第3話
「星に願いを」
「航路クリア。重力障害も許容範囲内。
現在のところ、順調に航行中です」
「了解。
いやー、平和っていいもんだねぇ」
ココから報告を受け、タクトは艦長席で笑いながら言った。
「敵の動きは?」
「今のところは、特にレーダーにも反応はありません」
「ルフト准将がうまくオトリになってくれたか……」
アルモの答えに、レスターはそう言ってしばし考え、
「……タクト、クロノ・ドライヴまでまだ30分ある。
その間は自由にしてていいぞ。クロノ・ドライヴに入ったら交代しよう」
「了解だ。
じゃ、後でな」
レスターに言われ、タクトはブリッジを後にした。
「……なんだって?」
格納庫でクレータからその報告を受け、ジュンイチは眉をひそめた。
「ですから……ラッキースターにもゴッドドラゴンにも、何の変化もないんです」
改めてそう前置きし、クレータは説明を始めた。
「いいですか、どちらの機体も構造上の変化はなし。ラッキースターの制御OSに合体システムが追加されているだけで、まったくそれ以前のままなんです」
「どういうことだ……?」
「わかりませんよ。
ただ……」
ジュンイチに答え、クレータは続けた。
「これは私の推測ですが、どちらの機体も、元々相手との合体を想定して作られているのではないでしょうか?」
「お、おい! ちょっと待てよ!
ゴッドドラゴンはオレと同じ異世界産だぞ! なんで紋章機との合体が想定されているんだよ!?」
あわててジュンイチが声を上げるが、クレータは冷静に説明を続ける。
「つまり、『この世界がジュンイチさんの世界、または極めて酷似した世界』で、且つ『“EDEN”の時代を経た今のこの時代がその未来である』――という可能性を想定すれば、紋章機がそちらとの合体を想定し、新たに開発されたものであると考えることができます。
おそらく……あなた達の時代の未来か、“EDEN”の時代に」
「おいおい、待てよ……」
そのクレータの言葉に、ジュンイチはつぶやいた。
「それって……この世界の先文明に、ブレイカーロボが存在していたってことか?」
「量子物理学における多次元解釈によれば、パラレルワールドは無数に存在している、とされています。
他にも、ゴッドブレイカー同様に紋章機も遥かな過去にジュンイチさんの世界から流れてきたという仮説も考えられますし……
いずれにせよ、ゴッドブレイカーも紋章機も、私達は太古から眠っていたものをそのまま使っているにすぎません。知らないことは……あまりにも多すぎます」
クレータが答え――沈黙が落ちた。
ともあれ、情報が少なすぎる現状ではいくら考えても推測の域を出ない。ジュンイチはクレータに更なる調査を頼むと格納庫を後にした。
とりあえず何か飲もうと、ティーラウンジを訪れると、エンジェル隊の面々がきゃいきゃいと騒いでいるのが見えた。
ミルフィーユ、ミント、フォルテ、そしてブイリュウが蘭花を囲む形だ。ヴァニラの姿が見えないが、大方医務室だろう。いつもそこでケーラ先生の手伝いをしているのだとミルフィーユが言っていたのをジュンイチは思い出していた。
まぁ、ここで見物していてもラチがあかない。ジュンイチは彼女達に声をかけてみることにした。
「……何やってんだ?」
「占いよ」
あっさりと蘭花から返事が返ってくる。
そんな彼女の言葉に、ジュンイチは怪訝な顔で彼女の見ている雑誌へと視線を落とし、そのタイトルを読み上げる。
「……『マダム・ギャプレーの星占い』?」
「皇国生まれじゃないあんた達は知らないだろうけど、的中率99%を誇る超有名占い師なんだから!」
「ふーん……」
蘭花の言葉にとりあえず納得し――ジュンイチは尋ねた。
「で、今は誰の番なんだ?」
「あ、あたしです」
ジュンイチの問いにミルフィーユが答えると、
「あれ、みんな、何やってるんだ?」
そこへ、タクトも現れた。
「非番?」
「あぁ。クロノ・ドライヴに入るまでね」
尋ねるブイリュウに答え、タクトも一同の輪の中に入ってきた。
「何やってるんだ?」
「占いだとよ。
マダム・ギャプランとかなんとか……」
「ギャプレーよ! マダム・ギャプレー!」
タクトに答えるジュンイチの言葉に言い返し、蘭花は改めてミルフィーユに声をかけた。
「じゃ、始めるわよ。
ミルフィー、あんたの星座は第7天秤座だったわよね?
趣味は……料理として、好きな食べ物は甘いもの系でまとめちゃっていいわよね?」
「確認の必要が見えないなぁ……」
もはや確認ですらないらしい、次々にミルフィーユの特徴をまとめていく蘭花の言葉に、ジュンイチは少しばかり感心してつぶやく。
と、そんな彼にミントが説明してくれた。
「まぁ、蘭花さんとミルフィーさんは、私達の中でも、特に仲がよろしいんですの。
エンジェル隊に入る前からのお付き合いですし」
「ってぇと……士官学校からか?」
「はい、そうなんです!」
ジュンイチの問いに、ミルフィーユは笑顔で答える。
そんなことをしている間にも、蘭花の占いは進んでいく。
「ふむふむ……
これがこうなって、あれがあぁなって……結果は、と……」
つぶやきながら、蘭花の視線は占いのチャートをたどっていき――止まった。
「……『第7天秤座のあなた。異性運は最悪好きでもない相手に付きまとわれて大迷惑。特に予期せぬ出会いにご用心』だって……」
「ガーンッ!
そんなぁ!」
「なんとまぁ極端な……」
あんまりと言えばあんまりな占いの結果に、さすがにショックを受けるミルフィーユの肩を、ジュンイチはポンポンと叩き、
「ま、そう気にするな。占いなんてものは、一般的には単なる気休めみたいなものだ。
それに、的中率が高いなら高いで、未来がほぼ正確にわかるってことだ。その未来を変えることは、そう難しくないさ」
「はーい……」
ジュンイチの言葉にミルフィーユがうなずくと、
「あーら、そんなコト言ってていいのかしら?」
そんな彼の肩をむんずとつかまえ、蘭花が言う。
「さぁ覚悟なさい! 次はアンタの番よ!」
「は!? オレもか!?」
「とーぜんよ!
ミルフィーにはあんなコト言ってたけど、自分が悲惨な結果になったりしたら、そんなこと言ってられるかしらねぇ♪」
「楽しそうだな、お前……」
蘭花の言葉にうめき――それでも逃亡は不可能と悟ったのか、ジュンイチはため息まじりにミルフィーユと席を代わった。
「じゃあ、まずは星座から」
「『第○』はオレ達の世界にゃなかったんでそっちで判断してくれ。4月17日の牡羊座だ」
「じゃあ、第11牡羊座ね。
趣味と好きな食べ物は?」
「趣味はトレーニング。地元じゃTV鑑賞も趣味だったが、こっちじゃTVどころじゃないしな。
好きな食べ物は巻きカツ以下揚げ物全般だ」
「OK。
えーっと……」
ジュンイチの答えにうなずき、蘭花はチャートを追っていき――
「……『第11牡羊座のあなた。異性運は停滞期。恋愛よりも友情の進展がありそう。カギは探しもの』だってさ。
……チッ」
「その舌打ちの真意を問いただしてもかまわんか?」
占いの結果が平凡だったのが気に入らないのか、舌打ちしてみせる蘭花にジュンイチは思わずうめく。
「だいたい、そういう蘭花はどうなんだよ?」
「そうですわね。
ミルフィーさんよりもおかしな結果が出たらたまりませんわね」
「あたしはミルフィーみたいにヘンテコな星の下に生まれてないから大丈夫よ」
ジュンイチとミントの言葉に、蘭花は気を取り直して自身の占いを始める。
「えーっと、第4獅子座で、好きな食べ物は辛いもの系、趣味は占い、と……」
と、そこで蘭花の動きが止まった。
「……どうしたの? 蘭花」
ミルフィーユの問いにも答えない。じっと占いの結果を凝視している。
そんな蘭花に、ジュンイチは怪訝な顔で声をかけた。
「何固まってんだよ?
なら、代わりに読んでやるよ」
「あ、ちょっと!」
言って雑誌を取り上げるジュンイチに、蘭花はあわてて立ち上がるが、
「はい、しっつだうん」
ジュンイチに頭を抑えられ、逆にイスに座らされてしまう。
そのまま蘭花の動きを左手一本で巧みに制しつつ、ジュンイチは占いの結果を読み上げた。
「『今のあなたは運命の転換期です。身近にいる意外な異性と、思いがけない場所で急接近! これはもう、勝負かけるっきゃない!』……
別に固まるよーなもんでもないと思うが。ミルフィーのに比べりゃよっぽどマシってもんだろ」
「比べないでください」
ミルフィーユにツッコまれた。
「けど、『意外な異性』って誰だろうね」
「あ、もしかしてそれが気になってフリーズしてたとか?」
「い、いいでしょ、別に!」
ブイリュウの言葉にその可能性に思い至り、尋ねるフォルテに蘭花は顔を真っ赤にして言い返す。
「けど、本当に誰でしょうねぇ?」
「さぁねぇ……」
だがこうなってくるとホントに気になってきた。ミントの言葉にフォルテは腕組みして考え込む。
「エルシオールの乗組員で男っていったら、けっこう限られてるし……」
と、そこでジュンイチがポンと手を叩き、
「あ、ひょっとして」
「どなたか心当たりでも?」
尋ねるミントに、ジュンイチは答えた。
「宇宙コンビニの店員さんとか」
「絶対ないから」
蘭花に即答された。
「けど、『意外』という条件はクリアしてるぞ」
「カウンターか倉庫にいるだけの人と、どうして『思いがけない場所』で『急接近』できるのよ? 物理的な問題で接点がないわよ」
「あ、そっか……」
ジュンイチが納得すると、ブイリュウが考え込み、
「整備班の人達はみんな女の人だし、オイラはそもそも人ですらないし……」
「となると、残っている可能性は……」
ブイリュウとミントがつぶやき――唐突に一同は動きを止めた。
そして、一斉に視線を動かし――
「ちょっと待て。
なぜそこでオレとタクトを見る?」
となりのタクトとそろって注目されたジュンイチが不満の声を上げる。
「もしかして……『身近にいる意外な異性』とは、タクトさんかジュンイチさん、どちらかでは?」
「な……何言ってんのよ!
こんなヤツらなワケないでしょ! もっといい男に決まってるわ!」
「否定してくれたのはありがたいが、言うに事欠いて『こんなヤツ』か、オレ達は……」
ミントの言葉に赤面しながらも、力いっぱい否定する蘭花に、ジュンイチは半眼でうめく。
「そうは言うけどねぇ……」
そんな蘭花の言葉に、フォルテはジュンイチとタクトを交互に観察する。
少なくとも、二人とも『不細工』というようなレベルではない。ハンサムかと聞かれれば確かにうなずきかねるが、外見的には特に欠点らしい欠点はない。
加えてタクトは皇国軍大佐。ジュンイチも(元の世界に帰れさえすれば)大財閥の御曹司だ。ちょっとクセのある性格にさえ目をつむればかなりの優良物件かもしれない。
「どうだい蘭花、やっぱあまり高望みせずに、この辺で妥協しとけば?」
「今度は『妥協』かい」
フォルテの言葉にジュンイチがうめくが、当然のことながら彼のそんな抗議の声は黙殺である。
「そんなの知らないわよ!
じゃ、あたし行くから!」
真っ赤なままでそう言うと、蘭花は立ち上がり――警報が響いた。
それと同時、ココの艦内放送が流れる。
〈敵ミサイル、エルシオールに急速接近! 回避不能!〉
その放送が終わるなり、エルシオールの艦体を衝撃が襲った。
「くそっ、直撃されたか……!
エンジェル隊のみんなとジュンイチは格納庫に!」
「あぁ!
ブイリュウ、お前はタクトを手伝え。お前の背でもイスに立てばオペレータ席のコンソールに届くだろ」
「合点承知!」
タクトの言葉にうなずき、告げるジュンイチにブイリュウは軽く敬礼して答えた。
「敵は!?」
「2機。初めて見るタイプの高速戦闘機だ。
小惑星の影から、いきなり現れやがった」
ブリッジへと駆け込んできたタクトの問いに、レスターが渋い顔で答える。
「とにかく迎撃だ。
エンジェル隊とゴッドドラゴンに発進命令を」
艦長席に座り、指示を出すタクトだったが、それにアルモが答えた。
「それが……格納庫が被弾して、機体の固定アームに障害が……」
「何だって!?」
「クレータ整備班長によれば、発進できるのは1番機と2番機のみということで……」
その言葉に、タクトはしばし考え、指示を出した。
「まずは1番機と2番機で敵を食い止めよう。
クレータ班長に連絡して、比較的被害の少ないクレーンを重点的に修理、早く出られる機体から順次発進させていこう」
そう指示を出しながらも、タクトは『少なくとも後続の出番はないだろう』と考えていた。
天下の紋章機が2機も出撃したのだ。数の上では互角でも、性能はこちらの方が遥かに上なのだから。
だが――タクトのその読みは甘かった。
「くっ、こいつ!」
戦闘開始から5分。蘭花は苦戦を強いられていた。
たかが戦闘機と思っていた、その油断もあったかもしれない。だが、敵戦闘機の性能は予想以上に高く、しかもパイロットの技量も高い。
今や余裕の意識は完全に吹っ飛び、蘭花は必死にカンフーファイターを操り敵戦闘機とドッグファイトを繰り広げていた。
と――いきなり敵戦闘機から通信が入ってきたのはそんな時だった。
〈やるじゃないか! 蘭花・フランボワーズ! それでこそこのオレ、ギネス・スタウトがライバルと認めたパイロットだぁっ!〉
「な、何よ、アンタ! どうしてあたしの名前を知ってるワケ!?」
現れた汗臭い男の言葉に、蘭花はギョッとして思わず聞き返していた。
紋章機のパイロットであるエンジェル隊々員のプロフィールは、名前も含めてトップシークレットのはずだ。彼女達のことを知るのは皇国軍上層部と“白き月”駐留部隊だけのはず。なのに――
〈それがオレ達『ヘル・ハウンズ隊』の調査能力だぁっ!〉
〈……なんか、暑苦しいのが出てきたね〉
「こっちなんかもっとスゴいぞ」
ブリッジから通信してきたブイリュウに答え、ジュンイチは自身が拾っていたラッキースターともう一機の敵戦闘機との通信を回した。
〈ボクの名前はカミュ・O・ラフロイグ。
どうだい、マイハニー? この美しい名前は〉
〈ぜんぜん美しくなんかありませぇ〜ん!〉
〈そんなつれないことを言わないでくれ。ボクはキミのことならなんでも知ってるんだから〉
〈えぇ〜っ!? どうして知ってるんですかぁ!?〉
「……スゴいだろ?」
〈……スゴいね〉
ゲンナリした顔で互いにうなずく二人だったが――ジュンイチはすぐに表情を引き締めた。
「とはいえ……態度と違って腕は一流だ。
ミルフィーと蘭花だけじゃ、正直キツいな……」
つぶやき――ジュンイチは視線を必死にクレーンの修理にかかる整備班へと向けた。
現在、整備班は比較的ダメージの少なかったトリックマスターのクレーンにかかりきりになっている。こちらに修理の手が回ってくるのはかなり後になるだろう。
だから――ジュンイチは決断し、外部スピーカーをオンにしてクレータに告げた。
「あー、クレータ班長?」
〈何?〉
「後で責任とって直すから」
〈え? 何を?〉
疑問の声を上げるクレータだったが――ジュンイチは行動でその答えを示した。
クレーンにつかまったままゴッドブレイカーに強制合身、その変形過程で背部に移動し、スタビライザーとなったゴッドドラゴンの首がクレーンを弾き飛ばす!
「さぁ……行くぜ!」
言うと同時――ジュンイチは背中の翼を広げて一気に加速、ミルフィーユ達の援護に向かった。
「うぅ〜ん、なんて綺麗な回避なんだ。
ボクも撃ったかいがあるというものだよ」
「あぁ〜ん、もういい加減にしてくださぁい!」
カミュの言葉に答え、ミルフィーユはその攻撃を必死にかわす。
そのふざけた態度とは裏腹に、その実力は超一級品だった。ミルフィーユはかわすので精一杯だ。元々彼女はパイロット志望ではなかったこともあり、パイロットとしての技術そのものは一般パイロット並でしかないのだからなおさらである。
だが――その回避にも限界が訪れた。カミュの放ったミサイルが迫り、システムがアラートを鳴らす!
「――――――っ!」
数秒後に襲いかかるであろう衝撃に、ミルフィーユは思わず目を閉じ――
「………………あれ?」
だが、機体を衝撃が襲うことはなかった。そしてミサイルの爆発も、アラートが示していた着弾タイミングよりも早かった。
不思議に思い、恐る恐るミルフィーユが目を開け――そこにはゴッドブレイカーの姿があった。
「ジュンイチさん!」
「大丈夫か?」
驚いて声を上げるミルフィーユにジュンイチが尋ね――そこにカミュが割り込んできた。
「まったく、何なんだい、キミは。ボクとハニーの愛の語らいに割り込んでくるなんて」
「アレが『愛の語らい』とは、とてもじゃないか思えなかったんだがね」
完全に自分の世界を独走するカミュの言葉に、ジュンイチはため息まじりにそう答える。
「そう言うキミは何なんだい?
まさかボクのマイハニーにまとわりつく悪い虫かい?」
その言葉に――ジュンイチは答えず、告げた。
「……お前みたいなヤツを何て言うか、教えてやろうか?」
言いながら――脚部の収納部から飛び出してきたゴッドセイバーを手に取る。
「――『悪い虫』だよ」
それが開戦の合図となった。
互いに急加速をかけて高速で交錯、ジュンイチはすれ違いざまにゴッドセイバーを振るうが、カミュはそれを紙一重でかわすと素早く反転し、こちらに反撃を仕掛けてくる。
対して、ジュンイチはその攻撃をかわすとゴッドキャノンを左肩にかつぐとカミュとのドッグファイトに転じる。
なんとかこちらの背後をとろうとするカミュだが、基本的に前方にしか進めない戦闘機ではその場での反転が可能なゴッドブレイカーに対してあまりにも不利だった。せっかく後ろをとってもすぐに振り返られて元のもくあみ。逆にゴッドキャノンとゴッドブラストの斉射を受けてほうほうのていで逃げ出す始末である。
「くっ、その機体とこれ以上戦うには、少しデータが足りないようだね。
仕方がない。ムリはせず、今日はここまでにしておこう」
言って、カミュはギネスへと通信し、
「引き上げるぞ、ギネス」
〈カミュ!?
何言ってるんだ! オレはまだやれるぜ!〉
「予想外の敵がいる。ここは情報収集が先だ。
それに……『仕事』はもう果たした」
その言葉に、通信ウィンドウ上のギネスは少し考え、
〈そうだな。
今日はここまでにしといてやる! 次は本気でいくからなぁっ!〉
そう言うなり、ギネスはカンフーファイターとのドッグファイトを中断し、カミュと共に離脱していった。
「やったぁっ!
ジュンイチさん、やっぱりスゴいですね!」
言って、ラッキースターを近づけてくるミルフィーユだったが、
「……向こうもな」
答えて、ジュンイチはユナイトだけを解くと、形態を維持したままゴッドブレイカーをラッキースターへと振り向かせ――ミルフィーユは気づいた。
「ジュンイチさん、その肩!」
そう、ゴッドブレイカーの右肩にはミサイルの直撃でできた焦げ跡があった。
「あぁ……1発だけもらっちまった。
しかもコレ、こっちがゴッドプロテクトを解いた一瞬を狙って、意図的に撃ち込んできやがった……変人ではあったが、少なくとも無能ではなかったな」
そう答えると、ジュンイチはゴッドブレイカーをゴッドドラゴンへと変形させ、エルシオールに帰還すべく機を向けた。
「ご苦労様、3人とも」
クレータとの約束通りに壊した6番クレーンの修理を(再構成を駆使して)さっさと済ませ、ジュンイチがエンジェル隊の元へ戻ってくると、ちょうどそこへタクトがやってきた。
「なんか厄介な相手だったみたいだね」
「まったくよ! いったい何なの、アイツは!」
「バカ」
タクトに答え、むくれる蘭花にジュンイチは簡潔すぎる答えを返す。
「だが……腕だけは一流だな。
ヘル・ハウンズ“隊”って名乗ってたところ見ると、あの二人だけとも思えない……まだまだ同類が出てきそうだな」
「そんなぁ……あんな人達がまだいるっていうんですかぁ?」
ジュンイチの言葉に、ミルフィーユは思わず声を上げる。
だが、彼女の言葉ももっともだ。ただでさえその言動で神経をすり減らしそうな上、さらに戦闘技術も超一流。この先も相対することになれば、戦いにくいことこの上ない相手となるだろう。
「あ〜ぁ、蘭花の占い、大当たりって感じ。
本当に最悪の出会いだったなぁ……」
「味方じゃないだけマシだと思え。
敵だから思う存分ブッ飛ばせる……」
ボヤくミルフィーユに答えかけ――そこでジュンイチは動きを止めた。
そのまま腕組みして何やら思考を巡らせる。
「………………?
どうした? ジュンイチ」
「いや、ちょっとな……」
尋ねるフォルテに答え、ジュンイチは言った。
「ほら、ミルフィーの占い、大当たりしちまっただろう?
正直なところ、『たかが占い』と思ってタカくくってたんだけど、こうなってくるとあまり楽観できないかな、って……」
――ピクッ。
そのジュンイチの言葉に、動きを止めた者がいた。
蘭花である。
「おんやぁ? 蘭花も自分の占いが気になりだしたのかい?」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
フォルテに言い返す蘭花だったが、顔を真っ赤にしながら反論されても、正直なところ説得力は皆無である。
「ですが、今日のギネスさんとかいう方は、『身近な異性』というワケではありませんわね」
「そうよそうよ!
あんなヤツ、どう考えたって違うに決まってるわ!」
「じゃあ、やっぱりこの船にいる誰かなのかなぁ?」
「し、知らないわよ!」
つぶやくミント、そしてブイリュウに言い放ち、蘭花は顔を真っ赤にしたままクルリとこちらに背を向けた。
「どこ行くんだよ?」
「シャワー浴びてくる!」
言い返すように答え、格納庫を後にする蘭花を見送り――尋ねたジュンイチとタクトは思わず顔を見合わせ、肩をすくめた。
エルシオールは、クルーのために用意された厚生施設が非常に充実している。
宇宙コンビニや銀河展望公園などがそうだが、中でも極めつけなのが、今ジュンイチのいる『クジラルーム』である。
艦内に用意された人工ビーチだ。なのになぜ『クジラルーム』と呼ばれるのか?
――いるのだ。本物のクジラが。
かつてエンジェル隊が任務の際に保護した、宇宙空間でも活動可能な特殊なクジラ――人の精神を読み取れる『宇宙クジラ』が、このクジラルームで飼育されているのだ。
「ふむふむ……」
そして、ジュンイチはそこで整備班から受け取った、ゴッドブレイカーとラッキースターとの合体システムについての報告書に目を通していた。
未だに合体した原因はわからない。だが、原因がわからないから使わない、というにはあの力は正直魅力的過ぎた。そこで、合体時の運用方法について、調査と並行して報告書としてまとめておいてもらっていたのだ。
やがて、腹時計が昼食の時の訪れを報せ、ジュンイチは管理人の少年クロミエ・クワルクにあいさつするとクジラルームを後にした。
と――
「キャアァーッ!」
突然、フロアの奥の方――ちょうどトレーニングルームやロッカールームのある方向から悲鳴が聞こえた。
蘭花の声である。
「蘭花!?」
その悲鳴に、ジュンイチはあわててロッカールームへと向かい――
「どうしたんだ、蘭花!
何かあったのか!?」
「キャーッ! こっち見ないでよ!
さっさと出て行きなさぁい!」
一足先に駆けつけたらしいタクトが、蘭花によってロッカールームから追い出された現場に遭遇した。
「……大丈夫か? タクト」
お約束とばかりにシャンプーや石鹸、なぜかあった風呂桶などを投げつけられ、頭にコブを作ったタクトにジュンイチが尋ねると、
「なんだいなんだい、どうしたってんだい?」
フォルテが言い、ミルフィーユや他の面々と共にやってきた。
「タクトさん、何かあったんですか?」
「悲鳴が聞こえましたけど……」
「いや……オレにも何がなんだか……」
尋ねるミルフィーユとミントにタクトが答えると、
「のぞきよ!」
力強く――いや、険悪に言い放ち、着替えを済ませた蘭花がロッカールームから姿を現した。
「のぞき?」
「そうよ!
シャワー浴びてたところに、いきなり――」
聞き返すタクトに答え、蘭花は振り向き、
「アンタがね!」
そう言って指さした先には――
「え? オレ?」
「何が『え? オレ?』よ! 白々しいわね!」
突然話を振られ、目を白黒させるジュンイチに、蘭花はキッパリと言い返す。
「ち、ちょっと待て!
オレぁお前の悲鳴聞いて、それであわててここに来たんだぞ! そのオレがなんでのぞきの犯人にされなきゃならんのだ!」
「あたし見たんだからね! 黒い道着! 黒髪のツンツン頭! アンタ以外に誰がいるのよ!」
ジュンイチに言い返し、蘭花は拳をゴキゴキと鳴らし――
「――――――っ!」
一撃は唐突に放たれた。蘭花の繰り出した拳を、ジュンイチは反応を遅らせることなく軽く払いのけた。
「って、いきなりすぎるぞオイ!」
「のぞきにかける情けなどなし!」
「だからオレじゃないっつーの!」
言い争う二人だが――その動きは一瞬も止まらない。蘭花が次々に放つ打撃を、ジュンイチもまた片っ端から叩き落していく。
「さぁ、観念してブッ飛ばされなさい!」
「全力で断るっ!」
蘭花の言葉にジュンイチが言い返した、ちょうどその時――
「あぁっ!」
突然、ミルフィーユが声を上げた。
「な、なんだよ、ミルフィー?」
ジュンイチが尋ねると、ミルフィーユは言った。
「もしかして、これじゃない?
蘭花の占いにあった、『身近にいる意外な異性と、思いがけない場所で急接近』って!」
「あ、なるほど」
「って、何納得してるんですか!」
ポンと手を叩いてうなずくフォルテに、蘭花が思わず声を上げた。
が――すでに周囲の面々の脳裏ではジュンイチと蘭花のカップリングが成立してしまったようだ。そろってはやし立ててくる。
「占いを実現させるために実力行使かい。やるねぇ」
「なにしろ的中率99%ですものね。そこに自発的行動が加われば……」
「なーんだ、そっかぁ。
蘭花、よかったね、占いが当たって!」
「おめでとうございます……」
「よかったな、ジュンイチ!
これで朴念仁から卒業だな!」
上からフォルテ、ミント、ミルフィーユ、ヴァニラ、ブイリュウの言である。
「だぁぁぁぁぁぁっ、もうっ!
なんで当事者どもの話を無視してそーやって事態を進めるかな、アンタらはっ!」
こっちの釈明などまるで聞く耳持たずな一同に、ジュンイチが地団駄を踏んでわめき散らし――突然、左手のブレイカーブレスがコール音を立てた。
「なんだよ、こんな時に!」
うめいて、ジュンイチは通信に応答し、
〈ジュンイチ、ちょっといいか?〉
展開されたウィンドウの中に現れたのはレスターだった。
「副司令、後にしてくれませんか?
今すっごく大事な用の真っ最中なんですけど」
〈すまない。こっちもできれば急いでほしいんだ〉
割り込んできて言い放つ蘭花だったが、レスターはそう答え、続けた。
〈すまないが、居住区までタクトを迎えに行ってもらえないか?〉
「はぁ? 居住区に?」
〈あぁ。
アイツ、今クロノ・クリスタルの調子が悪くてな、通信に応答しないんだ〉
思わず聞き返すブイリュウにレスターが答え――その場にいた一同の視線がタクトに集まった。
当のタクトは、自分の胸元――クロノ・クリスタルを指さしてうなずいてみせる。どうやらレスターの言う『クロノ・クリスタルの故障』は事実のようだ。
そのままレスターへと視線を戻し――ジュンイチは答えた。
「タクトなら、ここにいるぜ」
〈なんだって?
おかしいな。監視カメラがタクトをとらえたのは、つい今さっきだぞ〉
そのレスターの言葉に、一同は思わず顔を見合わせる。
「どういうこと……?」
「タクトはここにいて、なのに別の場所で目撃されてる……?」
蘭花とミルフィーユがつぶやき――その脇でフォルテがポツリとつぶやいた。
「まさか……ニセ者がいるってことかい?」
「では、蘭花さんが見たというジュンイチさんも……?」
フォルテの言葉にヴァニラがつぶやくと、
『ほほぉ……』
ジュンイチと蘭花がそううなずき――その口元に笑みが浮かんだ。
「要するに……そいつなんだな、オレに濡れ衣着せやがったヤツは」
「確かに、もしそれが本当なら、アタシのシャワーをのぞいたのもソイツっていうワケで……」
笑顔で言う二人だが、その目は笑っていない。ハッキリ言ってかなり怖い。
「よっしゃ! そうと決まれば捕獲作戦開始だ!
ミルフィー、ミント、フォルテさん、ヴァニラの4人は偽タクトの捕獲!
タクトはオレ達が連れ回す! ひとりでいるタクトを見かけたら迷わずゲットだ!
オレ達はオレの偽者を狙う! いくぞ、蘭花!」
「言われなくても!」
ジュンイチに即答し、蘭花は彼と共にタクトの腕をつかみ、そのまま連行していく。
一方、残されたミルフィーユ達は顔を見合わせ――フォルテが尋ねた。
「……どうする?」
「今のあの二人に、逆らわない方がよろしいのでは?」
「だね。
あーなったジュンイチに逆らったらこっちが危険だよ」
答えたミントとブイリュウの言葉が、一同の統一された意見だった。
「……で、どうやって探すつもり?」
ニセ者を探すべく廊下を歩きながら、蘭花は前を歩くジュンイチに尋ねた。
対して、ジュンイチはその問いにニヤリは笑い、
「さて、ニセ者の存在が明らかになったところで、その捜索にあたってひとつ、考えておくことがある。
タクト、お前ならすぐわかると思うが」
「オレなら?」
そのジュンイチの言葉に、タクトはしばし考え、
「……目的、か……?」
「そうだ。
タクトだけじゃなく、オレのニセ者もいる可能性がある以上、最初からそいつらがこの艦にいたとは考えにくい。どっかから送り込まれたと考えるのが妥当だ。
その手段も気になるところだけど、そいつは後でも十分調べられる。今はタクトが言った通り、そいつの目的を考えるのが先だ」
「目的ねぇ……」
つぶやき、蘭花は腕組みして考え込み、
「誰かが送り込んできたとすれば、それって当然エオニア軍よね?
とすれば、ここにニセ者を送り込む理由なんて、いくらでも思い当たるんじゃない? たとえば破壊工作をするとか、内部の事情を調べるとか。
破壊工作とかならまだ単純だけど、調べ事となるとねぇ……アイツらが今一番知りたいことっていえば――」
そこまで言って――蘭花は動きを止めた。
顔を上げると、彼女と同様の結論に達したのか、ジュンイチとタクトも歩みを止め、こちらへと振り向いている。
そして――3人は同時に声を上げた。
『シヴァ皇子の行方!』
「じゃあ、ニセ者の狙いはシヴァ皇子!?」
「たぶんそうだ!
アイツら、ルフトのじっちゃんにだまされたことに気づいて、こっちにシヴァ皇子がいる可能性に気づいたんだ。
となれば、送り込まれたニセ者が最終的に向かう場所は――」
「シヴァ皇子の神殿か!」
廊下を全力疾走しながら、尋ねる蘭花にタクトとジュンイチが答える。
そして、神殿に駆けつけたタクト達3人だったが――
「――いない!?」
侍女から聞かされたのは、『シヴァ皇子が気晴らしに展望公園に向かった』という報告だった。
「なんで一緒に行かなかったんですか!」
「いえ、『艦内に敵が現れるはずはないから大丈夫だ』と言われまして……」
問い詰めるジュンイチの言葉に、侍女は申し訳なさそうに頭を下げる。
「やめなよ、ジュンイチ。
今はここで言い合ってる場合じゃないだろう?」
そんなジュンイチを諌めたのはタクトだった。
「とにかく展望公園に行こう。
皇子がニセ者と出くわしたら、それこそ大変なことになる」
「……そうだな。
蘭花、フォルテさん達にも連絡して、銀河展望公園に向かわせてくれ」
「OK!」
結果、先に展望公園に到着したのはジュンイチ達だった。フォルテ達は艦の後部区画にいたため出遅れたのだ。
「シヴァ皇子!」
声を上げ、ジュンイチは公園の遊歩道沿いにシヴァ皇子の姿を探す。蘭花は反対側から遊歩道をたどっている。
そして、タクトはジュンイチの後に続き――
「――って、何でついて来るんだよ! 手分けして探せって!」
「いや……一緒にいないと、フォルテ達が来た時にニセ者扱いさせかねないし……」
タクトが後からついてくるのに気づき、振り向いて言うジュンイチにタクトが答えると、
「何だ、呼ばれて来てみれば、マイヤーズと柾木ではないか」
そんな彼らの姿を見つけたらしく、シヴァの方から姿を見せてくれた。
「よかった……
無事でしたか、シヴァ皇子」
「無事……?
何かあったのか?」
胸をなで下ろしてつぶやくタクトに、シヴァが思わず聞き返すと、
「――キャアッ!」
茂みの向こうから悲鳴が上がった。
「蘭花!?
タクト、皇子を頼む!」
すぐにその声の主に思い当たり――ジュンイチは地を蹴った。
正直、油断していた。
シヴァ皇子の安否の確認を意識するあまり、この艦にタクトの、そしてジュンイチのニセ者がいる可能性を失念していた。
ジュンイチの姿をした『何か』に組み伏せられ、蘭花は内心で自分の迂闊さを呪っていた。
抵抗を試みたものの、『何か』は信じられない怪力で彼女を押さえつける。このままでは――
その蘭花の懸念を現実のものとするべく、『何か』は手の中に刃を生み出し――
次の瞬間、轟音と共にその姿が視界から消えた。
『何か』が公園の木々をなぎ倒してブッ飛ぶ中――ジュンイチは繰り出した蹴り足を収めた。
「大丈夫か? 蘭花」
「え? うん……」
尋ねるジュンイチに答え、蘭花は身を起こして『何か』を見据える。
「シヴァ皇子は?」
「タクトと一緒だ。
お前も行ってくれ。まずは皇子の安全の確保が先決だ」
ジュンイチの言葉に、蘭花は身を翻し――そのまま、背中合わせになったジュンイチに告げた。
「……行きたいのはやまやまだけど、そうもいかないみたいよ……」
蘭花の目の前には、タクトの姿をした『何か』がいた。
「チッ、また面倒な……
けど好都合だ。ニセタクトは任せるぜ」
「OK」
蘭花の答えを聞き、ジュンイチは腰の“紅夜叉丸”を抜き放つ。
そして慎重に間合いを計り――次の瞬間には、自分の姿をした『何か』の繰り出した刃をさばき、その柄で『何か』の顔面を痛打していた。
再び大地に叩きつけられる『何か』に対し、ジュンイチは油断なく“紅夜叉丸”を構え――『何か』の手がムチのように伸び、ジュンイチに襲いかかる!
「――――――っ!」
とっさにその一撃をジュンイチは“紅夜叉丸”でさばき――『何か』が眼前にいた。
その手刀がジュンイチののど元を狙い――!
「はぁっ!」
気合と共に跳躍し、蘭花は髪飾りを外し――下部の棒状の部分が伸び、
「こん、のぉっ!」
それをつかみ、錘として振り下ろした蘭花の一撃が、タクトの姿をした『何か』の頭部を粉砕した。
「悪く、思わないでよ」
倒れる『何か』に蘭花が言い――突然、頭部を失った『何か』が立ち上がる!
そして、肉体を作り出していたものが熔けるように流れ落ち――それは姿を現した。
偵察用のプローブである。液体金属によってタクトやジュンイチに擬態していたのだ。
「なるほど……
それがアンタ達の正体ってワケね!」
蘭花が言うと同時――プローブに操られた液体金属が蘭花に襲いかかる!
それはまさに紙一重だった。
『何か』の手刀は、ジュンイチの首筋を――頚動脈のすぐ脇をかすめていた。
そして、ジュンイチの拳は『何か』の胴体部に突き刺さり――その内部のプローブを貫いていた。
「……やっぱ、本体は腹の中か」
そう告げ、ジュンイチの呼吸が変化し――それに伴い、ジュンイチの拳の中に“力”が集まっていく。
「終わりだ」
告げると同時、ジュンイチがそれを開放し――“力”は炎となって荒れ狂い、プローブを内部から吹き飛ばした。
「くっ……このっ!」
なんとか抵抗を試みるが、腕に巻きついた液体金属の触手は伸縮するばかりで一向に振りほどくことができない。
触手にがんじがらめに縛り上げられ、持ち上げられた形で拘束された蘭花は眼下のプローブをただにらみつけるしかできない。
そして、プローブの操作で伸びた新たな触手が鋭利な槍へと変わり――
「受身、ちゃんととれよ!」
その言葉と同時、突然の爆発がプローブを真横に弾き倒していた。
とたん、触手が力を失い、蘭花が落下し、
「蘭花、大丈夫!?」
「今手当てします……」
ミルフィーユとヴァニラが蘭花へと駆け寄り、
「まったく、こいつがニセ者の正体だったんだね……」
倒れたプローブにグレネードランチャーの銃口を向けながら、フォルテが最後に姿を現した。
「ミントは?」
「ブイリュウくんと一緒に皇子のところへ行ったよ」
尋ねる蘭花に答えるミルフィーユだったが――まだ終わってはいなかった。突然液体金属の触手が荒れ狂い、フォルテを、そして蘭花やミルフィーユ達をも薙ぎ払う!
そして、プローブはゆっくりと立ち上がり、もっとも近くに倒れていたフォルテへと迫る。
その本体に装備されたレーザーガンの照準がフォルテを狙い――
「逆転、逆転――また逆転ってか!」
その叫びと同時、飛び込んできたジュンイチの投げつけた苦無が、レーザーガンに突き刺さる!
「フォルテさん、大丈夫っスか!?」
「あたしより、ヤツを!」
声を上げるジュンイチに、フォルテが答える。
「アイツを、皇子のところに行かせるんじゃない!」
「了解!」
フォルテに答え、プローブに向けてジュンイチが“紅夜叉丸”をかまえ――
「ぅわっと!?」
直前で気づいて跳躍。プローブから放たれたレーザーが、ジュンイチのいた場所を狙う。まだ別のレーザーガンが生きていたのだ。
続けて、プローブはさらにレーザーを乱射。ジュンイチをまったく寄せ付けない。
(くそっ、コイツ、オレを近づけちゃマズいって気づいてる……!?
さてはもう一体とデータをリンクさせてやがったな……!)
胸中でうめいて、ジュンイチはさらに放たれるレーザーを必死にかわす。
(さて、どうする……?
接近戦はさせちゃくれない。あぁもレーザーを撃たれたら、苦無だって迎撃される。
やっぱ、着装するしかねぇか……けど、果たしてヤツがその時間をくれるか……!?)
レーザーを回避しながらも対抗策を模索し――そんなジュンイチの視界にあるものが映った。
先ほどの攻撃の際に落としたのだろう――フォルテの銃である。
「――しゃーないっ!」
迷っているヒマはない。ジュンイチは素早く地を蹴り、フォルテの銃を拾い上げ――再構成によってより強力な銃へと作り変える!
握り直した銃をプローブに向け――ジュンイチの脳裏に変化が現れた。
焦りが消え、目標であるプローブ以外のものが視界から消え去る。しかし、蘭花やミルフィーユ達の居場所は視界になくても手に取るようにわかる。
そして――極限の集中状態となったジュンイチの放った無数の銃弾が、まさに雨となってプローブに降り注いだ。
「――くっ……!」
プローブの沈黙と銃の弾切れを確認するまでもなく知覚し、銃を降ろしたジュンイチは目まいを覚えて額を押さえた。
極度の集中により、精神的な疲労を起こしたのだ。
ともかく、再構成を解除して銃を元に戻すと、ジュンイチはそれをフォルテに返してケガの手当てを受けているミルフィーユ達の元へと向かった。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
尋ねるジュンイチにミルフィーユが答えると、
「片付いたみたいだね」
タクトが言い、シヴァ皇子やミント、ブイリュウを連れて姿を現した。
「これが犯人か?」
「えぇ。
軍御用達の、偵察用プローブです。
おそらく、狙いは皇子の所在の確認でしょうね」
プローブの残骸を見て、尋ねるシヴァにタクトが答える。
それを、ジュンイチは少し遠巻きに眺めていたが、
「えっと……ジュンイチ」
そんなジュンイチに、蘭花が声をかけてきた。
「プローブのことですっかり忘れてたんだけど……
ゴメンね、のぞきだなんて疑ったりして……」
その言葉に、ジュンイチはようやく、事の発端が自分にかけられたのぞき疑惑だったのだと思い出した。
「いいよ。無事疑いは晴れたんだし。
それより、問題はこれからだ……」
言って、ジュンイチは足元に転がっていたプローブの、おそらく脚部であろう残骸を蹴飛ばし、
「敵は皇子がここにいるって疑惑は前々から持っていたはずだ。でなきゃ、エルシオールにここまでしつこくちょっかいをかけてくる理由がない。
でもって、プローブに対するオレ達の大掛かりな迎撃――もう、敵さんの『疑惑』は『確信』に変わったはずだ」
「じゃあ……」
蘭花の言葉に、ジュンイチはうなずいた。
「……クロノ・ドライヴが終わったとたん、敵さんが殺到してくるぞ」
「もうすぐドライヴ・アウトする。
みんな、準備はいいか?」
ブリッジで尋ねるタクトの問いに、通信モニターに映るエンジェル隊とジュンイチはそろってうなずいてみせる。
そして、エルシオールが通常空間にドライヴ・アウトし――レーダーが敵艦隊の接近を補足した。
「予想通りだな。悪い意味で、だが」
「その予想ができていなかったら、一方的に攻撃をくらうところだったんだ。悪いことばかりでもないよ」
レスターに答え、タクトは指示を出した。
「ともかく、今は目の前の敵を迎撃するのが先決だ。
エンジェル隊、発進!」
《了解っ!》
「よぅし、行くわよ!」
笑顔で声を上げ、蘭花はカンフーファイターを戦場へと突っ込ませる。
精神状態はハッキリ言って絶好調。クロノストリング・エンジンも好調にエネルギーを吐き出してくれる。
〈敵の中には新型と思われる艦がいる。
分析データだとミサイル艦だと推測されてるけど、油断しないでくれ〉
「はんっ! そんなのあたしの敵じゃないわよ!」
通信モニター上のタクトに答え、蘭花は手始めとばかり前線に出てきていた突撃艦へと襲いかかる。
砲撃をかわして素早く肉迫し、すれ違いざまにバルカンをお見舞いしてやる。
バルカンと言っても紋章機の武装であることを忘れてはいけない。その威力は並みの戦闘機の比ではなく、銃撃を受けた突撃艦はひとたまりもなく撃沈していく。
そして、後方に駆け抜けたカンフーファイターを追って別の艦も転進しようとするが――遅い!
「鉄拳制裁!
アンカー、クロー!」
咆哮と共に蘭花が放ったアンカークローが、まとめて2隻の敵艦を沈めていた。
「ざっとこんなもんよ!
さぁ、どんどんいくわよ!」
「あのバカ……!」
そんなカンフーファイターの動きに気づき、ジュンイチは舌打ちした。
今蘭花が戦っているのは幅広く展開された敵艦隊のちょうど真ん中辺りだ。あれでは敵が陣形を狭めてきたらあっさりと囲まれてしまう。
「調子いいのはいいことだけど、だからって有頂天になるなよなぁ……」
うめいて、ジュンイチはゴッドブラストで前方の巡洋艦を撃ち抜き、
「おい、アルモ!
蘭花の援護がいる! 一番早くアイツのトコに駆けつけられるのはどいつだ!?」
その問いに、通信モニターに映る(ジュンイチは機体に同化しているので脳裏に感じ取る形になっているが)アルモはしばしデータを検索し――おもむろにこちらを指さしてきた。
つまり――
「オレかい。
まったく……どーしていつも厄介ごとはオレに回ってくるかね!」
うめいて、ジュンイチは機体を転進させた。
「くっ……!」
先ほどの笑顔とは一転、蘭花は舌打ちしながらモニターに映る敵艦隊をにらみつけた。
あまりにも好調に敵を蹴散らすあまり、ついつい敵陣深く切り込みすぎてしまった。
おかげですっかり囲まれてしまったばかりか味方の援護も期待できない。
「ちょっとばかり、調子に乗りすぎたわね……!」
うめいて、蘭花は前方から飛来したミサイルをかわし、逆にアンカークローをミサイル艦に叩き込む。
しかし、そうしている間にも敵艦は続々と集結しつつある。正直言って、敵の増えるペースは蘭花の撃墜ペースを明らかに上回っている。
「このままじゃ、正直キツいかな……!」
蘭花がうめいた、ちょうどその時――真空であるはずの宇宙空間に突如炎が巻き起こり、敵の包囲陣の一角を焼き払う!
そして、
「よぅ、生きてっか? お調子者」
言って、翼に炎の余韻をくすぶらせたジュンイチが――ゴッドブレイカーが炎の中から姿を現した。
「ったく、なんか今日、お前のフォローばっかりしてる気がするんだが」
「言ってくれるじゃないのよ、アンタこそ」
敵がいきなりの乱入に混乱する中、ジュンイチの言葉に蘭花は苦笑まじりに言い返す。
だが、ジュンイチはかまわず蘭花に言った。
「ま、その辺の話は後にしようぜ。まずは敵の撃破が先だ。
ってことで――」
そして、ジュンイチは言った。
「合体するぞ、蘭花」
「合体!?
――って、こないだミルフィーとしたみたいに?」
「あぁ。
テンションが上がりに上がってる今のお前なら……できるはずだ」
ジュンイチの言葉に、蘭花はしばし呆けていたが――笑みを浮かべて答えた。
「いいわよ……やってやろうじゃない!」
「ゴッドブレイカー!」
「カンフーファイター!」
『爆裂武装!』
ジュンイチと蘭花の叫びが響き――二人の機体が合体モードへと移行する。
そして、バーニアを吹かしてゴッドブレイカーが加速、さらにカンフーファイターがその後を追う。
と、カンフーファイターから中距離ミサイルユニットが分離、続いて左右の推進ユニットが分離し、それぞれのパーツの間にゴッドブレイカーが飛び込む。
ゴッドブレイカーが滞空するパーツの中心に到達すると、背部スラスターが倒れてカンフーファイターのボディがそれをカバーするように合体、さらに両肩アーマーを装飾している爪がアーマー内に収納、代わりにカンフーファイターの推進ユニットがアンカークローもろとも合体する。
最後に、腰部後方に固定されたゴッドキャノンに中距離ミサイルユニットが合体し、両機のシステムがリンクする!
『ゴッドブレイカー、カンフーファイターモード!』
「いくぜ……蘭花!」
「OK!」
ジュンイチの言葉に蘭花が答え、カンフーファイターの合体したゴッドブレイカーが急加速。一気に残存の敵艦隊へと突っ込んでいく!
とっさに応戦する無人艦隊だったが、先のジュンイチの強襲で乱れた陣形もまだ立ち直っていない。ジュンイチ達の敵ではなかった。
ゴッドセイバーが、アンカークローが、クラッシャーナックルが、次々に無人艦を火球に変えていく。
続けて、射出した右腕を回収するなり、ジュンイチはミサイルユニットの合体したゴッドキャノンをかまえ、目の前の駆逐艦を粉砕する。
どうやら、全体的にバランスよく機体を強化したラッキースターと違い、カンフーファイターはゴッドブレイカーの近〜中距離における戦闘力を中心に強化しているらしい。敵陣のド真ん中で大暴れするゴッドブレイカーを相手に、敵は同士討ちを恐れて大火力を使うこともできず、次々に葬られていく。
そして、
「ラスト!」
ついに最後の一隻。ジュンイチは残されたミサイル艦をにらみつけ、
「決めるぜ、蘭花!」
「えぇ!」
「ウェポン、コンバート!」
叫んで、ジュンイチは射出したアンカークローを推進ユニットではなく両腕に合体させ、
「蘭花!」
「OK!
アンカークロー、エネルギー最大出力!」
ジュンイチの叫びに答え――蘭花が未だアンカークローにつながったままのトラクタービームを介して、アンカークローの威力を高めるビームコーティングの出力を最大値にまで引き上げていく。
そして、ジュンイチはそのままミサイル艦へと突っ込み、
「鉄拳――!」
「――粉砕!」
『デュアル、クラッシャークロー!』
アンカークローを文字通り鋭い爪のごとく振るい、放たれたエネルギーが光刃となってミサイル艦を『X』の字に斬り裂く!
そして、ゴッドブレイカーが離脱し――ミサイル艦は大爆発を起こし、四散した。
「やった、やったぁっ!
アタシとアンタが組めば、もう無敵よ!」
帰艦し、報告を終えた後も、蘭花は自分とジュンイチの挙げた戦果に大はしゃぎ。ティーラウンジでジュンイチをとなりに座らせ、その背中をバシバシと叩いて笑顔で告げる。
「まったく、こっちは今日一日、お前のおかげでエラい目にあったんだぞ。
わかってんのか? オイ」
「いいじゃない、そんなの。
もう、そんな過去のこと気にするなんて、男らしくないわよ」
「半殺しにされかかっといて、気にするなって方がムリだと思うが……」
思わずうめくが、今の蘭花に言ってもあっさり流されるだけだろう。あきらめて話題を変えた。
「けど、結果的にオレの占いも正解だったワケか。
一応、ニセ者探しがきっかけでこうして蘭花に気に入られちまったワケで……」
「あ、そうですね。
じゃあ、そうなると後は蘭花の占いだね」
ジュンイチの言葉にミルフィーユが言い――全員の視線が蘭花に集まった。
「そういえばそうだねぇ。
蘭花、誰かと意外な出会いはあったかい?」
「え?
そういえば……そんなのあったっけなぁ?」
「ジュンイチさんは違いますわね。
よく考えてみれば、ジュンイチさんの恋愛運は停滞期でしたから、色恋沙汰に関わるとも思えませんし……」
フォルテの問いに蘭花が思わず考え込み、ミントが推理をめぐらせ――そんな彼女達から視線を外し、ジュンイチは傍らのブイリュウに小声で尋ねた。
「なぁ、ブイリュウ」
「ん?」
「確か、のぞき事件の時、オレよりタクトが先に来てたんだよな?」
「だよね。
オイラはミルフィー達と来たからよくわかんないけど、タクトさん、いろいろ投げつけられてたもんね」
「………………」
ブイリュウの答えに、ジュンイチは腕組みしてしばし考え、言った。
「……オレにはむしろ、そっちの方が『身近な異性と意外な場所での出会い』に思えるんだが」
「………………あ」
思わずブイリュウが声を上げ――二人は未だ議論を交わすエンジェル隊の面々に視線を向けた。
「教える?」
「ややこしいことになりそうだからやめとこう」
尋ねるブイリュウにジュンイチが答え――突然、ブレイカーブレスがコール音を立てた。
「はい、こちらジュンイチ」
ジュンイチが応答すると、通信ウィンドウにタクトの姿が現れた。
〈ジュンイチ、すまないけど、ブリッジに上がってきてもらえるかな?〉
「何だよ、いきなり呼び出したりして」
言って、ジュンイチがブリッジにやってくると、タクトとレスターは珍しく深刻な表情を見せていた。
「……どうした?
レスターならともかく、タクトがそんな顔してんのは珍しいな」
「いや……ちょっと、厄介なものを見つけてね……」
尋ねるジュンイチに答え、タクトは前方のメインモニターを目で示す。
疑問に思いながら、ジュンイチはメインモニターへと視線を向け――
「あれは……!?」
そこには、ボロボロになった宇宙船の姿が映し出され――傍らのサブウィンドウは、その船から救難信号が出ていることを示していた。
(初版:2006/04/16)