第6話
「信頼の砲火」
「よ、タクト」
その日、ジュンイチはいつものようにエルシオールのブリッジを訪れていた。
目的はもちろん、現状の確認である。
「何か状況の変化は?」
「ないよ。
まったくもって平和なものさ」
「そうか……」
タクトの答えに、ジュンイチはブリッジから外に広がる宇宙空間へと視線を向け、
「このまま、何事もなくローム星系に着ければいいんだけど……」
「そうだな……
この辺りまで来れば、もう第3方面軍の勢力圏のはずだ。
ローム星系まで、あと少しといったところだな」
ジュンイチの言葉にレスターが答えると、
「そうですよねぇ……」
そんな彼らの眼下で、アルモが声を上げた。
「ジュンイチさんなんか、早く着きたくてウズウズしてるでしょ?」
「は? 何でオレが?」
「だって……」
ジュンイチの問いに、アルモは笑って答えた。
「向こうに着いたら、ミントさんとデートなんでしょ?」
「えーい、違うとゆーとろうに」
未だに『ジュンイチとミントの交際疑惑』を引きずるアルモの言葉に、ジュンイチが額を押さえてうめき――
「おや、何が違うって?」
言って現れたのは珍しい顔――フォルテだった。
「フォルテさん……?
珍しいね、どうしたんだよ?」
「いや、何かいいニュースが届いてないか、ってね。
いつもはお前さんから聞いてたから、たまにはと思って来たんだけど……どうやら、またお前さんに先を越されたみたいだね」
尋ねるジュンイチに、フォルテは笑ってそう答える。
「で、何かあったかい?」
「残念。やっぱり何もなし」
フォルテの問いにタクトが答えた、ちょうどその時だった。突然アルモが声を上げた。
「マイヤーズ司令、通信をキャッチしました。
この暗号パターンは、皇国軍のものです」
「ホント!?」
「うん。
暗号を解読……っと、読み上げます」
ブイリュウに答え、アルモは暗号を解読するとタクト達にも聞こえるように読み上げた。
「『当方、第3方面軍ギムソン星系駐留艦隊。
付近を航行中のエルシオールに告ぐ。この通信をキャッチしたら、当方と合流し、ローム星系までご一緒されたし。
ポイントYJn674にて待つ』だそうです」
ブリッジに安堵の声がわき上がった。
「第3方面軍だって!? まさにウワサをすればなんとやらじゃねぇか!」
「ということは、エルシオールを迎えに来てくれたんですね!」
「これで味方と合流できますね!」
ジュンイチの言葉に、アルモとココが安堵の声を上げる。
しかし――
「だがおかしいぞ。
なぜこのエリアの皇国軍がオレ達のことを知ってる? 隠密行動をとっているはずのオレ達を――」
「ワナの可能性がある……ってことかい?」
そんな彼らに反して疑問の声を上げるレスターにフォルテが尋ねると、
「ンな可能性があることぐらいわかってるよ」
あっさりとそう答えるのはジュンイチである。
「けどな――ワナっていうのは、相手が気づいていないからこそ効果を発揮するものだ。たとえワナを張っていても、それを想定されていたら意味がないからね。
つまり、ワナだとしてもオレやレスターが気づいた時点で、それはワナとして成立し得ない」
そう告げるジュンイチの言葉にうなずき、タクトは指示を出した。
「ジュンイチの言う通りだ。
ワナだったら、その時はその時さ。
ポイントYJn674に、クロノ・ドライヴだ」
「なら、オレ達はこのことをみんなに伝えてくるとしようかね」
ジュンイチがフォルテに言うと、アルモがそんな彼に声をかけた。
「あ、ジュンイチくん。
みんなのところに行くのなら、オバケのウワサが本当かどうかも確かめてきてくれない?」
「オバケ……?」
そう聞き返すジュンイチの顔は引きつっていた。が、そのことに気づかずココが口を開いた。
「それ、私も聞いたことがあります。
夜になると、この艦内で巨大な大福モチみたいなオバケが出没するんだそうです」
「……マヂですか?」
「マヂなんです」
思わず敬語で尋ねるジュンイチに、アルモは答え――そこでようやく、ジュンイチの顔の引きつりに気づいた。
「……もしかして、オバケとか苦手?」
「や、やかましいわいっ!」
アルモに言い返し、ジュンイチはこれ以上からかわれてはたまらないと急いでブリッジを後にした。
「ったく、アルモのヤツ……どうしてくれようか……」
廊下を歩きながら、ジュンイチはブツクサとうめく。
「まぁまぁ、アルモも悪気はないんだし」
「そりゃわかってるよ、オレだって。
ってーかいつからついてきたんだよそっちは」
肩をポンと叩いて言うタクトにツッコミを入れ――ジュンイチの鼻が何やらおかしなにおいをとらえた。
「何だ? この異様なにおいは……?」
「におい……?」
「ここが出所だ」
言って、ジュンイチがやってきたのは倉庫だった。
「何があるんだろ……?」
「さぁな。
けど、何かのトラブルが原因だとしたらマズいぜ。確かめておこう」
タクトに答え、ジュンイチがドアを開けると――
「あら、タクトじゃない。それにジュンイチも」
そこにいたのは蘭花だった。
「蘭花……?」
意外な人物の登場に眉をひそめ――ジュンイチは彼女の手の中の物体に気づいた。指さして尋ねる。
「何だ? その出来損ないの靴のような物体は」
「失礼ね。
この靴のリフォームできないか挑戦してたのよ」
「においの元はそのための薬品か……」
ジュンイチの問いに答える蘭花のとなりで、タクトは彼女の広げていた荷物の中から薬品のビンを取り出して納得する。
「まぁ、確かにこんな薬品のにおいが巻き起こるんじゃ自分の部屋じゃできないけど……
それにしても、何でまた急にこんなことしようって思ったんだい?」
「ふふ〜ん、コレよ!」
タクトに答え、蘭花が見せたのは一枚の映像メディアディスクだった。
「……『君の名はシンデレラ』?」
「そう!
さまざまな苦難を乗り越えた末、ようやく愛するヒロインが、人々の祝福の中で踊るラストシーン……」
「よーするに恋愛ものね。
で、そのラストシーンでヒロインがはいてた靴をリフォームによって作りたい、と、そーゆーワケだな」
タイトルを読み上げたタクトに説明を始めた蘭花の姿に、話が長くなることを恐れたジュンイチはあっさりと話をまとめ上げた。
「なるほどね。
やっぱり女の子は、そんなヒロインにあこがれるものなんだな」
「普通の女の子だったら、みんなそう思ってるわよ。
誰だって一度くらい、ドラマのヒロインになってみたいじゃない」
「まー、その気持ちはわからんでもないな」
タクトに答える蘭花に、ジュンイチが言う。
「コスプレも、その根本は物語の中のヒーローとかヒロインへの憧れだ。
あーゆーふうになりたい、あんな体験をしてみたい……そんな思いを表現する手段、それがコスプレだ」
「へぇ……ジュンイチもそういう憧れってあるんだ」
「まぁ……少しはな。
けどさ……」
尋ねるタクトに、ジュンイチは苦笑してみせ、
「よくよく考えてみると、オレ達って最初からヒーローであり、ヒロインなのかもしれないな」
「どういうことよ?」
「オレ達は、とっくに物語を描いてるってことさ」
聞き返す蘭花に、ジュンイチはそう答えた。
「自分の人生を物語りにたとえてみろ。その時点で、オレ達はヒーロー、ないしはヒロインだ。
その物語を面白くするのもつまらなくするのも、最高のパートナーを得られるか得られないかも、全部主人公である自分次第――他人の物語に憧れるのも悪くないが、こっちもなかなかに面白いとは思わないか?」
「へぇ……面白い見方だね」
「そう? あたしは同感よ」
つぶやくタクトの言葉に蘭花が言うが、ジュンイチはため息まじりに続けた。
「ただ――厄介なことがひとつある。
神様のシナリオってのはよくできてる上にずいぶんと狡猾でね、もうそれこそどうしようもないような、どう見ても結末だ、っていうような局面になっても、そこから第2部が始まったりどんでん返しがあったりでけっこうしぶといんだよ」
そこまで言って、ふと自分の境遇がそんな感じだと思い、ジュンイチは思わず苦笑する。
「つまり――逆に考えると、どれだけ苦しくても、自分がその物語の主役から降りることはできないってことさ。
たとえ何があっても、自分で物語の幕を下ろすことはできないんだ」
「なるほど……確かにそうだね」
「ま、あたしに限っては心配ないわよ」
ジュンイチに同意するタクトに言い、蘭花は胸を張って言った。
「なんたって、あたしは最初から最高のヒロインなんだから!
……ってジュンイチ、なんで視線をそらすのよ!」
その問いに、ジュンイチは答えた。
「いや、お前ってヒロインって言うよりはヒーロー……」
数秒後、格納庫に血の池が出来上がった。
「ったく、あの暴力女が……!」
「いや、アレはさすがにジュンイチが悪いと思うな、オレも……」
額の包帯をさすりながらうめくジュンイチに、となりを歩くタクトは苦笑して答える。
と――
「おや……?
どうした、柾木。その包帯は」
そんな彼に気づき、声をかけてきたのは侍女を連れたシヴァだった。
「シヴァ皇子?
どうしたんですか?」
「うむ、少し退屈でな、気晴らしの散歩でもと思ってな」
尋ねるタクトに答え、シヴァは改めてジュンイチに尋ねた。
「それで……柾木、その頭はどうした?
確か先の戦闘ではケガはなかったと聞くが」
「自爆の結果です。気にしないように」
「………………?」
答えるジュンイチだが、当然ながらシヴァは首をかしげるばかり。
これ以上追求されてはたまらないと、ジュンイチは話題を変えることにした。
「けど、この間も散歩してたけど、皇子ってひょっとして……ヒマなんですか?」
「あぁ」
ムキになるかと思いきや、意外にあっさりとうなずかれた。
「私には、特に艦内でやることがあるワケでもないからな。退屈で困る」
「そうなんスか……」
シヴァの言葉につぶやき――ジュンイチはピンと閃いた。
「ほう……戦略シミュレーションか」
「たかがゲームと侮るなかれ。いろいろと細工して、NPCの思考ルーチンはかなり高度なレベルにしてあります。
こいつらNPCを指揮する、指揮官用のシミュレーション訓練システムなんスよ」
そう言って、ジュンイチとシヴァはシミュレーションルームでシミュレータの中に納まっていた。
傍らでは二人の対戦をぜひ見ようと、タクトと侍女が――そしてどこからこの話を聞きつけたのか、エンジェル隊の面々がそろって観戦に訪れていた。
現在のところ、戦況は五分五分。両者とも譲らない状況である。
が――果たしてこの場に何人いただろうか。
この時点で、すでに勝敗は決していたことに。
決着は意外なほどあっさりと訪れた。
全体に低ランクのNPCを広く配置したジュンイチに対し、シヴァは一気に決着をつけようと一点集中で駒を前進。
だが――ジュンイチはそれに対して両翼に配置した中位NPCでシヴァ側の大将ユニットを狙い、シヴァもそれに対抗して前進させていた駒を戻し、左右からの敵に対応させる。
しかし、それこそがジュンイチの狙いだった。なんと、普段ならここぞという時の切り札として使う副将ユニット、そしてさらには自身までも動員して手薄となった中央を突破、逆に一気にシヴァを追い詰め、決着に持ち込んだのだ。
「思い切った手だな……
大将を危険にさらして、一歩間違えば負けていたぞ」
ジュンイチの綱渡りとも言えるような戦術に、シヴァが苦笑して言うが、
「けど、一歩間違えば負けるほどの手だから、そう来るとは読めなかった。違いますか?」
「あ………………」
ジュンイチの言葉に、シヴァは思わず声を上げていた。
「兵法とはそういうものです。
相手が使ってこないであろうと思うような手を使う、または使ってこないと思わせる――“虚”と“実”を使い分けることが兵法の極意です。
実際の戦術で言うなら、正面攻撃に見せかけた陽動攻撃、逆に陽動作戦に見せかけた正面攻撃、といったところですかね」
「なるほど……」
ジュンイチの言葉にシヴァが納得すると、
〈まもなく、本艦は通常空間にドライヴ・アウトします。
マイヤーズ司令は至急ブリッジへお戻りください〉
そこへ、アルモの艦内放送がかかった。
「なんだ、もうそんな時間か。
じゃあ、オレはブリッジに戻るよ」
「おう」
言って、一足先に退室するタクトをジュンイチは見送り――そして自分も立ち上がった。
「じゃ、オレ達も行こうか。
格納庫で待機しておこうぜ」
「え? 私達もですか?」
ジュンイチの言葉に、ミルフィーユは思わず疑問の声を上げる。
「なぜだ?
もう味方と合流できるのだろう?」
「まだそうと決まったワケじゃないっスからね」
シヴァに答え、ジュンイチは面倒くさそうに頭をかいて言った。
「確かに、合流できる可能性の方が高いけど……ワナの可能性が払拭されたワケじゃない。
物事に100%なんてありえないんだ。危険の可能性があるなら、完全にそれが過ぎ去るまでは備えておかないと、ね」
「エルシオール、ドライヴ・アウトします」
アルモの言葉と同時、エルシオールはクロノ・スペースを抜け、通常空間へと復帰した。
「通常空間に出ました。
予定通り、前方の小惑星帯に進路を取ります」
「あぁ。あと、速度を130にまで落としてくれ」
レスターがアルモに指示を出すのを、タクトは艦長席で聞いていたが――その表情は重い。
「どうしたの? タクトさん。
なんか表情暗いけど」
「いや……」
それに気づいたブイリュウの問いに、タクトが答えようとすると、そこへ格納庫にいるジュンイチから通信が入った。
〈あー、タクト、ちょっといいか?〉
「ジュンイチ……?
どうしたんだ?」
〈一応、ミントに哨戒に出てもらおうと思うんだ。
ミントと、それから護衛にオレとフォルテさん、3人に発進許可をもらえないかな?〉
「3人?」
〈ミントと二人きりだとまた変に勘ぐるヤツがいるからな〉
聞き返すタクトにジュンイチが答え――『変に勘ぐるヤツ』が視線をそらす。
〈それに、万一敵と遭遇した場合を考えたらオレだけじゃ手数が足りん。大火力で広範囲に攻撃できるフォルテさんがいてくれると助かる〉
「そうか……
わかった。発進してくれ」
「……さて、鬼が出るか、蛇が出るか……」
つぶやき、ジュンイチはゴッドドラゴンで小惑星帯の中を進んでいく。
「こんな場所は敵が隠れるのにうってつけだからね……念入りに調べておかないと」
言って、フォルテもレーダー画面とにらめっこしながら慎重にハッピートリガーを駆る。
「ミント、トリックマスターのレーダーに反応は?」
「今のところは……」
尋ねるジュンイチにミントが答え――突然、彼女の見ていたレーダー画面が乱れ始めた。
「これは――妨害電波!?
ジュンイチさん!」
「あぁ!」
声を上げるミントに、ジュンイチが答える。
そして――ゴッドドラゴンに装備された精霊力による探査レーダーにそれは出現した。
エオニア軍の反応である。
「敵だって!?」
〈あぁ!〉
報告を受け、声を上げるタクトにジュンイチがうなずく。
「ワナだったのか!?」
〈いや、違う。
こいつを見ろ〉
レスターに答え、ジュンイチはある映像を見せた。
宇宙空間を漂う、真新しい戦艦の残骸――
〈どうやら、あちらさんが見つかっちまったらしい。
で、敵さんはそのままここに網を張ってた……そんなとこだろうね〉
「最悪の展開だな……!
3人とも、とにかく戻ってくれ!
残りのエンジェル隊も発進! 戦闘態勢だ!」
ジュンイチの言葉に、タクトが指示を飛ばすが――その言葉にジュンイチは苦笑まじりで答えた。
〈あー、そうしたいのは、やまやまなんだけどな……〉
「敵さん、今までのヤツよりも速いんだ。たぶん新型の高速艦だな。
このままじゃ、エルシオールに戻っても体勢立て直すヒマがない、ヘタすりゃオレ達よりも先に敵艦がそっちに行っちまう。
だから――このままここでやり合うしかない!」
〈ジュンイチ!?〉
驚いて声を上げるタクトだが、ジュンイチはかまわずゴッドブレイカーへと合身する。
「心配すんな!
向こうの出鼻だけくじいて、すぐに戻る! エルシオールはそのまま離脱準備に入ってろ!」
そして、ジュンイチは通信を切り、
「ミント、フォルテさん、聞いての通りだ。
一気に敵さんの足を止めるぜ!」
「はい!」
「任せな!」
ジュンイチの言葉にミントとフォルテが答え、3人は敵の無人艦隊と交戦に入る。
「これでもくらいな!
クラッシャー、ナックル!」
咆哮し、ジュンイチがクラッシャーナックルを放ち――敵の高速艦がそれを回避する!
「なんだと!?」
予想以上の敵のスピードに、ジュンイチが驚き――とっさに展開したゴッドプロテクトで高速艦のビームを跳ね返す。
射出した右腕を回収し、反撃とばかりにゴッドキャノンを撃つがやはりこれもかわされてしまう。
「くそっ、なんてスピードだ!
距離をとっての単発じゃ当てられない!」
再び放たれた敵の一斉砲撃をゴッドプロテクトで防ぎ、ジュンイチがうめくと、
「ジュンイチ!」
そんなジュンイチの元に、フォルテのハッピートリガーが飛来した。
「ジュンイチ、こいつら!」
「あぁ! 一筋縄じゃいかないな……
こうなりゃ、ミントと合体して――!」
そう言いかけ――ジュンイチはすぐに思い直した。
「いや――フォルテさん、合体だ!」
「あたしとかい!?」
「あぁ! ミントを呼ぶよりそっちの方が断然速い!
ぶっつけ本番だけど……やれるな!」
「あぁ! 任せときな!」
「ゴッドブレイカー!」
「ハッピートリガー!」
『爆裂武装!』
ジュンイチとフォルテの叫びが響き――二人の機体が合体モードへと移行する。
そして、バーニアを吹かしてゴッドブレイカーが加速、さらにハッピートリガーがその後を追う。
と、ハッピートリガーから各武装が分離、続いて左右の推進ユニットが分離し、それぞれのパーツの間にゴッドブレイカーが飛び込む。
ゴッドブレイカーが滞空するパーツの中心に到達すると、背部スラスターが倒れてハッピートリガーのボディがそれをカバーするように合体、さらに両肩アーマーを装飾している爪がアーマー内に収納、代わりにハッピートリガーの推進ユニットが合体する。
続けて、両肩に長距離レールガンが、両腕に中距離レーザーポッドが、両足にミサイルポッドが合体。最後に中距離レーザー砲を携行火器としてつかみ、両機のシステムがリンクする!
『ゴッドブレイカー、ハッピートリガーモード!』
「さぁ、景気よくいこうか!」
「おぅよ!
トリガーは任せるぜ、フォルテさん!」
咆哮するフォルテに答え、ジュンイチはゴッドブレイカーを加速。一気に敵を全武装の射程圏内へと導く。
それと同時、フォルテがトリガーを引き、ゴッドブレイカーは全身の火器を斉射した。
両肩のレールガンが、両腕のレーザーが、両足のミサイルが、さらにゴッドブレイカー自身の火器が一斉に敵艦隊に襲いかかり、次々に命中していく。
もはや照準すら必要ない、文字通りの『弾丸の壁』を前に、敵艦隊は回避もできずに次々に被弾していく。
「よっしゃ、もう一押しいくよ、ジュンイチ!」
「合点承知!」
「いくぜ!
ゴッドブレイカー、全武装開放!」
ジュンイチが叫び、ゴッドブレイカーが全身の火器を前方に向け、さらにウィングキャノン、ゴッドキャノンをかまえ、ゴッドブラストもチャージ体勢に入る。
と、ゴッドブレイカーの右目に照準デバイスがセットされ、それを頼りにジュンイチは前方に展開する無人艦隊、そのすべてに照準を合わせていく。
そして――
「万火――!」
「――爆滅!」
『ストライク、デストロイヤー!』
ジュンイチとフォルテ、二人の叫びが重なり――ゴッドブレイカーが発光した。
――いや、違う。同時に火を吹いた全身の火器によって、ゴッドブレイカーが発光したように見えたのだ。
そしてそれは、すべてが狙い違わず敵艦に命中。宇宙に無数の火球を作り出した。
「今のうちだ! エルシオールに戻るぜ!」
敵の先陣を粉砕し、ジュンイチはフォルテと分離、ミントと共に急ぎエルシオールへと帰艦する。
まだなんとか航行が可能な無人艦がそれを追うものの、殿を務めるジュンイチのゴッドキャノンによって次々にトドメを刺されていく。
そして、ハッピートリガーとトリックマスターの着艦を確認し、ジュンイチはアームへの固定も待たずに格納庫に飛び込むとブリッジへと通信をつなぎ、
「タクト! 離脱だ!」
〈あぁ!〉
ジュンイチの言葉にタクトが答え――エルシオールはすぐさまクロノ・ドライヴを決行。その宙域から離脱した。
「3人とも、お疲れ様」
改めてメンテナンスベッドにゴッドドラゴンを収め、格納庫に降り立ったジュンイチ、そしてそれをゴッドドラゴンの足元で待っていたフォルテとミントにタクトが声をかけてきた。
「エルシオールに被害は?」
「何発か流れ弾をもらったけど、大した被害は出てないよ」
尋ねるフォルテに答え、タクトはため息をつき、
「けど、問題はこれからだ……
合流するはずの味方は、エオニア軍にやられてしまったし……」
「そうだね……」
タクトの言葉に、フォルテも思わず考え込み――
「…………あら?」
突然ミントが声を上げた。
「……ジュンイチさん……?」
その声にタクト達がジュンイチの方へと視線を向けるが、そこにジュンイチの姿はなかった。
床に、数滴の血の跡だけを残して――
「……くそっ……!」
小声で毒づきながら、ジュンイチは居住区のすみで廊下に座り込んでいた。
左手で右腕を押さえ――そこからの出血が足元に血だまりを作っている。さっきの戦闘で被弾したゴッドブレイカーのダメージがフィードバックしていたのだ。
「アイツら……今までのヤツよりスピードも火力もパワーアップしてやがった……!
けど、それよりも……」
つぶやき、敵艦の動きを思い返す。
(あの動き……どうも統率が取れすぎていたような……
こないだのレゾムとか言うヤツや、ルルじゃあそこまでの用兵はとてもじゃないがムリだ。
ヘル・ハウンズなんて論外だし、とすると……)
胸中でつぶやき、以前タクトから見せてもらった、ルフト譲りのエオニア軍の主要人物データを思い返してみる。
あれほどの用兵の能力を持つ人間――すぐに思い当たった。
「……シェリー・ブリストルか……!」
もしそうだとすればかなりの強敵だ。何かしら手を打っておく必要がある。
タクトにばかり負担はかけられない。自分にできること、自分にしかできないことがある以上、自分が動かなければ――
決意を固め、ジュンイチは立ち上がり、足元の血だまりを再構成の応用で分解する。
腕の傷は、すでにふさがっていた。
「……ここまでは、予定通りね……」
自艦であるステノ級高速艦“バージン・オーク”のブリッジで、シェリー・ブリストルはつぶやいた。
ギムソン星系駐留艦隊の動きから何者かと合流しようとしていることに気づき、網を張っていたが、そこに現れたのがまさにエルシオールだとは……
ともあれ、出会った以上逃がすつもりはない。攻撃をかけ、離脱させ――後は予想される離脱進路上に配置しておいたルルやレゾム、ヘル・ハウンズ隊に任せておけばいいだろう。
簡単な任務だ。タクト・マイヤーズと『協力者』――この程度の者だったとは。
ともあれ、自分は職務を果たすのみだ。シェリーは次の行動に備え、指示を下すとブリッジを後にした。
「味方と合流できなかったそうだな」
「はい」
尋ねるシヴァに、タクトはそう答える。
神殿の前を通りかかった際に侍女に呼ばれ、謁見して最初の会話がそれだった。
「今移動中のようだが、その先に味方は待っているのか?」
「お答えできません」
シヴァの問いに、タクトは即答した。
「答えよ! これは命令だ!」
「いかにご命令であろうと、明確な解答がない以上、オレから申し上げられることはありません」
語調を強めるシヴァにも、タクトは臆することなくそう答えた。
「指揮官たる者が明確な解答なしに物事に答えれば、それは余計な混乱を招きます。
それ故に、私から今答えられる解答は存在しないのです」
「……そうか。先のことは何もわからないというワケか……
それはつまり、好ましくない事態を予測しているということと同義だな?」
「……はい」
尋ねるシヴァに、タクトはうなずくが、
「それでも……」
そう言うと、シヴァは微笑を浮かべ、タクトに言った。
「それでも、私はそなたやジュンイチが、何とかしてくれると信じているぞ」
「……ん、んー……っ!」
資料の山から顔を出し、ジュンイチは大きく伸びをした。
元々がロストテクノロジーの研究施設である“白き月”の所属だった艦である。そのテの学術資料も艦内には多数置かれていた。その資料の山と延々とにらめっこを続けていたのだ。
このまま地理を把握しないまま出たとこ勝負でぶつかっていくだけでは、所詮自分は局地戦にしか対応できない男になってしまう――今後のことも含め、とっさの時に対応するための知識は片っ端から頭の中に叩き込んでおく必要があった。
かなり身体がこってきたが、おかげでこの周辺宙域のことが頭に入った。少しは敵の攻撃に対策が立てられるだろう。
「さて、後は知恵を絞るだけ、と……
その前に何か飲むか」
つぶやき、ジュンイチがエレベータホールの自販機コーナーに向かおうと廊下に出て――
――ピョコピョコ……
何やら妙な音が聞こえてきた。
この音のリズムは――足音?
「……ブイリュウ?」
一瞬、相棒の姿が脳裏をよぎるが、裸足とはいえ足にも爪を持つブイリュウの足音はもっと金属的なものだ。第一ブイリュウは大抵飛んで移動する。この足音は彼ではない。
「まさか……ウワサの大福オバケか?」
『オバケ』と認識した瞬間、本能的に怯えが走るが――実際に出てきたのなら瘴魔と何ら変わらない。ジュンイチは意を決してその足音の正体を確かめることにした。
足音を追って、艦の奥へと進んでいく。
そして、人気がないのを確かめ――“紅夜叉丸”を握り締めて飛び出す!
「誰だ!」
“紅夜叉丸”を構えて叫ぶ。が――
「きゃあっ!?」
聞こえた悲鳴は、よく知った人物のものだった。
が――ジュンイチの視線を釘付けにしたのはその声ではなく――その姿だった。
ハムスターである。それも巨大な。
そのことを脳が認識し、とたんにジュンイチが――壊れた。
「のぉぉぉぉぉっ! かわいすぎるぜこんちくしょぉぉぉぉぉっ!」
満面の笑みを浮かべ、巨大ハムスターに抱きつき、頬ずりする。
態度に似合わずカワイイ物好きなところがあるジュンイチにとって、この巨大ハムスターはまさにストライクゾーンだったようだ。
だが――その直後、ハムスターが再び声を発した。
「じ、ジュンイチ、さん……?」
その声に、ジュンイチは抱きついた姿勢のまま固まり――その名をつぶやいた。
「……ミント……?」
そこには、ハムスターの着ぐるみの中に収まっているミントの姿があった。
「ったく、何かと思えば着ぐるみよ……」
相手がミントと知り、ジュンイチはため息まじりにミントを放した。
「……お、お恥ずかしいところを見られてしまいましたわね……」
「まぁ、そいつぁお互い様って気もするが……」
真っ赤に赤面してつぶやくミントに答え――ジュンイチはため息混じりにつぶやいた。
「例のオバケの正体はコイツか……
『幽霊の正体見たり枯れ尾花』か……」
「オバケ……?」
「艦内でウワサになってんだよ。
『大福モチのオバケが出る』ってな」
「まぁ、大福モチだなんて。
こんなにカワイイのに」
「こんな丸かったら見間違えられても文句は言えんぞ」
ウワサのことを知り憤慨するミントに、ジュンイチは完全にあきれ返ってそう答える。
「それはいいが、なぜに今着ぐるみよ?」
その問いに、ミントはまともにうろたえて見せた。
「そ、それは、その……」
いつものちゃっかり者なミントとはかけ離れた顔だ。これはこれでカワイイものがある。惜しむらくは相手がジュンイチではミントよりもむしろハムスターの方に萌えられてしまうということか。
それはともかく、ミントはジュンイチに答えた。
「……じ、実は、ジュンイチさんを元気づけて差し上げようと思いまして。
少しでも気晴らしになれば、と……」
「オレを?」
「はい……
先の戦闘で、ケガをなさっていたようなので……」
その言葉に、ジュンイチは思わず眉をひそめた。気づかれないように立ち去ったつもりだったが――バレないためには仕方なかったとはいえ、やはり血痕を残して去ったのはうかつだったか――
「それで……ケガの具合は?」
「ん?
あぁ、あの程度なら心配ない。オレぁちょっと特別でな、傷の治りが早いんだ」
言って、ジュンイチはケガをしていた右腕をまくってみせる。
「もう傷跡もないんですか?
ブレイカーってすごいんですのね……」
「いや……
こいつぁブレイカーの“力”じゃねぇよ」
「え…………?」
その言葉にミントが疑問の声を上げるが、ジュンイチはかまわず続けた。
「で? なんでそれがオレを元気づけることにつながるんだ?」
「いえ、ケガしたこともあって、しかも相手は強敵で……きっと気が重くなっていらっしゃるかと思いまして。
そこで、このかわいらしい格好をご覧になれば、気分も晴れるのではと考えまして、ジュンイチさんを応援する練習をしておりましたの」
「そらまぁ……思い切りカワイイが……逆にテンション振り切れそうだな……」
ミントの答えに、ジュンイチは思わず本音をもらす。
「まぁ、おかげで元気は出たよ。
サンキュー、ミント」
「いえ、気になさらないでください」
「けど……」
答えるミントに言い、ジュンイチは笑みを浮かべて続けた。
「自分に素直であれ――こないだそう教えたはずだな?」
「え………………?」
「趣味なんだろ? 着ぐるみ」
「……やっぱり、ジュンイチさんにはウソをつけませんわね」
ジュンイチの言葉に、ミントは苦笑した。
「ジュンイチさんの言うとおりですわ。着ぐるみは私の趣味ですの」
「だろうな」
あっさりとうなずき、ジュンイチはその場に腰を下ろし、ミントもそのとなりに腰かける。
「シワできるぞ」
「そんな安物ではございませんわ」
「そうか」
そこで、しばし会話が止まる。
「……あー、なんだ」
先に口を開いたのはジュンイチだった。
「こんなところで楽しんでたところ見ると、どうやら秘密にしてる趣味らしいが……いいんじゃないか? 気にしなくて。
むしろ見た目と合致して相応の趣味だと思うが」
「ほめてます?」
「ほめてるが?」
即答した。
「……そうですわね。
ジュンイチさんはそういう方でしたわね」
「ほめてるか?」
「ほめてますわ」
即答された。
「けど……それでこそジュンイチさんですわ。
あまり気負ったりせず、いつも通りでいてくださいませ」
「へぇへぇ」
ミントに答え、ジュンイチは視線を前方に向け――
「……サンキュ」
そうつぶやくように告げながら、ジュンイチは自分の頭の中が急速に冴えていくのを感じていた。
「さて、ブリッジに戻るか……」
つぶやき、タクトは廊下を歩いていた。
少し状況が落ち着いてきたこともあり、ブリッジを離れて艦内を見回っていたが――やはり士気の低下がハッキリと現れていた。
合流するはずの味方が蹴散らされ、代わりに敵が待ち構えていたのだ。期待していた分、クルーの落胆は大きい。
その上敵は強敵で――正直、さすがのタクトも頭を抱えていた。
〈ハァイ、司令官殿。
今、空いてるかい?〉
フォルテから通信が入ったのは、ちょうどそんな時だった。
「フォルテ……?
あぁ、大丈夫だよ」
〈そいつぁよかった。
今すぐクジラルームに来ておくれ〉
そう告げて――フォルテは通信を切った。
「おーい、フォルテぇっ!」
言われたとおりクジラルームのビーチを訪れ、タクトはフォルテの姿を探していた。
「おかしいな……ここに来いって言ってたのに」
タクトがつぶやくと、
「そぉれっ!」
「ぅわぁっ!?」
突然背中を突き飛ばされ、タクトは人工の海の中に頭から突っ込んでいた。
「ぷはぁっ!」
あわてて顔を上げ、振り向くとそこには水着に着替えたフォルテの姿があった。
「い、いきなり何するんだよ、フォルテ!」
「ハハハ、ちょいと、気晴らしでもさせてやろうかと思ってね」
「『気晴らし』で軍服のまま海に突き落とされてたらたまらないよ」
笑いながら告げるフォルテに、タクトは思わずため息をつく。
「あぁ〜あ、クリーニング出さなきゃ……」
「う〜ん、さすがにちょっとやりすぎたかね?」
「『ちょっと』じゃないよぉ……」
フォルテの言葉にタクトがうめき――やがて、どちらからともなく笑みがこぼれた。
「ありがと、フォルテ。少しは気が晴れたよ」
「そうかい。
あたしも道化を演じた甲斐が少しはあったみたいだね」
となり合わせに砂浜に腰かけ、告げるタクトにフォルテが答える。
「でも、まだまだだね。
あたしが背中を預けるには、あと5年分は成長してもらわないと」
「5年も先か……
来るかどうかもわからない、遠い未来の話みたいに思えるな……」
フォルテの言葉に、タクトは天井に表示されたヴァーチャルの星空を見上げてつぶやく。
が――そんなタクトにフォルテは告げた。
「5年後よりも、まずは目の前。
目の前の問題をどう乗り切るか、だよ。
未来は、明日の続きなんだからね……」
そして、フォルテは尋ねた。
「とりあえずクロノ・ドライヴした先に……『明日』はあるのかい?」
「……保証はできないな」
タクトは暗い面持ちで答えた。
「オレの予感が当たっていれば、待っているのは敵の大軍勢だ」
「やっぱりそうかい……」
しかし、タクトのその答えに、フォルテは笑みを浮かべた。
「けど……ありがとう、教えてくれて。
悪い報せがあるんじゃないかとおびえるより、ズバリと言われた方が気が楽だからね」
「……強いね、フォルテは」
そう言うと、タクトは自分の両ひざを抱え込んだ。
「どんなに不利な状況でも、司令官ならば冷静な判断を下さなきゃならない……それはわかってる。
けど……問題はオレひとりのことじゃない。シヴァ皇子や、レスター、乗組員のみんな、エンジェル隊……みんなのことを思うと……
ジュンイチ達に至っては、異界の人間で本来関係ない戦いのはずなのに、巻き込んじゃってるし……」
「………………」
「どうしても、落ち着いていられないよ。
オレは間違ってるんじゃないか……もっといい選択があるんじゃないか……って、考えちゃって……」
そんなタクトの頭を、フォルテは優しくなでてやった。
「……いいんだよ、それで」
「え………………?」
「選択肢なんか無数にあるんだ。どんなに優秀な司令官でも、今のあんたみたいな悩みからは逃げられないよ。
だから、必死に考えて、悩んで……自分にできる範囲でいい。その自分にできる最高の選択をする。それでいいんだ」
「自分に、できる……」
「そう」
タクトに答え、フォルテは微笑みながら言った。
「あんたはひとりじゃない。みんながいる。
たとえあんたがミスっても、みんながきちんとフォローしてくれるさ」
「……なんつーか……出そびれたって感じだな」
「ですわね」
そんなタクト達の様子をクジラルームの入り口で見守り、ジュンイチとミント(inハムスター着ぐるみ)がつぶやく。
「ですが……あのフォルテさんにあんな一面があったなんて……ちょっと驚きですわ。
どちらかと言えばもっと体育会系な励まし方をするかと思いましたのに」
「……フォローする単語が浮かばないなぁ……」
ミントの言葉にうめき、ジュンイチは再びタクト達へと視線を戻し――すぐにきびすを返した。
「ジュンイチさん?」
「言いたいことは全部フォルテさんが言ってくれた。
さて、問題だ。言うべきことを失った今のオレ達にできるのは何だ?」
そのジュンイチの言葉に、ミントはしばし考え――答えた。
「……英気を養い、次の戦いに備えること……ですわね?」
「そういうこと。
オレも部屋に戻るから、お前もさっさと寝やがれ」
「じゃ、あたしはもう休むよ」
言って、フォルテは一足先にクジラルームを後にしようと立ち上がり――
「フォルテ」
そんな彼女に、タクトは声をかけた。
「参考までに聞かせてくれ。
オレで5年なら――」
そして、タクトはその名を挙げた。
「ジュンイチなら、何年だい?」
それは正直な疑問だった。
ジュンイチの能力はきわめて高い次元にある。自分に優るとも劣らない知略に加え、戦闘能力も機動戦、白兵戦共に超一流。その上戦闘以外の技能においても多くに長ける――
現在このエルシオールに乗っている人物の中で、ジュンイチは間違いなく最強の座に君臨している――だからこそ、知っておきたかった。
彼は、フォルテが背中を預けるのにどれだけかかるだろう――少なくとも自分よりも早いはず。それともすでに預けられるレベルにあるのか――
だが、フォルテの答えは――
「10年以上かかるだろうね」
「………………は?」
予想外の答えだった。
自分よりもはるかに優秀なジュンイチが――フォルテが背中を預けるには自分の倍以上の時間がかかると言われているのだ。
意外な答えに目を丸くするタクトを正面から見据え、フォルテは告げた。
「やっぱりね……
お前さん、ジュンイチの実力に気を取られて、肝心なところが見えてなかったみたいだね。
――もっとも、あたしが気づいたのもつい最近だから、あまり偉そうなことは言えないけどね」
言って、フォルテは肩をすくめてみせる。
「あの子は確かに強い。
いや――強すぎる。白兵戦でもあたしや蘭花を片手でまとめて薙ぎ倒せるし、機動戦だって、この間あたしらはシミュレータでアイツひとりに全滅させられた。その上戦闘経験もあたしより上で、知略にも富んでるときた。
時たまものすごく大人びた考えや言動をするし、たぶん、あたしらの想像もつかない、何かデカい重荷を抱えて、それを抱えたまま見知らぬ異世界でがんばってる。
けどね……」
そこで息をつき、フォルテは告げた。
「あの子はそれでも、まだ16の小僧だよ。ミルフィーユ達とほとんど歳の変わらない、ただのガキなんだ」
「あ………………」
その言葉に、タクトはようやくそのことを思い出した。
そんなタクトに、フォルテは続ける。
「あの子はすごくがんばってるよ。ヘタをすればあたしらなんかよりもずっと。
けど――おかげでものすごく張り詰めてる。あたしらに向ける笑顔の裏で、自分の抱えてるものと、あたしらの命もまとめて抱えて、必死になって自分を支えてる。いつ倒れてもおかしくない、いつ壊れてもおかしくないくらい、ギリギリのところにあの子はいる――タコ糸の上を目隠しして、さらに登山ブーツまではいて綱渡りしてるようなものさ。
一番強いのは間違いなくあの子だけど――逆に、一番弱いのもあの子なんだ」
その言葉に、タクトはただ呆然とフォルテを見返すことしか出来なかった。
自分はジュンイチの力を前にして――彼の力に魅せられて、一番肝心なところに目を向けていなかった。
たとえ身体は超人でも、たとえ尋常ならざる人生を送ってきていても――彼はフォルテの言う通り、まだ16歳の少年なのだ。
「そんなことも気づけないで、オレはジュンイチの力を頼ってたのか……」
「お前さんに限らず、あたしらみんなね。
知らず知らずのうちに、あたしらはあの子に頼ってた。あの子の力をアテにしてた。
けど……これからの戦いは、それじゃ勝てない。あたしらみんなが力を出し切らないと、戦っていけない。
それに、何よりアイツはこの世界の人間じゃない――いつまでこっちにいられるかも、わからないんだからね。いつまでも頼っているワケにはいかないよ」
答えるフォルテの言葉に、タクトは顔を上げた。
「だったら……」
その瞳には強い決意が宿っていた。
「オレ達ががんばるしかないじゃないか。
オレ達ががんばって、ジュンイチの負担を少しでも減らしてあげなきゃな」
「その意気だよ。
その調子で、あたしが背中を預けられるくらいまで一気に駆け上がっちまいな」
そうタクトに答え、フォルテは今度こそクジラルームを後にした。
日付は変わり、艦内時間でいうところの翌朝を迎え――
「ミルフィーユ・桜葉、他5名、参りました!」
タクトによって招集をかけられ、ジュンイチとエンジェル隊はブリッジに集合した。
「それで……話って何よ?」
蘭花が尋ねると、それに答えたのはジュンイチからタクトへの問いかけだった。
「クロノ・ドライヴ後の戦闘のこと、だな?」
「あぁ」
タクトは真剣な表情でうなずき、続けた。
「ギムソン星系駐留艦隊はエオニア軍によって壊滅させられた。
敵がそのままワナを張っていたことを考えると、この先のドライヴ・アウト地点もすでに読まれていると思っていい」
「そして、敵さんの中でそこまで読みきれるヤツと言えば、エオニアの側近シェリー・ブリストルだ。
いつも以上に気合を入れてかからないと、厳しい相手だってことさ」
タクトとジュンイチの言葉を、エンジェル隊の面々は真剣な表情で聞き入っている。
が――ジュンイチはそんな彼女達に言った。
「けど……活路がないワケじゃない」
「どういうことですか?」
「シェリー・ブリストルはひとつだけ、重大な間違いを犯した。
……いや、犯さざるを得なかった、と言うべきかな?
あのランデブーポイントから緊急クロノ・ドライヴを実行した場合、ドライヴ・アウトするのはかなり先の宙域になる。
結果――オレ達の長距離クロノ・ドライヴを許してしまい、体勢を立て直し、且つドライヴ・アウト後の戦闘にも備えられるほどの時間を与えてしまった」
ヴァニラに答え、ジュンイチは続ける。
「シェリーはあれからオレ達を追ってきたとしても条件は一緒。先回りはまず不可能だろう。
となれば、この先の現場を仕切るのはレゾムかルルかヘル・ハウンズ……まぁ、そんなところだろう。
だから……」
そこで一旦言葉を切り、ジュンイチはタクトに進言した。
「ドライヴ・アウトと同時に敵部隊を強襲、一気にこれを殲滅するのが、オレの考えた策の中ではベストのものだ」
「こっちから先手を打つのか?」
「あぁ。
敵さんもまさかドライヴ・アウトと同時に仕掛けてくるとは思うまいさ。むしろ状況不利と考え防戦に回ると読んでくるはず――そこにスキがある。
だから、こっちから仕掛けて一気に壊滅させて、追ってくるだろうシェリーの艦隊に備えるんだ」
「なるほど……シヴァ皇子とのシミュレーションで言ってた『“虚”と“実”の使い分け』か」
「そういうこと♪」
タクトのつぶやきに、ジュンイチは笑みを浮かべてそう答える。
そして――タクトはそんなジュンイチに向けて告げた。
「よし、ならその手でいこう。
ジュンイチ、ドライブアウトと同時に大技を一発頼む」
そう告げ――最後にひとつ、付け加える。
「直後にエンジェル隊で一斉攻撃――ジュンイチは大技の直後で消耗も考えられる。すぐには動かずエルシオールの直衛に回ってくれ」
それはタクトの修正案――ジュンイチを頼るのではなく、ジュンイチをあくまで駒のひとつとして作戦の中に組み込み、彼ひとりに負担を回さないようにするための配慮だ。
だが――
「いや……オレも出させてくれないか?」
そんなタクトの気遣いがわかっているのかいないのか、ジュンイチはそんなことを言い出した。
「ムリはよくないよ。
撃った後はあたしらに任せて、回復してから出てこればいいじゃないか」
「そうよ。
あたしらだって、アンタに負けないくらい戦えるのよ」
「別にお前らを信用してないワケじゃないさ。
ただね……」
フォルテと蘭花に答え、ジュンイチは告げた。
「そろそろこっちにも、新兵器ぐらい欲しいところだからね♪」
『………………?』
その言葉に首をかしげる一同だったが――ジュンイチはニコニコと笑うばかりで答えようとはしなかった。
「司令、ドライヴ・アウトまで、あと90秒です」
「わかった。
ジュンイチ、準備はいいかい?」
〈おぅっ! バッチリだぜ!〉
アルモの報告を受け、尋ねるタクトに、ゴッドブレイカーでエルシオールの甲板上に立つジュンイチが答える。
ドライヴ・アウトと同時にトリックマスターを出撃させて索敵、敵を確認すると同時に大技で一掃――それが最終的な作戦だった。
「まもなく、通常空間に移行します。
ドライヴ・アウトまで、あと5秒。
4、3、2……」
アルモの言葉と共に、エルシオールが通常空間に復帰し――
「いっけぇぇぇぇぇっ!
ビッグバン、デストロイヤー!」
もはやトリックマスターで確認する必要すらなかった。前方をビッシリと覆い尽くした敵艦隊に向けて、ジュンイチが無数の光弾を撃ち放つ!
先手を打たれ、無人艦は対応もできず次々に爆砕していき――突然ジュンイチのもとへ抗議の通信が入った。
〈こぉらぁぁぁぁぁっ! 我々がまだ何もしない内にいきなり攻撃とは、なんと卑劣な!〉
「この声……レゾムか……?」
〈くっ……! やってくれるわね!
相変わらずなんてムチャクチャなの!?〉
「ルル……?」
〈まったく、なんて美しくない!
やはりキミはボクの手で葬らなければ!〉
「カミュ……ヘル・ハウンズまでいるのか……?
大したもんだ、敵の指揮官クラスのオンパレードじゃねぇか」
まさか全員そろっているとは思わなかった。次々に入る通信に、ジュンイチがつぶやき――
「――――――!?」
突然、何かを感じ取って艦隊の奥をにらみつけた。
「……何か、いる……!?」
ジュンイチがつぶやくと、
〈前方の敵旗艦より通信です〉
アルモが言い――脳裏に展開された通信ウィンドウに彼は姿を現した。
エオニアである。
〈直接、諸君と言葉を交わすのは初めてだな。
自己紹介は必要かね?〉
「エオニアだと……!?
いきなり総大将のご登場かよ……!」
ジュンイチがうめくと、エオニアは彼に告げる。
〈ほぉ……キミか、エルシオールに力を貸す協力者というのは。
キミやエルシオールの健闘には心から賞賛を贈ろう〉
「いらん」
迷わず即答する。
「賞賛してくれる気持ちがあるんなら、言葉より行動で示してもらえるとありがたいね。
だから……」
言って、ジュンイチはサムズアップして――
「――どけ」
告げると同時、その親指でのどをかき切るしぐさを見せ、さらに真下に突き下ろす。
要するに――フ○ックサインだ。
〈フッ、報告通り型破りな男だな。
だが――それはできない。ただちに武装解除し、貴艦が身柄を拘束しているシヴァを解放してもらおうか〉
「ヤなこった。
ま、どうしてもやり合うつもりだっていうなら……押し通るのみ!」
ジュンイチが拳を握り締めて言うと、
「ま、そういうことだね」
「フォルテさん!?」
いきなりの声に振り向くと、そこには発進してきたハッピートリガーの姿があった。
「やれやれ、こっちの言いたいこと、全部言われちゃったね」
艦長席に身を沈め、タクトはため息まじりにつぶやく。
「なら、やるか。
ジュンイチが大見得切った上にタクトまで同感となれば、負けるワケにはいかないな」
「あぁ、あきらめてたまるか。
絶対に、何か方法があるはずだ」
レスターの言葉にタクトが答えると、
「あ、あの……」
そんな二人に、ココが声をかけてきた。
「何だ、こんな時に」
「は、はい。
レーダーが、異常な重力場をとらえているんです」
「異常な、重力場……?」
レスターに答えるココの言葉に、タクトは眉をひそめた。
「はい。敵艦隊の後方からです。
小惑星クラスの巨大な質量が検知されています」
「小惑星クラス……?」
ココの報告は通信回線を通じてジュンイチ達も聞いていた。ジュンイチが思わず疑問の声をもらすが――
〈気になるけど、正体がわからない以上どうしようもない。今は目の前の敵に集中しよう〉
「お、おぅ」
タクトに言われ、ジュンイチは前方の艦隊へと向き直る。
見ると、エオニアの旗艦は後退している。ここは部下達に任せて高見の見物とでもしゃれ込むつもりなのだろうか……?
だが――なぜかそれ以上に『巨大な質量』のことが気にかかった。
「さぁ、いくよ!」
叫ぶと同時、フォルテはエルシオールの真正面に展開する艦隊に向けてハッピートリガーの全武装をところかまわず撃ちまくり、周囲を残骸の漂うデブリベルトへと変えていく。
その脇を、別の高速艦がエルシオール目指して突っ込んでくるが、
「させませんわよ!」
すでにその動きはトリックマスターのレーダーに捉えられていた。ミントの放ったフライヤーの一斉射撃が高速艦を薙ぎ払う。
「左側面、狙われていますわ!」
「あたしがいくわ!」
「援護するよ、蘭花!」
さらに、戦場の反対方向を駆け抜ける高速艦には蘭花とミルフィーユが対応、迎撃にあたる。
そんな中、ジュンイチはデブリベルトの中でヘル・ハウンズとの交戦に入っていた。
「これで……!」
うめいて、ジュンイチがゴッドキャノンとウィングキャノンを斉射するが、ヘル・ハウンズはそれをかわし、デブリを巧みに盾にしてゴッドブレイカーに襲いかかる。
「ほらほら、どうしたんだい?」
「大きな口を叩いた割には、大したことないね」
一方的に攻撃を受けるゴッドブレイカーの姿に、カミュとリセルヴァが勝ち誇って言うが、
「……へっ」
ジュンイチの口元に浮かんだのは笑みだった。
「何がおかしい!」
そんなジュンイチの余裕に、リセルヴァは思わず激昂して突っ込み――
「ぜんぜん――トロいっ!」
ジュンイチは放たれたバルカンをウィングシールドで防ぎ、逆にクラッシャーナックルでリセルヴァ機を弾き飛ばす。
「こっちが防戦一方なのをいいことに、好き勝手やってくれたな!
けど――もうそれも終わりだ!」
言って、ジュンイチは近くのデブリに触れ、
「そんじゃ……『素材』も十分集まったし、始めようか!」
その言葉と同時――ジュンイチの触れていた敵艦の残骸が再構成によってその形を変えた。
触手を作り出し、近くのデブリを捕まえ、さらに再構成の素材として作り変えていく。
そして、それは戦艦よりも一回りも二回りも巨大な塊を作り出し、そこに腕が、脚が、翼が――頭部が作り出される。
システムが起動し――ジュンイチはその頭上で自信たっぷりにその名を叫んだ。
「さぁ……大暴れしてやれ!
オレ様の最高傑作――名づけて、鋼竜王フルメタル・ドラゴン!」
「な、なんてものを作るんだ、アイツは!」
「ブレイカーの再構成は、あんなことも可能なのか……!?」
エルシオールのブリッジでフルメタル・ドラゴンの巨体を見て、レスターとタクトが呆然とつぶやく。
だが、彼らよりも驚いたのはむしろエオニア軍だろう。突然戦場に現れたその巨体を前に、あわてて攻撃を開始する。
しかし、ジュンイチとて伊達や酔狂でこんな仰天兵器を作ったワケではなかった。取り込んだ戦艦のシールドシステムを何重にも展開し、敵の攻撃をことごとく弾き返す。
「はんっ! そんなもんが通じるかよ!
薙ぎ払え、フルメタル・ドラゴン!」
ジュンイチが叫び――フルメタル・ドラゴンが全身にまんべんなく配置した火器で迫り来る敵艦を薙ぎ払う。ヘル・ハウンズもほうほうの体で逃げ出すしかない。
「む、ムチャクチャだ……」
「ジュンイチさんの言ってた『新兵器』って、アレのことだったんですね……」
もはや一方的な戦闘を繰り広げるジュンイチとフルメタル・ドラゴンを前に、フォルテとミルフィーユがつぶやく。
「けど、これでもう勝ったも同然ね!」
ガッツポーズで言う蘭花だったが、それをミントが否定した。
「――いえ、まだです!
2時方向にクロノ・ドライヴ反応、多数!」
そのミントの言葉と同時、右前方に多数の艦隊がドライヴ・アウトしてくる。
「ちぃっ! 新手かい!」
「ジュンイチばっかりにオイシイところは持っていかせないわよ!」
うめいて、フォルテと蘭花が迎撃に向かおうとするが――
〈ちょっと待った!〉
タクトがそれを止めた。
〈あれは敵じゃないよ!〉
「え……?
どういうことよ、タクト!」
タクトの言葉に蘭花が言うと、各機にオープン回線で通信が入り、通信ウィンドウに現れたのは――
〈どうやら、間に合ったようだの〉
「ルフト准将……?」
豪快に笑いながら言うルフトの姿を見て、ミルフィーユが意外そうにつぶやく。
〈助太刀するぞ。
全艦攻撃開始! エルシオールに敵を近づけるな!〉
ともあれ、ルフト艦隊もエオニア軍に向けて攻撃を開始し、敵艦は次々に火球に変わっていく。
「おーおー、やってくれるねぇ。
んじゃ……こっちもフィニッシュといこうか!」
対して、負けじとジュンイチはフルメタル・ドラゴンに指示を出す。
「フルメタル・ドラゴン!
『裁きの火』発射!」
その言葉に、フルメタル・ドラゴンが大きく口を開け――そこにビッシリと配置された主砲が一斉にチャージを開始する。
そして、主砲『裁きの火』が火を吹き――戦いは決着した。
「ルフト准将! 生きてらしたんですか!」
エルシオールのブリッジを訪れたルフトに、タクトは笑顔で駆け寄ってきた。
すでにその場にはエンジェル隊も集合している。しかしジュンイチとブイリュウの姿はそこにはない。
フルメタル・ドラゴンを作り出すまでの戦闘でかなりの被弾があったため、帰艦するなりそのままゴッドドラゴンの修理にとりかかっているのだ。
「よかったぁ……
あたし達、心配してたんですよ」
ミルフィーユも笑顔で言うが――それを制し、レスターが尋ねた。
「ですが……なぜあの場に?」
「ギムソン星系艦隊が逃げ延びておったのじゃよ。
そして、彼らの情報から、お前達の救出とエオニア軍の討伐のために出向いた、というワケじゃ」
「そうか……味方の人達も無事だったんですね」
ルフトの説明に、タクトは安堵のため息をついて言う。
「じゃが、実際のところはワシの手助けなどいらんかったようじゃのう」
言って、ルフトはエルシオールと並行するフルメタル・ドラゴンへと視線を向けた。
「しかし……本当にアレをジュンイチが作ったというのか?」
「えぇ。
彼はがんばってくれています。本当は自分には無関係の戦いなのに……」
うんうんとうなずいて言うタクトだったが――次のルフトの言葉に眉をひそめた。
「じゃが……なぜあやつは今までそれをしなかったのじゃ?
作るチャンスなどいくらでもあったじゃろうに」
「そういえば……」
言われてみれば確かにそうだ。今までの戦闘でも、毎回フルメタル・ドラゴンを作るには十分すぎるほどの残骸を作り出してきていた。
なのに、ジュンイチは今までそれを作らず、ずっと温存してきた。なぜ――?
思わず考え込むタクトだったが――いくら考えても答えは出なかった。
「ジュンイチ……ホントに大丈夫?」
「だから、大丈夫だって言ってるだろうが」
心配そうに尋ねるブイリュウに、ジュンイチはゴッドドラゴンの整備をしながら笑って答える。
だが、ブイリュウはそれでも不安をぬぐいきれずにいた。さらにジュンイチに食い下がる。
「けど……あれだけのことをやって、大丈夫だなんて信じられないよ!
あれだけの大質量を再構成したんだよ、精霊力の消耗だって……」
「そりゃ、それなりに消耗したけど……」
ブイリュウに答え、ジュンイチは整備の手を止めるとブイリュウへと向き直った。
「けどな、ブイリュウ。オレはあのタイミングだから、フルメタル・ドラゴンの再構成を決行したんだ。
味方との合流を前にして戦力に余裕ができる今なら、多少ムリしたってフォローが利くからな」
「だからって、あんなムチャ……」
「そりゃ、かなりのムチャだってことぐらい、オレ自身わかってるよ。
けど……」
言いかけたブイリュウに告げ、ジュンイチは続けた。
「……死なせちゃ、いけない気がするんだ。アイツら……
この戦いが終わった、その先でも……きっとアイツらの力が必要になる。だから……」
その言葉と、どこか憂いをおびたその視線――ブイリュウはイヤな予感に襲われた。
「ジュンイチ、まさか……」
「…………ん?
なんだ、心配してんのか?
大丈夫だよ。犠牲になんてなるつもりはない。オレ達だって、元の世界に帰る方法を探さないといけないんだしな」
言って、ジュンイチは笑って、
「誰も犠牲にしない。オレも死なない。
そのための苦労なら、何だってしょい込んでやるさ」
そう告げると、ジュンイチは再びゴッドドラゴンの整備に戻っていった。
(初版:2006/07/02)