「おーおー、ハデにやってんねぇ」
ジュンイチが駆けつけた時には、すでにゴジラは沿岸の都市部を抜けて山中に入っていた。
瘴魔対策によってノウハウが確立していたおかげで、住民の避難は迅速に行われて人的被害は最小限に抑えられたようだが、町そのものの物的被害についてはそうもいかない。ゴジラの進行に伴い蹴散らされた建物の被害は福岡同様かなりの規模になっているようだ。
「どうするの、ジュンイチ?」
「もちろん、ここで迎撃するさ。
街も抜けたし、周辺被害を気にする必要もないしな」
肩にしがみついているブイリュウに答え、ジュンイチはゴジラの進む進路上へと回り込む。
「よぅし、やるぜ、ブイリュウ!」
「ガッテン!」
「ブレイカーゲート、オープン!」
ジュンイチに答えたブイリュウが叫ぶと同時、彼の身体から膨大な精霊力が放たれた。上空に向けて放たれたそのエネルギーが集まると円状に周回、内側に空間の歪みを引き起こし転移ゲートを作り出す。
「ゴッド、ドラゴォォォォォン!」
構築が完了したブレイカーゲートに向けてジュンイチが咆哮。その呼び声に答えるかのようにゲート内側の空間の歪みがジュンイチの精霊力光の色と同じ真紅に染まると炎となって燃え盛り、その中から炎の色を映えさせる青色を基調としたカラーリングのドラゴン型機動兵器が姿を現す。
「エヴォリューション、ブレイク!
ゴッド、ブレイカー!」
そんな機動兵器――ゴッドドラゴンが、ジュンイチの叫びに応えて上昇、上空で変形を開始する。
まず、両足がまっすぐに正され、つま先の2本の爪が真ん中のアームに導かれる形で分離。アームはスネの中ほどを支点にヒザ側へと倒れ、自然と爪もヒザへと移動。そのままヒザに固定されてニーガードとなる。
続いて、上腕部をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、内部にたたまれていた爪状のパーツが展開されて肩アーマーとなる。
両手の爪がヒジの方へとたたまれると、続いて腕の中から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
頭部が分離すると胸に合体し直し胸アーマーになり、首部分は背中側へと倒れ、姿勢制御用のスタビライザーとなる。
分離した尾が腰の後ろにラックされ、胴体内部から人型の頭部が飛び出すような勢いでせり出してきてアンテナホーンが展開、人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
「ゴッド、ユナイト!」
変形した機体のコックピットでジュンイチが叫ぶと、その身体が真紅に染まる――精霊力のエネルギー粒子の集合体へと変換されたその身体が量子レベルで機体と一体化する。
内部からせり出し、輝くのは精霊力の増幅、制御サーキット“Bブレイン”。変形のために停止させていた各部の制御システムが再起動し、カメラアイに輝きが生まれる。
「龍神合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」
「龍の力をその身に借りて、神の名の元悪を討つ!
龍神合身ゴッドブレイカー、絶対無敵に只今見参!」
合身を完了し、あふれ出すエネルギーで周囲がスパークする中、ゴッドブレイカーそのものとなったジュンイチが高らかに口上を述べる。
対し、ゴジラは歩みを止めずそのまま一直線に向かってくる。ジュンイチに向かってきているというよりは――
(こっちが仕掛けていないから、か……
野生の肉食動物と変わらない反応だな。手向かってくる相手以外はどうでもいいってか。
……でもっ!)
「悪いな――手向かわせてもらうぜ!」
口に出して宣言すると右の拳を掲げる――その周辺に真紅のエネルギーが発生、渦を巻き、右前腕全体を包む螺旋を形成していく。
「クラッシャー、ナックル!」
その右腕を、渾身の右ストレートのモーションで撃ち出す。肘から先、前腕部を射出したロケットパンチはエネルギーのドリルをまとってゴジラへと飛び、命中し――
「ガァアッ!」
「なっ!?」
効かなかった。
咆哮したゴジラが力むような動きを見せると、その分厚い胸筋がクラッシャーナックルを弾き飛ばしたのだ。
「マジかよ――って!?」
思わずうめくジュンイチだが、驚いている場合ではない――今の攻撃でこちらを敵と認識したのだろう、ゴジラが敵意をむき出しにして背ビレを発光させ始めたのだ。
「それが熱線のチャージだってのは、把握してんだよ!」
そんなゴジラに言い放ち、ジュンイチはゴジラと正対。両肩アーマーの前面装甲が展開されるとそこに備わるエネルギー発振器から放出されたエネルギーが周囲に滞留、周囲全体をカバーする防壁を展開し、
「ゴッド、プロテクト!」
前方にかざした左腕に備わる偏向装置で防壁を収束させた。より強固に構築された防壁でゴジラの放った熱線を受け止める。
それもただ受け止めただけではない。防壁に叩きつけられた熱線のエネルギーを霧散させることなく捕まえ、蓄積させていく。
そうして出来上がったエネルギー球を、押し返すようにゴジラへと飛ばし――直撃。
しかし――
「ガァアァァオォォォォォッ!」
「ウソ無傷!?」
「やっぱそのまんま跳ね返すくらいじゃ効かないかー」
爆煙の中から平然と現れたゴジラの姿にブイリュウが驚くが、ジュンイチは予想済みだったらしくむしろ納得。
(さーて、どうするか……
クラッシャーナックルが効かないとなると、こっちの飛び道具で有効そうなのは……アカン。周囲一帯更地になるヤツしかない)
現状得られた手応えから対策を検討。至った結論は――
「となりゃ――肉弾戦でしばき倒すっきゃねぇよな!」
結論を口に出すと同時に地を蹴る――推進システムを総動員で一気に加速、距離を詰めると、遠心力をふんだんに乗せた拳をゴジラの顔面に叩きつける。
そのままゴジラの目の前に着地、間髪入れずに身をひるがえして真上への足刀。アッパーカットの如く垂直に突き上げられた蹴りがゴジラの顎を打ち上げる。
「思いっきり脳ミソ揺れたろ!」
立て続けの二発の打撃でゴジラは見るからにふらついている。攻め時と見たジュンイチが言い放ち――
弾き飛ばされた。
ふらついていたゴジラが突然身をひるがえし、追撃しようとしていたゴッドブレイカーを強烈な尾の一撃でブッ飛ばしたのだ。
「な……!?」
(脳震盪起こしてたんじゃねぇのかよ!?)
驚きながらもジュンイチはゴジラの様子を確かめて――
(明らかに効き続けてるじゃねぇか!)
怒りを多分に含んだ闘争本能に燃えていたはずのゴジラの目は明らかに虚ろだ。ジュンイチの先の打撃のダメージは間違いなく残っている。
(本能的反応……?
いや、上半身は明らかに運動機能にまで影響が出てる。こんな状態でこんな踏ん張りの利いた反撃ができるとは……
――いや、まさか!?)
「第二の脳か!?」
「第二の脳?
それって、恐竜が持ってたって考えられてる、アレ?」
「あぁ!」
聞き返すブイリュウに答え、ジュンイチは吹っ飛ぶ身体を空中で立て直す。
(メインの脳を補助して下半身の動きを統括するサブの脳――本能的に発せられた防御指令に従って、下半身だけでできる反撃行動を取ってきやがった、ってところか!)
「けどっ!」
着地――ではなく、その足で地面を蹴って再度突撃。再びゴジラが尾での一撃を狙ってくるが、
「来るとわかっていれば!」
ジュンイチもそれに対応。叩きつけられる尾をしっかりと防御するとその尾を抱えるように捕まえ、
「マスター・ランクの馬力を……舐めんなぁぁぁぁぁっ!」
ゴッドブレイカーのパワーにものを言わせて力任せに振り回した。自身よりも体格で優るゴジラを豪快に投げ飛ばす。
「転んじまえば、下半身だけじゃどうしようもねぇだろうが!」
地響きを轟かせて落下、倒れるゴジラにジュンイチが言い放ち――
「――って!?」
ゴジラの背ビレが発光しているのに気づいた。
(熱線!?
コイツの第二の脳、まさか熱線の制御まで――)
脳内に浮かぶ仮説――しかしジュンイチはすぐにそれを否定した。
ゴジラの目がこちらをしっかりとにらみつけていることに気づいたからだ。
つまり――
(もう意識回復していらっしゃるーっ!?
ゴッドプロテクト――集束まではムリ!)
「南無三!」
かろうじてフィールド展開までは間に合った。倒れたままゴジラが放ってきた熱戦が不可視の防壁に叩きつけられる。
だが――止まらない。ゴジラは熱線を吐き続け、受け続けるジュンイチは勢いに負けて押し戻されていく。
「くぅ……んっ、のぉっ!」
身をひねり、なんとか熱線を受け流す――が、勢いを完全には流しきれず、後方にはね飛ばされる形で墜落する。
そんなジュンイチに向け、立ち上がったゴジラが再び熱線の体勢に入り――
「………………」
止まった。
突然、何かに気づいたかのように、ゴジラが背ビレの発光も止めて顔を上げたのだ。
振り向き、山の向こうの空をしばし見つめて――
「ガァアァァオォォォォォッ!」
咆哮した。ジュンイチにはもう用はないとばかりに背を向け、山の方へと去っていく。
「じ、ジュンイチ!
ゴジラ行っちゃうよ!」
「わかってる!」
ブイリュウに答え、身を起こすジュンイチだったが、
「……って、あれ……?」
ふと、身体に――自身が一体化しているゴッドブレイカーの機体に違和感を覚えた。
(機体内部のエネルギー循環に異常……?
エネルギーの変質、調整中……何か変なエネルギーでも取り込んだか……?)
内心で眉をひそめるジュンイチだったが、それでゴッドブレイカーの不調が解決する訳ではない。
結果、まごついている間にゴジラはそのまま去っていってしまって――
ゴジラは、ガメラとギャオスの前に立ちふさがった。
第三話
「ガァアァァオォォォォォッ!」
上空を飛翔するギャオスとそれを追うガメラ、二体の怪獣の気配が射程に入ったのを感じ、熱線を発射。
持続放射しつつ射線をかたむけ、薙ぎ払うように放つ――いわゆる“ギロチンバースト”と呼ばれる撃ち方で二体をまとめて撃墜。大地に叩きつけられた二体を前に、ゴジラは高らかに咆哮した。
悠然と歩を進め、向かってくるゴジラに対し、先に起き上がったのはガメラだった。ゴジラと向かい合い、天を仰ぐように咆哮する。
そんなガメラに向け、ゴジラが再びの熱線。ガメラの足元の地面が吹き飛ばされ、ガメラは足場を崩されて再び地面に倒れ込んでしまう。身を起こそうとするガメラだったが、ゴジラがさらに熱線を吐き放ち、巻き起こった爆発にガメラが呑み込まれる。
「あぁっ!
ジュンイチ、見て!」
「始まってやがる……!」
そこへ、先ほどゴジラに置き去りにされたジュンイチが追いついてきた。コックピットでブイリュウが声を上げ、ジュンイチもユナイトしたままうめく。
「どうする?」
「考えなしに突っ込める状況じゃねぇな……
ギャオスを最優先したいこともあるし……隙を見てギャオスをかっさらう。ガメラとゴジラについてはその後の流れで……ってところか」
尋ねるブイリュウにジュンイチが考えながら答える――その一方で、倒れ込んだままのガメラがゴジラに向けて火球を放つが、ゴジラは直撃を受けてもものともせず、逆に熱線を容赦なく浴びせかける。
「ガメラ、押されてるね……
あの中じゃ、ゴジラが一番強いってこと?」
ゴジラがガメラを圧倒する様子にブイリュウがつぶやくが、
「……いや、違うな」
ジュンイチの見立ては違った。
「万全のゴジラとそうじゃない他二体……その差が出たんだ」
「え? どういうこと?
成長途中のギャオスはわかるけど……ガメラも?
瀬戸内海でエネルギーチャージしてたんじゃないの?」
「オレも、そう思ってたんだがな……」
ブイリュウの問いに、ジュンイチは苦々しげにうめいた。
「読み違った……
ゴジラとガメラの違いを、計算に入れてなかった……!」
「『違い』?」
「エネルギーチャージに何したか」
聞き返すブイリュウに即答する。
「ゴジラは、原発襲って核エネルギーで一気に。
ガメラは、大気中の生命エネルギーで地道に……」
「うん、そうだね。
でも、それがどうかしたの? それはもうわかってたことでしょ?」
「だから言ったろ――『読み違った』って」
答えて、ジュンイチはガメラを一方的に攻め立てているゴジラをにらみつけた。
「ゴジラが原発を襲って一気にエネルギーを蓄えたのに対して、ガメラは自然界の生命エネルギーから地道にエネルギーを補給していた。
それこそ、ギャオスが動き出すギリギリまで……」
「いや、だからそれがどうして……」
「ガメラのチャージ、ギャオスが動いたちょうどそのタイミングで完了したとでも思ってる?」
「…………あ」
ジュンイチの指摘に、ブイリュウはようやく自分達の思い違いの正体に気づいた。
「ゴジラはすでにチャージを終えていた……その事実に引っ張られて、ガメラもそうだろうって勝手に思い込んじまってたんだよ、オレ達は」
「じゃあ、ガメラは……」
「あぁ。
今のガメラのエネルギーは、“成長途上のギャオスを狩る”分には十分でも、“その上ゴジラまで一緒に相手取る”には足りてなかった。
ギャオス討伐を優先して、補給不足のまま出てきやがったんだよ、あのバカは! 兵站ないがしろにしやがって!」
ブイリュウに答えて、ジュンイチは動いた。彼の宿るゴッドブレイカーが一気に加速、戦場への突入コースを取る。
「ジュンイチ!?」
「こんなワンサイドゲームじゃ、もう漁夫るどころじゃねぇだろ!
多少強引でも、この場で確実にギャオスを叩きつぶす!」
答えると同時に炎を放つ。真っ赤な炎が一帯で荒れ狂い、その中から上空へ離脱を図るのは――
「速攻逃げ出すと思ってたぜ紙装甲!」
ギャオスだ――炎の熱に真っ先に音を上げると踏んだ読みは大正解。飛び去ろうとしたその背にジュンイチが迫り、
「とりあえず、墜ちとけ!」
身をひるがえし、ギャオスを思い切り蹴り落とす!
地響きを立ててギャオスが大地に落下、その衝撃でこちらに気づいたゴジラとガメラが一斉に振り向いてくるが、かまうことなくジュンイチは両者の間、ギャオスと対峙し、ゴジラとガメラに背を向ける形で大地に降り立つ。
「まだ後ろの二体が残ってるんでな!
悪いけど――このまま瞬殺させてもらうぜ!」
告げながら、右腰のツールボックスから射出された剣の柄を手にすると、そこに刃が構築、専用剣“ゴッドセイバー”となる。
「爆天剣!」
ジュンイチの叫びに呼応し、ゴッドセイバーがさらに変化、光の粒子となって霧散・再び収束して生身のジュンイチが振るうものと同じ、爆天剣へとその姿を変える。
「ブラスト、ホールド!」
続けて、ジュンイチの言葉に胸の龍が炎を吐き出し、その炎が爆天剣に宿り、さらに余ったエネルギーがギャオスを押さえつける。
そして――
「いっけぇっ!」
背中のバーニアをふかし、ジュンイチが一直線にギャオスへと突っ込み――
「――っ!?」
気づいた。
ブラストホールドで動きを封じられながらも、ギャオスがこちらに向けて口を開けていることに。
その口腔内に光が生まれるのが見えて――
(光線――!?
だったらゴッドプロテクトで――って、必殺技中!)
「こなくそっ!」
防御に力を割ける状況ではない。とっさに身をひねって、ギャオスの口から放たれた閃光をかわす。
無理な回避が祟って墜落、地面を転がるゴッドブレイカーをよそに、放たれた閃光は大地をスッパリと斬り裂いて――
その先にいたゴジラの身体を斬り上げた。
閃光はゴジラの身体を、右足から左肩へと駆け抜ける――驚異的な切れ味を持つ光刃は、ジュンイチ達の攻撃をものともしなかったゴジラの肉体に深々と傷を刻む。
もちろん、ゴジラも黙ってはいない。流れ弾とはいえ攻撃を受け、矛先がガメラからギャオスへとシフトする。
「ガァアァァオォォォォォッ!」
咆哮し、ゴジラがギャオスに向けて熱線――が、ギャオスは上空へ飛び立つことでそれをかわすと逆にゴジラへと光刃を吐き放って反撃に出る。
狙いは外れ、光刃がゴジラのすぐ脇の地面を斬り裂く――ゴジラの重量によって断面を中心に地面が砕け、ゴジラは足をとられてよろめいてしまう。
その隙に、ギャオスはその場から離脱しようと反転して――
「ハイ残念っ!」
そこにはジュンイチが回り込んできていた。両手を思いきり、大上段から振り下ろし、ギャオスを大地に叩き落とす。
轟音と共に大地に叩きつけられるギャオスを追って降下、着地と同時に地を蹴り距離を詰め、
「改めてのぉっ!」
「カラミティ、プロミネンス!」
叩き斬った。
先ほどギャオスの反撃で打ち込み損ねた必殺技、カラミティプロミネンス――まだ刃に宿したエネルギーが生きていたそれで、ギャオスの首を一刀のもとに刎ね飛ばしたのだ。
「Finish completed……と、言いたいところだけどな」
これでギャオスも倒せたし、一件落着――という訳にはいかない。斬撃に伴い流し込まれたエネルギーによって首と胴が分かたれたギャオスが爆散する中、ジュンイチはゴジラへと向き直った。
そのゴジラは、ジュンイチを、ゴッドブレイカーをしばしにらみつけていたが、
「……ガァアァァオォォォォォッ!」
「怒るよねそりゃ獲物取られたんだしっ!」
明らかに敵意むき出しの咆哮を上げたゴジラに対し、ジュンイチも臨戦態勢に入り――
「ギィァアァォオォォォォォッ!」
新たな咆哮が割って入ってきた。
何者か、など考えるまでもない。ガメラだ――非回転のジェット飛行でゴジラへと突撃。甲羅の側面に引っ掛ける形でゴジラを転倒させる。
そのままガメラは南方へと飛び去っていく。そしてゴジラも、起き上がると怒りの咆哮。ガメラの後を追ってジュンイチへと背を向ける。
「ジュンイチ! 追いかけないと!」
ひとまずこの場の戦いは決着と見ていいだろう――だが、それは引き上げるゴジラが再び沿岸の市街地を通過することになる。止めなければと声を上げるブイリュウだったが、
(………………)
ジュンイチは応えない。ゴッドブレイカーの拳を握り、開き、感触を確かめている。
(稼働に違和感はなし……
さっきのあの異常は何だったんだ……?)
「ジュンイチ!」
「ガメラに任せよう」
動かないジュンイチに焦れてきたブイリュウに対し、ジュンイチはあっさりと答えた。
「ガメラのヤツ、思ってた以上に頭回るみたいだ。
追ってくるゴジラが、上陸した時に通った道をそのまま逆進するように誘導してる――あれなら、帰り道での被害拡大は最小限に抑えられるはずだ」
考え事にふけりながらも、レーダーでガメラとゴジラの進行ルートを把握していたから。
「それよりも、今優先すべきはギャオスだ」
「え?
ギャオスなら、今オイラ達が……」
「姫神島からこっちに渡った個体の総数はわかってないんだ。オレ達が倒したのが最後だとは言い切れねぇ。
ゴジラについてはガメラが引き受けてくれたと思って後回しだ。一帯ガッツリとローラーかけるぞ」
「う、うん……」
ジュンイチの言葉にブイリュウがうなずき、ジュンイチはゴッドブレイカーを反転、ギャオスがここまで逃げてきた進路を逆進していく形で捜索に取りかかる。
だが――
(にしても、さっきの……)
ジュンイチはひとつ、先の戦いで見過ごせない点に気づいていた。
(ガメラのあの乱入……まるで、ゴジラの狙いをオレから自分に移す、ヘイトコントロールが狙いみたいなタイミングだった……)
今まさに実感したガメラの知能の高さと、そんなガメラがまるで狙いすましたかのようなタイミングで乱入してきた事実。
そこから導き出される仮説。それは――
「『オレじゃ勝てない』――そう判断したってことかよ……っ!」
◇
「超音波メス?」
「はい。
昨日のギャオスの放った切断性の光線……その正体がそうではないかと」
明けて翌日。
ブレイカーベースでは、昨日の事件での戦闘データから三怪獣について分析中。聞き返す崇徳に鈴香が答える。
「超音波メスってアレでしょ?
超高周波を目標にピンポイントで当てて切断する――って。
確か医療用に開発が進んでるとか」
「なるほど。
それで鈴香お姉ちゃんは知ってたんだね。さすがヒーラー」
自分の知識の中から情報を引っ張り出すライカの話にファイが納得するが、
「音なんかで、物が斬れたりするの?」
「音だけでは不可能ですね」
首をかしげるライムに、鈴香は首を左右に振った。
「『超音波メス』という名前ですけど、厳密には超音波そのもので切っている訳ではありません。
切断したいところに砂のような微細な粒を塗布して、それを超音波で振動させることで対象をかき分け、斬り進んでいく仕組みなんです」
「じゃあ、ギャオスのアレはどういう仕組みなんだよ?
そんな粒なんて塗りつけてないだろ?」
「その答えは、ギャオスの超音波メスが光線状に放たれていた点にあります」
聞き返すライカのパートナープラネル、鳳龍の問いへの答えはすでに出ていた。動じることなく鈴香が答える。
「あの光は精霊力です。
私達の力場と同じ原理で筒状のフィールドを射線上に展開、その中に超音波を、精霊力のビームと一緒に放つ……これなら、精霊力のエネルギー粒子を超音波で振動させることで、目標に何も塗布することなく超音波メスの原理を実現させることができますし、超音波をピンポイントに収束させられていた点にも説明がつきます」
「つまり……精霊力で作った高周波ブレード?」
「その解釈で問題はありません」
ブイリュウに答え、鈴香はメインモニターに映るギャオスの映像へと視線を向けた。
「短時間でここまで成長してみせた上に、超音波メスのような能力まで得るなんて……
ドームで倒した個体とは、大きさも戦闘能力も比較にならない……」
「仮にまだ生き残りがいたとしても、もう捕獲なんてムリだよ、こんなの」
「政府によるギャオス対策……捕獲ありきの方針はまだ生きてるんですよね?」
「残念ながら……な」
鈴香の言葉に軽く両手を挙げた「お手上げ」のジェスチャーと共に意見するファイにうなずき、ジーナが尋ねる――その問いに、啓二はため息まじりに首を振った。
「ゴジラとガメラについては、対策本部ではどう捉えているんですか?」
「ガメラについては、碑文のこともあって慎重に検討されてる」
ジーナの問いに対する啓二の答えは十分に予想されたものだった。碑文や古文書のような古代レベルの古い記録は怪異の正体や対処法を探る重要な手がかりだ。超常の存在を相手取る瘴魔対策本部が重要視するのは当然というものだ。
問題は――
「ただ、ゴジラの方がな……」
「……自衛隊?」
「あぁ」
「……? どゆコト?」
察したライカに啓二がうなずく――対し、今ひとつピンときていないのはライムだ。
「薄々予感はあったのよね……
自衛隊は、ゴジラの方は討つ気満々だろう、って」
「なるほど……
かつての出現時、自衛隊……当時は保安隊でしたか。彼らはゴジラに対してまるで歯が立たなかったから……」
「今度こそ自衛隊が自分達の手で……ってこと?」
ライカと、気づいた鈴香の話にブイリュウが尋ねた、ちょうどそのタイミングでコマンドルームの扉が開いた。
入ってきたのはジュンイチだが、その表情は不機嫌そうにしかめられていて――
「ジュンイチさん……?」
「ギャオスの遺伝子解析、うまくいかなかったんですか?」
「んにゃ。終わったよ」
その不機嫌の理由が、ジュンイチが席を外していた理由――姫神島での調査、及び先日の戦いで入手したギャオスの肉片を使っての遺伝子解析にあると踏んだ鈴香とガルダーだったが、二人の問いにジュンイチはあっさりと否の答えを返す。
それなら、いったい何がジュンイチを不機嫌にさせているのか――
(あ)
と、そこでジーナは気づいた。
遺伝子解析はうまくいった。その上でジュンイチの機嫌を損ねる何かがあったとすれば――
「ジュンイチさん、まさか……」
「あぁ」
ジーナにうなずき返すと、ジュンイチはコンソールを操作し、読み出した顕微鏡写真をメインモニターに表示した。
映し出されたのは二本の棒状の細胞が組み合わさったかのような何か。数は一。その正体は――
「ギャオスの染色体だよ」
「一対だけ……!?」
「まさかー。
一部だけを映したとかそーゆーのでしょ」
「そのまさか」
驚く鈴香のとなりで何かの間違いだろうと否定するライカだったが、ジュンイチにあっさりと否定し返された。
「一組だけなのが何か変なの?」
「少なすぎるんですよ」
一方、事の重大さを理解できていないライムには鈴香が答えた。
「人間で23対。ゴリラやチンパンジーが24対、馬が32対……
今までに確認されている一番少ないインドホエジカでも三対……
一対だけというのはそれをさらに下回る……ハッキリ言ってしまえば異常です」
「それだけじゃねぇ」
鈴香の説明に、ジュンイチが渋い顔で付け加える。
「言うまでもないことだけど、遺伝子情報っていうのは代々受け継ぐ身体の設計図――その性質上、種全体、ン千年単位の長期スパンで見れば、それは進化の系譜として見ることができる。
そして、だからこそ、そこには必ず無駄がある。進化の中で不要になった部分の残滓が残るからだ。
でも――この染色体の中に刻まれたギャオスの遺伝子にはその無駄がない。
あの身体、能力、生態……ヤツを形作るのに必要な情報だけが詰め込まれた、完全無欠の一対なんだ」
「……つまり?」
「ギャオスは一切進化していない。
最初から“ギャオス”として完成してた……そうでもないと説明がつかないんだよ」
「アンタが渋い顔してた理由がよくわかったわ。
明らかな人工生物、それも兵器寄りの……そーゆーの、アンタが一番嫌うところだものね」
ソニックに答えるジュンイチの言葉にライカが納得する――生体兵器開発の人体実験によって遺伝子強化人間となったジュンイチにとって、その生体兵器開発は絶対の禁忌。ギャオスの存在はその“禁忌”に直球で該当するのだ。
「でも、そんなに気にすることもないんじゃないですか?
日本アルプス一帯の捜索で新たなギャオスは確認されなかったんですし……」
「だと、いいんだがな……」
気を取り直して告げるガルダーだったが、それでもジュンイチの表情は晴れない。
「まだ、『日本アルプスにはもういない』ってことがわかっただけだ。
一頭でも残ってたらえらいことになるぞ」
「いや、一頭くらいならみんなで袋叩きにすればいいだけでしょ。
一頭だけなら繁殖で増えられる心配もないんだし」
ジュンイチの言葉に鳳龍が返すが、
「そうでもねぇから厄介なんだよ」
そんな鳳龍の言葉にも、ジュンイチは否を返した。
「ギャオスの性染色体には、XYの型もあったんだ。
XXとXY、両方が、同一のサンプルの中に……だ」
「え、えっくす……?」
「XXがメス、XYがオスの性染色体ですね」
首をかしげるファイには鈴香がフォローしてくれた。
「どういうこと?
解剖結果はメスだけだったんだよな? 昨日倒したヤツが、数少ないオスだった……?」
「いや、『同一サンプルの中に両方あった』って言ってたでしょーが。
つまり一頭の中にオスとメス、両方の性染色体が……あった、って……ことで……」
啓二のパートナープラネル、ファントムの疑問に返すライカだったが、その言葉は尻切れトンボにかすれていく。
とある可能性に思い至ったからだ。それは――
「……雌雄同体……」
『――――っ』
ポツリ、とその“可能性”をつぶやいたヴァイトの言葉に、一同の間に戦慄が走った。
「まさか……ギャオスは必要に応じて、オスとメスを切り替えられるってことですか?」
「それどころじゃない。
要はオスとメス、両方の生殖器を持ってるってことだからな――下手をすれば、単為生殖で一頭だけでも繁殖できる可能性すらある……」
ジーナと啓二の言葉に、一同の間でイヤな予感がどんどんふくれ上がっていく。
「あの成長速度にこの繁殖力……これ、そうとうヤバくない?」
「間違いなく不味いです。
繁殖が始まったら手がつけられなくなる……!」
「人間を餌にして爆発的に増え続ける……
昨日の個体レベルのギャオスに大量発生なんかされたら、オレ達だけじゃ間違いなく対応しきれなくなる……」
「『禍の影ギャオス』……まさに碑文の通りってワケか……」
明らかになった情報は最悪の未来を想起させた。ライカや鈴香、崇徳のやり取りに鷲悟がつぶやく。
「昨日のギャオスが、最後の一頭であることを祈りたいものですね……」
希望を込めてつぶやくジーナだったが、それが甘い期待でしかないことはその場の全員が理解していた。
◇
ギャオスの脅威は未だ去っていないと考えた方がいい――そんなジュンイチ達の懸念は正しかった。
懸念通り、先日の戦いの難を逃れた、日本アルプスに現れるよりも前に群れから離脱して、単独行動を選んだ個体がいたのである。
その個体の姿は今、四国の山中、すでに壊滅した村の中にあった。
建物はそのほとんどが倒壊――否、粉砕され、車や電車の類はことごとくが吹き飛ばされ、あるいは斬り裂かれて原形を留めぬまでに破壊されている。
そんな村の一角で、ギャオスは屋根を失い、壁だけになった家屋の中に頭を突っ込んでいる。
建物の中から聞こえてくるグチャグチャという咀嚼音、おそらくギャオスは――と、そんなギャオスの身体に異変が起きた。
突如身体が膨張を始めたのだ。皮が裂け、脱皮しながらより巨大な身体に急成長していく。
もはやその体躯はブレイカーロボ以上。ガメラやゴジラに匹敵、翼長に至ってはさらに――今までの個体の中でも最大級の大きさへと成長を遂げ、ギャオスは食事の手を止めて顔を上げ、
「ギャオォォォォォッ!」
夜空に向けて、咆哮した。
◇
「まさか、ギャオスが人造生命体とはねぇ……」
ギャオスについて衝撃の事実が判明して数日。
ジュンイチ達はギャオスの捜索を再開し、ローテーションで休息を取りながら各地でその痕跡を探し回っていた。
そして現在待機中なのはこの二組――眠る鳳龍の頭を撫でてやりながら、ライカはブイリュウと共に食事をがっついていたジュンイチに声をかけた。
「アンタは気づかなかったの?」
「違和感覚えるほど顔合わせてねぇだろうが」
こちらの皿に箸を伸ばしてきたブイリュウの顔面に拳を叩き込み、逆にブイリュウのおかずを奪い取りながらジュンイチが答える。
「予感を覚えたのなんて、こないだの富士での戦いでようやくさ。
あの成長速度と、超音波メスでな」
「つくづく、情報がないのが痛いわねー。
政府筋が『とにかく捕獲して調べろ!』って言ってる気持ちがわかるわ」
深くため息をもらし、ライカは肩をすくめてみせる。
「まったく、アイツを作り出した文明は何考えてあんなの作り出したんだか……」
「だよなぁ。
人間食って増殖して……生物兵器にしても作戦後の後始末をどーすんだ、って話だし。
用途がまるで見えないよなぁ」
ライカに返し、天井を仰ぐジュンイチだったが、
「それでも……わかってきたことはある」
「わかってきたこと?」
「ガメラだよ」
先ほど殴られた鼻をさすりながら聞き返してくるブイリュウに答える。
「ギャオスが人造生命体だとしたら、『じゃあ、そのギャオス“だけ”を一心不乱に追いかけ回してるガメラはいったい何なんだ?』って話になるだろ。
ゴジラを見てみろよ。闘争本能を刺激するヤツなら誰彼かまわず、だぞ――アレもアレで野生動物として十分ありえない過剰さではあるけれど、それでも動物的反応としてはよっぽどまともだわ」
「言われてみれば……そうよね」
ジュンイチの話に納得して――ライカは話の続きを促した。
「で……アンタの考えは?」
「今お前の頭をよぎった仮説と、たぶん同じだと思うぜ」
あっさりとジュンイチは答えた。
「ガメラがギャオス打倒に執着するのは、おそらく……」
「ガメラが、ギャオスの暴走を制するためのセーフティプログラムだからだ」
◇
それからさらに数日が過ぎたが、ジュンイチ達は未だギャオスの存在をつかむことができずにいた。
人知れず四国で村を壊滅させたギャオスもその後行動を起こすことなく潜伏を続けて――
唐突に、その沈黙を破った。
「ギャオスが出たのか!?」
「どこに!?」
「そ、それが……」
仮眠に入ろうとしていたところに急報を受け、啓二とファントムがバタバタとコマンドルームに駆け込んでくる――二人の問いに、ジーナがメインモニターに映像を呼び出して――
「東京です」
『なんでぇ!?』
首都上空を我が物顔で飛び回るギャオスの姿が映し出された。
「ちょっと待て!
オレらの捜索も、対策本部の警戒網もすり抜けて東京まで飛んできやがったってのか!?」
「信じがたいですけど……でも、実際こうして東京に現れている以上、それをやってのけたとしか……」
驚く啓二にジーナが答えると、
「……ねぇ」
映像を見ていたライムが気づき、声を上げた。
「ギャオス……何か持ってない?」
『え……?』
言われて映像を確認すると、確かにギャオスは両足で何かをつかんでいる。
細長い、角柱状の金属塊。周囲の建物との対比からギャオスの体躯が今までの比じゃないほど巨大なことがわかるので、その塊もそうとうな大きさであると思われ――
「これ……電車の車両じゃないですか!?」
「マジか!?」
驚く啓二にかまわず、ジーナが映像解析をかける――正解。ギャオスが持っているのは、間違いなく電車の車両だ。しかも、中にまだ人が残っていることまで確認できてしまった。
「大変だ……助けないと!」
ジーナの気づきに啓二とファントムが声を上げると、
〈こちら鷲悟!〉
捜索に出ていた鷲悟から通信が入った。
◇
「ギャオスが現れたのか!?」
「東京だと!?」
「自衛隊は何をやっていたのだ!?」
ギャオスの首都上空飛来の報せに、怪獣対策本部は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。怒号が飛び交う中、龍牙は状況の分析に務めていた。
(レーダーをかいくぐられたのは、おそらく低空飛行によるものだろう。
だが、それなら羽ばたく音などはどうした? 音を聞いて、通報する市民がいてもおかしくないはずだが……
単純に、羽ばたいてその勢いで物理的に飛んでいる訳ではない……? 超音波メスが精霊力の運用を併用している以上、何かしらの異能で飛行している可能性は確かにある……)
「自衛隊機は出ているのか!?」
「ギャオスを首都上空から追い払え!」
「待ってください!
首都上空で攻撃することはできません――流れ弾のリスクもありますし、何より、ギャオスを撃墜するにせよ、こちらが反撃を受けて撃墜されるにせよ、墜落すれば地上の市民への被害は避けられません」
自分達の頭上にギャオスがいると知って半ばパニック状態の政府役人達を和馬がなだめていると、
「レーダーに感!」
レーダー手から報告の声が上がった。次いで分析官からも――
「データ照合!
これは――」
「ブレイカーです!」
◇
「ちょうど近くにいた! 対応する!」
夜空を飛行するルシファーワイバーンのコックピットで、鷲悟はブレイカーベースにいるジーナ達に告げる。
すでに機体は東京上空に入っていて――
「見つけた!」
ギャオスの姿を目視で捉えた。
「エヴォリューション、ブレイク!
ルシファーブレイカー!」
鷲悟が咆哮し、ルシファーワイバーンがそれに応えて変形を開始する。
両足が根元から、二本の尻尾が中ほどから分離すると、尻尾の残った部分が起き上がるように後方へと展開された。そのまま180度展開され、人型の両足となる。
ビーストモードの両足は首の付け根、ボディの両サイドに合体。つま先が後方にたたまれて拳が姿を現し、付け根のカバーが起き上がって肩アーマーとなって両腕の変形が完了する。
双つの首の間に内部から人型の頭部が飛び出すような勢いでせり出してきてアンテナホーンが展開、人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
「ルシファー、ユナイト!」
変形した機体のコックピットで鷲悟が叫ぶと、その身体が漆黒に染まる――精霊力のエネルギー粒子の集合体へと変換されたその身体が量子レベルで機体と一体化する。
内部からせり出し、輝くのは精霊力の増幅、制御サーキット“Bブレイン”。変形のために停止させていた各部の制御システムが再起動し、カメラアイに輝きが生まれる。
「魔竜、合身!
ルシファー、ブレイカー!」
「ギャオォォォォォッ!」
合身し、立ちふさがるルシファーブレイカーを発見し、脅威と感じたのかギャオスは一鳴きしながら旋回。車輛を掴んだまま向かってくる。
その口腔内に光が生まれ――
「やっべ!」
その正体に気づき、とっさに上昇した鷲悟が身をよじり――直後、ギャオスの放った超音波メスが夜空を貫いた。ギャオスの上方に回り込んで射線を上に向けなければ、光刃の流れ弾が街を斬り裂いていたことだろう。
「お返しっ!」
言い放ち、かまえるのはルシファーワイバーンの二本一対の尾が変形した二丁の大型ライフル、ルシファーライフル――だが、
「――くそっ」
自分はギャオスの上方にいる――すなわちギャオスを狙った射線の延長線上は地上、街がある。これでは流れ弾を警戒してギャオスを攻撃できない。
それに、ギャオスは電車の車輛を掴んだままだ。無事直撃させられたとしても、自分の火力ではギャオスもろとも車輛まで爆発に巻き込んでしまうことになる。
「あー、もうっ!
一気に叩き墜とせれば楽なもんを!」
こうなったら接近戦しかない――ルシファーライフルを打撃用のロッドモードへと切り替え、ギャオスに向けて襲いかかる。
対するギャオスも負けてはいない。鷲悟の打撃をヒラリとかわし、逆に超音波メスでルシファーブレイカーを狙う。
こうなると機動性で劣る鷲悟は防戦一方だ。ギャオスを見失わず、超音波メスを回避し続けるのが精一杯で――
「鷲悟!」
そこへ飛来したのは崇徳のシャドーブレイカーだった。
「シャドーサーヴァント!」
背中のシャドーサーヴァントを射出、ギャオスへと差し向ける――それをかわして上昇するギャオスだったが、
「逃がすか!」
鷲悟が回り込んでいた。ルシファーライフルで殴りかかり、ギャオスを下方へ追い返す。
さらにそこへギャオスを追ってきた崇徳やシャドーサーヴァントも加わり、三方からギャオスを攻め立てる。
シャドーサーヴァントからのビームをかわしたところへ鷲悟の打撃――回避するギャオスだったが、そこへ崇徳が大鎌・シャドーサイズで斬りかかる。
その一撃がついにギャオスの翼をかすめた。その拍子にバランスを崩し、つかんでいた車輛を放り出してしまう。
「しまった!」
このままでは車輛は地面に叩きつけられてしまう。崇徳が声を上げる中、車輛が落下していき――
「なぁにやってんのよアンタらぁぁぁぁぁっ!」
落下先に回り込み、車輛をキャッチしたのはライカの合身したカイザーブレイカーであった。
「救出対象危険にさらしてんじゃないわよ、この馬鹿どもっ!」
「結果オーライっ!」
車輛の中の乗客達はライカの固有異能のひとつ“慣性遮断”によって落下の勢いから守られた――ライカの抗議に「却ってよかった」と返し、鷲悟は改めてギャオスへと襲いかかる。
崇徳もそこに加わり、ルシファーブレイカーとシャドーブレイカー、二体のブレイカーロボによる波状攻撃でギャオスを攻め立てる。
機動性に劣ると言っても二体がかりだ。ギャオスは逃走も許されず次第に追い詰められていく。
「もらいっ!」
そして、ついに絶好の機会到来。シャドーサーヴァント二基による挟撃をかわして降下しようとするギャオスのさらに下方、その行く手に回り込み、鷲悟がライフルモードのルシファーライフルの銃口を向けて――
「くたばr
〈はーい、ストーップ〉
「――っとぉっ!?」
制止の声が割って入った。とっさに銃口をそらし、放たれた重力波ビームが夜空を薙いだ。
「って!
いきなり何だよ、ジュンイチ!」
〈ギャオス墜とすのちょい待ち〉
声の主は双子の弟――抗議の声を上げた鷲悟に、ジュンイチは動じることなく答える。
「何よ!?
ギャオスを野放しにしろっての!?」
〈そうは言ってないさ〉
ライカの反論に対しても、やはりあっさりと答えが返ってくる――が、
〈……あぁ、見ようによっては言ってるようなもんか〉
「どっちなのよ!?」
一転、いきなり曖昧になってきた。
〈ま、詳しくは後で説明するからさ。
とりあえず、ギャオスが人を襲うのだけ阻止してくんない?〉
「『だけ』?」
「どういうことだよ?」
〈『後で説明する』っつってんだろ〉
聞き返す崇徳と鷲悟にジュンイチがツッコんで、
「ちょっと、そこの二人!」
そこへライカからの叱責が飛んできた。
「ギャオスこっちに来てんのよ! 援護しろーっ!
このままじゃ電車下ろせないじゃない!」
「わっ、悪い!」
「あんにゃろ、まだあきらめてねぇのかよ! 熊か!」
ライカに言われて、崇徳と鷲悟はあわててギャオス追撃に戻り――ルシファーライフルの二丁同時射撃が、夜空の追いかけっこの開幕を告げた。
◇
「捕獲中止……ですか」
「そうだ」
「閣議決定で、ギャオス対策要綱から捕獲、調査の項目が削除されました。
首都上空への飛来を許した、ギャオスがこちらの警戒網をかいくぐる能力を持っているとわかった以上、もはや悠長に情報収集を行っている猶予はないと判断されたためです」
明けて翌朝――対策本部にて、自衛隊側の代表は聞き返す龍牙にうなずき返した。次いで、政府側代表が前に出て詳細を語る。
「ついては……」
「ギャオスは夜行性ですので、攻撃するなら日中、それも不意を突く形であれば……」
ギャオス攻略の助言がほしい――そんな自衛隊代表の意図を察して龍牙が答える。
「効果はありますか?」
「『一番見込みがある方法』程度のものです。
断言はできません」
しかし、刺すべき釘は刺しておく。
「気にかかるのは日本アルプスに出現した個体です。
夕方とはいえ、今までよりも早い時間からヤツは行動を起こしていました。
これが個体差であればいいのですが、最悪の場合、ギャオスという種全体が成長に伴って夜行性から昼行性に移行していく生物という可能性も……」
「そんな……!」
「では攻撃しても通用しないかもしれないということか……!?」
「生態のわからない生き物を相手にするとはそういうことです」
動揺が広がりかけたその場の空気に、龍牙はぴしゃりと言い放つ。
「『舐めるな』――それが、今できる中で最も重要な助言です。
怪獣、怪異、禍物……超常の存在とは“常”識を“超”えた存在だからこそそう呼ばれるのです。
我々の既成概念は、通用しません」
◇
「……と、いうことだ」
「ようやくかよ……」
顔を出してきた当事者から対策本部での顛末を聞かされ、ジュンイチは呆れてため息をもらした。
「のん気にかまえてやがったのが、自分達の頭の上にギャオスが飛んできたとたんにテノヒラクルーかよ」
「日和見主義者は、いつだって自分の頭に火の粉が降りかからなければ事の重大さに気づけないものなんだよ」
同じく呆れる鷲悟に答え、龍牙はコマンドルームを見回し、
「で……機密に当たるところを伝えておこうと思ったんだが……なんというか、ひどいな……」
ほぼ徹夜となった昨夜のギャオス追跡戦の果て、ほぼ全員がダウン寸前となっている様子に苦笑した。
総出でギャオスを追い回し、人を襲おうとすれば妨害し……陽が昇り、ギャオスが公園に舞い降りて眠り始めるまでずっと動きっぱなしだったのだから無理もないのだが――
「まったく、情けないなー」
「たかだか一晩徹夜でフル稼働したくらいで」
「一緒にするんじゃないわよこの人外兄弟!」
あっさりと言ってのけるジュンイチと鷲悟に、ガバッ! と身を起こしたライカが力いっぱいツッコんだ。
「ある程度寝なくてもいいアンタらと違って、あたし達はきっちり寝ないとやってけないのよ!
それを一晩中こき使っておいて、他に何か言うことないワケ!?」
「……すまん」
「あ゛?」
「……ごめんなさい」
「よろしい」
ライカに詰め寄られ、白旗を掲げたジュンイチの謝罪に、ライカは満足げに矛を収める――そんなやり取りが聞こえたのか、他の面々も次々に起き出してくる。
「ふわぁ〜あ……
龍牙おじちゃん、おはよ〜」
「あぁ、おはよう。
昨日は大変だったようだな」
眠そうに目をこするファイに答え、彼女の頭をなでてやりながら龍牙が苦笑する。
「ったく……ジュンイチが余計なこと言い出すから、無駄に一晩中飛び回る羽目になったぜ。
アレがなきゃ、とっととオレが撃墜して終わらせてたっての」
「いやー、アンタのシャドーブレイカーの機動性じゃ難しかったでしょ」
口を尖らせて文句をこぼすが、ライカからツッコまれる――そんな崇徳からにらみ返されるが、ライカは気にすることなくジュンイチへと向き直り、
「それで?
『後で説明する』って宣言したんですもの――当然、説明してもらえるのよね? あそこでギャオスの撃墜を止めた理由」
「そうだよ。
ギャオスが増えちゃったら困るから、その前にやっつけちゃわなきゃ、って話だったでしょ?」
ライカの問いに、ファイもようやく頭が回ってきたのか話に加わってくる。
「昨夜は犠牲者を抑えることができましたけど、ギャオスが生きている限り問題は解決しません」
「このまま産卵まで許してしまったら……」
さらに鈴香やジーナも苦言を呈して――
「まさにそれを『許せ』って言ってるんだけど?」
『…………は?』
あっさりと返したジュンイチの言葉に、一同の目が点になった。
(初版:2024/07/15)