「くそっ!」
自らの苛立ちを隠しもしない――バベルの振るった拳が、アジトの壁を砕き、大きく穴を穿つ。
「ちょっと、いつまで暴れてるのよ?
少しは落ちつきなさいよ」
「落ちつけるか!」
あれから何日経っているというのか――さすがに顔をしかめ、苦情を申し立てるミレイにも、バベルは声を荒らげる。
「なぜ負ける!?
オレは瘴魔神将だ! ブレイカーどもよりもずっと強い“力”を持っているんだ!
それなのに、なぜ負ける!? なぜヤツらに勝てん!?」
怒りに任せてバベルが叫び――
「……その“力”においても、先日後れを取ったではありませんか」
「何だと!?」
呆れたように告げるザインに、バベルは怒りに満ちた視線を向ける。
「あなたは所詮、力だけのイノシシと変わりありません。
ただ突っ込むだけだから、いつもいつも足元をすくわれる」
「貴様……! もう一度言ってみろ!」
「ちょっと、いい加減にしなさいよ!」
言葉を重ねるザインに向かっていこうとするバベルを見かね、ミレイが止めに入り――
「そこまでだ」
そんなバベルを止めたのはイクトだった。
「お前の敵はブレイカーズだ。ザインじゃない」
「…………チッ」
イクトの言葉――そしてその威圧感に止められ、バベルは舌打ちまじりに背を向ける。
「ザイン、お前も言葉が過ぎるぞ」
「これは失礼」
続けてザインもたしなめるイクトだが、対するザインはひょうひょうとそう答える。
「しかし、敵マスター・ランクが全員精霊獣を持ち、しかもそのひとりがその“力”をさらなる高みで引き出す術を持っている――これは決して無視できません。
もはやこの戦い、我ら神将とて“力”のみで押し通せるものでは――」
「ふざけるな!」
イクトに告げるザインの言葉に、バベルは声を張り上げた。
「オレの“力”が通用しないだと……!? そんなことがあるものすか!
オレ達神将は最強だ! それが信じられないと言うのなら、今からそれを見せてやる!」
「ほぉ……」
そのバベルの言葉に――ザインの口元に笑みが浮かんだ。
「ですが、現実にそれがかないますか?
“精霊獣融合”とやらを行った“炎”のブレイカーの力は簡単に御せるものではないでしょう――その上、他のブレイカー達にまで同時に攻撃を受ければ、いかにあなたとて……」
「フンッ、それなら簡単だ」
そう答えるバベルは知らない――
「敵が数で来るのなら――」
そう答える彼の言動は――
「こっちも数で攻めるまでだ」
すべて、ザインの思惑通りだったということを。
Legend26
「太平洋を炎に染めて」
「つまり……そのブレインストーラーは、元々“精霊獣融合”のために作ったものだってことか?」
「そ」
聞き返す橋本の問いに、ブイリュウはテーブルの上に座ってあっさりとうなずいた。
場所は柾木家のリビング――現在、彼はジュンイチの見せた新たな力、“精霊獣融合”についての説明を受けていた。
が、一番の当事者であるジュンイチは龍牙に呼ばれて席を外しており、一同の講師を担当しているのはブイリュウと――
《正式名称は“ブレイク・インストーラー”という。
提案は我だが――主が『語呂が悪い』と文句を言い出してな――現在の呼び名に落ちついたワケだ》
オーガだ。開かれたブレインストーラー、そこに露出した精霊石“スカーレット・フレア”からディフォルメした自身の姿を投影して告げる――が、もっぱら女性陣はそのディフォルメされた彼の姿に「カワイイ♪」と目をキラキラさせたりしているが。
「じゃあ、そのブレインストーラーがないと、ジュンイチさんは“精霊獣融合”できないんですか?」
「そうでもないよ」
尋ねるソニックに答え、ブイリュウはオーガと視線を交わし、
「一応、ブレインストーラーがなくても“精霊獣融合”自体は出来るんだ。異世界での修行でも、最初の内はブレインストーラーは作ってなかったし。
ただ……そのままだと、ちょっと問題があることがわかったんだ」
「問題……?」
聞き返すガルダーにはオーガが答えた。
《ブレインストーラーによる制御なしでは、主と我とで、支配権の競合が発生してしまうワケだ》
「支配権の、競合……?」
思わず首をかしげ、ファイがつぶやくと、そんな彼女には鈴香が答えた。
「この場合、ジュンイチさんとオーガさんとで、“装重甲”のコントロールが重なっちゃうんです。
二人の思惑が一致しているときはそれでもかまわないんですけど、もしそんな状態で二人が異なる判断をした場合、ちょっと厄介なことになっちゃいますね」
「厄介なこと……?」
「ハンドルもブレーキもアクセルも、全部二つずつある車を想像してみて。
片一方がアクセルを踏んだときにもう一方がブレーキを踏んだら? 片一方が右にハンドルを切った時に、もう一方が左にハンドルを切ったら?
オーガや鈴香が言ってるのは、そういうことよ」
首をかしげる鳳龍に答え、ライカはオーガへと向き直り、
「それに、よ。
息が合ったら合ったで、今度は別の危険が発生するんじゃないの?」
《ほぉ、聡いな》
「軍師ですから♪」
「どういうことですか?」
感心するオーガと答えるライカ、二人の会話にジーナが疑問の声を上げる――そんな彼女に、オーガは静かに説明を始めた。
《知っての通り、我らの使う精霊力というものは“意志の力”である魔力、“魂の力”である霊力、そして“生命活動の力”である気――この三つがひとつになった、言わば“命の力”そのものだ。
我らの存在そのものの力といっても過言ではないその“力”を、“精霊獣融合”は主と我の二人分、まとめてひとつに束ねてしまう――》
「それって……」
その言葉に――橋本が気づいた。その顔から見る見るうちに血の気が引いていく。
そしてそれは、鈴香も同様だったようだ。同じく青ざめた顔でオーガに尋ねる。
「それは……もしかして、ジュンイチさんとオーガさん……二人の存在が融合しちゃうってことですか?」
『――――――っ!?』
鈴香のその言葉に、一同が思わず息を呑み――
《然り》
そんな彼らを前に、オーガはハッキリとうなずいた。
《それを防ぐための安全弁がブレインストーラーだ。
“精霊獣融合”によって発声する巨大な“力”を安定させ、同時に主と我の存在の融合を阻止する――そのために》
そして、オーガは息をつき、言葉を続けた。
《エネルギー制御を極限まで追及した力場で、あらゆる局面での砲撃を行う主の戦闘スタイル“全距離砲撃”、それを可能としているのが、極めて極小のレベルで“力”を制御することのできる、主自身の超精密なエネルギー制御技術だ。
しかし、その主ですら、戦闘と同時に我との同化を制御するのは困難を極めた――故に、主はブレインストーラーを作り出し、主と我の同化を防ぐことを選択した》
「つまり……
“その危険な力を手放す”って選択肢はなかったワケだ……」
《然り》
青木の言葉にうなずいて――オーガは一同を見回した。
《主は、自らの戦いを決して負けられぬものと定めている――だからこそ“精霊獣融合”を編み出し、矢面に立って戦おうとしている。
御殿らの中にも気づいている者もいようが――それはひとえに、主が御殿らをも守ろうとしているからに他ならぬ》
「あぁ……わかってる」
オーガのその言葉に、青木は静かにうなずいた。
「アイツは昔っから“あぁ”だよ。
普段はバカみたいにワガママ放題してるクセに、いざ何かあると、自分の事なんか頭の中からスッポリと抜け落ちちまう。
アイツに言わせると『守ってやってるんだから、普段くらいは好きにさせてくれ』ってことらしいが、果たしてどこまで本気なんだか」
青木の言葉に、ジーナ達は一様に押し黙り――そんな一同に、オーガは告げた。
《それが主――柾木ジュンイチと言う男だ。
そういう男のもとに御殿らは集った――そしてそのことを知った。
であれば……もはや御殿らには甘えは許されぬと知るがいい》
そう告げるオーガの表情は――ディフォルメによるかわいらしさを吹き飛ばすほど、強い意志に満ちていた。
《心せよ。
御殿らは、主に守られていることを――そして、だからこそ、主を守らなければならぬことを。
それができぬと言うのであれば――》
《御殿らに、主の仲間を名乗る資格はない》
同時刻、ブレイカーベース、メディカルルーム――
「……よし、もういいぞ」
告げる龍牙の言葉に、ジュンイチは診療台の上で身を起こし、服を脱いだ上半身に取り付けられていた電極の数々を外していく。
そんな中、龍牙は傍らのあずさと共に測定したデータに目を通し、
「また、ずいぶんとムチャをしたようだな」
「生半可な修行じゃ意味ねぇからな、オレの場合は」
ため息をつく龍牙に、ジュンイチは服を着ながらそう答える。
「こちとら経験地がすべて――100の訓練より1の実戦だ。
だから、シミュレータだって“あんなシロモノ”を使わなきゃ効果が見込めない――それは親父達だってわかってるだろ?」
「それは、わかっているが……」
ジュンイチの言葉に、龍牙は思わず視線を落とし――そんな彼に代わり、あずさが不安そうにジュンイチに告げた。
「それを言うなら、お兄ちゃんだってわかっているはずでしょ?
お兄ちゃんの場合、強くなるってことは……」
それは、彼らにとって決して避けられない問題――ジュンイチと龍牙とあずさ、3人の間に沈黙が落ちるが、
「…………それでも……」
ポツリ、と――ジュンイチは静かにその沈黙を破った。
「それでも……強くならないと、みんなを守れない……
瘴魔からも、DaGからも……」
「……“あいつら”からも」
その言葉に――再び場に沈黙が落ちる。
「……気づいていたの?」
「青木ちゃんから聞いてない?
“左手”を使ったんだぜ、オレは」
あっさりとあずさに答え、ジュンイチは龍牙へと鋭い視線を向けた。
「“あいつら”は今でこそオレ達を“ブレイカーとして”追ってる。
けど……“オレのこと”を知ったら、間違いなく状況は変わるぜ」
そう断言するジュンイチの言葉に迷いはなかった。
「そうなってからじゃ遅いんだ。
オーガを手に入れて、“精霊獣融合”ができるようになって……けど、たぶん……まだ足りない。
親父達も、ジーナ達も巻き込めない。“あいつら”っていう組織に、ひとりで戦わなきゃならない。
“個人は組織には勝てない”――自分でもわかってるその事実を、オレはひとりでひっくり返さなきゃならないんだ。
そのためにも……オレはもっと、強くならないとダメなんだ。
たとえ……そのために“人間を捨てる”事になってでも……」
言って、ジュンイチはメディカルルームを出て行き――龍牙は息をついた。
「お兄ちゃん……勝手すぎるよ……
みんな、お兄ちゃんのことを心配してるのに……!」
「『親父達も、ジーナ達も巻き込めない』か……
気づいていないのか――お前は、孤独を背負うには優しすぎるんだよ……」
二人のつぶやきがジュンイチに届くことはない。声はむなしく虚空に消えて――
警報が響いた。
「ちょっと……何よ、コレ!?」
報せはすぐにライカ達にも届けられた――送信されてきたそのレーダー画面を前に、ライカは思わず声を上げた。
反応の強さから考えると、敵は超瘴魔獣ではない――それどころか瘴魔獣ですらない、かつて戦ったミールのような、ただの大型下級瘴魔の群れのようだ。彼女を驚愕させたのはむしろ――
「何なんですか……!?
この“敵の数”は……!?」
その数だった。ウィンドウに表示されたそのレーダー画面に、太平洋上を日本に向けて進撃する“100を超える”瘴魔の反応が表示されているのを見て、ジーナが思わず声を上げる。
「どうなってるの……!?
どうして、瘴魔があんなに!?」
「わかんないけど……とにかく迎撃よ!」
うめくファイに答え、ライカはこの報せを持ってきてくれたクロノスへと告げた。
「クロノス! ジュンイチにも連絡!
こんなの、バラバラに対応してもキリがないわ――みんなで力を合わせて乗り切るわよ!」
しかし、そんな彼女の言葉に、クロノスは答えた。
《…………残念ながら手遅れです》
「え…………?」
意外な答えに一瞬停止し――次の瞬間、再起動したライカの顔から血の気が引いた。
「ち、ちょっと待って!
それって、まさか……!」
《はい》
《ジュンイチさんは、すでに出動しています》
「ジュンイチ! やっぱりひとりじゃムチャだよ!」
「知るか!」
ゴッドドラゴンのコックピット――声を上げるブイリュウの言葉を、ジュンイチは一言で両断した。
敵襲を知り、ブレイカーベースを飛び出したところで、ジュンイチはちょうどジーナ達への説明を終え、ブレインストーラーを持って戻ってきたブイリュウと出くわした。そのまま彼にゴッドドラゴンを呼んでもらい――現在に至る。
「みんな集まったところで100以上対7だ! ムチャなことに変わりあるかよ!
だから――先行する! 1体でも多く片付けるんだ!」
告げると同時、ジュンイチはゴッドドラゴンを加速させ――咆哮する。
「エヴォリューション、ブレイク!」
「あのバカ!
ひとりであの数に突っ込むなんて、何考えてんのよ!」
ジュンイチの後を追い、出撃した道中――カイザーフェニックスのコックピットで、ライカは苛立ちを隠しもしないで声を荒らげた。
「下級瘴魔って言っても、100体超えてんのよ! たったひとりでどうにかできるワケないじゃない!
なんであたし達を頼らないのよ!? そんなに、あたし達は頼りないの!?」
「わ、私達に言われても……」
ランドライガーを背中に乗せて飛翔するカイザーフェニックス――コックピットでわめくライカに、ランドライガーに乗るジーナが困惑の声を上げると、
「オーガの言ってたこと、思い出せよ」
そう告げたのは青木だ。
「ジュンイチのヤツは、オレ達さえも“守るべき存在”に含めてる。
だからオレ達を頼らない――オレ達を、危険なところに引きずり出さないために、な……」
「けど……」
なだめるように告げるが、ライカはまだ納得できないようで――そんな彼女に、青木は思わず苦笑する。
ジュンイチは、基本的に見知らぬ相手がどうなろうが知ったこっちゃないタイプだが――そんな無関心ぶりの反動か、逆に自分の知る人間に対してはとにかくその安全を第一に考えて行動する。
奔放な態度でこちらを散々に振り回してくれるクセに、本当に危険な戦いの場に仲間が足を踏み入れることを極端に嫌っている――まぁ、“そうならざるを得ないような経験”を経ているのだ。仕方がないといえば仕方がないのだが。
しかし、ライカ達はそれが納得できない。自分と違ってジュンイチの“事情”を知らないということもあるだろうが、仲間として、ジュンイチと同じ戦場に立ち、ジュンイチと共に戦いたいと願っている。ジュンイチに“戦力”としてあてにしてほしいのだ。
“危険な場に連れ出したくない”ジュンイチと“もっと頼りにしてほしい”ライカ達。どちらも仲間のことを想っているからこその選択であり、だからこそお互いに譲れず、話をややこしくしてしまう。
(人の心ってのは、難しいもんだね、まったく)
内心で苦笑すると、青木は後方へと意識を向け、
「おーい、ついて来れてるかー?
話についても移動についても」
「ほっといてよ!」
元々砲戦仕様機であり、長距離移動には向いていないのだから仕方ないのだが――こちらのスピードについて来れず、後方から懸命についてきているシャドーグリフォンのコックピットで、橋本は青木の言葉に声を荒らげた。
「いっ、けぇぇぇぇぇっ!
クラッシャー、ナックル!」
咆哮しながら、ジュンイチのユナイトしたゴッドブレイカーが右腕を撃ち出した。螺旋状の“力”の渦に包まれたそれは一直線に戦場を駆け抜け、進路上の下級瘴魔達を次々に蹴散らしていく。
戻ってきた右腕を回収し、ジュンイチは両手で自らの翼に手をかけ――ゴッドウィングが根元から分離した。ジュンイチの手の中で液体金属でできた翼がその形を変えていく。
そして――
「ウィング、トマホーク!」
目の前の瘴魔の顔面を踏み台に跳躍、頭上にいた2体をゴッドウィングの変化した戦斧で叩き斬る。
同時、翼を取り外したことで飛行能力を失った機体が落下を始めるが――ジュンイチはむしろその落下をも利用した。再び両手のゴッドウィングが形を変え――
「ウィング、ハンマー!」
一対の翼がひとつに融合、巨大なハンマーと化したゴッドウィングで今しがた踏み台にした瘴魔を叩きつぶすと、ジュンイチの駆るゴッドブレイカーは“海面に着地”した。
周囲を取り囲む瘴魔も、イヌやネコ、ミズミにモグラと、陸上系のタイプばかり。ここまで統一されているとなると――
「……“地”属性か……
“獣”属性って可能性もあるけど……“獣”属性だともっと手当たりしだいだよな、鳥とか魚とか含むし――」
言いかけ――察知する。
「上――――――っ!?」
気づくと同時に高速で離脱――後退したジュンイチの目の前に、上空から強襲してきた“それ”が海面にできた足場に一撃。貫かれた海面が巨大な水しぶきを上げる。
トラ型の大型機動兵器――バベルの駆る瘴魔機兵ファングカイザーである。
「やっぱりな!
“地”属性の瘴魔をこれだけ繰り出してくるとなれば、絶対お前だろうと思ってたぜ!」
告げて、ジュンイチは間合いを取って“海面の足場”に着地、バベルと対峙する。
「貴様ひとりか?」
「あぁ。
残念だったな――お前の狙いは、シンとかいう瘴魔神将を倒した橋本だもんな」
答え、軽く肩をすくめて見せるジュンイチだったが――
「心配するな。
貴様にも前回の借りがるからな――順番の前後こそあれ、貴様も逃がすつもりはない」
動じることなくそう答えると、バベルはファングカイザーの重心を落とし、攻撃態勢に入る。
「どうせ、仲間達もこっちに向かっているんだろう? まとめて片付けてやる。
後悔するんだな――こっちの戦力を見極めもせず、ひとりで飛び出してきた自分のおろかさを!
今の貴様は強敵なんてものじゃない! この戦力、この数の前にただ叩きつぶされるのを待つだけの――単なる前座だ!」
その言葉と同時、周囲の瘴魔達も一斉にジュンイチに対し攻撃態勢に入るが――
「……言ってくれるじゃねぇか」
ジュンイチもまた、まったく動じる様子を見せなかった。抜き放った2本のゴッドセイバーを二刀流にかまえ、
「甘く見ない方がいいぜ、クソ神将。
前座は前座でも、こちとら――」
「最強の前座だぜ」
「ククク……ハデにやっているようですね」
そして再び始まる両者の激突――その様子を“力”の動きで感じ取り、ザインはひとりほくそ笑んだ。
彼がいるのは戦場から遠く離れた海の上――しかし、ただ傍観しているワケではなかった。
「私がせっかく足場を作ってあげているのですから、バベル達には是非とも善戦してもらいたいものですね……」
そう。彼の足元には彼ら独自の術式で描かれた術式陣が展開されており、そこから発せられる“力”は海面を伝い、離れたところで戦うバベル達の元へ――あの場に作り出されていた“海面の足場”は、“水”の瘴魔神将たる彼が作り出したものだったのだ。
しかし――彼がバベルに助力するのは、別に彼の意志に共感したからではなかった。
「私もいい加減、あなたの復讐劇に付き合うのも馬鹿らしくなってきましたからね……ここらで決着をつけてもらいたいものですね」
そうつぶやく彼の口元は――
「勝つにしろ、負けるにしろ、ね……」
邪悪に歪んでいた。
「死ぃねぇえぇぇぇぇぇっ!」
殺意が存分に込められた――いや、殺意しか込められていない咆哮と共に跳躍、バベルの操るファングカイザーがジュンイチに向けて爪を繰り出すが――
「ヤな――こった!」
ジュンイチは攻撃が届くよりも早く、より前方に飛び込んだ。前転の要領でファングカイザーの爪をかいくぐると、そのままの勢いで身を起こし、手近なところにいた瘴魔をゴッドセイバーで斬り捨てる。
そして、反転して背後から襲い来るファングカイザーの牙から逃れると上空へと舞い上がり、ゴッドキャノンでこちらを追って跳躍してきた数体の瘴魔を撃ち砕く。
だが――敵とて下級クラスとはいえ瘴魔だ。自らの“力”を収束、エネルギー弾として放ってくる。
いくらザコの放つ射撃でも、数がそろえば侮れない。ジュンイチは敵の対空砲火の体勢が整う前に素早く降下、そのまま接近戦に移行し、さらに数体の瘴魔を薙ぎ払う。
「クソッ、何してやがる!
敵はたったの1体だぞ! さっさと取り囲んで動きを止めて、オレに回しやがれ!」
烏合の衆とはいえ100倍以上の数の差がある。それなのに動きを止めることすらできないでいる――予想外の苦戦を前に、バベルは苛立ちもあらわに声を荒らげ――
「多少個々の戦闘力に差があっても、数で押しつぶせば動きくらいは止められる。
そうすればパワーで対抗できる自分が、か……」
そんなバベルに対し、ジュンイチは目の前のイヌ型瘴魔のアゴを蹴り砕きながらそう告げた。
「乱暴な手だが――通常じゃとても戦力にならない、なのに、わずかな負の思念でも生まれちまうその性質上、自然発生的に数だけは生まれちまう下級瘴魔を有効利用するって意味じゃ有効な手だな。
それに、戦略的にも決して間違った戦略じゃねぇ――過去の戦をひも解いても、能力差を数に任せて押しつぶした例なんていくらでもある。
けどな――」
言って、さらに1体を斬り捨て、
「今回は相手が悪かった、それだけの話だよ!」
その言葉と同時、ジュンイチは両手のゴッドセイバーを大地に突き立てて――背中のゴッドウィングが炎に包まれ、
「龍翼の轟炎!」
放たれた一撃が正面の瘴魔達をまとめて薙ぎ払う!
が、そんな彼に、周囲の瘴魔達が一斉に襲いかかった。左から、右から、背後から――大きな一撃を放った直後のジュンイチに向けて多方向から迫る。
“龍翼の轟炎”の直後で、ジュンイチにこれをさばけるほどの攻撃は放てない――かと思われた、次の瞬間、
「甘いんだよ!」
ジュンイチは多方からの攻撃を上空に跳んでかわし――眼下の瘴魔達は大爆発に巻き込まれ、四散した。
上方に逃れたジュンイチの放った、“號拳龍炎”によって。
直撃を受けた瘴魔達の残骸が四散し、爆風が荒れ狂う中、ジュンイチは何事もなかったかのように着地し、告げる。
「こないだの戦いで撃った“ギガフレア三連”のこと、忘れてねぇか?
こちとら、エネルギー制御の高性能っぷりが一番のウリでね――大技だろうがポコポコ撃てるくらいのチャージサイクルがなきゃ、“全距離砲撃”なんてやってらんねぇんだよ」
余裕の表情と共に告げ、ジュンイチはゴッドセイバーを足場から引き抜き、かまえる。
「さー、どうする?
お前さんの軍団は、“前座”の相手だけで壊滅状態だけど?」
「ぐ………………っ!」
ジュンイチの言葉に、バベルは思わず歯噛みする。
こんなはずではなかった――下級瘴魔の数に任せた波状攻撃で動きを止め、自分のパワーで叩きつぶす。このパターンで簡単に倒せる。そう確信していた。
だが、現実はどうだ。敵はジュンイチただひとり。仲間達の到着までもまだ時間がある――にもかかわらず、明らかにこちらが不利な戦況だ。
予想を大きく裏切る展開に、バベルの見通しはもろくも崩れ去ろうとしていた。
「ふむ……」
一方、こちらは大いに満足げだ――バベルとジュンイチの戦いの様子に、ザインは口元に笑みを浮かべてうなずいた。
「なかなか、バベルも動いてくれますね……
おかげで、データだけでは見えない彼のこともだいぶわかってきました」
言って、彼はジュンイチの今までの戦いぶりを思い返した。
「確実に包囲のすき間を見出す視点の持ちようと、その隙間を的確に撃ち貫く戦いの運び……
そして、仲間がその場にいないからこそできる、遠慮も容赦もまったくない大火力砲撃……」
間違いない。
「彼は、1対多の戦いを知り尽くしている……単独で一軍と渡り合うためのノウハウを、実戦における経験と共に完全に身につけている……
なるほど、バベルの数に任せた攻めが効かないはずです。そもそも相手の得意分野なんですからね」
つぶやき――ザインは笑みを浮かべた。
「しかし……まだまだ彼の本領はこれからのはず……
バベルには、がんばってそれを引き出してもらいましょうか」
―― | 全ての力を生み出すものよ 命燃やせし紅き炎よ 今こそ我らの盟約の元 龍神の命にて荒れ狂い 我が意に従い我が敵を薙ぎ払え! |
「龍神焼滅陣!」
咆哮と共に術を発動――ジュンイチの放った精霊術は強力な炎の渦を解き放った。敵陣に飛び込み、荒れ狂い、その進路上に次々と爆発を巻き起こす。
「さて、どうする?
一方的な戦いになってきてんだけどさ」
「言ってくれるな。このガキ……っ!」
もはや歯牙にもかけられていない――余裕もあらわに告げるジュンイチの言葉に、バベルは怒りの声を上げる。
「決断は早めにしといた方がいいぜ。
でないと――」
そんなバベルに対し、ジュンイチはもはや視線に怯えの混じり始めた瘴魔の群れを見回していたが、
「……残念。
時間切れだ」
その言葉と同時――ジュンイチの周りに彼らが降り立った。
青木、橋本、ライカ、そしてジーナ――ジュンイチの帰還以来初となる、ブレイカーズのブレイカーロボ全機集合である。
「ジュンイチさん、大丈夫ですか!?」
「平気平気。この程度ヘでもねぇよ♪」
ジュンイチの身を案じ、声を上げるジーナだが、当のジュンイチは平然と手をパタパタと振ってみせる。
そんな彼らのやり取りに軽く肩をすくめると、青木はバベルのファングカイザーへと向き直り、
「さて、どうする? バベル。
ジュンイチひとりにさんざん手こずらされたんだろ?――こっちが全員集合した今、そっちにどれだけ勝ち目があると思う?」
「だから、どうした……!」
しかし、バベルは青木の宣言にもひるまず、静かな迫力と共にそう答えた。
「こっちは配下の瘴魔を総動員し、不退転の覚悟で出てきているんだ――“地”の瘴魔神将として、このままおめおめと引き下がれるものか!」
その言葉と共に、ファングカイザーからバベルの瘴魔力があふれ出し、渦を巻く――そして、そんな彼の姿は周囲の瘴魔達を鼓舞した。自らの主が未だ戦意に満ちていることを知り、ジュンイチに対して抱きかけていた恐怖が拭い去られていく。
「今度こそ貴様らを倒す!
今度こそ……シンの仇を討ってみせる!」
告げると同時、バベルは地を蹴りジュンイチへと襲いかかり――
「させるワケ――ねぇだろが!」
対し、ジュンイチもまた地を蹴った。バベルを迎え撃ち、ファングカイザーの爪とジュンイチのゴッドセイバーが激突する。
「『お前の復讐を成功させない』――こないだバトった時に言ったはずだぜ!」
「あぁ――そうだな!」
ジュンイチの言葉にバベルが言い返し――
「だが――復讐の相手を目の前にして、素直に退けるものか!」
告げると同時――バベルが動いた。ジュンイチと力比べをしていた腕を引き、ゴッドセイバーの刃を受け流す。
「な――――――っ!?」
復讐にこり固まり、この場での予想外の苦戦に憤り、完全に頭に血が上り、“力”にこだわった攻めを繰り返していたバベルが突然“技”を駆使してきた――これにはさすがのジュンイチも裏をかかれ、その姿勢がわずかに崩れる。
それでも一瞬にして体勢を立て直すが――彼らの闘いの中でその一瞬は1時間にも等しいものだった。バベルはジュンイチの脇をすり抜け、彼の背後の青木達に――いや、橋本個人へと襲いかかる。
「な――――――っ!?」
驚き、それでも橋本はなんとかシャドーサイズを影天鎌へと“再構成”し、受け止めるが――パワーではシャドーブレイカーよりもファングカイザーの方が上だった。そのまま一気にシャドーブレイカーを押し返していく!
そして――ジュンイチは気づく。
彼の目的はあくまでも“シンを殺されたことに対する復讐”であり、ジュンイチに叩きのめされたことへの報復はあくまで二の次でしかない。
どれだけ自分にコケにされ、怒りで我を忘れようと、その怒りの根源が復讐を誓った自らの憎しみである限りそれを忘れることはない。
すなわち――
「あんにゃろ――さんざコケにしたオレすら放り出して、橋本への復讐を優先しやがった!」
「そんな!
橋本くん!」
ジュンイチの言葉に、とっさに援護に向かおうとするライカだが――そんな彼女を下級瘴魔達がさえぎった。数体がかりで飛びつき、動きを封じてくる。
「ライカ!」
そんな彼女を救うべく動いたのは青木だった。とっさに跳躍、ライカに飛びついた瘴魔の一体を蹴り飛ばし、そのままの姿勢で身をひるがえし――
「聖獣剣!」
腰のツールボックスから取り出したのは刃のない剣の柄――瞬間、柄から放たれた“力”が物質化。刃となってライカに組みついていた残りの瘴魔を斬り払う。
「ジュンイチ、橋本を!」
「わかってる!」
ライカの無事を確認し、告げる青木に答え、ジュンイチはバベルに押される橋本の元へと向かおうとする――が、そんなジュンイチの元にも瘴魔が次々に肉迫。その行く手を阻んでくる。
ジュンイチだけではない。今しがた青木に救われたライカも、そのライカを救った青木も――そしてジーナ達も、目の前に下級瘴魔が防衛ラインを構築、それぞれの行く手を阻む。
「ジャマを――するなぁっ!」
咆哮し、ジュンイチの放った“龍翼の轟炎”が敵防衛ラインを大きく穿つ――しかし、その姿からは、先ほどまでの余裕の態度が完全に吹き飛んでいる。
「どうしたどうした!?
軽口が聞こえなくなったぞ――舌でも抜かれたか!?」
「にゃろう……!」
戦局は相変わらずブレイカーズ側が優勢――しかし、精神的な優位は完全に逆転していた。橋本と戦いながら告げるバベルの言葉に、仲間を襲われたジュンイチは思わず歯噛みする。
橋本を助けに行かなければ――だがそのためには目の前の下級瘴魔の分厚い防衛ラインを突破しなければならない。
先刻、青木がライカ達に語った『仲間のこととなると見境がなくなる』というジュンイチの精神的特徴――それが今この状況を前に、ジュンイチの中で焦りとなって現れていた。
「橋本! なんとかもたせろ!
すぐに援護に行く!」
なんとかして助けに行かなければ――焦りもあらわに声を上げるジュンイチだったが、
「バカに……するなよ!」
そんなジュンイチに、橋本は答えると同時に影天鎌を振るった。バベルを牽制し、続ける。
「オレを誰だと思ってるんだ!?
“Dリーグ”でお前と互角に渡り合う、橋本崇徳様だぜ!」
「バカ! そういう問題じゃねぇだろ!」
橋本の言葉に、ジュンイチは思わず声を荒らげた。
「近距離戦の苦手なシャドーブレイカーじゃ、バベルとの相性は最悪なんだぞ!
いくらお前がオレとの対戦で対近接戦闘に慣れてても、簡単にひっくり返せる状況じゃない! オレか青木ちゃんに代われ!」
「まぁ、確かにね……!
助けがほしいのは、正直なところだけどね!」
ジュンイチに答え、橋本は再び突っ込んできたファングカイザーの右前足の一撃を受け止める。
しかし、同時に左前足の攻撃を受け、弾き飛ばされる――それでもなんとか受け身を取って身を起こし、橋本はジュンイチに告げた。
「けどさ……お前が万全の状態を整えるまで、くらいはもたせられるっての!」
「え………………?」
その言葉に、ジュンイチが思わず動きを止める――飛び込んできたバベルを射出したシャドーサーヴァントで迎撃しつつ、橋本はそんな彼に告げる。
「こっちは心配しなくていいからさ……
ジャマ者みんな、ちゃんと蹴散らしてから助けに来いよ」
「………………」
その言葉に、ジュンイチもさすがに黙り込み――そんな彼の停止をスキと見て襲いかかってきた瘴魔を無言で殴り倒す。
今すぐ橋本を助けに行く――いつもの自分なら迷わずそうするだろう。
だが――今の局面はそれを許さない。自分達はザコとはいえ大量の下級瘴魔に行く手を阻まれ、橋本に元に向かうにはこいつらを蹴散らさなくてはならない。
いくら戦闘力に大きな差があろうと、この数は無視できない。ムリに突破しようとすれば大ダメージは免れないし、バベルへの攻撃体勢に入る前に背後から追撃を受ける可能性は高い。
この防衛線、突破するだけではダメだ――結局のところ、橋本の言うとおり完全に叩きつぶしてから彼を助けに行くしかないのだ。
「ジュンイチさん……?」
自分達のリーダーの突然の沈黙に、ジーナが思わず声を上げ――ジュンイチは口を開いた。
「……蹴散らせばいいんだな?」
「え………………?」
「全部蹴散らしてからなら、助けに行っても文句ねぇんだな?」
思わず声を上げるジーナにかまわず、そう告げるジュンイチだったが――
「できると思ってんのか!? てめぇ!」
言い放ち、バベルが橋本を体当たりで弾き飛ばす。
「そりゃ、確かにてめぇの方がそいつらより強いがな――それでも、短時間にその数を蹴散らせるのかよ!?
お前が手こずってる内に、“影”のブレイカーは一巻の終わりさ!」
「なめるな!
オレだって……!」
うめき、何とか受け身を取った橋本が身を起こすが、
「てめぇは黙ってろ!」
素早く対応したバベルがそんな橋本の動きを叩きつぶした。前足の一撃で橋本を蹴り飛ばす。
「オレが気づいてないとでも思ったのか!?
てめぇ、長物の扱いに慣れてねぇだろ――慣れない武器で、このオレとまともに戦えるとでも思ってんのかよ!?」
言い放ち、バベルはジュンイチへと向き直り、
「てめぇにだってわかってるはずだ! 間に合わねぇってことはな!
どうすることもできねぇだろ!? てめぇにはな!」
「………………」
ジュンイチからの答えはない――ますます気を良くし、バベルは続ける。
「そうやって合身してる内は、あの“精霊獣融合”とやらはできねぇはずだ!
なんたって、合身したままじゃ、あのブレインストーラーとかいうツールを取り出せねぇ! 合身して、実体を失ってるんだからな!」
調子に乗ってバベルが咆哮し――ジュンイチは告げた。
「まぁ……あの場にいなかったお前はしょうがない、か」
「何………………?」
「こないだ、ブレードの前で“精霊獣融合”した時、オレは言った。
『こいつは、対瘴魔神将を想定した形態だ』ってな」
「それがどうかしたか?」
「わかってねぇな……」
聞き返すバベルの言葉にため息をつき――ジュンイチは告げた。
「対瘴魔機兵戦、考えてねぇとでも思ってんのかよ?」
「――――――っ!?」
その言葉にバベルが思わず動きを止め――かまわずジュンイチは叫んだ。
「全員下がれ!
巻き込まれても――知らねぇぞ!」
そして――吼える。
「精霊獣融合!」
その瞬間――炎が巻き起こった。周囲の“海面の足場”を吹き飛ばし、ゴッドブレイカーの周りで渦を巻く。
と――その中でも明らかに強い輝きを放つ炎の塊がゴッドブレイカーにからみつき始めた。両肩、両腕、そして両脚やボディにも――全身の各所にまとわりつき、付着していく。
と――それが徐々に形を成し始めた。全体的にゴッドウィング以外は直線的なデザインだったゴッドブレイカーのボディが曲線的――いや、生物的なラインに変化。体躯そのものも一回り巨大化する。
肩アーマーはまるで戦国時代の鎧武者のような形となって大型化、その表面はまるで鬼の面のような様相となっていく。
両膝にも同様に鬼の面をあしらったアーマーが追加され、青を基本としたボディカラーもまた真紅に染まっていく。
「バカな……!?
なんでだ!? ブレインストーラーもなしに、どうやって!?」
巻き起こる炎の渦は周囲の瘴魔達も次々に焼き払っていく――思わずバベルがうめくと、炎の渦の中からの声が答えた。
「バカはてめぇだ。
オレがユナイトしてるってことは――オレの持ってたブレインストーラーは、オレと一緒にこいつの中に取り込まれてるんだぜ」
そして――炎の渦が縦一文字に両断、吹き飛ばされ、それは姿を現した。
“鬼刃”をかまえた、新たな姿となったゴッドブレイカーが。
「これが、ゴッドブレイカーの“精霊獣融合”した姿――」
「ゴッドブレイカー・ジ・オーガ!」
「ジ・オーガ、だと……!?」
“精霊獣融合”を遂げたゴッドブレイカーの、圧倒的とも言える威容を前に、バベルは思わず後ずさりし、うめく。
そこから放たれるパワーはまさに桁が違う――瘴魔陣営だけでなく、青木達もまた威圧され――
「もう一度言うぜ」
そんな中、ジュンイチはただひとり冷静に告げた。
「みんな、下がってろ。
巻き込まれても知らねぇぞ。
なにしろ――!」
その言葉と同時、ジュンイチは“鬼刃”を振りかぶり――
「手加減してどうにかなるほど、チャチな攻撃力じゃねぇんだよ!」
振り下ろすと同時、巨大な炎が巻き起こった。生き残っていた瘴魔がその渦に飲み込まれ、一切悉くが焼き尽くされていく!
「ぐぅ………………っ!」
もはや橋本にかまっていられる状況じゃない。すさまじい“力”の渦を前に、バベルはとなりの橋本と同様その場に懸命に踏みとどまり――
「どこ見てやがる」
『――――――っ!?』
当のジュンイチはバベルの眼前――バベルだけでなくその場の全員が驚愕する中、ジュンイチは“鬼刃”を振り上げ――
「ち、ちょっと待っ――」
「どぉりゃあっ!」
あわてて橋本が後方に跳ぶのと同時、刃を振り下ろした。とっさにファングカイザーの身をひねり、かわすバベルだったが、巻き起こった炎の渦がファングカイザーを吹き飛ばす!
だが――
「それで――終わったとでも思ってるのかよ!?」
ジュンイチの猛攻は続く。思い切り振りかぶったその周囲に無数の火球が生まれ――放たれ、バベルへと降り注ぐ!
「ちぃっ!」
舌打ちし、飛来する火球を次々にファングカイザーで叩き落としていくバベルだったが――
「まだ、まだぁっ!」
そんなバベルに向け、ジュンイチは“鬼刃”を振るい、解き放った炎の渦でファングカイザーを押し戻す!
「くそっ、この程度で……!」
うめき、襲い来る炎の奔流に耐えるバベルだが――
「確かに、『この程度』だな」
そんなバベルに、ジュンイチは“鬼刃”を肩に担いで告げた。
「実際、『この程度』だぜ。今程度の攻撃じゃ。
確かに“精霊獣融合”は対瘴魔神将を想定した形態だが――悔しいが、精霊獣と融合しても、追いつくのがせいぜいでね」
「なん、だと……!?」
「わからねぇのか?」
バベルに答え、ジュンイチは“鬼刃”をかまえ――
「能力は互角――この優劣は、別のものが決めてるんだ!」
一気にバベルの――ファングカイザーの目の前に飛び込んだ。最上段から振り下ろした巨大な刃が、ファングカイザーの力場と激突する!
「ぐぅ…………っ!
お、重い……!?」
真上から叩きつけられるすさまじい重圧に、バベルは何とか耐えしのぐが――その機体は着実に“海面の足場”にめり込んでいく。
「バカな!? ブレイカーだぞ、ヤツは! 瘴魔神将よりも格下の連中だぞ!
なのに、なぜ……!?」
「言ったはずだぜ。
優劣を決めてるのは、能力差じゃねぇってな!」
うめくバベルに言い返し、ジュンイチはファングカイザーを思い切り蹴り飛ばす。
「てめぇは強い。
いや――てめぇら瘴魔神将、全員がそうなんだろうな。
オレ達マスター・ランクですら、仲間と協力し合わなきゃまともに戦えやしないくらいに……
だが、その強さが、逆にお前らの弱点でもある」
「なん、だと……!?」
身を起こし、バベルがうめき――そんな彼にジュンイチは告げた。
「お前らのその強さが――お前らに苦戦を許さなかった。
苦戦しないのはいいことだ。戦うんだからな、負けない方がいいに決まってる。
けど――そのせいで、お前らは“苦戦した時の対処の仕方”をまったくと言っていいほど知らない。
技術的にも、精神的にも……苦戦を乗り越える力を身につけていない。
だから、なかなか仇を討てない現状に苛立ち、下級瘴魔しか手駒がそろってない状況で数だけに任せた総攻撃を敢行するようなバカもするし、こうして互角に戦える相手が現れてもそれを認められず、心を乱す……」
「どういうこと?」
「アイツらは、元から強かったおかげで、強いヤツとの対戦経験がほとんどない、ってことだ」
ジュンイチの火力は圧倒的だ。援護しようにも、ヘタに近づけばこちらが巻き込まれる――仕方なく後退し、戦いの様子を見守りながら、青木は首をかしげるファイに答えた。
「自分よりも強い相手と戦った経験がないから――自分達の力が通用しない時、そんな状況を切り抜ける方法を学んでいない……
なまじ強すぎたから、自分よりも弱いヤツらとしか戦ったことがない――質の悪い実戦経験しか積めなかったバベルと、自分達よりも強い相手と戦い続け、その上で“力”を手にしたジュンイチ……」
告げて、青木はバベルと対峙するジュンイチへと視線を向けた。
「“精霊獣融合”によってパワーの差が埋まった今……その経験の差が、明暗を分けたんだ」
「こっちは、お前らと違ってしこたま負けまくってこの場に立ってるんでね……キツい状況下ではどうすればいいか――その活路を見出す知恵ってヤツをきっちり身につけてるんだ。
今ここでてめぇが逆襲してこようと――ハッキリ言って、切り抜ける自信はあるぜ」
言って、ジュンイチは“鬼刃”の切っ先をバベルに向けた。
そして、言い放つ。
「断言してやるよ。
『オレ達とは違う部分で』って前提がつくけど……」
「お前……オレより弱いよ」
「なん、だとぉっ!」
ジュンイチの言葉に激昂し、思わずバベルはジュンイチへと襲いかかり――
「そうやってすぐキレるから――」
ジュンイチはいとも簡単にファングカイザーの爪をかいくぐり、背後に回り込み、
「弱いって言われるんだろうが!」
“鬼刃”を一閃。ファングカイザーの背中が深々と斬り裂かれ、内部の部品がばらまかれる!
そして、ジュンイチは“鬼刃”をかまえ、
「終わりにするぜ、バベル。
この戦いにも――てめぇのしつこい復讐劇にも!」
―― | 全ての力を生み出すものよ 命燃やせし紅き炎よ 今こそ我らの盟約の元 我が敵を断つ刃となれ! |
ジュンイチの唱える呪文に伴い、ゴッドブレイカーのかまえる“鬼刃”の周囲に炎の渦が巻き起こる。
「竜皇牙斬――!?」
「させるかぁっ!」
つぶやくライカの声が届いたかどうかはわからない。が――ジュンイチの一撃に宿る危険性は十分に感じた。バベルはジュンイチの一撃を阻むべく彼に向けて襲いかかる!
「距離を詰められた――!?」
あれでは、飛び道具の竜皇牙斬は簡単に撃てない――思わず声を上げる鈴香だったが、
「距離を詰める、か……
確かに、こないだブレードに叩き込んだヤツは“撃った”からな……知ってた上でなら、正しい判断だ」
ジュンイチは落ちついたものだ。バベルの繰り出すファングカイザーの爪をかわしながら、平然とそう告げて、
「けど――」
その言葉と同時――その姿がバベルの視界から消えた。素早く身をひるがえし、ファングカイザーの背後に回りこんだのだ。
「炎はその使い方によってその姿を自在に変える……竜皇牙斬もまた然りだ!」
そう告げ、ジュンイチは“鬼刃”を振りかぶり――“鬼刃”の刃に宿る炎が、強烈な輝きを放つ!
そして――
「竜皇牙斬――纏!」
振り下ろした刃は、ファングカイザーを一刀の元に両断していた。
中に搭乗していた、バベルもろともに――
そして、ジュンイチは素早く後退し――
ファングカイザーが爆発、四散したのは、その直後のことだった。
「バベルは死にましたか……」
“力”の気配が完全に消えた――バベルの死を感じ取り、ザインは静かにうなずいた。
「ずいぶんと、惜しい相手を亡くしたものですね……」
しかし、その言葉とは裏腹に、口元には冷たい笑みが浮かんでいる。
「何も考えずに突っ込んでくれる彼は、こちらとしても敵のデータを得るための格好の餌だったのですが……」
本当に、この男はバベルの死をなんとも思っていない――こみ上げてくる笑いを隠しもしないでザインはそうつぶやき――
「なるほど、そういうことか」
その言葉と同時、彼の背後に新たな気配が現れた。
現れたのはザインの仲間、すなわち瘴魔神将の――
「ヴォルトですか……
盗み聞きとは、感心しませんね」
「ごまかすな、ザイン!」
言い返し、ヴォルトはザインの胸倉をつかみ上げた。ザインを空中に吊るすように持ち上げ、告げる。
「つまり……貴様はバベルを、敵の戦力データを得るためのただのかませ犬として利用していたワケか!」
「えぇ、そうですよ」
悪びれもせず、ザインはあっさりとそう答え――
「――――――っ!?」
海水が刃となってヴォルトに襲いかかった。とっさにザインを放し、ヴォルトは後退、距離をとる。
「貴様……!」
「そうにらまないでもらいたいものですね」
「よくもそんな口が利けるな!
貴様は仲間を利用し、見殺しにしたんだぞ!」
「『仲間』……?」
言い放つヴォルトの言葉に、ザインは眉をひそめた。
「なるほど……
どうやら、私とあなた達とでは、少々考え方が違うらしい」
「なんだと……!?」
「そもそも、私はあなた方を最初から仲間とは見ていない、ということですよ」
うめくヴォルトに対し、ザインはあっさりとそう告げる。
「そもそも我らは、瘴魔神将としての適正があった、それだけの理由で集められた赤の他人同士……利害関係こそあれ、そこに絆など存在しません。
あなた達がどう考えていようと――私にとって、あなた方も私も『瘴魔を繁栄させるための力』でしかないのですよ」
「オレ達はただの駒、というワケか……」
「えぇ。
瘴魔の……そして――」
「我ら瘴魔が主――“オーバーゼロ様”のための、ね……」
そして、また別の場所では――
「……以上が、海上での戦いの様子です」
「ご苦労」
スクリーンに投影された戦いの様子を見終わり、男は部下の言葉にあっさりとそう答えた。
「つきましては、このデータを下に対策を講じ、ヘルガンナーの強化を行おうかと……」
「わかった。
せいぜい、連中を相手にテストを重ねるがいい」
別の部下の提案にうなずき――男はさらに別の部下に尋ねた。
「それから……“GXナンバーズ”の件はどうなっている?」
「すでに1分隊が編成を完了しています。
もう間もなく、実戦投入が可能となるでしょう」
「そうか……」
うなずき、男はシートに身を沈め――告げた。
「方針は今までどおりだ。
連中の力は何としても手に入れろ。手に入らないなら殺せ。ひとり残らず」
「我々の“商品”以上の力を持つ者など、世界には必要ないのだから……」
「まさか、ブレイカーロボへの合身状態からも“精霊獣融合”できるなんて、思っても見ませんでした……」
「ちょっと考えれば当然の理屈だろ?
バベルにも言ったけど、オレがユナイトしてる、ってことは、オレが持ってるブレインストーラーも、一緒に機体と同化してるんだからさ――その“力”を借りることぐらいできるさ」
戦いも終わり、日本に帰還――自宅への帰路の途中、つぶやくジーナの言葉にジュンイチはあっさりとそう答えた。
「だったら、最初にそう言っといてよ。
バベルじゃないけど、こっちは『合身してたら“精霊獣融合”できないんじゃないか』って、気が気じゃなかったんだから」
「なんだ、心配してくれたのか?」
「ば……バカ言わないでよ!
なんであたしがあんたの心配なんかしなくちゃならないのよ!」
ジュンイチの言葉に、ライカは顔を真っ赤にしてそっぽを向く――そんな彼女の態度に苦笑し、ファイと鈴香は顔を見合わせて肩をすくめる。
「けど、そうしたらオレ達も、合身してる間はデスサイズ達を普通に呼べる、ってことか?」
「あぁ、顕現できるぜ。
しかも、ブレイカーロボから直接“力”を使えるから、ブイリュウ達を残したまま顕現させられるしな」
橋本の問いにジュンイチが答え、一行は最初に通りかかるメンバーの自宅――ジュンイチ達の暮らす柾木家の前へと差しかかり――
「…………ん?」
最初に気づいたのは、橋本の頭の上に座るヴァイトだった。
「タカノリ……」
「ん………………?」
「ジュンイチの家の前……誰かいる……」
見れば、確かに柾木家の門扉の前で、ひとりの女性が困ったように立ち尽くしている。
夕日の逆行で顔はわからないが――背丈から察して、歳の頃は自分達と同じぐらいだろうか。
ともかく、あそこにいるということはジュンイチなり龍牙なりあずさなりに用があるのだろう。ジーナは声をかけるべく女性の下へと駆け寄り、
「どうしました?」
「あ、いえ、実は……」
ジーナの問いに、彼女はクルリと振り向き――
「――――ジュンイチ?」
『え――――――?』
少女のつぶやきに全員の動きが止まった。その視線が少女の視線の先――ジュンイチへと集まる。
一方、ジュンイチは驚きのあまり目を丸くしていて――と、橋本はふと気づいた。
驚いているのはジュンイチだけではない。青木も同様だ。彼にとっても知り合いなのだろうか。
「あの……お知り合いですか?」
同様の疑問を持ったのか、そう鈴香が尋ねるが――ジュンイチには彼女の問いに答える余裕はなかった。呆然と、少女に向けて尋ねる。
「な、なんで……
なんで帰ってきてるんだよ……」
「………………母さん!」
その瞬間――その場の空気が静止した。
ジュンイチと青木――相手の正体を知る二人以外の全員がその言葉の意味を懸命に脳内で処理し――
『母さん〜〜〜〜〜〜っ!?』
驚きの声が住宅街に響き渡った。
アメリカから帰ってきたジュンイチ達の母、その名は――
「柾木霞澄。よろしくね♪」
突然の母の帰国に驚きを隠せないジュンイチ達。
しかし――それは新たな戦いの始まりでしかなかった。
「ジュンイチ……わかってるはずよ。
あなたの身体は……」
「わかってる……
けど……!」
彼らの間にのしかかる、過去からのつながり。
「お前ら……人間じゃないな……!?
まさか……!」
「貴様の考えている通りだ。
柾木ジュンイチ……いや――」
現れる新たな敵。
その正体を知った時、ジュンイチは――
次回、勇者精霊伝ブレイカー、
Legend27「帰ってきた女性・現れる凶敵」
そして、伝説は紡がれる――
(初版:2007/12/01)