「ふぅ……」
 息をつき、ジーナは掃除機を床に置いた。
「いつ帰ってくるかわからない以上、やっぱり掃除はしておかないとダメですよね……」
 そうつぶやき、見回すのはジュンイチの部屋――現在、家の部屋という部屋の大掃除中なのである。
 ジュンイチがいなくなって1週間。青木や橋本の覚醒やバスター・ランクへの初合体と、いろいろありすぎたおかげでずいぶんと永い時間が経ってしまったような気がする。
 そう……永い時間が経ってしまったような気がする。
 そしてその感覚は、彼女にジュンイチの不在を印象付けるには十分すぎて――
「ジュンイチさんがいるのが……いつの間にか当たり前になってたんですね……」
 つぶやき、ジーナはふと掃除の手を止めた。
 ブレイカーとしての覚醒からすぐにジュンイチを迎えに上京したジーナにとっては、ジュンイチが一番付き合いの長い仲間ということになる。そんな彼がこの場にいない――なんだか自分の半身まで持っていかれてしまったような気がする。
 そんなことを考えながら、再び部屋の掃除を進めることしばし――
「………………あ」
 ふと、押入れの中が手付かずなことに気づいた。
「そうですね。
 お布団とかも干さなくちゃいけないですし……」
 つぶやき、ジーナは押入れを開けて――
「え………………?」
 固まった。
 そこにあるのは、健全な男性PCユーザーなら持っていても別に不思議はないもの。別にあったとしても驚くには値しない――ジーナを驚かせたのは、その『状態』と『量』だった。
「な、何なんでしょうか……?
 この“未開封の”18禁PCゲーム“の山”は……」
 一瞬攻略しきれずに貯まっているのかと考えるが――それにしたってインストールだけでもしておくなりマニュアルを見るなり、少なくとも何割かくらいは封を開けたものがあるだろう。全部が全部未開封、というのは少しばかり不自然だ。
「まさか、店頭購入特典だけが目当て、とか……」
 趣味に対してはムダにブルジョワなジュンイチなら実際やっていそうでかなり怖い。
「とにかく、このままにはしておけませんね!
 教育上良くありません!」
 このままじゃ中の掃除もできませんし――と付け加えつつ、ジーナはそれらのゲームを抱えられるだけ抱え、処分すべく立ち上がり――
「………………」
 部屋の入り口まで来たところでふと足を止めた。
 しばし一番上の箱を眺め――つぶやく。

「…………私のPCでも動きますね……」

 

 その後、それらのゲームの行方を知る者はいない――

 

 


 

Legend22
「奪われたブレイカーベース」

 


 

 

「エヴォリューション、ブレイク!
 セイント、ブレイカー!」
 青木が叫び、セイントユニコーンが急上昇、その後を四聖獣のブレイカービースト達が追っていく。
 まず、セイントユニコーンの四肢が折りたたまれ、両後ろ足のパーツが背中側へと移動、ロボットの上半身へと変形する。
 続いて、イーストドラゴンとウェストタイガーの身体がまるで前屈でもするかのように折れ曲がり、それぞれの頭部を肩アーマーとした両腕へと変形する。
 ノーストータスは四肢を収納、機体後部が後方へとスライド式に引き伸ばされると左右に分割され、後端の甲羅状の装甲が起き上がり、つま先となり下半身が完成する。
 そして、セイントユニコーンにイーストドラゴン、ウェストタイガー、ノーストータスがそれぞれ合体、さらに背中に頭部を分離させ、バックパックに変形したサウススパローが合体する。
 分離したサウススパローの頭部は胸部に合体し、それに連動する形でセイントユニコーンの喉仏にあたる部位の装甲がボディ内部へとスライドして収納、その中から人のそれをかたどった顔面が現れ、口がフェイスカバーで包まれる。
 最後に額のユニコーンの角が周りのバイザーパーツごと起き上がり後方へと移動、現れた額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「セイント、ユナイト!」
 青木が叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
 システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝く。
「聖獣合身! セイント、ブレイカァァァァァッ!」

 合身を遂げ、セイントブレイカーとなって大地に降り立つ青木の前で、巨大化した瘴魔獣はまるで威嚇するかのように低いうなり声を上げる。
 付喪神の瘴魔獣だ――全身が旧型のパソコンの集合体で形成されている。
「さーて、おっ始めるか!」
 時間をかけるつもりはない――すぐにでも戦闘を開始しようと、青木は瘴魔獣に向けて身構えて――
〈――――青木さん!〉
 そこへ、ジーナからの通信が割り込んできた。
〈手助けはいりますか?
 合体しないと勝てそうにない、とか!〉
「いーよいーよ。大したことなさそうだ。
 バスターセイントブレイカーにならなくても、この程度の瘴魔獣なら楽勝だよ」
 ジーナの問いに青木が手をパタパタと振りながら答えると、
「それでも油断は禁物よ!」
 言って、ライカのユナイトしたカイザーブレイカーが舞い降りてきた。
「敵はどんな能力を持っているかわからないんだから。
 合体は不要としても――」
「あぁ、わかってる。
 全開の一撃で、一気に決める!」

「セイントブレイカー!」
「カイザーフェニックス!」
『爆裂武装!』
 青木とライカが叫び、飛び立ったセイントブレイカーを追ってカイザーブレイカーがユナイトを解いてカイザーフェニックスに変形、バーニアで飛び立つ。
 そして、カイザーフェニックスの脚部が畳まれ、首の付け根を境に上下に分離。ボディは一気に加速し、サウススパローの翼を下方に向けたセイントブレイカーの背中に合体してバックパックとなる。
 続けて首部はまっすぐに正され、セイントブレイカーの右腕に合体する。
「アーマード・ドライブ!」
 ライカが叫ぶと彼女の身体は光球に包まれ、ジュンイチがユナイトしているため無人となっているセイントブレイカーのコックピットへと転送される。
『セイントブレイカー、カイザーストライカーモード!』

「とどめの一撃――いくぜ、ライカ!」
 青木が叫んで右半身を引き、カイザーストライカーに左手をそえる形でかまえ、コックピットのライカの前にはターゲットスコープとトリガーがエネルギー形成される。
 そして、ライカはトリガーに手をかけ、
「ターゲット、ロック!
 ファイナルショット、スタンバイ!」
「おぅ!」
 ライカの合わせた照準に従い、青木が狙いをつけ――カイザーストライカーが螺旋状に放たれたエネルギーに包まれ、輝きを放つ。
 そして、チャージが完了した瞬間、
『カイザーストライカー、グランド、フィニッシュ!』
 二人が叫ぶと同時、ライカがトリガーを引き――次の瞬間、背中の4枚のウィングを広げ、セイントブレイカーは急加速と共に瘴魔獣へと突っ込み、エネルギーに包まれ、光のドリルとなったカイザーストライカーで瘴魔獣のボディを抉り抜く!
 そして、瘴魔獣の横を駆け抜けたセイントブレイカーがかまえを解き、瘴魔獣の身体に“封魔の印”が刻まれ――瘴魔獣は大爆発を起こし、消滅した。
 そして、青木とライカが勝ち鬨の声を上げた。
『爆裂、究極! セイント、ブレイカァァァァッ!』

 

「…………敗れたようだな」
 戦いの様子をアジトに投影されて映像で見物していたザインに、イクトは静かにそう告げた。
「突然『付喪神の瘴魔獣を貸せ』と言うから、言われたとおりのタイプのヤツを見繕ってやったが……ヤツらの敵ではなかったな」
「そうでもありませんよ」
 告げるイクトに、ザインは余裕の笑みと共にそう答えた。
「今回の策は――まだ終わってはいませんよ」
「何………………?」
「まぁ、それは結果をごろうじろ、といったところですか」
 訝るイクトだったが、ザインはすべてを語ることはなく、それだけ告げてその場を後にしていった。
 

「たっだいまぁ〜♪」
「あー、終わった終わった♪
 前回が前回だったから、どうなることかと思ったけど、なんか楽勝だったな」
 瘴魔獣を粉砕し、ライカと青木はそれぞれのプラネルを引き連れ、悠々とブレイカーベースに帰還した。
「あ、ケイ兄ちゃん、お疲れ〜♪」
「お疲れ様です」
 そんな二人をファイや鈴香が出迎え――
「お疲れなんてとんでもない!」
 とたん、青木はものすごいスピードで鈴香の前に飛び出し、その手を取って答える。
「あの程度の敵なんてメじゃないって!
 オレのパワーをもってすればあんなヤツ、後10体くらい来られてもヘッチャラだって!」
「は、はぁ……」
 気遣ってもらえたのがよほどうれしかったのか、満面の笑みで告げる青木に鈴香は少々気圧されて――
「ほほぉ……」
 そんな怒りの声は青木の背後から上がった。
「じゃ、次神将が出てきたら、ハイパー瘴魔獣を10体くらいデリバリーをお願いしようかしら」
「い、いや……それはマヂかんべんしてくれ……」
「っつーか頼むなよ」
 青木が鈴香に飛びついた際に突き飛ばされたのだろう――後頭部に大きなコブを作り、こめかみを引きつらせたライカの言葉に、青ざめた青木がうめくとなりで橋本がツッコミを入れる。
「とにかく、今回の敵は新顔さんなんだから、さっさと“ライブラリ”に登録しないと」
「えー?」
「『えー?』じゃないわよ。
 だいたい、今回の瘴魔獣、倒しても消滅しきらなくて、セイントブレイカーもカイザーフェニックスもまともに返り血と肉片浴びちゃったの、忘れたワケじゃないでしょ?
 登録のデータリンクのついでに洗ってあげないと」
「むー、確かに……」
「はい、わかったらさっさと行く!
 先行ってて。あたしもすぐに行くから」
「へーい」
 ライカの言葉にようやく鈴香の手を放すと、青木はまだ名残惜しそうにしながらもファントムを連れて司令室を後にした。
「ふぅ……」
「お疲れ様です」
 青木が去り、一息つく鈴香を労い、ジーナは彼女にお茶を差し出す。
「やっぱり圧倒されちゃいますか? あのテンションに」
「えっと……少しは」
 尋ねるジーナの言葉に、鈴香はそう答えて苦笑してみせる。
「あれだけまっすぐだと、一途に想ってくれているのはわかるんですが……いかんせん、応える間もなく終始圧倒されっぱなしで……」
「はぁ……」
(青木さーん、積極的アプローチが裏目に出てますよーっ!)
 少し困ったように告げる鈴香の言葉に、思わず胸中で警鐘を鳴らすジーナだったが――
「………………あれ?」
 ふとライカが気づいた。首をかしげるそのとなりで、同じく気づいたらしいジーナが尋ねる。
「…………『応える』
 もしかして鈴香さん、まんざらでもないとか?」
「えっ!?
 あ、いや、その……」
 ジーナのその指摘に、鈴香はまともにうろたえた。顔を真っ赤にして口ごもってしまうが――
「だ、だったら、そう言うジーナさんはどうなんですか!?」
「わ、私ですか!?」
 それでも鈴香は反撃に出た。思わぬ指摘に、今度はジーナがうろたえる。
「最初は『路銀がなくなったから』ってジュンイチさんのところに転がり込んだみたいですけど、未だに出て行ってないみたいじゃないですか。
 ひょっとして、ジーナさんもまんざらじゃないんじゃないですか?」
「あー、えっと、それは……」
 反撃とばかりに詰め寄ってくる鈴香の言葉に、ジーナは思わず目を泳がせる――そんな光景を楽しそうに見物していたライカだったが、
「……あ、それより、私はライカさんの方が気になりますね!」
「え゛!?
 ち、ちょっと、なんでそこであたしの名前が出るのよ!」
 突然話を振られ、ライカは思わず声を上げる。
「あ、あたしは関係ないじゃないの!」
「そうはいきませんよ。ひとりだけ高見の見物なんて。
 ファイちゃんはまだ早いとして、ライカさんだったら気になる人のひとりや二人、いるんじゃないんですか?」
「そんな人が何人もいるような浮気性じゃないわよ、あたしは!」
「じゃあいるんですね? ひとりは」
「う゛っ……」
 相手の方が上手だった――いともあっさりと鈴香の反撃を許し、ライカは思わず言葉に詰まる。
 こうなると止まらないのがイマドキの女の子だ。ジーナと鈴香だけでなく、ファイにまで目を輝かせて詰め寄られ、ライカは思わず後ずさりする。
「で、誰なんですか?」
「観念して白状した方が身のためですよ♪」
「さーさー、ライカお姉ちゃん♪」
「え、えっと……」
 3人の言葉に、ライカは思いっきり気圧されて――

 ――――――

(え――――?)
 そんなライカの脳裏によぎった人物は――
(え!? ちょっ!?
 なんで“アイツ”の顔が出てくるワケ!?)
 胸中で自問するが、当然今の彼女に思い当たる理由などひとつしかないワケで――
(ち、ちょっと待って!
 それって、まさか……“そういうこと”なワケ!?)
 考えれば考えるほど、その顔は真っ赤に火照る一方で――

「あぁぁぁぁぁっ、もうっ!
 そんなワケない! そんなはずないわよ!」

 気づけば、パニックに陥ったライカは、司令室の壁に額をガンガンと打ち付けていた。
「ら、ライカさん!?」
「どうしたんですか!?」
 突然の奇行に驚き、あわてて声をかけるジーナと鈴香だったが――
「何っ!?」
『い、いえ! 何でもありません!』
 逆にものすごい形相でにらみ返され、二人は思わず敬礼して引き下がるしかない。
(そうよ……そんなワケないわよ!)
 一方、そんな二人にかまわず、ライカは拳を握り締めて自らに言い聞かせる。
(あたしが“アイツ”のコトが――)

(ジュンイチのことが好きなんて……!)
 

「そうか……」
《申し訳ありません。
 ヘルガンナー自身のみならず、周囲一帯にも強力な妨害電波網が展開されていた模様です》
 腕組みし、うめく凌駕に、クロノスは申し訳なさそうにそう告げる。
 彼らがいるのはブレイカーベースではない。かと言って、柾木家のコンピュータルームでもなかった。
 市内のビル、その中に用意されたオフィスだが――当然のことながら、ただのオフィスではない。
 このオフィスだけではない――このビルそのものが、ジュンイチが用意した拠点のひとつなのだ。
 ブレイカーであることを考慮から外したとしても、ジュンイチは傭兵というその職業柄、とにかく物騒な事態に巻き込まれやすい。そういった『物騒な事態』に対応すべく、彼は傭兵稼業で稼いだ有り余る資金を用いてこういった拠点を各地にかまえているのだ。
 その施設は柾木家の地下施設に勝るとも劣らない――武器庫やシューティングブースはもちろん、ここからもクロノスへのアクセスが可能。もちろんセキュリティも徹底的に施されており、事実上ジュンイチと“関係者”以外はこの施設には立ち入ることすらできないだろう。

 話を戻そう。
 彼らが話題にしているのは先日の戦いで現れた機動兵器、ヘルガンナーのことだ――撤退時はもちろん、その後もその行方を懸命に追っていた彼らだったが、現在のところそのすべてが徒労に終わっていた。
「せめて、行方だけでもつかめれば打つ手もあったんだが……」
「ま、向こうもそれほどバカじゃないってコトですね」
 息をつく龍牙に答え、翼は手元の資料を片付ける。
《瘴魔対策本部の方では、何かわかっているのですか?》
「いや、現時点では何も……
 翼、キミは?」
「カズくん、仕事については筋を通す人だからねぇ……何かわかっても私に話してくれるとは思えないわ。
 今のところ、対策本部の情報は直接顔を出してる龍牙さんが一番詳しいわね」
 尋ねるクロノスだが、龍牙と翼もそろって肩をすくめるのみ。
「オンラインの方はどうだ?」
《やはり、かなりの量の目撃情報が出回っています。
 我々、瘴魔、DaGに次ぐ第4の勢力として、すでに多くの憶測が飛び交っているようですが、やはりその行方については……》
「そうか……」
 クロノスの答えに、龍牙は息をついてコーヒーをすする。
「できることなら、ジュンイチが戻るまでにある程度の情報をつかんでおきたいのだがな……」
「ですね……」
 龍牙の言いたいことはわかる――ため息をつき、翼は告げた。
「少なくとも、“ヤツら”が米軍とつながっていることはジュンイチもすぐに気づくはず……
 いくら“ヤツら”に対しては手加減無しと言っても、あの子が能力者や禍物以外にブレイカーの“力”を使うとは思えない……けど、逆に言えば、あの子自身の“力”はためらいなく使うはずよ。
 もしそんなことになれば……冗談でも何でもない、本当に日本中の米軍基地が地図から消えるわよ。
 あの子の――」
 

「“人間としての生”と引き換えに……!」

 

「ったく……ライカのヤツ、人を先に行かせて自分は何やってるんだ……?」
 ブレイカーベース内、メンテナンスルーム――自動洗浄システムを稼動させながら、青木はため息まじりにつぶやいた。
 普段はブレイカービーストたちが自動修復システムで修復しきれないような大きなダメージを負った際に使う緊急整備用のスペースだが、こういう洗浄システムもあるのはありがたい。特に青木は5体もブレイカービーストを持つ身だ。手作業で洗っていたら、どれだけ時間がかかるかわかったものではない。
 すでに四聖獣は洗浄済みで、ファントムによって異空間に帰してある。最後のセイントユニコーンの洗浄作業を見守る青木だったが――
「…………ん?」
 ふと、セイントユニコーンの収められたハンガー内に落ちているものに気づいた。
 瘴魔獣の残骸……その肉片だ。どこかの関節に挟まっていたのだろうか。
「……片付けとくか」
 このまま置いておくと綺麗好きな女性陣がうるさい。ため息まじりに青木は肉片に歩み寄り――しかし、肉片は突然破裂し、消滅してしまった。
「…………?
 何だったんだ……?」
 今までの瘴魔獣にはなかったことだ。思わず青木は眉をひそめ――次の瞬間、警報が鳴り響いた。
 

「どうしたの!?」
「わかりません!
 急にシステムが……!」
 警報と同時、室内のシステムが一斉にトラブルを起こした――突然の異変に、ジーナはシステムの確認を進めながらライカに答える。
 やがて、検索結果がモニタに表示され――
「――ウソ!?
 システムに侵入者!?」
「えぇっ!?」
「この基地のセキュリティシステムを、突破したって言うんですか!?」
「イメージグラフィック、メインモニタへ!」
 驚くファイや鈴香にかまっている余裕もない。ジーナはメインモニターにシステムの概念図を表示する。
 ツリー上に表示された全システムのうち、下層部はすでに大半が赤く染まっている。侵蝕を受けた証だ。
「侵入者って言うよりはウィルスね……
 クロノスの方は大丈夫なの?」
「クロノスは無事だと思います。
 クロノスの本体は柾木家の地下にありますし――ブレイカーベースのシステムがサイバー攻撃を受けた際、ファイヤーウォールが持ちこたえている間にケーブルを物理的にカットする仕掛けがあります。恐らくはもう……」
「逆に言えば、もう復旧するまでクロノスの助けは期待できないワケね……」
 ジーナの言葉に、ライカは息をついてつぶやく。
「それにしても、ここのセキュリティシステムを破るなんて……!」
 そううめくジーナは、あちこちで侵入を許しているシステムを立て直そうと懸命の抵抗を試みているが、今のところ状況は明らかに悪かった。
「ここのシステムは、ペンタゴンのセキュリティを基本に私が独自のカスタマイズを施して、AIプログラムのクロノスにも突破テストをしてもらった特別製なのに……!」
「って、何でアンタがペンタゴンのセキュリティデータなんか持ってんのよ!?」
 尋ねるライカの問いに、ジーナはあっさりと答えた。
「抜きましたから」
「……あー、そうなんだ……」
 

「クロノス!」
 庭でヤマトと遊んでいたところに突然の警報――あわてて地下に下りると、あずさはコンピュータルームへと飛び込んだ。
「何があったの!?」
《ブレイカーベースのシステムにウィルス侵入。
 セーフティによって私とのリンクが物理切断されました》
「えぇっ!?」
 クロノスの答えに驚き――あずさはすぐに聞き返した。
「それで……基地のみんなは!?」
《現在確認不能。
 “敵”侵入時、基地内に不在だったブレイカーは1名だけです》
「それは誰!?」
 

 ♪〜もっていけ最後に笑っちゃうのは私のはず〜♪
「あー、はいはい。
 ヴァイト、ケータイ取って」
「うん」
 涼の残していた資料庫――着メロを流し始めた携帯に応え、橋本は資料の山の中から顔を出した。ヴァイトに携帯を取ってきてもらい、液晶画面を見て眉をひそめた。
「あずさちゃんから……?
 もしもーし」
〈あぁ、橋本さん!?〉
 とりあえず応答してみると、明らかに焦った声が聞こえてきた。
「どうしたの?
 瘴魔の気配は今のところ感じないけど……さっき出たのだって、青木さんが片付けてくれたんだし」
〈そ、それが……
 ブレイカーベースがウィルスの侵入を受けちゃって、連絡が取れなくなっちゃったの!〉
「何だって!?」
 

「Aブロック陥落!
 警備システムが奪われたわ。各通路の隔壁がどんどん下ろされてる!」
「Bブロックもすでに侵入されてます!
 こいつ、速い……!」
 状況を把握し、声を上げるライカのとなりで、ジーナは懸命に端末を操りながらうめく。
「鈴香さん、ワクチンプログラムは!?」
「ダメです……逆にどんどん食いつぶされてます!」
「ぜんぜん抵抗できてない――ワクチンを解析されてるよ、コレ!」
 尋ねるライカだが、鈴香とファイの答えも芳しくない。
「ワクチンを自己進化させます!
 コマンドを送りますから、被害フォルダへの直接インストールを!」
 守りに徹していては防ぎきれない――反撃に転ずるべく、ジーナはワクチンプログラムの強化に取りかかり――
「それにしても、何なのよ、コイツ……!」
 そんな中、ライカは舌打ちまじりにつぶやいた。
「普通、ウィルスのやることって言ったらシステムを使えなくしたり、データを流出させたりとか、そんなトコでしょ!?
 なのにコイツは、掌握した警備システムを使って隔壁を下ろしたり、こっちのワクチンを解析して随時対応してきたり……まるで自分の意志を持ってるみたいじゃない!」
(え…………?)
 ライカのその言葉に、ジーナは思わず眉をひそめた。作業の手を止めることなく尋ねる。
「ライカさん……
 今回の瘴魔獣って、パソコンの付喪神だったんですよね?」
「え?
 うん、そうだけど……それがどうしたのよ? アイツはもう倒しちゃったのよ」
「けど……もし、あの瘴魔獣が死んでなかったら?」
「え……?」
 ジーナの挙げた仮説に、ライカは思わず手を止めた。
「ライカさん、言ってましたよね?
 『今回の瘴魔獣、倒しても消滅しきらなくて、まともに返り血と肉片浴びちゃった』って……
 もし、その時の瘴魔獣の血肉が、ミールの復活した時のようにまだ生きていたとしたら……!」
「じゃあ、コイツってウィルスなんかじゃなくて……あの瘴魔獣だったっての!?」
「付喪神だったあの瘴魔獣は、いわばパソコンそのものです。自分の魂をデータ化して、別のシステムに移し変えて生き永らえる、くらいのことはできても不思議じゃありません」
 ライカに答えると、ジーナは振り向き、鈴香とファイに告げる。
「鈴香さん、ベース内の配線は頭に入ってますよね!?
 今のうち、Cブロックのサーバーへの配線を物理的に切断してください! それでこれ以上の侵入は防げます!
 ファイちゃんはサポートを!」
「はい!」
「うん!」
 ジーナの言葉に、鈴香とファイはあわてて司令室を飛び出していく。
「これで何とかなるってワケ?」
「あくまで応急処置ですけど」
 尋ねるライカの問いに、ジーナは息をついてそう答える。
「Cブロックの『C』は『Center』のC――あくまで本丸を守れただけです。
 ほとんどの機能はAブロックとBブロックで制御を振り分けられていましたから……」
 言って、ジーナはメインモニターへと視線を向け、
「この二つのブロックを取り戻さない限り、私達に勝ちはありません」
 そう告げるジーナの目の前で、Cブロックへの道を閉ざされたBブロックが完全に制圧されたことが示されていた。
 Cブロックは無事だ。鈴香達は間に合ったようだ。
「け、けど、代わりに負けもないんじゃないの?
 相手はこれ以上の手は封じられたワケなんだから」
 あくまで警戒を解こうとしないジーナにライカが尋ねるが、
「いいえ」
 しかし、ジーナはそんなライカの言葉を一言で両断した。
「確かに敵に全システムを奪われるのは避けられましたけど――ほとんどのシステムを奪われている事実に変わりはありません。
 私達に残されているのは統括システムと動力システムを管理していたCブロックのみ――向こうは警備システムや環境維持システムを使って、こっちをいくらでも追い込むことが可能なんです」
 言って、ジーナは手元の端末を操作、展開されたウィンドウにそのデータを表示し――
「ここの中を灼熱地獄に変えられる前に決着をつけないと、私達みんなおしまいですよ」
 そこには、基地内の空気が密閉され、急激に温度が上昇していることが示されていた。
 

「とりあえず、最悪の事態は避けられましたね……」
「マンガとかだと、たいてい全部システムを奪われたら後は動力炉を暴走させられて自爆――ってパターンが大半だもんねぇ……」
 ブレイカーベースのサーバールーム――BブロックサーバーとCブロックサーバーの間をつなぐLANケーブルを一本残らず引っこ抜き、息をつく鈴香にファイが答える。
「さぁ、ジーナさん達のところに戻りましょう」
「はーい」
 鈴香の言葉にファイがうなずき、二人は廊下を出て――
『………………あ』
 すでに、司令室へと続く廊下は隔壁によって閉鎖されていた。
 

「スティンガー、インパクト!」
 咆哮と共に一撃――青木の放ったスティンガーインパクトが、セイントユニコーンを拘束していた作業用アームを粉砕する。
「よし、ファントム!」
「うん!」
 青木に合図され、ファントムはすぐさまゲートを展開。セイントユニコーンを異空間に帰すと青木の元に戻ってくる。
「これで、セイントユニコーンは大丈夫か……」
 うめいて、青木は瘴魔獣の残骸の落ちていた一角へと視線を向け、
「しっかし、まさかあの瘴魔獣が生きてたなんてな……」
 思わずうめくが――今はそんなことを言っている場合ではない。一刻も早く鈴香と合流すべく、青木は司令室を目指して地を蹴った。
 

「ここもダメか……」
 地下空洞を一回りしてみたが、どの入り口も硬く閉ざされている――ブレイカーベースに駆けつけたはいいが、橋本は未だにベース内に入れずにいた。
「タカノリ……」
「わかってるよ。
 入れれば御の字、くらいにしか考えてなかったし」
 不安そうに声をかけてくるヴァイトに答えると、橋本は愛用の気弾銃“金剛”と“白銀”を取り出し――それは一瞬にして霧散、収束し、新たな姿に再構築される。
「いくぜ――影天銃!」
 吼えると同時――橋本の放った閃光が、入り口の隔壁を吹き飛ばす!
 

「ねぇ、ジーナ……」
「はい?」
 すでに室内温度は40度を超えている――額を流れる汗をぬぐうこともなく、ジーナは端末と向き合ったままライカに聞き返した。
「アンタ、さっき『ペンタゴンのセキュリティを抜いたことがある』って言ってたわよね?
 マジメなアンタがハッキング、って、ちょっとイメージわかないんだけど」
「よく言われますね」
 気負いすぎないよう、気を紛らわせようとしてくれているのだろう――世間話のように話を振ってくるライカに内心感謝しつつ、ジーナは苦笑まじりにそう答えた。
「けど、ソフトウェア方面のシステムエンジニアにとって、ハッキングは決して無関係な話じゃないんですよ。
 システムに精通する、って言うことは、セキュリティソフトに精通する、ってことですから」
「あー、そういえば、ブタ箱から出てきた一流ハッカーを、ソフト会社がこぞって引き抜きにかかる、って話、聞いたことあるわ」
 つぶやくライカの言葉にうなずき、ジーナは彼女に尋ねた。
「ライカさん……
 “グレムリン”って、聞いたことありませんか?」
「あるわよ。
 機械にイタズラするって言う、妖精だか妖怪だかでしょ? 第2次大戦じゃこいつのおかげでどの陣営もしこたま飛行機を落とされたとか」
「…………わかっててボケてません?」
「まぁね」
 苦笑するジーナに答え、ライカは笑って肩をすくめてみせた。

 

 

 “グレムリン”とは、ネットワーク上においては門外漢にもその名を知られた超一流ハッカーの通称である。
 6年ほど前からネットワーク内に突如として現れたこのハッカーは、並み居る公的機関やセキュリティ会社のセキュリティシステムを次々に突破。ご丁寧に自らの突破したセキュリティホールを指摘し、その修正ファイルまで作成・添付してよこしたというのだ。
 そのデータを元に各被害者はセキュリティに強化したのだが――“グレムリン”はそれでもそのセキュリティを突破した。
 と言っても、彼が修正版のファイヤーウォールに穴を開けていたワケではない。強化の際、各所が追加として施した独自の措置――その結果生じたセキュリティホールを探し出し、突破したのだ。
 そんなことを何度か繰り返した結果――関係各所のセキュリティ強度は格段に向上。他のハッカー達によるサイバー被害は事件前の1割以下にまで減少したというのだから、その事件だけでも“グレムリン”の手腕を語るには十分すぎると言えるだろう。

 しかも――同時にこのハッカー、ネット上での“悪”にはとことん容赦がなく、彼の手によって悪事を暴かれ、ブタ箱送りになったネット犯罪者、並びに組織は数え上げたらキリがない。
 中でも有名なのが、ジュンイチの実家である柾木コンツェルンの悪徳役員を一掃した“柾木コンツェルン毒抜き事件”である。
 ジュンイチの祖父・柾木天神によって一代の元に急成長した柾木コンツェルンではあったが、その強引な経営が災いし、近年までは悪徳役員のはびこる伏魔殿と化していた。
 後の災いを危惧した天神自らがその存在を明かし、毒抜きを試みたものの役員達はノラリクラリとかわすばかり――しかし、件のハッカーは彼らの悪行を情け容赦なく暴き立てた。
 だからこそ、柾木コンツェルンは組織を徹底的に浄化することに成功。社会的信用を取り戻し、今日の繁栄を手にすることができたのである。

 そんな過去の実績から、人は彼を“グレムリン”と呼ぶのである。
 

 “電脳のイタズラ小僧”、“電脳の悪魔”、二つの意味を込めて――

 

 

「その行動に是非はありますけど、“グレムリン”が超一流のシステムエンジニアであることは確かです。
 電脳社会の頂点に立つ者――“グレムリン”を超えるシステムエンジニアになること、それが私の目標なんです」
 ライカにそう告げると、ジーナはイスから立ち上がり、
「それじゃあ、行きましょうか」
「え? どこへ?」
 尋ねるライカに、ジーナは答えた。
「もちろん、ウィルス退治ですよ♪」
 

「こっちもですか……」
 どっちに進んでも行き止まり――隔壁の下ろされたブレイカーベースの廊下で、鈴香はため息まじりにつぶやいた。
 ジーナの指示でCブロックサーバーとA、Bブロックサーバーを物理的につなぐケーブルを切り離し、死守することに成功したものの、鈴香とファイは瘴魔獣の下ろした隔壁によって完全に動きを封じられていた。
「あぅ〜、暑いぃ〜、疲れたぁ〜……」
「そうですね……少し休みましょうか」
 現在、ブレイカーベース内は瘴魔獣によってタチの悪いサウナ状態にされてしまっている。その場にへたり込むファイに答え、鈴香もその場に腰を下ろす。
「うぇ〜……ウチワ持ってくればよかったぁ……」
「こーら、はしたないですよ」
 自分の“力”で涼むという発想はないらしい――シャツの胸元に手をかけ、パタパタと風を送るファイをたしなめると、鈴香は懐から扇子を取り出し、彼女の方に向けてあおいであげるが、
「うー、もうちょっと強くできない?
 温風しか来ないんだけど」
「もう、注文が多いですねぇ。
 力いっぱいあおぐと、今度は私が暑くなっちゃうじゃないですか」
 軽くパタパタとあおぐだけでは、当然この暑さを解消できるワケではない。ファイから上がった注文の声に、鈴香は思わず口をとがらせ――
「じゃあ貸して! 自分でやるから!」
「え!? あ、ちょっとぉ!?」
 しびれを切らしたファイが扇子を手にするべく飛びかかってきた。突然のことに反応しきれず、鈴香はたまらず押し倒されてしまい――

「スティンガー、インパクト!」

 咆哮と共に、目の前の隔壁が大きく口を開けた。空間湾曲によって隔壁を突破した青木が、二人の元へと飛び込んできたのだ。
「鈴香――とファイ、大丈夫か!?」
「ちょっと、あたしはついで!?」
「ついで!」
 キッパリと答えが返ってくる。
「た、助かりました……ありがとうございます」
 頬をふくらませるファイをなだめながら、鈴香は青木に礼を言い――
「あ」
 そんな鈴香に向き直ったとたん、青木の動きが停止した。
 何事かと首をかしげ――鈴香は気づいた。
 今の自分は、扇子を奪おうとしたファイによって押し倒された直後で、乱れた巫女服は胸元も大きくはだけられていて――

「…………きゃあぁぁぁぁぁっ!」
「ぶべっ!?」

 直後――悲鳴と共に、真っ赤になった鈴香は陰天鞭で青木を張り倒していた。
 

「セキュリティもワクチンも、効かなくて当たり前なんですよ。
 何しろ今回の相手は、デジタル空間内にいるとはいえ瘴魔獣そのものです。ウィルスやハッキングといったデジタル方面からの攻撃を前提とした従来のセキュリティでは、その効果を発揮することができないんです」
 手にした小型端末で隔壁の開閉スイッチにアクセス、目の前の隔壁を開けながらジーナはそうライカに説明した。
 二人で隔壁をくぐり――敵にコントロールを取り返された隔壁は再び閉ざされてしまう。
「ですから、こちらとしても別のアプローチです。
 向こうは電脳空間に潜んでますけど、潜んでいるサーバーはれっきとした物体――いわば、サーバーという肉体に瘴魔獣が宿っているようなものなんです」
「まさか……サーバーをブッ壊しちゃおうっていうの!?」
「そんなことしませんよ。壊しちゃったら私達だって困るんですから。
 けど――物理的に壊さなくても、瘴魔獣にダメージを与えることはできます」
「…………?」
 思い当たらないらしい――眉をひそめ、首をかしげるライカに、ジーナは告げた。
「わかりません?
 いくらデータ化されていても――相手は瘴魔獣なんですよ」
「………………?」
 ジーナの言葉にますますライカは首をかしげ――突然、ジーナの手のブレイカーブレスがコール音を立てた。
「はい、こちらジーナです」
〈あぁ、つながった。
 よかった……こっちの回線は無事だったみたいだな〉
 通信してきたのは橋本だった。
〈どこにいるんだよ?
 隔壁破って司令室までたどり着いても、誰もいないじゃんか〉
「あちゃー、入れ違いになっちゃったか……」
 橋本からの通信に脇からライカがうめくと、ジーナはしばし考え、
「…………橋本くん。
 司令室まで、隔壁を破ってたどり着いたんですよね?」
〈え? うん……そうだけど?〉
「だとすれば、出口への隔壁はすべて破られてて……すぐに出られるワケですか……
 ヴァイトは?」
〈一緒だぜ〉
「そうですか……」
 つぶやき、ジーナはさらに思考を巡らせ、
「…………じゃあ、レクルームにライム達がいるはずですから、あの子達と合流したら今すぐ外に出て、地上で待機しててください。
 今から、私達で敵をオンラインから外に追い出します――ソフト面からの襲撃を封じられた敵は、きっとどこかで身体を再構築して物理的にここを叩きに来るはずです。
 そうなる前に――先手を打って叩いてください!」
〈わ、わかった!〉
 ジーナの言葉にうなずき、橋本は通信を切る――ジーナが何をするのかはわからずとも、自分のすべきことは理解したのだろう。
「どういうこと?」
「相手を追い出し終わってから説明します。
 今は、一刻も早く敵をこの基地のサーバーから追い出すことを優先させましょう」
 ライカの問いにそう答えると、ジーナはライカを先導して走り出した。
 

 そして――
「ふぅ、やっと着いた……」
 最後の隔壁を開き、到着したのは動力室――隔壁が再び閉ざされる前に動力室に飛び込み、ライカは息をついてつぶやいた。
 目の前にあるのは、ブレイカーロボのBブレインを元に開発された、人類製Bブレイン“フェイクBブレイン”――Cブロックを侵食から守ったことで難を逃れたこの基地の動力システムがあった。
「時間がもったいないです、さっそく始めましょう。
 ライカさんはサーバールームの電源の切り替えを」
「オッケー!」
 ジーナに答え、ライカはすぐさま配電システムに駆け寄り、サーバールームの操作盤の中、AブロックとBブロックのサーバーに電力を供給している配電システムをカット、通電していない動力回線につなぎ直す。
「けど……ホントにこれでいいの?
 電源なんかカットしたら、AもBもサーバーがダウンしちゃうんじゃ……」
「瘴魔獣が憑いてるんですよ、落ちたりなんかするはずないです」
 サーバーがダウンすれば確かに敵の攻撃は防げるが敵はサーバー内に残ったままだ。問題を先送りするだけではないのか――尋ねるライカに、ジーナはあっさりとそう答え、
「けど……ヤツにとってはそれが命取りになります」
 そう答えると、ジーナはシステム制御盤に駆け寄り、手際よくシステムを切り替えていく。
「この基地に使われているフェイクBブレインは4基。通常稼動の3基に普段は使用されず、緊急時に使われる予備の1基です。
 そして――そこから得られる、私達の精霊力に該当し、ブレイカーロボの動力エネルギーでもあるプラスエネルギー“Bエナジー”をさらに電力に変換し、この基地は動力を得ています」
 狙いは今その存在を語ったばかりの、使われていない予備のフェイクBブレインだ。起動準備を整え――動力の伝達ルートを切り替えた。
 今ジーナの語ったとおり、フェイクBブレインから得られたBエナジーは本来ならば一度電力に変換された上でブレイカーベースの各所に配電される。しかし、ジーナはその電力変換回路を迂回し、ライカが敵サーバーとつないだ未使用回線に直接接続したのだ。
 これでは、フェイクBブレインを起動するなり、そこから供給されたBエナジーは直接サーバーに――と、そこまで思考が回り、ようやくライカはジーナの狙いに気づいた。
「そうか!
 ヤツのいるサーバーに、直接Bエナジーを流し込めば!」
「えぇ。
 敵はサーバーの中のデジタル領域に潜んでいますが――瘴魔獣であることは変わりません。当然、その存在を維持しているのは瘴魔力のはず。
 それなら、精霊力やBエナジーのようなプラスエネルギーは、ヤツにとっては毒も同じ――電力の代わりに、Bエナジーを回路に流してあげるんです」
 顔を輝かせるライカに対し、ジーナはまるでこれからイタズラを始めようとしている子供のように意地悪な笑みを浮かべてみせる。
 その笑顔を前に、ライカは――
「……とりあえず、アンタが“良いハッカーホワイトハット”か“悪いハッカーブラックハット”か、わかった気がするわ」
「それはどうも♪
 “裏”で“大地母神ガイア”って名前を探れば、“グレムリン”ほどじゃなくてもいろいろ出てくると思いますよ」
 告げるライカに笑顔で答え――ジーナは表情を引き締め――
「さぁ――瘴魔獣さん!
 イタズラの時間は――終わりです!」
 告げると同時――反撃の狼煙を上げるエンターキーを叩いた。
 

 それは突然だった。
 敵は奥への進路を断ち切ったらしくこれ以上は進めなかったが――それでも攻撃には十分すぎるだけのシステムを奪い取った。
 これを使い、どう追い込んでやろうかと考えていたところに、それはいきなり襲ってきた。
 電力をカットしたらしく、沈黙した電力線から――自分の害となる“力”が。
 制圧した領域から得られたデータから考えると、おそらく発生源はこの基地の動力システム――しかも、その内の1基分のエネルギーを丸々流し込んでいるようだ。
 “力”は本来電力が流れるべき場所を縦横無尽に駆け回る――いかにデータにその身を変換しているといっても、デジタルデータとて記録装置の外では電気信号の一種に過ぎない。自分のそれの総量をはるかに上回る“力”の本流にその存在すら危うくなってくる。
 このままでは危ない。攻撃の中断、および撤退が最適――そう判断すると後の行動は早かった。念のため遮断せずにいた外部への回線を通じて制圧したサーバーから脱出する。
 さすがに敵の“力”は外部の回線にまでは流れ込んでは来ていない。とりあえず難を逃れて安堵するが――問題はこれからだ。
 こんな予想外の攻撃を仕掛けてくる敵だ。再度のサイバー攻撃はおそらく防がれる――帰還はもちろん、敵への再攻撃を実行するためにも、実体が必要になる。
 だから――移動する。
 自らの身体に使える――“材料”のあるところに。
 

 制圧は簡単だった。敵のシステムに比べて、“ここ”のセキュリティは薄壁も同然だった。
 すぐに目的のものがある場所を探し出すと、自らのデータ化を解き、純然たる“力”の塊として電脳世界から現実世界へと飛び出す。
 “力”によって“材料”をつなぎ合わせ、再構築し――旧型のパソコンをつなぎ合わせ、新たな肉体を得た瘴魔獣はゴミ集積場でゆっくりとその巨体を起こし――

「よぅ」

 そのすぐ目の前に、橋本のユナイトしたシャドーブレイカーが降り立った。

 

「よっしゃ、こっちの読みドンピシャ!
 パソコンの付喪神がベースだって聞いてたからここで待ちかまえてたけど――大正解!」
 目の前で身体を再生させた瘴魔獣と対峙し、橋本はシャドーサイズを構える。
「よくもブレイカーベースで好き勝手してくれたな!
 みっちりお仕置きしてやる! 覚悟しろ!」
 咆哮し、橋本は一気に勝負をつけるべく瘴魔獣へと突撃し――そんな彼に向け、瘴魔獣はバクリ、と音を立てて左腕を展開した。
 そこには、無数に敷き詰められたパソコン用の光学ドライブ。そして――次の瞬間、その表面が弾け、無数のレーザーが橋本シャドーブレイカーに襲いかかる!
「何――――――っ!?」
 驚きながらも、とっさに前面に力場を集中、防壁として受け止める――だが、レーザーそのものは止められても、それが一点集中で叩きつけられた衝撃はこちらの突撃の勢いを殺すには十分すぎた。突進を封じられ、橋本は仕方なく間合いを取る。
「な、何………………?」
「光学ドライブの読み取り用レーザーだよ。瘴魔力で強化して撃ち出してきやがった。
 しかもそれが一点集中、まるで“アルキメデスの熱線砲”だぜ……!
 けど!」
 うめきながら――それでも橋本は反撃に動いた。両肩の装甲を展開、その内部のエネルギー収束器が光を生み出し――
「シャドー、スマッシャー!」
 放たれた閃光が瘴魔獣に襲いかかるが――直撃するかと思われた直前、その眼前の力場に衝突、吹き散らされる!
「な………………っ!?」
 まさか止められるとは思っていなかった――驚愕する橋本だが、そんな彼に向け、瘴魔獣は再び左腕のレーザー収束砲を放つ!
 とっさに防御する橋本だが、やはりその衝撃は強烈だ。踏ん張るので精一杯という有様で、反撃すらままならない。
「くそっ、あの防御力と攻撃力……!
 こないだ出てきたヤツと同じ、ハイパー瘴魔獣ってヤツか……!」
 思わずうめく橋本だが――状況は明らかに思わしくない。防御力をウリとしている自分でなければ、とうの昔に防壁を抜かれ、落とされている。
「絶対防壁を展開してる間は、こっちからも攻撃できないからな……!」
 舌打ちするが、それで状況が変わるのであれば苦労はない。何か逆転の秘策はないかと橋本は思考をめぐらせ――

 だが、状況はどちらが動かすこともなく動いた。
 突然、頭上から多数の閃光が降り注ぎ、さらに飛来したいくつかの影が瘴魔獣に次々に体当たり。シャドーブレイカーに気をとられていた瘴魔獣もこの波状攻撃をまともに食らってはひとたまりもなく、豪快に宙を舞って大地に叩きつけられる。
〈今だよ、タカ兄ちゃん!〉
「あぁ!」
 次いで通信回線から聞こえるファイの声――だが、言われるまでもなく橋本は次の行動に移っていた。シャドーサイズを振りかぶりつつ突撃、起き上がりざまを狙った一撃で瘴魔獣を弾き飛ばす!
 そして――
「橋本くん!」
「大丈夫!?」
 ジーナの乗るランドライガーがシャドーブレイカーのすぐそばに駆けつけ、ライカのユナイトしたカイザーブレイカーが頭上から舞い降りてくる。
「なんとか、間に合ったみたいですね」
 そして、マリンガルーダに乗る鈴香もファイのスカイホークと共に舞い降りてきて――
「……鈴香さん、顔赤くない?
 それに青木さんは?」
「………………聞かないでください」
 尋ねるライカの問いに、鈴香は今現在赤い顔をさらに赤くしてそう答える。
 ちなみに青木の姿はない――何があったのかは推して知るべし。
「ったく、バスター合体できる貴重な戦力なのに、何してるんだか……」
「あ、あうあう……」
 つぶやくライカの言葉に、青木を黙らせた張本人がますます身を縮こまらせて――
「……仕方がないか」
 どこか自信に満ちた声色と共に、橋本が口を開いた。
「青木さんが出てきてないとなれば、バスター合体できるのはオレだけだ!
 一気に合体して、ブッ飛ばす!」
「そうだね!
 やろう! タカ兄ちゃん!
 ほらほら、ジーナお姉ちゃんと鈴香お姉ちゃんも!」
 橋本の言葉に真っ先にうなずくのはファイだ。ジーナと鈴香を促してスカイブレイカーに合体、バスター合体に備える。
「……ま、確かにそれが一番ね。
 ただし、合体してそれでも情けないトコ見せたら、承知しないんだからね!」
「はいはいっと」
 告げるライカの言葉に肩をすくめ、橋本は改めて音頭を取った。
「そんじゃ――いくぜ、みんな!」

「超、影獣合体!
 バスター、フォーメーション!」

 橋本のその号令を合図に、シャドーブレイカーが急上昇、カイザーブレイカー、スカイブレイカーがその後を追う。
 そして、スカイブレイカーは3体のブレイカービーストに分離。さらにスカイホークとマリンガルーダは翼を切り離し、シャドーブレイカーの周囲を飛翔する。
 と、スカイホークとマリンガルーダは翼を切り離したそれぞれのバックユニットの背面、ちょうど首元にあたる部位に露出させたジョイントでシャドーブレイカーの両肩に合体、腕の側面すべてを覆うかのような、より巨大なショルダーガードとなる。
 一方、カイザーブレイカーは両足が分離。シャドーブレイカーの足の裏に合体し、より巨大な脚部を形成する。
 残るカイザーブレイカーの上半身はカイザーフェニックスのそれへと変形、頭部を背中側に折りたたむと分離していたスカイホーク、マリンガルーダの翼を首の両側に合体させ、3対の翼を供えたバックユニットとしてシャドーサーヴァントを基部ごと分離させ、翼を下方に向けたシャドーブレイカーの背中に合体する。
 最後はランドライガーだ。ライガーショットに変形すると左右に分離していたシャドーサーヴァントを連結。通常ならば左右どちらかの肩、または腰に合体するのだが、発射態勢をとることなく銃口を上に向けた状態で今しがた合体したばかりのバックユニットにマウントされる。
 合体して各部とのシステムリンクが完了、額の“Bブレイン”、そしてカメラアイに輝きが甦り、両の拳を力強く握り締める。
 胸部に用意された新たなコクピットにライカ達が各々のプラネルと共に転送され、すべての合体プロセスを完了した青木が高らかに咆哮する。
「バスタァァァァァッ! シャドー、ブレイカァァァァァッ!」

「待たせたな。
 それじゃ、反撃開始といこうか!」
 合体を遂げて大地に降り立ち、橋本はようやく立ち上がった瘴魔獣に向けて告げる。
 対し、すぐに左腕のレーザー収束砲を放つ瘴魔獣だが――
「そんなもの!」
 今度は防御の必要すらない。真っ向からレーザーを受け止めながらも、橋本はまるで何事もないかのように突撃、振り上げた蹴りの一発で瘴魔獣の身体を宙に浮かせ――すかさず一歩だけバックステップ。間合いを計りながらもすでに振りかぶっていたシャドーサイズで、瘴魔獣をブッ飛ばす!
 そして――
「ライガーショット!」
 通常の爆裂武装ならばボディに接続、固定兵装として使用するライガーショットを携行兵装として使用した。素早くマウントを解いたそれを手に取り、左右に合体しているシャドーサーヴァントと併せて強烈なビームをお見舞いする。
 さらに攻撃は続く。ライガーショットの左右に合体していたシャドーサーヴァントを分離させてオールレンジ攻撃を開始。周囲から集中砲火を受け、さすがの瘴魔獣もたまらずその場に倒れ込む。
「タカ兄ちゃん、トドメ!」
「あぁ!」
 ファイに答え、橋本はシャドーサーヴァントを回収、必殺の一撃を繰り出すべく、距離をとって着地する。
「いくぜ!」

「トライバスター、フルオープン!」
 橋本の咆哮と同時――両肩にショルダーガードとして合体しているスカイホークとマリンガルーダのボディがさらに変形した。ランドブレイカー時に両腕となる東部、並びにボディ前部が分離、バスターシャドーブレイカー側に残され、合体ジョイントを軸にその先端を前方に向けるように回転した自らのボディ後部に連結し、長銃身のロングレンジライフルとなる。
 さらに、橋本はライガーショットを身体の正面で、胸部にあしらわれたグリフォンの頭部のすぐ下で構えるとボディ両サイドから展開されたフレームで固定。エネルギーコネクタを接続、ボディと一体化したキャノン砲とする。
「ターゲット――ロックオン!」
 次いでシャドーブレイカーの両眼にターゲットスコープが配置された。3つの砲門、そのすべての照準が目の前の瘴魔獣に集中してロックされる。
 そして――
「影砲、爆閃!
 バスター、トライブラスト!」

 咆哮と共にトリガーが引かれ――3つの砲門が時間差で火を吹いた。最初に放たれたライガーショットのビームが瘴魔獣の力場を、そして外殻を食い破り、そこにスカイホーク、マリンガルーダから放たれた閃光が直撃、瘴魔獣の体内を強烈な爆発が焼き尽くす。
 衝撃の後、瘴魔獣の腹部の大穴に“封魔の印”が現れ――瘴魔獣は大爆発を起こし、消滅した。
 そして、橋本は荒れ狂う爆煙の中でゆっくりと爆発に背を向け、勝ち鬨の声を上げる。
「爆裂、究極!
 バスター、シャドー、ブレイカァァァァァッ!」

 

「はい、データ復旧完了、と……」
 瘴魔獣を撃破し、侵入によって被害を受けた領域も無事修復。一通りの作業を終え、ジーナはようやく息をついた。
「けど……今回の瘴魔獣のデータ、ライブラリには記録しない方がいいのよね……?」
「えぇ……」
 デジタル方面に関しては見守るしかない――せめてもの労いに紅茶を煎れてきてくれたライカの問いに、ジーナは息をついてそう答えた。紅茶を受け取り、続ける。
「修復した、と言ってもあくまでデジタルデータの上でのこと。瘴魔獣の残滓がどこに残っているかは、いくらスキャンを繰り返しても、どこに存在するのかはもちろん、そもそも存在しているのかどうかすら特定することはできないでしょう。
 相手がデジタルデータであると同時に瘴魔獣でもあった以上、通常のウィルスを相手にした際の対処法はあてにできません。うかつな情報は相手がまだ潜んでいた場合、再び“力”を与えてしまう結果を招きかねません」
「『エルム街』のフレディかっつーの……」
 ジーナの言葉に思わずうめき、ライカはテーブルに突っ伏す。
「今回みたいなことが2度とないように、記録くらいは残しておかないと、って思ってたんだけど……ムリそうね、その話がホントなら」
「ですね」
 あっさりとうなずき――「でも」とジーナは続けた。
「今回のことでひとつ、改めて思い知らされたことがあります」
「何よ?」
「デジタルも、万能じゃない、ってことです」
 聞き返すライカに、ジーナは苦笑まじりにそう答えた。
「確かにデジタル技術の発展は人類の技術に多大な貢献を果たしましたけど……それでも、結局今回は何の役に立ちませんでした。
 最後に物を言ったのはBエナジー、精霊力といった“命の力”――すなわちアナログの部分です。
 デジタルとアナログ、どちらが上とか下とかじゃない――両方がそろっていて、初めてお互いが最大の力を発揮できるんじゃないですか?」
「……まー、言われてみれば、確かに……ね。
 コンピュータは確かにすごいけど、それを作ったのはアナログの人間だし、使うのだってその人間だものね。
 あんたみたいなデジタル側の人間も必要なら、アナログ一辺倒な人達も必要、ってことね」
 ジーナのその言葉に肩をすくめ――ライカは尋ねた。
「ところで……その“アナログ軍団”の姿がないように思うんだけど」
「あぁ、青木さん達ですか?」
 ライカの問いに、ジーナはサラリと答えた。
「今回の件で物理的に壊した部分の修繕に行ってもらいました♪」
「………………」
 その答えに、ライカは今回の件における“物的被害”を思い返した。
 サーバー間をつないでいたケーブル類――は先ほど鈴香とファイが直してくれたとして、残りは――
 作業用アームに隔壁が多数。こちらの修理に回されたのは――間違いなく“壊した当事者達”だろう。
「………………鬼?」
「これも、立派なデジタルとアナログの住み分けですよ♪」
 

「作戦は失敗のようだな」
 淡々とそう告げて、イクトはザインに対して背を向けた。
「作戦そのものは悪くない――だが、相手が悪すぎた。
 オレはコンピュータのことなどよくわからんが……敵にも相当の使い手がいた、それだけはわかる。
 敵の戦力を測る前に、取るべき作戦ではなかった」
「言ってくれますね……」
 イクトの言葉に唇を歪め、ザインはうめいた。
「では、あなたならばどうするというのですか?
 そんな口を叩くのなら、手はあるのでしょうね?」
「そう返してくるか……」
 ザインの言葉に思わず苦笑し――イクトは告げた。
「いいだろう。そこまで言うのなら、次はオレが出てや――」
「そうはいくか!」
 否定の声は突然――いきなり会話に乱入してきたその声の主に、イクトとザインは顔を見合わせ、同時に声の主の方へと視線を向けた。
「そういえば、貴様が復讐戦に燃えていたのを忘れていたな」
「では、次はあなたが出るというのですか? バベル」
「当然だ!
 シンを殺ったあいつらは――オレが絶対に皆殺しにしてくれる!」
 イクトとザインに言い返すと、バベルは怒りに肩を震わせながらその場を後にしていった。
「復讐、か……」
 そんなバベルの背中を見送り――イクトは手近な端末に歩み寄り、画面に触れた。
 パソコンに詳しくない自分のような存在でもデータを閲覧できるように取り計らわれた、タッチパネル式のデータ閲覧システム――段階的に絞込みをかけていき、目的の人物のデータを表示する。
 なぜ今この人物のデータを呼び出したのか――その理由はひとつしかなかった。
 かぶって見えたのだ。今のバベルと、まだデータでしか見たことのないこの男が。
(この男の目……今のバベルの目によく似ている……)
「同じ……復讐鬼ということか……
 この男が今不在なのは、バベルにとって僥倖だったと言うべきなのだろうな……」
 つぶやくイクトだったが、当然のことながらモニターに映る人物が――ジュンイチが答えを返すことはなかった。
 

 大都会の真っ只中にも、人の目の届かないところは存在する。
 たとえばビルの間の裏路地。例えば地下の下水道。
 そして――公園の中の、特に目立つものもない死角――
 人が隠れられる程でもなく、それでいて人の注意を引かない、そんな茂みの中で今、小さな異変が起きていた。
 最初は小さな放電だった。しかし、それは空間の一点を中心に、次第にその規模を増していく。
 誰にも気づかれぬまま、放電は数秒にわたって続き――唐突に終わりを告げた。
 そして辺りには静寂が戻る――はずだったが、
「……ぅ〜ん……いたた……」
 うめき声が訪れようとしていた静寂を打ち破った。
「ここ……府中……?」
 ノロノロと身を起こし、声の主は茂みからチョコチョコと姿を現した。
 海沿いに作られたその公園を見回し――彼方に見えるそれに気づいた。
「あれって……みなとみらい21、だよね……?
 じゃあ、ココ横浜!?」
 今の自分の居場所を知って愕然とする――が、めまいを覚えた頭をブンブンと振り、気を取り直す。
「う、ううん!
 とりあえず元の世界には戻ってこれたみたいだし、早く府中に帰らないと!」
 今はとにかく自分の戻るべき場所に戻るのが最優先だ――ぺちんっ、と自分なりの全力で頬を叩いて気合を入れ、“紅夜叉丸”を背負ったブイリュウは夜の街へと駆け出していった。


Next "Brave Elements BREAKER"――

ジーナ 「再び私達の前に現れた“大地”の瘴魔神将、バベルさん。
 “大地”属性ならではのその圧倒的なパワーに、私達はまるで歯が立たずに大ピンチ!
 これが、瘴魔神将の本気の力……! けど、私達だって負けるワケにはいかないんです!
 “あの人”が帰ってくるまで……誰ひとり欠けることなく戦い抜いてみせます!
 次回、勇者精霊伝ブレイカー、
 Legend23『復活の炎』
 そして、伝説は紡がれる――」


 

(初版:2007/07/17)