〈戦、終了ぅ――――っ!〉
 フランボワーズの言葉と同時、いくつもの花火が打ち上がる。
〈双方敵陣制圧はならず、スコアでの決着となりましたが、実に久しぶりとなるビスコッティ軍の防衛勝利です!〉
 戦いの終わった戦場では、ビスコッティ、ガレット両軍共に互いの健闘を讃え合っている。そんな中、実況席のフランボワーズはとなりに座るバナードへと話を振った。
〈さて、この後はビスコッティ軍のロラン騎士団長をお呼びして、今回の戦についてお話を伺いたいと思いますが……〉
〈ですね。
 ロラン殿、如何かな?〉
「はい、かまいませんよ」
 改めてバナードから話を振られ、戦終了、久しぶりとなる勝利ということで殺到してきた取材陣をさばいていたロランがうなずくが、
〈あぁ、それから団長。
 できれば、今回の戦で華々しいデビューを飾った勇者さんからも、お話を伺いたいのですが……〉
 その時、何人の人間が気づいただろうか。
 フランボワーズが勇者のことを持ち出したとたん、ロランの口元がわずかに引きつったことに。
 だが、そんな動揺はすぐに消え去り、ロランは改めてフランボワーズに答えた。
「ゆ、勇者殿については、追々明かしていくということで……」
〈まだ謎だ、と?
 あー、わかりました! では、その分団長から、たっぷりと本日の戦について語っていただきましょう!〉
「……ナイス判断です、兄上……」
「ありがと。マヂありがと……」
 そんなロランとフランボワーズのやり取りに、エクレールと崇徳は小声でロランに感謝する。
 そして、同時に“そちら”を見て――



「……帰れない……僕はここから帰れない……」



「…………こんな勇者、表に出せません……」
「まったくだ」
 まさに「どよ〜ん」という擬音がピッタリ当てはまりそうな感じで、まるで今にも消え去りそうな幽霊の如き様相で落ち込んでいるシンクの姿に、二人は同時にため息をつくのだった。

 

 


 

EPISODE 3

フロニャルドの歩き方

 


 

 

「はぁ……本当にどうしましょう。
 勇者様、元の世界に帰れないなんて……」
「確かに……勇者様、お困りでしょうね」
 一方、ミルヒもミルヒで、自分が見落としていた“召喚した勇者は元の世界に帰せない”という事実に頭を悩ませていた。ドレスから領主としての執務服に着替えながらつぶやくその言葉に、それを手伝っていたメイドのひとりが同意する。
「ふぇえ〜、どうしましょう……」
 一度、シンク達の様子を見に行った方がいいか――そんなことを考えるが、
「ですが、姫様には姫様のお仕事がございます」
 そんな彼女の心情をその表情から読み取ったか、先手を打ってきたのは秘書官のアメリタである。
「でも、アメリタ……」
「この後は正式な戦勝宣言にレオ様への終戦のごあいさつ、戦勝国代表インタビュー、両国兵士達への労いのお言葉に、興行に協賛していただいた団体へのお礼。
 その後のコンサートも、リハ抜きでやるワケには参りませんし……」
 反論しかけたミルヒだったが、アメリタによって列挙されたこの後の予定の数々を前に完全にその勢いを削がれてしまう。
「少なくとも、今日一日は、勇者様の問題は学院組に任せていただきませんと……」
「あぅ……」
 トドメを刺され、完全にしょげ返ってしまったミルヒの姿に、アメリタは軽くため息をついて、少しばかりフォローしてやることにした。
「それに、この手の問題は姫様よりも、姫様のご学友、エルマール主席の方が適任でしょう。
 きっと、勇者様が元の世界に帰る方法を見つけてくださいますよ」



   ◇



 一方、そのリコッタは何冊もの本を、抱えきれる限界いっぱいまで抱えて廊下を駆けていた。戦の間中一緒だったヴァイトも、そんな彼女の後をついてきている。
 どうして彼女がそんなに急いでいるか、それはもちろん――
「ボクらを元の世界に帰す方法探し……見つかりそう?」
「絶対見つけるであります!」
 後ろからのヴァイトの問いに、リコッタはそう答えて足を止めた。
「姫様の召喚をお止めしなかったのも、ちゃんと確認しなかったのも、自分の責任であります。
 姫様の悲しむ顔は、見たくないのであります!」
 そう告げると、リコッタはヴァイトへと振り向き、
「ヴァイト、ごめんなさいであります。
 タカノリ様のところに連れていってあげるのは、少し待ってほしいであります」
「大丈夫。気にしないで」
 戦も終わったことだし、ヴァイトを崇徳のところへ連れていってあげなければ……と思っていたところに降ってわいた送還の問題。ヴァイトを案内してあげることができなくなり、申し訳ないリコッタだったが、ヴァイトはあっさりと聞き分けた。
「それに……手伝えることがあったら言って。
 文字は読めないけど、本を運んだりはできるから」
「いいでありますか?」
「ボクらが帰る方法を探してくれるんだもの。このくらい当然」
「じゃあ、お願いするであります!
 では、さっそく学院の資料室にゴーであります!」
「おー」
 リコッタの音頭にヴァイトが応え、二人は再び廊下を走り出して――



「主席! 廊下は走らないでください!」

「はぅ、ごめんなさいであります〜っ!」



 通りかかったメイドから怒られた。



   ◇



「……はぁ……
 そうだよなぁ……異世界だもんなぁ……」
 思い出し、確認してみた携帯の受信状態表示は当然のように“圏外”。改めてここが異世界であることを実感して、シンクは携帯電話を懐にしまった。
(……ブレイカーブレスの通信もダメか……)
 そのとなりでは、崇徳も仲間達への連絡手段がないことを改めて確認――とりあえず街に戻ったものの、特に予定も定まっていなかった二人とエクレールは、現在街角のベンチで休憩中。
「まったく……覚悟もないのに召喚に応じるからだ」
「あの……オレとヴァイトは完全に事故っぽいんですけど」
 落ち込むシンクに応えるエクレールに崇徳がツッコみ――その言葉に黙ってられなかったのはシンクも同じであった。
「か、覚悟も何も、そのワンコが!」
 言って、シンクが指さすのは何食わぬ顔で三人についてきていたタツマキである。
「踊り場から降りようとしたら、落とし穴を仕掛けて!」
「落とし穴? タツマキが?」
 シンクの言葉に、エクレールは思わず首をかしげる――と、注目を浴びたタツマキは『心外だ』とばかりに首を振ると足元に小さな術式陣を描き出した。
 そして、『これを見ろ』と言うのか、右の前足でその術式陣を指し示した。しゃがみ込み、術式陣をのぞき込むシンクだが、それが何を意味しているのかさっぱりわからなくて――そんな彼のさらに上からのぞき込んだエクレールが、術式陣に書かれた一文に気づき、読み上げる。
「なになに……『ようこそフロニャルド。おいでませビスコッティ』……
 『注意。これは“勇者召喚”です。召喚されたら帰れません』」
「んなっ!?」
 エクレールの読み上げた一文にシンクが思わず絶句する――しかも、文章はそれで終わりではなかった。
「『拒否する場合は、この紋章を踏まないでください』……」
「……こんなんわかるかぁぁぁぁぁっ!」
「私に言うなぁぁぁぁぁっ!」

 怒りの声を上げたシンクにエクレールも対抗する。そんな二人の姿に「なんだかんだで同レベルだなー」などと他人事のように感想を抱いて――ふと崇徳はそれですべての疑問が解消されたワケではないことに気づいた。
「あー、シンク?
 そういえばさっき、タツマキが『落とし穴を仕掛けた』とか言ってたよな?
 その落とし穴って、ひょっとして……コレがでっかくなったヤツだとか?」
「そう! そうだよ!」
 うなずくシンクの言葉に、崇徳はエクレールと顔を見合わせる。
 この術式陣を、どうしてシンクは“落とし穴”と形容したのか――先ほどのシンクの主張と照らし合わせて、改めて尋ねる。
「そういえば、『踊り場から降りようとしてた』とも言ってたな。
 それとコレと落とし穴と、どうつながるのかイマイチ判断に困るんだけど……とりあえず、お前が召喚された時のことを詳しく説明してもらえるか?」
「あ、うん……」
 シンクの話してくれた内容を整理すると、こういうことである。

1.学校帰り、階段をショートカットしようと玄関上の踊り場から地面にジャンプ。

2.その着地点にタツマキが先回り。

3.その場に“勇者召喚”の陣を展開、シンクは逃げることもできずにその中に。

「……ふーん……」
「ふむ……」
 シンクから話を聞き、崇徳とエクレールは少し腕組みして考える。
 そして、同時にタツマキの方を見て、
『タツマキが悪い』
 言い切った。
「タツマキ……お前なぁ、“召喚を拒否できる”という選択肢があるのに、いきなり陣の中に飛び込ませてどうする。
 選択の権利がある以上、まず最初に勇者の意見を尊重すべきだろう」
「つか、今の術式陣に書いてあった注意文、フロニャルドこっちの文字だよな?
 シンクが読める保証なんかどこにもないだろう。その時点で選択も何もあったものじゃないだろう」
 二人から立て続けにダメ出しされ、タツマキもさすがに冷や汗を流して――
「クゥン」
「あ、反省」
 ベンチにポンと右前足を置いてうなだれる――いわゆる“反省のポーズ”で謝罪の意を表すタツマキに崇徳は「こっちの世界にもコレあるのか」と割とどーでもいい感想を抱いていた。
「と、とにかく……貴様達を帰す方法は学院組が調査中だ。いずれ判明するだろう」
「なら……いいけど……」
 さすがにこれはこちらの落ち度だと思ったか、フォローするエクレールにシンクはしぶしぶ納得する――とりあえず自分のことを持ち出すと話がややこしくなりそうだと考え、崇徳は主張を控えておくことにする。
「とりあえず……まぁ、何だ。貴様は阿呆とはいえタカノリと同じく賓客扱いだ。ここでの暮らしに不自由はさせん。
 ひとまずはこれを受け取っておけ」
 そんなことを崇徳が考えているとは露知らず、エクレールは彼とシンクに向けて何かの袋を差し出した。
 差し出された時、ジャラリと音を立てた。ということは、これは――
「これ、お金……?
 いや、さすがにお金は……」
「カン違いするな。同情や慈善でくれてやる金じゃない」
 確かに困っているが、さすがにお金は……と拒否しようとするシンクだったが、そんなシンクにエクレールはため息まじりに訂正した。
戦場いくさばでの活躍報奨ほうしょう金だ――受け取りを拒否などすれば、財務の担当者が青ざめる」
「あぁ、そういうこと。
 それなら問題ないな」
「タカノリ、切り替え早くない!?」
「あー、そっか。シンク、まだ中学生なんだっけ?
 なら、働いたことなんてないだろうからわかんないだろうけど、働いた分だけ報酬をもらうっていうのは、労働に対する正当な対価だ。
 別の見方をするなら、働いたからには、働かせた側にはそれに見合った報酬を出す義務がある、ってことでもある――それを受け取らないっていうのは、働かせた側の義務を果たすジャマをしてるってことと同じだ。
 つまり――労働に対してその対価をもらうのは、働いた側にとっての義務とも言える。素直に受け取っておけよ」
「うぅ……」
 崇徳の言い分は小難しかったが、とりあえず要点は理解できた――まだ少し遠慮の気持ちは残っていたが、とりあえずシンクはエクレールの手から自分の分の報奨金の入った袋を受け取った。
 同様に崇徳にも報奨金入りの袋を手渡すと、エクレールは露店が並び、にぎわう周囲の様子を見回し、
「一般参加の兵士達も、楽しいから参加している者も多いだろうが、報奨金は自分がどれだけ戦に貢献できたかを測る大切な目安だ。
 少なくとも、“参加費”分は取り戻したいというのも本音だろうしな」
「参加費!?
 お金取ってるの!?」
 国同士の戦というから、てっきり国費でやってるものと――思わず素っ頓狂な声を上げるシンクに対し、、エクレールは軽くため息をつき、
「……やれやれ、これはかなり初歩的なところから教えてやらんといかんな」
「まったくの異世界からの客人に対して簡単な説明で済まそうとしていたお前の根性の方に驚きだよ、オレは」
 崇徳にツッコまれて――エクレールはぷいと視線をそらした。



 その後、三人+一匹は市場の屋台で買い物、貨幣の種類とその価値をエクレールから実践で教えてもらいながら、軽く戦の仕組みについて説明を受けていた。
「戦は国交手段でもあるが、同時に国や組織をあげてのイベント興行でもある。
 今回はガレットと戦ったが、もっと規模の小さい……村同士や団体同士の内戦もあるな」
「村対抗の競技大会、兼、お祭り……みたいなものかな?」
「まぁ……そういう言い方もできるな」
 自分なりに要約し、聞き返すシンクに対し、エクレールはうなずき、説明を続ける。
「とりあえず……今回のような国同士の規模の戦を例にしよう。
 戦の興行を行う際は、興行主が参加希望者から参加費用を集めて、それを両国がそれぞれに計上する。
 そして戦を行い、戦勝国が約六割、敗戦国が残りの約四割を受け取る。これは大陸協定で決められた基本の割合だ」
「協定、ねぇ……
 『基本の』ってことは、興行の企画内容によってはその割合も変わったりするのか?」
「まぁ、な。
 参加する両陣営の合意が得られれば、割合はある程度融通が利く……もっとも、協定上それが認められているというだけで、実際にその辺りの調整を行うようなケースはほとんどないがな」
 尋ねる崇徳に答えて、エクレールは彼を一にらみ――「口を挟むな」というその意図を読み取り、崇徳は軽く肩をすくめて了解の意を示した。
「分配した費用の最低でも半分は、参加した兵士の報奨金に当てられる。この割合も、協定で決まっている。
 そうして残った半分が、戦興行の国益だ。病院を建てたり、砦を作ったり、公務のために働く者を養ったり……と、国を守るために使われる」
「へぇ……」
 エクレールの言葉に納得して――これを機会にと、シンクはずっと気になっていたことをエクレールに尋ねた。
「あと、さ……本物の戦争っていうか、興行じゃない、大陸協定の枠の外で行われたり、人が死んじゃったりするような戦いとかも……あるのかな?」
「ふむ……大陸協定も最初からあったワケではないしな。歴史を紐解けば、そういった戦いもなくはない。
 特に、魔物との戦いではな」
(魔物……?)
 二人の後ろを歩きながら話を聞いていた崇徳がわずかに反応するが、気づかないままエクレールは続ける。
「我々が戦で負傷せずにいられるのは、戦場いくさば指定地に眠る、戦災守護のフロニャ力のおかげだ。それ以外の場所では、ケガもするし死にもする」
「じゃあ……守護されてる場所ってどのくらい?」
「元々、守護力の強い場所に国や街、砦ができているんだ。つまり、“守護力の強い場所=人のいる場所や戦場いくさば”と言ってもいい。
 街道や山野は危険な場所が多いな……特に街道は、大型野生動物による危険度が高い。
 だが、戦のために移動する隊列に加われば、安全な旅ができるという利点もある」
「ここでも戦関係の話が出てくるのか……
 ずいぶんと合理的と言うか、生活に密着してるんだな、フロニャルドの戦っていうのは」
「まぁ、な」
 シンクに向けた説明が終わり、納得した崇徳にエクレールがうなずく――そうしている間に、一行は当面の目的地、王立学院の前に到着していた。
「しかし……本当に何も知らされないまま召喚されてきたんだな、貴様らは」
「うん、本当にね」
 エクレールとシンクがつぶやき、同時にタツマキへと視線を向ける――彼は当分このネタでいじられ続けるに違いない。冷や汗を流すタツマキには悪いが、自業自得なので気にはしない。
「とにかくリコのところに行くぞ。
 案外何か進捗があったかもしれん」
『リコ……?』
 気を取り直して告げるエクレールだが、そのリコ=リコッタとの面識のないシンクや崇徳は誰のことやらさっぱりだ。とりあえず、この話の流れで名前が挙がるのだから召喚の件を担当している人物のことだろうと見当をつけながら、学院の中に向かうエクレールの後に続いて学院へと入っていった。



   ◇



 …………のだが。
「ほんっ、とーにっ! 申し訳ありませんっ!」
 待っていたのは、そんな全力の謝罪であった。
「このリコッタ・エルマール、誠心誠意、勇者様達がご帰還されるための方法を探していたでありますが、力及ばず、未だなんとも……」
 しっかり自己紹介も交えながらペコペコと謝っているのはシンクと同い年くらい、つまり崇徳より年下の、まさに『小動物系』という表現がピッタリ――耳としっぽがあるからなおさら――はまるような女の子だった。
 とりあえず、何度もお辞儀を繰り返す彼女に抱きかかえられ、ヴァイトが苦しそうにしているが――問題はヴァイトの有様よりも“この子が自分達の帰還についての調査の責任者なのか”ということだ。答えを求め、崇徳は思わずエクレールへと視線を向けるが、
「気にするな、リコ。
 私も勇者も、そんなにすぐに帰還の方法が見つかるとは思っていない」
「え゛っ!?」
 残念ながら崇徳の懸念は的中したようだ――リコッタにフォローを入れるエクレールの言葉は、彼女が件の“責任者”であることを雄弁に物語っていた。
 一方、彼女と一緒に“気にしていない”ことにされたシンクが思わず声を上げるが、崇徳は実際すぐ見つかるとは思っていなかったし、エクレールの言葉の中、名前すら挙がらなかった自分よりは気にしてもらえているんだし、問題ないだろうとそこは気にしない。
 とはいえ、期待していたシンクへのフォローは必要だろうと、とりあえず話を進めることにする。
「シンク。
 とりあえず、すぐ帰れないのは確定として……今のところ、『いつまでには帰りたい』とか、期限の希望はないのか?」
「え? 期限?
 えっと……」
 崇徳の問いに、シンクは気を取り直して少し考えて――
「うーん……春休み終了の三日前……の、前日には家にいないといけないから……」
(え………………?)
 そのシンクのつぶやきに崇徳は思わず眉をひそめた。
 なぜなら――
(『春休み』……?
 オレとヴァイトが飛ばされる前、日本は“夏真っ盛り”だったはず……
 シンクとオレ達は、別々の時期からこの時間のフロニャルドに呼ばれてきた……?)
 それがいったい何を意味するのか、今のところはわからないが――元々自分達はイレギュラーな召喚によってフロニャルドへとやってきたのだ。その“イレギュラー”の原因を探る手がかりにはなるだろうと、崇徳はその事実を心の中にめておくことにした。
「……うん、あと16日」
「16日でありますか!?
 それは希望が出てきたであります!」
 一方、シンクの方は滞在のリミットに関する結論が出ていた。その言葉にリコッタが喜んで……今度は自分に視線が向けられたので、崇徳も答える。
「あー、オレは特に期限とかないから、気にしなくていいよ。
 仕事で家をしばらく空ける、とかはいつものことだから、誰にも心配かけることはないと思うし。
 とりあえずシンクの帰還方法を見つけて、オレはその後ってことで」
「そうでありますか……って、『仕事』!?
 だ、ダメでありますよ! 帰るのが遅れたら、タカノリ様のお仕事に影響が出てしまうであります!」
「あぁ、そこは大丈夫。
 依頼を受けて動くタイプの仕事だから――幸い、今のところ一件も依頼を受けてなかったから、仕事への影響はないよ」
「なら、いいのでありますが……」
 崇徳の言葉に、リコッタはひとまず納得したようだ。崇徳の“仕事”への影響はないと知らされ、安堵の息をついて――
「……あ、そうだ」
 ふと思い出し、シンクは一同の目の前で携帯電話を取り出した。いったいそれは何なのかと首をかしげるリコッタに尋ねる。
 すなわち――
「召喚した穴のところに行ったら、電波通ったりしないかな?」
「…………デンパ?」



   ◇



「ぬぐぐぐぐ……っ!」
 気合を入れ、シンクが押し広げようとしているのは、桃色に輝く召喚の術式陣――とりあえず召喚台へと顔を出し、シンクはリコッタが準備を整えるまでの間、本当に送還の手段がないのか、実際に試してみることにした。
 エクレールに召喚の宝剣を使ってもらい、召喚の術式陣を展開、通れないかどうか試してみるが――
「……や、やっぱり通れない……っ!」
「だから言っただろう。ムリだと」
「なんの! 人生何事もチャレンジ! ネバーギブアップ!」
 あきれるエクレールに答えて、シンクが改めて術式陣に頭を突っ込もうとした、その時だった。
「勇者様ーっ! お待たせいたしました〜♪」
 そう言いながら現れたのは、何やら大型の機材を引くセルクルにまたがったリコッタだ。ヴァイトも機材の上に座って一緒にいる。
「それは……?」
「この大陸で使われている、フロニャ周波を増幅させる装置であります」
「フロニャ周波……なるほど、それがオレ達の世界で言うところの電波ってワケか……」
 シンクに答えるリコッタの言葉に崇徳が納得する――なるほど、この世界において電波として使われているフロニャ周波を増幅する装置なら、同様に電波も増幅できると踏んだのだろう。
 踏んだのだろうが――
「自分が“5歳の頃に発明した”でありますが、今では大陸中で使われているでありますよ――」
「ちょっと待たんかいっ!」
 聞き捨てならない情報を耳にして、あわててストップをかけていた。
「『5歳の頃に』……『発明した』!?
 これ、リコッタが作ったの!? 小さな時に!?」
「はいでありますっ!」
「リコ……当たり前みたいに言ってるけど、それけっこうとんでもないこと……」
 崇徳の問いに自信満々に答えるリコッタに対し、機材の上からヴァイトがツッコんでくる。
「リコは“発明王”の二つ名でも知られる、当代きっての天才だからな」
「そんな、エクレ、照れるでありますよ……うりゃっ!」
 驚く崇徳達に説明するエクレールの言葉に、『天才』と評されたリコッタは顔を赤くして、誤魔化すように装置のスイッチを入れた。
 自分達の世界でもたまに聞かれる、機械独特の駆動音が聞こえ始めたのを受けて、シンクは気を取り直して自分の携帯を開く。
 液晶表示の一角、『圏外』の二文字に注目して――



 アンテナのマークに切り替わった。



「ぅわっ、立った!」
「ホントだ。
 しかもバリ3……」
 しかも受信状態は最高レベル。純粋につながったことに喜ぶシンクの頭上、機材の上からのぞき込んできていたヴァイトも驚いてつぶやく。
「すごい! リコッタすごい!」
「ありがとうございます! 感激であります!」
 はやし立てるシンクの言葉に、ほめられたリコッタも敬礼で返す――そして、シンクはさっそく携帯電話を操作、番号を呼び出し、ダイヤルする。
 少し待った後に応答があったらしく、シンクが話し始めたのを尻目に、エクレールは崇徳へと視線を向け、
「貴様は連絡しなくていいのか?」
「そうしたいのは山々なんだけど……ね」
 そう答えて、崇徳は自分の左手に着けられた腕時計型端末“ブレイカーブレス”を操作、空中にディスプレイを投影する。
 エクレールにはその画面の意味はよくわからなかったが、それはシステムの現状をまとめ、表示するメンテナンス画面――そして、通信状態の欄は、通信可能な端末が現在存在しないことを示していた。
「……どうも、オレの方は通信できる状態になってないらしい」
「どういうことだ?
 勇者の方は連絡がつけられて、貴様の方はダメだとは……」
「んー……仮説はあるにはあるけど、その前に、シンクにちょっと確認したいことがあるんだよな……」
 エクレールに答えて、崇徳が視線を向けた先では、シンクがまだまだ通話中。
「……とりあえず、アイツが一通り連絡を終えるのを待って、それからだな」
「そうか……」
 とりあえずエクレールが引き下がると、シンクは今の電話の相手とのやり取りを終えたようだ。電話を切り、リコッタに声をかける。
「ゴメン、リコッタ。
 もうちょっとだけ、つないでてもらってもいい? 他にも連絡を取っておきたい人がいるからさ」
「大丈夫でありますよ……あ」
 尋ねるシンクに答えて――リコッタは何か思いついたようにポンと手を叩いた。どうしたのかと首をかしげるシンクにすり寄って、
「勇者様、よければその『デンワ』という機械、後で調査させていただけないでしょうか?
 ちょっとだけ分解して、構造を知りたいのであります!」
「え゛、ぶ、分解!?」
「見知らぬ機械を見ると自分、尻尾の付け根と研究心がキュンキュンしちゃうのでありますっ!」
 いきなり不穏なことを言われ、あわてるシンクにリコッタがどこか方向性がおかしなテンションと共に答える――「あぁ、さっきから白衣のお尻のあたりがモゾモゾうごめいてるのは尻尾の仕業それか」と納得する崇徳だったがそれはさておき。
「平気であります! ちゃんと元に戻すであります!」
「いやいや、分解したら保証が利かなくなるんだって!」
「大丈夫であります! 自分が保証するであります!」
「そうじゃなくて、電話会社のぉっ!」
 たまらず逃げ出すシンクだが、リコッタもそれを追いかける――「あぁ、どこかで見た光景だなー」とエクレールをチラリと見た崇徳は息をつき、
「リコッタ、ほら」
 声をかけ、それを放る――気づいてリコッタがキャッチしたのは、崇徳のブレイカーブレス……の、スペアである。
「それならメーカー製じゃないからな、好きにいじっていいよ」
「本当でありますか!?」
「ただし」
 歓喜の声を上げるリコッタだったが、崇徳はそんな彼女を手で制し、
「機械も所詮は道具。使ってナンボ。
 まずは使い方を理解して、分解はそれから――そうだな、操作方法を突き止めて、オレの持ってるオリジナルに連絡を入れること。
 それができたら、分解して調べるのを許可します♪」
「了解でありますっ! がんばりますっ!」
「えっと……僕の帰還の方も、ちゃんと調べてね……?」
 崇徳に対し最敬礼で応じるリコッタに対して、シンクは本題を忘れてやいないかと不安を覚えてツッコミを入れた。



   ◇



「そうか……勇者殿の故郷と、無事に連絡が取れたか」
〈はい。
 もうひとり……タカノリの方は連絡が取れませんでしたが、こちらは原因に心当たりがあるとかで、特に問題はないと本人が言ってました〉
 所変わって、ここは騎士団の詰め所――無線の受話器を手に安堵の息をつくロランに交信の向こうで答えるのは、放送機材に備えつけられていた無線機で召喚台から連絡を入れてきたエクレールである。
〈二人とも、滞在期間中は戦への参加も含め、前向きに過ごしたいとのことです〉
「そうか」
 エクレールの言葉にもう一度安堵の息をつく――が、朗報があったのはエクレールだけではない。こちらに入った“いい報せ”をエクレールに教えてやる。
「こちらもいい報せだ。
 ダルキアン卿とユキカゼが、今日明日中にも旅から戻られるそうだ」



   ◇



「本当ですか!?
 それは心強い!」
『………………?』
 ロランからもたらされた朗報に、エクレールは思わず喜びの声を上げる――その声に、リコッタを始め周りの面々も彼女のもとに集まってくる。
「エクレ、どうしたでありますか?」
「朗報だ!
 ダルキアン卿が旅から戻られるそうだ!」
「本当でありますか!?
 なら、ユッキーも一緒でありますな!」
「あぁ!」
「えっと……誰?」
 エクレールの言葉に喜ぶリコッタだが、当然ながらシンクや崇徳は話題に挙がった二人が何者なのか知らない状態だ。首をかしげる崇徳のとなりで、シンクがエクレールに尋ねる。
「我が国が誇る最強の騎士、ダルキアン卿と、我らが友人のユキカゼだ。
 あの二人が戻ってきてくれるなら、まさに百人力だ!」
「へぇ……」
 エクレールの説明にも、今ひとつそのすごさをイメージできないシンクはどこか生返事だ。だが――
(『百人力』ねぇ……)
 崇徳は違った。エクレールの言葉に、内心眉をひそめていた。
(要するに、それほどの強さの戦力を欠いていたために、ガレットに絶体絶命のところまで攻め込まれたってことか……
 けど、それはつまり“国の危機にも関わらず、そんな貴重な戦力を呼び戻せない事情があった”ってことでもあって……)
「…………なんか、また“ワケあり”の予感がするんだけどね、オレは……」
 思えばレオも何かを抱え込んでいるふうだった。この上さらに裏事情の種が増えるのかと、内心でため息をつく――



 実際のところ、崇徳の予感はくだんの二人の帰還によって的中することになる。

 ただし、同時に彼のまったく予期していなかった形で彼の運命を動かすことになるのだが――それはまた、別の話である。



   ◇



「そうですか……
 勇者様、元の世界に連絡することができたんですね」
「えぇ」
 エクレールとの通信を終え、ロランはさっそく、シンクが地元との連絡をつけられたことをミルヒに報告に訪れた――崇徳が未だ連絡不能である件はあえて伏せる。崇徳本人が納得しているようだし、わざわざ伝えて安堵するミルヒのテンションをまた下げることもあるまい。
「勇者様達、エクレールやリコと仲良くなれたでしょうか?」
「私の見た限りでは、すっかり」
 少なくともその一点については迷うことなく答える――エクレールがシンクに対してケンカ腰な点も、『ケンカするほど』というヤツだと即断して。
「よかった……
 まだ問題は多いですけど、なんだか少し、ホッとしました」
「ははは、姫様はご心労が多くていらっしゃいますからな」
「みんなに支えられての私ですから。
 自分で何とかできるところは、がんばらないとです」
 苦笑するロランにミルヒが答えると、そこにアメリタが姿を見せた。どうやらコンサートのリハーサルの準備が整ったようだ。
「騎士団長、姫様、そろそろ……」
「あ、はい」
 アメリタに促され、ミルヒはマイクを手にステージに向かう――そんな中で考えるのは、いろいろなことがありすぎた今日のこと。
(勇者様達には、後でちゃんと謝って……それから、『戦場いくさばでの活躍、すごかったです』って伝えて……
 勇者様のことは、なでて差し上げていいのかしら? 失礼でなければいいな……
 あ、エクレールもほめてあげなきゃですね。すごくがんばってくれましたし……
 もちろん、コンサートもしっかりがんばって……それから、レオ様にもまた、お手紙を差し上げないと……
 レオ様、どうして、あんなに戦が好きになってしまわれたのか……
 昔は、あんなにほめてくださった私の歌を、どうして、聞いてくださらなくなってしまったのか……)
 ロランのジョークではないが、まだまだ悩みの種は尽きない――とりあえずは目の前のコンサートだと、ミルヒは気持ちを切り替えてステージの中央に立つのだった。



   ◇



「レオ様、ミルヒひい様のコンサート、お聞きにならないんですか?」
「フンッ」
 所変わって、こちらはガレットのビスコッティ侵攻軍本陣――手にしたグラスに酒を注いでくれるビオレの問いに、レオは不満げに鼻を鳴らした。
「犬姫の歌など、聞きとうないわ」
 ウソだ。その証拠に、レオの耳はミルヒのコンサートの話題を出したとたんにピクピクと反応を示している――いったい何がレオをミルヒに対して意固地にさせているのかと、ビオレは内心でため息をついた。
 とりあえず、軽く“いぢわる”してみる。
「では、軽く妨害でもなさいますか?」
「敗戦国が戦勝国の宴をジャマするなど、そんなみっともないマネができるか!」
 力いっぱい拒絶された――本心を明かしてくれないレオに少しばかりの不安はあったが、何だかんだ言いながらもちゃんとミルヒの身を案じていると、ビオレはその点だけは安心していた。
「では、本日はもうお休みください」
「うむ」
 ビオレの言葉にうなずいて――ふとレオはあることを思い出した。
「ところで……“ガウル”はどうした?
 今日こっちに来るとか言っていたが……」
「そういえば……未だに到着の報せはありませんね……?」
 レオの問いにビオレもまたそのことを思い出した。軽く首をかしげて――まぁ、戦も終わったことだし、くだんの人物が到着しようが特に事態が動くこともないだろうと、二人はこの問題をあっさりと棚上げすることにしたのだった。



   ◇



 フィリアンノ城は、城全体がフィリアンノ湖の直上に位置する浮島の上に建てられており、地上からは設置された階段を通って入城する構造となっている。
 とはいえ、浮島自体の位置は文字通り『“直”上』。湖面のすぐ上に浮いているため、それほど高い位置にそびえているワケではない。周囲にはそれ以上の高さの山もあり、フィリアンノ城の美しい景観を上から眺められる展望台などはちょっとした観光スポットとなっている。
 そして、そんな山々の一角――展望台からも外れ、人気のないその場に、四つの人影が佇んでいた。
「んー……“姉上”が負けたってことは、その勇者、強いのか?」
「そのようです。
 “勇者”として参戦したのは二人。ひとりは重装戦士系、もうひとりは軽装戦士系」
「特に重装戦士の方は、レオ様の大爆破を耐えたっちゅう話です」
「ジョー、それ本当?
 レオ様の大爆破を耐えるなんて、どういう防御力なの?」
 人影の先頭に立つ男――少年の問いに答える残り三つの声はどれも女性、少年と同年代くらいの少女のそれだ。そんな三人のやり取りに、少年の口元には不敵な笑みが浮かんだ。
「おもしれぇ……
 “姉上”の仇ってワケじゃねぇが、ちょっと遊んでるとするか」



   ◇



 シンクが一通りの連絡を終えるのにはさほど時間はかからなかったが、何ぶんフィリアンノ城から召喚台まではそれなりに距離がある。城に戻ってきた頃には、すでに陽はすっかり沈んでいた。
「……コンサートには、少し時間があるな……」
 リコッタの用意した放送機材を牽引していたセルクルには、エクレールがまたがっている――時間を確認して、彼女は背後の、放送機材の上に腰かけているシンクや崇徳へと視線を向けた。
「姫様のコンサートにそんな汗臭い身体で出てこられても困る。
 お前達、今のうちに風呂にでも入ってこい」
「え?
 うん、それはいいけど……風呂ってどこに……?」
「大丈夫であります」
 軽く言ってくれるが、自分はまだこの城のことはほとんど知らない。昼間勇者衣装に着替える際に案内されたところくらいしか中の道はわからないのだが――尋ねようとするシンクだったが、そんな彼にはリコッタがフォローを入れた。
「案内図もあるでありますし、いざとなったら中の人に聞けば一発であります」
「んー、なら、いいけど……」







「……って、誰もいないじゃん……」
「コンサートの準備で、みんな出払ってるのかね……?
 案内図だって、よく考えたらオレ達の読める文字で書いてあるワケないし……」
 リコッタは『いざとなったら誰かに聞けばいい』と言っていたが、そもそもその“誰か”がいなければ意味がない――人気のない廊下を二人で歩きながら、シンクと崇徳が口々につぶやく。
 ちなみにヴァイトはリコッタに捕まったままだ。
「……ところでタカノリ」
「ん?」
「さっきの話……本当?」
「まだ仮説……そう言ったはずだけど?」
 とはいえ、誰もいないというのはそれはそれで好都合な面もあった。誰にも聞かれる心配のない今ならと口を開くシンクに対して、崇徳は軽くそう答えた。
「ただ……オレ達の置かれた状況から考えれば、否定する要素を見つける方が大変だろうがね」
「そっか……」



   ◇



「ところで、シンク」
「え……?」
 崇徳がそうシンクに声をかけたのは、彼が一通り連絡を終え、リコッタにもう機材を止めていい旨を伝えた後のことだった。
「やることに区切りがついたところで、ずっと気になってたことを二、三確認したいんだけど……いいかな?」
「あぁ、うん。いいよ」
 あっさりとシンクは了承する――なので、崇徳は軽く息をつき、改めて彼に尋ねた。
「シンク、お前……」



「“いつ”から来た?」



「え? 『いつ』……?」
「……聞き方が悪かったかな。
 お前が召喚された時、地球では何月だった?」
「…………?
 3月だよ。3月19日」
 今さらそんなことを聞いてどうするのかと、シンクは首をかしげながらもそう答えて――
「そっか……」







「オレは残暑厳しい夏の終わりの地球から来たんだけどな」







「………………え?」
 返す崇徳の言葉に、シンクの目がテンになった。
「ど、どういうこと?
 僕とタカノリじゃ、召喚された時の地球の時期が違う……?
 えっと……僕が3月で、タカノリが夏……タカノリの方が、後の時期から来たってこと?」
「かどうかは、まだわからないよ」
 考え込み、尋ねるシンクに対し、崇徳もまた思考をめぐらせながらそう返す。
「じゃあ……今の質問に捕捉。
 シンク。お前がいたのは、何年の3月?」
「2011年……って……」
 答えた瞬間、崇徳はいよいよ頭を抱えた。イヤな予感がして、シンクは彼に問いを重ねる。
「まさか……年まで違う、とか?」
「そのまさか。
 オレのいた地球での“今”は……2002年だ」
「9年も前!?
 じゃあ、タカノリの地球じゃ……僕4歳!?」
「それどころか、“いるかどうかも怪しいよ”」
 驚くシンクに対して、崇徳はため息をついてそう答えた。
「シンク……最後にもうひとつ。
 “ブレイカー”、そして“瘴魔”……この二つの単語に聞き覚えない?」
「え…………?」
 その崇徳の問いに、シンクはしばし考えて――
「“ブレイカー”? “ブレーカー”じゃなくて?」
「…………その反応だけで、オレの質問への答えには十分だよ」
 シンクからの問い返しに、崇徳はそう応えてため息をひとつ。
「とりあえず、今ので確信した。
 シンクとオレ達は……」







「別々の世界の地球からやってきたみたいだな」



   ◇



「別々の地球か……
 なんか、ベッキーが好きな小説にある、パラレルワールドみたいだな」
「まぁ、その概念で間違っちゃいないな。
 ところでベッキーって誰だよ?」
「あぁ、幼馴染。
 ファンタジー小説とか好きなんだ」
 先ほどの召喚台でのやり取りを思い出しながら、シンクは自分の口にした名に耳ざとく反応した崇徳にそう答える。
「でも、姫様は僕ひとりを召喚するつもりで“勇者召喚”ってのをしたんでしょ?
 それでどうして、別の地球、それも別の時代のタカノリまで召喚しちゃったんだろ……」
「んー……それについては、推理するための情報が少なすぎるな……
 とりあえず、リコッタの調査で過去の事例でも出てきてくれると、少しは考えもまとめられると思うんだけど……」
 シンクの疑問にそう答え――ふと、崇徳は行く手に建つ建物に気がついた。
 城そのものとは独立した作りで、渡り廊下でつながっている。そして何より、天井の換気窓から立ち上る湯気――
「……ひょっとして、あそこかな?」
「行ってみようぜ」
 言って、二人はとりあえずその建物に向かう――入り口をくぐり、少し奥に入ってみると、そこにはロッカーが並ぶ脱衣所らしき場所になっていた。
「あ、ロッカー!
 Yes!」
 どうやらここが浴場で間違いないらしい。軽くガッツポーズを決め、シンクはさっそく服を脱ぎ始める。
「先行ってるね、タカノリ!」
「こらー、風呂場で走るなー」
「脱衣所は風呂場じゃないからオッケイ!」
 一応年上として注意する崇徳だったが、シンクはあっさりとスルーして風呂場に駆けていく――と、
「…………ん?」
 シンクを見送った先にある、脱衣所と風呂場を隔てた衝立ついたてに、何やら木製の札がかかっているのに気づいた。
「んー…………」
 周囲を見回し、次いで衝立に視線を戻す。
 札に書いてある内容は当然フロニャルドの文字。読むことはできないが――
(ここは風呂場。
 貼り紙でなく木の札ってことは、あそこに書かれているのは突発的な連絡事項じゃなく、日常的な情報だろう。
 風呂場で、日常的な連絡事項……考えられるのは清掃中の報せか、もしくは……)
 崇徳の脳裏をイヤな予感がよぎった、その時――
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「ぅわぁぁぁぁぁっ!?」

「あ」
 風呂場から聞こえてきた“二人の”悲鳴――それが、崇徳の“イヤな予感”が的中していたことを知らせてきた。
 とりあえず、この後起きるであろう事態を予測して回れ右。そして――
「す、すみません……って、タカノリ様も!?」
 正しく崇徳の予想通り、風呂場でシンクと鉢合わせし、あわてて風呂場を飛び出してきたミルヒが、自分に背を向けている崇徳を見つけて驚きの声を上げる。
「えっと……姫様。
 こっちの文字が読めないオレ達のために答えてもらいたいんだけど……そこにかかってる札って、もしかして『今は女子の利用時間ですよー』とかいう内容だったりする?」
「あ、えっと……はい」
 自分を見ないよう背を向けたまま尋ねる崇徳の姿に、ミルヒはシンクと鉢合わせしたショックから少しは落ち着いたようだ。尋ねた崇徳の問いに、とりあえずうなずいてくれた。
「すみません……私、こちらの大浴場を使うことはめったになくて、こんな時くらいはって……
 お二人がこちらの文字を読めないのも忘れて、女子利用時間の札が出てるから大丈夫だって気を抜いて……本当にごめんなさい!」
「い、いや、オレ達こそ……」
「そ、そうだよっ!
 姫様、ごめんなさーいっ!」
 自分達こそ、文字が読めないにもかかわらずろくに確認もしないで突撃した点では非がある。背を向けたまま横移動で風呂場に逃げ込もうとしている崇徳と共に、シンクもまた風呂場から謝罪の声を上げてくるが、
「それだけじゃなくて……召喚のこととか、いろいろ……」
 よせばいいのにもっと根っこの方まで問題を掘り下げてくれた。自分の失態を思い出したのか、ミルヒはシュンと肩を落とした。
「召喚のこととか、これからのこととか……ちゃんと、お二人とお話ししておきたいんです。
 ですから、コンサートが終わったら、少しお時間、いただけますか?」
「え、そりゃもちろん……
 シンクも大丈夫だろう?」
「あ、うん……」
 そもそもいきなりこの地に降り立った自分達に、この後の予定などあろうはずがない。尋ねる崇徳に、シンクの声が風呂場から肯定してくる。
「よかった……
 そ、それじゃあ、私はもう上がりますから、勇者様達はごゆっくり……」
「あー、あわてて着替えなくていいから。オレも風呂場に退避するから。
 それよりしっかり身体ふいて、コンサート前に湯ざめしないようにしてくださいよ」
「はーい」
 ミルヒがうなずくのを聞き、崇徳は風呂場の入口に到達。終始ミルヒに背を向けたまま風呂場に逃げ込むことに成功し、しっかりと扉をしめる。
「…………ふぅっ、行ったか……」
「ビックリしたぁ……」
 とりあえず、これでミルヒの肢体を前にドギマギすることはなくなった。息をつく崇徳だが、シンクの安堵はそれ以上だった。
「驚いたよ。
 先客さんがいると思ったら、姫様だったんだから……」
「まったくだな……」
 つぶやくシンクに対し、息をついてそう答え――と、そこで崇徳の目が怪しく光った。マンガ風に表現するなら『キュピーンッ!』とかいう擬音とともに目がダイヤ状の光に覆われるアレだ。
「ところでシンク」
「ん?」
「見たのか?」
「ぶっ!?」

 直球ストレートに答えづらいことこの上ない質問が飛んできた。不意を突かれ、シンクは思わず吹き出した。
「お、そのリアクションは見たのか。
 おーおー、このラッキースケベが」
「そ、そういう崇徳こそ見たんじゃないの!?」
「残念。お前らの悲鳴のおかげで事態を把握できたんでねー。紳士らしく背中で語りながら逃げてきた。
 と、いうワケで責められるいわれはない。さぁさぁ、一から十までゲロらせてやろうか」
 シンクの反撃はあっさりつぶされた。ニヤニヤしながら追求してくる崇徳に対し、シンクはそれから逃げるかのように顔の下半分を湯船に沈め――







「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」







 何かが割れる音と共に悲鳴が響く。これは――
『姫様!?』



   ◇



「姫様!」
 あわてて服を着て、シンクが浴場の外に飛び出す――崇徳は先に向かったはずだが、飛び出した先には姿が見えない。
 と――そんなシンクの頭上、中庭の屋根の一角からなぜかファンファーレが聞こえてきた。
 そちらに視線を向けると、そこにいたのはしばられ、猿轡さるぐつわをかまされたミルヒ。そして彼女の周りにいるのは――



「ようこそ、ビスコッティの勇者」
「我ら、ガレット獅子団!」
「ガウ様直属、秘密諜報部隊!」




『ジェノワーズ!』



 ミルヒを捕まえている黒髪、小柄な少女、ノワール・ヴィノカカオ。
 ウサギ耳……いや、立ち耳というヤツか。金髪から長い耳を立てた少女、ベール・ファーブルトン――片胸だけを覆う革製のプロテクターの形状から察して弓術士だろうか。
 そして、茶と黄、虎を想起させる毛並みの、見るからに元気系だとわかる少女、ジョーヌ・クラフティ。
 その三人が、シンクに対して名乗りを上げ、背後で戦隊ヒーローの名乗り演出のごとくスモーク爆弾が炸裂する。
 そんな三人の登場に、そして彼女達にミルヒが捕らわれている状況に驚くシンク――四人に意識が向いて気づいていないが、よくよく注意して周囲に注意を向ければ、しっかりと撮影スタッフが配置され、両者を撮影しているのがわかったはずだ。
 つまりこれは――
「ビスコッティの勇者。
 あなた方の大事な姫様は、我々がさらわせていただきました」
「ウチらは、ミオン砦で待ってるからなーっ!」
「姫様がコンサートで歌われる時間まであと一刻半。無事助けに来られますか?」
「つまり、大陸協定に基づき、“要人誘拐・奪還戦”を開催させていただきたく思います」
 そう。戦興業の宣戦布告だ――ノワール、ジョーヌ、ベールとセリフをつなげ、最後にまたノワールに戻ってきた。
「こちらの兵力は200。ガウル殿下直下の精鋭部隊」
「そして、殿下は勇者様それぞれとの一騎打ちをご所望です」
「勇者さんが受けへんかったら、姫様がどうなるか」
 あくまでもジェノワーズは三人セットらしい。再びノワール、ベール、ジョーヌの順にセリフをつなげて――
「……受けて立つに、決まってる!」
 そんな三人に、シンクは力強く言い放った。
「僕は、姫様に呼んでもらった、この国の勇者シンクだ!」







「どこの誰とだって、戦ってやる!」







 拳を握り、シンクは力強く宣言し――ここに、突発戦興業、ミルヒオーレ姫誘拐・奪還戦が開催されることになったのだった。


次回予告

シンク 「どよ〜ん……」
ミルヒ 「あぁっ! 勇者様ぁっ!」
エクレール 「リコ、いろいろ頼んだぞ」
リコッタ 「了解であります!」
崇徳 「次回はオレが、ドハデにぶっ飛ばしてやるぜ!」

EPISODE 4「大暴れ! シャドー・ターミネーター」


 

(初版:2012/12/31)