「エルシオール、接岸完了しました」
「やれやれ、ようやくだな……」
ココの報告を受け、レスターはようやく息をついた。
先日の戦いの後、再び味方の艦隊と合流したエルシオールは、彼らの誘導によってローム星系の本星、惑星ロームの衛星軌道に浮かぶ衛星ファーゴへと案内されていた。
一度はリペアウェーブの暴発で逃げ出した味方艦隊がなぜ戻ってきたのか、正直タクトは首をひねっていたが――気づいていなかった。
戻ってきた艦隊の司令官の異様に青ざめた顔と、タクトの背後で『ニヤリ』と笑みを浮かべたジュンイチの姿に――
第8話
「パーティー・ナイト」
「さーて、正直なところ、温泉にでも入ってのんびりしたいよ」
「衛星軌道上に温泉がわくならな」
「いつものんびりしてると思うけどなー……」
艦長席で大きく伸びをしてつぶやくタクトのつぶやきに、レスターとブイリュウはすかさずツッコミを飛ばす。もうすっかり「あうん」の呼吸が出来ているようだ。
「確か、地表には温泉があるんだよな?」
「えぇ。
元々ロームは保養地として有名なの」
そんな彼らの様子に思わず苦笑しつつ、尋ねるジュンイチにココが答え――アルモの瞳に怪しい輝きが灯ったのをジュンイチは見逃さなかった。アルモが口を開くよりも先に先手を打つ。
「行くなら単独でだ。
エンジェル隊のヤツらを誘うつもりはない」
「………………チッ」
「『チッ』っつったろ! 今絶対『チッ』っつったろ!」
アルモのもらした小さな舌打ちを聞き逃さずジュンイチが声を上げると、
「おやおや、それはいただけないなぁ」
そんな肩を叩き、タクトが告げる。
「ジュンイチはまだ16だろ? 若いのにそんなに枯れてちゃ人生に楽しみがないぞ」
「……何が言いたい?」
「休みが取れたら行ってきたらどうだい? 誰か誘って」
まったく――逆に言えば不自然すぎるほどに――曇りのない瞳でそう告げられ、ジュンイチはしばし考え――尋ねた。
「………………本音は?」
「……………………」
しばしの沈黙の末――タクトは答えた。
「オレ単独で誘うより、ジュンイチも一緒ならみんなもノッてくれるかなー、と」
「オレは合コンのエサかぁっ!」
タクトの答えに、ジュンイチは力の限り絶叫し――
「マイヤーズ司令」
そんな彼らのやりとりにまったく動じることなく、ココがタクトに声をかけた。
「第3方面軍総司令部より連絡。
タクト・マイヤーズ大佐、及び柾木ジュンイチ、両名はただちに総司令部に出頭せよとのことです」
「……って、オレも?」
ココのその言葉に、ジュンイチはつぶやき、思わずタクトと顔を見合わせた。
一瞬何が何だかわからなかったが――すぐに気づいた。
ついに来たのだ。
「待っておったぞ、タクト、ジュンイチ」
総司令部の作戦会議室に姿を見せたタクトとジュンイチ、二人を出迎えたのはルフトだった。
「よくぞシヴァ皇子を守り抜いてくれた」
「オレだけじゃムリでしたよ。
ジュンイチや、エンジェル隊がいてくれたからこその成果です」
告げるルフトに答え、タクトは彼と握手を交わし、ジュンイチと共に用意された席につく。
そして、中央に座る人物へと視線を向けた。
第3方面軍総督ジグルド・ジーダマイア――中流貴族の出であり、現在の地位には権謀術数をもってのし上がってきた人物である。
5年前のエオニアの反乱の際は、エオニアを扇動しておきながらいざ反乱が始まるとジェラール側に寝返っている――明らかにエオニアを追い落とす役目を担っていたのだろう。
「クリオム星系駐留艦隊司令、タクト・マイヤーズ大佐。並びに柾木ジュンイチ――間違いないな?」
「はい」
「問題ありません」
確認するジーダマイアに、タクトとジュンイチはハッキリとそう答える。
「キミ達からの報告は受け取った。
エルシオール単艦でありながら、シヴァ皇子をローム星系まで送り届けてくれたことは、一応ほめておこう」
そう前置きし――続けてジーダマイアが切り出したのは、まさにタクトとジュンイチが予測していたものだった。
「なお、キミ達の戦闘記録にも目を通させてもらった。実に素晴らしい戦果だ。
特に柾木くん、キミの乗る――」
「ゴッドブレイカーですか?」
「そう。
そしてキミが作り出した巨大兵器――まさに一騎当千の実力を持っている」
「おほめに預かり、恐縮です」
一応はそう答えておく。
無論、この後どうつなげてくるかは想像がついているし――対策も講じてある。
「だが――それだけの力、ただひとつの艦に留めておくのは、大局的に見ても力の大きな無駄使いではないかな?」
(そらきた)
ジーダマイアから向けられたのはまさに予想通りの言葉――まるで芸のないその言葉に、ジュンイチは内心で苦笑した。
「ここはやはり、もっと大きな権限を持つ者の元でその力を振るうべきではないかな?」
だが、そんなジュンイチの心中を知るよしもなく、ジーダマイアは意気揚々と告げ――そこでようやくジュンイチは口を開いた。
「お言葉ですが」
「何かな?」
「オレは一身上の都合により、このトランスバール銀河においてはまったくといっていいほど土地勘がありません。
オレが今までの戦いで戦果を挙げることができたのは、戦いの場が迎撃戦であり、同時にその場限りの局地戦であったがためにすぎません。
今のオレにできるのは戦術レベルの戦いがせいぜい――総督の考えておられるような大局的な、戦略レベルでの戦いでは、私の力など何の役にも立たないでしょう」
もちろん真っ赤なウソである。大局的に情勢を見極め、自分を引き抜きに来るであろうと考えていたからこそ、こうして対策を立ててきているのだから。
「それに問題はもうひとつ。
オレは傭兵です。ルフト准将から『エルシオールを守るように』との依頼を受けたからこそ、エルシオールと行動を共にしているにすぎません。
つまり――少なくとも現在の依頼が有効である限り、オレはエルシオールを守らなければならないし、エルシオールから手の届かない場所を守れと言われてもどうしようもない。
そして、依頼の遂行の障害になるものは――」
そこで一度息をつき、ジュンイチは告げた。
「傭兵として、そのすべてを排除する」
そこには、つい1秒前の彼からは想像もつかない威圧感――まさに『鬼気』としか形容できないそれに包まれたジュンイチの姿があった。
そんなジュンイチを実際に前にして、タクトは確信した。
『戦時特例だ』などと言って政治的にムリを通せば、ルフトに依頼を解かせて再契約し、ジュンイチを引き抜くことは可能だろう。
だが――その時は、この場にいる全員が、本物の“修羅”を見ることになる。
依頼の撤回を依頼人に強制する――それは紛れもなく、彼の言うところの「依頼の遂行の障害」に類するのだから。
会議場は、いつの間にか静寂に包まれていた。
「やれやれ、どいつもこいつも……」
エルシオールへと戻るシャトルの中で、ジュンイチは操縦桿を握ったまま思わずため息をついた。
結局、ジュンイチの鬼気によって彼の処遇についてはうやむやになった。だが――タクトの方はそうもいかなかった。
彼に命じられたのは、クリオム星系駐留艦隊への復帰――要するに、エルシオールの指揮官の解任である。
だが――そんな状況下において、ジュンイチはまたしても爆弾を投下したのだ。
「……それは、正式な命令ですか?」
「いや、まだ確定ではない。何しろ後任が誰か、そこが決まっていないのでな」
尋ねるジュンイチに対し、ジーダマイアは余裕の笑みでそう答える。
「だが、おそらくは反エオニア連合軍の指揮をとる、私がすることになるだろうな。
ここにいる者達の中にも、そう推してくれている者も多くいるのでな」
そんなジーダマイアに対して――ジュンイチは告げた。
「なるほど……さすがは総督。
今回のことのために、“ン億単位で根回ししただけのことはある”」
『――――――っ!?』
その一言で、場は一気にざわめいた。
だが、ジュンイチはかまわない。
というか――かまうつもり自体なかった。手近なところにいた高官へと続けて告げる。
「そっちの准将さん。
息子さん、今度ジーダマイア総督直轄の艦隊の指揮を任されるそうですね」
続いてジュンイチの視線は今しがた告げた高官のとなりへ。
「で、そっちの提督さん。
先週、従兄弟さんの名義で別荘買ってるだろ。
ダミー口座の偽装が甘い。もっと勉強しましょうね」
そのまま、残りの面々を見渡した。
「後の人達の“買い物”も、お望みとあらば金額も含めて全部列挙してあげるけど?」
その瞳は――本気だった。
「まったく……やってくれるね」
ともかく、ため息をつきたいのはこちらも同じようだ。となりの席で苦笑し、タクトはジュンイチにそう告げる。
「まぁ、事前に『ちょっと言うコト言うから』とは聞かされてたけど……まさかあそこまで堂々とケンカを売るとは思わなかったよ」
「ケンカ? あんなもんケンカなんてレベルにもなりゃしないよ。
今回のことが予測できて以来、徹底的に“準備”させてもらったからね――オレがその気になったら第3方面軍、一週間以内にトップが全員入れ替わるよ。
っていうか……」
タクトの言葉にトンデモナイ答えを返し――ジュンイチはため息をついた。
「汚職の証拠があまりにも出すぎ。バカかアイツら。
あんなヘタクソな偽装が何の疑いもなく放置されてるんだ――皇国軍の腐敗ココに極まれり、ってところだな」
「ははは……まったくもって恥ずかしい限りさ」
ジュンイチの言葉に、タクトもまた苦笑しながら同意する。
自分も一応貴族の出だが、今の大佐の地位には実力で出世してきた――貴族の身としても異例の出世スピードがその証拠だ――しかし、それを疎ましく思った中央によってクリオム星系に飛ばされたのだ
(もっとも、権力争いを嫌い、最初から中央での出世コースを蹴るつもりでいたタクトにとってはむしろ渡りに船であり、あまり意味はなかったのだが)。
ともかく、中央ですらそうだったのだ。辺境のここでは――どれほどかはジュンイチが証明してくれた。
「タクトをクリオム星系に返そうとしたのも、私欲関係の思惑が絡んでると思っていい。
心配してるんだよ。タクトがシヴァ皇子の後見人になっちまうんじゃないか、ってさ」
「こっちはそんなつもりはないんだけどね……」
「お前だけだよ、そう思ってるの。
少なくとも、皇子本人はタクトのことがえらくお気に入りみたいだし、案外シヴァ皇子に担ぎ上げられちまうかもな」
「勘弁してくれよ……」
思わず肩を落とすタクトを見て苦笑するジュンイチだったが――タクトは不意に表情を引き締めた。
「けど……マジメな話、大丈夫なのか?
これでジュンイチの立場はこれ以上ないくらい悪くなったと思っていい」
確かにそうだ――自分達の首を飛ばしかねないネタを握り、しかも軍人でない以上異動を命じて遠ざけることもできず、自分達に対して堂々とモノを言う。
実際ジュンイチによってタクトの異動もジュンイチの引き抜きも阻止された。ジーダマイアにとって、現在もっとも厄介なのはエオニアよりもジュンイチ――そしてそれは、第3方面軍首脳陣の統一見解だと思っていいだろう。
「言うことを聞かず、左遷も解雇もできず、その上自分達の立場をも脅かす――連中にとってはコレ以上ないくらいの脅威だよ、今のジュンイチは」
「わかってる」
告げるタクトに、ジュンイチはあっさりとうなずいた。
「けど、オレが憎まれ役になったことで、タクトとエルシオールが切り離される事態は避けられた。
なんせ、今の状態のエルシオールは軍に対してしこたま印象が悪いだろうからねぇ……連中にしてみれば、なんとしても切り崩したい存在さ。オレやタクトはその第一歩だったんだよ」
そう答え、ジュンイチは肩をすくめて続ける。
「エルシオールのクルーはエンジェル隊とタクト、レスターを除いて全員が“月の巫女”だ。
だから、軍がエルシオールにできるのは作戦目標の命令だけ――細かいところまで指示しようにも、ほとんどのメンツが“月の巫女”、つまりは民間人である以上、シビリアンコントロールの原則がそれを阻む。
その上乗ってる船は“月の聖母”シャトヤーン様の母艦だ。ヘタに強制権を行使しようものなら、それは明らかな“白き月”への侵害――民衆からの支持がガタ落ちになっちまうのは避けられない。
おかげで軍の思惑にはまることなく動けるっていう利点があるんだが……そのせいで軍からはしこたま印象が悪い。自分達より優秀な装備――紋章機を持ってるクセして、自分達の思い通りに動かせないんだから。
まぁ、平時ならエンジェル隊のお仕事は『ロストテクノロジーの調査と回収』だからそれでもよかった――だが、クーデターのおかげでエンジェル隊が前線に立つことになった今はそうもいかない。
結果として、軍はエルシオールを持て余すことになった。自分達の部下で、頼りにしてもいい戦力なのに、中途半端な立場にしていたおかげでその力を存分に活用できなくなってる。
そのクセ戦果だけはガンガンかっさらっていく――たぶん、道中でシェリーあたりを討ち取ってたら、連中本気でキレてたよ。
このままだとエオニアまで討たれる。そうなったら自分達の立場が危うくなる――そう考えて、世論とかも全力でガン無視して、問答無用でエルシオールをツブしにかかってたはずさ」
「おいおい、いくらなんでもそこまでは……」
「やるよ」
ジュンイチはハッキリと断言した。
「シヴァ皇子やルフトのじっちゃんなら間違いなくやらない。けど――ジーダマイアなら間違いなくやる。
忘れたのか? アイツは今の地位につくために、前の王サマに取り入ってエオニアをエサにしたんだ。
そんなヤツが、自分より目下の連中しかいなくて、その上自分達を脅かすような力を持った艦を野放しにするはずがない」
言われてみれば確かにそうだ。ジュンイチの言葉に、タクトは迷わず黙り込む。
だが、ジュンイチはかまわず正面を見据え、続けた。
「アイツらは見えてないんだ。自分達が嫌ってる理由である『軍に属し切れていないこと』――それがエルシオールの最大の強みなんだってことが。
近衛部隊であるエンジェル隊が本来守らなきゃいけないのはシャトヤーン様と“白き月”だ。ホントなら民間人は二の次なんだよ、薄情な言い方だけどね。
ただ、そのおかげで政治的責任や軍事的な防衛義務を他の部隊ほど負っていないから、柔軟な発想で自由に展開できる。だから本来の目的に支障が出なかったり、本来の目的に沿える状況なら、自分達の判断で勝手に民衆を守ったって、規則上は一向にかまわない――その臨機応変さが、エルシオールやエンジェル隊の強さを支えてる。
だから軍としても、本当ならその柔軟さを最大限に利用しなきゃいけないんだ。ルフトのじっちゃんがタクトを司令官にして、より柔軟に動かしやすくしたみたいにね。
命令だけはできるんだから、厄介なところに放り込んで『後は何とかしてください』――言葉だけ聞くとムチャクチャなようだけど、これが現状のままエンジェル隊を運用する上では最適な手段なんだ。他の部隊よりハードのスペックも高いから生還率も高いしね。
けど連中は今までそれをしなかったし、しようともしなかった。たぶん思いつきもしてないんだろう――なら、こっちからそうするように仕向けるまでだ。
で、そのためには――激戦区に放り込んでも良心の痛まない嫌われ役を、エルシオールの中に用意してやるのが一番手っ取り早い」
「そのために、ジュンイチは嫌われ役を請け負った、っていうのか?」
「ま、そんなトコだね。
オレはエルシオールから切り離せない。そのオレを厄介極まりないところに放り込もうとした場合、必然的にエルシオールを差し向けるしかない。
でもって、オレが全力で守る以上エルシオールやエンジェル隊の安全は保証される――最適な運用法だろう?
……っと」
タクトに答え、ジュンイチはエルシオールが目の前に迫ってきたことに気づいてオートパイロットを解除する。
数日前、ヒマつぶしにクレータから扱いを教わったばかりのはずなのに器用に乗りこなすジュンイチへと視線を向け――タクトは胸中でため息をついた。
今回のことに対するジュンイチの行った下準備――あまりにも手際がよすぎる。
特に汚職の証拠だ。企業などから新製品の極秘開発データを盗み出すのとはワケが違う。この手の「ヤバい」情報をやり取りする際、ネットワーク上にデータを長時間置くようなことはまずしない。必要な時だけ保存しておき、用が済めば消去する、それが基本だ。元々機密をネット上に置くこと自体もってのほかなのだから。
すなわち、どれほど優秀なハッカーであろうと、そうした情報をすぐさま入手することは難しい――ないものを入手することはできないからだ。そのため、この手のデータを得ようとすると腕前よりもタイミングがより重要な要素として絡んでくる。
情報がネットワークに存在するタイミングを見極め、そのタイミングを逃すことなく獲物を釣り上げる――“表”の企業ならばともかく、裏社会を標的としたハッキングというのは、普通ならば年単位でどっしりとかまえなければならない作業なのだ。
そんな作業を、ジュンイチはロームに到着した時にはすでに完了していたのだ。時間的に考えれば――
(護衛を引き受けた時点で、すでに読んでいた、ってことか……)
おそらく間違いあるまい。汚職の証拠を確実につかめるだけの時間――その条件を考えた場合、そのくらいでなければつじつまが合わない。
残されたただひとりの皇族をローム星系に――権力欲にまみれた貴族達の待ち受ける『安全圏』にたどり着くまで護衛する。そんな難業を成し遂げれば当然その能力に目をつける者も現れる。となればその“能力”の獲得に動くのは必然。ならばその対策を立てておかねば自分の身が危ない。だから対策を立て、そのための準備をほどこす――
深慮遠謀にもほどがある――つまりは今回の件に関して、ジュンイチは最初からすべてお見通しだったということなのだから。
現場の戦術指揮ならば自分に分があるだろう――だが、大局を見通す視点に関して言えば、ジュンイチは自分の世界よりもはるかに進んだこの世界でも、十分に宇宙最強の名を欲しいままに出来るだけの力を有していることになる。
だが――今となってはその力が彼を危険にさらしている。
(今のままなら、事が終わればジュンイチは間違いなく……
ここまでお膳立てしたジュンイチが、そのことを理解してないはずはないだろうけど……)
自分とタクトをエルシオールに留めるだけなら、彼にはもっと取れる道があったはずだ。
なのになぜその方法をとらないのだろうか――そこが最大の疑問として引っかかる。
ジュンイチが一体何を考えているのか――タクトには皆目見当もつかなかった。
「じゃあ何かい? ジュンイチ、第3方面軍のお偉方全員にケンカを売って来ちまったのかい?」
「あぁ……」
話を聞き、思わず声を上げるフォルテに、タクトはため息をついてそう答える。
エルシオールに戻るなり「メシ食ってくる」と食堂に消えたジュンイチを見送り、タクトはティーラウンジに勢ぞろいしていたエンジェル隊に事の次第を説明した。
「命知らずねぇ、アイツも」
「出世レースに興味を持たないからこそ、とも言えるでしょうけど……」
「いずれにしても危険です……」
蘭花やミント、ヴァニラも同意見のようだ。心配や困惑など、様々な思いがからみ合ってシンプルなコメントを返すしかない。
「え? 何ナニ? どういうこと?」
ただひとり、理解が追いついていないのがミルフィーユだ。まぁ、良くも悪くも純粋な彼女に、ドロドロな裏の謀略戦を理解しろと言う方がムリな話なのだが。
「あー、つまりだ」
だが、それがジュンイチにとって重要な問題である以上、仲間であるエンジェル隊全体で把握する必要がある。フォルテはため息混じりに説明した。
「ジュンイチは第3方面軍のお偉方を軒並み敵に回しちまった。
これが軍人同士ならよそに飛ばすなりクビにするなり手はあるんだが、ジュンイチはただの雇われ傭兵で、その上依頼人は軍そのものじゃなくてルフト准将個人だ。アイツらにジュンイチに関する人事権はない。
しかも、ジュンイチはアイツがその気になったら第3方面軍のトップ全員の不正を大公開できる。そうなったらアイツらは一巻の終わりさ。
左遷できない。かといって解雇もできない。その上いるだけでも危険ときた。となれば――」
「……“いなくなってもらうのが一番”ですわね……」
すでに察しているのだろう。ミントは不安げな表情でつぶやく。
「え? でも、左遷も解雇もできないんじゃ……
それでもいなくなってもらうって、一体――」
言いかけて――そこでミルフィーユの言葉が止まった。
青い顔でこちらを向くミルフィーユに、ブイリュウは言いづらいものを感じながら告げた。
「暗殺でも謀殺でも、とにかく手段は何でもいい――
ジュンイチは間違いなく、抹殺のターゲットになるってことだよ」
一方、そのジュンイチは――
「………………はい?」
呆けていた。
食堂に向かおうとしたところ、突然レスターに呼び出しを受けたのである。
聞けばルフトから連絡が入ったらしいが、タクトがいつものごとくつかまらないらしい――ということでルフトから直々にジュンイチが代役として指名されたそうなのだ。
タクトに対する「オシオキ」を心に誓い、応答すべくブリッジに向かったジュンイチだったが――
「……舞踏会……っスか?」
そこでルフトから話された内容に目を丸くした。
〈そうじゃ。
無事合流されたシヴァ皇子のお披露目のため、舞踏会が開催されることになった。
まぁ、それは建前にすぎんじゃろうがな〉
「目的はあくまでもシヴァ皇子へのゴマすり、ですか……」
〈おそらく、な……〉
ジュンイチの言葉にうなずき、ルフトはため息をつき、
〈それで、お主達に伝えることがある〉
「何スか?
オレを護衛に、って考えてるならやめといた方がいいっスよ。今のオレはお偉方にたいそう嫌われてますからね」
〈いや……そうではない〉
ジュンイチの言葉にルフトはそう答えて――告げた。
〈お主達も出るんじゃよ〉
『舞踏会!?』
「おぅ。
シヴァ皇子の到着を記念しての舞踏会が開かれることになって、そこにエルシオールのメインクルーが招待された。
ちなみにオレの名前もなぜかある――呼び出して釘を刺すなり懐柔するなりしたいっつー思惑が見え見えだね」
声をそろえて驚くエンジェル隊の一同に、ジュンイチはため息をついてうなずいた。
ティーラウンジに勢ぞろいしている一同に声をかけた瞬間、何だか神妙な顔で振り向かれた。おそらく会議の場でのことを聞かされたのだろうとタクトをにらむが、当のタクトはそそくさと逃げていってしまった。
まぁ、タクトについてはどの道後で「オシオキ」するのが決定しているからいいとして――ジュンイチは詳細を知りたがっているエンジェル隊へと向き直った。
「開催は3日後。費用は軍が持ってくれるそうだから、各自準備をしておけ、ってさ。
ちなみにレスターは当日は会場の警備につく……というか、逃げたと言った方が適切だろうな。
……って言ってるのに……」
そう告げて――ジュンイチはミルフィーユを前にため息をつき、
「すでにお前以外誰も聞いとらんな」
「あ……あはは……」
ジュンイチの言葉に苦笑し、ミルフィーユが彼と共に向けた視線の先では――
「パーティーよ! パーティー!
よーし、思いっきり着飾ってやるんだから!」
「でしたら、わたくしがよく利用するお店のチェーン店があったはずですわ。そちらに参りましょう」
「ようし、経理の目ン玉飛び出るくらい買い物してやろうかね。あはははは!」
「……命令というのなら」
エンジェル隊の他の面々はすでに大はしゃぎ。誰もこちらの話を聞いちゃいない。
そんな彼女達を見てため息をつき、ジュンイチは再び口を開いた。
「おいおい、みんな。肝心な話がまだ残ってんだ。はしゃぐのはそれからにしてくれ。
特に蘭花。トリップしてないで早くこっち側に戻って来い!」
「……え? 肝心な話?」
「そうだ」
我に返った蘭花の問いにジュンイチはうなずき、
「当然わかってるとは思うが、今回のパーティーは舞踏会だ。
よって……各自ひとりずつ、ダンスのパートナーを同行させることが許された。
ラストダンスを見知らぬ男なんかとは踊りたくないだろう? さっさと人選を済ませておくことをオススメするね」
言って、ジュンイチはさっさとティーラウンジを後にした。
「さて、と、タクトは……」
目的はひとつ。
タクトを探し出して「オシオキ」するために――
「……ここにはいない、か……」
格納庫を訪れ、ジュンイチはタクトの姿がないのを確認してつぶやいた。
まぁ、タクトがここに来るのは出撃し、帰艦したエンジェル隊を出迎える時ぐらいだ。いる可能性は少ないとは思っていたが――
「……よそを探すか」
とにかく、続けてタクトの行きそうな場所を探すべくジュンイチはきびすを返し――
「………………ん?」
ふと、紋章機の影に人影を見つけた。
子供だ――ロームにクルーの誰かの家族でもいて、艦内に入れてもらいでもしたのだろうか?
「おい、何してんだ?」
ジュンイチが声をかけると、女の子はようやくジュンイチに気づいたらしく、不思議そうな顔をして振り向いた。
年齢は12、3歳くらい。髪は身体にまとわりつくかのようにウェーブのかかった長い金髪。レオタードのように身体に張りついた服に身を包み、左腕には金属質の鞭のようなものを着けている。
「なぁに?
ノアのこと?」
「ノアちゃんか……
ノアちゃん、キミの家族は一緒じゃないのか?」
「お兄様がいるわ。
今近くに来ているの」
やはり、クルーの誰かの妹のようだ。
「そんなことより、貴方は誰なの?
名前を聞く時は、まずは自分から名乗るのが貴族のたしなみだってお兄様が言ってたわ」
「残念でした。オレは貴族じゃないからその対象には含まれない」
ノアの言葉に答えると、ジュンイチは頬をかき、
「ま、それにしたって名前がわからなきゃキミも不便か。
オレはジュンイチ。柾木ジュンイチだ」
「ジュンイチ……?」
名乗ったジュンイチのその言葉に、ノアは眉をひそめた。
「もしかして……」
つぶやき、彼女の視線はゴッドドラゴンに向き、
「あの機動兵器に乗ってる人?」
「あぁ。そうだぜ。
『お兄様』から聞いたのか?」
「そうよ」
あっさりと答える――そんな彼女に対し、ジュンイチは本題に戻った。
「で……ノア、キミはここで何をしてたんだ?」
「紋章機や機動兵器を見ていたの。
紋章機はキレイだし……機動兵器は力強くて、カッコイイ」
「グルルル……」
「あ、ゴッドドラゴンもほめられて喜んでるな」
ノアの言葉にのどを鳴らし、一礼するゴッドドラゴンを見て、ジュンイチは思わず苦笑する。
だが――次の一言に、ジュンイチは眉をひそめた。
「これ……欲しいな」
「………………はい?」
思わず間の抜けた声で聞き返す――『キレイ』とか『カッコイイ』とか言う感想はまだわかるが――相手は仮にも兵器だ。『欲しい』というのはいかがなものか。
「だ、ダメダメ。
紋章機は軍のもので、オレにはあげる、もらうを決める権利はないし、ゴッドドラゴンもオレの私物だからあげられないよ」
「むー。
フンだ、ジュンイチのケチ。
ノアだって作れるからいいもん!」
「え………………?」
思わず聞き返すジュンイチだが――機嫌を損ねたノアはそのまま格納庫から走り去っていってしまった。
「…………『作る』……?」
その一言が気にかかった。
ともかく、タクトの捜索を再開したジュンイチだったが――
「………………何してんだ?」
それが最初の感想だった。
あちこち探し回った末、居住区でタクトの姿を発見したのだが――どうも様子がおかしい。「オシオキ」はもちろん、声をかけることも忘れてしまうほどに。
妙にソワソワした様子で、居住区の廊下を行ったり来たり。そして手には花束――
そんなタクトの奇行が気になり(ついでに先が楽しみに思え)、ジュンイチは廊下の角に身を潜め、そこから様子を伺う。
「何やってんだ? タクトのヤツ……」
思わずジュンイチがつぶやくと、
「わからないんですか?」
その言葉に振り向くと、そこにはアルモの姿があった。
「……すまん。さっぱりわからん」
いつの間に現れたのか、という疑問をあっさりスルーし、答えるジュンイチにアルモはため息をつき、
「いいですか。3日後にファーゴで舞踏会がありますよね?」
「あぁ」
「そしてマイヤーズ司令の手には花束」
「うん」
「で、居住区の――っていうか、“エンジェル隊の”部屋の前をウロウロ。
さて、この状況から考えられる答えは?」
その問いにしばし考え――ジュンイチは答えた。
「まさか……
エンジェル隊の誰かを誘うつもりなのか? アイツ」
「他に何が考えられるんですか?」
自信タップリに答えるアルモだが――ジュンイチはなんとなく確信した。
「……花束、お前の差し金だろ」
「あ、わかりました?
正確にはココと二人で用意したんですけど」
その答えに、ジュンイチはため息をつき――
「……その行動力で、レスターを誘ってくれればよかったものを……
アイツが会場警備に逃げたおかげで、オレの逃げ場がなくなっちまったんだから」
「なっ!?
ななな、なんでそこでクールダラス副司令が!?」
「日頃から見てりゃわかるっての。
ベタボレじゃんか、お前」
ジュンイチが答えると、アルモは一瞬驚いたような顔を見せ――続いて真剣な表情で尋ねた。
「それだけわかって、なんで自分のことになると鈍いんですか?」
「? 何が言いたい?」
アルモの言いたいことがわからず、ジュンイチは思わず眉をひそめ――
「………………あ」
すでにタクトの姿が廊下から消えているのに気づいた。
「あちゃー……もう誰かの部屋に入っちゃったみたいですね……」
「だな。
となると、ここでのぞき見してる意味もない、か……」
アルモに答えて、ジュンイチは立ち上がり、
「じゃ、オレ達も引き上げるか」
「そうですね」
同意し、アルモもまた立ち上がるのを尻目に、ジュンイチはタクトの気配を探った。
(えっと、タクトは……)
すぐに気配は見つかった。
(ミルフィーんトコ、か……)
銀河展望公園からでも居住区の様子を伺えるジュンイチだ。タクトの位置の把握などたやすい――だが、ここでそれを口に出せばアルモが暴走するのは目に見えている。
余計なトラブルはごめんだ。ジュンイチはそのままアルモを促し、居住区を後にした。
「や、やぁ、ミルフィー。
話があるんだけど……いいかな?」
ミルフィーユの元を訪ね、中に通されたタクトは緊張を隠しきれない様子でそう切り出した。
「はい、何でしょう……?」
尋ねるミルフィーユに、タクトはしばしためらっていたが――
「こ、これ……受け取ってくれるかな?」
手にした、ココやアルモから託されたその花束を差し出した。
「え………………?
これ……私に…………?」
「あぁ。
そして――今度の舞踏会、一緒に出席してくれないか?
オレの、パートナーとして……」
告げるタクトの顔は真っ赤だ。
だが――花束を受け取ったミルフィーユもまた、彼に負けないくらい顔を赤くしていた。
「タクトさん……
うれしいです……ありがとうございます。来てくださって……!」
喜びからか気恥ずかしさからか、その目には涙まで浮かんでいる。
「あたし、ずっとドキドキしてたんです……
タクトさんが、あたしをパートナーに誘ってくれたら、って……
けど、もし本当にタクトさんが来たらどうしよう、って……」
そんな顔を見られたくないのか、花束の中に顔をうずめてミルフィーユは告げる。
「さっきから立ったり座ったり、部屋中をウロウロ歩き回ったりして、ぜんぜん落ち着かなくて……
タクトさんが花束を出した時、ホントに心臓が爆発しそうだったんですよ」
「ミルフィー……」
そんなミルフィーユの姿に、タクトは思わず笑みを浮かべた。
この笑顔を――ずっと守りたい――
心の底から、そう思った。
「さて、と……オレはどうするか……」
自室でのんびりとくつろぎ、ジュンイチはポツリとつぶやいた。
特にラストダンスに誘いたい相手がいるワケでもないし、そもそも舞踏会そのものからも逃亡したいくらいだ。
当然、そんな彼が準備に乗り気になるはずもなく――
「………………?」
と、そんな彼の動きが止まった。
「どうしたの?」
「客だ」
ブイリュウの問いにあっさりとそう答え、ジュンイチは部屋のドアへと立ち――気配がドアの前で停止した瞬間を見計らってドアを開けた。
すでに予測していたのだろう、驚く様子もない相手に対して、サラリと告げる。
「ファーストフードめぐりのお誘いか?」
「えぇ、もちろんですわ♪」
尋ねるジュンイチに対し、フォルテ達と共にやってきたミントは平然とそう答えた。
そんなやりとりがあった後、ジュンイチはみんなでファーゴに降り立っていた。
ミルフィーユは舞踏会の準備のため、すでにタクトと共に下船した後だった。二人のジャマをするのも野暮なので今回はあきらめてもらうことにする。
どこに行くか、などという相談はしない。
すでに、ミントが徹底的に攻略ルートをまとめ上げていたのだから。
だが――
「なぁ……」
「何ですか?」
尋ねるジュンイチの問いに、ミントは怪訝な顔をして振り返る。
「オレ達は……ファーゴにゃファーストフードめぐりに来てたんだよな?」
「そうです」
うなずくのはヴァニラだ。
「だったら……」
だが、そんな彼女の答えにジュンイチは視線を上げ――
「なんでオレ達はタクトとミルフィーをストーキングしてんだ?」
「『ストーキング』だなんて人聞きが悪いねぇ」
「二人を見守っててあげてるんじゃないの」
あっさりと答え、フォルテと蘭花は再び手にした双眼鏡をのぞき込み、その先の――二人でショッピングを楽しむタクトとミルフィーユの様子をうかがう。
「あたしらは別にあの二人をジャマしよう、っていうワケじゃないんだよ」
「そうそう。
あの二人の行く末を面白おかしく――もとい、生暖かく見守ってあげようっていうんじゃない!」
「世間一般ではそういうのも『ストーキング』って言うんだと思うが……」
ため息をつき、ジュンイチはあきらめて様子をうかがうことにした。
ただし――タクトとミルフィーユの、ではない。
(ほっといて消えたら、あの二人に何するかわからんからな……)
二人の仲を進展させようと暴走しかねない、エンジェル隊の、である。
「街をこうやって歩くのも久しぶりだな。
人ごみがうっとうしいやら懐かしいやら……」
「ずっとエルシオールの中でしたもんね。
周りが知らない人の顔ばかり、っていうのも、何だか新鮮ですよね」
そんなジュンイチ達の尾行に気づいているはずもなく、タクトとミルフィーユはファーゴのショッピングモールを歩いていく。
「ところで、パーティーのドレスなんだけど……あてはあるのかい?」
「はい。
ミントから、おすすめのブランドのお店があるって聞いて……」
「……ドレス選びに来たようだな」
「って、なんだかんだでちゃっかり見てんじゃない」
「仕方ないだろ」
自分のつぶやきにツッコミを入れてくる蘭花に、ジュンイチはため息まじりに答える。
「アイツらの行き先に先回りしておかないと――お前らの裏工作に先手を打てないだろ」
「どういう意味よ!?」
「まぁまぁ」
エキサイトしかけた蘭花をブイリュウがなだめると、タクトとミルフィーユは近くの店へと入っていった。
それを確認し、ジュンイチはミントに尋ねる。
「……確か、さっきミルフィーはお前のおすすめの店だって言ってたような気がするんだが」
「そうですわ」
あっさりとミントはうなずく。
「あのお店には――ミルフィーさんが見つけたロストテクノロジーを使ったドレスがあるんですの」
「ドレスに……ロストテクノロジーか?」
「まぁ、それが普通の反応ですわね」
ある意味で意外とも言える組み合わせを聞かされ、眉をひそめるジュンイチに、ミントは微笑みながらそう答える。
「ジュンイチさんは、『ペチコート』というのをご存知ですか?」
「女性の下着の一種。
主にドレスを着る時に使うもので、スカート部のふくらみを出すのに使う――元上流階級ナメんな」
とはいえ顔は少し赤い――やはり女性の下着の話をするのは恥ずかしかったようだ。
だが、そんなジュンイチに対し、ミントは平然と答える。
「そのペチコートに、ミルフィーさんの発見したロストテクノロジーの技術が使われているんですの。
形状記憶合金のようなもので、スイッチひとつで記憶させた形に変形するんですの」
「なるほど……」
ミントの説明にうなずき――ジュンイチはふと気づいた。
「そーいや……お前ら、自分達のドレスはいいのか?」
その問いに、一同は視線を交わし――その視線が、一斉にジュンイチへと集まった。
「え? おい?
なぜそこでオレを見る?」
ものすごくイヤな予感がする――尋ねるジュンイチの両腕を、蘭花とフォルテがガッチリと捕獲した。
「そういう風に気遣ってくれるんなら、ついでにあたしらのドレスも見繕ってくれると助かるねぇ」
「元御曹司のジュンイチなら、いいのを選んでくれそうだもんね♪」
「おい、ちょっと!? なんでオレ!?」
「そんなの決まってますわ。
女の子は、いつも殿方から見てキレイだと思ってもらえる格好をしたがるものなんですのよ」
「男性の意見は、参考になります」
ジュンイチの問いにミントとヴァニラが答え――ジュンイチはフォルテと蘭花によってズルズルと引きずられていく。
「ブイリュウ! 二人のデート、ちゃんと記録とっとくんだよ!」
「はーい!」
フォルテにデジカメを託されたブイリュウを残して。
それから3日――ついに舞踏会当日がやってきた。
「おっそーい!」
最初に出迎えたのはその一言――ジュンイチが舞踏会の会場に到着したのはすでにシヴァを迎える式典も終わり、舞踏会が始まってから30分余りも経過した後のことだった。
だが――突然上がった抗議の声にも動じることはない。ジュンイチは平然と答えた。
「むしろサボりたかったんだがな、オレは」
「そんなの認められるワケないでしょ!?」
答える蘭花はいつものチャイナ調の変形制服ではなく、深紅のロングドレスに身を包んでいる。後ろでまとめた金髪がアクセントとなり、彼女の存在感をこの上なく引き立てている。
「もういらっしゃらないと思いましたわ」
「逃亡の可能性は50%以上ありました……」
告げるのはミントとヴァニラ――ミントはサックスブルーの、ヴァニラは白い清楚なドレスに身を包んでいる。
ともかく、『逃亡率50%以上』というヴァニラの言葉にジュンイチは思わず苦笑し――
「そうかい? あたしは来るって思ってたよ」
反対の意見を述べるのは、胸元の大きく開いた紫色のタイトドレスに身を包んだフォルテだ。
「そうでしょうか?
ジュンイチさん、上の方達から最悪なくらいにらまれていますし、ヘタをすれば暗殺のターゲットにもなっているかもしれませんのよ」
「だからだよ」
内容が内容なだけに、小声で尋ねるミントだが、フォルテは余裕で答えた。ジュンイチを指し、告げる。
「この坊主が、暗殺されかかってるからって相手への挑発をやめるタマかい?
むしろ『やれるものならやってみろ』とばかりに大舞台に出てくるに決まってるだろ」
「あぁ、なるほど」
納得するミントからジュンイチへと視線を移し、フォルテは尋ねた。
「遅刻したのは対暗殺用の見回りをしてたからだろう?
しかも、ついでに対テロ用のチェックも済ませてきたと見た」
「正解」
フォルテに答え、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる。
「ま、来たのには他にも目的はあったけどね」
「え? 他の目的?」
尋ねる蘭花に、ジュンイチは逆に聞き返した。
「お前ら……そのドレス選んだの、誰だか忘れてないか?」
「アンタよね?」
「正確には“選ばされた”んだがな」と付け加え、ジュンイチは告げた。
「そのドレスが他の客の目を引いてないとなれば、選んだオレの苦労が報われん」
服装に置いては無頓着なところの見られるジュンイチだが――意外とファッションにおいてもこだわりがあったようだ。
ただ――ちょっとムキになるところが違うような気もするが。
それはともかく、ジュンイチはふと気になったことを尋ねた。
この場にいない、残り2名の所在だ。
「ところで――タクトとミルフィーは?」
「あっち」
あっさりと答え、蘭花は人込みの一角を指さした。
「いや、位置はわかってる」
気配探知においても十分に人間やめてる自分が見落とすとでも思ってるのだろうか――不満げに答えると、ジュンイチは聞き方を変えた。
「オレは『どうして一緒にいないか』を聞いてるんだ。
てっきりみんなそろって楽しんでると思ってたんだが」
その言葉に、蘭花達は顔を見合わせ――ため息をついた。
「ジュンイチ……
タクトは、舞踏会のパートナーにミルフィーを選んだのよね?」
「みたいだな」
「つまり……タクトがミルフィーをどう思ってるか、わかるわね?」
「あー……」
その問いに、若干の照れを感じながらジュンイチはうなずく。
「好き……なんだろうな。
ンなことはタクトがミルフィー誘った時点でわかってる」
「そう」
うなずく蘭花の目が「そこまでわかってるのになんでまだ気づかないんだコイツは」と語っているのがよくわかった。
「……あたし達で押しかけて、二人のジャマしたいっていうの?」
その言葉に、ジュンイチはしばし考え――
「………………あぁ」
ようやく納得し、ポンッ、と手を叩くジュンイチを前に、蘭花は思わずため息をついた。
舞踏会やその前に行われた式典の目的はハッキリしている。
皇国の正統な皇王が廃皇子エオニアではなくシヴァであること――そしてその後見人が第3方面軍総督ジーダマイアであることを全宇宙に宣言するためだ。
式典の様子はクロノウェーブ通信で皇国全土に配信されるらしい――そのやり口を否定するつもりはないが、ジーダマイアがその準備ばかりにかまけて軍の動きをないがしろにしているのが気に入らない。
どれほど優秀な軍であろうと、体制を整えないまま戦いに臨むのは自殺行為以外の何物でもない。ジーダマイアは数で押せば勝てると考えているようだが――集まった数もまともに把握していないのでは話にならない。
「……さて、どうなることやら……」
間もなくラストダンスの曲がかかる頃だろう――華やかな場内を見回しながら、ジュースに軽く口をつけてジュンイチがつぶやくと、
「何だい何だい、シケてるねぇ」
ワイングラスを片手にフォルテが声をかけてきた。
「あれ、フォルテさん。
ダンスはいいの?」
「ダメダメ。あたしの性には合わないよ」
「確かに」
思わずつぶやき――半分以上本気で殴られた。
「そういう時はウソでもいいからフォローしとくもんだよ」
「スンマセン……」
拳を握り締めて告げるフォルテに、ジュンイチはゲンコツを落とされた頭を抱えてうめくように謝罪する。
だが、そんなジュンイチにフォルテは苦笑し、
「ま、そういうバカ正直さがお前さんの長所だと思うけどね」
「はぁ? 『バカ正直』?
何言ってんですか。こんな腹黒くん捕まえて」
「自分で言うセリフでもないと思うけどねぇ……」
ジュンイチの言葉に、フォルテは思わず肩をコケさせてつぶやく。
「けど――バカ正直だ、って思ったのはホントだよ」
「だから、オレは……」
フォルテに反論しかけたジュンイチだったが――不意にその耳を誰かが真横から引っ張った。
蘭花である。
「いででででっ!
ら、蘭花!?」
「『蘭花!?』じゃないわよ。
アンタのことだから、とっくに気づいてたんでしょ?」
白々しく驚くジュンイチに答え、蘭花はジュンイチを解放する。
そのとなりにはヴァニラやミントもいる――再びフリー組全員集合となった現状に、ジュンイチは思わず尋ねる。
「お前ら……せっかくの舞踏会なのに踊らないのか?
もうそろそろラストダンスだぞ」
「そのセリフを貴方が言いますか?」
「まだ誰とも踊っていないのは確認済みです」
ジュンイチの問いにミントとヴァニラが聞き返すと、
「そんなのどうでもいいのよ!」
そんな彼らの間に蘭花が割って入った。
「いい? ジュンイチ。
アンタ自身がどう思ってるかはともかく――あたし達は、アンタのことを悪くなんか思ってないのよ!
そりゃ、ムチャクチャなところもあるけど、『腹黒い』とか『性悪』とか、そんなの論外よ!
だからアンタも、自分をそんな風に言うのはやめなさい!
――っていうか、むしろあたしのためにやめなさい! 聞いてるこっちが腹立つわ!」
「お、おぅ……」
自分の言い回しが自虐的に聞こえたのだろうか――蘭花のパワフルな励まし(?)に、ジュンイチは思わず気圧されてコクコクとうなずく。
「蘭花の言うとおりさ。
ジュンイチはあたし達をここまでずっと守り抜いてきた最大の立役者なんだからね、もっと胸を張りな!
『こんなヤツに守られたのか』なんて思われるのは、ごめんだよ」
「はいはい」
フォルテの言葉に肩をすくめ、ジュンイチは「料理を食ってくる」と人垣の中に消えていった。
それを見送り――フォルテはつぶやく。
「そう……ずっと守ってきてくれた。
エオニア軍からも――皇国軍からも」
「え………………?
どういうことですか? それ」
「変に思わなかったのかい?
ジュンイチは今までの戦い、ハッキリ言ってやりすぎだろコレ、っていう勝ち方ばかりしてきたんだよ――アイツの実力なら、もっと楽な勝ち方を選べたはずなのに」
蘭花に答え、フォルテはジュンイチの消えていった方向へと視線を戻した。
「あたしも、最初は単に目立ちたがり屋なだけかと思ってた――けど、今になってようやくわかったよ。
今言ったとおり、ジュンイチにはもっと楽に勝つ手段もあった。
けど、それをあえて選ばなかった――いや、“選べなかった”んだ」
「……そういうことですか……」
フォルテの言葉に、彼女の言わんとしていることに気づいたミントは眉をひそめた。
「ジュンイチさんが楽をするということは、その分ジュンイチさんの負っていた負担はわたくし達に回ってきていたはず……
その上で勝ったとなると、今までの戦いは『ジュンイチさんの力で勝った戦い』ではなく『エルシオール全体の力で勝った戦い』になってしまう。
そして、そうなった場合――このローム星系についた途端に、エルシオールは軍に接収されていたでしょうね。今のご時勢でエオニア軍と対等に渡り合える戦力を、そう簡単に手放すとは思えませんもの。
それを避けるためには――」
「手柄を極力自分に集中させ、引き抜きの対象を自分に絞る必要があった……」
つぶやくヴァニラに、ミントは静かにうなずく。
「合流を直前に控えたあのタイミングでフルメタル・ドラゴンを作り出したのも、そう考えるとつじつまが合います――軍に対する、アピールのダメ押しだったんでしょうね。
ジュンイチさんは、自分の戦闘能力を皇国軍に見せつけることでわたくし達の実力を覆い隠し、わたくし達を引き抜きの対象から除外させたんですわ」
「そして、いざ自分を引き抜こうとしてきた連中にはそいつの弱みをちらつかせ、黙らせればOK――自分の首を飛ばしかねないヤツをわざわざ引き抜くバカもいないだろうからね。いつ出し抜かれるかわかったもんじゃない。
結局、何もかも計算ずくってワケかい……」
フォルテがそうつぶやくと、
「何よ、ソレ……!」
まるで吐き捨てるかのように、蘭花が口を開いた。
「それじゃ、結局ジュンイチが一番貧乏クジじゃない!
自分を悪く言ったりわざわざ厄介な状況に自分を放り込んだり、何考えてんのよ、アイツ!」
「それは本人に向けるべき質問だと思うんだが?」
「ぅおぉぉぉぉぉっ!?」
あっさりと背後から告げるジュンイチに、蘭花は思わず飛び上がる。
「じ、じじじ、ジュンイチ!?」
「はーい、ジュンイチくんですよー」
ほぼ棒読み状態で蘭花に答え、ジュンイチは手にしたトレイに皿ごと盛り付けてきたチキンナゲットを口の中に放り込む。
「で、『何考えてるんだ』って質問への答えだが……」
そう前置きし――ジュンイチはサラリと告げた。
「何も」
「………………はい?」
「余計なことは何ひとつ考えちゃいないよ」
思わずあ然とする蘭花に対し、ジュンイチはあっさりと答える。
「オレが考えているのは、エルシオールがエルシオールらしくいられる、そうした状況を守ることだけ。
シヴァ皇子には悪いけど、皇国を守ろうとかンなことはカケラも考えちゃいないね、ホントのこと言うと」
「って、それと自分が貧乏クジ引くのと、何の関係があるって言うのよ!?」
「貧乏クジにならねぇからな」
あっさりと蘭花に答え、ジュンイチは今度はサンドイッチにかぶりつき、
「すでに王手は詰んであるんだ。向こうがどう動こうが完全に後手――連中の首根っこは押さえたも同然さ。
お前ら――この3日間、オレが何もしてないとでも思ってんのかな?」
「………………何をした」
絶対に何かした――確信に近い思いでそう尋ねるフォルテに、ジュンイチは笑いながら告げた。
「ジーダマイアがスケープゴート用意しようとしてたから、そのやりとりの記録を送りつけてやった」
「たまに思うんだが……マヂでナニモノだお前」
「コレに関してはそう難しいことでもないよ」
ジト目で尋ねるフォルテに、ジュンイチはあっさりとそう答える。
「オレがしたのは簡単なトリックさ。
裏の動きは、動いたその場を押さえなきゃ証拠を得ることは難しい。
だったら――“動かざるを得ない状況”を作ってやればいい。
連中はオレに裏金の証拠を握られていることを知らされ、いつ自分が追い落とされてもおかしくない立場にあると思い知らされた。
適当な証拠隠滅しかしてなかったことを考えても、連中が会計部や監査部も抱き込んでいたことは想像にかたくない。言うまでもないがそいつらはそういった不正を取り締まるのが仕事だ――そいつらを味方につけた以上、指摘するヤツが現れるとは夢にも思ってなかったろうな。
となれば当然、連中がバレた時の対策を備えているとは考えにくい――案の定、自分の身代わりにするための“トカゲの尻尾”を用意しに走ったよ。
で、それを狙い済まして一網打尽。他にも何人か押さえたぞ」
「うっわー、えげつなー……」
「はっはっはっ、裏社会の攻防だぞ。お上品にやってられっかい」
うめく蘭花に笑って答え、ジュンイチは改めて告げた。
「けど――これでわかったろ?
連中がオレを抹殺しようとするのは、今となっては事実上不可能だ」
その言葉に、蘭花はそれを否定することのできない自分を感じていた。
確かに現状、ジュンイチを抹殺することはジーダマイア達には不可能だと思っていい。
この場合、一口に『抹殺する』と言っても、具体的には二つの方法がある。
物理的に殺すか、社会的に殺すか――しかし、ジュンイチにはそのどちらも通用しない。
社会的に殺そうにも、元々別の世界の生まれであるジュンイチは、その活躍に比べて民間にはあまりその存在を知られていない。
あまりにも強力すぎる戦闘能力が逆に話の信憑性を削ぎ、その存在を単なるウワサに留めてしまっていることもあるが、元々が社会にいないはずの人間だから、今さらどうこうするまでもなくすでに“抹殺済み”も同然なのだ。
付け加えるなら、ジュンイチは今回の件でもわかるように『戦略的な大局』にはすさまじい慧眼を発揮するが、逆に『社会的な大局』に対してはすさまじく無関心だ。今回はジーダマイアによる引き抜きを阻止するためにやむなく実力を披露したにすぎず、本来の彼は基本的に他者からの批評を気にしない。今回のように「その必要」に迫られない限り、その影響力を行使しようという意識がまったく発生しないのだ。
そういった、ある意味無欲な相手にはスキャンダルという手はあまり通用しない。抹殺手段におけるスキャンダルというものは相手が汚れるのを嫌うからこそ効果を発揮するものであり、ジュンイチのように“汚れることを前提にしている”人間にしてみれば「それがどうした」で終わりだ。今さら汚れのひとつや二つ、気にするワケがないのだから。
物理的に、となるとそれこそ問題外だ――そもそもジュンイチと戦って勝てる人材など皇国軍には存在しないのだから。
ブレイカーという特殊能力者であることもあるだろうが、言うまでもなくジュンイチの戦闘力は人間レベルを超えている。皇国軍の特殊部隊をもってしても彼の前では赤子も同然だろう。
そういう強敵には人質なり毒なり、絡め手で攻めるのがセオリーなのだが、ジュンイチはむしろそういった類の方が得意分野だ。そんな手に出たが最後、そいつはそれ以上に悪辣な手で徹底的に叩きつぶされるだろう。
そして何より――どんな手段を使っているかは知らないが、ジュンイチは彼らの動向に常に目を光らせている。動いたそばから察知されてはどんな手も打ちようがない。
すなわち、完全な手詰まり――ジーダマイア達第3方面軍は、ジュンイチに、彼の守ろうとしているエルシオールに対してはもはや一切の手出しを封じられてしまった形だ。
「とことん容赦ないわねぇ……」
「当たり前だ」
うめく蘭花に答えると、ジュンイチはサラリと告げた。
「どうせ、オレはこの世界の生まれじゃない――いずれ元の世界に帰る時が来るんだ。
どの道消える予定の人間なんだ。憎まれ役には最適だろう?」
「あ………………」
ジュンイチの言葉に蘭花は思わず声を上げ――後ろでフォルテやミント、ヴァニラも視線を交わす。
その事実を忘れていた――ジュンイチが異世界生まれの人間であることを忘れていたワケではなかったが、“彼が帰る可能性”を完全に失念していた。
「そう……だったね……
お前さんは、帰らなくちゃならないんだっけか……」
「なんか……一緒にいるのが当たり前になってて、忘れてたわ……」
視線を落とし、フォルテと蘭花がつぶやき、
「本当に、帰ってしまわれるんですか……?」
「さびしくなります……」
肩を落とし、ミントとヴァニラもつぶやく。
が――
「阿呆」
一体どこから取り出したのか――ジュンイチはハリセンで4人の頭を順にはたいた。
「すぐ帰るって決まったワケじゃないんだ。何シンミリしてやがる。
だいたい、肝心要の帰る手段すらまだ見つかってないだろうが」
「けど……あんなこと言われれば、意識せずにはいられないわよ」
「それについては確かに言い方が悪かった。謝罪しよう」
蘭花に答え、ジュンイチは軽く肩をすくめて見せる。
「ま、どっちにしてもオレだってエルシオールに愛着もわいてるしな。この一件、最後の最後まで付き合うさ。
上の連中を抑えたのも、突き詰めればそのために余計なことしないで欲しかったからだし」
言って、ジュンイチはトレイのはしに乗せていたオレンジジュースを口に含み、
「そんなワケだから安心しろ。すぐに消えるワケじゃないし――帰るにしても、きちんといろいろ決着つけてからの話になる。まだしばらくは帰れないさ。
その証拠、ってワケじゃないが――」
言いながら、トレイの上の皿とオレンジジュースを手近なテーブルに置き、
「現時点でパーティーもお開きだし」
その言葉と同時――会場を衝撃が襲った。
衝撃の正体は爆発だった。会場からやや離れたところでのことだったが、それなりに威力があったのだろう。比較的会場の隅にいたジュンイチ達のところにまで爆風が(完全に弱ってそよ風程度だったが)届き、時折爆発で飛ばされたと思しき破片が飛んでくる。
突然の事態に会場が騒然となる中、ジュンイチは破片の飛来に備えてかまえていたトレイを下ろした。
「やっぱりな」
「って、気づいてたのかい?」
「予測だよ」
尋ねるフォルテに対し、ジュンイチはあっさりと告げた。
「エオニアだって腐っても貴族だ。そーゆーお高くとまったヤツが、舞踏会の最中いきなり襲う、何て無粋なマネするかよ。
で、オレは会場から気配で察知できる範囲は一通りチェックして工作の痕跡がないことを確認している――つまり、エオニアがこのタイミングで、オレの気配察知の範囲外から攻撃を仕掛ける、と読んだワケだ」
ジュンイチがそう告げる間にも、爆発音は続いている――だが、それを聞き、ジュンイチは眉をひそめた。
(爆発が近づいてきてる――?
それに、最初の一撃以外、威力も大したことないっぽいし……)
「おいおい……
まさかとは思うけど……こっちに寄ってきてるんじゃねぇだろうな!?」
うめいて、ジュンイチはあわてて駆け出し、フォルテを先頭としたエンジェル隊もそれに続く。
目的地は――中庭方面。
「タクト、ミルフィー!」
すでにタクト達は先行していた――近くにいたであろう客達で作られた人垣の中で、ジュンイチ達はタクトとミルフィーユの姿を見つけた。
「ジュンイチ、それにみんなも……」
「何があったの?」
「それが、わたし達も来たばかりでまだ……」
タクトに尋ねる蘭花にミルフィーユが答えると、
「……下がれ」
突然ジュンイチが告げ、タクト達をかばうかのように前に出る。
“紅夜叉丸”の代わりに持ってきていた多段警棒を伸ばすと爆天剣へと作り変え――相手は中庭の茂みの中からその姿を現した。
別に隠れていたワケではない。中庭をまっすぐ、堂々と突っ切ってきたのだ。
そして、その一団の中心にいるのは――
「エオニア!?」
思わずタクトは驚愕の声を上げていた。
「どうしてここに!?」
驚きながらも蘭花はかまえ――エオニアはこちらに気づいた。
「ほぉ、タクト・マイヤーズに柾木ジュンイチか。
招かれざる客にもかかわらず騒ぎを起こしたこと、まずは謝罪させていただこうか」
「何しに来た」
静かに、だがその動きのすべてに気を配りつつ、ジュンイチはエオニアに尋ねる。
「仲直りしようと思ったのだよ、我が従兄弟殿と。
シヴァ皇子はいずこにおられるか?」
「素直に教えると思ってるのか?」
尋ねるエオニアにジュンイチが答え――
「私ならここだ!」
「あああああ……」
あっさりと事態は動いた。隠れていればいいものの、毅然とした態度で前に進み出たシヴァの姿に、ジュンイチは思わず頭を抱える。
「ちょっとは自重してくれ、ホント!」
だが、出てきてしまったものはしょうがない――ジュンイチはすぐにシヴァを守るべくその傍らに駆け寄る。
すぐそばにはジーダマイアやその側近達がいたが――うろたえるばかりで正直あてにはなりそうにない。
「久しぶりだな……と言っても、覚えてはいないか。
お前と最後に会ったのは、まだ物心つく前の話だったのだからな」
ジュンイチに、そして彼に続いたタクトやエンジェル隊に間に割り込まれても、エオニアは余裕の笑みを崩すことはなかった。悠々とシヴァに告げる。
「私は、この皇国に新たな理想郷を作り出す。
シヴァよ、お前はそちらにいるべき人間ではない――私と共に来るのだ」
だが――シヴァの答えは決まっていた。
「断る!
破壊と殺戮の後に、真の平和などありえない!」
「なるほど……」
その言葉に、エオニアはうなずき――
「だそうだぞ、柾木ジュンイチ」
「ちょっと待て!
なんでその話題をオレにふる!?」
エオニアの言葉にジュンイチが声を上げるが――エオニアは動じない。
「なるほど、交渉決裂か……」
そうつぶやき――次の瞬間、その姿が変わった。
光学迷彩を解除したプローブへと――
「――――――っ!」
それを見て、ジュンイチはとっさに力場を強化、防壁へと変え――プローブが爆発、爆風が巻き起こる。
「すまない、柾木……」
「いいってことですよ」
礼を言うシヴァに答え、ジュンイチは周囲の様子を見回す。
幸いケガ人などはないようだが、プローブの爆発は周囲に多大な混乱を巻き起こした。各々に悲鳴を上げて逃げ惑っている――気づけば、ジーダマイアや側近達の姿もすでにない。
「ったく、やってくれる……!
タクト!」
「あぁ」
ジュンイチに答え、タクトはシヴァの前にひざまずき、告げる。
「皇子、エオニアはすでに、こちらに艦隊を差し向けていると思われます」
「それも、かなりの規模のはずだ。
何しろ、反抗勢力を一掃できる絶好のチャンスなんだからな」
「そうか……」
タクトとジュンイチの言葉に、シヴァはしばし考え、
「……私はどうすればいい?」
「エルシオールに戻る――それが最善でしょう。
少なくとも、軍本部へのルートよりは安全でしょう。
ただ……」
答えるタクトの言わんとしていることはすぐにわかった――シヴァは周囲を見回し、
「問題は、この混乱の中をどうやってエルシオールに向かうか、か……」
しかし、
「あー、それなら心配ないと思いますよ」
そう告げたのはジュンイチだ。
「そろそろ『足』が到着しますから」
『………………?』
ジュンイチの言葉に蘭花とフォルテは顔を見合わせ――突然、ヴァニラが口を開いた。
「あれは……何でしょう……?」
「あれ……?」
その言葉にミントが見上げると、会場の上空を何かが飛んでいるのが見える――しかも、だんだんとこちらに近づいてきている。
「鳥……かな?」
「バカねぇ、ここは都市衛生なのよ。鳥なんて飛ぶワケないでしょ」
首をかしげるミルフィーユに、蘭花はため息まじりにツッコミを入れる。
「だいたい、あんな距離から見えるってことは相当大きいのよ。そんな鳥がどこに――」
言いかけ――蘭花の動きが停止した。すぐに視線を動かし――それを受けたジュンイチは笑顔でうなずいた。
「そ。
とうにエルシオールへのエマージェンシーコールは送信済み♪」
ジュンイチがそう答え――背部に長距離移動用のコンテナユニット“トラベルポッド”を装着したゴッドドラゴンが飛来した。
(次回に続くっ!)
(初版:2006/07/30)