〈メディカルチェックを?〉
「あぁ」
 聞き返すクイントに、ゲンヤは静かにうなずいた。
「ジュンイチのヤツ、ウチの医官からメディカルチェックを受けるように再三言われてるんだが……何だかんだと理由をつけて、のらりくらりとかわしているらしいんだ」
 二人が話しているのは、局員の健康管理のために定期的に行われている健康診断のことだ。
 もちろん、ジュンイチも管理局の保護下に入っている以上、受ける義務があるのだが――当のジュンイチが逃げ回っているらしいのだ。
 これが学校などであればまだ笑い話で済んだかもしれないが――時空管理局においてはそうもいかない。
 何しろさまざまな次元世界の人間が集まり、さまざまな次元世界に出向いていく職場なのだ。未知の病原体が持ち込まれる可能性もあるし、ある次元世界の人間にとって無害な細菌が別の次元世界の人間にとってはきわめて危険な細菌として作用したりもする。そういった事態を防ぐ意味でも、管理局におけるメディカルチェックは必須事項なのだ。
「ウチの医官も根気よく言い続けてきたらしいんだが――さっき、とうとう泣きついてきたワケだ」
 

「ふぅん……」
 ゲンヤの話を聞き、クイントは思わず考え込んだ。
 無茶な行動が目立ち、時には自分の身すら省みないジュンイチではあるが――あれで、自分の健康管理には人一倍気を使っている。その理由が「守るための力の低下を恐れて」でしかないというのは問題があるとは思うが。
 そんなジュンイチが「健康状態を把握する」一番手っ取り早い手段を放棄している――となれば、“それなりの理由”があると見ていいだろう。
 そう、たとえば――
(あの子の身体に……)

(人に知られたくない“何か”があるとしたら……?)

「一度……ちゃんと聞いてみた方がいいかしら……」
 ポツリ、とクイントがつぶやいた、その時――個人端末がコール音を立てた。
 発信者は――
「ジュンイチくん……?」
 何の用だろうか――とりあえず回線をつなぎ、応答する。
〈ハァイ、クイントさん♪〉
「どうしたの?」
〈その前に、テレビつけて、テレビ。
 どのチャンネルでも問題ないと思うけど〉
「………………?」
 ジュンイチの言葉に眉をひそめ、クイントはテレビのスイッチを入れ――
〈――現在、管理局の陸上警備隊が出動して現場を包囲、強盗犯との交渉が行われています……〉
「銀行強盗?」
 流れていたニュース速報を見て、クイントは思わず首をかしげた。
「この程度なら、首都防衛隊の私達が出るまでもないわよ。陸上警備隊で十分――」
 ジュンイチに答えかけ――クイントは止まった。
 脳裏によぎった“イヤな予感”に従い、尋ねる。
「まさか……また首を突っ込んでるんじゃないでしょうね?」
〈あー、何? その『もう首突っ込んでるんでしょ、ハイ確定♪』みたいな言い方。
 そんなにトラブル好きに見えるのかよ? オレは〉
「あのねぇ……」
 ジュンイチの言葉に、クイントは思わずため息をつき、彼に尋ねた。
「あのビル占拠事件以降、ウチの部隊が何回出動したか、当然知ってるわよね?」
〈えっと……9回だね。この短期間に9回もテロ。わー、ビックリ。
 しかも、金目当てはその内の3件だけで、残りは全部魔法至上主義社会に文句のある、非魔導師やヘッポコ魔導師の逆恨みだって言うじゃねぇか。
 いやー、嫌われてるもんだねー、魔導師って〉
「………………」
 ジュンイチの言葉にため息をつき、クイントは問いを重ねた。
「じゃあ……その内、キミが首を突っ込んだのは何回?」
〈全部♪〉
「笑顔で答えるところじゃないでしょ、そこはっ!」

 ジュンイチに言い返し、クイントはついに声を上げる。
「まったく……そうやって毎回毎回首を突っ込んでるキミが、その逆の行動を信じてもらおうって言う方がムリがあるんじゃない?」
〈いや、まぁ、そりゃそうだけど……オレだってそうそう毎回毎回自分から首突っ込むようなマネはしないよ〉
 クイントの言葉に息をつき、ジュンイチはそう答えて――彼女に告げた。
〈今回は――〉
 

〈完全に巻き込まれたクチだ〉
 

「………………」
 告げられた一言に、場に沈黙が落ちる――ジュンイチの言葉に、クイントは恐る恐る尋ねた。
「………………ジュンイチくん。
 今、どこで何してる?」
〈潜伏中in銀行の天井裏♪〉

 

 その瞬間、ゼスト隊の出動が決定した。
 強盗犯を――

 

 

 ジュンイチから守るために。

 

 


 

第4話
「時空管理局・本局」

 


 

 

 あのビル占拠事件から2ヶ月――すなわち、ジュンイチがミッドチルダに降り立ってから、すでに3ヶ月の月日が経っていた。
 その間もミッドチルダは相変わらず。首都では多くの事件が起き、クイントやゲンヤ達も忙しく駆け回――ることにはならなかった。
 理由は簡単。
 彼女達の出動よりも早く、事件を解決する者がいたからだ。

 実際、ジュンイチの対応は迅速で、且つ圧倒的であった。単独行動で身軽に動ける自らの立ち位置を最大限に活かし、クイント達の先手を打ち、過剰とも言える攻撃力で目標を迅速に鎮圧していく。
 周囲の部隊の中には、クイントらゼスト隊やゲンヤの陸上警備隊と行動を共にしながらも勝手気ままに行動するジュンイチのことを快く思わない者達も多々いたが――それも、黙らせるにはほんの数回事件を片付けるだけで十分に事足りた。
 どの部隊も、爆天剣と“再構成リメイク”による最小限の小道具のみで、しかもたったひとりで迅速に制圧を行うジュンイチの戦いぶりを記録した映像を前にしては舌を巻くしかなかった。ジュンイチとしては単に「パンピーを巻き込めない市街地戦闘で大火力なんぞ使えるか」という基本的なセオリーに則っただけなのだが――それが今回はプラスに働いた。鍛え上げ、磨き上げた力と技があれば、魔法がなくてもここまで戦えるという実例を見せ付けられることで、どの部隊も驚嘆し、己を見直すことにつながっていく。

 もちろん、その影響は直接行動を共にするゼスト隊やゲンヤの隊にもっとも顕著に現れた。
 身体がなまらないよう、ジュンイチが訓練の仮想敵を引き受けてくれるのだ――市街地戦闘のノウハウを知り尽くし、そのノウハウを逆手にとって襲い来るジュンイチは最凶の、しかし最高の訓練相手というワケだ。
 徹底的にこちらの弱点を突いてくるジュンイチの容赦のない攻撃に対抗すべく、対策を論じ合う姿はどちらの部隊でも頻繁に見られるようになった――その甲斐あって、短期間で驚くべき成長を遂げていく武装隊員達。
 彼にとってはただ事件を解決しているだけ、自分が訓練をしたくてやっているだけ――しかし、それだけでジュンイチは二つの部隊を見事に育て上げてみせた。
 保護観察中で、嘱託でもないのに首を突っ込んでくる身の程知らず――ジュンイチは、己の身に降りかかるそんな悪評を、その実績によって文字通り“吹き飛ばして”みせたのだ。

 

 そんな彼らの、慌しくも変わり映えのない日常に変化をもたらしたのは――

 

 

 

 地上部隊に伝わってきた、“あるウワサ”だった。

 

 

「とらんすふぉーまー?」
「あぁ」
 夕食後、皿洗いの手を止めて聞き返すジュンイチに対し、ゲンヤは答えてうなずいた。
「“Transformerトランスフォーマー”……“変態する者”か?」
「せめて“変身”って言ってやれよ。
 間違いじゃねぇが、それだとアブナイ意味に聞こえるぞ」
 ジュンイチの言葉にゲンヤが肩をこけさせると、今度はクイントがジュンイチに説明する。
「第97管理外世界にある惑星“セイバートロン星”を起源とする、変形能力を持ったロボット生命体の種族よ。
 向こうでいろいろあって、次元航行部隊うみの方と協力体制をしくことになった、って、地上部隊でもウワサになってるのよ。
 ジュンイチくん、そーゆーの好きだし、興味あるんじゃないか、って思って」
「まぁ、確かにロボットアニメは好きっスけどねぇ……」
 クイントの言葉にうなずき――ジュンイチは右手の人差し指をピッ、と立てて告げた。
「“憧れ”と“現実”は別物。いざ当事者になるとマヂでシャレになってないんスよ、ホント」
「なんだか、ものすごく実感の込められたコメントね……」
 さすがは巨大ロボ戦経験者といったところか――ハッキリと告げられたその言葉に、クイントは思わず苦笑して見せた。
 

 そんなやり取りから数日――
「……オレ、お手伝いさんなだけで、局員じゃねぇんだけど……
 なんで本局にパシらされてるんだろうか……」
 時空管理局・本局――転送ポートから出て、ジュンイチはため息まじりにそうつぶやいた。
 朝食の後片付けが済んだと思ったらいきなりゲンヤに呼び出され、書類を渡され「行って来い」の一言。ほとんどワケのわからないまま転送ポートまで送られ、放り込まれ――現在に至る。
 おまけにこの転送と言うヤツも気に入らない。転送前後はいいが、転送の瞬間自分の位置を把握している感覚のすべてに思い切りノイズが走り、かき乱される。
 「こんなだから、いつまで経っても転移術がマスターできないんだろーなぁ」などと考えつつ、ジュンイチは周囲を見回した。
 地上部隊の隊舎とは明らかに趣の違う、文字通り「SF映画の中にいる」かのような周囲の未来的な内装――元の世界の仲間達、その中でも特にこういった最新技術関係に目がない二人のことを思い出した。
 彼女達が見たら大喜びだっただろうと思う反面――「いなくてよかった」とも思う。いたら絶対あちこち見て回ろうとしてこっちの用事などガン無視してくれただろうから。
 そんなことを考え、ジュンイチは思わず苦笑しながら受付に向かい、名乗る。
「ミッドチルダ地上部隊、陸上警備隊で保護観察中の柾木ジュンイチだ。
 レティ・ロウラン提督にお目通り願いたいんだが」
 

「あぁ、いらっしゃい」
 局員に案内され、通されたオフィスで、ジュンイチはレティ・ロウランのその一言によって迎えられた。
「キミが柾木ジュンイチくん?
 地上じゃ、ずいぶんと活躍してるみたいね」
「ハッハッハッ、あんなの序の口序の口♪」
 レティの言葉に軽く笑いながら答え、ジュンイチは彼女の傍らに展開されたウィンドウに映し出されている光景へと視線を向けた。
「…………カーレース?
 好きなんスか?」
「いいえ」
 あっさりと否定された。
「けど……このレースには、ひとつの宇宙の命運がかかってるからね……」
「宇宙の命運が……?」
 いきなり話が飛躍した――思わず眉をひそめるジュンイチだったが、レティの表情はマジメそのものだ。
「今、第97管理外世界でちょっとした問題が起きていてね……
 “グランドブラックホール”と呼ばれる、通常のレベルを遥かに上回る規模のブラックホールが発生して、宇宙全体を飲み込もうとしているの」
「どこが『ちょっとした』問題なんスか。
 ムチャクチャ大事なんじゃないですか? それ」
「えぇ、そうね」
 ツッコむジュンイチにもレティはあっさりとうなずく。
「そして、その宇宙の消滅を阻止するためには、“プラネットフォース”っていう、創造神の魂から作り出されたと言われる超エネルギー体が必要なの」
「で……それとこのレースにどんな関係が?」
「最初にプラネットフォースが確認されたのは、トランスフォーマーの居住する惑星のひとつ、惑星スピーディア……
 ……あ、トランスフォーマーってわかる?」
「まぁ、ウワサ程度には。
 今話に挙がった第97管理外世界にいるっていう、変形能力を持ったロボット生命体のことでしょ?
 なんでも、“サイバトロン”と“デストロン”の2派に大別されて、現在交戦状態。管理局に協力してるのはトランスフォーマー発祥の地セイバートロン星のサイバトロン――オレが聞き集めたウワサを統合するとこんな感じだけど、合ってる?」
「えぇ」
 ジュンイチの言葉にうなずき、レティは続ける。
「そのスピーディアでプラネットフォースが見つかったのはいいんだけど……その星は、スピードがすべての優劣を決める風習があってね……」
「……なんとなく話が読めた。
 つまり何? 『レースの勝者にプラネットフォースを与える』とか、そんなお約束的かつベタ極まりない展開なんじゃない?」
「そういうこと」
「ふーん……
 ってことは、こいつらみんなトランスフォーマーか……」
 レティがうなずく傍らで、ジュンイチはウィンドウに映るレースの映像と視線を向けた。
 先ほどから中心となって映されている青いスポーツカータイプのトランスフォーマー、その動きに気になる部分がある――
「この青いヤツ……マシントラブル抱えてますね。
 たぶん、ギアのシフトチェンジの際、特定のギアで引っ掛かりが生じる……そんなトコですかね」
「わかるの?」
「それなりに心得があるので」
 答えるジュンイチの言葉に、レティは思わず眉をひそめた。
「キミ……16よね?
 車の免許、持ってるの?」
「持ってませんよ」
 即答された。
「あぁ、安心してください。
 無免許運転とかじゃないっスから――何しろ、免許がどうのと、そんなこと言ってられない土地で乗ってましたので」
「どこ?」
「毎年夏休み、紛争地域で♪」
 あっさりと答えると、ジュンイチはレティへと持ってきた書類を差し出した。
「はい。ゲンヤのオッサンからの書類。
 提督に渡すよう言われてたんだけど」
「あぁ、ありがとう」
 礼を言い、書類を受け取るレティの前で、ジュンイチは軽くため息をついてみせ、
「しっかし、このご時世にデータじゃなくて紙面の書類ねぇ……ハッキングを警戒してます、って言ってるようなものじゃんか。
 データで送れないような重要案件を、なんでオレなんかに運ばせるんだか」
「キミも無関係じゃないからよ」
 つぶやくジュンイチに、レティは苦笑まじりに答えた。
「だって……これ、キミの保護観察の中間報告だもの」
「本人に運ばせるなよ、ンなもんっ!」

 レティの言葉に、ジュンイチは思わず声を上げた。
「オレが中見たり、内容改ざんしたりしたらどーするつもりだったんだ、あのオッサンは!?」
「するの?」
「いや、しないけど……」
「でしょ?
 結局のところ、信用されてる、ってことよ、彼にね」
「ぐっ……」
 見事に反論を封じられ、ジュンイチは思わず歯がみして――そんな彼にレティは告げた。
「それに……会わせておきたかったんじゃないかしら。
 自分の帰還について働きかけてる責任者に、ね」
「え………………?」
 その言葉に、ジュンイチは動きを止めた。
「ひょっとして……レティ提督が?」
「転送事故については、次元航行部隊うみの方が専門だもの」
 尋ねるジュンイチに答え、レティは優しげに微笑んでみせる。
「けど……調査については、ここのところ芳しくないわ。
 それについては、お詫びすることくらいしかできないけれど……」
「いや、まぁ……そっちは別に気にしてないからいいっスけどね」
「そう? よかったわ」
 ジュンイチの言葉に気を取り直し、レティは改めて書類に目を通し、
「それにしても、大したものね……
 この短期間に、首都防衛隊の出動するレベルの事件を10件も解決させるなんて……」
「こないだ巻き込まれた銀行強盗を含めると11件っスね」
 付け加えるジュンイチにうなずき、レティは続ける。
「しかも、そのすべてを、たったひとりで解決させている……」
「周りにしゃしゃり出てこられる方がやり辛いんスよ。
 オレ個人の戦闘スキルは、“ひとりで戦い抜く”ことを基本に組んでますからね」
「そうみたいね。
 けど……」
 ジュンイチの言葉に、レティはその口元に笑みを浮かべた。
 なんというか――これからイタズラをするぞとばかりにワクワクしているイタズラっ子の笑み、というたとえがピッタリくる笑顔だ。
「キミの場合、“ひとりで戦い抜く”と言うよりも……“身内を戦わせない”のが基本な気がするけど?」
「………………」
 思わずジュンイチは動きを止める――笑みを浮かべたまま、レティは続ける。
「さっき自分で認めたわよね?『書類を見るようなマネも改ざんするようなマネもしない』って――ちゃんと通すべき筋を理解している証拠よ。
 それに、さっきキミの帰還についての調査が滞っていることについて謝罪した時の対応を見る限り、相手の厚意には素直に報いるタイプみたいだし。
 そんな子が、戦いの場で仲間を気にかけない方が不自然だと思わない?
 で、そんなキミの考え方と“ひとりで戦う”ことを前提にしたキミの戦い方を考慮すると……さっき指摘した結論に至る、と♪」
「むむむ……」
 このまま言われっぱなしで終わってなるものか。なんとか反論すべく思考をめぐらせるジュンイチだったが――
「そうやって素直に言い返せないで考え込むあたり、否定しきれないものを感じてる証拠よね♪」
「………………」
 相手の方が上手だった。あっさりと追撃してくるレティの言葉に、ジュンイチは今度こそ完全に沈黙した。
「ま、それはそれとして♪」
 そんなジュンイチに苦笑しつつ、レティは話の軌道を修正した。
「とにかく、キミの実力はきわめて高いレベルにあるわ。
 管理局の中にも、キミに匹敵する人材がどれだけいるか……」
 言って、レティは深くため息をつき、
「ねぇ、ジュンイチくん……
 ものは相談だけど……元の世界に帰ってからでかまわないから、管理局への就職、考えてみるつもりはないかしら?」
「………………は?」
 その言葉に、ジュンイチはさすがに再起動。レティに対して疑問の声を上げた。
「オレが……管理局に?」
 呆然としたまま聞き返すジュンイチに、レティは真剣な表情でうなずいた。
「もちろん、元の世界へキミを返すのは管理局の義務だから、それに対する恩返しに、なんてことは考える必要はないわ。
 あくまで、キミの将来の進路のひとつとして……どうかしら?」
 その言葉は本当に真剣そのもので――だからこそ、ジュンイチもまた真剣な表情でうなずいた。
「オレの力を高く評価してくれるのは……まぁ、悪い気はしません。
 けど……すみません。今のところ、そういう気はないです」
「そう……」
「オレのやってる“守り方”っつーのは邪道もいいとこっスからね。管理局のやり方とは根本的にそりが合いませんよ」
 レティに答え、ジュンイチは肩をすくめてみせる。
「オレの力は、基本的には“破壊の力”……自分の守りたいものを守るために、それ以外の存在を殺し、破壊する――そんな力です。
 それに……そんな“守りたいもの”さえ、オレは……」
 そう告げ、ジュンイチは苦笑して見せるが――レティは一瞬、その笑顔がとても凄惨なものに見えた気がした。
 たとえるならば、ほんの一瞬だけ、一切の生気が消え去ってしまったかのような――
 しかし、次の瞬間にはすでにジュンイチの顔には表情が戻っていた。レティに対し、続ける。
「とにかく、そんなこんなで、正式に局入りするにゃオレの力って物騒すぎるんで、残念ですけど、辞退させてもらいます」
「そう……残念だわ」
「すみません」
 おそらくその言葉は本心だろう――本当に残念そうにつぶやくレティの言葉に、ジュンイチはもう一度頭を下げて謝罪する。
「じゃあ、お遣いも済んだんで、オレはこれで」
「あぁ、そうね。
 ありがとう」
 改めて告げるジュンイチにレティがうなずき、ジュンイチはきびすを返し――背を向けたままレティに告げた。
「局入りなんかしなくても……守れるから……」
「え………………?」
「オレの守りたい人達……みんな、守ってみせますよ。
 クイントさんも、ゲンヤのオッサンも、スバルもギンガも……みんなね」
 言って、ジュンイチは今度こそオフィスを出ていって――レティは息をついてつぶやいた。
「『みんな守る』ね……
 果たしてその『みんな』の中に――」

「キミ自身は、入っているのかしらね……」

 

「やれやれ……オレみたいなのに声をかけるなんざ、次元航行部隊うみってホントに人手不足なんだな……」
 本局中央ホール――ミッド行きの転送ポートの順番待ちでヒマを持て余しつつ、ジュンイチはため息まじりにつぶやいた。
 もちろん、先ほどのレティ提督からの“勧誘”についてである。
 ジュンイチが組織向きの人間でないことは、彼自身よくわかっているし、初対面の人間も少し会話すれば誰もが納得できる事実である。
 何しろ、自分の地位にかまけて筋の通らない命令を下してくるような、所謂「ヤな上司」に対し、この男は基本的に手加減をしない――最初は口撃で軽く牽制、相手が権力を盾に反省の色を見せないようであれば即座に“排除”する。もちろん、表裏問わずあらゆる手段を駆使して。
 実際、傭兵組合ギルドに所属していた時も、その性格から派遣先の指揮官と幾度となく衝突した。そしてそのまま指揮官の交代劇へと発展したケースも一度や二度ではない――『彼に依頼する時は胃薬“と再就職先”を確保してから』という暗黙の了解が業界でささやかれていた、というウワサもあるくらいだ。正直組合ギルドから独立した今でも依頼が途切れないのは奇跡に近い。
 そんな自分とわずかではあるが会話し、しかも保護観察に関する報告書にも目を通している――ある程度自分の人となりを理解していたにもかかわらずレティが声をかけたところから見ても、次元航行部隊の人手不足は相当な末期状態だと思っていいだろう。
 まぁ、ミッドチルダを始めとした自分達の担当世界だけを守っていればいい各世界の地上部隊と違い、次元航行部隊は数多の次元世界を又にかけて活動しなければならないのだ。当然と言えば当然だが。
「ま、次元航行部隊うみにゃ今んところレティ提督しか知り合いいないし……あの人が現場に出ない限り、オレが手伝いに出る意味もねぇか」
 基本的に、自分が守りたいのは“身内”と“目の前の人達”のみに絞られるのがジュンイチだ。知り合いでもなんでもない連中が自分の知らないところでどんな目にあっていようと、正直知ったことじゃない、というのが本音である。
 もっとも――そんな無関心ぶりの反動が身内に対する“無意識下の過保護”として発露されているのだが。もちろん最近の矛先はスバルとギンガである。
「とにかく、後は帰るだけか……」
 いずれにせよ、断った以上この話題はとりあえず打ち止めだ。気を取り直してつぶやく――が、そっちはそっちで気を落とさずにはいられない案件が待っていることを思い出した。
「…………帰ったら、またメディカルチェックの催促が待ってるんだろーなぁ……」
 ゲンヤから聞かされたのか、最近はクイントもメディカルチェックを受けるよう言ってくる――これが目下のところの、ジュンイチ最大の悩みの種だった。
 このメディカルチェック――正直、受けたくないのが本音だ。
 と言っても、「自分の健康は自分が一番わかってる」などというありがちな自負から来ているワケではない。
 この時空管理局の医療技術はかなり高い。それは信用できるが――この問題に限ってはそれが完全に裏目に出ることになる。
「元の世界じゃうまくごまかせてたけど……」
(バレるわな……絶対)
 “自分の身体のこと”を知られるのは、あまり得策ではない――というか、かなりマズイ。
(こっちの世界の技術概念でも、“オレみたいな存在”はレアっぽいしなぁ……
 こいつばっかりは、いくらクイントさん達でも教えるワケにはいかないよな、やっぱ)
 知られることのリスクを考えると、身内といえど――いや、身内だからこそ余計に話せない。
 事情を教えることができない以上、怒られつつも逃げ回るしかない。今後の苦労を想像し、ジュンイチはため息をつくしかない。
(そもそも、頑固に逃げ回ってればクイントさん達だって疑問に思ってくるはず……
 なんとか、検査結果そのものをごまかす手段を考えないとな……それも早急に)
 ジュンイチがそんなことを考えていると――不意にホールの一角から大きな歓声が上がった。
 見ると、ホールに設置された大型モニターに先ほどレティのオフィスで見たレースの模様が中継されている。歓声はどうやらモニターの周りに集まっていたギャラリーの方々から上がったものらしい。
「……次元航行部隊うみ全体に知れ渡ってんのか、あのレース……
 そりゃ、地上部隊にまでウワサが流れてくるわな……」
 まさか本局全体で盛り上がっているとは――どうやらゴールしたらしく、ロボットモードで歓声に応えている青いトランスフォーマーの姿をモニター越しに眺め、ジュンイチはため息まじりにつぶやいて――
「――――――」
 ふと、何かが脳裏に引っかかった。
 モニターに移るトランスフォーマーに視線を固定したまま、胸中でつぶやく。
(……ロボット生命体……
 つまり、機械の身体……
 ……銀河鉄道――って、違う違う。
 ……ゾンダー……でもないから、違うから)
 脱線と軌道修正を繰り返しながら思考をめぐらせて――
(…………機械の身体ってことは……それなりの技術力を持ってると思っていいよな……?
 でなきゃ、自分達の身体の整備もできないんだし)
 たどり着いた結論はそこだった。
 そして――
「……やっぱ、管理局に頼りっぱなしは、ガラじゃねぇわな。
 こっちからも動かねぇと、オレらしくないか♪」
 ニヤリと笑みを浮かべ、ジュンイチはクルリときびすを返した。
 向かう先は、今しがた出てきたばかりのレティのオフィス。
 目的は――
(うまく立ち回れば、何かいいアイデアがひねり出せるかもしれない……)

 

「トランスフォーマーの知恵を借りられれば、な……」

 

 

 

 しかし――ジュンイチは気づいていなかった。

 この時のこの選択が――

 

 後に、自分達の周りに大きなトラブルを呼び込んでしまうきっかけだったことに。


次回予告
 
スバル 「悪人達が暴れ回る暗黒の地球に、突然現れた希望の戦士柾木ジュンイチ!
 無敵のパワーで、はびこる悪をばったばったと薙ぎ倒ぉす!」
ジュンイチ 「す、スバル……それ、何の話だ?」
スバル 「次回の予告♪」
ジュンイチ 「それはご都合主義が過ぎないか……?」
クイント 「存在自体がご都合主義のカタマリみたいな子が、何を今さら……」
ジュンイチ 「なんかひどいことサラッと言われた!?」
スバル 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Galaxy Moon〜異聞、
 第5話『出現・恐怖大帝!』に――」
3人 『ブレイク、アァップ!』

 

(初版:2007/12/08)
(第2版:2008/01/19)
(予告を加筆)