「……なぁ、和馬」
瘴魔対策本部の調査隊に同行し、やってきた姫神島――上陸して周囲を見回すと、啓二は和馬に声をかけた。
「この島、どのくらい人がいたって?」
「六世帯17人」
「プラス、平田教授率いる調査隊、か……」
和馬の答えに、啓二はため息まじりに周囲を見回し、
「それが、“鳥”のせいで全滅かよ……」
『全滅』と断言した理由は簡単。
とても常人が逃げ延びられたとは思えないレベルの惨状だったからだ。
建物はつぶれるでもなく倒れるでもなく“バラバラに破壊されている”し、漁船は内陸に“叩きつけられて”いる。
これが本当に“鳥”の仕業なら、これだけのことをやってのけられるほどのパワーを持った生き物が、自分達の逃げ道までもを一望できる上空から襲ってくるというのだから……
「少なくとも、天然自然の生き物の仕業じゃないのは確かだな……」
やはり瘴魔がらみかと考えながら、啓二が集落のさらに奥の方を見てみようと歩いていると、
「…………ぅげ」
“それ”を見つけて、心底イヤそうに顔をしかめた。
真っ白な、粘土質の何かの山。虫が多くたかっているそれは……
「フン……か?」
「正しくは“ペリット”な。
フンは消化して栄養素や水分を取り込んだ搾りカスだけど、これは口から吐き出す未消化物の塊」
「むしろゲロに近いシロモノか……
どっちにしても排泄物には違いないけど……」
啓二の説明に和馬にゲンナリして返す――が、問題はそこではない。
自分達のヒザほどの高さにまで積み上がったその量も前代未聞だし、それに何より――
「瘴魔の仕業って可能性は消えたな」
「あぁ。
瘴魔は飯を食わないからな」
負の精神エネルギーを糧としている瘴魔獣は食料を必要としない。故に排泄物を出すこともない。啓二の言葉にうなずいて――和馬は、啓二が懐から取り出したゴム手袋を身につけているのに気づいた。
「おい、まさか……調べるつもりか?」
「ンなイヤそうな顔するなよ。オレだってイヤなんだから」
顔をしかめる和馬に答え、啓二はため息をつき、
「でも、やんなきゃ駄目だろ。
消えた島民と調査隊。ただの鳥のものとは思えないこの量のペリット……正直、イヤな予感しかしねぇよ」
言って、恐る恐るゴム手袋を着けた手をペリットの中に突っ込んだ。顔をしかめながら中をまさぐることしばし――
「…………っ」
何かを見つけた。固い手応えのあるものを見つけ、ペリットの中から引っ張り出して、
「……何だと思う?」
「…………っ」
それが何かはすぐにわかった。息を呑む和馬が見つめる、啓二の手の中のそれは――
「平田教授、これと同じの持ってた」
ボールペンだ。屋外作業用の強度、信頼性重視な高級品――状況と併せて“察した”和馬が改めて見たペリットの山の中からこぼれ落ちてきたのは――
「おい……平田教授って眼鏡してたか?」
「人相なんて把握済みだろ?
……してたよ。“コレ”と同じものをな」
壊れた眼鏡であった。
第一話
「…………聞いた?」
「バッチリと」
啓二と和馬のやり取りは、通信をONにしていた啓二のブレイカーブレスを介して彼女達も聞いていた。尋ねるライカに、鈴香は深刻な顔でうなずいた。
「瘴魔じゃない、人を食べる鳥……」
「そんなのが、この島にいるのか……?」
ファイも一緒だ――そして、そんな彼女と共にうめくのは橋本崇徳だ。
「一応、空戦に対応できる面子で来てるけど……ケチケチしないで、鷲悟も呼ぶべきだったかしら?」
「仕方ないですよ。
メンバー分けの時点では、瘴魔による陽動の可能性も消えていなかったんですから。
今動かせるメンバーの中から最小限の人員で東京の守りを担おうと思ったら、遠近それぞれに一撃必殺の攻撃力を持つジーナさんと鷲悟さんの組み合わせが最善でした――逆に言えば、あの二人はどちらも呼べません。どちらかひとりでも呼べば、それこそ東京の守りが崩壊します」
もっと戦力を投入するべきだったかと眉をひそめるライカを、鈴香が「この島にばかりかまっていられない」となだめる。
と――
「……どうした、ファイ?」
崇徳が、しきりに周囲を見回しているファイに気づいた。
「何か動きがあったの?」
「ううん。
というか……逆」
尋ねるライカだが、ファイはそう答えて、
「そんな危ない生き物がいるにしては……少し、静かすぎない?」
『………………っ』
そう。
この状況で、“何かしら気づくような動きが何もない”こと、それ自体がおかしいと言えた。ファイの指摘に、ライカと崇徳は思わず顔を見合わせた。
「どう思う、参謀さん?」
「他の動物の動きがないのは……まぁわかるわ。
“犯人”に恐れをなして逃げ出したか、息を潜めてるか……」
「すでに“食べ尽くされた”か」
崇徳に答え、付け加えてくる鈴香にもうなずき返すと、ライカは眉をひそめて周囲を見回す。
「けど、当の“犯人”が動きを見せないのが引っかかるわね……
“エサ”がたくさん上陸してるのに、気づいてないのかしら?」
「島の人達を、ひとり残らず見つけ出したような相手なのに?」
「だとすると、理由があるとすればそれは『見つけられない』以外の何か……
考えられるのは……夜行性だから、でしょうか……?」
「だとしたら……むしろこれからが本番、か……」
意見を交わすファイや鈴香のやり取りに、ライカは面倒臭そうに頭をかいて頭上を、木々の間に見える夕焼け空を見上げた。
「ったく、ジュンイチはどこで何やってんのよ……
こういう時こそ、一番気配探知の鋭敏なアイツの出番でしょうに……」
「ブレイカーブレスでの通信にも思念通話にも応答なし。
気配も消してるし、鷲悟からの“リンク”もカットしてるんだろ?」
「間違いなく、あっちはあっちで何かしらの作戦行動中ですね。
ブレイカーよりも傭兵稼業寄りの」
「まぁ、ジュンイチお兄ちゃんだったらその辺気を使うよねー。
隠れて様子見てたら携帯の着信でバレちゃってピンチ、とか、映画でよく見るもん」
愚痴をこぼすライカに、崇徳、鈴香、ファイの順に返して――
――――――
『――――っ』
その場の全員が、“それ”を感じ取った。
〔みんな!〕
「わかってる!」
向こうでも気づいたようだ。思念通話で警告してくる啓二にライカが答えた、ちょうどその時だった。
「ギャオォォォォォッ!」
おどろおどろしい鳴き声を上げ、巨大な“鳥”が頭上を駆け抜けていったのは。
「出た!」
「ヤバいな……
アレが犯人なら、調査隊の装備で太刀打ちできる相手じゃないぞ!」
ファイや崇徳が声を上げる一方で、ライカが啓二に呼びかける。
「青木さん! みんなに警戒させて!
“鳥”が飛び立った! とんでもなくでっかいのが!」
◇
「全員気をつけろ!
何かくるぞ!」
それが“鳥”であることはわかっていたが、同行者達の手前今気づいたふうを装う――森に入って生存者を捜索中の調査隊の面々に啓二が警告すると同時、彼らの頭上を例の“鳥”が、鳴き声を上げながら
飛んでいく。
「あれが犯人なのか……!?」
「言ってる場合か!
追いかけるぞ! 港に連絡して、ヘリを用意させて!」
うめく調査隊のメンバーに言い放つと、啓二は来た道を引き返していく。
「エサを獲るために飛んだんだ!」
「おい、エサって……」
追いついてきて声をかける和馬に、啓二はうなずいた。
「今まで動きを見せてこなかったところから見て、アイツはおそらく夜行性……だとすれば、ずっと寝てたアイツはオレ達に気づいていない可能性が高い。
だとしたら、アイツの認識じゃもうこの島に碌な“エサ”は残っていないことになってるはずなんだ」
「そんなアイツがエサを獲りに飛び立った……
……海を渡るつもりか!」
「近くの人がいる島に渡られるだけでも大事になるってのに、もし一足飛びに本土にでも飛ばれたら被害はこの島の比じゃなくなるぞ!」
察した和馬に答えると、啓二は一同の戦闘に立って上陸地点の港に向けて急ぐのだった。
◇
その頃、東京――
「飛び立ったのか!?」
「はい!」
ブレイカーベースで待機していた面々も、姫神島周辺をモニターしていた。報せを受けて駆け込んできたジュンイチの双子の兄、鷲悟に声をかけられ、ジーナがうなずいた。
「レーダー反応からの簡単な分析ですが、翼長はおおよそ15メートル……
姫神島の様子から、やはり肉食……それもかなりの健啖みたいです」
「そいつが姫神島の事件の犯人か……
状況は?」
「青木さんは調査隊の人達と一緒な手前、着装して追いかけるのは無理そうです。
ライカさん達は、進路上の島に転移で先回りして迎え撃つつもりみたいで……」
聞き返す鷲悟にジーナが答えたその時、通信が入ったことを報せるアラームが鳴った。
この状況で悠長に連絡を取ってくるような人物がいるとすれば――半ば確信に近い予感を抱きつつ、ジーナが応答して、
〈おーい〉
「やっぱりジュンイチさんですか……」
画面に現れたのは予想通りの人物であった。
「ジュンイチ!
お前、どこ行ってたんだよ!?」
〈ちょっとそこの南極まで野暮用で〉
「ご近所へのおつかい感覚で極地まで出かけるな!」
〈それより〉
思わずツッコミの声を上げる鷲悟にかまわず、ジュンイチは本題に入った。
〈みんな九州の方で何やってんのさ?
なんか、そこそこデカい気配を追いかけてるみたいだし、空自の春日基地もスクランブルかかってんだけど〉
「自衛隊が?」
「あー、確かに、この大きさならレーダーにも普通に引っかかるか……」
驚くジーナのとなりで納得すると、鷲悟はしばし考え、
「……ジュンイチ。そのまま現地に向かえるか?
実は今……」
◇
「春日からスクランブルが上がった。
だが……」
「あぁ……間に合わない……!」
島に入るのに使ったヘリコプターで“鳥”を追跡――入った報告を伝えてくる和馬に啓二が懸念を口にする。
“鳥”はヘリコプターにも負けない速度で隣の島へ一直線に向かっている。いかに自衛隊のスクランブル発進が迅速だったとしても、今からこの場に駆けつけるのは物理的に不可能だ。
(転送で先回りしたライカ達に任せるしかないか……?
いや、だとしてもできるだけのことは……)
「……オレ達で何とかするしかないな」
「あぁ。
追いつけるか?」
「やってみます」
啓二に同意した流れで声をかける和馬に答え、ヘリコプターのパイロットは機体を加速させる。
(距離が詰まれば、“言霊”で何とできるか……?)
いざとなれば自身の異能を使うことも視野に入れた方がいいかと啓二が考えていると、不意に“鳥”が進路を変えた。
反転し、ヘリに向かってくる――こちらに気づき、エサと認識したようだ。
「よし、こっちに気づいた!
このまま島から引き離すぞ!」
和馬が指示し、ヘリが反転して“鳥”から逃げ出す――狙い通り“鳥”はこちらを追ってくるが、
「追いつかれる……!?」
「さっきまでは省エネ運転。
アレが狩りのための本気のスピードってことか……」
ヘリとの距離を詰められている。うめく和馬のとなりで、そう返した啓二は少し考え、
「……よぅし!」
決断して――ヘリの側面のドアを開け放った。
「青木!?」
“鳥”が迫ってきている時にいきなり何をと声を上げる和馬だが、啓二は答えるよりも先に“鳥”に向けてそれを放り投げた。
閃光手榴弾だ。強烈な光を放ち、“鳥”は悲鳴のような鳴き声を上げてヘリから離れる。
「夜行性の目に、閃光手榴弾の光はキツいだろ!」
思惑が図に当たり、言い放つ啓二だが、“鳥”は再び反転してこちらに向かってくるのが見える。
「性懲りもなく!」
言って、今度は和馬が手榴弾を投げようとするが、
「待て!」
啓二がそれを止めた。なぜ止めるのかと和馬が振り向き――“答え”の方から“飛んできた”。
「ずぁりゃあっ!」
咆哮と共に上空から急降下、“鳥”を撥ね飛ばした上、立て直したその目の前に舞い降りたのは――
「よぅ」
鷲悟から事情を聞いて駆けつけた、ジュンイチであった。
「ブレイカー!?」
“装重甲”の認識阻害機能の効果によって素顔を目の当たりにしながらもその正体がジュンイチだと知らずにいる和馬が声を上げる――その一方で、“鳥”の方はジュンイチのことを敵と認識したらしい。羽ばたき、滞空しながらジュンイチの様子をうかがっていたが、
「ギャオォォォォォッ!」
咆哮と共に襲いかかってきた。素早く加速し、ジュンイチに向けてかみついてくるが、
「遅い」
襲ってくるだろうと予想し、警戒していたジュンイチの反応は余裕で間に合った。“鳥”のかみつきを身をひるがえして回避。逆にその脳天にゲンコツを落とす形で叩き落とす。
これは効いたか、“鳥”はジュンイチやヘリから離れ、姫神島の方へと戻っていく。
――が、
「………………っ」
「青木……?」
和馬は、啓二が何やら浮かない顔をしていることに気づいた。
「どうした、青木?」
「おかしいと思わないか?
本当に、アイツに姫神島を全滅させられたと思うか?」
「いや、そりゃ可能なんじゃないか?
あれだけデカけりゃ、襲われたらひとたまりもないだr
「一対一ならな」
「あ」
口をはさんできた啓二の言葉に、彼の言いたいことに気づいた。
「姫神島の住人、プラス調査隊……
それだけの人数を、本土に通報する余裕すらほとんど与えないほど迅速に全滅させる――そんなマネが、アイツだけでできたとは思えない」
「つまり……」
「あぁ」
啓二が和馬に答え、二人同時に姫神島の方へと振り向いて――
「アイツは……一頭だけじゃなかった」
逃げていったものも含めて、三つの影が島の上を飛び回っているのを確認した。
◇
翌日、ブレイカーベース――
〈五島列島、姫神島で村を襲撃したのではないかと思われる鳥は、今もなおここ、姫神島に潜伏しているものと思われます。
この鳥の動向は現在自衛隊の監視下にありますが、その習性については夜行性であると思われること以外、まだ詳しいことは何もわかっていないとのことで――〉
「捕獲!?」
コマンドルームのモニターのひとつを使って流していたニュースを見ていたジュンイチは、後ろから上がったライカの声に彼女の方へと振り向いた。
〈あぁ。
閣議決定されて、正式に対策本部に指示が来た〉
「危険すぎますよ。
あの生物については、習性も生態も、詳しいことはまだほとんどわかっていないのに……」
空中に投影されたウィンドウ通信画面に映る啓二も渋い顔だ。ジーナもまた懸念を口にするので、
「それでも急がなきゃならない……そう判断したんだろ」
ジュンイチも話に加わることにした。ニュースを見ていた画面を閉じると彼女達と合流する。
「行動半径が広い上に殺傷能力も高い。
そして何より、すでに島ひとつ、外から来た調査隊もろとも全滅させてる。つまり……」
〈それだけ、人の肉の味を知ってる〉
啓二の言葉に、ジュンイチはうなずいて肯定を示す。
「人喰い熊と同じってワケね……
でも、だったらなおさら、捕獲なんて悠長なことを言ってないで駆除を急ぐべきなんじゃないの?」
「あの三頭……三羽? 三匹? とにかく、アイツらだけで全部なら……な」
聞き返すライカに、ジュンイチは面倒臭そうに頭をかきながらそう答えた。
「そこがハッキリしないと、そう簡単に安心なんかできねぇよ。
あの三体を駆除して安心したところに次が出た、なんてことになったら目も当てられないだろ。
そうならないように、さっさと捕まえて生態を調べて、対策に役立てたいんだろ」
「まぁ、言いたいことはわかるけど……」
なおも納得しかねる様子のライカをよそに、鈴香がウィンドウに映る啓二へと視線を戻し、
「それで……青木さん達対策本部が作戦を立てるように言われたんですか?」
〈あぁ。
実際見たワケだし、瘴魔対策本部なら規格外の相手とやり合ってきたノウハウがあるだろう、ってことでな〉
「はいはーい。
そんなの、飛んだところを麻酔銃で狙い撃っちゃえば解決じゃないの?」
「墜ちた先は海……おぼれるわね」
手を挙げて提案したファイのアイデアはあっさりライカに否定された。
「それに、麻酔っていう方法自体も今回のケースじゃ実用性に欠ける。
麻酔って言うけど、こういう時に使われるのは筋弛緩剤の類になる。多すぎたら呼吸器系や循環器系まで麻痺させて殺しちまうし、もちろん少なすぎても効きやしない」
「適量もわからないのに、うかつには使えないってことか……」
「ある程度は体格から推測できるけど、どうしたって確実性に欠ける。
他にもう一手、駄目押しが欲しいところだな」
さらにジュンイチからも駄目出しのおかわり。それを聞いてつぶやく崇徳に鷲悟が捕捉する。
「ダメ押し、か……
どこかに閉じ込めちゃうとか? そうすれば、麻酔が足りなくても逃げられる心配ないよね?」
「あの大きさの、日本家屋をなぎ倒して漁船をぶん投げるようなパワーの生き物を閉じ込められる場所なんてどこにあるのよ?」
またまたファイのアイデアがライカに否定されて――
「あるぞ」
あっさりと答えたのはジュンイチであった。
「そんな場所ありましたっけ?」
「条件付きだけど……な」
ジーナに答えて、ジュンイチは傍らの端末を操作し、
「あの三頭を閉じ込められるだけの大きさで。
アイツらのパワーでもブッ壊せないくらい頑丈な建物。
その条件から導き出されるのは――」
そうしてジュンイチがメインモニターに表示したその建物の写真を見て、一同はジュンイチの言いたいことに気づいた。代表して、ジーナが彼に尋ねる。
「……ジュンイチさん。
ひょっとして、ジュンイチさんがさっき言ってた“条件付き”って……」
「あぁ」
うなずいて、ジュンイチもモニターに視線を向ける。そこに表示された建物は――
「『本土上陸を許す覚悟があるのなら』だ」
福岡ドームだった。
◇
そのアイデアはすぐさま啓二を経由して瘴魔対策本部に持ち込まれ、ジュンイチの父・龍牙を始めとする対策本部の頭脳陣によって細部まで検討された。
そして、翌日には福岡ドームの使用許可を取りつけ、さっそく“鳥”の捕獲作戦が決行される運びとなった。
「あの“鳥”は姫神島からとなりの島を正確に捉えて、渡ろうとしていた……たぶん磁性体を持ち、地磁気を読んで飛んでるんです。
となれば、誘導自体はそれほど難しい話じゃない。博多まで誘導するのに、一手間二手間加えるだけでいい」
「その『一手間二手間』が、誘導ヘリに取り付けた投光機、というワケです。
通常のものよりも強い光を発する特別製です。光を嫌うヤツの習性を考えれば、かなり有効だと思われます」
指揮所となった球場の制御室で啓二と龍牙が説明している相手は、学術的な見地から“鳥”の捕獲を要請してきた環境省の役人だ。
「誘導できなければ大変な被害が出る。
『たぶん』とか『思われる』とか、そんな不確かなことじゃ困る」
だが、そんな役人の態度は高圧的だ。その物言いに、聞いていた和馬がムッとして――
「お言葉ですが。
ほとんどの情報が不確かな中で捕獲作戦の強行を要求されたのはあなた方では?」
和馬がくってかかるよりも早く、龍牙が毅然と反論した。
「他の作戦案も含め、対策本部で時間いっぱい検討を重ねました。
現状ではこれ以上の作戦はないと断言します」
「む……」
自分達が無理難題を吹っ掛けたという自覚はあるのか、言い切る龍牙にそれ以上反論できず、役人はすごすごと引き下がった。
「すみません……」
「気にするな。
この手のケンカを引き受けるのも、年長者の役目だ」
役人につっかかりそうになった短気を謝罪する和馬に龍牙が答えると、
「“ハーキュリー1”より入電。
飛び立ちました」
「フォーメーション展開。
周りから照らして逃げ道を限定、ドームまで誘導するんだ」
姫神島に向かわせた三機の誘導ヘリ、その隊長機から報告が入った。すかさず龍牙が対応を指示する。
「“ハーキュリー1”より入電。
フォーメーション修正完了。ドームまで順調に飛行中。
ドーム到着予定、2020」
「順調だな……今のところは」
再び入ったヘリからの報告に龍牙がつぶやくと、突然彼の携帯電話が震えた。
画面を確認、相手を把握すると場を離れて応答する。
「……どうした、ジュンイチ?」
◇
「こないだ話したこと、覚えてるか?」
〈こないだ……?
まさか、南極で遭遇した巨大生物のことか?〉
「あぁ」
福岡ドームを一望できるビルの屋上――捕獲作戦を見守っていたジュンイチが、電話の向こうの龍牙にうなずいた。
「気配を捉えた――動き出したぜ」
〈そうか……
だが、その話をなんで今……まさか〉
「その『まさか』」
「福岡ドームにまっしぐら」
◇
「哨戒機より報告。
沖合約12キロの地点を、所属不明の物体が航行中」
「物体?
船じゃないのか?」
「速度、約50ノット。
ドームを目指して直進中」
ジュンイチとのやり取りを終えて龍牙が制御室の司令部に戻ると、ちょうどこちらでも巨大生物を捉えたとの報せが入ったところであった。
「青木くん」
「さっきの電話……ジュンイチでしょ?」
小声で啓二に声をかけると、すでに啓二も気づいていたようだ。
「オレも捉えました――と言っても、今さっき、ようやくですけど」
「このタイミングで動き出したこと、偶然であればいいが……もし、そうでないとするのなら……」
「デカブツは、“鳥”を狙ってる可能性がある……でしょう?」
「万一に備えて、作戦を急いだ方がよさそうだな……
麻酔の方は?」
「サクシニルコリンの飽和溶液を3CCずつ。複数人で念入りに確認してもらいました。
ガタイからの逆算でしかないんで、確実じゃないですけど……それでも、数秒で筋肉の弛緩が始まるはずです」
啓二と龍牙が話していると、誘導ヘリが、そして“鳥”が間もなく到着するとの報告が入った。
念のため、二人は和馬と共にグラウンドに降りてしばし待つ――やがてヘリのローター音が聞こえてきた。どうやら到着したようだ。
「照射!」
“鳥”がドームの真上に来たところで指示が出て、ドームの外に待機していた投光機部隊が一斉に点灯。福岡ドームを囲むように多数の光の柱が発生する。
光を嫌う“鳥”の修正を利用して、ドーム内に追い込む作戦だ。ドーム内には、エサとして大量の牛肉を運び込んである。光から逃れられる上にエサもある。“鳥”にとってはドームに入らない手はないはずだ。
さらに駄目押し。真上に放っていた外の投光機の光を、包囲の内側に傾けていく――倒れてくる光の柱に頭上を押さえられ、“鳥”はやむなくドーム内へ降下。やがて肉の山に気づいたか、率先してマウンドに舞い降りていく。
「閉めてくれ」
“鳥”が肉をむさぼり始め、夢中になってきた頃合いを見計らって龍牙が指示。ドームの天井がゆっくりと閉まり始める。
その物音に反応したのか、“鳥”の一体が不意に顔を上げた。気づかれたかと焦る狙撃班だが、その心配は杞憂に終わった。ただ肉を飲み込むために顔を上げただけだったらしく、またすぐに肉の山に顔を突っ込んでむさぼり始める。
このまま、天井が閉まるまで逃げ切ることができれば――
「……射撃用意」
「――って!?」
だが、それを待たずして狙撃班の長が射撃準備を指示。驚いた啓二が止めようとするが、
「撃て!」
間に合わなかった。号令と同時、狙撃班が“鳥”に向けて一斉に麻酔銃を発砲する!
その結果――
「くそっ、一頭逃げる!」
一番距離があった個体が難を逃れた。まだ完全に閉まっていない天井から脱出、飛び去っていく。
そして、残る二頭も無力化には至らなかった。麻酔を受けて動きこそ鈍ったが、それでも狙撃班を認識すると羽ばたきながら突っ込んでくる!
「あー、もうっ!
狩りのプロってワケでもなかろうに逸りやがって!」
うめいて、啓二が迎え撃とうと前に出て――
『でぇりゃあっ!』
飛び込んできた二つの影が、頭上からの一撃で“鳥”をそれぞれ大地に叩きつけた。
そして――
「どうする?」
「麻酔、効いてないワケじゃなさそうだな。
動けなくなるまでブン殴る、くらいでじゅーぶんだろ」
“装重甲”をまとった崇徳とジュンイチが、“鳥”の目の前に立ちはだかった。
◇
その頃、狙撃から逃れてドームの外へと脱出した“鳥”は、ドームから北へと逃亡していた。誘導ヘリが追跡するが、包囲される前にその場を離れる。
“鳥”の足を止められないまま、関門海峡から少し西の海上に達し――その時だった。
「…………何だ?」
ヘリのパイロットが、海面に異常を発見したのは。
「何だ?
……あの光は……!?」
そう、夜の海のただ一点、海中に光が見える。不規則に明滅するそれは次第に規模が大きくなっていき――
弾けた。
突如、海面を突き破って奔る光の奔流が、一直線に“鳥”へと襲いかかったのだ。
光はそのまま“鳥”を呑み込む――かと思われたが、“鳥”はかろうじてそれを回避。光の飛び出してきた辺りをにらみつけるように、その周囲の上空を飛び回る。
“鳥”を追ってきたヘリも状況を注視する中、海面がゆっくりと盛り上がり――
「ガァアァァオォォォォォッ!」
咆哮と共に現れたのは、一体の巨大生物だった。
一見した限りでの第一印象は“漆黒の肉食恐竜”――しかし、その姿勢はまるで一昔前の肉食恐竜のイメージのように直立で、頭部も従来の肉食恐竜に比べて小さい。さらに背中にはステゴサウルスを思わせる三列の背びれが生えている。
そして何より――大きい。海上に露出している部分の目測、そこからの予測になるが、その身長は概ね50〜60メートル以上。尻尾の部分も含めればその全長は100メートルは超えると思われた。
そんな“恐竜”は、上空を飛び回る“鳥”を見上げて――その背後の海中に光が生まれた。
光は列を作り、徐々に“恐竜”へと近づき、浮上してくる――“恐竜”の背ビレが、尻尾の方から順に青白く発光しているのだ。
背ビレの発光が全体に及ぶと、“恐竜”の口腔内に光が生まれ――放たれた。
口腔内に生じた光が熱線となって“鳥”を狙う。真っ向からということもあり“鳥”はあっさり回避するが、“恐竜”が自分に敵意を向けていると察したか、反転してまた博多の街の方へと戻っていく。
「ガァアァァオォォッ!」
そんな“鳥”に向けて咆哮すると、“恐竜”はその後を追うように移動を開始した。
◇
「このぉっ!」
「くらい――さらせぇっ!」
気合と共に素早く距離を詰め、ジュンイチと崇徳が得物を振り下ろす――が、“鳥”はそれぞれに彼らの斬撃をかわして頭上に舞い上がる。
まだ麻酔が残っているのか、この場から飛び去るだけの力は戻っていないようだが、それでもジュンイチ達の攻撃をかわしてみせる。これは――
「完っ全っに、動き読まれてるよな……」
「おにょれ、無駄に野性のカンを発揮しよってからに」
崇徳のつぶやきに、ジュンイチが忌々しげにうめいて――
――――――
『――――っ!?』
突如感じ取った“それ”に驚いて――否、戦慄して、動きを止めた。
「何だよ、このバカデカい“力”は!?」
「いきなり現れやがった……!」
それは、海上に突如現れ、“鳥”の逃走を阻んだあの“恐竜”の気配であった。崇徳がその大きさに、ジュンイチが自分の探知能力をもってしても今の今まで捕捉できずにいたことに驚いてうめく。
〈こちらハーキュリー1!〉
と、二人の“装重甲”のヘッドセットから聞こえる声――傍受していた“鳥”捕獲作戦の誘導ヘリから指揮所への通信だ。
〈海上に巨大生物出現!
瘴魔力の反応なし――瘴魔獣ではない!
だが……〉
〈『だが』、何だ?
ハーキュリー1、報告は明瞭にせよ!〉
〈ぜっ、全高、およそ60メートル!
直立歩行の恐竜型! 体色は黒!
こいつは、まるで……〉
〈ゴジラだ!〉
『な…………っ!?』
誘導ヘリからのその報告に、ジュンイチと崇徳も驚き、絶句した。
「おい、ジュンイチ……
ゴジラって……」
「今そこは重要じゃねぇよ」
声をかける崇徳に答えるジュンイチだが、そんな彼の表情も優れない。
なぜなら――
「問題は、このクッソ忙しい状況で、ブレイカーロボの倍はあるっていうサイズの巨大生物が――」
「“二体も”出てきやがったってことだ」
ジュンイチの捕捉していた“巨大生物”は、ゴジラ(仮)ではなかったのだから。
◇
「ゴジラ、だと……!?」
その頃、別の海上――そこには、捕獲作戦に際して周辺警戒のために配置されていた哨戒ヘリの姿があった。
「ゴジラっていえば……」
「そんなワケあるか。
ヤツは、50年も前に倒されたんだぞ!」
機内は突然の知らせに騒然となる――が、
「――っ!
いた! この真下だ!」
彼らの任務の方に動きがあり、ゴジラ(仮)どころではなくなった。
ヘリの真下、海中を進む巨大な影――ジュンイチが龍牙に報せ、沖合を哨戒していた仲間が捕捉した巨大生物だ。
その正体を確かめるよう命を受け、探していたのだ。幸いこうして見つけられたが……
「お、おいっ!
浮上してくるぞ!」
指揮所に発見の報告をしようとしたところで、相手の方が動きを見せた。海中を進む進路はそのままに、徐々に海面へと浮上してくる。
巨体によって海面が押し上げられ――
「ギィァアァォオォォォォォッ!」
吹き飛ばすように海面を押しのけて、件の巨大生物が姿を現した。
ゴジラ(仮)が“恐竜”ならこちらは“亀”。後ろの二足で直立し、亀もまた博多の街へと上陸した。
◇
「ガァアァァオォォォォォッ!」
一方、亀に先駆けて上陸したゴジラ(仮)は福岡ドームに向け、時折咆哮しながら市街地をまっすぐに南下していた。
ただ歩いているだけで積極的な破壊活動を行なっているワケではないが、何しろ全高60メートル、全長でその二倍以上という巨体である。車を蹴飛ばし、手足を道沿いのビルに引っかけて――その行動のひとつひとつが破壊につながり、歩いたその後で次々に火の手が上がる。
と――
「そこまでよ!」
言い放ち、その目の前を駆け抜けるのは真紅の鳥型機動兵器――ライカの乗る鳳凰型ブレイカービースト、カイザーフェニックスであった。
「エヴォリューション、ブレイク!
カイザー、ブレイカー!」
ライカが叫び、カイザーフェニックスは急激に加速し、大空へと舞い上がる。
そして、その両足の爪がスネの方へとたたまれると拳が飛び出し、大腿部のアーマーが起き上がり、人型の両腕へと変形する。
続いて鳳凰の頭部が分離すると背中のメインバーニアが肩側へと起き上がり、そのままボディ前方へと展開。根元から180度回転した上でスライド式に伸びて大腿部が現れ、つま先が起き上がって人型の両足が完成する。
背中のウィングの向きが根元から180度回転、バックパックとなると鳳凰の頭部が胸部に合体。その周囲の羽型の胸部装甲が広げられる。
最後に人型の頭部が飛び出し、アンテナホーンが展開。額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「カイザー、ユナイト!」
ライカが叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
システムが起動し口元をフェイスガードが覆い、左手に尾部がシールドとなって合体。カメラアイと額のBブレインが輝く。
「凰神合身! カイザー、ブレイカー!」
「カイザーショット!」
合身を完了し、即座に開戦――専用ライフル、カイザーショットを手に、ライカはゴジラ(仮)の足を止めるべくその足元に銃撃を叩き込む。
しかしゴジラ(仮)の歩みは止まらない。ライカの威嚇をまるで意に介さず、福岡ドームに向けて進み続ける。
「止まりなさい!
でないと――当てるしかなくなるでしょうが!」
言い放ち、再度威嚇――駄目だ。ゴジラ(仮)が歩みを止める気配はない。
「しょうがないわね……っ!
痛い思いしても、恨むんじゃないわよ!」
このサイズの相手だ。こんな街中で怒らせて暴れられるような事態は避けたかったが、威嚇が通じない以上、もはや直接攻撃もやむを得ない。通じているとも思えないがそう告げると、ライカはついにゴジラへ直接照準を合わせた。
一瞬の間、銃身のブレが収まった瞬間、発砲――放たれた銃弾は狙い違わずゴジラ(仮)の正面、分厚そうな胸板に命中する。
――が、
「ちょっ!?」
目の前の光景に、らいかは思わず自らの目を疑った。
「効いてないワケ!?」
そう――牽制で止まらないのはまだわかる。しかし、直撃を受けてもなお、ゴジラ(仮)の歩みには何の支障も見られない。
「だったら、これならどう!?」
だが、だからと言って見送るつもりは毛頭ない。続けて機体各部に備えられたレーザー収束器を露出させ、
「メーザー、スコール!」
そこから放たれたレーザーは、撃ち出されたすぐ先で空間湾曲によって目標へと進路を変えられる――閃光の雨が、一斉にゴジラ(仮)へと降り注ぐ。
が、これも駄目だ。全身で巻き起こる爆発の中、それでも平然と歩を進める。
……否、反応があった。上半身を埋めるほどの煙の中から現れたゴジラ(仮)は、カイザーブレイカー、すなわちライカをにらみつけていた。
その視線から伝わってくるのは明確な怒り。どうやら、ライカの攻撃は効かないまでもそれなりにゴジラ(仮)の癪に障ったようだ。
「ようやくその気になったのかしら?
ぜんぜん効いてないってのは、ちょっとプライド傷つくけど……」
少なくとも自分に注意を向けさせることには成功した。一歩前身と言いたいところだが――毒づきながらカイザーショットの銃口を向けるライカの前で、ゴジラ(仮)の背ビレに変化があった。
尾の先から後頭部にかけて、並びに沿って順に青白く発光していく。熱線の兆候だ。
(エネルギーチャージ――!?)
「ヤバっ!?」
先ほどの熱線を放った場面には居合わせなかったライカだが、瘴魔との実戦経験からその意味を正しく読み解いていた。とっさに離脱した後、彼女のいた場所へと吐き放たれたゴジラ(仮)の熱線が市街地を薙ぎ払う!
「ちょっ……!?
なんつー威力よ!?」
青白い光の奔流が、真紅の爆炎を巻き起こす――たった一発で周辺を火の海に変えたゴジラ(仮)の熱線の威力に、今はカイザーブレイカーと一体化していて実体のない自らの肉体、その背筋に寒気が走るかのような戦慄を覚える。
そんなライカに向け、ゴジラ(仮)は高らかに咆哮を響かせ、襲いかかり――
◇
一方、別方向から上陸した“亀”もまた、福岡ドームを目指して周囲を巻き込みながら進攻していた。
と、そんな“亀”が不意に何かに気づいて顔を上げた――そこに飛来するのは、二機の鳥型機動兵器。
ファイのスカイホークと、鈴香のマリンガルーダだ。さらに地上からもジーナのライオン型機動兵器、ランドライガーが駆けてくる。
「アレが、ジュンイチお兄ちゃんの言ってた……?
ただ歩いてるだけじゃない?」
「周りの被害見て言ってます?」
「……ごめんなさい」
ゴジラ(仮)と同じだ。破壊行動を行なっているワケではないが、その巨体故に周りへの被害がかなりの規模に及んでいる。鈴香に冷静にツッコまれ、ファイは素直に謝罪した。
「で……誰がメインでいくの?
亀さんだし、鈴香お姉ちゃん?」
「いえ……陸戦ですし、ここはジーナさんに」
「はい」
気を取り直して尋ねるファイにはまたしても鈴香が答える――うなずき、ジーナはランドライガーを三人のフォーメーションの先頭に進み出させる。
「鈴香さん、ファイさん!
いきますよ!」
「はい!」
「うんっ!」
「エヴォリューション、ブレイク!」
ジーナが叫び、ランドライガーが大ジャンプ、背中のバーニアで加速し、その勢いで上空高く跳び上がり、スカイホークとマリンガルーダがその後を追う。
「ランド、ブレイカー!」
ジーナの叫びを受け、ランドライガーの四肢が折りたたまれ、獅子の頭部が胸部に倒れ、人型ロボットのボディへと変形する。
続けて、スカイホーク、マリンガルーダも変形を開始。翼が基部から分離し、頭部が胸部へと移動するとボディが腹側、背中側の二つに分離、腹側がスライド式に伸びると下部から拳が飛び出して両腕に、背中側も上部から大腿部が飛び出して両足に変形する。
そして、ランドライガーの変形したボディに変形の完了した四肢が合体、さらにマリンガルーダ、スカイホークの翼が二つに折りたたまれて両腕に合体、シールドとなる。
最後に、ボディの内部から頭部が飛び出し、人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
「ランド、ユナイト!」
ジーナが叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
システムが起動し、カメラアイと額のクリスタル――Bブレインが輝く。
すべての合身プロセスを完了し、ジーナが名乗りを上げる。
「地神合身! ランド、ブレイカー!」
ジーナ、鈴香、ファイ――三人のブレイカービーストが合体し、完成したのは陸戦特化形態、ランドブレイカー。合身し機体に宿るジーナが主導権を握る形で機体を操り、“亀”の前に立ちふさがる。
「ジーナさん、まずは――」
「わかっています!」
肩に位置するマリンガルーダのコックピットから声をかける鈴香に返し、ジーナは“亀”に向けて跳躍し、
「何はなくとも――まずは足を止めます!」
“亀”の顔面、その鼻っ柱に跳び蹴りを叩き込む!
だが、“亀”はまるで動じない。目の前に着地したランドブレイカーに――否、そのさらに先、福岡ドームに向け、まったく変わらぬ足取りで進み続ける。
「ちょっ!? 効いてないよ!?」
「さすがにこの体格差じゃ、そう簡単にはいかないですね……!」
鈴香とは反対側の肩、スカイホークのコックピットで声を上げるファイの言葉に同意し、ジーナは改めて“亀”に向けてかまえて――
「………………ッ」
「――って、え……?」
唐突に“亀”がその歩みを止めた。戸惑うジーナにかまわず、“亀”から見て右の方へと視線を向ける。
「どうしたんでしょうか……?」
「何かに気づいたみたいな感じだよね?」
鈴香やファイもワケがわからない。困惑もあらわにつぶやいて――
(……『何かに気づいた』……?)
「――まさか!?」
ファイのつぶやきがヒントになった。気づいたジーナが“亀”の視線の先をセンサーで探る。
――反応、アリ。
捉えたのは、“翼長15メートルほどの飛行生物”。
そう、“鳥”――ドームから逃げ出し、ゴジラ(仮)によって陸へと追い返された個体だ。
ドームと、あの個体には反応を示し、明確に立ちふさがっている自分達には目もくれない。
つまり――
「この“亀”……あの“鳥”だけを狙ってる……?」
◇
「こんっ、のぉっ!」
大きく振りかぶった大鎌を、水平に力いっぱい振り抜く――崇徳の影天鎌をかわし、二頭の“鳥”はドームの中、空中に逃れるが、
「所詮はトリ頭か――考えが浅い!」
そこに待ち受けていたのはジュンイチだ。先回りしていた彼が、拳で、蹴りで“鳥”を二頭とも叩き落とす。
(とはいえ……この先何度も上回れねぇな)
だが――戦況は決して優勢とは言えなかった。
見えているのだ。相手にはこちらの動きが。
今の攻撃、決まりこそしたが二頭ともジュンイチの動きをその目でしっかり捉えていた。
こちらの攻撃に反応し切れなかったことだって、対策本部の部隊が撃ち込んでくれた麻酔が効いて動きが鈍っているおかげでしかない。
つまり――
(麻酔が効いてて、この強さかよ……っ!)
実際戦ってみての実感として、そうとうに手ごわい相手だということはよくわかった。
麻酔を受ける前の動きから推測する限り、万全の状態でも決して勝てない相手ではなさそうだが、それも“なりふりかまわず周囲の被害ガン無視で戦っていいのなら”という条件が付くだろう。そのくらいの強敵だ。もし麻酔が切れて全力で戦えるようになったら――
しかも現在、“鳥”を狙っていると思われる二大巨大生物、ゴジラ(仮)と“亀”がこの福岡ドームに向けて絶賛直進中ときた。そっちの意味でも時間をかけられる状況ではない。
つまり――
(もう、生け捕りがどーとか、悠長なこと言ってられない!)
自分達としても、今後の対策のためのデータサンプルとして対策本部には捕獲に成功してもらいたかったのだが、この状況ではもはやあきらめるしかあるまい。
かと言って、人喰い鳥なんて危険な生物を放置など論外。
となると、やることはひとつ。
「仕留めるぞ!」
「了解っ!」
この場で、一頭残らず駆除するしかない――ジュンイチの決断の声に崇徳が答え、ジュンイチが真紅の、崇徳がグレーのオーラをその身にまとう。
捕獲作戦ということで、技はともかく火力は抑えない訳にはいかなかった――そうして抑えていた力を解放したのだ。
(万全ならともかく!)
(麻酔の効いてる今なら!)
ジュンイチの背のゴッドウィング、崇徳の“装重甲”の背部スラスターが推進エネルギーを噴出する――次の瞬間、二人は爆発的な加速と共に“鳥”へと突っ込む。
そして――
((てめぇらなんぞ――))
((瞬殺だ!))
ぶった斬った。
最大戦速での、一撃必殺狙いの強襲。それは麻酔の効いて動きが鈍ったままの“鳥”にどうにかできるものではなかった。ジュンイチはもちろん、仲間内でもスピードで遅れを取っている方である崇徳の斬撃すらかわすことができず、あっけなくその胴体を袈裟斬りで断ち切られてしまった。
「うし、とりあえずこっちはこれで――」
つぶやくジュンイチだったが――気づいた。
見上げたその先、閉じかけの天井が見える夜空を、“鳥”の最後の一頭が飛んでいる。
「アイツ……とうとうここまで逃げ帰ってきたのか!?」
「ってことは……」
声を上げる崇徳の傍らでジュンイチがうめいて――
「ギィァアァォオォォォォォッ!」
咆哮が響いた。
その大音量の声に、居合わせた自衛隊員達が思わず耳をふさぐ中、天井から顔をのぞかせたのは――
「よぅ。
こないだの南極ぶりだな。
ところで――」
「ひょっとして……“ガメラ”って、おたくのこと?」
“亀”の方だ――こちらをのぞき込むその顔を見上げて、ジュンイチが不敵な笑みと共に問いかける。
と――
〈きゃあぁぁぁぁぁっ!?〉
ブレイカーブレスから聞こえてきた悲鳴に、ジュンイチと崇徳がとっさに後退――直後、ドームの壁を粉砕して、真紅の巨体がドーム内、マウンドまで吹っ飛ばされてきた。
「カイザーブレイカー!?」
その正体に気づいた崇徳が声を上げる――そう、それはゴジラ(仮)と対峙していたはずのカイザーブレイカーであった。
つまり――
「ガァアァァオォォォォォッ!」
ゴジラ(仮)の進攻を食い止めることができなかった、ということだ。カイザーブレイカーが突き破ってきたことで開いた側面の大穴の向こうで、ゴジラ(仮)が高らかに咆哮する。
「――って、ちょっと待て!」
と、ジュンイチが何かに気づいて声を上げた。
「ライカはこうしてブッ飛ばされてきたからいいけど!」
「よくないわよ!」
カイザーブレイカーの“中”から、無事だったライカがツッコんできた。
が、ジュンイチからしたらそれどころではなくて――
「ジーナ達どーなった!?」
『…………あ』
そこでようやく、ジュンイチ以外の面々もそのことに気づいて――
〈ぶ、無事です……っ!〉
「いやぜんぜん無事っぽく聞こえねーんだけど!?」
通信してきたジーナの、苦しげな声にジュンイチがツッコんだ。
〈大丈夫なのか!?
何かすげぇ近くにいるっぽいけど!〉
「近くといえば、近くですね……!」
尋ねるジュンイチにジーナが答える。そんな彼女がファイ、鈴香と共に操るランドブレイカーがどこで何をしているかと言えば――
「で、大丈夫かどうかですけど……」
「だんだん、大丈夫じゃなくなりつつあります……!」
福岡ドームとそこに張りつくガメラ(仮)との間で、必死に踏んばっている最中であった。
ガメラ(仮)が“鳥”だけを狙っているとわかったまではよかったが、「じゃあ近づいても攻撃されたりしないよね?」と安易に組みついて進攻を止めようとしたのがまずかった。
何と言っても二倍の体格差があるのだ。パワー重視の近接格闘形態とはいえランドブレイカーだけでどうにかなるパワー差ではなかった。あっさりと電車道で押し切られ、離脱する余裕もないままドームと挟み込まれてしまい、現在に至る。
「早く何とかしてください!
このままじゃ、私達よりもこのドームの方が!」
「あー、そりゃ確かに」
ジーナからの通信に、ジュンイチはカイザーブレイカーが突き破ってきたことで開いた、反対側の壁へと視線を向けた。
ただでさえあの大穴のせいで大きなダメージを受けている状態だ。この上反対側でも同規模の破壊が起きれば、この福岡ドーム全体が崩落することにもなりかねない。
もっとも――
(どっちみち、アレが突っ込んできたらその時点でアウトだわなー)
大穴の向こうからはゴジラ(仮)がこちらに向けて進攻してきているのが見えている。アレが到達する前にどうにかしなければ。
幸い、どうにかする手段はある――上方、半開きの天井の向こうに見える夜空を見上げる。
「……よし、いくか」
告げると同時、地を蹴る。グラウンドを踏み砕き、クレーターを作り出すほどの力で跳躍、背中のゴッドウィングでその速度を維持し、一気に夜空へ――
そこにいた“鳥”の前へと飛び出した。
意思の疎通ができなくてもハッキリわかるほど、“鳥”が驚きの反応を見せる――まぁ、ゴジラ(仮)に追い立てられ、逃げた先にはガメラ(仮)。どうしようかと様子をうかがっていたところにまったくの警戒の外からの奇襲だ。無理もあるまい。
が――それでも反応は間に合った。ジュンイチの振るう爆天剣を“鳥”はヒラリとかわして距離を取る。
間髪入れず、反撃とばかりに“鳥”がかみついてくる――が、ジュンイチもそのかみつきを、さらにその一撃を“溜め”にして振り上げるように繰り出された両足の爪もかわす。
――いや、かわしきれなかった。パキンッ、と音を立て、ジュンイチの額、“装重甲”のヘッドギアが真っ二つに割れる。
あの“鳥”の爪が掠めていたのか――落下しかけたヘッドギアをキャッチし、ジュンイチはその断面を見てみる。
(爪が斬った部分は見事にスッパリ逝ってるな……
内部の回路の部分はしょうがないにしても、外殻をこんなにあっさり斬られるなんて……)
自分達の身を守る“装重甲”をあっさり破壊する攻撃力。こちらの攻撃をかわした上に反撃まで当ててくる体さばき――予感していた通りかなりの強敵だ。
単純な戦闘力は間違いなく向こうの方が上。もちろんそれでもいざ戦うとなれば勝たせてもらうつもりは満々だが――
(この状況で勝つのは……うん、ムリ)
ガメラ(仮)がジーナ達もろともドームに取りつき、さらにゴジラ(仮)まで迫ってきているこの状況――これでドームを守りつつ“鳥”を倒せというのはさすがのジュンイチでも手に余る難題だ。
ただし――
(……しゃーない。
“お願い”するか)
それは“彼ひとりで成し遂げようとするなら”の話だ。
この状況で、ジュンイチにとっての幸運は二つ。ひとつはちょうど力を借りられる者がすぐそばにいたということ。
そしてもうひとつは――
「――おっと!」
“鳥”が自分を標的に定めてくれたということだ。かみついてきた“鳥”の牙を、ジュンイチは身をひねって回避する。
さらに二度、三度――何としてもくらいつこうとかみついてくる“鳥”の攻撃をかわし、ジュンイチは大きく後退していく。
そんなジュンイチを追い、“鳥”は一気に距離を詰めてきて――ジュンイチが口を開いた。
「いいのかよ? そんな不用心に突っ込んできて――」
「ここ、間合いだぜ?」
告げると同時、“鳥”のかみつきをかわし、その頭上を飛び越えるように“鳥”の後ろ上方へと離脱。追いかけようと“鳥”が振り向き――次の瞬間、“鳥”に、その身の丈よりも遥かに巨大な肉の塊が直撃した。
その正体はガメラ(仮)の平手だった。ジュンイチは最初から、“鳥”をガメラ(仮)の打撃の間合いの中に入るように誘導していたのだ。
今の回避も、ただ“鳥”のかみつきをかわすだけのものではなかった。上方に逃げることでガメラ(仮)の平手の攻撃範囲から最短に近い距離で逃れ、さらに“鳥”から見て後方寄りに上昇することで“鳥”に背後へと振り抜く一手間を強いて、ガメラ(仮)の平手から逃れる動きを遅らせることを狙ったものだった。
さらに――
「せっかくお前をターゲッティングしてくれてるんだから……ま、そりゃ利用するわな!」
ガメラ(仮)が振りかぶっていたことには気づいていたのだ。その巨腕でブッ飛ばされる軌道も脳内シミュレート済み――と、いうワケで、先回りしていたジュンイチが滅茶苦茶に回転しながらブッ飛ばされてきた“鳥”を上空高く蹴り飛ばす。
夜空へと勢いよくブッ飛ばされた“鳥”はゴジラ(仮)の方へ。それを見上げたゴジラ(仮)の背ビレが発光して――その口から放たれた熱線が“鳥”を直撃する。
青白い光の奔流に呑み込まれ、“鳥”の身体はひとたまりもなく焼き尽くされた。わずかに残った燃えカスが地上に散っていくのを見て、ゴジラ(仮)が高らかに咆哮する。
「これで“鳥”は片づいたけど……」
「さぁ、どう出る……!?」
だが、問題はここからだ。“鳥”を狙ってここまでやってきたガメラ(仮)とゴジラ(仮)が、“鳥”の全滅した今どう動くか。
獲物を失い、あきらめて帰ってくれればよし。だが、もしこのまま暴れ出すようなら――ジュンイチと崇徳、二人が慎重に二体の巨大生物の出方をうかがい、備える。
一方、ゴジラ(仮)はそんなジュンイチ達には目もくれない。敵意むき出しの目でガメラ(仮)をにらみつけ――
「ギィァアァォオォォォォォッ!」
対し、ガメラ(仮)が天高く咆哮した。ゴジラ(仮)へと向き直ったのを見て、ジュンイチ達はゴジラ(仮)と戦うつもりなのかと身がまえる。
しかし、ガメラ(仮)はゴジラ(仮)に向かっていくでもなく、その場で両手を脱力させてダランと垂らした。何をするつもりかと人間一同が見守る中、手足から煙のようなものを噴射し始める。
その噴煙に(仮)ガメラの姿が覆い隠されて――数秒後、ガメラ(仮)が“飛んだ”。
煙の中から、手足、頭部を甲羅の中に引っ込めた状態で、手足の部分からジェット噴射を始めたガメラ(仮)が浮上してきたのだ。
さらにそこから回転を始めたガメラ(仮)は、まるで空飛ぶ円盤のようにその場から北の空へと飛び去っていく。
「ガァアァァオォォォォォッ!」
そんなガメラ(仮)に向けて咆哮すると、ゴジラ(仮)も動き出した。ガメラ(仮)を追いかけるようにきびすを返すと、一路北へ。
あのまま進めば、すでに一度通過して破壊された街を逆走して海に出るだろう。最小限の被害で立ち去ってくれることになるが――
「ちょっ、ジュンイチ!?
あのまま逃がすつもり!?」
それはガメラ(仮)もゴジラ(仮)もこのまま見逃し、放置するということだ。立ち上がり、ドームから出てきたカイザーブレイカーの“中”からライカが声を上げるが、
「今追いかけてって勝てる?」
「う゛……」
ジュンイチに痛いところを突かれた――先ほどゴジラ(仮)を相手に歯が立たなかった手前、ライカは反論もままならずに黙るしかない。
「残念ながら、今回はここまでだ。
帰ってくれただけでもありがたいと思って、次に備えて態勢を整えるところだよ、ここは」
言って、ジュンイチは地上に降りると去っていくゴジラ(仮)の背中へと視線を向けた。
「ゴジラに、ガメラか……」
「あの亀がガメラなら、アイツが狙ってたあの“鳥”がギャオス、ってことになるな」
つぶやくジュンイチに声をかけてきたのは――
「青木ちゃん……」
「確か、お前の報告にあった碑文によるとギャオスは“禍の影”なんだよな?」
啓二だ。ジュンイチに並び立ち、ゴジラ(仮)の後ろ姿に視線を向ける。
「当たってるぜ、それ」
「え?」
「実は……アイツら止められないか、オレの“言霊”試してみたんだけどな」
「あ、ちゃんとやることやってたのか。
姿見かけないから、てっきり鈴香さん助けに行ってるものだと」
「まぁ、それ主目的にやってたことは否定しないけど……
で、結果なんだけどな」
ジュンイチにツッコまれ、苦笑まじりに答えた上で本題に入る。
「結論から言うと、全部ダメ。
どいつもこいつも力ずくで呪縛を振り払いやがった」
「まぁ、どいつも止まってなかったし、そうだろうねぇ」
「とはいえ……まぁ、当然ながら反応はそれぞれ違ってな。
まず……ガメラはギャオス絶対殺すマンだわ。アイツへの攻撃性一色で他には目が向いてない感じ」
「ふむふむ」
「で、ゴジラは怒りと闘争本能のカタマリ、って感じだな。
最後ガメラに向かっていったのも、あの場にいた中じゃ一番闘争本能を満たせそうだと判断したっぽい」
「オレじゃ不足ってか」
「むくれるなむくれるな」
ガメラ(仮)よりも格下に見られていたと知って負けん気を起こすジュンイチに苦笑し、啓二は本命に話を向けた。
「で、ギャオスは……」
「ギャオスは?」
「アイツ、オレ達を見てこう思っていやがった」
「エサ」
(初版:2022/07/18)