新暦66年12月。
第97管理外世界、東名高速道路・某所――
「………………いたわね」
雪の降る寒空の中、ビルの屋上から高速道路を見下ろし、その女性は静かにつぶやいた。
透き通るかのような金髪をカチューシャで持ち上げ、サイドに流した美少女だ。
視界に留めているのは、高速道路を走る1台のトレーラーだ。耳に装着したインカムを操作し、通信回線を開いて告げる。
「……あー、もしもし、ブイリュウ?
こちら“タイラント2”――目標、発見したわよ」
〈はーい、こちらブイリュウでーす♪〉
「モニター状態良好♪ よく見えてるよ♪」
周囲にモニターの並ぶ即席の指揮所の中、ブイリュウは少女からの通信にそう答えた。
「そろそろ作戦開始時間だよ――気をつけてね」
〈誰に向かって言ってんのよ?〉
告げるブイリュウに、少女は自信に満ちた笑みを浮かべてそう答えた。
「このあたしを、誰だと思ってんのよ?」
ブイリュウにそう告げると、少女は装備を確認する。
右腕に装着するアームブレード、左腕の電磁ムチ“静かなる蛇”――どちらも状態は万全だ。
「あたしは“アイツ”が――アンタのパートナーが丹精込めてメンテナンスしてくれてるのよ。
不安要素なんて、どこにあるのよ?」
そのために、“アイツ”は“自分のような存在”の扱いを自ら教わりに行ったのだ。変なところでカッコつけたがりで、努力している姿を人に見せたがらないクセに――そのことを思い出し、思わず口元が緩む。
「それより……来週は一旦ゲンヤさん達のトコに帰るんでしょ?
みんなへのおみやげ、考えといてよ」
〈……代金は折半だからね〉
「えー? セコいわねぇ」
〈セコいのはどっち!?
ちゃんと小遣いもらってるでしょ!?〉
「『小遣い』? 失礼ね。
給料よ、きゅーりょー」
ブイリュウに答え、少女は気を取り直して告げる。
「じゃあ……行ってくるわね」
〈ホント、油断しないでよ〉
「わかってるわよ」
ブイリュウに答え、少女は息をつき――
「“タイラント2”――
――イレイン・ナカジマ、Mission Start!」
その言葉と同時、少女は――
エーディリヒ式最終試作型自動人形、通称“最終機体”イレインは、トレーラーに向けて地を蹴った。
そんなやりとりから約8ヶ月前――新暦66年4月。
イレインは永い眠りから目覚め――
“彼ら”と出会った。
第14話
「危険な拾い物」
新暦66年4月。
第97管理外世界、東京――
〈ジュンイチさん!〉
「おぅよ」
通信に応答すると同時、展開されたウィンドウいっぱいに現れたスバルの笑顔を前に、ジュンイチは軽く手を挙げてそう応じた。
「しっかし、お前らもマメだねぇ。毎日連絡をよこしやがって」
〈えへへ……♪
だってお話したいもん!〉
〈家族ですから、当たり前です♪〉
ジュンイチの言葉にスバルが、そしてその傍らから姿を現したギンガがそう答え――
「あー!
スバル、ギンガ、1日ぶり!」
〈ブイリュウ、1日ぶりー!〉
〈こんにちは、ブイリュウくん〉
部屋に入ってくるなりウィンドウ内のスバル達に気づき、声を上げるブイリュウに対し、スバルとギンガも元気に答える
「二人とも、今日も1日、ちゃんといい子にしてた?」
〈うん!〉
〈はい!〉
「うんうん、よろしい♪」
元気にうなずく二人に対し、すっかりお兄ちゃん風を吹かせているブイリュウは笑顔でうなずき、
「悪い子にしてると、ジュンイチがオシオキに行くかもよ?
“精霊獣融合”して、『悪い子はいねがぁっ!』って」
「オーグリッシュ・フォームはなまはげじゃねぇ」
絶妙なタイミングでツッコミを入れ、ジュンイチはブイリュウの頭に軽くゲンコツを落とす。「で? 何の用だ? ブイリュウ」
「うん……コレ」
気を取り直し、尋ねるジュンイチにそう答えると、ブイリュウは数枚のA4用紙を差し出した。
受け取り、1枚目に軽く目を通し――ジュンイチの表情が変わった。思わずイヤそうな顔でため息をつく。
〈どうしたの?〉
〈お仕事の方で何かあったんですか?〉
「んにゃ、レティさんからの“仕事”とは別だよ」
そんなジュンイチの態度に不安を抱き、心配そうに尋ねるスバルとギンガに対し、ジュンイチは二人を安心させるように笑顔で答える。
「ちょっと、ご近所で悪いコトしようとしてる人達の情報を拾っちゃってね……
まぁ、ネットワークをずっと見張ってるワケだから、仕方ないことではあるんだけど……」
言って――ジュンイチはウィンドウの中のスバルとギンガが何やらワクワクしながらこちらを見ているのに気づいた。
「……あんだよ?」
〈悪い人、見つけたんでしょ?
だったら、お兄ちゃんのすることはひとぉつ!〉
思わず尋ねるジュンイチだが、そんな彼にスバルは元気にそう答える。
「おいおい、やっつけに行ってこいってか?
お前らをいぢめたワケでも、オレにケンカ売ってきたワケでもねぇんだぞ。
正直、ツブしに行く理由がねぇんだけど」
〈じゃあ、行かないんですか?〉
「む…………」
すかさず切り返してきたギンガの言葉に、ジュンイチは思わずうめいた。
〈私の知ってるジュンイチさんは、そういう人達が周りで誰かを泣かすのを、放っておける人じゃないですよね?〉
〈やっちゃえ、お兄ちゃん!〉
「ぐぅ…………!」
ギンガに理詰めで、スバルにストレートにそう言われ、二面口撃にさらされたジュンイチは反論もままならず――
「……わかりました。
悪い人達に“オシオキ”しに行ってきます」
結局、成す術なく白旗を掲げるしかなかった。
「コイツら、まだガキの内からいらん知恵を……!」
「間違いなくジュンイチの影響だと思うけど――むぎゅっ!?」
余計なことを言ったブイリュウは容赦なく踏みつける。
〈お兄ちゃん、ガンバ!〉
〈やっぱり、そうじゃなきゃジュンイチさんじゃないです。
わたし達のお兄さんは、悪い人達をやっつけるヒーローなんですから♪〉
「へぇへぇ、わかりましたよ」
そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、笑顔でエールを送ってくれるスバルとギンガに、ジュンイチはため息まじりにそう答え――
「ただな、ギンガ……
ひとつだけ、言い直させてくれ」
そう言って、ジュンイチはニヤリと笑い、告げた。
「オレは“ヒーロー”じゃねぇ。
お前らのために戦う“暴君”で――」
「お前らの“家族”だよ♪」
ジュンイチが動いたのは、その晩のことだった。
「…………よっ、と」
夜になり、船の出入りも穏やかになってきた横浜港――夜の闇にまぎれ、ジュンイチは静かに倉庫地区へと舞い降りた。
すぐに気配を探り――目標が予定通り“そこ”に集まっているのを確認する。
ここからは時間との勝負になるが――
「…………ま、余裕で片づくミッションだけどね」
つぶやき、ジュンイチは着装を解くと腰の帯から“紅夜叉丸”を抜き放った。
10分経過――
「もろすぎるぞ、お前ら」
倉庫内を苦悶の声が満たす中、ジュンイチはため息まじりにそうつぶやいた。
周囲には、騒動の難を逃れた美術品がズラリと並んでいる――もちろん、こんな夜中にこんな倉庫の中で並べられているものがまっとうな流通ルートで流れたものであるワケがない。
そのすべてが盗品や強奪品であり、その他には麻薬のような流通を禁じられている違法品なども――非合法なそれらの品を売りさばく、密輸業者のブラックマーケットである。
そこへ、事前に開催の情報をつかんでいたジュンイチが急襲をかけたのだ――照明を落とし、闇に乗じて襲いかかるジュンイチの前に、密輸業者の護衛達は発砲はもちろんジュンイチの捕捉すらできず、次々に打ち倒されていく。
もちろん、逃げ出そうと出口に向かう者達もいたが――そんなことをしてもジュンイチに居場所を教えるだけだ。案の定真っ先に手近なものを投げつけられて昏倒する。
結果、襲撃は一方的なものとなり――ものの10分で壊滅の憂き目にあっていた。
「さて、と……」
悪党退治はこれにて終了。騒ぎを聞きつけた警察が駆けつけてくるまで、まだ“それなり”の時間がある――自分の打ち倒した密輸業者達には目もくれず、ジュンイチは倉庫の中の密輸品をチェックし始める。
ジュンイチの本来の仕事は“第97管理外世界へのミッド/ベルカ式魔法の流出阻止”である。そういった魔法の産物が出品されていないか、ついでにチェックしているのだ。もし“そういう品”があるのなら、警察が証拠として押収するよりも先に回収しなければならない。
だが、今回はただの(という言い方もおかしいのだが)ブラックマーケットのようだ。特に回収を必要とする品も見つからないまま、チェックも終わりに差し掛かった頃――
「………………?」
それを見つけた。
木箱に収められた“それ”を見て、しばし考え――
「…………よし」
うなずいた。
「……で、回収してきたの?」
「おぅ」
尋ねるブイリュウに答えると、ジュンイチは背中に背負っていたその木箱を下ろした。
「何が入ってるの?」
のぞき込んでくるブイリュウの前で、ジュンイチは手早くフタを開け――
「………………」
ブイリュウの動きが止まった。
ゆっくりと振り向き――ジュンイチの肩をポンと叩き、
「ジュンイチ……
いくら人を殺したからって、死体を持ってきちゃダメじゃないか」
「違うっ!」
力いっぱい否定の声を上げると、ジュンイチはひとりの少女が収められたその木箱の縁をバンッ! と叩いた。
「これのどこが死体だ!?
どこにも傷なんかないだろ!」
「いや、そこは毒殺とか」
「奇襲でどーやって毒殺しろと!?」
「スキをついて口の中に錠剤をポイッ、と」
「どうあってもオレを殺人犯にしたいのか!?」
「だって傭兵でしょ!? 経験者でしょ!? こーゆーのお手の物なんじゃないの!?」
「実際無傷で殺すのって難しいんだぞ!
毒殺にしたって身体にダメージを与えることに変わりないから、どうあっても少なからず歪めちまうし、絞殺だってけっこうハッキリ跡がつくんだぞ! しかもいろんな汁を垂れ流すし!」
「オイラが悪かったからやめてくんない!? やたら生々しいから!」
何の気なしにボケ倒したらコワイ答えが返ってきた。彼を相手にボケることのリスクをイヤな形で実感しつつ、ジュンイチに待ったをかけるブイリュウだったが――息を整え、ジュンイチは告げた。
「よく見ろ。
そいつぁ人形だよ」
「人形? これが?」
ジュンイチの言葉に、ブイリュウはケースの中の少女をじっくりと観察し、
「どっからどう見ても、人間にしか見えないよ?
ホントに人形なの?」
「だろうな。
オレも同じこと考えたよ」
言って、ジュンイチはポケットから小型の端末を取り出し、ブイリュウへと投げ渡した。
管理局でも使われている、簡易式のスキャナである。
「一応、そいつでスキャンしてみた。間違いなく人形だよ。
ただし――とんでもなくハイテクを満載したからくり人形ではあるけどな」
「ハイテク……? ロボットってこと?
じゃあ、トランスフォーマーの技術が?」
「んー、そうとも言い切れないんだよねぇ……」
ブイリュウの言葉に、ジュンイチは困ったように頭をかいてそう答えた。
「確かに使われてる技術レベルは高いし、トランスフォーマーの技術に似てないこともねぇんだけど……よくよく見てみると、関節部の可動方式とか人工筋肉への刺激の与え方とか、細かいところの技術が根本的な部分で違うんだよ。
なんて言うか……たどりついた終着点は同じなんだけど、スタート地点がぜんぜん違う、みたいな……
だから、オレとしてはトランスフォーマーの技術は絡んでないと思うし……」
「『思うし』……何?」
「古いんだよ」
尋ねるブイリュウに、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「ハッキリ言わせてもらえば、ここまでのレベルの機械人形なんて、この第97管理外世界はもちろん、オレ達の世界でだって作れやしねぇ。
それくらいのもののクセして……状態から推察できる製作時期がやたらと古いんだ」
「どういうこと?
トランスフォーマーの技術力もなしに、そんなスゴイ機械人形を作れるはずないんでしょ?」
「それがわかんねぇから、回収してきたんだよ」
ブイリュウに答え、ジュンイチはため息をつき、
「こりゃ、“わかりそうなヤツ”を呼んで、話を聞いた方がいいかもしれねぇなぁ……」
「……と、ゆーワケで、お前を呼んだワケだ♪」
「何が『と、ゆーワケで』だ」
明けて翌日――笑顔で告げるジュンイチに、スカイクェイクは不機嫌ぶりを隠すこともせず不満の声を挙げた。
「いきなり人を呼びつけて、何かと思えば……」
「アルテミスを巻き込まなかっただけ感謝しろよな」
あっさりとこちらの相棒のことを持ち出してくるジュンイチの言葉に、スカイクェイクはため息をつき、
「まったく……こっちは忙しいんだぞ。
ユニクロン軍の残党を追うための足の手配に難儀しているというのに……」
「メガザラックのメガデストロイヤーでも貸してもらえばいいだろ。
それか……確か他にもいたろ、艦持ちの大帝」
「ギガストームとオーバーロードのことか?
確かに、ヤツらならダイナザウラーがいるし、軍団が解散になってヒマでもあるだろうが……」
「ンなことより、お前の意見が聞きたいんだけど」
「っと、そうだったな」
ジュンイチの言葉に我に返ると、スカイクェイクは木箱の中の少女(の人形)を見下ろし、
「そいつは……“自動人形”だ」
「自動人形……?」
思わずジュンイチが聞き返すと、
「この世界の、“夜の一族”っていう吸血種の一族が造った、人造人間みたいなものだね」
そう答えたのはスカイクェイクではなく――
「アリシア……?
何だ、来てたのか?」
「むむっ、せっかく海鳴から遊びに来てあげたのに、その言い草はないんじゃないかな?」
声を上げるジュンイチに対し、アリシアは口をとがらせてそう告げる。
「悪かった悪かった。
で? お前はなんでそんなに詳しいんだよ?
お前だって、この世界の生まれじゃねぇだろ?」
そう尋ねるジュンイチだったが――対し、アリシアは笑顔で答えた。
「友達にいるの。
とぉーっても、自動人形について詳しい子がね♪」
「……で、お前の案内で来たここは一体ナニ?」
「洋館」
「ンなコトぁ見ればわかる」
あっさりと答えるアリシアにツッコむと、ジュンイチは目の前の門扉を――その向こうに見える、それなりに大きな洋館へと視線を向けた。
その表札は――
「『月村』……?」
眉をひそめ――記憶の中からその姓に関する情報を引っ張り出す。
「…………月村忍、そしてその妹、月村すずか。
“GBH戦役”における民間協力者で、戦中は共にメカニックスタッフとして活躍。
パートナーはそれぞれミッドチルダのホイルジャックとセイバートロンのエクシゲイザー。
戦役後、姉はお付きのメイドと一緒にミッドチルダに渡って、パートナーと二人して(アヤシイ)発明三昧。妹は海鳴でメイドさんと二人暮らし。ただししょっちゅう姉に会いにミッドチルダへ出向いているため、姉妹仲はきわめて良好――って話だよな? 確か」
「う、うん……」
スラスラと情報を並べ立てるジュンイチの言葉に、アリシアは戸惑いまじりにうなずいた。眉をひそめ――尋ねる。
「ひょっとして……あの時の関係者、全員の情報を暗記してたりする?」
「表向きの調査で確認できる範囲内だけどな。
お前の義妹になった高町なのは、フェイト・T・高町、オトモダチの八神はやてはもちろん――グレアム元提督みたいな、当時“裏”でコソコソ動いてたヤツらまで、キッチリ頭に叩き込んである」
あっさりとそう答えると、ジュンイチは門扉に備えつけられた呼び鈴を鳴らす。
「すみません。アリシア・T・高町の紹介で来ました、柾木ジュンイチという者ですが。
ちょっとお話を伺いたいのですが?」
〈……少々オ待チクダサイ……〉
機械的な――おそらく自動システムなのだろう――応対を前に、ジュンイチはクルリと振り向き、
「……で、お前は何をそんなに驚いてるんだ? アリシア」
「いや、だって……」
尋ねるジュンイチの問いに、アリシアは困惑もあらわに顔を見合わせ、
「ジュンイチさんが……まともにアポ取ってる……」
「どーゆー意味だソレわ。
オレがどういう職業の人間か忘れたか?」
「学生」
「休学中だがな」
「ブレイカー」
「稼いでねぇぞ」
「“黒き暴君”」
「通称だろ」
「爆裂ヤクザ」
「………………」
一瞬、自分でも思わず納得してしまい言葉が詰まる――なんとか持ち直し、告げる。
「……一応、傭兵だぞ、オレは。
しかも組合から独立したフリーの、な。組合が依頼を仲介してくれる“所属組”と違って、依頼人との交渉は自分でやらなきゃならねぇんだ。自然とそういうスキルは身につくよ」
「えー?」
「要するにお前、オレがマトモな交渉スキルを持ってるのを認めたくねぇんだな」
ため息まじりにジュンイチがうめいた、その時――
〈…………照合完了〉
門扉からの声がジュンイチに告げた。
〈該当声紋でーたナシ〉
(ま、そりゃそうだな)
初めて訪れるのだ。声紋が登録されているワケがない。ジュンイチは内心で納得して――
〈殲滅もーどヘ移行〉
「って、ちょっと待ていっ!」
思わず声を上げたのと同時――敷地内の茂みという茂みの中から、一斉に自動砲台が姿を現した。まだ門扉をくぐってもいないというのに、迷わずジュンイチへと狙いを定める。
「なっ、ななっ!?」
思いも寄らない事態に、無意識のうちに後ずさりしていた――我に返ると同時にジュンイチは振り向き、すでに退避を完了しているアリシアに向けて叫ぶ。
「どーゆーこった、これは!?」
「忍さんのシュミ♪」
「シュミで自分ちに自動砲台仕込むんかいっ!?」
「しかも日々進化してるしねー」
「てめぇ……まるで他人事のようにほざきやがって……!」
「他人事だもん」
あっさりとアリシアは答え――続ける。
「だって……狙いはジュンイチさんだし♪」
瞬間――自動砲台が一斉に発砲した。直前で気づき、地を蹴ったジュンイチのいた場所を多数の銃弾が駆け抜ける。
「くそっ、やるしかねぇか!」
うめき、ジュンイチは右手に炎の塊を生み出した。門扉もろとも自動砲台へと解き放――
「ちなみに、それを壊したとして……面識のないジュンイチさんじゃ、間違いなく忍さんから修理代請求されるだろうね。
弁償するお金があるんなら止めないけど♪」
「………………」
無論、忍がそのくらいで修理代を要求するような懐のせまい人間なはずはないが――面識のないジュンイチはそのことを知らない。それを見越したアリシアの冗談によって、ピタリとその動きを止めた。
別に弁償くらいはなんでもない。多少ふっかけられても悠々と札束でビンタしてやれるくらいの蓄えはある。傭兵とはハイリスクハイリターンな職業なのだから。
動きを止めたのは、これから頼ろうとしている相手の家に損害を与えることで、相手の機嫌を損ねないかという懸念からであり――
「…………そうだな」
思考は一瞬だった――続けて放たれた銃弾をかわし、ジュンイチは素早く後退。アリシアのとなりに着地し、
「面識がないヤツに対して弁償を免除する義理はねぇわな」
言いながら、ジュンイチはアリシアの肩をつかみ、
「と、ゆーワケで……」
「え………………?」
アリシアの疑問の声にかまうことなく――
「逝ってこい、面識のあるヤツ!」
力いっぱい、アリシアを月村邸めがけてブン投げる!
「んきゃあぁぁぁぁぁっ!?
ジュンイチさんの、バカァァァァァッ!」
悲鳴と怨嗟の声を響かせ――ボテッ、と情けない音を立ててアリシアは大地に落下し、
「っ、たぁいっ!
ジュンイチさん、いきなり何すr――」
〈侵入者、確認〉
「………………へ?」
気がつけば――アリシアは“月村邸の敷地内で”自動砲台の群れに囲まれていた。
「ごめんなさい!」
それが、月村すずかがジュンイチへと放った第一声だった。
「あの自衛システム、完全解除のパスワードを知ってるのってお姉ちゃんだけで……わたしも、一度作動してからの緊急停止しかできなくて……」
「もういいさ。
考えてみれば、メイド付きとはいえ、10歳にも満たない女の子だ――忍さんとやらがお前を守ろうとして、警備システムをガチガチに固めるのもムリはねぇ。
それに……」
言って、ジュンイチは視線を動かし――
「真っ先に謝るべきは、アリシアに対してだと思うんだ、オレは」
「あたしはそのセリフをそっくりそのままあなたに返したいんですけど!」
告げるジュンイチに対し、アリシアはまさに疲労困憊といった様子で抗議の声を上げた。
すべての銃弾は魔力障壁が防いでくれたが、それでも袋叩き同然で撃ちまくられたのだ。その声はちょっぴり涙声だ。
半泣きのその顔を写真に収めておけば、後々からかうネタにできそうだなぁ、などと考えながら、ジュンイチは息をついてアリシアに答えた。
「面識のないオレが交戦するのはマズイんだろ?
だったら面識のあるヤツに代わってもらのが一番じゃんか」
「おもいっきり敵陣のド真ん中に放り込まれたんだけど!?」
「いやー、思いのほかよく飛んだな。
さすが女の子。軽い軽い♪」
「『身内を守る』って決意はどこに消えたの!?」
「もちろん守るさ。
“危険なら”な」
「………………っ」
その言葉に、アリシアの動きが止まった。
「魔導師の力はよく知ってる――お前の力もな。
主観を一切排除した上で、それでも『大丈夫だ』って判断した。
だからこそ、迷わずあの中に放り込めたんだ――助ける必要がないのに助ける理由がどこにある?」
「ジュンイチさん……その言い方、なんかズルくない?」
要するに自分の力を信用している、ということではないか――女の子として大切に扱ってもらいたい、という想いはあるが、同時にひとりの魔導師としてその力を認めてもらいたい、という想いも確かにある。
そんなところへそんなことを言われては矛を収めざるを得ず、アリシアは思わず口を尖らせる。
そんなアリシアに思わず苦笑すると、ジュンイチはすずかへと視線を向け、
「そーいや、自己紹介がまだだったな。
柾木ジュンイチ――管理局のパシリ、とでも覚えておいてもらえればいいよ」
「あ、はい……
月村すずかです……」
名乗るジュンイチに答え、すずかは彼と握手を交わし、
「それで……自動人形について話がある、ってことでしたよね?」
「あぁ。
実は……」
うなずき、ジュンイチはすずかに事情を説明しようと口を開き――
「お茶が入りましたよー♪」
明るい声がその場に割って入った。
見れば、青みがかった黒髪を長く伸ばしたメイドがひとり、足元に子猫達を引き連れながら紅茶セット一式を運んできて――
「あぁ、ファリン。
ちょうどよかった」
「………………はい?」
すずかの言葉に、ファリンと呼ばれたメイドが首をかしげるが――すずかはかまわずジュンイチに告げた。
「紹介しますね、ジュンイチさん。
お姉ちゃんがわたしにつけてくれたメイドの――」
「エーディリヒ式自動人形“ノエル改”――ファリン・K・エーアリヒカイトです」
「つまり……すずかの姉さんである忍さんが連れてるのがオリジナルのノエルで、その予備パーツを流用して、新造したフレームに組み込んで作ったノエルの“妹”さんが……」
「はい、わたしです……」
すずかから一通りの説明を受け、確認するジュンイチの言葉に、同席させてもらったファリンはうなずいて紅茶をすする。
最初は『自動人形が紅茶を飲めるのか?』と思ったが――説明によれば、彼女達エーディリヒ式は“人間に近づけること”を根本の開発コンセプトにしているため、人間と同じように食事を取ることはできるようだ。とはいえ、そこから栄養を摂取するには至っていないそうで、あくまで当人達の嗜好のための機能となっているようだが。
「けど、作った忍さんはミッドチルダだろう?
メンテはすずかがやってんのか?」
「はい。
お姉ちゃんに教わって、わたしもいろいろ勉強しながら……」
「へぇ……そいつぁけっこう」
すずかの言葉に、ジュンイチは笑みを浮かべ、満足げにうなずいた。
自分に答えるすずかの視線はまっすぐで、純粋なものだった――ファリンのことを本当に大切に思って、守ってやりたいと願っている証拠だ。
ファリンに世話をしてもらうことを当然と思わず、世話してもらった分を、自分のできることでちゃんと返そうとしている――
「ファリンちゃんのことを家族として、身内として対等の関係と認めてる――相手が機械仕掛けであろうと、ちゃんとその人格を認めてやれてるってワケだ。
なるほど。“スピーディアの次期リーダーの彼女”とウワサされてるのは、ちゃんと根拠があるってか」
「か、彼女!?
そ、そんな、えっと……
エクシゲイザーとは、別に、そんな関係じゃ……」
「そのリアクションだけで、本音を読むには十分すぎるよ、すずか……」
つぶやくジュンイチの言葉に真っ赤になるすずかへと、アリシアは苦笑まじりにツッコんで――
「ちなみにそのウワサの出所をたどっていくと、オレのとなりのお嬢さんに行きつくワケだが」
「………………
アリシアちゃん……」
「あ、あはははは……」
あっさりとジュンイチは真相を暴露、真っ赤な顔で責めるような視線を向けてくるすずかに対し、アリシアは乾いた笑いと共に視線をそらす。
「そ、それよりジュンイチさん、自動人形のことで話があったんでしょ?」
「ロコツに話題をそらしたなぁ……
ま、お前の思惑に乗るのもシャクだが、そろそろ本題に入るか」
いつまでも話を脱線させてもいられない――名残惜しくはあったが、ジュンイチは話題をそらそうとするアリシアに同意し、自分達の回収した自動人形のことを一通りすずかへと説明した。
「じゃあ、その“密売されかかった自動人形”は、今はジュンイチさんのところに?」
「あぁ。
最初、オレ達は自動人形のことは知らなかったからな――お前ら、ノエルやファリンちゃんの正体を公にしてなかったから、“表”から調べた限りじゃ『自動人形』なんてワードに行き着くこともなかったし。
で、スカイクェイクを呼びつけて話を聞こうと思ったらちょうどアリシアが来て――さっきアリシアがしこたま撃たれて現在に至る、と」
「だからね、あたしが撃たれたのは誰のせいだと思ってるのかな? ジュンイチさん」
半眼でアリシアがうめくが、ジュンイチはどこ吹く風といった様子でまったく気にしていない――思わず苦笑し、すずかはジュンイチに告げた。
「あの……ジュンイチさん。
よかったら、その自動人形、見せてもらえませんか?」
「お前が見てくれるのか?」
「は、はい……
自動人形については、お姉ちゃんの方が詳しくて……わたしだと、データだけじゃ良くわからないから、直接見てみないと……」
「ふーん……」
そのすずかの言葉に、ジュンイチは静かに彼女を見返した。
(『お姉ちゃんの方が詳しい』と言った上で、だからと言って姉キに丸投げはしない、か……)
「……いいだろう。
それなりに、自分の仕事にプライドがあると見た――任せてみるか」
「そうこなくっちゃ♪」
ジュンイチの言葉に笑顔を見せるのは、すずかを彼に紹介したアリシアだ――さっそくすずかの手を取り、
「それじゃあさっそく、ジュンイチさんちに――」
「あー、ちょい待ち」
そのまますずかを連れ出そうとしたアリシアに、ジュンイチは待ったをかけた。
「お前……すずかをオレのアジトへ連れてくつもりか?」
「そだよ?」
あっさりと答えるアリシアの言葉に、ジュンイチはため息をつき、
「なら聞くが……オレ達は東京から海鳴までどーやって来たっけ?」
「ジュンイチさんのバイクで」
「お前はその間どうしてた?」
「二人乗りだよ。
もう、ジュンイチさんがヘルメット貸してくれたんじゃない。忘れちゃったの?」
「そこまでわかってて……!」
うめくと、ジュンイチはアリシアの頭をガッシリとつかみ、
「ど、う、し、て! すずかを加えたら三人乗り、道交法違反な上にキャパシティオーバーになるっつーコトに頭が向かねぇんだ、お、ま、え、わぁっ!」
「に゛ゃあぁぁぁぁぁっ!
ご、ごめんなさぁいっ!」
古き良き伝統“ウメボシの刑”炸裂――アリシアの頭を両の拳で挟み込み、グリグリとえぐるジュンイチの言葉に、アリシアは悲鳴と共に謝罪の声を上げる。
「じ、じゃあ、どうやって東京に行くんですか?
車を手配するとか?」
「まずは『オレのアジトに帰る』って発想を頭から外せ」
若干圧倒されながらも尋ねるすずかにそう答えると、ジュンイチはアリシアを放してブレイカーブレスを通信モードで起動し、
「やることは簡単だ――」
「宅配を頼もう」
「月村すずかぁっ!」
怒りの形相のスカイクェイクが問題の木箱を抱え、月村邸の中庭に怒鳴り込んできたのは、それから約1時間後のことだった。
当然、警備システムが反応、応戦するが、相手は他ならぬスカイクェイクだ。あっという間に蹴散らしてしまう。
「柾木ジュンイチはいるか!?
いるだろう! 今すぐ出せ!」
「あ、えっと……」
一体何があったのか、スカイクェイクのすさまじい剣幕を前に、すずかは対応に困って言葉をにごし――
「いーけないんだ、いけないんだ♪
警備システム壊しちまって、後で忍さんから弁償迫られても知ーらねっと♪」
「そもそもの元凶が何を言うかっ!」
鼻歌まじりに現れたジュンイチに対し、スカイクェイクは怒りの声を張り上げた。
「貴様……! オレをブイリュウと二人で留守番させたのはこのためか……!
最初から、こっちに“ブツ”を運ぶことになった場合の運搬要員にするつもりだったな!?」
「おぅともよ」
あっさりとうなずくと、ジュンイチはスカイクェイクに聞き返す。
「で……ブイリュウは?」
「心配するな! ちゃんと連れてきてやったさ!」
言い返すと同時、スカイクェイクはブイリュウを放り出した。サイズシフト効果を持つ誘導ビームに運ばれ、スカイクェイクの体内、ライドスペースの圧縮空間に乗り込んでいたブイリュウがジュンイチの目の前に放り出される。
「うんうん、ちゃんと依頼通りだね♪」
「あれのどこが『依頼』だ!
『やらなきゃアルテミスに“スカイクェイクはアルテミスを残して自分だけ宇宙に行こうとしてる”ってデマ流してやる』などとふざけた脅しをかけてきたのは貴様だろうが!
とゆーか、脅しどころかホントに言っただろ! おかげで怒って通信してきたアルテミスをなだめるのに苦労したんだぞ、こっちわっ!」
その言葉に、ジュンイチはブイリュウへと視線を向け、
「そーだったのか? ブイリュウ」
「うん。
もうすごかったよー。まるでドロドロの昼ドラ状態」
「むむっ、それは惜しいものを見逃した」
「何が惜しいものか、この似た者同志のバカ主従!」
心底楽しそうに話すジュンイチとブイリュウに言い返し、スカイクェイクはジュンイチをにらみつけ、
「前々から思っていたが……貴様、オレ達大帝に対する礼儀とか尊敬の念とか、そーゆーのないだろ!?」
「ハッハッハッ、何を言い出すかと思えば。
創造神すらパシらせた男だぞ、オレは。
それに比べたら、今さら大帝ごとき何じゃい」
「そ、そうなの……?」
「うん……どうもそうみたい」
後ですずかとアリシアが小声で話しているが、取りあえずは無視しておく。
「それはともかくとして……ほら、さっさと“ブツ”を出しやがれ♪」
「貴様……いつか刺し殺されると思えよ――オレに」
えらく説得力のあるボヤきと共に、スカイクェイクはジュンイチの目の前に自動人形を納めた木箱を下ろす。
「これですか?」
「あぁ」
尋ねるすずかに答え、ジュンイチは木箱のフタを開け――中の自動人形を見たすずかの顔色が変わった。
そしてそれは、となりのファリンも同様だった。緊張した声色ですずかに告げる。
「すずかちゃん、この子……」
「うん……
“イレイン”だ……!」
「知ってるのか?」
「う、うん……」
尋ねるスカイクェイクに、すずかはうなずき、続ける。
「前に、お姉ちゃんとノエルと恭也さんが、同じタイプの自動人形の子に襲われたことがあって……」
「ふーん……」
すずかの言葉にジュンイチは納得s――
「………………ん?」
――しようとしたところで小首をかしげた。
今のセリフの内容を思い返しながら、スカイクェイク、アリシア、ブイリュウの順に視線を交えて――
『…………“襲われた”ぁ!?』
「う、うん……」
思わず声をそろえて叫ぶ4人に対し、すずかは気圧されながらもそううなずいた。
「一昨年のことなんだけど……ノエルやファリンに使われてる技術に目をつけた人が、お姉ちゃんとちょっとトラブルになったことがあったんです。
その時に、相手の人がノエルに対抗するために手に入れたのが、ノエルやファリンの後継機にあたる……」
「この自動人形の、同型モデルだった、ということか……」
「はい……」
スカイクェイクに答えるすずかだが、その表情は優れない。
「けど……問題はそこじゃなかったんです。
本当に問題だったのは、この自動人形が“どんな機体なのか”ってことで……」
「どういうこと?」
聞き返すアリシアの問いに、すずかは静かにその名を告げた。
「エーディリヒ式最終試作型自動人形イレイン。
通称は二つ。“最終機体”、そして――」
「“起動者殺し”」
『………………っ!?』
「元々、自動人形っていうのは、吸血鬼映画とかでたまに出てくるような、バンパイアハンターみたいな人達から“夜の一族”を守るために作り出されたんですけど……」
すずかの挙げた“二つ名”の意外な重さに、一同の間に緊張が走る――そんな中、すずかはそういって説明を始めた。
「けど……普通の人達の中に混じって暮らす内、ハンターの人達から襲われることも少なくなって……ご先祖様達は自動人形の戦闘能力はそのままに、より人間らしい自動人形を作るようになっていったんです」
「なるほど。
そうした“人間らしさ”の探求の結果生まれたのが、ノエルやファリンのような“エーディリヒ式”か……
だが、それとコイツの物騒な二つ名と、どんな関係があるんだ?」
すずかの問いにスカイクェイクが尋ねると、
「…………人間に“近づけすぎた”か……」
そうつぶやいたのはジュンイチだった。
「ファリンちゃんを見ればわかる――“人間に近づけた”ってのは外見とか身体の仕組みだけじゃなく、その内面、すなわち“心”においても同様だったんだろう。
改良型とはいえ、ファリンちゃんでこのレベルだ。後継機ともなれば、さらに人間らしい感情を持っていたはずだ。
だが……その“人間らしさ”は、同時に新しい問題を生んだ……」
「新しい、問題?」
「そ」
首をかしげるブイリュウに答え、ジュンイチはすずかへと向き直った。
「心ってヤツは、ルールでしばれるもんじゃねぇ――人も人外も関係なく、な。
自動人形もその例にはもれなかった、ってことだろう? 人に近づければ近づけるほど、その“心”はプログラムされたルールから外れることができるようになっていったはずだ。
となれば……当然、“一番守らせなきゃならないルール”も絶対ではなくなる」
「そうか……“ロボット三原則”!」
「正解♪」
気づき、声を上げるアリシアの言葉に、ジュンイチは笑顔でうなずいた。
「“ロボット三原則”は人がロボットから身を守るための、言わば安全弁――実際に提唱され、明文化されるよりもずっと以前から、概念として存在し続けてきた、ロボット開発における絶対のルールだ。
けど、感情を得て、単純にルールで縛られるだけの存在じゃなくなった自動人形は、その安全弁すら無効化しちまった……と、そんなところか。
違うか?」
「はい……」
確かめるジュンイチに対し、すずかは小さくうなずいた。
「より完璧な心を手にしたイレイン達は、マスターに対しておとなしく言うことを聞こうとはしなかったんです。
それどころか、“夜の一族”の支配から自由になろうとして、マスターを襲って……」
「なるほど、それで“起動者殺し”か……」
「話によれば、現存するイレイン型は、すべて厳重なセーフティ・モードを設定された上で封印されたらしいです。
お姉ちゃん達を襲ったイレインも、それにこの子も……そんな中の1体だったんだと思います」
納得し、つぶやくスカイクェイクにすずかが答えると、アリシアがそんなすずかに告げた。
「とにかく、要はその子――イレインを起こさなきゃいいんでしょ?
だったらこのまま、すずかんちのラボにでも封印してもらって……」
「イ、レ、イィィィィィンッ、起動ォォォォォッ!」
「って、人の話を聞いてたのかな!? この人わっ!」
「しかもネタが微妙だし!」
某サイボーグ忍者怪獣の起動キーワードを真似ながらイレインを起動させるジュンイチの姿に、アリシアとブイリュウが声を上げる。
だが――どれだけジュンイチのかましたネタがアレであろうと、イレインは問題なく起動していた。箱の中でゆっくりと上半身を起こし、すぐそばに立つジュンイチへと視線を向け、
「……現在セーフティ・モードにて起動……
あなたのお名前は? そして、あなたは私のマスターですか?」
「柾木ジュンイチだ。
マスターかどうかは……お前がマスターを登録しなくちゃ稼動できないっつーならオレを登録しとけ」
「了解いたしました」
ジュンイチの言葉にそううなずくと、イレインはゆっくりとその場に立ち上がる。
「お、起きた! 起きたよ!?」
「だ、大丈夫!
まだセーフティ・モードは解除されてないから!」
あわてるブイリュウに告げるすずかだったが――
「……セーフティ・モードの解除をご希望ですか?」
「おぅともよ。
ンなめんどくせぇもん、とっとと外しちまえ♪」
「って、いきなり最後の希望を断ち切るな!」
あっさりとイレインに告げるジュンイチの言葉に、スカイクェイクが思わず声を上げる。
「ナニ考えてるのさ!
イレインを起動させた上に、セーフティまで解除したりしたら――」
「襲ってくるってんだろ? わかってるよ」
詰め寄ってくるブイリュウに答えると、ジュンイチは彼の首根っこをつかみ、まるでネコでも持ち上げるかのようにその身体をつかみ上げ、
「それより――下がってろよ、お前は♪」
言うと同時、ブイリュウの身体を放り投げた。クルクルと宙を舞い、すずかの胸の中に投げ込まれ――
「お姫様の、かんしゃくの時間だ♪」
感情を取り戻すと同時に繰り出した一撃は宙を貫いた――手刀をかわされ、驚愕するイレインの後方に、ジュンイチは静かに着地する。
なるほど、『より人間らしく』という開発コンセプトはダテではないらしい――カスタムメイドモデルであるファリンは参考外としても、こちらの予想外の動きに驚いているイレインのその姿は、人間と何ら変わらない。
「感情を得る、ってのも、いいことばっかりとは限らないんだぜ。
オレを殺りたいんなら、感情をコントロールする方法をまず学ぶんだな――殺気がモロバレだぜ」
「ナマイキ言ってくれるじゃない……人間のクセに」
告げるジュンイチに対し、イレインは不敵な笑みと共に振り向いた。
「どうも、あたしが攻めるのを先読みしてたみたいだけど……いつまでもつかしらね?
なんか変なデカブツもいるみたいだけど……たかが数人。目撃者もろともキレイサッパリ皆殺しにしてあげるわよ」
「…………ふーん」
イレインのその言葉に、ジュンイチは目を細めてうなずき、逆にイレインに聞き返す。
「それはどっちから?
起動したオレから殺す? それとも、オレと戦ってるウチに逃げかねないギャラリーから?」
「殺そうとしたって、ジャマするつもりでしょ?
『感情をコントロールできるようになれ』? よく言うわよ――自分だってやる気マンマンじゃない」
あっさりと答えると、イレインは足元に転がる、自分の入っていた木箱へと一撃。砕けたその中から腕に装着するタイプの刃を取り出し、右腕に取りつける。
「結論。
まずはあんたから殺してあげる」
「いやあ、ムリだと思うけどねぇ、オレは♪」
しかし、ジュンイチはあくまで余裕だ。平然と答えてイレインと対峙する。
と――そんなジュンイチへとスカイクェイクが声をかけた。
「手伝おうか? 柾木」
「あれ? 武人気質のお前が助太刀宣言なんて、珍しいこともあるもんだ」
「当然だ」
ジュンイチの言葉に、スカイクェイクは口を尖らせて告げた。
「あの小娘、オレのことを『変なデカブツ』などとぬかしてくれた。
後悔させてやるには十分な理由だ」
「やれやれ、根に持つタイプだよね、お前も」
スカイクェイクの言葉に笑うジュンイチに、イレインは襲いかからない。
決してカンではない――そのセンサーのすべてが、ジュンイチにカウンターの用意が整っていることを教えているからだ。
が――ジュンイチはそんなイレインにかまわず、スカイクェイクに告げた。
「いいから下がってろよ、お前は。
“起動させたオレが”、責任を取ってコイツを止めるさ」
「…………なるほど。
この展開はすでに計算済み――最初から、自分がイレインを止める、そんな展開に持っていくために起動させたな?」
肩をすくめ、スカイクェイクは肩をすくめてみせる。
「まぁ……そういうことなら任せよう。
オレは、後でチビどもを守らせてもらうとしよう」
「りょーかい、と♪」
スカイクェイクに答え――ジュンイチは息をつくとイレインへと向き直り、
「お待たせ♪」
「お別れはすんだ?」
「まぁね」
あっさりと答え、ジュンイチは笑顔でイレインに告げた。
「さて……それじゃあ……」
「運動不足の解消とまいろーか♪」
「まったく、ジュンイチってば……!」
相変わらず事態をムダに荒立ててくれる男だ――イレインと対峙するジュンイチの姿に、ブイリュウはため息まじりにつぶやいた。
「ジュンイチさん、ひとりでなんてムチャだよ……!
ただの人間が、自動人形に勝てるはずがないのに……!」
「大丈夫だよ。
ジュンイチさん、“ただの”人間じゃないから」
一方、ジュンイチの身を案じるすずかにそう答えると、アリシアはジュンイチへと視線を戻し、
「あたしが気になるのは……むしろ、ジュンイチさんが“どうしてこういう展開に持っていったのか”、ってこと。
さっきあたし達が話していた通り、起動させずに封印する、という選択肢もあったのに……
それに……」
疑念はまだある。
ジュンイチの態度は余裕そのものだ。ギガトロンとの死闘を目の当たりにした身としては、“絶対に大丈夫”だと確信できるが――
(ジュンイチさん、落ち着きすぎてる……
いつものジュンイチさんなら、周りの人達に“殺す”宣言した人を絶対に許したりしないのに……)
そのジュンイチがあまりにも“いつも通りすぎる”――真意が見えないというのが、違った意味での不安をもたらしてくる。
「ジュンイチさん……
今度は、一体何を考えてるの……!?」
だが、どれだけ考えても答えは出ず――
そんなアリシア達の前で、ジュンイチとイレインの戦いの火蓋は、静かに切って落とされようとしていた。
アリシア | 「ジュンイチさん、気をつけて! 自動人形って、けっこう攻撃鋭いよ!」 |
ジュンイチ | 「りょーかい♪ たまには、年長者の忠告を素直に聞かせてもらうとしようかね♪」 |
アリシア | 「ねんっ!? ち、ちょっと待って! あたし年下! 年下ぁっ!」 |
ジュンイチ | 「えー? だって、生年からお前の現在の年齢を数え年で算出すると……」 |
アリシア | 「死んでた時期は省こうよ!」 |
イレイン | 「……今のうちに逃げちゃえば自由なのよねー、とか考えちゃダメ?」 |
すずか | 「うーん……」 |
ジュンイチ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Galaxy Moon〜異聞、 第15話『“暴君”VS“起動者殺し”』に――」 |
4人 | 『ブレイク、アァップ!』 |
(初版:2008/03/15)