「オレを倒す、か……」
“精霊獣融合”を遂げ、オーグリッシュ・フォームへと進化したジュンイチを前に、ギガトロンはそうつぶやきながらデスランスをかまえ、
「なめるなよ。
オレが智略だけの大帝だと思うなよ。本気になれば、貴様ごとき――」
「だったらとっととかかって来いよ」
告げるギガトロンの言葉を、ジュンイチはあっさりとさえぎった。切っ先をギガトロンに向けていた“鬼刃”を肩に担ぎ、続ける。
「オレをなめるな。手加減はいらねぇ。容赦もすんな。
てめぇの全部の力でかかって来い」
言って、ジュンイチはそのままの姿勢で背中のゴッドウィングを広げ、腰を落とす。
「叩きつぶしてやるよ――てめぇのすべてを、オレのすべてで。
てめぇの力、ひとつ残らず叩きつぶして、どうやったってオレにゃ勝てねぇってことを心の底から思い知らせてやる」
そして――告げる。
「てめぇにだけは――」
「絶対負けない」
第13話
「オレが“暴君”である限り」
「――――ちぃっ!?」
相手が間合いの中を駆け抜け、こちらの刃が宙を薙ぎ――スピード型カスタムガーディアンの刃をその身に受け、デスザラスは大きく後退させられた。
《デスザラス!?》
「問題ない。
貴様の自己修復があるからな――この程度の傷はどうということはない」
自分の“中”で声を上げるアルテミスにデスザラスが答え――その言葉の通り、今の交錯で胸部に刻まれた傷がみるみる内にふさがっていく。
《どうしますか?
確かに、ヤツの攻撃力では私達を一撃で仕留めるには足りませんが、逆に私達もヤツのスピードについていけないでいる……このままではいつまで経っても……》
「わかっている」
アルテミスに答え、デスザラスはイクトへと視線を向けた。
イクトはイクトで、パワー型のカスタムガーディアンと交戦している。こちらと違い苦戦している、という空気ではないが――
「身体の大きいオレ達をスピード型でかき回し、人間のイクトはパワーでねじ伏せる、か……
向こうも、それなりに考えているか……」
《どうします?》
「心配は不要だ、アルテミス」
不安げに尋ねるアルテミスに答えると、デスザラスは不敵な笑みを浮かべて続ける。
「もう少しで――準備が整う」
《え………………?》
その言葉にアルテミスが聞き返そうとした、その時――再びスピード型が突っ込んできた。カウンターを狙って愛刀たるアームドデバイス“シュベルトノワール”を振るうが、スピード型はあっさりとかいくぐってこちらの脇腹に一撃。さらに速度を最大限に活かした体当たりでデスザラスを弾き飛ばす!
そのまま、姿勢の崩れたデスザラスへと追撃に動き――
「――――かかったな」
デスザラスがそう告げると同時――スピード型の動きが阻まれた。
一体何が起きたのかとスピード型は周囲を見回し――ようやく気づいた。
辺り一帯を漆黒の魔力の流れが駆け巡り、さながらジャングルのような様相を呈している。これは――
「どうだ? 急ごしらえの包囲網にしては上出来だろう?」
対し、デスザラスは余裕の態度でスピード型にそう告げ、周囲に張り巡らされた魔力流へと視線を向ける。
「これだけ魔力流を張り巡らされては、貴様も思うようには動けまい。
とはいえ、貴様を閉じ込めるには難儀したぞ。何しろすばしっこいからな、せっかくこの領域を展開しても、貴様が外にいては意味がない。
貴様を確実に閉じ込めるには、ある程度の広範囲に一気に展開する必要があった――他の連中を巻き込まないですむ位置まで誘導するのは骨が折れたぞ」
言って、デスザラスはシュベルトノワールをかまえ、
「これで貴様の得意のスピードは封じさせてもらった。
無論、この中にいるオレも身動きが取れないが――何、心配はいらない」
頭上にかざしたシュベルトノワール――剣十字を模した柄から伸びる光刃が彼の魔力光である漆黒の輝きに包まれていく。
「オレの相方――アルテミスは、広域型だ」
そして、デスザラスはアルテミスと共に告げた。
「《デアボリック――エミッション》」
瞬間――巻き起こった漆黒の魔力の奔流は、一瞬にして彼らの周囲の空間すべてを飲み込んでいった。
目の前をかすめた棍棒が大地に叩きつけられ、一撃のもとに周囲を砕く――パワー型カスタムガーディアンの一撃をわずかに身をそらしただけでかわすと、イクトは続けて放たれた追撃もほんの少し左に身をひねるだけでかわしてみせる。
地上スレスレをホバー移動の要領で滑りつつ、イクトはパワー型の棍棒を素早くかわしていく――だが、敵の追撃は予想を上回る勢いで次々に繰り出されてくる。これは――
「……まぁ、パワーが優れているということは、それだけ腕を振る速度も力任せに高速化させられる、ということでもある……
両腕の棍棒を上手く連携させ、力押しによるスキを抑えるか……ただの力押しのバカではないな」
冷静に分析しつつ、イクトはパワー型の連続攻撃をかわしていく。
「力任せの猛攻、動きはどうせ鈍いに決まっている――そう油断した相手ならばたやすく粉砕できるし、その油断がなかったとしても、この猛攻を裁くことは純粋な物理的問題から難しい……
大方、人間であるオレならば大した苦労もせずに力ずくで押しつぶせるとでも思ったのだろうが……」
しかし――ついに追いつかれた。イクトに向け、今度こそ棍棒が直撃コースで振り下ろされ――
「こちらの力を見る前にそう判断したのは、早計だったな」
淡々と告げられた言葉と共に――棍棒が受け止められた。
無造作にかかげられた――
イクトの右手によって。
「なめるなよ、ブリキ人形風情が」
そう告げるイクトの目の前で、パワー型はあわてて棍棒を引き戻そうとするが――動かない。
イクトはただ無造作に受け止めた棍棒を握っている、ただそれだけなのに――
「オレは人を超え、ブレイカーをも超えた瘴魔の将――瘴魔神将の中でもさらに将として位置づけられている身だ。
その“力”を身体強化に回せば――たとえ生身のままでも、貴様ら程度ならば容易に超えられる」
そして、イクトは周囲に“力”を放出し――瞬く間にその“力”が燃焼を開始。その場を強烈な炎の渦で包み込む!
「次からは、相手を人間と見くびらず、その内面に潜む実力まで慎重に見極めることだ。
もっとも――」
そんな炎の中でイクトが告げ――『もっとも』の部分で炎の流れが乱れた。ゆっくりと渦が解け、炎も消滅していき――
「――次は、ないだろうがな」
そこにパワー型カスタムガーディアンの姿はなく――唯一“焼け残った”、自らのつかんでいた棍棒に向け、イクトは静かにそう告げた。
「むんっ!」
咆哮と共に射場を一閃――ブリューナクから放たれた雷光が荒れ狂い、誘導システムによってこちらの位置を特定し、襲い来るミサイル群を薙ぎ払う。
しかし――乱射型カスタムガーディアンの猛攻は止まらない。全身のミサイルポッドから間断なくミサイルをばらまいてくる。
いかに大型と言えど、普通ならば備蓄できるミサイルの量には限りがあるはず。それをこうも見境なく撃ちまくれるということは――
(自動弾体生成か……!
おそらくは大気中の魔力を増幅して原材料にしているんだろうが……完全な物質として生成するとは――)
「かなりのレベルの技術だな、こいつは……!」
うめき、さらに襲いくるミサイルを叩き落としていくメガザラックだが、ミサイルの雨が途切れることはない。
それどころかペースが上がってきている――メガザラックがミサイルを迎撃するペースを少しずつ上回りつつある。
迎撃だけでなく回避も駆使してミサイルをやりすごすメガザラックだが、完全に防戦一方で――
「――――――っ!?」
そんな彼の背後に新たなミサイル群が回り込んでいた。とっさに回避しようとするが、間に合わず直撃。さらに本来かわそうとしていたミサイル群も着弾、大爆発を巻き起こす。
目標への全弾直撃を確認し、乱射型が身を起こした、その時――煙が変質した。
純粋な爆煙たる灰色から、重く、雷光を伴った漆黒の雷雲へ。
そして――
「武装合体……」
その言葉と同時、ゆっくりと雷雲は乱射型の前にその道を開いた。
そこにいたのは、大帝クラスの巨体をも丸ごと収納できるほどの巨大な強化装甲に身を包んだメガザラックの姿――
「“英知の果てに高みあり”――」
「魔将大帝、ブラックザラック」
その名乗りの声と同時――雷光が閃いた。乱射型に向けて襲いかかるが、乱射型も素早く後退して回避する。
すぐさま反撃、メガザラック改めブラックザラックに向けてミサイルを撃ち放つが――
「どこを狙っている?」
ブラックザラックの姿は乱射型の背後にあった。
高速移動魔法だ――瞬時に先程の位置から移動、ミサイル網をかいくぐると乱射型の背後に回り込んだのだ。
すぐにこちらに気づき、乱射型は振り向き、こちらの姿を確認すると素早く後退、離脱するが、
「そっちに逃げてもいいのか?」
ブラックザラックが告げると同時――乱射型の背後で衝撃が巻き起こった。
先程ブラックザラックを見失ったミサイルだ。乱射型の後ろに回り込んだブラックザラックを発見、彼を狙って戻ってきていたところへ、ちょうどその射線上に乱射型は飛び込んでしまったのだ。
いや――「飛び込んで“しまった”」というのは正確ではない。ブラックザラックはこうなることを見越し、ミサイル群と乱射型を結ぶ直線上に回り込んだのだ。
そして乱射型はその誘いにまんまとはまってしまったというワケだ。真後ろに現れたブラックザラックに対してまっすぐに正対、そのまままっすぐに後退し――ブラックザラックを追ってきたミサイル群へとまっすぐに突っ込んでいってしまった。機械であるがゆえの正確さをブラックザラックは逆手に取ったのだ。
自らの放ったミサイルによって全身のミサイルポッドを破壊され、乱射型は力なく崩れ落ちていく。
だが――乱射型が大地に倒れ伏すことはなかった。ブラックザラックの投げつけたブリューナクによって身体を貫かれ、岩壁に縫いつけられてその機能を停止する。
と――――
「やれやれ、串刺しとはまた……」
「ずいぶんな仕留め方をするものだな」
言って、それぞれの相手を片づけてきたデスザラスとイクトが姿を見せた。
「貴様らも片付いたか」
「あぁ」
尋ねるブラックザラックに答えると、デスザラスは息をつき、
「これで、残るはブリッツクラッカーとブレードか……」
途中までは様子を見ていたが苦戦気味だった――彼らの戦いに不安を抱くデスザラスだったが――
「問題ない」
「すぐにケリはつく」
対し、ブラックザラックとイクトはあっさりと答えた。
「…………?
ずいぶんとハッキリ断言するな」
首をかしげるデスザラスだったが――二人の答えはまたしてもあっさりしていた。
『戦った相手のことはよく知っている』
1発直撃させただけでは撃破は確認できない――ブリッツクラッカーに主砲を直撃させた後も、砲撃型カスタムガーディアンはさらに全身の火器を撃ちまくった。
そして今、ようやく砲撃の嵐が止んだ――爆煙の中に動くものがいないか、砲撃型はセンサーを稼動させる。
自身の猛攻で乱射した魔力砲の残滓も残っている。容易ではないものの、煙の中のサーチを進めていき――
「フォースチップ、イグニッション!」
咆哮が響いた――同時、地球のフォースチップが煙の中へと飛び込んだ。フォースチップによって蹴散らされた煙の中から、ブリッツヘルをかまえたブリッツクラッカーが姿を現す。
「あの程度の砲撃で――オレを落としたとでも思ってんのかよ!?
こちとら、それこそしょっちゅう墜とされまくってんだ! 今さらあんなもんで墜ちてたまるかよ!」
すごいのかすごくないのか、判断に困る言葉と共に、ブリッツクラッカーは砲撃型へと狙いを定め――その銃口の先に、すさまじい勢いで魔力が収束していく。
しかも、ブリッツクラッカーのものだけではない――さっきまで散々撃ちまくっていた、砲撃型の魔力砲の魔力の残滓すらも、手当たり次第といった感じで取り込んでいく。
その姿に、あわてて砲撃を開始、チャージを妨害しようとする砲撃型だったが、妨害には少し遅すぎた。ブリッツクラッカーの目の前に生まれた魔力の塊が楯となって砲撃型の魔力砲を防ぎ、さらにそれらの砲撃の残滓すらも吸収していく。
「てめぇが見境なく撃ちまくってくれたおかげで――こっちも思いっきりブッ放せるってもんだぜ!」
そして、ブリッツクラッカーはチャージを完了し――
「スターダスト、スマッシャー!」
特大の閃光が放たれた。魔力の渦は荒れ狂いながら砲撃型へと襲いかかり――力任せに薙ぎ払う!
魔力の渦に飲み込まれ、四肢をひしゃげさせ、引きちぎられながら砲撃型が吹き飛ばされていくのを見送り――
「…………残念だったな」
そんな砲撃型に対し、ブリッツクラッカーは笑いながら告げた。
「砲撃だったら……もっとマシなヤツを知ってんだよ♪」
急所を捉えた。
カスタムガーディアンは自我を持たない自律兵器だ――だが、だからこそ、斬撃型カスタムガーディアンはあらゆるデータから冷静にそう判断していた。
ブレードの身体の前面、胸部から腹部にかけては隠し腕による2度の斬撃を受けて十字に斬り裂かれている――どちらも知る由もないが、その傷の深さはジュンイチが遊園地でギガトロンによって受けた傷や、今陸上戦艦の中で新たにつけられた傷とほとんど変わらないほどに深いものだった。
実際、出血の勢いもすさまじい。出来の悪いホラー映画のように噴水みたく吹き上がることこそないが、それでもかなりの勢いで赤い染みが大地に広がっていく。
もはや、敵に戦闘能力はない――そう判断し、斬撃型は無造作にきびすを返した。
手近な獲物を探査し、すぐそばにいたブレードのパートナープラネル、ロッドへと視線を向ける。
戦闘のための機械である彼にとって獲物が大きかろうが小さかろうが関係ない。狙いを定めたものを斬り裂こうと刃を振り上げ――
「――――――へっ」
その動きが止まった。
背後で――もう動かないと思っていたブレードの口元に笑みが浮かんだのを察して。
すぐさま振り向き、警戒を強める斬撃型だったが――かまわない。ブレードは何でもないかのようにあっさりと立ち上がり、傍らに落ちていた自分の日本刀を手にすると斬天刀へと“再構成”し直す。
「オラ、続きだ――来いよ」
平然とそう告げるブレードだったが、斬撃型は警戒を解かない。
しかし、それはムリもない。ブレードの傷は相当に深かったはずだ。同等の傷を負ったジュンイチですら動けるようになるまで若干の時間を必要としたし、それでも明らかに動きは鈍っていた。ブレードのように平然と立ち上がるなどありえない。
状況を把握すべく、斬撃型はブレードの身体をスキャンし――その結果、さらに驚くべきものを目にすることになった。
傷がふさがっていく。
過去形ではない――現在進行形でふさがりつつあるのだ。
「気づいたみたいだな。
これがオレの力場の特性“超速回復”――柾木のヤツの力場が“エネルギー制御特化”の特性を持っているように、オレの力場は、オレ自身の回復力を限界以上に強化するんだよ」
そんな斬撃型の視線に気づくと、ブレードは不敵な笑みを浮かべ、
「オレは勝ち負けなんてぶっちゃけ二の次だ――楽しくバトれりゃそれでいいんだ。
勝とうが負けようが関係ねぇ。楽しく長くバトるためにも、どれだけ傷つけられようが倒れないっつーのは必須条件だからな」
そして、ブレードは斬天刀を肩に担ぎ、
「そんなワケだ――もーちょっとぐらい、付き合ってもらうぜ!」
咆哮と同時に斬天刀を振るい――斬撃型に向けて光刃を放つ!
同時に斬撃型も反応した。先程と同じように複数の腕の刃によって迎撃にかかる。
だが――今度の光刃は先程のものとは違った。より強烈な衝撃と強度をもって斬撃型に襲いかかり、かろうじて弾いたものの斬撃型は大きく姿勢を崩す。
そんな斬撃型の前でブレードはさらに斬天刀を振るって光刃を生み出し、
「こいつはただの光刃じゃねぇ――精霊力を物質化寸前まで高密度に圧縮した光刃に、オレの斬撃のスピードや斬れ味を再現したものだ。
つまり――」
そして――
「“力”の強さなんか関係ねぇ――オレの斬撃が強くなればなるほど、全部が全部、威力が増すんだよ!」
再び放たれた光刃が、今度こそ斬撃型を吹き飛ばす!
地面を転がりながらもなんとか身を起こす斬撃型だが――今の一撃でその刃は激しく傷ついている。
それでもかまえを解かない斬撃型に対し、ブレードも斬天刀をかまえ直し、
「オレは空を飛べない。精霊術だって使えやしない。“再構成”だって斬天刀とこの“装重甲”を作るくらいしかできねぇ。
できることといったら“超速回復”と“斬撃複製”、そして精霊獣の使役だけ――そのどれもが、あるもの、与えられたものをただ使ってるだけだ。
マスター・ランクのクセに、“力”を扱う感覚から徹底的に嫌われた男――それがオレだ」
言いながら、ブレードは斬天刀を握る手に力を込めて――
「けどな――」
その言葉と同時――地を蹴った。すさまじい加速と共に斬撃型との距離を詰めていく。
素早く刃を振るい、カウンターを狙う斬撃型だが――
「オレとしては感謝してるぜ」
ブレードはあっさりとその右腕、隠し腕も含んだ4本を斬り飛ばす!
斬天刀を大きく振り抜くと、ブレードはそのままの姿勢で刃だけを返し、
「おかげで――てめぇみたいな強いヤツを、直接ぶった斬れるんだからな!」
振り下ろした斬天刀の巨大な刃が、斬撃型を一刀の元に両断していた。
左右に倒れ、真っ二つにされた斬撃型は火花を散らして沈黙する――と、そんな彼に呼びかける声があった。
《おいおい、オレの出番はなしかよ》
発生源は、ブレードの“装重甲”の懐にしまわれた、宝石を思わせる輝きを宿す茶色の結晶体――
「るせぇ。少しは最後まで斬らせろ」
不満げな声を上げる声の主――自らの使役する精霊獣に答えると、ブレードは上空を見上げた。
そこでゴッドドラゴンや空戦魔導師達と交戦している量産型ガーディアン達を見ながら、告げる。
「てめぇには、上のヤツらをくれてやるさ」
《まぁ、そういうことならいいか!》
機嫌を直したらしいその声にうなずくと、ブレードは少し離れたところにいるロッドへと呼びかける。
「ロッド、出番だ!」
「はーい!」
元気にうなずき、駆けてくるロッドに対し、ブレードは懐から結晶体を取り出し、
「出てきやがれ!
螂刃皇――シュレッド・オブ・マンティス!」
その言葉と同時――ロッドの身体が変貌した。肉体が膨張し、物質化した“力”の外骨格をまとい、巨大なカマキリを思わせる姿の異形へとその姿を変える。
精霊石“アイアン・ブラウン”に宿るブレードの精霊獣、螂刃皇シュレッド・オブ・マンティスがロッドへと宿り、顕現したのだ。
《よっしゃ、いくぜ!
そして斬るぜ!》
意気揚々とブレードに告げ、マンティスは昆虫独特の半透明の翼を羽ばたき、上空の戦場に向けて飛び立っていった。
「やれやれ、欲張りなヤツだぜ」
自分のことはすっかり棚に上げてそんなマンティスを見送り、ブレードは肩をすくめてつぶやいた。
「オレも飛べれば、アイツら全部ぶった斬れたんだがな……」
今さらぼやいても、自分が飛べない事実に変わりはなく――上空はマンティスに任せることにして、ブレードはイクト達の元へ戻ろうときびすを返した。
マンティスの心配はいらない。
むしろ気にかけなければならないのは――
「巻き添えで、管理局とやらの強いヤツまで殺っちまうんじゃねぇぞ……オレが斬る楽しみがなくなっちまう」
空気が重い――これから始まるであろう死闘を前に、アリシアは加速度的に増していくプレッシャーの中でロンギヌスを握りしめた。
ジュンイチはギガトロンとの戦いで手一杯になるだろう。彼が戦いに集中できるよう、自分がスバルとギンガを守らなければ――
一方、ジュンイチとギガトロンの間に動きはない。お互いのスキを探り、緊張感を高めていき――
「………………?」
不意にジュンイチが眉をひそめた。訝しげにギガトロンの背後へと視線を向け――その目が驚愕に見開かれた。呆然とその名をつぶやく。
「…………マスター、メガトロン……!?」
「何っ!?」
「えぇっ!?」
ジュンイチの口にした意外な名前にはギガトロンだけでなくアリシアまで驚きの声を上げた。あわててジュンイチの視線の先へと顔を向け――
『………………って、あれ?』
そこには誰もいない。思わず間の抜けた声を上げ――
「バカが見ぃる〜〜♪」
「ぬがっ!?」
そんなギガトロンの後頭部を、ジュンイチは“鬼刃”で張り倒した。まともに一撃を受け、ギガトロンは跳ね飛ばされ、ゴロゴロと転がった末無様に床に倒れ込む。
気まずい沈黙の中、ギガトロンは身を起こし、ジュンイチをにらみつける。
「きっ、貴様……! だましたのか!?」
「おぅともよ」
だが、ジュンイチはギガトロンに対しても臆することなくあっさりとうなずいた。
「お前にとって、マスターメガトロンは超えずにはいられない壁だからな――名前を出されたら反応せずにはいられない。
とはいえ、今時『あーっ! マスターメガトロン!』なんて言って引っかかるヤツもいないからな。ハメようと思ったら、それなりに趣向をこらすに決まってるじゃんか」
「ほざくな!」
意気揚々と告げるジュンイチの言葉に激昂し、襲いかかるギガトロンだが、ジュンイチも冷静にバックステップで距離を保ち、告げる。
「後ろ、気をつけた方がいいんじゃないのか!?」
それは先程と同じだまし討ちか――ジュンイチは基部から分離させたゴッドウィングを脇越しにつかみ、投げつけようと振りかぶるが、
「同じ手が通じるか!」
しかし、ギガトロンも今度はだまされはしない。そのまま突っ込み、ジュンイチの投げつけたゴッドウイングをかわす。
「似たようなウソで、二度もハメられるとでも思っていたか!」
咆哮し、ギガトロンはジュンイチへと襲いかかり――
「ウソじゃねぇのになー♪」
「――――――っ!?」
ジュンイチの口元に笑みが浮かんだ。気づいたギガトロンが目を見開き――次の瞬間、再びギガトロンの後頭部を衝撃が襲った。
先ほどジュンイチが投げつけたゴッドウィングだ――ブーメラン形態“ウィングブーメラン”として投げつけられたそれが戻ってきて、ギガトロンの後頭部を直撃したのだ。
再び吹っ飛ばされるギガトロン――自分の上を飛び越え、床に顔面から突っ込むのを見て、戻ってきたウィングブーメランをキャッチしたジュンイチは肩をすくめた。
「難攻不落の必殺技じゃあるまいし、同じハメを二度も三度も使うワケねぇだろ。
と、ゆーワケで今度はホント♪ お前が勝手にウソだと決めつけて自爆しただけだよ。
実はバカだろ、お前」
「き、さ、まぁ…………!」
完全にこちらをバカにしたジュンイチの物言いに、ギガトロンは怒りで目を血走らせながら身を起こした。
「一度ならず、二度までも卑怯な手を使いおって……!」
「『卑怯』?
また何を言い出すかと思いきや……」
うめくギガトロンの言葉に、ジュンイチは呆れてため息をつき――
「当たり前だろ、卑怯なコトしてんだから」
((言い切ったぁ――っ!?))
むしろ「今さら何を言ってるんだコイツわ」とでも言わんばかりに言い放つジュンイチの言葉に、ギガトロンだけでなくアリシアやギンガまでもが心の中で絶叫する。
「ふ、ざ、けるなぁっ!」
そんなジュンイチに対し、ギガトロンは完全にキレた。怒りに任せてジュンイチへと突進し――
「足元、注意した方がいいぜ♪」
「――――――っ!?」
ジュンイチのその言葉が、ギガトロンの脳裏に警鐘を鳴らした。とっさにブレーキをかけ、ギガトロンはその場に立ち止まるとジュンイチをにらみつける。
「貴様……!?」
「ん? どうした?
オレの言ったこと信用すんの? 敵の言葉をさ」
笑顔で告げるジュンイチだったが――ギガトロンは動けない。
一度目はウソによって不意打ちを受けた。二度目はそのことから彼の言葉を無視したことを逆手に取られた――その二度の攻防が、ギガトロンの思考をしばり上げてしまった。
ジュンイチの言葉通りにワナがあるのか、それとも信用しないことを見越して何か企んでいるのか――相手の手の内がわからず、うかつな動きができないでいる。
(何を企んでいる――!?
このまま突っ込むべきか、それとも……?
いっそここから撃つか……?
……いや、ダメだ。ヤツのバリアの強度ならば防ぐのはそう難しくはない。それに、その気になれば簡単にカウンターを狙ってくる……!)
ヘタな動きはジュンイチの思うツボだ。身動きがとれず、ギガトロンはウィングディバイダーを展開、砲撃体勢に入るジュンイチをただ眺めるしかなくて――
(――“砲撃体勢”!?)
気づき、動くが――遅かった。
「ゼロブラック、Fire♪」
「がはぁっ!」
信じることも、無視することもジュンイチは狙っていなかった。ただ疑って、足を止めてもらえればそれでよかった――まんまとギガトロンの動きを封じ、悠々とチャージを終えたジュンイチがゼロブラックを発射、直撃を受けたギガトロンが吹っ飛ばされる!
「敵の目の前でボケッとしてんじゃねぇよ、バーカ♪」
「こ、この、野郎……っ!」
さんざん惑わせておいていけしゃあしゃあと――笑顔で告げるジュンイチの言葉に、ギガトロンはプスプスと煙を立てながら呪詛の言葉を吐き散らす。
「貴様……! 『すべての力で叩きつぶす』などと言っておいて、やることがコレか……!」
「失敬な。
『すべての力で叩きつぶす』っつったからこその、この戦い方なんだろうが」
うめくギガトロンだったが、ジュンイチは唇を尖らせてそう答えた。
「力に技、能力に根性――でもって知力。
直接ブッ叩くのに加えてオツムも使うんだぜ。相手の裏をかいて何が悪いってんだ」
「裏のかき方がえげつないと言ってるんだ!」
「お上品にやってて相手の裏なんかかけるか!」
「開き直るな!」
断言するジュンイチの言葉にギガトロンが言い返し――
「あのぉ……」
さすがに見かねたか、アリシアが口を挟んできた。
「何?」
まさかお前まで文句言うつもりじゃないだろうな?――そんなセリフを視線に存分に込め、見返してくるジュンイチに一瞬ひるむものの、アリシアはおずおずとジュンイチに告げた。
「小さい子達も見てるワケだし、できればもーちょっとクリーンな戦い方をしてもらえると……」
「よし、ギガトロン。
正々堂々真っ向勝負といこうじゃないか」
「変わり身早いな、ヲイっ!?」
アリシアの言葉にあっさりと身をひるがえしたジュンイチの姿に、ギガトロンは思わずツッコミの声を上げた。
「さっきまでの発言は一体何だったんだ、貴様!?」
「だって、お前にゃいくら嫌われようが知ったこっちゃねぇけどさ、スバルやギンガやアリシアに嫌われるのはノーサンキューだし♪」
「本っ当ぉに図々しいな、お前わっ!」
あっけらかんと告げるジュンイチの言葉に、ギガトロンはますます怒りを募らせていくが――
「あ、それはそうと、アリシア、ちょっといいかー?」
「って、聞けよ、人の話をっ!」
気にせずアリシアに声をかけるジュンイチの姿に、ギガトロンはさらに声を荒らげる。
「あ、あのー……ほっといてもいいんですか?」
「いーのいーの♪」
もう「なんだか」どころではないレベルでギガトロンがかわいそうになってきた。尋ねるアリシアに、ジュンイチは平気な顔をしてそう答え――
「それより――」
「スバルとギンガ、守ってくれよな♪」
そうジュンイチが告げた瞬間――アリシアの目には、ほんの一瞬、ジュンイチの顔から笑顔が消えたような気がした。
しかし、気づけば元通りの笑顔に戻っていた。今の表情の変化を思わず問いただそうとしたアリシアだったが――
「どこまでもこちらをコケにしおって……!
もうやめだ! 貴様のような駒などいらん!
この場で、無数の肉片にしてくれる!」
その一方で――ついにギガトロンの怒りが爆発した。怒りに任せてわめき散らし、ギガトロンはジュンイチへと襲いかかった。力の限りデスランスを振り下ろし――
「あーぁ、すっかり頭に血を上げちゃって♪」
そう告げるジュンイチは――たやすくデスランスをかいくぐり、ギガトロンの目の前に飛び込んでいた。渾身の蹴りが顔面をとらえ、ギガトロンが吹っ飛ばされる。
「それとも、トランスフォーマーだからオイルかな?
ま、どっちでもいいけど♪」
吹っ飛ぶギガトロンに言い放つと、ジュンイチはその場に降り立ち、“鬼刃”を肩に担ぐ。
「心配すんな。
てめぇは平気で裏切れても、ギンガ達を裏切るのは勘弁だからな――アイツらが望んでねぇ以上、ここからはダーティな手はナシだ。真っ向勝負で戦ってやるよ」
そう告げ、ジュンイチは身を起こすギガトロンと真っ向から正対するが――
「けどな――」
続けるジュンイチの顔からは、先程までの余裕の笑みがきれいさっぱり消し飛んでいた。
「てめぇは、“それなりの”ケンカの売り方したんだ」
そう。ジュンイチの瞳には――
「“それなりの”覚悟ってヤツをしてもらおうか」
本気の怒りが宿っていた。
「いっけぇっ! ゴッドドラゴン!」
ブイリュウの言葉に天高く咆哮し――ゴッドドラゴンはドラゴンブラストを連射、放たれた高熱の火球が陸上戦艦へと次々に襲いかかっていく。
陸上戦艦の弾幕に阻まれ、その多くが撃墜されていくが、そんな中でも何発かは確実に陸上戦艦の甲板を叩き、吹き飛ばしていく。
そんなゴッドドラゴンに向け、多数のガーディアンが殺到していくが――
「させるか!」
なりふりかまわずゴッドドラゴンに突撃するガーディアン達は、ゼストや空戦魔導師達にとっては絶好のカモだった。ゼストを筆頭に陣形を組んで、飛び回るガーディアン達を蹴散らしていく。
しかし、敵もまだかなりの数を残している。多数のガーディアンが一斉にゼストへと襲いかかるが――
《どけや、オッサン!》
「――――――っ!?」
聞き慣れない声だったが、とっさに従い離脱――その場を離れたゼストの目の前で、自分を狙ったガーディアン達が飛来した光刃によって細切れに斬り刻まれていく。
そして――
《年寄りは引っ込んでな!
こいつらは全部、オレが斬り刻んでやっからよ!》
そう告げて現れたのは、カマキリを思わせる巨大な異形――ブレードの精霊獣、シュレッド・オブ・マンティスである。
新たな敵を前に、一瞬ガーディアン達の動きに乱れが生じ――
《へっ、何だよ!?
マシーンのクセして、ビビッてやがんのか!?》
そのスキを見逃すマンティスではなかった。猛スピードでガーディアン達の群れの中に飛び込むと、両手の鎌で次々に斬り捨てていく。
《オラオラオラオラぁっ! どんどんかかってきやがれ!
強いヤツをブレードにゆずっちまって、こちとら気が立ってんだ! もっともっと、このオレを楽しませてみせろぉっ!》
咆哮と共に右手の鎌を一閃――また1体、哀れな犠牲者が真っ二つにされ、爆発、四散した。
強烈な衝撃がホールの壁に叩きつけられ、その表層が粉みじんに砕け散る――ギガトロンのデスランスを受け止めたジュンイチだったが、彼我の重量差によってホールの壁面に叩きつけられた。
「これだけ戦っても、“力”の消耗が見られない――どうやら、“力”の供給源がいるというのは本当らしいな!」
そんなジュンイチに言い放つと、ギガトロンはジュンイチから距離を取り、
「普通なら舌打ちするところなのだろうが――今のオレにはありがたいぞ!
あっさりとガス欠を起こされては、勢い余って殺してしまう――そうなっては、貴様から受けた屈辱を晴らす先がなくなってしまうからな!」
言って、再びギガトロンはジュンイチへとデスランスを突き出し――
「そういうセリフを吐きたいなら――」
ジュンイチは砕けた壁から身体を引き抜くと、ギガトロンの刺突をあっさりとかいくぐった。狙いを外し、ホールの壁面に突き刺さったデスランスを足場にギガトロンへと跳び、
「まず、頭に上がった血だかオイルだかを下げやがれ、ボケが!」
“鬼刃”でギガトロンの胸元を斬り裂いた。そのまま刃を振り抜いた勢いで身をひるがえしながらさらに間合いを詰め、その顔面を蹴り飛ばす!
そのまま追撃に移るが――気づき、身をひるがえして離脱した。壁に突き刺さったままだったデスランスが、ギガトロンの遠隔操作で背後からジュンイチに襲いかかったのだ。
自分を狙って自ら飛翔するデスランスを、ジュンイチは真っ向から迎え撃った。“鬼刃”で正面から打ち合い、力押しで弾き飛ばすが――そのスキに頭上に回り込んできていたギガトロンが、ジュンイチを直下の床へと叩き落とす!
攻守逆転。デスランスを手元に戻し、ギガトロンはジュンイチへと襲いかかるが――ジュンイチは床に叩きつけられてはいなかった。体勢を立て直し、着地していたそのままの姿勢からさらに真横へ跳んで、ギガトロンのデスランスを回避する。
そのまま、デスランスを床に突き立てたギガトロンへと間髪入れずに反撃を狙う――対するギガトロンも素早くデスランスを引き抜いてジュンイチの斬撃を受け止めた。
そのまま、さらに両者の刃が立て続けに衝突を繰り返す――
ジュンイチが深手を負い、ギガトロンが怒りで冷静さを見失い――両者の戦いは、お互いに不利な条件を抱えたまま、それでもただひたすらに激化の一途をたどっていた。
そして当然、その余波はすぐそばで行く末を見守っていたギンガ達にも襲いかかった。アリシアがその度に懸命に防御するが、熾烈な戦いの余波はそんな彼女の魔力を、体力を容赦なく削り取っていく。
(甘かった……!)
それが何よりの感想――飛来したギガトロンのエネルギーミサイルの流れ弾を弾きながら、アリシアは自分の選択の甘さを悔いていた。
「スバルとギンガを守ってくれ」と告げたあの瞬間、一瞬だけ陰りを見せたジュンイチの笑顔――その意味が、今になって理解できていた。
(ジュンイチさんはわかってたんだ……
ギガトロンとフルパワーのジュンイチさんがぶつかればこうなるってことが……!
だから、卑怯な手を使ってでも、ギガトロンに確実に攻撃を当てられる状況で戦おうとした……
ギガトロンに反撃させず、強力な攻撃を確実に当てて……一方的に叩きつぶすことで、余波を出さずに戦おうとしていたんだ……!)
しかし――よかれと思って告げた「できればやめた方が」という発言が、ジュンイチからその選択肢を奪ってしまった。
ジュンイチの性格上、守ると決めた相手――この場合はスバルとギンガ、そして自分――が望んでいないことは絶対にしない。“守るべき対象”のひとりである自分がジュンイチの選んだ戦い方を否定してしまったことで、ジュンイチから(ギンガ達にとって)安全に勝つ、周りに被害をまき散らさずに勝つ方法を奪ってしまったのだ。
ジュンイチの真意を読み切れず、彼なりの“最善の手”を封じてしまった自らの甘さを痛感し、アリシアは内心で自分自身をしかりつけ――
「……大丈夫、だよ……!」
そんな自分の緊張に気づいたのか、スバルは戦いの衝撃に怯えながらもそう告げた。
「お兄ちゃん……『大丈夫だ』って言ってた……
だから……大丈夫……!」
それは、アリシアを励ましているようにも、自分自身を励ましているようにも見えて――
「…………そうだね」
気づけば、アリシアの心は落ち着きを取り戻していた。
(この子は……ジュンイチさんのことを信じようと、一生懸命自分を奮い立たせてるんだ……
見守ることしか出来なくても……それでも、がんばってるんだ……!
なのに……あたしががんばらなくて、どうするの!)
決意を固め――アリシアはギンガに告げた。
「ギンガちゃん……スバルちゃんをお願い。
しっかり抱っこして、安心させてあげてね」
「は、はい……!」
ギンガの答えにうなずくと、アリシアはロンギヌスをかまえ直し、
「大丈夫だよ、二人とも。
ジュンイチさんがギガトロンをやっつけるまで――」
「二人は、あたしが守るから」
しかし――
「ぐぁ………………っ!」
そんな彼女達の重いとは裏腹に、戦いはギガトロン有利にかたむき始めていた――ギガトロンのデスランスに弾き飛ばされ、ジュンイチがホールの壁に叩きつけられる。
今の一撃――そして今までの攻防のダメージがよほど効いているのか、今のジュンイチはもはや立っているのも精一杯の様子だ。
お互いの“不安材料”の差がここにきて顕れた――ギガトロンはジュンイチに心を乱されてスキを作り、攻撃を受けやすくなっているが、それでもコンディション的には万全に近い。
しかし、ジュンイチはギガトロンに痛烈な攻撃を受け、身体そのものに深い傷を刻まれている。当然、時間が経てばその分体力を消耗していく。
時間が経てば経つほど、ジュンイチの消耗は大きくなり、その状態で怒りに燃えるギガトロンの猛攻にさらされることとなるのだ。
そうなる前にギガトロンを叩き伏せられればよかったのだが――ジュンイチはその賭けに負けた。スキだらけだが、そのスキを補って余りあるパワーを発揮するギガトロンの攻撃を受け、絶体絶命の状況にまで追い込まれていた。
「フンッ、もはや限界のようだな」
そして、そんなジュンイチの状態に、ギガトロンもまた気づいていた。笑みを浮かべ、ジュンイチに向けて歩を進める。
「このまま、デスランスで串刺しにしてやればカタがつくのだろうが――そんな結末ではオレの怒りは収まらん」
言って、ギガトロンはデスランスを放り出し、右手の拳を握りしめる。
「貴様は、このオレの拳で、直々に叩きつぶしてくれる」
対するジュンイチはうつむいたまま動かない――
「終わりだ――柾木ジュンイチ!」
そんなジュンイチへと、ギガトロンはすべてを終わらせるための一撃を放ち――
飛び散った。
粉々になった――
ギガトロンの右腕が。
「ぐぁあぁぁぁぁぁっ!」
右腕を一瞬にして失い、ギガトロンが激痛から絶叫し――
「フーッ、作戦成功、っと……」
言って、ジュンイチは――背中から伸びていた刃についていたオイルを振り払った。
刃は次の瞬間形を変え、元の翼の姿に戻っていく――ジュンイチは、自身は一切動かないまま、ゴッドウィングを形状変化させた刃でギガトロンの右腕をその拳もろとも細切れに斬り刻んだのだ。
「き、貴様……!
まさか――最初から、これを狙って……!?」
「ようやく気づきやがったか。
つくづく人からハメられるのに慣れてねぇよな、お前って」
うめくギガトロンに答え、ジュンイチは“鬼刃”を手に身を起こした。
「最初、オレがてめぇをおちょくり倒したのが、単なるシュミだとでも思ってたのかよ?」
「違うとでも、言うつもりか……!?」
「んにゃ、否定はしないよ。
けど――そいつぁ半分だけだ」
痛みに顔をしかめたままのギガトロンに、ジュンイチは笑みを浮かべてそう答えた。
「お前をおちょくった残りの理由は三つ。
ひとつは、ハデにバトらないことで、ギンガ達へのとばっちりを避けること。
二つ、てめぇをキレさせて、冷静さを奪うことでオレの受けたダメージのハンデを帳消しにすること――こっちはあまりうまくいかなかったけどな。
でもって、本命の三つ目――」
「怒り狂ったてめぇに、直接ぶん殴りに来てもらうこと」
「何、だと……!?」
「“精霊獣融合”で能力的な差は埋まっても、ガタイの差まで埋まるワケじゃねぇ――そして能力差が埋まれば、モノを言ってくるのがその“ガタイの差”だ。
オレは人間、てめぇはトランスフォーマー、てめぇの方がガタイがある以上、間合いについてはどうあがいたってそっちが有利だ。
オレが“鬼刃”を持った状態でも、そっちの素手とトントンの間合いが限界だ――その上デスランスまで持たれちゃ、まともにやり合ったところでクリーンヒットを入れるのはかなり難しい。
さっきも言ったが、お互いマジならパラメータ的には互角だからな。撃ち合いだけじゃ千日手になるのが関の山だ。自然と接近戦も織り交ぜていくことになるけど、そうなると今言った間合いの問題が浮上してくる。
結果として、その辺の問題をクリアして直接てめぇをブッ叩く方法が必要になる――率直に考えて、一番手っ取り早いのはてめぇの手からデスランスを叩き落とすことだけど、今のオレのコンディションじゃまともに狙っても正直ムリだ。
だから――てめぇに自分から手放してもらうよう、戦いの流れを誘導したんだ」
思わず眉をひそめるギガトロンに、ジュンイチは全身の痛みに顔をしかめながらも笑みを浮かべてそう告げる。
「オレだったら、あそこまでコケにされたら直接ボコ殴りにしてやんなきゃ気がすまねぇからな。似たような思考パターンのてめぇが同じように殴りに来るのは簡単に予想できたよ」
その言葉と同時――ジュンイチの背中のゴッドウィングがまたしても形を変えた。ムチのような形状に変化すると、少し離れたところに放り出されていたデスランスをからめ取り、ジュンイチの手元へと運び――
「そして――デスランスも、もう使わせない」
エネルギーの通っていないデスランスなど、今のジュンイチにしてみれば鉄くずと変わらない。ゴッドウィングによって手元に運ばれたデスランスを、“鬼刃”で真っ二つに叩き折る。
「形勢逆転だな、ギガトロン。
利き腕も、デスランスも失った――これでてめぇの戦力はガタ落ちだ」
「だから、どうした……!」
ジュンイチの言葉にうめくように答え、ギガトロンはその場に立ち上がり、
「確かに右腕は失ったが――他の部分に深刻なダメージがないことを忘れるな!
この程度で、このオレ様が降参してたまるかぁっ!」
咆哮し、ジュンイチへと襲いかかるギガトロンだったが――
「大帝としてのプライドか……」
本人の闘志とは裏腹に、ギガトロンの動きは明らかに鈍っていた。ジュンイチは繰り出された左拳をかわし――
「くだらねぇ!」
逆に、ギガトロンを“鬼刃”の一撃で弾き飛ばす!
「確かにてめぇは強いさ。大帝を名乗るに相応しいパワーだってある。
だがな――」
腹部に新たな傷を刻まれ、吹っ飛ぶギガトロンに言い放つと、ジュンイチは右手に炎を生み出し、
「スカイクェイクやメガザラックの持ってるプレッシャーを、てめぇからはちっとも感じねぇんだよ!」
すぐさまギガトロンに向けて解き放った。荒れ狂う炎の奔流が、ギガトロンの巨体を押し流す!
「ハッキリ言ってやる。
てめぇはスカイクェイクやメガザラックには遠く及ばねぇ。
ンなてめぇが大帝を名乗ろうなんざ、おこがましいにもほどがあんだよ」
「ふざ、ける、な……!」
ジュンイチの言葉に言い返し、ギガトロンはその場に身を起こし、
「オレが大帝には及ばない、だと……!?
ふざけるな! オレはセイバートロン星の正統なる大帝! 破壊大帝ギガトロン様だ!
全宇宙を支配する、デストロンの王だ!」
半ばわめくように言い放つと、ギガトロンはなおもジュンイチへと襲いかかり――
「知るか、そんなの」
ジュンイチはそんなギガトロンの拳を、ゴッドウィングを形状変化させたシールドで真っ向から受け止めた。さらにそこから伸ばした触手でギガトロンの左腕をからめ取り、告げる。
「てめぇが何者だろうが関係ねぇ。
オレにとって問題なのは、てめぇがオレの身内を……スバルとギンガを苦しめた、ただその事実だけだ。
たかがそれだけ、されどそれだけ――極刑に処すには十分だ」
その言葉と同時――ジュンイチはゴッドウィングを振るった。拳をからめ取られたギガトロンの身体が宙を舞い、
「どぉりゃあっ!」
そこへジュンイチが“鬼刃”の一撃を叩き込んだ。床を転がり、無様に倒れ伏すギガトロンを前に、ジュンイチは――
「……言ったよな?」
そう告げると、その場に“鬼刃”を突き立て、歩き出した。ギガトロンに向けて歩を進めながら続ける。
「『オレと考え方の似てるお前だから、コケにされたら相手を直接ブン殴らねぇと気がすまないはずだと思った』って……」
しぶとくギガトロンが身を起こすが、かまわない。
「まさしくその通りだ」
そんなジュンイチの周囲に炎の渦が巻き起こり――
「ブッタ斬るだけじゃぜんぜん足りねぇ」
それは、握りしめられたジュンイチの右拳に収束していく。
「てめぇは――この手でボコボコにしてやんねぇと気がすまねぇ。
徹底的にブン殴る。足腰立たなくなるまで蹴飛ばしてやる」
そして、ジュンイチはついにギガトロンを間合いにとらえ――
「……ぐ、ぉおぉぉぉぉぉっ!」
先に動いたのは、ジュンイチからのプレッシャーに耐えられなくなったギガトロンだった。すぐ目の前のジュンイチの顔面めがけて拳を放ち――
「覚えとけ、ギガトロン」
ジュンイチは無造作に跳んだだけでその拳をかわした。狙いを外したギガトロンの左腕を足場にもう一度だけ跳んで――
「オレの身内に手ェ出すヤツぁ――」
「王サマだろうが叩きつぶす!」
渾身の咆哮、そして渾身の一撃――ジュンイチの振り下ろした炎の拳は狙い違わずギガトロンの脳天を直撃、その上半身をホールの床に叩きつける!
強烈な衝撃は床の構造材を粉々に打ち砕き――破片が飛び散る中、ジュンイチはバックステップで素早く後退すると右手を頭上へ、左手を逆方向、真下にかまえた。
それぞれの手を大きく半回転、描かれた円の軌道に“力”が流れて燃焼、発生した炎の輪が一気に火勢を増し、ジュンイチの目の前で巨大な炎の塊となる。
炎はさらに勢いを増すと形を変え、巨大な竜を形作った。炎の竜が翼を広げる中、ジュンイチはゴッドウィングを広げて飛び立ち、その頭部へと後ろから飛び込んで――
「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
竜の口から、ギガトロンに向けて強烈な勢いで撃ち出された。竜を形作っていた炎を全身にまとい、自身の飛翔速度をはるかに上回る速さで身を起こしたギガトロンへと突っ込み――
「ブレイジング、スマッシュ!」
フラフラで回避もままならないギガトロンに、とどめの飛び蹴りが炸裂する!
同時、ジュンイチの導いた炎の渦が襲いかかった。ジュンイチの蹴りで床に叩きつけられたギガトロンを飲み込み、その巨体をホールの壁に叩きつける。
そして、ギガトロンを包み込んだ炎が爆裂――衝撃に耐え切れず、ホールの壁がついに崩壊。無数のガレキがギガトロンへと降り注ぎ、生き埋めにしてしまう。
崩れ落ちたガレキの下でわずかにのぞいている、黒コゲになったギガトロンの左腕がピクピクとけいれんしている様子を一瞥し、ジュンイチはクルリときびすを返し――ギガトロンに背を向け、静かに告げた。
「…………Finish Completed.
コンガリ焼かれて反省してな」
「……敵戦力、残存0。
戦闘の終了を確認した」
〈お疲れ様です〉
もう、新たにガーディアンが現れる気配もなく、陸上戦艦の車輪も、砲塔もそのことごとくがブイリュウとゴッドドラゴンによって粉砕された――ギガトロンの戦力の掃討を確認し、通信越しに告げるゼストにリンディが答える。
《へっ、まだまだ暴れたりねぇぜ》
「後半、ガーディアンのほとんどをみんなから横取りしておいて、よく言うよ……」
一方、散々暴れ回ったにもかかわらず未だ不完全燃焼な者が若干1名――戦い足りず、不満の声をもらすマンティスに対し、ブイリュウはゴッドドラゴンのコックピットで苦笑する。
と――そんな中、突然陸上戦艦の甲板で爆発が起きた。
内部からの爆発だ――しかし、爆発の起きた辺りは周囲に破壊の跡はない。何かしらの可燃体が誘爆した可能性は正直言って低い。
考えられるのは、意図的な内部からの破壊――
「何だ!?
ギガトロンか!?」
まさか、ギガトロンがついにお出ましか――思わず身がまえるブリッツクラッカーだったが、
「…………違う」
対し、傍らのデスザラスはあっさりとそう答えた。
「あれは――」
言って、爆発の跡へと視線を向け――
「柾木達だ」
そこに予想通りの人物の姿を確認し、デスザラスは満足げにうなずいてみせた。
「――――よっ、と……」
右手でスバルを抱きかかえ、左手でギンガと手をつなぎ、ジュンイチは陸上戦艦の内部から脱出、アリシアと共に甲板上へと降り立った。
ちなみに、ジュンイチは脱出に際し、いきなり二人を腹のあたりで抱え、肩に担いでくれた――それをアリシアに「米俵を担ぐんじゃないんだから」と全力で止められたのは彼らだけの秘密だ。
と――
「スバル――ッ!
ギンガ――ッ!」
大声を張り上げ、こちらに向けて駆けてくるのはもちろん――
「お父さん!」
空戦魔導師の誰かに運んできてもらったのだろう、真っ先に駆けつけてきたゲンヤの姿に、スバルはジュンイチの腕の中で声を上げるが、
「………………っ」
一方で、ギンガは思わずジュンイチの後ろに隠れてしまう。
やはり、ギガトロンから告げられた“真実”が気にかかるか――そんなギンガの姿に肩をすくめ、ジュンイチは彼女に告げた。
「……心配すんなよ、ギンガ」
「ジュンイチさん……」
「ゲンヤのオッサンも、オレと同じだ――お前のことが心配だから、あぁして真っ先に駆けつけてきてくれたんだろうが。
誰かを想う気持ちに、人間も人外も関係ねぇよ」
「………………はい」
事情が事情だ。感情はともかく理性はまだ納得できていないのだろうが――それでも、ジュンイチの言葉でとりあえずは気持ちの区切りがついたようだ。まだぎこちなさが残るものの、ギンガは精一杯の笑顔でうなずいてみせる。
そんな中、仲間達も次々に集まってきた。イクトやブレード、メガザラック、アルテミスとのユニゾンを解いたスカイクェイク――そんな面々を見回し、スバルはふと気づいて首をかしげた。
ゲンヤがこうして真っ先に駆けつけてきたのに――もうひとりがいない。
「お母さん、いないの……?」
「あー、クイントさんなら先に帰ってもらった」
あっさりと答えるのはもちろんジュンイチだ。
「お前らのために、とびっきりの晩メシをお願いしたんだよ。
それに、お前らを助けるのを手伝ってくれたみんなの分もな――帰ったらパーッと祝勝会といこうぜ♪」
(ギンガ達の分はともかく、みんなの分は口先三寸でそう仕向けたクセに)
(クイントの好印象を稼いでやったのか、クイントをだましたのがバレて嫌われたくないのか……おそらくは後者か)
ジュンイチの言葉に、ゲンヤやゼストが思わず胸中でつぶやく中、当のスバルはしばし考え――
「…………ジュンイチさんのご飯の方がいい……」
「うっわー、報われねぇなぁ、クイントさん……」
まぁ、確かに料理の腕はジュンイチの方が上なのだが――正直な、ある意味非常に“子供らしい”スバルの感想に、ジュンイチは苦笑まじりにつぶやいて――
「――――――っ!?」
気づいた。振り向き――スバル達を守って身がまえるその目の前で、いきなり甲板が爆発する!
そして――
「よくもやってくれたな、小僧……!」
「ギガトロン……!
しつこいヤツだな、てめぇも……」
現れたギガトロンの言葉に、ジュンイチは抜き放った“紅夜叉丸”を爆天剣へとリメイクしながらそう言い返す。
「まだ戦うつもりか……?
これだけのメンツを相手に、たったひとりで戦うつもりか?」
「もはや勝ち目はあるまい。
おとなしく投降しろ、ギガトロン!」
そんなギガトロンに、イクトやメガザラックが告げるが――
「『勝ち目がない』か……
確かにその通りだな」
対し、ギガトロンはあっさりとそれを認め、
「だが――それとあきらめることとは、決してイコールではないと思うがな」
「へぇ……どうするつもりだよ?
最後までバトって、オレに斬られたいってか?」
聞き返し、ブレードが斬天刀を向けるが、ギガトロンの答えは――
「こう、するのさ!」
言うと同時――魔力弾を足元に叩きつけた。強烈な閃光が周囲を包み込み、ギガトロンはそのスキに上空へと逃れ、離脱体勢に入る。
「アイツ……! あそこまでタンカを切っておいて、逃げやがった!?」
「いや……逃げるからこそ、あそこまでタンカを切ったんだ……!」
思わず声を上げるゲンヤの言葉に、スカイクェイクは裏をかかれた屈辱から歯がみしながらそう答えた。
「あぁもタンカを切って身がまえられれば、普通は誰も逃げるとは思わない……!
コソコソ逃げようとしても、おそらくカンの鋭い柾木に気づかれる――だからこそ、ヤツは我々の前に姿を現した。最後まで抵抗すると見せかけて、我々に“逃げようとはしていない”と思い込ませ、そのスキをついた……!」
「柾木お得意の、“だからこそ逆を行く”戦略か……!」
「――って、のん気に解説してる場合かよ!?」
「このまま逃がしたら、きっとまたケガを治して襲ってくるよ!?
なんとかして捕まえないと!」
スカイクェイクとゼストの言葉に、ブリッツクラッカーとアリシアが声を上げ――
「あの野郎……」
その言葉と同時――二人の背後から強烈なプレッシャーが巻き起こった。
思わず振り向く彼らの前で、ジュンイチは鋭い目つきで飛び去っていくギガトロンをにらみつける。
「オレの後ろに立つな。
黒コゲになっても知らねぇぞ」
そう忠告しながら背中のゴッドウィングを広げ――翼が分かれた。3対6枚の放熱板“ウィングリフレクター”へと変化し、強烈な熱量を後方にまき散らし始める。
「…………柾木」
「わかってる」
声をかけてくるイクトに対し、その意図をすでに理解していたジュンイチはあっさりと答える。
イクトも、ジュンイチも気づいていた。
フェイクを使い、この場からの離脱を図ったギガトロン。
だが――あの時放った殺気は本物だった。
だからこそ誰もが裏をかかれたのだが――
「あの程度でオレを出し抜けたと思ってるんなら――」
「――――甘い」
「フンッ、まんまと引っかかったな……」
ジュンイチ達のスキをつき、離脱に成功――つぶやき、ギガトロンはその場で停止した。
振り向き――すでに遠く離れた陸上戦艦へと視線を向ける。
「まさか、このオレが撤退することになるとは……!」
悔しげにそううめくギガトロンだったが――
「だが……最後に勝つのはこのオレ!」
しかし、ギガトロンはまだ勝負を捨てたワケではなかった。陸上戦艦、その甲板上にいるジュンイチ達をにらみつけ、叫ぶ。
「フォースチップ、イグニッション!」
同時――飛来したセイバートロン星のフォースチップが背中のチップスロットへと飛び込んだ。胸部の装甲が観音開き式に展開され、内蔵されていた粒子砲が姿を現す。
「切り札は最後まで取っておくものだ。
デスランスを使用した状態でしか使えない、戦艦の主砲にも匹敵する最強兵装“ギガスマッシャー”……チリひとつ残さず、消滅するがいい!」
この距離ではジュンイチ達の攻撃も射程外のはずだ。急速にチャージを進めていく中、ギガトロンが勝利を確信して咆哮し――
「――――――っ!?」
突然、その全身に強烈なプレッシャーが叩きつけられた。あわててすべてのセンサーの感度を最大に引き上げ、陸上戦艦の甲板上を確認し――
「バカが……!
このオレから、逃げられるとでも思ったのか」
停止した陸上戦艦の甲板上で、ジュンイチが“力”を高めていくのが見えた――感度を上げた自身の集音マイクが、自分に向けられたジュンイチの残酷な宣言を拾っていた。
だが――ギガトロンを真に驚愕させたのは、ジュンイチがその“力”をどう使っているか――
「ば、バカな……!?
なぜ貴様が――」
「“それ”を使える!?」
「お、おいおい……!?」
一方、驚いているのはギガトロンだけではなかった――高まっていくジュンイチの“力”の流れを前に、ブリッツクラッカーが思わずうめく。
「なんでお前が“それ”を使えるんだよ!?
そりゃ、地球生まれだろうけど……お前のいた地球はオレ達の宇宙の地球じゃねぇだろ!」
あわてて尋ねるが――そんな彼にジュンイチは静かに答えた。
「地球でスカイクェイクが1回。
遊園地でギガトロンが1回。
さっき、突入前にブリッツクラッカーが2回。
そんでもって、この陸上戦艦の中でギガトロンが1回。
オレ達ブレイカーは“力”そのものを操る者――目の前でそれだけ“実演”されれば、学習するにゃ十分だ」
「バ、バカな……!?」
信じられないが、ジュンイチがしようとしていることは間違いなく――驚愕から顔を歪め、ギガトロンがうめく。
撃たせるワケにはいかない――確信の元にチャージを終え、咆哮する。
「くたばれぇっ!
ギガ、スマッシャー!」
同時、ギガトロンの胸部から閃光が放たれた。一直線にジュンイチへと襲いかかり――地上でジュンイチが吼えた。
「フォースチップ、イグニッション!」
その瞬間、ジュンイチのもとにミッドチルダのフォースチップが飛来し――炎に包まれた。ジュンイチの精霊力の影響を受けて変質し、炎を模した縁取りを持つ独自のフォースチップへとその姿を変える。
対し、ジュンイチは右半身を大きく引くと“鬼刃”を地面に対し水平にかまえ刺突の体勢へ――そんな彼の目の前で静止し、宙に浮かぶフォースチップへと狙いを定める。
一瞬の刹那――ジュンイチが動いた。フォースチップの中央に“鬼刃”を突き立て――再びフォースチップが炎上した。物質としての結合を解かれ、純粋な“力”の塊となったフォースチップのエネルギーはジュンイチの周囲で渦を巻き、背中のゴッドウィングへと取り込まれていく。
そして――ゴッドウィング全体がその形を変えた。フォースチップのエネルギーの一部を物質化させ、ウィングディバイダーよりもさらに巨大な2門の精霊力砲が形成される。
「ウィングアームズ、キャノンモード!」
高らかにその名を叫ぶと、ジュンイチは迫り来るギガスマッシャーの閃光へと――その先にいるギガトロンへとウィングアームズを向ける。
巨大な砲の巨大な砲口に、すべてを飲み込まんとする灼熱の光が生まれ――
「ゴッドヴァニッシャー、ファイナルバースト!」
解き放たれた二つの閃光は溶け合い、巨大な渦となってギガトロンの放ったギガスマッシャーの閃光を吹き飛ばした。そのままギガトロンへと襲いかかり、一瞬にしてその巨体を飲み込んでいく!
「こ、こんなことがあってたまるか……!
オレが負けるなど……この、オレがぁ……っ!」
巨大な熱エネルギーに押し流され、その身体を抉られ、ギガトロンの声は次第に渦の中へと消えていき――次の瞬間、光の渦はその存在の臨界点を越えた。大爆発を起こし――
閃光が消えたその後には、何ひとつ残されてはいなかった。
「…………ふぅ……っ!」
今度こそ、すべての“力”を使い切った――“精霊獣融合”も、着装も解け、ジュンイチはその場に仰向けに倒れ込んだ。
「ヤツは……死んだのか?」
「さぁね」
尋ねるゲンヤに、ジュンイチは息を切らせながらそう答えた。
「初めて使う技だぞ――手加減なんか効くかっつーの」
言って、ジュンイチは何とかその場に身を起こし、
「……オレだって、殺したかったワケじゃねぇからな……
とりあえず、どっかに落ちててくれるといいんだけど……」
「ほぉ…………」
そのジュンイチの説明に、ゼストは思わず声を上げた。
「…………ンだよ?」
「いや、お前の意外な一面を見たと思ってな」
眉をひそめるジュンイチに対し、ゼストは笑みを浮かべながらそう答えるとジュンイチに手を差し伸べ、起こしてやる。
「貴様のことだ。ギンガ達にあそこまで手を出したギガトロンを絶対に許すまいと思ったが……」
「そうだな。
貴様にも、ちゃんと人を許すという発想があったんだな」
ゼストの言葉にうなずき、スカイクェイクも告げるが――
「は? 何言ってんの?」
そんな二人に対し、ジュンイチは不思議そうに聞き返した。
「『アイツを許す』? ンなワケないだろ。
オレはただ単に“死”って形で裁きを下したくなかっただけだっての。
死んで楽になろうなんざ、そうは問屋が卸さねぇ――あーゆー手合いは楽には殺さねぇ。ジワジワジワジワ、自分のしたことをじっくり後悔してもらわねぇとなぁ」
「前言撤回。
貴様、やはりとんでもなくあくどいな」
「オレが管理局で“暴君”呼ばわりされてんのはダテじゃねぇんだよ」
納得し、呆れるスカイクェイクにも、ジュンイチは苦笑まじりに肩をすくめてみせる。
「“目には目を”、“歯には歯を”……そして“暴力には暴力を”。
誰かを泣かす暴力を、より強大な暴力で叩きつぶす“暴君”――それがオレの選んだ道だ。
善も悪も、きれいも汚いもねぇ――オレが“暴君”である限り、オレの身内を傷つけるヤツは許さねぇ。誰が相手だろうと、最上級の“やり方”で叩きつぶして、心の底から後悔させてやるさ」
言って、ジュンイチはギンガやスバルへと向き直り、
「じゃあ――帰るか、二人とも♪」
「うん!」
笑顔で告げるジュンイチに、スバルもまた満面の笑みでうなずくが、
「は、はい……」
ギンガの反応は少し違った。ジュンイチの笑顔を前にしたとたん、顔を赤くしてうつむいてしまう。
「………………?
どした? ギンガ」
「あ、えっと……
さっき言われたこと、思い出しちゃって……」
「『オレの言ったこと』……?」
ギンガの言葉に、ジュンイチはしばし考え、
「…………すまん、いろいろ言いまくったから、心当たりが多すぎる。
どれのコト言ってんだ?」
「え゛っ!?
いや、その……」
返ってきたのは、ギンガにとってある意味最悪の問い返し――真っ赤な顔で必死に逃げ道を探るが上手い切り返しは思いつかず――
「……その……『好きだ』って……」
ゴニョゴニョと小声で答えるが、その言葉はすぐそばの人達にはしっかりと聞こえていて――
「え!? 何ナニ!? どういうこと!?」
《『好き』って言われちゃったんですか!? ジュンイチくんに!?》
「あ、あうあう……」
やはりそこは女の子。目をキラキラと輝かせて詰め寄ってくるアリシアとアルテミスに、ギンガはまともに答えることもできず、ただうめくことしかできない。
だが――
「………………?
何興奮してんだ、お前ら?」
当の“言った本人”はまるで事態を飲み込めていなかった。首をかしげ、ジュンイチは心の底から不思議そうにそう尋ねてくれる。
「だって、ジュンイチさん、ギンガちゃんに『好き』って言ったんでしょ!?」
「? 言ったぞ。
実際好きだからな」
「《きゃあぁぁぁぁぁっ♪》」
あっさりと答えるジュンイチの言葉に、アリシアとアルテミスはさらにヒートアップ、ギンガもまたますます顔を赤くして黙り込んでしまう。
そんな、とても戦いの後とは思えない光景に、男性陣はどうコメントしたものか、ただただ困惑するしかない。
中でも複雑なのがギンガの父であるゲンヤだ。混乱する頭をなんとか落ちつけ、努めて冷静にジュンイチに尋ねる。
「あー、ジュンイチ……
お前、本気か?」
「本気も本気、大本気」
しかし、ジュンイチはまたしてもあっさりと答える。
「『好きか』だなんて、ンなの当たり前じゃんか――」
「家族なんだから」
………………
…………
……
『《……………………はい?》』
その瞬間、すべてが静止した。
「………………?
どうした? みんなして固まっちまって。
オレ、何か変なこと言ったか?」
突然場が静まり返り、さすがの彼も異変を感じ取ったらしい。先程とは別の意味で首をかしげ、ジュンイチが尋ねると、
「…………あー、ジュンイチさん?」
最初に再起動を果たしたのはアリシアだった。
「ひょっとして、ギンガちゃんのことが好きなのは……“家族だから”?」
「うん」
「じゃあ、スバルちゃんのことも?」
「たりめーだ」
「クイントさんやゲンヤさんも?」
「嫌いだったらとっくに家出してるっつーの」
ものすごくあっさりとうなずいてくれた。
「クイントさん、『オレも家族の一員だ』って言ってくれたんだ。
こんなオレでも、家族として認めてくれた――ミッドチルダに居場所を作ってくれた。
だったら、オレもその信頼に全力でこt――」
しかし、ジュンイチがその言葉を最後まで告げることはできなかった。
突然のバインドが、ジュンイチの身体をがんじがらめに拘束したからだ。
この魔力は――
「アリシア、アルテミス!?
何のマネだよ、コイツぁ!?」
すぐにバインドの主を特定、その真意を問いただそうとするジュンイチだったが――
「…………ジュンイチさん……」
底冷えするかのように重く、静かな声がそんな彼の名を呼んだ。
これにはさすがのジュンイチも動きを止めた。縛り上げられた身体のバランスを何とか保ちながら振り向き、
「……あ、あのー……ギンガさん?
一体、ナニをそんなに怒っていらっしゃるのでしょうか……?」
「『ナニを』と聞きますか……?」
ジュンイチにしてみれば精一杯言葉を選んだのだが――完全に裏目に出た。ギンガのこめかみに歳不相応にリアルな血管マークが浮かぶのを見て後悔するが、もう遅い。
「使う?」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
ロンギヌスを差し出し、尋ねるアリシアに答えると、ギンガは拳を握りしめ――
「ジュンイチさんの――」
「バカァァァァァァァァァァッ!」
全身のバネを最大限に発揮し、跳躍と共に放たれた左ストレートは――まるで吸い込まれるかのようにジュンイチの顔面を打ち抜いた。
(初版:2008/03/01)