「え!? えぇっ!? えぇぇぇぇぇっ!?」
 シンク・イズミは困惑していた――そして絶叫していた。
 自分は確か、春休みの帰省のため、学校を早引けして帰ろうとしていた、ただそれだけだったはずだ。
 もっとも、階段を下りるのが面倒で、趣味のアスレチックで鍛えた身のこなしをもって二階から、生徒昇降口の屋根からショートカットしようとしてはいたが。
 だが、そんな彼の行く手――正確には地面に跳び下りた彼の予想着地点に現れたのは一匹の犬。
 犬は自らがくわえていた短剣をその場の地面に突き立てて――光があふれ、穴が開いた。
 すなわち、シンクの着地地点に。
 あわてるシンクだが、すでに跳んだ後では今さら着地点をずらすこともできない。結果、成す術なく穴の中へと飛び込むことになり――気がついたら、なぜか空中に投げ出されていた。そこで冒頭の悲鳴、というワケだ。
 いくらアスレチックを趣味としていても、超高高度から生身で落下しようものなら身体の方がもたない。待っているのは間違いない“死”だ。
 とはいえ、飛べないシンクにはどうすることもできない。ただ落下に身を任せる以外になく、できることといったら悲鳴を上げることだけ。
「ぅわぁぁぁぁぁっ!?」
 そのまま、シンクは地面に激突。つぶれたトマトの出来上がり――となるはずであった。
 だが、結果としてシンクは生きていた。
 確かに地面に突っ込んだはず――だが、何かが衝撃を吸収してくれたのか、ただ身体を打ちつけて痛い、という程度のダメージで済んでいた。
「いてて……ん?」
 そして、その程度で済んだから、だろうか――すぐに、自分を見ている視線に気がついた。
 顔を上げると、正面にその視線の主がいた。桃色がかったブロンドがきれいな、マントを羽織ったひとりの女の子である。
 ただ――
(耳……? “尻尾”……?)
 その二点が気になった。
 何しろ、少女の頭にはネコ耳……もとい、犬耳がついてるし、背中からは尻尾がのぞいている。しかも、そのどちらもがまるで彼女の感情に反応しているかのようにピクピクと動いているのだ。
 そして――そんな少女が口を開いた。
「初めまして。
 召喚に応えてくださった、勇者様でいらっしゃいますね?」
「へ…………?」
 召喚? 勇者?
 少女の口から飛び出した単語に、シンクの目が思わずテンになる――が、少女はそのことに気づいていないのか、特に気にすることもなく自らの名を名乗った。
「私、勇者様を召喚させていただきました……ここ、ビスコッティ共和国・フィリアンノ領の領主を務めさせていただいております、ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティと申します」
「あ、はい……シンク・イズミといいます」
 そんな、少女、ミルヒオーレの丁寧な物腰に、思考が事態に追いついていないシンクは思わずあいさつを返す――対し、シンクから反応が返ってきたのが純粋にうれしいのか、ミルヒオーレは彼のあいさつに笑みを浮かべ、
「勇者シンク様ですよね。“存じ上げております”」
「え? 存じ……?」
 今の言葉の通りなら、彼女はあらかじめ自分のことを知っていた上で“召喚”とやらを行ったことになる――またもや頭を混乱させる情報の登場に、シンクはそろそろ考えるのを放棄しようとすら思い始めていて――
「――ワンッ!」
 そんなシンクの耳に聞こえてきたのは犬の鳴き声――思い出し、振り向くと、ちょうど見覚えのある犬が彼の脇を駆け抜けていくところだった。
 そう、見覚えがある――学校の校庭で、自分の足元に魔法陣を展開してくれたあの犬だ。
「タツマキ! 勇者様のお出迎え、大儀でした!」
 だが、事情を知っているミルヒオーレにとっては当然その犬も知った顔。足元に駆け寄ってきた犬、タツマキの頭をなでてやり、ほめてやる。
「あ、あの……」
 いい加減、事情を説明してほしいんだけど――そんな願いと共に声をかけるシンクに対し、ミルヒオーレはそんな彼の心情に気づいているのかいないのか、彼の前に進み出てくると改めて一礼して、
「勇者様におかれましては、召喚に応えていただき、このフロニャルドへお越しいただきまして、まことにありがとうございます。
 私どもの話をお聞きになって、その上でお力を貸していただくことは、可能でしょうか……?」
 ……訂正。どうやら自分が事態を飲み込めていないということは気づいてくれていたようだ。ようやく説明してもらえると安堵して、シンクはうなずき、告げた。
「とりあえず……話を聞かせてくれたら、うれしいです」
「はい。
 実は……」
 そう、ミルヒオーレが説明しようと口を開きかけた、その時だった。
「………………あれ?」
 シンクがふと気づいた。耳に届いたかすかな声に、頭上を見上げて――“それ”を見つけた。
「あー……姫様?」
「はい?」
「今言ってた“召喚”って……呼んだの、僕だけ?」
「え?
 はい、そうですけ……どぉっ!?」
 シンクの言いたいことを理解し、ミルヒオーレの回答が途中から素っ頓狂な声に変わる。
 なぜなら――

「でぇえぇぇぇぇぇっ!?」
「わぁぁぁぁぁっ!?」

 降ってきているのだ。
 シンクの時と同じように、何者かが、この召喚台に向けて。
 その“何者か”だけではない。小動物らしき生き物も一緒だ――が、確認できたのはそこまでだった。
「ちょっ、なんか勢いよすぎない!?」
「はわわわわっ!?」
 理由は簡単。相手の落下が思いのほか速く、衝突の危険が出てきたから――あわててシンクやミルヒオーレがその場を離れ、その直後、衝撃音と共に後続の被召喚者(?)は召喚台に降り立った。
 ……『墜落』と言った方がいいのかもしれないが、とにかく降り立ったと言ったら降り立ったのだ。
「……っ。つー……っ!?
 いきなり、何だったんだ……?」
 もうもうと立ち込める土煙の中、降り立った人物の声がして――
「……尻尾踏んでる」
「ぅわっ!? 悪い、大丈夫か!?」
 別の誰かとのそんなやり取りも聞こえてくる。
 やがて、煙が晴れてその人物の姿が明らかになってきた。
 シンクと比べ少し上くらいの年頃の少年だ。ジーパンにTシャツ、その上に迷彩柄のアウトドアジャケットを着込んでいる。
 髪は短く刈りそろえた黒髪。整った顔立ちは中性的で、長髪にして女物の洋服を身につけたりしようものなら、化粧なしでも女性と言われて疑う者はいないだろう。
 一方、一緒にいる生き物は、シンクにとっては初めて見る生き物だった――少なくとも“現実では”
 何しろ、その生き物自体は“フィクションの中でなら”見覚えのある生き物だったから――2〜3頭身にディフォルメされてはいるが、狼が翼を持つその姿は、まさしく時折ファンタジーの中で登場するグリフォンのそれであった。
 そういえば、本来の伝説上のグリフォンって頭ワシだったんじゃなかったっけ?……などとシンクがどこか場違いなことを考えていると、そんな生き物を連れた少年が彼やミルヒオーレに気づいた。とりわけミルヒオーレに注目して、
「耳……? 尻尾……?」
 あぁ、僕と同じリアクションだ――と、少年のつぶやきを聞いたシンクが苦笑する。
「えっと、キミらは、いったい……?」
 と、そんな少年からの問いかけ――気を取り直して、シンクは名乗った。
「えっと……僕は、シンク・イズミ……」
「み、ミルヒオーレ・F・ビスコッティと言います……」
「シンクに……ミルヒオーレか……」
 二人の名乗りに、少年はその名を復唱し、改めて名乗った。
「オレは橋本崇徳。こっち風に言うと、タカノリ・ハシモト……ってところかな?
 こっちは、相棒のヴァイト」
「……ヴァイト、です……」
 少年――崇徳が名乗るが、紹介されたグリフォンのような生き物、ヴァイトは二人から隠れるように崇徳の後ろに引っ込んでしまう。
「ごめんな。
 コイツ、けっこう人見知り激しいから」
「……タカノリが、積極的なだけ……」
 苦笑する崇徳だが、そんな彼の言葉に後ろ足で立つヴァイトはぷぅと頬をふくらませる――崇徳の後ろに隠れたままだが。
 と――
「ヴァイトさん……ですね?」
 そんなヴァイトの頭に、ぽむっ、と手が添えられた。
「もう一度、改めて……ミルヒオーレ・F・ビスコッティです」
 そう、ミルヒオーレだ――優しくヴァイトの頭をなでてやり、柔らかい微笑と共に改めてヴァイトに自己紹介する。
 しばし、そんなミルヒオーレを見上げていたヴァイトだったが、
「……『ヴァイト』でいい。『さん』はいらない」
 言って、ミルヒオーレになでられ続けたまま、崇徳の後ろから出てきた。
「へぇ……会ってすぐヴァイトが気を許すなんてな。
 ミルヒオーレちゃん……だっけ。大したもんだ」
「えへへ……子供達と仲良くなるのは得意なんです」
 引っ込み思案のヴァイトをあっという間に手なずけてしまうとは――感心する崇徳にミルヒオーレが笑顔で答え――そんな彼女にはシンクが尋ねた。
「えっと……姫様?
 そもそもどうして、僕らはここに呼ばれたんでしょうか……?」
「あぁ、すみません、勇者様。
 でも、もう少し待ってください」
 シンクにそう答えるとミルヒオーレは崇徳へと向き直り、
「あの、タカノリさん。
 少しお伺いしたいのですが……ここに来る前に、桃色に光る、丸い図形の中に飛び込んだりしませんでしたか?」
「丸い図形……?」
 問うミルヒオーレと応じる崇徳、二人のやり取りに、シンクは自分が飛び込んだ“丸い図形”のことを思い出し、なるほど、確かに桃色に輝いてたな、と納得する。
 だが――
「いや? そんなのは特に見なかったな……」
「そうなんですか?」
 返ってきた答えは芳しいものではなかった。聞き返すミルヒオーレに、崇徳はもう一度うなずく。
「どういうことでしょうか……
 タカノリさんは、召喚に応じてくださった勇者様じゃない……?」
「召喚……?
 ミルヒオーレちゃん……だっけ? キミ、召喚術師だったりするの?」
「いえ、そういうワケじゃないんですけど……」
 ミルヒオーレがそう答えかけた、その時だった。
 ボンボンボンッ、と、遠くで何かが弾ける音がした。見ると、眼下に広がる絶景の一角――何やら城のような建物が見えるが、その手前の辺りで多数の花火が打ち上がっている。
「いけない! もう始まってる!」
「『始まってる』……?」
 ミルヒオーレの言葉に聞き返すシンク――彼を、そして崇徳とヴァイトを順に見回し、ミルヒオーレは真剣な表情で告げた。
「今……我がビスコッティは、隣国といくさをしています」
「戦……?
 じゃあ、今のはまさか、開戦の狼煙……?」
「え? あ、はい……」
 『戦』との一言に、崇徳の思考が戦闘用のそれに切り替わる――尋ねる崇徳に、ミルヒオーレは彼の突然のテンションの変化に戸惑いながらもうなずいた。
「そっか、それで勇者……
 だとしたら、急がないとマズイんじゃないか?」
「は、はい。そうですね。
 勇者様、事情は道中でお話します。今は私についてきてください。
 タカノリさんとヴァイトも――お二人がどうして勇者様と一緒に召喚されてしまったのか、お二人の話も聞いた上で検証しなければならないと思いますから」
 崇徳の言葉に自分のすべきことを思い出し、ミルヒオーレはシンクを、そして崇徳とヴァイトを促して歩き出した。
 その先は地上へと続く階段――ただし、“宙に浮かぶ”足場が地上まで点々と続いているそれを『階段』の範疇に含めるのなら、だが――があり、ミルヒオーレは軽快な足取りで地上に向けて下っていく。
 戸惑いながらもその後に続き、地上に降りる途中、シンクは周囲を見回した。
 簡潔に説明するなら『自分の知る“世界”では絶対に見られない光景』。そうとしか言えない――今の今まで動揺しっぱなしで気づかなかったが、周囲にもいくつもの“島”が浮かんでおり、振り向けば自分達が降り立ったのもそんな“島”のひとつだったのだとわかる。
 それに、空も自分のよく知る青空ではなく少し紫にも思える色合いだ。夕焼けかと思えど太陽は高く、まだまだ夕暮れは遠そうだ。
 そんなシンクを殿しんがりに、一行は階段をくだり終える――と、そこには一羽の“鳥”がいた。
 自分達の身の丈よりも大きそうなその“鳥”の姿に、崇徳やシンクが真っ先に思い描いたのはダチョウだった。が、ダチョウに比べたら首が短く、サイズはともかく見た目的にはむしろ一般的な鳥類に近い。
「“セルクル”をご覧になるのは初めてですか?」
「セルクルって……この鳥?」
「えっと……僕らの地元にはいなくって……」
 そんな“鳥”に注目しているこちらに気づいたのだろう。尋ねるミルヒオーレには崇徳とシンクが答える。
「私のセルクル、ハーランです。
 勇者様、私の後ろに……あ、タカノリさん達はどうしましょう……?」
 自分のセルクル、ハーランを紹介、その背にまたがってミルヒオーレが告げる――どうやら崇徳達の感覚で言うところの馬のような役割の生き物らしいが、それでも主であるミルヒオーレやシンクはともかく、崇徳やヴァイトまでもが乗るには少しばかり体格が足りない。
「あぁ、オレ達のことなら気にしないで」
 どうしようかと困った顔をするミルヒオーレだったが、崇徳はそう答えるとヴァイトの身体を抱き上げて――
“引っ張ってもらう”から」
 それが確定事項であるかのように、キッパリと言い切った。



   ◇



「なるほど、『引っ張ってもらう』ね……」
「どこから出したんでしょうか、あの縄と車輪付きの板は……?」
 ともあれ“戦場”へと出発――自分達の背後の光景にシンクが納得して、ミルヒオーレが首をかしげる。
 二人が話題にしているのはもちろん崇徳の存在――彼はどこからともなくスケボーと縄を取り出し、その縄をハーランにくわえてもらい、スケボーに乗った状態で引っ張ってもらうことで、さながら水上スキーのような形で同行していた。ちなみにヴァイトは崇徳の背中にしっかりとしがみついており、となりにはタツマキが遅れることなく併走している。
 ともあれ、後ろは心配なさそうだ。気を取り直して、シンクはミルヒオーレに尋ねた。
「それで姫様、どうして僕は……?」
「あぁ、すみません。
 隣国ガレットと我が国ビスコッティはこれまでも度々戦を行っているのですが、ここのところはずっと敗戦が続いていて……いくつもの戦場いくさばと砦を突破され、今日の戦では私達のお城まで落とす勢いです。
 ガレット獅子団領国の領主、“百獣王の騎士”レオンミシェリ様と渡り合える騎士も今は我が国になく……ですから、勇者様に私達の力になっていただきたいのです」
「そうなんだ……
 でも、僕は勇者とか戦士とかじゃなくて、普通の中学生で……そんな僕が、姫様達の役に立つことなんか、できるのかな……?」
 まぁ、当然のリアクションだな――後ろでミルヒオーレの話を、そしてシンクの反応を聞いた崇徳は内心でそうつぶやいた。
 そう、当然の反応だ。自分達のように元から荒事に携わっていたならともかく、ただの学生にいきなり『戦え』と言っているワケだから。ファンタジー小説ではよくある展開だが、もちろん当事者にとってはたまったものではない。
「そんな、ご謙遜を。
 勇者様のお力は、よく存じ上げております」
 だが、対するミルヒオーレはそんなシンクの反応に心外とばかりにそう答える――先ほども違和感を感じたが、まるで自分のことをあらかじめ知っていたかのような彼女の物言いに、シンクは思わず首をかしげる。
 と、山沿いの道に入って視界が開けたところで、突然二人を乗せたハーランが足を止めた。しっかりと踏んばって制動をかけ、引っ張られていた崇徳はあわててハーランをかわして追い越し、その先でスケボーから降りて改めて合流してくる。
「どうしたんですか、姫様?」
「いえ、ここからなら“良く見えます”から」
 そうシンクに答えると、ミルヒオーレは眼下に広がる“戦場”を見渡した。
「勇者様……それにタカノリさんも。
 見てください。これが……私達の向かう“戦場いくさば”です」
 その言葉に、シンクと崇徳、そしてヴァイトは一面に広がる光景に視線を向けて――



『………………は?』



 三人が三人、思わず間の抜けた声を上げていた。
 というのも、眼下の“戦場”では――



   ◇



〈さぁ、本日も絶好調で、熱いいくさが繰り広げられております!
 実況は、ガレット獅子団領国よりわたくし、フランボワーズ・シャルレーが。
 解説にはバナード将軍と〉
〈どうも〉
〈レオンミシェリ姫のお側役、ビオレさんに来ていただいております!〉
〈こんにちは〉
 澄み渡る快晴のもと、響き渡るのは戦いに挑む戦士達の怒号――にも負けない“実況の声”
〈さぁ、いよいよガレット獅子団戦士達の進軍が始まっております!
 短時間で小砦を突破し、ガレットの勇士達が挑むのは、ビスコッティ共和国が誇る難攻不落の防壁――フィリアンヌ・レイクフィールド!〉
 そんな実況に紹介されたガレットの戦士達は、ビスコッティ側の懸命の防戦の中、丸太の橋を越え、雲梯うんていを渡り”、“ボールの大砲をかいくぐって”進んでいく。
〈歴戦の獅子団戦士達も、さすがに苦戦していますね〉
〈ビスコッティ側も、ここを抜けられると後がありませんからね〉
 実況のフランボワーズの言葉に、解説のバナードが答える――そうしている間にも、防衛側、すなわちビスコッティ軍の大砲から放たれるボールがアスレチックを攻略しているガレット側の戦士達を次々に湖へと叩き落している。
 そう、叩き落しているだけだ。高速で叩きつけられるボールも柔らかく、命中の衝撃とボールの弾力によって、ガレットの戦士達のバランスを崩してアスレチックから転落させているだけで、そこに戦争をしている、相手を傷つけようとしているという意志は微塵も感じられない。
 それどころか、落とされた戦士達にはすぐさま“ビスコッティ側から”救護班が駆けつけ、水中に没した戦士達を引き上げ、ケガした者には応急手当まで施している。
〈ビスコッティ側の脱落者救助も、相変わらず迅速ですね、ビオレさん〉
〈落ちてもあきらめずに、何度でも挑戦してもらいたいですね〉
 これでは頭上の実況席が落ち着いているのも当然だ。フランボワーズに話を振られて、ビオレが笑顔でそう答える。
〈ガレット軍のレオンミシェル閣下はまだ出陣されておりませんが、ビスコッティ側の名のある騎士が出てきたら、すぐさま向かって叩き落とす、とのことです!〉
 さらに、フランボワーズのその実況にガレット側だけでなく、ビスコッティ側の戦士達からの歓声が上がる始末だ。まるでスポーツの試合でスター選手の登場に両陣営とも沸き立っているかのようだ。
 そう、“スポーツ”――その光景は、戦争をしているというよりは、まるで防衛側、進攻側に分かれてのアスレチックイベントにも見えた。



   ◇



「これが……戦……?」
「何この風雲たけし城……」
「はい」
 自分達の考えていたのとはまるで違う戦場――ハーランから降りて見渡したその光景に思わずつぶやくシンクや崇徳に、後に続いて降りてきたミルヒオーレは笑顔でうなずいてみせた。
戦場いくさばをご覧になるのは初めてですか?」
「あー……少なくとも、“こういう”のは、初めて見るかな……?」
 聞き返すミルヒオーレに答える崇徳も、ある意味自分達の予想の斜め上をいく光景に若干頬が引きつっている――が、すぐに“それ”に気づいて目を細めた。
「とはいえ……オレ達の知ってる形の“戦”な部分も、あることはあるみたいだな」
「え…………?」
 崇徳の言葉に、シンクも彼の見ている方へと視線を向けた。
 戦場の中でも一際広い中央エリア――両軍の兵士達が斬り結び、ぶつかり合っているバトルフィールドである。



   ◇



 崇徳が気づき、シンクも注目したバトルフィールド――しかし、そこにも敵兵は怒涛の勢いで押し寄せてきていた。
 その理由はこのバトルフィールドへと続くアスレチックエリア。そこにガレット軍の第二陣が投入され、数に任せて突破に成功する戦士達が増えてきたためだ。
 そして、そんな戦場の光景を見ているのは崇徳達だけではない。当然両陣営の――とりわけ攻められている側であるビスコッティ側の指揮官級の面々も注目している。
「あぁ……こりゃちょっとヤバイでありますよ!」
 双眼鏡から戦場になだれ込んでいくガレット軍第二陣の様子を見ている彼女もそのひとり――まだ年端も行かない少女だが、彼女もまた立派なビスコッティ首脳陣に名を連ねるひとり。
 王立学院主席の天才少女、その名もリコッタ・エルマールである。
「ヤバイかのぉ」
「ヤバイでありますよ! それもすっごくっ!」
 老齢ゆえか少しばかり思考がのんびりしている長老のひとりにリコッタが答えると、今度は別の長老が戦場を見回し、
「マルティノッジ兄妹は大丈夫かのう?」
「大丈夫でありますよ! ほら!」
 言って、リコッタが指さした先では、ひとりの少女騎士が迫り来るガレットの戦士達を相手に孤軍奮闘していた。
〈さぁ、進軍するガレット戦士団! バトルフィールドでは、ビスコッティの若き騎士、エクレール・マルティノッジ卿が、ガレットの戦士達を迎え撃っております!〉
 実況が自分に向いたことで、緑色の髪に隠れた垂れ耳がピクリと反応するがすぐに意識を切り替え、斬りかかってきたガレットの戦士の刃をかわす。
 すかさず手にした双剣で一撃。斬られた戦士はボンっ!と音と煙を立てて、ネコの頭に尻尾が生えたかのような生き物へと姿を変える。
 さらに斬りかかってきた戦士達を数名同じような状況に放り込むと、エクレールは一度戦士達から距離を取るため後方に跳ぶ。
 もちろん、ここの守りを放棄するためではない――“大技を撃つための時間を稼ぐためだ”。
 双剣をかまえた彼女の周囲で光が渦巻く――その一部が背後に集い、紋章のようなものを描き出す。
 まるで力のチャージ段階を示すかのように、彼女の“力”が高まるにつれて紋章の輝きも増す――その“力”を双剣、それぞれの刃に集めると、エクレールはそれを渾身の力で振り抜いた。
 それによって、虚空を薙いだ斬撃、その軌道に残された“力”が光の刃となって撃ち放たれる。二つの刃から放たれたそれは「X」の字の光の刃となり、前方の戦士達の一団を直撃。まとめて先ほどの玉のような生き物へと変えてしまう。
 が――さすがに相手の数が多すぎた。難を逃れた戦士達が数名、エクレールの周囲を抜けてさらに先へと進んでしまう。
〈おぉっと! 数名が抜けた! さすがに数が多いか!?〉
「しまった――兄上!」
 むざむざ敵を行かせてしまった――焦るエクレールだが、すぐに意識を切り替え、後方へと呼びかける。
 そう、まだ後方には頼れる壁が――エクレールの兄、ロラン・マルティノッジが控えている。軽装のエクレールと違い重装戦士系の彼が、得物である長槍をかまえたのを見て、エクレールは急ぎ“射線”上から退避する。
 先ほどのエクレールの光刃と同種の攻撃だ。紋章が浮かび、高まった“力”を刃に込める――その刃で一閃、放たれた“力”は刃の形に留まらず、衝撃波となってエクレールを突破した戦士達を薙ぎ払う!
 だが、それすらもしのいだ一名がいた。“玉”と化した仲間を踏み台に跳躍。ロランの頭上を飛び越えていこうとする。
 その先には、このバトルフィールドの出口を示す木造のゲート。ここを抜ければ“ルール”上このフィールドをクリアしたことになり、ロランはそれ以上手出しができなくなる。
 それどころかここは戦場の最後のエリア、最終バトルフィールドだ。ここのクリアはすなわち全戦場の攻略、すなわち戦の決着すら意味している。
 が――
「せぇいっ!」
 ロランも、“そう”させないために、わざわざ遠距離攻撃で迎撃したのだ。十分な距離があったことで余裕で立て直し、かまえ直した槍で戦士を一撃。地面に叩きつけられた戦士もまた“玉”と化して無力化されてしまった。



   ◇



〈はぁ……今のは惜しかったですねぇ、バナード将軍〉
〈最終バトルフィールドにたどり着いた6名にはボーナスポイントが出ますが、惜しかったひとりには、さらに特別ボーナスを出してあげたいですねぇ〉
〈だそうです。
 前線の戦士さん、ボーナスだそうですよ〉
〈よかったですねぇ〉
「あー……やっぱり命は無事なのか……」
 眼下では、“玉”と化した戦士達は救護班によって回収され、救護所で手当てを受けている――実況や解説の会話を聞きながら、崇徳はその光景に納得し、うなずいた。
 どうやらあの姿になっても飛び跳ねたり転がったりすることで動き回ることは可能なようだ。あの姿は戦闘能力、ひいては運動能力だけを奪う、脱落者に対する安全確保を兼ねたペナルティのようなものだと解釈しておく。
 と、この光景を同じように興味深く眺めていたシンクが、その崇徳をはさんだ反対側に立つミルヒオーレに尋ねた。
「えっと……この戦で人が死んだり、ケガしたりとか……」
「とんでもない!」
 だが、そんなシンクの問いに対し、ミルヒオーレは心外だとばかりに声を上げた。
「戦は、大陸全土に敷かれたルールに則って、正々堂々と行うものですから――ケガや事故がないように努めるのは、戦開催者の義務です。
 もちろん、国と国との外交交渉の一手段ではありますから、熱くなってしまうことも時にはありますが……だけど、フロニャルドの戦は、国民が健康的に運動や競争を楽しむための行事でもあるんです」
「ふーん、なるほどねぇ……」
 自分達の世界での戦争がまさにガチの命の取り合いだから、てっきり同じものを想像していた――との言葉を、崇徳はとりあえず胸の奥にとどめた。
 シンクにそう説明するミルヒオーレの顔が、どこか誇らしげな――この戦を素晴らしいものとして紹介しているかのような面持ちだったからだ。ここで自分達の世界の血なまぐさい戦の話をして、彼女のその気分を害することもあるまい。
 だが、そんな崇徳の気遣いとは裏腹に、ミルヒオーレの表情が曇った。どうしたのかと首をかしげる周りに対し、少し申し訳なさそうに語り始める。
「敗戦が続いて、我々ビスコッティの国民や騎士達は、寂しい思いをしています。
 何より、お城まで攻められてしまったとなれば、ずっとがんばってくれたみんなは、とてもしょんぼりしてしまいます」
「『しょんぼり』……?」
「しょんぼり、です……」
 崇徳の背中から聞き返すヴァイトに、ミルヒオーレはますます悲しそうな顔でうつむいてしまう――そんな彼女を前に、シンクも、崇徳も改めて眼下の光景に視線を落とした。
(異世界の戦に、勇者召喚……まぁ、オレとヴァイトは事故だったみたいだけど。
 そして召喚の目的は、しょんぼりしてしまっているみんなのため……)
(こんなの……まるっきりファンタジー小説の世界だよな……
 普通に考えれば、こんなの間違いなく夢なんだけど……)
『……姫様』
 気がつけば、二人は同時にミルヒオーレに声をかけていた。
 期せずして声をハモらせてしまったことに思わず顔を見合わせるが、アイコンタクトで崇徳が譲り、それを受けたシンクがミルヒオーレに告げる。
「えっと……僕は、この国の勇者?」
「…………はい。
 私達が見つけて、私が迷うことなくこの方と決めた、この国の、勇者様です」
「ん」
 顔を上げ、告げるミルヒオーレの表情には強い信頼の色――そして、それがシンクの決意を固めた。場を譲った崇徳の前でミルヒオーレの手を取り、
「じゃあ、姫様の召喚に応じて、みんなをしょんぼりさせないように……勇者シンク、がんばります!」
「……ありがとうございます!」
 シンクの言葉に、ミルヒオーレの表情が明るくなり、自分手を取った彼の手を握り返し――
「…………ま、オレもみんなをしょんぼりさせない、くらいなら、できるかな?」
 そんな二人の前で肩をすくめて、崇徳もそうミルヒオーレに告げる。
「そんな、タカノリさんは……」
「確かに、オレやヴァイトは完全に巻き込まれたクチですよ。どうしてこの世界に現れたのかすら、わかってない……
 でもね……だからって、しょんぼりしそうになってる人達をほっとくような薄情な人間になったつもりは、ないんですよ」
 シンクはともかく、不本意な召喚となった崇徳やヴァイトに頼るワケには――思わず声を上げるミルヒオーレだが、崇徳は笑いながらそう答える。
「ま、心配してくれるのはありがたいですけど、そういうのは無用で。
 ビスコッティの勇者はシンクかもしれないけど……オレはオレで、元の世界の勇者のひとり、やってたりしますからね」
「タカノリさん……」
 崇徳の言葉に、彼もまた『勇者』を名乗る者と知って少しばかり驚いた様子のミルヒオーレだったが、
「……ありがとうございます!」
 すぐに気を取り直すと、先ほどシンクにしたように崇徳の手を取り、笑顔で礼を述べる。
「では、急いで城に戻りましょう!
 装備も武器も、みんな用意してあります! タカノリさんの分も、すぐに用意させますから!」
「え、オレも?
 いや、オレはいいですよ。自前のがあるし……」
「いえ、このくらいはさせてください!
 大丈夫! もうひとりの勇者として、恥ずかしくない格好をご用意させていただきます!」
 遠慮しようとする崇徳だったが、ミルヒオーレは「せめてこのくらいは」と力説してみせる。これは説得は不可能だと判断し、崇徳はせめてもの妥協案を提示した。
「……なら、衣装だけで。
 武器はあくまで自前でいかせて……“どうせ何使ったって一緒ですから”」
「はい♪」
 とりあえず、納得してくれたらしい。笑顔でうなずくと、ミルヒオーレはハーランへと向き直り、
「ハーラン、いきますよ!」
 その言葉と同時、彼女の手に光で描かれた紋章が浮かぶ――と、彼女からハーランに向けて“力”が流し込まれていくのを、傍で見ている崇徳やヴァイトは感じ取っていた。
 それは何のためなのか――すぐに答えは出た。ミルヒオーレから“力”を受け取り、ハーランは力強くその翼を広げてみせたのだ。
 つまり――
「飛ぶ……?」
「はい! ハーランは飛ぶの、上手なんですよ!」
 つぶやくシンクに笑顔で答え――ミルヒオーレは気づいた。
「あ、でも、飛んでお城に向かうとなると、タカノリさん達は……」
 そう。先ほども問題になったが、ハーランに乗れるのは主であるミルヒオーレを除けば他に一名。あとはミルヒオーレが抱えればタツマキ、シンクの背中につかまればさらにヴァイトが乗れるくらいだ。
 つまり――空路では崇徳は同道不能。そうミルヒオーレは気づいたワケだ。
「そっか。空からじゃついていけないね。
 じゃ、オレ達はこのままの格好で戦場いくさばに……」
「………………」
「……ってのは冗談だからさ、そんな世界の終わりみたいな悲しい顔しないでくれる?」
 本当に冗談だったのに、本気にされて凹まれた――ピンと立っていた耳まで垂れさせ、沈んだ顔になるミルヒオーレに、崇徳は罪悪感でいっぱいになりながらあわてて謝罪する。
「ま、姫様は気にしなくていいよ。
 単純に……」
 言って、崇徳はミルヒオーレに“それ”を見せた。
「また、こいつのお世話になるだけだからさ」
 先ほどハーランに引っ張ってもらった時に使った、あのロープである。



   ◇



「…………あぁっ!」
 のぞき込んでいた双眼鏡の視界の中にその姿を捉え、リコッタは思わず歓喜の声を上げていた。
「姫様であります!
 姫様が、勇者様を連れて帰ってきたであります!」
 そう。戻ってくるミルヒオーレ達の姿を見つけたのだ。リコッタの言葉に、周りの長老達から感嘆の声がもれて――
「…………ん?」
 さらに双眼鏡をのぞき込んだリコッタが気づいた。
「何でしょう? ハーランが足に何かを捕まえて……」
 もっとよく見ようと目を凝らし、確認したそれは――
「………………人?」



   ◇



「ねぇーっ! タカノリ、大丈夫ーっ!?」
「大丈夫だって!
 心配しなくていいよ!」
 ハーランの上から声をかけてくるシンクに、崇徳はハーランの“下から”そう答える。
 そう、リコッタが見つけた、ハーランが捕まえている人というのは崇徳のことだったのだ――腰にロープでハーランが自分を捕まえるためのリングを作り、それをつかんでもらうことで運んでもらっているのだ。
 腹部にはロープが食い込まないようにクッションを“作って”はさんであるため、一度飛び立ってしまえば(手足を投げ出した不恰好な姿に目をつぶれば)特に辛いことはない――強いて言えば、飛び立ったハーランを追って空中に身を投げ出し、キャッチしてもらう際が少し不安だったのだが、ミルヒオーレが『飛ぶのが上手』と豪語するだけあって、ハーランはそれを見事にやり遂げてみせたのだった。
「タカノリさーんっ!
 本当に、降りる場所に投げ落としちゃっていいんですねー?」
「はい!
 着地の前に上空を一回りして落とす! 打ち合わせ通りに頼みますっ!」
 確認してくるミルヒオーレに崇徳が答える――そんなやり取りを聞きながら、シンクは眼下の戦場を見渡した。
「……シンク、楽しそう」
「うん……そうかも」
 気づけば、シンクは笑みを浮かべていた――気づいたヴァイトに答えて、シンクは改めて笑顔を見せる。
「夢でも現実で……何はさておき、あんな楽しそうな場所、遊ばずに帰るのはもったいない!」
「……もったいないんだ……」
 あのアスレチックのような戦場を『楽しそう』と迷うことなく言い切る――なんとなく、シンク・イズミという人間が少し理解できたような気がするヴァイトであった。



   ◇



〈今、大変なニュースが入りました!
 ミルヒオーレ姫が、この決戦に“勇者召喚”を使用しました!
 これはすごい! 戦場いくさばに勇者が現れるのを目にするのは、わたくしも初めてです!〉
「む…………?」
 ミルヒオーレが勇者を連れて戻ったことは、すぐさま今回はガレット側が担当している実況席にも知らされた――フランボワーズの興奮した物言いに、ガレットの本陣でかすかに反応を見せた者がいた。
 スタイルのいい、それでいてスポーティに鍛え上げられたしなやかな身体に動きやすさを重視した結果露出が多めになってしまったインナースーツと最低限のプロテクターをまとい、腰まで届く銀髪を風になびかせた猫耳の少女――彼女こそ、ガレットの領主、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワである。
〈さぁ、ビスコッティの勇者はどんな勇者だぁ!?〉
「……勇者、か……
 まぁ、ここまで追い込まれれば、そう出る可能性もあったがの……本当にやったか、あやつめ……」
 地球の感覚で言うなら少しばかり時代がかった口調でそうつぶやくと、レオンミシェリは手にした大剣に視線を落とした。
「まぁ……かまうことはない。
 今さら勇者が出てこようが、斬って捨てるまでじゃ」
 本当にかまうつもりはないようだ。すぐに視線を前方の戦場へと戻す。
(そうじゃ……負けるつもりはない。
 いや……“ミルヒのためにも”、負けるワケにはいかんからの……)
 その思いは決して口に出すことなく――心の中ではミルヒオーレを愛称で呼びつつ、レオンミシェリは強い視線で戦場をにらみつけるのだった。



   ◇



「姫様!」
「リコ、ただいまです!」
 シンクと崇徳を伴い城へ到着。展望フロアに姿を見せたミルヒオーレは、飛びつかんばかりの勢いで出迎えた――否、本当に飛びついてきたリコッタを愛称で呼びながら抱きとめた。
「おかえりなさいであります!
 勇者様、来てくれたんでありますね!?」
「えぇ。
 私達の、素敵な勇者様達です!」
 答えて、ミルヒオーレはリコッタ改めリコからマイクを受け取る――と、そこでリコは気づいた。
「…………『達』?」
 だが、ミルヒオーレはそんなリコに気づくことなく前に出て、戦場に向けてマイクで呼びかける。
〈ビスコッティのみなさん、ガレット獅子団領のみなさん……お待たせしました!
 近頃敗戦続きな我らがビスコッティですが、そんな残念展開は、今日を限りにおしまいです!
 ビスコッティに、希望と勝利をもたらしてくれる、素敵な勇者様達が来てくださいましたから!〉
「姫様、また『達』って……」
 どうして複数形なのかと首をかしげるリコの姿にクスリと笑みをもらし、ミルヒオーレは改めて前方へと視線を向けた。
 と、各陣地や砦、戦場各地に設置された映像盤や上空に立方体の形を組んで配置されていた空中筐体フライトモニターが映し出す映像に変化が起きた。
 戦場や実況席の様子を映し出していたのが、突然何者かの姿をアップで映し出したのだ。
 それは足元から腰、手と映像を切り替えながら少しずつ視点を上げていく――ところどころ服装まで変わっているところを見ると、ひとりではないとわかる。
 その人物がいるのは、最終バトルフィールドのゴールゲートのすぐそば、そこに立つ見張りやぐらの上――ゴールゲートの左右に立つ二つのやぐらの上に、二人は戦場に背を向ける形で立っている。
〈華麗に鮮烈に、戦場いくさばにご登場いただきましょう!〉
 そして、ミルヒオーレの言葉に花火が上がり、それを合図に動きを見せる――二人がそれぞれに持つ戦棍ロッドを頭上に放り投げると、自身はやぐらから跳躍。空中で華麗に身をひねると、ゴールゲートの前に背中合わせに着地する。
 そんな二人目がけて落ちてきたそれぞれの戦棍を頭上でキャッチ――よく見ると最初に持っていた戦棍を交換した形だ。どうやら最初はこの登場の演出のため、それぞれの得物を入れ替えて持っていたようだ。
 慣れた手つきで戦棍を振り回し――ほぼ背中を密着させているほどの近距離なのに、戦棍がまったく相方に当たらない。それだけでも二人の技量の高さが見て取れる――、それぞれにかまえると、ビスコッティの正当勇者衣装(サイズ・色違い同デザイン)を身にまとった二人はついに、戦場に向けて名乗りを上げた。



「姫様からのお呼びに預かり、勇者シンク!」

「呼ばれちゃいないが、勇者崇徳!」



「華麗に!」

「ドハデに!」







『只今、見参!』

 

 


 

EPISODE 1

勇者(二人)誕生!

 



次回予告

ミルヒオーレ 「勇者様、タカノリさん、ようこそフロニャルドへ!
 ……って、勇者様!? タカノリさん!?」
シンク 「た、タカノリが直撃……」
崇徳 「わ、悪い!
 大丈夫か、シンク!?」
ヴァイト 「え、えっと……次回もよろしくっ!」

EPISODE 2「デビュー・オブ・フロニャルド!」


 

(初版:2012/10/27)