まずは薄切りの豚肉をまな板の上に広げて全体に塩コショウ――ここで多めに振り、塩コショウの味をハッキリ強調するのが自分の好みだが、お子様二人のために自重。「後から各自で補えばいい」と控えておく。
それをクルクルと巻いたら小麦粉をまぶし、溶き卵の中へ。卵をタップリとつけたらパン粉をまぶす――ここでパン粉をしっかりとまぶしておかないと揚げている途中でパン粉がはがれてしまう。むしろ体重をかけるぐらいのノリでグッと押さえつけるといい。
いよいよ投入。フライパンにひたし、熱した油に放り込む――巻いてあるためそれなりの太さがあるが、本質的には薄切りだ。サッと揚げるために油は高温にしておき、短時間で済ませる。
衣が狐色になり、水面(油面?)に浮かんできたらOK。油切りのためフライパンに半ば重なるように用意した網の上に移し、油を十分に落とした上で古新聞(キッチンペーパーなんてもったいないマネはしない)を敷き詰めたタッパへ。舌を火傷しない程度まで冷ましている間に手際よく生野菜サラダを用意。片手間に作っておいた味噌汁の味を確かめて――
「おーい、晩メシだぞー」
一番の得意料理“巻きカツ”をメインディッシュとした夕飯が完成。ジュンイチが家人を呼び集めた。
第3話
「“黒き暴君”、鮮烈デビュー!」
「よし、と……」
夕飯の後も仕事はある。すっかり仲良くなったスバルの「遊んで」攻撃を適当にあしらいギンガ共々風呂場に投下。手際よく翌朝の朝食の仕込みを済ませ、その際使った調理器具と一緒に食器を洗う。
後洗ってないのはゲンヤのオッサン達のコップとつまみの器か――リビングで食後のビールを楽しんでいる夫婦のことを思い出し、そんなことを考えるその姿はとても人外レベルとまで言われる戦闘力の持ち主には――いや、それどころか16歳の高校生にすら見えない。
どこからどう見ても主夫の姿――それもエプロンと三角巾を完璧に着こなした“パーフェクト主夫モード”だ。
そこから感じられるのは完璧とも言える家庭的な空気、究極とも言える家庭の安心感――キン肉星の王子とその親友を苦しめた完璧なお二人が裸足で逃げ出しそうな完璧さがそこにはあった。
無論、そんなことを声に出して言えば全力全開の“ギガフレア三連”が、これまた標的以外を一切焼かない完璧さと共に飛んでくるのだが。
(…………この1ヶ月で、すっかり家事担当がオレにシフトしたよなぁ……)
一通りの役目を負え、屋根の上で夜空を見上げ――ジュンイチが思うのはこの世界に来てからのこと。
自分がミッドチルダにランダム転送されたあの日からすでに1ヶ月――自分の生まれた世界を探す調査は範囲のしぼり込みを経ていよいよ特定の段階に移っている――が、そこで問題が発生した。
どうも自分の故郷は次元座標の概念で見た場合、類似した世界が比較的密集しているエリアにあるらしく(つまり、俗に言う“並行世界”というヤツが多いらしい)、現時点では“その中のどれか”というところまでしかわからないらしい。
対応策といえば、もう当該エリアの次元世界をしらみつぶしに当たるしかなく――結果、この段階に移ってからは遅々として調査は進んでいないという。
まぁ、どの道自分のやらかした“部隊壊滅未遂”についての保護観察が終わるまでは帰れない。さほど焦ってはいないのだが――懸念はある。
元の世界での戦い――瘴魔との戦いも気になるし――
(……帰る算段がついて、オレがここを出て行った後……)
(オレに押しつけてる家事全般、誰がやるんだろ……)
割と、所帯じみた懸念だった。
「………………?」
それは、本当に単なる偶然だった。
掃除機をかけていたジュンイチが視界に捉えたのは、テーブルの上に置かれた包み――
「クイントさん……弁当忘れてんじゃん」
それは今朝、自分が出勤する二人のために作った弁当の片割れ。包みに使ったナプキンの模様から誰宛てのものかを察し、ジュンイチはため息をつく。
時計を見て時間を確認。自分の移動速度と照らし合わせ――
「…………昼休みには十分間に合うな」
つぶやくと、ジュンイチはリビングをのぞき込み、スバルと仲良くテレビを見ていたギンガに声をかけた。
「ギンガ。
ちょっとクイントさんトコに行ってくるから、留守番頼めるか?」
「あ、はい……」
ギンガがうなずくと、ジュンイチは「頼むな」と念を押し、パタパタとリビングを出て行った。
と――
〈臨時ニュースです〉
ジュンイチが玄関の扉を閉める音と同時、テレビの画面が切り替わった。
「…………ん?」
庁舎内に入り――ジュンイチは建物全体に満ちたピリピリした空気に気づいた。
(………………何かあったな)
確信し――受付で尋ねる。
「首都防衛隊、クイント・ナカジマの身内だけど……何かあった?」
「あ、はい。
実は……ちょっと問題があって、彼女の隊は出動していて……」
「ふーん……」
答える受付嬢の言葉に、ジュンイチはしばし考え――
「それって、さ――アレのこと?」
尋ねて、ジュンイチが指さした先では――
テレビが、高層ビルを襲った立てこもり事件を報じていた。
「テロリストからの要求は身代金と逃走手段――引き換えに人質の解放を言ってきてます。
典型的な金目的の犯行ですね」
「ふむ…………」
告げるクイントの言葉に、ゼストはビルへと視線を戻した。
「メガーヌ達は裏手に回ったか?」
「もうそろそろ、配置につく頃だと思いますけど……」
尋ねるゼストにクイントが答えると、
「けど、ただ金が欲しいだけにしちゃ、ずいぶんと大掛かりっスよねぇ……」
「そうよねぇ……」
つぶやくジュンイチに、クイントは答えて考え込む。
「普通に考えれば、銀行を襲えば事足りるだろうし……」
間。
「……って、何でいるのかしら?」
「忘れ物をお届けに♪」
尋ねるクイントに、ジュンイチはあっさりとそう答える――が、微笑ましさを感じる会話の内容と今の二人の様子はあまりにも不釣合いだった。
何しろ――立て続けに放たれたクイントの両拳をジュンイチが左右それぞれの手で受け止め、リボルバーナックルの魔力加速リング“ナックルスピナー”がギュンギュンと音を立てて回転する中ガッチリと組み合っているのだから。
ちなみに、クイントの弁当は二人が動いた瞬間、手近なところにいた他の隊員に素早く手渡されている。
戦闘態勢の解除はどちらが先だったのか――周囲がオロオロする中同時にかまえを解き、ジュンイチとクイントはビルへと視線を戻した。
「ジュンイチくんはどう見る?」
「その前に教えて。
ここ、何のビル?」
「最近急成長してきた、よその次元世界の商社のクラナガン支社だ」
答えるのはゼストだ。
「あんたは?」
「クイントから聞いているだろう。
この隊の隊長を務める、ゼスト・グランガイツだ」
「あぁ、あんたが。
オレは……」
「知っている。
ゲンヤのところの部隊を蹴散らした小僧だろう?」
名乗りかけたジュンイチだったが、ゼストはあっさりとそれをさえぎった。
「ありゃ、知ってたか。
クイントさん情報?」
「有名な話だ。
たったひとりで部隊ひとつを死者ひとり出さずに――すなわち手加減して叩き伏せたのだからな」
「別に大したことじゃないだろ」
『十分に“大したこと”だよ』――周囲の視線がそう告げるのも気にせず、ジュンイチはビルへと視線を戻し、
「で、話戻すけど……商社なんだよね?
だったら……債券のしこたま詰まった金庫のひとつや二つ、あるんじゃないの?
裏ルートに流せばけっこうな稼ぎになるだろうね」
「それが本当の狙いか……
身代金要求は、それらのターゲットを手に入れるための時間稼ぎと見るべきだな……」
「あわよくば、債券と身代金、両方もらえれば、って算段なんだろうね、きっと」
ジュンイチが答える傍らで、ゼストはしばし思考をめぐらせ――
「………………ねぇ」
そんなゼストに、ジュンイチは唐突に声をかけた。
「オレの生まれた世界じゃさ――犯人逮捕に協力したら、状況にもよるけど金一封とかくれたりするんだわ。
こっちじゃ、そんな制度とかないの?」
「……ないワケじゃない。
逃走する手配犯への懸賞金制度や、協力者への謝礼などがそれにあたる」
「よし」
あっさりとうなずき――ジュンイチは告げた。
「1時間。
犯人と交渉するなり突入準備するなり――こっちでゴチャゴチャ動いてて」
「何…………?」
「注意をひきつけといて、って言ってるの」
眉をひそめるゼストに答え、ジュンイチは近くの隊員から地図を借りた。しばし視線を走らせ、状況についていくつか確認を取り――ゼストに告げた。
「いつまでも、クイントさんに工面してもらってるワケにもいかないからさ……」
「ちと、小遣い稼ぎに行ってくる」
それから数分――
「…………ふーん……」
つぶやき、ジュンイチが見回すのはビルの地下駐車場――防火のものも含めシャッターをすべて下ろしてあり、それで安心したのだろう、テロリスト達も見張りを置いておらず、そこには人っ子ひとりいない。
が――そこはジュンイチ。いともあっさりシャッターを突破。侵入に成功していた。
具体的に言おう。“再構成”で分解だけした、と。
クイント達の話では、内部は犯人達の持ち込んだジャミングシステムによって転送魔法の使用が制限されているらしい。まぁ、そんなものがなかったらとっくに突入して制圧しているだろうから納得するとして――しかし、どうやらそのジャミングも、魔力ではなく精霊力を使うジュンイチが相手ではまったく意味を成していないようだ。
ということは、精霊術の転移なら一気に突入できたことになる――つくづく“自分自身の転移”が壊滅的に苦手なことが惜しまれたが、今回は自分の得意な屋内制圧戦なので気にしないでおく。
それはともかく――ブレイカーブレスを操作してウィンドウを展開。画面にダウンロードさせてもらったこのビルの図面を表示する。
「えっと……人質が捕まってんのは――」
最上階の展望レストランだった。
つまりここから一番上まで上がれということか――最下層から侵入した自分を呪いたくなったが、今さらそんなことを言っても始まらない。手早く対処し、手っ取り早く最上階に向かうため、必要なものを探す。
そして――
「………………見っけ♪」
目的のものを見つけ、ニンマリとほくそえんだ。
ビル内に防犯のために設けられた監視室――そこもまた、テロリスト達によって占拠されていた。
そして、管理局の突入に備えて監視役が監視モニターを注視していたのだが――
「………………?」
突然、その映像が途切れた。
「おい、いきなりモニターが映らなくなったぞ。
誰か確認に向かってくれ」
《了解》
すぐに念話で返事が返ってきた――そしてすぐ、報告が入る。
《…………地下の配電盤がショートしてる。
お前のいる階のコンセントへの通電が一通りやられてるな……電灯への配電は無事だがな》
「くそっ、こんな時に……」
うめき――監視役はすぐにリーダーへと連絡した。
「リーダー、トラブルです。
配電システムがイカレて、監視モニターがダウンしました。警戒を強めてください」
《チッ……まぁいい。
総員、警戒を強化。管理局の突入に備えろ!》
《了解!》
一方、ビルの最上階の展望レストラン。
この最上階には展望レストランしかない。従って展望台を兼ねたホールと厨房、エレベータホールと資材搬入口、これだけしかない。
そんな中――
「………………?」
最初に気づいたのは、エレベータ前の見張りだった。
資材エレベータが動いている――すぐに仲間を呼び集める。
エレベータは止まる気配はない。まっすぐ最上階目指して突き進んでくる。
「侵入者か……?」
「配電盤のこともあるしな。
どうやって、って疑問はあるが……警戒すべきだな」
「となると……コイツぁ囮か?」
「当たり前だ。バカ正直にエレベータで来るヤツがあるか」
「周囲を固めろ! 敵が来るぞ!」
口々に言い、テロリスト達は四方に散り、警戒を強める。
そんな中、チーンッ、という音と共に、最上階へと到達したエレベータが停止。扉が開き――
「残念でした♪」
その言葉と同時――エレベータ前の見張り達はほぼ同時に首筋に衝撃を受け、崩れ落ちた。
そして――その衝撃の主はさらに奥へと進撃。レストラン入り口の見張りも瞬く間に打ち倒し、
「――――――っ!」
素早く手にした苦無を投げつけた。レストランのホール内で人質の周囲を固めていた男達が、四肢に刃を突き立てられて崩れ落ちる。
男達の手からこぼれ落ちた長杖が床を転がり――
「やっぱ魔導師崩れがいたか……魔法全盛のミッドチルダじゃ当然だね」
足元に転がってきたそれをつま先で軽く蹴り上げ、突入してきたジュンイチは杖を手にしてつぶやき――
「けど――撃たれる前にツブせば問題なしだ」
そのまま真横に投げつけた。自分に狙いをつけていた魔導師のテロリストの防壁を難なく貫き、その肩に突き刺さる。
激痛から悲鳴を上げて倒れ込む魔導師には目もくれず、ジュンイチは反対側の敵に素早く苦無。四肢を貫き動きを止める。
残るはひとり――ジュンイチはため息まじりに残ったこの場のリーダー格に告げる。
「それに戦術を見る目も甘い。
『馬鹿正直にエレベータで来るはずがない。囮に決まってる』――か。バカだろお前ら。
“だからこそ”真っ向から突撃するんだろうが。
配電盤のショートに見せかけて監視室をツブす知恵のある相手だぞ。そのくらい読めよ、頭悪いなぁ」
あくまで余裕の表情で告げるジュンイチだったが――
「――動くな!」
そんなジュンイチに対し、リーダー格の男は近くにいた人質の女性を捕まえ、その顔面に自らのデバイスを突きつけた。
「なめやがって……!
この女がどうなってもいいってのか!?」
人質さえ取ってしまえばどうということはない――そう勝ち誇るが、
「煮るなり焼くなり好きにしろ」
「…………は?」
あっさりと答えたジュンイチの言葉に男は目を丸くして――次の瞬間、ジュンイチの投げつけた“紅夜叉丸”がその顔面を直撃していた。
たまらず男は女性の背後から吹っ飛ばされて――
「はい、チェックメイト♪」
その四肢に、ジュンイチの投げつけた苦無が突き刺さった。
「ハッタリかまされたくらいで動き止めんなよな、アホらしい」
あっさりと告げて、ジュンイチは床に転がった“紅夜叉丸”を拾い上げ、
「それに、人質とって偉ぶるんなら――」
そして、告げる。
「手とか頭とか隠せよ。そこ狙えば済む話じゃねぇか」
いろいろとごもっともなご意見だった。
「さて、こんなもんかね」
人質を捕らえていたテロリスト達を“再構成”で作り出した縄で念入りにしばり上げ、ジュンイチは満足げにうなずいた。
先ほどの強襲で苦無をお見舞いした連中は元より、打撃で黙らせた面々も苦無で四肢をプスプスと刺し貫き、傷口を思い切り締めつけるようにしばってやった。目覚めたところで激痛で動けまい。
「さて、次はどういぢめてやるか……」
目的が“小遣い稼ぎ”から“いぢめ”にシフトしているが――気にしない。ジュンイチが次の手を思案していると、
「あ、あの……」
そんな彼に、人質のひとりの男性が声をかけてきた。
「た、助けに来てくれたんだろ?
管理局の人か?」
「んにゃ」
あっさり否定してくれる――人質を安心させるつもりなどカケラもないようだ。
「連中が出てくる前に片づけるさ、この程度の籠城なんか――」
言いかけ――ジュンイチは気づいた。
男の向こうに見える厨房、その中に置かれていたものに。
そして――
「…………Yeah-ha……」
邪悪な笑みがその口元に浮かんだ。
「…………あら?」
その頃、外で待機しているゼスト達――クイントはふと、マナーモードで懐に入れていたプライベート端末が震えているのに気づいた。
取り出し、発信者を確認――すぐに応答する。
「ジュンイチくん!?」
〈うぃーっス♪〉
軽いノリで返事が返ってきた。
〈ちょっと、ゼストのオッサンに代わってもらえる?〉
「あ、うん……」
ジュンイチの言葉にうなずき、クイントはゼストに端末を渡す。
「ゼストだ」
〈あ、オッサン?〉
「何か問題でもあったか?」
〈問題も問題、大問題。
なんと、相手に魔導師がいたりしちゃったりしたワケだよ。わー、ビックリ〉
「……まったく困っているように聞こえないんだが」
〈実際困ってねぇし〉
あっさりと答え――ジュンイチは不意にマジメな声色で告げた。
〈で、だ……相手に魔導師がいる以上、一発でも攻撃を許せば派手なバトルになる。
だから、ヘタやって爆発とかやらかした時、下の野次馬とかマスコミとかを守ってやってほしいんだよ〉
「心配するな。
それが仕事だ」
〈了解。でもってサンキュ〉
ゼストの言葉に、ジュンイチは素直に礼を言い――
〈追伸〉
「ん?」
最後にひとつ、付け加えた。
〈前言撤回だ。
もぉ金一封はいいから――〉
〈壊すモノの弁償と犯人の治療の手配はヨロシク〉
「よし、これで言質は取った」
現在地は未だ商社ビル最上階――通信を終え、ジュンイチは独り満足げにうなずいた。
と――
「おい、キミ!」
そんなジュンイチに、人質になっていた男のひとりが“階下から”声をかけてきた。
現在展望レストランに残っているのはジュンイチただひとり――人質達は皆、ジュンイチが床の一部を“再構成”して作った階段で下の階へと避難している。
「本当に大丈夫なのかい?」
「いーから、すぐにもう1階くらい下の階に逃げろよ」
尋ねる男に、ジュンイチはあっさりとそう答えた。周囲にウィンドウを展開し、そこに映し出された映像を確認する。
防犯カメラの映像だ――電源すべてをツブさず、監視室のモニターだけをツブしたのは、自分がカメラを利用するためだったようだ。
「一番近い見張りでも、まだ5階下――今すぐ動けば、鉢合わせしないで下の階に行けるさ。
後はその辺で適当に隠れていればいいさ」
「けど、ヤツらが探しに来たら……」
「あー、そりゃないから」
男の言葉に、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「潜入戦の鉄則。目立つ動きはしない――いきなりの単独強襲はもちろん、人質全員を大移動させるような大がかりなマネは、普通ならご法度さ。
だからこそ、ヤツらはここに人質を残して、守りを固めさせていると考える――こっちは脱出路を確保してるワケじゃないからなおさらね。
つまり――異常に気づいて動くとすれば、まずは状況を確認しにここに来る」
暗に『この場で片づけるから心配ない』と告げている――ジュンイチの言葉にうなずき、男は他の人質達と共に階段に向かう。
「……ま、敵さんも各個撃破を恐れて一旦集結するだろうから、そう急ぐこともないんだろうけどね」
肩をすくめてそうつぶやくと、ジュンイチは顔を上げ――
「…………ホント、教科書通りでヤんなるね。
もっと面白みのある攻め方はできないものかね」
予想通りテロリスト達が集結を始めた様子を映し出すウィンドウの映像を見て、ジュンイチは心の底から詰まらなさそうにそうつぶやいた。
「クソッ、どうなっている……!?」
防犯カメラの映像が途切れたと思ったら、今度は最上階で人質を見張らせていたグループとの連絡が途絶――もはや侵入者の存在は確実だ。部下を集め、最上階へと向かうエレベータの中、リーダーは舌打ちまじりにうめいた。
管理局が突入ではなく潜入という手で来る可能性は想定していた――だが、想定していたからこそ、対策として人質の監視に人数を裂いたのだ。それがこうもあっさりと破られるとは、完全に想定の外にあった。
だが――今は悔やむよりも対応が先だ。数階手前で何人かの仲間と共にエレベータを降り、エレベータはそのまま待機させて最上階へと先行する。
潜入してきたとすれば、目立つのを避けるために少人数での潜入のはずだ。敵がまだ最上階にいるようなら、エレベータと階段から一気に攻め、数に任せて制圧する――それがリーダーの立てた対応策だった。
リーダーを含め、階段チームが配置につく。後はエレベータのグループの到着と同時に突入するだけだ。
無論、敵の迎撃を考えてエレベータ組の人員は少なめにしてある。
と――
《おい、あれ!》
念話で声が上がる――視線を向けると、ジュンイチが平然とエレベータホールへと向かっていくのが見える。
《やっちまうか?》
《いや……敵がヤツだけとは限らない。
しばらく様子を見よう》
仲間に答え、リーダーが見つめる先で、ジュンイチはエレベータの階数表示をじっと見つめ――ニヤリ、と笑みを浮かべ、
「ていっ」
かけ声と共に扉に手をかけ――力ずくでこじ開ける!
そして、エレベータをこちらに向けて吊り上げているワイヤーを前に爆天剣をかまえ――
「はい、サヨナラ♪」
斬った。
すべてのワイヤーを一瞬で、一太刀で。
当然、自らの支えを失ったエレベータは中の人間と共に地上に向けて一直線――
「おたっしゃで〜♪」
言って、ジュンイチが手を振る眼下で――エレベータは轟音と共に大地と激突した。
しかし――
「……魔導師さん、ぐっじょぶ♪」
エレベータの中にあった“力”の気配は数を減らしていない――“こちらの思惑通り”、中にいた魔導師がとっさに防御を行ったらしい。
いくら傭兵といっても、人殺しが好きなワケではない。犯人を死なせてしまったら後味が悪いし、何よりクイントに怒られる――うまく事が運んだことに安堵し、ジュンイチがうなずき――階段の方の気配が動いた。
テロリストのリーダー達だ。ジュンイチの突然の行動に一時は茫然自失となった彼らだったが――エレベータの仲間達がやられたことに思い至り、怒りに任せて飛び出してきたのだ。
対し、ジュンイチはクルリと背を向けてレストランの中へ。広い店内で迎え撃つつもりなのだろうか。
そんな彼を追って、テロリスト達も店内になだれ込み――
「小麦粉アターック!」
先頭のひとりが殴り倒された。
ジュンイチの振り回した、一抱えほどもある小麦粉の袋によって。
すかさずもうひとりにも一撃。さらにまたひとり――と、そこで袋が破れた。ぶちまけられる小麦粉が視界を満たす中――
「薄力粉クラァッシュ!」
用意してあった予備の袋で攻撃再開。同様に袋が破れるまで殴って回ると、ジュンイチはテロリスト達から距離をとり、
「消火器ボンバー!」
今度は消火器を投げつけ――苦無を飛ばして宙を舞う消火器に突き立てた。内部に蓄圧されていた噴射ガスが中身と共に噴出し、メチャクチャに軌道の乱れたそれがさらにひとり打ち倒す。
もう最上階は小麦粉や消火器の中身がもうもうと立ち込めて完全に視界が奪われていて――
「じゃ、バイビー♪」
そんな中、ジュンイチはまんまと逃げおおせた。先ほど人質を逃がすのに使った階段から下の階へと離脱。“再構成”でしっかりと出入り口をふさいでしまう。
一方、テロリスト達はジュンイチがそんな方法で脱出していることなど気づいていなくて――
「くそっ、どこに行きやがった!?」
「ぜんぜん見えねぇぞ!」
「転移魔法は妨害してるんだ! 絶対この中にいるはずだ!」
ジュンイチの姿を探し、右往左往するテロリスト達。そんな中、
「こうなったら、みんなまとめて吹っ飛ばしてやるぜ!」
ついに、テロリストのひとりがキレた。デバイスをかまえ、高熱の魔力スフィアを生み出し――
外で推移を見守っていたクイント達が最上階で巻き起こった大爆発を目撃したのは、その直後のことだった。
「粉塵爆発?」
「そ」
すべてが終わった後の対策本部――聞き返すクイントに、戻ってきたジュンイチは笑顔でうなずいた。
「密閉空間、またはそれに近い状態の空間で、空気中に高濃度でまき散らされた粉末類に引火、爆発的に燃え広がる現象――バックドラフトみたいな急速燃焼現象の一種、くらいに思ってくれればいいかな。
あの時、ビルの屋上はオレのまき散らした小麦粉とかが充満していた――そこに射撃魔法なんぞ着火すれば……ってワケ」
「けど、消化剤も混じってたんでしょ? よく燃えたわね」
「消化剤じゃないよ♪」
つぶやくクイントに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「“再構成”で、事前に中の消化剤だけ作り変えておいたのさ――固形燃料の粉末にね」
「……あー、そういうこと。
まったく、抜け目ないんだから……」
つぶやくクイントに笑みを返し――ジュンイチはこんがり焼けた状態で運ばれていくテロリスト達へと視線を向けた。
「さすがは魔法全盛のミッドチルダ。こーゆーゲリラ戦法に対する対処は苦手みたいだね♪」
「いや、キミが周到でえげつないだけだと思うけどね……」
ジュンイチの言葉にクイントが肩をすくめると、
「大したものだな」
そんな彼に、ゼストが声をかけてきた。
「あれ、オッサン。
いいの? こっちに引っ込んできて」
「後は後始末だけだ。もうオレが現場で指揮を取る必要もない」
尋ねるジュンイチに答え、ゼストは息をつき、
「それに……こいつらも案内してやらなければならなかったしな」
「『こいつら』?」
ジュンイチが聞き返し、ゼストがその場からどくと――
「ギンガ? それにスバルも?」
「あ、あの、その……えっと……」
思わず声を上げるクイントに、スバルを連れたギンガはしばし言葉に窮し、
「ニュースで、ここのことやってて……たぶん、お母さん達が来てるんじゃないか、って……
それに……ジュンイチさんも、おかーさんのところに行く、って言ってたから……」
「心配して、来ちまった、ってことか?」
尋ねるジュンイチにギンガがうなずく――そんな彼女に笑みを浮かべ、ジュンイチはクイントへと視線を向け、
「いやー、愛されてますなー、クイントおかーさんは♪」
「バカ」
茶化すジュンイチの頭を軽く小突き、クイントは告げる。
「この子達の不安そうな顔がどっち向いてるか、見てみなさいよ」
「え………………?」
クイントの言葉に視線を戻すと、ギンガとスバルが不安げに見上げているのは――
「…………もしかして、心配だったのって、オレ?」
意外そうにつぶやくジュンイチに、ギンガとスバルは同時にコクコクとうなずく。
「愛されてるわねー、ジュンイチお兄ちゃんは♪」
「う、うるせぇバーローっ!」
さっきのお返しとばかりに茶化すクイントに言い返し、ジュンイチはスバル、ギンガに向き直り、
「お前らもお前ら!
『心配しなくても大丈夫だ』って前に言わなかったっけ!?」
「あ、あうあう……」
顔を真っ赤にして声を上げるジュンイチにギンガが気圧されていると、
「照れ隠しはそのくらいにしておけ」
「て、照れ隠しじゃないやいっ!」
突然のドタバタ劇に動じることなく告げるゼストに、ジュンイチはムキになって言い返す。
「やれやれ……
あれだけの戦いをした後の姿とは思えないな」
「るせぇ。あの程度の相手に後れを取ってたまるか」
「確かに、楽勝と言っても差し支えない戦いぶりではあった、か……」
ヘソを曲げてしまい、プイとそっぽを向くジュンイチの言葉に、ゼストは軽く息をつき、
「しかし……解せない部分もある。
貴様ほどの実力があれば、真っ向からぶつかっても十分に制圧できたはずだ」
「『できたはず』じゃねぇよ。『できた』んだ」
あっさりと答え――ジュンイチは告げた。
「まぁ……今回は、相手に合わせて戦ってやった、それだけだよ」
「相手に…………?」
「別に能力任せでぶつかったってよかったんだよ。オッサンの言う通り。
けど――敵はあんたら管理局との交戦に備えて対魔法戦、ひいては対能力者戦闘の用意を整えていたはずだ。そんなのとまともにぶつかってたら手間がかかってしょうがねぇ。
わさわざ、敵が対抗策を用意してるかもしれない分野で戦ってやるほど、オレはスポーツマンシップを持ってるワケじゃないんだよ」
スラスラと答えるジュンイチの言葉に、ゼストは思わずキョトンとして――かと思えば、急に豪快な笑い声を上げた。
「…………何だよ?」
「いや、すまんすまん。
まさか戦いの場に『スポーツマンシップ』という言葉を持ち込んでくるとは思っていなくてな」
「たとえとしては、適切だと思わないか?」
ゼストに答え、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる。
「相手の挑戦に応じ、正々堂々と戦う――オレだって、それは悪くないと思うさ。
けど、戦いの場でいつもいつもそれが通用するとは限らねぇ。時には汚い手段に手を染めなきゃならないことだってある。今回のオレの裏技なんてまだカワイイものさ。
“そういう時”に非情に徹することが出来るかどうか――できねぇっつーなら、そいつは“戦士”じゃねぇ。“スポーツマン”と変わらねぇよ」
「なるほど。
貴様はその定義で言うのなら“戦士”の側か」
「それもとびきりタチの悪い、ね♪」
ゼストに答え、ジュンイチは「う〜ん」と背伸びして、
「オレは別に“正義の味方”を気取るつもりはねぇからな。やるならトコトンやってやる。
“法の正義”なんぞ知ったこっちゃねぇ。オレがありたいと願う姿は――」
「暴力を暴力で叩きつぶす――“暴君”だよ」
物的損害: | 最上階フロア/全壊 エレベータ1基/全壊 配電システム1基/損傷 |
負傷者: | テロリスト側/全員 人質側/0 |
それが――後に“黒き暴君”の二つ名で呼ばれることになる男の、管理局デビュー戦の戦績である。
なお、その被害報告を聞いた当事者からのコメントは――
「少し手抜きが過ぎたか」
とのことであった。
クイント | 「まったく、ハデにやったもんよねぇ……」 |
ジュンイチ | 「そうっスか? 死人を出さずに終わらせてやったんだ。むしろ感謝しろってんだ」 |
クイント | 「物的損害がシャレになってないって言ってるの! どれだけの被害額が出たと思ってるの!?」 |
ジュンイチ | 「大丈夫だって、クイントさん。 一番泣くことになるのはオレでもクイントさん達でも管理局でもなく、保険会社だから♪」 |
クイント | 「どこが大丈夫!?」 |
ジュンイチ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Galaxy Moon〜異聞、 第4話『時空管理局・本局』に――」 |
クイント&ジュンイチ | 『ブレイク、アァップ!』 |
(初版:2007/11/17)
(第2版:2008/01/19)(予告を加筆)