずさは安堵のため息と共にそうつぶやき、
「さて……そうとわかれば!」
 言うなり、あずさはクルリと振り向くと命じた。
「クロノス!
 全ネットワークを駆使してお兄ちゃんを探して!」
《了解しました》

 真っ先に動いたのは涼の従える精霊獣、シャドー・オブ・デスサイズだった。大きく鎌を振り上げ――振り下ろすと同時、そこから放たれた漆黒のエネルギー刃がブレード達に襲いかかる!
 だが、シュレッド・オブ・マンティスも負けてはいない。その鎌から多数のエネルギー刃を放ち、迫る一撃を相殺する。
 パワーではシャドー・オブ・デスサイズに、手数ではシュレッド・オブ・マンティスに分があるようだ。互いに相手の力量を探り、慎重に攻める機会をうかがう。
「――チッ、向こうはにらみ合いか。
 イヤな戦いさせられてるな、アイツも」
 だが、そんな彼らの静かな戦いは彼らの好みではないらしい。ブレードは舌打ちしながら涼へと向き直り、
「せめて、てめぇはガッカリさせてくれるなよ!」
 告げると同時、斬天刀をかざし――
「――――――っ!」
 次の瞬間、一瞬にして間合いを詰めた涼の影天棍を、ブレードはとっさに受け止める。
「獲物に重量がありすぎだ。
 速度が乗ってくれば気にもなるまいが――初撃ではどうしてもスキが生じる」
「ならその出だしを止めればいいってか!?
 正解だが――」
 涼に答え、ブレードは彼を押し返すと間合いを取り、
「オレには、通じない!」
 斬天刀の能力を発動。複製されたブレードの斬撃が涼へと襲いかかる!
 とっさに跳躍し、それをかわす涼だったが、
「ぐぁ………………っ!」
 着地と同時に激痛が走った。腹部を抑え、ヒザをつく。
「涼!」
 思わず声を上げ――橋本は気づいた。
(やっぱり……鈴香さんの言ってた『瘴魔から受けた傷』は相当重いんだ……!
 考えてみれば当たり前だろうがよ、オレ!)
 平然と戦いに臨んだから、そのことを失念していた――自分の迂闊さがイヤになる。
 だが――おかげですべきことが見えた。
 難しいことではない。
 助けるのだ。涼を。

「契約ったって……」
 うめいて、青木は手の中の結晶体へと視線を落とした。
 あの精霊獣シュレッド・オブ・マンティスの強大な戦闘力は十分に味わったばかりだ。自分達が精霊術に明るくない以上、対抗するためにはやはりこちらも精霊獣が必要だろう。
 だが――それにはひとつ問題があった。
「どうやって、契約しろっつーんだよ……!」
 そもそも覚醒したてで自分の能力の把握が精一杯。まだそれまでのそれとブレイカーとしてのそれ、二つの戦闘スタイルのズレすら修正できていないような状態なのだ。
 しかも先代以前の“獣”のブレイカーは精霊獣を持っていなかったらしく、覚醒によって受け継がれたそれらの知識の中にも契約の仕方など残されてはいない。
 まさに五里霧中。手探りの中で契約の手続きをしなければならなかった。

「オラオラ、どうした!」
 ケガの痛みから動きの鈍った涼へと、ブレードは情け容赦のない斬撃を繰り出す。
「急に動きが鈍ったな――ケガでもしてんのか!?」
「貴様には――関係なかろう!」
 言い返し、振るった影天棍はブレードにかわされるが、そのスキに涼は離脱、間合いを取ろうと後方へと跳躍する。
 だが、ブレードも逃がしはしない。素早く後を追い、涼へと肉迫する。
「あぁ、そうさ、関係ないね!
 ケガしてようがかまうもんかよ! その上で挑んできたんだ、全力で相手してやらねぇと失礼ってもんだろうがよ!」
「悪いが、こっちはそういう流儀はないからな――サッパリわからん!」
 袈裟斬りに振り下ろされたブレードの斬天刀をかわし、涼はカウンターで突きを放つが、ブレードはそれを額のヘッドギアで受け止めて難を逃れる。
 なんとかして距離を離したい涼だが、ブレードもそれを見抜いているからこそピタリと喰いついて離れない。
 だが――
「――――――っ!」
 直前で気づいて後退、放たれた閃光をかわす。
「またてめぇか!」
 うめいて、ブレードは閃光の主――橋本へと向き直り、斬天刀の光刃で彼を狙う。
 しかし、橋本もまだ高校生とはいえプロの退魔士だ。光刃の軌道を見切ってそのすべてをかわし、反撃とばかりに両手の“金剛”と“白銀”を連射、ブレードの動きを止める。牽制で留まらず、気功炸裂弾を投げつけてより大きなダメージを狙うのも忘れない。
「私だって――いるんですからね!」
 さらに、鈴香もウォーターボウガンで援護し、二人は距離を置いたままブレードに執拗な攻撃を繰り返す。
「くそっ、遠くからチョロチョロと!」
 そんな二人の攻撃にイラつき、ブレードは斬天刀をかまえ、
「中途半端にしか覚醒してないクセして――チョロチョロしてんじゃねぇよ!」
 まずは橋本を狙った。叫ぶと同時に再び斬天刀を振るい、光刃をまき散らす。
 それを跳躍してかわし、橋本は再び気弾銃をかまえるが、
「おせぇんだよ!」
 すでにブレードは眼前にまで迫っていた。そのまま振りかぶっていた刃を振り下ろし――
「させん!」
 その斬撃は涼が防いだ。影天棍で刃を弾き、その斬撃は橋本のすぐ脇に叩きつけられる。
「橋本、お前は下がってろ。
 お前の戦闘スキルは後衛向きだ」
「そうはいくかよ! ケガしてるヤツを先頭にして戦えるか!
 オレだって短距離ショートレンジは苦手じゃない! 十分前衛で戦える!」
 涼の身を案じ、言い返す橋本だったが、
「これはいつもの対霊・対魔戦とは違う!」
 涼はそんな橋本にキッパリと言い返した。
「ヤツのパワーは、さっきお前が戦った瘴魔獣などとは比べ物にならない――今のお前に、ヤツの力場を効率的に破る手段などない。
 未だ覚醒しきっていないお前が前衛に出ても、たちまち斬り殺されるのがオチだ!」
「だからって――」
 なおも反論を重ねようと口を開き――橋本は気づいた。
 そういえば、さっきブレードも似たようなことを――
「ちょっと待て……
 今、『覚醒しきっていない』って言ったよな」
「――――――っ!」
 その言葉に、涼はようやく自分の失言に気づくがもう遅い。橋本はその反応にある確信を得ていた。
「つまり……お前、知ってたんだな?
 “オレもブレイカーだ”ってことに」
「………………あぁ」
 もう隠していてもしょうがない――涼は素直にうなずいた。
 そんな二人の様子に気づき、ブレードは一旦間合いをとり、鈴香の動きに注意を払いながら眺めている。
 正直、待っていてやる『義理』などないのだが――『理由』ならあった。
 自分も仲間を持つ身だからわかる――作戦会議でもない、仲間同士の会話の最中に斬りかかるほど無粋な性格をしているつもりはない。それに『めんどうだから』と会話を打ち切らせても向こうは続きが気になって自分との戦いに集中できないに決まっている。それこそ彼の本意ではない。
 それに、本音を言えば現在精霊獣との契約に悪戦苦闘している青木――彼の精霊獣も見ておきたいという気持ちも確かにあった。
 戦略的には以ての外だろうが――戦いに嗜好を見出す者として、強い相手は大歓迎なのだ。
 それらの要素をひっくるめて考えた結果、放っておくのが最良だろうと判断したのだ。
「確かに、お前はオレと同じ“影”のマスターブレイカーとしての素養を持っている。
 オレは瘴魔からこの街に同じ属性、同じランクの素養を持つ者がいることを知らされた。監視し、仲間に引き込むよう指令を受けた――そしてお前を見つけ出し、お前に近づいた。
 だが――それはお前を瘴魔に引き込むためではなかった」
「どういうことだよ?」
 尋ねる橋本に、涼は答えた。
「オレの真の目的は瘴魔の打倒だ。そのためにお前に近づいた。
 ヤツらの命令を逆手に取り、お前を対瘴魔の戦士として覚醒するその時まで、守るために……」
 そうだ――そのためにこそ涼は今まで戦ってきた。
 瘴魔に協力するフリをしてジュンイチ達と戦い、その弱点を指摘し、そして青木をブレイカーとして覚醒させ――瘴魔側に正体が露見し、深い傷を受けてもなお戦い続けているのも、すべては瘴魔を倒すため――
 ジュンイチを異界に飛ばしたのもそのためだ。ジュンイチに『あること』を果たしてもらうために。
 橋本を前にして、初めて『瘴魔の打倒』という自分達と共通する目的が彼の口から語られた――そんな涼を、鈴香は感慨深げに見つめていた。
 最初は明確に敵だと認識していた。弱点をついて自分達を倒し、悠々と去っていったのも単なる余裕だと思っていた――だが、その裏で彼はずっと自分達の成長を促してくれていたのだ。
 たとえ自分達から敵として憎まれ、疎まれようと、彼はその道を違えなかったのだ。
「……なるほど」
 そして、涼の言葉に、橋本もまたうなずいて納得を示した。
 だが――まだ聞いておくことがあった。
「その事情が本当だとすれば、お前、瘴魔にオレがブレイカーだってことを知らせてないんだよな?」
「あぁ。
 あくまでお前は『人間として生活するため、カモフラージュとして選んだルームメイト』ということになっている」
「少なくとも、瘴魔に対しては出し抜く余地あり、か……」
 ブレードのことを無視しているワケではないが、今の内に少なくともそれだけは確認しておく必要があった。
 この場を切り抜けた後――その時のことが読めていたがために。
 無論、それはこの場を切り抜けることが大前提なのだが――光明もないワケではない。
「んじゃ、青木さんが契約を済ませるまで、オレ達で抑えておくとしましょうか♪」
「同感だ」
 橋本の言葉にうなずくと、涼は影天棍をかまえ――跳躍した。
 光明を――青木と精霊獣の契約の場を守りぬくために。

「いっくぞぉっ!」
 緊張感のカケラもない掛け声と共に、マリアは自分の精霊器である巨大な鎚――“砕天鎚”を振り下ろす。
 狙いはやはり射手であるライカ――だが、
「――――――っ!」
 その一撃はライカをとらえなかった――彼女の手にした“光天刃”によって受け止められ、マリアは驚愕で目を見開いた。
 巨大な砕天鎚を受け止めたパワーについては、ブレイカーにそういった物理法則を求める時点で間違っている。
 だが――よりにもよって、砕天鎚を止められたこと。それが信じられなかった。
 砕天鎚の持つ、その能力を知るが故に。
(そんな……!?
 あたしの砕天鎚の能力は“接触した無機物の完全破壊”――装重甲メタル・ブレストや精霊器も例外じゃないのに……!?)
 そう――砕天鎚は打撃の瞬間、接触した無機物を問答無用で破壊する能力を有している。当然、ライカの光天刃も、受け止めた瞬間に粉々に砕け散っていなければおかしいはずなのに――
「どういうこと!?
 アンタのその剣――どーなってんのよ!?」
「答える義務は――ないわね!」
 マリアに言い返し、ライカは彼女を押し返す。
 だが、タネを明かせばなんてことはない。彼女の精霊器、光天刃の能力は“空間湾曲”――本来ならばマスター・ランクのツールのみに許された空間湾曲を彼女の光天刃も使うことができるのだ。
 その“力”で刃全体をコーティングし、砕天鎚の直接接触を避けた――何の能力を有するかもわからない相手の精霊器やツールを、わざわざ受け止めてやるつもりなどないのだ。
 一方で、ジーナとファイは戦いの早期決着を狙い、相手がそうしたように敵の射手――椿を狙った。一気に間合いを詰め、それぞれのツールを繰り出すが、その攻撃はいとも簡単に止められた。
 瞬時に展開された氷の防壁によって、その攻撃が受け止められたのだ。
 そして、その壁から伸びた氷の触手がジーナ達を狙うが、ジーナ達も直前でそれを回避する。
「フフフ、私を狙ったところまでは賢い選択だったけど……残念ね」
 間合いを取って着地する二人に告げ、椿は自分の手の中にある宝玉型の精霊器を見せた。
「このまま戦ってもつまらなさそうだから、ハンデとして教えてあげる。
 私の精霊器であるこの“凍天玉”の能力は“反転攻防”。使用者が攻撃行動をとれば防御行動、防御行動をとれば攻撃行動――使用者の行動の反対の行動を行うの。
 つまり――この凍天玉の能力を発現させている間、私は攻撃と防御を同時に行い続けることができる――おわかりかしら?」
「なるほど……よくわかりました」
 椿の言葉にうなずき、ジーナは懐からそれを取り出した。
 “力”を注ぎ込み、それを――手にした扇子を彼女の精霊器“陸天扇”へと作り変える。
 ファイに下がるよう告げると椿へと向き直り、
「ですが、ハンデなどいりません。
 私も教えてあげます――この陸天扇の能力を!」
 告げると同時に広げた陸天扇を大地に叩きつけ――彼女の左右の大地がまるで柱のように隆起。さらに椿に向けて無数の岩を弾き飛ばす!
 それを氷の防壁で受け止める椿に、ジーナは告げた。
「見ての通り、“岩盤の武器化”がこの陸天扇の能力です。
 おわかりでしょうか?」
「……上等じゃない……!」
 わざわざ先の自分のセリフを真似て挑発してくるジーナの言葉に、椿はさして怒る様子もなく――むしろ口元に笑みを浮かべた。
「なら、次は私のツール――
 今度は教えてあげない。その能力――見極めてみなさい!」
「望むところです!」

「いっけぇっ!」
 咆哮し、橋本が放った気弾銃の閃光をブレードは斬天刀で薙ぎ払い、
「そこっ!」
 そのスキに背後の死角に回り込んだ涼の影天棍を受け止める。
「いいぞ、いいぞ! 動きが良くなってきやがった!
 そのままオレを、楽しませろよ!」
 二人がかりとはいえ、自分と互角の戦い――ブレードは心の底から楽しそうにそう告げると、二人に向けて光刃を放つ。
「――影よ!」
 傷を受けた今の身体で、この攻撃をかわすのは難しかった。涼は影天棍を通じて自らの影に干渉、質量を与え、足場として操ってブレードの光刃をかわす。
「涼!?」
「気にするな!
 まだやり方次第で戦闘は十分に可能だ!」
 うめく橋本に答え、涼は影の足場に影天棍を突き立て――そこから伸びた無数の影の触手がブレードへと襲いかかる!
 それをブレードが斬り飛ばすのを感じ取りながら、涼は青木へと視線を向けた。
 青木は未だ、結晶体を手にしたまま途方にくれている。
「どうした、青木……!」

「あぁ、もうっ!」
 とりあえず“力”を流し込んでみるものの、どれだけ流し込もうと結晶体は何の反応も示さない――青木は未だに契約どころか、精霊獣を呼び出すことすらできずにいた。
 そうしている間にも、橋本や涼、鈴香はブレードと激しい戦闘を繰り広げている。
 少なくとも、精霊獣同士の戦いはこう着状態に陥っているようだが――橋本達の方はそうもいかない。
 何しろこちらは重傷者をひとり抱えている状態だ。長引けばこちらがどんどん不利になっていくのは明らかだ。
「くそっ、何とかしないと……!」
 しかし、何かしないことには事態は動かない。青木はブレードや涼が呼びかけによって精霊獣を呼び出していたことを思い出し、手にした結晶体に向けて叫んだ。
「オイ! 中にいるヤツ!
 こっちは覚醒したてで何もわかんねぇんだ! とっとと出てきて契約に協力しろ!」
 が――やはり結晶体は何の反応も返さない。
「いるのはわかってんだ! いいから出てこい!
 そうでないと、この石ごと叩き割るぞ!」
 こっちだって急ぎなのだ。なりふり構っていられない。青木は何の反応も示さない結晶体に対し、ムキになって言い放ち――
《割られてはかなわんな》
「え――――――?」
 唐突に聞こえた声に青木が思わず呆け――そんな彼を、突然結晶体から巻き起こったエネルギーの渦が包み込んだ。

「始まったか……」
 青木を包み込んだエネルギーの渦には涼達も気づいていた。ようやく始まった契約の兆しに涼はつぶやき――
「やれやれ、ようやく尻に火がつきやがったか」
 そう言うと、ブレードは唐突に間合いを取ってかまえを解いた。
「……何のつもりだよ?」
 思わず尋ね――橋本はすぐに思い直した。
「……いや、いい。
 なんとなく想像ついた」
「理解が早いじゃないか」
 橋本に答え、ブレードは斬天刀を肩に担ぎ、
「アイツが契約を終えるまで、待っててやるよ。
 オレも、できるだけ万全の状態でヤツと戦いたいからな」
 待つと決めた以上、ブレードの行動方針は完全にそれに即したものとなっていた。精霊獣と契約した青木と戦うため、今は『橋本達と戦う』などという選択肢は彼の頭の中からはすでに消滅していた。
「だと思ったよ。
 けどな――」
 だが、ブレードのその言葉に、橋本は“金剛”と“白銀”をかまえ、
「させると、思っているのか!?」
 咆哮と同時――涼がブレードへと影の刃を解き放つ!

「ここは……!?」
 見渡す限り真っ白な光に包まれ、何も見えない――そんな空間の中、青木は周囲を見回してつぶやいた。
 と、そんな彼の元に声だけが届いた。

――“私”の中だ――

「誰だ!?」

――ずいぶんな言い方だな。貴様が呼んだのだろう?――

「え――――――?」
 返ってきた答えに、青木は思わず動きを止めた。
 では――この声の主が?
「じゃあ、お前が……」

――いかにも。私は“獣”の属性をその身に宿す精霊獣だ――

 四方から響いてくるその声で青木の言葉に答え――精霊獣は尋ねた。

――さて、前置きはこのくらいにして本題に入ろう――

――汝は何故に私を欲した? 何故に私の宿る“精霊石”を手にした?――

「ンなの、決まってる!
 戦うための力を求めて、オレはアンタを呼んだ!」
 断言する青木――だが、精霊獣は告げた。

――それは、私の求める答えではない――

「何………………?」

――私が求めるのは、もっと根本的なものだ――

「根本的な、もの……?」
 訝り、眉をひそめる青木に、精霊獣は告げた。

――『戦うための力を求めた』、そんなことは私を呼び出した時点でわかりきっている――

――私が尋ねているのは、それが“何故の戦い”なのか、だ――

「戦いの目的を聞いてる、ってワケか……」

――我ら精霊獣の強大なる力は、時として世界そのものをも揺るがす――

――故に選ばねばならない。本当に、私の主となり得る人物なのかどうかを――

「こっちに選択権はないワケだ」

――力を持つ者としての責務、それは主だろうと従だろうと変わりはしない――

 精霊獣の言葉に、青木は静かに眼を閉じた。
 自分がなぜ力を求めたか、その根本――何のために戦うのか、その理由に思いを馳せる。
 そう――思いを馳せた。ただそれだけだ。
 そんなこと、今さら考えるまでもなくわかっているのだから。
「そんなの、簡単だ」
 気がつけば、その口はすでに言葉を紡いでいた。

「守りたいものを、守るためだ!」

「――――――む?」
 青木を飲み込んだエネルギー流に変化を見とめ、ブレードは動きを止めた。
 エネルギー流がほどけていく――
「契約が……終わった……!?」
 鈴香がつぶやき――解けたエネルギー流の向こうからそれは姿を現した。
 青木――そして、彼の従える精霊獣の姿が。
 文字通り巨大な獣だ――しかし、獅子の頭に巨大なトカゲを思わせるウロコに覆われた身体。猛禽の翼を持ち、尻尾はそれ自体がヘビ――いくつもの獣の特徴をその身に見せている。
「……さしずめキマイラ、ってところか……」
《いかにも》
 その姿を前に、ギリシャ神話の怪物の名をつぶやくブレード――その言葉に、その精霊獣は悠々とうなずいてみせた。
 そして、ブレードに対し正面から向き合い、堂々と声を上げた。
《遠くの者は音に聞け! 近くの者は目にも見よ!
 我こそは新たに青木啓二殿を主と掲げし“獣”が精霊獣――》
 そして、名乗った。
《獣武神ダイナスト・オブ・キマイラなり!》

『――――――っ!?』
 ダイナスト・オブ・キマイラの出現によって巻き起こった精霊力の渦――その“力”はライカ達にも感じ取ることができた。一様に驚き、動きを止める。
「な、何よ、あのバカデカい精霊力は!?」
「青木さん……? ううん、どこか違う……」
 圧倒的な、そして猛々しいその“力”にライカとジーナがつぶやくと、
「そう……そういうこと……」
 椿はその“力”の正体に気づいていた。
「現れたのね……
 新しい精霊獣が……」
 その口元には――笑みが浮かんでいた。

「へぇ、わざわざ名乗ってくれるたぁ、ありがたいこった。
 獣“武神”の名はダテじゃねぇってか!」
 ダイナスト・オブ・キマイラのその“力”に真っ向から対しても、ブレードは余裕の態度を崩さなかった。嬉々として斬天刀をかまえ、
「こっちに合流しろ、マンティス!
 おもしろくなってきやがった!」
《おぅよ!》
 そのブレードの声に従い、シュレッド・オブ・マンティスもまた主の下へと馳せ参じる。
 と――シュレッド・オブ・マンティスはダイナスト・オブ・キマイラを前にして眉をひそめた。ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべて声をかける。
《おやおや、誰かと思ったらカタブツのキマイラ殿じゃねぇか》
《貴様こそ久しいな、マンティスよ》
「あれ、知り合いなのか?」
《うむ。永きに渡る腐れ縁、と言ったところか》
 気になり、尋ねる青木にダイナスト・オブ・キマイラはそう答えた。
《あやつは我ら精霊獣の“力”が人の世に及ぼす影響など意にも介さず、ただ戦いのみを求める戦闘狂。時には闇の者とさえ契約したこともあった。
 それ故に私とは意見が合うことなどなく、代々の主と共に幾度となく刃を交えてきた》
《そういうこった》
 ダイナスト・オブ・キマイラの言葉に答えたのはシュレッド・オブ・マンティスだった。
《ま、ここ200年ほど顔を見てなかったが……大方バカな人間どもにでもとっ捕まってたんだろ。精霊石ごとな》
《人間は愚かではない。その認識は改めるべきだ》
《ヤなこった。
 ブレイカー以外の人間なんて、戦う力なんてロクに持っちゃいねぇ。そんなヤツ、バカ以外の何だってんだよ!?》
 あっさりとそう答えると、シュレッド・オブ・マンティスは両手の鎌をこちらに向ける。
 完全に戦闘体勢だ。
「交渉決裂、だと思うべきだぞ」
《うむ……やはりこうなってしまうか》
 青木の言葉に答えると、ダイナスト・オブ・キマイラはシャドー・オブ・デスサイズへと向き直り、
《貴公も久しいな、デスサイズ。
 積もる話もあろうが――今は戻れ。主を癒す力になってやるのだ》
《……よかろう。
 ここは貴様に任せよう》
 そう答えると、シャドー・オブ・デスサイズは涼の手にした結晶体――精霊石の中に戻っていく。
「橋本、お前も鈴香と下がってろ。
 こっちは契約したてで加減が聞かないからな――巻き込まれても文句は受けつけないぞ」
「お、おう……」
 ダイナスト・オブ・キマイラがどれほどの力を持つのか――それは青木や彼の周囲で渦巻く精霊力の渦を見れば容易に想像がつく。
 確かに巻き込まれたくはない――橋本はコクコクとうなずくと鈴香やガルダー、ファントムを促して涼の所まで退避する。
 それを見届けると、ダイナスト・オブ・キマイラはブレード達へと向き直り、
《待たせたな。
 では――始めようか》
 その言葉と同時――戦闘が再開された。

《くらいさらせ!》
 先制したのはシュレッド・オブ・マンティスだった。叫ぶと同時、両手の鎌から無数の光刃を放つ。
 だが、ダイナスト・オブ・キマイラは右前足を大地に叩きつけ、跳ね上がった地面が光刃を防ぐ盾となる。
「――――――っしゃ!」
 両者の攻防で舞い上がる土煙の中、ブレードは斬天刀をかまえて間合いを詰め――しかし、その一撃は青木がスティンガーファングで受け止める。
 次いで、青木は左の獣天牙でブレードを狙う――が、それをブレードは瞬時に間合いを広げてかわす。
「意外だな。てっきりあのまま接近戦でくると思ってたんだが」
「同じ分野でバカ正直に張り合ってもつまんねぇだろうが!」
 青木に言い返すと、ブレードは再び間合いを詰め、
「てめぇの自慢はそのバカ力だろ! となりゃ――こっちは速さで対抗だ!」
「やれるもんなら、やってみろ!」
 ブレードに言い返すと、青木は獣天牙に力を込め――

 ――百獣憑依・狩猟豹チーターin両足レッグ

 チーターの瞬発力を付加した両足で跳躍。ブレードの斬撃をかわす。
 そのまま、青木はそのスピードを維持したままブレードの背後に回り込み、
「いっ、けぇっ!」
 その瞬発力を活かした蹴りでブレードを蹴り飛ばす!

《オラオラオラオラァッ!》
 咆哮し、シュレッド・オブ・マンティスは次々に光刃を繰り出すが、ダイナスト・オブ・キマイラも自らの力場を強化した防壁でそれを防ぎつつ間合いを詰め、
《むんっ!》
 力任せの一撃を叩きつけるが、シュレッド・オブ・マンティスもそれをかわして間合いを取る。
《やるじゃねぇか。
 長い封印でなまってるワケじゃなさそうだな》
《そういう貴様は、ずいぶん技の威力が落ちたな。
 速さばかりにかまけて、力の鍛錬を怠っていたのではないか?》
 笑みを浮かべて告げるシュレッド・オブ・マンティスにダイナスト・オブ・キマイラが答えると、
「マンティス! こっちに戻れ!」
 そんな彼らに――というよりシュレッド・オブ・マンティスへとブレードが声をかけてきた。
「すっげぇおもしろくなってきた!
 そろそろ全開でいくぞ!」
《おいおい、こっちだって楽しんでるんだぜ》
「どーせ、お前がこっちに来ればソイツも追ってくるだろ!」
《なるほど……了解だ!》
《させん!》
 ブレードの言葉に合流しようとするシュレッド・オブ・マンティス――それを防ごうとするダイナスト・オブ・キマイラだが、ブレードの放った光刃に阻まれ、結局合流を許してしまう。
《チッ…………》
「お前も戻れ!」
 舌打ちするダイナスト・オブ・キマイラに、青木が告げる。
「向こうの手に乗るのはシャクだけど――合流された以上、こっちも合流しないと太刀打ちできない!」
《心得た!》
 青木に答え、ダイナスト・オブ・キマイラも彼の元へとはせ参じる。
「っても、こっちはお前さんの扱い、まだほとんどわかんねぇからな……」
 しかし、まだ契約したての状態では高度な連携などできそうにない。青木はどうするべきかしばし考え――結論が出た。
「とりあえずスティンガーファングにお前の精霊力をありったけ注ぎ込んでくれ。
 それで一撃を叩き込むしか、今のオレにはできそうにない」
《わかった。
 制御のことなど気にするな。私がやってやる》
 対して、ダイナスト・オブ・キマイラは素直に応じた。青木のかまえたスティンガーファングに、自らの精霊力を流し込んでいく。
「へぇ……そう来たか」
 対して、ブレードはその様子から青木の次の一手に気づいていた。ニヤニヤとその口元に笑みを浮かべ、
「うれしいねぇ。
 “オレ達と思考パターン一緒じゃねぇか”
 な? マンティス」
《だな》
 ブレードの言葉に答え、シュレッド・オブ・マンティスもまたブレードの持つ斬天刀にその“力”を注ぎ込んでいく――

 両者の力は高まり、荒れ狂い、闘うのには十分でも決して広いとは言えない空き地に嵐を巻き起こす。
「いかん!
 お前ら、オレの周りに集まれ!」
 あれがぶつかり合ったりすればどうなるか――起こり得る事態に気づき、涼はあわてて戦いを見守っていた橋本や鈴香達に声をかける。
 そして、橋本達が集まったのを確認すると自分の精霊石を取り出し、
「出ろ! デスサイズ!」
《心得た》
 涼の言葉にシャドー・オブ・デスサイズが姿を現した。そして、涼や橋本達を包むように防壁を展開し、青木達とブレード達の激突に備える。
 これで自分達は耐えられる――しかし、涼の頬を伝った冷や汗は激突の不安から来るものでも、自身のダメージから来るものでもなかった。
(誤算だった……!
 瘴魔神将以外にも、これほどの腕前を持つ者まで乱入してくるとは……)
 あまりにも強力な瘴魔神将に対抗するため、マスター・ランクを増やそうと青木を急ぎ覚醒させたが――正直、実戦経験もロクに積めていない内からこれほどの強敵とぶつかり合うことになるとは思っていなかった。
 相手の実力は、現時点での青木を大きくしのいでいる――戦いを楽しむあまり油断が生じているのが唯一の救いだが、それでも勝ち目があるか、と聞かれれば正直うなずきかねる。
 この激突で間違いなく決着はつくだろうが――もし、その結果青木が倒れるようなことがあれば――
(負けてもかまわん……!
 だが、せめて死ぬな……!)

「んじゃま、そろそろ準備もできただろ」
「……見事な読みだことで」
 告げるブレードの言葉に、青木は苦笑しながら右半身を大きく引く。
 対して、ブレードもまた斬天刀をかまえ直し――両者の間の空気が一気に低下していく。
 一瞬にも永遠にも思える時間の後――気がついた時には、すでに両者の一撃は激突していた。

「あぁ〜あ、タイムアップみたいね」
「えぇ」
 こう着状態に陥っていたこちらの戦いは、その激突を感じ取ったことが終了の合図となった。マリアの言葉に椿が答え、二人はジーナ達から間合いを取ると一足飛びにビルの上へと飛び上がる。
「逃げるつもり!?」
「仕方ないでしょ。リーダーが帰るつもりみたいなんだから」
「また闘おうやろうね、みんな♪」
 ライカに答える椿のとなりで、マリアは無邪気に手を振りながらそんなことを言う。
 そして――二人はそのまま身をひるがえし、離脱していく。
「逃がすもんですか!」
「待って、ライカさん!」
 すかさずその後を追おうとするライカだったが、それを止めたのはジーナだった。
「青木さんと戦っていた、向こうのリーダーの“力”も遠ざかっています。
 なのに今追いかけたら、最悪の場合、リーダーも含めた3人を相手にすることになるんですよ!」
「そ、それはそうだけど……」
 ジーナの言葉にライカがうめくと、そんな彼女に駆け寄ってきたのはファイだった。
「それより、今は青木お兄ちゃんのところに行ってみよう!
 やっぱり覚醒したてだし……心配だよ!」
「……わかったわよ」
 ファイの言葉にしぶしぶうなずき――ライカは彼女やジーナの後に続いて走り出した。

「ってぇ〜……効いたぁ……!」
 すさまじい衝撃の後、青木は崩れ落ちてきたコンクリート片の中から姿を現した。
 周囲のビルはすべからずダメージを受け、衝撃をまともに受けた空き地側の壁は完全に崩れ落ちている。ビルそのものが倒壊しなかったのはもはや奇跡に近いだろう。
「キマイラ、ヤツらは?」
《マンティスの“力”が遠ざかっていくのを感じる。
 離脱したようだ》
「そっか……」
 ダイナスト・オブ・キマイラの言葉に、青木はうなずいて立ち上がり――腰が落ちた。
「あ、あれ……?」
《私を媒介もなしに顕現するからだ》
 状況が呑み込めず、疑問の声を上げる青木に、ダイナスト・オブ・キマイラはため息をついてそう告げる。
《マンティスがなぜ主のプラネルを媒介に顕現したのか、考えなかったのか?
 我ら精霊獣はその強大な力を持つが故に、主はただ使役するにも莫大な力を要求される。いかにマスター・ランクと言えど、顕現させるだけでも一苦労なのだ。
 だから、主は顕現の媒介としてプラネルを使う――ブレイカービーストから送られる精霊力によってその存在を維持しているプラネル達を媒介とすることで、顕現による負荷を極限まで軽減させることが可能となるのだ。
 しかし、もしそれを怠れば――貴様のようになる。以後気をつけるように》
「へいへい……
 そう思うんなら、とっとと戻ってくれないか?――おかげさんで、もう一歩も動けやしないや、まったく……」
《ふむ。それもそうだな》
 青木の言葉に、ダイナスト・オブ・キマイラはそう言いながら精霊石の中へと戻っていき――告げた。
《しかし、私はそんな貴様だからこそ力を貸す気になったのだぞ》
「は………………?」
《たとえ後先考えない行動であろうと――迷いを振り払いまっすぐに突き進むことのできる、まっすぐに立ち向かうことのできる、曲がることなきまっすぐな闘志――それこそが、『闘志』を司る“獣”のブレイカーの強さだ。
 その想いが貴様には確かにある――そのことを忘れるな》
「……わかったよ」
 気だるそうにそう答えると、青木はその場に大の字に寝転び――迫ってくる睡魔にその身をゆだね、目を閉じた。

「……肝を冷やしたが、これで青木の方はひと段落か……」
 その様子を、激突のドサクサに紛れて離脱した涼はビルの上から見下ろしていた。
「次は橋本の覚醒、そして精霊獣との契約、か……仕事は多いな」
《しかし、必要であろう?》
「あぁ……」
 シャドー・オブ・デスサイズに答え、涼はわき腹を押さえてつぶやいた。
「もう……時間はない」
 そこは、染み出してきた血で真っ赤に染まっていた。


Next "Brave Elements BREAKER"――

青木 「くっそぉ……ひどい目にあったぜ。
 あのブレードのヤツ、今度は絶対ブッ倒してやる!
 ――とか思ってたら、今度はアイツらの方に瘴魔が現れやがった!
 ヤベぇな……逃げろ、“瘴魔獣”
 次回、勇者精霊伝ブレイカー、
 Legend18『一閃・光刃合身!』
 そして、伝説は紡がれる――」


 

(初版:2006/02/26)