「スバル、スバル」
ギンガ・ナカジマ、7歳。
彼女の朝は、一緒のベッドで仲良く眠る妹を起こすことから始まる。
「……んぁ……?」
「ほら、朝だよ」
「うん……」
寝ぼけ眼のスバルを連れて洗面所へ。洗顔を済ませてリビングにやってくると――
「おぅ、起きたか」
新たな家人が、ちょうど朝食の支度を終えたところだった。
第2話
「初めてのお出かけ」
そこからさかのぼること1時間――
「………………」
ナカジマ家の庭の中心で、ジュンイチは静かにかまえていた。
意識を集中し、静かに“紅夜叉丸”を頭上にかまえ――
「――――――っ!」
鋭く息を吐くと同時、その身が動いた。虚空にイメージした目標に向け、瞬時に刃を叩き込む。
無論、それだけで終わらない。立て続けの連撃が標的を貫き、薙ぎ払うように次々に叩き込まれていく。
蹴りが、拳が、斬撃が――なめらかに繰り出されていく光景はさながら舞のようにも見えて――
「――――よっ、と!」
そんな流れるような動きの中で、ジュンイチは唐突に“紅夜叉丸”を投げた。愛用の木刀は一直線に虚空を貫き――止められた。
「…………危ないわね」
そうつぶやく、クイントの手によって。
「いきなり投げつけないでよ。
明らかに狙ってなかった? 今」
「狙ったよ。
昨日に引き続き、こりもしないでのぞき見していたお方をね」
あっさりと答え、ジュンイチはクイントが放り、返してきた“紅夜叉丸”を受け取る。
「剣術……ううん、剣と打撃を融合させた、総合系の戦闘術、ってとこか……」
「そんなとこ。
ま、実際はもっと“なんでもアリ”なんだけどさ」
つぶやくクイントに答え、ジュンイチは“紅夜叉丸”を指先でクルクルともてあそび――尋ねた。
「で……そーゆーそっちの手のソレは何?」
「あぁ、これ?」
ジュンイチの問いに答え、クイントがヒラヒラと振ってみせるのは両手に装着された大型の篭手だ。
「“リボルバーナックル”――私のデバイスよ」
「デバイス……あぁ、昨日叩きのめした連中の杖と同じようなもんか……」
つぶやき、ジュンイチはクイントの両手のリボルバーナックルをしげしげと観察し、
「こんな、完全な武具型のヤツもあるんスね」
「まぁね。
“アームドデバイス”っていうの――ちなみに昨日キミが叩きのめした子達が持ってたのは、たぶん“インテリジェントデバイス”の長杖じゃないかしら?」
クイントがうなずくと――ジュンイチは唐突に話題を変えた。
「ところでさ、話変わるけど――」
「この家の、朝食メニューの定番って何?」
そして時間は現在に戻り――
「ほら、何ボサッとしてる?
朝メシならできてっから、早く食え」
「あ、はい……
ほら、スバル」
「ん…………」
どこから調達したのか、初見のデザインであるエプロンを身にまとい、頭には三角巾――完全なおさんどんさんスタイルのジュンイチの言葉に、ギンガはスバルをうながして席に着く。
テーブルに並ぶのは米飯に味噌汁、ベーコンエッグ――21世紀になっても変わらない典型的な日本の朝食メニューである。
このメニューを聞いた時には「何で知ってるんだ」とクイントにツッコんだジュンイチだったが――「ゲンヤの祖先が地球出身らしい」という答えが返ってきた。もっとも、自分の帰還の手はずを整えるのに手間取っている辺り、ジュンイチの生まれた世界の地球ではなさそうだが。
「いただきます」
「……いただきます」
そんなことを思い返すジュンイチの前で、その辺りのやりとりを知らない二人はそろって合掌して朝食を食べ始めた。ギンガはとりあえず玉子焼きに手をつけ――
「…………おいしい……」
それが正直な感想だった。
「これ、ジュンイチさんが?」
「まぁな。
故郷と食材が似てて助かったぜ」
ギンガに答え、ジュンイチは三角巾とエプロンを外して自分の席に着いた。
見ると、スバルもどこか幸せそうな表情で食卓に向かっていて――
「へぇ、やるものねぇ……」
「いつの間に現れた合掌はどうした『いただきます』が聞こえんかったぞ」
本当にいつの間に現れたのか――自分の席について舌鼓を打つクイントにジュンイチは一息でツッコミを入れる。3つのツッコミの内二つが行儀に関するものなのは子供達の目の前だからか。
「ま、それは置いといて……」
「置いとくな」
ジュンイチのツッコミが続くが、クイントはかまいはしない――ジュンイチに向け、平然と告げた。
「ジュンイチくん――今日の予定は?」
「あると思ってんのか。この世界に来たばっかりの人間に」
保護観察処分と言っても四六時中監視がついたり収監されたりするワケではない。問題行動さえ起こさなければ、事実上好きに行動できるワケだが――それとやることがあるかないかは別問題だ。
まだこのミッドチルダにやってきたばかりで、どこに何があるかもわからないのだ。だから――
「強いて言うなら、街を見て回ること、ぐらいか。地理を把握しとかないと」
「そうね」
告げるジュンイチの言葉に。クイントはあっさりとうなずき、告げる。
「だったらさ――」
「スバルとギンガに案内してもらったら?」
「………………本っ、気で何考えてんだ、あのママ上は……」
街を歩きながら、ジュンイチは心の底からそううめいた。
あの後、困惑するジュンイチをよそにクイントとゲンヤはさっさと出勤していってしまった。いくら四六時中監視する必要がないといっても昨日の今日だ。少し放任が過ぎるのではないだろうか。
まぁ、少なくとも意図はわかる。「スバルとギンガをよろしくね」と言い残していったクイントの言葉――考えるまでもない。
「彼女との仲をなんとかしたいんでしょ? だったら何とかしなさい」という意味なのだろう。スバルの名を前にして強調しているあたりから、それはなんとなくわかる。
しかし――
(具体的にどうしろっつーよ、オレに……)
お膳立てだけされても、肝心の打つ手がない状態ではどうしようもない――自分のとなりを歩くギンガ、その反対側で姉の手を引いてついてきているスバルに視線を向け、ジュンイチは内心でため息をついた。
ジュンイチとしては、あの手この手でスバルに接触を試みて、そのリアクションから彼女の人となりを把握、その上で関係を改善しようと考えていた。まだほとんどスバルのことを知らないのに、いきなり「仲良くなれ」と言われても正直困る。
そしてそれはスバルにとっても同じだろう。いきなり現れた見ず知らずの相手といきなり外出するハメになったのだ。気弱な子のようだし、彼女としても自分に対してどう接すればいいのかはかりかねていると見ていいだろう。
さて、これからどうしようかとジュンイチは思考をめぐらせ――
(とりあえず……こーなったら接触あるのみ、か)
とにかく状況を動かさなければ始まるまい。ジュンイチはため息をつき、スバルとギンガに尋ねた。
「スバル、ギンガ……お前らは、どこか行きたいところがあるか?」
「え………………?」
その言葉に、ギンガは思わずジュンイチを見上げた。
「いいんですか?」
「オレはただどこに何があるのかを知りたいだけだからな。
むしろ、お前らがあちこち連れ回してくれる方が助かるんだよ」
ジュンイチの言葉に、ギンガはしばし考え、
「それじゃあ……ちょっと、いいですか?」
「アイスクリーム屋……?」
そしてやってきたのはギンガ曰く「大人気」のアイスクリームショップ――思わずつぶやき、ジュンイチはギンガに尋ねた。
「好きなのか?」
「あ、わたしじゃなくて……スバルが」
答え、ギンガはショーケースを楽しそうに眺めているスバルへと視線を向ける。
「へぇ……スバルのために、ねぇ……」
普通に考えれば、なんとも微笑ましい姉妹愛、といったところだろうが――
(まだ7つ、オレ達の世界で言えば小学1年生だっつーのに、なんつーいい子ちゃんだよ。
もーちっとワガママ放題言ってもいい歳だろうが)
ここで彼女の相手をしているのがジュンイチだということを忘れてはいけない。そんなことを考え――結果、ちょっとだけギンガにイジワルすることにした。
「そりゃ、確かにクイントさんからそれなり軍資金をもらったけどさ……それで妹を餌付けしろと言うか、お前わ」
「そ、そんな、餌付けなんて……」
(フッ、所詮は7歳児。軽いモノよ)
こちらの言っていることが冗談だと気づく余裕もなく、根がマジメなギンガはこちらの誘導にすぐさま食いついてきた。内心で笑みを浮かべつつ、ジュンイチは続ける。
「そうか……自分の妹を餌付けするような子なんだな、ギンガは」
「あ、えっと、そうじゃなくて……」
「あぁ、このことを知ったら、クイントさんもゲンヤのオッサンも悲しむだろーなぁ」
「あうあうあう……」
「なんてこった……これもオレの日頃の教育の成果か……」
「………………」
さすがにこの発言には違和感に気づいたか、オロオロしていたギンガの動きがピタリと止まった。
「――って、昨日会ったばっかりですよね?」
「チッ、気づいたか」
ロコツに舌打ちしてみせて――案の定、ギンガはそんなジュンイチに食いついてきた。
「冗談だったんですね!? そうですね!?」
「はっはっはっ。その歳でもう敬語を使いこなすオツムがあるみたいだからもしやと思ったが、やはり気づいたか。
賢い子に育ってくれてお兄ちゃんはうれしいぞ」
「だから、昨日会ったばっかりじゃないですか!」
などとジュンイチが7歳児相手に見事なボケツッコミを繰り広げていると、
「ねぇねぇ!」
そんな二人の元に、スバルが駆けてきた。
「決まったのか?」
「うん!」
尋ねるジュンイチに、スバルは満面の笑みで答える。
自分に対する恐れよりも食欲の方が勝っているようだ。先ほどのジョークで挙げた“餌付け”がなんだか現実味を帯びているようで、なんとなく複雑な思いに駆られるジュンイチだったが、
「……ま、いっか」
スバルが笑顔になってくれたのならそれでもいいか――そう納得し、ジュンイチはスバルを伴ってカウンターに向かう。
「で? お前さんはどれが食べたい――」
そうスバルに尋ねかけ――ジュンイチは止まった。
ショーケースの中にあった、アイスの内の一種。
クイントに借りた文字翻訳デバイスがショーケースのネームカードの内容を教えてくれる。そのアイスの味は――
ココア味。
「オッサン、これくれ! 重ねられるだけ重ねて!」
気づけば、ジュンイチはカウンターに身を乗り出してそう叫んでいた。
脳裏に浮かんだ「それってチョコアイスなんじゃないのか?」という疑問を『ココア』の3文字で完全に覆い隠して。
「うんうん。実に美味♪
余は満足じゃー♪」
浮かぶ笑みは本当に満足そうだ――ココアアイスをタップリと堪能し、ジュンイチはギンガ、スバルと共に街の散策に戻っていた。
スバルとギンガはジュンイチの両側を歩いている――今のところ、スバルも現在進行形でアイスを食べ、ずいぶんとご満悦の様子だ。
できれば食べ終わってからもこのままでいてほしいんだけど――そんなことを考えながら、ジュンイチはギンガに尋ねた。
「で? スバルの方はこれでよし、として……ギンガ、お前はどうする?」
「あ、わたしは別に……」
ジュンイチの言葉に手をパタパタと振って答えるギンガだったが――
「……あのなぁ」
そんなギンガに、ジュンイチはため息をつき、告げた。
「遠慮なんかするな。
オレの場合、生活用品なら(“再構成”を使えば)自前で用意できる――この軍資金は、むしろお前らのためのものだと思っていい。
お前らのための金をお前らのために使って何が悪い? 気にする必要なんか最初からねぇよ」
「そ、そう……かな……?」
「そうそう。
スバルのお姉ちゃんとしてしっかりするのもいいけど、たまには“お姉ちゃん”もお休みしないと、身がもたないぜ」
「お姉ちゃんを……お休み……」
ジュンイチのその言葉を、ギンガはかみ締めるように繰り返す。
「オレも、妹がいるからなんとなくわかるんだよね。
ひっきりなしに甘えてくるあのバカを時にあやし、時にかわし、時に張り倒し――」
「………………はい?」
何だか最後に不穏な一言が加わった――ギンガが目を丸くするが、ジュンイチはかまわず続けた。
「まぁ、ウチが特殊だっつーのは、まぁ、その通りなんだろうが……兄弟姉妹なんてもんは程度の差はあってもさほど変わらないだろ。
どの家庭でだって、たいていは年上が年下のためにガマンするものだろうが――それもずっと続いてちゃ、お兄ちゃん、お姉ちゃんがたまらないだろ。
たまには、お姉ちゃんにだってワガママを通してやらないとな」
言って、肩をすくめるジュンイチに、ギンガはまるで迷うかのように(実際迷っているんだろう)視線を泳がせて――
「……意外な攻め口ではあるが、納得したいのが本音だな」
ギンガの“おねだり”を前に、ジュンイチは思わずうなずいた。
場所はゲームセンターの一角。対峙しているのは――ぬいぐるみの収められたUFOキャッチャー。ミッドチルダにもあったというのは正直驚きだ。
そして、ギンガが欲しいのは――
「あの……真ん中にちょっと埋まってるヤツでいいのか?」
「はい……」
うなずくギンガが熱い視線を注いでいるのは、地球で言えばカピバラのような外見の動物のぬいぐるみだった。
「取れる……?」
「心配するな」
興味を持ったのか、尋ねるスバルに、ジュンイチは先ほど両替してきた硬貨をポケットの中でジャラリと鳴らし、
「これでも、地元のゲーセンじゃ財力に物を言わせて――」
「筐体ひとつ、“ノーミスで”空にしてやった実力者だぜ」
財力とテクニック、二つまとめて自慢してくれた。
結論。
やっぱりノーミスだった。
「はい、ギンガ」
「ありがとう……ございます……」
ゲームセンターを後にし、ターゲットのぬいぐるみを差し出すジュンイチに、ギンガはうれしそうに相好を崩してそれを受け取る。
「で――スバルにはこっち」
「うん!」
そして、スバルにも別の、クマ(だと思う)のぬいぐるみを渡す。
UFOキャッチャーのセオリー、“邪魔になりそうな別のぬいぐるみは先に取り除く”――その過程でゲットしたものだが、うれしそうなのでよしとしておく。
「残りは3つ……クイントさん、ゲンヤのおっさん、オレで分ければいいか」
左手で残りのぬいぐるみの入った袋を持ち上げ、中身を確認してジュンイチがつぶやくと――
「………………ん?」
突然、その右手が握られた。
「あ、あの……
はぐれたり、しないように……」
ギンガだ――そこでようやく、ジュンイチは街中の人通りが増えてきていることに気づいた。
自分にとっては許容範囲でも、まだ幼いこの二人には十分な脅威だ――気づけなかった至らなさに心の中で舌打ちしつつ、ジュンイチは二人を連れて通りの外れに避難する。
「どうしたのかな……?
いつもはこんなに人ごみができることなんてないのに……」
「うん…………」
いつもと違う街並みの様子に、ギンガとスバルが不安げにつぶやき――
「……何か、あったらしいな」
そう告げるジュンイチの視線は――鋭く、マジメなものとなっていた。
渋滞の原因――それは交通事故だった。
交差点で、乗用車と大型トレーラーが出逢い頭に衝突した――いかに技術が進歩しようと、操るのは結局人間だということか。
現場には救急車が駆けつけ、野次馬がごった返している。
そして――
「……事故内容の割には死人はなし。幸い、ってところかな……」
その中に、ジュンイチの姿があった。大事だとしたらマズイと判断し、状況を確認しにやってきたのだ。
もちろん、万一に備えてギンガとスバルには離れたところで待機してもらっている――すぐに戻り、二人に合流する。
「大丈夫だよ。
ただの交通事故。死んだ人もいないし、ケガ人も病院に運ばれた」
ジュンイチの言葉に、ギンガとスバルは安堵の息をもらし――
「………………ん?」
ジュンイチの鼻が何かの臭いをかぎとった。
「ジュンイチさん……?」
ギンガの問いにも答えず、ジュンイチはクンクンと鼻を鳴らし――
「――――――っ!」
その顔が青ざめた。
(燃料の臭い――!?)
水を触媒とした低公害車が全盛のミッドチルダでも、大型飛行機のような燃料を使用する乗り物は依然健在である。当然、それを運搬するのが仕事の人間も、運搬するための車両も存在する。
見れば、ケガ人の搬送を終えたことで、管理局の局員による実況検分が始まっていて――
「全員トレーラーから離れろ!」
叫びながら、ジュンイチはギンガとスバルを抱きかかえてその場に伏せて――衝撃が放たれた。トレーラーに詰まれたドラム缶から漏れ出していた燃料に引火、大爆発が巻き起こる!
「ぐぅ………………っ!」
とっさに力場を展開して踏みとどまる――幸い自分の警告が間に合ったか、実況検分のために近寄っていた管理局員達も防壁で爆発をしのいでいて――
「げ………………っ!」
事故車――乗用車の方が爆発で吹き飛ばされた。しかも、よりにもよって自分達の方へと飛ばされてくる!
「マヂかよ、おいっ!」
舌打ちしながらもジュンイチは迎撃に動――こうとしたが、
「………………っ!」
不意にその身体が引き留められた。
見れば、スバルが恐怖のあまり自分にしがみついている。これでは思うように動けない。
そうしている間にも、宙を舞う乗用車は自分達に迫っていて――
(――しゃーないっ!)
考えている時間はない。決意を固め、ジュンイチは拳を握りしめ――
「大丈夫かい?」
「かなり痛いけど無事」
尋ねるクイントに、ジュンイチは前腕の中ほどを石膏で固められた右手を軽く挙げて答える。
あの後、スバルにしがみつかれて反応の遅れたジュンイチは“力”を右腕のみに集中させ――スバルを左手でしっかりと抱きかかえ、身体強化の限りを尽くした右腕で飛来する車を振り向きざまに殴り飛ばしたのだ。
さすがに打ち返すには至らず、勢いの殺された車はその場に落下。爆発したトレーラー側にしても、ジュンイチの警告によってケガ人はなかったのだが――唯一、乗用車を殴り飛ばしたジュンイチの右腕だけは無事というワケにはいかなかった。
結果――
「無事なワケないでしょ。
医官の人から、全治一ヶ月って聞いたわよ」
「言ってたね」
あっさりとジュンイチは答える。
「けど、そいつぁ普通の人を基準にした場合でしょ?
幸い単純骨折っスからね――オレの回復力なら、一週間もあれば治ると思うよ」
「単純計算で常人の4倍? どういう回復力してるのよ……」
あっさりと告げるジュンイチの言葉に、クイントは思わずため息をつく。
ちなみに二人がいるのはクイントの勤める首都防衛隊の医務室だ――何しろトレーラーが1台丸ごと吹き飛んだのだ。大事になったことで出動してきたクイント達に出くわし、ケガに気づかれ連行され――現在に至る。
「で、そんなワケでぜんぜん大丈夫なんだから……」
つぶやき、ジュンイチはため息をつき――
「……離れてくんないかな? スバル?」
そう。先ほどからジュンイチの裾をつかんだまま、スバルはジュンイチのそばから離れようとしない。今にも泣きそうな顔で、無言でしがみついている。
「おいおい。
今朝までオレに対して怯えてたのは一体なんだったんだ……?」
「仕方ないわよ。
よっぽど怖かったのよ――目の前で、あんな派手な爆発があったんだから」
「まぁ、それはわかるんスけどね……」
クイントの言葉にうなずき、ジュンイチはスバルの頭をなでてやる。
安心させる意味も含め、折れてギプスで固められた右腕で、だ――筋肉まで固められたワケではないため、当然痛みは走るがかまいはしない。
どうせ痛いだけだ――特に“自分の場合”は。
「そんなに凹むなよ。
オレのケガならこの通り、ぜんぜん平気なんだからさ」
「……でも……」
答えるスバルの目は、ジュンイチの腕のギプスに向いている。ケガのことを心配してくれているのは明白で――
(……オレが傷ついたことが悲しいってか、コイツわ……)
そんな彼女の想いを汲み取り、心配してくれることに感謝の意を感じ――それでも、ジュンイチは複雑な想いに駆られずにはいられなかった。
というのも――
(……さっき、ギンガを『いい子ちゃん』と評したが――前言撤回だ。
この二人、そろってムダに『いい子』すぎる!)
誰かを気遣い、優しく接してあげられること、それ自体を悪いとは言わない。
だが――ジュンイチの私見としては、スバルやギンガが“そう”なるべきはまだ先の話でいいのだ。
二人ともまだまだ幼い――親の愛情を一身に受け、甘えているべき年頃だ。もっとワガママを言ってもいい年頃なのだ。
なので――
(とりあえず……年相応の女の子になっていただくとしますか)
切り札を投入することにする。
「阿呆」
淡々と告げ、ジュンイチはスバルの頭に軽くゲンコツを落とした。もちろん右手で。
「いたっ!?」
思わず声を上げるスバルの頭をつかみ、ジュンイチは静かに告げる。
「そこまでにしとけ。
オレの自爆、お前は悪くない。そういうことでいいの。
っつーことで、これ以上ガタガタぬかすと――」
「冷蔵庫のお前のアイスにしこたまカラシぶち込むぞ!」
「ふえぇぇぇぇぇっ!?」
「それがイヤならもう言わないっ! 話は終わりっ!」
言って、思わず声を上げるスバルの頭をなでてやり、
「そういうワケだ。
ちなみに、この“オシオキ”はお前にもやるからな――ギンガ」
「えぇっ!?」
告げられた言葉に、医務室の外――廊下から声が上がる。
「ど、どうしてわたしがここにいるって……?」
「妹のために、人を真っ先にアイス屋に連行するような妹大好きっ子が、あんなことがあった後に妹のそばを離れるもんかよ」
おどおどとのぞき込むギンガにジュンイチはあっさりと答える。
ギンガもスバルも、素直な分とにかく行動が読みやすい――それに、うまく隠れていたつもりだろうが、完全に人間をやめているジュンイチの気配探知から素人が逃れるのは不可能に近い。
引き続きスバルの頭をなで続け、ジュンイチは彼女とギンガを順に見下ろして告げた。
「いいか、お前ら。
お前らは、オレの心配なんかしなくていいんだ。
オレだって、それなりに自慢できるくらいには強いんだ――お前らが考えつくような危険じゃ、オレはビクともしないんだからさ」
「…………本当?」
「ホントホント」
不安げに顔を上げるスバルに、ジュンイチは笑顔で答え――ニヤリと笑い、付け加えた。
「なんたって……オレ、ゲンヤのオッサンの部隊とだってケンカして勝ったんだぜ。しかもひとりで」
「ふえぇっ!?」
「ひとりでですか!?」
ジュンイチの言葉に、スバルとギンガはますます驚いて目を白黒させて――そんな彼らの様子を、クイントは微笑ましく見守っていたが――静かに息をつき、動いた。
最低限のけじめとして――スバル達を守るためとはいえ、自らの身を省みなかった愚行を叱るために。
「そうか……
なんとか仲良くなれたか」
〈あぁ。
今は、お前の妻にケガについて説教されているがな〉
オフィスで息をつき、つぶやくゲンヤに、その男は通信ウィンドウの向こうでそう答えた。
その表情はあまり動いていないが――“妻の上司”としてそれなりの付き合いのあるゲンヤは、彼が彼なりの笑みを浮かべていることを見抜いていた。
だから――尋ねる。
「…………なぁ、ゼスト。
お前さんは、ジュンイチをどう見る?」
〈よい騎士になれる素質を持っているな。
多少立ち振る舞いに問題はあるが――その裏にしっかりとした信念を隠している。
是非とも、一度手合わせしてみたいものだ〉
「アイツとやんなら気をつけろよ、ゼスト。
お前さんも見たとおり、アイツは“表”に出す部分の性格にかなり問題がある――“正々堂々”なんて概念は、最初っから期待しない方がいいぜ」
〈だろうな〉
苦笑するゲンヤに答え――ゼストは静かに告げた。
〈彼の保護観察をしているのだろう?
ならば――〉
〈守ってやれ。ヤツの心を〉
「何だ、お前さんも気づいたか」
聞き返すゲンヤに、ゼストは無言でうなずく。
〈表層の態度に反し、ヤツの信念はひたすらにまっすぐで、強い。
しかし……その裏にオレは何かの後悔のようなものを感じた。
一度折れ、立ち直った上で持つ信念は確かに強い。だが――だからこそ、再び折れた時の反動もまた大きい〉
「わかってるさ」
ゼストに答え、ゲンヤは告げた。
「アイツは強くて……同時に弱い。それはオレも感じていた。
だからこそ、周りのヤツがアイツの心を守ってやらなくちゃならねぇ」
そう告げるゲンヤの声に迷いはなかった。
「この世界に、アイツはたった独りで放り出されちまった。
今まで支えてくれていただろう、アイツの周りのヤツらと離れて……
だったら、知り合っちまったオレ達が……アイツのこっちでの家族になってやらねぇとな」
〈……お前達らしい。
だが……ヤツも一筋縄でいく相手ではあるまい〉
「心配いらねぇよ」
そのゼストの言葉に、ゲンヤは答えた。
「なんたって、アイツは――」
「クイントが“家族”と認めた男だからな」
クイント | 「まったく、車一台素手で殴り飛ばして、腕折っただけってどういう身体してるのよ。 普通なら、全身グシャグシャになってるところよ」 |
ジュンイチ | 「オレだってまともにくらえばそーなるっての。 “力”で身体強化したからだよ、この程度で済んだのは」 |
クイント | 「じゃあ、飛んできたのがトレーラーの方だったら?」 |
ジュンイチ | 「……………… ……ぅわぁぁぁぁぁっ! やめろ! 恐ろしいことを想像させるなぁっ!」 |
クイント | 「…………ムリだったワケね……」 |
ジュンイチ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Galaxy Moon〜異聞、 第3話『“黒き暴君”、鮮烈デビュー!』に――」 |
クイント&ジュンイチ | 『ブレイク、アァップ!』 |
(初版:2007/11/10)
(第2版:2008/01/19)(予告を加筆)