「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
 もはやすっかり体調の戻ったジュンイチの咆哮と共に、ゴッドブレイカーが全身の火器を斉射、放たれた無数の炎が目の前に残った無人艦隊をまとめて薙ぎ払う。
「こちらトリックマスター。
 敵艦隊の全滅を確認。戦闘終了ですわ」
〈ご苦労様。
 全機帰艦してくれ〉
 索敵の結果を報告するミントにタクトが答え、エンジェル隊とジュンイチはそれぞれエルシオールへと向かった。

「なんか、最近手ごたえがないのよねぇ……」
 帰艦し、蘭花はティーラウンジで紅茶をすすりながらポツリとつぶやいた。
「そうだな……
 数ばっかり出てくるクセに、肝心の能力の方はからっきしときたもんだ。
 あの変人集団ヘル・ハウンズも出てこねぇし……」
「戦術も大したことはありませんでしたし……
 きっと、わたくし達との戦闘データはこちらの無人艦隊には反映されていないのでしょうね」
 うんうんとうなずき、蘭花に同意してみせるジュンイチにミントが言うと、
「だとしても、油断はできないよ」
 そんな3人に言うのはフォルテである。
「今、あたし達の後ろを最新のデータがタップリ詰まった無人艦隊を引き連れて、あの“黒き月”が追ってきてるんだからね」
「確かに、な……」
 フォルテの言葉に、ジュンイチは表情を引き締めて言った。
「あのデカブツをなんとかしない限り、いくら敵を蹴散らしてもまた数をそろえられちまう。消耗戦を仕掛けられたら元も子もない。
 結局のところ、“黒き月”を何とかしない限り、いくら勝っても意味がねぇ、ってことだな」
 そう言うと、ジュンイチはココアをすすり――彼らに集合を求める艦内放送がかかった。

「エンジェル隊+1名、ただ今参上でーす」
 気楽な口調でそう報告し、ジュンイチはエンジェル隊と共にエルシオールのブリッジへとやってきた。
「何かあったんですか?
 敵襲じゃないみたいですけど……」
「あぁ。
 直接見てもらった方が早いと思ってね」
 ミルフィーユに答え、タクトは外に見える“それ”へと視線を向け、
「ようやく、帰ってきたよ」
 その視線の先で、“白き月”はまるで本物の月のように光を放っていた。

 

 


 

第12話
「勇者VS覇者」

 


 

 

「あれが“白き月”……」
 初めて見る“白き月”を前に、ジュンイチはその輝きに思わず目を奪われていた。
 “黒き月”とはまったく正反対の、暖かく、安らぎを感じる輝き――それを見て、ジュンイチの中にあったある仮説は確信へと変わっていた。
 これで推理は整った。後はそれを確かめるだけだ。
「そんじゃ、行くとするか。
 トランスバール皇国の『聖地』とやらにな」
「あぁ」
 気を引き締めて告げるジュンイチにタクトがうなずき――
「待て」
 そんな彼らを引き止めた者がいた。
 ブイリュウを連れたシヴァである。
「……何スか? この気合の入ってる時に」
 出鼻をくじかれ、非難の視線を向けるジュンイチだったが、シヴァはかまわず告げた。
「今のままでは、“白き月”には入れぬ。
 シャトヤーン様のお力でかけられた封印――シールドのためにな。
 そのシールドのために、今までエオニアはシャトヤーン様に手出しできないでいた」
「あー、そーいやみんなと出会ったばっかりの頃にンな話聞いたっけ」
 シヴァの言葉に、ジュンイチはようやくそのことを思い出してつぶやく。
「じゃあ、どうするんですか?」
「案ずるな」
 尋ねるタクトに、シヴァはそう答えて続ける。
「シールドの解き方は、私がシャトヤーン様から、脱出の直前に教わっている。
 つまり――現在“白き月”の外にいて、シールドを解くことができる唯一の人間、それが私というワケだ」
 その言葉に、タクトとジュンイチは思わず顔を見合わせていた。
 なぜエオニアは執拗にシヴァの生け捕りにこだわったのか――その答えはこれだったのだ。すべては“白き月”の封印を解き、その力を手に入れるため――
「なら、さっさと封印を外してくれよ。
 オレ達は一刻も早く体制を整えなくちゃいけないんだ。エオニアを倒すためにも……」
「わかっている」
 ジュンイチに答え、シヴァはブイリュウを残してきびすを返し、
「封印の解除は、私ひとりで神殿で行う。
 ここで、しばらく待機していろ」
 そう言って、シヴァはブリッジを後にした。

 そして、しばし誰も何も言えないまま時は過ぎ――
「――――――?」
 ジュンイチはそれに気づいた。
「どうしたのよ?」
「“白き月”を覆っていた力場が消えた」
 尋ねる蘭花にジュンイチが答えると、そこへシヴァからの通信が入った。
〈聞こえるか、柾木、マイヤーズ。
 封印は解かれた〉
 その言葉に、タクトはジュンイチと視線を交わし――すぐに指示を出した。
「エルシオール、前進。
 “白き月”の中へ」

 “白き月”の宇宙港へと入港し、タクト達は“白き月”の神殿へと案内された。
「ここが……“白き月”の神殿か……
 やっぱり、エルシオールの神殿とは段違いだな」
「そっか……タクトさんも“白き月”は初めてなんですよね」
 神殿の中を見回し、つぶやくタクトにミルフィーユが言うと、
「――あ!」
 奥に人の気配が現れ――いち早くその正体に気づいたシヴァは思わず駆け出し、
「シャトヤーン様!」
 姿を現した女性――“月の聖母”シャトヤーンの胸の中へと飛び込んでいた。
「シャトヤーン様、よくぞご無事で……!」
「シヴァ皇子こそ……!」
 感極まって涙を流すシヴァに、シャトヤーンの目頭も思わず熱くなり――
「あー、感動の対面のところを大変申し訳ないんですがね」
 そんな二人に告げ、ジュンイチはシャトヤーンへと一歩を踏み出した。
 口調の明るさに反して、その表情はまったく笑っていない――その真剣な表情に、シャトヤーンもシヴァを放してジュンイチと正面から対する。
 場の空気が静まり返り――ジュンイチは口を開いた。
「簡潔に確認させてもらう。
 “白き月”には……」
「はい」
 そのジュンイチの質問は、すでに予想されていたようだ。皆まで言うよりも早くシャトヤーンはうなずき、告げた。
「“白き月”には……兵器プラントが存在します」

「そんな!」
 最初に声を上げたのはタクトだった。
「ジュンイチ、それじゃあ“白き月”は……」
「あぁ。
 ……“黒き月”と同じだ」
 タクトの問いにキッパリと断言する。
「とはいえ、お前らにだって、推理するチャンスはあったんだぞ。
 紋章機のパワーアップのこと――お前らだって記憶に新しいだろう?
 その時、みんなで善後策を話し合った場で、オレは言ったはずだぞ――『“白き月”から発掘されたものをそのまま使ってるにすぎない』ってな。
 武装はともかく、紋章機本体は発掘されたそのままの仕様で、特にいじくられたワケじゃない――みんなだって、クレータ班長からその辺りの説明は受けたろ?
 ってことは、紋章機は最初から今のまま――つまり、“最初から兵器として作られていた”ってことだろうが。そこから“白き月”の正体を推察することはできたはずだぜ」
 そんなジュンイチの語った真実に、タクト達は言葉もない――だが、それもムリはない。皇国に繁栄をもたらした希望の象徴である“白き月”が、ロームで大虐殺を繰り広げた“黒き月”と同じものだと言うのだから。
 しかし、ジュンイチはすぐに付け加えた。
「だが……ただすべてが同じ、っていうワケでもない。
 無人艦隊、そして紋章機――同じロストテクノロジーの兵器プラントで作られたものなのに、この両者には決定的な違いがある」
「決定的な違い……?」
 ジュンイチの言葉にミルフィーユが首をかしげ――それに答えたのはミントだった。
「有人か無人か……ですわね?」
「正解」
 あっさりとうなずき、ジュンイチは続けた。
「“白き月”から作られた紋章機やエルシオールはその運用に人間を必要とし、高い能力の反面その能力の安定性に欠けている。
 対して、“黒き月”の無人艦隊はその名の通り人間を必要とせず、安定した能力を発揮する代償に最大能力が低い――この両者は特性が文字通り正反対なんだ。
 使っているエネルギーに関してもそうだ。ローム星系で“黒き月”が展開したフィールド――便宜上『Anti Plus Energy Field』の頭文字で“APEF”って名づけるけど――あれは、自分達のエネルギーと“白き月”のテクノロジーのエネルギーが互いに対消滅する特性を応用したものだろう。より強い出力で展開することで、自分達のエネルギーを残したままオレ達のエネルギーだけを消滅させていたんだ。
 で……こっからがオレの推論。
 “白き月”は“黒き月”に、“黒き月”は“白き月”に……それぞれに対するアンチプログラムなんじゃないかな?」
「アンチプログラム……?」
「そうだ。
 お互いが、相手が暴走した時に備えたセーフティシステムなんだろう。だとすれば、両者がまったく正反対の特性を持たされているのも説明できる。
 まったく逆の特性を持たせることで、お互いがお互いを打ち消し合う――言わば天敵同士としての役割を与えられた……」
 蘭花に答え、ジュンイチはシャトヤーンへと向き直り、
「以上がオレの推論。訂正はあります?」
「……私も、本当のところはわかりません。
 ですが……おそらくその通りでしょう」
 ジュンイチの問いに、シャトヤーンは弱々しく、しかしハッキリと肯定を示した。
「“白き月”に、兵器プラントがあるなんて……」
「ジュンイチが『バレたら皇国がひっくり返る』とか言い出すはずだよ……
 皇国の平和の象徴である“白き月”が、実は兵器工場だった、ってんだからね……」
 ミルフィーユとフォルテがつぶやくと、シャトヤーンは続けた。
「“白き月”と“黒き月”は互いに対を成すもの……
 今、“黒き月”は“白き月”を求めています。
 唯一、自分を滅しうる存在を手中に収めるために――それだけは何としても食い止めなければなりません」
 ジュンイチに告げ、シャトヤーンは今度はタクト達へと向き直った。
「エルシオールと紋章機には、まだ秘められた力が眠っています。
 エオニアを食い止めるため、その力を授けましょう。
 ですが……」
 と、シャトヤーンは突然顔を伏せ――次に出たのは謝罪の言葉だった。
「許してください。この危険な戦いに、あなた達の命をかけさせることを……
 この宇宙の未来を、あなた達の肩に背負わせてしまうことを……」
 その言葉に、ジュンイチはため息をつき――
「甘く、見ないでもらいたいですね」
 自信に満ちた笑みを浮かべ、シャトヤーンに告げた。
「別に、オレは『この世界のために』とか思って戦ってるワケじゃない――そもそもこの宇宙の生まれですらないんだ。ンな愛着なんてカケラも持ち合わせちゃいないよ。
 オレは、オレがそうしたいと思ったからエオニアと戦ってる。ただそれだけの話さ。
 それに――」
 言って、ジュンイチはエンジェル隊とタクトへと視線を向け、
「アイツらだけじゃ、どうにも心許ないしな」
「へぇ、言ってくれるじゃないか。
 オレ達だって、ジュンイチに負けてなんかいられないよ」
 ジュンイチの言葉に触発されたか、タクトもまた笑みを浮かべてジュンイチに言う。
 そんなタクト達にうなずき、ジュンイチはシャトヤーンへと向き直り、告げた。
「心配しなさんな。負けやしねぇよ。
 なんせこいつらは――」
 と、そこで言葉を止め、苦笑まじりに訂正した。
“オレ達”は、天下無敵のエンジェル隊だ」

 ゴッドドラゴンの点検、整備も、紋章機やエルシオールの強化作業と並行して急ピッチで進められていた。
 紋章機と基本システムが似通っているとはいえ、交換のためのパーツはすべてワンオフの作り起こしのはずだ。整備班には毎度のことながら苦労をかける――
 そんなことを思いながら整備を受ける愛機を見上げていたジュンイチだったが、
「……ジュンイチさん」
 ふと聞き慣れない、だが聞き覚えのある声に呼ばれ、振り向いた先には意外な人物がいた。
「シャトヤーン様……?
 どうしたんスか? こんなところに」
「いえ……
 あなたに、少し話がありまして……」
 ジュンイチに答え、シャトヤーンはジュンイチのとなりまでやってきてゴッドドラゴンを見上げた。
「これが……あなたの“力”……
 シヴァ皇子から聞きました。この機体は、紋章機と合体が可能だそうですね」
「えぇ。
 まだそのことについては何もわかってない状況ですけど……少なくとも、この世界にもブレイカーロボと同じシステムの人型機動兵器が存在して、しかもそのテクノロジーが紋章機との連携を前提としていた――それだけは間違いないっスね。
 おそらく――」
「“EDEN”の時代に、ですか……」
 つぶやくシャトヤーンに、ジュンイチはうなずいた。
「運命とかそういうコトぁ別に信じちゃいないけど……オレがこの世界に飛ばされたのは、少なくとも偶然じゃない――今はそう思ってる。
 紋章機とゴッドドラゴンが引き合ったのかもしれないし、何か別の理由があるのかもしれない。けど……」
 そう言って、ジュンイチはゴッドドラゴンを見上げ、続けた。
「この世界に今こうしてオレがいる以上、今のオレができることをやろうと思う。
 たとえ出会いが『偶然』だろうと、そこに意味を見出せればその出会いは『必然』になる――逆の見方をするなら、出会いを『必然』にしたければ意味を見出せばいい。
 だからオレは――意味を見出す」
「あの子達との出会いを、『必然』にしたいんですか?」
「まぁね」
 シャトヤーンの言葉に、ジュンイチは思わず苦笑した。
「手間のかかる姉貴&妹分達だけど……仲間っスからね」

 一方、タクトは決戦を前にしてエルシオールの中の見回りを終えたところだった。
 廊下を歩きながら、その脳裏に引っかかるのは先ほどの謁見のまでのやり取り――
(あの時、ジュンイチは『“白き月”と“黒き月”は互いを抑えるアンチプログラム』だって言った……
 けど――ジュンイチは肝心なことを語っていない……)
 ジュンイチが気づいていないとは思えない――あえて話をはぐらかしたとしか思えない。
(双つの月は……“なぜ作られた”?
 どちらが先かはわからないけど、双つの月が――少なくともどちらかが作られなきゃならない理由があったはずだ)
 思考をめぐらせるが――答えは出ない。
 ジュンイチが話をはぐらかしたのも、まだ答えが出ていないからだろう――彼にわからないものが自分にわかるとも思えない。タクトはため息をつき、思考をあきらめた。
「さて……これからどうするかな……」
 この後素直に部屋に戻ろうかと一瞬考え――ふと思い立った。
「そういえば……ミルフィーはどこにいるんだろう……?」

 なんとなく確信していた――タクトが修理の終わった銀河展望公園に行ってみると、やはりそこにミルフィーユの姿があった。やってきたタクトに気づき、こちらへと振り向く。
「あ……タクトさん……」
「やぁ、ミルフィー。
 やっぱりここにいたんだ」
「あ、はい……
 なんだか眠れなくて……」
「オレもだよ。
 明日が決戦だと思うと、目が冴えちゃってね」
 ミルフィーユに答え、タクトは肩をすくめてみせる。
 そんなタクトの姿に、ミルフィーユは視線を伏せ、
「明日、なんですよね……決戦」
「ココ達の分析どおりに“黒き月”が動いてくれればね」
 エルシオールでの分析において、“黒き月”の到着は明日の正午と予測されている。
「……勝てるんでしょうか、あたし達?」
「若干1名、勝てると確信してる人がいるけどね」
 ミルフィーユの問いに、タクトは思わず苦笑する。
「それに……オレも心配してないよ」
「え………………?」
「だって、よく言うだろ?
 『勝負は時の運』だって」
 言って、タクトはミルフィーユの頬をなでてやる。
「そしてオレには――最強の“幸運の女神”がついてる♪」
「あたしが……幸運の女神……?」
「そうさ。
 オレは、ミルフィーと一緒にいると、あたたかい気持ちになれる。勇気がわいてくる。
 ミルフィーと一緒にいれば、どんなことだってうまくいくような気がするんだ」
 その言葉に、ミルフィーユはしばしキョトンとしていたが――タクトの言葉の意味を理解すると同時、その頬を赤くした。
「……あたし、うれしいです。タクトさんにそう言ってもらえて……
 あたしの運って、人からうらやましがられたり、迷惑に思われたりしてことはあったけど……そんな風に言ってくれたのは、タクトさんが初めてです!」
「オレにとっては、ミルフィーはいつも幸運の女神だよ」
「はい……!」
 タクトの言葉に、ミルフィーユは熱くなる目頭をぬぐい、
「あたし、明日は精いっぱいがんばります!
 大好きな人のために――タクトさんのために」
「ありがとう、ミルフィー……」
 言って、タクトはミルフィーユを静かに抱き寄せる。
(オレだって……がんばるとも。
 ミルフィー、キミのために……!)
 自分の腕の中にいる、大切な人のぬくもりを感じつつ、タクトは胸の内に秘めた決意を改めて確かめていた。

 明けて翌日――
「エオニア軍は?」
〈まだ、レーダーに反応はありません〉
 すでに出撃し、待機しているジュンイチの問いにココが答える。
 エンジェル隊の面々も、リミッターが解除された紋章機で出撃。先陣を切る手はずになっているジュンイチを中心に陣形を組んでいる。
〈けど、もういつ現れてもおかしくない。
 十分に注意してくれ〉
「了解だ。
 にしても……」
 タクトに答え、ジュンイチはエルシオールへと視線を向けた。
 その艦首には巨大な主砲が新たに取り付けられ、さながらエルシオールそのものがひとつの砲を形成しているかのように見える。
 これこそがエルシオールの最後の切り札“クロノ・ブレイク・キャノン”である。
「大昔の大艦巨砲主義じゃあるまいし、またモノスゴイものを……」
「そうですか?
 あたしはカッコイイと思いますけど」
「いや、今ツッコんでんのはそこじゃないから。
 ま、デザインの良さに関しては全面的に同意するが……」
 となりのラッキースターのコクピットで首をかしげるミルフィーユの反応に、ジュンイチは思わず同意しながらもとりあえずツッコミを入れておく。
〈だが、“黒き月”のあの主砲に対抗するには必要な力だ〉
「そりゃ、わかっちゃいるんだけどね……」
 そんな彼らに答えるレスターの言葉にうめき、ジュンイチはため息をつき――そんな彼にレスターもまたため息をついた。
〈ま、お前の言いたいことにはオレも同意だ。
 あの“黒き月”に対抗できるほどの装備――覚悟もなく使えば、ロームの時の二の舞だ〉
「その『ロームの時の二の舞』はどっちのことを言ってるんだろうなぁ?
 “黒き月”か? それともオレか?」
 レスターの言葉にジュンイチがゲンナリして聞き返した、その時――
〈クロノ・ドライヴ反応!
 エオニア軍です!〉
 ココが声を上げ、エオニア軍の無人艦隊が――そして“黒き月”が姿を現した。

「ついに来たか……」
「あぁ。
 総員、戦闘配備を第2から第1へ! 迎撃体勢!」
 出現したエオニア軍を前に、タクトのつぶやきに応えたレスターが指示を下す。
 と、突然アルモが声を上げた。
「待ってください!
 エオニア軍旗艦甲板上にエオニア機、獣紋機を確認!」
「グランドミニオンと獣紋機を……?」
「エオニア機より通信です。
 つなぎますか?」
 そのアルモの問いにタクトは少しだけ考え、すぐに通信に応じるよう指示した。
〈また会ったな、タクト・マイヤーズ〉
「こっちはもう二度と会いたくなかったよ」
 通信がつながるなり余裕の笑みと共に告げるエオニアに、タクトもまた皮肉で応える。
〈フン、勇ましいな。
 だが、その勇気も我が“黒き月”の前ではまったくの無力だ。
 今からでも遅くはない。“白き月”をこちらに渡してもらおう。
 このトランスバール皇国をより豊かな国にするために――そのために、より強大な力によってこの皇国を再統一するために!〉
「力によって、ねぇ……
 エオニア、軍部による恐怖政治は長続きしないぞ」
〈言ってくれるな。
 だがタクト・マイヤーズよ。いかなる正義も、それを貫く力がなくばただの絵空事だぞ〉
 通信回線をはさんでタクトとエオニア、二人が静かに火花を散らし――
〈だったら話は早いぜ〉
 その会話に割り込んできた者がいた。

「要するに、より強い力を持ってる方が正義だっつーんだろ?
 いいねぇ、そういう考え方はわかりやすくて大好きだぜ」
 ゴッドドラゴンのコクピットで、ジュンイチは笑みを浮かべてエオニアに告げる。
「だったらとっととおっ始めようぜ。
 オレ達とてめぇら――どっちが正義かハッキリさせてやる!」
〈よかろう。
 そこまで言うのなら、我らの正義、見せてくれる!〉
 ジュンイチの言葉に答え、エオニアは通信を終えた。
〈……エオニア軍、進撃を開始します〉
「了解だ。
 タクト、指揮は任せるぜ」
 アルモの報告を受け、ジュンイチはタクトに告げるとイメージ・クリスタルを握る両手に力を込めた。ゴッドドラゴンの広げた翼に推進部が生み出され、推進ガスを噴き出し始める。
 そして――ジュンイチが脳裏に描いたイメージに従い、ゴッドドラゴンは急激に加速、前方の敵艦隊へと突っ込んでいく。
 この戦いを終わらせるため――ただ、悲劇の連鎖を断ち切るために。

「これでも喰らいな!」
「おいきなさい、フライヤー達!」
 フォルテとミントの叫び声が重なり、ハッピートリガーの一斉射撃とトリックマスターのフライヤーが先陣を切ってきた高速艦を薙ぎ払う。
 巻き起こる爆発の嵐の中、難を逃れた艦が飛び出してくるが、
「そいつを待ってたのよ!」
「いっけぇっ!」
 そこへ蘭花が強襲、布陣を乱されたところにミルフィーユのハイパーキャノンが炸裂する。
 そしてジュンイチもまた、ゴッドブレイカーへと合身して次々に現れる無人艦隊と交戦していた。
「ジュンイチさん、修理は必要ですか?」
「んにゃ、大丈夫だ。心配サンキュ」
 接近してくるヴァニラに答え――ジュンイチはふと気になって尋ねた。
「ところでヴァニラ。
 エオニアやヘル・ハウンズ……見かけたか?」
「いえ……」
「変だな……
 エオニアはともかく、あの変人集団を未だに見かけないなんて……」

〈エルシオール、そっちでエオニアやヘル・ハウンズを見てないか?〉
「いや……こっちでもレーダーに反応はない」
 通信してきて尋ねるジュンイチにレスターが答えるのを聞きながら、タクトはレーダーの画面に見入っていた。
 確かにレーダーにはエオニアのグランドミニオンもヘル・ハウンズの獣紋機もとらえられていない。
(どこかに隠れたのか?
 だとしても、どこに……?)
 グランドミニオンにも獣紋機にも、ステルス機能がないのは今までの戦闘でハッキリしている。すでに出撃しているのを確認している以上、戦場にいればレーダーにとらえられているはずだ。
 なのに姿が見えない。どこかに隠れているとしか思えない――
 そこまで考え――タクトは気づいた。
(ある!
 一ヶ所、隠れられる場所が!)
「みんな、気をつけろ!
 エオニアやヘル・ハウンズは――“残骸の中”だ!」

「何っ!?」
 タクトの言葉に、ジュンイチは思わず声を上げ周囲の気配を探るが、一瞬遅かった――近くを漂っていた無人艦の残骸の中からエオニアのグランドミニオンが飛び出し、繰り出した槍が左のゴッドウィングを貫く!
「よくかわしたな!」
「そいつぁ、どーもっ!」
 エオニアに言い返し、ジュンイチはグランドミニオンを押し返して間合いをとる。
「天下のエオニア様が不意討ちかよ。
 ずいぶんとヤキが回ってんじゃねぇか」
「貴様らと同じで、私もこの一戦にすべてを賭けているのでな」
 答えて、エオニアは槍をかまえ、ジュンイチもゴッドウィングに開けられた穴を埋める。
 そして――両者が交錯した。

「ホラホラ、どうしたんだい、ハニー。
 いつもみたいに相手をしてくれよ」
「貴方の相手ばっかりしていられないもんっ!」
 一方、エンジェル隊の元にもヘル・ハウンズが襲いかかっていた。カミュに言い返し、ミルフィーユは必死に彼のミサイルをかわす。
「まったく、毎度毎度!」
 うめいて、蘭花がミルフィーユの援護に向かおうとするが、
「お前の相手はオレだぁぁぁぁぁっ!」
 わめきながら、ギネスのブラスターティーゲルがその前に立ちふさがる。
 一方でミントもリセルヴァと、フォルテもレッドとの交戦に入り、ヴァニラにもベルモットが襲いかかる。
 結果、エンジェル隊は皆ヘル・ハウンズに足止めを受ける形となり、無人艦隊がフリーになってしまった。一斉にエルシオールへと進撃を始める。
「くそっ、マズいよ、タクト!
 あたしら、こいつらにかかりきりで無人艦隊まで手が回らない!」
 レッドのパンツァービートルの放ったミサイルを弾幕を張って迎撃し、フォルテがエルシオールのタクトに告げる。
「何とかしてくれ! このままじゃ押し切られる!」

「タクト……!」
 フォルテの通信に、レスターはタクトへと視線を向けた。
 あのフォルテが泣き言を言うなんてよほどのことだ。このままでは――
 一方、レスターの視線の先でタクトはしばし考え――つぶやいた。
「……今撃てば、『大掃除』できるかな?」
「何…………?」
「レスター、エンジェル隊とジュンイチをエルシオールの正面から退避させてくれ」
 眉をひそめるレスターに答え、タクトは最後に付け加えた。
「あ、それから……」

「正面を開けろだぁ!?」
 エルシオールからの通信に、ジュンイチは思わず声を上げた。
 ただでさえ今の状況は不利なのだ。なのに、エルシオールの前面の防衛ラインに穴を開けてしまったらそれこそ敵がなだれ込んでくる――
(――正面から……なだれ込む?)
 その事実に気づき、ジュンイチはタクトの狙いを見抜いた。
「まったく、やってくれる……!
 みんな! タクトの言う通り正面を開けろ!」
 エオニアの繰り出した槍を受け流し、ジュンイチは叫んだ。
「タクトのヤツ――クロノ・ブレイク・キャノンを撃つつもりだ!」

「エンジェル隊、全機射線から退避!」
 ジュンイチの指示に従い、エンジェル隊が退避したのを確認し、ココが声を上げる。
「よし……目標、エオニア軍中央――敵軍旗艦!」
 防衛線に穴が開き、そこに無人艦隊が殺到してくるのを見ながら、タクトは指示を下した。
「クロノ・ブレイク・キャノン――発射!」
 その瞬間――エルシオールの正面で光が弾けた。圧倒的なエネルギーがほとばしり、戦場を駆け抜ける。
 エルシオールの正面の無人艦隊はまさにその閃光の進路上にいた。回避することもままならず次々に光の中に消えていき――それが消えた時、そこにはただ残骸だけが漂っていた。

「な……バカな……!?
 エルシオールに、あんな力が……!?」
 突如エルシオールから放たれ、無人艦隊を壊滅させた一撃を前に、エオニアはただ呆然とつぶやいた。
 一方、その力を目の当たりにして驚いているのはジュンイチやエンジェル隊も同様だった。
「す、すごい……」
〈クロノ・ブレイク・キャノン……まさかここまでの威力とはな……〉
 つぶやくミルフィーユに通信回線の向こうでジュンイチが同意すると、
〈何やってんのよ、二人とも!〉
 そんな二人へ蘭花からの叱咤が跳ぶ。
〈今がチャンスよ!
 一気にアイツらを叩きつぶすわよ!〉

 もはや戦況は完全に逆転した。無人艦隊を一撃で一掃され、エオニア軍は完全にその優位を失っていた。
 主力であるヘル・ハウンズ隊も勢いを取り戻したエンジェル隊に圧倒され、今やエオニア軍の前線の崩壊も時間の問題だった。

「くっ、こんなところで!」
「負けてたまるかぁぁぁぁぁっ!」
 ラッキースターとカンフーファイターに追い回され、カミュがうめき、ギネスがわめく。
「ノア! 何とかならないのか!?
 このまま、あんな下賎なヤツらに負けられない!」
 同じくミントのトリックマスターから逃げまどい、リセルヴァは“黒き月”に残ったノアへと通信し――ノアはそんな彼に、いや、ヘル・ハウンズ全員に尋ねた。
〈どうしても……勝ちたい?〉
「当たり前だよ!」
〈それは……お兄様のため?〉
「エオニア様の巨大な力……オレはそれに惹かれた。
 ゆえに、すべてはエオニア様のため……」
 ベルモットとレッドの答えに、ノアは笑みを浮かべて告げた。
〈なら、望み通り――〉

 

〈“力”をあげる〉

 

 次の瞬間、ヘル・ハウンズ隊の5人の意識は途絶えた。
 コンソールから飛び出した、無数のコードに全身を貫かれて――

 

「な、何……!?」
 ヘル・ハウンズの異変は、ミルフィーユ達にも伝わっていた。
 何が起きたのかはわからない。だが、何かが変わった。そんな確信めいた思いがエンジェル隊の5人の中にあった。
 そして、そんな彼女達の目の前で新たな異変が始まった。
 5体の獣紋機が変形し、合体を始めたのだ。
 パンツァービートルの機体後部が後方にスライド、左右に分割されると四肢を収納したリペアタートルの後部に合体、さらにリペアタートルの右側面にブラスターティーゲルが、左側面にセイバーシャークが合体する。
 そして、リペアタートルの底部にイーヴィルファルコンが合体すると機体が起き上がり、リペアタートルの頭部が開き、新たな顔が現れた。

「さぁ……出来上がりよ」
 “黒き月”でその様子を眺め、ノアはクスクスと笑いながらつぶやいた。
「さぁ、行きなさい。虐殺王グランジェノサイダー。
 “白き月”の落とし子ごトキ、叩キつぶしテしまイナサイ」
 言葉を連ねるごとに、その声が機械的に変化していく。
「ソシテ、我ヲ導ケ、“白き月”ヘト」
 そして――“黒き月”は移動を開始した。
 その全体から次々に触手を伸ばしながら、“白き月”へと――


 

(初版:2006/10/11)