「これは?」
「お前用に用意した身分証、つまりはIDじゃ」
 手渡されたカードを見て尋ねるジュンイチに、ルフトはそう答えた。
「この艦に乗って共に戦ってくれるんじゃ。クルーとして、身分を明確にしておかねば何かと不便じゃろう。
 とりあえず『この非常時によって急遽採用した、民間登用によるエンジェル隊臨時隊員』ということになっておる。
 むろん実際には違うが、少なくともウソでもない。もしバレても身分詐称にはなるまいて」
「そっか……
 ありがとうございます」
 言って、ジュンイチはそのIDカードを懐にしまう。
「しかし、話を聞かされた時は驚いたぞ。
 まさか、地球から来たとはな。しかも違う世界の地球からとは……」
「こっちの地球は、ずいぶん特殊な状態みたいだしね、驚くのはムリもないですよ」
 あっさりと答えるジュンイチに、ルフトは肩をすくめ、拍子抜けしたような顔で尋ねた。
「……ずいぶんと落ち着いておるな」
「実際、さほど焦ってないっスね。
 向こうの敵は、向こうに残ってる仲間がなんとかしてくれてるはずだからさ」
 ジュンイチがルフトに答えると、
「お呼びですか? ルフト先生」
「『准将』だろうが」
 そんなことを言いながら、タクトとレスターがやってきた。
「それで、何かあったんですか?」
「うむ、そういうワケではないんじゃが……」
 タクトの問いにそう答え、ルフトは告げた。
「お前達3人を、シヴァ皇子にご紹介せねばならんからな。
 今からお会いになられるそうじゃ」

 

 


 

第2話
「強運と合体」

 


 

 

 そして、彼らはエルシオールの仕官用居住区の奥にある謁見の間へと案内された。
「もうじき、シヴァ皇子がお見えになられる。じゃが、一連の事態によって、今は少々気が立っておられるゆえ、物言いには注意しろよ」
「そういうの、苦手なんですけどね……」
 タクトが言うと、
「お待たせいたしました。シヴァ皇子のおなりでございます」
 侍女を務める女性が言うと、奥からひとりの少年が現れた。
 皇国軍の制服をベースにした特製の法衣に身を包み、どことなく華奢な感じがする。まだ幼いせいか、ジュンイチはその顔立ちから中性的な感じを受けていた。
 彼こそが、トランスバール皇国最後の皇族、シヴァ・トランスバールである。
「そなたが新任の司令官か。
 マイヤーズという名だそうだな」
「はっ、タクト・マイヤーズと申します」
 シヴァの言葉に、タクトは答えて一礼するが――
「なんだ、お前だったのか?
 てっきりとなりの男かと思ったぞ」
 そう言ってシヴァが見たのはレスターである。
「あ、あの……
 こちらは、副官のレスター・クールダラスです。
 そして反対側に控えているのが、エンジェル隊の臨時隊員、柾木ジュンイチです。非常時につき、戦う術を持つ彼に協力を依頼いたしました」
「お見知りおきを」
「全力を尽くさせていただきます」
 タクトの言葉に、二人は紹介された順にシヴァにあいさつする。
「わかった」
 そして、シヴァは二人にうなずき返すと、改めてタクトへと向き直り、
「ではマイヤーズ。さっそくだが、お前に命じる」
 そう言うと、シヴァはキッパリと告げた。
「ただちにこのエルシオールを転進させ、本星へと引き返せ」
「転進……ですか?」
「そうだ。転進して、本星を反逆者の手から取り戻す」
「そ、それは……」
 うめいて、タクトはルフトへと視線を向ける。
 その視線を受け、ルフトはシヴァへの説得を試みる。
「皇子! どうか、しばらく……今しばらくのご辛抱を!
 間もなく、こちらに援軍が合流いたしましょう。反攻は、それからでも遅くはございませぬ」
「そんな言葉は聞き飽きた!
 お前はそれでも武人か!? ルフト!」
 あわててなだめにかかるルフトにも、シヴァは毅然と言い返す。
「皇族の中では、私のみが生き残ったと聞く。
 かかる危急存亡の時に、このシヴァが、臣民とシャトヤーン様をお救いせずにどうする!」
(あー、ルフト准将?)
 シヴァの言葉に、なんとなく思い至ったジュンイチはルフトに耳打ちする。
(もしかして、シヴァ皇子はこっちの陣営が壊滅状態だって知らないんじゃ……?)
(う、うむ……伝えるのはしのびなくてな……)
 同じく小声で答えるルフトの言葉を、タクトは背中越しに聞いていたが、
「……恐れながら申し上げます」
 ふいに、シヴァに対してそう告げた。
「残念ですが、そのご命令には従えません。
 今の我々の戦力では敵に太刀打ちすることは到底不可能。今できるのは、ローム星系まで逃げ延びることだけです」
「逃げる、だと……? この腰抜けめが!
 そこの新入りも入ってきたのだ! 戦力も増強されたのであろう!」
 タクトの言葉に憤慨するシヴァだったが、
「マイヤーズ司令の言う通りです」
 突然ジュンイチが口を開いた。
「確かに私めも加わり、このエルシオールの戦力はわずかながら増強されました。
 しかし、それでもエオニア軍に対抗するには力不足。決して彼らに実力で劣るつもりはありませんが――それはあくまで私個人の話。勢力という視点で見た場合、私ひとり加わったぐらいでは実力はともかく手が足りません。
 現在の位置では援軍も期待できません。今援軍を乞えば、それを聞きつけて敵軍が殺到してくるだけです」
「なん、だと……?」
「我々がいるこの宙域も、今やエオニア軍が跋扈している状態だと申し上げているのです」
 ジュンイチの言葉にうめくシヴァに、タクトもまたそう告げる。
(こ、これ、よさんか、二人とも!
 皇子はまだ10歳なんじゃぞ)
(そうやって子供扱いするのは、シヴァ皇子のためになりませんよ)
(シヴァ皇子は父上の死も親族の死も、しっかり受け止めていらっしゃるじゃないですか。
 だからこそ、こちらもそれに応えるべきなんじゃないですか?)
 あわてて小声で制止するルフトに答え、ジュンイチとタクトは続ける。
「戦争というものは、たったひとりのリーダーによって決まるものではありません。そのリーダーによってまとめ上げられる、ひとりひとりの兵によって決まるものです。
 それを忘れて戦い急ぐは、敗北を招くも同然」
「シヴァ皇子、あなたの皇族としての誇りは大変立派なものです。
 ならばなおのこと、今は耐え忍ぶことが大切なのです」
 しかし、その説得を受け止めながらも、シヴァはまだあきらめられなかった。
「そうか……クーデターは、そこまで深刻に……
 だが、それならばなおさらだ! せめてシャトヤーン様だけでもお救いせねば!
 すぐにエルシオールを引き返させ――」
 ――ズダァンッ!
 シヴァの言葉をさえぎり、轟音が響いた。
 ジュンイチが、床についていた拳をそのまま床に打ち込んだのだ。
 零距離からの一撃にも関わらず、拳の下の床は円形にくぼんでしまっている。彼の拳の威力がどれほどのものかはそのくぼみが物語っていた。
 場の空気が静まり返る中――ジュンイチは口を開いた。
「……いい加減にしなさい、皇子……!」
 その場にいる誰もが言葉を失うほどのプレッシャーの中、ジュンイチは静かに立ち上がり、
「それができるなら、とっくにみんなそうしています!
 けど、それができないから、みんな必死に逃げているんです! あなたを守るために! あなただけでも守るために!」
「……柾木……」
「ジュンイチで結構っ!」
 つぶやくシヴァに言い放ち、ジュンイチは続ける。
「みんな、シヴァ皇子と想いは同じです!
 シャトヤーン様と、皇国を救いたい! しかし、そのためには今は逃げ延び、体勢を立て直すことが第一なんです!
 第1、第2方面軍はすでに壊滅、残存艦隊は第3方面軍と合流すべくローム星系に向かっています。彼らを束ね、エオニアを打ち破る力に変えるためにも、今皇子を失うワケにはいきません!
 たとえタク……マイヤーズ司令が従っても、私は皇子をローム星系にお連れします!」
 ジュンイチの気迫に、言葉を失うシヴァに今度はタクトが告げた。
「シヴァ皇子。つい先日までならともかく、今ではあなたの身は、あなたひとりだけのものじゃない。
 それをよく考えて……決めてください」
 その言葉に――シヴァはうつむき、告げた。
「……わかった。
 今は、生き延びることの方が大切なのだな。
 マイヤーズ司令、そして柾木ジュンイチよ、そなた達を信じよう。
 先ほどの命令は取り消し、改めて命じよう。
 エルシオールとエンジェル隊を率いて、このシヴァの命を守り、ローム星系まで送り届けよ」
『はっ!』
 シヴァの言葉に、一同は深々とうなずいた。
「うむ。頼んだぞ。
 では、下がってよいぞ」
「では、失礼いたします」
 シヴァの言葉にルフトが答え、一同が謁見の間から退室し――ようとした時、
「マイヤーズ」
 シヴァがタクトに声をかけた。
「はい、何でしょう?」
「シャトヤーン様は……ご無事なのだな?」
「それなら心配ないですよ。
 “白き月”はシャトヤーン様の張られたシールドに守られておりますから」
「……そうか……」
「大丈夫ですよ」
 つぶやくシヴァに、ジュンイチが告げた。
「たとえ捕まっても、エオニアとてバカではありません。“白き月”の象徴であるシャトヤーン様に危害は加えないはずです。
 それに……その時はオレ達が必ず助け出します。もちろん無傷でね」
「……信じよう」
「あ、それから……」
 シヴァに答えると、ジュンイチは思い出したように付け加えた。
「次からはタメ口叩かせてもらえませんか? 敬語ってどうも苦手なんで」

「……ムチャクチャだな、お前ら……」
 謁見の間を出るなり、レスターがタクト達に放った一言がそれだった。
 しかし、二人の対応は冷めたものだった。平然とそれに答える。
「ムチャクチャなんかじゃないさ。
 ただ、自分の子供の頃を思い出しただけだよ」
「子供の頃……じゃと?」
「子供だからといって、自分だけ何も知らされないまま仲間外れにされたら、そりゃ怒りますよ」
「オレの方はそんな偉そうなもんじゃないな」
 ルフトに答えるタクトに言い、ジュンイチは苦笑して、
「ただ、皇子ではなくひとりの人間として――柾木ジュンイチとシヴァ・トランスバールとして対等に接しただけですよ。
 ただ従うだけが部下の務めじゃない。時には徹底的に逆らってでも上の間違いを正すのも、部下としての勤めなんじゃないっスか?」
「……なるほど、その通りじゃな」
 二人の言葉に、ルフトは思わず納得する。
「とにかく、今欲しいのは情報ですね。
 ルフト准将、エオニアについて、詳しく教えてもらえませんか?」
「うむ、そうじゃな」
 タクトに言われ、ルフトは少し考え、
「なら、おあつらえ向きにごく最近の映像がある。
 星間ネットで流された、エオニアの演説じゃ」
「うっわー、すんげぇクサイセリフが乱立してそう……」
「はっはっはっ、そう言うな」
 うめくジュンイチに答え、ルフトはタクトに向き直り、
「どうせじゃ。エンジェル隊も呼んで、ブリッジで見ることにしようか」
「わかりました。
 では、ブリッジに行きましょう」
 タクトが同意すると、
「……ルフト准将」
 ジュンイチがルフトに声をかけた。
「ブリーフィングルームはないんスかこの艦に。
 オレ達の基地だったブレイカーベースにすらあったんスよ」
「元は儀礼艦じゃからのぉ」

「よし、これでデータのセットはできた。
 いつでも再生できるぞ」
 言って、レスターはタクト達へと向き直り、
「ここまでついては来たけど……やっぱ遠慮したいなぁ……」
「逃げるな」
 そそくさとブリッジを出て行こうとしたジュンイチを捕まえる。
「さて、これで後はエンジェル隊が到着すれば……」
 なおも逃げようとジタバタするジュンイチとそれを押さえ込むレスター、二人から視線を外してタクトがつぶやくと、ウワサをすればなんとやら。ちょうどエンジェル隊の面々がやって来た。
「お待たせしました! ミルフィーユ・桜葉、以下5名、参りました!」
「おう、来たか」
 言って、逃亡をあきらめたジュンイチは彼女達へと向き直り――
「あれ、ブイリュウは一緒じゃないのか?」
「え?
 さっきまで一緒にいたのに……」
 ジュンイチの問いに、ミルフィーユが周囲を見回して言うと、突然ドアが開き――
「鼻ぶつけた……」
 赤くなった鼻をさすりながらブイリュウが入ってきた。
 飛んでいたのだろう、そのために自動ドアが彼を認識せず、直前で閉まってしまったらしい。
「それで、私達エンジェル隊に、何か御用でしょうか?」
「何でもいいけど、手短にね。
 あたし達だって、ヒマじゃないんだから」
「あぁ、すぐに済むよ」
「エオニアの演説の映像じゃ。
 キミ達エンジェル隊にも見てもらいたくてな」
 ミントと蘭花の言葉にタクトとルフトが答え、
「じゃ、そろったことだしさっさと始めようぜ」
「そうだな。
 映像を再生してくれ」
「了解、メインスクリーンに出します」
 ジュンイチに同意するレスターの言葉に、アルモが映像を再生した。

 モニターに映し出されたのは、長身にして金髪の青年だった。
 彼こそが、このクーデターの首謀者、エオニア・トランスバールである。

〈愛すべき皇国の臣民達よ。
 私は、エオニア・トランスバール。トランスバール皇国、第14代皇王である。
 私は非道なる前王ジェラールと腐敗しきった貴族諸侯に鉄槌を下し、正統なる血に基づく王の座を回復させた。
 彼ら一部の特権階級は“白き月”の恩恵であるロストテクノロジーを独占し続けてきた。これを不当と呼ばずに何と言おう。
 だが、その大罪には裁きが下され、諸君を苦しめてきた不当なる権力は倒され、皇国に正しき秩序がもたらされたのだ。
 諸君の前には、さらなる繁栄が約束されている。ただし、そのためには皇国が――我々が一丸とならねばならない。
 この宇宙には、“白き月”にも優るロストテクノロジーが、今なお眠っている。これこそが、更なる富と栄誉をもたらすのだ。
 『月の聖母』シャトヤーンも、ロストテクノロジーの探索に賛同し、私の即位を祝福してくれた。私に、諸君の力を貸して欲しい。
 今まで同じ皇国内にありながら、バラバラであった制度や文化をひとつにし、新たな目的に向けて結束を固めるのだ。
 混乱に乗じて狼藉を働いている一部の者達にも、今なら寛大な処置を考えよう。ただちに我が元へと帰順せよ。
 あるべき姿に統一された、正しき国家――『正統トランスバール皇国』の一員として、私と共に星の彼方の栄光をつかもうではないか!〉

 そこで、映像は終わっていた。
「……『正統トランスバール皇国』……
 これが、エオニア……」
 ミルフィーユがつぶやくと、
「ブラボー」
 言葉とは裏腹に、憮然とした表情でジュンイチは適当に拍手してみせる。
「ずいぶん、機嫌を損ねたみたいだね」
「そりゃ、あんなもん延々聞かされればな」
 タクトの言葉に答え、ジュンイチは逆に聞き返した。
「そう言うそっちはどう感じたんだ?
 まさか賛同するワケじゃないだろう?」
「まぁね。
 正直なところ信用できないな。エオニアの言う事には、建前が多すぎる」
 ジュンイチに答え、タクトは興味深そうに自分に注目する一同に対して続けた。
「表面だけ見れば、『正義と理想に燃える革新家』って印象だけど、あまりに理路整然としていて、かえっていかがわしいよ。
 ロストテクノロジーを探すために国をひとつにまとめよう、っていうのも、裏を返せば自治体単位の思想を奪って支配しやすい体制に組み替えるってことにもつながる。
 奇麗事ばっかりで、本音を巧みに隠してる。本音が見えないところが、不気味だね」
「オレも同意見だな。
 それにそういう理屈を抜きにしたって――たとえエオニアのあの言葉が真実で本音だったとしたって、ヤツのやったこと自体は間違ってる。平定するために反対意見を皆殺し、なんていくら何でも事を急ぎすぎだ。
 クーデターの戦略といい、この演説といい、結果を急ぎすぎてる部分があるのが、オレは気になるな」
「なるほど……意外と人を見る目があるじゃないか、二人とも」
「いろいろもまれて来ましたから」
 ジュンイチがフォルテに答えると、レスターが口を開いた。
「それに、『未知のロストテクノロジー』とやらも怪しいものだな。あるかどうかもわからない、そんな不確かなものが当てになるはずがない」
 だが――
「いや、意外にエオニアには当てがあるのかもしれないよ」
 そう答えたのはタクトである。
「少なくとも、あの無人艦隊は皇国のものじゃないからね」
「ひょっとすると、ヤツはすでに手に入れているのかもしれないな。
 『未知のロストテクノロジー』とやらのいくつかを」
 同意するジュンイチにうなずき、タクトは続ける。
「他にもそういったロストテクノロジーがあるのかもしれない、エオニアはそう考えているんだろう。
 だから、『皇国が一丸となって』総出で探し出そうとしているんだろうね」
「当たらずとも遠からず、といったところじゃろうな。
 おそらく、今のエオニアに一番不足しているのは人材じゃ」
「5年前に飛ばされた時、エオニアの部下はどのくらいいたんスか?」
「ほんのわずかの臣下しか、彼にはつき従わなかった。
 残っていた近しい者も、すべて処分を受けておる」
「なるほど、皇国内に味方はほとんどいない、か……」
 ジュンイチに答えるルフトの言葉に、タクトはつぶやいて考え込む。
「それで、国をまとめて人材集め、か……
 向こうも向こうで大変なんだな」
「まぁ、この間のレゾムとかいうヤツのように寝返るヤツもいるだろうから、下っ端には不自由しないだろうがな。
 増してや、シヴァ皇子をエオニアのところに連れていけば、最高の手土産になるだろうし……」
「それだけは、何としても避けねばならん。
 皇国軍が集結しつつあるローム星系まで、なんとしてもシヴァ皇子をお連れせねば」
「わかってますよ」
 話し合うジュンイチとレスターにルフトが告げ、それに同意するとタクトはレスターに尋ねた。
「レスター、そのローム星系までは、どのくらいかかりそうだ?」
「最短ルートで、恒星間航行を繰り返したとしても、2週間は必要だな。
 もちろん、何の妨害もなかったと仮定してだ」
「つまり、妨害を考慮したらその倍は覚悟しなきゃならないってワケか……」
「大変な旅になりそうですね」
「今ごろ何言ってんのよ。
 “白き月”を出てからこっち、大変じゃなかったことなんてあった?」
 ジュンイチの言葉につぶやくミルフィーユに、蘭花があきれてつぶやく。
「まぁ、これからのことはここで話し合っていてもどうしようもないよ。まずは情報を集めないと。
 この場はこれで解散にしようか」
「さんせーい」
 タクトの言葉にジュンイチが手を軽く挙げて答え、その場はお開きになった。

「………………ん?」
 その後、ブイリュウと共に艦内を回っていたジュンイチは、廊下をこっちに向かって歩いてくるタクトに気づいた。
「タクトじゃんか。どうした?」
「あぁ、ジュンイチくん」
「『くん』はいらん」
 応えてくるタクトに釘を刺し、ジュンイチは改めて尋ねる。
「で? 何やってんだよ」
「あぁ、エンジンの修理が完了するまで、まだ時間がかかるらしくてね。
 今のうちに艦内を把握しておこうと思ってさ」
 その答えに、ジュンイチは思わず納得し、
「なんだ……オレ達と一緒ってことか」
「ジュンイチも?」
「あぁ。今ブイリュウと二人で回ってんだ。
 オレの部屋もまだ用意が完了するまで時間がかかるっていうからさ」
 聞き返すタクトに答え、ジュンイチは笑って、
「しっかし、ここのスタッフは大したもんだよ。
 部屋の内装、オレの注文通りに、しかもすぐにやってくれるってさ」
「内装……?
 どんなのを注文したんだい?」
「ま、それは見てのお楽しみ、かな」
「すごく『ジュンイチらしい』よね……」
 タクトに答えるジュンイチの言葉に、ブイリュウがなぜかため息をついて付け加えた。

 そんなこんなで、共に艦内を回ることになったジュンイチ達とタクトだったが――
『………………』
 予想だにしなかった施設を発見し、絶句していた。
 呆然とジュンイチがつぶやき、タクトがそれに同意する。
「……コンビニ……だな……」
「あぁ……」
 そう。そこにあるのは紛れもなくコンビニエンスストア。購買ならともかく、なぜ艦内にこんなものが――
 と、その時、
「じゃあ、また回しますよ?」
 中から聞こえてきたのはミルフィーユの声だ。
 覗き込んでみると、レジの前に彼女の姿があった。
「ミルフィー?」
「あ、タクトさん。それにジュンイチさんとブイリュウくんも」
 声をかけるタクトに、ミルフィーユが振り向き――ジュンイチは彼女の前にあるものに気づいた。
「……福引か?」
「はい。今やってるところです」
 ジュンイチに答え、ミルフィーユは自身の前に置かれた福引の箱を見せる。
「うーん、このテの福引、この時代でも絶滅してなかったか……」
「ジュンイチさんの時代にもあったんですか?」
「あぁ。これと変わらん方式でな」
 ミルフィーユに答え、ジュンイチは箱を軽く叩いてみせる。
「で、それを今やってるワケか……」
「はい。後2回できますね」
 ジュンイチの問いにミルフィーユが答え――タクトは気づいた。
 なぜか店員が真っ青に青ざめている。
 どういうことかとタクトが首をかしげていると、
「えいっ!」
 元気なかけ声と共に、ミルフィーユが福引の箱を回した。
 そして、出てきたのは――金色の玉。
 タクト達は一斉に壁の景品一覧を見て――金色の玉は、ハッキリと一等の欄にあった。
「へぇ、一等か。
 大したもんだな」
 ジュンイチが言うが――その直後の店員の言葉に自分の耳を疑った。

「い、一等ばっかり4回も……」

『………………はい?』
 その言葉に一瞬固まり――タクトとジュンイチは店員に確認した。
「一等……“ばっかり”?」
「はい……」
“4回も”……?」
「はい……」
 そのまま、二人はミルフィーユに視線を集め――ジュンイチが言った。
「『大したもの』ですまされる次元じゃなくないか?」
「そうですか?」
 ジュンイチの問いにあっさりと聞き返し、ミルフィーユは再び箱を回し――出てきた玉は、またしても金。
「………………」
 それを見て沈黙し――ジュンイチは店員に耳打ちした。
「これ、中の玉は全部金色とか?」
「そんなワケないですよ」
「じゃあ、金の玉の数は?」
「あの箱の中に5個……今全部出ちゃいました……」
「………………そうか……」

 ほとんど半泣きの店員に同情しつつ、ジュンイチはミルフィーユへと向き直り、
「………………まさか、全部偶然か?」
「はい。
 あたし、運が強いんです」
「そ、そうなのか……」
 平然と答えるミルフィーユに、ジュンイチは呆然とつぶやくしかない。
 と、今度はタクトが店員に尋ねた。
「にしても……これは何のキャンペーンなの?」
「はい、『新司令官&エンジェル隊新隊員就任記念キャンペーン』です」
「どんなキャンペーンだよ、それ……」
「オレも入っとんのかい」
 店員の言葉に二人が呆れてつぶやく背後で、
「で、何買ったの?」
「うーん、ピクニック用品の特売やってて、それでついついたくさんお買い物しちゃった。
 福引の景品も、ピクニックバスケットなんだよ。それも、本星でもすごくレアなの!」
 ブイリュウの問いに答え、ミルフィーユは上機嫌で買い物の内容を見せている。
「ピクニック、ねぇ……」
「休暇の時にでも行くんじゃないのか?」
 タクトのつぶやきにジュンイチが言うと、
「そんなことないですよ」
 それが聞こえたか、ミルフィーユが答える。
「この艦の銀河展望公園に、よくピクニックに行きますから」
「こ、公園まであるのか、この艦は……」
 ミルフィーユの言葉に、この場でモノスゴイモノを見せつけられたばかりのジュンイチはあきれるしかない。
「よかったら、案内しましょうか?」
「そうだな……頼むよ」
 ミルフィーユの提案にタクトが答えると、
「じゃ、行こうか」
 言って、ジュンイチが彼女の手から荷物と福引の景品を取り上げる。
「あ、ジュンイチさん?」
 ミルフィーユが声をかけると、ジュンイチは振り向き、言った。
「こんなクソ多い荷物持って艦内回るつもりか? 重くはないけど多いぞ、すっごく。
 運んでやるから、さっさと部屋の場所教えやがれ」

「すみません、荷物運んでもらっちゃって……」
「いいさ。荷物運びはバイトで慣れてる」
 居住区画のミルフィーユの部屋の前に到着し、荷物を置いてきたミルフィーユに礼を言われ、ジュンイチはサラリと答える。
「それじゃあ、行きましょうか」
 言って、ミルフィーユが先頭に立ち、他愛のない話をしながら艦内を案内してもらった。
 だが、ほとんどの施設を回り終えた頃――突然、アルモの艦内放送が響いた。
〈マイヤーズ司令、及びエンジェル隊パイロットは、至急ブリッジへ集合してください。
 繰り返します――〉
「何だ……?」
「やけに緊張した声だったな……
 とにかく、ブリッジに行ってみよう!」
 首をかしげるジュンイチに言い、タクトはミルフィー、ブイリュウを加えた4人で急ぎブリッジへと向かった。

「どうした!?」
「おぉ、来たか」
 ブリッジに入るなり第一声を放つタクトに、レスターが振り向いて応える。
「状況を説明してくれ。
 用件がわからないことには話が進まない」
「あぁ。
 エオニア軍の予想進路がわかったんだ」
 言って、レスターは宙域図に問題の予想進路を表示した。
 敵の進路は、そのほとんどが今自分達のいる宙域に向かってきていることを示していた。
「どうやら、この宙域に網を絞ってきてるらしい」
「見つかったのか?」
「いや、まだのようだ」
 聞き返すジュンイチにレスターが答えると、
「しかし、エルシオールの修理はまだ終わってません」
「状況は悪いね、ハッキリ言って……」
 ヴァニラの言葉に、フォルテが腕組みして考え込む。
「いっそ、こっちから仕掛ける?」
「だが余計に発見される確率が高くなるぜ」
「ジュンイチさんの言う通りですわ。
 仕掛けるなら隠密航行で小惑星帯を回り込んで、別方向からの強襲、というのがベストでしょうけど……移動途中に見つかっては元も子もありませんし……」
 タクトに進言する蘭花に、ジュンイチとミントが異を唱えると、突然、ルフトがタクトに尋ねた。
「……タクト、お主のところの艦隊、ワシに預けてくれんか?」
「どうするんですか?」
「それを利用して、敵の目をくらますのじゃよ。
 ワシが残存艦隊を率いてオトリになろう」
 尋ねるタクトに、ルフトはあっさりと答える。
「マヂっスか?
 確かにこの状況で僚艦が脱出すれば、敵はそっちに皇子を乗せて脱出させた、と思うだろうけど……むしろそっちに攻撃がいくんスよ」
「なぁに、心配するな。
 ワシにちと、考えがあってな」
 思わず聞き返すジュンイチだったが、ルフトは自信タップリに答える。
 そんな堂々としたルフトの態度に、ジュンイチは反論もできず、しばし黙り込んでいたが……
「……わかりました」
 タクトがルフトに同意した。
「けど、お貸しするだけですからね。
 後でちゃんと返してくださいよ」
「心配するな。この任務が無事に終われば代わりに新品をくれてやるわい」

「……本当に、よかったのか?」
 離脱していくルフトの艦隊――クリオム星系駐留艦隊をレーダーで見送りながら、ジュンイチはタクトに尋ねた。
 レーダースクリーン上では、脱出するルフト艦隊に気づいたか、エオニア軍の無人艦隊が転進、その後を追っている。
 しかし、タクトは心配する様子はない。
「大丈夫だよ。
 だって……ほら」
 タクトが言い、一同がレーダーへと視線を戻し――変化が起きた。
「あ、敵の反応がひとつ消えた」
「沈めたってのかい? 返り討ちにして……」
 敵を示す光点のひとつが消えたのを見て、ブイリュウとフォルテがつぶやくと、
「……なるほど」
 突然、ジュンイチが感嘆の声を漏らした。
「あれがルフトのじっちゃんの言ってた『考え』か……」
「なるほど……小惑星帯を利用して、敵の動きを封じて一斉射撃……
 追撃の速度は鈍る上に確実に仕留められますわね」
「そういうこと。
 相手が無人艦だからこそ使える手だけどね」
 ジュンイチとミントに答え、タクトはアルモに告げた。
「艦内放送、かけてもらいたいんだけど。
 全ブロックにだ」
「了解。
 ……どうぞ」
 アルモに放送準備が完了したことを告げられると、タクトは表情を引き締めて言った。
「各員に通達する。
 ただちに作業を一時中断し、最寄りのモニターの前に整列せよ」
 そして、一拍間をおいて、告げた。
「総員、ルフト准将と勇敢なる将兵達に、敬礼!」
『はっ!』

 そして、敵がこの宙域から姿を消して数10分……
「機関室より報告です。
 エンジンの修理、完了したそうです。
 通常航行、クロノ・ドライヴ共に支障なし」
「クロノ・ドライヴ?」
「簡単に言えば、『亜空間航法』みたいなものかな」
 アルモの報告に、首をかしげるジュンイチにタクトが説明する。
「タクトさん、今のうちに発進しましょう!
 ルフト准将の行為を、ムダにしないためにも!」
「そうだな」
 いつになく真剣なミルフィーユの言葉に、タクトは同意して指示を出した。
「エルシオール発進! 小惑星の影に隠れながら、ポイントGKs571まで移動後、クロノ・ドライヴに入る!
 それから、エンジェル隊とジュンイチは万一に備えて格納庫で待機していてくれ」
「了解しました!」
「はいよ」
 タクトの指示に答え、ミルフィーユとジュンイチは他の面々と共に格納庫へと向かう。
「ホントに大丈夫なんでしょうね?」
「ま、楽な旅にはならんだろうな」
 誰に尋ねるでもなく、つぶやく蘭花にジュンイチがそう答え、
「そうだね。
 護衛艦隊がいなくなって、このエルシオールは丸裸も同然だ。
 それに、途中での補給もいるだろうし、これから先も敵に見つからないとは思えない……状況はほんの少しよくなっただけ、ってところだね」
 フォルテもそれに同意する。
「何よ、それじゃぜんぜん状況良くなってないも同じじゃない!」
「だから言ったろ。『楽な旅にはならないだろう』って」
 文句を言う蘭花に答え、ジュンイチはため息をつき、
「ともかく、クロノ・ドライヴ中は敵さんも手出しできないんだろう? なら、その間に一息つけるってことさ。
 今は無事クロノ・ドライヴに入れることを祈って、入ってから改めて今後の方針を考えよう」
「……そうね……」
 ジュンイチに同意する蘭花だったが――その表情は冴えなかった。

「……つまり、紋章機の能力は搭乗者の精神状態に左右されちまうってことか?」
「はい。その通りですわ」
 尋ねるジュンイチに答え、ミントはカップに注がれた紅茶をすする。
 あの後無事クロノ・ドライヴに入り、解散となったエンジェル隊とジュンイチは、一息つくべくティーラウンジへとやってきた。
「パイロットのテンションが低いと、出力は上がらない、照準はズレ放題とロクなことにならないんだ」
「どうして、そんなことに?」
「操縦システム――H.A.L.O.ヘイロウシステムのせいです」
 付け加えるフォルテに尋ねるジュンイチに、ヴァニラが答える。
「H.A.L.O.とは、人間の脳と人工脳をリンクさせるシステムで、操縦システムだけでなく、紋章機のクロノ・ストリング・エンジンの制御の大部分はこのH.A.L.O.システムに依存していますの。
 どうやら、人の精神の高揚――わかりやすく言うならテンションの高さが、クロノ・ストリングからエネルギーを取り出す、最も効率の良いキーらしいのです」
「……ユナイトシステムとBブレインの関係と似てるな……
 動力系の伝達方式も似通ってる部分が多いし……まさか合体とかしないだろうな?」
「アハハハハ、まっさかぁ!」
 ミントの説明に、紋章機の基本データを見ながらうめくジュンイチの言葉に、蘭花が笑って応えると、
「みんな、ここにいたんだ」
 言って、タクトがやってきた。
「あ、タクトさん。
 ブリッジはいいの?」
「うん。レスターが代わりにやっててくれてるよ」
 尋ねるブイリュウに答え、タクトは彼の頭をなでてやり、
「それで、何の話?」
「あぁ、紋章機のシステムについて、説明してもらってたんだ。
 一緒に戦う仲間なんだし、知っておいて損はないからね」
 尋ねるタクトにジュンイチが答えると、
「……そうだ!」
 突然、それまで黙り込んでいたミルフィーユが声を上げた。
 何事かと一同が注目する中――ミルフィーユは高らかに宣言した。
「みなさん、ピクニックに行きましょう!」
『………………はい?』
「だから、ピクニックですよ!
 私達と、タクトさんと、ジュンイチさんとブイリュウくん、みんなの親睦を深めるんです!
 仲間のことを知るには、楽しくピクニックをするのが一番です!」
 突然のことに事態について行けず、間の抜けた声を上げる一同に、ミルフィーユは力強く宣言する。
「まぁ、オレは別に異論はないが……」
「オレもいいよ」
 どうせクロノ・ドライヴ中にすることはないのだし、特に反論する理由もない。そんなミルフィーユに同意し――タクトとジュンイチはこの時、他のエンジェル隊の面々が異様な緊張振りを見せていたことに気づけなかったことを後に後悔することになる――

「そろそろだな……」
 『準備をする』というミルフィーユと別れ、しばし艦内を散策。ブイリュウを連れたジュンイチが時間を見計らって銀河展望公園へとやってきた時には、すでにエンジェル隊とタクトが集まっていた。
「あ、遅いわよ、あんた達!」
 そんなジュンイチ達に気づき、蘭花はなぜかあわてた様子で駆け寄ってきて、
「ねぇ、大丈夫だった? 何も起きなかった?」
「はぁ?」
「いきなり何ぬかしてやがる。
 敵が襲ってきてるワケじゃねぇんだ。何も起きるはずないだろ」
 尋ねる蘭花にブイリュウとジュンイチが答えると、
「……そう……」
 なぜか蘭花の顔にはあきらめの色が浮かんでいた。
「タクトも何もなかったって言うし……やっぱり、これから起きるのね……」
「何の話だ?」
 蘭花のつぶやきにジュンイチが首をかしげると、
「あ、ジュンイチさん! ブイリュウくん!」
 こちらに気づいたミルフィーユが声を上げた。
「もう、何やってるんですか。
 早くしないと料理がなくなっちゃいますよ!」
「おう、すぐ行く」
 ミルフィーユに答えると、ジュンイチは改めて蘭花に尋ねた。
「で……何をそんなに警戒してんだよ?」
「ミルフィーよ」
 すぐさま答えが返ってくる。
「あの子、すごく運が強いのよ」
「あぁ、そういえばンなようなこと言ってたな。
 けど、それって運がいいってことだろ? 警戒する理由にはならないと思うけど……」
 ジュンイチが言うが、蘭花は首を左右に振ってそれを否定し、
「違うのよ。
 運がいいワケでも悪いワケでもないの。文字通り、運が『強い』のよ」
「強い……?」
「そう。あの子にだって運がいい時があれば悪い時もあるわ。
 ただ、運が強いから、幸運はすごくデカいのがくるのよ」
「つまり、運の触れ幅がデカいってことか?
 それって……」
 蘭花の問いにつぶやき――彼女の言いたいことを悟ったジュンイチの顔から血の気が引いた。
「……不運も、デカいのが来るってことか?」
 恐る恐る尋ねるジュンイチに――蘭花は悲しいくらいハッキリとうなずいてくれる。
「なるほど、それで……」
 つぶやき、ジュンイチが妙に警戒しているエンジェル隊を見回して――しかしそれでも蘭花に向けて笑顔で答えた。
「けど、気にすることないんじゃねぇか?」
「え?」
「確かにトラブルが起きるかもしれない。けど、逆に言えば、いいことも起こりうるってことだろう?
 なら、ビビるよりは期待する方が楽しいだろ」
「それはそうだけど……」
「それに……」
 なおも釈然としない蘭花に告げ、ジュンイチはサラリと言った。
「幸運だろうが不運だろうが、何も起きずにただダベるだけのピクニックよりは、楽しめると思うがね」

 そして、話を終えたジュンイチと蘭花も加わり、いよいよミルフィーユが『腕によりをかけた』と豪語するお弁当の披露である。
「たくさんありますから、好きなもの取ってくださいね」
 上機嫌で言うミルフィーユがお弁当を広げる前で、
『おぉ……』
 タクト、ジュンイチ、ブイリュウの3人は思わず感嘆の声を上げた。
 それほどまでに見事な出来栄えの弁当が目の前に展開されたのだ。
 見栄え、形、香り――そのどれをとっても、味に期待を抱かずにはいられない。家事に従事している以上料理にもそれなりの自信を持っていたジュンイチだったが、さすがにこれを前にしては白旗を揚げたい気分になっていた。
「大したもんだな、ミルフィーって」
「そ、そんなことないですよ。
 私なんて、まだまだで……」
 感心するタクトの言葉に、ミルフィーユは両手をパタパタと振って謙遜する。
 が、ジュンイチは唐揚げのひとつを口の中に放り込み、
「……これで『まだまだ』なら、世の5つ星レストランが軒並みつぶれるな」
「じ、ジュンイチさんまで!」
「ウソじゃねぇって。ホントにそれぐらい美味いって、お前の料理。
 オレとて料理をする身だからな。世辞は言わん」
 言われてますます真っ赤になるミルフィーユにジュンイチは平然と答える。
「へぇ、アンタも料理できるんだ」
「まぁな。
 けど、オレなんか足元にも及ばないって、この味は」
 フォルテの問いにジュンイチは苦笑して、
「ここまで美味いの作られたら、レパートリーぐらいでしかオレの勝てる要素はないな」
「そうなんですか?」
「いくらミルフィーでも、さすがにサバイバル料理はレパートリー少ないだろ?
 後はエジプトとか南米とかのマイナー地方の料理も作れるし……その分で数稼げるんじゃないかな?」
「エジプト? 南米?」
「あ、そっか。お前ら地球のことほとんど知らないもんな。
 エジプトは国、南米はエリアの名前で……」
 逐一首をかしげるミルフィーユにジュンイチが説明していると、
「……あ……」
 突然、ヴァニラが声を上げた。
「どうした? ヴァニラ」
 フォルテが尋ね、彼女の視線を追った先では――
「あら、あなた達。
 もしかして、あなた達もピクニック?」
 そう言って、クルー達を引き連れてやってきたのは、医務室に詰めている女医のケーラである。
「あれ、ケーラ先生……?」
「あたし達も、ここでピクニックしようと思ってね。
 ちょうどヒマができたし、コンビニでピクニック用品が安かったから……」
 タクトの問いにケーラが答えると、
「みんなでピクニックですか? 偶然ですね!」
 続いてやってきたのは、整備班をまとめるクレータ。そして背後には整備班の一同も控えている。
「そのセリフからすると……クレータ班長も?」
「そうなの。
 出撃もしばらくなくてヒマだから、整備班の間で親睦会をやろう、ってことになってね。
 そしたら、コンビニでレジャー用品が安かったから」
 今度はジュンイチが尋ねてクレータが答え――
「こんにちは、司令!」
 タクトに声をかけてきたのはアルモだ。しかもココや他のブリッジクルー達もいる。
「ウソだろ……?」
 ここまでくるとあきれるしかない。ジュンイチが思わずつぶやき――
「ねぇ、ジュンイチ……」
 そんなジュンイチにブイリュウが声をかけてきた。
「これって……」
「あぁ……こんなムチャクチャな偶然を巻き起こすのは、ひとりしかいねぇ……」
 言って、ジュンイチは視線を動かし、
「……福引で初っ端から1等出し尽くす、アイツしかな」
 その先にはミルフィーユがいた。
「ここまですさまじいのか、アイツの運は……」
 ジュンイチがうめくと、
「その様子だと、ミルフィーのことは聞いてるみたいだね」
 そんな彼に、フォルテが声をかけた。
「あぁ、蘭花から聞かされてね」
「? 何の話?」
 答えるジュンイチにタクトが尋ねると、
「論より証拠だね。
 ミルフィー!」
「はい、何ですか?」
「例のアレ、見せてやりな」
 呼ばれてやってきたミルフィーユに、フォルテは小銭を5枚渡し、
「あぁ、アレですか?
 わかりました!」
 彼女の言う『アレ』に思い至ったミルフィーユはそれを頭上に投げ、
 ――チャリンッ。
 レジャーシートの上に落ちた小銭は――すべて上を向いていた。
「もう一度やってみますね」
 そう言うと、ミルフィーユは小銭を拾ってもう一度放り――
 ――チャリンッ。
 今度はすべて裏を向いていた。
「ち、ちょっと待て。
 確率の授業でやったぞ――放り投げた5枚のコインがすべて同じ方向を向く確率って……」
「1回では32分の1。2回連続だと1024分の1、だろう?」
 うめくジュンイチにフォルテが言い、
「ご覧の通りさ。
 ミルフィーが何かすると、いつも確率を無視した出来事が起きるんだよ」
「ESPチェックも何度も受けたんです。
 でも、超能力というワケじゃないんだそうです」
「そ、そりゃそうだよ。
 いくら超能力だって、確率は物理法則とは違うんだ。いじくることなんて……」
「あぁ。
 オレ達ブレイカーだって一種の特殊能力者だけど、『確率』を操れるヤツなんて、聞いたことがないぜ」
 フォルテとミルフィーユの言葉にうめくタクトにジュンイチが言い――
「……ん?」
 ふと、何かに気づいて顔を上げた。
「どうした? ジュンイチ」
「いや……何か、煙くさくないか?」
 フォルテに答え、ジュンイチが周囲を見回していると、
「――あ、あれじゃない?」
 蘭花が指さしたのは、すでにお祭騒ぎと化したピクニックの輪の一角から立ち上る煙である。
「……バーベキューのようですね……」
「あらあら、仕方ありませんわね」
 ヴァニラの言葉にミントが言うが、
「………………」
 ジュンイチは何やら浮かない顔で黙り込んでいる。
「……ジュンイチ?」
 ブイリュウが声をかけ――ジュンイチは動いた。
「エンジェル隊、撤収準備!」
『え?』
「蘭花とフォルテさんはお弁当の回収! ヴァニラとミントはレジャーシートを片付けて! ゴミ拾いはオレ達野郎3人でやる!
 ミルフィー! お前は他のグループにも撤収を促して来い!」
 疑問の声を上げる一同だったが、ジュンイチはかまわず指示を飛ばす。
「ちょっと、どういうこと?」
「『反動』の内容が読めた」
 尋ねる蘭花に、ジュンイチは答え、説明を始める。
「ここは公園とはいえ屋内だ、当然防火設備がある。
 そしてあのバーベキューの煙と、ミルフィーの『福引5回連続1等』及び『みんなで楽しいピクニック』の幸運の反動がまだだという事実。
 これだけ言えばわかるだろう?」
 ジュンイチの説明に、彼の言わんとしていることを悟ったエンジェル隊の面々は、あわててジュンイチの指示に従い片づけを始める。
 そして、片付けが終わり、他のグループに撤収を告げに行っていたミルフィーも戻ってきた、ちょうどその時、
 ――ザァァァァァッ!
 ジュンイチの読みが現実のものとなった。スプリンクラーが作動し、公園を突然の雨が襲う。
「あ、危なかった……」
「教えてくれてありがとうございます、ジュンイチさん……」
「あの時天井を『偶然』見上げたからさ」
 木の下に避難し、つぶやくタクトとミントにジュンイチが答える。
「その時、『たまたま』スプリンクラーが目に入ったから、ひょっとしたらって……」
 そこまで言い――ジュンイチの思考が停止した。
 そのまま、ぎぎぃっ、と音でも立てそうな雰囲気で首だけで振り向き、
「もしかして……これもお前の運か?」
「……そう、なんでしょうか……?」
 尋ねるジュンイチに、ミルフィーユは首をかしげる。
 と、その時、突然艦内に警報が鳴り響き、
〈タクト、今どこにいる!?〉
 タクトの胸の宝石型通信機『クロノ・クリスタル』からレスターの声が響く。
「レスター?
 どうした? 何があった?」
 タクトの問いに、レスターは答えた
〈敵襲だ!
 ドライヴアウトしたとたん、いきなりな!〉

「状況は?」
「ハッキリ言って悪いな」
 急ぎブリッジへとやってきたタクトの問いに、レスターが答える。
「どうやらオレ達は、敵の警戒網のド真ん中にドライヴしちまったらしい」
「くそっ、せっかくルフト准将が時間を稼いでくれたのに……!」
 レスターの言葉にタクトがうめくと、
〈タクト! 大変だ!〉
「フォルテ?
 今度は何だよ?」
 格納庫からのフォルテの通信にタクトが聞き返すと、新たにつながったミルフィーユからの通信がそれに答えた。
〈すみません、タクトさん!
 ラッキースター、エンジン出力が上がりません!〉
〈いろいろと不確定要素が多いからね、ラッキースターは。
 どうする? 司令官殿〉
「……仕方ない。他のみんなで戦ってもらおう」
 フォルテの問いに、タクトは決断して指示を出す。
「ジュンイチ、エンジェル隊との連携は初めてだけど、行けるね?」
〈データを見せてもらった限りでは、特に不安要素はないね。
 大丈夫。行けるよ〉
 答えるジュンイチの言葉に、タクトはうなずき、告げた。
「エンジェル隊、出撃!」
《了解!》

「よっしゃあっ!」
 バーニアを吹かし、ジュンイチのゴッドブレイカーが戦場へと突っ込んでいく。
「さぁて、大暴れしてやるぜ!」
 自信タップリに宣言するジュンイチだが、
「いっくわよぉっ!」
 その脇を、蘭花の紋章機“カンフーファイター”が駆け抜けていく。
「へへぇ〜ん、おっ先ぃ♪」
 ジュンイチに言って、蘭花はカンフーファイターを敵艦の懐へとすべり込ませ、機関砲で動力部を的確に射撃、あっという間に1隻を撃破する。
「へっ、やるじゃねぇか!
 オレも負けてられないぜ!」
「そうそう! やっちゃえジュンイチ!」
 ブイリュウの声援を受けつつ、ジュンイチは右手をかざし――その右手を包み込むように、エネルギーの流れが螺旋状に渦を巻く!
「クラッシャー、ナックル!」
 叫んで、ジュンイチは右腕を射出、放たれた拳は敵艦へと襲い掛かり、猛然と牙をむく。
「あらあら、お二人とも張り切っていらっしゃいますね」
「あたしらも行くよ!」
「……了解」
 そんな二人の様子を眺めるミントの言葉にフォルテとヴァニラが言い、彼女達3人も戦線へと突入していく。
 フォルテの愛機“ハッピートリガー”は先の戦闘でも見せていたように大火力をフル回転させて敵艦に肉迫、ミントの紋章機“トリックマスター”は射出した遠隔操作兵器『フライヤー』で敵艦を集中攻撃していく。
 その一方でヴァニラの“ハーベスター”は積極的に攻撃に参加せず、対空ビームで他のメンバーの支援に回っている。元々ナノマシンによる修理などを目的とした支援機だからだ。
 ともあれ、彼らの獅子奮迅の活躍により、敵艦隊は次々にその数を減らしていく。が――
「……変だな……」
 ジュンイチはそれに釈然としないものを感じていた。
(敵の数が少なすぎないか……?
 ヤツら、エルシオールを探すためにかなりの範囲に部隊を展開していたはずだ。
 一隊ごとの数は少なくても、こっちを見つけて呼び集めればかなりの数が期待できるはずなのに……)
 そこまで考え――ジュンイチの脳裏で警鐘が鳴り響いた。
「――まさか!?」
 あわてて転進し、エルシオールへと戻るべく速度を上げる。
「ちょっと、ジュンイチ!?」
「そっちは任せる!」
 声を上げる蘭花に、ジュンイチは真顔で答える。
「敵がこっちを見つけてから近くのお仲間を呼び集めたとしたら――まだ合流の遅れてるヤツらが来るぞ!」
 ジュンイチが言った、次の瞬間――
〈敵の増援が現れました!
 本艦の真後ろです!〉
「やっぱり!
 くそっ、増援を考慮に入れずに前に出すぎた!」
 ココからの通信に、ジュンイチは舌打ちしてうめく。
 現在ゴッドブレイカーは限界近くまで加速している。だがそれでも、新手の攻撃に間に合うかどうかは微妙といったところだろう。
「ジュンイチ! このままじゃ……!」
「先制は許すしかないか……!?」
 ブイリュウの言葉にジュンイチがうめくと――
〈お待たせしましたぁ!〉
 突然、ミルフィーユから通信が入った。

「なんだか、いきなりラッキースターのエンジン出力が上がり始めました!」
 ラッキースターのコックピットで、ミルフィーユがようやく訪れた出番に興奮しながら言う。
「これならいけます!
 タクトさん、出撃しますね!」
〈あぁ! 頼む!〉
 タクトの声を受け、ミルフィーユはエルシオールから発進する。
「よぅし、やっつけちゃうんだから!」
 今まで友人達の戦いを見続けることしかできず、溜まりに溜まっていたうっぷんを晴らすかのように、ミルフィーユのラッキースターは敵艦隊を駆け抜けていく。
 そんな彼女に、敵巡洋艦が主砲の狙いをつけ――
「させっかよ!」
 ジュンイチのゴッドブレイカーが間に合った。振り下ろしたゴッドセイバーで一刀の元に主砲を両断、誘爆を招いた敵巡洋艦は火球に包まれた。
「よし、ミルフィー! 数が多くて後で疲れそうだけど、一気に叩くぜ!」
「はい!」
 二人で手近な敵艦隊を片付け、ジュンイチの言葉にミルフィーユが答えると、
 ――ピピッ。
 突然、二人の機体のコックピットに異変が起きた。
 いきなり見たこともないシステムが立ち上がり、勝手にプロセスを進めていく。
「な、何だ!?
 ブイリュウ、どうなってる!? 機体制御にいきなり割り込みがあったぞ!」
「わ、わかんない!
 いきなりいろんなデータが表示されて、勝手にいろんな処理を並列処理で進めてる!」
 ジュンイチの問いにブイリュウが答えると、
「あたしのラッキースターもです!
 あぁ〜ん、せっかくエンジントラブルが直ったのに、今度は何なのぉ!?」
「ミルフィーも!?」
 ジュンイチが声を上げると、
「あ、システム処理がまとまったよ!」
 言って、ブイリュウはジュンイチに告げた。
「『合体モード』に移行してる!」
「合体モードに!?」
 ジュンイチが驚いた瞬間――ゴッドブレイカーが突然加速した。

 バーニアを吹かし、ゴッドブレイカーが加速、さらにラッキースターがその後を追う。
 そして、ラッキースターからハイパーキャノンが分離、続いて左右の推進ユニットが分離し、それぞれのパーツの間にゴッドブレイカーが飛び込む。
 ゴッドブレイカーが滞空するパーツの中心に到達すると、背部スラスターが倒れてラッキースターのボディがそれをカバーするように合体、さらに両肩アーマーを装飾している爪がアーマー内に収納、代わりにラッキースターの推進ユニットが合体する。
 そして、右肩アーマーの爆裂武装用のハードポイントにハイパーキャノンが合体、両機のシステムがリンクする!

「ら、ラッキースターと……」
「合体、しちゃった……?」
 突然勝手に動き、合体したことに驚き、ジュンイチとミルフィーユが呆然とつぶやくが、無人艦隊はかまいはしない。むしろ数が減って幸いとばかりに彼らに向けて砲撃をしかける。
「くそっ、今はかまってるヒマはねぇか!
 ミルフィー! 原因究明は後回し! このまま戦うぜ!」
「は、はい!」
 ジュンイチの言葉に、ミルフィーユは我に返って操縦桿を握り直す。
 そして、ジュンイチもシステムをチェックし、
「……どうやら、肩のキャノンのコントロールはお前に分担されてるみたいだ。
 射撃は任せたぜ、ミルフィー!」
「はい!」
 ジュンイチにミルフィーユが答え、合体したゴッドブレイカーは一直線に敵艦隊へと突っ込んでいく。
 それに対し、敵艦も砲撃で応戦するが、本来の機動性に加えて紋章機の推進システムをフレキシブルバーニアとして装備している今のゴッドブレイカーにはまるで当たらない。何発かのまぐれ当たりも、ラッキースターのエネルギーシールドとゴッドプロテクトの前にことごとくが防がれていく。
 そして、ジュンイチが身をひるがえすタイミングにあわせてミルフィーユが肩に装備されたハイパーキャノンを発射、的確に敵艦を撃ち抜き、さらに推進部の対空ビームでトドメを刺す。
 たちまち敵艦隊は数を減らしていき、あとは数機を残すのみとなっていた。
「よし、ミルフィー!
 一気に大技で蹴散らすぞ!」
「はい!」

「ウェポン、コンバート!」
 叫んで、ジュンイチはハイパーキャノンを分離、右腕に再合体させ、
「ミルフィー!」
「はい!
 いっけぇっ! ハイパーキャノン!」
 ジュンイチの叫びに答え――ミルフィーユがジュンイチのかざしたハイパーキャノンを発射する。
 そして、ジュンイチはエネルギーを吹き出すハイパーキャノンをかまえ、
「一閃――!」
「――両断!」
『ハイパーキャノン、ブレード!』
 振り下ろしたハイパーキャノンから放たれた閃光が、敵艦隊を次々に斬り裂いていった。

「エンジェル隊より報告。
 敵艦隊の全滅を確認。増援のクロノ・ドライヴ反応もないとのことです」
「そうか。
 全機、帰艦するよう伝えてくれ」
 アルモの言葉に答え、タクトは指示を出す。
「しかし、何だったんだ? あの合体は……」
「さぁね。
 今はもう分離してるみたいだけど……」
 レスターに答え、タクトは再び思考の渦に沈む。
 だが、いくら考えても、ゴッドブレイカーとラッキースターの合体した理由に思い当たることはなかった。

「みんな、お疲れ様」
「あぁ、ホントにな」
 パイロットの待機室へとやってきたタクトの労いの言葉に、ジュンイチはため息混じりに答える。
 戦いで疲れたのかと思いきや、そういうワケでもないようだ。というのも――
「それで……何で合体したんだい?」
「勘弁してくれ、その質問。
 会う人会う人みんなに聞かれるんだから」
 尋ねるタクトに、ジュンイチはゲンナリして答える。
 どうやら疲労の本当の理由はこちらにあったようだ。見ると、となりではさすがのミルフィーユも疲労の色を見せている。
「そうだね。
 結局キミ達にもわからないんだろ? なんで合体しちゃったのか」
「あぁ。
 システムの概念は確かに似通ってる部分は多いし、さっきも冗談で『合体したりして』とか言ってたけど……だからってホイホイと合体できるワケじゃないんだが……」
 タクトの問いに答え、ジュンイチが考え込――もうとするが思い直し、
「ま、いくら考えてもわからんものはわからんのだ。今は『合体できる』って事実を受け止めようかね」
「だね」
 ジュンイチの言葉に納得し――タクトは一同に提案した。
「それじゃ、話もまとまったところで、みんなの『ご苦労様会』を兼ねて、ピクニックをやり直さないか?」
「ピクニックを?」
「あぁ。
 結局さっきのピクニックもうやむやになっちゃったしね」
 聞き返すミルフィーユにタクトが答えると、
「なら、今度はオレが料理してやるか」
 自信タップリな顔をして、ジュンイチが腕まくりしながら言う。
「アンタが料理するっての?
 ミルフィーの料理とは月とスッポンになりそうね」
 蘭花が言うが、ジュンイチは笑って答えた。
「味じゃ確かにそうだろうけど、オレだって同じ土俵で勝負するつもりはないさ。
 見てな、マイナー地方のレア料理、タップリ作ってやっからさ」

 こうして、銀河展望公園でやり直されたピクニックは、今度こそ何のトラブルもなく行なわれた。
 唯一、トラブルと言えることを挙げるとすれば――ミントが蘭花用の激辛デザートを、蘭花がミント用の激甘デザートを取り違えてしまったことぐらいだろう。


 

(初版:2006/03/26)