「今風で言うなら『最初からクライマックス』ってヤツだろうが。
場の盛り上がりをシカトしやがって。サービス精神のないヤツだぜ」
舌打ちまじりにつぶやくと、“彼”の手の中で“紅夜叉丸”がその姿を変える。
「覚悟しとけよ、クソ神将。
どーも、“力”のあるなし云々を話してたみたいだし、その話の流れから考えりゃ、『力を合わせたオレ達の強さを見せてやる』ってところなんだろうが――残念ながらそいつぁカットだ」
木刀が一瞬にして霧散。次の瞬間、再び収束して太刀へ。そして――
「オレは今、ひっじょぉ〜〜に機嫌が悪い。
しばらく出番がなかったし、かなりイヤな帰り方しなきゃならんかったし。
あげくの果てに、そんな思いして帰ってきてみればオレの仲間がそろいもそろってボコ殴りにされてるときた。
そんなワケだから――」
「前者二つの八つ当たりと後者ひとつの仕返し、思いっきりさせてもらうぜ」
言い放ち――ジュンイチは爆天剣の切っ先をバベルに向けた。
Legend24
「反撃の時」
「じ、ジュンイチ!?
まさか、神将を相手にひとりで戦うつもりなのか!?」
最初に我に返ったのは彼だった――こちらを完全に圧倒していたバベルに対し、あっさりと宣戦布告するジュンイチの言葉に、橋本は思わず立ち上がって声を上げる。
「お前、瘴魔神将の強さがわかってるのか!?
ひとりじゃムリだ! みんなで戦わないと――」
「橋本」
しかし、ジュンイチは詰め寄る橋本の言葉をあっさりとさえぎった。そして――
「ていっ」
「ぅわっと!?」
無造作に足払い。きれいに一回転した橋本は頭から地面に落下する。
「今の手抜き足払いすらかわせないで何バカほざいてやがる。
いいから休んで鈴香さんの手当てでも受けてろ」
大地に転がり、目を回す橋本に対し淡々と告げるジュンイチだったが――
「それは違うぞ、ジュンイチ!
鈴香の手当てを受けるのはオレだけだ! こいつなんぞジーナ達の手当てで十分だ!」
「相変わらずラブラブだなー。独占欲全開かよ。
とにかく、青木ちゃんも下がっててよ。ダメージ軽くないでしょ」
乱入してきた青木の言葉にため息をつき――ジュンイチは彼にも下がっているよう言い渡し、ジュンイチは改めてバベルへと視線を向ける。
「けど……現実問題、勝てるのか?」
「やってみなけりゃわかんないよ、そんなの」
尋ねる青木に答えると、ジュンイチは肩をすくめ。
「けど……
ひとりじゃムリだとしても……勝てる」
そう告げて――付け加えた。
「何しろ……」
「ひとりで戦うワケじゃねぇからな」
「は………………?」
その言葉に目を丸くする青木だったが――ジュンイチは一切気にせずバベルと対峙する。
「『ひとりで戦うワケじゃない』って……どういうことよ?」
「さぁ……
性格的に『みんなの応援があるからひとりじゃない』とかほざくヤツでもないし……」
倒れたまま尋ねるライカにそう答え、青木は思わず首をかしげ――しかし、付き合いの長い青木でさえ、彼の思考などそうそう読めるものではない。
彼らにできるのは、ただ唯一健在である増援の戦いを見守ることだけだった。
「んじゃば、始めっか♪」
「ずいぶんと余裕だな」
「テンション上がってんだよ。オレ好みのシチュだからな」
うめくバベルに対し、ジュンイチは平然とそう告げて爆天剣をかまえる。
「着装しないのか?」
「待っててくれる?」
「そんなワケ――ないだろうが!」
平然と答えるジュンイチの態度が気に障ったか、バベルは咆哮と同時に地を蹴り、ジュンイチへと襲いかかる!
対し、ジュンイチは落ち着いてバベルの斬撃をさばき、
「パワーだけで、勝てると思うなっつーの!」
瞬時に爆天剣をウィップモードへと変化。ムチ状にした刃でバベルの右手を絡め取り、一本背負いの要領で投げ飛ばす!
大地に転がるバベルに対し、すかさずブレードモードに戻した爆天剣で斬りかかるが、バベルもそのまま転がって回避し、間合いを取って立ち上がる。
「やってくれるじゃねぇか……
パワーで勝てないなら小細工、ってか? だったら――その小細工ごと、オレのパワーで叩きつぶしてやるぜ!」
「できるもんなら、やってみろ!」
バベルの言葉にジュンイチが言い返し――両者は同時に地を蹴る。
「だぁらぁっ!」
渾身の力で振るわれた拳をジュンイチは流れるような動作でさばき、逆に懐に――力場の内側へ飛び込んで左のヒジで一撃。そこから零距離のまま右の掌底につなぎ、弾き飛ばす!
「そらそら、どうした!?
まだオレにゃ一撃も入ってねぇぞ!」
「うるさい!」
ジュンイチの言葉に言い返し、さらに一発――しかし、またもや攻撃は外れた。ジュンイチは軽くバックステップしてバベルの拳をかわしていく。
「くそっ、ちょこまかと!」
「だぁれがわざわざ力自慢のヤツを相手にパワー勝負なんかしてやるもんかよ!」
バベルに言い返し、さらにその拳をかわしていくジュンイチだったが――
「なめるな――やりようならいくらでもある!」
その言葉と同時――バベルはジュンイチではなく、地面に向けて拳を叩き込んだ。地面が盛大にひび割れ、ジュンイチの足元をすくう。
とっさにバランスを取ろうとするジュンイチだったが――それよりも早く、バベルの拳がジュンイチを捉えた。強烈な一撃がとっさに腕を交差させた防御を叩き、ジュンイチは真横に、一直線に弾き飛ばされる。
1回、2回――まるで水切りの小石のように地面をバウンドし――さらに何度も転がった末に動きを止める。
そして――ジュンイチの手から弾かれ、爆天剣から元の姿に戻った“紅夜叉丸”が、乾いた音を立てて地面に転がった。
「なめやがって……
さすがに死んだろ」
着装もせず、人間の域を超えた自分の全開の一撃を受けたのだ。生身の人間ならば即死だ。勝利を確信し、つぶやくバベルだったが――
「…………いてて……!」
「――――――っ!?」
うめき声を上げたのは、今しがた必殺のはずの一撃を叩き込んだジュンイチ――驚愕し、目を見開くバベルの前で、ムクリと身を起こす。
「バカな…………! 直撃だったはずだ!」
「ガードの上からだったけどな」
「そういう問題ではない!」
あっさりと答えるジュンイチの言葉に、バベルは思わず声を荒らげる。
ボケとツッコミのやりとりのようにも思えるが――バベルの言葉はジーナ達ですらうなずきたくなるようなものだった。
いくら生身でもある程度の力場が展開されていると言っても、それは着装時に比べれば微々たるものだし、増してやジュンイチの力場はエネルギー系攻撃には鉄壁でも、物理攻撃に対しては銃弾程度のシロモノしか防げないようなやわなものだ。バベルの拳の前には紙切れも同然だろう。
つまりジュンイチは、人ひとりが10メートル以上も横一文字に弾き飛ばされるような衝撃を、生身も同然の状態で、拳ひとつ分というピンポイントも同然の狭い範囲に受けたのだ。普通ならば防御した両腕はもちろん、全身の骨がバラバラになっているはず――いや、むしろバラバラになっていなければおかしい。それほどの衝撃だ。
なのに、ジュンイチは平然と身を起こしたのだ。
「かぁ〜〜、効いたぁ……」
痺れが走っているのか、両手をブルブルと震わせているが――それだけだ。
「貴様…………!」
思わず――バベルの口から本音がもれた。
「貴様は……“何だ”……!?」
「お兄ちゃんが!?」
「あぁ。
今、瘴魔神将と戦っている」
ブレイカーベースのコマンドルーム――ヤマトを抱きかかえ、駆け込んできたあずさの問いに、龍牙はそう答えた。
だが――
「けど……ジュンイチは勝てるの?
たったひとりで、瘴魔神将を相手に」
うめく翼の言葉のとおり、帰還は喜ばしいことだが、現在の状況は決していいとは言えない。青木達が力を合わせても歯が立たなかったバベルを相手に、たったひとりで挑もうというのだから。
しかし――そんな彼女に龍牙は答えた。
「……おそらく…………ジュンイチには勝算がある」
「え………………?」
思わず声を上げた翼に対し、龍牙は答えた。
「忘れたのか?
ジュンイチとて実際の戦場を知る者だ。それが必要なものであれば、勝算のない戦いであろうと戦場に赴くが――」
「その時、絶対に仲間を、勝ち目のない戦場に出したりしない」
「あ………………」
そういえば、ジュンイチはジーナ達に『下がってろ』と言っただけで、特にその場から逃がそうという動きをしていない。ずっとその場に留めたままだ。
そのことに気づき、翼はメインモニターに映し出された戦いの様子へと視線を戻し――そんな彼女に龍牙は告げた。
「おそらく……ジュンイチは手に入れたんだ。
影山君によって転送されたその先で――ヤツら瘴魔神将に対抗しうるだけの……」
「仲間を守りきれるだけの“力”を」
「っつー……! なんつーパワーだ。
まだ腕がびりびりしてるぜ……」
バベルの、そして戦いを見守るジーナ達の動揺など意にも介さない――発言の内容とは裏腹に平然とそう告げると、ジュンイチは「よっこらせ」とその場に立ち上がった。掛け声が入ったのは両腕が使えないため多少踏ん張りを込めて立ち上がったからだ。
「もう一度聞くぞ……
貴様は……何者だ?」
そんなジュンイチに対し、バベルは警戒を解かないまま尋ね――ジュンイチは答えた。
「人間」
「ただの人間が今の一撃に耐えてたまるか!」
あっさりと返った来た答えは説得力のまったくないものだった。バベルはたまらず声を張り上げるが――
「誰が『ただの』人間だっつった?」
「何………………?」
あっさりと付け加えられたその言葉に、バベルは眉をひそめた。
「言われなくてもわかってんだよ。自分が“能力者”の枠から見ても規格外だっつーのは」
そんなバベルに答え、ジュンイチは両手の痺れが抜けてきたことを確かめると再び彼に向けてかまえをとり、
「けどさ、ンなコトぁ戦いの場じゃ関係ねぇだろ。
相手が並の防御力じゃないってわかった――ならそれに対応した闘い方をする、それで十分だろうが」
「…………なるほど、確かにな」
ジュンイチのその言葉に、バベルは思わず納得した。同様が彼の態度から消え去り、その口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
「確かに関係ないな。
貴様らを皆殺しにして、シンの仇を討つ――オレの復讐に、貴様が何者なのか、なんてことは関係ねぇ」
「復讐、ね……」
だが――今度はジュンイチの顔から表情が消えた。バベルの言葉を静かにかみ締め、告げる。
「つまりお前は、仲間を殺された復讐のためにここにいる、と……」
「おぅともよ」
あっさりと答えるバベルの言葉に、ジュンイチは静かに目を閉じ――
「……ブレイク、アップ」
一言。かまえたその姿勢のまま“装重甲”を着装する。
「予定変更だ。
全力で相手をしてやるよ」
「ほぅ…………?」
ジュンイチの言葉に、バベルは思わず楽しそうに声を上げた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「てめぇが復讐鬼だからだよ」
あっさりとジュンイチは答える。
「はっ、てめぇも『復讐なんかむなしいだけだ』とかほざくクチか?
自分が同じ思いをしたこともないくせに、えらそうな口を叩くなってんだ!」
そんなジュンイチの言葉を鼻で笑い、告げるバベルだが――
「同じ思いをした上で言ってんだよ」
「何…………?」
バベルの言葉に怒るでも嘲るでもなく、淡々と答えたジュンイチの言葉に、バベルは思わず眉をひそめた。
「聞こえなかったか?
オレも、復讐鬼経験者だっつってんだよ」
平然とそう告げて、ジュンイチは続ける。
「オレだってそうだった。誰かを殺されて、復讐したい気持ちはわかる。
だからお前の復讐を止めはしない」
そして――
「だけど――」
「復讐が何をもたらすのかも知ってる。
だからお前の復讐を成功させない」
その言葉と同時――ジュンイチはバベルに向けて地を蹴った。
「おぉぉぉぉぉっ!」
姿勢を落として全力疾走――“紅夜叉丸”を拾い上げると瞬時に“再構成”、ジュンイチは爆天剣を振りかぶり、ジュンイチはバベルに向けて斬りつける。
しかし、バベルもまた身にまとう鎧の篭手でジュンイチの刃を防ぎ、力任せに弾き飛ばす。
「この、バカ力が!」
「そのバカ力をくらっても、平然としてやがるのは誰だ!」
舌打ちするジュンイチに言い返し、バベルは反撃に出た。至近距離から拳を振るうが――ジュンイチも今度は対応した。バックステップと共に防御。衝撃を殺して受け止めると共に、その勢いを利用して間合いを離す。
「にゃろう!」
着地と同時に爆天剣を振るい、ジュンイチの放った炎がバベルに襲いかかる――当然バベルの周囲の力場によって防がれるが、それこそがジュンイチの狙いだった。バベルの周囲で荒れ狂う炎を目くらましに跳躍。素早くバベルの背後に回り込む!
(もらい――っ!)
そのままバベル目がけて爆天剣を振るうが――間合いが広すぎた。バベルの力場に阻まれ、むなしく不可視の防壁に叩きつけられるのみで終わる。
そして――
「そこか!」
その一撃はバベルに自分の位置を報せてしまった。振り向きざまに放ったバベルの裏拳が、奇襲に失敗したジュンイチをまともに弾き飛ばし、岩壁にまともに叩きつける。
「どうした!? オレの復讐を止めるんじゃなかったのか!?
大口叩いておいて、結局その程度か!」
「る、せぇっ!」
バベルの言葉に言い返し、なんとか身を起こすジュンイチだったが――
「そらよ――オマケだ!」
そんなジュンイチの頭上目がけてバベルが瘴魔力の光弾を放ち――崩された岩壁の残骸がジュンイチへと降り注ぎ、生き埋めにしてしまう!
「ジュンイチさん!」
その光景を前に、思わずジーナが声を上げるが、崩落した岩の下から返事は返ってこない。
と――
「やって――くれたじゃないの!」
そんなジーナの脇を駆け抜け、ライカが光天刃でバベルに向けて斬りかかる!
対し、バベルも目の前に力場のエネルギーを集中、防壁を作り出し――光天刃の刃が防壁に深々と突き刺さる!
「へぇ、出力上がってんじゃんか。怒りのせいか?」
「う、る、さいっ!」
バベルに言い返し、ライカは背中のバーニアでさらに圧力をかけた。バベルの力場を押し貫くために光天刃に“力”を叩き込み――
「けど!」
そんなライカをバベルは無造作に拳で振り払った。裏拳気味に一撃を受け、ライカが弾き飛ばされる!
「女の子の顔面――」
「ぶん殴ってんじゃねぇ!」
と、そんなバベルに橋本と青木が肉迫。シャドーサイズが、スティンガーファングが、渾身の力と共に叩きつけられる!
が――
「だったら――てめぇらなら問題ねぇよな!」
バベルには通じない。力場によって二人の攻撃をしのぎ切り、バベルはそのまま二人も殴り飛ばす!
「確かに、素のままじゃ受けきれないくらいにパワーが上がってるみたいだが――それだけだ。
てめぇらのパワーじゃ、オレの力場を抜くには足りないぜ!」
言って、バベルは己の“力”の出力を高め始めた。彼の周囲にあふれた“力”が渦を巻き、その勢いが辺りの地面をえぐり始める。
「いいかげん、お前らの相手もウンザリだ――いい加減に終わらせてやるぜ!
シンを殺したこと、あの世でゆっくり後悔するんだな!」
咆哮し、バベルが頭上に巨大な瘴魔力の光弾を作り出し――
「るせぇよ」
淡々とした声が告げると同時――バベルの背後で、崩落した岩の塊が大音響と共に弾け飛ぶ!
そして――
「人の話、聞いてたか?
『復讐は果たさせない』――確かそう言ったはずなんだが」
燃えさかる炎の中、ジュンイチは静かにバベルに告げた。
バベルが自分へと向き直るそのスキに、デスサイズが“影”を使ってブッ飛ばされた面々を回収していくのを確認。ゴッドウィングをウィングディバイダーへと変化させ――
「ゼロブラック――Fire!」
放たれた閃光の渦がバベルへと襲いかかり――
「――――――へっ」
バベルは不敵な笑みと共に右手を眼前に――迫り来る閃光に向けてかざした。
同時、“力”が彼の眼前に収束した。防壁を形成し、ジュンイチのゼロブラックを真っ向から受け止め――自ら爆裂。ゼロブラックのエネルギーを巻き込み、吹き飛ばす!
今までライカ達の攻撃を受け止めたものとは違う。これは――
(力場で作った、リアクティブアーマー!?)
「だったら!」
瞬時に判断し――ジュンイチは攻め手を変えた。爆発の煙が消えない内にバベルに向けて跳躍。背中のゴッドウィングを炎で包み込み――
「龍翼の轟炎!」
バベルに向けて解き放った。炎は龍を形作り、バベルへと襲いかかる。
が――止まらない。バベルに向けて突進するその動きのままに再びゴッドウィングを燃やす。
“龍翼の轟炎”と同様の流れ――しかし、燃焼した炎はジュンイチの拳へと移った。拳の一点に収束され、より強力な熱量を放ち始める。
そのまま、ジュンイチは一気にバベルの眼前へと飛び込み、
「くらいさらせ――ギガフレアのバリエーション!
號拳龍炎!」
咆哮と共に拳を繰り出した。“龍翼の轟炎”の炎を受け止めたバベルの力場をさらに深々とえぐる!
「ちぃ――――っ!」
さすがに防壁をえぐられすぎた。とっさに防壁を張り直そうとするバベルだったが――
「おせぇ!」
ジュンイチの再チャージの方が早い。再び“號拳龍炎”の体勢に入り――右拳に収束した炎が螺旋状に回転を始める。
そして――
「螺旋龍炎!」
ジュンイチの一撃がついにバベルの防壁を爆砕。拳がバベルの顔面をとらえ――
「――――――っ!?」
――なかった。
直前でバベルがジュンイチの拳を受け止めたのだ。
「あぶねぇあぶねぇ。まさかオレの防壁を破りやがるとはな。
だがな――オレ自身も、防御できるんだぜ!」
とっさに飛びのこうとするが――受け止めた彼の拳をつかんだバベルがそれを阻んだ。動きの止まったその顔面を、バベルの拳が直撃する!
さすがにこの一撃にはジュンイチのヒザも崩れ――そんな彼の胸倉を改めてつかみ、再びその顔面に拳を叩き込む!
そのまま、衝撃に振り回されて反撃もままならないジュンイチをいいようにいたぶり――やがて気が済んだのか、バベルは力任せにジュンイチを投げ飛ばし、岩壁に叩きつける。
「ずいぶんと手こずらせやがって……
いい加減あきらめて、くたばりやがれ」
岩壁に半身がめり込み、動きを止めたジュンイチにバベルが言い放ち――
「………………ざけんな」
静かに――だが、吐き捨てるように、ジュンイチは口を開いた。
「『ずいぶんと手こずらせやがって』か……そいつぁこっちのセリフだっての」
言って、ジュンイチは岩壁から半身を引き抜いた――ダメージが残っているのか、若干ヒザが落ちかかるが、なんとか耐えしのぐ。
「こっちもいい加減、好き放題やられて怒り心頭だ。
終わらせたいっつーなら大賛成だ」
「へぇ、言ってくれるじゃねぇか。
今の今まで、ロクにオレの防御も抜けずに苦労していたヤツがさ」
告げるジュンイチに対し、悠々と答えるバベルだったが――
「まったく同感だね」
意外なことに、ジュンイチはあっさりとその言葉に同意した。
「あのまま素直に抜けてれば――」
「“アイツ”を呼ばずに済んだのにな」
「何――――――?」
その言葉にバベルが眉をひそめるが、ジュンイチはかまわず“力”を練り上げ――そこでようやくバベルに告げた。
「オレってさ、自分を“飛ばす”のはぜんぜんダメダメなんだけどさ……他人を“飛ばす”のは、どうも得意らしいんだ」
そして一言。
「来い――ブイリュウ!」
その瞬間――ジュンイチの眼前に図形が描き出された。真円の中にいくつもの図形が描き出され――召喚術の術式陣となったその中央から、離れたところで戦いを見守っていたブイリュウを彼の目の前に呼び出す。
「何を呼び出すかと思えば……そんなチビ助が何の役に立つ?」
「立つから呼んだんだよ」
あざ笑うバベルに答え、ジュンイチはさも当然のように告げた。
「だってさ――」
「プラネルなしで精霊獣顕現させたら疲れるじゃん」
「何だと!?」
こいつが精霊獣を手にしているなど聞いていない――驚くバベルにかまわず、ジュンイチはブイリュウに尋ねた。
「で、だ……いけるか?」
「返事が『NO』でもやるクセに」
「ご明察♪」
「はいはい……
じゃ、早く“ブレインストーラー”用意してよ」
「了解っ♪」
ブイリュウの言葉に笑みを浮かべ、ジュンイチは腰のツールボックスからそれを取り出した。
携帯電話のようにも見える、赤色の端末だ。
これがブイリュウの言う“ブレインストーラー”というヤツなのだろう――ジュンイチがそれを開くと、その上半分、携帯電話で言えば液晶画面のある部分に真紅の精霊石がはめ込まれているのが見える。
そして下側、ダイヤルボタンに当たる部分には上下に並んだ2つのボタン――迷うことなく下側のボタンを押し込む。
〈Mode-Summon.〉
システムボイスが告げたのを確認。ブレインストーラーを閉じるとさらにシステムボイスが。
〈Standing-by.〉
準備完了を告げるその言葉に、ジュンイチは左手に握ったブレインストーラーを顔の右側まで持っていってかまえ――吼える。
「召喚――」
「炎帝鬼――フレイム・オブ・オーガ!」
〈Summon, Flame of Ogre!〉
ジュンイチの言葉をブレインストーラーが繰り返し――次の瞬間、ジュンイチの周囲に炎があふれた。それはブイリュウをも包み込み、彼らの姿を完全に覆い隠してしまう。
「精霊獣の顕現だと……!?
ヤツめ、一体どこで精霊石を……!?」
炎の渦のまき散らす熱量に思わず顔をしかめ、バベルは憎々しげにうめき――炎の渦が弾け跳んだ。
そして――その向こうで、“それ”が静かに立ち上がった。
ジュンイチの倍以上の体躯を誇る――巨大な炎の鬼神が。
炎の精霊獣“炎帝鬼フレイム・オブ・オーガ”の顕現である。
「あれが……ジュンイチの契約した、精霊獣……!?」
ブイリュウに宿って顕現、ジュンイチの背後でその威容を見せつけるオーガの姿を前に、青木が思わず気圧されながらつぶやくと、
《オーガだと……!?
あの者はなんて精霊獣を使役したんだ……!》
驚愕を隠し切れず、青木のとなりでキマイラがうめいた。
「知ってるのか? あの精霊獣」
《知っているどころの騒ぎではない》
尋ねる青木にキマイラが答え、デスサイズが一同に告げた。
《フレイム・オブ・オーガ。
圧倒的な火力を自由自在に操る炎の鬼神……我ら精霊獣の間でも畏怖される、暴君中の暴君だ》
「ちょっ、おいおいっ!?」
キマイラの言葉に、橋本は真っ青な顔でジュンイチとオーガへと視線を戻した。
「精霊獣同士でさえ畏怖される、って……
そんなヤツを、ジュンイチは使いこなせるのかよ……?」
思わず当然の懸念がもれるが――
「たぶん……使える」
そう答えたのはライカだった。
「ジュンイチって、普段はアレだけど、“力”のあり様に対してはものすごくマジメに考えてる……
そんなジュンイチが……仲間まで傷つけかねない“力”をそうポンポンと使うとは思えないもの」
「んー、まぁ、な……」
思わず青木がうなずき、ライカはジュンイチ達へと視線を向け――そんな彼女の横顔を、ジーナは複雑な表情で見つめていた。
(ライカさん……信じてるんだ、ジュンイチさんのこと……
信じられるだけの根拠を、知ってるんだ……)
そんな場合ではないのはわかっているが――胸の中で何かが渦巻くのを止められない。
(私は……ジュンイチさんのことを、どれだけ知ってるんだろう……?)
《主よ。
アレが敵か?》
「あぁ」
一方、ジュンイチ達はと言えば平然としたものだ。オーガの問いに、ジュンイチはあっさりとそううなずく。
「遠慮はいらねぇ。
徹底的に――焼き尽くせ!」
《おぅ!》
ジュンイチに答えると同時、オーガの眼前に熱エネルギーが収束し――
「ブチ抜けぇっ!」
咆哮と同時――その場に光があふれた。すさまじいエネルギーの渦が瞬く間にバベルを飲み込み、吹き飛ばす!
閃光はそのまま大地を抉り、駆け抜けていき――行く手の岩壁を吹き飛ばし、虚空へと消えていった。
そして――
「………………へぇ。
今のに耐えるたぁ大したもんだな。さすがは神将」
ジュンイチの告げるその前で、鎧を黒焦げにされたバベルはなんとか身を起こした。
「オーガ、まだぶちのめせる?」
《当然だ。
こちらは向こうの世界よりも“力”があふれている――これならば、我も思う存分に全力を振るえるというものだ》
尋ねるジュンイチにオーガは自信タップリにそう答え――
「ナメるなよ、小僧が!」
そんな余裕に満ちたジュンイチの態度に、バベルは怒りに満ちた声を上げた。
「精霊獣を呼んだぐらいで調子に乗りやがって!
その程度で、オレとの力の差が埋まるとでも――」
「思ってんだよ」
バベルがセリフを最後まで吐くことは出来なかった。オーガに自分を投げ飛ばさせ、すさまじいスピードで飛び込んできたジュンイチが、バベルの顔面に思い切り蹴りを叩き込む。
痛烈な一撃を受け、バベルが勢いよく蹴り飛ばされ――
「オーガ!」
《言われるまでも!》
ジュンイチの言葉に答え、オーガの放った火球が追撃。バベルの身体が爆風にあおられて宙を舞う。
さすがは瘴魔神将というべきか、数度の直撃にもかかわらず致命傷には至っていないが――パワーバランスは完全にジュンイチ側に傾いていた。大地に落下するバベルに、ジュンイチは淡々と言い放つ。
「悪いけど、てめぇはオレにゃ勝てねぇよ。
てめぇの強さは確かなモンだけどさ――スタイルの相性が一方的すぎんだよ」
そう。決してバベルは弱いワケではない――キマイラやデスサイズを圧倒したことでもわかるとおり、バベルの瘴魔神将としての能力は決して精霊獣にも劣っていない。オーガがいかに精霊獣の間でも畏怖される存在であろうと、その差はさほどの開きはないはずだ。
しかし、現実としてバベルはオーガを呼んだジュンイチに手も足も出ない――現在の両者の差を生んでいるもの、それはジュンイチの言うとおり“戦い方の相性”によるものだった。
バベルの戦い方は、神将の持つ圧倒的な出力にものを言わせ、力任せに防御し、力任せにブン殴る――という、“大地”属性ならではのパワフルでシンプルなものだ。
だが、それは相手に比べ圧倒的な出力差があってこそ初めて可能となる。精霊獣の中でも極端なまでに火力に特化――すなわち群を抜いて高い出力を持つオーガの存在は、バベルとジュンイチとの“力”の出力差を埋めるには十分すぎた。
出力差が埋まり、力押しの出来なくなったバベルにとって、圧倒的な火力で相手を吹き飛ばすオーガの存在はまさに天敵も同然なのだ。
「どれだけ強力な能力を持っていようと、それが発揮できない状況じゃどんな豪傑もザコに成り下がる――戦いに生きる者にとっちゃ常識だ。
神将として覚醒しただけで、戦いのセオリーも学習しないまま力任せに暴れるだけ――そんなてめぇに負けてちゃ、こっちは面目が立たねぇんだよ」
「うるせぇっ!」
告げるジュンイチに言い返し、立ち上がるバベルだが、彼の身に刻まれたダメージはかなり深い。オーガの火力を持ってすれば、いともたやすく吹き飛ばせるだろう。
《主よ、どうする?
先の命令どおり、もう焼き尽くすか? それとももっといたぶって、主の仲間を傷つけたことを後悔させるか?》
「個人的な希望としちゃ後者だけど――とりあえずちょっとタンマ」
これが“暴君”とデスサイズに言わしめた所以か――物騒なことを言い出すオーガに答え、ジュンイチはバベルをにらみつけた。
「これが最後通牒だ。
ここで退くなら、今回だけは見逃してやる――次は容赦なく焼くけどな」
「何、だと…………!?」
「言ったろ? オレも復讐の中に身を置く人間――てめぇの復讐心を否定するつもりはねぇ、ってさ」
眉をひそめるバベルに対し、ジュンイチは淡々とそう告げる。
「要するに、情状酌量、ってヤツだ――ここで退くなら、同じ種類の人間として見逃してやる。
けど――これ以上続けるっつーなら、力ずくで黙らせる」
「ふざけるな……!」
だが――ジュンイチの言葉をバベルは真っ向から突っぱねた。
「仲間を殺され、この上貴様に情けまでかけられて、おめおめ引き下がれるか!」
咆哮し、バベルはジュンイチに向けて突撃し――
「…………しゃーねぇか」
対し、ジュンイチは静かに告げた。
「オーガ……
……焼け」
《うむ》
その静かな宣告にどんな想いを込めたのか――ジュンイチの言葉に静かにうなずき、オーガは目の前に火球を生み出す。
吹き飛ばされて距離が開き、さらにダメージによってスピードの低下しているバベルにこの一撃を防ぐ手立てはない。オーガは妨害を受けることなく火球を完成。バベルに向けて解き放つ。
火球は抵抗もなくバベルに向けて突進し――
弾けた。
バベルに直撃した、ということではない。
直撃するよりも早く、空中で爆裂したのだ。
そして――
「…………間に合ったか」
静かに告げて――火球を爆裂させた張本人がバベルの前に降り立った。
真紅に染め抜かれた半全身鎧タイプの鎧。
鎧に負けないほどに映える、真紅の長髪。
そして――すべてを貫くような、気迫に満ちた鋭い視線。
「……誰だよ、てめぇ?」
「そうだな。
お前達とは初対面か……確かに名乗る必要はある、か……」
尋ねるジュンイチの言葉に、彼はジュンイチだけでなくジーナ達にも視線を向けてそう答えた。
そして――静かに、堂々と名乗りを上げる。
「属性は“炎”、称号は“炎滅”。
瘴魔神将のひとり――“炎滅”のイクトだ」
「“炎”の……?
じゃあ、ジュンイチさんと同じ……」
背後でジーナがつぶやくのが聞こえるが、ジュンイチはイクトに対して鋭い視線を向ける。
(こいつ――オーガの火球を……!)
先ほど、オーガの放った火球を防いだ時のことを思い返す。
あの瞬間、イクトはバベルへと迫る火球のすぐ目の前に飛び込んで――
殴り飛ばしたのだ。
正確には、炎に包まれた自らの拳を叩きつけ、互いの炎を相殺させたのだ。
それはつまり――
(単独で、オーガ並みの出力を持っているってことだよな……
となれば、それだけの出力を遊ばせることもない。おそらく砲撃系も一通りそろえてるはず……!)
相手の戦闘力を分析、その高い実力を垣間見、ジュンイチは油断なくその様子を伺い――
「イクト!」
そんな彼の思考を断ち切ったのは、イクトの背後で声を上げたバベルだった。
「どういう、つもりだ……!?」
「どうもこうもない。
吹き飛ばされるところを助けた――ただそれだけだ」
「それが余計なことだと――」
「貴様の言い分など知らん」
反論しかけたバベルの言葉を、イクトはぴしゃりとさえぎった。
「優勢を覆され、情けまでかけられた――その時点ですでに戦いの流れは決した。
貴様に勝ち目はない。ここで散ろうがオレに救われようが、いずれにせよ貴様の負けだ――同じ敗北なら生きて再起にかけろ」
「ぐ…………っ!」
淡々と告げるイクトの言葉に、バベルは思わずうめき――
「逃がすかよ!
オーガ!」
《おぅ!》
イクトの実力を垣間見た今、後の禍根となりそうな相手を逃がすつりなど毛頭ない。ジュンイチの言葉にオーガがうなずき、二人が同時に炎を解き放つ。
先行するジュンイチの炎がより巨大なオーガの炎を誘導。結果、二つの炎はジュンイチに操られるままイクトやバベルの周囲を包み込む。
が――
「――そこ――――っ!」
包囲された状態からの攻撃にもイクトは冷静に対応した。手の中に自らの炎を収束、楯を作り出してこちらの攻撃を受け止め――さらに周囲に炎を撒き散らし、こちらの炎の流れを乱し、包囲を打ち破る!
「ちぃ…………っ!」
「さすがの貴様も、とっさの反応ではトリッキーさが衰えるようだな」
攻撃を防がれ、舌打ちするジュンイチにそう告げると、イクトは自分達の周囲に術式陣を展開する。
自分達のものとは術式が違うが、この状況で使うとすれば――
(転移術――!)
「させっか!」
逃がしてたまるかとばかりに跳躍。爆天剣を振りかざし、ジュンイチは一気に間合いを詰め――
次の瞬間、ジュンイチは背中から岩壁に叩き込まれていた。
(な――――――っ!?)
攻撃が見えなかった――衝撃で飛びそうになる意識をつなぎ止めるジュンイチにかまわず、イクトは術式を完成させ、
「では――この場は退かせてもらう。
貴様らとの戦い――決着はいずれ」
そう告げると同時――イクトはバベルと共に姿を消していった。
「ジュンイチさん!」
戦いが終わり、ジーナは思わずジュンイチの元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「最後の最後であんなのが出てたんだ――生きてりゃ十分だよ」
尋ねるジーナにあっさりと答え、ジュンイチは岩壁から身体を引き抜くと着装を解き、青木達と合流する。
「ジュンイチ……」
そんなジュンイチに対し、ファイを支えていたライカはどう声をかければいいのか言葉に窮し――そんな彼女や仲間達に対し、ジュンイチは軽く手を挙げ、告げた。
「…………よっ。
ただいま――みんな」
「………………」
その態度は姿を消す直前と変わらない、本当にいつも通りの彼の姿で――そんな彼の言葉に一瞬呆けたライカだったが、
「…………ふっ、フフフフフ……」
「ら、ライカお姉ちゃん……?」
何だか無性に腹が立ってきた。静かに笑い声を上げるライカの姿に、ファイも思わず自分の足で立ってその場を離れ――
「ジュンイチ、の……!
……バカァァァァァッ!」
「ぶびゃっ!?」
渾身の右ストレートが顔面に炸裂。ジュンイチがまともにブッ飛ばされる!
「何よ何よ、何なのよ!
いきなり涼にどっかに転送されて、人を散々心配させておいて、何へーぜんと帰ってきてんのよ!」
「ンなコト言われても……どうしようもないだろ、実際」
まくし立てるライカの言葉に、身を起こしたジュンイチはさすがに口を尖らせて――
「それでも、納得は決して出来ませんよね」
「って、ジーナまで!?」
となりから冷たい視線でこちらを見下ろし、ジーナまでそんなことを言い出す。
「私達を心配させた分――」
「納得するまで、いなくなってた間のことを話してもらうからね!」
「………………はい」
心配していてくれたのは光栄だが、その分二人の怒りはすさまじく――ジュンイチは完全に気圧され、うなずくしかない。
が――
(……けど…………大変なのは、これからか……)
その一方で、ジュンイチの思考は冷静にこれからのことを考えていた。
後一歩というところまで追い詰めたバベルを救い、自分を跳ね飛ばして撤退していった“炎”の瘴魔神将イクト。
戦闘技能については主観を挟まない主義であるが故に、認めざるを得ない。イクトは――
(ヤツは……間違いなく、オレより強い……!)
胸中でつぶやき、ジュンイチは自分の手元に視線を落とした。
(…………“あの姿”のお披露目、案外遠くないかもしれないな……)
そんなジュンイチの手の中――ブレインストーラーの中で、オーガがすでに還っているはずの精霊石は静かに真紅の輝きを放っていた。
あずさ | 「やったーっ! ついにお兄ちゃんが帰ってきた! これでブレイカーズも勢ぞろい! 打倒瘴魔にヒアウィーゴーだよ! けど、そんなみんなの前にまたまたブレードさんが! ――って、お兄ちゃん!? 何そのカッコ!? まさか、その姿って……!? 次回、勇者精霊伝ブレイカー、 Legend25『重なる鬼神』 そして、伝説は紡がれる――」 |
(初版:2007/09/29)