〈現在、怪獣は瀬戸内海に潜伏しているとの見方が強く、付近を航行する船舶には厳重な注意を呼び掛けています。
また、衆議院では現在瘴魔対策本部に出向している自衛隊部隊のみに認められている巨大生物に対する防衛出動の独自判断権限を自衛隊全体に拡大することを承認する決議案が提出されました。
この決議案は現在提出されているすべての法案より優先して審議され、可決されれば対策本部の出動を待たず、怪獣出現地点から最寄りの自衛隊基地による初動対応が可能となります――〉
「……ま、そーなるよなー」
「福岡では、対策本部の部隊は遠すぎて駆けつけられませんでしたからね……」
「『“巨大”生物じゃないから』って、捕獲作戦の段階じゃ部隊を出す許可が下りなかったんだっけ?」
ブレイカーベースの大型モニターで見ていたニュースの内容にジュンイチがため息。そんな彼のつぶやきにジーナやブイリュウが返す。
「それにしても、あの黒い竜のような怪獣……」
「ゴジラ」
「え?」
「今朝親父から聞いた――正式にゴジラだって認定されたんだと。
特徴があまりにも一致してるから、便宜上同種って扱いでいくことになったらしい」
気を取り直して話題を振ってきたジーナに即座に訂正をはさむ。補足してジュンイチは傍らのマグカップに注がれたホットココアをすすり――顔をしかめた。まだ熱かったらしい。
「で?
そのゴジラがどったの?」
「あ、はい。
今ジュンイチさんが言っていたように、あのゴジラは50年前に現れたゴジラと特徴が一致しすぎています。
『便宜上』って話ですけど、ひょっとしたら本当に同種なのかも……」
「便宜上はあくまで便宜上。違うかもしれないし、本当に同種かもしれない……ってこと?」
ジーナに聞き返すブイリュウの声に、ジュンイチは少し考えて、
「つーか……そもそもアレを“種”と考えていいのかどうか。
あの個体は、50年前当時、太平洋上で何度も行われていた水爆実験の放射能で、現地の生物の何かしらが突然変異を起こしたもの……ってのが、最終的な調査結果なんだから」
「他にもいた可能性はないんですか?
一緒に変異した別個体がいた、とか、変異した後、日本にやってくる前に子供を遺していた、とか……」
「それが50年間、何の痕跡も残さずに隠れてたっての?
50年前、ゴジラが倒された後、まさに今のお前と同じこと考えた当時のみなさんが太平洋中をくまなく捜索したんだぞ。
それでも見つからなかったってことは……まぁ、“そーゆーこと”だろ」
ジーナの仮説に駄目出しして――気になったので尋ねる。
「つか、やけにこだわるよな?
アレが50年前のと同種だったらどうだってのさ?」
「いや、同類なら、50年前にゴジラを倒した方法が使えないか、って……」
「あぁ、そーゆー」
ジーナの答えに納得するジュンイチだったが、
「でも残念。
その期待には答えられねぇよ」
それと良い答えが返せるかは別問題であった。
「え?
ムリ……ってことですか? なんで?」
「50年前の手は使えない。
何しろ、その手段はもう現存してないんだから」
答えて、面倒臭そうに頭をかきながら説明を始める。
「一応、表向きには保安隊……つまり当時の自衛隊が総力戦の果て、多大な犠牲を払いながらもなんとかゴジラを倒した、ってことになってる」
「はい。私もそう聞いてますけど……
でも……『表向き』っていうことは、違うんですか?」
「あぁ。大違いさ。
何しろ、保安隊はゴジラに対してまるで歯が立たなかったんだから」
言って、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる。
「ゴジラを倒したのは保安隊じゃない。
ひとりの科学者が作った、とある薬物……それが、壊滅状態になった保安隊に代わってゴジラを倒した」
「薬物……毒殺ですか?」
「いや。
水中の酸素を“破壊”するものだそうだ――無酸素状態にして窒息させるだけじゃない、細胞の中の酸素すらも破壊することで、生き物の肉体も分解してしまう、だとさ」
「そんな強力な薬物があるんですか……?
……っていうか、伝聞ですか? 確定情報を重んじるジュンイチさんにしては珍しいですね」
「その辺、記録が一切残ってないんだよねー」
聞き返すジーナにそう答え、続ける。
「というのも、その科学者が、その薬物の軍事転用を恐れたから。
核が生んだゴジラすら倒せるそれが兵器になるなんて、間違いなく核以上の脅威になる。そう考えたソイツは、あらゆる資料を焼き捨てた上で自らゴジラ討伐に向かい……ゴジラ共々、その薬物の最初で最後の犠牲者になった」
「じゃあ、記録が残ってないっていうのも……」
「当時の保安隊も、記録に残さなかったのさ。
そして、『保安隊がどうにかこうにか倒した』ってデマを流して、その薬物の存在を隠蔽した。
保安隊としても、そっちの方が都合が良かったしな。保安隊はまったくの役立たずで民間の科学者の発明品がゴジラを倒した――そんな真相が広まれば、保安隊の存在意義すら危ぶまれかねなかったから」
「なるほど……」
ジュンイチの話に納得して――そこでジーナの中で浮上する疑問がひとつ。
「でも……そんなトップシークレットをどうしてジュンイチさんが知ってるんですか?」
「昔じっちゃんからな」
「じっちゃん……おじいさん?」
「父方のな」
付け加えられた補足で、察しがついた。
「あぁ、兵器職人関係……」
「そ。
再現を頼まれたのをじっちゃんが蹴ったんだ。
理由は……言うまでもないよな?」
「おじいさんも……だったんですね。
開発者の方の遺志を汲んで……」
「そーゆーこと。
ともあれそんなワケだから、当時ゴジラを葬った兵器はもうこの世には現存しない。今いるオレ達が、今できることでどーにかするしかないってワケだ」
「だから、青木さん達にもう一度姫神島に行ってもらったんですか?」
聞き返すジーナにうなずき、ジュンイチは軽くため息をもらす。
「ゴジラもギャオスに狙いをつけていた。
ギャオスを調べることで、ゴジラ……それにガメラについても、何かわかればいいんだけど……」
第二話
「…………っ、こいつぁ……!?」
姫神島、中央の山中。
“その光景”を前に、啓二は思わず言葉を失った。
目の前には、多数の卵の殻と、バラバラになった赤黒い肉片。
これは――
「ギャオスの死骸……ですね」
「明らかに孵化した後で、第三者に襲われて殺されてるわね……」
肉片を観察しながら鈴香とライカがつぶやく――そう、肉片はすべてあの“鳥”、ギャオスのものだ。
「襲われたって……何に?」
「まさか、ガメラかゴジラか?」
「いや、その割には、あの巨体が乗り込んできたような大きな破壊の跡がない」
同様に周囲を調べながら鷲悟や崇徳が意見を交わすが、啓二がそれを否定する。
「じゃあ誰が……ううん、“何”がギャオスを襲ったっていうのよ?
並のヤツらにどーにかできるようなもんじゃないでしょ、ギャオスは」
そんな啓二にライカが改めて尋ねて――
「……青木さん」
口を開いたのは鈴香だった。
「私、今すっごくイヤな想像をしちゃったんですけど……」
「奇遇だな。
オレもだ」
「え? 何? どうしたのさ?」
鈴香と、そして彼女に答える啓二の言葉の意味がわからず崇徳が尋ねると、
「……あぁ、そういうことか」
もうひとり――鷲悟が気づいた。
「ここに……“最初からいた”んだ。
ギャオスを殺せるだけの力を持ったヤツが」
「あぁ。
こいつらや、博多で倒した三頭が第一世代だとするなら、当然、エサを運んできてくれる親がいたとは思えない。
だから――」
鷲悟にうなずき、啓二は足元に落ちていたギャオスの足と生首を手に取り、
「食料のなかったコイツらは、仲間同士で食い合った――共食いだよ」
足の断面に生首の口を合わせ、噛み跡が一致することを証明してみせた。
と――
「み、みんな!」
少し離れたところで上がったのは、今の会話に加わっていなかった、一行の最後のひとりのものだった。
「ファイちゃん!?」
「あのバカ、こんなところを独りでフラフラと!」
声の主の姿がないことに鈴香が気づき、啓二が毒づきながら声の上がった方へと向かう。
「ちょっと、ファイ!
何単独行動してるのよ!?」
「ごっ、ごめんなさいっ!
でも、これっ!」
幸い、ファイがいた場所はそれほど離れていなかった。叱るライカに謝ると、ファイはそれを差し出した。
一抱えもある卵……の殻。これは――
「何よ、ギャオスの卵の殻じゃない。
そんなの向こうにいっぱい……って」
答えかけて――ライカも気づいた。
ファイから殻を受け取って、内側に触れてみる――内側にこびりついていた粘液はまだ柔らかさを失ってはいなかった。
「中身が、まだ完全に乾ききってない……
粘液の量と気温からざっくり計算で……孵化から二、三日ってところね」
「二、三日……
それじゃあ……」
「孵化のタイミングがズレてた……向こうの共食い地獄をやり過ごしたヤツがいるってことか!?」
ライカの試算を聞き、周囲を警戒する崇徳と鷲悟だったが、
「安心しろ。
そうだとしても、もうこの島にはいないよ」
そう二人に告げたのは啓二だった。
「本当に孵化したのがつい最近なら、それは最初の三頭に島が全滅させられた後ってことだ。
つまりその時点で、この島にはエサになるような生き物はロクに残っていなかったはずだ」
「じゃあ……」
その先を察した鈴香に、啓二はうなずいた。
「そいつらが飢え死にしていなければ……」
「とっくに、エサを求めて本土に渡ってるはずだ」
◇
「ガメラに、ギャオス……
我々にはとてもついていけない空想的な話としか思えないが……ともかく名前は必要か」
二日後。
朝一番で開かれた対策会議の場で、瘴魔対策本部からの報告に対する政府側の役人のもらした感想がそれであった。
「しかし、亀の怪獣……ガメラの方が脅威は大きい。
ゴジラや瘴魔に匹敵する災厄ではないですか?」
「仮にガメラが“鳥”……ギャオスを退治するために現れたというのなら、その後瀬戸内海に潜伏したまま、キミ達が見つけたという新たなギャオスを追いに動かないのは、いったいどういうことだと考えているのかね?」
「ガメラが復活した場に居合わせた者からの報告によれば、件の碑文を発見した遺跡もガメラが眠っていたのも南極であったと。
あの手の生き物に既存の似た生き物の生態を安易に当てはめられるものではないことは重々承知していますが……それでも、ガメラが仮に亀の変異した生き物であると仮定するならば、極寒の南極に自らやってくることができたとは考えづらい。
だとすれば、ガメラがあの地で眠りについたのは、南極が氷に閉ざされる前、はるか太古の話だと考えられます」
「……何が言いたいのかね?」
「眠っていた間、エネルギーの補給はどうしていたのでしょうかね?」
聞き返され、龍牙はそう答えて続ける。
「仮に体内に残っていたエネルギーを切り崩してしのいでいたとしたら、目覚めたばかりのガメラはかなりのエネルギーを消耗していたはず……その補給をしているというのが我々の見解です。
根拠は……こちらです」
そして、正面のスクリーンに何かのグラフを表示した。
「これはガメラが潜伏していると思われる瀬戸内海一帯の、空間中の生命エネルギーの濃度の推移を示したものです。
人、動植物、果ては瘴魔のような禍物に至るまで、命ある者は例外なく生命エネルギーを持ち、体内から漏れ出るそれを周りに滞留させて力場を形成しています。
その漏れ出たエネルギーの内、身体から離れすぎたものはそのまま大気中に放出され、世界そのものの生命エネルギーへと還元される。そうしたエネルギーを観測したものがこのグラフなワケですが……」
説明しながら、グラフの時系列を進める――と、あるところから急にグラフの線が落ち込んだ。
「ご覧の通り、エネルギー量がここに来て急激に低下しています。
そして……その減少が始まった時期は、ガメラが瀬戸内海に潜伏したと思われるタイミングと一致します」
龍牙の説明に役人側がざわつく――まぁ、専門外の分野の話を専門的にぶつけられれば誰だってこうなると割り切っているので、龍牙はまったく気にしていないが。
「そ、それで、“鳥”……ギャオスの方はどうなっているのかね?」
「先日新たに発見された卵や雛の死骸を分析しています。
ただ、炭素同位元素から発生後一万年以上が経過しているという結果が出ており、現在検証しています」
これ以上未知の分野の話をされてはたまらないとでも思ったのだろうか、話題転換が図られる――が、その先に待っていたのも、彼らの常識をひっくり返すようなトンデモ情報であった。
「一万年だと!?」
「信じられない!」
「何かの間違いではないのかね!?」
「先ほど例に挙げた亀や、それから熊……自分達にとって過酷な環境を休眠によってやり過ごす生物は現代にも存在します。
増してや、怪獣や禍物のような物質文明の科学的常識の範疇から逸脱した存在ともなれば、どんな可能性も有り得るものとして考えるべきでしょう」
騒ぎ立てる政府側の出席者達に述べると、龍牙は軽く息をつき、
「それに……生物として不自然なのはそれだけではありません。
雛の死骸をすべて調べましたが、そのすべてがメスだったのです。
生き残ったと思われる個体の中にオスがいたとしても、大量の新生児達の中でオスがほんのわずかというのは、偶然にしてもあまりにもできすぎです」
「少数のオスが大量のメスを相手にするのではないのか?
ライオンの群れのように」
「いや、ライオンのオスが少数なのはボスの座を争う中で淘汰が起きるからだ。
生まれた時点で偏っているというのは、柾木博士の言う通り不自然だ」
「まったくもって非常識だ!」
目の前で繰り広げられるやり取りに、「今まさに『常識の枠組みから外れた存在が相手だ』という話をしたばかりだろう」と呆れる龍牙だが、
「いずれにせよ、我々は相手のことをもっとよく知る必要がある」
そんなざわつく場を、その一言で鎮めたのは政府側の出席者達の長だった。
「我々の方針としては、ギャオス捕獲の方針は撤回せず、継続してもらいたいと考えている」
「待ってください。
ギャオスはh
「『人を襲う』だろう?
わかっている――そして、“だからこそ”言っているんだ」
反論しようとした龍牙に、政府側代表はそう答えた。
「ゴジラ、ガメラ、ギャオス……今回出現した三種の怪獣の内、人間に対し強い攻撃性を示していたのはギャオスだけだ。
脅威度ではゴジラ、ガメラの方が上回っていたとしても、対策の緊急性ではギャオスが最も高いと言える。
ヤツの生態を研究し、一刻も早く有効な対策を見つけなければならない……今まで手に入れた雛や若鳥の死骸だけでは決定打に欠ける。やはり生きたサンプルが必要だ」
その言葉に、他の政府側の出席者からも賛同の声が上がる――龍牙が反論しようと口を開きかけた、その時であった。
「しっ、失礼します!」
声を上げ、スタッフのひとりがその場に駆け込んできた。
「ご、ゴジラです!
ゴジラが、静岡に!」
◇
時はほんの少しさかのぼり――夜が白み始めたばかりの早朝。
「まったく、なんて霧だ……」
静岡県、井浜原子力発電所――辺り一帯に立ち込めた霧に思わず愚痴をこぼしながら、警備員が建屋の外に出てきた。
これから外周の見回りだというのに、こうも視界が利かないんじゃ……などと考えていると、
「ぅわぁっ!?」
突然、ズンッ!という地響きと共に目の前の地面に亀裂が走った。
しかし、彼はそれが、その大地の揺れと地割れが地震によるものだとは一切考えなかった。
なぜなら――
「ご……ご……」
「…………ゴジラ……!」
揺れの原因は、まさに目の前にいたのだから。
もちろん、ゴジラはそんな警備員の存在など(物理的な意味で)眼中になかった。その頭上をまたいでいくかのように原発の敷地に入っていく。
そこに至り、ようやく他の者達もゴジラの出現に気づいた。警報を鳴らして一般職員を退避させつつ、技師達は万一に備えて原子炉の停止に取りかかる。
だが――すべては手遅れだった。ゴジラの右腕の一振りが原子炉建屋の屋根を粉砕。大きく開いた穴から差し込んだ両腕が、停止の間に合わなかった原子炉にかかる。
「原子炉が!?」
「逃げろ! 放射能が!」
最悪の事態にあわてふためき、天井の崩落から難を逃れた技師達がとにかく少しでもこの場から離れようと走り出す――が、
「…………ん?」
そんな技師のひとりが、気づいた。
それは、放射能漏れ事故に備えて各所に設置されている、警報機を兼ねた放射能の測定装置のひとつだ。もちろん、ゴジラによって原子炉を破壊され、放射性物質がまき散らされている今、それはけたたましく警報を鳴らしているが――
「何だ、これ……!?
何で、こんな……」
「少ないんだ……!?」
そこに示された値は、今のこの状況下で考えられる放射能レベルの値を遥かに下回っていた。
◇
「原発が……!」
会議室のモニターに、井浜原発のライブ映像が映し出されると、まさに今、ゴジラによって原子炉の炉心がつかみ出されたところであった。
「馬鹿な……!
あんな巨大な生き物が、なぜ原発の目の前に来るまで見つからなかったんだ!?」
「どうやら、霧が濃くて発見が困難であったようで……」
「対策本部の監視システムも“闇の種族”の力の反応を探るものですからなぁ」
むざむざゴジラの原発への侵入を許してしまったことでざわつく役人達のやり取りに、龍牙はそこに混ざる形で「ウチをあてにされても期待には応えられないからな」と釘を刺しておく。
(しかし……)
そして、モニターに視線を戻す――彼らの相手をするよりも、よほど気になることがあったからだ。
(ゴジラが原発を襲ったのはなぜだ……?
進路にたまたまあったものを目障りだと破壊しているならいいが……もし、何らかの明確な目的があって、原発そのものを狙って現れたのだとしたら……)
◇
「ゴジラが出たのか!?」
「はい!
静岡の、井浜原発に……」
「原発ぅ!?」
仮眠室で寝ていたところをブイリュウに叩き起こされ(そうになったので迷うことなくカウンターを叩き込み)、ジュンイチはブレイカーベースのコマンドルームに駆け込んできた。ジーナから返ってきた答えに思わず声を上げる。
「よりにもよって、なんつーところに上陸してるんだよ……!?
状況は!?」
「最悪です! 原子炉をやられました!」
ジュンイチが答える間も、ジーナがキーボードに走らせている指は止まることなく、
「――侵入成功!
井浜原発の保安システムにアクセスしました! 現地被害状況のデータ、瘴魔対策本部と共有します!」
そのおかげで、早々に確認したい情報の在り処にたどり着くことができた。
「さすが、界隈No.1のホワイトハッカーだな――“大地母神”様?」
「挑む間もなく勝手に引退した前No.1ブラックハッカーに言われてもイヤミにしか聞こえませんよ――“電子の悪戯小僧”さん?
それより」
ジュンイチの軽口に返すと、ジーナはコマンドルームのメインモニターに映像を映し出した。
現地の監視カメラの捉えた、井浜原発の様子だ。そこには当然ゴジラの姿もあって――
「――っ!
おい、ゴジラが持ってるのって……!」
「原子炉……!? そんな!?」
ゴジラが原子炉の炉心を抱えているのを見て、ジュンイチもジーナも目を見張る。
「放射能汚染は!?」
「線量データ……ありました!」
ジュンイチに返し、ジーナがメインモニターの映像の一角にデータを表示して――
『…………え?』
表示されたその内容を見て目を丸くした。
「何だよ、コレ……!?
平均自然値よりもちょっと多いだけ、って……!
これ、本当に現地の、今のデータなのかよ!?」
「間違いありません。
井浜原発の放射線量計の、最新どころかリアルタイムのデータです。
表示前の時系列推移、足しますね」
ジュンイチに答えながら、データを表示し直す――今度は時系列順の変化を示した折れ線グラフだ。
そのグラフによると、一時的に数値が極端に上昇し、その直後から急低下、元の数値とほぼ変わらないところまで戻ってきている。
「ほんの30秒くらい爆発的に上がって、すぐに急減少してる……?」
「急上昇の方がゴジラが原子炉をブッ壊したからだとして……その後、急激に放射能を除去する何かが起きたってことか?
でも、何が……?」
ジーナだけでなく、ジュンイチもこの異様なデータを前にその意味を測りかねていたが、
「まるで、ジュンイチの“奪熱”で熱を奪われたみたい……」
『――――っ!?』
いつの間にかやってきていたブイリュウのつぶやきに、ジュンイチとジーナが目を見開いた。
「ち、ちょっと待ってください。
いくらなんでも、“そんなこと”ができる生き物なんて……」
「そうだぞ。
“そんなの”、オレだってまだできないのに」
「ジュンイチさんは黙っててください『まだ』とか付けないでください」
自身を引き合いに出したジュンイチがジーナからツッコまれた。
「でも……そうだな。
確かに、“そう”考えれば一応の辻褄は合う、か……」
「それに、そう考えれば、『ゴジラがどうして原発に現れたのか』ってところにも説明がつくよね?」
「認めるしかないってことですか……」
気を取り直したジュンイチや彼に補足するブイリュウの言葉に、ジーナはモニターに映るゴジラへと視線を向けた。
「ゴジラは……」
「放射能を……核エネルギーを捕食している、と」
◇
原子炉を破壊し、まき散らされた放射性物質から放たれる放射能は放たれるそばからゴジラに吸収されていく。
おかげで周辺の放射能汚染は最小限に抑えられているが――だがそれもゴジラの“腹”がふくれるまでの話だ。十分に放射能を吸収したのか、ゴジラは抱え込んでいた原子炉を無造作に放り出した。
未だ放射性物質をもらし続ける原子炉には目もくれず、ゴジラはゆっくりときびすを返して――
「逃がさないわよ!」
言い放たれた声と共に、その足元に多数の“銃撃”が叩きつけられた。
見上げると、そこには舞い降りてくる真紅の機体――ライカのカイザーブレイカーだ。
「福岡のリベンジマッチよ!
今度こそ仕留めてやるわ!」
言って、ライカがカイザーショットをゴジラに向けて――
〈待ってください!〉
そんなライカに待ったをかけたのはジーナからの通信であった。
〈原子炉からの放射能物質の流出が続いています!
このままでは周囲一帯が汚染されてしまいます! まずはそちらを何とかしないと!〉
「――――っ」
ジーナの言葉に、ライカはカイザーブレイカーの“中”で歯がみした。
去っていくゴジラと、そのゴジラが放り出した原子炉を見比べて――
「……あぁっ、もうっ! わかったよ!
リベンジをガマンすればいいんでしょ、ガマンすれば!」
ヤケクソ気味に言い放つと、ライカは原子炉に向けて降下を開始した。
◇
ゴジラによる原発襲撃――成す術なく襲撃を許したその事実は、日本全土に衝撃を与えた。
まき散らされた放射性物質はライカが一帯をまとめてただの土くれに物質変換させたことで、放射能汚染という最悪の事態は避けられたものの、警戒網をあっけなくかいくぐられたことで、不安の声が社会全体に広がりつつあった。
「……『ゴジラ警戒網を突破、井浜原発を急襲』か……」
「こっちは『放射能を吸収し海へ消える、日本再上陸の危険』だって」
「『ギャオス対策偏重の弊害か?』ともありますね」
報道はどれもトップニュースでゴジラの原発襲撃を伝えていた。ネットの報道記事に片っ端から目を通しながら、ジュンイチやブイリュウ、ジーナが口々につぶやく。
コマンドルームにいるのは女性組とジュンイチ、そしてそのパートナープラネル達――3、3、2の三組でのローテーション態勢で三怪獣の捜索に飛び回っていて、現在は崇徳&ヴァイト組、啓二&ファントム組、そして鷲悟が捜索に出ているのだ。
「まー、自衛隊はもちろん、対策本部やアタシ達の警戒網もすり抜けられちゃったワケだしねぇ」
「瘴魔対策特化の警戒体制が裏目に出たよねー」
自重気味なライカに鳳龍が同意すると、
「でも……」
ぽつり、とつぶやいたのはファイだった。
「出てこなかったねー、ギャオスもガメラも」
「そういえば……そうですね」
ファイの言いたいことはすぐにわかった。ソニックもまた彼女に同意するようにうなずく。
「福岡では、ゴジラもガメラもギャオスに引かれるように現れた……」
「でも、今回出てきたのはゴジラだけ……
ガメラとゴジラはギャオスを狙ってるけど、ゴジラは他二者から狙われているワケじゃない……ひょっとして、ガメラも……?」
鈴香やジーナも気づいていた。口々につぶやき、顔を見合わせ、
「……?
どーゆーこと?」
「つまり、あの三種の怪獣は互いに襲い合うような関係ではなく、ギャオスが一方的に狙われる形……天敵とその獲物、といった関係なのかもしれない、ということです」
一方で、わかっていない様子のライムにはソニックが説明してくれた。
「これ、あの怪獣達の行動予測に使えませんか?」
「どうでしょうか……?
まだ確定情報というワケではありませんし」
ガルダーと鈴香がそんなことを放しているのを横目に、ジュンイチは昨日の井浜原発襲撃時に入手したゴジラのデータを映すモニターへと視線を向けた。
(ゴジラは放射能を補給した。
瀬戸内海の空間内の精霊力量の低下がガメラの仕業なら、ガメラも補給を図っているということになる。
でも、なんで示し合わせたように補給を急いでる……?
そこまでして急ぐ理由があの二体にあるとしたら……)
「ギャオス、か……?」
ぽつり、ともらしたつぶやきに全員からの視線が集まる。自身の推測を説明しようとジュンイチが口を開きかけた、その時、
――――――
『――――っ!?』
それを感じ取った。
「ジュンイチさん!」
「あぁ」
声をかけてくるジーナに、ジュンイチはうなずいた。
「瀬戸内にひとつ。もうひとつは東海沖……間違いねぇな。
“チャージ”が終われば、もう身を隠す必要もねぇってか。
なめた態度とってくれるじゃねぇの……」
「ゴジラも……ガメラも!」
◇
ジュンイチ達の感じ取った通り、彼らは時を同じくして動き出した。
東海地方南方の太平洋上にはゴジラが浮上し、瀬戸内海からもガメラが飛び立ったのだ。
ゴジラは北上、ガメラは東進。共にその進路は迷いなく一直線――対策本部でもブレイカーベースでも、すぐに予想進路が割り出された。
その両者が導き出した、二大怪獣の進路が重なるその地は――
日本アルプス山中。
◇
「日本アルプス!?」
〈あぁ。
ガメラは山中に降りた後気配を隠したみたいで、現状見失ったままだけどな〉
予想進路の情報は、すぐにブレイカーズの“外回り”に出ている面々にも伝えられた。着装して飛行、空中から一帯を捜索していた崇徳がジュンイチからの報せに驚きの声を上げる。
だが彼が驚くのも無理はない。
「日本アルプスって……この辺」
彼のパートナープラネル、ヴァイトが背中でつぶやく通り、自分達は今まさにその日本アルプスにいるのだから。
「ってことは、この辺にギャオスが……!?」
周辺を見回してみるが、今のところそれらしい姿は――
――――――
「え……?」
と、そこで突如捉えられた気配――ギャオスではない。だが知っている相手のものだ。
今まで捉えられなかったその気配が急にあらわになった、それが意味するのは――
(今まさに、転移でこの場に出てきた……?
……いや、それらしい術式の気配はなかった。だとしたら……)
「オレに気づいて、自分達がいることを知らせてきた……?
でも、アイツが? 何で?」
相手の意図がわからない。素直に誘いに乗るべきかと一瞬迷うが、
(……いや、ンなワナを張るような性格してないか)
相手の人となりを知っていることから「大丈夫だろう」と判断できた。気配のする方に向けて降下していく。
相手は眼下の森の中――降下していくと、木々の間に林道が見える。あの道を歩いていたのだろうか。
「……来たか」
「あぁ」
そして、ついに相手の前に着地。声をかけられ、軽く返す。
「橋本、貴様が真っ先に来ているとはな。
柾木はどうした?」
「たまたまこの辺飛んでたんだよ。
それより、なんでお前がここにいるんだよ?――」
「イクト」
「瘴魔神将のお前が、こんなところに何の用だよ?
まさか、またザインが何か企んでるのか?」
「安心しろ。
今回はオレ達の戦いとは別口だ」
崇徳の問いに、“炎”の瘴魔神将、“炎滅のイクト”こと炎皇寺往人はあっさりとそう答えて、
「むしろ、お前らと共闘したっていい――そういう案件だろう? 今回のアレは」
「…………っ」
続く言葉で、理解できた。
「……ギャオスか」
「そういうことだ。
あんなものにのさばられたら、オレ達瘴魔だってたまったものじゃない。
瘴魔の糧は人間の負の思念――その人間を食い尽くされてたまるか、ということだ」
「それで、お前らもお前らで、ギャオスを追って動いてたってワケか……」
イクトの言葉にうなずいて――ふと崇徳は気づいた。
「ってことは、お前ってたまたまこの辺うろついてたクチ?」
「なぜそう思う?」
「だって、超方向音痴のお前が、開戦もしてない内から目的地にたどり着けるワケないじゃん」
「納得しかねる理解の仕方をするんじゃない」
崇徳に答え、イクトは軽くため息をつき、
「……ミレイに連れてきてもらった」
「ハァ!?
ミレイさん来てんの!?」
「アイツの仕事のロケがこの近くであってな」
「それフツーにミレイさんの仕事についてきたら偶然“当たり”を引いただけだよな!?
完全に“たまたま”じゃんか!」
ライバルであると同時に互いに思うところのある間柄、そんな相手がこの近くにいると知らされ、崇徳は思わずツッコみながら周囲を見回して――
――カーン――カーン――
「――っ!?
イクト!」
「あぁ!」
聞こえてきたのは甲高い鐘の音――半鐘の音だ。近くの村で鳴らされているのだろう。
だが、半鐘というのは災害のような村全体に及ぶ危機を報せるためのものだ。この近辺に潜伏しているであろう存在のことを考えると、正直イヤな予感しかしない。
「行ってみよう!」
「おぅ!」
崇徳の言葉にイクトがうなずき、二人は同時に地を蹴って――
「――って、そっちじゃない! こっちこっち!」
「おっと」
イクトは、正反対の方向に走り出していた。
◇
その後も、音のする方に行けばいいはずなのにイクトが脇道に逸れること数回――村にたどり着いた時には、すでに村民達の避難が始まっていた。
ともあれ、まずは状況の確認だ。避難誘導をしていた、村の消防団員と思しき男にイクトが声をかける。
「おい、何があった?」
「とっ、鳥! 鳥が!」
「ギャオスか……
避難の方は?」
「川の向こうの方に、ロケに来た東京のテレビ局の人達がまだ!」
「ミレイさん達が!?」
男の言葉に驚き、崇徳は男が指さした先、件の川の向こう側に渡る吊り橋を見る。
こちらに向けて橋を渡ってくるのは……何やら高そうな機材を抱えているところから見て、テレビ局の撮影クルーだろう。
だとすると、ミレイもあの中に――
「――いた!」
見つけた。一行の最後尾、村人らしき高齢女性を支えてこちらに向かってきている人物こそ、世の表舞台ではシンガーソングライター“MIREI”として芸能界で活躍している“風”の瘴魔神将、“風刃のミレイ”こと紅美鈴その人だ。
とりあえず無事なようで安堵する崇徳とイクトだったが、
「……タカノリ」
「――っ!」
最初に気づいたのはヴァイトだった。声をかけてくるのとほぼ同時、対岸の森の中からゆっくりと頭をもたげる巨体があった。
間違いない。ギャオスだ。ギャオスなのだが……
「おい……何だよ、あの大きさ!?」
その体躯は、福岡で対峙した個体とは比較にならないほどに巨大であった。先の個体は人の身の丈よりもやや大きい、くらいであったが、アレは頭頂高で20メートルはゆうに越えているだろう。
と――そのギャオスが、ゆっくりとこちらを向いた。ミレイと女性を見つけて独特の甲高い鳴き声を上げる。
「まずい! 狙われてる!」
「ミレイさん! 後ろ!」
「イクト!?
――って、崇徳も!? 何で!?」
イクトと崇徳の呼びかけに反応、そこで初めて崇徳に気づく――が、ギャオスはすでに、そんなミレイと彼女に支えられた女性に向けて飛び立っている。
「くっ……!」
完全に自分達を獲物としてロックオンしているギャオスに対し、ミレイは迎撃しようと右手に“風”を起こし――
(――ダメ!
ここで“風刃”を使ったら、橋が!)
今自分達がいるのは吊り橋の上。彼女の異能、鋼鉄もたやすく切断する真空波をこんなところで使ってしまえば橋は崩落、女性はもちろん補助系はからっきしで飛ぶことのできない自分も真っ逆さまだ。
そんな未来を想像してしまったことが彼女の反応を遅らせた。高速で迫るギャオスが彼女達に向けて口を開き――
「させるかぁっ!」
聞こえた咆哮と同時、ギャオスの巨体が突如現れた漆黒の壁に激突、跳ね飛ばされた。
崇徳が遠隔発動した防壁だ――ただの防壁ではない、空間そのものを断絶させることであらゆるものを阻む、力場の特性が防御特化に振り切れている崇徳だからこそ使える絶対防御の防壁だ。
「よく防いだ、橋本!」
「防げただけ! 状況何も変わってない!」
そんな崇徳と共にミレイ達のもとに駆けつけたイクトに崇徳が返す――確かに、現状はギャオスの攻撃を一回防いだ、ただそれだけだ。当のギャオスはあきらめる様子もなく周囲を飛び回っており、状況は何ひとつ好転していない。
「あのサイズじゃ、オレ達でももう生身じゃ手に負えない……!
ヴァイト!」
「うん……!」
崇徳の呼びかけに応え、ヴァイトが崇徳の背から降りる。彼らと並び立つ形でギャオスを見据え、
「ブレイカーゲート、オープン……!」
ヴァイトが全身から放出した膨大な精霊力が頭上に集まり、空中に“穴”を――別の場所とつながるゲートを作り出す。
「シャドー、グリフォォォォォン!」
崇徳が吠え、ゲートから漆黒の“力”の渦があふれ出す――その中から出現したのは、白と銀を基調としたカラーリングの、グルファンを模した機動兵器。
崇徳のブレイカービースト、シャドーグリフォンである。
「いくぜ、ヴァイト!」
「うん!」
「エヴォリューション、ブレイク!
シャドー、ブレイカー!」
崇徳が叫び、シャドーグリフォンが咆哮、翼を広げて飛翔する。
そして、その後ろ足が折りたたまれるように収納され、後ろ半身全体が後方へスライド、左右に分かれるとつま先が起き上がり、人型の下半身となる。
続いて、両前足をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、獣としてのつま先と入れ替わるように拳が現れ、力強く握りしめる。
頭部が胸側に倒れ胸アーマーになり、ボディ内部から新たな頭部が飛び出すと人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
最後にアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「シャドー、ユナイト!」
崇徳が叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝き、崇徳が高らかに名乗りを上げる。
「影獣合身! シャドー、ブレイカァァァァァッ!」
「ギャオォォォォォッ!」
出現し、獣から人型へと姿を変えたシャドーグリフォン改めシャドーブレイカーを、ギャオスは正しく脅威と認識した。威嚇するように鳴き声を上げ、ホバリングで崇徳と対峙する。
「いくぜ!」
対し、シャドーブレイカーと一体となっている崇徳は積極的に動いた。突っ込み、拳をくり出すが、ギャオスはそれをヒラリとかわし、両足の爪で彼の背中に一撃を見舞う。
「くそっ!
シャドーサイズ!」
武装名をコール、射出された棒を手に取ると棒が伸びて柄に、次いで刃が形成されて大鎌となる。迫るギャオスを狙って振るうが、ギャオスはそれもかわして駆け抜けざまの風圧で崇徳を吹っ飛ばす。
「ちょっ!?
崇徳、何やってるのよ!?」
「ヤツのシャドーブレイカーは元々機動性の高い機体ではない。どっしりと腰を据えて、増幅した乗り手の異能も込みで広域攻撃を行う、広域殲滅タイプの機体だ。
巻き込むワケにはいかない集落のすぐそばという持ち味を殺された状況で、空中を素早く飛び回るギャオスが相手では苦戦は免れまい」
苦戦する崇徳の姿に声を上げるミレイに答えるイクトだったが、
「だったら!」
崇徳とて対策がないワケではない。方向と共に背中の二基の大型推進器が分離、砲塔を展開してギャオスに向けて飛翔する。
「シャドーサーヴァント!」
崇徳の号令で飛翔体、シャドーサーヴァントが攻撃開始。ギャオスに向けてビームを放ち、かわして反撃とばかりにかみつこうとしてくるギャオスと目まぐるしい空中戦を展開する。
「こいこい、下りてこい……!」
一方、崇徳は地上で“力”を蓄えていた。シャドーサーヴァントでギャオスの頭上を抑え、地上に追い込まれつつあるギャオスを待ちかまえる。
狙いは図に当たり、シャドーサーヴァントに追い立てられるギャオスは次第に高度を下げ、崇徳に、シャドーブレイカーに迫ってくる。
(“影”で絡めとって、地上に引きずり落とす!)
あと少しで射程に入る。慎重にタイミングを計り――
火球が飛来した。
それはまったくの不意打ちだった――ただし、ギャオスと崇徳、双方にとって。飛来し、ギャオスを狙った火球を当のギャオスはギリギリで上昇が間に合い回避。同時に、火球がギャオスと地上の間を駆け抜けたことでギャオスの影も火球に照らされて消失、影にまつわる自身の異能での捕獲を目論んでいた崇徳の作戦も破綻してしまう。
(炎――ジュンイチ!?)
攻撃の内容からその主を予測するが、すぐに違うと思い直す。ジュンイチならこちらが“力”を蓄えていたことに気づいていなかったとは思えない。あんな、こちらの攻撃を邪魔するような介入の仕方をするはずがない。
と、火球の飛んできた方向に気配が出現。この気配は――
「ギィァアァォオォォォォォッ!」
「ガメラ!?」
そう、ガメラだ。ミレイ達の渡っていた吊り橋が渡されている渓谷の中、カーブして山に隠れたその先から咆哮と共に姿を現す。
だが、火球の飛んできた方向から現れたということは――
「まさか……ガメラが!?」
声に出した崇徳の予感はすぐに的中した。開かれた口の中から炎があふれ、火球として吐き放たれた。
火球は吊り橋の上を、崇徳の脇を駆け抜け、狙い違わずギャオスを直撃。木っ端微塵に爆砕してみせた。
「やった!?」
「それ言っちゃダメなヤツ……」
一撃でギャオスが爆発四散した光景にイクトが声を上げる――ミレイの足元でヴァイトがツッコむと、
「――っ、まだだ!」
気づいた崇徳の声と同時、四散したギャオスの肉片がひとつ、突如飛来した何かにかっさらわれた。
「もう一頭いた……!?」
その正体に気づいたミレイの言う通り、それはギャオスの別個体――同胞の肉をくわえたまま周囲を旋回し始める。
そんなギャオスに向けてガメラが火球を吐き放つ。対し、ギャオスはそれをヒラリとかわすとくわえていた肉を放り出し、ガメラに向けて今までよりもさらに甲高く鳴き声を上げる。
「何だ、これは……!?」
「耳、キーンッってする……」
「周波数を上げてる……?」
金切り声にも似てきたその鳴き声にイクトやヴァイトが不快感を示す一方で、ミレイが状況を分析する。
(周波数を上げて、鳴き声を超音波に変換しようとしてる……?
でも、何のために? エコーロケーション?……いやいや、今の状況で意味ある、それ?
目的はきっと、それ以外の……)
「――――って!?」
ギャオスの様子を観察し、気づいたのは“風”属性で空気の動きの察知能力に長けるミレイだからこその事実――ギャオスの発する甲高い鳴き声、いや、超音波と化しているそれの放出範囲が、どういう仕組みかは知らないが一直線に絞られ始めているのだ。
(この音量の超音波の一点集中――まずい! これって!)
「崇徳! 防いで!」
「――――っ!」
ミレイの警告に、崇徳がとっさに絶対防御の防壁を展開――直後、ギャオスの口から閃光が放たれた。崇徳の防壁には防がれるが、それ以外、周囲に流れた分は地面に当たり、深々と斬り裂いてみせる。
(ビームじゃない……切断系の技!?
つか、切れ味ヤバっ!?)
流れ弾は村にまで届いていたが、そこでの破壊痕が異質に過ぎた。
光の当たった部分できれいに断ち切られた建物はそのほとんどでそれ以上の破壊が生じていない。光の命中時にほとんど力が加わらなかった、それほどまでに抵抗を許さず光の刃が入った、圧倒的な切れ味を伴った一撃であったことの証左だ。
すでに村からの避難は完了していたからよかったものの、まだあそこに人が残っていたらと思うとゾッとする――
「――って、来た!」
状況分析をしている間に、戻ってきたギャオスが第二射。今度も防壁でしっかり防ぐ――が、
(しまった!?)
気づいた。自分からそれた光刃の流れ弾の進む先には――
「ミレイさん!」
そう、ミレイ達がいる。とっさに身がまえるも為す術のないミレイ達へと光刃が迫り――
「ギィァアァォオォォォォォッ!」
咆哮と共に、光刃が阻まれた。
ガメラだ。割って入ったガメラのその手に光刃が命中。ミレイ達の盾になる形となり、光刃は彼女達をやり過ごしてその先の大地を斬り裂いていく。
「シャドーサーヴァント!」
二射目を終えたギャオスに向けて、崇徳がシャドーサーヴァントを飛ばす――追い立てられ、ギャオスはこれ以上この場に留まっても旨みはないと判断したのか、甲高い鳴き声を上げて飛び去っていく。
それを見てガメラも動いた。福岡の時と同じように脚部からジェット噴射。今回はその下半身からの噴射のみで、手や頭は出したまままっすぐギャオスを追って飛んでいく。
〔……追いかける?〕
「いや、やめとこう。
シャドーブレイカーの機動性で、アレ相手の空中チェイスは荷が重すぎる」
思念通話で問いかけてくるヴァイトに答え、崇徳は合身を解除。ミレイ達の前へと降り立った。
「崇徳!」
「ミレイさん、大丈夫だった?」
「うん。
私も、助けたおばあちゃんも」
そんな崇徳に駆け寄ってきたのはミレイだ。彼の問いにそう答えて、
「そう、オレ達は全員無事だ。
……ガメラに、守られたからな」
「…………っ」
続くイクトの言葉に、崇徳は眉をひそめた。
「……やっぱり、ガメラはお前らを守ったんだと思う?」
「あぁ」
それは先ほどガメラがギャオスとイクト達の間に割って入り、光刃を受けた時のこと――崇徳の問いかけに、イクトは迷うことなくうなずいた。
「あの時、ガメラはギャオスの攻撃の射線からは完全に離れたところにいた……それをわざわざ射線に割り込んできて受けたんだ。
怪獣に限らず、動物がそんな自らを危険にさらすような行動を取る動機などひとつしかない。
……『守りたい』だ」
「いよいよ、間違いないか……」
イクトの話に、崇徳はため息まじりにつぶやいた。
「ガメラは……人間を守ろうとしてる」
◇
一方、飛び去ったギャオスとそれを追うガメラは一旦南下、その後進路を東に向け、富士山の南側へと差し掛かっていた。
と――突如、眼下から閃光が放たれた。一直線に放たれた青白い光は角度を傾け、空を薙ぎ払うようにギャオスに、さらにガメラにも次々に直撃する。
爆発に呑まれ、ギャオスとガメラが富士山麓に墜落し――
「ガァアァァオォォォォォッ!」
そんな二体の怪獣に対し自らの存在を誇示するかのように、ゴジラが高らかに雄叫びを上げた。
(初版:2023/07/17)