――あのブレイカーベースでの一件から6年――
新暦71年4月22日。
ミッドチルダ郊外の住宅地――
「……久しぶりだな、こっちの家も」
どこか苦笑気味にそうつぶやくと、ジュンイチは慣れた手つきで玄関の鍵を開け、
「ただいm――」
「おかえりー♪」
すぐに返事が“目の前から”帰ってきた。扉を開けたすぐのところに待っていた少女に、ジュンイチは思わずため息をつき、
「…………スバル。
まさかとは思うが……ずっと待ってたのか?」
「うん!」
満面の笑みと共に返ってきた答えに、ジュンイチは時間を確認する。
最後に連絡を取ったのが空港でのこと――時間にして2時間と少し前のことだ。
「なんと言うか……大した執念だな」
軽く肩をすくめてジュンイチがつぶやくと、
「当たり前だ」
そんな彼のつぶやきに答える声があった。
「久しぶりに“兄”が帰ってくるんだ。待ちきれない気持ちもあるだろ」
そう告げるのはこの家の家長にしてスバルの父ゲンヤ・ナカジマ――となりには長女、すなわちスバルの姉ギンガも並び立ち、ジュンイチにくっついているスバルにほほえましい笑顔を向けている。
「そんなもんっスかねぇ……」
一方、ゲンヤの言葉にそうつぶやくと、ジュンイチは自分の姉代わりとも言える姉弟子のことを思い出した。
…………ロクな思い出がない。むしろトラウマだらけだ。
「しかし、すまないな。
せっかくの連休、実家でのんびりしていただろうに、いきなり呼び出して……」
「職場にしばらく詰めなきゃならないんでしょ? しょーがないっしょ。ミッドチルダにゃゴールデンウィークなんかないし。
ま、その間はオレがこいつらの面倒は見といてやるよ」
気を取り直し、告げるゲンヤに答えると、ジュンイチはスバルの頭をなでてやる。
「まぁ、今回はただ詰めるだけだからな、そう大したことはあるまい。
何なら、ウチの部隊に遊びに来るといい」
「いいのかよ?」
「かまうまい。
スバルもギンガも部隊のヤツらからかわいがられてるし……お前だってなんだかんだで人気者だ」
「オレも?」
思わず聞き返すジュンイチだったが――ゲンヤはあっさりとうなずいてくれた。
「みんな、久しぶりにジュンイチとやり合いたがってるぞ。演習のリベンジにみんな燃えている」
「へぇ……再三医務室送りにしておいてまだこりてないか……」
思わずニヤリと笑みを浮かべ、ジュンイチはゲンヤに答える――
すべての始まりは新暦65年7月。
高町なのはがトランスフォーマーと出会ったのと、ちょうど同じ頃――
彼女に遅れること3ヶ月。
柾木ジュンイチもまた、魔法と出会っていた。
第1話
「星の名を持つ少女」
「…………えーっと……」
目の前の事態に、ジュンイチは思わず間の抜けた声を上げていた。
ブレイカーベースのある地下空洞で見つけた、あの奇妙な結晶体が突然光を放ってから、自分は気を失っていたらしい――そんな事態に巻き込まれても人の気配で目が覚めるのは戦士の性か。
そのおかげで、接近してくる者達にいち早く気づくことができたのだが――
「ひとつ……聞いてもいい?
なんでオレは、対面するなり槍っぽい杖を一斉に突きつけられてなきゃならんのだろうか……?」
「それはこちらのセリフだ!」
尋ねるジュンイチに、彼を包囲している連中のリーダーらしき人物が言い返した。
「貴様こそ何者だ!
ここは関係者以外立ち入り禁止の演習場――転送魔法も阻害されるここに、どうやって入ってきた!?」
「いや……それこそオレが聞きたいことそのものズバリなんだが……」
どうやらお互いに事情が呑み込めていないらしい――ため息まじりにそう答えるジュンイチだったが――
「とぼけるつもりか!?
そんな装備を整えた上で演習場に乗り込んできておいて、何も目的がないとは言わせないぞ!」
「装備……?」
つぶやき――そこでようやく、ジュンイチは自分が“装重甲”を着装したままだということに気づいた。ついでに“紅夜叉丸”も腰に差している。
考えるまでもない――文句なしの完全武装だ。
「あー、そーいや気絶する直前まで着装してたっけ……」
おかげで話がややこしくなってしまった――頭痛に見舞われ、思わずこめかみを押さえるが、ヘッドギア越しではあまり意味はない。
と――
「とにかく来い! 話は取調室で聞く!」
「と、取調室!?」
業を煮やしたリーダー格の男の言葉に、ジュンイチは思わず声を上げた。
確かに不法侵入ではあるだろうが――こっちは迷い込んだだけなのだ。別に取調室でカツ丼を出されるようなレベルでもないだろう。それとも現在の着装状態が銃刀法的にマズかったのだろうか。
いずれにせよ――ここに今自分がいるのは偶然のイタズラだ。保護してもらえるというのであれば大歓迎だが、そんなメにあわされる筋合いはない。
そもそも、目の前の男達は何者だろうか。ローブ状の防護服らしきものに強固な作りであることが容易にわかる杖――少なくとも、自分の知るまっとうな司法機関の中にこんな姿の連中はいない。
考えられるのは“裏”の連中――世の中には異能の力は数多いが、その中には退魔士のように一般にその存在を明かしている者達もいれば、自らの技術を秘匿し、不出のものとしている者達もいる。
前者はともかく、後者はきわめて厄介だ。彼らはその存在を世に出さないためなら事実上手段を選ばない。目撃者を消す、くらいのことは平然とやる連中だ。
もし、自分の目の前にいるのがそんな連中だとしたら――
となれば、彼の中の選択肢として選べるものは――いや、“選びたいもの”はただひとつ。
「あー、悪いがそいつぁ却下だ」
「何を!?
貴様、て――」
言いかけるリーダー格だが、その言葉を最後まで続けることはできなかった。
「『抵抗するつもりか!?』とでも言うつもりだったんだろうなぁ……
オリジナリティのなさに大いにツッコみたいところだけど……あえて言おう。
まさしくその通りだ」
言って、みぞおちに打ち込んだ拳を引いたジュンイチは崩れ落ちるリーダー格にかまわず“紅夜叉丸”を抜き放つ。
「とりあえず、お互い事態が呑み込めてないみたいだけど――」
静かに告げ――彼の中で“力”が膨れ上がる。
「取り急ぎ、身の安全だけは確保させてもらうことにするよ」
その言葉と同時、ジュンイチは――
対ミッドチルダ式魔法戦の初陣を、豪快な白星で飾った。
「とりあえず、どういう経緯で“こういうこと”になったのかはよくわかった。
こちらの者が、ずいぶんと強引に出てしまったようだ――それについては明らかにこっちに非がある。
だが……それに対する対応としては、少しやりすぎなんじゃないか?」
「問答無用で人を取調室に連行しようとするヤツへの対応なんぞそれで十分だ」
演習場でのことを聞かされ、目の前でため息をつく男に、着装を説いたジュンイチはごくごく当然のようにそう答えた。
ゲンヤ・ナカジマ――そう名乗った彼のオフィスでのことだ。
あれから先はまさに「一方的」と言うに相応しい展開だった。ジュンイチの目まぐるしい体術に翻弄された相手は魔法での捕縛を試みたのだが――それがかえってマズかった。
相手が魔法という異能の力を使うことを知り、ジュンイチは対人戦闘から対能力者戦闘へと切り替えたのだ。自身の能力を全開に暴れ回るその戦闘力を前にしては、対する者すべ
てがただなす術なく叩き伏せられる以外になかった。
そんなこんなで相対するすべてを叩きつぶし――さてこれからどうしようかと考えていたところに現れたのがゲンヤだったのだ。
「取調室、って言っても、あの段階じゃただの迷子だったんだろ?
容疑者というより、参考人としての召喚だったんだ。問題はねぇだろ」
「世間体的には呼ばれた時点で容疑者も参考人も変わんねぇんだよ。嫌がるのは当然だ」
うめくゲンヤに、ジュンイチはあっさりと答える――先ほどからすべての問答で万事この調子だ。
それが自分の部下達の強引な対応に対する怒りからきていることは明白で――だから、ゲンヤは一応尋ねることにした。
「一応聞くぞ。
もし、ここでオレがお前さんを今回のことで逮捕すると言ったら?」
その問いに、ジュンイチは部屋を見回し、一言。
「……よく燃えそうですね、この部屋」
それが答えだった。
「ふむ……なるほど。
お前さんが見つけた結晶が光を放ち、気がついたらあそこにいた、と……」
実力でこの男を阻止するのは、自分の部隊の戦力では事実上不可能だろう――そう判断し、ゲンヤは素直にジュンイチから一通りの話を聞くことにした。先ほど聞いた“演習場での一幕”へと続く、ブレイカーベースでジュンイチの身に起きた事態のことを聞き、ため息まじりにつぶやく。
「話から察するに、お前さんの見つけたその結晶体が何らかの“古代遺物”だった可能性が高いな」
「“古代遺物”――さっき言ってた、“遺失文明の遺産”とか言うヤツか?」
聞き返すジュンイチに、ゲンヤは静かにうなずく。
「そいつをお前さんが起こしたことで転送事故が起き、お前さんがあの演習場に転送された、と……
転送魔法を阻害してあったあの場に送り込むとは、またなんというか……」
「ふーん……」
ゲンヤの言葉に、ジュンイチはしばし思考をめぐらせる。
考えるのは、ゲンヤの所属する組織のこと――
「いくつもの次元世界を見守る“時空管理局”ね……」
多数の次元世界が今自分のいるミッドチルダを中心にまとまり、次元世界間の移動の管理や複数の次元世界をまたがる災害、事件への対応を行う組織――ゲンヤからの説明で、ジュンイチは時空管理局のことをそう解釈していた。
自分の世界で言うところの、自衛隊と警察とレスキューが一緒くたになったようなものか――などと考えながら、尋ねる。
「で……その“時空管理局”はオレを元の場所に帰すことができると思うんだが?」
「不可能じゃないが……時間がかかる、ってのが本音だ。
すでにお前の出身世界についての調査は指示したが、何分ランダム転送だからな……転送経路を特定するのに、かなり手間取りそうだ」
「さいですか……」
ゲンヤの言葉に息をつき――ふと気づく。
「……対応早いな、オイ」
自分が彼の部下を叩きのめし、ここに連れてこられたのはついさっきのことだ。対面してからそういったことを指示しているのを聞いてはいないから、指示したとしたらこの部屋にジュンイチを先に通し、遅れてゲンヤが現れた、あのタイミングしかない。
つまり――ゲンヤは自分を連れてきてすぐ、ジュンイチを帰すための動きを開始したことになる。
「少なくとも、お前が何らかの転送現象であの場に現れたらしい、ということは確かだったからな。
意図的なものだったらともかく、事故であった場合は、遭難者として早急に元の世界に帰してやるのがオレ達の仕事だ」
「そっか……
サンキュな、正直助かる」
「気にするな。
侘びの意味もあるし――何より現実の問題として、あまり役に立てそうにないんだからな」
さすがにジュンイチもこれには頭を下げる。対し、笑顔でそれに答えるゲンヤだが――それでも納得いかないのか、ジュンイチが気まずそうにしているのを見て、さりげなく話題をすり替えることにした。
「不安か? 帰れなくて」
「いや。全然」
迷わず即答する。こちらの思惑に乗ったのか、とも思ったが――
「経験上こういう孤立無援の時の対応も心得てる。
地下に潜れば生活の糧くらい、いくらでも確保できる」
「おいおい。一応司法機関のド真ん中でそういう発言は控えてもらいたいんだがな……」
どうやら素で言っているようだ。あっさりと続けるジュンイチの言葉に思わずため息をつき、ゲンヤはジュンイチに告げた。
「で……お前さんのことだ。そういうことを本気で実行しかねないからな……悪いがもうひとつ、先手を打たせてもらった」
「………………?」
眉をひそめるジュンイチに対し――ゲンヤはハッキリと続けた。
「つまり――」
「お前さんは、オレが直々に保護観察することになった」
自分の部隊の実働戦力を事実上数日単位で稼動停止に追い込まれたというのに、その犯人である自分を処罰するでもなく内々に処理し、しかもその帰還に対して手を回してくれている――文句なしに恩人であるゲンヤの顔に思い切り泥を塗りたくるほど、ジュンイチは義理を捨ててはいない。
普段が普段なだけに忘れられそうになるが、これでも無償の恩義には己の力のすべてをもって報いるタイプなのだ。あくまで“無償の恩義”に限られるが。
そういった彼の“本質”を知る者ならば、ジュンイチがその申し出を蹴ることができないことはすぐに想像がつくことだろう。
が――そういった信条があろうと、イヤなものはイヤなワケで――
「そうむくれんな。
あのままお前を野放しにすることは、どの道上が許さなかったんだ。それだけのことをしたんだからな。
まぁ……それをやらかしたお前さんの実力なら、追っ手がかかっても問題がないんだろうがな」
「るせぇ」
帰りの途上――車を運転しながら告げるゲンヤに、ジュンイチは助手席で頬を膨らませた。
「保護観察そのものについては何も言わねぇよ。
経緯はどうあれ、あんたの部下をブチのめしたこと、そのものについてはオレに非があるし、その上生活の世話までしてくれるんだ。文句を言う理由がそもそもない。
ただな……こーゆーホームステイまがいのパターンは正直好かねぇんだ」
「ほぉ、そりゃまたどうして?」
尋ねるゲンヤに対し――ジュンイチは答えた。
「あんまりいいものじゃないだろうが。
ひとつにまとまってる家庭に、いきなり異分子が放り込まれるんだぞ。
それも一生涯の家族じゃない――保護観察期間内だけの、限定のものだ。
あえて悪い言い方をするなら“家族ごっこ”だろ、そんなの」
「まぁ……乱暴な言い方だが、言いたいことはわかるか」
口を尖らせるジュンイチの言葉に、ゲンヤは思わず苦笑した。
すでに自分の家族構成は伝えてある。妻と娘が二人――ジュンイチは、自分という“異分子”がそこに入ることで、家庭に不要な影響を及ぼすことを危惧しているのだ。
だから――
「心配いらんさ」
そんな彼に、ゲンヤは告げた。
「なんたって……オレの妻がいるんだからな」
「のろけか?」
「当然だ」
迷うことなく即答した。
「ここがオレの家だ」
「ふぅん。
……ずいぶんと普通だな」
告げるゲンヤに対し、ジュンイチの答えはシンプルだった。
郊外の一軒家――正直、これ以上に説明できる単語が思いつかない。そのくらい、どこにでも見かける普通の住宅だ。
一部隊の隊長なのだから、もっと立派な屋敷を想像していたのだが――
「ほら、行くぞ」
「あ、あぁ……」
ともあれ、ジュンイチは車をガレージに入れたゲンヤに促され、玄関に向かう。
「おーい、帰ったぞ!」
「ほーい、お邪魔しまーす」
元気なゲンヤと若干投げやりなジュンイチ。二人がナカジマ家の玄関をくぐり――
「おとーさぁん♪」
「おかえりー♪」
元気な返事と共に現れたのは二人の女の子だ。
おそらくこの二人がゲンヤの娘なのだろうが――
「似てねぇな」
「ほっとけ」
開口一番の一言はある意味でお約束――予測済みだったのか、すぐさま返ってくるゲンヤの言葉を聞きながら、ジュンイチはもう一度娘達へと視線を戻す。
妹はショートカット、姉はロングヘア――顔立ちはよく似ている。やっぱり髪型ひとつで印象って変わるもんだなー、などと他愛もないことをチラリと考える。
と――
「おとーさん、このひとは……?」
妹の方がこちらを気にしていた。初対面であるジュンイチを相手にどこかおびえた視線を向けている。
「あぁ、こいつか?
こいつは今日からウチで世話をすることになった――」
そんなゲンヤの言葉にうなずき、ジュンイチは子供達の前にしゃがみ込み、目線の高さを合わせて名乗る。
「ジュンイチ。柾木ジュンイチだ。
お前らの名前は?」
「えっと……ギンガ。
ギンガ……ナカジマです」
「………………スバル……」
「“昴”に“銀河”……星つながりってワケか。
ま、それはともかく……いろいろあって、しばらく一緒に暮らすことになった。
よろしくな、二人とも」
「あ、はい……」
ジュンイチの言葉に、ギンガはまだ戸惑いがあるものの精一杯の笑顔でうなずくが――
「………………っ」
スバルは、無言のまま家の奥へと引っ込んでいってしまう。
「おいおい、スバル……」
「ははは、いいよ、別に。
オレだっていきなり受け入れられるとは思っちゃいないさ」
戸惑うゲンヤに答え、ジュンイチは苦笑まじりに立ち上がり、
「…………で、つい30秒ほど前から、今のやり取りを背後から楽しそーに見物していらっしゃったお方が、奥さんかな?」
「あ、バレてた?」
振り向きもしないまま告げるジュンイチの言葉に、いつの間にか玄関の外に立っていた女性はペロリと舌を出してそう答えた。
「話は旦那から聞いてるわ。
私はクイント・ナカジマ。よろしくね」
「柾木、ジュンイチっス。
しばらくの間、お世話ンなります」
自己紹介する女性――クイントに対し、ジュンイチもまた自らの名を名乗り――
「……ふぅん……」
そんなジュンイチを、クイントは頭からつま先までじっくりと観察し始めた。
まるで値踏みするかのような視線だが――ジュンイチはふと、その視線にどこか不満めいたものを感じた。
だから――息をつき、告げる。
「……あー、文句なら職場の方で勝手に話を通した旦那さんにドウゾ。
それに、不満だっつーならよそをあたるよ。まだガキとはいえ、娘のいる家に縁もゆかりもない野郎を放り込むのはマズイと思うし」
大方、自分がこの家で暮らすことになって、少なからず警戒しているんだろう――そう見当をつけ、クイントに告げるジュンイチだったが、
「んー、まぁ、うちの旦那の決めたことだし、私は信頼してるわよ。
不満なのはむしろ――」
気にすることもなくそう答えると、クイントはジュンイチをビシッ! と指さし、
「キミのその態度!」
「え!? お、オレ!?」
「そう! キミ!」
思わず声を上げるジュンイチに即答すると、クイントは彼に詰め寄り、
「これから自分の暮らす家だっていうのに、何!? そのよそよそしい態度!
まるで人様の家にお邪魔するお客様みたいじゃない!」
「い、いや、実際人様の家だし……」
「キミが暮らすからにはキミの家でもあるの!」
反論しかけたジュンイチの言葉はピシャリと遮断される。
「大方、玄関くぐった時のあいさつも『ちーっす』とか『うぃーっす』とか『お邪魔しまーす』とかだったんじゃないの!?」
大正解。
「今日から、キミはこの家に“来る”んじゃなくて“帰ってくる”んだから、そんなあいさつはダメ!
ほら、正解は!?」
「ぐ………………っ!」
思い切りまくし立てられ、完全にペースを持っていかれたジュンイチはただうめくしかない。しばし沈黙、打開策を探った末――観念した。覚悟を決め、答える。
「…………『ただいま』……」
「はい、よろしい!」
とたん、クイントは満面の笑みでうなずく――思わずため息をつき、ジュンイチはゲンヤに告げた。
「ずいぶんとまた……竹を割ったような奥さんだことで」
「自慢の妻だからな」
むしろのろけられた。
「……あかん。
完っ、全にペース持ってかれとる……」
それが、夕食を経てジュンイチの抱いた感想だった――ナカジマ家の縁側に座って星空を見上げ、思わずエセ関西弁でつぶやく。
夕食の時も散々だった――スバルに警戒されていることもあり、とりあえずしばらくの間はおとなしくしておこうとしたジュンイチだったが、クイントがそれを許さなかった。むしろ『これも食べなさい』『これ、美味しいよ』とひっきりなしに世話を焼いてきたのだ。
純粋にこちらを気遣っての行動なのはわかる。だからそれ自体に不服はないのだが――
「……やりづれぇ……」
ペースを握られたままというのはジュンイチにとってはやりづらいことこの上ない。むしろペースを握って好き勝手振り回す側であることが常である分、こうした受け身側は慣れていないのだ。
「やれやれ……厄介なことになったもんだね、ホント……」
初日からこれでは先が思いやられる――何とか主導権を取り返す算段をジュンイチが練っていると、
「まったく、いい若いモンが、何たそがれてるんだよ?」
「他にすることがねぇんだよ、切実に」
やってきたゲンヤの言葉に、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
と――ゲンヤから漂ってくる匂いに気づいた。ため息まじりに尋ねる。
「…………酒か?」
「仕事の後の楽しみってヤツだ。
お前さんもちゃんとした仕事を持てばわかるようになる」
「あいにくと、仕事なら“地元”で持ってたがその気持ちはサッパリわからん」
そう答え、ゲンヤがとなりに腰かけるのを待って――ジュンイチは改めて口を開いた。
「いい奥さんじゃねぇか」
「今、『やりづらい』とか言ってなかったか?」
「オレにとっては、の話だよ、それは」
聞き返すゲンヤに答え、ジュンイチは軽く肩をすくめて見せる。
「いきなり現れた、見ず知らずのオレに対してあの態度。
きっと――」
「スバルとギンガを引き取った時もそうだったんだろう?」
その言葉に――ゲンヤの動きが止まった。
「……気づいていたのか?」
「最初は気づかなかったさ。
似てるもんなー、クイントさんに」
尋ねるゲンヤに対し、ジュンイチは気にすることもなく続ける。
「やってくれるな、あんたも。
あーいう奥さんだからこそ――あんたはオレの保護観察を引き受けることにした。違うか?
確信してたんだろ? オレに対するクイントさんのあの反応」
「まぁ、な……」
尋ねるジュンイチの問いに、今度はゲンヤが肩をすくめて見せる。
「強引な人だよなー、ホント」
「寂しそうにしてるヤツに対しては特に……な」
返ってきた答えに――ジュンイチは視線を落とした。
「……つまり何か?
オレはあんたらから見て、寂しそうにしてたワケか……」
「否定するか?」
「したいね、すっごく」
即答する。が――
「『する』じゃないんだな」
その言葉の裏に潜むものを、ゲンヤは読み取っていた。
「確かにお前さんは強いよ。ウチの部隊をたったひとりで壊滅させてくれた事実がそのことを何よりも物語っている。
だがな――さっき部隊でオレと向き合ってた時のお前さん、ひょうひょうとしてるように見えても、実力とは不釣合いなくらい張り詰めてたぜ。
その気になれば余裕で脱出できる実力を持ってるクセして、『意地でも脱出してやる』って気合がギンギンにみなぎってた。
『油断なく』とかそんな感情をぶっちぎりで超越して――な」
「その矛盾が……根拠か」
つぶやくジュンイチの表情は自嘲に満ちていて――そんなジュンイチの姿に、ゲンヤは改めて確信する。
ジュンイチは強くなりたくて強くなったワケではない。
経緯はわからないが、強くなること以外、彼には選択肢を許されなかった――彼がその胸の内に抱えている“モノ”のために、ただひたすらに強くならなければならなかったのだと。
だからこそ、強くあろうと気を張り詰め、戦いの中で己を高め続け、『自分が強い』という事実を懸命に保とうとしている。そして他者にそのことを気取られぬよう、気ままな態度の裏にそんな自分の本心を押し込めている。
おそらく彼は、それが自分を追い込み、他者との間に溝を作る要因になっていることにも気づいているだろう。知恵の回る彼のことだ、むしろ気づかないはずがない。
だが、背負わされている“モノ”が彼にそれを改めることを許さずにいる――今彼の浮かべている自嘲的な笑みも、おそらくそんな自分に対する複雑な想いによるものだろう。
“強さ”と“弱さ”、それは誰もがそれぞれの形で持つものだ。しかし、ジュンイチはその落差があまりにも大きすぎる。
まだ若いその身体と心に“絶対的な強さ”と“絶対的な弱さ”を併せ持つ、まるで合わせ鏡のような少年――それが、ゲンヤから見た“柾木ジュンイチ”という人間だった。
だからこそ――彼はジュンイチの保護監察を引き受けた。
妻ならば迷わず手を差し伸べるであろう――目の前の小さな少年の心を救いたくて。
そのことを口に出す必要などあるまい。聡い彼ならば、今の会話で十分にこちらの真意は見抜いただろう。
そして――知った以上、彼がこちらの想いを蹴ることなどできないであろうことも、なんとなく確信していた。
だから簡単に言葉をまとめ、告げる。
「ま、お前さんを帰せるようになるまで時間はタップリある。
お前さんの“地元”での境遇はわからんが――ここらで一度を足を止めてゆっくりしてみるのも、悪くないんじゃないか?」
「つくづく、やってくれるな……」
そのゲンヤの言葉に――ジュンイチは静かに立ち上がり、
「そこまで言われたら、もう引き下がりようがないだろうが。
いいぜ――そっちの思惑、乗ってやるよ」
言って、ジュンイチは庭の中央に進み出た。
月の輝く夜空を見上げ――告げる。
「確かに、元の世界にはやり残しが残ってる。当然未練だってある。
けど――どこにいようと、やることは変わらない」
目を閉じ――まぶたの裏に浮かぶのは、こちらを見上げるスバルの顔。
思えば、彼女と対した瞬間に自分の取るべき道は決まっていたのかもしれない。
あんな顔を――見ず知らずの相手とはいえ、今にも泣き出しそうな、彼女の不安げな顔を見てしまった以上、自分の選択などひとつしかない。
「とりあえず――」
そう――
「スバルに笑顔になってもらおうかな」
目の前の笑顔を守る――それだけだ。
ジュンイチ | 「ところでクイントさん。 オレのしでかしたことって、真っ当に裁いたらどのくらいの刑罰になってたんだ?」 |
クイント | 「そうねぇ…… 管理局に対する反逆罪で……打ち首獄門ってところかしら」 |
ジュンイチ | 「ウソぉ!?」 |
クイント | 「ウソ♪」 |
ジュンイチ | 「人がこっちの法律知らないのをいいことに、もっともらしいウソつくんじゃねぇよ!」 |
ゲンヤ | 「『打ち首』が出た時点で疑えよ……」 |
クイント | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Galaxy Moon〜異聞、 第2話『初めてのお出かけ』に――」 |
3人 | 『ブレイク、アァップ!』 |
(初版:2007/10/27)
(第2版:2008/01/19)(予告を加筆)