「…………さて、と……
 もう、ヤツはとうに動き出している頃か……」
 自らのアジトの中枢部――自分達トランスフォーマーに合わせたサイズのコンソールがいくつも並べられ、窓から外に広がる森を一面に見渡せる、そんな一室で、ギガトロンは余裕の笑みと共につぶやいた。
「しかし、ヤツはここを突き止めることなどできはしまい。
 せいぜい、見当違いのところを探して憔悴するがいい……」
 自分がジュンイチに刻んだ傷はかなりの深手だった。その上効果の挙がらない捜索を続ければ、身体だけでなく精神までも追い詰めることができる。自分はそれをただ待てばいいのだ。
 結局のところ、ジュンイチに反撃の目は残されていない。自らの勝利を確信、ギガトロンがほくそ笑み――
「………………む?」
 コンソールに埋め込まれた端末のひとつが起動しているのに気づいた。
 そこに表示されているデータは――
「……あの小娘どものスキャン結果か……」
 先日捕らえてきた二人の少女――スバルとギンガはジュンイチを仲間に引き入れるための大事な人質だ。生きていてもらわなければ困る、と、健康状態を確認するためにメディカルスキャンをかけた、その結果が出たようだ。
「どれどれ……?」
 ともかく、ギガトロンはそのデータに目を通し――
「……これは……?」
 そこに表示された結果を前に眉をひそめた。
 その“結果”の持つ意味をしばし考え、
「…………なるほど。
 こいつは使えるな」
 その口元に邪悪な笑みが浮かんだ。
「このデータが事実なら……」
 

「あの小僧を、さらに追い込むことができるな」

 

 

「………………
 ……――――――っ!」
 意識が戻った瞬間、跳ね起きる――ジュンイチの視界に飛び込んできたのは、一面に広がる夜景だった。
 ミッドチルダの――クラナガンの夜景ではない。
 これは、自分の生まれ育った――

 

「…………府中……?」

 

 


 

第10話
「次元を越えて……」

 


 

 

「なんで、府中に…………!?」
 そこに広がるのは、自分が育った、しばらく離れていた街の懐かしい風景――しかし、なぜ自分がこの場にいるのかが理解できない。
 今までのことが夢だったとは考えない。自らに刻まれた、先の戦いの傷の感触がその必要がないことを何よりも雄弁に物語っていて――
「――――そうだ!
 スバルとギンガ!」
 傷のことに思考が至り、そのことを思い出した。思わず声を上げ――気づいた。
 自分がミッドチルダではなく、故郷にいる、その理由に――
「…………そういうことか……!
 アイツら……! オレが自分を転移させられないのをいいことに、こっちの世界に“隔離”しやがったってワケか……!
 オレを現場から遠ざけるために、そこまでやるかよ……!」
 思わずうめくが――実際のところその効果は絶大だ。
 ジュンイチは基本的に“自分以外の転送”は可能だが、肝心の“自分の転送”はまったくと言っていいほど苦手なのだ。
 実際、以前瘴魔との戦いの中で異世界に飛ばされてしまった時も、転移の術ではブイリュウしか返すことができず、自分は“他の手段”で戻るハメになった。
 そして、その時の“手段”も――
「…………向こうにゃ、まだ“置いて”なかったからなぁ……
 それに、置いてきてたとしても、“アレ”はできることなら使いたくないし……」
 どうやら使うための条件が整っていないらしい。悔しそうにうめく一方でジュンイチは思考をめぐらせる。
(……レティさんに裏づけを頼んだ時に、こっちの次元座標のデータはもらってる……
 ミッドの座標も第97管理外世界きゅーななと行き来した際に座標データは確保してる――転移術を使えさえすれば、向こうに舞い戻るのは可能、だけど……)
 肝心の自分がその転移術を使えない――結局のところ堂々巡りだ。
「…………しゃーない。
 どう動くにせよ、取りあえずは“こっち”の状況の把握をしたいところだけど……」
 よくよく考えてみたらこちらもままならない――自分達と瘴魔との戦いは表沙汰になるようなものではない。こちらの世界における、異能に関する“裏”の組織は、“表”で大々的に活躍している退魔士と違い、自分達のコミュニティの維持のためそういった情報の流出をとにかく嫌うからだ。
 当然ながら、その隠蔽対象は自分達の存在を明かしかねない“同種の情報”にも及ぶ――実際、自分がこちらにいた頃も、特に自分達から働きかけるまでもなく目撃情報以上の情報は隠蔽されていた。そしてそれはおそらく、現在も続いているだろう。聞き込みではウワサ程度の信憑性しか期待できない。
 となれば、“当事者”に聞くのが一番なのだが――
「…………あかん。
 ウチの身内は頼れねぇ……!」
 そろいもそろって“強引なお人好し”の集団だ。この状況下でこちらを発見したが最後、力ずくで捕獲した挙句に事情聴取、そして手伝いを申し出る――といった流れが容易に想像できる。
 今回の件は、こちらの世界から見れば完全に自分の問題だ。仲間達を巻き込みたくはない――仮に巻き込むことは避けられないにしても、できることなら最少人数で済ませたい。
「相談を持ちかけられそうな身内といえば……」

 ――心当たりはひとりしかいなかった。

 

「――――と、ゆーワケだ」
「……それが、半年以上も姿をくらましていたあげくオイラを真夜中に転移回収した理由?」
 説明を締めくくるジュンイチの言葉に、ムッと唇を尖らせてそう聞き返すのは、身長50cm前後、青色のドラゴンの子供――ジュンイチをブレイカーとして見出したブレイカービースト、ゴッドドラゴンの化身プラネル、ブイリュウである。
「もー……こっちは驚きだよ。
 寝てたらいきなり放り出されて、気がついたらジュンイチがいるんだもん」
「………………すまん」
「その一言が最初に来るべきだったと思うよ」
 さすがにバツが悪そうに謝るジュンイチに対し、ブイリュウはため息をつき、
「オイラだったからいいようなものの、ライカやジーナだったら即必殺技だよ」
「…………やっぱ、怒ってる?」
「それだけジュンイチのこと心配してるんだよ。
 ずっとジュンイチの行方を追いかけ続けて……挙句、見つからないフラストレーションを全部瘴魔にぶつけてる。
 あのイクトが心底怖がるくらいだよ、今の二人は」
「まぢですか……」
 なんだか、ギガトロンの件が終わっても帰ってくるのが恐ろしくなってきた。ブイリュウの証言に思わず震え上がるジュンイチだったが――
「――って、そうだよ、忘れるところだった。
 瘴魔のことだ。ヤツらとの戦いはどーなってる?」
「あー、そうだ、そうだね。
 んーと……さっきも言ったけど、ジーナとライカが大暴れしてくれたからね……組織立った行動ができない、ってくらいには弱体化してる。
 “DaG”や例の生物兵器のみなさんも、相変わらずオイラ達の戦いに乱入したりしなかったり……」
「神将については?」
「あー……ゴメン。ジュンイチがいなくなって以来、ひとりも倒せてない。
 代わりに増えてもいないけどね」
「つまりこう着状態、か……
 “こっち”を片付ける意味でも、“向こう”は速攻で片付けたいところだけど……」
 ブイリュウの言葉にジュンイチは腕組みして考え込み――
「………………ん?」
 ふとその動きが止まった。
「…………ジュンイチ……?」
「そうだよ……神将だよ!」
 首をかしげるブイリュウだが――ジュンイチはかまうことなくひとり声を上げる。
「まったく……何で気づかなかったんだ!
 アイツなら……オレと利害が一致する!」
「ち、ちょっと待って、ジュンイチ!」
 ジュンイチの言葉に――さすがのブイリュウも彼の意図に気づいた。
「まさか……神将に協力を頼むつもり!?
 何考えてんのさ!? そんなのムリだよ!
 そりゃ、考えようによってはジュンイチを異世界に追い出す、ってことで利害は一致するけど……そもそも話を聞いてくれやしないよ! それどころか問答無用で攻撃されるに決まってる!」
 よりにもよって、この男はとんでもないことを考えついてくれた――思わず反対の声を上げるブイリュウだったが、
「でもないさ」
 ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「ひとりだけいる。
 こっちの話を聞くくらいの冷静さを持ってるヤツがね」
 

「…………あー、こーなったらオイラの話なんか聞いてくれないのは、半年前とちっとも変わらないね……」
 そして、ジュンイチとブイリュウが向かったのは、仲間兼妹分の通う龍雷学園初等部――その校庭だった。グラウンドの中央で身体の調子を確かめるジュンイチの傍らで、ブイリュウはため息まじりにそうつぶやく。
「で? 頼むのはいいけど、どーやって接触するつもりなの?
 オイラ達、神将のアジトなんて知らないよ?」
「心配はいらねぇよ。
 手段的にはかなりの大博打だけど……方法ならある」
 尋ねるブイリュウだったが――ジュンイチはそう答えて笑みを浮かべた。
「あのクソマジメくんのことだ、深夜だからって気を抜いたりするもんか。
 ちょちょいっと“力”を解放すりゃ、すぐにかぎつけてカッ飛んでくるさ」
「って、ちょっと待って!」
 そのジュンイチの言葉に、ブイリュウはあわてて待ったをかけた。
「“力”を解放……って、まさか精霊力を放出して見つけてもらおう、とか、そんなこと考えてるの!?
 けど、それじゃ……」
「あぁ。
 ジーナ達はたぶん寝てるだろうけど……それでも感じ取らないとは限らないし、そもそもブレイカーベースの宿直組が見逃すとも思えない。
 イクトがオレを見つけるか、それともウチの連中が先に来るか……とりあえず、一番家やブレイカーベースから離れた初等部に来たワケだけど、それでも“念のため”くらいの気休めだな。
 『大博打』っつったのは、つまりそーゆーことだ」
 ブイリュウに答え、ジュンイチは息をつき、
「オレとの取引のための大事な人質だ。ギガトロンがスバル達をどうこうする、ってのは考えづらいけど……それでも、オレがミッドチルダから強制送還されたと知ったら、どう出るかわかったもんじゃない。
 最低限、ヤツがクイントさん達と連絡を取る前に向こうに戻らないとマズイ――少なくとも、現段階じゃ手段を選んでる時間はない」
 言って、ジュンイチは静かに息をつき、
「それに……オレはアイツを信じてる」
「ジュンイチ……?」
「敵だけど……アイツは戦士として通すべき筋は通してる。
 そんなアイツが……戦士として、警戒を怠っていないと信じてる。
 だから、こんな賭けにも出られるんだ」
 ブイリュウに答えつつ、ジュンイチは静かに“力”を整え、
「…………いくぜ!」
 その言葉と同時――“力”を世界に放出した。
 強すぎず、弱すぎず、そして長すぎず、短すぎず――最低限の力を20秒以上、じっくりと放出する。
(頼む……吉と出てくれよ……!)
 “力”の放出を止め、すぐさま気配を探る――半ば神に祈るような想いで待ち受けること10数秒――
「………………げ」
 ジュンイチの口元からうめき声がもれた。
「どしたの?
 まさかジーナ達の方が早い?」
「いや……自宅待機組にはまだ動きはねぇ。バタバタ動き出してるから、気づいたとは思うけどな。
 一番怖かった青木ちゃんは幸いにも宿直組――あそこからじゃ、車でもこっちに来るにはまだかかる。
 問題は――」
 ブイリュウに答えると、ジュンイチは振り向き――

“別の意味で”厄介な相手が一番乗りだ、ってことさ」

 その言葉と同時――校舎の裏から跳び出し、屋上に降り立った人物がいた。
 腰まで届く、後ろで簡単にまとめられた真紅の長髪、そしてそれと同色に染め直されたアーミールックに身を包み、腰には鞘に収めた日本刀。
 そして、その傍らにはブイリュウと似た雰囲気を持った、身長50cm前後のライオン――ライオン型のプラネルを連れている。
 月明かりを背に、彼はジュンイチに向けて告げる。
「懐かしい精霊力を感じたから来てみれば……
 生きてやがったのか――とっくにどっかでくたばったのかと思ったぜ、“炎”のブレイカー」
「戦い以外に興味を持たないお前が、姿を消したオレのことを覚えてたとは驚きだよ。
 けど――“覚えてただけ”っつーのも中途半端な感じで、それはそれでムカツクな。
 柾木ジュンイチだ。今度こそ忘れるなよ――ブレード」
「あぁ、覚えといてやるよ」
 ジュンイチの言葉にあっさりとうなずき、彼は――
「てめぇが……これからのバトルで生き残れたらな」
 ブレイカーきっての武闘派集団“DaG”の筆頭――“剣”の属性を宿すマスター・ランクのブレイカー、ブレードは刀を鞘から抜き放った。

「いくぜ!」
 咆哮と同時に跳躍――刀を振りかぶり、ブレードは迷わずジュンイチに向けて跳ぶ。
 同時、彼の手の中の日本刀が粒子となって霧散した。ブレードの“再構成リメイク”によって巨大な太刀型精霊器“斬天刀”へと姿を変え、ジュンイチに向けて振り下ろされる!
「くそっ!
 相変わらず迷惑極まりないヤローだな、お前は!」
 そんなブレードの斬撃をかわし、跳躍。うめきながら、ジュンイチは間合いを取って着地し――
「っらぁっ!」
「なんのっ!」
 すでにブレードはこちらに向けて地を蹴っていた。真横に薙ぎ払われた斬撃を、ジュンイチも爆天剣で受け止める。
「ったく……こっちはお前になんか用はねぇんだ……!
 いいかげんなんとかしろよ! 身内以外に強いヤツ見かけたら、誰彼かまわずケンカ売るそのクセ!」
「必要ねぇな!
 こっちは――楽しくバトれればそれでいいんだよ!」
 ジュンイチに言い返し、ブレードはそのままジュンイチを力任せに弾き飛ばし――
「――ぐ…………っ!?」
 ジュンイチの身体に激痛が走った。すぐに胸の傷がまた開いたのだと理解する。
 とはいえ、相手がそれで攻撃をやめてくれるとは思えない。すぐに爆天剣をかまえ直すが――
「………………………………」
「………………
 …………あれ?」
 当のブレードは斬天刀を肩に担いで動きを止め、憮然とした表情でこちらをにらみつけている――面倒くさそうに頭をかくその姿に、ジュンイチは思わず疑問の声を上げた。
「……あのー、ブレードさん…………?」
「……………………
 ………………
 …………
 …………やめだ」
 思わず敬語で尋ねるジュンイチに対し、ブレードは長い沈黙の末にそう答えた。
「てめぇ……どこで誰と殺り合ったか知らねぇが、ずいぶんと手ひどくやられちまってるじゃねぇか。
 死にぞこないを斬る気はねぇ。とっとと帰ってケガを治しやがれ――てめぇとの勝負はそれからだ」
「おや、意外。
 相手が重傷でも、『そんなのは言い訳だ』とか言ってかまわず突っ込んできそうなもんなのに――少なくともオレならそうする」
「バカか、てめぇは。
 相手が万全じゃなかったら、すぐに決着ついちまって面白くねぇ――ンなの常識だろ」
「いや……お前の常識なんて、完全にあさっての方向に突っ走ってるじゃねぇか」
「ジュンイチが言えた義理じゃないと思うけど……」
「だよねー……」
 安全圏でつぶやくブイリュウとそれにうなずくブレードのパートナープラネル、ロッドの言葉はとりあえず無視する。
「とにかく、そういうことだ。
 てめぇとの決着は、また今度にしてやるとして……」
 そんなジュンイチに告げると、ブレードは逆にジュンイチに尋ねた。
「で……誰にやられた?」
「………………は?」
「『は?』じゃねぇ。
 てめぇにそのケガを負わせたヤツをとっとと教えやがれ」
 思わず目を丸くするジュンイチに、ブレードはそれが当然とばかりに言葉を重ねる。
「てめぇにそこまでのケガをさせるヤツがいるんだぞ。殺り合ったら、それこそ楽しそうじゃねぇか。
 と、ゆーワケでそいつはオレが殺る。居場所を教えろ」
「あー、いや、えっと……」
 興味津々といった様子で問いかけてくるブレードの言葉に、ジュンイチは思わず言葉に詰まった。
 よくよく考えてみれば、自分の目的はあくまで“スバルとギンガの救出”であり、ギガトロンへの反撃は正直なところ二の次だ――そういう意味では、ブレードを巻き込んでギガトロンにぶつけるのもひとつの手だが――
「言っとくけど……人質取られた挙句だからな、このケガ」
「なんだ。ならいいや」
 ジュンイチの言葉にあっさりと放り出した。ブレードは一瞬にして興味を失い――
「ところで、だ……」
 唐突に話題を切り替えた。
「さっきオレが来た時……お前、すっげぇ嫌そうな顔しただろ。
 つまり、お前が期待していた相手はオレじゃなくて――」

「アイツだろ?」

 そのブレードの言葉と同時――彼はグラウンドの一角に降り立った。
 ジュンイチ達の装着する“装重甲メタル・ブレスト”に良く似た鎧をまとい、彼の“力”の輝きを反映した空色の炎を周囲に渦巻かせるのは、ジュンイチがただひとり『自分より強い』と認める男にして、瘴魔との戦いにおける最大のライバル――
「…………イクト……!」
「半年振りだな、柾木ジュンイチ」
 思わずうめくジュンイチに、彼は――“炎”の瘴魔神将、炎滅のイクトは余裕の笑みと共にそう応えた。
「どこに姿を消していたかと思えば、帰ってくるなりこの騒ぎか……
 貴様の仲間も、今大急ぎでこっちに向かってきているぞ」
「みたいだね」
 イクトの言葉にうなずくと、ジュンイチは息をつき――
「けど……アイツらとの再会はまた次の機会だ」
 そう告げると、イクトへとまっすぐに向き直り、告げる。
「瘴魔神将、“炎滅”のイクト。
 お前に……頼みがある」
「頼み……だと?」
「あぁ。お前にとってもメリットのある話さ。
 オレを……別の世界にスッ飛ばしてもらいたい」
「はぁ?
 いきなり何言い出すんだ、お前?」
 思わずブレードが声を上げるが、ジュンイチはかまわず続ける。
「お前も神将なら、転送術のひとつや二つ使えるだろ?
 何も言わず、指定した次元座標にオレを飛ばしてほしい」
「なぜオレを頼る?
 お前の仲間を頼ればいいだろう」
「………………」
 イクトの問いに、ジュンイチは思わず視線をそらし、
「…………アイツらは……今回の件には巻き込めねぇからな……」
「つまりは厄介ごとか……」
 吐き捨てるように告げられたジュンイチのその答えに、イクトは思わず夜空を仰いでため息をついた。
 ジュンイチの言う“厄介ごと”に巻き込まれようとしているから、ではない。
 そのため息に含まれた感情は――

 100%の“呆れ”だった。

「仲間を巻き込みたくないから、それ以外を頼る……確かに理にはかなっているが、だからと言って迷うことなく、平然と“敵”を頼るお前の神経をまずは疑いたいところだな……」
「残念ながら正常さ」
「“お前にとって”だろうが……」
 ブレードがうめいたその言葉に、イクトは思わずうなずく――「お前も同類だろうが」というツッコミは心の中に閉じ込めて。
 が――そんな二人をよそに、ジュンイチは不意に表情を引き締めた。
 彼のまとう空気が変わったのを悟り、イクトとブレードも視線を鋭くする中、ジュンイチは告げる。
「もちろん、オレだってお前に頼るのをまともな選択とは思ってねぇよ。
 けど……今のオレはジーナ達を頼れない。時間もない。
 そして……」
「選択の余地もない、か?」
 代弁するイクトに、ジュンイチは無言でうなずく。
「そこまでする理由は何だ?
 敵を頼りにしてまで、次元を越えたい、その理由は?」
 イクトの問いに、ジュンイチは息をつき――ハッキリと答えた。
「ある世界で……泣いてるヤツらがいる。
 オレはそいつらを助けたい。
 ……いや、違うな……
 オレが不甲斐ないせいで、あの二人を泣かせちまった……だから、オレの手でアイツらの笑顔を取り戻したい!」
「…………勝算は、あるのか?」
「さぁな」
 尋ねるイクトだったが、ジュンイチはその問いにあっさりとそう答えた。
「勝算は“ある”か“ない”かじゃねぇ。
 “作る”か“作らない”かだ――違うか?」
 一片の迷いもないその言葉に、イクトとブレードは思わず顔を見合わせる。
「頼む……
 今オレをミッドチルダに帰せるのは、お前しかいないんだ」
「おいおい、オレはハナから戦力外通知かよ」
「てめぇはオレより精霊術使えねぇだろ!」
 不満の声を上げるブレードにジュンイチが言い返すと、
「…………柾木」
 そんな二人のやりとりにかまわず、イクトが口を開いた。
「……いいだろう。
 協力してやる」
「本当か!?」
 イクトの言葉に、思わず顔を輝かせるジュンイチだったが――
「ただし」
 そんなジュンイチに対し、イクトはキッパリと言い放った。
「ひとつだけ、条件がある」
「そら来た。
 ……ま、敵に頼るんだ。それなりの代償は覚悟の上さ。
 で、何だよ?」
 聞き返すジュンイチに対し、イクトは静かに答えた。
「……終わったら必ず戻れ」
「………………は?
 戻れ……って、それがてめぇの望みか?」
 思わず目を丸くして、ジュンイチはブレードと顔を見合わせて――
「まさか、てめぇ、そんなシュミが!?」
「じょーだんじゃねぇぞ! オレはノーマルだ!」

「オレだってノーマルだっ!」

 いきなり“ホモ疑惑”を打ち立ててくれた二人に対し、イクトは力いっぱい反論の声を上げる。
「柾木……まさか貴様、オレとの勝負がおざなりになってることを忘れてないだろうな!?」
「は? 勝負?」
「ちょっと待て! なぜそこで心底不思議そうな顔をする!?
 まさか、本気で忘れてたのか!? そうなのか!? オレと貴様が敵同士なのは貴様自身も今言ったことだろうが!」
「いや……そりゃ、忘れると思うよ。特にジュンイチは。
 半年も前に、しかもなし崩し的に放り出した形になってたんだし」
「むぅ……」
 フォローの声を上げるブイリュウの言葉に思わずうめき――すっかり興の削がれたイクトはため息まじりにジュンイチへと向き直り、
「とにかく、向こうでやることがすんだら戻って来い。
 オレとの勝負の決着――それが協力の対価だ」
 そして、イクトはブレードへと視線を向け、
「ブレード……貴様もそれでいいな?」
「知るか。
 オレはバトれりゃそれでいい」
 憮然とした表情で答えるブレードに苦笑すると、イクトは改めてジュンイチへと向き直り、
「話は決まったぞ」
「サンキュー、イクト。
 いやー、話のわかるライバルに恵まれて幸せだね、オレは」
「そんなことはカケラも思っていないだろうに、よくも言う」
 ジュンイチの言葉に心からため息をつき、イクトは気を取り直して告げる。
「とにかく、さっさと終わらせるぞ。
 これ以上お前らと話していると頭が痛くなる」
「失敬な。
 ……まぁいいや。やってくれ」
 イクトの言葉に口を尖らせつつも、ジュンイチは彼を促して――
「ジュンイチ!」
「どわぁっ!?」
 そんな彼に、何者かが背後から飛びついてきた。いきなりのことでさすがのジュンイチもたたらを踏むが、すぐに持ち直し、“犯人”に向けて声を上げる。
「ぶ、ブイリュウ!?」
「何澄ました顔してそのまま“向こう”に帰ろうとしてるかな!?
 話の流れに任せて無視しようとしたってダーメ! オイラだって行くよ!」
「あんだと!? 何バカほざいてやがる!
 もうてめぇに用はねぇ! とっとと帰れ!」
「……利用するだけ利用した女をポイ捨てする、悪い男のセリフだぞ、ソレは」
「ジュンイチ、あっくにーん♪」
「そっちもいらんこと言うなっ!」
 ブレードとロッドに言い返し、ブイリュウを引きはがそうとするジュンイチだったが、ブイリュウもジュンイチの背中にしがみついて懸命にこらえている。
「オレは遊びに行くワケじゃねぇんだぞ!
 お前には事情を話したろ! これからギガトロンと決着つけに行くんだぞ!
 『巻き込めない』っつーのはてめぇも同じだ! おとなしく留守番してろ!」
「だったらなおさらだよ!」
 ジュンイチの言葉に言い返し、ブイリュウはますます強くジュンイチの背中にしがみつく。
「オイラはジュンイチのパートナープラネルだもん!
 ジュンイチのサポートができるのは、オイラ達だけだもん!」
「けどなぁ……」
 ブイリュウの言葉に反論しようとするジュンイチだったが――
「オイラ達プラネルは……ジュンイチ達ブレイカーと一緒に戦うためだけに存在してるんだよ!
 ジュンイチと一緒じゃなきゃ、オイラは存在してる意味なんかないんだよ!」
「………………っ!」
 そう告げるブイリュウの表情は真剣そのもので――その視線を至近で受け、ジュンイチは思わず言葉に詰まる。
「ジュンイチが何て言おうと、オイラはジュンイチと一緒に行く。
 ジュンイチが、スバルとギンガ……だっけ? その二人を助けに行くのと同じように……」

「オイラも、ジュンイチを助けに行く!」

「………………」
「……柾木、貴様の負けのようだな」
 ブイリュウの言葉に沈黙するジュンイチに、イクトは苦笑まじりにそう告げる。
「貴様が拒絶したのは“共に人質を助けに行くこと”。
 だが、貴様のプラネルが望んだことは違う。
 “人質を助けに行く、貴様を助けに行くこと”――多少屁理屈ではあるが、見事に貴様の拒絶をかわしている。
 完全に裏をかかれたな」
「………………くそっ」
 イクトの言葉に苛立ちもあらわに吐き捨て――ジュンイチはブイリュウへと告げた。
「…………ついて来たことを後悔するぐらい、ドギツイ戦いになるぜ、きっと」
「上等!」
 ブイリュウが満面の笑顔でうなずくと、ジュンイチはイクトへと向き直り、
「話はまとまった。やってくれ」
「あぁ。
 転移先の座標指定は貴様がやれ――転移術の理論は知っているんだ。そのくらいはできるだろう?」
 ジュンイチの言葉に答え、イクトはジュンイチの足元に術式陣を展開する。
 そして、ジュンイチも彼に言われた通り術に介入、目標座標を設定し――
「柾木」
 術を発動させながら、イクトはジュンイチへと声をかけた。
「向こうに着いたら……作戦開始までに、そのプラネルを少しぐらい労ってやれ」
「何………………?」
「オレが駆けつけた時に比べて、表情の角が取れているぞ。
 リラックスの役にぐらいは、立ったんじゃないか?」
「…………むむ……」
 確かに気がつけばいつもの調子――しかし、それがブイリュウのおかげだと素直に認めるのはなんだかしゃくで、ジュンイチは思わず顔をしかめる。
「その様子ならば、もう一度そのギガトロンとやらを相手にしても“貴様らしく”戦えるはずだ。
 思う存分……“遊んで”やるがいい」
「……言われるまでもねぇよ」
 イクトの言葉にそう応え――ジュンイチはブイリュウと共に輝きを増した“力”の輝きの中に消えていった。

「……行っちまったな」
「あぁ」
 もはや、その場に残るのは転移術の“力”の残滓にまぎれた彼の“力”の名残のみ――つぶやくブレードに、イクトはあっさりとうなずいた。
 術のために解放していた“力”を鎮め、ブレードに対し口を開く。
「しかし……意外と言えば意外だな」
「何がだよ?」
「貴様の行動だ。
 貴様のような戦い好きが、よくヤツをすんなり行かせたな、とな」
「なんだ、そんなことか」
 イクトのその言葉に、ブレードはニヤリと笑みを浮かべ、
「お前だって、ヤツが本当に約束を守るなどとは思ってないんだろう?」
「まぁ、な」
 なぜかそれだけは確信できた。回答の代わりに返ってきたブレードの問いに、イクトはハッキリとうなずいてみせる。
「戻っては来るんだろうけど……半年前と同じで、オレ達の追求をのらりくらりとかわし続けてくれるだろうな」
「しかも『めんどい』などという、たった4文字の理由で、な」
 ロッドを抱き上げるブレードの言葉にうなずき、イクトはため息をつく。
 もはや“予測”などというレベルではない――“事実”と言っても差し支えないその現実を前にして。
「となれば、オレ達のすることは決まっている」
 ともかく、気を取り直したイクトはそう言いながら背後へと振り向き――
「とりあえず……まずは“あの二人”の追及を切り抜けるところから始めようか」
 その言葉と同時、二人の少女がグラウンドに飛び込んできた。
 一方は栗色の髪を肩で切りそろえ、歳相応のあどけなさが残るその表情には、深く澄みきった双眸とおだやかな顔立ちのせいか、どこか神秘的な色合いが宿っているようにも見える。男子はもちろんのこと、女子にとっても彼女に好意以外の感情を抱く者は少ないだろう。
 そしてもうひとりはそんな彼女とは反対に行動的で勝気そうな眼差しの持ち主だ。腰の下まで届く真紅の長髪をツインテールにまとめ、GパンにTシャツ、加えてGジャンというラフな服装にまとめている。
 どちらも相当の美少女、と言っても過言でない容姿の持ち主だが――残念ながら、イクトやブレードにとっては敵対する相手だ。
「ジーナ・ハイングラムとライカ・グラン・光凰院か……」
「しばらくおとなしくしていたみたいですね、イクトさん」
「まさかブレードも一緒とは、驚きだけどね」
 つぶやくイクトに対し、二人の少女――“大地”のブレイカー、ジーナ・ハイングラム、“光”のブレイカー、ライカ・グラン・光凰院は鋭い眼差しと共にそう応える。
「それより……ジュンイチさんの“力”をここから感じたんですけど」
「アイツがどこにいるのか、ここにいるってことは知ってるんじゃないの?」
 セリフだけ聞けば普通に問いかけているようにも思えるが――すでに二人は完全な戦闘モードだ。
 しかも、放たれるプレッシャーが尋常ではない。ジーナはノーマル・ランク、ライカはコマンダー・ランク。どちらも瘴魔神将であるイクトやマスター・ランクであるブレードからすれば格下だが、そんな格の差を容易にひっくり返しそうな重圧をこちらに向けてガンガンまき散らしている。
 その原因は――
「やれやれ……
 そこまで本気で想われて、柾木は実に幸せ者だな」
「な、なななななっ、何言ってるんですか、イクトさんっ!」
「そ、そそそそそっ、そうよ!
 あ、あああああっ、あたし達は、半年もあたし達をほっぽり出してたジュンイチに鉄槌を下したいだけなんだから!」
「プラネル放り出してまで飛び出してきた上にそのリアクション……
 ごまかせてると思ってるか? お前ら……」
 “原因”を指摘するイクトの言葉に、ジーナとライカは真っ赤になって否定の声を上げる――“こういう話題”に興味のない思わずブレードがツッコんでしまうほどに、その態度はあからさますぎた。
「と、とにかく、ジュンイチさんはどこですか!?」
「言わなきゃ殴るわよ!
 言っても殴るけどっ!」
「…………素直に話を聞いてくれる態度だと思うか?」
「っつーか、最初から利く気なんかないだろ。特に“光”の」
 すっかりエキサイトしてしまった二人の姿に、尋ねずにはいられなかったイクトにブレードが答える――同時にため息をつき、まったく同じタイミングでそれぞれの刃を抜き放つ。
「斬ってもいいか?」
「本気は出すべきだが、斬るのはやめておけ。
 貴様も、柾木とやる時は私怨なくスッキリとやりたいだろう?」
「了解だ」
 淡々と言葉を交わし――二人は地を蹴った。
 

 “色恋”という名のドーピングを受けた、二人の“修羅”に向けて。

 

 

 

 ちなみに。
 

 同時刻――ミッドチルダにおいて、ブイリュウの脳天に照れ隠しを多分に含んだゲンコツが落ちていた。


次回予告
 
スバル 「ジュンイチさん……大丈夫かな……?」
ギンガ 「大丈夫だよ、ジュンイチさんなら。
 だって、『何があっても大丈夫だ』って、約束したじゃない」
スバル 「…………うん……」
ギンガ 「きっとジュンイチさんは助けに来てくれる……
 だから、わたし達もがんばろう!

 

 ――あ、ギガトロンさん、オレンジジュースのお代わりお願いします♪」

スバル 「あたしはアイスぅ〜♪」
ギガトロン 「ずいぶん態度のデカイ人質だなヲイ!?」
ジュンイチ 「ガキのワガママに付き合ってたら身がもたねぇぞー」
スバル 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Galaxy Moon〜異聞、
 第11話『集う絆』に――」
4人 『ブレイク、アァップ!』

 

(初版:2008/01/26)