「……ん……!」
 目を覚ました時、ジュンイチの視界に飛び込んできたのは星空だった。
 だが――何かがおかしい。
 単純にただ光を放っているだけで、瞬きも何も感じられない。
「何だ………………?」
 うめいて、ジュンイチは周囲を見回し――
「なんじゃこりゃあっ!?」
 どこぞのジーパン警部の如く絶叫した。
 彼は今、ゴッドドラゴンの上で彼の展開したゴッドプロテクトに守られて――

 

宇宙空間にいた。

 

 


 

第1話
「勇者と天使」

 


 

 

「ど、どうなってんだ!?」
 事態をすぐには呑み込めず、思わずジュンイチが声を上げると、ゴッドドラゴンの頭部――コックピットハッチが音を立てて開いた。
「乗れってのか……?」
 つぶやき――ジュンイチは気づいた。
 ここが宇宙空間だというのに、今自分がどうして呼吸できているのかに。
 ゴッドドラゴンはゴッドプロテクトで自らの周囲をカバーし、さらにその中で自らのエネルギーを使って空気を循環、呼吸可能な環境を作り出していたのだ。
「そっか……確かに、このままゴッドプロテクト展開しっぱなしってワケにもいかないよな……」
 つぶやき、ジュンイチが乗り込み、ゴッドドラゴンがハッチを閉じると、
「ジュンイチ、大丈夫?」
「ブイリュウ?」
 かけられたブイリュウの声にジュンイチが振り向き――
「……何やってんだ?」
 シートベルトにがんじがらめに縛り上げられた(とゆーかむしろ絡まってる)ブイリュウに思わず尋ねた。
「い、いや……ゴッドドラゴンがシートベルト出してくれて……
 『無重力だからハッチ開ける時に放り出されないように』って……」
「で、その間に動いたおかげで絡まったワケか……」
 答えるブイリュウの言葉に、ジュンイチはため息をついてうめいた。

「とにかく、今は現在位置を確認しないとな……」
 狭いコックピットの中でなんとかブイリュウの身体に絡まったシートベルトをほどくことに成功し、ジュンイチはメインシートに座り直してそうつぶやいた。
「ゴッドドラゴン、星図と比較して現在位置を割り出せないか?」
 そのジュンイチの言葉に、ゴッドドラゴンはデータ検索を開始し――ディスプレイ上に結果が表示される。
 ただし――
「――合致しない!?」
 そう。表示された結果は、検索の結果この周辺の星が既存のどの星図とも合致しないことを報せていた。
「どういうことだよ!?
 いくら地球じゃなくて宇宙のド真ん中での観測だからって、ある程度の位置くらい割り出せるはずだろ!?」
 ジュンイチが声を上げるが、再検索の結果もやはり『合致せず』。
「やっぱりダメか……」
「ねぇ、ジュンイチ……」
 つぶやくジュンイチに、ブイリュウが声をかけ、
「もしかして……」
「言うな」
 言いかけたブイリュウをキッパリと制止し――ジュンイチはさすがに真っ青な顔でつぶやいた。
「オレも、同じコト考えてるはずだ……
 要するにこう言いたいんだろ?
 『オレ達がいるのは、まったく未知の宇宙だ』って……」

「とにかく、ここにいてもどうしようもない。
 ゴッドドラゴン、宇宙空間でエネルギーの供給は大丈夫か?」
《グルゥ……》
「『太陽風を変換すれば大丈夫』だって」
「そうか……」
 ゴッドドラゴンの言葉を代弁するブイリュウの言葉に、ジュンイチはしばし考えていたが、やがて決断し、指示を出した。
「……よし、慣性航行サイレントランで移動だ。
 この際進路は適当でいい。ある程度の加速がつくまでバーニア吹かしたら停止して、あとは慣性で移動する。
 その後は生命維持システム以外の全エネルギーを索敵に動員するんだ。索敵用のエネルギーの放射範囲をできるだけ広げて、どこかに生命反応がないか探ってくれ」
 ジュンイチの言葉に従い、ゴッドドラゴンはバーニアを点火、加速したところでバーニアを停止させて慣性で宇宙空間を漂っていく。
「け、けど、もし誰も見つからなかったら……?」
 不安そうな顔で尋ねるブイリュウに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「そん時ゃ死ぬだけだ。
 何しろ、オレ達はこの広い宇宙で迷子になっちまったらしいからな」

 そして――
 ――ピピッ。
「………………ん?」
 レーダーに反応が現れたのは、ジュンイチとブイリュウが緊急用の食料で食事を済ませた、ちょうどその時だった。
「何だ……?」
 つぶやいて、ジュンイチがデータを検索すると、すぐにその反応に関するデータが表示された。
「3時方向から急速に接近する物体……? 数は……3つか……
 人間サイズの生命反応及び金属反応有り……有人の機体ってことか……
 サイズは30mクラス……ゴッドドラゴンとほぼ同サイズだな……」
 ジュンイチがつぶやき――その『物体』を映した望遠映像が表示された。

 それは、戦闘機のようなフォルムをしていた。
 スマートなボディの左右にウィングと推進部が一体となったユニットが接続された形の機体で、その内の、桃色の機体はボディ下部に大型のキャノン砲を、真紅の機体は両脇の推進器の下に2基の大型アンカーを装備している。
 中でもすさまじいのが残りの1機。紫に染め抜かれたその機体の下部に大型の火器をいくつも取り付け、さらに推進器の左右にミサイルポッドを装備している。
「なんかゴテゴテついてんなぁ……大気圏内だと空力悪いぞ、きっと」
「って、ジュンイチ! そんなのんきに鑑賞してる場合じゃなくて!」
「あっと、そうだったな。
 言葉が通じればいいんだけど……」
 ブイリュウに言われて我に返り、ジュンイチは接近中の機体へと通信を試みた。
「こちらに接近する機体に告ぐ!
 こちらゴッドブレイカー! 応答を乞う!」
 ………………
「返事、ないね……」
「うぬぬ……」
 ブイリュウの言葉にうめき――ジュンイチは再び通信機に向けて叫んだ。
 ただしその言葉は――
「おいコラ! 返事しろっつってんだろーが!
 返事しねーと問答無用で最強兵装ブッ放つぞコラ!」
「ジュンイチ、キレるの早すぎ……」
 第一声とは打って変わって脅迫まがいのセリフを放つジュンイチに、ブイリュウがあきれてうめいた、ちょうどその時、
〈……チラ………キースタ……………ラバ……シンヲ…………シタ……〉
「あ、つながった」
 突然聞こえた途切れ途切れの応答にジュンイチがつぶやき――モニターにその通信の主が映し出された。
 見たこともないデザインの、制服のようなきちんとした身なりをした少女だ、桃色の髪には花をあしらったカチューシャをつけている。
〈ふぅ、やっとつながりましたぁ……
 こちら、トランスバール皇国軍・ムーンエンジェル隊所属機“ラッキースター”。搭乗者、ミルフィーユ・桜葉です。
 応答が遅れてごめんなさい。どうもそっちの通信システムとこっちの通信システムの規格が違ってたみたいで、周波数の調整に手間取っちゃいました〉
「あ、ご丁寧にどうも。
 オレは柾木ジュンイチです」
 礼儀正しく言って一礼する、ミルフィーユと名乗った少女の言葉に、ジュンイチは思わずつられてペコリとおじぎする。
 と、残りの2機からも通信が入り、
〈なら、次はあたしが自己紹介させてもらうわね。
 あたしは蘭花ランファ蘭花・フランボワーズよ〉
 そう言ってきたのは、真紅の機体に乗っている、チャイナドレスの上に軍服を羽織り、金髪の髪を左右につけた髪飾りでまとめた少女だった。
 そして、紫の機体の、帽子をかぶり単眼鏡を着けた女性が最後に名乗りを上げる。
〈最後はあたしだね。
 あたしはフォルテ・シュトーレン。この子達の保護者、ってところかね〉
〈あー、フォルテさん、ひっどぉーい!〉
 言って、思わずむくれる蘭花の言葉に、フォルテは大笑いしてそれに応えていたが、
〈それで……どうしたんですか? こんな何もない宙域にたったひとりで〉
「ひとりじゃないんだけど……まぁいいや。
 実は……」
 ミルフィーユの問いに、ブイリュウとゴッドドラゴンのことを思って苦笑しつつも、ジュンイチは一連の事情を説明した。
 信じてもらえないかもしれないが、信じてもらえるかもしれない。それに自分もいきなりのことで状況を呑み込みきれていない。第三者に説明することで自分も状況を整理したかった。
「……ってなワケ」
 ジュンイチが説明を締めくくると、ミルフィーユ達3人は深刻な顔で黙り込む。
「……やっぱ、信じてもらえないかな?」
〈あ、えっと……そういうワケじゃ、ないんですけど……〉
 ジュンイチの問いに答え、ミルフィーユはなおも考え込んでいたが、そこへフォルテが割り込んできた。
〈まぁ、ここで考えていても仕方ないよ。
 あんた、行くあてがないんならついといで。もしかしたらあんたのことについても何かわかるかもしれない〉
「どこへ?」
 聞き返すジュンイチに、フォルテは答えた。
〈あたしらのお使いをまず済ませるのさ〉

 こうして、ジュンイチはミルフィーユ達3人に同行して移動、道中で互いの持っている情報を交換することにした。
「じゃあ、ジュンイチさんは地球から?」
「あぁ。
 けどそちらさんの話だと、その地球は……」
「はい。環境再生プロジェクトのために、現在完全な立入規制がしかれています」
 ジュンイチの問いにミルフィーユ答え、今度は蘭花がジュンイチに質問した。
「それに、あんたの言っていた暦――」
「西暦のことか?
 あぁ、さっきも言ったがオレの知ってる『現在』は西暦2002年だ。
 けど、お前の言ってた暦は『西暦』ではなく『トランスバール皇国暦』――」
「どうも、互いの情報が矛盾してますね……」
「あぁ……
 どうも『場所』を飛ばされた、くらいじゃすまないみたいだな、オレの置かれてる状況は……」
 割り込んでくるミルフィーユに答え、ジュンイチはコンソールの上でヒジをつき――ふとミルフィーユに声をかけた。
「ところで……さっき言ってた『ムーン・エンジェル隊』ってのは何なんだ?」
「あぁ、エンジェル隊というのは、私達トランスバール皇国軍の中で、“白き月”に所属する特殊部隊のことです」
「特殊部隊?
 そこに所属してるってことはお前ら、エリートさんってことじゃねぇか」
「い、いえ、そんなことないですよ」
 謙遜するミルフィーユの言葉に、ジュンイチはため息をつき、
「しかし……お前みたいなのが軍人、とはな……」
「……いけないかい?」
「いや、いいとか悪いとか、そういうワケじゃなくて……」
 ポツリとつぶやいた自分のつぶやきが聞こえたか、心外そうに尋ねるフォルテに答え、ジュンイチは正直答えに窮していた。
 というのも――
「少なくとも、オレは物心ついた頃には――夏休み限定とはいえ――もう戦場に放り込まれてた身だ。
 つまり……フォルテさんはどうか知らないけど、少なくともミルフィーユと蘭花にとっちゃ、ほほ確実にオレは先輩にあたるワケだ。戦闘経験、って意味じゃな。
 先輩として――正直心配なんだよ、お前みたいなヤツが戦いに参加するってのが」
「はぁ……」
 ミルフィーユが神妙な顔でうなずくのを見て――ジュンイチは話題を変えた。
「ところでフォルテさん」
「何だい?」
「その機体、足遅いね。
 そっちと併走してるこっちはMAX3割引きのスピードなんだけど」
「それ言わないでくれよ。
 こっちは一撃必殺の大火力機。スピードは二の次なんだから」
 と、そんな時だった。
 ――ピピッ。
 突然レーダーに反応があった。
「前方に艦影……?
 ミルフィー、蘭花、識別できるかい?」
「え? ……あ、ホントだ。
 何でしょう? こんなところに……どこの船でしょうね?」
 レーダーの反応を確認し、尋ねるフォルテにミルフィーユが答え、
「……データ、出ましたよ。
 バーメル級巡洋艦、皇国軍の船ですね」
 蘭花が分析されたデータを読み上げ、その上でふと首をかしげた。
「けど……こんな黒い艦って軍にありましたっけ?」
「ったく、悪趣味だねぇ……」
 蘭花の言葉にフォルテが答えると、ミルフィーユが艦との通信を試みた。
「こんにちはー!」 エンジェル隊でぇす!
 誰かいませんかぁ?」
 しかし――
「返事なし、か……」
「無口な人なんでしょうか?」
 つぶやくジュンイチの言葉に、ミルフィーユは小首をかしげてそんなコトを言う。
「無線がイカれてるのかもしれないわね。
 ちょっと、乗り込んでみましょうか」
 言って、蘭花が愛機“カンフーファイター”を黒い戦艦に近づけ――
「――――――!?
 蘭花! 離れろ!」
 突然得体の知れない気配を察知し、ジュンイチが声を上げた。
「な、何!?」
 ジュンイチのあわてぶりに、蘭花は戸惑いながらも離脱し――突然、黒い戦艦がカンフーファイターに向けて主砲を発射する!
「ぅわぁっ!?
 ちょっと、何するのよ!」
 とっさに回避し、文句を言う蘭花だが、黒い戦艦はかまわずにビームを乱射してくる。
「くそっ、問答無用ってワケか!
 だったらこっちも容赦しねぇぞ!」
 うめいて、ジュンイチはゴッドドラゴンを突っ込ませ、
「バーニング、ウィング!」
 精霊力によって燃焼し、宇宙空間でも赤々と燃え上がる炎に包まれたゴッドウィングで、黒い戦艦の胴を見事に斬り裂く!
「へっ、どんなもんだいっ!」
 ガッツポーズをとって言うジュンイチだったが、
「ち、ちょっと待ってください!」
 突然ミルフィーユが声を上げた。
「またレーダーに反応です!
 2、4、5……どんどん増えてます!」
「ち、ちょっと、どこにこんなに隠れてたのよ!?」
「光学迷彩か……!?」
 ミルフィーユの叫びに蘭花とジュンイチがうめくが、そうしている間にも敵艦はどんどん増えていく。
「くそっ、こんなのイチイチ相手してられっか!
 おい、離脱した方がよくないか!?」
 ジュンイチの言葉に、フォルテはすぐに同意した。
「確かに、いくらあたし達の機体が天下無敵の“紋章機”でも、母艦のいない状態じゃちょっと厳しいね……
 決まりだ。包囲が完了する前に突破するよ!」
「はい!」
「了解!」
「おぅよ!」
 そして、4人はまだ比較的包囲の薄かった一角を集中攻撃で突破し、一気に宙域を離脱にかかる。
 しかし、敵もそう易々と見逃してはくれそうにない。こちらに向けて砲撃を繰り返しつつ、追撃の体制に入っている。
「ジュンイチ! まだ追ってくるよ!」
「くそっ、しつこいヤツらだな……!」
 レーダーを見て声を上げるブイリュウに、ジュンイチが思わず舌打ちし――
「――見つけた!」
 突然声を上げたのはフォルテだった。
「見つけた? 何をだよ?」
「あたしらの目的地さ!」
 ジュンイチに答え、フォルテがこちらに送ってきた画像には、行く手を航行している巡洋艦の一団があった。
「あそこが、目的地?」
「そう。クリオム星系駐留艦隊よ」
 尋ねるジュンイチに蘭花が答え、
「あそこに、あたし達の新しい司令官さんがいるはずなんです!」
 ミルフィーユがそれに付け加える。
「ま、何にしても助けてくれるっていうならありがたい!
 オレがアイツらの足を止めっから、早く連絡つけてくれ!」
「待ちな! あんたひとりだけじゃキツいって! あたしも手伝ってやるよ!」
 言って、敵艦対へと転進するジュンイチにフォルテが答え、二人は敵艦対に向けて一斉射撃。その侵攻を足止めしにかかる。
 その間に、ミルフィーユはクリオム星系艦隊へと通信し、
「すみませーん!
 ちょっと、お聞きしてもよろしいですか?」
〈え? あ、はい……〉
 場違いなまでにていねいなミルフィーユのあいさつに、向こうの司令官は思わず面食らいながらそう応える。
「そちらは、クリオム星系駐留艦隊で、間違いありませんでしょうか?」
〈間違い……ありませんが……〉
 ミルフィーユにつられて、相手も丁寧な口調になっている。
「それじゃあ、タクト・マイヤーズ司令官って方はいらっしゃいますか?」
〈マイヤーズはオレだけど……
 キミは一体誰なんだ? 何でオレの名前を知っている?〉
 ミルフィーユの言葉に、当然のことながらいきなり名指しで呼ばれた相手の司令官――タクトは当たり前の質問を返してきた。
 だが、今はそんなことを話している場合じゃない。早く状況を認識して援護してもらいたいのが本音だ。ジュンイチは攻撃を繰り返しながらミルフィーユと通信を代わり、
「事情は後で説明してもらえばいいだろうが!
 さっさと手伝ってくれ! こっちは忙しいんだ!」
〈キミは?〉
「そいつらに拾ってもらった宇宙の迷子!」
 タクトの問いにすかさず答え、ジュンイチはタクトに改めて告げる。
「とにかく! 手伝うのか手伝わないのか!」
〈あ、あぁ! 今助ける!〉
 ジュンイチの言葉に我に返り、タクトはすぐに艦隊へと攻撃指令を下した。

 それからの戦闘はまさに一方的だった。
 クリオム星系艦隊という補給線を確保した紋章機も本格的に攻撃に転じたことで、防戦一方だった戦線が動いたのだ。
 蘭花はカンフーファイターの高い機動性を生かして懐に飛び込み、両脇のアンカークローで敵戦艦へと打撃を加えていく。
 フォルテは愛機“ハッピートリガー”の全武装を余すことなく撃ちまくり、大火力で数隻まとめて蹴散らしていく。
 ただ――わからないのがミルフィーユである。フラフラと危なっかしい機動、そして狙ってるかどうかも疑わしい射撃なのに、なぜか敵の攻撃は外れ、こちらの攻撃は確実に敵の急所をとらえていく。
 ともかく、そこへもはや『凶悪』を通り越して『極悪』とさえ言える暴れっぷりを見せるジュンイチが加わり、ものすごいペースで敵艦隊を蹴散らしていく。
 結局、敵艦隊の全滅までそれから5分もかからなかった。

〈しかし、あの無人艦隊は何だったんだ?〉
「知るか。こっちはおかげで散々だ」
 戦いが終わり、タクトの傍らでつぶやく眼帯の男――副官のレスター・クールダラスの言葉に、ジュンイチは憮然とした顔でそう答える。
 そして、ジュンイチは続けてフォルテのハッピートリガーへと向き直り、
「さて、と……あんたらの用事とやらはこれで終わりか?
 終わりならさっさとこっちの問題に取り組んでもらいたいんだけどね」
「残念。まだまだだよ」
 ジュンイチの問いに答え、フォルテはタクトに告げる。
「それじゃあ、タクト・マイヤーズ大佐。ちょっとついて来てもらえないかな?」
〈オレ達に指図するのか?
 辺境の艦隊だが、ムーン・エンジェル隊の指揮下に強制的に組み込まれる覚えはないんだがな〉
 フォルテの言葉に、レスターが怪訝な顔で答えるが、
〈まぁ、いいじゃないか、レスター〉
 対して、タクトは平然とそう言ってのける。
〈乗りかかった船だ。こうなったらとことん付き合おうじゃないか。
 それに、司令部からまったく指示が来ない以上、こっちから情報を集めるしかないだろう? そういう意味でも、彼女達の招待は好都合さ〉
〈む……確かに〉
 あっさりと正論を返してくるタクトの言葉に、レスターは思わず反論に困り――そのスキにタクトはこちらに対して同行を快諾した。

 そして、ジュンイチやタクト達クリオム星系駐留艦隊は、エンジェル隊の案内で星系の外れの小惑星帯へとやってきた。
「こんなところに、何があるんだ?
 まさか秘密基地とか?」
「秘密基地ではないけど……解答としては及第点かね」
 尋ねるジュンイチにフォルテが答えると、視界に小惑星の影に隠れている1隻の宇宙戦艦の姿が見えてきた。
 前後に細長い船体の前方にブリッジらしき区画を配置し、その真下には着陸用のランディングギアを備えていると思われる太めのアームが下方に向けて伸びている。
 後部には、かなりの大出力を持つことが伺える大型エンジンが2基とそれに直結した推進システムが同じく2基。それを守るように左右に大きめのシールドシステムが設置されている。
 しかも、ブリッジ周辺やエンジン左右のシールドには派手な装飾が施され、戦艦というにはずいぶんと荘厳な雰囲気を周囲に漂わせている。
「なるほど……基地じゃなくて母艦だね」
「そう。
 あたし達の母艦――“白き月”近衛艦隊旗艦“エルシオール”よ」
 つぶやくブイリュウに蘭花が答えると、突然レーダーが新たな反応を捉え、その反応の正体に向けてメインモニターの映像を切り替えた。
 反応の正体は2機。シルバーメタリックの下地にそれぞれライトブルー、ライトグリーンに塗装を施された、ミルフィーユ達の“紋章機”と同種の機体である。
「青いのが3番機の“トリックマスター”、緑色のが5番機の“ハーベスター”です」
 ミルフィーユが2機を紹介すると同時、その2機から通信が入った。
〈エルシオールへようこそ、歓迎いたしますわ〉
 最初にモニターに現れたのは、トリックマスターに乗る青い髪の少女だった。
 ただ――人間の耳とは別に動物のそれのような耳が一組、髪の間からのぞいていたのが気になったが、ジュンイチは髪飾りだろうと納得することにした。
〈わたくしは、トリックマスターのパイロット、ミント・ブラマンシュと申します。
 どうぞお見知りおきを〉
「そうか。
 タクトのことは知ってても、オレのことは知らないよな? オレは柾木ジュンイチだ。
 いろいろあって、道中そっちの同僚に拾われた。成り行きで行動を共にするワケだけど、よろしく頼む」
〈あら、そうなんですか。
 でも……どうやら戦闘にも参加できるようですわね。むしろ、こちらがよろしく頼みたいぐらいですわ〉
 自己紹介に自己紹介を返すジュンイチに、少女――ミントが答えると、
〈お話中、失礼します〉
 もう一方の機体、ハーベスターに搭乗している、機体カラーと同じ明るい緑色の髪にヘッドギアを着けた少女が回線に割り込んできた。
〈エルシオールへご案内します。
 連絡艇を派遣しますので、搭乗してください。
 そちらの……ジュンイチさんは、誘導しますので格納庫へ〉
「了解だ」
 タクトがうなずくのを聞き、少女は『ヴァニラ・Hアッシュ』という自分の名を名乗ってから通信を切った。
「……無口なの?」
「えぇ。けどいい子ですよ」
 思わず尋ねるジュンイチに、ミルフィーユは笑顔で答えた。

 ――ガコンッ。
 機体を固定するためのクレーンアームに翼の付け根をつかまれ、ゴッドドラゴンは格納庫のハンガーのひとつに収められ、静止した。
「……クレーンゲームの景品になった気分だな」
「微妙なたとえだね……」
 ジュンイチのつぶやきにブイリュウが答え、二人は格納庫内の与圧が完了したのを確認してハッチを開き、ゴッドドラゴンの眼前に用意されたキャットウォークの上に着地した。
「ふぅん……」
 そのまま、ジュンイチは思案顔で軽く数回ピョンピョンと飛び跳ね、
「……ほぼ1G、か……重力制御は正確だな」
 現在この格納庫に加わっている擬似重力の強さを確認し、ポツリとつぶやく。
 そのままキャットウォークを渡り、格納庫のデッキへと降り立つと、すでにそこには連絡艇から降り立ったタクトとレスターが待っていた。
「面と向かって話すのは初めて、か……
 柾木ジュンイチだ」
「タクト・マイヤーズだ。よろしく」
 言って、ジュンイチとタクトが握手を交わすと、そこにエンジェル隊の面々が姿を現した。
「マイヤーズ司令、長旅お疲れ様でした!」
「『長旅』って……半日もかかってないじゃない」
 笑顔で言ってペコリとお辞儀するミルフィーユに、蘭花があきれてつぶやきをもらす。
「ようこそ、エルシオールへ」
 そんな二人を無視する形で――当人にその意思はないだろうが――ヴァニラがタクト達やジュンイチ達を出迎える。
「出迎えなんて、別にそんな気を遣ってもらわなくてもよかったのに」
 タクトがヴァニラに言い――そのとなりで、ジュンイチはヴァニラの肩にいる、銀色の毛を持ったリスのような動物に興味を抱いた。
「へぇ……カワイイな、そいつ」
 言って、ジュンイチはその動物の頭をなでてやり――気づいた。
「こいつ……生き物じゃないんじゃないか?」
「え……?」
 ジュンイチの言葉に、タクトが疑問の声を上げると、
「へぇ、よくわかったわね」
 そんなジュンイチに、蘭花が感心の声を漏らす。
「そのリス、ナノマシンの集合体なの。
 そのナノマシンを使って、ヴァニラは傷を癒すことができるのよ」
「へぇ……」
 ジュンイチが納得すると、蘭花はふと視線を落とし、
「けど、アンタだって似たようなの連れてるじゃない。
 その子もナノマシンペットなの?」
 言って、彼女が見た先には――ブイリュウがいた。
「失礼な! オイラはれっきとした生き物だよ!」
 ムッとしてブイリュウが言い返すと、
「それでは、お待ちかねの人物をご紹介いたしますわ」
「お前さん達をここに呼んだ人物で……お前さん達のよく知る人物だよ」
 タクトとレスターに告げ、ミントとフォルテがひとりの人物を連れてきた。
「知り合い?」
 尋ねるジュンイチだが――タクトはそれに答えるでもなく、驚きの声をもらしていた。
「驚いたな……ルフト先生じゃないか」
「『准将』だろ」
 耳打ちして訂正するのはレスターである。
 それを見て――ジュンイチはうめいた。
「……結局、二人ともオレの質問に答えてねぇだろ」

「では、初対面の者もおることじゃし、改めて自己紹介といこうかのう。
 ルフト・ヴァイツェン。現在は近衛軍で“白き月”の基地司令の任に就いておる」
「オレは柾木ジュンイチ。敬語使わないのは勘弁、性じゃないんだ。
 元いたところが遥かな過去か未来か、それともどっかの異世界か――ンなことは皆目見当もつかないが、ともかくこの世界の住人にしてみれば招かれざる客ってことだけは確かだな。
 で、こっちはパートナープラネルのブイリュウ。プラネルについては後で説明する。オレのことも含めてね」
 ルフトに応えて握手を交わし、ジュンイチは背後のブイリュウを紹介する。
 彼らは現在、この艦の司令官室に案内され、ここで事情の説明を受けることになっていた。
「さて、どこから話したものかのう」
「最初から頼む。
 オレは今この世界で起きてる事態について、何も知らされていないんだ」
 即答するジュンイチの言葉にうなずき、ルフトは説明を始めた。
「正体不明の艦隊の接近を発見したのは、第1方面軍の駐留艦隊じゃった。
 しかし、情報の裏付けを取ろうとしている間に先手を取られてしまってのぉ」
「つまり……侵略?」
「いや、クーデターだ」
 ジュンイチに答えたのはレスターだ。
「数年前に追放された廃皇子エオニア・トランスバールが、例の黒い艦隊と共に突然この皇国に舞い戻ってきたんだ」
「なるほどね……
 で? 先手を許しちまったのはわかった。で――鎮圧できたのか?」
「できておらんよ」
 ジュンイチの問いに、ルフトはキッパリと答える。
「では、膠着状態に?」
「そうであれば、まだマシだったんじゃが……」
 タクトの問いにもそう答え、ルフトは告げた。
「トランスバール本星は、すでにクーデター軍の手に落ちた」
「な、なんですって!?
 それで、皇宮はどうなったんですか!? ジェラール陛下は!?」
 尋ねるタクトに、ルフトは視線を伏せた。
 その視線が――すべてを物語っていた。
「殺された……」
「うむ。皇宮は真っ先に破壊された。ジェラール陛下や他の皇族達も、その時にな……」
「……おかしな話だな」
 レスターに答えるルフトの言葉に、ジュンイチは眉をひそめて考え込む。
「どういうこと?」
「クーデターっていうこの騒動の性質を考えれば、皇族を皆殺しにするのはまだわかるとしても、皇宮を破壊したっていうのがわからない。
 そんなことしたら、せっかく占領しても統治施設がないから統治が難しくなる。みすぼらしいプレハブで統治しよう、なんて酔狂なコト言うのなら話は別だがな。
 結果、すぐに治安が悪くなって始末に負えなくなり、クーデターどころじゃなくなっちまう」
「あぁ。これじゃあ、さっきのキミの話じゃないけどまるで侵略戦争だ」
 ブイリュウに答えるジュンイチの説明にうなずき、タクトが言うと、
「エオニアがクーデターを起こした動機は、自分を追放した一族への遺恨晴らし……私怨ということですか?」
「少なくとも、ワシにはそう見えたがのう」
 そんな彼らの脇で尋ねるレスターに、ルフトが同意する。
「首都を制圧した後、エオニアは声明を発表した。
 簡単に言うと、皇位を継承するらしい。明らかな皇位のさん奪じゃな」
「ふーん……一応皇位は継承するワケだ。新たな国を興すワケじゃなく」
 ルフトの言葉にジュンイチがつぶやくと、タクトがルフトに尋ねた。
「ひとつお聞きしてもよろしいですか?
 “白き月”の警護が任務であるルフト准将やエンジェル隊が、どうしてこんな辺境に?」
「それは、ワシが“月の聖母”シャトヤーン様から、ある使命を託されたからじゃ」
「シャトヤーン……? 誰それ?」
「後で説明してやる。
 それより……」
 尋ねるジュンイチに答え、レスターはクルリと振り向き、
「逃げるな」
 コソコソと逃げ出そうとするタクトを捕まえた。
「いや、だって、そんな重要な使命なら、どう考えたってオレよりレスターの方が適任だろう?」
「こら! 勝手に部下を売り渡そうとするな!」
「……あっちの代わりに聞くよ。後で話せばいいし」
「うーむ……」
 そんなタクト達を指さして言うジュンイチに、ルフトは苦笑を返す。
「話を続けるぞ」
「あ、はい……」
 ルフトの言葉にさすがのタクトも素直に従い、ルフトは話を再開した。
「エオニアは本星のみならず、“白き月”をも武力で制圧しようとしたのじゃ」
「あー、ちょい待ち」
 そこで、ジュンイチが手を挙げた。
「再三話をぶった斬って悪いんだが……まず、その“白き月”ってのは何なんだ?」
「“白き月”とは、このトランスバール皇国の象徴ともいえるものじゃ。
 時空震クロノ・クェイクと呼ばれる 大災厄によって文明の崩壊したワシら人類に、再び星々を行き交う術をもたらしてくれた、先文明“EDEN”の遺産じゃ。
 現在は、“EDEN”の遺した技術――ロストテクノロジーの研究施設であり、“月の聖母”シャトヤーン様によって管理されておる」
 ルフトがジュンイチへの説明を終えると、タクトが話を元に戻した。
「それで……シャトヤーン様は?」
「とりあえずは、ご無事じゃろう。
 ワシらが脱出する際に、シャトヤーン様は“白き月”をシールドで封印された。
 エオニア軍とて、そうおいそれとは手出しできまい」
「それを聞いて、安心しました……」
 ルフトの答えを聞き、タクトはホッと安堵の息をつく。
「エオニア軍が皇宮を焼き払った直後、シャトヤーン様はワシを召して仰せになったのじゃ。
 エルシオールと紋章機を貸し与えるゆえ、何としても務めを果たせ、とな」
「務め……?」
 聞き返すタクトに、ルフトは答えた。
「実はのう、“白き月”にはひとりの皇族がおられたのじゃ。
 本星の事件によって、今や唯一の皇族の生き残りとなってしまったがの。
 そのお方を安全な場所までお連れする――それが、ワシに託された使命じゃ」
「安全な場所、ねぇ……」
 ルフトの言葉に、ジュンイチは苦笑した。
 この世界の“トランスバール皇国”とやらがどれほどの規模かはわからない。だが、中心であろう首都から彼らが『辺境』と言っていたこの辺りにまで敵が勢力を広げている今、ルフトの言う『安全な場所』が果たしてあるのか――
 そんなジュンイチのとなりで、タクトは同じく苦笑しながらルフトに尋ねた。
「それで……その皇族のお名前は?」
「シヴァ皇子と申される」
「シヴァ皇子……確か、以前シャトヤーン様の下にお預けになられた皇族として話題になったことがありましたよね」
「そうだな。
 エオニアとはいとこにあたるはずだ」
「どーせオレは知らない名だし」
「オイラも」
 ルフトの言葉に、タクト達とジュンイチ達は四者四様の答えを返す。
「シヴァ皇子は、ジェラール陛下と庶民の女性との間にもうけられたお子でな。
 こういう言い方は何じゃが、皇族の中ではあまり重きを置かれていなかったようじゃ」
「で、厄介払いとばかりに“白き月”に預けられて、そのおかげで命拾い、か……運がいいのか悪いのか」
「しかし、今や皇位継承権を持つのはシヴァ皇子ただおひとりじゃ。何としてもお守りせねばならん」
 ジュンイチに答え、ルフトはテーブルに埋め込まれたモニターにこの宙域の宇宙図を表示した。
「中央がトランスバール本星っスか?」
「うむ。
 ワシらが今おるクリオム星系はこの下の方の位置になる」
 尋ねるジュンイチに答え、ルフトはそれぞれのポイントを指さして今後のことを説明した。
 それによると、今後はエオニア軍の支配がまだ及んでいないと思われるエリアを縫うように皇国領内を横断、ほぼ反対側にあたるローム星系を目指す予定なのだと言う。そこに反抗勢力が終結しつつあるという情報をつかんだらしいのだ。
「協力、してはくれぬか?」
「どうせ、嫌がったところでもう決定事項なんでしょう?」
 尋ねるルフトに、タクトは苦笑して言う。
「こうなったら乗りかかった船です。
 大船に乗ったつもりで、どーんと任せてください!」
 タクトが言うのを聞き、ブイリュウはジュンイチに尋ねた。
「ねぇ、ジュンイチ」
「何だ?」
「確か……この間見せてくれた映画で、氷山にぶつかって沈んだ大船がなかった?」
「……不吉なコト言うなよ……」
 思わずジュンイチがゲンナリしてうめくと、そんな彼にもルフトは声をかけた。
「どうじゃろう、お前さん達も手伝ってはくれぬか?
 どうせ、行くあてなどないのじゃろう?」
「そりゃ……ないって言えばないっスけど……」
 うめいて、ジュンイチはしばし考えていたが――考えがまとまったらしい、息をついて答えた。
「……ま、こっちの世界でしばらくすごすワケだし、どっちにしたって金は稼ぐ必要がある。
 幸い、オレはこれでも元傭兵だ。雇ってくれるっていうなら歓迎かな?」
 言って――付け加えた。
「ただし、ひとつ条件がある」
「何じゃ?」
 聞き返すルフトに、ジュンイチはニヤリと笑ってタクトに告げた。
「負け戦はヤだからな」
「そんなのオレだってヤだよ」
 ジュンイチの言葉にタクトが答え――二人は互いに笑みを交わす。
「話はまとまってみたいじゃのう」
 言って、ルフトは手元のコンソールを操作し――
『ぅわぁっ!?』
 突然ドアが開き、エンジェル隊の面々が転がり込んできた。
 どうやら、そろってドアによりかかって聞き耳を立てていたいたらしい。無事なのは自分だけ一歩退いていたヴァニラだけである。
「………………」
「こんな彼女達じゃが……よろしく頼む」
 無言でエンジェル隊を指さし、視線で訴えるタクトにルフトが告げ――突如警報が鳴り響いた。

「状況は!?」
〈このアステロイドベルトに、敵艦隊が接近中です!〉
 ゴッドドラゴンの元へと戻り、コックピットに飛び込んだジュンイチの問いに、ココと名乗ったブリッジ勤務のオペレータが答える。
 そして、もう一方のオペレータ、アルモから全員に、敵艦からの通信が入ったことが告げられた。
〈どうする? 相手する?
 どうせ内容はわかりきってるし、さっさと撃墜しちゃうって手もあるけど〉
 尋ねるタクトに、ジュンイチはため息まじりに答えた。
「……オレが全部相手するよ。通信も戦闘も、ね。
 通信、こっちに回してくれる?」
〈全部……って、キミ、ひとりで戦うつもりなのか?〉
「あぁ。
 今後の作戦行動のためにも、オレやこの機体のことも、そちらさんに知っておいてもらいたいからな」
 ジュンイチの言葉に、タクトはしばし考えた後に許可を出してくれた。
 そして、アルモが通信を回してくれて――現れたのはヒゲヅラのムサいオッサンだった。
〈オッホン!
 こちらは正統トランスバール皇国軍。我輩は、レゾム・メア・ゾム少佐であーる!〉
「じゃ」
〈切るなぁぁぁぁぁっ!〉
 迷わず通信を切ろうとしたジュンイチに、レゾムと名乗ったオッサンはあわてて待ったをかける。
〈貴様! 通信に応答しておいてそれはないだろう!〉
「何ほざいてやがる。問答無用で撃墜してやってもよかったんだぞ。
 何か言いたそうだったから応答してやったんだ。むしろ感謝しやがれオレ様に」
〈ぐっ……!〉
 反論もあっさりやり返され、レゾムは思わずうめき声を上げる。
「ま、どーしてもって言うなら話ぐらいなら聞いてやってもいいぞ。
 ほれほれ、とっとと語りやがれ」
〈ぐぬぬ……こっちが有利なはずなのに、どうしてこんな屈辱を……!〉
 ジュンイチの言葉にうめくレゾムの後ろで、部下達が必死に彼をなだめているのが聞こえてくる。
〈ま、まぁいい。
 旧体制にシッポを振る犬どもに告ぐ。
 ただちに我々に投降し、エルシオールと紋章機を引き渡せ。
 そうすれば、命だけは助けてやる。我々は寛大なのだ!〉
「ヤ」
〈………………〉
 しばし会話が止まる。
〈……ホントに?〉
「ホントに」
〈もう少し考えてくれても〉
「ヤだ」
〈落ち着け。キレたら負けだ……!〉
 なんとか自分に言い聞かせている。
 それでも、レゾムはなんとか立ち直り、
〈ふ、ふふ……我々に怯えるあまり、減らず口を叩いてカラ元気を装おうとしておるな。哀れな皇国の飼い犬め。
 だが、その手には乗らんぞ。降伏するのかしないのか、どっちなんだ!〉
「正解者には豪華商品オレの全力攻撃をプレゼント」
〈シクシクシク……〉
 とうとう泣き出した。
〈ふ、ふふん、いいだろう。
 おとなしく投降すれば、我輩のようにエオニア様に取り立ててもらえたかもしれないものを。
 だが、お前達は自らその望みを絶った! 己の愚かさを悔やむがいい!
 紋章機といえど多勢に無勢。たった5機で何ができる! その艦もろとも、宇宙のチリとしてくれる!〉
「やめとけ。ムリだから」
〈………………〉
 数秒後、レゾムが倒れる音と共に通信は切れた。
〈……イジメもほどほどにしなよ〉
「ハッハッハッ、何言ってるんだい。
 イジメるつもりならもっと徹底してる」
 タクトにあっさりと答え、ジュンイチはイメージ・クリスタルを握りなおし、
「じゃ、そろそろ敵さん、怒り狂って攻めてくるだろうから、出撃させてもらうぜ」
〈ちょっと、ホントにひとりで大丈夫なの?〉
 言って発進準備を進めるジュンイチに、さすがに心配になってきたのか蘭花が言う。
 が――ジュンイチは平然としている。落ち着いてその問いに答えた。
「大丈夫じょぶジョブ。楽勝だって。
 そんなに心配なら……」
 と、そこで一息つき、ジュンイチは自信に満ちた笑みを浮かべて言った。
「少しでいいから信用してろ」

 メンテナンスベッドから格納に使われたクレーンで運び出され、ゴッドドラゴンはエルシオールの下部に開かれた出撃ハッチから漆黒の宇宙空間へと放り出される。
 そして、バーニアを吹かして一気に加速し、一路戦場へと向かう。
 と――レーダーがアラートを告げると同時、飛来したいくつもの閃光が、とっさに展開した力場の防壁を叩く。
「へっ、敵さん躍起になっちゃってまぁ!
 じゃあ、こっちも大暴れさせてもらおうか!」
 叫ぶと同時――ジュンイチは足元のフットペダルを踏み、ゴッドドラゴンを加速させた。

「エヴォリューション、ブレイク!
 ゴッド、ブレイカー!」
 ジュンイチが叫び、ゴッドドラゴンが翔ぶ。
 まず、両足がまっすぐに正され、つま先の2本の爪が真ん中のアームに導かれる形で分離。アームはスネの中ほどを視点にヒザ側へと倒れ、自然と爪もヒザへと移動。そのままヒザに固定されてニーガードとなる。
 続いて、上腕部をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、内部にたたまれていた爪状のパーツが展開されて肩アーマーとなる。
 両手の爪がヒジの方へとたたまれると、続いて腕の中から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
 頭部が分離すると胸に合体し直し胸アーマーになり、首部分は背中側へと倒れ、姿勢制御用のスタビライザーとなる。
 分離した尾が腰の後ろにラックされ、ロボットの頭部が飛び出すと人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
 最後にアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「ゴッド、ユナイト!」
 ジュンイチが叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
 システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝く。
「龍神合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」

 合身を完了し、ゴッドブレイカーは迫りくるエオニア軍艦隊へと背中のゴッドウィングを広げる。
「龍の力をその身に借りて、神の名の元悪を討つ!
 龍神合身ゴッドブレイカー、絶対無敵に只今見参!」

 あふれ出すエネルギーで周囲がスパークする中、ジュンイチが口上を述べ――そんなジュンイチへと無人艦隊は一斉にビームを放ち――
「ゴッド、プロテクト!」
 ジュンイチが叫び――両肩から展開され、かざした左手を中心に収束されたゴッドプロテクトがその閃光を受け止め――そのすべてを放った主へとそっくりそのまま撃ち返す!
 皇国正規軍を上回る戦闘能力を持つエオニア軍の無人艦隊だったが、その高い攻撃力が仇となった。撃ち返された閃光の雨をまともに浴び、次々に爆散していく。
「まだまだぁっ!」
 そんな敵陣へと突入し、ジュンイチはまだ健在な1隻へと肉迫し――かまえた右腕がエネルギーの渦に包まれる。
「クラッシャー、ナックル!」
 ジュンイチが右腕を発射し、放たれた一撃は目の前の駆逐艦を粉砕、さらに巡洋艦を貫き火球へと変えた後、ゴッドブレイカーへと再ドッキングする。
 だが、当然それで済ませるつもりはなく――ジュンイチはゴッドセイバーを取り出し、砲撃をかわして懐へと飛び込み、敵艦の装甲を次々に斬り裂いていく。
「な、何をしている!?
 敵はたった1機なんだぞ!」
 旗艦のブリッジで声を上げるレゾムだったが、
「まだわからないのか!」
 言って、ジュンイチはゴッドセイバーをしまい、
「この期に及んで、まだ『たった1機』とか言って侮ってる時点で――アンタの無能は決定的なんだよ!」
 そう叫ぶと同時――ゴッドブレイカーは背中の翼を開いた。

「ゴッドウィング――フィールド展開!」
 ジュンイチの叫びを受け、ゴッドウィングの内部で変化が起きた。
 外見的には何も変化はない。が――その内部はより強力な力場を展開できるフィールドジェネレータへと作り変えられたのだ。
 そして、ジュンイチは発生した力場を制御し、その周囲に無数のエネルギー光球を作り出す。
「ターゲット、セット!」
 そう叫ぶと同時、ジュンイチはレゾム艦を右手の人差し指と中指で指し、照準を合わせ、
「百火――爆砕!
 ビッグバン、デストロイヤー!」
 ズドドドドッ!
 ジュンイチの叫びを引き金に、光球は一斉にレゾム艦隊へと襲いかかり――その僚艦を次々に爆砕、レゾム艦の火力もことごとく撃ち砕いていった。

「お、おのれ……旧体制の犬どもめ!
 機体の力をかさに、力ずくで我々を押しつぶすとは、なんと卑劣な!」
 ボロボロで航行がやっと、といった状態の艦のブリッジで、レゾムが何やらムチャクチャなことを言うが、
「だからどうした。
 所詮戦争なんてケンカの延長なんだ。卑怯も卑劣もあって当然っ!」
 ジュンイチはツッコむどころか逆に肯定。キッパリと断言してみせる。
 そんなジュンイチに、レゾムは歯噛みして、
「くっ……!
 このレゾム、虜囚の辱めは受けん! さっさとトドメを刺すがいい!」
「了解」
「わぁぁぁぁぁっ! タンマ! ストップ! 死ぬのはパスぅぅぅぅぅっ!」
 あっさりと答えてかまえるジュンイチに、レゾムはあわてて許しを請う。
「なんだ、殺されたくなかったのかよ。だったら余計なコト言うんじゃねぇよバカタレ。
 見逃してやるから素直に逃げやがれこの負け犬」
「う、うぅっ……
 満天の星空なんて、大っ嫌いだぁぁぁぁぁっ!」
 ジュンイチの言葉に泣き言としか思えない捨て台詞を残し、レゾム艦は離脱していった。

「……敵が退却していきます」
「あの敵に……ちょっとだけ同情してもいいじゃろうか?」
「見事なまでに叩き潰されましたからね……物理的にも精神的にも」
 ココの報告を聞き、ルフトとレスターがため息まじりにつぶやく。
 と――そんなブリッジにジュンイチから通信が入った。
〈……とまぁ、オレの戦闘力やら武装の概要やらはだいたいこんな感じだ。
 理解してもらえたかな? 司令官殿?〉
「あぁ、十分だよ」
 ジュンイチの問いに、タクトは笑顔で答える。
「じゃあ、ジュンイチくん、そろそろ帰艦してくれ」
〈了解だ〉

「報告によると、エルシオールの修理にはまだ時間がかかるらしい。
 機関部のダメージがかなり深刻でな……」
「そうか……
 けど、居場所が向こうに知られた以上、ここに長居はできない。
 応急修理だけでもなんとか済ませて、別のアステロイド帯に避難しよう」
 レスターの報告にタクトが言うと――
「たっだいまぁーっ!」
 上機嫌な声と共に、ジュンイチがエンジェル隊と共にブリッジに戻ってきた。
「柾木ジュンイチ、ただいま帰艦っ!
 ま、ざっとこんなもんよ!」
「ホントにひとりで片付けちゃったものね……」
「しかも機体への被弾は0。大したものですわ」
「頼りにしています、ジュンイチさん……」
 ジュンイチの言葉に、蘭花とミント、ヴァニラが言うが、
「けど、油断するんじゃないよ。
 敵の力は、あんなものじゃ――」
「わかってるよ」
 釘を刺そうとしたフォルテをジュンイチはそう言って制した。
 その視線はさっきまでおちゃらけていた時のものとは違う、真剣な光をたたえたものだった。
「確かに戦闘内容自体は楽勝だったけど、そいつぁ向こうがこっちの能力を知らなかったからだ。ハッキリ言って、オレの反則勝ちってのが正当な評価だろう。
 向こうにオレのことが知られれば、いずれオレの有利はなくなる。そしてそれは、エンジェル隊のみんなにも言えることだ」
「わかってるなら、いいけどね……」
 ジュンイチの言葉に、フォルテは彼の意外な一面に少々面食らいながら答える。
「とにかく、戦いはこれからだってことさ。
 よろしく頼むぜ、マイヤーズ司令官殿」
「がんばってくださいね、マイヤーズ司令!」
「あぁ。全力を尽くさせてもらうよ」
 ジュンイチとミルフィーユに答え――タクトはふと思い出して一同に言った。
「そうだ、ひとつ言い忘れてた。
 普段は、オレのことは『タクト』でいいよ。長い呼ばれ方って苦手なんだ」
「アハハ、わかります、その気持ち!
 じゃあ、あたしのことも『ミルフィー』でいいです」
 タクトの言葉に、ミルフィーユは笑いながら答え、
「おや、名前で呼んでいいのはミルフィーだけかい? 妬けるねぇ」
「もちろん、みんなもオレを名前で呼んでもいいよ!」
 からかい半分で言うフォルテにも、タクトは笑顔で言う。
「あ〜ぁ、タクトのヤツ、さっそく女の子を口説きにかかってやがる。
 しかも一度に5人も」
「……って、アレって口説いてるって言うのかなぁ……?」
 それを見て、あきれてうめくレスターにブイリュウが苦笑まじりにそうつぶやく。
「ルフト先生……タクトを選んだこと、本当に後悔していませんか?」
「ノーコメントにしておいてくれ」
 レスターの問いに、ルフトはこちらに背を向けていたが――やがて、こっそりとため息をついたのをジュンイチが目撃していた。


 

(初版:2006/03/12)