「ルルが敗れたようだな」
「はい」
つぶやくエオニアに、シェリーは淡々とそう答えた。
「さて、どうしたものか……」
依然としてエルシオールに足止めを差し向ける必要がある状況だ。エオニアは静かに次の手を思案し――そんな彼にシェリーが声をかけた。
「こうなれば、私が直接出向きエルシオールを」
「……やってくれるのか?」
「それがエオニア様のお望みであれば、私はそれに応えるまででございます」
その言葉に、エオニアはしばし考え、
「……では、そなたにエルシオールの足止めを命ずる」
「はっ!
この命に代えましても!」
エオニアの言葉に、シェリーは深々と頭を下げ――
「そんなことを言わないでくれ、シェリー」
言って、エオニアはそんなシェリーの頬に手を添えた。
「そなたは5年前、私が辺境に追放されたあの頃から私に仕えてきてくれた――私にとって、そなた以外の片腕など考えられん。
必ず――生きて帰ってこい」
エオニアのその言葉には、有無を言わさぬ決意があった。
「過労ね」
診断の結果、ケーラの下した結論がそれだった。
「ここのところほとんど休んでなかったでしょ。疲れが出たのよ」
「うー……」
気まずそうにうなるジュンイチに、ケーラは笑って、
「けど、キミが自分のコンディションを管理できないなんて、珍しいこともあるものね」
「いや……ケガとか病気なら自分で診れるんだけど、疲れってのは元々縁遠いからなぁ……」
「そういえば花粉症の時も、疲れを無視して動きまくって倒れかけたっけな」
ジュンイチの答えに、タクトは思わず納得する。
が――
「……過労だそうよ、ジュンイチ」
そう告げる蘭花の声は極めて静かなものだった。
「まったく、いきなり倒れるから何かと思えば……」
その肩は静かに震えている。
そして――
「さんざん心配させといて――オチが単なる過労って何なのよぉぉぉぉぉっ!」
蘭花の怒りが爆発した。
第11話
「強襲シェリー艦隊」
「……で、だ」
一通り喧騒も収まり――タクトは改めて尋ねた。
「……生きてる?」
「なんとか」
タクトの問いに、医務室に運び込まれる前よりもボロボロになったジュンイチはかろうじてそう答える。
その犯人はといえば――現在ケーラからお説教中。それよりもこっちの手当てを優先してほしいが、とりあえずヴァニラをつけてくれたので許容範囲の行動としておく。
「とにかく、そのダメージの回復の含めて、しばらくはゆっくり休むんだ」
「ち、ちょっと待てよ!」
そのタクトの言葉に、ジュンイチは思わず身を起こした。
「エオニアだってバカじゃない。きっともう次の追っ手を差し向けてるはずだ。
なのに、ゆっくり休んでるワケになんか――」
だが、そんなジュンイチの肩を叩き、タクトは告げた。
「や・す・め♪」
満面の笑顔――だが、その裏に込められた強烈なプレッシャーを感じ、ジュンイチは――
「………………はい」
うなずくしかなかった。
「じゃあ、あとはゆっくり休みな」
「へぇへぇ」
単なる過労のため、休息は自室で、ということになった――フォルテの言葉にうなずき、ジュンイチは自室のベッドに腰かける。
フォルテがついてきているのは、『ひとりで帰らせると絶対逃げる』というタクトの進言によるもの。要するに監視役である。
「ったく……ホントならこんな時に休んでなんかいられないってのに……!」
「それでムリされて、完全にブッ倒れても困るんだよ」
ボヤくジュンイチに、フォルテは苦笑まじりに肩をすくめてそう答える。
「だからってさぁ、完全休養はやりすぎだろうが……」
それでもなおもボヤくジュンイチに、フォルテはため息をつき――
「ていっ」
「わわっ!?」
ジュンイチの額を軽く小突き――それだけでジュンイチはベッドの上でひっくり返った。
「その程度でひっくり返るくらい平衡感覚が狂ってるクセして、何言ってるんだい」
「こっ、この程度なら平気だって――」
「なワケないだろ」
すぐに起き上がったジュンイチの反論を、フォルテは彼の額を押さえてピシャリと遮った。
「いいか、ジュンイチ。ひとつ言っとくよ」
そして、ジュンイチを制したそのままで、フォルテは告げる。
「隠し切れないんなら、最初から強がるモンじゃないし――そもそも、隠し切れないような状態になるまでムリをしちゃいけない。
特にお前はそういう位置にいるんだよ――エオニアの攻撃で数は減ったけど、第3方面軍を丸ごと敵に回したこと、忘れてないだろ?
あたしが連中の立場なら、今のお前の状態を知ったら嬉々として刺客を送り込むね。成功するかどうかは別にして」
「わかってるよ」
フォルテに答え、ジュンイチはようやくベッドに身を沈めた。
「ケガだったらなんとかなるんだけどねぇ……
両手両足の関節を粉砕されてようが、苦もなく天下一武道会で優勝してやるよ」
「そのたとえはよくわからないけど……実際やりそうで怖いな、お前さんの場合」
思わず苦笑し、フォルテはジュンイチに告げた。
「とにかく、半端な強がりだったらしない方がまだマシだよ。
今はゆっくり回復に専念しな」
「………………」
その言葉に、ジュンイチはしばし口をとがらせて――ポツリと一言。
「………………了解」
疲れのたまっていたジュンイチが眠りにつくまで、それほど時間はかからなかった――寝ついたジュンイチの布団を直してやり、フォルテは静かに部屋を出た。
と――
「フォルテ」
かけられたその声に振り向くと、そこにはタクトやミルフィーユ、そして他のエンジェル隊の面々が勢ぞろいしていた。
「何だい、みんなそろって待ってたのかい?」
「そりゃ、心配だったからね」
尋ねるフォルテに答え――タクトは表情を引き締めて尋ねた。
「で……ジュンイチは?」
「眠ったよ」
答えて、フォルテは肩をすくめる。
「まったく……あんなになるまでムチャして。
自分の身体のこともわかんないワケ? アイツは」
ローム星系での一件があったばかりなのに、相変わらずひとりで背負い込んで――そんなジュンイチの態度に、蘭花が苛立ちも隠さずにつぶやくと、
「いえ……
たぶん――ジュンイチさんはわかった上でムチャしてますわ」
それに異を唱えたのはミントだった。
「どういうこと? ミント」
「ムチャをしても問題はない――そう考えてるってことですわ」
尋ねるミルフィーユに、ミントは肩をすくめて答えた。
「口では相変わらず『ひとりでなんとかする』みたいなことを言ってますけど――そもそも本気でそう思ってるなら、ジュンイチさんはそれこそムチャは避ける人ですわ。
倒れたら元も子もないのがわからないほど、素人ではありませんもの」
「そういえば……そうよね」
「そういえば、フルメタル・ドラゴン作った時も『援軍が来て戦力に余裕ができるから』って理由でムチャしたんだっけ……」
蘭花とブイリュウが納得するのを見て、ミントはうなずき、告げた。
「たぶん本人も気づいてないでしょうけど……あれでけっこう、わたくし達のことを信頼してくれてると思っていいのでしょうね」
「なるほど、ね……
『もし自分が倒れてもあたしらがいる』か……」
「もっとも、ジュンイチさん自身『あくまでも自分で』というスタンスを崩すつもりもないでしょうけど」
つぶやくフォルテに答え、ミントは軽く息をつく。
「まったく……信用していただけるのはうれしいですが、少しはそれを表に出していただきたいものですわ」
「わかりづらいのよねー、アイツのそういう気遣いって。
信頼してくれているなら、もう少しストレートに頼りなさいっての」
「まったくだ。
『いざって時』にしか頼ろうとしないから、結局自分で背負い込んで負担をため込んで……」
「しかも、言ったところで聞きやしないときたもんだ」
ミントのそのボヤきに蘭花とタクトとフォルテがため息まじりに同意。しばしその場を静寂が支配し――
「………………よし!」
突然ポンと手を叩いたのは――ミルフィーユだった。
「倒れたそうだな」
「えぇ、まぁ」
侍女を連れ、見舞いに訪れたシヴァの言葉に、ジュンイチはあっさりとそう答える。
「完全休養を言い渡されたと聞いている」
「おっしゃる通りで」
またもやあっさりと答えるジュンイチに、シヴァは思わず額を押さえ、
「だったら……なぜ机に向かってデスクワークに没頭しているのか聞いてもよいか?」
「やること山盛りテンコ盛りなので」
休む気などカケラもなく、ものすごい勢いでキーボードを叩く手をそのままに、ジュンイチはシヴァの問いにそう答える。
「スンマセンね、仕事しながらの応対で。
何しろ、次の敵が来るまでにゴッドドラゴンの機動シーケンスの調整済ませとかなきゃいけないもんで」
「いや、それ以前にまずは休め。完全休養を言い渡されているのだから」
悪びれる様子もなく告げるジュンイチに答え、シヴァは心の底からため息をつく。
「まったく……
貴様は一度、自分がどれだけ皆に心配をかけているか知るべきだ」
「またまた、そんな大げさな。
ただ疲れて倒れただけなんスから」
パタパタと手を振りながら答えるジュンイチだが――
「その『たかが』が重要なのだ」
そんなジュンイチに、シヴァは真剣な表情でそう告げる。
その姿に、ジュンイチもさすがに仕事をしながら応対、というワケにもいかずに手を止め――そんなジュンイチにシヴァは告げる。
「いつもそこにいる者は姿がない――それだけで、人は時に心を沈ませてしまう。
特に、お前はタクトと二人で皆の中心となって戦ってきた――お前は、自分が思っている以上に皆の支えなのだ」
「……買いかぶりすぎっスよ」
シヴァの言葉になんとなく照れくさくなり、ジュンイチは思わず視線を逸らすが――
「そうでもないと思うぞ」
そんなジュンイチに、シヴァは苦笑まじりに告げた。
「お前が皆の支えでないのなら――エンジェル隊が『あんなこと』を始めるとは思えんからな」
「『あんなこと』……?」
シヴァの言葉に眉をひそめるジュンイチだったが――シヴァはかまわず立ち上がり、
「とにかく、お前は早く復活するのだな。
お前が体調を崩すと、落ち着きをなくす者達がこの艦には大勢いる」
「あ、ちょっと!」
なおも『あんなこと』の正体を聞き出そうとするジュンイチを無視し、シヴァはそう告げると侍女と共に部屋を出て行った。
「………………何だってんだよ?」
思わずつぶやくジュンイチだったが――当然のことながら、答えが出ることはなかった。
一方、シヴァ曰く『あんなこと』をしているエンジェル隊は――
「ホントにこれでうまくいくのかしらねー?」
「ま、期待してもいいと思うよ。
何だかんだで根は単純だからね、ジュンイチは」
思わずつぶやく蘭花に、フォルテは笑いながら答える。
彼女達がいるのは食堂の食事を切り盛りしている厨房だ。何をしているのかというと――
「それに、『医食同源』という言葉もありますし、手料理で元気をつけてもらうというのは、悪くない考えなのではありませんか?」
「ミルフィーユさんらしいアイデアです」
「でしょ? でしょ?」
ミントとヴァニラの言葉に喜びの声を上げるのは発案者のミルフィーユだ。
どうせジュンイチは止めたところであの手この手で動くに決まっている――ならば別のアプローチ。元気の出る食事で一気に回復してもらおうというのだ。
しかし――喜んでいたはずのミルフィーユはすぐにテンションを落とし、一同に尋ねた。
「けど……どうして言いだしっぺのあたしが参加しちゃいけないの?」
「アンタが参加すると『美味しくて当然』の料理にしかならないから」
あっさりと蘭花はそう答える。
「そんなぁ……」
その言葉に肩を落とすミルフィーユだが――そんな彼女に、蘭花はニヤリは笑みを浮かべた。
「それに……」
「え………………?」
「アンタはジュンイチ以上に料理を作ってあげたい相手がいるんじゃないのかなー?」
その言葉に、ミルフィーユは一気に顔を赤くした。
「え? え?
そ、そんな、タクトさんは、別に……」
「あらー? あたしは『タクト』なんて言ってないんだけどなー?」
「あ、あうあう……」
真っ赤になって口ごもるミルフィーユを蘭花はさらにからかい――
(そーゆー会話はオレのいないところでしてもらいたいんだけどなー……)
ひとり置いてきぼりにされているタクトは、ため息まじりに胸中でつぶやいた。
「……よし、ゴッドドラゴンのシステム調整完了、と♪」
データの転送完了を確認し、ジュンイチは大きく伸びをした。
「さて、と……次は――」
だが、まだまだやることは残っている。次の作業に取り掛かるべくジュンイチは次のデータを呼び出し――そんな彼の背後で自室のドアが開き、
「――って、見事予想通りに休んでないのかアンタわぁぁぁぁぁっ!」
そんなジュンイチの後頭部に、蘭花は渾身の力で飛び蹴りをお見舞いした。
「………………で? 何の用だ?」
なんか余計にケガが増えた気もするが、とりあえず自業自得と納得しておく――気を取り直し、手早く手当てを済ませたジュンイチは蘭花に来訪の目的を尋ねた。
と、蘭花は自信タップリに胸を張り、
「フフンッ、それはこれを見ればわかるわよ♪
みんな、いいわよ!」
「はいはーい、お邪魔するよー♪」
蘭花の言葉に先頭に立って入ってきたのはフォルテだ――続いてミントとヴァニラがトレイを持って入ってくる。
その上に乗せられているのは――
「カレーライス……?」
「その通り! 差し入れよ!
あたし達の手作りなんだから、感謝しなさいよね!」
「差し入れついでに飛び蹴りかますのか? お前は……」
「素直に休んでないアンタが悪い」
思わずつぶやくジュンイチに、蘭花はあっさりとそう答える。
「ま、差し入れ自体は感謝するが……」
言いながら、ジュンイチはミントのトレイからカレーを受け取り――気づいた。
イヤな予感がする――念のために尋ねる。
「……ひとつ聞こう。
これは誰が作った?」
「みんなで」
「『お前ひとりで』じゃないんだな?」
「うん」
「なら大丈夫か」
「どういう意味よ!?」
「常日頃の食生活を考えてみろ!」
思わず抗議の声を上げた蘭花に、ジュンイチは力いっぱい言い返す。
「いつもいつも激辛メニューばっかり食いやがって!
そんな食生活してるヤツが調理に関わったとなれば警戒するのが当たり前だろうが!」
「いいじゃない! カレーは辛い料理なんだから!」
「限度というものを知らんだろうが、お前は!」
「アンタに限度云々を言われたくないわよ!」
どちらも一歩も退かず、ジュンイチと蘭花は火花を散らしてにらみ合い――
「はーい、はいはい、そこまで。
そーいうことをしに来たんじゃないだろ?」
そんな二人をなだめ、フォルテはジュンイチに座るよう促す。
「辛党の蘭花がカレーを作ったって時点で警戒するのは、そりゃ確かにわかるけど――カレーってのはあたしのチョイスだよ。
一応、料理としては一番無難だからね」
「まぁ、手作りでフランス料理のフルコースとか出されても確かに困るが……
病人への差し入れでカレー、ってのも何か間違ってないか?」
「いいじゃないか。ただの過労なんだし」
思わず聞き返すジュンイチにも、フォルテはあっさりとそう答える。
「ご安心くださいな。
ちゃんとミルフィーユさんに味見をお願いしましたし、胃に負担にならないよう、ヴァニラさんもチェックしてくださいましたから」
「さらに胃薬も完備」
「いや、ラストはいらん。平気だから」
ミントと、自分のトレイの上の胃薬を示しながら付け加えるヴァニラに答え、ジュンイチは意を決してカレーライスと向き合った。
なんだか脳裏に『緊張の一瞬!』などとテロップがよぎったりもするが――
(えぇい、ままよ!)
もはや後戻りはできない――半ばヤケクソ気味でジュンイチはカレーを口に放り込み――
「………………」
「……どう、ですか?」
尋ねるヴァニラの問いに、ジュンイチは口の中のカレーを飲み込み――
「更なる修行を要する」
「……容赦ないね」
「性分だからな」
あっさりとフォルテに答え、ジュンイチは再びカレーを口に放り込む。
「何よ、まだ食べるワケ?
『要修行』な出来なんでしょ? マズいなら食わなきゃいいじゃない」
憮然としたまま告げる蘭花に対し、ジュンイチはミントに目配せし――そんな彼の意図を汲み、ミントは蘭花に告げた。
「蘭花さん」
「何よ?」
「ジュンイチさんから伝言――いえ、この場合は伝『心』でしょうか」
「どっちでもいいわよ。
で、何?」
その言葉に、ミントはクスリと笑い、告げた。
「『マズいとは言ってないだろ』だそうですわ」
「………………」
その言葉に、蘭花はしばし動きを止め――ため息をついた。
「素直に言いなさいよ、そう言うことは……」
それに対し、ジュンイチは――口の中のカレーを飲み込み、告げた。
「口の中にモノを入れたまましゃべらせるな」
その頃、タクトとミルフィーユはというと――
「みんな、うまくいったんでしょうか……?」
「ま、大丈夫なんじゃないか?
ミルフィーだって味見してチェックしたんだし」
司令官室でくつろいでいた。コーヒーを差し出しながらつぶやくミルフィーユに、タクトは肩をすくめて答える。
「あれでジュンイチも人の好意は断れないところがあるからね。
少なくとも『早く元気になってくれ』っていうみんなのメッセージは、届いたと思うよ」
「ですね」
タクトのその言葉に、ミルフィーユは笑顔でうなずき――突然、艦内に警報が響いた。
敵襲を知らせるものだ。
「やれやれ……ジュンイチが心配していたとおりになったな」
「行きましょう、タクトさん!」
つぶやくタクトにミルフィーユが告げ、二人は司令官室を後にした。
「レスター、状況は!?」
「高速艦を中心とした20隻前後の規模の艦隊だ。
旗艦からして、指揮官はあのシェリーとかいうエオニアの側近だろう」
ミルフィーユと共にブリッジに駆け込み、尋ねるタクトの問いに、レスターはデータに目を通しながら答える。
そして、タクトも艦長席に座ると表示されたレーダー画面に視線を向け――眉をひそめた。
「彼女の艦隊にしては、ずいぶんと布陣が乱れてるな……」
「向こうもあわてて追ってきたんだろうな」
つぶやくタクトにレスターが答えると――
「お待たせ!」
蘭花が先頭となり、エンジェル隊の残りのメンバーが駆け込んできた。
「ジュンイチは?」
「部屋に残してきたよ。
けど、どーせ抜け出してくるだろうね」
尋ねるタクトにフォルテが答えると、今度はレスターがタクトに尋ねた。
「それで……どうする? タクト」
「う〜ん、あの人苦手なんだよなぁ……
それに、ジュンイチもまだ戦える状態じゃないし……」
レスターの言葉にタクトがつぶやくと、
「誰が、戦えないって?」
突然の声が、彼らの間に割って入った。
その声は――
「やっぱり……」
「よっ♪」
つぶやくフォルテの目の前で――ジュンイチはブリッジの入り口によりかかり、こちらに向けて軽く手を挙げてみせた。
「じ、ジュンイチさん!
身体は大丈夫なんですか!?」
「大丈夫ってワケじゃないけど……戦えないワケじゃない」
驚いて駆け寄ってくるミルフィーユに答え、ジュンイチはタクトに言った。
「タクト、オレに考えがある」
「考え……?」
「あぁ。
だけど、そのためにはオレが出撃することが重要なファクターになる。
許可……出してもらえないか?」
「その体調でか?」
「この体調だからだ。
ついでに言えば、紋章機も故障を装って出撃を控えてくれると助かるんだが」
あっさりとジュンイチはそう答える。
「相手はあのシェリー・ブリストルだ。並みの作戦が通用する相手じゃない。
だが――こっちには向こうが予想してない事態が発生してる」
「キミの体調不良、か……」
「そーゆーこと。
せっかくだ。相手の想定外にあるこの状況、最大限に利用してやろうと思ってね♪」
「自分の不調まで武器にするのか、お前は……」
ジュンイチのその答えに、タクトはしばし彼の顔をじっと見つめていたが――やがて口を開いた。
「まずは、その『考え』を聞かせてもらってからだ」
「さぁ、どう出る? エルシオール……」
旗艦“バージン・オーク”のブリッジでエルシオールの出方を伺い、シェリーは静かにつぶやいた。
彼らの反応はすでに予想できていた。すでに無人艦隊の布陣は整え直し、ヘル・ハウンズ隊も出撃させてある。
そして――エルシオールに動きがあった。
下部ハッチが開き、出撃してくる者がいる。
ゴッドドラゴン――タクトは彼の出撃を許可したのだ。
だが、他のエンジェル隊の姿はない。
「あら、あなたひとり?
他のエンジェル隊はどうしたのかしら」
「全員欠席だ。
ロームでの全開戦闘の直後に、あんたんトコのルルとの連戦――おかげで、紋章機がイカレちまってな」
シェリーの言葉にあっさりとこちらの状態をバラし、自身の息切れも隠そうとせず――ジュンイチはそう言ってゴッドブレイカーへと合身する。
「まー、心配すんな。
てめぇらの相手なんざ、オレひとりでも十分だ!」
「言ってくれるわね……
その言葉、後悔するがいいわ!」
ジュンイチの言葉にシェリーが言い返し――それが、開戦の合図となった。
「……始まったか……」
前方で次々に明滅を繰り返す戦闘の光を見つめ、タクトがつぶやく。
と、そんな彼にレスターが尋ねた。
「うまく、いくと思うか?」
「信じるしかないよ」
あっさりと答え、タクトは戦闘の映像へと視線を戻す。
そう――信じるしかない。
ジュンイチと、エンジェル隊と――“彼女”を。
「いっけぇっ!
クラッシャー、ナックル!」
咆哮し、ジュンイチの放ったクラッシャーナックルが戦場を駆け抜け、無人艦を次々に撃ち抜いていく。
対して、無人艦隊は一斉にビームによる砲撃をしかけるが、
「またそれか!
いい加減、効かないって悟れよな!」
言うと同時、ジュンイチはゴッドプロテクトを展開、そのすべてを弾き返す。
さらに、ジュンイチはゴッドウィングを広げ、
「百火――爆砕!
ビッグバン、デストロイヤー!」
そこから放たれた無数の閃光が追い討ちをかけ、周囲を大爆発で包み込む。
が――
「なめるなぁっ!」
さすがにヘル・ハウンズ隊はこんなもので倒せる相手ではなかった。爆発の中から飛び出してきたギネスのブラスターティーゲルが、前足に装備されたクローでゴッドブレイカーを弾き飛ばす。
「ちぃっ! やってくれる!」
とっさに機体を立て直し、ジュンイチはギネスへとゴッドキャノンの狙いを定め――
「――と見せかけて!」
瞬時に反転、後方に向けて放ったビームを、奇襲を狙っていたカミュとリセルヴァが回避する。
そこへ、レッドとベルモットが銃撃をしかけながら突っ込んでいくが、ジュンイチもまたこれをかわし、左手のゴッドキャノンとクラッシャーナックルで応戦。さらにゴッドブラストで再び強襲をかけてきたギネスへのカウンターを狙う――
――おかしい。
その様子を見て、シェリーの脳裏に疑念が浮かんだ。
紋章機は出られず孤軍奮闘。あの息切れからして彼自身の疲労もピークに達しているはず――この戦闘、ジュンイチには不安要素があまりにも多すぎる。
現にジュンイチは善戦しているものの、無人艦隊の物量とヘル・ハウンズ隊の前に明らかに劣勢に追い込まれている。
だが――ジュンイチの駆るゴッドブレイカーの動きに悲壮感は見られない。むしろ活き活きとして、余裕すら感じられる。それがシェリーには引っかかった。
(どういうこと……?
あの劣勢を跳ね返せる『何か』があるとでも言うの……?)
胸中で自問自答し――シェリーはあることに気づいた。
(あの少年の言葉……
『紋章機は故障して動けない』と言っていたが――なぜそんなことをわざわざこちらに伝える必要がある?)
そうだ。なぜ彼は自分達の不安要素をわざわざ告げた?
そんなことを敵に知られれば、こちらはこれを機に大挙して押し寄せる。何の利益にもならないどころか、不利益しか生まない。
今までの戦いで、こちらを常に出し抜き続けてきた男の行動にしては、あまりにもお粗末過ぎる。あまりにも理に合わない。
では、なぜあんなことを……?
そこまで考えをめぐらせ、シェリーは無人艦隊の残していた、先のエルシオールとルル艦隊との戦いの記録映像を思い返し――気づいた。
(――いや!
あの時、紋章機の動きに乱れはなかった! 機体に負荷がかかっていたとは思えない!)
ジュンイチの口からでまかせを看破し、シェリーの口元に笑みが浮かんだ。
紋章機は故障などしていない。何かの理由があってここに参加しないでいるだけだ。
では、何のために――答えは簡単。勝つためだ。
今、全軍はジュンイチの言葉を信じ、ゴッドブレイカーを物量で押し切るためにそろって前線に出ている。ここに背後から奇襲をかければ、こちらは総崩れとなるだろう。おそらく――それがジュンイチの狙いだ。
なんと抜け目のない。なんと狡猾な――だが、看破してしまえばどうということはない。対処してしまえばいいのだから。
「前線はヘル・ハウンズのみを残して、無人艦隊は後方の守りを固めなさい!
敵は伏兵を隠してる! それに対処するのよ!」
「――艦隊が!?」
突如、ヘル・ハウンズ隊のみを残して後退を始めた無人艦隊に気づき、ジュンイチが思わず声を上げる。
と、そんな彼の元に、シェリーから通信が入った。
〈残念ね。あなた達の目論見、見破らせてもらったわ〉
「何!?」
〈紋章機の故障なんてウソでしょ?
そうやって私達の注意を自分に向けさせて、そのスキにエンジェル隊を私達の背後に忍ばせる――それがあなた達の狙いでしょう?
おそらく、紋章機が発進したのは、あなたが反射バリアと一斉射撃で先鋒の無人艦隊を蹴散らした時――広範囲に巻き起こった爆発でレーダーが沈黙したわずかの時間の間にエルシオールから発進させ、隠密航行でその姿を隠した。違うかしら?〉
そのシェリーの言葉に、ジュンイチは答えない。
〈そう――答えないつもりね。
けど、まぁいいわ。後ろのエンジェル隊を始末したら、次はあなたの番よ。覚悟しているがいいわ〉
「艦隊後方のアステロイド帯に熱反応!
数5、紋章機と思われます!」
「ほら、やっぱりね」
ジュンイチとの通信を終え、索敵班からの報告を受けたシェリーは満足げにうなずいた。
所詮こんなものだ。決して無能ではない――むしろ優秀な部類に入る相手だが、自分の敵ではなかった。皇国軍で温室育ちだった者達に、長い苦渋の道を歩いてきた自分達が負けるはずがないのだ。
反応のあった地点に無人艦隊を急行させ、シェリーは勝利を確信してレーダーを見つめた。
無人艦隊は順調に目標へと接近している。目標は動いていないから、すぐにでも射程に入るだろう――
(――“動いていない”!?)
その事実に気づき、シェリーは愕然とした。
反応の正体が紋章機ならば、伏兵が看破され、無人艦隊が向かってきている今この時点で留まっている理由がない。
ということは――
「まさか――デコイ!?」
シェリーが声を上げた、ちょうどその時、
〈ひとつ、教えといてやるよ〉
つながったままの通信の向こうで、ジュンイチは静かに告げた。
〈戦略戦ってのはね、腹黒いヤツが勝つんだよ。
あんたが今叫んだ通り、その後ろの5つの反応は全部デコイだ。
つまり、そいつらは奇襲部隊に見せかけたオトリで――〉
次の瞬間、ゴッドブレイカーの全身から放たれた炎が、肉迫していたヘル・ハウンズ隊を吹き飛ばす!
巻き起こる炎の渦の中――ジュンイチは告げた。
〈――オレが本命だ〉
「本隊が戻ってくるのを待ってるワケにはいかない!
アンタには、さっさと沈んでもらうぜ!」
咆哮し、ジュンイチは一気に加速、シェリーの“バージン・オーク”へと突撃をかける。
「させるかぁっ!」
しかし、ヘル・ハウンズ隊も負けてはいない。ギネスを先陣にフォーメーションを組み直し、ジュンイチの前に立ちふさがる!
「どけぇぇぇぇぇっ!」
ジュンイチが咆哮し――再び、ヘル・ハウンズ隊との死闘が始まった。
「やってくれるわね……陽動作戦に見せかけて、実はただの真っ向勝負だったなんて……!」
無人艦隊に前線へと戻るよう指示を出し、シェリーは歯噛みしてうめく。
「けど、詰めが甘かったわね。
もうすぐ無人艦はあなたを射程に捉えるわよ」
シェリーがつぶやいたその時――レーダー手が悲鳴に近い声を上げた。
「3時方向に機影!
紋章機――4番機、ハッピートリガーです!」
「何ですって!?」
その言葉に、シェリーはようやく思い当たった。
自分達をあざむいたあのデコイを、一体誰が配置したのか?
そんなのは決まっている。
さっきの大爆発にまぎれて出撃していた、エンジェル隊しかいないではないか。
「オラオラオラぁっ!
今までおとなしく引っ込んでたストレス、ここで一気に晴らさせてもらうよ!」
叫んで、フォルテは前線に急ぐあまり隊列の乱れた無人艦隊に向けて、愛機ハッピートリガーの全兵装をためらうことなく撃ちまくる。
ジュンイチの多重陽動に引っかかり、混乱に陥っていた艦隊にとってそれはまさにとどめの一撃だった。次々に粉砕され、大爆発を起こし、アステロイド帯の中にデブリ帯を作り出す。
もはや、勝敗は決定的だった。シェリーにできるのは、部隊を後退させることだけだ。
「くっ……! 退却しなさい! ここは退くのよ!」
シェリーの号令のもと、ヘル・ハウンズ隊を回収したシェリー艦隊は急ぎ宙域を離脱する。
「今回は私の完敗ね……
けど、あなた達を“白き月”に帰すワケにはいかない。次は必ず!」
再戦を誓い、シェリーは拳を握り締めてうめき――
「前方に機影!
トリックマスターと、ラッキースターです!」
「――――――っ!?」
「逃がさないんだから!」
「禍根は、ここで断たせていただきます!」
叫んで、ミルフィーユとミントは敗走し、自分達の待ち伏せていたポイントへと逃れてきたシェリー艦隊へと襲いかかる。
ラッキースターのハイパーキャノンが火を吹き、トリックマスターのフライヤーが傷ついた艦に襲いかかる――
ここでも、シェリー艦隊は手痛い打撃を受け、ほうほうの体で逃げ出すしかなかった。
「まさか、逃走経路まで読まれていたなんてね……」
航行にも支障の出始め、しきりに振動を繰り返す艦に一抹の不安を感じながら、シェリーはうめいた。
戦いに敗れ、敗走すらままならない――ここまでの屈辱は初めてだ。
シェリーが再戦での勝利をより強く心に誓った、その時――音を立て、艦隊の端を航行していた無人艦が爆発を起こした。
「どうしたの?」
限界を迎えた艦が自沈したのかと思い、シェリーは尋ね――返ってきた答えにようやく気づいた。
エンジェル隊にはまだ、自分達に攻撃を仕掛けていない者がいることに――
「か、カンフーファイターです!
ここにも待ち伏せされています!」
「やっと出番ね!
とっくにやられたものと思ってたわよ! しぶとくてアリガトウ!」
自分こそシェリーを討ち取らんと大張り切りで、蘭花はボロボロに傷ついたシェリー艦隊へと襲いかかる。
敵艦も必死に応戦してくるが、傷ついた艦隊など蘭花の敵ではないし、自らの攻撃の出力に耐え切れず、自沈する艦まで出る始末だ。
しかし、蘭花は攻撃の手を緩めることはせず、あっさりと敵艦に肉迫するとアンカークローをエンジン部に叩きつけ、次々に沈めていく。
「くっ……またしても……!」
もはやたった1機の紋章機にすら歯が立たない状態にまで痛めつけられ、シェリーはただ悔しがるしかない。
「振り切りなさい! なんとしても離脱するのよ!」
しかし、それでもまだやられるワケにはいかない。シェリーは必死に艦隊を指揮し、離脱を試みる。
が――
「前方に艦影!
――エルシオールです!」
「――――――!?」
そこには、ヴァニラのハーベスターによって修理の完了した、エルシオールとゴッドブレイカー、ハッピートリガーの姿があった。
次々に現れる追っ手から必死に逃げているうちに、いつの間にか元の戦場へと追い込まれていたのだ。
そして背後は追いついてきた残りのエンジェル隊によって完全に退路をふさがれ、シェリー艦隊は今や袋のネズミと化していた。
「さて、どうする?
まだやるっていうなら相手になるけど?」
「く………………っ!」
余裕で告げるジュンイチの言葉に、シェリーは悔しさに歯噛みする。
そんなシェリーに、ジュンイチは笑顔で続けた。
「どうしてここまでやられたのか、理解できないって顔だな。
なら説明してやる――やったこと自体は単純。単なる陽動作戦だよ。
オレをオトリにして、エンジェル隊で強襲を仕掛ける――
ただ、アンタを相手にするんだ。ちょっとばかり工夫させてもらったけどね」
そう前置きをして、ジュンイチは続けた。
「こっちを追ってきたアンタの布陣――乱れ気味だったな。焦りが布陣に現れてたぜ。
アンタがエオニアに見限られるとは思えないが――少なくとも、必死にならざるを得ないほどそっちは危機的な状態だったはずだ。
さしずめ、今度こそオレ達を足止めしなければ先に“白き月”に到達されてしまう――ってところか。違うか?」
ジュンイチが言うが、シェリーは答えない。
その様子に、ジュンイチは肩をすくめて苦笑し、
「一応、その沈黙を肯定と受け取っておくよ。
けど……そこまで追い詰められるほどオレ達に後れを取っていても、オレはアンタを買ってるってことさ」
『………………?』
ジュンイチのその言葉には、シェリーのみならずその場にいる全員がジュンイチに疑問の視線を向けた。
しかし、そんな視線も予想の範疇だったのか、ジュンイチは気にすることなく説明を続けた。
「アンタは間違いなく優秀だよ。
オレが知ってる中でもとびきりの――間違いなく5本の指に入るぐらいのね。
だからこそ、気づかないはずがない。
オレの発言の不自然さ、追い込まれても余裕を崩さなかったオレの態度、その違和感にな。
当然、気づくさ。優秀なんだから。
そして、気づけば当然疑いだす。裏があるんじゃないか、って……」
理路整然と語るジュンイチに、シェリーはあ然としたまま彼を見つめる。
「そして、その思考はきっと届く。
オレが反射バリアと一斉射撃で作った大爆発、それによってレーダーがマヒしていたわずかな時間――エンジェル隊出撃の時間があったことにね。
これも当然だ。優秀なんだから。
追い詰められても余裕のオレと、出撃しても姿を見せないエンジェル隊――となれば、考えられる可能性の中でもっとも高いのは、陽動作戦だ。当然だな、攻撃するために出撃させるんだから。
そして、後方に現れる5つのレーダー反応――ここまでくればもう疑う余地はない。オレの企みを看破した――あんたはそう確信を持ったはずだ。
なんせ、あんたは今までずっとエオニアの元で苦難を共にしてきた。当然、タクト達皇国軍人よりもずっと広い見識を持ってる。
そんな優秀な自分の『気づき』が、こっちの閃きに負けるはずがない――そう考えていたはずだ。
当たり前だ。あんたは実際に優秀だ。ずっと勝ち続けてきた。タクト達みたいな温室育ちをずっと蹴散らし続け、勝ち続けてきたんだ。自分が負けるなんて発想が起きるはずがない。
なら――こっちとしてはその油断に付け込んで、ワナを張ってやればいい。
まず、後方の反応の正体がデコイだってバレるタイミングを見計らって再強襲をかけ、陽動作戦はただのブラフでオレが本命だと思わせる。
そして、裏をかかれたことに気づいたあんたは、部隊を戻そうとあわてて命令を下す。ここで最初の動揺が生まれる。
だが、急行させた無人艦隊には本命のハッピートリガーが襲いかかる。これも読まれていたと気づいて、アンタの中でさらに動揺が上乗せされるワケだ。
ここまでくるとアンタの思考はグチャグチャだ。敵のいない方向に撤退するのがせいぜい。それなら、その逃げ先に他のエンジェル隊を配置して、こっちに戻ってきてもらうように誘導すればいい。
『敵を謀るには敵の知能の度をはかるをもって先とす』ってワケだ。おわかりかな?」
言って、ジュンイチは自らに気合を入れ直し、
「さぁて、こっちとしてもそっちの足止めに付き合ってやる義理はない――おしゃべりの時間はこれでおしまい。
ミルフィー、一気に決めるぞ!」
「はい!」
ジュンイチに答え、ミルフィーユのラッキースターがゴッドブレイカーへと飛ぶ!
「ゴッドブレイカー!」
「ラッキースター!」
『爆裂武装!』
ジュンイチとミルフィーユの叫びが響き――二人の機体が合体モードへと移行する。
そして、バーニアを吹かし、ゴッドブレイカーが加速、さらにラッキースターがその後を追う。
そして、ラッキースターからハイパーキャノンが分離、続いて左右の推進ユニットが分離し、それぞれのパーツの間にゴッドブレイカーが飛び込む。
ゴッドブレイカーが滞空するパーツの中心に到達すると、背部スラスターが倒れてラッキースターのボディがそれをカバーするように合体、さらに両肩アーマーを装飾している爪がアーマー内に収納、代わりにラッキースターの推進ユニットが合体する。
そして、右肩アーマーの爆裂武装用のハードポイントにハイパーキャノンが合体、両機のシステムがリンクする!
『ゴッドブレイカー、ラッキースターモード!』
「ウェポン、コンバート!」
叫んで、ジュンイチはハイパーキャノンを分離、右腕に再合体させ、
「ミルフィー!」
「はい!
いっけぇっ! ハイパーキャノン!」
ジュンイチの叫びに答え――ミルフィーがジュンイチのかざしたハイパーキャノンを発射する。
そして、ジュンイチはエネルギーを吹き出すハイパーキャノンをかまえ、
「一閃――!」
「――両断!」
『ハイパーキャノン、ブレード!』
振り下ろしたハイパーキャノンから放たれた閃光が、敵艦隊を次々に斬り裂いていく――そして、その刃はシェリーの艦“バージン・オーク”の機関部をも切り裂いていた。
「くっ、ここまでか……!」
うめき――シェリーはクルーに退艦を、ヘル・ハウンズ隊に彼らの護衛を指示した。
「シェリー様、お早く!」
部下のひとりが彼女を気遣い声を上げるが――シェリーは静かに答えた。
「私には……まだやることがある」
「何だ…………!?」
機関部を斬り裂かれた“バージン・オーク”の動きが変わった――軌道の変化に気づき、ジュンイチは眉をひそめた。
しかも、残った推進部でさらに加速している。
(どういうことだ……?
今の向きで加速したって、その先には――)
思考を巡らせ――ジュンイチの顔から血の気が退いた。
(ヤツの進路には――エルシオールがいる!)
「タクト、急いで離脱しろ!
シェリーのヤツ――特攻するつもりだ!」
告げて、ハイパーキャノンをかまえるジュンイチだが――遠すぎて照準が定まらない。
「ジュンイチさん!」
「くそっ!
せめて、狙撃手がいてくれれば……!」
「エオニア様の元へは行かせない……!
お前達ごときに、あの方の理想をジャマさせはしない!」
爆発を繰り返すブリッジの中で、シェリーはモニターに映るエルシオールの姿をにらみつけた。
周囲からはエンジェル隊やジュンイチが懸命の攻撃を繰り返している――エルシオールに到達する前にこちらを撃沈するつもりなのだろう。
「まだだ……! まだ持ちこたえてくれ。
あと少しだけ……!」
シールドはすでに用を成さない。衝撃に揺れるブリッジで、シェリーは艦長席にその身を沈めた。
「エオニア様……!
お慕い申しておりました……帰還せよとのご命令を果たせず、申し訳、ありません……!」
エルシオールは、すでに目の前に迫っている。
「せめて、最後の務めに……あの憎き、“白き月”の落とし子だけでも……道連れにいたします……!」
だが――
「悪いが、それは叶わない」
その眼前に、立ちふさがった者がいた。
ラッキースターと合体したままのゴッドブレイカーだ。
「ジュンイチさん……!」
「相手の覚悟を汲んでやれ」
次の一撃は間違いなくシェリーの命を奪うだろう――ためらいを覚えたミルフィーユの呼びかけに、ジュンイチは静かに答えてハイパーキャノンを右腕に装着する。
「特攻までしてエルシオールを沈めようとする心意気は買うよ、シェリー・ブリストル。
だが――こっちもエルシオールを沈められるワケにはいかないんだ!」
咆哮と共にジュンイチは一撃を放ち――放たれたハイパーキャノンブレードの閃光は、“バージン・オーク”を真っ二つに両断していた。
「……お疲れ、ジュンイチ」
「まぁ、ね……」
エルシオールに戻り、労うフォルテの言葉に、ジュンイチは頭をかきながら答える。
その反応にいつもの明るさはない。体調が戻ってないこともあるだろうが――やはりシェリーの特攻によるところが大きいのだろう。
と――
「みんな、お疲れ様」
そんな彼らに、タクトが声をかけてきた。
「ケガはないかい?」
「一応、全員無傷だよ。
ただ……少々後味は悪かったけどね」
「あぁ……そうだな……」
ジュンイチの答えに、タクトもまた肩を落とす。
そんな彼らに、ミルフィーユは思わず声をかけた。
「あの……タクトさん」
「ん? 何だい?」
「いえ……シェリーさんは、なんであんなことを……」
「特攻のことか……
命を捨ててでも、オレ達のことを止めたかったんだろう……見上げた忠誠心だよ、まったく」
ミルフィーユの問いに、ジュンイチはそう答えると苛立ちを隠しもしないで床をつま先で軽く蹴る。
「それって……あたしにはよくわかりません……」
そんなジュンイチに同意するかのように、ミルフィーユはタクトに告げる。
「大切な人をひとりぼっちにするなんて……あたしにはできません!」
「あたしも、同感だね」
「あたし達にも、大切な友達が……仲間がいるもんね」
「その人達が悲しむ限り、簡単に死ぬことはできませんわね」
「同感です」
フォルテ、蘭花、ミント、そしてヴァニラ――他の面々が同意するのを見て、ジュンイチはため息をついた。
タクトに目配せし――彼がうなずいたのを確認した上で告げる。
「オレだってそうさ。
何が何でも守らなきゃならない――守りたい連中がいる。
そのためだったらどんなムチャでもやる。今回みたいに倒れたって、ムチャし続けてやる。
けど――そうやってムチャをすることと、ムリをして命まで捨てることは違う。
アイツは――シェリーはその線引きを間違った。そこがアイツとオレ達との違いだ」
言って、ジュンイチは一同に背を向けた。立ち去ろうと一歩を踏み出し――告げる。
「オレは絶対に死なない。倒れようが、どれだけ傷つこうが――必ずお前らを守り抜いて、自分も生き抜く。
だから――」
その先は、小声でミルフィーユ達には聞こえなかった――ただひとり、となりにいたタクトはため息をつき、つぶやいた。
「……『お前らも死ぬな』か……
そういうセリフをハッキリ伝えないから、みんなに余計な心配をかけるんだろうに……」
「ジュンイチ……」
「いい。黙れ。何も言うな」
自室で待っていたブイリュウに答え、ジュンイチはイスを引き、腰かけた。
「オレのミスだ……
オレが余裕で演説ぶちかましたおかげで、特攻するまでシェリーを追い詰めちまった……ヤツはレゾムみたいな往生際の悪いヤツとは違う――まずはそこを考慮すべきだった……!
そうでなくても、もう少し早くシェリーの狙いに気づいていたら……もっと確実に機関部をツブしていたら……艦をブッタ斬らずにシェリーを止めることもできた……!」
いつもならすぐに眠気が襲ってきそうなほどに疲れている――だが、眠る気になどなれなかった。
「誰も死なせない――そう誓ったはずだった……!
エオニア達だって死なせるワケにはいかない――生きて罪を償わせるためにも、殺すワケにはいかなかった……!」
だが現実はどうだ――ロームではたくさんの命が失われ、今またシェリーも死んだ。
「もう……誰も死なせない……!
死なせてたまるか……!」
うめいて、ジュンイチは拳を握りしめた。
机の上に残された、蘭花達の作ってくれたカレーが視界に入る。
「偽善者だと思わば笑え……!
それでも――もうオレは誰も死なせない……!」
強く自分自身に誓うジュンイチの言葉は――他にブイリュウしかいない自室に静かに響いた。
(初版:2006/09/24)