ゴッドドラゴンに運ばれ、タクト達はエルシオールへと戻った。
 すぐにエンジェル隊は格納庫へ、タクトとシヴァはブリッジへと向かう。
 そしてジュンイチは――先駆けて戦場へと飛び立った。

「ルフト准将は!?」
「もうすでに出撃されている」
「さすがだな……」
 エルシオールのブリッジに戻り、タクトはレスターの答えに感心しながら艦長席につく。
 続くシヴァに背後のシートに座るよう促すと、すぐに気を引き締めてココに尋ねる。
「ココ、状況は!?」
「エオニア軍は3方向に分かれて、激しい攻撃を加えています。
 ルフト准将率いる第3方面軍艦隊は最初遠距離攻撃で対応していたのですが、本部からファーゴの防御を優先するよう命令されて……」
「プローブに動揺して、わざわざ敵を引き込んでしまったワケか……」
 まんまとエオニア軍に乗せられた形だ――思わずうめくが、ここで舌打ちしても始まらない。今は状況の打開が最優先だ。
「エルシオール、発進。反撃に出る!
 射程内に入った艦に集中砲火! 一隻ずつ確実に叩く!
 エンジェル隊は準備が出来次第発進!」
 すぐにそれぞれに指示を飛ばし――タクトは新たに通信回線を開いた。

〈ジュンイチ……どう思う?〉
「どうもこうもない、ね!」
 タクトに答え、タクト達を送り届けたその足で戦闘に参加していたジュンイチは敵艦から放たれたミサイルを一刀の元に斬り捨てる――間髪入れずにフルメタル・ドラゴンの一斉砲撃が無人艦隊を薙ぎ払う中、続ける。
「ファーゴは要塞も同然だからな。被害は出るだろうが、生半可な攻撃じゃ、物理的な意味ではまず落ちないだろう。
 その上エルシオールにエンジェル隊、オレやフルメタル・ドラゴンまでいるんだ――エオニア軍が総攻撃したって、そう簡単に攻略できる状態じゃない。
 当然――エオニアだってそれはわかってるはずだ」
〈その上で、エオニアは攻めてきている……〉
「あぁ。
 何か勝算がない限り、今のファーゴに攻撃を仕掛ける理由はない」
 答えて、ジュンイチは手近な巡洋艦にクラッシャーナックルを叩き込み――
「お待たせしましたぁっ!」
 そんな彼の元に、ラッキースターが飛来した。

 

 


 

第9話
「解放された力」

 


 

 

「よくも舞踏会を台無しにしてくれたわね! もう容赦しないんだから!」
 一直線に戦場に飛び込み、蘭花は正面の高速艦にアンカークローを叩き込む。
「ここから先は通しませんわ。
 お行きなさい、フライヤー達!」
 一方で、ミントもまた突破を試みようとする巡洋艦の一団をまとめてフライヤーで薙ぎ払い、
「さぁて、景気よくブッ飛びな!」
 フォルテも、ハッピートリガーの武装を絶え間なく撃ちまくり、敵艦隊を寄せつけない。
「エルシオール、戦況は!?」
〈現在のところは五分五分、といったところだ。
 第3方面軍が、かなり持ちこたえてくれてるらしくてな〉
 尋ねるジュンイチにレスターが答えると、蘭花が通信に割り込んできた。
〈何よ、あのボンクラ総督、意外とやるじゃない〉
〈っていうか、あちらさんも必死なんだろうよ〉
 そう蘭花に答えるのはフォルテだ。
〈何しろ、ここでジュンイチの機嫌を損ねたら一巻の終わりだからねぇ……必死にもなるってもんだよ〉

「なるほど……
 そりゃ必死になるわ」
 フォルテのその答えに、蘭花は思わず納得した。
〈ひょっとしたら、ジュンイチはこういう効果も狙ってたのかもね〉
「あー、あり得ますね、それ」
 そうフォルテに答え、蘭花は近くの無人艦を次々に叩き落とすジュンイチのゴッドブレイカーへと視線を向けた。
 確かにジュンイチは戦場においては一騎当千の働きを見せる。その戦闘能力は桁外れ。こんな激戦であっても、少なくとも生還は確信できる。
 だが――その力が及ぶ範囲は限られている。
 ジュンイチがどれだけ強力な力を持っていようと、それはあくまで『攻撃力』の問題であり『攻撃範囲』の問題ではない。いくらジュンイチでも戦場すべてを薙ぎ払えるワケではないのだ。
 瘴魔との戦いならば基本的に1対1、または少数対少数だったからそれでもよかったが、ここでの戦場は原則として対多数。戦場はどうしても広範囲に展開されてしまう。
 そうした戦いではいくらジュンイチでも手が足りない。真に勝利しようとするならば、どうしても周囲の助けを得る必要がある。
 それがわかっていたからこそ、元来他者を戦いに駆り出すことを嫌うジュンイチも素直にエンジェル隊と共に戦う道を選び、その道を維持しようと第3方面軍の政治的干渉を封じたのだ。

 そして、その行動は同時に第3方面軍を自分達の戦いに組み込める体制をも生み出した。次々に沸いて出てくるエオニア軍に対抗するためにもっとも必要な「数」を確保できるようになったのだ。
 それでなくても、この戦争はトランスバール皇国の問題であり、本来ならば皇国軍がなんとかすべき事態なのだ。その上自分達の拠点を攻められているこの状況でまだジーダマイア達がグズグズしているようなら、性格上間違いなくジュンイチはキレる。連中の汚職の証拠を始めとした、彼の持っているカードを総動員してジーダマイア達を引きずり下ろし、皇国軍の毒抜きにかかるだろう。
 別にジュンイチは正義の味方を気取っているワケではない。ただ“自分がエルシオールを守りたいから”戦っているにすぎない。自分の望み、悪い言い方をするなら欲望に忠実に動いているだけの話なのだ。
 そう。ジュンイチは“正義”という言葉とは程遠い。むしろその対極にある“悪”の感性の持ち主だ。ただその“悪”の――自分の欲望の方向性が『大切な人達を守る』という一点に集約されているからそう見えないだけなのだ。
 だからこそ、平気で裏の謀略戦にも手を出せる。そもそも自分のジャマをする者には徹底的に容赦しないタイプなのだ。その気になれば暗殺すら辞すまい。
 ここでまごついていると自分達の身が危ない――それがわかっているからこそ、第3方面軍も必死になって戦闘に取り組んでいるのだ。

「まったく、大したタヌキね、アイツも……」
 つぶやき、蘭花は新たな目標へと襲いかかり、まき散らしたミサイルでズタズタに引き裂く。
「ま、おかげでこっちは大助かりだけど――」
 言いかけた蘭花だったが――レーダーに現れた表示を前に表情を引き締めた。
 高速で接近してくる機影。戦闘艦の数倍のスピードだ。
 これは――
「ヘル・ハウンズのお出ましね……!」
 うめく蘭花だったが――気づいた。
 数がおかしい。少ないならまだわかるが――
「……6機……!?」

「6機…………!?」
 ミントから連絡を受け、ジュンイチは思わず眉をひそめた。
 ヘル・ハウンズは総員5名。それは彼らが軍の不正規部隊にいた頃の記録からも確認が取れている。
 新たなメンバーでも入れたのだろうか――ジュンイチがそんなことを考えていると、
〈ジュンイチさん!
 6機目がそちらに行きましたわ!〉
 ミントが告げると同時――それは飛来した。
(人型の……機動兵器……!?)
 現れたのは白銀に輝く1機の人型機動兵器だった。右手に巨大な突撃槍ランス、両腰のサヤに収められた剣。両腕に備えられたバルカン・システム、全身各所に見えるビーム収束器――
「こいつ、一体……!?」
 思わずうめくジュンイチだが、そこへその機動兵器から通信が入った。
 その相手は――
「また会ったな、柾木ジュンイチよ」
「エオニア……!?
 今度は本物だろうな……?」
「安心したまえ。間違いなく本人さ」
 ジュンイチに答えるエオニアの表情は余裕そのものだ。
「この機体について疑問に思っているだろう。
 名は“グランドミニオン”――お前のその機体から得られたデータを元にこちらで開発された私の専用機だ」
「なるほど、ね……」
 エオニアの言葉に、ジュンイチは静かにつぶやいた。
「つまり、大将として先陣を切って正面で戦う、か――
 ――だったら!」
 その瞬間、ジュンイチは身をひるがえし、繰り出した刃は一瞬にしてグランドミニオンを両断する――

 ――はずだった。

「――――――何っ!?」
 だが、その一撃がエオニアに届くことはなかった。
 瞬時にしてかまえられた、グランドミニオンの槍がジュンイチの斬撃を受け止めたのだ。
「私さえ斬ればそれで終わる――そう考えたようだな。
 だが――来るのがわかっていれば、防ぐのは難しいことではない」
 悠々と告げるエオニアだが――ジュンイチは今の攻防が示すことを理解していた。
 彼には悪いが――エオニアはハッキリ言ってパイロット向きとは思えない。直接会ったワケではないから断言はできないが、少なくとも自身が直接戦闘を行ったことは今までなかったと思っていい。
 その上で、エオニアは先ほどの自分の斬撃を受け止めたのだ。すなわち――
「機体の方が、強い……!」
 エオニアと自分の実力差を埋めるほどの機体――楽には勝たせてもらえそうになかった。

 同じ頃、ミルフィーユ達もまたヘル・ハウンズ隊を相手に苦戦を強いられていた。
 なぜなら、彼らもまた新たな機体で出撃してきたからだ。

「どうだい、ハニー。
 ボクの新しい機体“イーヴィルファルコン”は。
 美しいだろう?」
「ぜんぜん美しくないですし、来ないでくださぁい!」
 漆黒のワシ型機動兵器で飛来したカミュの言葉に、ミルフィーユは彼の攻撃を回避しながら言い返す。
 一方、蘭花もまた、迫り来るギネスの虎型の機動兵器“ブラスターティーゲル”を相手に熾烈なドッグファイトを繰り広げる。
 同様にミントもリセルヴァのサメ型“セイバーシャーク”と遭遇し、フォルテはレッドのカブトムシ型“パンツァービートル”と、ヴァニラがベルモットのカメ型“リペアタートル”との交戦に入る。
 彼らの機体もまた抜群の性能を誇り、さすがのミルフィーユ達も楽には勝たせてもらえそうにない。
 なぜなら、彼らの乗る“獣紋機”もまた、ジュンイチの――ゴッドブレイカーのデータから作り上げられたものだからだ。

「こなくそっ!」
 カウンターで放った斬撃もやはり止められる――ジュンイチとエオニアの戦いは、平行線の一途をたどっていた。
 パイロットとしてはジュンイチの方が明らかに上なのだが――グランドミニオンの圧倒的な反応速度と自動防御がそれを阻む。いくら死角を突いても、正確に防御してくるのだ。
 とはいえ、グランドミニオンの攻撃自体はエオニア自身が放っているため粗さが目立ち、簡単にさばくことができる――どちらの攻撃も通らず、戦いはずっと互角の展開を見せていた。
「ニャロー、厄介なもの作りやがって……!」
 思わず毒づく――こんな機体に乗っていれば、搭乗者はたいがい無事に生還できるだろう。となればその分実戦経験を積むことになり――やがては自動防御など必要としないレベルにまで上達できるだろう。
 今は素人のエオニアだが、ここで取り逃がし、よそで実戦経験を積まれでもしたら――元々基本性能で上の機体に乗っているエオニアの方が有利なのだ。目も当てられないことになるのは火を見るよりも明らかだ。
 何としても、ここで叩いておきたい――気合を入れ直し、ジュンイチは刃を握り――
「――――――っ!?」
 とっさに身を翻し、“背後から”放たれたビームをゴッドプロテクトで跳ね返す。
 反射されたビームを受け、爆散する無人艦――だが、その攻撃が無人艦からのものであること――そこがジュンイチにとって問題だった。
 今まで自分とエオニアの交戦に無人艦は介入してこなかった。むしろ戦いのジャマ者を排除しようとでもいうのか、近づく皇国軍を次々に襲っていた。
 それが今自分に牙をむいた。なぜか――?
 答えは簡単。
 動いたのだ。事態が。
「時間、か……」
 言って、エオニアはグランドミニオンを後退させ、
「悪いが、潮時のようだ。
 私はこれで失礼させてもらうよ」
「逃がすと――思ってんのかよ!」
 言い返し、飛翔するジュンイチだが――無人艦がそれを阻んだ。放たれた砲火の雨を前に追撃を止められてしまう。
 迫る砲火を炎で薙ぎ払い――すでにグランドミニオンは追撃可能圏内から離脱した後だった。
「――くそっ!」
 逃げられた――舌打ちするジュンイチだが、すぐに気持ちを切り替えた。フルメタル・ドラゴンと合流、その頭上に降り立つと状況を確認する。
「エルシオール、敵の様子は!?」
〈それが……一斉に撤退を始めています。
 エンジェル隊と交戦していた、ヘル・ハウンズの新型機も……〉
「ヘル・ハウンズも?」
 返ってきたココの答えに、ジュンイチは思わず眉をひそめた。
 エオニアはまだわかる。素人が長時間の戦闘などできるものではない。今の戦闘はグランドミニオンの性能チェックとデータ収集、そしてエオニア自身の実戦慣れが目的だったのだろう。
 だが、戦闘にかけてはプロフェッショナルであるヘル・ハウンズや無人艦隊を下がらせる理由がわからない。
(どういうことだ……?
 まるで、もはや目的は果たした、とでも言いたげに……)
 思考を巡らせ――ジュンイチの顔から血の気が引いた。急いで通信回線を開き、告げる。
「ファーゴに連絡しろ!
 退避――いや、シールド、フルパワー!」
〈どういうことだ!?〉
 尋ねるタクトに、ジュンイチは答えた。
「敵の――長距離砲撃が来る!」

 

 

次の瞬間、光が飛来した。

戦場を駆け抜け

無数の戦艦を蒸発させ

盾となったフルメタル・ドラゴンを撃ち抜き

ファーゴを弾き飛ばし

惑星ロームへと吸い込まれていき――

 

大爆発を巻き起こした。

 

「な、何だ……!?」
 衝撃はエルシオールにまで届いた。身を起こし、タクトがつぶやくと、
「し、司令……!」
 震える声で、ココが彼に報告した。
「巨大な物体が敵陣のさらに後方に出現ドライヴ・アウト……そこからの砲撃です」
「なんだって……!?」
 ココの報告にタクトが声を上げ――
〈……く…………っ!〉
 つながったままの通信から、ジュンイチのうめき声が聞こえてきた。

〈ジュンイチ、大丈夫なのか!?〉
「あぁ、なんとかな……!」
 尋ねるタクトに答え、ジュンイチはなんとか体勢を立て直した。
「けど……フルメタル・ドラゴンがやられた。
 なんて威力だ……こっちもシールドをフルパワーにしてたってのに、一撃で中枢部を完全に粉砕されちまった……!」
 うめいて、ジュンイチはボディの中央に大穴を空けられ、その機能を停止したフルメタル・ドラゴンへと視線を向けた。
 動力部が難を逃れたのは幸いだった。もし動力部の誘爆を招いていたら、その直上にいた自分はたまったものではなかっただろう。
「タクト、そっちの被害は――」
 どうだ?――尋ねる声はそこまで続かなかった。
 振り向いたまま――ジュンイチの動きが止まったからだ。
 呆然として――目を見開いたまま、つぶやく。
「おい……
 何だよ……あれ……!」
 ジュンイチの視線の先には――

 

地表を根こそぎ吹き飛ばされ、コアまでがむき出しになった惑星ロームの姿があった。

 

「そんな……!
 何が起きたんですか……!?」
 目の前の状況が信じられず、ミルフィーユもまた呆然とつぶやく。
「ファーゴは!? どうなったの!?」
 あるべき場所にファーゴの姿がない。蘭花は懸命にその姿を探し――絶句した。
 惑星ロームの軌道から大きく弾き飛ばされたファーゴの外壁には巨大な穴が開いている。
 エアロックも役に立たず、そこから戦艦や、物資や、人――いや、“人だったモノ”が次々に吸いだされている。
「救出に向かいます……」
「およし」
 すぐにハーベスターを転進させようとしたヴァニラだが、それをフォルテが止めた。
「もう……間に合わないよ……!」
 告げるフォルテの声も震えている――彼女も悔しいのだ。ヴァニラを止めざるを得ない、ムリだと認めざるを得ない――何もできない、自分の無力が。
「――人々の最期の思念が、宇宙ソラに満ちて……!」
 彼らの断末魔の思念をダイレクトに受け取ってしまったのだろう――頭のもうひとつの耳を押さえながら、ミントが震える声でつぶやく。
「ファーゴは確かに軍事施設だ……!
 だが……そこには、軍と無関係の、ただの民間人だっていたんだ……!」
 うめき、ジュンイチは拳を握りしめた。
「エオニア……!
 貴様は、自分が何をしたのか、わかっているのか……!」
 つぶやく一方で――ジュンイチは自分の頭が急速に冷えていくのを感じていた。
 冷静になった――ワケではない。
 この感覚には覚えがある。これは――

「何なんだ、アレは……!」
 うめいて、タクトはこの地獄を作り出した張本人を――ドライヴ・アウトしてきた巨大な物体をにらみつけた。
 形状は球体。漆黒に染め抜かれた金属質の外殻に覆われ、中心部には赤く妖しい輝きが見える。
「アレは、一体……!?」
 思わずレスターがつぶやくと――
「……“黒き月”……」
 ポツリとつぶやいたのは、それまで沈黙を保っていたシヴァだった。
「“黒き月”……?」
「そうだ」
 聞き返すブイリュウに答え、シヴァはアルモにエンジェル隊やジュンイチにも通信をつなぐように指示してから話し始めた。
「シャトヤーン様から聞いたことがある。
 “黒き月”は人に仇なす禁断のロストテクノロジー。自己増殖を繰り返す、最凶の戦闘機械だ、と……」
「自己増殖……?
 じゃあ、エオニアの無人艦隊を作り出したのも……」
「おそらく、あの“黒き月”だろう」
 尋ねるタクトに答え、シヴァは改めて“黒き月”をにらみつける。
「なるほど。エオニアが消耗を気にしないはずだ」
 思わず苦笑し――タクトはすぐにその表情を引き締めた。
「なら――逆を言えば、あの“黒き月”こそがエオニアの生命線だ。
 なんとしても――ここで叩くしかない」
 そして、タクトはエンジェル隊とジュンイチに告げた。
「みんな、聞いての通りだ。
 なんとかして、あの“黒き月”を叩いてほしい」
〈こちらハッピートリガー。
 エンジェル隊、了解したよ〉
 すぐにフォルテからエンジェル隊を代表して返事が返ってくる。
 しかし――ジュンイチからの返事がない。
「ジュンイチ……?」
 タクトが声をかけ――ようやく返事が返ってきた。
 だが――
〈了解だ。
 これより敵を――〉
 その後に続いた言葉に、タクトは思わず自分の耳を疑った。

 

〈殲滅する〉

 

その瞬間――それは始まった。

すべてを滅ぼす――死の舞が。

 

「オォォォォォッ!」
 獣のごとき咆哮と共に、ジュンイチの駆るゴッドブレイカーが漆黒の宇宙を駆け抜けていく。
 次いで、その軌跡上に次々と巻き起こる爆発――ジュンイチによって瞬時に粉砕された無人艦や無人戦闘機によるものだ。
 そんなジュンイチに向けて無人艦が砲撃を集中するが――すでにジュンイチの姿はそこにはなく、新たな犠牲者がジュンイチの放った炎に包まれ、爆発すら許されず焼滅する。
 その炎は――漆黒に染まっていた。

「な、何だアレは!?」
 エルシオールのブリッジでも、ジュンイチの戦いぶりはモニターされていた。まさに鬼神のごとき戦いを見せるジュンイチの姿に、レスターは思わず声を上げる。
「一体、ジュンイチに何が……!?」
 同様にワケがわからず、タクトも呆然とつぶやき――ふと、フォルテに以前言われたことを思い出した。

 

『自分の抱えてるものと、あたしらの命もまとめて抱えて、必死になって自分を支えてる』

『一番強いのは間違いなくあの子だけど――逆に、一番弱いのもあの子なんだ』

 

「――マズい!」
 気づけば、タクトは声を張り上げていた。
「エンジェル隊各機に連絡!
 なんとしても――“ジュンイチを止めろ”!」

「え? な、なんでよ?」
 突然のタクトの言葉に、蘭花は思わず声を上げた。
「そりゃ、今のジュンイチが普通じゃないのはわかるけど、だからって危険ってワケじゃ……」
「そういう問題じゃないんだよ」
 蘭花にそう答えるのはフォルテである。
「今のアイツは、エオニアへの怒りに引きずられて、今までアイツの抱えてきたものも全部ごちゃ混ぜになってブチキレてる。
 元々いろんなもの抱えていっぱいいっぱいだったんだ――その上あんな大暴走までやらかして、身体はともかく、精神ココロがもつワケないだろ!」
「確かに、今のジュンイチさんは激しい怒りと憎しみ、それに他のいろいろな感情が一緒くたになって、極めて混乱しています。
 このままでは精神への負担ははかりしれません――ヘタをすれば廃人ですわ!」
「心の傷は……ナノマシンでも癒せません」
「そんな!」
 ミントとヴァニラも同意し、ミルフィーユは思わず、ゴッドブレイカーへと視線を向けた。
「やめて、ジュンイチさん!」

「オォォォォォッ!」
 しかし、ミルフィーユの声は届かない。ジュンイチは全身を漆黒の炎で包み込み、敵艦を一撃のもとに吹き飛ばす。
 そのまま間髪入れずに転進、彼を狙った砲撃は虚しく宙を薙ぐ。
 そして、ジュンイチが腕を振るうたびに無人艦が、無人戦闘機が、次々に火球へと変わっていく。
 流れるようにつながっていく、無駄のない動き――ジュンイチの機動はまるで宇宙空間で繰り広げられる舞のようにも見える。
 しかし――いかに美しい舞に見えても、その舞がもたらすものは破壊だけ――すでに“黒き月”の作り出したエオニア軍の艦隊は、そのほとんどが姿を消している。
 そして、ジュンイチのかざした爆天剣に黒い炎が収束、巨大な炎の刃となり――
「これで…………
 ……終わりだぁぁぁぁぁっ!」

 振り下ろした斬撃は、巨大な攻撃衛星を一刀のもとに両断していた。

「……なるほど……」
 自らを守る無人艦を全滅させられたというのに、エオニアの表情には余裕の色が見えた。ゆっくりとこちらへと向き直るゴッドブレイカーの姿を、彼はグランドミニオンのコックピットからと、悠々と見つめていた。
「それが貴様の真の力というワケか、柾木ジュンイチ……」
 エオニアがつぶやくと、
「大丈夫よ、お兄様」
 展開された通信モニターの向こうで、ノアは無邪気な――本当に無邪気な顔でエオニアに告げた。
「わたしが、あの子達を黙らせてあげる」

 膨大な熱量が渦を巻き、真空の宇宙を駆け抜ける――
 “黒き月”を射程にとらえるなり、漆黒の火炎を全力で解き放ったジュンイチだったが、その攻撃は“黒き月”のシールドに阻まれていた。
 対して、すぐさま“黒き月”の対空システムがジュンイチを狙うが――当たらない。目まぐるしくそのベクトルを変えるジュンイチのトリッキーな機動の前には、無人システムの対空砲火など何の意味も成さなかった。
 すぐさま、ジュンイチは新たな炎を生み出し――
「――――――っ!?」
 止まった。
 冷静さを失った頭でも、明らかに「おかしい」とわかるその光景を前にして。
 そんなジュンイチの目の前で――
 ノアは、“生身で”宇宙空間に佇んでいた。

「あれは……!?」
 ノアの姿は、エルシオールのブリッジでもとらえていた。思わずタクトがつぶやくと、ココが分析結果を報告した。
「レーダーにも反応していますし、熱量も感知しています――
 あれは、間違いなく実体です」
「バカな……生身の人間が、宇宙空間に出られるものか!」
 思わずレスターが声を上げるが――タクトはそのとなりで告げた。
「じゃあ――彼女は人間じゃないってことさ」

 確かに予想外の登場だった。
 だが――今の彼にとってはどうでもいいことだった。
 戸惑い、動きを止めたのはほんの一瞬――ジュンイチはかまうことなく刃を振り上げ、ノアに向けて振り下ろす!
 しかし――
「――――――っ!?」
 刃はノアを斬り裂きはしなかった。
 その直前で、爆天剣が不可視の防壁のようなもので止められたのだ。
 そして――次の瞬間、巻き起こった衝撃波がジュンイチを――ゴッドブレイカーを吹き飛ばす!
「ジュンイチさん!」
 それを見て、ミントが思わず声を上げ――そんな彼女達に向け、ノアは静かに手をかざした。
 左手を――銀色に輝く鞭のようなものをこちらに向け――その先端から何かを放つ。
 それは漆黒の宇宙にあってより黒く染まった波動となって広がっていき――
「ぐあぁっ!?」
 衝撃が一同を、エルシオールを――そして周辺の皇国軍をも襲った。強烈なその衝撃に、ジュンイチは“ゴッドドラゴンのコックピットで”声を上げる。
 そして――気づく。
「あ、あれ……?」
 怒りよりも、戸惑いに突き動かされ――我に返ったジュンイチはつぶやいた。
「合身が……解けた……!?」

「ど、どうなってるの!?」
 声を上げ、操縦桿を倒す蘭花だが、カンフーファイターは何の反応も示さない。
 周囲は漆黒の暗闇――突然すべてのシステムがダウンし、コックピット内の照明も消えてしまっているのだ。
 やがて、非常電源が作動し、まず照明が復活。次いでモニターが息を吹き返し、現在の状況が表示される。
 だが――その内容は驚くべきものだった。
「クロノ・ストリング・エンジンが――止まってる……!?」
 本来、相転移エネルギーの化石とも言えるクロノ・ストリングは常時大なり小なりエネルギーを放出している。クロノ・ストリング・エンジンはそれを増幅・安定させているにすぎず、パワーが0となることはない。つまりエンジンが完全に停止することはないはずなのだ。
 だが――現在カンフーファイターのエネルギーゲージは完全に0を指している。
「どういうこと……!?」

〈タクトさん!
 紋章機が、急に動かなくなっちゃいました! どうなってるんですか!?〉
「たぶん……今の衝撃波だ」
 通信モニター上のミルフィーユの問いに、タクトは歯噛みしてうめいた。
「原理はわからないが――おそらく、あの光にクロノ・ストリング・エンジンを停止させる働きがあったんだろう」
 タクトが告げると、ココが声を上げた。
「無人艦隊と攻撃衛星が動き出しました!
 こちらに向かってきます!」
 ココの言葉に、レスターはとっさに手元のディスプレイでシステムを確認し――
「……くそっ、回避できん!」
 エルシオールもまた行動を停止させていた。身動きが取れないことを知り、歯噛みする。
「エンジェル隊! キミ達だけでも逃げてくれ!」
 とっさに叫ぶタクトだが――
〈こちらも回避不可能です〉
 ヴァニラのもたらした答えは絶望的なものだった。
 そして――
「敵の一斉射撃が来ます!」
 ココが告げると同時――エルシオールを衝撃が襲った。
「ぅわぁっ!」
「シヴァ皇子、しっかりつかまって!」
 今にも座席から放り出されそうなシヴァをブイリュウが支えるが、そうしている間にも攻撃は間断なく続く。
「くそっ、どうすれば……!」

「ぅわぁっ!」
 まともに衝撃が来た――コックピット内で思い切り揺さぶられ、ジュンイチは思わず声を上げる。
「く………………っ! 好き放題しやがって……!」
 うめき、傍らのイメージ伝達クリスタルに手をかけるが、やはり何度行動イメージを入力してもゴッドドラゴンは満足に動くことが出来ない。
「他のみんなみたいに、完全停止してないだけマシなんだろうけど……!」
 いずれにせよ、どうすることもできないことに変わりはない――何もできない自分の無力さ、怒りに任せて突出してしまった自分の迂闊さに歯噛みする。
(どうすればいい?
 どうすれば――この状況を打開できる?)
 自分自身に尋ねるが――何も思いつかない。
 そもそも動くことが出来ないのだ。仮に打開策があったとしても、実行できなければ意味がない。
(守れないのか……!?
 タクトを、エルシオールを、みんなを……!)
 クリスタルを握る手に力がこもる。
 再び衝撃がコックピットを揺らし――耐えたジュンイチの懐からそれがこぼれた。
「――――――っ!?」
 出会ったばかりの頃、ルフトからもらったIDだ。
 自分をエンジェル隊の臨時隊員として――『仲間』として迎えてくれた、あの時の――
(………………そうだ……)
 再び顔を上げた時、ジュンイチの目は力を取り戻していた。
(ここであきらめるワケにはいかない……!)
 怒りからでもなく――
(今一番先陣にいるのはオレだ……)
 憎悪からでもなく――
(オレの後ろには……アイツらがいる……!)
 ただ、純粋に――
(守りたい……大切な仲間達が!)
 想いの力に、満ちていた。
 確信と共に――咆哮する。

 

「エナジー、リベレイション!」

 

 瞬間――ゴッドドラゴンの周囲にエネルギーの渦が巻き起こった。
 その渦はノアの放ったクロノ・ストリング・エンジンを無効化させる効果を遮断する防壁の役割を果たした。瞬く間にゴッドドラゴンのシステムが復旧。その力を取り戻す。
 そして――
「エヴォリューション、ブレイク!
 ゴッドブレイカー!」

 戦場に、再び蒼き龍神が舞い降りた。

 エナジーリベレイション――ブレイカーロボのメイン動力システム“Bブレイン”が常時蓄積している余剰エネルギーを完全解放、一時的に圧倒的なパワーアップを果たす切り札である。
 だが――その余剰エネルギーが尽きれば、もはや自分に余力は残されない。時間切れの効果自体は出力が通常レベルに戻ってしまうだけだが、そこまでしてパワーアップしても決着をつけられなかった状況が通常出力でどうにかなるワケがない。
 結果ただ敵に討たれるのを待つしかなくなる――文字通りの『最後の切り札』なのだ。

(残り時間は――?)
 起動したカウントダウンタイマーに意識を向ける。
 エナジーリベレイション残り持続時間――約5分。
「やるしかない、か……
 いくぜ!」
 咆哮と共に、背中のゴッドウィングが新たな炎に包まれる。
 だが――その炎は今までにないものだった。
 いつもの真紅の炎でも、怒りに囚われていた先刻の漆黒の炎でもなく――
 光を思わせる、黄金の炎だった。

「な、何が起きたの……!?」
 復活を遂げたゴッドブレイカーの雄姿を前に、ミルフィーユはラッキースターのコックピットで呆然とつぶやいた。
 と――突然、オープン回線で通信が入った。
 現れたウィンドウに姿を見せたのは――
〈心配かけたな、みんな〉
「ジュンイチさん!」
「ジュンイチ!」
 告げるジュンイチの言葉に、ミントと蘭花が声を上げる。
〈すまないな、勝手にブチキレて暴走しちまって。
 けど……もう大丈夫だ〉
 言って、ジュンイチは抜き放ったゴッドセイバーを爆天剣へと再構成リメイクし、
〈オレが――みんなを守ってみせる!〉

 その瞬間――再び修羅が降臨した。
 いや――修羅ではない。
 守るべきものを持つ――

  武神だった。

「おらおら、どけどけぇっ!
 ゴッドブレイカー様のお通りだ!」
 咆哮と共に戦場を駆け抜け、ジュンイチは爆天剣を巧みに振るい、迫り来る敵の無人艦を次々に斬り裂いていく。
 駆逐艦や高速艦ぐらいならブレードモードのままで。そして大型のミサイル艦には――
「ザンカンモード!」
 先程攻撃衛星を両断した巨大な刃――その本来あるべき姿を作り出した。咆哮と共に前方に折れ曲がるように突き出していたつば飾りがまっすぐに展開。全体から光と炎が吹き出し、巨大な光の刃を形作る。
 その名の通り光と炎の斬艦刀と化した爆天剣を振るい、ジュンイチはミサイル艦を一刀の元に両断する。
「悪いが――ここから先へは行かせない」
 爆天剣を振るいやすいブレードモードに戻し、ジュンイチは告げる。
「いずれ元の世界に帰る身だ――そういう意味じゃ、今ここで守ったって意味はないのかもしれない。
 けど――」
 その瞳に、迷いはなかった。
「こっちにいる間くらいは、アイツらを死んでも守り抜かせてもらうぜ!」

「ジュンイチさん……!」
 動けない自分達を守り、決死の戦いを続けるジュンイチの姿を、ミルフィーユは固唾を呑んで見守るしかない。
「私達は……何も出来ないのでしょうか……?」
「そんなこと言ったって、紋章機が動かないんじゃ……!」
「せめて、ジュンイチさんがしたみたいな、敵のフィールドの効果を弾けるくらいのバリアが展開できれば……!」
 ヴァニラの言葉にフォルテとミントが答える中、ミルフィーユはうつむき――告げた。
「……そんなのヤだ……」
「ミルフィー?」
「このまま何もできないなんて……そんなのヤだよ!」
 蘭花に答え、ミルフィーユは告げた。
「私だって戦いたい!
 ジュンイチさんを、みんなを――タクトさんを守りたい!
 大切な人を守りたいって気持ちは――」

 

「ジュンイチさんにだって、負けてない!」

 

その願いを、ラッキースターは聞き入れた。

 

「え? あ、あれ?」
 システムに変化が現れた――突然のことに、ミルフィーユは思わず声を上げた。
「な、何が起きてるの……!?」
 しかもそれは他の紋章機にも起きていた。蘭花もまた、突然再起動の始まったシステムを前に戸惑うしかない。
「何かが、勝手に動いて……!?」
「まさか、ゴッドブレイカーと共鳴して……!?」
 フォルテとミントがつぶやくと――ヴァニラがつぶやくように告げた。
「紋章機の……隠された力……!?」

 すべての変化が終わった時――すべての紋章機に光の翼が現れていた。

 

 ゴッドブレイカー、そして5機の紋章機。
 “黒き月”の前に、6対の光の翼が降臨した瞬間だった。

 

「な、何だ……!?
 紋章機に、光の翼が……!?」
 エルシオールで、タクトは息を呑んでその光景を見つめていた。
 と――
「紋章機だけじゃない!
 エルシオールもおかしいぞ!」
 レスターの言葉に視線を向けると、確かに各所のデータリング用モニターが目まぐるしくデータの羅列を表示している。
「全システムが暴走?
 ううん……違う……!」
「システムが……書きかえられてる……!?」
 ココとアルモも、変化していくシステムの状況を懸命に把握していく。
 そして――
「エルシオール、全システム回復しました!」
 すべてが終わった時、エルシオールは力を取り戻していた。システムの復旧を確認し、アルモが喜びの声を上げる。
「よぅし!」
 ワケがわからないが、とにかく今は反撃が優先だ。気を取り直し、タクトは全員に告げた。
「反撃、開始だ!」

「ジュンイチさん! ラッキースターも復活です!」
 告げると同時にハイパーキャノンの一撃――ミルフィーユの放った援護射撃が、ジュンイチに迫ったミサイル群をまとめて薙ぎ払う。
「翼が生えて、なんかピカピカ光ったりしてるけど、知ったこっちゃないわ!
 これならイケる!」
 続いて戦場に飛び込み、蘭花はアンカークローで攻撃衛星に強烈すぎるワンツーをお見舞いする。
「出力まで上がっているみたいですわ。
 この翼のせいでしょうか?」
 戸惑いの声を上げるミントだが、その攻撃は容赦ない。フライヤーによる一斉射撃で、範囲内の無人戦闘機が残らず宇宙のチリとなる。
「考えるのは後回しだ!
 まずは目の前の敵を片づけようじゃないか!」
 そう叫び、フォルテは文字通り目の前の問題を『片付けた』。ハッピートリガーの一斉射撃が放たれ、前方に無数の火球が作り出される。
「行きましょう、“黒き月”へ……」
 言って、ヴァニラはゴッドブレイカーのダメージを修復する――勢いあまって少し装甲が厚くなった気もするが、まぁ許容範囲内だろう。
「同感だな! こっちもエナジーリベレイションの持続時間が1分を切った!
 1分間じっくり戦うつもりなんかねぇ! 残りのパワー、全部次の一撃に込めて――速攻で決める!」
 言って、ジュンイチは再び爆天剣をザンカンモードへと変形。残された力のすべてを注ぎ込む。
「みんな! こっちはこの一撃で全力使うから、完全に機動を止める!
 フォローは任す――それと、巻き込まれるなよ!」
「誰に向かって言ってんのかね、この坊主は」
「アンタに易々と斬られるほど、寝ぼけちゃいないわよ!」
 ジュンイチに言い返し、フォルテと蘭花は各々にゴッドブレイカーを狙う無人艦を撃破、ジュンイチを援護する。
「ゴッドブレイカーには、指一本触れさせませんわ!」
「私達が、守ります」
「バーンってやっちゃってください!」
「おぅともよ!」
 ミント、ヴァニラ、ミルフィーユ――仲間達の声援を背に、ジュンイチは巨大な光の刃となった爆天剣を振りかぶり、
「いっけぇぇぇぇぇっ!」
 咆哮と共に振り下ろされた超特大の刃が――“黒き月”のバリアに叩きつけられる!
 しかし、相手は惑星サイズの巨大ロストテクノロジーだ。ジュンイチの放った超特大の刃を受けてもそのバリアはビクともしない。
「ダメ――通じない!」
 思わず声を上げるミルフィーユだったが――
「そうでも――ないさ!」
 言って――ジュンイチはさらに出力を上げ、光の刃がその勢いを増す。
「いくら本体は惑星クラスのバケモノでも――バリアシステムひとつひとつの出力には、限界があるだろうが!」
 その咆哮にあわせるかのように、“黒き月”の表面で爆発が起き始めた。
 ジュンイチの言葉どおり――彼の攻撃の負荷に耐え切れず、バリアシステムがひとつ、またひとつと誘爆を始めたのだ。
 いかに多重構造のバリアシステムであろうと、構成しているバリアシステムの数が減れば当然防御力は低下する。ジュンイチの繰り出した光の刃はじわじわとバリアに食い込んでいき――
「これで……決まりだぁっ!」
 咆哮と同時――ついに刃はバリアを粉砕、巨大な閃光の嵐が“黒き月”の表面に叩きつけられる!
「よっしゃ! いけぇっ!」
 思わず蘭花が声を上げ――

 その瞬間、刃が消えた。

「え………………?」
 突然、“黒き月”を抉っていた巨大な光の奔流が消え去った――勝利を確信した矢先の出来事に、ミントは思わず声を上げた。
 と――
「ジュンイチ、大丈夫か!?」
「な、なんとかね……」
 あわててハッピートリガーをゴッドブレイカーに寄せ、尋ねるフォルテに、ユナイトの解けたジュンイチは息を切らせながらも笑顔で答える。
「エナジーリベレイションの時間切れだ……もう通常の戦闘機動しかできねぇ……
 いくらパワーアップしてても、お前らの機体の武器は対巨大目標を前提にしてねぇし――今ので効いててくれなかったら……正直ヤバいぞ……!」
 うめいて、ジュンイチは“黒き月”へと視線を向け――
 ――――――
「反応……ありませんわね……」
「あ、あぁ……」
 “黒き月”は健在だ。しかし何の反応も示さない――つぶやくミントにジュンイチがうなずくと、
〈みんな、大丈夫か?〉
 そこにタクトが通信を入れてきた。
「タクトかい。こっちは平気だよ。
 エルシオールの方はどうだい?」
〈なんとか無事さ。
 みんなががんばってくれたおかげだよ〉
 一同を代表して尋ねるフォルテに答えると、タクトは改めて一同に指示を下した。
〈とにかく、みんなは一度戻ってくれ。
 ジュンイチはそんなザマだし、みんなの武器じゃ広範囲への、且つ強力な攻撃は難しいからね、現状じゃ“黒き月”の破壊は難しい、っていう結論にこっちで達したんだ〉
「了解。
 みんな、引き上げるよ」
「りょ〜かぁ〜い……」
 タクトに答え、告げるフォルテの言葉に、ジュンイチは疲れきった様子でそう答えた。

 帰艦するなり、ジュンイチはエンジェル隊だけでなく、整備班の面々にまで取り囲まれた。
 それも――全員が大なり小なり怒りを浮かべている。
 何か怒られるようなことしたか、などと一瞬考えるが、
(……したな。それも思いっきり)
 よく考えればつい先刻やらかしたばかりなので素直にその考えを胸の奥へとしまい込む。
「その顔だと……自分がなんで怒られてるか、わかってるみたいね」
「はい。
 暴走してスミマセン。エルシオールの守りを完全に放棄した上にみなさんに多大なご心配をおかけしました」
 クレータの言葉に観念し、両手を挙げて降参を示すジュンイチだったが――
「そこまで言うなら、まぁいいでしょう」
 意外とあっさりとクレータは告げた。
 ここですんなり退くとは思っていなかったジュンイチは怪訝な顔をして視線を上げた。そんな彼にクレータは苦笑まじりに視線を動かし――
「意外ねぇ、ジュンイチがあんなにあっさり観念するなんて」
「あたしゃてっきり『不可抗力だ』とか言って暴れ出すと思ったけど」
「み、みなさん、ジュンイチさんに悪いですよ。
 そりゃ、『いい人』の定義とはものすごくかけ離れてるとは思いますけど……」
「フォローになってませんわ、ミルフィーさん」
「正義の悪党……」
「てめぇら、オレを何だと思ってやがる」
 クレータの視線の先で口々につぶやくエンジェル隊の面々に、ジュンイチはこめかみを引きつらせてうめく。
「まぁ、それだけみなさんもジュンイチくんのことをわかってきてるんですよ」
「その発言もさりげなくフォローになってないことに気づいてます?」
 クレータの言葉にうめき、ジュンイチはため息をつき――そんな彼にクレータは告げた。
「けど、だからこそ、みんなジュンイチくんのことを心配してたんですよ。だから怒ってたんです。
 悪いと思うなら……」
「えぇ」
 うなずき、ジュンイチは決意に満ちた表情で告げた。

 

「もう――二度と同じことは繰り返さない。
 エオニアを倒して……みんなを必ず守りきる」


 

(初版:2006/08/20)