ガギィッ! と金属同士がぶつかり合う甲高い音がして――次の瞬間、二人は大地をすべるように着地、間合いを取って停止する。
一方はゼスト、そしてもう一方はジュンイチ。それぞれの獲物を手に、訓練場の中央で対峙する。
「やるじゃねぇか、オッサン。
いくら攻めてもクリーンヒットなしかよ」
「貴様ほどの余裕はないさ」
告げるジュンイチだったが――ゼストは表情を崩すことなくそう答えた。
「貴様はまだ余力――いや、“切り札”を残しているんじゃないのか?」
「…………正解」
あっさりと答え、ジュンイチは思わず苦笑してみせる。
「とはいえ……悪いけど、“装重甲”を使うつもりはねぇぞ。
ありゃずいぶんと燃費が悪くてね――安定した“力”の供給源がない現状じゃ、そうそうめったに使ってられないんだ。
つまり――今の現状じゃ、この状態がオレの最強戦闘態勢だ」
言って、ジュンイチは爆天剣の切っ先をゼストに向けた。
「ホントに全力100%のオレとやり合いたいなら、マジでオレの敵に回るしかないぜ。
もっとも――そんな日が来ないことを祈るけどさ!」
その言葉が放たれた、次の瞬間――ジュンイチの爆天剣とゼストの槍がぶつかり合っていた。
地球における「トランスフォーマー相手にコネを作って帰還の方法を探ってもらおう作戦」は“スタースクリームの乱”によってあえなく水泡に帰した。
一度ミッドチルダに戻り、日常を過ごしながら次の手を模索するジュンイチだったが、そんな彼の思惑をよそに、事態は大きく動いていた。
ミッドチルダにトランスフォーマーがいたと判明したこと、そして――
彼らの敵対勢力“ウィザートロン”の復活である。
第6話
「命の“権利”」
「ふーん……」
ミッドチルダ首都クラナガンから南方に位置する森林地帯――辺りで一番高い木の上に器用に座り込み、ジュンイチは周辺の様子を探っていた。
探しているのは――
「いねぇな、ウィザートロンのヤツら」
ため息まじりにつぶやくと、ジュンイチは木の上から大地へと跳び下りた。
『ミッドチルダに潜伏している可能性がある』ということで、地上部隊にもウィザートロン捜索の命令が下ったのだ。ゲンヤの手伝いということで名乗りを上げ、こうして探しているのだが――今のところ成果は挙がっていない。
「やっぱ、一筋縄じゃいかねぇか……
こっちの警戒を潜り抜けて、本局を奇襲してくるような連中だしな……」
本局が襲われたと知らされ、無事を確認すべくレティに通信をつないだら、つながるなり延々と愚痴をこぼされた――その時のことを思い出し、ジュンイチがつぶやくと――突然ブレイカーブレスがコール音を立てた。
しかし、それは通信の着信を知らせるものではない。
(フェザーサーチャーに、反応……?)
それは、生成し、放っていた探査端末からの連絡――すぐに表情を引きしめ、情報を確認する。
(東方に反応ひとつ――
けど、ここは……)
しかし、そこはジュンイチにとって意外な場所で――
(連中の技術力を考えれば、もっとハイレベルなもの持ってるだろうに……
今さら……)
(通信センターなんかに、何の用があるんだ……?)
「ふむ…………」
問題の無人通信センター、その一室で、そのトランスフォーマーは真剣にモニタと向き合っていた。
緑色のボディの、頭部に獅子の顔をあしらったヘッドギアを装着したトランスフォーマーである。
彼の操作によって、ネットワークにアクセスしたその端末は、モニタに彼のほしい情報を表示しているが――
「こんなトコに侵入してまで何見てんだよ……」
「どわぁぁぁぁぁっ!?」
ひょっこり顔を出し、あきれてつぶやくジュンイチの言葉に、トランスフォーマーはあわててその場から飛びのいた。
「き、貴様、いつの間に!?」
「『いつの間に』も何も……」
トランスフォーマーの言葉に、ジュンイチは頬をかき、
「5分くらい前に入ってきたのに、お前さんちっとも気づかねぇんだもんな。
一心不乱にモニターに見入ってたぞ、お前」
「ぐ………………っ!」
サラリと告げられたその言葉にうめくトランスフォーマーに対し、ジュンイチは気を取り直して告げた。
「だいたいさぁ、お前、自分達の立場をわかってんのか?
情報はもう把握してる――お前、ウィザートロンのナンバー2、魔導参謀レオザックだろ?
そんな重要人物がこんなところに侵入してまで――」
言って、ジュンイチはモニタへと視線を向け――ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべ、告げた。
「何を育児関係のサイト巡業なんかしてんだよ?」
「むぐぅっ!?」
ジュンイチの言葉にロコツに焦るレオザック――しかし、ここで動揺を見せるべきではなかった。
理由は簡単。
目の前の少年を調子づかせるからだ。
「まー、しゃーないって言えばしゃーないか。
天下のウィザートロンの副官ともあろう者が、育児サイト巡りなんか自分の母艦じゃできねぇわな♪」
「むぐぐ……」
「いやー、しかし驚きだね。
いくらなんでも、育児でお悩みとは、さすがのオレも思わなかったぜ」
「ぐぅ……!」
「手配されるようなトランスフォーマーでも、いっちょ前に家族ってもんがあるんだな。
まぁ、その辺は人間と一緒ってことだね♪」
「………………」
次の瞬間――通信センターは内部から粉々に吹き飛んだ。
怒りを爆発させたレオザックの起動させた、アームドデバイス“ムラマサ”によって。
そして――
「……落ち着いた?」
「大きな、お世話だ……!」
平然と尋ねるジュンイチに対し、レオザックは大きく息を切らせてうめくように答えた。
「どういう体力をしているんだ……!?
ただの人間が、どうしてトランスフォーマーよりも体力がもつんだ……?」
「……理由は二つ」
うめくレオザックに、ジュンイチは平然と答えた。
「まずひとつ。オレは“ただの人間”じゃない。
ちょっと、いろいろと特殊な身の上でね――体力には自身があるんだ。その気になったら、管理局の一個中隊相手に1ヶ月ブッ通しで鬼ごっこしてやってもいい、ぐらいにはね。
で、二つ目の理由――お前、攻撃の振りがデカすぎるんだよ。
お前よりもガタイが小さくて、しかも小回りの効くオレなら、かわすのはそう難しいことじゃないし、振りがデカけりゃ、当然体力の消耗もデカイ。こっちがスタミナを削らない、最小限の回避行動を徹底していれば……たとえオレじゃなかったとしても、この状況にもってくるのは不可能じゃない」
レオザックに言って、ジュンイチは防御のために“再構成”していた爆天剣を“紅夜叉丸”に戻し――尋ねた。
「ところでさ……お前、ここに来ること、誰かに言ってきたか?」
「何…………?」
「いやさ……」
言って、ジュンイチは空を見上げ、
「お前に良く似た“力”が、思いっきり怒りの気配を放ちながらこっちに向けてカッ飛んできてるんだけど」
「――――――っ!?」
その言葉にレオザックの顔から血の気が引いて――しかし、彼が行動を起こすよりも速く、それはその場に着地した。
レオザックよりも一回り大きな――先日ジュンイチが対峙したスカイクェイクと同じくらいの体躯のトランスフォーマーである。
その正体は――
「め、メガザラック様……!」
「こんなところにいたのか、レオザック」
うめくレオザックの言葉に、ウィザートロン・リーダー、魔導大帝メガザラックはあからさまに不機嫌そうに告げた。
「偵察に出たっきりなかなか帰ってこないと思ったら、こんなところでドカドカと……」
「い、いや、ヘンなヤツが現れて……!」
メガザラックに答え、レオザックはジュンイチへと振り向き――
「って、いないし!?」
そこにジュンイチの姿はない――いつの間にか消えていたその姿を探し、レオザックは周囲を見渡して声を上げる。
「遭遇戦か……
それにしても連絡はすべきだろう――報告不良とはお前らしくないな」
「す、すいません……」
「とにかく、ここでお前が暴れたせいで、管理局の部隊がこちらに向かってきている。
今はこの場を離れ、離脱するぞ」
「はい……」
メガザラックの言葉にレオザックがうなずき、彼らは転送魔法を起動、その場から離脱していった。
「お帰りなさい、メガザラック。
レオザックも」
ステルスシステムをフル回転し、姿を消して航行するウィザートロンの母艦“メガデストロイヤー”――撤退してきたメガザラックとレオザックを出迎えたのはひとりの女性だった。
「どこに行ってたの、レオザック?
ずいぶん遠出だったみたいだけど」
「いや……ちょっとヘンなヤツにからまれてな……」
尋ねる女性にレオザックが答えると、
「失礼なこと言うなよ。
誰が『ヘンなヤツ』だよ、誰が」
そんなレオザックに対し、ジュンイチは抗議の声を上げた。
「ただからかっただけでえらい言われようじゃねぇか。
オレだっていざマジメになればそれなりにシリアスだってでk――」
間。
「いやー、“似たもの主従”とでも言えばいいのかな? この状況。
リアクションがレオザックと似たり寄ったりだよ、メガザラック殿♪」
「何を平然とほざいているか、貴様!」
来るとわかっている攻撃など、かわすのはそれほど難しくない――槍型アームドデバイス“ブリューナク”の一撃をかわし、平然と告げるジュンイチに、メガザラックは力いっぱい言い返す。
「貴様、一体どうやってここに!?」
「そりゃもちん、キミらの転送魔法に紛れ込んで♪」
メガザラックにそう答えると、ジュンイチは自信に満ちた笑みを浮かべて彼らに告げた。
「別にそっちの顔をつぶすつもりはないけどさ――オレが本気で気配を絶つことを始めたら、気の毒だけど、あきらめた方がいい。
傭兵時代からずっと、命がけの状況で気配を殺すことを磨いてきたんだ――その上能力者になって“力”の扱いも覚えた。気配にプラスして“力”まで隠せるオレを見つけるのは、トランスフォーマーだろうと不可能に近いぜ」
「むぅ……」
うめくメガザラックに対し肩をすくめると、ジュンイチは言葉を重ねた。
「心配しなくても、今すぐどうこうするつもりはないよ。
ちょっと興味のあることがあってね――そっちを聞きたくてついて来ただけだから♪」
「何だと……?
貴様、管理局の人間だろう? オレ達を追っていたんじゃないのか?」
「そうなんだけど……別に管理局に就職してるワケじゃないよ。あくまでお手伝い。
それに、今も言ったとおり、そっちはとりあえず後回し♪」
眉をひそめるメガザラックに笑顔で答え、ジュンイチはレオザックへと視線を向け、
「そこのレオザックの様子を見た限り、なんかそっちにもいろいろ“事情”がありそうだからな。
まずはそれを知るのが最優先。捕まえるか逃がすか、他の手を考えるかはその後だ」
「………………?
レオザックが何かしていたんですか?」
ジュンイチの言葉に尋ねる女性だが――それに対し、ジュンイチは眉をひそめ、
「そういうキミは誰さんよ?
管理局から回ってきた非常に手配書っぽいウィザートロンのリストにはない顔だけど」
「あぁ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね」
そのジュンイチの指摘に思い至ると、女性は彼へと正対し、
「私はリニス。
ある魔導師の使い魔であり、今はメガザラックの魔力によってその存在を永らえている者です」
「使い魔……?」
女性――リニスの名乗りに対し、ジュンイチは自分の記憶を探り、ミッドチルダ式魔法における使い魔に関する知識を引っ張り出した。
以前ミッドチルダ式魔法について調べた際に記述を見たことがある。この魔法大系における使い魔とは、主である魔導師から魔力の供給を受けることによって存在を許された、一種の擬似魔法生物のようなものだと解釈できる。
つまり、主である魔導師がいるということだが――そこまで考えたところで、先ほどのリニスの自己紹介が脳裏に引っかかった。
(『“今は”メガザラックの魔力で生きてる』って言ってたな……
ってことは……)
もっとも考えられる可能性は――
「……亡くなったのか、主サマは……」
「………………えぇ」
茶化すネタなどいくらでも思いついたが、そうすべき話題でないことはさすがのジュンイチにもわかる。静かに彼から告げられたその指摘に、リニスはうなずいて肯定を示した。そして、気を取り直して尋ねる。
「それで……話を戻させてもらうけど」
「あぁ、レオザックのことね♪」
「ち、ちょっと待て!」
リニスの言葉にうなずくジュンイチの口元に邪悪な笑みが浮かんだのに気づき、レオザックがあわてて声を上げるが――“悪魔モード”のスイッチの入ったジュンイチを止められる者などいない。あっさりと爆弾は投下された。
「コイツ、通信センター占拠して、ネットワーク上の育児関係のサイトを巡回していやがった」
『………………』
「ああああああああああ」
ジュンイチの言葉に、メガザラックとリニスの視線がレオザックに集まる――気恥ずかしさから頭を抱え、レオザックはその場にへたり込む。
「レオザック、お前……」
「どうすればいいかわからないなら、教えてあげるのに……」
「そうやって哀れまれるのがイヤだったから、黙って調べに行っていたのに……」
メガザラックとリニス、二人の生暖かい視線にさらされ、レオザックがうめくと、
「わざわざそんなことしてたんだぜ――事情があると思うだろ、普通」
そんな彼らの間に割って入り、ジュンイチが口を開いた。
「それで、その“事情”を知るために、わざわざ乗り込んできたのか……
しかし、それならばオレ達に気づかれないままこの場を離れ、独自に調べればよかったんじゃないのか?」
「そこで、レオザックの見てたのが『育児サイト』だったことが重要な推理のピースになってくる」
尋ねるメガザラックの言葉に、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「わざわざ外に出てまで調べてたんだぜ――みんなの前で調べるのは恥ずかしいけど、それでも、知っておかなければならない、そんな必要があったと考えることが出来る。
そこまでして知る必要があったんだ。その情報を活かす相手はかなり重要な存在である可能性が高い。
で、それが“育児関係”ってことは、その相手はおそらく子供……」
そう告げて、ジュンイチはレオザックへと向き直り、告げた。
「メガザラック……
お前らの目的って、その子を守ること、もしくは――」
「救うこと、なんじゃないのか?」
「だとすると、お前らのしていることは“悪”じゃない。
だからオレは、お前らの前に姿を現した――ガキ守ろうとしてる連中だ。“遊ぶ”ことはしても、“もてあそぶ”ことはしたくない」
「お前なりの義理を通したワケか……」
ジュンイチの言葉に納得し、メガザラックはうなずき――ジュンイチに向けて背を向けた。
「ついて来い」
「何のために?」
聞き返すジュンイチに対し、メガザラックは答えた。
「お前はわずかな状況証拠だけでオレ達を信じた。
なら――」
「今度は、オレがお前を信じる番だ」
「こいつぁ……!?」
メガザラックが案内したのは、ブリッジの真下にある、中枢区画の下層部だった――通された部屋の中央にあったそれを見て、ジュンイチは思わず声を上げた。
羊水の満たされたメディカルカプセルの中に、ひとりの少女が入れられている。
その光景はまるで――
「――――――っ!」
瞬間――鈍い打撃音が響いた。
半ば反射的に炎を放とうとした自らの右腕を、ジュンイチ自身が左手で殴り飛ばしたのだ。
よほど強い力で殴ったのか、力を失い、垂れ下がった彼の右腕は、曲がっていてはいけない部分が曲がっていて――
「ち、ちょっと、折れてるじゃないですか!
何してるの!?」
「脅かしてゴメン。
ちょっと目の前の光景がトラウマに触れてね――とっさに攻撃しかけちまった」
あわてて声を上げ、すぐに腕を診てくれるリニスに対し、ジュンイチはそう答えるとメディカルカプセルへと視線を向けた。
中の少女と面識はない。だが――
「……アリシア・テスタロッサか……」
その名前は知っていた。
「知ってるの?」
「“プレシア・テスタロッサ事件”については、資料に目を通したことがある」
尋ねるリニスに答え、ジュンイチは続ける。
「管理局から直接接触している時空間航行艦“アースラ”、そして彼らに協力している民間協力者、高町なのはとフェイト・テスタロッサ……
こっちもトランスフォーマーに絡んだ仕事をするようになったからな――サイバトロンに協力している管理局のスタッフについては一通り調べてね。でもって、こいつらに行き当たった時に事件のことを知ったんだ」
だが――疑問はある。カプセルからリニスへと視線を戻し、尋ねる。
「けど……アリシアとプレシアは、9つのジュエルシードと一緒に虚数空間に消えたと記録にあった。
なのにどうして、消えたはずのアリシアがここにいる? この子がここにいるってことは、プレシアとジュエルシードは?」
「それは……」
ジュンイチの問いに視線を落とし――リニスは彼に語った。
自分達とメガザラック達の、出会いの物語を――
虹色に輝く空間を、彼女はゆっくりと降下していた。
すぐそばに見える、愛しい娘の納められたカプセルと共に。
もう、どうでもよかった。
たとえ目的の地に続く道が開かれていようと、魔法を打ち消すこの虚数空間の中では自分は無力に等しい。
つまり――今となっては、自らの望みを叶えることなどできない。
すべてを失った喪失感のままに、プレシア・テスタロッサは目を閉じた。
自らの下に、何かが漂ってきたことに気づかぬまま――
目を覚ますと、自分は未だ生きていた。
そして同時に気づく――すでに落下していない。
身を起こして周囲を見渡し、プレシアは自分や愛娘のカプセルが、虚数空間の中を漂っていた巨大な物体の上に降り立ったことに気づいた。見回すと、自分達と共に虚数空間に落下したジュエルシードも転がっている。
手触りから金属だとわかるが――魔法を使えず、呑み込まれた魔導師は重力に従って落下するしかないこの虚数空間で、浮力を保ったまま漂うこの物体は一体何なのだろうか?
娘を――アリシアをこのままここに置いておくことは気が引けたが、彼女はこの物体の正体を確かめることにした。
入り口は、少し離れたところに設けられていた。
中に入り、しばし進み――プレシアは気づいた。
(魔力がある……?)
魔力がその効果を発揮できず、魔法を使用できない虚数空間の中で、この中だけは魔力が普通に存在している。
何か、虚数空間の特殊な影響を遮断する措置でも施されているのだろうか――?
そんなことを考えながら、回廊とも言うべき広い通路を先に進むうち、プレシアはさらに広い空間へとたどり着いた。
ここに来るまでの構造から、これが何らかの原理で滞空している“艦”だということは理解していた。そして、位置から考えてここは――
「格納庫……?」
つぶやき、プレシアは周囲を見回し――それを見つけた。
拘束魔法に囚われ、封印魔法によって機能を停止させられている、ロボットの集団を――
「このために、内部の魔力を維持していたようね……」
ひとり納得し、プレシアは手近なところのロボットの足元に据えられたコンソールをのぞきこんだ。
表示されているのは、彼らに施されている魔法の状態だった。
「拘束魔法、稼働率92%……
自我封印魔法、稼働率98%――
――“自我封印”!?」
だとすると、このロボット達は自我を持つということだろうか――しばし考えた末、プレシアは決断した。
このうちの1体の封印を解き、この場についての情報を聞き出すのだ。
仮に彼らが暴走した結果廃棄されたものだとしても――腐っても大魔導師ともてはやされた身だ。今の自分の身体の状態でも、1体だけならば遅れは取るまい。
ロボット達の間を進み、どの機体を解き放つかをゆっくりと吟味し――
「……貴方がよさそうね」
つぶやく彼女の目の前には、もっとも奥の、玉座に座るようにして拘束された機体の姿があった。
魔法自体はきわめて強力なものだったが、それほど複雑なものではなかった。簡単な呪文の詠唱の後、プレシアの放った魔力がロボットの拘束魔法を、そして自我を封印している魔法を侵食していく。
視覚化されている魔力の光がひび割れでも起こすかのように砕かれていき――やがて、完全に破壊される。
しばしの沈黙の末――ロボットの双眼に輝きがよみがえった。
「……ここは……」
ゆっくりと立ち上がり――周囲に並ぶ、封印された同胞達を見つめる。
「……そうか。
オレ達は封印されて……」
つぶやき――そこで彼はようやく、足元にいるプレシアの姿に気づいた。
「あぁ、すまない。気づかなくて。
貴女が……解放してくれたのか?」
「えぇ。
ここのことを教えてもらいたくてね」
答えて、プレシアは改めて告げた。
「だから……とりあえず、最初に名前を聞かせてもらえないかしら?」
その問いに、彼は答えた。
「ザラックコ――」
だが、言いかけたその名に対してしばしためらうように視線を泳がせ――改めて名乗った。
「メガザラック。
魔導大帝、メガザラックだ」
「なるほど……つまりキミは、その娘を生き返らせるために、アルハザードを目指していたのか……」
艦内にアリシアのカプセルを運び込み、プレシアから事情を聞いたメガザラックは納得してつぶやいた。
「えぇ……
でも、もうそれも叶わぬ夢だわ……」
カプセルの中のアリシアと視線を合わせることもなく、プレシアは力なくつぶやく。
この中で魔法が使えても、外に出ればまた魔法は使えなくなる。脱出が不可能であることは変わらず、それが彼女の気力を奪っているのかもしれない。
それに、彼女自身の病による余命も――そんなことを考えながら、メガザラックはアリシアのカプセルへと視線を向け――
(………………?)
ふと違和感を感じた。
カプセルの中のアリシアに動きはない。カプセルの底から沸き立つ泡も、アリシアの口の中から吐き出される羊水の流れも、規則正しく繰り返されるばかりで――
(――ちょっと待て!?
羊水を……“吐き出してる”!?)
その事実に気づき、メガザラックは眼を見張った。
「プレシア!
“アリシアが呼吸している”!」
「え………………!?」
メガザラックの言葉に、プレシアはアリシアへと視線を向け――彼女の口から規則的に吐き出され、カプセル内の羊水をかき混ぜるその流れを確かに見た。
「……アリシア……!
アリシア! アリシア!」
「落ち着け、プレシア。
いくら呼んでも、カプセル越しではろくに声も届くまい」
カプセルにしがみつき、アリシアに呼びかけるプレシアをなだめ、メガザラックは告げた。
「見間違いの可能性もある。
まずは確かめなければなるまい。彼女を出してみよう」
「そ、そうね……」
メガザラックの言葉に、プレシアはカプセルを操作する。
彼女の操作により、カプセルはその内部から羊水をゆっくりと吐き出していく。
それにともない、中に収められたアリシアの身体はカプセルの中に静かに横たえられる。羊水の効果なのか、彼女の身体は硬直していなかった。
そして、カプセルは開かれ――
「……ケホッ、ケホッ……!」
アリシアは“自ら”体内の羊水を吐き出した。
明らかに生きている――感極まり、口元を覆うプレシアの前で、アリシアはゆっくりと目を開いた。
気だるそうに周囲を見回し――プレシアを見つけて止まる。
「……お母……さん……?」
「……アリシア!」
事態が呑み込めていないのだろう。首をかしげてつぶやくアリシアに対し、プレシアは思わず抱きついていた。
「痛い、よ……お母さん……?」
「ごめんなさい……!
けど、今は、こうしていさせて……!」
管理局の手によって自らの行いを阻止され、もはや叶わぬ夢とあきらめていたところにもたらされた、思いもよらぬ再会――戸惑うアリシアだったが、プレシアは泣きながら愛娘を抱きしめる――
だが――
プレシアを抱きしめ返そうとしたアリシアの手が――
力なく、垂れ下がった。
「少なくとも、命に別状はない。
ただ……魔力が著しく減退している。キミの話では彼女は魔力資質を持っていなかったようだが――そのことを考慮した上でも、やはり少ない。
おそらく、昏睡の原因はその魔力の不足だろう」
急遽用意した人間大のベッド――そこにアリシアを横たえ、自身のスキャナで診断したメガザラックはプレシアにそう答えた。
「どういうことなの……?」
だが、その事実は彼女にさらなる疑問をもたらした。
アリシアは魔力資質を持たない――すなわち魔導師ではない。当然、魔法を使うことなどあり得ない。
その彼女の魔力が、なぜこうも減退している……?
思考の渦に沈みかけたプレシアだが――そんな彼女にメガザラックは尋ねた。
「プレシア……ひとつ聞きたい。
ここに来る前、キミはジュエルシードを発動させたんだな?」
「えぇ……」
「数は?」
「9つ……」
その言葉に、メガザラックはしばし黙考し――告げた。
「それだ」
「どういうこと?」
「ジュエルシード9つの強制発動……それによって得られるエネルギー量は、キミ達の魔法の技術はもちろん、オレ達トランスフォーマーの技術力をもってしても実現し得ないほどに莫大なものだ。
そもそも、魔力とは人体を維持する生命エネルギーのひとつ――すぐそばでそんなエネルギーが莫大な規模で発動させられたのだ。それが体内に入り、一時的に蘇生されてもおかしくない」
「そんな……!
じゃあ、アリシアは、発動したジュエルシードの魔力を取り込んで蘇ったというの!?」
「そうだ。
だが――」
答えて、メガザラックは静かに眠るアリシアへと視線を向け、
「現時点ではあくまでも仮初の命だ。
彼女は、ジュエルシードから得られた魔力によって生命をかろうじて維持しているに過ぎない――そもそも自らの力ではないんだ。消耗しても補充は利かず、その魔力が尽きれば……」
「なら、ジュエルシードで魔力を補充すれば……」
「それにも限界はある。
ジュエルシードはあくまでもスp――エネルギーの“結晶体”だ。当然、その“力”も無限じゃない――いずれ尽きるその時が来る。
それに、補充の手段として現在確認されているのはジュエルシードの強制発動――そもそもそれすら危険な行いだ。ヘタをすれば巻き起こるエネルギーそのものがアリシアを傷つけかねない。
アリシアを生かすためには、彼女の魔力が尽きるその時までに、彼女の生を仮初のものではなく、完全なものにする必要がある」
そう告げると、メガザラックはプレシアへと視線を戻し、
「この“メガデストロイヤー”の中は魔法の行使が可能だ。
部屋を用意しよう――彼女を救うための研究はそこで行うといい」
そのメガザラックの言葉に、プレシアはしばし考え――やがて、静かに応えた。
「……ありがとう」
それは、実に久方ぶりの謝辞だった。
その後、メガザラックとプレシアは封印されていたウィザートロンの面々を解放。いずれ訪れるであろう虚数空間脱出のチャンスに備えると同時、アリシアの命を救う手立てを探ることにした。
幸いにもアリシアの魔力はウィザートロン各自からの魔力供給でも回復させることができると判明した。
もっとも、それでも完全なものとは言いがたいのだが――いずれにせよ、時間が出来たのは確かだった。
だが――
それはアリシアに限った話だった。
「ゴホッ、ゴホ…………ッ!」
「プレシア!」
せき込み、懸命にテーブルにしがみつくが、それでもその場に崩れ落ちるプレシアの姿に、メガザラックはあわてて駆け寄った。
口元を押さえた彼女の手、その指の隙間からは赤い滴が垂れていて――
「情けないわね……ここに来るまでは、この程度でここまで崩れることなんてなかったのに……!」
うめいて、プレシアは口元をぬぐうと再び身を起こす。
「ムリをするな。
今は休め。このままではアリシアを救う前にお前が――」
言いかけたメガザラックだが――そんな彼の言葉を、プレシアは彼に向けて手をかざすことでさえぎった。
「気休めは、いらないわ……
わかっているもの……間に合わないことぐらい……!」
そう告げて――プレシアは決意に満ちた瞳で続けた。
「だからこそ……やっておかなければならないことがあるの」
「………………え?」
意識がハッキリして、最初に口からもれたのは疑問の声――不思議そうに目を瞬かせ、リニスはその場に身を起こした。
「私……どうして……?
私は、確か……」
記憶の糸を探り――思い出す。
自分は確か、フェイトを魔導師として育て上げるという役目を終え、プレシアからの魔力供給を絶たれ、消滅したはず――
「――――――っ!」
その瞬間、リニスの頭の中で強烈な情報の嵐が巻き起こった。大量の情報が流れ込んで一瞬脳がオーバーフローしかけ、突然の頭痛に思わず頭を押さえる。
だが――その痛みと引きかえに、理解した。
ここがウィザートロンの母艦、メガデストロイヤーの艦内であること。
自分が、何のために再びこの場に存在しているのか、その理由を。
そして――
となりのベッドに眠るプレシアが――
すでに、息をしていないことを。
「プレシア……」
ゆっくりと身を起こし――リニスは静かに眠るプレシアの頬をなでた。
その顔は、自分の記憶にある、どんなプレシアの顔よりも穏やかだった。仮初とはいえ、アリシアが息を吹き返したことは、彼女にとって何にも勝る救いだったのだろう。
と――
「リニス……だな?」
「えぇ。
あなたは……メガザラックですね?」
声をかけてくるメガザラックに応えると、リニスはプレシアの身体に毛布をかけてやり――彼へと向き直り、告げた。
「事情は、すべて認識しています。
アリシアを……助けましょう」
「あぁ」
言って、右手を差し出してくるリニスに応じ、メガザラックもまた右手を差し出し――リニスが彼の人指し指を握る形で、二人はしっかりと握手を交わした。
「……だいたいの事情はわかった。
つまり、ジュエルシード発動の際の強烈な魔力の渦にさらされたアリシアの肉体は、体内にまでしみ込んできたその魔力をエネルギー源に復活を果たした。
ただし――自分のものじゃない、いわば“借り物”の魔力で蘇生したアリシアは消耗した魔力を自分で回復させられない。魔力で満たした限定的な空間の中でしか活動できないし、こうして一定時間ごとにメディカルカプセルの中で休ませる必要がある……と、こういうこと?」
「えぇ」
話を聞き終わり、確認するジュンイチの問いに、リニスは静かにうなずき――
「でもって、そっちは目覚めてる時のアリシアにどう接すればいいかわからず、育児サイトに救いを求めた、と♪」
「ほっとけ!」
“悪魔の笑み”と共に告げるジュンイチに、レオザックはムキになって言い返す。
と――そんなジュンイチに対し、メガザラックが口を開いた。
「オレ達の目的は、プラネットフォースの“力”を使い、アリシアを完全に蘇生させることにある。
グランドブラックホールも確かに無視できんが――オレ達を再び目覚めさせてくれた恩人の娘の命がかかっているんだ。悪いが後回しにさせてもらう」
「ふーん……」
そのメガザラックの言葉に、ジュンイチは視線を彷徨わせて何やら考え込んでいたが、
「ひとつ……聞いてもいい?」
そう前置きし、ジュンイチはメガザラックに尋ねた。
「どんな経緯があったにせよ、アリシアは一度死んでいる。
すでに失われた命……それでも、お前は守るのか?」
「あぁ」
だが、その問いに対し、メガザラックは迷うことなくうなずいて見せた。
「一度命が失われていようが、今アリシアは生きている。これは否定できない事実だ。
どんな形であろうと、命があるからには、誰にだって生きる権利はある」
ハッキリと告げられたその言葉に対し、ジュンイチは――
「なら、任せてもいいかな?」
「何…………?」
いきなりの一言に眉をひそめ――メガザラックは気づいた。
「貴様……オレを試したな?」
「そーゆーこと♪」
うめくように尋ねるメガザラックに、ジュンイチは笑顔でうなずいた。
「あそこでグチグチ悩みだすようなら、正直覚悟が足んねぇよ。
もしそうなら、お前らからアリシアを奪って、自分で何とかする、くらいは考えてたね――実行に至らなくて幸いだよ」
「ここまで乗り込んでくるぐらいだ。本気でやりそうでシャレになっていないな、それは……」
思わず苦笑し、メガザラックは軽く肩をすくめてそう答える。
「まー、こっちも管理局に面倒見てもらってる身だからね、立場上全面協力はできないけど……とりあえず、追いかけるのはフリだけにしといてやるよ」
「いいのか?」
「かまうもんか。
手ェ貸すようになってかなり経つけど……正直、身近な部隊以外には“最強にして最悪の危険物”くらいにしか思われてない。今さら怒られる要素がひとつ増えたぐらいじゃどうってことないよ」
尋ねるメガザラックに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「善人も悪人も関係ない――ムカツキゃ殴るし気に入りゃ守る。
そんなもんだよ、人間なんてさ」
言って、ジュンイチはメガザラックに告げた。
「けど……そこまで言ったからには、絶対助けろよ。
もし、お前がその約束を違えるっつーなら……」
そこで一度言葉を切り――ジュンイチは宣言した。
「冗談でもなんでもなく、本気でアリシアを奪って連れてくからな」
「言われるまでもない」
対し、メガザラックも堂々と答えた。ブリューナクを起動、その切っ先をジュンイチに向けて告げる。
「我が槍、ブリューナクにかけて誓おう。
すべての力をかけて、必ずやアリシアを救うと」
「上等♪」
笑みを浮かべてメガザラックに答え――ジュンイチは今度はリニスへと向き直り、
「で――リニス」
「何かしら?」
聞き返すリニスに対し――ジュンイチは告げた。
「一通り事態が落ち着いたら、改めてプレシアママさんの墓参りに行っとけよ。
もちろん――」
「フェイト・テスタロッサも、一緒にな♪」
「……何て言うか……すごい子だったわね……」
「あぁ……」
ジュンイチはすでに転送魔法で地上に送り届けた――つぶやくリニスの言葉に、メガザラックは静かに同意する。
「見たところ、まだ15、6の子供だというのにあの胆力……
いったい、どんな人生を送ればあぁなるのか……」
同じ“若者”でも自分達トランスフォーマーと人間とでは生きてきた時間が違いすぎる――にもかかわらず、あの若さですでに自分と対等の交渉をして見せたジュンイチの姿を思い返し、メガザラックはしみじみとつぶやく。
そんな彼の脳裏を、ふと“息子”の姿がよぎるが――
(……それこそ“今さら”か)
思い出したところで、自分と同じ道を歩めるワケでもなく――メガザラックが内心苦笑気味に苦笑していると、
「まぁ、胆力も、だけど……」
先の自分の言葉に対し、リニスはどこか複雑そうに告げた。
「『アリシアを奪って連れていく』って……ほとんど駆け落ちのセリフよね」
「………………
絶対、自覚のないままほざいたんだろうな……」
なぜかそれだけは確信できた――リニスの言葉に、メガザラックは先ほどとは別の意味で苦笑し、振り向いて――
「ふむ……今は子供向け番組にも、教育にちょうどいいようなメッセージ性の高いものが多いのか……時代も変わったものだな。
取り急ぎ仕入れに行ってくるか……」
「……ヤツもヤツで、しっかりアドバイスされたか……
つくづくこちらを振り回してくれるな、柾木ジュンイチ……」
さんざんからかったレオザックに対しても、ジュンイチはしっかりアドバイスしていった――几帳面にその内容を吟味するレオザックの姿に、メガザラックは思わず肩をすくめてつぶやいた。
――が。
さすがの彼も予測できなかった。
まさか、この時のジュンイチの“アドバイス”が元で――
アリシアがヲタク化してしまうことになろうとは。
そして、アリシアのヲタク化のきっかけを作ってしまった張本人は――
「………………ん?」
地上に送り届けてもらい、クラナガンに戻る途上、ジュンイチはふとそれを感じ取った。
あまりにもハッキリしない、漠然とした感覚だが――何かを感じる。
これは――
「…………視線……?」
「ほぉ……
この距離から、オレに見られていることに気づいたか……」
そのジュンイチの感覚は、決して気のせいなどではなかった。
その場に佇むのは、漆黒に染め上げられたボディを持つ、1体の大型トランスフォーマーだ――ハッキリしない気配の主を探し、周囲を見回すジュンイチの姿を望遠映像で見つめ、彼は満足げにうなずく。
「地球での騒ぎでこの世界の存在を知り、独自にたどり着いてみれば……到着早々大した発見だ。
科学の力と精神の力が高度に融合した魔法の力……
そして、その魔法とも一線を画す、あの小僧の持つ特殊な力……
手に入れることができれば、このオレはさらに強大な力を手にすることができる。
その時こそ……このオレが“破壊大帝”の座に再び返り咲く時だ」
そうつぶやき――彼の口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
「破壊大帝にふさわしいのは、マスターメガトロンのような暴力のみの乱暴者ではない。
このオレ……」
「ギガトロン様だ」
リニス | 「プレシア……安心してください。アリシアは私達が守ります。 だから、天国から見守っていてくださいね……うぅっ……!」 |
ジュンイチ | 「うぅっ……!(←もらい泣き) でもなぁ、リニス…………ここ予告なんで……予告をやってもらえると……」 |
リニス | 「今までこのシリーズでまともな予告がありましたっけ?」 |
ジュンイチ | 「いや……それを言われると辛いんだけどさ……」 |
リニス | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Galaxy Moon〜異聞、 第7話『対峙の時』に――」 |
リニス&ジュンイチ | 『ブレイク、アァップ!』 |
(初版:2007/12/22)
(第2版:2008/01/19)(予告を加筆)