グランドブラックホールの発生に始まり、最後には破壊神ユニクロンの復活にまで発展した一連の戦い――“GBH戦役”はついに終結の時を迎えた。
 サイバトロンと時空管理局の活躍によってグランドブラックホールも消滅。その中から姿を現したユニクロンもまた、激しい戦いの末に再び眠りについた。
 各惑星のデストロン勢力を加えた大連合軍の猛反撃と――

 

 

 

 

 デストロン破壊大帝、マスターメガトロンの犠牲によって。

 

 

 

 

 戦いが終わり、平和を取り戻した第97管理外世界、セイバートロン星。
 目前に迫った第1回宇宙平和会議の準備で活気にあふれるサイバトロン本部の一角で、セイバートロン・デストロンの古参戦士ブリッツクラッカーは会議で使われる机やイスなどの資材の数量確認作業を進めていた。
 と――
「おーい、ブリッツクラッカー」
 そんな彼に声をかけてきたのは、セイバートロン・サイバトロンのベテラン戦士、ガードシェルである。
「お前に客だ」
「オレに……?
 ……ひょっとして晶か!?」
 まさか自分のパートナーが会いに来てくれたのか――思わず目を輝かせるブリッツクラッカーだったが、
「そんなワケないだろう。
 彼女は学生だぞ――平和になった以上学校に戻らなければならない。そして今日は平日だ」
 そんな彼の希望を、ガードシェルはあっさりと粉砕した。そりゃもう、逐一説明することで完膚なきまでに、木っ端微塵に。
「お前に……というか、お前達セイバートロン・デストロンの古株と話したいそうだ」
「デストロンの古株に……?」
「あぁ。
 スターコンボイは宇宙平和会議の準備で忙しいし、ラナバウトはそれに絡んで外に出ているからな」
「消去法かよ。
 ……まぁいいや。その“客”とやらはどこにいるんだ?」
 ガードシェルの言葉に思わず肩を落とすものの、ブリッツクラッカーは気を取り直してそう尋ね――

「ここにいるよ」

 言って、ジュンイチはガードシェルの背後から姿を見せた。

 

 


 

第8話
「奪われた笑顔」

 


 

 

「ギガトロン?」
 とりあえず場所を移し、本部の裏手へ――ジュンイチからその名を聞かされ、ブリッツクラッカーは眉をひそめた。
「そりゃ知ってるぜ――マスターメガトロン様に追い出された、先代の破壊大帝だよ」
「どんなヤツだった?」
「んー……ド突き回してナンボのマスターメガトロン様と違って、頭で勝負するタイプだな。
 いろいろ作戦立てたり、何かと新しい武器とかシステムとかを作ったり。
 あ、もちろん戦っても強かったぜ。マスターメガトロン様ほどじゃなかったけどな」
「なるほど……」
「けどよぉ、何で知ってんだ? ギガトロンのこと。
 ウワサじゃ、とっくの昔に野垂れ死んだ、って聞いてるぜ」
「ところがドッコイ、しっかり生きてやがったんだよ」
 ブリッツクラッカーにそう答え、ジュンイチはギガロニアでのことを彼に説明した。
 ギガトロンに『仲間になれ』と勧誘されたこと。
 気に障ることを言ってくれたので、“切り札”まで使って問答無用でブッ飛ばしたこと。
 そして――ギガトロンが、ミッドチルダ式ともベルカ式とも違う、未知の術式の魔法の力を手にしていたこと。
「なるほどなぁ……
 ギガトロンのヤツ、とにかく頭の回るヤツだったからなぁ……魔法のことを知ったんなら、独自に解析してオリジナルのものを作ったとしても、ちっとも不思議じゃねぇな」
「やっぱりか……」
 納得するブリッツクラッカーの言葉にジュンイチはため息をつき――そんな彼に、ブリッツクラッカーは肩をすくめて尋ねた。
「けどさ、そんな気にすることもねぇんじゃねぇか?
 ギガトロンは自分を追い出したマスターメガトロン様を倒して、破壊大帝の座に返り咲きたかったんだろ?
 けど、マスターメガトロン様は……」
「…………あぁ。
 ユニクロンと刺し違えて……もういない」
 先を告げることをためらったブリッツクラッカーに代わってそう告げて――ジュンイチはもう一度ため息をつき、続けた。
「けどな……“だからこそ”ややこしいことになってるんだ」
「どういうことだよ?」
「ギガトロンの目的はマスターメガトロンへの復讐じゃない――もちろんそれもあるだろうけど、最優先の目的じゃないはずだ。
 ヤツにとってもっとも優先されるべき目的は、あくまでも破壊大帝の座を取り戻し、全宇宙の支配へと乗り出すことだ。
 ヤツがマスターメガトロンを倒そうとしたのは、それが今言った“目的”への一番の近道だったから――それがたまたま、復讐を兼ねるものだった、ってだけだと思う」
「そういうもんか?
 オレだったら、真っ先に自分を蹴落とした相手へ仕返しすることを考えると思うけどな」
「まぁ、それが普通の反応だとは、オレも思うぜ」
 首をひねるブリッツクラッカーに苦笑し、ジュンイチは話を続ける。
「けど……ヤツが、オレの考えるとおり“本当に智略で動くタイプ”だとすれば、その思考は“普通のもの”とは違うはずだ。
 そういうヤツってのは、感情的な視点よりも大局的な視点を優先してものを見ようとする――そして、それが常であればあるほど、それはそいつの中に“クセ”として、“習慣”として……最終的には“本能”として刷り込まれていく。
 もしヤツが“本物”なら、自分を追い出したマスターメガトロンへの復讐を考えた時、同時にそれが世界に与える影響とそれに伴うメリットやデメリットを考えたはずだ。本能であるがゆえにね」
 そこで一度言葉を区切り――ジュンイチは表情を引き締めた。
「けど、肝心要のマスターメガトロンはヤツとぶつかる前に表舞台から姿を消した。
 そして、その結果、ヤツの計算は大いに狂い、迷走を始めることになるはずだ」
「そこがわかんねぇんだよ。
 マスターメガトロン様がいなくなって、スターコンボイも跡を継がなくて、破壊大帝の座は事実上の空位なんだぜ。
 せっかく空いてるんだ。後釜に納まっちまえばいいじゃんか」
 言いたいことがわからず、疑問の声を上げるブリッツクラッカーに、ジュンイチはため息をついて答えた。
「ったく、こういう政治的なことはからっきしかよ……“遅咲きの天才”ブリッツクラッカーの名が号泣すっぞ。
 自分の立場で考えてみろよ。お前ら、実力が何よりモノを言うデストロンだろ?
 破壊大帝ってのは、そのデストロンのトップに立つ存在なんだ――お前、“ただリーダーを名乗ってるだけのリーダー”について行きたいと思うか?」
「あ………………」
「ようやくわかったか。
 つまり、ギガトロンが破壊大帝の座に返り咲くためには、それ相応の“実績”がどうしても必要になる。かつて自分を蹴落としたマスターメガトロンを叩きつぶす、ってのは、それを示す上でこの上ないパフォーマンスになったはずなんだ」
「けど、マスターメガトロン様がいなくなったことで、ギガトロンはその手に出ることができなくなった……」
「そゆコト」
 ブリッツクラッカーに答えると、ジュンイチは面倒くさそうに頭をかき、
「つまり、ギガトロンは別の手段によって“実績”を示すしかなくなっちまったワケだ」
「どう出てくるってんだ?」
「具体的な手段まではわからないけど……オレがヤツの立場なら、選ぶ選択肢はひとつしかねぇな。
 つまり――」
 そう言って息をつき――ジュンイチは真剣な表情で告げた。
「世界に対して、その力を見せつけること。
 今でこそ、ヤツは戦力を集めるために沈黙を保ってるけど……戦力が整い次第、すぐに行動を起こすと見ていいだろう。
 自分の智略と発明、そしてそれをフルパフォーマンスで発揮できる強力な兵士――それらを引っさげて、十分な勝算と共に世界にケンカを売るだろうな」
「たっ、大変じゃねぇか!
 すぐスターコンボイ達に知らせねぇと!」
 ジュンイチの言葉に、ブリッツクラッカーはあわててきびすを返し――
「待てい」
 そんな彼の後頭部を、ジュンイチは思い切り蹴飛ばした。
「あわてんな。
 そんなにバタバタしたって、今日明日中に世界が滅ぼされるワケでもなし」
「そうだな……
 先にオレが滅ぼされそうだよ……お前に」
 地に倒れ伏したままブリッツクラッカーが悪態を返す――が、ジュンイチはかまわず告げた。
「心配しなくたって、ヤツはまた現れるよ。
 オレを、今度こそ仲間に引き入れようとしてね」
「………………?
 やけに、ハッキリ言い切るじゃねぇか」
「根拠があるからな」
 眉をひそめ、身を起こすブリッツクラッカーに、ジュンイチはあっさりとそう答える。
「ギガロニアでのヤツの言動を見る限り、ヤツはオレの“力”の強さそのものよりも、むしろその“力”の特異性の方に目をつけていた。
 たぶん、ヤツは希少技能保有者レアスキルホルダーに戦力のあてとしての狙いを絞ってるんだろう――希少技能レアスキルともなれば、管理局も実態を把握しきれてないだろうからな。こっちが対策を取りきれないっつーのは、勢力規模で劣るヤツにとっては大きな武器になる。
 けど――希少技能保有者レアスキルホルダーなんてそう簡単に見つかるもんじゃない。なんたって“希少レア”なんだから。
 希少技能レアスキルを主軸に据えた戦略を構築したことで、ヤツは希少な希少技能保有者レアスキルホルダーであるオレをあきらめるワケにはいかなくなっちまってる、ってことさ」
「だったらなおさら知らせなきゃマズイだろ!
 お前が狙われてるってコトじゃねぇか!」
 ジュンイチの言葉に声を上げ、ブリッツクラッカーは再びきびすを返し――
「その前に落ち着け」
 そんなブリッツクラッカーを、ジュンイチは背後から張り倒した。
「れーせーに考えみろって。
 てめぇだって、アイツがバカじゃねぇってところは認めてんだろ。
 そんなヤツが、自分が現れるのを見越してバリバリに警戒してるところへノコノコ出てくか? 出てくワケねぇだろ。
 そんなの、わざわざボコボコにされに行くみたいじゃねぇか」
「ちょうど、今のオレみたいにか……!?」
 再び上がる怨嗟の声――が、またしてもあっさりとスルーし、ジュンイチは告げる。
「せっかく向こうから出向いてきてくれる条件がそろってるんだ。わざわざツブすこともねぇ。
 とりあえず、ヤツが生きてる、ってコトは報告しとくべきだろうけど、この件に関しては余計な手出しは無y――」
 しかし――ジュンイチの言葉は無機質な電子音によってさえぎられた。
 ブレイカーブレスの時計機能のアラームだ。
「あ、もう時間か。
 悪い、もう1件の面会の時間が近いから、オレぁもう行くわ」
「え? もう1件?」
「念を押すけど、余計なことすんなよ!
 ギガトロンについては、オレが何とかすっからさ!」
「おい、こら待て!」
 疑問の声を上げるブリッツクラッカーだったが、ジュンイチはかまいはしない。こちらの制止も無視して、そう念を押すとその場から走り去っていってしまった。
 

 ブリッツクラッカーと別れ(というか置き去りにして)、ジュンイチが向かったのは、セイバートロン星の中枢部へと向かうメインシャフトだった。
 一応、中枢部へはシャフトを貫くエレベータがあるが――時間のかかるエレベータで降りるつもりはない。シャフトを支えるフレームを足場に、中枢部を目指して跳び下りていく。
 しかし、一民間人に過ぎないジュンイチが、なぜこんな中枢部に入ることができているのか?――答えは簡単。
 この先にいるのだ。ジュンイチを招いた張本人が。
 そして、ジュンイチは最深部まで降下するとさらに奥へ。終着点である広大なホールへと足を踏み入れ――
「来たぜ――プライマス!」
 その言葉と同時、ホール内に変化が起きた。明かりもついていなかったホールが、中央に現れた光球によって照らし出される。
 そして――ジュンイチに答える声は、その光球から発せられた。

 ――来たか、炎の勇者よ――

「『勇者』? オレが?
 冗談言うなよ。オレが勇者ってガラか。
 オレが管理局でなんて呼ばれてっか知ってる? “黒き暴君”だぞ。“暴君”」
 プライマスの言葉にそう答え――ジュンイチは逆にプライマスに尋ねた。
「で? 慣れないメールに挑戦してまでオレを呼び出したのは何でだよ?」

 ―― うむ。
先日の“依頼”の報酬が、ようやく形を成したのだが――

「へ…………?」
 プライマスの言葉に、ジュンイチの目が一瞬点になり――
「…………あ、あーあー!
 そーいや頼んでたっけね! オレの故郷の世界を探してもらうの!」

 ――まさか、忘れていたのか……?――

 ポンと手を叩くジュンイチの言葉に思わずうめくが――そこは神様。すぐに気を取り直し、プライマスは告げた。

 ―― わかりやすく、時空管理局の管理単位で教えよう。
お前の故郷は第108管理外世界。次元世界間の移動技術が確立していないため管理対象外となっているが、お前のような能力者が数多く存在するため、専門の部署による特別監視対象となっている。
管理局内のお前の協力者達が見つけられなかったのもそのためだろう――

「なるほど。要注意対象につき専門部署の管轄、ねぇ……そりゃ縄張り意識の強いお役所仕事じゃ見つけられないか。
 まー、しゃーないって言えばしゃーないか。オレ達ブレイカーの使う精霊力は魔力だけじゃなく、霊力や気と掛け合わせた統合エネルギーだ。
 当然、その力は魔力オンリーの魔導師よりも高出力――そんなのがゴロゴロしてりゃ、要注意対象の指定も喰らうわな」
 プライマスの言葉に思わず苦笑し、ジュンイチは肩をすくめ――

 ――帰るのか?――

「そりゃ帰るさ。そのために探してもらってたんだし」
 尋ねるプライマスの言葉に、ジュンイチはあっさりと答えるが、

 ――ギガトロンのことがあっても、か?――

「………………」
 プライマスに指摘され、ジュンイチは動きを止めた。
「さすがは神サマ。お見通しか」

 ―― やはりか。
ギガトロンを、地元で迎え撃つつもりか――

「あぁ。
 向こうなら、地の利のあるオレの独壇場だからな――誰も巻き込まないフィールドにヤツを誘い込むことは難しくない。
 それに、向こうに戻れば、オレの“力”も安定供給のあてがあるしな」
 プライマスに答え、ジュンイチは肩をすくめ、
「ギガトロンの狙いはあくまでオレ――それは逆の見方をすれば“オレ以外はどーでもいい”ってことだ。オレを引き込むためなら、周りのヤツらを巻き込むことだってためらわねぇはずだ。
 オレがこのままミッドチルダにいたら、クイントさんや、ゼストのオッサンや、ゲンヤのオッサンや、メガーヌさんや部隊のみんなや……最悪の場合、ギンガやスバルも巻き込みかねない。
 だから――」
 そう告げて――ジュンイチは決意と共に告げた。
「そうなる前にみんなと離れて……独りで決着をつける」

 ――彼らに……その本心を告げぬまま、か?――

「たりめーだよ。
 そもそも、そのためにオレはギガトロンのことをみんなに話してないんだしね……」
 あっさりと、なんでもないことであるかのようにそう答えるジュンイチだったが――プライマスは気づいていた。
「元々、一時的な付き合いの予定だったんだ。
 別れがちょっとだけ早まっただけ――気にするほどのことじゃねぇよ」
 そう告げるジュンイチの言葉、その声色に――

 隠し切れない寂しさが見え隠れしていることに。

 

「と、ゆーワケで、レティ提督に裏づけをお願いしてきた」
 今日も平和なナカジマ家の食後の風景――いつものようにスバルとギンガを風呂場に放り込み、ジュンイチはリビングに残ってもらっていたクイントとゲンヤにそう告げた。
 一連の事情も伝えてあるが――もちろん、ギガトロンのことは伏せている。話したが最後、協力を申し出るに決まっているからだ。
「やれやれ、プライマスに先を越されたか……管理局の面目丸つぶれだな」
「仕方ないわよ、相手は神様なんだもの」
 苦笑するゲンヤにそう答え、クイントはジュンイチに尋ねた。
「けど……これで帰れる目処が立ったのよね?
 やっぱり、帰っちゃうの?」
「ま、元々オレは“向こうの世界”の人間っスからね。
 保護観察は今までの協力で……伸びたりもしたけど一応チャラになってるワケだし。急ぐ理由もないかもしれないけど、こっちに長々と留まる理由もないっしょ?
 まぁ、そう気にすることもないんじゃね? 管理局と縁ができる以上、たまにゃ遊びに来たりもできると思うし」
「それでも……寂しくなるわ。
 スバルもギンガも、ジュンイチくんにはなついてくれてたのに……」
 答えるジュンイチの言葉に、クイントは寂しげに微笑んで見せるが――すぐに気を取り直し、告げる。
「ねぇ、ジュンイチくん。
 せめて……帰る前にスバルやギンガと、一日思いっきり遊んであげてくれないかな?」
「思い出作り、ってヤツっスか?
 そーゆーのは、別れた後で余計に寂しさを助長しそうな気もするんだけどなぁ……」
 クイントに聞き返し、ジュンイチはしばし視線を宙にさまよわせる。
 その脳裏をスバルの、ギンガの笑顔がよぎり――

「…………ま、たまにはそれも悪くないか」

 結局、ジュンイチは苦笑まじりにクイントの提案に同意した。

 

 そんなこんなで週末を迎え――
「ジュンイチさん! お姉ちゃん! 早く早く!」
「ひとりで突っ走るんじゃねぇ、この迷子予備軍っ!」
 久しぶりに3人そろってのお出かけ――大はしゃぎのスバルを、ジュンイチは瞬時に追いついて引き留めた。
 3人がいるのは郊外の遊園地――クイントの提案に乗ったジュンイチは、スバルとギンガを連れてここへ遊びに来たのだ。
「ったく……
 相変わらず元気の塊みたいなヤツだな……初めて会ったばかりの頃がウソみたいだ」
「えへへ……」
 思わずうめくジュンイチにスバルが照れていると、
「ジュンイチさんのおかげです」
 そんなジュンイチに答えるのはギンガだ。
「ジュンイチさんが来る前は、スバルってホントにおとなしかったんですよ」
「それは『いい影響』って言うのかねぇ……」
 ギンガの言葉に、ジュンイチはため息まじりにつぶやいて――
「それはそうと、また“いい子ちゃん”になってっぞ」
 言って、ジュンイチはギンガの額を軽く小突いた。
「クイントさんもゲンヤさんも共働きだからな……『自分がしっかりしなきゃ』って思うのかも知れねぇけどさ……」
 そして、ギンガの前にしゃがみ込むとその頭をなでてやり、
「他に頼れるヤツがいるんなら、頼っちまってもいいんじゃねぇか?
 少なくとも……オレに対してはそうしてほしいし」
「…………はい……」
 少々照れながら告げるジュンイチの言葉に、ギンガは上目遣いでジュンイチを見上げ――告げた。
「じゃあ……さっそく頼ってもいいですか?」
「何だよ?」
「……お化け屋敷も、一緒に入ってもらえますか?」
「かんべんしてください」
 いろいろと台無しな土下座だった。

 お化け屋敷をジュンイチが辞退した以外はおおむね順調――いくつかアトラクションを回った頃には、すでに太陽は真上に昇っていた。
「ごっはん♪ ごっはん♪ おっひるっごっはぁ〜ん♪」
「はいはい、今あっためてやっから」
 上機嫌のスバルにそう答えると、ジュンイチはコインロッカーから回収してきた本日の弁当を取り出すと、“力”によって熱を流し込んで再加熱する。
「便利な能力ですねー……」
「冷凍から中華まで何でもござれだ」
 感心するギンガに答えると、ジュンイチは暖め終えた弁当を並べ、
「……ほら、できたぞ。さぁ食えそれ食え、たんと食え」
「はぁい♪
 いっただっきまぁす♪」
 ジュンイチのGOサインに、スバルはすぐさま飛びついてきた。満面の笑みで目の前に並べられた弁当に箸を伸ばす。
「う〜ん、おいし〜っ♪」
「はっはっはっ、そーだろそーだろ」
 大喜びで舌鼓を打つスバルに、ジュンイチもまた笑顔でうなずき――
「わたしも……こんな風に美味しく作れるようになるかな……?」
「………………」
 ギンガの呟きを聞き、思わず動きが止まった。
「……う、うーん、どうだろうな。
 世の中にゃ、どれだけ練習しようとなぜか攻撃力しか向上しないヤツもいるし……」
 そんな彼の脳裏をよぎるのは元の世界に残してきた妹のこと――天才的とも言える殺人料理の使い手である彼女のことだ。自分がこちらに滞在している間にもさらに腕を上げていることだろう。もちろん味ではなく攻撃力が上がる方向で。
「…………ま、まぁ、全員が全員そいつと同類、ってワケじゃねぇんだ。
 お前らなら、きっとうまいメシが作れるようになるさ」
「ホントですか!?」
 なんとかフォローするジュンイチの言葉に、ギンガはパッと表情を輝かせ、
「じゃあ……今度、料理を作ったら、最初に食べてみてくれますか?」
「最初に…………?
 ………………毒見?」
「ち、違いますよ!」
「ハハハ、冗談だよ、ジョーダン。
 けど、味は厳しく評価させてもらうぜ」
「じゃあ、あたしもー!」
「おぅともよ!
 ギンガもスバルも、どーんと来いっ!」
 となりで手を挙げ、立候補するスバルにもジュンイチは笑顔で答えて――

 

 突然の爆発が彼らを襲った。

 

「…………あ、あれ?」
 突然のことで思考が追いつかない――気がついた時には、スバルはギンガと共に、着装したジュンイチに抱えられて宙を舞っていた。
「な、何…………?」
 同様に状況がわからず、ギンガがジュンイチの腕の中で声を上げると、
「フンッ、やはりこの程度は対応できるか」
 言って、攻撃の主がジュンイチ達の前に舞い降りてきた。
 その“主”とはもちろん――
「ギガトロン……!」
「家族サービス中のようだが、ジャマさせてもらうぞ」
「ジャマするなら帰れ」
「そうもいかんさ。
 こっちも目的があって来てるんだからな」
「マジレスかい。
 吉本知らない相手にゃ厳しいボケだったか……」
 すかさず返した軽口も相手がツッコみどころを心得ていなければ意味がないか――真面目に答えてくれたギガトロンの反応に舌打ちし、ジュンイチは地上へと降下し、
「悪いな、ギンガ、スバル。
 ちょっとバトってくるから、2、300mくらい下がっててもらえるか?」
「え…………?
 でも……大丈夫……?」
「心配いらないよ」
 初めて見るトランスフォーマーはとても巨大で、怖そうで――思わず不安を口にするスバルだったが、ジュンイチは優しくその頭をなでてやり、
「ちょーっと痛い思いして、帰ってもらうだけだからさ。
 だから、安心して見てな」
 そして、ジュンイチは改めてギガトロンへと向き直り、
「と、ゆーワケで。
 オレ的スケジュールよりいささか早まったけど、速攻でボコられてもらうぜ」
「言ってくれるな」
 告げるジュンイチの言葉に、ギガトロンもまた余裕の笑みを浮かべて答える。
「貴様の予定よりも早まった、ということは――そっちはまだ、こちらを迎え撃つ準備ができていない、ということではないのか?」
「ご心配なく。
 準備できてねぇのは、“確実に”てめぇをボコる準備だ。てめぇをブッ飛ばしてふん捕まえる分には、何の問題もねぇよ」
 答えて、ジュンイチは腰に差した“紅夜叉丸”を抜き放ち、爆天剣へと“再構成リメイク”する。
「悪いが、後20分くらいでジェットコースターの行列が空いてくる時間帯なんだ。
 移動時間を含めて後15分――速攻で沈んでもらうぞ!」
「できるものなら――やってみろ!」
 告げるジュンイチに言い返し、ギガトロンが地を蹴り――
「しゃらくせぇっ!」
 すかさずジュンイチはカウンターを狙った。ギガトロンの正面に向けて炎を放つが、ギガトロンはかまわず突撃。ジュンイチの生み出した炎の壁を突破し――しかし、その先にジュンイチの姿はない。
 そして――
「――――――っ!?」
 とっさにギガトロンは前方に跳び、背後に回り込んでいたジュンイチの斬撃をかわす。
「よく気づいたな!」
「オレでもそうするだろうからな!」
 ジュンイチの軽口に答え、ギガトロンは再びジュンイチへと向き直り、
「ギガトロン、トランスフォーム!」
 ジェット機へとトランスフォーム、地上スレスレを低空飛行し、ジュンイチへと突撃する。
「くらえ!」
 咆哮と共にエネルギーミサイルを放つが、ジュンイチはそれをことごとく回避。続けて突っ込んできたギガトロン自身をもかわし――
「……いいのか? かわして」
「――――――っ!?」
 ギガトロンの言葉に――ジュンイチは気づいた。
 突撃をかわされたギガトロンの向かう先には――
(ギンガと、スバル――!?)
「野郎――っ!」
 まさか、ギガトロンの狙いがスバル達とは――とっさに反転、ジュンイチは急加速でギガトロンの前に回り込み、
龍翼の轟炎ウィング・ギガフレア!」
 ギガフレアで迎撃、ギガトロンを押し戻す。
「ちぃっ!
 トランスフォーム!」
 ジュンイチの一撃で押し戻され、ギガトロンはバランスを崩しながらもロボットモードへとトランスフォーム。大地に降り立ち、スバル達をかばうジュンイチと対峙する。
「ギガトロン、てめぇ……!」
「卑怯、とでも言うつもりか?」
 爆天剣を握る手に力を込め、うめくジュンイチにギガトロンは悠々とそう答えた。
「要は勝てばいいんだ。
 そいつらはお前にとって“守るべき存在”なんだろう? ならば、そいつらを狙えば、守るためにお前は動きを鈍らせる。
 お前の力を削るのに、これ以上手っ取り早い手はあるまい」
 ジュンイチに対し、ギガトロンは邪悪な笑みと共にそう告げて――
「…………もういい」
 そんなギガトロンに、ジュンイチは静かにそう告げた。
「オレの動きを鈍らせるためにスバルとギンガを狙う、か……
 確かに悪い手じゃないが――」
 言って、ジュンイチは爆天剣をまっすぐにかまえ、
「オレを怒らせたのは……失敗だったったな!」
 その言葉と同時――ジュンイチはギガトロンの正面に飛び込み刃を一閃。ギガトロンもそれをかわし間合いを取るが――
「逃がすかよ!」
 ジュンイチも逃がすつもりはない。大地をしっかりと踏みしめると背中のゴッドウイングを変形。形状変化によって反応エネルギー砲“ウィングディバイダー”へと姿を変え、
「ゼロブラック――Fire!」
 放たれた精霊力の奔流がギガトロンを直撃、吹き飛ばす!
「ちぃっ!」
 うめき、なんとか体勢を立て直そうとするギガトロンだが――
「ゼロブラックを受けてその程度のダメージ、ってのは大したもんだけど……時間をかけるつもりはねぇんだよ!」
 そんなギガトロンの前には、すでにジュンイチが飛び込んでいて――
龍翼の轟炎ウィング・ギガフレア
 続けて――號拳龍炎ストライク・ギガフレア!」
 立て続けに放たれた炎が次々にギガトロンへと叩き込まれ、
「でもって――」

螺旋龍炎スパイラル・ギガフレア!」

 仕上げの一撃が炸裂――ジュンイチの得意とする大技、ギガフレア系の三種連続コンボ“ギガフレア三連”がギガトロンを吹き飛ばす。
「終わりだぜ――ギガトロン!」
 スバル達に手を出したギガトロンを許すつもりはない。一気に叩きつぶすべく、ジュンイチは爆天剣を振りかぶり――

 

 

 瞬間――

 砕け散った。
 

 ジュンイチの“装重甲メタル・ブレスト”が――

 

 ひとりでに。

 

 

「何――――――っ!?」
(ブレイカーブレスに溜め込んであった精霊力が尽きた――!?
 予想より早い――大技を撃ちすぎたか!)
 思わず舌打ちするが――今は戦闘中だ。すぐに意識を切り換え、唯一難を逃れた爆天剣を振るうが――
「動揺したな。
 刃に力を込め切れていないぞ!」
 そんなジュンイチを、ギガトロンは真っ向から弾き返し、
「こいつぁ……オマケだ!」
 吹っ飛ぶジュンイチに向け、エネルギーミサイルを立て続けに叩き込む!
「ジュンイチさん!」
「さすがの貴様も、逆鱗に触れられては視野を狭めるか。
 怒りに任せて大技を使いすぎたな!」
 爆発の中に消えたジュンイチにスバルが声を上げる――その一方で、反撃の一撃を叩き込んだギガトロンが言い放つが、
「勝ち誇るには――」
「――――――っ!?」
「まだ早いんじゃねぇか!?」
 爆煙の中から飛び出してきたジュンイチが振り下ろした爆天剣を、ギガトロンは両腕の装甲で防御する。
「やはり、あの程度ではくたばらないか!」
「たりめーだ!」
 告げて、こちらを弾き飛ばすギガトロンに言い返し、ジュンイチは大地をすべりながらも体勢を立て直し、再びギガトロンに向けて地を蹴る。
「スバル達に手ェ上げた罪――消し炭になって反省しやがれ!」
 そのまま、拳にまとった炎をギガトロンに向けて解き放つが――
「その程度の炎で、このオレが止められるか!」
 万全の状態でもダメージには至らなかったのだ。着装も維持できないほどに消耗したジュンイチの炎では火力が足りず、ギガトロンはあっさりとジュンイチを弾き返す。
 が――
「………………やってくれるな」
「出力が弱っても、やりようならあるんだよ」
 一撃が打ち込まれたのはギガトロンの左ヒジ関節部――今の一瞬の刹那、爆天剣の斬撃によって関節内側のカバーが斬り裂かれ、内部のケーブルの一部が断たれていた。不敵な笑みを浮かべるギガトロンに、ジュンイチは爆天剣をかまえ直しながらそう答える。
 だが――
「しかし、決定力には欠ける。
 今の一撃で決められなかったのは、貴様にとって致命傷だ」
「何………………?」
 ギガトロンのその言葉に、ジュンイチは思わず眉をひそめた。
 が――
(――――ちょっと待て)
 その脳裏を違和感が駆け抜けた。
(どういうつもりだ……!?
 なんで、ギガトロンのヤツ……“一度も魔法を使ってこない”!?)
 そうだ――直接自身が戦闘を行う状況下において、ギガトロンにとって最大の武器となるのは、その智略よりもむしろ独自の術式の魔法だ。
 自分の持つブレイカーの“力”と同じく、相手にその本質を分析されていないその“力”をどう使うのか――その一点が彼にとって重要な鍵になると言っても過言ではない。
 ギガトロンだってそのことはわかっているはず。なのに使ってこないということは、何かしらの理由があるということで――
(温存……じゃないな。それなら、着装もできなくなったオレに対して温存する理由がない。
 だとすれば……“別の目的がある”…………!?)
 そこまで思考をめぐらせ――ジュンイチは気づいた。
(おい、まさか……
 ギガトロンがさっき使った手……あれが一時的な、一発作戦じゃなかったとしたら!?)
 思わず背筋が凍りつくのを感じながら、ジュンイチは叫んだ。
「スバル、ギンガ!
 すぐにそこから逃げろ!」
「え――――――?」
 しかし、ジュンイチの声を聞いてもその意図まで思考が至らず、ギンガを声を上げ――

「もう遅い」

 そのギガトロンの言葉と同時――ギンガ達が光に包まれた。
 深緑に輝く、ギガトロンの魔力の光に。
拘束術バインド――やられた!)
 そして――ジュンイチはようやく気づいた。
 さっきスバル達を人質にしようとしたのは、ジュンイチを怒らせ、消耗を招くためのものではなかった。
 いや、それだけではなかった、と言うべきか――そうやってジュンイチの消耗を招くことで、あくまで人質作戦が本命ではなく、ジュンイチを消耗させるためのおとりであったかのように見せかけたのだ。
(やられた……!
 完全に、作戦面で出し抜かれた……!)
 本命をあえてさらすことでおとりに見せかける――本来ならば自分の得意とする分野であるはずの“虚実の使い分け”で出し抜かれ、ジュンイチは思わず歯がみする。
 が――
(いや――まだだ!
 まだ拘束術バインドでスバル達を拘束されただけ――確保される前にヤツをブッ倒せば!)
 挽回の手は残されている――後悔する意識よりも早く戦士としての本能が身体を動かし、ジュンイチはスバル達の元に向かうギガトロンへと襲いかかる。
 そのままギガトロンの頭上に飛び出し、爆天剣を繰り出し――
(――――――っ!?)
 ギガトロンの口元に――“ジュンイチに向けての”笑みが浮かんだ。

 

拘束術バインド程度の簡単な術を隠すためだけに――」

 そして、ギガトロンは――

「魔法を使わず温存したとでも思っているのか?」

 そう告げて――

「もうひとつ――」

 

 

「転送魔法を重ねていたことも見抜けなかったか?」
 

 手元に転送回収したスバルとギンガを盾にした。

 

 

「――――――っ!?」
 二人を盾にされ、さすがのジュンイチも思考が一瞬停止する――最大の速力で振るっていた刃の軌道を懸命にそらし、爆天剣はスバル達のすぐ頭上の空間を駆け抜ける。
 スバル達の無事を確認し、すぐに体制の立て直しを図るジュンイチだったが――その一瞬の空振りは、このレベルの攻防においては完全に致命的なスキとして現れた。
「フォースチップ、イグニッション!」
 咆哮し、ギガトロンは背中の――首のすぐ後ろに備えられたチップスロットにセイバートロン星のフォースチップをイグニッション。背中に折りたたまれていたジェット機モード時の機種が分離、ギガトロンの右腕に連結され――

 

「デス――ランス!」
 

 繰り出された巨大な槍――そこから伸びた光の錐が、ジュンイチの身体を深々と貫いた。

 

「………………え?」
 一瞬、何が起きたかわからなかった――呆然と目を見開くギンガの頬に、生暖かい滴が降りかかった。
 それがジュンイチの口からあふれた鮮血だと気づくのにさほど時間はかからなくて――

 

「…………ぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 すべてを理解したギンガの悲鳴が響く中――光の錐が消滅し、自由となったジュンイチはバランスを崩しながらも懸命に二人に向けて手を伸ばす。
「ジュンイチさん!」
 対し、スバルもジュンイチに向けて手を伸ばした。二人の手がわずかに触れ合い――
「………………フンッ」
 ギガトロンが不造作にデスランスを振るった。エネルギーをまとい、巨大な光刃と化したデスランスがジュンイチの身体を深々と斬り裂き、吹き飛ばす!
「ジュンイチさん!
 ……ジュンイチさん!」
 一瞬触れ合うことができた手は、すでにはるか遠く――懸命にスバルがジュンイチに向けて声を上げるが、
「炎の能力者、柾木ジュンイチ」
 そんな彼女やギンガを拘束したまま、ギガトロンは静かに上空へと上昇し、告げた。
「まだ意識があるはずだ――そして、わかっているはずだ。
 貴様ならその傷でもくたばるまい。
 そして、この娘達の命は――」

 

(…………く…………そ………………っ!)
 意識はすでにハッキリしていない。身体の感覚もほとんど消え去っている――捕らわれたスバルやギンガに向け懸命に手を伸ばそうとするジュンイチだが、無情にもその腕に力が通ってくれない。
 だが――
「炎の能力者、柾木ジュンイチ」
 そう告げるギガトロンの声だけは、ハッキリと聞き取ることができた。
「まだ意識があるはずだ――そして、わかっているはずだ」
 そう――彼の言うとおり、ジュンイチは理解していた。
「貴様ならその傷でもくたばるまい。
 そして、この娘達の命は――」

 

 

「貴様が我が同胞に加わることと交換だ」

 

 

(…………待ち………………やがれ……………………っ!)
 叫ぼうにも、すでに肺にも、のどにも、そして口にも命令が届かない――ゆっくりと暗くなっていく視界の中、上空のギガトロンが足元に魔法陣を展開するのが見えて――

 

 

 

 

 

(…………く…………………………………………)

 

 

 

 

 

 

 

 そして――すべてが闇に閉ざされた。


次回予告
 
ジュンイチ 「……スバル……!

 …………ギンガ……っ!

 守るって……決めたんだ……っ!」

   
   
   
   
第9話『すれ違う想い』

 

(初版:2008/01/12)
(第2版:2008/01/19)
(予告を加筆)