時空管理局地上本部、特別医療施設・集中治療室――

「………………
 …………ん………………」
 意識が戻り、明るくなってきた視界に映ったのは真っ白で無機質な天井――医務室であることはすぐにわかった。
「………………くそっ!」
 同時によみがえる記憶――あわてて身を起こした瞬間、全身に激痛が走りベッドの上に崩れ落ちる。
「…………治癒力が低下してる……!
 “力”を使いすぎたのと、血を流しすぎたせいか……!」
 貫かれた腹と叩き斬られた身体の前面――自分の高い治癒能力か医療スタッフの回復魔法か、あるいはその両方かはわからないが、出血は止まっているが、その傷は決して浅いものではない。
「…………けど……!」
 それでも――このまま寝てなどいられなかった。
 脳裏に、さらわれた二人の顔がよみがえる。
 傷つく自分を見て悲鳴を上げるギンガ、差し伸べた手が届かず、泣きそうになるスバルの顔が――
(オレが……あんな顔をさせたんだ……!)
「だったら……オレが取り戻す……!
 あいつらも……あいつらの、笑顔も……!」
 決意をハッキリと口にし、ジュンイチは今度こそベッドの上に身を起こした。
 脇にたたんで置いてあった自分の道着を手早く着込み、ブーツを履くと額にバンダナを巻く。
 そして、ベッドの脇に立てかけられた“紅夜叉丸”へと手を伸ばした、その瞬間――
「…………気がついたみたいね」
「クイント、さん……!」
 医務室の扉が開き――ある意味、今最も顔を合わせたくなかった相手が姿を見せた。

 

 


 

第9話
「すれ違う想い」

 


 

 

「…………そう……」
 すでにある程度のことは把握していたのだろう――ベッドに腰掛け、一通りの事情を話したジュンイチに対するクイントの反応はシンプルだった。
「すいません……
 オレが守ってやらなきゃいけなかったのに……」
 悔しさから口元を歪め、うめくように謝罪の言葉を口にするジュンイチだったが――
「キミに罪はないわ」
 ジュンイチにそう答えたのはクイントではなかった。
 同時、病室の扉が開き――現れたのはレティと、さらにもうひとり。
 見たところ彼女もレティと同じく提督級の地位にあるようだ。長い髪を後頭部でまとめた、穏やかそうな女性である。
 どうやら、先の一言は彼女の言葉のようだが――少なくともジュンイチの知らない顔だ。
「あんたは?」
「私はリンディ。リンディ・ハラオウンよ。
 次元間航行艦“アースラ”の艦長をさせてもらってるわ」
「アースラ……あぁ、サイバトロンと一緒にプラネットフォースを探してたっていう、あの?」
「えぇ。
 その関係から、今回の件をレティから相談されてね」
 聞き返すジュンイチに、女性――リンディは笑顔でうなずいてみせる。
「柾木ジュンイチくん……だったかしら?
 相当な実力者みたいね――管轄が違う次元航行部隊にまでウワサが届いてくるぐらいに」
「世事はいいから本題をドウゾ」
「あらあら、ご機嫌ななめね――ムリもないけど」
 あっさりと突き放すジュンイチに苦笑すると、リンディは表情を引き締め、
「けど……実際、キミの実力は相当に高いレベルにあるわ。魔導師でたとえるなら、“力”の出力だけでもAAAランク級を上回り、戦闘技術も含めた総合的なランクなら、S以上は確実、なんて言われるくらい。
 そのキミでさえこの有様なのよ――局の正規部隊がいても、果たしてそのギガトロンというトランスフォーマーの凶行を止められたかどうか……」
「…………チッ……」
 リンディの言葉に舌打ち――しかし、その舌打ちはどちらかと言えば彼女よりもスバル達を守れなかった、リンディのフォローを甘んじて受けるしかない、そんな自分に向いているようにも見える。
 そして――ジュンイチはクイントへと視線を向け、
「ギガトロンの行方は……わかってるんスか?」
 尋ねるジュンイチだが――クイントは無言で首を左右に振り、そのとなりでレティが答えた。
「今……ゲンヤさんの部隊が探してくれてるけど……
 彼の転送魔法はかなり強力なステルス性を伴ってるみたいでね……追跡は難航してるわ」
「………………そっスか……」
 レティの言葉に、ジュンイチは静かに息をつき――
「…………くそっ!」
「ち、ちょっと、ジュンイチくん!?」
 突然立ち上がり、病室の出口へ――いきなりのことに、あわててクイントが彼を制止する。
「まさか、スバルとギンガを探しに行くつもり!?」
「当たり前だろ!
 このまま、何もしないでなんていられるか!」
 クイントに答えると、ジュンイチは彼女の手を振り払い、
「あいつらは……スバルとギンガは、オレに対する人質として捕まったんだ……!
 オレのせいなんだ! オレのせいで、スバルとギンガは!」
「そんなことない!
 ジュンイチくんは悪くないわよ!」
 吐き捨てるように言い放つジュンイチの言葉に、クイントが思わず声を上げ――
「仮にそうだとしても、それなら余計にお前に出て行ってもらうワケにはいかない」
 そう答えたその言葉の主は――
「ゼストのオッサン……!
 どういうことだよ?」
「お前は、直接の血のつながりはなくとも、スバルやギンガと共に暮らした、家族も同然の人間だ」
 尋ねるジュンイチに、部下を伴って病室にやってきたゼストは静かにそう告げた。
「管理局の職務規定だ――身内が事件に関与している場合、その局員は事件の担当から外される。
 実際、捜索を行っている108部隊も、指揮を取っているのはゲンヤではなく副隊長だ」
「じゃあ…………」
 ゲンヤが指揮を取れないでいるということは――思わず振り向いたジュンイチの視線の先で、クイントは悔しそうに視線を落とす。
「………………何だよ、それ……!」
 しかし――それはジュンイチにとって、到底納得できるものではなかった。
「身内だからって……家族だからって……一番心配してるヤツらを外すのかよ!?」
「心配しているからだ。
 強すぎる情は、正しい判断を狂わせる」
「強い想いは、困難を打ち砕く力を生み出してくれる!
 オレの“力”も魔力も心の力だろ!? 余計にそうなんじゃねぇのかよ!?」
 淡々と答えるゼストにジュンイチもすかさず言い返す――二人はしばし、真っ向からにらみ合っていたが、
「…………いいさ。
 アンタだって好きでクイントさん外したワケないしな」
 そう言い放ち――ジュンイチはゼストに背を向け、ベッドの脇に立てかけてあった“紅夜叉丸”を手に取った。
「どーせオレは手伝いしてただけで、管理局の人間じゃねぇ――職務規定に引っかかる立場じゃねぇんだ。ンなもんでオレは止められねぇぞ。
 そっちがそうなら、もう頼らねぇ――スバルとギンガはオレが助ける!」
「…………だろうな。
 そう言うだろうと思ったぞ」
 しかし、ジュンイチの拒絶を前にしても、ゼストは淡々とそう答える。
「敵は人質をとっている。それも二人も。
 うかつな行動はすなわち人質の危険につながる――今までのように正面から突っ込んでいけばすむ話ではない」
「オレが動くこと自体が、スバル達にとって危険だっつーのかよ」
「そうだ」
「ヤツの狙いはオレだ。オレの力を手に入れるために、あいつはスバル達を人質に取った。
 そのオレが行かなくて、どうやってギガトロンやスバル達をオレ達の手の届くところに引きずり出すっつーんだよ?」
「今後の交渉次第だ」
「やめとけ。
 アイツぁ、どっちかってーとオレの同類だ――今現在、こうしてオレを説き伏せられないアンタ達じゃ、その同類たるギガトロンを口先三寸で出し抜こうなんざ不可能だ」
 迷わず答えるその言葉はおそらく事実だろう――ジュンイチのその言葉に、ゼストは静かに息をつき――
「…………平行線、か……
 もはや問答はらちもなし――貴様が相手では、最初からわかりきったことだったか」
「だから部下を引き連れてきたんでしょ?」
 答えるジュンイチの言葉に、ゼストは静かにうなずき――
「お前もスバルやギンガのことを想っての行動なのだろうが――それはこちらも同じこと。
 スバル達を無事に助け出すためにも――事件解決まで、お前の身柄を拘束させてもらう」
「おーおー、病室の中で、『オレを拘束する』たぁ、なんともはや物騒なことだね」
 ゼストの言葉に肩をすくめるジュンイチだったが――その場の全員が悟っていた。
「じゃあ、こっちも言わせてもらうよ」
 平然と告げているが――その裏で、彼が決して笑ってなどいないことを。
 そして――
「悪いけど……あんたらじゃムリだ」
 そう告げると同時――病室内に魔力と精霊力が渦巻いた。
 

「ごめんねー。あたしの検診の付き添い頼んじゃって。
 みんな仕事で忙しくって……」
「で、パシリを済ませたオレに話が回ってきたワケか……」
 病院の正面入り口への道を歩きながら、謝るアリシアにブリッツクラッカーはため息まじりに答える。
 ミッドチルダ・トランスフォーマーの長老アルファートリンの命をもらい、蘇生したアリシアだったが、何しろ長い間死んでいた上に不完全な蘇生状態でいた期間も長かった――そのため、身体の様子を確認する意味からしばらくの間定期健診を言い渡されていたのだ。
 しかし、今日はタイミングが悪く、ウィザートロンの面々は全員第1回宇宙平和会議の準備でセイバートロン星へ。なのは達も復学したばかりの学校に出向いており、付き添える人間がいなかった。そこで、ミッドチルダのサイバトロンシティに遣いとして出向いてきていたブリッツクラッカーに白羽の矢が立ったのだ。
 ちなみに報酬は翠屋のシュークリームである。
 と――
「………………?」
 ふと気づき、ブリッツクラッカーは足を止めた。
「これって……」
 同時にアリシアも気づいた。ブリッツクラッカーのとなりで立ち止まり、その気配を感じ取る。
「片方は魔力だよね? しかも戦闘出力……」
「あ、あぁ……
 もうひとつの方は……魔力じゃねぇな。オレ達トランスフォーマーのスパークのパワーでもねぇ。
 けど……この“力”、つい最近どっかで感じたことがあるような……」
 つぶやくアリシアに答え、ブリッツクラッカーは思わず考え込むが――
「…………うーん……」
 なぜか、アリシアも同様に考え込み始めた。
(何だろ……あたしも、この“力”に覚えがある……一体、どこで……?
 けど……何でだろ……? あたしの覚えてる感じじゃ、今感じてるヤツよりもなんだかぼやけてたような……)
 自分の記憶の中の違和感に対し、アリシアは眉をひそめ、首をかしげる――確かに、という言い方もこの場合はおかしいが、記憶の中にあるこの“力”は、なぜだかすごくぼやけたような感じだったように思える。
 記憶のぼやけ――ではない。
 たとえるなら、感じたその時点で、その感覚自体がすでにぼやけていたような感じ――この感じに、アリシアは心当たりがあった。
(まるで、メガデストロイヤーで休眠状態だった時、羊水カプセルの中から外のことを感じてた時みたいな……
 けど、あの頃はジャックプライム達が乗り込んでくるまで、ずっとウィザートロンのみんなしか艦内にはいなかったワケだし……この“力”の持ち主さんと会ってた、ってことは……ないと思うんだけど……)
 考えれば考えるほどワケがわからない。違和感の正体を探り、アリシアは首をひねり――
「――って、何かこの“力”……こっちに近づいてきてないか?」
「え………………?」
 つぶやくブリッツクラッカーの言葉にアリシアが顔を上げ――
「ぶべっ!?」
 流れ弾は突然に――飛ばされてきた“何か”の直撃を顔面に受け、ブリッツクラッカーはまともにひっくり返った。
「……な、なんでいつも、こーなんの……?」
「ぶ、ブリッツクラッカー!?」
 目を回すブリッツクラッカーの姿に驚いて声を上げ――アリシアは飛んできた“何か”の正体に気づいた。
「………………人?」
 そう。それはれっきとした人間――しかも管理局の武装隊員だ、
 なぜこんなとこに武装隊員がいるのか、そしてなぜ吹っ飛ばされてきたのか――事件の可能性を考えるアリシアだったが、
(…………けど……)
 ふと、その脳裏に疑問が沸き起こった。
(戦闘だとして……魔法の爆発がないのはなんで?)
 武装隊員が弾き飛ばされるような状況だというのに、先程から魔力の高まりを感じるばかりで、それらしい騒ぎの気配がまったくない。戦闘下で魔法を使っているのなら、対象を直撃したにしろかわされたにしろ、爆発は起きて然るべきのはずなのに――
 とにかく状況を確認しなければ――ブリッツクラッカーならすぐに復活するだろうとあっさり放り出し、アリシアは武装隊員の飛んできた方角へと視線を向け――それを見た。
 武装隊員の放った魔法を、手にした剣でことごとく上空に弾き飛ばし――渾身の蹴りで隊員を吹っ飛ばす少年の姿を。
(犯罪者――!?)
 武装隊員と戦う少年の姿に、当然ながらまず最初にその可能性を考えた。アリシアはとっさに首から提げた槍を模したペンダント――ウェイトモードの愛用デバイス“ロンギヌス”に手をかけ――その時だった。背後から少年を狙った武装隊員の放った魔力弾が狙いを外し――アリシアに向かって飛来する!
「――――――っ!?」
 まだAIの幼いロンギヌスの起動は間に合わない。直撃を覚悟し、アリシアは思わず視線を伏せ――

 弾かれた。

 アリシアに直撃するかと思われた魔力弾が、目の前で――つい今まで武装隊と戦っていたはずの少年によって。
 すぐさま足元の小石を拾い、“力”で覆って投げつける――防壁を貫いた小石を顔面に受け、流れ弾を生んだ隊員が昏倒するのを確認すると、少年――ジュンイチはアリシアへと向き直り、
「ケガ、ないか?」
「え………………?
 あ、はい……」
 一瞬、何を言っているかわからなかった――自分の無事を確かめているのだと理解が追いつくまで数秒かかったが、アリシアはなんとかうなずいてみせ――
「でもって……」
 言いながら、ジュンイチは身をひるがえし――
「そっちはおかまいなしですか!」
 飛び込んできたゼストの槍を、爆天剣で受け止める。
「ちみっこ巻き込んでんだぞ……ちょっとは自重しろよ騎士サマ!」
「心配するな。
 巻き込むまいと考えるからこそ――貴様をここから弾くんだ!」
 ジュンイチに言い返すと同時――ゼストは槍の矛先に込めていた魔力を上方向に炸裂させた。槍の上側で広がった魔力爆発の衝撃がジュンイチの上半身を強打。アリシアの眼前から弾き飛ばす。
「なるほどね……
 爆風ってのは上と横に広がる――上側に指向性を持たせて炸裂させれば、あのチビスケを巻き込まずにオレだけを弾ける、か。
 『巻き込むまいと考えるからこそ』――言葉に偽りなし、ってワケかよ」
「当然だ」
 ジュンイチの言葉に答え、ゼストはアリシアの元を離れ、槍をかまえ直す。
「で、まだあきらめてくれないワケ?
 ここ病院なんだし、静かにしないと他の患者さんに迷惑だと思うけど」
「人のことを言えるのか? 全力をもって抵抗しておいて」
「ご心配なく。
 オレ自身は騒がず、静かに叩き伏せてますから」
「さっきから炎を撃たない理由はそれか……
 なめられたもの……と言いたいところだが、それで実際ここまで叩き伏せられては返す言葉もない、か……」
 あっさりと答えるジュンイチに、ゼストはため息まじりにつぶやき――
「だが……それで、ギガトロンを追うことを認められると思うなよ!」
「思ってねぇさ――ンなこと!」
 二人の言葉が交錯し――同時に地を蹴った。

「な、何なの、一体……!?」
 こちらが事態を把握する時間を与えないまま、激しくぶつかり合うジュンイチとゼスト――ワケがわからないまま、アリシアが呆然とつぶやくと、
「あ、アリシアさん……!?」
「え…………?
 リンディさん? それに、レティさんも……」
 背後から声をかけてきたリンディやその後に続いてきたレティに気づき、アリシアは思わずきょとんとしたまま振り向いた。
「なんでここに?
 ってゆーか、あの人達何なんですか? なんでこんなところでバトってるんですか?」
「んー、まぁ、ちょっと長めの話になっちゃうんだけど……」
 アリシアの問いにレティが答えかけ――リンディはふと気づき、尋ねた。
「アリシアさん、その頬……」
「え………………?」
 そのリンディの言葉に、アリシアは自分の頬をなで――その指が真っ赤な血をぬぐったのを見て目を丸くした。
「血………………!?」
「まさか、今のでケガしちゃったの?」
「う、ううん。あたしは別に……」
 むしろ、自分はジュンイチにかばわれたくらいだ――そこまで考え、アリシアの脳裏にある可能性がよぎった。
「……ひょっとして……この血って、あの人の!?」
「え…………?
 まさか――傷が開いたんじゃ!?」
 思わずジュンイチへと視線を集め――アリシア達は見た。
 ジュンイチの道着――その下にいつも着ている青色のシャツが、血を吸ってどす黒く変色しているのを。
「あの人…………!」
 あんな身体で、自分を守ってくれた――傷ついた身体のままでゼストと対峙するジュンイチの姿に、アリシアは思わずその手を強く握りしめた。

「傷が開いたようだな……
 悪いことは言わない。おとなしく手を引くべきだ」
「お断りだ。
 この程度で引っ込むくらいなら、ハナからオッサン達にケンカ売ってまでスバル達を追っかけようとしないっつーの」
 ジュンイチの出血は、対峙するゼストも気づいていた――告げるゼストだが、ジュンイチはあっさりとその提案を却下する。
「もう一度だけ言う。
 オレは、スバルとギンガを助けに行く。
 ジャマするっつーなら……蹴散らすまでだ」
「ならば、こちらももう一度言おう。
 お前のうかつな行動は、スバルとギンガを危険にさらす。
 それだけではない。ギガトロンを追おうとする、そのお前自身もその重傷――万全の状態ですらお前にそれほどの傷を負わせる相手に、その身体ではそれこそ勝ち目はあるまい。
 スバルとギンガだけではない――お前の身を守るためにも、お前を行かせるワケにはいかない」
 告げるジュンイチに答え、ゼストは彼をまっすぐににらみつけ、
「たとえ、今ここでお前に恨まれようと――お前はここで止める!」
 言い放ち、ゼストは槍をかまえて突撃し――

「ダメぇっ!」

 二人の間に、アリシアが割って入った。
 ジュンイチをかばう形だ。傷を負った彼の身を案じてのことなのだろうが――
(――――――っの、バカ!)
 そんなアリシアを前に、ジュンイチは思わず内心で悲鳴を上げた。
 攻撃というものは突然止めようとしても、そう簡単には止められないし、軌道をそらすことも難しい――先のギガトロン戦でジュンイチがスバル達を斬らずにすんだのも、ギガトロンの反応が早かったことでこちらに攻撃をそらすだけの時間的猶予があったことが大きい。要するに運が良かっただけだ。
 しかし、ゼストの獲物は剣以上の重量を誇る槍。その上今回彼は比較的狭い間合いから突撃を繰り出したのだ。
 すなわち――
(オッサンの加速じゃ止めきれない――!)
「ジャマだ!
 どけ、チンクシャ!」
 悟ると同時に身体が動いた。ジュンイチは迷わずアリシアを押しのけ――

「――――ったぁっ!」
 ジュンイチに力いっぱい押しのけられ、アリシアは背中から地面に叩きつけられた。
 すぐに身を起こし、ジュンイチに向けて抗議の声を上げる。
「ちょっと、何するのよ!
 守ってあげよう……と…………」
 しかし――その言葉を最後まで告げることは叶わず、アリシアは目を見開いた。
 自分を押しのけたジュンイチの左肩に、ゼストの槍が深々と突き刺さっているのを見て。

「………………くっ……!」
 その手には、肉をえぐる感覚がハッキリと伝わってきた――ジュンイチの肩に突き刺さった自らの槍を見て、ゼストは思わずうめいた。
 冷静なはずだった。いつも通りのはずだった。
 だが、実際はどうだ。ジュンイチを取り押さえなければならない状況、そしてアリシアの突然の乱入――たやすく心を乱されてしまった。
 騎士と言えど心がある。友と、仲間と認めた者と戦いたいワケがない――騎士の誇りによって懸命に抑えていた、内心で渦巻いていた想いが、予想だにしない――戦闘時における予想の範疇の外からの乱入によって、あっけなく露呈してしまった。
 そして、それは刃の乱れとなって現れた。あそこでジュンイチがアリシアを押しのけなければ、自分の槍は今頃――
(これでは……どちらが間違っているかわからないではないか……!)
 どちらもそれぞれの“正しいこと”をしている――それはわかっているが、この結果を前にしてはそう思わずにはいられない。槍を止められなかった自らの不甲斐なさに、ゼストは思わず歯がみして――
「捕まえたぜ」
「――――――っ!?」
 その手が唐突につかまれた。驚愕し、ゼストは思わず顔を上げ――そのまま真上に跳ね上がった。ジュンイチが爆天剣の柄尻でゼストのアゴを打ち上げたのだ。
「“騎士の誇り”――認めないワケじゃねぇけど、この状況じゃ完全に裏目に出たな。
 一度や二度のミスで、動き止めるほど悔やんでんじゃねぇよ」
 脳を激しく揺さぶられ、崩れ落ちるゼストに言い放つと、ジュンイチは左肩に突き刺さったままの槍を引き抜き――投げた。ゼストの手の届かないよう、病院の壁、屋上近くに深々と突き刺す。
「…………ま、気がついたら魔法であっさり回収するんだろうけど」
 あっさりとつぶやくと、ジュンイチは振り向き――
「お待たせ、“最後の関門”さん」
「………………ゴメン」
 告げるジュンイチの言葉に、バリアジャケットに身を包み、両腕にリボルバーナックルを、両足にローラーブーツを装備したクイントは本当にすまなさそうに謝罪した。
「そんなケガしてるのに、ギガトロンのところへなんか行かせられない……スバル達を盾にされたとはいえ、万全の状態でも勝てなかったのよ。今行ったって、返り討ちにあうとしか思えない。
 たとえスバル達が助かっても、キミが助からなかったら……!」
「心配してくれてるのは、正直ありがたいっスよ。
 で…………その上で言わせてもらう」
 本当にスバル達を、そして同じくらい自分のことを心配してくれているのだろう。いつもの気丈さがすっかり鳴りをひそめ、今にも泣き出しそうな顔をしているクイントに答え、ジュンイチは小さく息をつき――
「なめんな。
 こちとら、このケガのことも、今の身体で何ができて、何ができないかも把握して動いてんだ。
 スバルやギンガが捕まってんのも同じだ。二人がいる以上、ゼストのオッサンの言う通り、真正面から突っ込むワケにはいかないけど……ンなことは百も承知。わかった上で策を立てる。そして動く。
 むしろ、局が正式に出張ってくるパターンの方が、オレにとってはよっぽど怖い――何しろ相手が相手だ。セオリーを逆手にとって救出部隊を返り討つ、くらいのことは余裕でやってくる。そういうヤツだよ、ギガトロンってヤツは」
「…………ムキになって自分が行くことにこだわるから、頭に血が上ってるかと思えば……ちゃんとわかってるんじゃない……
 その状態でも、キミはちゃんと状況と正面から向き合って、その上で勝つためにはどうするべきかを、ちゃんと考えられてる……」
 ジュンイチの言葉に、クイントはため息まじりにうなずき、
「それに比べて……私はダメね。
 スバルやギンガが傷つけられたら……そんなことを考えるだけで、すごく怖い。冷静になんて、していられない……!
 それに……キミをこのまま行かせて、ギガトロンと戦って……そんなことを考えるのも、同じくらい怖い……!
 二人も、キミも……私にとっては大切な“家族”だもの。誰にも、傷ついてほしくない……!」
「………………スンマセン」
 クイントの言葉に素直に謝り――それでも、ジュンイチは告げた。
「けど……それでも、オレぁ行くぜ。
 オレの招いた災厄だ。オレの手で、きっちりケリをつけてやるさ。
 ギガトロンをぶちのめして――もちろん、スバルとギンガも無事に取り戻す」
「それで、自分を犠牲にするつもり?」
「ンなつもりあるかよ。
 多少ボコられるだろうが――それ以上にボコってきてやるさ」
 答えるジュンイチだが、それでもクイントの表情は晴れない。
「…………どうしても……通してもらえないっスか?」
「………………ゴメン」
「……そっスか」
 改めて謝るクイントに、ジュンイチは息をつき――
「だったら……クイントさんも、倒して通るぜ」
 その言葉と同時――ジュンイチは視線を鋭く研ぎ澄ませた。傷ついた人間が放っているとはとても思えない、強烈な気迫がクイントに叩きつけられる。
 そして――
「…………いくぜ!」
 咆哮と同時、ジュンイチは地を蹴った。瞬間的に現状におけるトップスピードまで加速、間合いを詰める。
 そのまま、ムダのない動きで拳を繰り出す――神速と言っても差し支えない一撃は、狙いたがわずクイントに迫る。
 そんな彼の拳に対し、クイントは――
 

 目を閉じた。
 

「――――――っ!?」
 避ける気がない――そう気づくには、わずか一瞬の時間でも事足りた。止めるのは不可能と、ジュンイチはとっさの判断で拳の軌道をそらす。
 結果、ジュンイチの拳はクイントの顔のすぐ脇の空間を貫き――
「――ぐぁ…………っ!?」
 同時、ジュンイチは腹部に衝撃を受けていた。
 視線を落とし――自らのみぞおちに打ち込まれたクイントの拳をにらみつける。
「……最初から……狙ってやがったな……!?」
「スバル達も斬らずにいてくれたジュンイチくんだもの……
 あそこで止まれば……キミは絶対外してくれると思ってたわ……」
「……く……そ……!」
 悲しげに答えるクイントの言葉を聞きながら――ジュンイチの意識は闇へと落ちていった。

 

「………………ゴメンね……」
 意識を失い、倒れ伏すジュンイチを抱き起こし、クイントは小声でそう謝罪した。
「本当なら、事件の関係者を放り出す、なんてことはご法度なんだけどね……
 …………それに……気がついて、状況を理解したら、ジュンイチくんはきっと怒ると思う……
 でも……このまま“こっち”にいたら……また、スバル達を探して飛び出しかねないから……」
 その時はきっと、自分達は今度こそ止められない――しばし静かに目を伏せていたが、レティと共にこちらへとやってきたリンディへと顔を向け、
「それじゃあ……この子のことはお願いします」
「わかりました」
 クイントの言葉にうなずき――リンディはジュンイチへと視線を落とした。
「彼が自分で転送系の術を使えないのが、今は幸いしたというべきかしらね……
 とはいえ、彼を止めるのに他に方法がない、というのが、なんとも無力を痛感させられるけど……」
 思わず苦笑するが――すぐに表情を引き締め、
「それじゃあ、彼のケガの手当てはアースラで。
 それが終わり次第――」

 

 

「彼を、故郷の世界へ――第108管理外世界へ送還します」


次回予告
 
ブイリュウ 「みんな、元気ぃっ!?
 次回はいよいよ、みんなのアイドル、かわいいマスコット、オイラ、ブイリュウが登じょ――」
ジュンイチ 「ていっ!」
ブイリュウ 「にゃあっ!?
 け、蹴った!? 蹴ったね!? 父さんにも蹴られたことないのにっ!」
ジュンイチ 「やかましいっ!
 本編よりも先に予告にいきなりしゃしゃり出てくんじゃねぇっ!
 『Galaxy Moon』しか知らねぇ読者が混乱するだろうが!」
ブイリュウ 「い、痛っ! 痛っ! 踏んでる踏んでる、グリグリしてるっ!
 いだだだだっ! カカトカカト!」
ジュンイチ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Galaxy Moon〜異聞、
 第10話『次元を越えて……』に――」
ジュンイチ&ブイリュウ 『ブレイク、アァップ!』

 

(初版:2008/01/19)