その後、エルシオールは“黒き月”のフィールドが消滅し、コントロールを取り戻した皇国軍と合流すべく惑星ロームの反対側へと向かった。

「マイヤーズ司令。
 味方艦隊との合流ポイントに到着しました」
「そうか……
 ようやく一息つけそうだな」
 アルモの報告を受けたタクトがつぶやくと、となりでレスターが尋ねた。
「ところで、エオニア軍と“黒き月”の様子はどうなっている?」
「依然、沈黙を保っています」
「惑星ロームをはさんで、にらみ合いだね……」
 ココの答えにブイリュウがつぶやくと、
「失礼します!
 エンジェル隊、ただいま戻りました」
 そこへエンジェル隊とジュンイチが戻ってきた――代表してミルフィーユがタクトに告げる。
「みんな、お疲れ様。
 特にジュンイチは大変だったね」
「うぅっ、労いの言葉が今はツラい……」
 タクトの言葉に、大暴走をやらかしたばかりのジュンイチが肩を落としてつぶやくと、
「それにしても……」
 と、フォルテが口を開いた。
「来る途中で外の様子も見てきたけど……ひどいもんだね。
 無傷の艦なんて、ぜんぜんいないよ――他のみんなも、あたしら同様手ひどくやられたみたいだね」
「みなさん、この合流ポイントまでたどり着いたのが不思議なくらいですわ……」
「死傷者も、相当な数にのぼっているようです」
 付け加えるミントやヴァニラの表情も暗い――それほどの惨状だったのだ。
「これじゃ、体勢の立て直しといっても、2、3日どころじゃきかないわね……」
「トップがあのジーダマイアじゃな――」
 蘭花のつぶやきに答えかけ――ふとジュンイチは気づいた。
「そーいやジーダマイアは?
 出撃してからこっち、ぜんぜん声を聞いてないけど」
「連絡が取れないらしいんだ。
 ただ……」
 ジュンイチの問いに、タクトは視線を落として答えた。
「“黒き月”の攻撃がファーゴを掠めた時――消し飛ばされた区画に、あの舞踏会が行われていた宮殿があったんだ……」
 タクトの言葉に、全員が察した。
「……あんなのでも、一応軍の最高責任者だったんだ。
 一応、お悔やみは言っとくよ」
 さすがに神妙な顔でジュンイチが告げると、
「しかし、あの時エルシオールと紋章機に起きたアレは、一体何だったのだ?」
「それが……私達にもサッパリなんです。何が何だかよくわからないうちにあんなふうになっちゃって……
 ただ……」
 シヴァの問いに戸惑いがちにそう答え――蘭花はジュンイチへと視線を向け、付け加えた。
「ジュンイチのパワーアップに反応するみたいに起きたんですよね、アレ」
「エナジーリベレイションに?」
 思わずジュンイチが聞き返すと、そこにアルモが声をかけてきた。
「司令、ルフト准将から通信が入っています」
「つないでくれ」
 タクトが告げると、メインモニターにルフトの姿が映し出された。
〈ご苦労じゃったな、タクト、ジュンイチ。
 エンジェル隊もそろっておるか?〉
「はい。こちらはとりあえず、シヴァ皇子を始め全員無事です。
 それで……そちらの状況はどうなっていますか?」
〈状況か……
 簡単に言うと、今はワシが総司令代行を務めておる〉
「やっぱり……ジーダマイア達は“黒き月”の攻撃で?」
 聞き返すジュンイチに、ルフトは沈痛な面持ちでうなずいてみせる。
〈そんな状態なので、こちらとしてもお前達に聞きたいことは山ほどあるのだが、片付けなければならん問題が山積みでな……
 また時間が取れたら、こちらから連絡する――今はゆっくり休んでくれ〉
 その言葉を合図に、ルフトからの通信は終わった。
「ゆっくり休め、ねぇ……
 じゃ、お言葉に甘えさせてもらうとしようかね」
「あぁ、そうだな。
 何だかんだで、ずっと戦いっぱなしだったからな」
 肩をすくめるジュンイチの言葉に、さすがのレスターも思わず同意する。
「ブイリュウくんも休んでいいですよ。
 ここは、もう私とアルモだけで十分だから」
「ホント?
 じゃあ、休憩してくるね!」
 ココの言葉にブイリュウがイスから飛び降りるのを眺めながら、タクトは改めて一同に告げた。
「特にエンジェル隊やジュンイチは、舞踏会からずっと休みなしだったもんな。
 ひとまず、これで解散にしよう」
「それじゃ、あたし達は先に休ませてもらうとするよ。
 行こう、みんな」
 タクトのその言葉にフォルテが一同をうながし、彼女達はブリッジから引き上げていった。
「じゃあ、オレも引き上げるよ」
「あぁ、お疲れ」
 言って、ジュンイチもブリッジから引き上げていき――
「タクト、お前も休んだらどうだ?」
 息をつき、レスターはタクトにも休息を促した。
「いいのか?」
「いつも好き勝手休んでるヤツが今さら何を。
 交代が必要になったら呼ぶ。心配するな」
 聞き返すタクトに苦笑し、レスターはそう答えてうなずいてみせた。

 

 


 

第10話
「『幸せ』の定義」

 


 

 

 ブリッジを引き上げたものの、どうしても気になった――格納庫を訪れ、ジュンイチは修理の進むゴッドドラゴンを見上げていた。
(蓄積してたエネルギーを使い切った以上、もうエナジーリベレイションは使えない。
 敵が切り札を切ってきた現状で、こっちの切り札がガス欠ってのは、正直辛いな……)
 “黒き月”も、エオニアの駆るグランドミニオンも強敵だ。話によればヘル・ハウンズも新型機を持ち出してきたという。
 これからはますます厳しい戦いになる――気を引き締め、ジュンイチは改めてゴッドドラゴンに告げた。
「エオニアを叩かなきゃ、この戦いは終わらない……
 お前も、もう少しがんばってもらうぜ」
 そう告げ、ジュンイチは部屋に戻ろうときびすを返し――
「………………ん?」
 ふと思い出した。
(そういえば……ここであの小娘と会ったんだったな……)
 小娘――ノアのことである。
 彼女は先の戦いにおいて、生身で宇宙空間に姿を現し、クロノ・ストリング・エンジンを停止させたあのフィールドを展開させてみせた。
(アイツ、“黒き月”の関係者だった、ってことか……
 紋章機を見ていたのも、ヘル・ハウンズやエオニアの新型を作るためのデータ集め、ってところか……)
 まだ謎の多い“黒き月”、そしてノア――こちら側についても紋章機の突然のパワーアップを始め、わからないことが多すぎる。
(一度、徹底的に調べてみる必要がありそうだな……)
 ジュンイチがそんなことを考えていると、
「………………ん?」
 傍らの端末に何か反応が現れているのに気づいた。
 整備班が艦内の状況をチェックするための端末だ――どこか艦内に異常が発生したのだろうか。
「けっこうもらってたからな、エルシオールも……」
 つぶやき、ジュンイチはクレータに内容を知らせるべく端末をチェックし――目を丸くした。

「うーん、これからどうしたものかなぁ……」
 今後のことを考えると、ゆっくり休む気になどなれなかった――ボンヤリと廊下を歩きながら、タクトはひとりつぶやいた。
 ゆっくりと考えてみたいと、足は自然と展望公園に向かい――
「あれ…………?
 ミルフィー?」
 そこには先客がいた。ミルフィーユの姿を見つけ、タクトは彼女に声をかけた。
「やぁ、ミルフィー。どうしたんだ?」
「あ、タクトさん……」
 タクトに応じる声には元気がない――ミルフィーユは視線を天井に向け――その先を見たタクトは目を丸くした。
 天井のスクリーンにヒビが入っている。あの時はこちらの防御フィールドも停止していたとはいえ、内部の壁面にまで届くダメージをこの艦は受けていたことになる。
「本当に空が割れてるみたいですよね。
 何だか、怖い……」
「あぁ……
 これほどのダメージをくらうとはなぁ……」
 つぶやくミルフィーユにタクトがつぶやいた、その時――突然室内に警報が響いた。
 次いで、鈍い振動音が聞こえてくる。出所は――
「天井……?」
 つぶやき、ミルフィーユは天井を見上げ――
〈おい、誰か公園にいるのか!?
 いるなら早く退避しろ!〉
 突然、ジュンイチの声が天井のスピーカから響いた。
 ミルフィーユと顔を見合わせ、タクトはクロノ・クリスタルでジュンイチに通信する。
「ジュンイチ、どうかしたのか?」
〈タクト!?〉
「あたしもいますけど……」
〈ミルフィーまで!?
 ――って、それどころじゃねぇ! 早く逃げろ!〉
 ミルフィーユの声に驚き――ジュンイチはそれでも二人に告げた。
〈展望公園のエアロックが、突然開き始めやがったんだよ!〉
「えぇっ!?
 ……ホントだ! 天井のすみっこが開いてる!」
 ミルフィーユの言葉にタクトが天井を見上げると、確かに天井の一角のエアロックがゆっくりと開き始めている。
「バカな!?
 展望公園のエアロックは二重構造なんだぞ! それが同時に開くなんてことが……!」
〈やかましいっ! 現に開いてんだろうが!
 どこが故障したのかはわかんないし、ブリッジや整備班の端末からもコントロールが効かないんだ!
 とにかく逃げろ! 幸い隔壁は生きてる――タクト達が出たら閉じてもらう!〉
「わ、わかった!
 ミルフィー、早く出よう!」
 ジュンイチの言葉にうなずき、ミルフィーユを促すタクトだったが――
「でも、エアロックが開いちゃったら、この公園はどうなるんですか!?」
〈え……?
 そりゃまぁ、固定してあるもの以外は全部吸い出されるだろうけど……〉
 思わず答えるジュンイチの言葉に、ミルフィーユの顔色が変わった。
「そんな!
 ここは、みんなの安らぎの場所なんですよ! 草や木だって……!
 あのカフカフの木も、死んじゃうんですよ! 1000年も生きてきたのに……」
「ミルフィー……」
 こんな時にも誰かの――草や木のことも気にかけるミルフィーユの言葉に、タクトは思わず天井のエアロックを見つめ――
「………………よし」
 決断した。
「ジュンイチ、公園のエアロックの手動操作装置はどこにある?」
〈え? 手動操作装置か?
 ……あった! 天井のエアロックのすぐそばだ! そこまでいくためのハシゴは壁面にある!〉
 タクトの問いに答え――ジュンイチは気づいた。
〈――――って、ちょっと待て! まさか!?〉
「あぁ……
 オレがあのエアロックを閉める!」
〈おい! ムチャだ!
 お前はオレと違って飛べるワケじゃないんだぞ!
 聞いてんのか、タク――〉
 反論するジュンイチをクロノ・クリスタルのスイッチを切って黙らせると、タクトはミルフィーユへと向き直り、
「行こう、ミルフィー!」
「はい!」

「くそっ、アイツら……!」
 途絶えた通信に思わず舌打ちし――それでもジュンイチはすぐに動いた。両手から周囲に“力”を放ち、床に高レベル精霊術に必要な術式陣を描き出す。
(ここから艦内を移動してる時間はねぇ……!
 成功率3割以下の転移術――いけるか……!?)
 転移先の座標指定までは問題はない。問題は――“力”の制御だ。
 元の世界にいた頃から、自分は転移系の術が大の苦手だ。元々『超』がつくほど戦闘系に傾いた“力”の扱いを行うジュンイチは、治癒系を除き補助関係の術には決定的に向いていないのだ。
 発動させられるだけでもジュンイチにしてみれば奇跡に近い――それでもやるしかない。
(座標指定――よし。
 精霊力制御――クソッ、安定しねぇ……!)
 焦りが胸中を締めつける――だが、すぐに制御をやり直す。焦っている時間すら惜しいのだ。
 そして――
「――――――転移ジャンプ
 告げた瞬間――ジュンイチの姿はその場から消えた。

「くそっ、すごい風だ……!」
 すでにエアロックの下では息をするのも一苦労だ――問題のはしごにしがみつき、タクトは必死にエアロックを目指す。
「タクトさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ!
 それより、下からいろいろ飛んでこないか見ててくれ!」
 下から声をかけるミルフィーユに答えるタクトだったが、
「――――――あ!
 タクトさん、危ない!」
「へ――――――?」
 ミルフィーユの声と同時に、タクトの後頭部を空き缶が直撃する。
「あぁっ! またゴミが!
 よけて、タクトさん!」
「よけてって言われても……いてっ! いてててっ!」
 はしごにしがみついた状態ではかわすこともままならない。飛来するゴミの直撃に対して耐えるしかないタクトだが――
「きゃ〜っ! 今度はゴミ箱ごと!?」
「どわぁっ!?」
 さすがにこれはかわさないと危ない――とっさに身をひるがえし、飛来したゴミ箱をかわすタクトだったが――
「あ」
 その視界を1本の丸太が覆い――次の瞬間、衝撃がタクトの顔面を襲った。
(あれって確か――ジュンイチが設置した挙句3日で壊した巻き藁の残骸だよな……?)
 まさか2段コンボとは――残骸を処分していなかったジュンイチに胸中で呪詛を吐きつつ、タクトは意識を手放した。

「……クトさん、タクトさん!」
「う……ん……」
 遠くから聞こえるミルフィーユの声に、タクトは意識を取り戻した。
「よかったぁ……気がついたんですね!」
「あ、あぁ……」
 ミルフィーユの言葉に、タクトは身を起こして周囲を見回した。
 空気の流出は止まっている。
「どうなったんだ……?」
「ギリギリのところで、ジュンイチさんが間に合って……」
「ジュンイチが?」
 その言葉に見回すと、確かにジュンイチがそこにいた。
 なぜか傷だらけで。
「……どうしたんだ?」
「エアロック前に転移したらタクトがすっ飛んできたんだよ。
 で、受け止めて動きもままならないままかたっぱしからゴミの直撃をもらってなぁ……おかげでエアロック閉めるのも一苦労だったぜ」
「そうか……ジュンイチが閉めてくれたのか……」
「聞けばタクトの気絶の原因はオレが捨ててなかった巻き藁だっつーじゃねぇか。詫びだと思っとけ」
 タクトに答え、ジュンイチは息をつく。
「とりあえず、エアロックは閉じたけど、調べてみたらあちこちガタがきてる。
 植物の生命維持に必要なもの以外は一通りシステムをカットするから、さっさと出ろってさ」
「あ、あぁ……
 行こうか、ミルフィー」
「は、はい……」
 ジュンイチに答えるタクトの言葉に、ミルフィーユはなぜか戸惑いがちにうなずいた。

「あの……タクトさん……」
 とりあえずタクトの手当てのために医務室に向かうことになり――その道中でミルフィーユはタクトに尋ねた。
「展望公園、どれくらい立ち入り禁止になっちゃうんですか……?」
「うーん、修理だけならそんなにかからないだろうけど……」
「問題は原因究明だな……
 二重構造のエアロックがそろって誤作動で開きやがったんだ――同じことが起きないように原因はハッキリさせないと」
 タクトの言葉にジュンイチが付け加え――その言葉にミルフィーユの表情が曇った。
「誤作動……それって、めったに起きないことなんですか……?」
「めったに起きたら困るだろ」
 そう答え――ジュンイチは彼女の言いたいことに気づいた。その表情に「あっ」とバツの悪そうな色が浮かぶ。
「だ、だからって、お前の“運”のせいじゃないって!」
「けど……めったにないんでしょう……?
 けど、あたしの“運”が絡んでいたとしたら……」
「それを言い出したら、オレが苦手な転移術に成功できたのもお前の“運”のおかげかもしれないじゃないか。
 だから、そう自分を責めるな」
「は、はい……
 それじゃあ、あたしはこれで……」
 ジュンイチの言葉にうなずくと、ミルフィーユはそのまま自分の部屋へと戻っていってしまった。
「……すまん。失言だった」
「いや、ジュンイチは悪くないさ」
 謝罪するジュンイチに答え、タクトは肩をすくめる。
「そう……ジュンイチは悪くないさ……」
 つぶやき、タクトはミルフィーユの去っていった方向へと視線を向けた。
「悪いとすれば……彼女の“運”をフォローし切れなかった、オレさ……」

 翌日――
「ほいほーい。現れましたよぉ」
「おっそーい!」
 呼び出しを受けてブリッジに現れたジュンイチを真っ先に出迎えたのは、蘭花から放たれた罵声だった。
「……舞踏会の時の再現だな」
 思わずつぶやき、ジュンイチは肩をすくめるとタクトへと向き直った。
「で? この召集は何事かな?」
「いや、オレも来たばかりでまだ内容は知らされてないんだ。
 何しろ、今回の召集はあっちの二人からだったからね」
 言って、タクトは召集をかけた張本人達へと視線を向け――
「シヴァ皇子と……クレータ班長が?」
 そこにいた二人を見て、ジュンイチは思わず眉をひそめる。
 どういうことか――と考えるが、すぐにその理由に思い至った。
「……紋章機のパワーアップの件か?」
「ぜひ説明を聞きたいね。
 あたしらも、ずっと気がかりだったんだ」
 ジュンイチのとなりでフォルテも同意し――
「あれ?」
 ふとタクトは気づいた。一同を見回し――尋ねる。
「ミルフィーとブイリュウは?」
「あぁ、ブイリュウなら今ミルフィーを探しに……」
 タクトの問いにジュンイチが答えると、
「お待たせー!
 やっと見つけてきたよー♪」
 言って、ブイリュウがミルフィーユを連れて戻ってきた。
「ねぇ、聞いてよ!
 ミルフィーってば、倉庫に隠れてたんだよ!」
「べ、別に、隠れてたワケじゃないもん」
「えー? だって、倉庫のすみで丸く縮こまってたよね?」
 反論したミルフィーユにブイリュウが聞き返すと、タクトがミルフィーユに尋ねた。
「ミルフィー、どうしたんだい?」
「あ……いえ、何でもないんです。
 大丈夫ですから」
 ミルフィーユのその答えに、どこか納得がいかないものもあったが、ジュンイチはとりあえず話を進めることにした。
「とにかく、これで全員そろったな。
 じゃあ、クレータ班長、話を聞かせてもらえるかな?」
「はい。
 昨夜の戦闘中、エルシオールと紋章機に起こった現象なのですが……調査の結果、紋章機もエルシオールも、制御系・動力系などの全システムが新しいものに書き換えられていました。
 つまり、見た目こそ今までと変わりありませんが、その中身は、丸ごと生まれ変わったとも言えます」
「じゃあ、ひょっとして爆裂武装も?」
「はい……
 試してこそいませんが、おそらくパワーアップしているはずです」
 手を挙げ、尋ねる蘭花に、クレータはうなずいてそう告げる。
「やっぱりな……
 あれはシステムの暴走じゃなかったのか」
 腕を組んでジュンイチがつぶやき――そのつぶやきをタクトは聞き逃さなかった。
「『やっぱり』……?
 ジュンイチ、ひょっとして……何か気づいてるのか?」
「まだ仮説の段階だけどね」
 そうタクトに答えると、ジュンイチはアルモに尋ねた。
「アルモ。
 あの時、外部からは何もシステムにアクセスされてなかっただろう?」
「え? あ、はい。
 これといって不審なアクセスはありませんでした」
「つまり、今回のパワーアップは外部からもたらされたものじゃない。
 今回新しく書き変わったシステムデータは、エルシオールと紋章機の内部に、ずっと眠っていたものだったんだ。
 それが、何らかのきっかけで目覚めた――」
「どういうことだい?」
 尋ねるフォルテに、ジュンイチは答えた。
「一応、仮説はあるけど……今は言えない。
 その『仮説』があまりにも衝撃的でね――それが外れててくれればいいけど、もしそれが真実だったら、是が非でも隠さなきゃならない、くらいのレベルなんだよ。
 もしこれが公になれば――たぶん、エオニアのクーデターなんてメじゃないくらいの大混乱が起きる。ヘタをすれば皇国全体がひっくり返るぞ」
「そんなにトンデモナイ秘密だっての?」
「あくまで『仮説が真実だったら』って仮定の話だけどね」
 蘭花の言葉に肩をすくめて答えると、ジュンイチは付け加えるように続けた。
「ただ、言えることがあるなら……紋章機やエルシオールは、ロストテクノロジーを転用して作られたものじゃない。“白き月”から発掘されたものをそのまま使ってるにすぎない。
 つまり……」
 そして、ジュンイチはつま先で軽く床を叩き、告げた。
「すべてのカギは、コイツエルシオールが眠っていた地――“白き月”にあるってことさ」
 ジュンイチのその言葉に、一同の間に沈黙が落ち――
「ま、心配すんなって」
 そんな一同に、ジュンイチは笑顔で告げた。
「オレだって、ワケのわかんねぇ力にホイホイ頼る気はないからな――あの“力”が何なのか、キッチリ解明してやろうじゃねぇの。
 おばあちゃんが言っていた――『じっちゃんの名にかけて、真実はいつもひとつ!』」
「なんかいろいろ混じってない!?」

 絶妙なタイミングで蘭花からのツッコミが入った。

「戻ったか、ノア」
「敵の戦力を見てきたわ。
 残った戦力を、必死になってかき集めてるみたい――そんなことをしてもムダなのにね」
 エオニアの言葉に、ブリッジに姿を見せたノアは無邪気な笑顔のままそう答える。
「それから、エルシオールと紋章機、それにゴッドブレイカーは“白き月”に向かうみたいよ」
「“白き月”へ……?
 どういうことだ?」
「たぶん……紋章機の翼と関係があると思うわ」
 答えるノアのその言葉に、エオニアは眉をひそめた。
「あの翼か……
 あれはいったい何なのだ?」
「リミッターを解除した姿……いえ、紋章機本来の姿だと言ってもいいわね。
 たぶん、エルシオールも同じだと思うわ」
「ふむ……だとすると、少々厄介なことになりそうだな」
 うめくエオニアだったが――ノアは笑顔で答えた。
「心配することはないわ、お兄様。全部ノアに任せておいて。
 ノアにできないことはないわ――あの翼だって、もう解析したもの。あのゴッドブレイカーのパワーアップもね。
 ノアの紋章機――獣紋機やグランドミニオンが負けるはずがないわ」
「それは心強い。
 しかし、あの5人にノアの紋章機を使いこなせるかな?」
「心配ないわ」
 エオニアの言葉にも、ノアの笑顔が崩れることはなかった。
「獣紋機は、誰が乗っても同じよ。
 “人間が乗ってさえいれば”」
「………………?
 それはどういう――」
 尋ねようとするエオニアに、ノアは笑顔のまま告げた。
「どっちにしても、ノア達の方が先に“白き月”に着いちゃえば関係ないわ」
「あぁ……そうだな。
 しかし、ヤツらの方が足は速い――足止めが必要だな」
 ノアの言葉にエオニアがつぶやくと、
「その役目……私にお任せを」
 そう申し出たのは――
「かつての汚名、この任によって、見事返上してみせましょう」
 ルルだった。

 結局、エルシオールは事の真偽を確かめるため、“白き月”へと向かうことになった。
 意外なことにルフト以外の軍首脳陣からの反対の声はなかった――むしろ、同行を申し出る部隊が後を断たなかった。
 エオニアや“黒き月”がこのローム星系にまで出張ってきている以上、トランスバール本星や“白き月”はほぼがら空きの状態であろうことから、本星奪回のいい機会だと捉えられたようだ――手柄を挙げたい、エオニアに借りを返したい、そういった思いでどこもいっぱいのようだ。
 彼らの気持ちはわかる。だからむげに断るのも気が引けて――結局、それらの意見に対して中立的な位置にあったルフトに彼らをなんとかなだめてもらい、タクト達はトランスバール本星へ向けて出発した。

「おーい、タクト」
 ブリッジに出向いたらこっちだと聞かされた――ジュンイチは軽くノックをした上で司令官室へと足を踏み入れた。
「補給の方はほぼ片づいた。修理も後少しで……」
 奥のテーブルに座るタクトへと声をかけ――
「――って、どうした?」
 明らかに元気のないタクトの様子に、眉をひそめて尋ねた。

「ミルフィーに会えてない?」
 タクトから話を聞き、ジュンイチは思わず声を上げた。
「それって……いつから?」
「昨日の……展望公園での一件の後からだよ」
「あー、なるほど……」
 その答えだけで、ジュンイチはなんとなく察しがついた。
 というか――今のミルフィーユの状態はかつての自分と思いっきりダブっている気がする。
 当のタクトは気づいていないようだ。何だかんだで鋭い視点を持つタクトにしては珍しいことだとは思うが、『ミルフィーユに会えていない』という現状を前にいっぱいいっぱいなのだと考えれば納得だ。
 教えてやろうと口を開きかけ――ジュンイチは口をつぐんだ。
 こればかりは自分達で気づき、解決しなければどうしようもない――自分もそうだったのだから余計にそう感じる。
「……自分で何とかしろ。オレは知らん」
 結局、それだけ告げてジュンイチは司令官室を後にした。

 ――とまぁ、そのまま無関係でいられればよかったのかもしれないが――
「あのー……
 どーしてオレはキミの部屋でイスに縛り上げられているんでしょうか――蘭花さん?」
「だって、縛りつけとかないと逃げるでしょ、アンタ」
 思わず敬語で尋ねるジュンイチに、蘭花はあっさりと答える。
「で、部屋に連れてきた理由だけど……」
 そう言うと、蘭花はジュンイチの目の前にテーブルを置き――その上に電気スタンドを加えた。
 どこかで見たことのある光景だ。これは――
「さぁ、吐きなさい!
 タクトとミルフィー、何かあったみたいだけど……話聞いてきたんでしょ!?」
「……ノリノリだな、お前」
 刑事ドラマのノリで詰め寄ってくる蘭花に、ジュンイチは思わず毒気を抜かれてつぶやき――
「カツ丼、お待ちぃ!」
「ノリノリがもうひとり……」
 満面の笑顔でオカモチを持って現れたフォルテに対しても、心の底からため息をついていた。

 その後、ミントやヴァニラも呼び出され、蘭花の部屋を会場とした現状の対策会議が開かれた。
「……で? 何か相談されたんでしょ?」
「それは、すぐにわかるんじゃないかな?」
 改めて尋ねる蘭花に、ジュンイチはカツ丼をほおばりながら答える。
 ちなみにカツ丼代は犯人役ジュンイチ持ちだった。不要なところがリアルでちょっと興ざめだ。
 それはさておき、ジュンイチは蘭花達を半眼で見渡し、告げる。
「お前らが『オレから聞き出す』しか手を打っていないワケがない。
 大方、タクトとミルフィーをどっかで引き合わせたりしたろ」
「さすがはジュンイチさん。
 今頃ティーラウンジで会っているはずですわ」
「いつもながら見事な慧眼です」
「その『慧眼』とやらをお前らに無駄使いさせられてる気がするのは気のせいか?」
 ミントとヴァニラの言葉にうめくと、ジュンイチは気を取り直して立ち上がり、蘭花の部屋のインターフォンを操作し始める。
「何してるの?」
「ティーラウンジといえど、保安上様子は記録されてる。
 本来プライバシー保護でアクセスできないそれを、ここからちょいとのぞかせてもらおうってワケさ」
「さすがジュンイチ!
 えげつない手じゃ天下一品!」
「……ちっともほめられてない気がするんだが」
「実際ほめてないもの」
「はっ倒すぞテメェ」
 蘭花に対して毒づきながらもジュンイチは操作を続け――ティーラウンジの音声がインターフォンから聞こえてきた。

〈……あの……タクトさん……〉
〈ミルフィー!〉
〈さっきは、すみませんでした……
 聞こえないフリをして、逃げたりして……〉

「ンなことまでしてたのか? アイツは……」
「しっ! 黙っててよ!」
「聞こえないじゃないか!」

〈いや、こうして来てくれただけでもうれしいよ。
 まぁ、とりあえず座って〉
〈はい…………〉

「ジュンイチさん、映像は出せませんの?」
「さすがにそこまではプロテクトが固くてな……
 破れないワケじゃないが時間がかかる――破ってるウチに話が終わりそうだったからやめた」

〈あたし、自分なりにいろいろ考えたんです。
 それで……やっぱり、自分の口からタクトさんに説明しなきゃいけないと思って……〉
〈うん……〉
〈……あたし、しばらくタクトさんに会わない方がいいと思うんです!〉

「何言ってんのよ! あの子は!」
「蘭花! 少し落ち着きな!
 ここから言っても始まらないよ!」
「……アレか? アイツはプライベートとかでテレビに向けてツッコミやら何やら話しかけるクチか?」
「……ノーコメントにしておきますわ」

〈どうして!?
 オレが何か気に障るようなことをしたのなら謝るよ!〉
〈いえ、タクトさんはぜんぜん悪くありません。
 悪いのはあたしなんです!〉
〈え………………?
 どういうことなんだ? 詳しく話を聞かせてくれ〉

「そーよそーよ! 話しなさ――もぐっ!?」
「はーい、そこまで」
「ナイスだジュンイチ!
 そのまま押さえときな!」

〈あたしといると、普通じゃ起きないようなことがよく起きることは、ご存知ですよね?〉
〈あぁ、もちろん。
 それがどうかしたの?〉
〈あたしの運に、タクトさんを巻き込みたくないんです――ご迷惑をかけたくないんです。
 だから、なるべく離れていた方がいいと……〉
〈どうして急に、そんなことを?
 オレは今まで、ミルフィーの運を迷惑だと思ったことなんか一度もないよ?〉

「あー、やっぱりわかってねぇや、タクトのヤツ……」
「ジュンイチさん……心当たりでも?」
「もが! もがもが!」

〈今までは、まだよかったんです。
 でも、この先どうなるかは……
 戦いがますます激しくなってきて、エルシオールの中も安全じゃなくなってます――昨日だって、開くはずのない公園のエアロックが勝手に開いたでしょう?
 あんなことが、また起こらないとも……〉
〈でも、大事故にはならなかったんだから、いいじゃないか。
 気にすることないよ〉
〈でも!
 今まで笑い話ですんでたからって、これから先もそうだとは限らないじゃないですか!
 あたしといることで、タクトさんの命に関わるような、危険な事故がおきちゃうかも……〉
〈そんな……〉

「……そういうことですか。
 いかにも、ジュンイチさんも身に覚えがありそうなパターンですね」
「オレの場合は人災がほとんどなんだけどな」
「…も……が………」

〈ごめんなさい!
 本当にごめんなさい!
 さよなら、タクトさん!〉
〈あっ、待って!
 待つんだ、ミルフィー!〉

 それを最後に、タクト達の声は聞こえなくなった。
「……ティーラウンジを出ちまったみたいだな」
「だね……」
 つぶやくジュンイチにフォルテが答えると、
「………………ジュンイチさん」
「ん?」
 振り向くジュンイチに、ヴァニラは無言で彼の手元を指さし――
「……きゅ〜〜〜〜……」
 ジュンイチに口をふさがれたまま、蘭花は意識を手放していた。

「ミルフィーがあんなこと考えてたなんてね……つき合い長いけど、ちょっと意外だったわね」
 意識を取り戻し――すぐさまジュンイチをしばき倒し、蘭花はため息をついてそうつぶやいた。
「オレも、元の世界で似たような流れで仲間遠ざけようとしたことがあったからなぁ……正直他人事じゃないんだが」
「その時はどうなったんですか?」
「仲間に押し切られたよ。
 ジーナのヤツ、いくら突っぱねてもしつこくってさぁ……それに、半ば成り行きってのもあったし」
 ミントに答え、ジュンイチは立ち上がり、
「今回は、タクトに任せておくのが吉、だろうね……
 あの手の問題は、当人同士でどうにかするしかないワケだし。
 オレ達の仕事は、その間の二人のフォローだよ」
「そうだね……」
 うなずいて――フォルテはジュンイチに告げた。
「ところでジュンイチ」
「ん?」
「蘭花に割られた頭……大丈夫かい?」
「実は……ちょっちツラい……」

 翌朝――
「……結局、一睡もできなかったな……」
 司令官室で机の上に突っ伏し、タクトはため息まじりにつぶやいた。
「そろそろ、クロノ・ドライヴの終わる時間か……」
(ブリッジに行く前に、せめてもう一度ミルフィーユに会っておきたいな……)
 気だるい身体を持ち上げ、司令官室の扉を開け――
「きゃっ!?」
 そこにはミルフィーユがいた。
「あ、ミルフィー!?
 お……おはよう……」
 とりあえずあいさつするタクトだったが――
「さよなら!」
 すぐにきびすを返し、ミルフィーユはその場から走り去ってしまう。
「いや、それは朝のあいさつじゃ……って、違う!
 待ってくれ、ミルフィー!」
 思わず見当違いのリアクションを返しかけ――タクトはあわててミルフィーユを追った。

 こうして、艦内全域を舞台にしたタクトとミルフィーユの追いかけっこが始まった。
「ついて来ないでくださ〜〜いっ!」
「どうして逃げるんだよ、ミルフィー!?」
「昨日も言ったじゃないですか!
 あたしと一緒にいると危険だって!」
「勝手にひとりで決めるんじゃない!
 オレは、納得してないぞ!」
 口々に言いながら、タクトとミルフィーユは居住区を駆け抜けていく。
「ミルフィー! いい加減にオレの話を聞いてくれ!」
「だ、ダメです!
 あたしのそばに近づいたら何が起きるか……!」
「だから、オレは――」
 しかし、そんな彼らの元に、レスターから通信が入った。
〈タクト、早く持ち場に戻れ!
 もうすぐドライヴ・アウトしちまうぞ!〉
「レスター、もう少し待ってくれ!
 ミルフィーが逃げるのをやめたら、すぐに戻る!」
「あたしも、タクトさんが追いかけるのをやめたらすぐ行きますぅ!」
〈何やってるんだ、お前らは!?〉
 二人の答えにレスターが声を上げ、エルシオールがドライヴ・アウトし――
「ぅわぁっ!?」
「きゃあっ!?」
 突然、エルシオールを衝撃が襲った。
「いてて……
 大丈夫か? ミルフィー」
「は、はい……転んだだけです。
 今の大きな揺れは何なんですか?」
 尋ねるタクトにミルフィーユが聞き返すと、アルモの艦内放送が響いた。
〈エルシオールの前方に、敷設型ミサイル群を確認!
 総員、第1戦闘配備!〉
〈ミサイル第2波、来ます!
 回避――不能!〉
 続いてココの声が響き――衝撃がタクトの意識を刈り取った。

「……くっ……つぅ……っ!」
 タクトが意識を取り戻すと、そこはわずかな光しか差し込まない、静かな空間だった。
「あいたた……うぅ〜ん……」
「ミルフィー?」
 声からしてすぐそばにいるのだろう――ミルフィーユの声にタクトが顔を上げると、だんだんと暗闇に眼が慣れてきた。
 二人がいるのは廊下の壁の向こうを走っている整備用通路だ――何があったのかは知らないが、先程の衝撃でここに飛び込んでしまったらしい。
「大丈夫かい? ミルフィー」
「は、はい……大丈夫です。
 タクトさんがかばってくれたおかげで……」
 尋ねるタクトに答え、ミルフィーユは振り向き――気づいた。
「タクトさん! 血が出てるじゃないですか!」
「なぁに、これくらい平気だよ」
 すでに出血は止まっているようだ――額の血をぬぐい、笑顔でタクトはうなずき――そんな彼に、ミルフィーユは視線を落として告げた。
「……ありがとうございます。助けてくれて……」
「気にしないで。ミルフィーが無事でよかったよ。
 それより……」
 ミルフィーユに答えると、タクトは周囲を見回し、
「今、どういう状況にあるんだ? オレ達は……」
「……挟まってるんだと思います。不発だった、敵のミサイルに……」
「なるほど……」
 だいたい理解できた。エルシオールを直撃したものの、これらのミサイルは不発で――ついでに、直撃した衝撃で自分達をこの整備用通路に放り込んでしまったというワケか。
〈Bブロック左舷に被弾!
 ただし、ミサイルは不発だった模様!〉
〈隔壁、緊急閉鎖!
 近くにいる消火班、救護班は復旧作業に向かってください!〉
「……ここのことだな……」
 壁の向こうから聞こえてくる、ココとアルモの艦内放送に、タクトは思わずため息をついてつぶやいた。
「けど、2発も不発のミサイルが直撃して、そのミサイルに閉じ込められるなんて、運がいいのか悪いのか……」
 タクトがつぶやくと――
「ご……ごめんなさい!」
 突然ミルフィーユが頭を下げた。
「きっとあたしのせいです! ごめんなさい!」
「あ……今のはミルフィーを責めるつもりじゃなくて……」
「またタクトさんを巻き込んじゃった……
 また、あたしの運のせいで、タクトさんを危ない目に……!」
 あわててフォローしようとするタクトだが、ミルフィーユの表情はどんどん沈んでいく。
「こんなことになるのがイヤだったから、一生懸命タクトさんに会わないようにしてたのに……!
 どんなに会いたくても、ガマンしてたのに……!」
「ミルフィー……」
「タクトさんだって、そう思うでしょう!?
 あたしみたいな、ヘンテコな運の持ち主と一緒にいたら危険だって……不幸に巻き込まれるって……!」
 言って、ミルフィーユはとうとう泣き崩れてしまい――
「……ミルフィー」
「え………………?」
 声をかけたタクトの言葉に、ミルフィーユは顔を上げ――
「えいっ」
「はうっ!?」
 その額に、タクトはデコピンをお見舞いした。
 しかもジュンイチに教わったスペシャルヴァージョン――指先の一点に力を集中させたそのデコピンの衝撃に、ミルフィーユは思わずのけぞっていた。
「た、タクトさん!?」
「いやー、さすがジュンイチ直伝。効くみたいだね、コレ」
 驚くミルフィーユに、タクトは笑いながらそう答え――付け加えるように告げた。
「ミルフィー、キミの気持ちはうれしい――本当にうれしいよ。
 けど、ひとつ忘れてることがあるぞ」
「え………………?」
「オレの気持ちさ」
 答えて、タクトはミルフィーユの目に浮かぶ涙をぬぐってやる。
「オレにとっては、ミルフィーに会えないことのほうが不幸だよ。
 君のいないところで平穏無事に生きるより、一緒にトラブルに巻き込まれる方が幸せなんだ」
「タクトさん……」
「どんなトラブルがあったっていいじゃないか――それを二人で泣いたり笑ったりすれば、喜びも悲しみも分け合えるんだ。
 だから、本当にオレのためを思うんだったら……」
 そして、タクトはミルフィーユと正面から向き合い、告げた。
「もう二度と、オレのことを避けたりしないでくれ」
「…………はい……!
 ……はい。タクトさん……!」
 何度もうなずくミルフィーユの目に、先程とは違う涙が浮かぶ。
「あたしも……タクトさんと一緒のほうが幸せです。
 ずっとずっと、タクトさんと一緒にいたいです!」
「ミルフィー……」
 告げるミルフィーユの言葉に、タクトは彼女の頬に手を伸ばし――

 次の瞬間、近くの壁が轟音と共に吹き飛んだ。
「な、何だ!?」
「どうしたんですか!?」
 思わずタクトとミルフィーユが声を上げると――
「おーい、生きてるか、二人とも」
 舞い上がるほこりの中、姿を見せたのはジュンイチだった。
「じ、ジュンイチ!?
 危ないじゃないか、いきなり!」
「心配するな。
 ちゃんと二人の位置は気配でとらえた上で吹き飛ばした」
「……ジュンイチ……絶対レスキューには向いてないな」
「何を今さら」
 うめくタクトに、ジュンイチは平然とそう答え――ふとその表情を緩めた。
「けど……なんとか、元のサヤには収まったみたいだな」
「え………………?」
 その言葉に、タクトはジュンイチが自分とミルフィーユを交互に見ているのに気づき――彼の言いたいことに気づいた。
「あぁ。なんとかね」
 タクトが答え――瞬間、ジュンイチは楽しそうにニヤリと笑い、
「だったら、もう少し助けるの待ってた方がよかったかなぁ〜♪」
「じ、ジュンイチ!?」
「なんかオレ、オジャマだったみたいだし♪」
「そ、そんなことないって!
 助けてくれて、感謝してるって! ね? ミルフィー!?」
 ニヤニヤと笑って告げるジュンイチに、タクトは必死に弁解しながら振り向き――
「……それも、よかったかも……」
『………………はい?』
 どこか夢見心地でつぶやくミルフィーユの言葉に、二人は思わず間の抜けた声を上げていた。

「すまん、遅くなった!」
「言い訳は後で聞く」
 ブリッジに戻ってきたタクトに、レスターはあっさりとそう告げた。
「それより、ミサイル群の作動に気づいた敵艦隊が迫ってきている。
 さっさと指揮をとれ!」
「わかった!
 状況はどうなってる!?」
「こんな感じだよ」
 尋ねるタクトに答え、ブイリュウはメインモニターにレーダー画面を表示させる。
「いつかの人質事件、覚えてるでしょ?
 あの時の、ルルって人の艦が旗艦みたい。
 あとは、ヘル・ハウンズ達も来てるみたいだね」
「またあいつらか……
 エオニアと“黒き月”は?」
「レーダーには、今のところそれらしき反応はありません」
「たぶん、こちらの足止めが目的の別働隊だろうな。
 紋章機は、すでに4機が発進している」
 ココとレスターがタクトにそう答えると、
「ラッキースター、及びゴッドドラゴン、緊急発進しました!」
 アルモがミルフィーユとジュンイチの出撃を告げた。

「遅いじゃないの!」
「間に合ったんだからいいだろ。
 それに、ちゃんとミルフィーだって引っ張ってきたんだし」
 到着するなりいつものように文句を垂れてきた蘭花に、ジュンイチは悪びれることなくそう答える。
「で? ミルフィー、アンタは大丈夫なの?」
「うん。心配かけてゴメン!
 でも、もう大丈夫だから!」
 尋ねる蘭花に、ミルフィーユは久しぶりに見せた満面の笑顔で答える。
「そんじゃま、ドハデに行くとしましょーか!」
 言って、合身したジュンイチが迫り来る敵艦隊に向けてかまえ――
「ジュンイチさん!」
 そんな彼をミルフィーユが呼び止めた。
「合体しましょう!
 タクトさんの乗るエルシオールには、指一本触れさせません!」
 まさか戦いには積極的ではないミルフィーユから合体の申し出があるとは思わなかった――思わず一瞬呆けてしまったジュンイチだったが、すぐに気を取り直して答える。
「そうだな……
 そんじゃ、一気に薙ぎ払ってやるとしようか!」
「はい!」

「ゴッドブレイカー!」
「ラッキースター!」
『爆裂武装!』
 ジュンイチとミルフィーユの叫びが響き――二人の機体が合体モードへと移行する。
 そして、バーニアを吹かし、ゴッドブレイカーが加速、さらにラッキースターがその後を追う。
 そして、ラッキースターからハイパーキャノンが分離、続いて左右の推進ユニットが分離し、それぞれのパーツの間にゴッドブレイカーが飛び込む。
 ゴッドブレイカーが滞空するパーツの中心に到達すると、背部スラスターが倒れてラッキースターのボディがそれをカバーするように合体、さらに両肩アーマーを装飾している爪がアーマー内に収納、代わりにラッキースターの推進ユニットが合体する。
 そして、右肩アーマーの爆裂武装用のハードポイントにハイパーキャノンが合体、両機のシステムがリンクする!
『ゴッドブレイカー、ラッキースターモード!』

「またキミか!
 ボクとハニーの仲をジャマする悪い虫!」
 ジュンイチとミルフィーユの合体に、真っ先に反応したのはカミュだった。勝手なことを言いながらイーヴィルファルコンを突っ込ませ、多数のミサイルを解き放つ。
 が――
「あー、壮絶な勘違いをしてるトコ悪いが……」
 ジュンイチはゴッドセイバーを抜き放つとそれらのミサイルを平然と斬り捨て、
「むしろ、お前にとっての『悪い虫』は――恋敵はタクトだったりするんだよね!」
 ミルフィーユの操作で放たれたハイパーキャノンをかわしたカミュに、その動きを先読みして放ったクラッシャーナックルをお見舞いする。
「ぶー! ジュンイチさん! タクトさんは『悪い虫』なんかじゃないですよ!」
「はいはい、悪ぅございましたね」
 ミルフィーユからの苦情に笑いながら答え、ジュンイチはギネスのブラスターティーゲルが繰り出した爪をかわし、逆にその顔面にカウンターの左ストレートを叩き込む。
 続いてリセルヴァが、レッドが、ベルモットが次々にゴッドブレイカーへと襲いかかるが、ジュンイチは彼らの攻撃をことごとくかわしきり、そこへ蘭花達の援護射撃を受けて逆に追い返されてしまう。
「ジュンイチさん、一気に決めましょう!」
「了解だ。
 ってコトは、次の獲物は……」
 ミルフィーユに答え、ジュンイチは戦場を見渡し――
「見ぃつけた♪」
 ルルの旗艦を確認し、笑顔で告げた。

「まったく、なんてバケモノなの……!」
 自艦のブリッジで、ルルは思わず歯噛みした。
 前回の名誉挽回とばかりに張り切って出陣してきたが、相手は自分の想像を絶するバケモノだった。
 自分の知力で勝てる相手ではないことは前回すでに思い知っていた。だから今回は真っ向から力で叩きつぶすべく指揮下の艦隊をすべて総動員してきたのだが――その力すら、相手は真っ向から跳ね返そうとしている。
「今度こそ、あなた達を倒せば……!
 あなた達を倒せば、今度こそエオニア様の近づくことができたものを……!」
 忌々しげに、迫り来るゴッドブレイカーをにらみつける。
「対空砲火を集中!
 なんとしても、あの機動兵器を落としなさい!」
 ルルの言葉に無人艦隊は一斉に攻撃を仕掛けるが、ジュンイチとミルフィーユが力を合わせた今のゴッドブレイカーにはかすりもしない。逆にハイパーキャノンによって次々に薙ぎ払われていく。
 指揮に夢中で彼女は気づいていない――すでにヘル・ハウンズが彼女を見限って撤退していることに。
 そして――
〈とっとと帰れ〉
 通信の向こうで淡々とジュンイチが告げ――ゴッドブレイカーの振るったゴッドセイバーが左舷のメインエンジンを叩き斬っていた。

「これでルルは黙るだろ!」
 メインエンジンを片方斬り落とすついでに、フェザーファンネルやラッキースターのレーザーファランクスで対空システムもあらかた破壊してやった――ルルの旗艦を沈黙させ、ジュンイチが告げる。
 ルルもあれで馬鹿ではない。自らの艦が行動不能となれば素直に退いてくれるだろう。後は無人艦隊の始末だけだ。
「ミルフィー!」
「はい!」
 確認はいらない――ジュンイチの言葉にミルフィーユがうなずいた。

「ウェポン、コンバート!」
 叫んで、ジュンイチはハイパーキャノンを分離、右腕に再合体させ、
「ミルフィー!」
「はい!
 いっけぇっ! ハイパーキャノン!」
 ジュンイチの叫びに答え――ミルフィーユがジュンイチのかざしたハイパーキャノンを発射する。
 そして、ジュンイチはエネルギーを吹き出すハイパーキャノンをかまえ、
「一閃――!」
「――両断!」
『ハイパーキャノン、ブレード!』
 振り下ろしたハイパーキャノンから放たれた閃光が、敵艦隊を次々に斬り裂いていった。

「ただぁいまぁ♪」
 ルルの艦の離脱を確認――戦闘が終了し、ジュンイチとミルフィーユはエルシオールに帰艦した。
「お疲れさん、ジュンイチ、ミルフィー」
「すごい暴れっぷりだったわね。
 あたし達の出番、ぜんぜんなかったわ」
「そりゃま、ある意味当然っちゃ当然だよ。
 何しろ……」
 労うフォルテと蘭花に答え、ジュンイチはミルフィーユの肩をポンと叩き、
「今回は、こちらのミルフィーユ・桜葉嬢のテンションがMAXブッチギリだったんだからな」
「そ、そんな。
 あたしなんて、ラッキースターでジュンイチさんに合体してただけで……」
 ジュンイチの言葉にミルフィーユが謙遜して言うと、
「みんな、お疲れ様!」
 言って、タクトが格納庫に姿を見せた。
「タクト、エルシオールの被害は」
「あぁ、ジュンイチ達ががんばってくれたおかげで、敵艦からの攻撃はほとんどなしさ」
 ジュンイチの問いに答え、タクトはジュンイチへと振り向き――気づいた。
「………………ん? どした?」
 尋ねるジュンイチに対し、タクトはツカツカと歩み寄り、
「……誰の肩抱いてるんだ?」
「………………はい?」
 タクトの言葉に思わず眉をひそめ――ジュンイチは気づいた。
 自分の右手が、今どこにあるのか。
「なっ、何いっちょまえにヤキモチ焼いてんだよ!
 ただ単にミルフィーの活躍をほめてやってただけだって!」
 あわてて手を離し、弁解するジュンイチだが、タクトの視線は冷たいままだ。
「本当に?」
「ホントホント!
 な? ミルフィー?」
「は、はい……」
 ジュンイチの言葉にうなずき――ミルフィーユは告げた。
「やっぱり、肩を抱いてもらうなら、ジュンイチさんよりタクトさんの方がいいですから♪」
『………………はい?』
 もはや好意を隠すこともせず、満面の笑みを浮かべて告げるミルフィーユの言葉に、一同の目がテンになる。
「……なんか……キャラ変わってないか?」
「うーむ。恋は人を変えるってヤツね……」
 耳打ちするジュンイチの言葉に蘭花がつぶやき――
「………………っ!」
 突然、ジュンイチの視界が揺れた。
「…………ジュンイチ?」
 彼の異変に気づき、タクトが声をかけ――

 

ジュンイチは、その場に倒れ伏していた。


 

(初版:2006/09/10)