〈ゆ……ゆ……っ!
 勇者、こぉぉぉりぃぃぃぃぃんっ!〉
 激しい戦いが繰り広げられる戦場に、突如舞い降りた二人の“勇者”、シンク・イズミと橋本崇徳――誰もが戦うのを忘れ、その映像に注目する中、フランボワーズの実況が静寂を切り裂いた。
〈ここフロニャルドで、国を治める王や領主にのみ許された“勇者召喚”!〉
〈私も見るのは初めてです。
 しかも二人とは……見たところどちらもかなり歳若い少年のようですが。ミルヒオーレ姫やレオ様と同年代くらいでしょうか〉
〈の、ようですね……
 ともあれ、“勇者召喚”によって呼び出された超レアな勇者が今、戦場にその姿を現しましたーっ!〉
 フランボワーズや解説のバナードの会話が放送される中、シンクは振り向き、展望台のミルヒへと手を振る。応えたミルヒが手を振り返すと、シンクは崇徳に促されてバトルフィールド最終防衛線、そこを指揮するロランと合流する。
 そんな彼らの様子を見下ろしながら、リコッタはミルヒに尋ねた。
「姫様……あの勇者様達、こっちの戦の作法をご存知なんでありますか?」
「大丈夫。
 道々お伝えしましたし……今はちゃんと、ロランが確認してくれていますから」
 そうミルヒが答えた通り、映像の中ではロランがシンクや崇徳と話している様子が映し出されている。
「そうでありますか……
 でも姫様、勇者召喚で呼び出される勇者はひとりだけのはずでありますよね? どうして二人も……?」
「それが私にもどうしてなのか……
 あ、でもリコ、『二人』じゃないですよ、もうひとり……」
 リコッタにそう答えて――ミルヒは気づいた。
 ここに来るに際し、一緒に来たはずの“もうひとり”がいない。
「あら? ヴァイト……?」
「ヴァイト……でありますか?」
 連れの姿を探すミルヒにリコッタが首をかしげ――
「…………ここ」
「あ」
 展望台の入り口からこちらをのぞいているヴァイトがミルヒに声をかけてきた。
 どうやらミルヒ以外にも人がいるために萎縮してしまっているらしい――おどおどしているヴァイトの姿に、ミルヒは優しげな笑みを浮かべ、リコッタや長老達に紹介しようとヴァイトの元へと向かうのだった。

 

 


 

EPISODE 2

デビュー・オブ・フロニャルド!

 


 

 

「……うん。ルールもルートも、しっかり覚えてくれているようだね」
「はい! ここにくる途中、姫様が教えてくれました!」
「わかりやすい説明で助かりましたよ」
 先ほどの6名の到達者以降、最終バトルフィールドに到達するガレット戦士はいなかった。おかげでゆっくりと確認を済ませることができた――満足げにうなずくロランに対し、シンクと崇徳は笑顔で答える。
 と――ロランの顔が急に真剣みを帯びた。二人に対し、静かに尋ねる。
「二人は、召喚されて、姫様と会って、どう思った?」
「可愛くて優しい感じの、素敵な姫様だな、って思いました!」
 シンクが即答した。当然、次は崇徳に視線が集まるが、
「『姫様だから』どうこうってのは、なかったですね……オレの場合、本人から『姫様』だとは名乗られてなかったこともありましたし」
 そう前置きして、橋本は「でも……」と続けた。
「姫様だからとか、そーゆーのは抜きに、力になってあげたい……そう思える子だとは、思いましたね」
「うん、素晴らしい!」
 二人の答えは、ロランにとって非常に満足のいくものであったらしい。二人の肩を叩き、うんうんとうなずいてみせる。
 と――崇徳の耳が、何人かの怒号を捉えた。
 視線を前線の方に向けると、ガレット側の戦士達がひとまとまりになって、自分達のいる最終防衛線に向けて駆けてくるのが見えた。
「あっちゃー、前線でがんばってたあの子、抜かれちゃったか……」
 先ほど見た、ロランが迎撃した一団がだいたい6名前後。だが、今回はその倍以上の人数が突破してきている。前線の守りが瓦解し始めている証拠だ。
 敵兵を見とめ、ロランや最終防衛ラインの兵士達、そしてシンクがかまえる――見た目にはかまえていない崇徳だが、元々自然体が彼のかまえなので問題はない。
「では、勇者シンク、勇者タカノリ。前に進んで、先陣のエクレールと合流を。勇者タカノリが言うところの、『前線でがんばってたあの子』だ」
「はいっ!」
「りょーかいっ、と」
 ロランの言葉にうなずき、シンクが、崇徳が走り出す。
 当然、前線を突破してきたガレット戦士達と真っ向からぶつかる形だが――
「遠慮なくやっちゃっていいんだよね!?」
「姫様からGOサインも出てんだ、問題ないだろ!」
 即答する崇徳の言葉に、シンクは先ほどミルヒから説明されたルールを思い出した。

『まず、襲ってくる敵の兵士さん達は、どんどん倒していっちゃいましょう!』

「よぅし!」
 改めて気合を入れ直し、シンクが力強く地面を蹴る。速度を上げ、崇徳より先行する形でガレット戦士達に突撃、大きく跳躍して頭上からの強襲をしかける。
「ぅおぉぉっ! すげーっ! マジで勇者だ!」
「勇者倒したらオレらすごくね!? ハンパなくね!?」
 一方のガレット戦士達は、戦意こそ旺盛だがそれ以上に目の前の“勇者”という存在に興奮気味だ。敵側の戦力だというのに、初めて見るその姿にはしゃぎまくりである。
「やったるぜ、おらぁぁぁぁぁっ!」
 ただそれだけに、「勇者を倒した」という“戦果”が得られれば、自分達は一躍ヒーローだ――アピールチャンスとばかりに気合を入れ、先にはしゃいでいた二人とは別のひとりが剣と盾を手に迫るシンクを迎え撃ち――
「シンクばっかり見てると――こうなるぜっ!」
 結論から言えば、先制打はシンクでも、ガレット戦士達でもなかった。
 上空からの強襲、という目立つ攻撃をシンクに任せ、地上から飛び込んだ崇徳だ。シンクを迎撃しようとした先頭のひとりの腹に手にした戦棍を突き込んだ。
 次いで、シンクが自分の戦棍で脳天に一撃、決定打を叩き込み――
「せいっ!」
「やぁっ!」
 その左右の二人に、シンクと崇徳がそれぞれ一撃を叩き込む!

『相手戦士は、武器で強打を与えられると、ノックアウト!』

 少し興奮気味に説明してくれたミルヒの言葉を思い出す――同時、ぼんっ!と音を立て、ガレット戦士達は先ほど戦場を見渡した時にも見た玉のような姿に変化していた。

『ノックアウトされると、“けものだま”――ビスコッティ側は“いぬだま”、ガレット側は“ねこだま”に変化。しばらくの間無力化されます』

 これもミルヒの説明だ。少し詳しく聞いたところによると、だいたい“だま化”は短くて10分、長くても30分程度で解けるらしく、その度合いは与えたダメージによって変わってくるとのことだ。
 さらに“だま化”すると最低限の身動きしかできなくなる代わりおそろしく丈夫で柔軟になり、叩かれようが踏まれようが、さらには爆破に巻き込まれようが目を回す程度ですんでしまうという。見た目に反して“だま化”した者には強い守護の効果が働いているらしい。
「はい、脱落者はちょっとどいててねー」
「にゃふんっ!?」
 とはいえ、足元に転がっていられるのもそれはそれでジャマだ。自身の戦棍を使い、ゴルフのパターショットの要領で足元のねこだまに退場してもらう崇徳に向けて、別の戦士が2名、同時に襲いかかる。が――
「てやぁぁぁぁぁっ!」
 飛び込んだシンクがそれを阻んだ。頭上に戦棍を放り上げて自身も跳躍。戦士達の頭部に手を突き、バック転の要領で彼らの背後に降り立つ。
 と、彼らの頭、シンクの手が触れたあたりにビスコッティの紋章が浮かび――ぼんっ!と音を立て、彼らもまた“だま化”してしまった。
 ミルヒの説明によるところの、

『頭や背中にタッチされても、ノックアウト判定がつきます』

 というヤツだ。戦場で相手に頭部や背中をとられるのは致命的、ということだろう。
「なるほどね……じゃ、オレも!」
 そのシンクの様子に声を上げる崇徳に一際体格の大きなガレット戦士が迫る――が、振り下ろされた棍棒の一撃をかわすと、崇徳はその棍棒を足場に跳躍、相手の頭上を跳び越えるとその背中を軽くはたく。
 と、そこにも紋章が浮かび、戦士はタッチアウトで“だま化”してしまった。
「すごい! 姫様から教わった通りにやったら、本当に紋章が出た!」
「オレも出た……
 装備とか素性に関係なく、『出そう』という意志に反応する――説明の通りだな」
 背中を預け合い、それぞれにつぶやく――そんな彼らの元に、残りの戦士達が殺到してくる。
「そんじゃ、だいたいの確認も終わったところでっ!」
「あぁ……ウォームアップは、これにてしまいだ!」
 そんな戦士達に向け、シンクと橋本が動く――またしても戦棍を頭上に放り投げ、シンクは床体操の要領で戦士達の頭上を跳び渡っていく。
 そんなシンクに一同の注意が集中する中、飛び込んだのは崇徳だ。先ほどの先制打と同様、シンクに気を取られている戦士達の背中に次々にタッチしていく。
 シンクが、そして崇徳が戦士達の間を駆け抜け、合流して――
『にゃあぁぁぁぁぁっ!?』
 ぼぼふんっ!とまとめて破裂音。戦士達は全員そろって“だま化”していた。



   ◇



〈え……え? え? えぇっ!?〉
 やられ様を語るヒマもないまま、最終バトルフィールドに到達したガレット戦士達がものの数秒で全滅――その光景に、フランボワーズは思わず実況を忘れて声を上げた。
 が、職業意識の高さのなせる業か、すぐに我に返って口を開く。
〈は、は、は……速い〜〜っ!
 あまりの速さに、何をしたのかほとんどわかりませんでしたがっ!〉
〈タッチアウトとノックアウトを目まぐるしく切り替えての連続撃破ですね。
 小柄な方の勇者が空中を飛び回り、それに気を取られたところにもうひとりが地上から強襲……連携の妙もさることながら、どちらの身のこなしも尋常ではありませんね〉
〈小柄な子の方の空中での身のこなしが目立っていますが、地上を行く子の動きも、なめらかでムダがありませんねぇ。
 息もピッタリで、まるでダンスみたいです!〉
 フランボワーズの実況をバナードとビオレの解説が補足する――もちろんその間にも崇徳とシンクによってガレット戦士達が次々に“ねこだま”に変えられていく。
〈さぁ、撃墜スコアも続々加算! まさかここから、逆転となるのでしょうか!〉
 そんなフランボワーズの実況を聞きながら、ミルヒオーレは大暴れする二人の勇者の姿を映像越しに見守っていた。
〈ともあれこの勇者二人、やっぱり只者ではなさそうですっ!〉
「それはもちろん、勇者様ですから!」



   ◇



「はぁぁぁぁぁっ!」
「うりゃりゃりゃりゃぁっ!」
 バトルフィールドの中にも何ヶ所か設置されているアスレチック障害エリア――シンクと崇徳は現在そのひとつを爆走中。進撃してきたガレット戦士達をひとりも残さず撃破しながら、湖の上にかけられた吊り橋へと突入する。
 その行く手には進軍してきたガレット戦士の集団。今までの連中のように蹴散らしてやろうとシンクが駆け出そうとした、その時――
「ちょい待ち」
 そんなシンクのマントをつかみ、崇徳が制止した。
「タカノリ……?」
「このまま襲ってくるヤツらを片っ端から片づけていたんじゃキリがない。
 ここはオレが引き受けるから、お前は迂回ルートから前線に合流。そこでこれ以上敵がなだれ込んでこないように抑えてくれ」
「いいけど……大丈夫なの?」
「心配無用事務用品♪
 ちゃんと作戦があっての提案だよ」
「ん。じゃあよろしく!」
 崇徳に答えて、シンクは橋の中ほどから転進。元来た側の岸に戻ると、別の橋を目指して移動を開始する。
「あぁっ! 勇者の片っぽが!」
「くそっ、逃がすか!」
 そんなシンクの行動に気づき、ガレット戦士達の間に動揺が広がり――



 ダンッ!と崇徳は手にした戦棍で足元の橋を叩き、戦士達の注目を自らに集めた。



「お前さん達の相手はこっち。
 それとも何? オレの相手するのが怖いから、シンクにターゲット絞っちゃったりした?」
「何だと!?」
「なめるなよ!
 我らガレット戦士団! 貴様ごときを恐れるものか!」
 崇徳の挑発に、ガレット戦士達は彼にターゲットをしぼったようだ――自分達の言葉に崇徳がほくそ笑むのにも気づかずに。
「勇者、覚悟ぉ――っ!」
 それはいったい誰が上げた声だったのか。とにかく、ガレット戦士達は一斉に“橋の上の”崇徳目がけて殺到し――
「あらよっと♪」
 もちろん、崇徳がそんな連中に押しつぶされるワケがない。先頭のガレット戦士の攻撃をかわして後退。そのまま吊り橋を出て岸まで下がって止まり――そこで一言。
「ところでさぁ……」



「その橋、定員何名?」



 崇徳の言葉に、気づいた何名かの顔が青ざめる――しかし、時すでに遅かった。
『どわぁぁぁぁぁっ!?』
 崩壊の音、そして悲鳴――自身の支えられる限界を超える人数に、しかも勢いよく飛び乗られた吊り橋はあっさりと強度の限界を超えた。縄が千切れ、足場がバラバラに離れ、ガレット戦士達は眼下のフィリアンノ湖へとまとめて転落していった。



   ◇



〈こ、これは!
 自爆! 自爆です! 吊り橋が戦士団のみなさんを支えきれずに崩落しましたぁっ!〉
〈勇者からの挑発にまんまと乗ってしまいましたね。
 あの大人数に一気に飛び乗られては、ひとたまりもありませんでしたね〉
「…………フンッ」
 一方、こちらはガレット側の本陣。フランボワーズの実況とバナードの解説に、レオンミシェリは軽く鼻を鳴らした。
「バナードめ……しばらく解説ばかりで前線に出ていなかったせいで目がくもったか……?」
「閣下……?」
「あの勇者の片割れの“仕掛け”は、挑発だけではないわ」
 すぐそばに控え、首をかしげるのはガレットの将軍のひとり、ゴドウィン・ドリュール――彼に答え、レオンミシェリは映像に視線を戻した。
「貴様も見ていたじゃろう。
 挑発の際、勇者の小僧は自分に注目を集めるために手にした棒で“橋に一撃入れている”じゃろうが」
「あ…………
 では、そのダメージも込みで、橋は崩落……よもやあの勇者、最初から橋を落とすことを目的に、そこまで計算して……?」
「おそらくの。
 故意の攻撃で進軍ルートをつぶすのは反則じゃからな……あくまで“戦の中のハプニングで”橋が崩落するように誘導しおった」
 そうゴドウィンに答え、レオンミシェリはその口元に笑みを浮かべた。
「それだけではない。
 元々あの橋は進軍ルート中でも最短コース――それだけに戦の度に両軍の兵が頻繁に行き交い、より負担がかかっていた。ビスコッティ側も安全点検は怠っておらんかったじゃろうが、それでもいつ崩落してもおかしくなかったはず。
 つまり、あの橋は“もっとも落としやすい”橋でもあったワケじゃ。そこまで計算していたとしたら……
 状況と地形を考慮し、その上でまったく違和感なく故意がないように演出してみせた……ずる賢いように見えるかもしれんが、よほど頭がキレなければできる芸当ではない。
 ……おもしろい」
 言って、レオンミシェリは杖のように地面に突き立てていた戦斧を肩に担いだ。衝撃で腰のプロテクターが揺れ、ガシャリと音を立てる。
「どれ、ちと試してみるか。
 犬姫の呼んだ二人の勇者……その力がどれほどものか」



   ◇



 両手に握る双剣が閃き、次々に相手を“ねこだま”に変えていく――バトルフィールドの最前線では、エクレールが現在も懸命に戦線を支えていた。
 勇者達の活躍に目を配る余裕もないが、本陣陥落の報せが入っていないところを見ると自分が討ちもらしてしまった連中は全員撃破してくれたのだろうと勝手に自己完結。すぐに目の前の敵へと意識を戻す。
 だが――それでも、その心中は決して戦に集中できてはいなかった。
「姫様の決断とはいえ、別に勇者などいなくても……っ!」
 その原因は今回の“勇者召喚”――主君ミルヒオーレ自身の決断であるが故に強く反対はしなかったが、それでも“自分達だけでは戦いきれない”と判断されたようで、エクレールは正直この“勇者召喚”には否定的であった。
 自分がしっかりと戦線を支えられていれば、ここまで負け続けになることもなかった。すなわち、ミルヒも“勇者召喚”に踏み切る必要はなかったはず。最後の最後まで残しておいたカードを主君に切らせてしまった、そんな自分達の不甲斐なさが頭にくる。
 もちろん、相手が相手であるから文句も言えないが、幸いにも今自分がいるのは戦場いくさばだ。ガレットの連中には悪いがこの苛立ち、ぶつけさせてもらう――少しおとなげない決意をエクレールが新たにしたところで、新たな敵集団が迫ってきていた。
 前方の障害が完全に突破されてしまったのだろう。今までにない規模の大集団だ。
「だが、それでも――っ!」
 もっとも、数の問題で突破できるほどエクレールの実力は低くない。ビスコッティに限らず、どの国においても騎士級戦士というのは“一騎当千”と呼ぶにふさわしい実力者だけが許される称号なのだから。
 そんな騎士級戦士の“切り札”が今まさにエクレールから放たれようとしている――双剣をかまえたエクレールの背後に、衝撃音と共に“力”で描かれた紋章が浮かび上がる。
 高められた“力”を双剣に導くと、エクレールはその双剣を振りかぶり、
「烈空――十文字!」
 技の名を叫ぶと共に、双剣を交差するように振るう――同時、剣から解き放たれた“力”は十文字の閃光となってガレット戦士達に襲いかかり、一撃のもとにその隊列フォーメーションを爆砕する。
 巻き起こる爆煙と共に、“だま化”したガレット戦士達が自分のところまで飛ばされてくる。確かな手ごたえを感じ、エクレールはひとまずしのいだと息をつき――
「もらったぁぁぁぁぁっ!」
「――――――っ!?」
 難を逃れた戦士がいた。爆煙の中から飛び出し、一瞬とはいえ気が抜けてしまっていたエクレールに向けて戦斧を振り上げる。
(防御――いや、回避――間に合わない!)
 対応できない。自身の被弾を確信したエクレールの背筋が凍りつき――



「勇者キィーック!」



「どわぁっ!?」
「あ」
 飛び込んできた影が、自分に一撃を叩き込もうとしていた戦士の後頭部に思い切り飛び蹴りをお見舞いした。そのまま影と戦士は勢いに任せてゴロゴロと転がっていき――ぼんっ!と戦士の側が“だま化”した。
 巻き起こった“だま化”に伴う煙が一瞬エクレールの視界を奪い――それが晴れた時、そこにいたのはシンクだった。
「あの、エクレールさんですよね!?
 こんにちは! 勇者として呼んでもらいました、シンク・イズミです!」
「え、エクレール、エクレール・マルティノッジ……
 騎士団の、親衛隊長だ……」
 まさに“元気いっぱい”という言葉がピッタリ当てはまるような笑顔で、シンクが自分に向けて一礼する。そんなシンクの素直な姿に、エクレールは“勇者召喚”に対するわだかまりを一瞬忘れそうになりながらそう名乗り返す。
 と、シンクは顔を上げるなりいきなりエクレールに詰め寄ってきた。目をキラキラと輝かせて、突然の奇行に戸惑うエクレールに尋ねる。
「エクレール! さっきのビームって、やっぱり“アレ”!?」
「び、びー……?」
 シンクの言っている“びーむ”とやらが何のことかはわからなかったが、すぐに先ほど自分が放った“烈空十文字”のことを言っているのだろうと見当をつけ、聞き返す。
「ひょっとして……“紋章砲”のことか?」
「そう、それ!」



   ◇



「これが、勇者様の武器です」
 それは、シンクと崇徳が勇者衣装への着替えを済ませ、ミルヒから一通り戦のルールを教わった後のこと。
 そう言いながら、ミルヒはシンクの指に真っ赤な宝石を有する指輪をはめた。
「ビスコッティの宝、神剣“パラディオン”」
「剣……って、これが?」
「はい」
 “力”を感知できる崇徳には、その指輪が秘めた強い“力”を感じ取ることができていたが、そういった感覚とは縁遠いシンクにはただの指輪にしか見えない。よくよく自分の手にはめられたそれを観察するシンクに、ミルヒがうなずく。
「勇者様が望めば、どんな姿にも変わりますよ」
「じゃあ、棒!」
 ミルヒの「どんな姿にも」との一言に、シンクは迷わず選択する――同時、指輪は光を放ち、黒と白のツートンカラー、両端に赤い宝石が埋め込まれ、金色の縁取りで飾られた棒へと姿を変えていた。長さはシンクの身長よりも少し短い程度だ。
「ま、またずいぶんとシンプルというか、漠然とした武器ですけど……それで大丈夫ですか?」
「平気! 長さもちょうどいいし!」
 “神剣”なのだし、てっきり剣にするとばかり思っていたミルヒが思わず尋ねるが、シンクは余裕の答えと共に棒となったパラディオンを軽く振り回してみる。
「こらこら、姫様。棒を甘く見ちゃいけないよー。
 打ってよし、突いてよし、引っかけて投げ飛ばすもよし。応用力バツグンの万能武器なんだから」
 と、こちらは崇徳からの指摘だ――見ると、崇徳もまた、自分の愛用の多節棍を取り出していた。連結し、棒形態としたそれの具合を見るべく、シンクと同じように軽く振るってみせる。 
「あ、タカノリも棒なんだ」
「正確には多節棍、な。
 他にも使える武器はあるけど、とりあえずメインはこれってことで」
 同好の士を見つけたと目を輝かせるシンクに崇徳が答えると、そんな二人にミルヒが声をかけた。
「では最後に、“紋章術”についてご説明させていただきますね」
『紋章術……?』
「はい。
 このフロニャルドの空と大地に満ちる“フロニャ力”を集めて使う技術です」
 言って、ミルヒは自身の手の甲に桜色に輝くビスコッティの紋章を描き出した。
「それ、さっきハーランを元気にした……」
「なるほど。
 紋章が、術式陣の役割を果たしてるのか……紋章を使って撃つから、紋章術……」
 つぶやくヴァイトと崇徳の言葉に、ミルヒはうなずいて――
「“フロニャ力”を自分の紋章に集めて、自分の“命の力”と混ぜ合わせることで……」
(…………え……?)
 続くミルヒの説明に、崇徳は軽い引っかかりを覚えた。
 だが、そんな彼の動揺に気づくことなく、ミルヒも指先に練り上げた力を集めた。指先に発生した光はパチパチと小さく火花を散らす。
「こんなふうに、“輝力”と呼ばれるエネルギーに変換できるんです」
「へぇ……」
 感心して桃色の光をのぞき込むシンクの傍らで、崇徳は複雑な表情を浮かべていた。
 今のミルヒの説明、そして今まさに彼女の指先で輝く桃色の光。それはまさに――
(……『世界に満ちる力を己の中に取り込んで、自身の力と合わせて練り上げる』……
 メカニズム的には、オレ達の精霊力の扱いとほとんど同じじゃないか……)
 そう。それは、自分達の行使する“力”の扱い方に極めて酷似するものだった。
 意外なところで見つけた共通点に眉をひそめるが、そんな崇徳に気づくことなくミルヒは続ける。
「この輝力を使えば、いろんなことができるんですが……勇者様達が一番使うのは、きっと“紋章砲”――」



   ◇



「紋章砲の扱いはエクレールが上手だから、教えてもらうように、って、姫様が!」
「姫様が……?」
 告げるシンクの言葉に、エクレールが反応する――特に『姫様が』の部分に。
「そ、そうか。
 姫様が上手だと……わかった。その期待に応える意味でも、しっかりと教えよう」
 努めて平静を装うエクレールだったが、その尻尾はぶんぶんと左右に振られている。それを見て、シンクは「あぁ、やっぱり喜んでるんだな」と彼女の本心をあっさり看破。同時に彼女の本心を知りたい時は尻尾を見ればいい、と脳内の彼女のプロフィールに(彼女にとっては余計な)一文を添えていた。
 と、そんな二人のはるか前方で、新たなガレット戦士の集団がバトルフィールドへと侵入して来た。
 先ほどよりもさらに大規模な集団だ。本来ならば脅威と感じるところだが――
(……このタイミングで現れるとは、不幸な)
 よりによって、今まさにシンクに紋章砲を教えようというところに現れるとは……『どうぞ自分達を試し撃ちに使ってください』と言っているようなものだ。あまりにもひどいタイミングで進軍してきた不幸な敵集団にちょっとだけエクレールは同情する。
 が、本当に「ちょっとだけ」だ。すぐに意識を切り替え、シンクに対する“指導”に移る。
「まずは、自分の紋章を発動させる」
「紋章発動、レベル1!」
 かざした左手の手の甲にマルティノッジ家の紋章を発動させるエクレールにならい、シンクもまたビスコッティの紋章を発動させる。
 先ほどのタッチアウトの際にも発動させていたレベルの紋章だ。シンクにとってもこの程度はもはや造作もないこととして、すぐにその次の段階へと進む。
「そして、全身の力と気合を込めて、紋章を強化!」
「レベル、2!」
 紋章に込められる“力”が増し、今度は背後に大きな紋章が描き出される。
 そして――
『レベル、3!』
 さらに“力”が込められ、紋章が輝きを増す――加えて紋章の彩度も増し、まるで実体化しているようにも見えるほどハッキリと描き出される。
 これが、紋章発動レベル3。ここまでくれば、後は――
「フロニャ力を輝力に変えて、自分の武器から撃ち放つ!」
「それが――紋章砲!」
 エクレールの指導も仕上げに。言いながら、二人がそれぞれの得物を振りかぶり、
「ィヤァァァァァッ!」
「せやぁあぁぁぁぁぁっ!」

 思い切り振り抜いた。エクレールの双剣から、シンクのパラディオンから、それぞれに撃ち放たれた閃光が混じり合い、光の渦となってガレット戦士の集団に襲いかかり――飲み込んだ。
 強烈な“力”の渦に巻き込まれ、ガレット戦士達がまとめて薙ぎ払われる――空中を舞う中で次々に“だま化”し、地面に落下。あっという間に“ねこだま”の山が出来上がった。
「……紋章砲は便利だが、防具や甲冑を許された戦士長や騎士には防がれることも多い」
 紋章砲の余韻がくすぶる戦場に見入るシンクに対し、エクレールはそう言いながら振り抜いた双剣を引いた。
「それに何より……」
「撃つと、けっこう疲れるね!」
 付け加えようとした事柄はすでに本人が実感していたようだ。笑顔で応えるシンクに対し、エクレールは軽く息をつく。
「そういうことだ。
 よく考えて使え」
「ありがとう。がんばります!」
 あっさりと応えるシンクに、エクレールは「そんな安請け合いして大丈夫か?」などとちょっとだけ心配になって――



 “力”が渦巻いた。



 気づき、視線を向けた時には、すでにエメラルドグリーンの光の渦が迫ってきている――自分達ではない、第三者が放った紋章砲だ。
 標的など考えるまでもない――自分達だ。とっさにガードを固めようとするエクレールだったが、
「ん」
「――――――っ!?」
 唐突に、迫り来る閃光と自分達との間に何者かが降り立った。その正体に気づき、シンクが声を上げる。
「タカノリ!?」
 そう。シンクと別行動を取っていた崇徳だ。合流してきた彼が閃光に対して右手をかざして――目の前に発生した“力”の壁に、エメラルドグリーンの“力”の渦が激突した。
 衝撃で、崇徳の身体が1メートルと少し、押し戻される――が、崇徳自身が押し戻されただけで、防壁そのものは歪みひとつ起こしていない。
「な…………!?」
 強烈な紋章砲をものともしないその防壁の強度にエクレールが驚きの声を上げ――“力”の均衡が限界点を超えた。その場に押しとどめられていたエネルギーが居場所を求めて上方に押し流され、彼らの頭上を駆け抜けると後方の浮遊島の底に突き刺さった。
 光が消え伏せ、そこに残されたのは一本の矢――それを見て、シンクは確信した。
(紋章砲は、弓矢でも撃てるのか……)
 自分が弓矢で紋章砲を撃つ機会はないだろうが、いろいろ試してみる価値はありそうだと考えて――気づいた。
 先ほど閃光が飛来した方向から、今度は放物線を描くように光の塊が降ってくる。あれは――
(――――爆撃!?)
 射撃の次は爆撃。これもまた紋章砲のバリエーションか――驚く間もなく、紋章砲の第二射は崇徳の防壁を跳び越えて背後に着弾。爆風を受けたシンクとエクレールが吹っ飛ばされる。
「あー、すまん、今のは防御可能圏外だった。
 二人とも、大丈夫か?」
「ぼ、僕は平気……」
「……ぅ……」
 さすがにこれは防げなかったと、少しばかりの謝罪の意を込めて尋ねる崇徳にシンクが答える――エクレールに覆いかぶさるように吹っ飛んだはずなのに、むしろ彼女の下敷きになっている。とっさにエクレールをかばったのだろうと内心で崇徳が賞賛して――



「ほんのちびっと、期待をして来てはみたが……所詮は犬姫の手下か」



 そう答える声は頭上から――見上げると、こちらからは見上げる形になる岩場の上に、大柄な、そして大きなトサカが特徴的な濃紺の毛並みのセルクルにまたがるレオンミシェリの姿があった。
 その手には騎上弓。どうやら今の二発の紋章砲を放ったのは彼女で間違いはなさそうだ。
「レオンミシェリ姫……!」
「『姫』……?
 姫様? あっちの?」
 名をつぶやくエクレールの声を拾い、シンクが声を上げると、レオンミシェリは手にした弓を投げ捨て、右の人さし指を左右に振った。
「チッチッチッ、『姫』などと気安う呼んでもらっては困るの。
 我が名はレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ! ガレット獅子団領国の王にして、百獣王の騎士!」
 名乗ると同時、背後にガレット獅子団の紋章を浮かび上がらせる――さらに、彼女の輝力が周囲で炸裂、彼女の名乗りを彩るように炎を巻き上げる。
「『閣下』と呼ばんか、無礼者がっ!」
 高らかに、力強く、レオンミシェリが言い放ち――



「わかりました、姫様!」

「貴様改めるつもりないじゃろ!?」
 


 緊迫した空気を、崇徳が一撃で粉砕してくれた。
〈き、き、き、来たぁぁぁぁぁっ! レオンミシェリ閣下、戦場いくさば到着!
 愛騎ドーマも、相変わらず凛々しいっ!〉
 だが、そんなボケツッコミを繰り広げる当事者達をよそに、周りはレオンミシェリの登場に大いに盛り上がっている。フランボワーズの実況に、ドーマと呼ばれた濃紺のセルクルは自慢げに鳴き声を上げる。
 そして、そんな周りの盛り上がりは崇徳によって台無しにされかかった場の空気を改めて引き締めてくれた。気を取り直して、レオンミシェリは二人の勇者と親衛隊長を見下ろし、
「フンッ、それはさておき、ワシは先に進ませてもらおう。
 ドーマ、ゆくぞ!」
 告げると、ドーマを転進させてレオンミシェリはその場を去っていく――自分達にかまわず一気に本陣まで突破するつもりなのだろう。
「……マジで『見に来た』だけかよ」
「って、言ってる場合か!」
 そう、“自分達にかまわず”――無視された形になり、不満げに鼻を鳴らす崇徳に言い返すエクレールだったが、立ち上がろうとしたところで同じく起き上がろうとしたシンクと腕を引っかけ合い、バランスを崩してしまう。
「こ、こら、勇者! ジャマだ、どけっ!」
「そっちこそっ!」
 エクレールが上にいるのだから、エクレールがまずどいてくれるのが筋だろう――思わず言い返しながら、シンクはエクレールをどかそうとその手を伸ばして――



 ――――むにっ。

 その手が、何か柔らかいものを押さえた。



「ふぇっ!?」
「あ、ご、ごめん……」
 身体に触れられ、突然声を上げたエクレールにシンクは思わず謝罪する。
 だが、この時点でシンクは自分がエクレールのどこに触れたのかわかっていなかった。いきなり変な声を上げてどうしたのかと、ふにふにと感触を確かめながら視線を下げて――
「…………あれ?」
 その手は、彼女の慎ましやかな胸をしっかりとつかんでいた。
 自分がどこに触れているのか、そしてその感触が何を意味しているのか、しばし考え、一言。







「………………女の子?」

「このすっとこ勇者がぁぁぁぁぁっ!」







〈あぁっと、仲間割れか!?
 そしてこの勇者、意外とアホか!?〉
「シンク……今のはお前が悪いと思うな、オレ……」
 エクレールにブッ飛ばされ、シンクの身体が宙を舞う――芸術的に美しい放物線を描く彼の姿を見送り、崇徳はフランボワーズのコメントを聞きながらため息まじりにそう告げるだった。



   ◇



 一方、崇徳達を尻目に進軍を開始したレオンミシェリは彼らのいるバトルフィールドを避け、別のルートからビスコッティ本陣を目指していた。
 湖面に立てられた丸太を足場にして進むポールエリアを軽快に進んでいく彼女に向け、ビスコッティ側から一斉に矢が放たれるが、具現化した槍によってあっさりと薙ぎ払われた。それどころか、その槍に輝力を込めて放った紋章砲でやぐらごと吹っ飛ばされる始末である。
〈すごい!
 レオ閣下と愛騎ドーマ、まさに人騎一体の勢いで、ポールエリアを抜けていきます!〉
 フランボワーズが実況するが、『抜け“ていく”』と現在進行形で告げた時にはすでにポールエリアを抜け、次の関門を目指して駆け出した後だ。レオンミシェリ――レオの進軍速度がいかに速いかが見て取れるというものだ。
 そんな彼女の先に待ちかまえるのは――
〈そして難関! すべすべ床のすり鉢エリア!〉
 きれいに敷き詰められ、しかもなめらかに磨き上げられた石畳がすり鉢状になった、この進軍ルートの最終関門――その一帯でも、すでにガレット戦士とビスコッティ兵士の激しい攻防戦が繰り広げられている。
〈ビスコッティ兵士達もがんばって迎撃しております!
 最終防衛線まであと少し! ここが、今回の決戦の場か!?〉
「駆け抜けるぞ、ドーマ!」
 だが、レオンミシェリはそんな戦況にかまうつもりはなかった。ドーマをけしかけ、豪快にジャンプ。一足飛びにすり鉢エリアを飛びこえるつもりだ。
 真っ向から、派手に障害を正面突破。そんなレオの姿に、両軍の面々が思わずその姿を見上げて――



「たぶん跳ぶと思ってたよ」



「――――――っ!?」
 淡々と告げられた声に、レオは半ば反射的に戦斧を背後に振るう――すぐ背後まで追いつき、一撃を繰り出していた崇徳の多節棍の先端を弾き上げる。
 その手から弾かれた多節棍が真上に飛ばされる――が、崇徳はすぐに腰の後ろに手を回した。そして取り出したのは――
(銃か!?)
 そう、二丁拳銃――それもただ銃弾を発射するものではない。使用者の気を銃弾として発射する“気弾銃”である。
 至近距離から多数の光弾がレオに向けて放たれる――が、レオもドーマに装備させていた自身の盾を手に取り、崇徳の銃撃を防御する。
 そして、銃撃が一瞬だけ途切れたその刹那、戦斧の一撃で崇徳を吹っ飛ばし――

『まだまだぁぁぁぁぁっ!』

 新たな声が乱入――すり鉢の周りの足場を駆け上がり、レオ目がけて飛び出してきたシンクとエクレールだ。
 未だ空中のレオに向けて、二方向から襲いかかり――
「甘いっ!」
 レオはドーマの背から“跳んで”その場を離れた。その勢いでドーマもレオとは反対側に押しやられ、誰もいなくなった空間で獲物を見失ったシンクの棒とエクレールの双剣が衝突、双剣の一方が折れてしまう。
 しかも、レオはそこからさらに反撃までしてみせた。空中で戦斧を使ってレベル1の速射型紋章砲。威力と引き換えに素早く放たれた閃光がシンクとエクレールを直撃し、二人をすり鉢の中央に叩きつける。
「シンク! エクレール!」
 同じくすり鉢の中に着地し、落下してきた自分の戦棍をキャッチした崇徳が声を上げるが――
「勇者! お前は何なんだ! 戦いのジャマをしにきたのか!?」
「そっちこそ、僕のエリアルのジャマをっ!」
「…………無事みたいだな」
 むしろまだまだ元気なようだ。防具破壊判定で上着が吹っ飛んでいるのも気づかず口論を始めた二人に、崇徳は軽くため息をつく。
 だが――とりあえず言うべきことは言っておく。
「ケンカしてる場合じゃないよ、お二人さん」
 そう。状況はそんな口論に興じていられるほど生易しいものではない。
 なぜなら――自分達の前に降り立ったレオが、紋章術のチャージに入っているからだ。
 それもかなりの大規模攻撃のようだ。すでに周囲には彼女の練り上げた輝力が渦を巻き、背後の紋章は早くもレベル3に達している。
 しかも――
「おぉりゃあっ!」
 気合と共にレオが戦斧を地面に叩きつけ――“そこに新たなレベル2紋章が出現する!”
「ち、ちょっと待て!」
 これにはさすがの崇徳もその顔面から血の気が引いた。
 “二つの紋章”が持つ意味に気づいたからだ。
(レベル3の紋章に加えてレベル2をもうひとつ!?
 単純に計算するなら、3と2で……)
「レベル5!? つか紋章二つ!?
 紋章術って、そんなのもアリなの!?」
「獅子王、炎陣!」
 そのパワーはすさまじく、まだ発動準備の段階だというのに、周囲では叫ぶ彼女の輝力が炎の弾丸となって降り注ぎ、周囲で戦う両軍の兵士、戦士が次々に被弾、“だま化”している。
「紋章術って、こんなことまで!?」
「あぁ!
 だが、レオ姫のものは格が違う!」
 これにはさすがに、シンクとエクレールも口論を中断して退避。崇徳すぐそばまで下がってくる。
撃墜され死にたくなければ……」
 そう続けるエクレールの意図はシンクにも伝わっていた。二人顔を見合わせて――
『とにかく逃げる!』
 攻撃範囲からの退避を選んだ。クルリと回れ右して、全速力で走り出す。
 が――そんな中、まったく動じることなく佇む者がひとり。
「タカノリ!?」
「バカ、何してる!?」
 そう、崇徳だ。気づいたシンクやエクレールが声を上げ――







「大、爆、破ァッ!」







 レオの範囲型紋章砲“獅子王炎陣大爆破”が炸裂。すり鉢の中は技の名が示す通りの大爆発で満たされた。



   ◇



「きゃあっ!?」
「ふわぁっ!?」
 レオの放った一撃、その爆風は戦場の外、城から見守るミルヒ達のもとまで届いていた。吹きつける突風にミルヒとリコッタは思わず顔を覆う。
 やがて衝撃が過ぎ去り――二人はすぐに戦場へと視線を戻す。
「ゆ、勇者様!?」
「エクレ!?」
 爆心地は立ちこめる爆煙で視界ゼロ。果たして彼らは無事なのかと心配になる二人だったが、
「少なくとも……タカノリは平気」
 そう答えたのはヴァイトだった。
「だから……タカノリが守ったなら、シンク達も平気」
「そ、そうでありますか……?」
「でも、あの爆発じゃ……」
「大丈夫」
 レオのあの一撃を受けて、無事でいられるはずが――やはり不安をぬぐいきれないリコッタやミルヒだったが、ヴァイトはやはりそう答えた。
「絶対、大丈夫。
 タカノリが――」







“あの程度の”爆発でどうにかなるはずないから」



   ◇



〈で、出たぁぁぁぁぁっ!
 レオンミシェリ閣下必殺の“獅子王炎陣大爆破”!
 範囲内にいる限り、立っていられる者はいないと言われる、超絶威力の紋章砲っ!〉
「………………フンッ」
 もうもうと立ち込める黒煙の中、興奮したフランボワーズの実況が響く――軽く鼻を鳴らすレオの目の前で、周囲の爆煙が晴れていき――
〈……味方も巻き添えにしてしまうのが、玉にきずですが〉
 周囲にはいぬだまのみならず、ねこだまも多数転がっていた。
 自分の紋章砲でフレンドリファイアをかまされた自軍戦士達に内心で「すまん」と軽く謝るが、領主の威厳にかけて表情には出さない。毅然とした態度のまま、レオは実況席のフランボワーズに声をかける。
「フランぼーず! 確認せい!
 勇者達とタレミミはちゃんと撃墜された死んだか!?」
〈は、はい、えーっと……〉
 レオに言われ、フランボワーズは手元の中継映像の中から崇徳達の姿を探し――



「そう簡単に……やられるかぁぁぁぁぁっ!」

「にしても高すぎない、これ!? ねぇ、高すぎない!?」



 発見するよりも早く、相手の方がその存在を主張して来た。
 聞こえてきたのはシンクとエクレールの声。二人がいるのは――
〈そ、空ぁっ!?
 勇者一名と親衛隊長、無事です!〉
 そう。空――レオの大爆破の発動直前、先ほどレオが見せたものと同様の速射型紋章砲をエクレールが地面に向けて発射。その爆風と紋章砲自体の反動、そして大爆破によって発生した分の爆風を推進力に、二人は空へと逃れていたのだ。
 しかし――
〈だが、これではレオ閣下のいい的だ!
 もうひとりの勇者の姿もありません! 絶体絶命ぃっ!〉
 そう。現在シンクとエクレールは地上に向けて自由落下中。ここでレオから攻撃を受ければ回避もできずにくらうしかない。
 そして今まさに、レオが二人目がけて紋章砲のかまえに入り――







「………………あっぶなー……」







「――――――っ!?」
 聞こえてきた声に、レオは思わず驚き、動きを止めた。
 なぜなら、声の出所はすぐ目の前、未だ立ち上る爆煙の向こうだったからだ。
 つまり、つい今しがた吹き飛ばしたはずの辺りから。まさか、自分の必殺の紋章砲に耐えられるはずなど……
 混乱するレオの目の前で、ようやくその一角の煙が晴れて――
「やるじゃないのさ。
 まさかオレに全力で防御させるなんてさ」
 レオの期待に反して、健在の崇徳がその姿を現した。
 しかも、その姿、その装備が変化している――ビスコッティの正統勇者衣装に身を包んでいたはずが、現在は直線的なラインを中心にデザインされた鎧に身を包んでいる。
 鎧のカラーは銀色が中心。露出部分がほとんどなく、全身鎧フル・アーマーにも見えるが、わずかに見える地肌と露出した顔がこの鎧があくまでも部分鎧セミ・アーマーに分類されることをかろうじて主張している。
 背中にはまっすぐ張り出したバーに角錐状のパーツを三つぶら下げたような推進システムが左右一対。白銀のカラーリングと相まって、RPGに登場するアンデッドモンスターに見られる“骨だけの翼”にも見える。
〈な、ななな、なんとぉぉぉぉぉっ!?
 もうひとりの勇者も無事です! しかも! 大爆破の爆心地に平然と立っています! まさか、あの大爆発を耐え切ったというのでしょうか!?
 それに、装備も変化しています! 生き残ったのは、あの鎧のおかげなのでしょうか!?〉
「……それが、貴様の本来の戦装束か」
「まぁね。
 オレ専用の“装重甲メタル・ブレスト”――固有名称は“シャドー・ターミネーター”」
 レオに答えて、崇徳が多節棍をかまえる――“変身”に伴い、多節棍もまた金属質のそれへと変化している。
「でもって、コイツは……“影天棍えいてんこん”!」
 言って、崇徳が影天棍を振るう――同時、棍の連結が外れ、“力”でできた鎖によってつながれた棍がレオに向けて一直線に突っ込んでいく!
「フンッ、ぬるいわ!」
 だが、そんな直線的な攻撃に素直に当たるレオではない。あっさりとかわすと速射型紋章砲でカウンターを狙い――
「どっちが!」
 対し、崇徳が迫る閃光に向けて左手をかざして――発生した“力”の壁が、レオの紋章砲をあっさりと受け止める。
「もちろん――貴様の方がじゃ!」
 だが、それもレオの計算の内だった。崇徳が防御している間に間合いを詰め、防壁に向けて力任せに戦斧を振り下ろし――



 “戦斧の方が”砕け散った。



「何じゃと!?」
「オレに本気で守りを固められたら、それを抜くのはあきらめた方がいい」
 驚くレオに対し、崇徳が言い――防壁を消し去り、連結した影天棍で一閃。かわし、距離をとったレオに対して続ける。
「オレの力場の防御特性は“絶対防御”。
 空間湾曲によって空間そのものを隔絶し、あらゆる攻撃を遮断する――力任せじゃどうやったって抜けないんだよ」
「レオ様!」
「レオ様を守れぇっ!」
 レオの攻撃をあっさりと防いだ崇徳の姿を脅威と見たのだろう。すり鉢の外にいたおかげで先ほどのレオの大爆破から逃れたガレット戦士達が援護しようと次々にすり鉢の中に飛び込んでくるが、
「それからもうひとつ。
 さっきの範囲攻撃の後だと、二番煎じになりそうだけどさ……」
 対し、崇徳は前方に突き出した両手を重ねるようにかまえ――その足元に、円形の術式陣が浮かび上がった。
「紋章術では……ない!?」
「えぇ、そうですよー。
 これはオレ達の術――精霊術!」
 レオに答えて、崇徳が呪文を詠唱する。

 

 ―― 光のそばに生まれものよ
すべての存在モノに寄り添うものよ
我が意に従い 我が敵を絡め
我が意のもとに打ち砕け!



万影爆砕陣シャドー・マイン!」
 崇徳が術を発動――その瞬間、レオの足元で“影が動いた”
「――――――っ!?」
 寸前で気づき、跳びのいたレオの眼下で、自身の影が自分の足を捕まえるべくその一部を伸ばしたのが見える――見れば、自分のように離脱できなかった周囲のガレット戦士達は皆、自身の影から触手状に伸びた“影”に全身を絡め取られ、動きを封じられている。
 そして――“影が爆発した”
 崇徳の精霊力を受け、その支配下に置かれた“影”が一斉に自爆、絡めとられたガレット戦士達をまとめて吹き飛ばし、ねこだまに変えて周囲にまき散らす。
「影を操ると同時、媒介にして自らの力を相手のもとに伝え、零距離で炸裂させたか!
 なかなかおもしろい技を使うの!」
「一目でそこまで仕組みを見抜かないでもらえますか!? 自信なくすんですけどっ!」
 そんな中、難を逃れたレオが具現化した太刀で斬りかかる。対する崇徳もそれを影天棍で受け止め、
「もっとも――見抜かれたところで、他にもまだ、こんなのもありますけどねっ!」
 瞬間――影天棍から刃が“生えた”。刃の伸びる先にいたレオはとっさにのけぞってそれをかわし、距離を取る。
 改めて確認すると、影天棍の一方の端から光の刃が生まれ、戦棍から大鎌へとその姿を変えている。
「こっちがコイツの本来の姿、“影天鎌えいてんれん”。
 影天棍は、オレのこの力を目覚めさせてくれた友達のものでね――リスペクトの意味で真似っこしてるんですよ」
「リスペクト、のぉ……今のような不意打ち効果も狙っておるのではないか?」
 改めて影天鎌をかまえる――戦棍から大鎌に変わったことで、かまえも大きく振りかぶるものへと変わっている――崇徳に対し、レオは軽口を返しながらも太刀をかまえる。
 お互いにスキをうかがい、ジリジリと間合いを詰め――
「……意表を突くなら、こんなのもありますけど」
 唐突に崇徳が口を開き――直後、背中の翼から角錐状のパーツが六つすべて切り離された。一瞬落下しかけたそれらのパーツはすぐに自らの機能によって飛翔、一斉にレオへと向かう。
 と、角錐の先端に開いた穴から閃光を発射、計六つの飛翔砲台から放たれたビームが、全方位からレオへと襲いかかる。
 しかも、そのすべてがレベル2の紋章砲相当の威力を持つ“砲撃”だった。間一髪で上方に跳んで難を逃れるレオだったが、閃光は彼女のいた場所を貫き、その先、すり鉢の各所に着弾。爆発の嵐を巻き起こす。
「そんな隠し玉もあったのか……」
「飛翔砲台“シャドーサーヴァント”。
 オレの意志に従って飛翔して、今みたいな砲撃を発射して攻撃する……いわゆる“全射程兵装オールレンジ・ウェポン”ってヤツです」
 爆発に巻き込まれ、爆風で飛ばされてきたねこだまの一体をキャッチ。地面に下ろしてやり、崇徳はレオに向けて告げる。
「オレの手持ち武器はいくつかありますけど、そのすべてが基本的に“相手を近づけさせない”ことを念頭に置いてる。
 そうして相手を寄せつけず、シャドー・サーヴァントのオールレンジ砲撃と広域爆砕系の精霊術で薙ぎ払う――」
 


「“広域殲滅せんめつ”。
 それがオレの、攻撃特性ですよ」



   ◇



「す、すごい……!」
 その崇徳の逆襲ぶりは、上空から落下してきているシンク達からも見えていた。会話こそ聞こえないものの、一気にガレット戦士を薙ぎ払ったその一撃に思わず感嘆の声を上げると、
「何をしている! 私達も仕掛けるぞ!」
 そんなシンクに、となりを落下するエクレールが告げる。
「レオ姫の攻撃を防ぎ、ガレット戦士を蹴散らしても、レオ姫を撃墜するとなればアイツとて話は別だ!
 それに私達もだ――手柄を分け合いたくないが、私達だってひとりひとりではどうにもならん!
 連携だ! さっきのタイミング、今度は外さん!」
「……オッケー!」
 先ほどレオにかわされ、エクレールの片剣を欠けさせた同時攻撃、アレを今度こそ成功させる――そう宣言するエクレールにシンクがうなずくと、
「よし、なら……」
 言いながら、エクレールは身をひるがえし、
「いってこぉいっ!」
 蹴り飛ばした。
 シンクの、その後頭部に蹴りを叩き込む――レオに向けて突撃させるために。
「ひ、ひでぇぇぇぇぇっ!?」
 意図はわかるがやり方が大問題だ――思わず苦情とも取れる悲鳴を上げるシンクだが、すぐに意識を切り替え、レオに向けてパラディオンをかまえる。
「――――――っ!?」
 その突撃は、崇徳に注意を引かれていたレオの虚を突くものだった。残念ながら直前で気づかれ、盾で防がれたが、その盾に亀裂を走らせることに成功する。
 レオに弾かれ、シンクが着地して――
「シンク。合わせろ!」
「オーライっ!」
 崇徳と二人ですかさず挟み撃ち。レオも盾と太刀で防ぐが、二人の攻撃はその両方を打ち砕く。
「次は任せた、エクレール!」
「言われなくても!」
 そしてエクレールが到着。崇徳に答えながら、シンクと息を合わせてレオへと迫り――
『はぁぁぁぁぁっ!』
 二人の一撃が、レオの身体を横薙ぎに、前後から命中する!
 渾身の一撃を許し、レオが驚愕の表情を浮かべて――
「あー、とりあえず、手持ち武器の最後のひとつも見せときますね」
「――――――っ!」
 あっさりと告げられたその声に振り向き――そこには、両手に2丁の気弾銃をかまえた崇徳の姿があった。
 その手の中で気弾銃が霧散、収束して新たな姿の銃となり、レオへと銃口を向ける。
「ちなみに名前は――“影天銃”!」
 言うと同時に引き金を引く――“力”の銃弾が雨アラレと放たれ、とっさに防御を固めたレオへと降り注ぎ、その鎧にヒビを入れる。
「くっ、調子に――」
 だが、このままやられっぱなしのレオではない。盾を、戦斧を新たに具現化、銃撃を途切れさせた崇徳へとかまえて――固まり、その頬が引きつった。
「で……『ついで』ついでに、紋章砲の試し撃ちもさせてくださいね♪」
 そう言いながら――銃撃中にチャージしていたのだろう、背後にレベル3のビスコッティ紋章を浮かべ、今まさに影天棍をかまえた崇徳の姿を目にして。
 そして――



「くらえぇぇぇぇぇっ!」



 崇徳の影天棍から放たれた白銀の輝力の渦が、レオを飲み込んだ。
 大爆発が巻き起こり、爆風がシンク達の顔を叩き――
「えっと……『や、やったか!?』」
「タカノリ……?」
「気にするな、シンク。
 ただのげん担ぎだから」
 自分の砲撃があまりにもキレイに入りすぎて、さすがにレオの安否に不安を覚えた崇徳はとりあえず、自ら非撃墜フラグを立てておくことにした。動揺しているのか、かなりの棒読みであったが。
 煙が晴れていくと、そんな橋本の願いが通じたのか、レオがその姿を現して――
「ふむ……」
 レオが軽くため息をつくのと同時、彼女の鎧が砕け散った。
「やれやれ……新参とタレミミ相手とあなどったか」
「未知の相手と戦うっていうのに、主導権を譲りすぎたのは失策でしたね。
 で……どうします? 鎧も武器も砕けて、まだやります?」
「ふむ……ワシとしては素手でも別にかまわんのじゃがな……」
 レオの無事に安堵するも、とりあえずは対戦相手としてその心を内心にとどめ、尋ねる崇徳に対し、レオは笑いながらそう答え、
「じゃが、こんな姿のままで戦っては、両国民へのサービスが過ぎてしまうのぉ」
 余裕の態度で、軽くターンした上にポーズまで決めてくれる。その動きに、鎧がなくなってよくわかるようになった、レオの引き締まったスタイルが強調され、シンクと崇徳は思わず顔を赤くして視線をそらしていた。
「では……」
「うむ」
 一方、同性ゆえかエクレールは特に気にすることなくレオの発言の意図を察していた。彼女の声に、レオは軽くうなずいて、







「ワシはここで、降参じゃ」

 手を挙げて、ギブアップを宣言した。







〈こ、こここ、こうさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!
 レオ閣下、降参、ギブアップです! これによって、ビスコッティ側に総大将撃破ボーナス、350点が加算されます!
 今回の勝利条件は“拠点制圧”――“総大将撃破”ではありませんから、戦終了とはなりませんが、終盤にこのポイント差は致命的! ガレット側の勝利はほぼないでしょう!〉
「…………ふぅっ」
 フランボワーズの実況が、レオの降参とその影響をつぶさに説明してくれる――自軍の勝利が確定したと聞き、崇徳は安堵の息をもらした。
 ふと頭上の映像盤に視線を向けると、フィリアンノ城にも撮影スタッフがいるのだろう。ミルヒやリコッタが手を取り合って喜んでいる光景が映し出されている――ヴァイトの姿がない。「(撮影スタッフから)逃げたんだろうなぁ」と迷うことなく確信する。
 と、こちらにも撮影スタッフが駆けてきた。マイクを余分に持っているからインタビューだろうかと崇徳が考えていると、その予想通り彼らはレオへとマイクを手渡した。
「今回は貴様らにしてやられたわ。
 じゃが、次回も同じように勝てると思うなよ」
 そう言うと、シンクに向けてマイクを放る。受け取り、シンクはレオの顔をまっすぐに見返し、
「はい!
 ありがとうございます、姫さm
「『閣下』!」
「……閣下!」
 すかさずレオに訂正され、シンクは素直に言い直す。
「閣下との戦い、怖かったけど、楽しかったです!」
「うむ。
 それから……そっちの銀色の。
 今回ずいぶんと手の内をさらしたが……次は同じ手はくわん。しっかりと対策を立ててやるからの」
「それはいいですけど、その『銀色の』ってやめてもらえません?
 オレには“タカノリ・ハシモト”っつー立派な名前があるんですから」
「貴様がワシをちゃんと『閣下』と呼ぶなら考えてやってm
「じゃあ『銀色の』でいいです、姫様」
「貴様、あくまで『姫様』と呼ぶ気かっ!?」

 あっさりと崇徳に返され、レオが思わずツッコむ――が、周囲にはこのやり取りが大ウケのようで、撮影スタッフの間から笑い声が上がっている。
 ともあれ、レオ、シンク、崇徳とコメントし、残るはエクレールだ。気を取り直して、崇徳はシンクから受け取っていたマイクをエクレールに向けて放る。
 宙を舞うマイクに向けてエクレールが手を伸ばし――
「――撮影班、タレミミに寄れ。
 良い絵が撮れるぞ」
(………………?)
 レオが小声で撮影スタッフに告げるのが聞こえた。何かあるのかと崇徳もエクレールに視線を戻す中、そのエクレールがマイクをキャッチして――







 服が破れた。







 まるでマイクを受け止めた衝撃がスイッチになったかのように、エクレールの服が弾け飛んだ。マイクを手にしたまま、下の下着だけを残した半裸になってしまう。
「ぶ――――っ!?」
「…………な……な……っ!?」
 思わず崇徳は視線をそらすが、それでエクレールが衆目から逃れられたワケではない。突然のことにマイクを受け取った姿勢のまま固まり――エクレールは気づいた。
 先ほど、シンクとコンビネーションをレオに叩き込んだ、あの瞬間――何か腹部に衝撃があったことを。
 おそらくその衝撃がダメージとなり、服が防具破壊判定寸前になっていたのだろう。本当にギリギリ、それこそほんのわずかな衝撃で防具破壊に至る、そんな綱渡り状態のところにマイクを受け取ったことで、その際のわずかな衝撃がトドメとなったのだろう。
 そして――タイミング、位置取りから考えて、あの腹部への衝撃をもたらしたのは――



 シンクの、パラディオンだ。



「……あぁぁぁぁぁっ!?」
〈な、なんとぉっ! 勇者、味方騎士に誤爆ぅぅぅぅぅっ!
 防具破壊の末、服まで破壊してしまいましたぁっ!〉
 結論に至り、上がったエクレールの声にフランボワーズの実況が重なる――我に返り、身体を隠すようにうずくまるエクレールだが、突然のサービスショットに周囲は大層な盛り上がりだ。
「はっはっはっ!
 また来るぞ! 今度はきっちり侵略してくれようぞ!」
 そんな周囲の盛り上がりに、レオも一矢報いたと上機嫌。シンクと、そして勇者装束のマントを取り出し、エクレールにかけてやる崇徳にそう言い残すとさっそうときびすを返し――
「……撮影班けしかけたのをツッコまれる前に逃げたか……」
「あ、あはははは……」
 その本音は崇徳にあっさりと見抜かれていた。となりでシンクも苦笑して――
「ゆぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅしゃぁぁぁぁぁ……っ!」
 静かな声と共に、緑色の輝力が吹き上がる――もちろん、崇徳のマントを風呂上りのバスタオルのように身体に巻いたエクレールだ。
 その手の中で双剣の一本、刃を失わずに済んだそれがギラリと光る――その迫力に思わず後ずさりするシンクのとなりで、崇徳はため息をつき、エクレールへと視線を戻した。
 彼女の怒りに満ちた視線が自分をガン無視。原因となった誤爆をかましたシンクのみに向けられているのを確認し、一言。
「死なない程度に殺ってよし」
「おぅっ!」
「止めてよ、タカノリぃぃぃぃぃっ!」
 エクレールにとっての、この戦、真の最終決戦が幕を上げた。



   ◇



〈ここでレオ閣下、堂々のご退場!
 これは次の侵略戦にも期待が高まりますね!〉
〈そうですね。
 ですが、この戦も、まだ終わったワケではありませんからね〉
〈そうですよ。
 前線のみなさん、最後まで気を抜かず、タイムアップまでがんばってください!〉
 フランボワーズやバナードの言葉にビオレが前線の両軍参加者に呼びかけ、それに対し戦場の各所から歓声が上がる。
 そんな、戦場の喧騒を背中越しに聞きながら、戦場を後にしたレオはふと自らの乗るドーマの足を止めさせた。
 なんとなく、戦場をはさんだ反対側にあるフィリアンノ城へと振り向く――そこにいるであろうミルヒに向けられたものであろうその視線には、どこか不安を感じさせるものが混じっていて――



「……ふぅん」
 だが、レオは気づいていなかった。
 そんな自分の様子が、崇徳が飛ばしたシャドーサーヴァントによって撮影、彼のもとへ中継されていたことに。
 ミルヒを『犬姫』呼ばわりしていた辺り、レオはあまりビスコッティにいい感情を持っていないではないか。堂々と退場していきはしたが、もしそうだとしたら、このまま素直に引き下がるだろうか。何か動きを見せるのではないか。そんなことを思い、軽くスパイしてみたのだが――
(……どうも、そういう空気じゃないよな……)
 彼女の視線は憎き相手に向けられたものではない。むしろ、友人の身を案じる想いの宿ったそれだ――“友情”の感情を力の源にしているからこそ、崇徳はそれを強く確信していた。
 だが、だとしたら、なぜ彼女はこれほどまでに――ミルヒが“勇者召喚”に踏み切らなければならないほどに深々とビスコッティに侵攻してきたのか。そこがわからない。
(……ひょっとしたら……何か、裏があるのかもな。
 おせっかいかもしれないけど、少し姫様に忠告しとくか)
 “侵攻されたビスコッティを救う”という目的から考えれば、自分やシンクはこれにてお役御免だろう。おそらく元の世界に帰されることになるだろうが、正規の手段で召喚されたシンクはともかく、半ば事故のような形でこの地に降り立った自分やヴァイトは原因究明も含め送還には少なからず時間がかかるだろう。
 つまり自分には少しは動く時間がある。滞在している間にお節介のひとつくらい焼いておこうと考えて――

「このバカ! このバカ! このバカぁっ!」
「ご、ごめんってぇっ!」
〈あー、それにしてもこの勇者、強いしすごいが……やっぱり若干、アホかもしれません〉
「ほっといて!」
〈そして騎士エクレール! おいしい映像、ありがとうございました!〉
「やかましいっ!」

 眼下の歯車障害エリアには、フランボワーズの実況にも律儀にツッコみながら追いかけっこしているシンクとエクレール――そろそろ止めた方がいいかな、と崇徳はため息まじりに二人のもとへと向かうのだった。



   ◇



〈さて、ガレットが勝利していれば、この後は会場で“ガレットの地酒祭り”が行われる予定でしたが……〉
〈このままビスコッティ軍が勝利すれば、戦勝イベントの権利は、ビスコッティ側のものになりますね〉
 シンクとエクレールのドタバタもとりあえず一区切り――気を取り直して話を切り替えるフランボワーズにバナードがそう補足する。
〈ですね。
 では、フィリアンノ城のミルヒオーレ姫。今回のイベントは、やはり……〉
「はい。
 フィリアンノ音楽ホールから、音楽と歌の宴をお届けします」
 流れ的に、こちらに話が振られることは予測済みだし、すでに前もってスタッフからマイクを手渡されている――声をかけてくるフランボワーズに、ミルヒは笑顔でそう答え、
「姫様の歌のセットリストも、バッチリであります!」
 脇から乱入してくるのはリコッタだ。そんな二人のイベント紹介に、戦場からまたまた歓声が上がる。
 そして、そのハイテンションの渦の一角――ビスコッティ軍最終防衛線に、前線から引き上げてきた崇徳やシンク、エクレールの姿があった。
「へぇ……姫様って歌とか歌うんだ……」
「まぁ、領主様だろうが音楽が好きなら聞くだろうし、歌うの好きなら歌うだろ」
 当然、今の放送も彼らの耳に入っている。つぶやくシンクに対し崇徳が答えるが、
「お前ら、何だ、その薄いリアクションはっ!」
 そんな二人に対し、またまたエクレールがかみついてきた。
「姫様は世界的な歌い手であらせられるんだぞ!」
「世界!?」
 エクレールの言葉にシンクが思わず聞き返すと、
「そうだよ」
 そう答える声と共に、エクレールの上に何かが置かれ――
「お疲れさまだ、勇者殿、タカノリ殿、エクレール」
 そう言って、持ってきたエクレールの着替えを彼女の頭の上に乗せたロランは一同に向けて満足げにうなずいてみせたのだった。











「姫様は、他国との会議や交流の際、楽団を連れて世界中で歌われているんだ」
 とりあえずエクレールはロランの持ってきた着替えをさっそく身につける――そんな彼女の姿をその身でシンクや崇徳の目から隠しつつ、ロランは二人の勇者にそう説明する。
「とはいえ、最近では戦続きでツアーの方もめっきり滞ってしまっていてね。
 我々も、久しぶりに姫様の歌が聞けるくらいなんだが……」
「貴様も姫様の歌を聞けば納得するだろうよ」
 ロランの後ろから、とりあえずアンダースーツだけは着終えたエクレールが顔を出す。相変わらずシンクに向けてのケンカ腰だが。
「大活躍してくれた勇者殿達には、特等席を用意しよう」
「ありがとうございます!」
 ロランの言葉に礼を言うシンクだったが、ふと思い立ち、ロランに告げた。
「あー、でも、その前に一度家に戻るか、向こうに連絡したいんですけど……」
「別にいいんじゃないか?
 役目を果たした以上、オレ達はもう、後は帰るだけなんだし」
 シンクの言葉に口を挟んで――崇徳は気づいた。
 ロランやエクレールが、「こいつら何言ってるんだ?」的な顔でこちらを見ていることに。
「あー、えっと……
 オレ達……何か変なこと言いました?」



   ◇



「勇者様達のおかげで、無事に勝利を迎えられそうでありますな」
「えぇ♪」
 城の展望台を後にして、廊下を歩きながらミルヒはリコッタの言葉にそううなずく。
 なお、ヴァイトはリコッタにしっかりと抱きかかえられている。どうやらヴァイトの抱き心地が気に入ったらしい。
「でも勇者様達、コンサートは聴いていってもらえるかしら……?
 あまりお帰りが遅くなると、ご家族の方が心配するかもですし……」
 一方で、ミルヒが考えるのはこの後のこと。できれば送還前にコンサートを楽しんでいってもらいたいと何となくもらして――
「え…………?」
 その言葉に、リコッタは思わず首をかしげた。



   ◇



「召喚された勇者は、帰ることも、元の世界と連絡を取ることもできない」
「それが召喚のルールだ」
 前線では、シンクと崇徳がロランとエクレールから知らされていた。



   ◇



「一度召喚した勇者は、元の世界には戻せないでありますよ」
 そして城でも、ミルヒがリコッタからその事実を告げられていた。
「だからこそ、“勇者召喚”はめったなことでは行われないワケで……
 まさか姫様、ご存じなかったのでありますか?」
 尋ねるリコッタの腕の中で、ヴァイトはミルヒの顔を見上げて、一言。
「……知らなかったみたいだね」
 ミルヒは、それはもう盛大に冷や汗を流していた。



   ◇



「ま、またまたぁ」
 もう自分は元の世界に帰れない――告げられた事実を素直に信じられず、ジョークであってほしいと流そうとするシンクだったが、
「いや、事実だ」
 そんなシンクの期待を、ロランは容赦なくぶった斬ってくれた。



   ◇



「そ、そんなこと言っても、なんだかんだで方法が……」
 城でも、ミルヒが期待を込めてそう告げるが――
「ないでありますよ、そんなもんっ!」
 リコッタから手痛いツッコミをもらっていた。



   ◇



 かくて――











『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』











 城と前線、それぞれの場所で悲鳴が上がり――







「……ま、オレは最初から滞在前提だったし」



 崇徳ひとりだけが、平然とそんなことをのたまっていた。


次回予告

エクレール 「このバカ! 阿呆! エロ勇者ぁっ!」
シンク 「ごめんっ! ごめんってばぁっ!」
レオ 「はっはっはっ! 次回も刮目して見るがよいっ!」
崇徳 「……次回、姫様出番ほとんどないっスよ?」
レオ 「『閣下』っ!」

EPISODE 3「フロニャルドの歩き方」


 

(初版:2012/12/06)