初めは、ただ利用することしか考えていなかった。
 あの頃のオレは、人としての感情などないに等しかった。
 故に、人との付き合い方などまるで考えず、ただ目的を果たす、そのことだけを考えていた。
 だが――

 そんなオレの生き方を、オレの選択を――

 “お前ら”は、いとも簡単にぶち壊した。

 

 


 

Legend19
「真の死神」

 


 

 

 関西の中心都市、大阪――
 その大阪の誇る観光名所のひとつ、大阪城――
 その天守閣、その屋根の上に、彼らは静かに佇んでいた。
 涼とメギドである。

「これで仕掛けは完了、か……」
 すべての準備を追え、涼はひとりつぶやいた。
「これがうまくいけば……すべてが動き出す」
 再びつぶやき――涼は自分の足元でメギドが不安そうに自分を見上げているのに気づいた。
「……どうした?」
「あ、うん……」
 その問いに、メギドはしばしためらい――告げた。
「これで……みんなは動き出すけど……
 ……けど……オレ達は、“終わる”んだよな……」
「………………あぁ」
 小さく告げたのは肯定の言葉。
「だが、お前達まで付き合う必要はない。
 新たなブレイカーを見つけ、ヤツらと戦う選択肢もある」
 そう告げる涼だったが――メギドは答えた。
「ヤだよ、そんなの。
 オレは涼のプラネルで、ソウルドラゴンは涼のブレイカービーストなんだ――だから、涼の代わりなんてどこにもいないよ」
「……そうか……」
 メギドの言葉に、涼は静かに振り返り、
「さぁ、最後の一仕事だ。
 ブレイカーズの到着まで、この場を死守する」
 告げると同時に、涼は天守閣から跳躍、虚空にその身を躍らせた。
 急速に迫り来る――瘴魔神将・黒影のシンの気配に向けて。

「マズいわね……敵の方が先に着いちゃう……!」
 形振りかまっていられない――カイザーフェニックスにまとめて乗り込み、大阪に向かう一行の中で、ライカは焦りもあらわにつぶやいた。
 シンの瘴魔力反応は彼女達もとらえている――レーダーに灯る光点は、明らかにシンの方が先に大阪に到着するであろうことを示していた。
「頼みの綱は先行してるファイだけ……
 やっぱ、出遅れたのは痛いわね……」
「それでも、行くしかないだろ!」
 うめくライカに答えるのは橋本である。
 まだ覚醒していない身では限界がある――と最初は同行をしぶったライカだが、涼の身を案じる橋本は頑として譲らなかったのだ。
「ムリするなよ、涼……!」

 だが――すでに遅かった。

「まさかそっちから出迎えてくれるとはな」
「こっちにも都合があるんだ」
 とあるビルの屋上――大阪の夜景を眼下に見下ろし、涼はシンの言葉にそう答えた。
 言葉はいらない――無言で多節棍を取り出し、影天棍へと作り変える涼に対し、シンもまた自らの獲物である大鎌をかまえる。
 両者の間の空気が一気に重みを増し――
『いくぞ!』
 同時に地を蹴った。
 互いの距離が瞬時に零になり――獲物が耳障りな金属音と共に激突する。
 次いで拮抗――互いに超重武器である。どちらも連続的な打ち合いは避け、力押しで打ち破りにかかる。
「ほぉ……大したパワーだ。
 鍛錬は怠っていなかったようだな」
「賛辞の礼は、貴様への死でいいな!?」
 シンに言い返すと同時、涼はシンの大鎌を受け流すとそのまま横薙ぎに影天棍を振るう。
 が、シンもそれをかわし、距離を取った二人は再び跳躍、激突する。
 スピードもパワーも、技術もまったくの互角。両者共にまったく退かない。
 何度目かの激突を経て――シンと涼は同時に後退した。距離を取り、場を仕切り直す。
「完全に互角、か……
 大したものだ。師として鼻が高いぞ」
「確かに貴様は師だが、今は敵だ」
 シンの言葉に、涼はあっさりと答える。
「オレとの師弟関係を利用して揺さぶりをかけるつもりならやめておけ。
 そういうのはザインの領分だろう。貴様はそういうことには向いていない」
「そういうつもりはなかったのだが……まぁいいだろう」
 言って、シンは大鎌を構え直し、
「心配せずとも、ゆさぶりなどするつもりはない。
 いや――“必要ない”
「何――――――?」
 疑問の声を上げる涼だが――すでにシンはその答えをもたらすべく地を蹴った。一気に間合いを詰めると大鎌を振り下ろす。
 素早く反応し、影天棍で受け止める涼だが、
「ぐ………………っ!」
 その衝撃で腹部の傷が口を開けた。全身を襲う痛みに涼は思わずうめき――そのスキを見逃すシンではなかった。涼の腹に――かつて自分が穿ったその傷に蹴りを叩き込む!
「が………………っ!?」
 壁に叩きつけられるも、すぐに体勢を立て直そうとする涼だが、そんな彼に向け、シンは大鎌の切っ先を突きつけた。
「詰みだぞ、涼」
 その言葉に涼が舌打ちするが、かまうことなくシンは彼に告げた。
「さて……このまま殺してもかまわんのだが……その前に、聞いておくことがある」
「何………………?」
 訝る涼に向け、シンはその質問をぶつけた。
「……貴様が覚醒させようとしている新たなマスターブレイカー、ヤツの使うブレイカービーストの在り処だ。
 貴様はヤツの覚醒を促すため、それを起動させたはずだ。
 だが、ヤツの大阪到着にはまだ時間がかかる――その場所を特定されないために、先手を打ってオレを迎え撃った。違うか?」
 だが、涼の答えはあっさりしていた。
「オレがなんと答えようと、貴様の推理は変わるまい。
 そして――オレがなんと答えるかもわかっているはずだ」
「………………だな」
 うなずき、シンは大鎌を振り上げた。
「では――さらばだ」
 告げると同時、刃は振り下ろされ――

「――――――っ!?」
 その一撃は涼を斬り裂きはしなかった。
 突然割った入った何者かが、両手に持った短剣でその一撃を受け止めたのだ。
 重量にものを言わせた一撃で、“彼女”の両足がビルの屋上にめり込む――だが、それでもなんとか耐えしのぎ、全身のバネで刃を押し返す。
 そして――
「残念だけど、涼お兄ちゃんは殺させないよ!」
 高らかに宣言し、ファイはシンへとハウリングダガーの切っ先を向ける。
「ジャマをするつもりか、ファイ・エアルソウル」
「当然っ!」
 シンの問いに対し、ファイは迷うことなく断言する。
「涼お兄ちゃんが、どうしてジュンイチお兄ちゃんをどこかに飛ばしたのかはわからないけど……きっと、ジュンイチお兄ちゃんのためのことだと思うから……
 だから、涼お兄ちゃんはあたし達の仲間だよ! 殺させたりなんかするもんか!」
「ま、待て!」
 宣言し、地を蹴るファイ――涼が制止の声を上げるが、彼女の耳には届かない。
「くそ……っ!」
 止まってくれないなら、直接捕まえて下がらせる――痛みの走る身体に鞭打って、涼はなんとか立ち上がり、ファイの後を追って跳躍する。
(どいつもこいつも――オレなぞかまわなければいいだろうに!)

 初めてあった時の印象は、正直言って悪かった。
 こちらとしては監視ができればそれでよかった。ブレイカーとしての資質を見極め、使えるようなら利用する――
 だから、オレは最初アイツとの距離を取ろうとしていた。
 だが、アイツはそんなことなど一切かまわず、ルームメイトとなったオレに対し、次から次にお節介を焼いてきた。
 もちろん、最初はうっとうしかった。
 だが――それも長くは続かなかった。

「きゃあっ!」
 斬撃を受け止めるが、やはり重量差は大きい――完全にパワー負けし、弾き飛ばされたファイを涼はなんとか受け止める。
「バカが! ノーマル・ランクの貴様がひとりでどうにかできる相手か!
 連携する相手もいないんだ――おとなしく下がってろ!」
「ヤ!」
 傷ついていようが、マスター・ランクである自分の方がまだマシだ――後退するように促すが、告げる涼の言葉にファイは迷わず即答した。
「涼お兄ちゃんはケガしてて、ここにはあたし達しかいなくって……戦えるの、あたししかいないんだよ!
 だから、あたしが戦わなくちゃいけない!」
 そう告げるファイの瞳に、迷いの色はない。
「戦う力があるのに……勝てない相手だからって、戦わない――そんなのズルいよ!」
 言って、ファイは涼の手を振りほどき、
「自分より強い相手でも、戦う力があるなら……打てる手があるなら、絶対にあきらめない。
 ジュンイチお兄ちゃんなら――きっとそうする!」
 言うなりきびすを返し、ファイは再びシンへと向かっていく――その姿に、涼は思わず毒づいた。
「結局、お前も柾木の影響を受けたひとり、ということか……!」

 橋本は、退魔士としてはかなり特異な部類に属していたと思う。
 オレ自身は退魔士については知識しかない。だが――そのオレから見ても、橋本はそうだと感じた。
 原因は――術や退魔武具の扱いなどの技術面とは別の――霊能者としての、橋本自身の持っている力だった。
 橋本の力は、死者の魂とこの現世との因果を、生前と同様のレベルにまで修復してしまう。すなわち――

 死者の成仏、それ自体をキャンセルしてしまう、“留霊”の能力者だったのだ。

 そんな異端の力を持つ橋本は、幼い頃から忌み子として疎まれていたらしい。宗家の子でなければ、その身にかなりの制約が加わっていたはずだ。
 だが――橋本はそんな環境にかまうことはなかった。むしろ、その“留霊”の力を存分に振るう道を選んだのだ。

「………………なぁ」
 その日、除霊の仕事を終えた橋本に、涼は突然声をかけた。
 友人として、何度か彼の除霊に立ち会った涼だが――腑に落ちないことがあった。
 橋本は、除霊に臨む前に必ず、相手の霊の意志を確認するのだ。
 現世に留まりたいのか、成仏したいのか――
 すでに理性を失ってしまい、意志の確認のできない者や成仏したい者はその場で祓ってやり、心残りがある者はそれが私怨などでない限りその解決に尽力してやる。そして――
 現世にとどまりたい者は、『人に迷惑をかけないこと』を条件に“留霊”で留めてやる。
 本来現世にあるべきではない霊を留めてしまう――それは明らかに退魔の者としての理に反する行為だ。なぜそんなことをするのか、涼には理解できなかった。
「お前……どうして留まりたいっていう霊を留めてやるんだ?
 すでに死した霊はこの世にあるべきではない――それはお前だって、わかってるはずだ」
「んー、そりゃまぁ、そうなんだけどさ」
 涼の問いに、橋本は頬をかきながら答えた。
「だからって、霊なら何でもかんでも除霊すればいい、っていうのも、何か違う気がするんだ……
 オレはこんな力を持ってるから、ガキの頃から霊との接点はとにかく多かった。理性の残ってるような霊と話すことも多くて……だからわかるんだ。
 霊も人間も関係ない――気の合うヤツならきっと友達に、仲間になれる」
「霊と、人間が、か……?」
「あぁ」
 怪訝な顔でつぶやく涼に、橋本はあっさりとそううなずく。
「人間じゃないから、もう死んでるから問答無用で除霊する――“影武うち”の連中にもそういうヤツらは多いけど……そっちの方がいいのかもしれないけど……少なくとも、無理やり除霊する必要はないと思うんだ。
 生きていようが死んでいようが、この世にいれば出会う機会はある――友達になれる機会はあるから……」
 そう言うと、橋本は自分の右手に視線を落とした。
「……オレ、正直言って昔はこの“力”が嫌いだった……
 この“力”のおかげで、オレは一族の中でも嫌われ者だったしさ……
 けど……」
 そこで一度息をつき、橋本は涼へと向き直った。
「そんなオレの“力”を、大切だって言ってくれたヤツがいる。
 相手が霊だろうと何だろうと、知り合えたなら、敵じゃないなら受け入れられる、そういうヤツがいる。
 そういうヤツがいるから――オレはこの“力”を誇っていきたい。そういうヤツらのために、この“力”を使っていきたい……」
「敵でなければ受け入れる、か……」
 その言葉に、涼は静かに考え――尋ねた。
「そいつの名は?」

「ザコがそろって、往生際の悪い!」
 咆哮し、シンが振るった大鎌を、ファイは身を沈めてかわし――
「――そこっ!」
 ハウリングダガーを突き出すが、シンもまたそれを読んでいた。後方に跳躍して回避する。
「逃がすもんか!」
 そんなシンを追い、ファイはさらに跳躍し――
「下がれ、バカ!」
 そんな彼女の背中の翼をつかみ、涼が彼女を引き戻し――次の瞬間、“真下”から飛び出してきた漆黒の刃がファイのいた空間を貫いた。
「え――!?」
「ヤツの属性が“影”だということを忘れたか!」
 驚くファイに答え、涼は影天棍を構える。
「影を影として認識できなければ干渉できないから夜間はあまり有効じゃない能力だが――ここがビルの屋上だということを忘れるな。
 周囲のビルの明かりで、いくらでも影はできる!」
「そういうことだ。さすがはオレと同じ“影”属性。
 だが、貴様は傷ついた身体の維持で“力”を使えない――状況は、圧倒的にオレが有利だ!」
 涼に言い返すと同時――シンは周囲の影から無数の触手を作り出した。

 出会ったソイツを見て、オレはすぐに気づいた。
 ブレイカーの素養を持つと。
 だが――戦力として取り入れるつもりはなかった。
 すでにこちらの計画は『自分(と使えるようなら橋本の力)で、瘴魔神将が出てくる前に一気に叩く』ことを前提として動き出している――新たな戦力候補が見つかったからといって、そうそう変更していてはキリがない。
 せいぜい、勝手に覚醒して勝手に動いて、こちらの戦力を削いでくれれば――そう思っていた。

 だが――甘かった。
 強すぎたのだ。

 どういうワケか、ヤツはあまりにも実戦経験を積みすぎていた。
 通常、どれほど強力な“力”を備えたブレイカーでも、覚醒の直後は“力”に慣れることが出来ず、振り回されるものだ。
 だが、ヤツはわずか2戦でその“力”を把握し、見事に使いこなしてみせた。
 あまりにも速すぎる成長スピード――それは、オレの計画を破壊するには十分すぎた。

 だが――だからといって、ヤツの力が決定打になりうるほどのものだとも言えなかった。
 確かにヤツの力は瘴魔獣を完全に凌駕している。だが――瘴魔神将には届かない。
 このままヤツが瘴魔に対抗し続ければ、いずれ瘴魔神将の出陣を招く。そうなれば――瘴魔の戦力が、オレ達の手に余るほどに増強されることは想像に難くなかった。
 ヤツが瘴魔神将に対抗できるほどに力をつければ別なのだろうが――おそらく、それよりも先に神将達は出てくるだろう――時間も限られてしまった今、オレは賭けに出るしかなかった。

 ヤツを異界に飛ばし、そこで修行させる。
 オレは当初からヤツを過小評価していた――そしてそれは今でも同じだろう。
 ヤツの力、そして成長スピードはオレの想像を超えていた。しかも、オレの推測が正しければ――あれでも全開ではないはずだ。
 そんなヤツが、もし“そうするしかない状況”で全力で修行に打ち込めば――
 その希望に賭け、オレはヤツを異界に転送した。
 おかげでシンにオレの正体を知られてしまったが――この賭けに成功すれば、受けた被害も取り返せるだろう。
 同時に“AEGIS”を動かし、青木を覚醒させ、セイントブレイカーを、ダイナスト・オブ・キマイラを与えた。
 ブレード率いる“DaG”の出現という誤算もあったが、なんとか事なきを得ることが出来た。

 そしてオレは――今、最後の賭けの最中にいる。

「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
 シンは自分がケガの治癒にために“力”を回していると読んでいた――ならばそれを利用しない手はない。咆哮し、涼は影天棍を大地に突き立て――周囲の影から飛び出した無数の刃が、シンの触手を薙ぎ払う!
「貴様……! 治癒に回していた“力”を!?」
「ここで貴様を倒せば万事解決だ!」
 うめくシンに言い返し、涼は追撃すべく地を蹴る。
 しかし――
「させん!」
 シンも負けてはいない。大鎌を振るって涼を牽制、新たな触手を作り出してこちらに差し向けてくる。
「あー、もうっ! これじゃキリがないよ!」
 これではシンの懐に飛び込めない――ファイは愚痴をこぼしながら触手をハウリングダガーで斬り落とす。
 だが――実戦経験の乏しい彼女に、この全方位からの攻撃は荷が重すぎた。死角から別の触手がファイへと迫る!
「危ない!」
「――――――っ!」
 涼が声を上げるが、間に合わない。ようやく気づいたファイは思わず目をつぶった。
 だが、その触手が彼女に届くことはなかった。
 突然横から伸びてきた手が触手をつかみ――
「ったく、普段しっかりしてても、そーゆーところは歳相応のガキだよな、お前」
 つかんだ触手に精霊力を流し込んで破壊し、青木はため息まじりに彼女に告げた。
「貴様……!」
「お前がシンか。
 そーいや、こうして対面するのは初めてだったよな」
 うめくシンに答え、青木は共に駆けつけてきたライカやジーナ、鈴香と共にシンと対峙する。
 そして、
「涼!」
 声を上げ、涼のもとには橋本がプラネル達と共に駆け寄る。
「橋本、お前……」
「黙ってろ! 今手当てしてやるから!」
 うめく涼に答え、橋本は手元に霊力を集め、治療の霊術を涼に施す。
「全員集合、というワケか……」
 一方、青木達の救援を前にしても、シンから余裕は消えない。むしろその口元に笑みすら浮かべてつぶやく。
「ずいぶんと、余裕じゃんか」
「余裕だからな」
 青木に答え、シンは大鎌をかまえ――消えた。
「え――――――?」
 思わずジーナは声を上げ――
「きゃあっ!」
 突然、真横から衝撃を受けて弾き飛ばされる!
「な………………っ!?」
 だが、シンの姿は見えない――予想外の攻撃にライカが周囲を見回し――そんな彼女の背後に、突如シンが現れる!
「――――――っ!?」
 驚愕する彼女に向けてシンの大鎌が迫り――だが、シンは直前で身を引き、その眼前を光の矢がかすめる。
 鈴香のウォーターボウガンである。
「ほぉ……オレの動きに反応するのか」
「橋本くんには及ばずとも、これでも退魔士のはしくれですから。
 カラクリさえわかれば、どうということはありません」
 感心し、告げるシンの言葉に、鈴香はあっさりとそう答える。
「今のは影を使った転移術――いくらでも影の出来るこの場の状況を利用し、貴方は影の中にその身を潜ませ、影の中を通ってジーナさん、そしてライカさんの背後に移動した――違いますか?」
 その鈴香の言葉を、シンは――
「……正解だ」
 あっさりと肯定した。
 だが――それは余裕でもなんでもない。彼にとっては確かな自信に伴うものだった。
「だが、それがわかったところで、貴様にはオレを捉える以外には何も出来ない――」
 言うと同時、シンは影の中にもぐり――
「――――――そこです!」
 鈴香はその位置を正確につかんでいた。青木の背後に出現したシンに向けてウォーターボウガンの矢を放つ。
 だが――
「フンッ」
 シンは、その一撃をいとも簡単に“片手で”弾いていた。
「な………………っ!?」
「言っただろう? 『何も出来ない』と」
 驚く鈴香に告げ、シンは青木の獣天牙をかわすとその場から後退し、
「いかに貴様がオレの姿を正確に感知しようと、貴様にオレの攻撃は通じない。
 唯一通じるのはマスター・ランクである“獣”のブレイカー青木啓二のみ――だがそちらはオレの動きに反応できない。
 つまり――お前達には、オレを倒すことなどできないのだ」
 言うと同時、再びシンは影へともぐる。
 青木達は必死にシンを探すが、影の中にもぐり、空間の中に存在しないシンの気配を探ることはできない。
 そして、シンは再び青木の背後に姿を現し――
「させるか!」
 咆哮と同時に放たれたその一撃はシンのものではなかった。
 突然飛び込んできたそれが、シンの大鎌を弾いたのだ。
 そして――
「貴様は相手は、最初からオレのはずだ」
 言って、涼はシンと静かに対峙した。

「くそっ、みんなが……!」
 影に潜って一撃離脱を繰り返すシンを前に苦戦を強いられる青木達――その光景を前に、橋本は涼に治癒の術を施しながら舌打ちした。
 このままでは危ない。こうなれば自分も参戦するしか……
 決意を固め、橋本は立ち上がろうと両足に力を込め――
「待て」
 それを止めたのは涼だった。
「お前には、まだすることがある」
「すること……!?」
 尋ねる橋本に、涼は答えた。
「よく見ておけ」

 そして、涼は戦場に舞い戻った。

「……多少は手当てを受けたようだが、果たして戦力になるのか?」
「“影”属性は前線での特殊能力に長けたタイプ――貴様と対等にやり合えるのは、今のところオレしかいない」
 シンに答え、涼は影天棍を手に彼と対峙。油断なくかまえをとる。
 だが、そんな涼に対し、シンは笑みを浮かべ、
「愚かな……
 所詮は“誠実”のキー・エモーションを持つブレイカー。志を同じくする者達を見捨ててはおけんか。
 だが、それが貴様の命取りだ!」
 言うと同時――涼達の周辺に異変が起きた。突然影が持ち上がり、檻となって彼らを捕らえる!
「捕獲の術!?」
「私達がそろうのを待ってたの!?」
 驚き、ファイとジーナが声を上げると、
「そういうことだ。
 貴様らを一まとめにし――そのまま一撃で叩きつぶすための仕掛けだ!」
 シンが告げ――彼の背後にデスサイザーが出現する!
「瘴魔機兵で、一気に決めるつもり!?」
 うめくライカの前で、シンはデスサイザーに乗り込むと彼らの捕らえられた檻へとその大鎌の狙いを定め――
「………………フッ」
 突如、涼の口元に笑みが浮かんだ。
「愚かなのは貴様の方だ、シン」
「何………………!?」
 その言葉に思わずシンは動きを止め――涼は告げた。
「不思議に思わなかったのか?
 “メギドが一度も姿を現さないことに”
「――――――っ!?」
 ようやくそのことに気づくシンだが――遅かった。飛来したソウルドラゴンの体当たりを受け、デスサイザーシンが弾き飛ばされる!
「自分達瘴魔神将がプラネルを持たないおかげで、メギドの存在を失念していたようだな」
 その拍子に捕獲術が解けた――影の檻から解放され、涼はシンにそう告げ、
「いくぞ、メギド、ソウルドラゴン!」
 咆哮し、ソウルドラゴンに飛び乗るとそのコックピットに飛び込んだ。

「エヴォリューション、ブレイク!
 ソウル、ブレイカー!」
 涼が叫び、ソウルドラゴンが翔ぶ。
 まず、両足がまっすぐに正され、スネの下方に位置していたアーマーパーツが倒れこむとつま先の爪をカバーし、両足の変形が完了する。
 続いて、バックパックに装備されていた2基のバーニアポッドが分離、両肩に合体すると肩アーマーとなり、両手の親指にあたる爪が腕の内側に収納、掌にあたる部分から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
 頭部が胸へと移動し胸アーマーになり、ロボットの頭部が飛び出しアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「ソウル、ユナイト!」
 涼が叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
 システムが起動し口元をフェイスガードが覆い、カメラアイと額のBブレインが輝く。
「影龍合身! ソウル、ブレイカァァァァァッ!」

「くそっ、やってくれる……!」
 突然の体当たりをうけ、シンはぶつけた頭を押さえながら身を起こし、
「だが、ソウルブレイカーのダメージも回復してはいまい。そんな有様でどう戦う!?」
 告げるシンだが――涼は答えた。
「別に、“戦う必要などない”さ」
「何――――――っ!?」
 思わずシンは眉をひそめ――その一瞬のスキを涼は見逃さなかった。一気に飛翔するとデスサイザーの懐に飛び込み、その機体にしがみつく!
「き、貴様、何のつもりだ!?」
「言ったはずだ――『戦う必要などない』と!
 貴様がデスサイザーを呼び出すところまで読んでいたんだ――手を打っていないとでも思ったか!?」
 うめくシンに言い返し――涼は吼えた。
「エナジー、リベレイション!」

 その瞬間、ソウルブレイカーの周囲にエネルギーの渦が巻き起こった。
 これが“エナジーリベレイション”の効果――Bブレインに蓄積されていた全エネルギーを解放、一時的に機体の出力を高めることが出来る。
 だが――それはBブレインに蓄えられていたエネルギーを完全に使い切ってしまう。文字通りの『最後のパワーアップ手段』なのである。

「貴様……何を考えている!?
 こんな状況で、エナジーリベレイションなど……!?」
 だが、この状況でエナジーリベレイションを使うその意味がわからない。使うのであれば、パワーアップした状態で必殺技を叩き込むのがもっとも理想の運用のはずだ。
 真意が読めず、戸惑うシンだったが――ふとある可能性に思い至った。
 その可能性を脳裏から締め出したい気持ちにかられるが――今の現状は、その可能性が最も高いことを示唆している。
 自然と、口が動いた。
「貴様……自爆するつもりか!?」

「自爆!?」
 その声は、青木達――そして橋本の耳にも届いた。涼の真意をさとり、橋本が声を上げる。
「何考えてるんだ! やめろ、涼!」
 とっさに声を上げる橋本だが――涼は告げた。
「治療の術をかけた時に、お前も気づいたはずだ……
 オレが、“どういう状態”か……!」
「………………っ!」
 その言葉に、橋本は答えることが出来ない。
 彼の言う通り――涼の身体の状態は、手当てした時に気づいていた。
 もう、助からない――身体を光熱波で撃ち抜かれた時点ですでに致命傷だったのだ。それを“力”で無理矢理維持してきたにすぎない。
 だが、その“力”ももはや限界だった。涼の身体はすでに死に、魂だけがしがみついている――そうたとえられるほどに弱っていた。
「もはや助からない命なら……もっとも効率のいい散らせ方をするまでだ!」
「だからって、自爆なんか――」
「動じるな、橋本!」
 反論しかけた橋本に、涼は鋭く言い放った。
「これは戦いだ。仲間の死は、戦いに身を置く以上、遅かれ早かれ訪れる――貴様も退魔士なら、そんなことはわかっているだろう!」
「け、けど……!」
 うめく橋本に、涼は告げた。
「オレは……戦士としてしか生きてこなかった……
 幼い頃に瘴魔に両親を殺され、対ブレイカーの戦士として育てられた。
 真実を知り、瘴魔の打倒を誓い――シンの指令を利用してお前に近づいた。
 最初は、お前もただ利用するための駒でしかなかった……
 だが、そんなオレを、お前が変えたんだ」
「涼………………?」
「お前は、オレが『かまうな』というのに遠慮なく寄ってきた。かまわず世話を焼いてきた……
 そんなお前とすごす内に、オレ自身も変われたんだ……!
 だからお前に後を託そうと思えた――お前に影響を与えたという、柾木にお前のことを託そうと思えたんだ!」
 橋本に告げ、涼は解放された“力”をさらに高めていく。
「だが、オレはお前に何もしてやれない……!
 戦士として生きてきたオレには、お前に恩を返す手段などありはしない……!
 オレにできるのは――お前が戦いに身を投じた時に、死なないように準備を整えてやることだけだった……!
 そして――これが仕上げだ!」
 “力”はすでに彼の制御を離れた。もはや止めることはできない。
 後は最後の一言を告げるだけ――その前に、シンは橋本に告げた。
 どんな形になるにせよ、“終わる”前に橋本に告げておきたかったことを――

「……お前と出会ってからの人生――悪くなかったぞ。
 さらばだ、“我が親友、崇徳”――」

 そして――告げた。

 

爆破エクスプロージョン

 

瞬間――大阪の夜空が光に包まれた。

 

「……涼ぉぉぉぉぉっ!」

 

橋本の、絶叫と共に――

 

「……この、バカヤロウが……!」
 閃光が消え、再び暗闇に包まれた空――見上げることもできず、橋本はその場に崩れ落ちた。
 握りしめた拳に滴が落ちる。次々に――
「どうせ死ぬなら、唯一のダチの、オレに看取られて死ねってんだ、このヤロウ!」
 涙と共に、どうしようもない感情をぶちまけ――そんな彼の目の前に、それは落ちてきた。
 涼の精霊石がくくり付けられた影天棍だ――“力”を失い、静かに多節棍に戻ったそれは橋本の目の前で分解、崩れ落ちた。
 もはや、涼の唯一の形見であるその多節棍へと、橋本はゆっくりと手を伸ばし――
「――――――っ!?」
 それを感じ取った。
 そんなバカな――信じたくない想いと共に、橋本は青木達と共に爆煙の立ち込める空を見上げる。
 そして、煙が晴れ――

  そこには、ボロボロになったものの未だ健在のデスサイザーの姿があった。

「……ハァッ、ハァッ、ハァッ……!
 あ、危なかった……!」
 姿を現したデスサイザーのコックピットの中で、シンは息を切らせてうめいた。
「とっさに結界を張らなければ、今頃は……!
 アイツめ、最後の最後まで、あがきおって……!」
 いくらデスサイザーで増幅していても、ブレイカーロボの、しかもマスター・ランクの機体の自爆に耐えられるほどの結界の展開によってかなり“力”を削がれていた。だが――
「それでも、残った連中を皆殺しにするには十分だ!」
「――来るわよ!
 鳳龍フォウロン、カイザーフェニックスを!」
 シンの言葉に、とっさにライカは鳳龍フォウロンに告げるが、
「待て」
 それを止めたのは――
「ここは、オレ達の出る幕じゃない」
 告げて――青木は橋本へと視線を向けた。

「何だよ、それ……!」
 うつむき、橋本は静かにつぶやいた。
「せっかく、涼のヤツが命を賭けたのに……自爆までしたのに……!
 それじゃあ、涼のヤツが無駄死にじゃねぇか……!」
 多節棍を握るその手に力が込もる。
「何のために、涼が命張ったのか、わかんねぇじゃねぇか……!」
 その手に霊力が集まり――さらに、魔力や気が込められ、新たな“力”へと変わっていく。
 そして――橋本は叫んだ。

 

「来い! シャドーグリフォン!」

 

 瞬間――大阪城が光に包まれた。
 光は大阪城の天守閣、その上空に集まり、形を作る。
 そして、その中からそれは姿を現した。
 翼を持った狼――グリフォンの姿を模したブレイカービースト、シャドーグリフォンが。
 背中のバーニアの奥から推進ガスが噴き出し――次の瞬間、シャドーグリフォンは一直線に飛翔した。
 主の――橋本の元に。

「あれが、橋本くんのブレイカービースト……!?」
 ついに姿を現した橋本のブレイカービースト、シャドーグリフォンの姿を見上げ、ジーナは思わず声を上げた。
「くそっ、させるか!」
 だが――シンもむざむざ橋本とシャドーグリフォンの合流を許すつもりなどない。デスサイザーを一直線に突っ込ませ――
「阻め、青龍、朱雀!」
 青木が叫ぶと同時、彼がファントムに召喚させていたイーストドラゴンとサウススパローがデスサイザーの突進を阻む。
 そんな中、橋本は目の前に佇むシャドーグリフォンの前に進み出て――その頭部のコックピットハッチが開いた。
 そして、
「……え、えっと……」
 そのコックピットの中から、小さな翼を持った子供の狼――シャドーグリフォンのプラネルが姿を現した。
 緊張を隠しきれない様子で一同を見回し――橋本で視線を止めるとおずおずと声をかけた。
「えっと……ボクのマスターの、パートナー、だよね……
 ボク、ヴァイトっていいます……」
「橋本崇徳。崇徳でいいよ」
 怯えた様子のヴァイトの言葉に、橋本は自分が怒りをあらわにしていたことを思い出し、笑顔を作ってそう告げる。
「で、早速だけど……」
 言って、橋本は上空で2体の四聖獣に足止めされているデスサイザーを見上げ、
「アイツを倒したい。
 協力してくれ」
「う、うん……
 シャドーグリフォン、行こう」
 橋本の言葉にうなずき、告げるヴァイトの言葉に、シャドーグリフォンもまた静かにうなずくのだった。

「エヴォリューション、ブレイク!
 シャドー、ブレイカー!」

 橋本が叫び、シャドーグリフォンが飛翔する。
 そして、その後ろ足が折りたたまれるように収納され、後ろ半身全体が後方へスライド、左右に分かれるとつま先が起き上がり、人型の下半身となる。
 続いて、両前足をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、獣としてのつま先と入れ替わるように拳が現れ、力強く握りしめる。
 頭部が胸側に倒れ胸アーマーになり、ボディ内部から新たな頭部が飛び出すと人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
 最後にアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「シャドー、ユナイト!」
 橋本が叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
 システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝く。
「影獣合身! シャドー、ブレイカァァァァァッ!」

「む………………っ!?」
 突然イーストドラゴンとサウススパローが後退した――訝るシンだが、合身を完了したシャドーブレイカーに気づいた。
「合身したか……
 だが、覚醒したての貴様に何ができる!」
「何が、か……」
 告げるシンの言葉に、橋本は静かに告げた。
「お前に、勝てる」
「ほざくな、小僧!」
 叫び、シンが手をかざし――周囲の地上から一斉に影が伸びた。それらは無数の触手となり、全方位からシャドーブレイカーに襲いかかり――

「――――――っ!?」
 シンは、自らの目が信じられなかった。
 一斉にシャドーブレイカーに襲いかかった影の触手――それらが一斉に動きを止めたのだ。
 シャドーブレイカーの周囲に展開された、力場の防壁によって。
「バカな……!?
 ただの力場で、オレの攻撃を!?」
「合身してわかったが……シャドーブレイカーやオレの力場は、防御力に極端に特化した絶対防壁らしいな。
 その程度の攻撃で、抜けると思うな」
 驚愕するシンに答え、橋本はゆっくりとシンに向き直った。
「シャドーサイズ!」
 橋本が告げると同時、かざしたシャドーブレイカーの右手に光が収束し、巨大な大鎌――シャドーサイズへと姿を変える。
「大鎌使いか……
 貴様は本来拳銃使いガンナーのはず。使いこなせるのか!?」
 そんな橋本に、シンは一直線に突っ込んで大鎌を振るい――
「使ってやるさ。
 お前を倒すためならな!」
 咆哮と共に、橋本はシャドーサイズを振るい、シンの大鎌を力任せに粉砕する!
 衝撃に負け、デスサイザーが吹っ飛ばされ――追撃すべく橋本は叫んだ。
「シャドー、サーヴァント!」
 その言葉に従い、シャドーブレイカーの背中の2基の大型推進システムが分離した。
 それは一直線にデスサイザーへと飛翔し、そこから放たれたビームがデスサイザーの四肢を撃ち抜く!
「バカな……っ!?」
「バカはお前だ!」
 うめくシンに言い返し、橋本は一気に間合いを詰めるとデスサイザーを蹴り飛ばす。
「涼の自爆を受けて、タダで済むワケないだろうが!
 耐えることはできたけど、もうお前の機体はボロボロだ――覚醒したてのオレにも勝てないくらいに!」
 そう――涼の自爆は決して無駄ではなかった。その威力はデスサイザーに決して軽くはないダメージを刻んでいたのだ。
(やられる――!?)
 このままでは危ない――シンは思わずデスサイザーを反転させるが、橋本も逃がすつもりはない。シャドーサーヴァントからビームを放ち、デスサイザーの推進部を破壊する。
「とどめだ!」
 一気に決める――決意と共に宣言し、橋本はシャドーサイズをかまえた。

「シャドーサイズ――解放リリーズ!」
 橋本がシャドーサイズをかまえて叫び――それを受け、シャドーサイズが内包していた精霊力を解放、シャドーブレイカーの周囲で渦を巻く。
 そのエネルギーを右手に集め、橋本はシャドーサイズの刃に右手を沿わせ、エネルギーを刃に込める。
 そして、橋本はシャドーサイズを大きく振りかぶり、
「影閃、炸裂!
 シャドー、ヴォーテックス!」

 渾身の力を込めて投げつけたシャドーサイズが、デスサイザーへと突っ込んでいき――高速で回転するその刃が、デスサイザーの身体を縦一文字に両断する!
 そして、ブーメランのように戻ってきたシャドーサイズを橋本がキャッチし、その切り口に“封魔の印”が現れ――デスサイザーは大爆発を起こし、消滅した。
 そして、橋本は荒れ狂う爆煙の中でゆっくりと爆発に背を向け、勝ち鬨の声を上げる。
「爆裂、究極! シャドー、ブレイカァァァァァッ!」

「くっ、くそ……!」
 しかし、それでもシンは生きていた――爆発の瞬間なんとか脱出に成功。戦場から遠く離れたビルの屋上に着地した。
「なんてことだ……このオレが、ここまで追い込まれるとは……!」
 だが――
「『追い込む』だけじゃ終わらないさ」
「――――――っ!?」
 その言葉に振り向くと、そこには橋本が立っていた。
 シンの離脱に気づき、シャドーブレイカーから降りて追ってきたのだ。
「くっ……おのれ!」
 逃げられないのなら――半ばヤケになったシンは大鎌をかまえ――銃声と共に、その刃が砕け散った。
 橋本の手の中の――“金剛”と“白銀”が姿を変えた銃型の精霊器によって。
「銃型の、精霊器……!?」
「らしいな。
 とりあえず、“影天銃”って名づけようか」
 うめくシンに答え、橋本は影天銃へと視線を落とし――
「敵の目の前で、余所見など!」
 そのスキをシンは見逃さなかった。一気に間合いを詰めて大鎌を振り上げる。
 刃を砕かれても殺傷能力が失われたワケではない。砕かれ、残った刃が橋本に迫り――
「――遅いよ」
 そう告げられた時には、橋本はすでに彼の脇を通り過ぎていた。
 “影天棍が変化した大鎌で”シンの身体を斬り裂いて――
「バカな……!?
 複数種類の、精霊器を……!?」
「精霊器はひとりひとつなんて――誰が決めたよ?」
 橋本が答え――身体を上下に断ち切られたシンはその場に崩れ落ちた。

「橋本くん……」
 勝ちはしたものの、どう言葉をかければいいものか――戻ってきた橋本に対し、ジーナは彼の名をつぶやくことしかできない。
 仇は討っても、涼が戻ってくるはずもなく、気が晴れるワケではない――うつむいたまま橋本は一同の間を通り過ぎ――そんな彼に青木が声をかけた。
「……多節棍、大事にしてやれよ」
「………………あぁ」
 それだけで十分だった。青木は息をつき、ジーナ達に撤収の準備をうながしたのだった。

 涼の最期を見届けた場――ビルの屋上で、橋本は夜空を見上げた。
 その手の中に残された、多節棍へと視線を落とし――
《橋本崇徳》
 そこにくくり付けられた精霊石の中から、デスサイズが声をかけてきた。
《……我はこれより、貴殿を主と定めよう》
「………………ありがとう」
 素直に礼を告げ、橋本は多節棍を連結し、夜空に向けてかざした。
 これから戦っていくであろう、シンの仲間達――瘴魔達のことを思い、告げる。
「オレの影天銃と、涼の影天棍を基にした“影天鎌”――
 オレと、涼の、二人の力で、オレはお前ら瘴魔と戦ってやる」
 そう告げ――訂正した。
「いや――オレと、デスサイズと、ブレイカーズのみんなとで、だ」

 涼――お前のやってきたこと、絶対に無駄にしない。
 お前の用意してくれた力と、お前から受け継いだデスサイズと、この多節棍で、瘴魔を倒す。
 あらゆる魔を討ち滅ぼす、死神になってやる。

 

お前のようなヤツを――二度と作らないように――


Next "Brave Elements BREAKER"――

ジーナ 「影山さんの犠牲で、ブレイカーとして覚醒した橋本くん。
 だけど、瘴魔の攻撃は終わりませんでした。
 今度は瘴魔神将が同時に二人も!
 その上ブレードさんまで現れて……!
 次回、勇者精霊伝ブレイカー、
 Legend20『襲来! 二大瘴魔神将』
 そして、伝説は紡がれる――」


 

(初版:2006/05/28)