第4話
「命の価値」
「……皇国軍の船か?」
「いや、違う。
あれは民間の船だな。ついている武装は自衛用に皇国軍からリースされているものだ」
モニターに映る難破船を見て尋ねるジュンイチに、回ってきたデータに目を通したレスターが答える。
「敵のワナ、という可能性も否定できないが、救難信号が出ている以上放ってはおけない、か……
タクト、救出には誰を行かせる?」
尋ねるレスターの問いに、タクトはしばし考え――
「ミルフィーユと蘭花に行かせよう。
ミントとフォルテは万一に備えて紋章機で、ヴァニラはすぐ要救助者の手当てにかかれるように格納庫で待機だ。
それからジュンイチ、二人の護衛についてくれるかい?」
「はいはい」
タクトに答え、ジュンイチはあらためて難破船の映像へと視線を戻した。
「さーて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「こちら蘭花。
船内に入ったわ」
〈了解。このまま進んでくれ〉
クロノ・クリスタルに向けて言う蘭花に、通信相手のタクトが答える。
「しかし……ひどい有様だな、こりゃ……」
「生存者さん、大丈夫かなぁ……?」
「早く見つけないとヤバいわね……」
座り込み、床の破損を調べてつぶやくジュンイチにミルフィーユと蘭花が言うと、
「………………」
おもむろに立ち上がると、ジュンイチは前方を見据えた。
しばし奥の気配を探り――
「おい、そこに隠れているヤツ!」
ジュンイチが声を上げると同時――物陰からマントを頭からまとった人影が飛び出し、逃げていく!
「あ、おい!」
「バカ! 何おどかすような声のかけ方してんのよ!」
声を上げるジュンイチを叱り、蘭花があわてて人影を追う。
「待って! 助けに来たのよ!」
蘭花が叫び――人影は動きを止めた。
「助けに……?」
声からすると女性のようである。
「そうです! 私達、助けに来たんです!」
「貴女の他に生存者はいないの!?」
言って、ミルフィーユと蘭花が女性へと駆け寄ると、
「そう……貴女達が……」
「――――――!
二人とも、ソイツから離れろ!」
女性の言葉から直感的に危険を察し、ジュンイチが叫ぶが――
――フワッ……
「……ん……」
「あ…………」
女性がマントの下から放った香りを受け、ミルフィーユと蘭花は意識を失い、その場に崩れ落ちる。
「くそっ、催眠香か!」
腰の帯から抜き放った“紅夜叉丸”を爆天剣に変え、ジュンイチが女性に向けてかまえるが、
「あら、勇ましいことね。
けど……彼女達はこちらにいるのよ」
そう言うと、女性はマントから拳銃を取り出し、眠っているミルフィーユに向けて狙いを定める。
「さぁ、どうするのかしら?」
その問いに、ジュンイチはしばし逡巡し――刃を収めた。
そんな彼に女性が香を放ち――彼の意識はそこで途絶えた。
「…………ん……」
うめいて、ジュンイチが目を覚ますと、
「あ、気がつきました!」
「大丈夫!? ジュンイチ!」
その視界にミルフィーユと蘭花が入り――
――クゥ〜……
「寝直すなぁぁぁぁぁっ!」
二度寝に入ったジュンイチに叫び、蘭花は渾身の力でジュンイチを蹴り飛ばす。
「な!? こ、ここは!?」
「やっとまともにリアクションしてくれたわね」
今度こそ完全に目を覚まし、あわてて周囲を見回すジュンイチに蘭花が言い――自分達の閉じ込められた牢獄を見回す。
「そっか……捕まっちまったのか……」
ジュンイチがつぶやくと、蘭花がうなずき、
「そう。
まったく……完全にしてやられたわ……」
「お前ら二人だけな。
少なくともオレは直前で気づけた。どっかの誰かさん達がぶち壊しにしてくれたがな」
蘭花の言葉にサラリと答え、ジュンイチは檻の格子を調べて考えを巡らせる。
「……さぁて、どうしたものかね……」
「難破船よりバリア発生!」
「2時方向より敵艦! すごい数です!」
「まいったね、どーも……」
次々に入る悪い報告に、タクトは思わずため息をついてつぶやく。
と――
「敵艦より通信が入りました!」
アルモが言うと同時、モニターにジュンイチ達を捕らえた女性の姿が映し出された。
〈あなたが、タクト・マイヤーズ?〉
「まず名乗ってから声をかけて欲しいね」
いつもの調子で切り返すタクトだったが、女性も動じずに続ける。
〈これは失礼。
私はルル。ルル・ガーデン。
エンジェル隊のお二人とお付のボディガードさんはお預かりしています〉
そうルルが告げると同時――モニターに牢獄に囚われているジュンイチ達3人の姿が映し出された。
「……大事な仲間なんだ。
早めに返してもらいたいね」
ルルの目的はなんとなく察しがついたが、気づいてないフリを装ってタクトが言うと、
〈そうね。考えてもいいわ〉
そう告げてからのルルの言葉は予想通りのものだった。
〈シヴァ皇子と引き換えなら、ね〉
「……交渉、終わったみたいだな」
自分達を映していたカメラが壁に引っ込んでいくのを見ながら、ジュンイチはのん気につぶやくが、
「あのねぇ! 何のんびりしてんのよ!」
そんなジュンイチに蘭花が声を荒らげる。
「あたし達捕まってんのよ!
今の交渉だって、あたし達とシヴァ皇子を引き換えにしろってヤツに決まってるわ!」
「だろうね」
「『だろうね』じゃないわよ! なんとかしないと!」
あくまで気楽そのものなジュンイチに、蘭花はさらに詰め寄って言うが、
「……お前、ホント似てるな」
そんな蘭花を見て、ジュンイチはふとつぶやいた。
「似てる……?
蘭花が? 誰にですか?」
「向こうの世界の、オレの仲間のひとりにな」
キョトンとするミルフィーユに答え、ジュンイチはカラカラと笑って、
「アイツともこーやって捕まったことがあったんだけどさ。アイツも今の蘭花みたいにムリして脱出方法見つけようとしてて、なだめるの大変だったんだよ。
オレにしてみればその時と一緒だ。今はムリに動かず、脱出の機会を待ちながら体力温存しとけ」
「だ、だけど……」
なおも反論しようとする蘭花だったが、
「それに、やるべきことはやっといたからさ」
そんな蘭花にジュンイチはサラッと言う。
「少なくとも、ブイリュウにはちゃんと伝わったはずだから」
「ブイリュウに……?」
「今の交渉の時ですか?
けど、どうやって……?」
ジュンイチの言葉に疑問の声を上げ――蘭花とミルフィーユは顔を見合わせた。
「で? どうするつもりだ? タクト」
「うーん……」
レスターに尋ねられ、タクトは腕組みして考え込む。
「まさか言う通りにするつもりかい?」
「あの3人とシヴァ皇子とでは、人質としての価値は……」
フォルテとミントが言うと、
「連れていこう」
『えぇっ!?』
タクトのとなりでサラッと告げたブイリュウに、一同が驚きの声を上げる。
「な、何考えてるんだい!
シヴァ皇子をヤツらに渡すつりかい!?」
言って、フォルテがブイリュウに詰め寄るが、
「まぁまぁ、待ちなよフォルテ」
タクトがそんな彼女をいさめた。
「ブイリュウは『連れていこう』とは言ったけど、『渡そう』とは言ってないよ。
何か、考えがあるんだろう?」
「うーん、考えがあるのはオイラじゃなくてジュンイチ、なんだけどね」
「ジュンイチさんに……?」
「うん」
聞き返すミントに答え、ブイリュウは言った。
「あの通信でジュンイチ達の牢屋が映された時に、ジュンイチ、頬杖ついた手の指で顔を叩いてた。
そう――モールス信号でね」
「モールス信号で……?
それで、何だって?」
フォルテが尋ねると、
「『シヴァ皇子を連れて来い』だろ?」
そう答えたのはタクトだ。
「なんだ、タクトさんも気づいてたの?」
「まぁね」
ブイリュウに答え、タクトは続けた。
「何かはわからないけど、そう言うからには彼の打つ手にシヴァ皇子は不可欠なんだろう。なら、今は彼を信じて連れていくのが最善だと思う。
もちろん、オレとしても手を打っておくけどね」
そして――
「……なるほど、な……」
タクトから話を聞き、シヴァはそうつぶやいてうなずいてみせた。
「つまり、ミルフィーユ達を救うために、お前と共に敵艦に赴いてほしいというのだな?」
「はい。
力を……お貸ししてくださいますか?」
タクトの問いに、シヴァは少し考え、決断した。
「お前と柾木には、かつて諌めてもらった貸しがあったな……
それを返す、いい機会かもしれないな」
「……あのさぁ」
「ん?」
「どうしたの? 蘭花」
どのくらいの時間が経っただろうか。沈黙に耐えられなくなった蘭花が口を開き、ジュンイチとミルフィーユが聞き返した。
「ホントに大丈夫なの? あんたの『手』って」
「少なくとも、ヤツらが引っかかる確証はあるよ。
けど、その後は迅速な行動が鍵になる。だから休んどけって言ってんだ」
「だからって、黙ることはないでしょ。正直間がもたなくてさっきから困ってるんだけど」
「とは言っても、オレにゃお前らと共通する話題なんてそう多くないぞ」
蘭花の言葉にジュンイチが答え――
「………………ん?」
ふと何かに気づき、ジュンイチは口をつぐんだ。
「どうしたんですか? ジュンイチさん」
尋ねるミルフィーユに、ジュンイチは答えた。
「……来た」
「いらっしゃいませ、シヴァ皇子」
タクトと共に自艦を訪れたシヴァに向かって、ルルは自信タップリにそう告げる。
(本当に大丈夫なのだろうな? マイヤーズ)
(ご心配なく。ちゃんと手は打ってあります)
耳打ちしてくるシヴァにそう答え、タクトはルルに尋ねた。
「じゃあ、シヴァ皇子は約束通りお渡ししたんだ。
そっちもウチのクルーを返してくれるとうれしいんだけど」
「そうね……わかったわ。
けど――」
ルルがそこまで言った瞬間、
ドガァッ!
鈍い音と共に、タクトは背後のエオニア軍兵に殴り倒された。
「マイヤーズ!」
床に倒れるタクトにシヴァが声を上げるが、ルルはタクトに告げた。
「あなたにも牢に入ってもらうわよ」
「……いてて……」
「ハデに殴られたなー、タクト」
「うわー、タンコブできちゃってますよ」
自分達と同じ牢に放り込まれ、頭をさするタクトにジュンイチとミルフィーユが声をかける。
「で? これもアンタの計画通り?」
「あぁ。
シヴァ皇子を手に入れたとなれば、オレ達は用済み。当然タクトもね。
となれば、処分の準備が整うまで一まとめにしとくのが普通だ」
蘭花に答え、ジュンイチは立ち上がり、
「じゃ、これで舞台は整った。
脱出開始といきましょうか♪」
「そうか! タクトさんに何か脱出のアイテムを持ってきてもらったんですね?」
ジュンイチの言葉に、ミルフィーユが手をポンと叩いて声を上げるが、
「いーや。何にも」
タクトはあっさりと否定した。
「例え持ってきたとしても、気絶してた間にボディチェックされただろうから、とっくに取り上げられてるよ」
そう言うと、タクトはジュンイチに尋ねた。
「脱出手段、最初からあったんだろう?」
「あぁ」
「なっ……!
だったら何で今までそれ使わないのよ! おかげでシヴァ皇子も捕まっちゃったじゃない!」
あっさりとタクトにうなずくジュンイチに、蘭花が詰め寄って言うが、
「今のこの状況になってもらう必要があったんでね」
ジュンイチは平然とそう答える。
「最初から使ってても確かにこの牢屋から出ることはできただろう。けど、この艦から出られるか、となったら話は別だ。
何しろオレ達はシヴァ皇子を連れてきてもらうための大事な人質。逃がすまいと敵さんはそれこそ必死になってオレ達をここに連れ戻そうとするだろうね。
オレひとりなら全員蹴散らして脱出するぐらいはできるが……」
言って、ジュンイチはチラリとそちらに視線を向け、
「そういう状況じゃまず間違いなく足手まといになる、白兵戦のドシロートがここにいる」
「うぅっ、弱くてごめんなさい……」
ジュンイチの言葉に、ミルフィーユはシュンとなって謝罪する。
「ま、だからこその『この作戦』なワケだが……」
そんなミルフィーユに肩をすくめ、ジュンイチは続ける。
「とにかく、さっき言った通り敵さんはシヴァ皇子を手に入れる人質であるオレ達をそう簡単に逃がしちゃくれない――そういう状況でミルフィーを守りながら離脱する、っていうのは、いくらオレと蘭花の二人がかりでも少々辛い。
だが――今ならヤツらはシヴァ皇子を手に入れて有頂天だ。まさか今このタイミングで動き出すとは思わないさ。
たとえ気づいていたとしても、オレ達人質がそのままシヴァ皇子の救出メンバーに早変わりするってところまでは予測はできないだろう。救出作戦を展開するなら丸腰のオレ達じゃなくて捕まってないメンバーが装備を整えて外から来ると考えるはずだ」
「あ、なるほど……」
ジュンイチの言葉に思わず納得するミルフィーユだったが、
「けど、まずはここから出ないことには話にならないじゃない!
どうやってここから出るのよ!」
蘭花が当面の問題を持ち出して反論する。
「まったく、ブレイカーだか何だか知らないけど、何の役にも立たないんだから……」
ため息をついて蘭花が言うが、
「失礼。
ブレイカーが何だって?」
そう言うジュンイチの手には――爆天剣が握られていた。
「え? え?
ちょっと、それ、どこから!?」
「そこから」
蘭花に答え、ジュンイチが指さした先では――檻の柱が一本なくなっていた。
「オレ達ブレイカーの能力は“再構成”によって成り立ってるんだ。どこだって武器に不自由しねぇよ」
言って、ジュンイチは爆天剣をかまえ、
「さぁて……パーティーの始まりだ!」
言って繰り出した斬撃が、檻を斬り裂き、吹っ飛ばす!
「……何ですって?」
部下からジュンイチ達の脱獄の報告を受け、ルルは眉をひそめた。
が――すぐに気を取り直して傍らのシヴァへと向き直り、
「まぁいいわ。どうせヤツらは袋のネズミ。ここから脱出してあなたの救出に動くつもりなんでしょうけど、武器もなしに脱出は不可能。当然、あなたの救出もね」
そう言うルルだったが、部下はそんな彼女の読みを粉砕した。
「そ、それが……」
「ずぁありゃあっ!」
気合と共にジュンイチが爆天剣を振り下ろし――その刃から放たれた波動が炎となって荒れ狂い、エオニア軍兵を蹴散らす。
そして、吹っ飛ぶ敵兵の間を、ジュンイチを先頭に蘭花、ミルフィーユ、タクトが駆け抜けていく。
「ホント、あんた達ブレイカーの能力ってシャレにならないわね……」
「オレの場合、ブレイカーだから、ってだけじゃないんだけどね」
感心半分、呆れ半分でつぶやく蘭花に、ジュンイチは苦笑してそう答え、
「それに――“力”の使い方を工夫すれば、こんなこともできる」
そう言うと、ジュンイチは新たに現れた敵兵の前に立ちふさがるとすぐ横の壁に手をつき――轟音と共に、壁の中に埋め込まれていた配管がまるでヘビのように飛び出してくる!
そして、配管は重量と硬度に任せた一撃で敵兵を一気に蹴散らす。
「すごぉい!
どうやったんですか!?」
「“再構成”の応用編。
壁の配管の繋がり方を“作り変え続けた”のさ、リアルタイムでね」
ジュンイチがミルフィーユに答えると、蘭花まだ意識のあった敵兵の胸倉をつかみ、
「ちょっとあんた、シヴァ皇子はルルって女と一緒のはずよね。
二人はどこ?」
「だ、誰が……!」
敵兵が言うと、蘭花は突然笑みを浮かべ、
「そう……言わないつもりなんだ。
じゃあ……」
言って、蘭花は振り向き――
「よろしく」
「おう」
彼女の言葉にジュンイチは――満面の笑みと共にうなずいた。
「予想外だったわね。彼らがここまでやるなんて」
部下からの報告に、ルルは苦虫をかみつぶしたような顔でそうつぶやく。
「どうしますか?」
「いいわ。別に。
こちらにシヴァ皇子がいる以上、彼らもそうそうムチャはできないはずだもの」
尋ねるレゾムにルルが答え――次の瞬間、
ドゴォンッ!
轟音と共に広間の扉が吹き飛び、ルルとシヴァのいる主賓席の両横を直撃した。
「……ムチャ、できないんじゃなかったんですか?」
「え、えぇ……そのはず……なんだけど……」
一歩間違えばシヴァもろとも自分達を直撃していたであろうその扉を前に、レゾムの問いにルルが呆然としたまま答えると、
「残念だったな」
そんな二人にシヴァが言った。
「向こうには、そんな常識の通用しない特大の阿呆がいるんだぞ」
シヴァがそう言うと、
「さっすが、わかってらっしゃる。
けど『特大の阿呆』はちょっとひどいんじゃないか?」
言って、煙の向こうからジュンイチが姿を現した。
そして、その後からミルフィーユ、蘭花、タクトが続く。
「き、貴様ら!」
「残念だったわね、目論見どおりにいかなくて。
何しろこっちには超規格外の無鉄砲野郎がいるんだから!」
「えーい、お前も言うか!」
レゾムに対してシヴァとあまり変わらないことを言う蘭花にジュンイチがうめくと、
「それで、これから何をするつもりなのかしら?」
シヴァを自分の下に抱き寄せ、ルルが言う。
それを見て、ジュンイチは背後にいるタクト達に向けて背中越しにサインを送った。
内容は――『黙って見てろ』。
「あなた達が取り戻そうとしているシヴァ皇子はこちらの手の内。
ヘタに手を出せば、大事な皇子を傷つけるわよ」
ルルがそう言うが――
スコーンッ!
ジュンイチの投げつけた扉の残骸が、シヴァの額当てを直撃した。
『な………………っ!?』
「何か質問は?」
絶句する一同に対して、ジュンイチは平然とそう尋ね、
「悪いが、オレは相手が皇子だからって手心加えてやるような人間じゃない。
プラス、あんた達はエオニアの元に連れていくためにシヴァ皇子の安全は保障しなくちゃならない――つまり、オレがムチャやったってあんた達がシヴァ王子の身は守ってくれるってワケだ。
イコール――手加減しなくても全然オッケイッ!」
「こっ、コラ!
貴様、それでもシヴァ皇子の護衛か!」
「残念ながらその通りだ。これから変わるつもりもない」
あわてて声を上げるレゾムに告げ――ジュンイチは言った。
「そんなワケで、しっかり皇子を守ってくれよな♪」
言うと同時――ジュンイチは懐からガレキの破片を取り出し、苦無へと作り変える!
「くっ、皇子を守りなさい!」
ルルが叫び、配下の兵達がジュンイチの前に立ちふさがり――
「はい、良くできました♪」
ジュンイチが言った瞬間、
「えぇ〜いっ!」
「きゃあっ!?」
突然、“紅夜叉丸”を背負ったブイリュウが背後からルルに飛びかかる!
それによってルルの手から力が抜け、シヴァはそのスキに脱出する。
いきなりのブイリュウの登場とシヴァの脱出に、兵達の間に動揺が走り――
「どっち見てやがる!」
ジュンイチが投げつけた苦無が次々に腕に突き刺さり、兵達が銃を取り落とし、
「はぁっ!」
蘭花が素早く間合を詰め、髪飾りを変形させた棍棒で兵を薙ぎ払う!
そして、そのスキにシヴァとブイリュウはタクト達の元へと逃げてきた。
「よくやった、ブイリュウ!」
「へへ、タクトさんに言われて隠れてたけど、こういうことだったんだね」
「じゃあ、ブイリュウくんがここにいたのはタクトさんの指示だったんですか?」
労うタクトと応えるブイリュウの言葉に、ミルフィーユが尋ねると、
「ま、そもそもの発案はオレだけどな」
言って、ジュンイチが彼らを守るように下がってくる。
「モールスで伝えておいたんだよ。『シヴァ皇子を連れて“来い”』ってさ。
なのに牢にブチ込まれたのはタクトだけ。だから隠れてるんだろうってアタリをつけてたのさ。
とはいえ、まさか“紅夜叉丸”まで取り返してくれるとはな。グッジョブだ」
「あのムチャクチャな言動はそれに気づかせないため、か……
しかし額当てに当たったとはいえ、あのガレキは痛かったぞ」
額を押さえて言うシヴァだったが、ジュンイチはあっさりと答えた。
「いや、アレは本音」
「本音かい」
すかさず蘭花からツッコミが入るが、ジュンイチは笑って答えた。
「当たり前だろ? オレは皇国の人間じゃないからな、白状するなら『皇子』なんて言われてもイマイチ実感ないんだよね。
だから、オレにとってエルシオールのみんなはみんな対等。命の価値に上下関係なんかない。
例え人質がシヴァ皇子じゃなくてミルフィーや蘭花でも、同じコトしてたよ、オレは。
さらに言えば、捕まった時と違って、今回人質のシヴァ皇子は気絶してないから、スキさえ作れば勝手に逃げてくれるしね」
ジュンイチが言うと、
「くっ……やってくれるじゃない……!」
舌打ちし、ルルが言う。
「けど、どうやって脱出するつもりかしら?
あなた達に脱出の手段は――」
「『ある』って言ったら?」
「……なんですって?」
あっさり答えたジュンイチに、ルルが怪訝な顔で聞き返し――
〈10時方向より超高速で飛来する物体!〉
危機を報せる放送と同時、艦に衝撃が走り、両者の間を突っ込んで来た“何か”が貫く!
もうもうと立ち込める煙の中、“それ”は次第に姿を現し――
「ゴッドドラゴン!?」
ミルフィーユが声を上げると、“それ”の正体――ゴッドドラゴンの頭部のハッチが開き、
「オラオラオラァッ!」
咆哮し、中から姿を現したフォルテがルル達に向けて銃を撃ちまくる!
そして、
「シヴァ皇子!」
「ご無事ですか?」
言って、ミントとヴァニラがタクト達の方へと降りてくる。
「……コレも読んでたワケ?」
「『読んでた』ってほどでもないよ」
尋ねる蘭花に答え、ジュンイチは説明した。
「だってさ、お前らの紋章機だと乗れる人数なんてタカが知れてるだろ。せいぜい3人が限度か?
オレ達がこの廃船に来るのに使ったシャトルはたぶん敵に抑えられてるはずだし、そもそも武装がないから逃げ切れない。エルシオールで突っ込んでくるってのも論外だ。
となれば――残る選択肢は消去法で『タクトがゴッドドラゴンを突入させる』しかないだろう? トラベルポッド着ければ大人数乗れるし」
ジュンイチが言い――タクトはルルに向けて言った。
「じゃあ、お迎えも来たし、オレ達はこれで失礼させてもらうよ」
「くっ……!」
もはや詰みだ――己の敗北を悟り、ルルは悔しさもあらわにタクトに告げた。
「覚えてなさい……このままでは、済ませないから!」
「そうか。
じゃあ、その時を楽しみにさせてもらうよ」
「まったく、今回はアンタのせいで肝を冷やしたわよ」
「そもそもの原因はお前らが捕まったせいだと記憶しているんだが?」
ティーラウンジで紅茶を飲みながら、ボヤく蘭花にジュンイチがすかさずツッコミを入れる。
あれから、ルルは驚くほどあっさりと軍を退いた――あのまま力押しで来る手もあっただろうが、無人艦と紋章機&エンジェル隊では性能差があまりにも違いすぎる。たとえ数で勝っていても単純に攻めるだけでは返り討ちになるだけだということは、向こうも理解していたらしい。
「だいたいなぁ、お前ら不用意に人を信用しすぎだ。
すべてを疑えとは言わんが、少しは疑え。頼むから」
「何よ、悪いの全部あたし達!?」
「まーまー、蘭花」
ジュンイチの言葉にむくれる蘭花をミルフィーユがなだめていると、
「柾木」
突然ジュンイチの背後から声がかけられた。
振り向いたその先には――
「し、シヴァ皇子!?」
そこにいた、侍女を従えたシヴァの姿を見て、蘭花が思わず驚きの声を上げる。
だが、ジュンイチはさして驚かない。少しだけ意外そうに尋ねた。
「……どういう風の吹き回しですか? 前回単独外出でさんざんなメにあいかけた人が」
「うむ……忘れていたことがあってな」
ジュンイチの問いに、シヴァはそう答えると彼ら3人を見回し、言った。
「柾木ジュンイチ、ミルフィーユ・桜葉、そして蘭花・フランボワーズ。
私の救出のために迷惑をかけた。すまない」
「い、いえ。むしろ迷惑をかけたのは捕まっちゃったあたし達なのに……」
シヴァの言葉に、ミルフィーユが言うと、
「確かに今回、特に礼を言われるようなことはしとらんな、オレ達」
言って、ジュンイチは手にしたマグカップのココアをすすり、
「けど……言われたからには、礼は素直に受け取らせてもらおうじゃないか」
「あんたには『謙遜』って発想ないワケ?」
「ンなもんがあっても利益にはならん」
半眼でうめく蘭花に答え、ジュンイチはカラカラと笑って、
「それに……仲間の厚意は、素直に受けなくちゃな」
「仲間……?」
「そ♪」
つぶやくシヴァにうなずき、ジュンイチはうなずいて告げた。
「さっきも言ったろ? 皇国人じゃないオレに、皇子に対して敬意を払うって発想はない。
だから、オレにとって、皇子は目上の人じゃなくて……」
そこで一度言葉に切り、ジュンイチはシヴァの頭にポンと手を置き、言った。
「一緒にエオニアと戦う、仲間ってことだ♪」
「ち、ちょっと!
ナニ皇子に失礼ぶちかましてるのよ!?」
そんなジュンイチに蘭花があわてて声を上げるが、
「よい、フランボワーズ」
シヴァがそれを止めた。
「……仲間、か……
そういえば、私には『家臣』はいたが、『仲間』はいなかったな」
そう言うと、シヴァは笑って言った。
「光栄に思え、柾木。
お前は、私の最初の『仲間』だ」
その言葉に――ジュンイチは笑顔を返して答えた。
「敬意がない以上光栄に思えってのはムリだけど……『仲間』ってのには了解だ♪」
「申し訳。ありません……
シヴァ皇子の奪回に、失敗いたしました……」
モニターに映る、深紅の軍服に身を包んだ女性を前に、ルルは深々と頭を下げて報告する。
その報告に、モニターの女性は手元のディスプレイに目を落とし、答えた。
〈貴女から今回の作戦を聞いた時には、まさか失敗するとは思わなかったけど……貴女からの報告データを見て合点がいったわ。
敵も、とんでもない男を味方につけたようね。レゾムに与えた艦隊が苦もなく壊滅させられるはずだわ〉
「いかがいたしましょうか?」
ルルの問いに、女性はしばし考え、告げた。
〈貴女だけでは荷が重過ぎるようね……
まずはレゾムと、そして私が送る増援と合流なさい。再度の攻撃はそれからよ〉
「了解いたしました。
増援に感謝します。シェリー様」
「……エオニア様」
ルルとの通信を終え、シェリー・ブリストルはエオニアに謁見していた。
「ルル・ガーデンが失敗いたしました」
「そうか……」
シェリーの言葉にうなずき、エオニアはつぶやいた。
「やはり、以前レゾム・メア・ゾムから報告のあった『協力者』の手によって、か?」
「そのようです。
しかし、その『協力者』の操る機体……」
「うむ」
つぶやき、立ち上がるとエオニアはシェリーに告げた。
「……興味深いな……
シェリー、今後の戦闘で、その機体のデータを集めろ。
もちろん、可能ならば撃破してしまってもかまわないがな」
「了解いたしました。
では、私は援軍の手配がありますので」
そう言って退室するシェリーを見送り――エオニアは小さくつぶやいた。
「紋章機と合体して能力を変化させる可変人型機動兵器、か――
トランスバール皇国の新たな支配者たる、この私にこれ以上相応しい機体はあるまい……」
(初版:2006/05/14)