第5話
「悩めるお嬢様」
「クロノ・スペースに突入しました。
艦内各部、異常なし」
「やれやれ、やっと通常航行区間を抜けられたか。
敵が襲ってこなくてよかったよ」
クロノ・ドライヴに入ったことを知らせるアルモに、タクトは安堵の息を漏らす。
「じゃあ、オレは休憩に入るよ。
ココ、アルモ、後はよろしく」
言って、タクトがブリッジを後にしようとすると、
「すまん、タクト。
ちょっといいか?」
そんなタクトを、レスターが呼び止めた。
「どうした? レスター」
「いや……少しマズい事態になってきてな」
「……なるほどね……」
レスターに連れられ、訪れた倉庫で、タクトは思わず納得していた。
そこにあるのは、コンテナの山。ただし――
「ほとんどが空、か……」
「あぁ。物資が心もとなくなってきている。
水や食料、生活雑貨といったものはもちろんだが、弾薬や装甲板といった物資も、安心できる量とは言えなくなってきてる。
特に食料は深刻だな。ここのところ、特に消費が激しかったからな」
「そうか……まいったな……」
「そこで、だ」
うめくタクトに、レスターはそう言って彼の肩を叩き、
「休憩や艦内の見回りのついででかまわない。艦内を回って、物資の状況を把握してきてくれ」
「わかったよ。
腹ごしらえがすんだら、艦内を回ってくるよ」
そして、食堂を訪れたタクトだったが――
「……あれ?」
意外と閑散としている食堂を見回し、首をかしげていた。
「どうしたんだろ……?」
タクトがつぶやくと、
「あ、タクトさん、こっちこっち!」
そんな彼の姿を見つけ、ミルフィーユが声を上げた。
見ると、ミントやジュンイチ、ブイリュウも一緒に食卓を囲んでいる。
「お疲れ様です。
先にお食事をいただいていますわ」
「っつっても、こんなだけどな」
ミントのとなりでそう言うと、ジュンイチはタクトに自分の食事のトレイを見せた。
まだ食べ始めたばかりなのか、食事にはほとんど手がつけられていないが、そのメニューは艦内の苦しい状況のためかかなり味気ないものになっている。
「やっぱり、食料の不足が影響してるのか……」
「あぁ。こればっかりはどうしようもないな」
タクトに答え、ジュンイチが食事を再開すると、
「――そうだ!」
突然、ミルフィーユが声を上げた。
「どうしたの? ミルフィー」
ブイリュウが尋ねるが、ミルフィーユはかまわずジュンイチに尋ねた。
「ジュンイチさん、ジュンイチさんって、確か物を別の物に作り変えることができましたよね?」
「再構成のことか?」
「そう、それです!
それで、物を食料に作りかえるってことはできないんですか?」
「あ、そうか。
そのジュンイチの能力があれば、いろんな物資が作れるってことじゃないか」
ミルフィーユの提案にタクトがポンと手を叩いて言うが、
「却下だ」
ジュンイチはあっさりと言い放った。
「ムリなんですか?」
「いや、可能だ。
再構成はやり方によっては効果を永続させることができるからな、石ころをハンバーガーに変えることだって容易だ。
けど――」
ミルフィーユに答え、ジュンイチは根本的な問題を口にした。
「再構成はあくまで媒介を別の物質に作り変える能力だ。無から有を作り出すワケじゃない。
精霊力そのものを再構成する“無媒介形成”って手法もあるにはもあるが、それだって作り出せる量には限度がある。媒介となる物資がない現状じゃ、何の役にも立たないな」
「そっか……いいアイデアだと思ったんだけどなぁ……」
ジュンイチの説明に、ミルフィーユは思わず肩を落とし、ため息をついてつぶやく。
そんな彼女を見て、ジュンイチはため息をつき、
「とはいえ、確かに何とかしなきゃいけないのは事実だな。
物資に関しても、食料に関しても」
「あぁ……
実はそのことに関して、レスターからも艦内を視察して、物資の不足状況を把握するように頼まれてるんだ」
「そっか……」
タクトの言葉に、ジュンイチはしばし考え、タクトに告げた。
「……なら手伝うよ。物資の不足は他人事じゃないしな」
「ありがとう」
そんなことがあり、結局、ミルフィーユとミント、ブイリュウも加わり、一同は手分けして艦内を視察して回った。
結果――
「……かなり、深刻だな……」
各自からの報告を聞き、タクトはつぶやいた。
「あぁ。水もかなり心もとない状態だ。
おかげで『シャワーの水の出が悪い』って蘭花から八つ当たりだぜ」
「宇宙コンビニも品薄で……かなり商品を売り控えてる状態らしいです」
「医務室の医薬品も不足がちのようですわ。
こちらは早めになんとかしなければ……」
ジュンイチ達も口々にボヤき、一同はそろってため息をつく。
「だいたい、肝心要の補給の当てはあるのかよ?
ヘタに補給を求める通信なんかしたら、エオニア軍に傍受されて一巻の終わりだぞ」
「そうなんだよなぁ……
こうなったら、民間に頼るしかないんだけど……」
ジュンイチの言葉にタクトがつぶやくと、
「あの……よろしいですか?」
突然、ミントが口を開いた。
「わたくし、ひとつだけ補給の当てに心当たりがございますわ」
「ホント!?」
「えぇ、まぁ……」
思わず声を上げるブイリュウに、ミントは少し表情を曇らせて答える。
「この星系には、ブラマンシュ財閥の外商営業部がございますの。
暗号通信回線のパスワードもお教えいたします」
「ブラマンシュ財閥?
……え? ブラマンシュって……」
その名にはジュンイチは聞き覚えがあった。
「ブラマンシュって、お前の名字じゃねぇか。
ひょっとして、そこは……」
尋ねるジュンイチに、ミントはうなずき、告げた。
「わたくしの、実家ですわ……」
「なるほど……確かに、ミントの実家ってことなら、多少の融通は利かせてもらえそうだな」
廊下を歩きながら、ジュンイチはとなりを歩くミントに言う。
タクトはさっそくこのことをレスター達に提案すべく、同行を申し出たミルフィーユ、ブイリュウと共にブリッジへと向かった。
「それに、お前にとってもいい機会だしな」
「わたくしにとっても、ですか……?」
聞き返すミントに、ジュンイチはうなずき、
「あぁ。
この先、いつ連絡が取れるかわからないんだ。今のうちに実家に無事を知らせておけ。
きっと心配してるぜ、お前の家族」
「まぁ、心配はしていると思いますけど……」
そう答えるミントの表情は冴えない。
「だって、ひとり娘なんだろう?
オレだったら、娘が軍に入る、なんてことになれば心配でしょうがないと思うぜ。まず間違いなく。
しかも、クーデターのせいで消息不明ともなればなおさらだ」
「それなら、心配はないと思いますわ」
そんなジュンイチの言葉に、ミントはキッパリと言い切った。
「わたくしが紋章機のパイロットである以上は、そうした危険がつきものであると家族も承知しています。
増してや、父はブラマンシュ財閥の総帥として、さまざまな苦境を乗り越えてきましたもの。これぐらいで動じる人ではありませんわ」
答えて、ミントは思わずため息を漏らす。
当然、ジュンイチは先ほどから見え隠れしているミントの心の陰りに気づいていた。その原因にも心当たりはあった。
だが――だからこそジュンイチは続けた。
「それでもだ」
あっさりとした口調で――それでも有無を言わさぬ強さを込めて、ミントに告げる。
「次に、いつ連絡が取れるかわからないんだ。できる時に連絡しておけ。
連絡できなくなってから、後悔しても遅いんだ」
「は、はい……」
ジュンイチのその言葉――その裏に何か重いものがあるのを感じ取り、ミントは素直にうなずいた。
「まもなく、ブラマンシュ商会とのランデブーポイントに到着します」
「ようやく補給、か……
ブラマンシュ商会と連絡がついて助かったよ」
ココから報告を受け、タクトは思わずつぶやいた。
「けど、よく向こうも応じたな。
こっちの名前は明かせない、なんていう客、普通は怪しいと思わないか?」
「そうでもないさ」
つぶやくレスターにはブリッジに上がってきていたジュンイチが答えた。
「商売人にとって重要なのは、オレ達が信用できるかどうか――けどそれは素性のことじゃない。オレ達に、きちんと料金を支払う意思と、それが可能な能力があるのかどうか、そういう意味での『信用』だ。
クーデターで経済が混乱してる現状を考えれば、価値が確実な金塊で取引しようっていうオレ達は、そういう意味じゃ十分に信用に値する顧客ってワケさ」
そう。このエルシオールには“白き月”脱出の際にシャトヤーンから路銀として与えられた金塊が積まれていた。それを取引に使おうと言うのだ。
「それより、哨戒に出てるフォルテさんから連絡は?」
「いや、今のところは……」
尋ねるブイリュウにタクトが答えると、
「あ、ハッピートリガーから通信です」
そんな彼らにアルモが言い、通信ウィンドウにフォルテの姿が現れた。
〈こちらハッピートリガー。今のところ異常はないよ〉
「了解だ」
タクトが答えると――フォルテは表情を引き締め、彼に尋ねた。
〈ところで……ひとつ聞きたいんだけど、この取引を持ちかけたのは、ミントかい?〉
「そうだけど……それがどうかしたのかい?」
〈いや、ちょっと意外だったもんでね〉
「意外……?」
そのフォルテの言葉に、ジュンイチは眉をひそめてつぶやき――
〈――ちょい待ち!〉
突然フォルテが声を上げ――ハッピートリガーのコックピット内で警報が響いた。
〈この先のエリアからSOSだ!
発進元は……なんてこった、ブラマンシュ商会だ!〉
「何だって!?」
「くそっ、向こうが敵の警戒網に引っかかっちまったか!」
驚くタクトのとなりで、ジュンイチがうめいてきびすを返す。
「くそっ、エンジェル隊、発進準備だ!
エルシオール、全速前進!」
タクトが指示を出し――エルシオールは加速。一路戦闘宙域へと急いだ。
「敵の構成は!?」
〈巡洋艦と駆逐艦。
この間の戦闘で確認されたミサイル艦はいないようだ〉
ゴッドドラゴンのコックピットで尋ねるジュンイチに、レスターが答える。
「よっしゃ!
人命がかかってるんだ! 急ぐぜ、みんな!」
拳を打ち合わせて言うジュンイチだったが――
〈あぁ! やらせやしないよ!
あの船にはあたしの注文した武器・弾薬がたんまり積んであるんだ!〉
〈あたしのシナモンパウダーがぁっ! 小麦粉がぁっ!
早くしないとみんな燃えちゃうぅっ!〉
〈あたしのシャンプー! お気に入りの靴ぅっ!
女の子に不自由な生活させようだなんて許せないわ!〉
「……人命はどうした、人命は……」
フォルテ、ミルフィーユ、蘭花の言葉に、ジュンイチは脱力してうめいた。
そして――戦場に3人の修羅が降臨した。
「司令、商船団の代表者から通信が入っています」
「つないでくれ」
戦闘も早々に終了し、アルモの報告にタクトが答えると、メインモニターにひとりの男が映し出された。
〈お助けいただき、ありがとうございました。なんとお礼を申し上げてよいやら……
もしや、先ほどご連絡をくださったお客様ですか?〉
「あぁ」
〈そうですか。
この度はブラマンシュ商会をご利用いただき、ありがとうございます。
時に……〉
と、一息ついてからその男はタクトに尋ねた。
〈先ほどの、青い戦闘機のパイロットはどなた様でしょうか?
もしや……〉
どうやら、彼のような営業マンにも、会長のひとり娘が軍のパイロットをしていることは知っていたようだ。
だがかえって好都合だ。それならばご両親にも無事を伝えてもらえるだろうと、タクトは答えた。
「えぇ。そのパイロットはミント・ブラマンシュ嬢です。
ミント嬢はご無事だと、ご家族にお伝えください」
とたん――男の表情が輝いた。
〈や、やはり!
それはもう、喜んでご連絡させていただきます!〉
そして、タクトは通信を終え――
「『喜んで』ねぇ……」
言って、ジュンイチがブリッジに入ってきた。そして彼に続き、エンジェル隊の面々もやってきた。
「あぁ、ちょうどよかった。
今、向こうの人と話してね、会長にミントの無事を伝えてくれるそうだよ」
「当然、伝えるだろうな。
そりゃもう大喜びで」
「………………?」
なぜかため息混じりに言うジュンイチの言葉に、ブイリュウは思わず首をかしげ――タクトがあることに気づいて尋ねた。
「ミントは?」
「あぁ、ミントは報告をあたし達に任せて部屋に戻ったよ。
補給の交渉のアシスタント、やるつもりみたいだよ」
そう答えたのはフォルテである。
「そうか……助かるよ。
何しろ、こっちは民間の交渉は勝手がわからないからね」
フォルテの言葉に胸をなで下ろすタクトの言葉に、ジュンイチは内心でため息をついていた。
(どうやら――今回のメンタルケアはオレの仕事になりそうだな)
「あぁっ、お待ちしておりました!
ブラマンシュ商会をご利用いただき、ありがとうございます!」
言って、商船団の代表――営業部長のヴィンセントはタクトに対して一礼した。
同席するのはミントと、そして彼女と同様にアシスタントを買って出たジュンイチである。
と――ヴィンセントはミントの姿を見つけ、笑顔で声を上げた。
「あぁっ、ミント様、良くぞご無事で!
我々トルミナ星系外商営業部社員一同、お嬢様のご無事を知って、感涙にむせんでおりますです!」
「あらまぁ、そうですの」
答えるミントだが、その笑顔の裏に感情の曇りが見えるのをジュンイチは気づいていた。
すると、ヴィンセントは今度はタクトへと向き直り、
「マイヤーズ様、私は深く感謝しております!
すばらしいお客様をお迎えできて、光栄でございます!」
「は、はぁ……」
やたらとテンションの高いヴィンセントの言葉に、タクトが返答に困っていると、
「はい、ストーップ」
そんな彼に助け舟を出したのはジュンイチだった。タクトとヴィンセントの間に割って入り、ヴィンセントへと注文リストを差し出した。
「それより、本題の商談を始めたいんだが」
「し、しかし……」
言いかけたヴィンセントだが――そんな彼をジュンイチの鋭い視線が射抜いた。
「アンタ達の身の安全を考えて言ってるんだ。
オレ達はいつ襲撃を受けてもおかしくない身の上だ。ここにアンタ達を長居させれば、それだけアンタ達を巻き込む危険が増す。
顧客の要求を満たすのが売り手の責務であるのと同様に、売り手に迷惑をかけないのが買い手の責務だ。いろいろ売って売り上げを伸ばしたい気持ちはわかるが、今回は目的の品だけにとどめてくれないか?」
「は、はぁ……そういうことでしたら……」
現状を告げたジュンイチの言葉――中でも『いつ襲撃を受けてもおかしくない』という言葉に、ヴィンセントは素直にうなずいた。
「助かったよ、ジュンイチ……」
「こういう人間は現状の危険を考えさせるのが最善の策だ。
そーすりゃ、我が身かわいさにやることだけやってとっとと消えてくれる」
小声で礼を言うタクトに、ジュンイチも同様に小声で答える。
ともあれ、ジュンイチは改めてヴィンセントへと向き直り、
「じゃ、商談を始めようか?
渡した書類が、こっちの希望する品目のリストだ。見積もりを頼む」
「は、はい。では……」
「あー、それと」
さっそく見積もりを始めようとしたヴィンセントに、ジュンイチは待ったをかけた。
「一応言っておくが――こいつはれっきとした軍との取引だ。
余計な値引きは一切いらん。通常の取引価格で見積もりを頼む」
「は、はい……」
ジュンイチに釘を刺され、ヴィンセントは見積もりの計算を始める。
次々にヴィンセントの先手を打つジュンイチの姿が正直意外で、タクトとミントは驚きの視線をジュンイチに向けていた。
「………………」
商談が終わり、ミントは自室でボンヤリと物思いにふけっていた。
結局、あれから自分の出る幕はなかった。すべてジュンイチが商談を進めてしまったのだ。
そしてミントは、ジュンイチが元の世界では大財閥の会長の孫なのだという話を思い出した。
ブイリュウから聞いたその話によれば、ジュンイチは跡を継ぐことを嫌い、家を出ているのだという。
そう、それはまるで――
「………………」
気がつくと、ミントは立ち上がり部屋を後にしていた。
「……終わったぁ……」
商談の後、搬入された物資の確認を済ませ、ジュンイチは自室でため息をついていた。
自室はエルシオールの艦内厚生班によって、ジュンイチの好みに合わせてコーディネートされていた。大型モニターと映像記録ドライブが入って右側の壁一面を占領し、その脇には後々買い集めようかと目論んでいるこの世界のアニメ番組の映像メディア(実は今回の補給でもちゃっかり購入している)を並べるための棚。そして左側の壁にはミルフィーユの部屋と同様に大型のシステムキッチンを配置してある。
「ったく、交渉はわかるけど、どーして搬入の確認までオレがやるんだよぉ……」
うめいたところで、もう済ませてしまった以上どうしようもない。ジュンイチは何か飲もうかと立ち上がって冷蔵庫に向かい――
――ピピッ。
突然、部屋のインターフォンが鳴った。
「はーいはいはい」
返事して扉を開け――そこにいたのはミントだった。
「ミント……?」
「少し……よろしいですか?」
尋ねるミントに、ジュンイチは眉をひそめ――答えた。
「野郎の部屋にひとりで入るのに抵抗を感じないっつーならな」
「……とりあえず、お前の口に合うように徹底的に甘くしてみた」
言って、ジュンイチはミントの前に砂糖を飽和量の限界までブチ込んだホットココアを差し出した。
そして、自分もテーブルを挟んだ反対側に座ると自分のホットココアを手に取り、フーフーと息を吹きかけると同時に“力”を使って熱を奪い、ココアを好みの温度まで冷ます。
「あら、猫舌ですの?」
「恥ずかしながら、な。
熱いヤツは正直苦手だが、熱湯で作らなきゃパウダーが溶けてくれないからな」
ミントに答え、ジュンイチはようやく冷めてきたココアをすする。
(しかし……いきなり何のようだ……?)
そして、自分好みの甘さだったらしく舌鼓を打つミントを見ながら、ジュンイチは胸中でつぶやき――
「別に、たいした用事ではありませんわ」
なんと、ミントはその胸中のつぶやきにきちんとした回答を返してきた。
「――――――!?
お前、今、オレの心を……?」
驚いて尋ねるジュンイチに、ミントはうなずいて肯定する。
「そっか……そーいや、前に精神感応者だって言ってたっけな……
確か、その場で考えたことみたいな表層部分しか読めない、とも言ってたっけ?」
「えぇ。
驚かれましたか?」
「んにゃ」
尋ねるミントに、ジュンイチはあっさりと答える。
「そりゃ、いきなりでビックリした部分はあるが、心こそ読めないだけでオレもブレイカーっていう特殊能力者だ。
できることが違うだけでどっちも同じ能力者。驚くには値しないよ。
むしろ、オレとしてはうらやましいって気持ちのほうが強いかな」
「うらやましい……ですか?」
ジュンイチの言葉に、ミントは思わず聞き返す。
「だってそうだろ? 心が読めれば、もっと相手のことをわかってやれるじゃんか」
そんなミントの問いに、ジュンイチは笑顔で答えるが、
「……そんな、いいものではありませんわ……」
ミントは表情を曇らせ、ジュンイチに言う。
「この能力は、人の心の表層しか読めませんが、人の想い以外にも、怒りや憎しみ――負の感情といったようなものまで問答無用で流れ込んできます。
それに――父などは逆に、そういった感情を利用して、財界の方々を思うように動かしていますわ」
そう答えるミントの表情は暗い。それを見て――ジュンイチはため息をついて言った。
「嫌いか? 実家が」
「え――――――?」
「いや……なんとなく、そんな気がしてな」
ミントに答え、ジュンイチはため息をつき、
「なんか……さっきのお前の雰囲気が、実家の話してる時のオレとダブるような気がしたんだ」
「………………」
その言葉にミントが沈黙し――ジュンイチは続けた。
「オレの実家も、けっこうな大企業でな。その長男として産まれたオレも、小さな頃から後継者としての教育を受けてきた。
ただ、いろいろあって、齢8つで傭兵なんかやるハメになって――そん時に相続権放棄してるがな。
まぁ、それでも『ひとり立ちに備えて』なんて言われて経営学とかいろいろ勉強させられた。良かったのか悪かったのか……」
「そうですの……」
その話を聞き、ミントはなぜジュンイチがヴィンセントを手玉に取れるほどの商談手腕を持っていたのかを理解していた。
そして――そんなジュンイチの話を聞き、自分のことを反芻した。
ブラマンシュ財閥は、皇国内でも指折りの大財閥だ。その取引先には皇国軍も含まれ、絶大な影響力を持っている。
だが、その会長であるミントの父ダルノーは、事業を拡大することばかりに懸命で、家族を顧みることはなかった。そして、そのひとり娘として生まれたミントは跡継ぎとなるべき厳しい教育を受けた。
食事もおやつもすべてコックが作った天然素材のもの。毎日のように徹底的に教え込まれる各種の教育――そこにミントの意思は存在し得なかった。
そんな生活がイヤで、ミントは“白き月”の職員――“月の巫女”の採用試験に合格し、“白き月”に入り、そこでH.A.L.O.に対する適正を認められ、エンジェル隊の一員となった。
すべては、ブラマンシュの家から逃れるため――自分が自由を手に入れるためだった。
だが――自分には結局、何ができるのだろう?
紋章機の操縦?――それができるのは自分だけではない。
家で学んだ令嬢としての知識?――ジュンイチの前では何の役にも立たなかった。
精神感応能力?――自分で制御できない力に何の意味があるだろうか。
結局のところ――自分のできるのは、ブラマンシュ財閥を利用することしかないのではないか?
そんな思いが、ミントを苦しめていた。
が、ジュンイチはそんなミントの心情に気づいたのか、苦笑混じりに続けた。
「ま、そんなワケで、同じ財閥の跡継ぎとして、お前がどういう環境で育ってきたのかはだいたい想像がつく。
で、オレが思うにお前、周りに何でも決められるその環境がイヤで、家を飛び出してエンジェル隊にいる――違うか?」
「……ジュンイチさんには、隠し事はできませんわね……
これでは、どちらがテレパスかわかりませんわ」
ジュンイチの言葉に、ミントは苦笑してそう答える。
だが――次のジュンイチの言葉に、ミントの顔からはその苦笑も消え失せた。
「けど、そんな状態なのによく実家との商談を買って出たよな。
実家のコネを使うのは、お前にとっちゃ本意じゃなかろうに」
「そ、それは……」
答えようと言葉を探すミントを、ジュンイチはまるで値踏みでもするかのように眺めている。
正直なところ、ジュンイチは最初からミントがそのことで――実家を利用せざるを得ない自分について悩んでいるのだということには気づいていた。ただ、自分のところへ相談に来るとまではさすがに予想できなかったが。
最初にわざと疑念を抱いているように『心の表層』を偽り、話をミントの精神感応能力に振ったのは、いきなりでは――それも悩みを見抜かれていたとあっては少々言い出し辛かろうと考えたジュンイチなりの気遣いである。
そして――やがてミントは口を開いた。
「これは……わたくしにしか、できないことですから……
わたくしが仲立ちをすることで、みなさんが助かるのなら……」
それは、ジュンイチが予想していた通りの答えだった。
だから、ジュンイチはため息をつき――
――むにっ。
両手でミントの頬をつねっていた。
「ひ、ひゅんひひひゃん!?」
「ったく、なぁにザけたことぬかしまくってくださいますかね、このお嬢様は」
頬を引っ張られたまま声を上げるミントに対して、ジュンイチはその顔を間近に寄せて半眼で告げる。
そして、ミントを放すと真っ向から告げた。
「いいか、お前の理屈をまとめるとこうだ。
お前は家と関わるのがイヤでエンジェル隊に入った。だから関わるのは気が進まない。けど、関わらなきゃ今の状況は打破できない。だから仕方なく関わる――そんなトコだろ。
けどな……それのどこが悪いんだ?」
「え………………?」
「せっかく強力なコネ持ってるんだ。だったらそれを最大限に活かしてやれ。利用してやれ。迷惑かけ倒せ!」
あ然とするミントに少々ムチャクチャな理屈を叩きつけ――ジュンイチは笑ってミントの頭をなでてやり、
「別に、オレ達ゃンなことでお前を特別に見たりしねぇよ。もっと自分に素直でいろ。
お前は『ブラマンシュ家の跡継ぎ』である以前に、『ミント・ブラマンシュ』なんだからさ♪」
「………………」
ジュンイチの言葉に、ミントは呆然と彼の顔を見返す。
今までに出会ったことのないタイプの人間だった。
今まで会った人物は、みんな自分を『ブラマンシュ家の娘』として見ていた。エンジェル隊の面々にはそういうところはなかったが、実家のことを気にしまいとしているミントの気持ちを汲むあまり逆に気を使いすぎてしまうところが見られた。
だが――ジュンイチは違う。身分も立場も、性別すらも気にせず、ズカズカと相手の内側に乗り込んできて一緒にその悩みを払拭しにかかる。
非常にムチャクチャではあるが、相手を対等の立場だと認めているからこそ遠慮をしない――そんなジュンイチの『強引な優しさ』に、ミントは思わず苦笑した。
「ん? どしたよ?」
「いえ、別に。
ジュンイチさんと話していたら、悩みなんてどうでもよくなってきただけですわ」
「そいつぁよかった」
ミントに答え、ジュンイチはココアをすするが――
「けど……乙女の頬をつねったからには、それなりの覚悟がおありなのでしょうね?」
笑顔でミントに言われたその言葉に、ジュンイチは答えない。が――頬を流れる汗が一筋。
が――ミントは笑顔を崩さない。ニコニコとジュンイチを見続けている。
そのまま、二人はしばし無言で時を流し――
「――降参だ」
とうとうジュンイチは白旗を揚げた。
「詫びは食堂の虹色ゼリーでいいか?」
「それもよろしいですが……」
ジュンイチの言葉に、ミントは笑顔で答えた。
「この一件が片付いたら、ファーストフードでおごってもらうことにいたしますわ」
「………………は?」
意外と言えば意外なミントの言葉に、ジュンイチは思わず間の抜けた声を上げていた。
「ファースト、フード……?
ンなもんでいいのか?」
「あら、意外ですの?」
「あぁ、すっごく」
思わず即答する。
「ですが、わたくしにとっては最高のぜいたくですわ。
家を出るまで、駄菓子やファーストフードのお食事なんて、食べられませんでしたもの」
「駄菓子好きはその反動かよ……
けど、それならオフの日にでもミルフィー達と行けばよかっただろうが」
「普段は、基地の中で食事をしていましたし。
それに、『行ったことがないから行きたい』と言い出すのは、少し恥ずかしくて……」
「別に気にするほどのことでもないだろうがなぁ……
ひとりでも行ってたぞ、オレは。特に日替わりの値引きキャンペーンなんか、好きなメニューが安い日を狙って行ってたし」
「そ、そうなんですの?」
意外そうな顔をするミントに、ジュンイチは『やっぱりお嬢様だなぁ』などと感想を抱き思わず苦笑する。
「まー、いつでも気軽に行けるのがファーストフードの長所だ。
いい機会だし、ローム星系についたら約束どおりおごってやるよ。
何なら、レシピを把握してこっちで作ってやってもかまわんし」
「では、楽しみにさせていただきますわ♪」
ミントが答え、二人が笑みを交わし――警報が響いた。
「前方に、艦隊が展開しています!
識別信号なし……エオニア軍と思われます!」
「やっぱり来たか……」
ココの報告に、艦内の視察から戻ったタクトはつぶやきながら艦長席に座る。
「ブラマンシュ商会の商船は?」
「離脱しました」
タクトの問いにアルモが答えると、
〈タクト!〉
そんなタクトに、ジュンイチから通信が入った。
〈こっちは発進準備完了っ!
エンジェル隊も問題なし! いつでもいけるぜ!〉
「了解だ。
エンジェル隊、発進――」
タクトが指示を出しかけた、ちょうどその時、ブイリュウが声を上げた。
「ちょっと待って!
敵艦から戦闘機が発進!
――あれ? 戦闘機から通信が入ってる!」
「通信……?
敵は無人じゃないのか?」
「もしかしたら、この前の連中かもしれないな……
とにかく、つないでみてくれ」
つぶやくレスターのとなりでタクトが指示を出し――モニターに現れたのは案の定カミュだった。
〈やぁ、キミが司令官かい?
ボクはエオニア陛下直属の特務戦闘部隊『ヘル・ハウンズ』隊長、カミュ・O・ラフロイグだ〉
〈あ、また出た『悪い虫』〉
カミュの言葉に、ジュンイチがあきれてつぶやく。
と、同様にギネスからも通信が入り、
〈今日は、さらに激しく楽しく戦うべく、オレ達の仲間を連れてきたぜぇぇぇぇぇっ!
いくぞぉぉぉぉぉっ!〉
〈帰れ〉
「《………………》」
ジュンイチに即答され、気まずい沈黙が落ちた。
〈お、お前、いきなりそんな――〉
〈帰れ〉
〈キミもせっかちだね。
もう少し話の流れというものを――〉
〈帰れ〉
〈いや、だから……〉
〈帰れ〉
〈ボク達の話を……〉
〈帰れ〉
〈こら、お前……〉
〈帰れ〉
なんとか話をつなげようとするカミュとギネスに対して淡々と言い放つジュンイチ。両者の会話は平行線をたどり――レスターは気づいた。
「ちょっと待て……仲間だと?」
〈そう、お仲間♪〉
レスターに答えて通信に割り込んできたのは、牛乳瓶底メガネをかけ、ハチマキを締めた子供だった。
〈ちなみにオイラの名前はベルモット・マティン。
チャームポイントは、ハチマキ♪〉
さらに、次は顔から胸まで、一文字に傷跡が走る赤毛の男が現れた。
〈……レッド・アイだ。
要求を拒めば、貴様らに待つものは永遠の静寂のみ……〉
最後に現れたのは紫の髪の男。
〈そういうことだ。
卑小な存在のクセに、ボクのような高貴な者の手をわずらわせないで欲しいね。
このリセルヴァ・キアンティは選ばれし者。お嬢様達のおままごとにつきあっているヒマはないんだ〉
「……また、やっかいそうな連中ばかりだな」
それが、一通りの自己紹介を聞いたレスターの感想だった。
と――ジュンイチが口を開いた。
〈タクト……ちょっといいか?〉
「何だい?」
聞き返すタクトに、ジュンイチは告げた。
〈帰ってくれないみたいだからさっさと蹴散らしたいんだが、出撃許可はまだ出ないのか?〉
「あのヘル・ハウンズはオレがやる!
みんなは他の無人艦を頼む!」
ミルフィーユ達にそう言って、ジュンイチがゴッドブレイカーで先陣を切る。
「何よ、オイシイところをかっさらうつもり?」
「ストレスの元凶を排除したいだけだよ」
蘭花に答え、ジュンイチは一気にゴッドブレイカーを加速させる。
そんなジュンイチに襲いかかってきたのはギネス機だった。加速に任せた突進で間合いを詰め、至近距離からミサイルを放つ。
が――先日の戦いで、ジュンイチは彼らの機体の武装、そして彼らの機体にできること、できないことをあらかた把握していた。ギネスの性格を考えればミサイルの零距離発射など容易に想像がつく。
当然、あっさりとミサイルをさばくと逆に腕のドラゴンクローでその翼に一撃を見舞う。
しかも、ジュンイチはその打撃の衝撃すらも計算の内に入れていた。弾き飛ばされたギネス機はジュンイチの後方へと弾き飛ばされ、ジュンイチの背後を狙っていたカミュ機をかすめる。
そして、ジュンイチはゴッドウィングを展開、周囲の空間に無数のエネルギー光球を生み出し、
「百火――爆砕!
ビッグバン、デストロイヤー!」
放たれたエネルギー光球が、ヘル・ハウンズの残り3人へと降り注ぐ!
「はんっ! ざっとこんなもんだ!」
巻き起こる大爆発を前に、ジュンイチが勝ち誇って言い――
「――――――っ!」
瞬時にその表情に驚愕が走った。知覚するよりも直感に突き動かされて身をひねり――爆発の中から飛び出してきたビームがゴッドブレイカーの右肩をかすめる!
なんとか直撃はまぬがれたが――姿勢の崩れてしまった今のジュンイチはヘル・ハウンズの格好の的だった。レッド機から放たれたミサイルの雨がゴッドブレイカーへと迫る。
しかし――ミサイルがゴッドブレイカーをとらえることはなかった。突如飛来した多数のビームが、ミサイルをまとめて撃ち落したからだ。
「――フライヤー!?」
そのビームの主に気づき、ジュンイチが声を上げると、
「まったく、大きな口を叩いておいて、情けないですわね」
飛来したトリックマスターのコックピットで、ミントが笑顔でジュンイチに告げる。
「これで、貸しがひとつ増えましたわね」
「そっちこそ、言ってくれるじゃねぇか」
ミントの言葉に答え、ジュンイチは改めてフォーメーションを組み直すヘル・ハウンズの面々へと向き直り、
「そんじゃ……一気に片付けてやるとしましょうか!」
「了解ですわ♪」
「ゴッドブレイカー!」
「トリックマスター!」
『爆裂武装!』
ジュンイチとミントの叫びが響き――二人の機体が合体モードへと移行する。
そして、バーニアを吹かしてゴッドブレイカーが加速、さらにトリックマスターがその後を追う。
と、トリックマスターから長距離レーダーユニットが分離、続いて左右の推進ユニットが分離し、それぞれのパーツの間にゴッドブレイカーが飛び込む。
ゴッドブレイカーが滞空するパーツの中心に到達すると、背部スラスターが倒れてトリックマスターのボディがそれをカバーするように合体、さらに両肩アーマーを装飾している爪がアーマー内に収納、代わりにトリックマスターの推進ユニットが合体する。
最後に、ゴッドブレイカーの右肩にレーダーユニットが合体してECMユニットが後方に折りたたまれ、両機のシステムがリンクする!
『ゴッドブレイカー、トリックマスターモード!』
「合体した……!?
ややこしいことをやったって!」
合体を遂げたゴッドブレイカーとトリックマスターを見て、リセルヴァは咆哮と共に自機を突っ込ませる。
そして、ばらまくようにミサイルを放つとそれを巧みに遠隔操作。全方位からゴッドブレイカーに襲いかかり――
「ムダですわ♪」
ミントが言い――そのミサイルのすべてが薙ぎ払われる!
そして、ゴッドブレイカーの周囲にそれは滞空した。
炎に包まれた、輝くエネルギー体の鳳凰、そして――逆に炎の如くゆらめく漆黒のエネルギーで形成された飛竜である。
ジュンイチによって再構成されたフライヤー、“フレア”と“シャドウ”である。
「その力……見せてもらう……!」
それに対し、レッドが再びミサイルを放ち――
「ムダですわ!」
「いけぇっ! フレア、シャドウ!」
ミントとジュンイチが叫び、弾かれるように加速した2体の獣がミサイルを蹴散らす!
「さぁ……遊びは終わりだ!
決めるぜ、ミント!」
「はい!」
「フレア! シャドウ!」
ミントの呼び声に従い、フレアとシャドウはゴッドブレイカーの元へと飛来する。
「フレア、シャドウ――エネルギー開放!
エナジー、バースト!」
ジュンイチが号令を下し――2体は内部に蓄積されたエネルギーを開放、その身体を形作っているエネルギーが勢いを増す。
そして、ジュンイチはヘル・ハウンズに向けて右手を掲げ、
「炎滅――」
「――影砕!」
『ヴァニシング、フライヤー!』
その右手を振り下ろすと同時、フレアとシャドウはヘル・ハウンズへと襲いかかり、その周囲を旋回。その軌跡に残されたエネルギーが渦を巻き起こし、ヘル・ハウンズを完全に閉じ込める。
『――フィニッシュ!』
そして、二人の号令と同時、2体はヘル・ハウンズへと突っ込み――
――ドガオォォォォォンッ!
2体の激突によって大爆発が巻き起こり、エネルギーの渦にも引火、内部のヘル・ハウンズを吹き飛ばす!
「やったぁっ!」
今度こそ逃げられる攻撃ではない――そう確信してガッツポーズをとるブイリュウだったが、
「……いいえ、逃げられましたわ」
ミントはそんなブイリュウに答える。
「通常空間からは逃げられないと判断して、クロノ・ドライヴで転送脱出したようですわ。
ずいぶんと思い切ったことを……敵ながら、なかなかやりますわね……」
「……だな。
ともかく、一番の厄介どころが片付いたんだ。後は大掃除でもやろうかね」
つぶやくミントに答え、ジュンイチは未だ戦闘の続く宙域へとゴッドブレイカーを向かわせた。
「あー、終わった終わった。
ようやく一息つけるぜ」
「ホント、あのヘル・ハウンズってヤツら、手ごわい敵になりそうだな」
戦闘も終わり、ティーラウンジへと続く廊下を、ジュンイチとタクトが口々に言いながら歩いていた。
「それに、これから敵の追撃も厳しくなってくるだろうしな……」
「ま、いずれはぶつからなきゃいけない相手だ。
この状況で相手をするのは正直厳しいけど……これ以上厄介にならないうちに叩いておきたいっつーのがオレの本音かな」
つぶやくタクトにジュンイチが言い、二人はティーラウンジへと入り――
「あら、タクトさん。それにジュンイチさんも」
そんな二人に気づき、声をかけてきたのはミントだった。
見ると、手元にウィンドウを展開し、何やら表示している。
「ミント……?
珍しいね、こんなところでモニターを見てるなんて」
「えぇ、ローム星系のお勉強をしておりましたの」
尋ねるタクトにミントが答え――ジュンイチの顔が引きつった。
「てめぇ……今のうちにファーストフード巡りのスケジュール綿密に立てておくつもりか」
「あら、おごってくださるというのはウソですの?」
「いや、ウソじゃないが……」
ミントに切り返されてジュンイチはうめくが――事情を知らないタクトはなんのことかわからない。
「どういうこと?」
「いろいろ、借りを作っちまってな……」
ため息をつき、ジュンイチがタクトに答えると、
「おやまぁ、ジュンイチとミントとは、また珍しい取り合わせだね」
フォルテが言い、他のエンジェル隊の面々と共にやってきた。
「あれ、これってローム星系のファーストフード情報じゃない?」
「えぇ。
ローム星系についてから、ジュンイチさんにおごっていただくことになりまして」
ミントの手元のモニターを見て、尋ねるミルフィーユにミントが答え――瞳を輝かせたのは蘭花である。
「何ナニ? ひょっとしてデートの打ち合わせ?」
「おやおや、二人ともいつの間にそんな仲に……」
「ちげーよ。
ミントに作っちまった借りを返す。ただそんだけだ」
蘭花とフォルテの言葉に、ジュンイチがため息をついて答え――ふと気づいて提案した。
「何ならお前らも来るか?
おごってやるのはミントだけだが、な」
「え? いいの?
せっかくのデートでしょ?」
「違うっつーの」
蘭花の言葉に答え、ジュンイチはなんとなくイヤな予感がしてため息をつき――
――そのジュンイチの予感は的中し、しばらくの間『ミントとの交際疑惑』によってクルーからからかわれるハメとなるのだが、それはまた別の話である。
(初版:2006/06/11)