「…………あら?」
久々の非番だ。たまには大掛かりな掃除でも――そんな考えから掃除機を片手にリビングへとやってきたクイントは、何やらスバルがつまらなさそうにしているのに気づいた。
「どうしたの? スバル」
「ジュンイチさん、いなかった……」
尋ねるクイントに、スバルはぷうと頬を膨らませてそう答えた。そのとなりで、ギンガもまた残念そうに説明する。
「えっと……さっき、ジュンイチさんとお話しようと思って通信したんだけど……ジュンイチさん、お出かけしてたみたいで……」
「そうなんだ……」
「ジュンイチさん、昨日“お仕事”だったし……何かあったのかなぁ?」
かつての“ギガトロン事件”において2度に渡ってジュンイチが血まみれにされるのを目撃しているのだ。そう心配するギンガの懸念はムリもないことだが――
「大丈夫よ」
そんなギンガに、クイントは笑顔で答えた。
「ジュンイチくんなら大丈夫。
あのギガトロンと戦って勝ったんだもの。そこらの悪い子達になんて負けないわよ」
「それは……そうだけど……」
告げるクイントだったが――そんな彼女に対して、ギンガは不安げに答えた。
「ジュンイチさん……ケガはしてなくても、また何かおかしなことになってそうで……」
大正解。
「……ジュンイチさん……!」
そのジュンイチは、現在“起動者殺し”の異名を持つ自動人形イレインを相手に戦闘体勢の真っ只中――重苦しい空気に耐えかねて、アリシアは思わず彼の名をつぶやいていた。
どうしてこの男は毎度毎度、事態を物騒な方へ物騒な方へと持って行きたがるのか――彼についてはあきらめるしかないとわかってはいるものの、どうしてもそう思わずにはいられない。
「フンッ、大した自信じゃない。
人間のクセに、自動人形のあたしに対してさ」
一方、イレインは余裕の態度だ。ジュンイチに自信に満ちた笑みを向け、告げる。
「まぁ、いいわ。どうせすぐに力の差を思いしるんだし。
さぁ、どこからでもかかってきなさい!」
「じゃあ遠慮なく」
次の瞬間――
ジュンイチの放った熱エネルギーの渦が、炎の嵐となってイレインを吹き飛ばした。
第15話
「“暴君”VS“起動者殺し”」
「……あー、えーっと……」
いきなり問答無用の一発――ごくごく自然に、真っ向から行われた“不意打ち”を前に、スカイクェイクはリアクションに困り、ただうめくしかない。
見れば、すずかやファリンも喜怒哀楽どれにも当てはまらないような微妙な表情を浮かべている。
その一方で――
「…………アリシア……」
「言わなくていいよ、ブイリュウ……」
つぶやくようにその名を呼ぶブイリュウに答え、アリシアは彼の頭をなでてやる。
「止めるのはムリとしても――せめて、覚悟だけはしておくべきだったんだよね……」
「だよねー……
ジュンイチが“あの笑顔”をしてる時に、まともな戦い方をするワケないもんねー……」
二人とも、ジュンイチの“戦い方”はよく知っている――予測してしかるべきだった光景に、二人そろってため息をつき、
「って、前にも似たような戦いをしてるのか、ヤツは!?」
「えっと……」
「割としょっちゅう……かな?」
会話を聞きつけ、声を上げるスカイクェイクに対しても、気まずそうにそう答える。
一方、背後でそんな会話が繰り広げられていようと一切気にすることもなく、ジュンイチは次の動きに入っていた。素早く術の構成を編み上げ、
「炎弾丸!」
無詠唱で術を発動――撃ち放たれた炎の弾丸が、爆煙の中のイレインの気配に向けて雨アラレと降り注ぐ。
すべての炎弾を撃ち出し終え――ラストの1発の着弾すら待たず、次の術を放つべく詠唱を開始する。
―― | 全ての力を生み出すものよ 命燃やせし紅き炎よ 今こそ我らの盟約の元 鬼神の命にて荒れ狂い 我が意に従い我が敵を呑み込め! |
「鬼神炎風陣!」
先程の初弾をはるかに上回る勢いと熱量の炎が巻き起こった。瞬時に“標的”に指定した座標を包み込み、激しく渦を巻く。
―― | 全ての力を生み出すものよ 命燃やせし紅き炎よ 今こそ我らの盟約の元 鬼神の命にて荒れ狂い 我が意に従い我が敵を焼き尽くせ! |
「鬼神――」
「ち、ちょっと、ストップ!」
いまだ勢いの衰えない炎の渦の中から制止の声が上がるが――ジュンイチはあっさりと無視し、叫んだ。
「鬼神焼滅砲!」
炎として燃焼させることはしない――純粋な熱エネルギーが光熱波として放たれた。炎の渦を難なく撃ち貫き、大爆発を巻き起こす。
「……スキのデカイ上級術も、結局は使いようさ」
最後の爆発の衝撃波のせいだろうか。立っているのはスカイクェイクのみ――そろって地面に転がるアリシアやブイリュウ、すずかとファリンに対し、ジュンイチは平然と告げた。
「無詠唱で放つことができ、さらに手数にも優れる“炎弾丸”で足を止め、“鬼神炎風陣”で拘束。動きの止まった敵にトドメの一撃“鬼神焼滅砲”。
うーん、我ながら凶悪なコンボだねぇ♪」
「いけ、しゃあしゃあと……!」
うめくような抗議の声は煙の中から――数秒後、煙がスッキリと晴れた後には、全身すすだらけとなったイレインがうつぶせに倒れていた。
「その様子じゃ、とっさに直撃だけは避けたみたいだな……
ま、くらってたらタダじゃすんでねぇはずだからな……なんたって、手持ちの術の連携とはいえ、“ギガトロン事件”の教訓から考案した、対大帝用のコンボなんだし」
「そんなものを叩き込んだのか? お前は……」
ジュンイチの言葉にスカイクェイクがうめき――
「ちなみに仮想ターゲットはスカイクェイク」
「こら待て!
今聞き捨てならないセリフを吐いたろ!?」
続く一言に思わずツッコミの声を上げた。
「なぜオレが仮想ターゲットなんだ!? ギガトロンでいいだろ、ギガトロンで!
貴様、オレに何か恨みでもあるのか!?」
「恨み?
ンなのあるワケねぇだろ」
声を荒らげるスカイクェイクに対し、ジュンイチは心外そうにそう答え――続けた。
「お前が一番いぢくりやすいからに決まってんだろ!」
「余計にタチが悪いわぁぁぁぁぁっ!」
頭を抱えてスカイクェイクが絶叫した。
「貴様……! そんな理由で、今まで散々オレをもてあそんでくれたのか!?」
「だって、知り合いの大帝の中じゃお前が一番付き合いあるじゃん♪」
「『メガザラックのヤツがサイバトロンシティにこもってるから』とか言って人を引きずり回すのは誰だ!?」
「うるさぁぁぁぁぁいっ!」
二人のやり取りを断ち切ったのはイレインの怒声だった。
「アンタ達……! 人をシカトして、好き勝手にベチャクチャベチャクチャ……!」
好き放題吹っ飛ばされた上に無視されたのが気に食わないらしい。全身に怒気をまとうイレインをジュンイチはしばし見返し――
「なぁ、スカイクェイク。
アイツ、無視されて怒ってんぞ。寂しがりやなのかね?」
「誰がよ!?」
「何でそう相手を怒らせるようなことばかり言うんだ、お前はっ!?」
「両方から叱られたよ……」
イレイン、スカイクェイク双方から怒りの声が上がり、ジュンイチは肩を落として口をとがらせる。
その態度はあからさまに本心丸出し――しかもそれが(男のクセに)ムダにかわいらしかったりするものだから余計に腹が立つワケで。
「まったく……マジメにやれ。マジメに」
「何を失敬なっ!
ちゃんとマジメにもてあそんでるぞ!」
「だから、それをやめろと言っているんだ!
しかも言い方が微妙なところでアブないし! 見ろ! アレな方向に曲解した小娘どもの真っ赤な顔を!」
「オレとしちゃ、純9歳児のすずかの顔まで赤いところに激しくツッコみたいところなんだけどな」
「だから、あたしを無視するなぁっ!」
「るせぇっ! この寂しんぼが!」
「違うわよ!」
「えっと……」
目の前で繰り広げられたやり取りを前にして――アリシアはブイリュウに尋ねた。
「何? このカオス」
「オイラに聞かないでよ……」
「……さて、そろそろ戦闘を再開しようか」
――――――はっ!
口論開始からすでに30分が経過――いい加減言いたいことも底をつき、ただの罵り合いになってきた状況に飽きてきたジュンイチの提案に、今まさにスカイクェイクにつかみかかろうとしていたイレインと迎え撃とうとしていたスカイクェイクは同時に我に返った。
「そういえば……あたしとアンタとでバトってたのよね」
「完璧に忘れていたな」
「ったく、アホか、お前ら」
『誰のせいだと思ってる(んだ/のよ)!?』
「うっわー、ナイスコンビネーション」
まるで悪びれる様子のないジュンイチの態度に、スカイクェイクとイレインは同時にため息つく。
「アンタ……よくあんなのと付き合ってられるわね……苦労してるでしょ?」
「わかってくれるか……」
「えぇ……身にしみて」
スカイクェイクに答え、イレインは彼に同情のまなざしを返し――
「……で、すっかり毒気も抜かれたところで、提案なんだが」
『………………?』
出し抜けにそんなことを言い出したジュンイチの言葉に、スカイクェイクもイレインも思わず首をかしげてみせる。
「えー、とりあえず現状をおさらいすると、構図的にはイレインの自由を賭けた、オレVSイレインの図なワケだ」
イレインとスカイクェイクだけでなく、ギャラリーの一同も含めた全員がコクコクとうなずいてみせる。
「けど、ぶっちゃけやるコトは殺し合いだ。お子ちゃま達の教育上ひっじょーによろしくない。
で、一応聞くけど――イレイン。ここで矛を収めるつもりなんかさらさらないだろう?」
「とーぜんよ!
あたし達自動人形は“敵”と戦うために作られた――望みをかなえる方法を、あたし達は戦って勝ち取る以外に知らないんだから」
「なるほどね。納得のいく答えをアリガトウ。
まぁ、オレとしても、ここであっさり解放宣言、ってのも売られたケンカから逃げるみたいでヤだし。
そこで、だ……」
そして――ジュンイチは指をピッ、と立て、
「賭けをしよう」
『………………は?』
「つまりは、イレインの自由を賭けて、血なまぐさくない方向でバトろう、と、そーゆーこと♪」
思わず目を丸くする一同に、ジュンイチは気にする様子もなくそう告げた。
「ルールは簡単。1on1のガチバトル。
お前がオレに1発当てればお前の勝ち。オレがお前を行動不能にすればオレの勝ちだ。
条件を対等にするために、オレは投てき以外の間接攻撃の一切を禁止する――お前に飛び道具がないのは、さっきの連撃に対応できなかったことで実証済みだからな」
「なるほどね……
“1発入れるだけで決着”って形なら、そこのお嬢ちゃん達に血を見せる可能性もグンと減るし、お互いの“戦ってケリをつける”って方針にも合致する、か……」
「そゆこと♪」
納得するイレインに答えると、ジュンイチはウォームアップとばかりに数回軽く跳躍し、
「お前にとっても悪い話じゃねぇはずだ。
オレを相手に“殺す”なんて手間をかける必要はねぇんだ――お前はただ一発当てるだけで自由になれるんだからな」
「あんたがマジで言ってるんなら、だけどね」
ジュンイチの言葉に対し、イレインはうさん臭そうにジュンイチを見返し、告げる。
「さっきがさっきだったから、イマイチ信用できないのよねぇ……」
「ま、そりゃそーだな」
あっさりとうなずき、ジュンイチは肩をすくめてみせるが――
「それについてはオレが保証しよう」
そんな彼らに対し、スカイクェイクが告げた。
「その男は、少なくとも自分の言い出したことは絶対に曲げない。
今提案した勝負も、宣言したルールはこいつにとって絶対だ」
「そういうこった。
今回ばっかりは信用してもらってかまわないぜ」
スカイクェイクの言葉に続くと、ジュンイチはニヤリ、と笑みを浮かべ、
「それともナニ? 天下の“起動者殺し”サマは、もーちょっとハンデをくれてやらなきゃまともにバトれないの?」
「フンッ、安い挑発ね」
そのジュンイチの言葉に、イレインの口元にも笑みが浮かんだ。
「まぁいいわ。
さっきは不意をつかれたけど、『ある』ってわかっちゃえば飛び道具なんて怖くないし。
なんたって――」
そう告げた直後――
「あたしのスピードに、人間ごときが反応できるワケがないんだし!」
イレインはジュンイチの眼前に飛び込んでいた。間髪入れずに左拳を繰り出し――
「ところで……オレってレールガンの弾をかわしたこともあるんだが、信じるか?」
驚愕するイレインにそう尋ね――ジュンイチは片手で受け止めていた彼女の手を解放した。我に返ったイレインが続けて振るった右腕の刃もかわし、改めて距離をとって着地する。
「何よ、今の……!?
ただの人間の反応じゃない……!?」
「“ただの”はつかないけど……これでも一応人間なんだけどなぁ、オレ」
イレインの言葉に苦笑すると、ジュンイチは肩をすくめ――
「――だったら!」
言い放つと同時、イレインは再び地を蹴った。先程以上のスピードでジュンイチへと突っ込み、
「この一発で――息の根まで止めてやるわよ!」
咆哮と共に右腕の刃を振るうが――ジュンイチは軽く半歩下がってそれをかわす。
「今度こそ一発!」
振り抜いた勢いのまま繰り出した裏拳も身を沈めたジュンイチにかわされる。
「次こそ一発!」
体勢を立て直し、後退するジュンイチを追撃するが、放たれた刃はまたしても空を薙ぎ――
「次で一発! これで一発!
一発一発一発一発一発一発一発一発一発ぅっ!」
そのまま間合いを維持しながら立て続けに連撃を繰り出すが、ジュンイチは時に身をそらし、時に身をひねり、そのことごとくをかわしていく。
「この、一発でぇっ!」
仕上げは蹴りを一発――しかしそれもかわされ、ジュンイチは大きく跳躍、間合いを取って仕切り直す。
「え、えっと……?」
怒涛の勢いで攻めるイレインとそのことごとくをかわしきるジュンイチ――目のまで繰り広げられた高速の攻防を前に、ファリンは目を瞬かせ、
「ど、どうなったんですか……?」
「うーんと……
ガードされた最初の一発以外は全部ハズレ。かすってすらいないよ」
尋ねるファリンにはブイリュウが答えた。
「ってゆーか、見えなかったの?
ファリンちゃんも自動人形なんでしょ?」
「アハハ……面目ないです……」
聞き返すブイリュウにファリンが答える傍らで、すずかはジュンイチへと視線を戻し、
「ジュンイチさん、すごい……!
自動人形のイレインに、ぜんぜん動きで負けてない……!」
「まぁ……“元”とはいえ、マスターメガトロンの前任者を相手にして、1対1でブッ飛ばした人だし……」
つぶやくすずかにがアリシアが告げると、
「それだけではない」
そんな二人にはスカイクェイクが答えた。
「柾木がイレインの攻撃をかわし続けていられるのは、能力面だけの問題じゃない。
もっと決定的な欠点が、イレインには存在している」
「欠点、ですか……?」
すずかの問いにうなずくと、スカイクェイクはアリシアへと向き直り、
「アリシア、お前は特によく見ておけ。
イレインの“欠点”は、お前にとっても他人事ではないのだからな」
「ったく……のらりくらりと、うっとうしいわね」
「単にお前の攻撃がかわしやすいだけだよ」
一方、ジュンイチに攻撃をかわされ続けているイレインはご機嫌ナナメ――いら立ちもあらわにうめくが、当のジュンイチはごくごく平然とそう答える。
「さて、どうする?
現状もまともに見えてない今のお前じゃ、いつまで経っても当てられないぜ」
「言ってくれるじゃないの……!
勝負にならないかどうか――思い知らせてやるわよ!」
ジュンイチに言い返すと同時、イレインは再び地を蹴った。先程以上の速力で連打を繰り出すが、ジュンイチはやはりそのすべてを難なくかわしていく――
「………………あれ?」
絶え間なく連撃を放ち続けるイレインとそれをかわし続けるジュンイチ――二人の攻防を注意深く観察していたアリシアは、不意に引っかかりを覚えて眉をひそめた。
「アリシアちゃん……?」
「しっ」
首をかしげ、声をかけてくるすずかを制すると、アリシアはさらにしばらくジュンイチ達の――というよりイレインの動きをしばし観察し、
「………………うん、やっぱりだ。
イレインの動き、さっきからずっとリズムが一定だ……」
「正解だ。
イレインの攻め方は極めて単調――その分非常に読みやすい」
答えて、スカイクェイクは戦いの様子へと視線を戻し、
「アリシア……原因はわかるか?」
「えっと……たぶん、だけど。
戦い慣れてないから……じゃないかな?」
「そう。戦いの中で駆け引きを行うために必要な、実戦経験がイレインには致命的に欠けている。
今まで、まさか反抗されるとは思っていなかったマスターを一撃のもとに葬ってきたイレインは、強者との戦闘の経験がまったくと言っていいほどない。
だから、自分の攻撃をかわすほどの相手に対する戦い方もわかっていない――結果、ただがむしゃらに攻めるしかない、というワケだ」
「あー、なるほど。
確かに、それはあたしも他人事じゃないよね……模擬戦とかで、あたしもけっこうみんなからその辺りを指摘されたりするもん」
「そっか……“GBH戦役”は途中からの参加だったもんね、アリシアちゃんって」
アリシアとすずかの言葉に、スカイクェイクはうなずき、続ける。
「柾木の戦い方の真髄は“リズムを支配すること”にある。
相手の手の内を知ることでリズムを理解し、相手を怒らせることでリズムを乱し、自らのリズムに取り込み、支配する……
単調なイレインの攻撃は、そんなジュンイチからすれば打ち合わせの上での殺陣と同じだ」
「このこのこのこのぉっ!」
咆哮し、次々に打撃を繰り出すイレインだったが、やはりジュンイチには一発としてかすりもしない。
「なんでよ!?
どうして当たらないの!? いい加減当たりなさいよ!」
「はっはっはっ、何を言うか。
当たったら痛いじゃないか」
「痛い思いをしなさいって言ってるのよ!」
平然と答えるジュンイチに言い返し、乱打の嵐を加速させていくイレインだったが、そのことごとくが虚空を貫いていく。
「当たれ当たれ当たれ当たれぇっ!」
「こっちこっちこっちこっちぃっ!」
「このこのこのこのこのこのこのこのぉっ!」
「外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れぇっ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラァッ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!」
何か混じり始めたような気もするが――イレインが攻め、ジュンイチがかわす、という流れには一向に変化はない。
ジュンイチが完璧にイレインの動きを見切っているからこその展開だ。いかにジュンイチが“人外”であろうと、その純粋な身体能力――“スペック”という面ではやはり“人外を狩る者を討つ”という目的の元に
生み出されたイレインにまだ分がある。その差をひっくり返しているのが、スカイクェイクの指摘した“イレインの実戦経験不足”だった。
しかし、イレインがそのことに気づくことはない――実戦経験がないがために、自分に何が欠けているのか、その点に思考が及ばないのだ。
だが――
(まだ……
まだ、早い……!)
それでも、無策というワケではなかった。
ひたすらに攻めつつ、機会をじっとうかがっていた。
今のところ、ジュンイチが気づいた様子はない。
(あたしだって、いつまでもこんな当たらない攻撃を続ける気なんかないのよ!
こっちをバカだと決めつけたこと――後悔させてあげる!)
それはジュンイチも、そしてイレイン自身も気づいていない、彼女に残されたたったひとつの小さな勝機――
イレインの持つ“実戦経験不足”という致命的な弱点を唯一補うことのできるもの――
(距離が詰まったままじゃ使えない……
狙いは、アイツが距離をとった瞬間……)
彼女を生み出すに至った、永い自動人形開発の歴史が育て上げた至高の戦闘プログラムが、彼女に攻め込むべき時を知らせる。
「このぉっ!」
「残念っ♪」
そして、その時は訪れた。イレインの蹴りをかわし、ジュンイチは後方へ跳び――
「――――そこっ!」
「――――――っ!?」
イレインが動いた。振るった左手から伸びた“それ”が、驚くジュンイチへと襲いかかり――
「なんのっ!」
ジュンイチはそれにすら対応してみせた。とっさに腰の帯を解いて振るい、イレインの伸ばしたそれをからめ取る。
青色の帯とからみ合い、ジュンイチとイレインによって引き合う形となったイレインの“切り札”、それは――
「へぇ、左手に仕込んだ隠しムチか。
そんなのまで装備してるなんて、お兄さんビックリだ」
「よく言うわよ。しっかり反応しておいて。
そのベルト、そーゆー使い方もできるのね」
「むしろこっちが本命だよ」
答えるイレインに対し、ジュンイチはまるで自慢でもするかのように笑顔でうなずいてみせる。
「お前さんのムチと発想は同じさ――帯に見せかけた隠し道具だよ。
こいつで敵の首を絞めたりムチみたいに打ち据えたりしばり上げたり、他にも緊急時の命綱にしたりと、用途はいろいろさ」
「そう。便利なものね。
けど――」
ジュンイチの言葉に対し、イレインは不敵な笑みを浮かべた。
「これであたしの攻撃を防いだとは、思わないことね」
「………………何?」
「あたしのこのムチは、正しくは“静かなる蛇”って名前でね――」
「電磁ムチなのよ!」
告げると同時、イレインは“静かなる蛇”に通電させた。強烈な電撃とそれに伴う熱がムチを通じてジュンイチに襲いかか――
――らなかった。
「な………………っ!?」
ジュンイチには何の変化もない――驚愕し、イレインは目を見開いた。
一瞬やせガマンかとも思ったが、すぐにそれはありえないことだと自身で否定する。
人間の筋肉は脳からの電気信号によって収縮する――電気に反応する仕組みである以上、電流が流れればどうしても反応は避けられない。電撃とは、やせガマンで隠せるようなものではないのだ。
間違いない――どういうトリックかは知らないが、電撃はジュンイチには届いていない。
「どういう、ことよ……!?」
ワケがわからず、イレインがうめき――
「さすがのオレも、今回は装備に助けられたよ」
そんな彼女に、ジュンイチは苦笑まじりに告げた。
「言ったろ? 『命綱にも使う』って。
命綱ってのは、頑丈なだけじゃ万が一の時、張り詰めた瞬間の衝撃でプチンッ、と逝きかねない――自然と柔軟性が要求されるものなんだよ。
その命綱を兼ねてるこの帯は特殊なゴム繊維でできててな――熱と電気と引っぱる力にゃめっぽう強いんだ。
ま、代わりに斬撃には弱いんだけど」
言って、ジュンイチは帯を握る手に力を込め、
「さて、と……
状況からして、今のが切り札だったっぽいね」
イレインが思わず歯がみする――その反応を肯定と受け取り、ジュンイチは続ける。
「だから、オレとしてはもうフィニッシュに行っちゃってもいいかなー? とか思ってるんだけど、どうする?
ギブアップなら、今のうちに言っといた方がいいよ」
「誰が!」
言い返し、イレインは自らの電磁ムチを力任せに手繰り寄せにかかった。ジュンイチのゴム製の帯を引きちぎってでも“静かなる蛇”の自由を取り戻し、反撃に出るつもりだ。
そんなイレインに対し、ジュンイチはその場にしっかりと踏みとどまったままため息をつき――
「警告は、したからな」
放した。
手にしていた、“静かなる蛇”の動きを封じていた自らの帯を、いともあっさりと。
となれば、引き寄せようとしていたイレインと踏んばって抵抗していたジュンイチ、二人によって引き伸ばされていたゴム製の帯は――
「ちょ――――――っ!?」
当然、引っぱり続けていたイレインへと一直線に飛んでいく。
「この――――っ!」
これ以上お笑い系の反撃を食らってたまるものか――なんとか身をひねり、イレインは飛んでくる帯をかわし――
「そう動くと思ったよ♪」
「――――――っ!?」
そんなイレインの眼前に、ジュンイチはすでに飛び込んでいた。横薙ぎに振るわれた“紅夜叉丸”を、イレインはとっさに左手で受け止め、そのままガッシリとつかんで動きを止める。
「さっきのは単なる目くらましってワケ?
最初のアンタから、間違いなくウケ狙いでやってたでしょうに」
「ひどい言われようだな。
オレだって、マジメにやらなきゃならねぇ時はちゃんとマジメに戦うさ」
「あ、そ。大した心がけね。
――けど!」
ジュンイチの言葉に答え――イレインは“紅夜叉丸”を握る左手を力いっぱい引いた。とっさに踏んばるジュンイチだったが、そのタイミングに合わせ、今度は突き飛ばすように前方へと押し返す!
それでも、ジュンイチは何とか“紅夜叉丸”を手放してしまうことだけは耐えている。イレインのパワーに振り回されながらも武器を手放さないのは大したものだが――
「――――もらいっ!」
今この時は裏目に出た。勢いに負けたジュンイチは右半身を大きく引く形でバランスを崩した。そこへイレインが襲いかかり――
「…………Yeah-ha……!」
「――――――っ!?」
ジュンイチの口元に笑みが浮かんだ。イレインの脳裏に警鐘が鳴り響き――次の瞬間、イレインの右脇腹に衝撃が走った。
受け身すら許されぬすさまじい一撃を受け、イレインの身体は一直線に弾き飛ばされた。軽く数メートルの距離を飛ばされた後、ようやく大地に叩きつけられる。
「………………っ、のぉっ!」
一撃で大ダメージ――しかし、イレインもそう簡単に倒れはしなかった。地面を転がりながらも身を起こし――気づいた。
(左手に木刀――!?
持ち替えたの!? いつの間に!?)
今の一撃はジュンイチが左手に持ち替えていた“紅夜叉丸”によるもの――しかし、イレインの見ていた限り彼が“紅夜叉丸”を持ち替えるような仕草を見せた覚えはない。
一体いつの間に――ジュンイチの手品まがいの攻めのからくりが見抜けず、イレインは内心で舌打ちし――
「敵を前にして――」
「――――――っ!?」
思考がそれた一瞬のタイムラグ――その一瞬で、ジュンイチは爆発的な加速によってイレインの懐へと飛び込んでいた。気づき、とっさに反撃に転じたイレインの刃をかいくぐり、
「何ボサッとしてやがる!」
元通り右手に持ち直した“紅夜叉丸”で、イレインの身体を真上に打ち上げる!
「く…………っ! このっ!」
このままでは落下の瞬間を狙い打たれる。イレインは空中で何とか体勢を立て直し――
「逃がさねぇぜ!」
ジュンイチもまた、そんなイレインの目の前に跳んでいた――空中で身をひねり、イレインに向けて真上から打ち落とすように回し蹴りを放つ。
(地面に叩きつけるつもり――!?)
もちろん、イレインもむざむざくらうつもりはない。逆に右腕の刃で蹴り足へのカウンターを狙うが――
(――――――っ!?
右腕が動かない!?)
自らの右腕はピクリとも動かない。
原因はおそらく――
(さっきの打ち上げ!?)
とっさに左腕で受け止めようとするが、防御の出遅れは致命的だった。ジュンイチの蹴りがイレインの肩に叩きつけられ――
(――――――え?)
蹴りの衝撃はほとんどなかった。思わず眉をひそめるイレインだったが――不意にその姿勢が崩れた。
ジュンイチが叩きつけた蹴り足、そのつま先をイレインの肩に引っかけ、そのまま振り下ろしにかかったのだ。
これは――
(まさか――これ……!?
蹴りじゃなくて、足を使った――)
「投げ技!?」
「お久しぶりの柾木流――蹴技!」
――龍星落!
驚愕するイレインに言い放ち――ジュンイチは彼女の身体を大地に叩き込んだ。
次にイレインの目に飛び込んできたのは、視界のすべてを覆わんばかりに強烈な光を放つ照明だった。
前後の記憶が連続しない――ジュンイチの一撃によってシステムが強制停止されたのだとすぐに思考が至る。
「ここは……?」
だが、そのまま野ざらしにされたワケでも、残骸として捨てられたワケでもなさそうだ。となると、ここはどこだろうか――思わずイレインが疑問を口にして――
「わたしの家のラボだよ」
そう答えたのはすずかだった。
「よかった……
ファリンのスペアパーツの流用で治したから、ちゃんとパーツの規格が適合するか不安だったけど……大丈夫みたいだね」
「感謝しなよー。ジュンイチの龍星落であちこちガタガタになっちゃったのを、すずかが一生懸命治してくれたんだから」
身を起こすイレインの姿に、すずかはブイリュウと共に安堵の息をつき――
「なぁ、お前ら……」
そんな二人に、ジュンイチが声をかけた。
「そーゆーセリフは、その作業台の裏から出てきてから言うべきだと思うんだが。後アリシアとファリンちゃんもね」
「だって、またイレインがジュンイチさんに襲いかかったら危ないじゃない」
「襲われるんだったらひとりで襲われてよね」
「……とりあえず、アイツらのことは無視しておこうか」
「そうね」
アリシアとブイリュウがあっさりと答える――ジュンイチの提案に納得するところでもあったのか、イレインも特にツッコんでくることもなくすんなりとうなずいてみせる。
「で?
アンタがここにいるのは、さっきの勝負について、でしょ?」
「まぁな」
ジュンイチがうなずくと、イレインは肩をすくめ、
「そんなの決まってるわ。
負け負け。あたしの負けよ」
「おや、そうなのか?」
「心にもないことを言うんじゃないわよ。
あたしにだって、それなりのプライドってものがある――あんな完璧なKOくらっちゃ、認めるしかないじゃない」
意外そうな顔をするジュンイチに答えると、イレインはそんな彼を半眼で見返し、
「ってゆーか……むしろツッコみたいのはその二手前よ」
「二手前……?
……あぁ、左で入れたカウンターか」
「そう、アレ。アレのおかげで一気に崩されたんだから。
何なのよ、アレ。いつの間に左手に木刀を持ち替えてたのよ?」
「あー、それオイラも知りたーい」
「ぜんぜんわかんなかったもんねー」
「だから、説明して欲しいならお前らもそこから出てこい」
作業台の向こう側から会話に加わってくるブイリュウやアリシアにツッコむと、ジュンイチはイレインへと向き直り、
「“背潜”――とりあえず柾木流じゃそう呼んでる。
自分の身体をブラインドにして、武器の持ち手の左右をスイッチするフェイント技――“背”に“潜”むから“背潜”だ。
あの時、オレはお前に“紅夜叉丸”を弾かれた――その時の勢いのままに体をひねって、背中に隠した“紅夜叉丸”を左手に持ち替えてカウンターにつないだのさ。
こちとら斬拳蹴投射、なんでもござれのオールラウンダーだぜ――その気になれば、“紅夜叉丸”をつかまれた時点で手放してぶん殴りにもいけたんだ。
剣にこだわった時点で、怪しむべきだったな」
「なーるほど。
剣をつかんだあたしがそれを放り出すのは、戦いの流れを考えれば当然の事――止められた時、もうその技を狙うことを考えてたワケね」
「まぁな。
しばらく使ってなかった技だったから、うまくいくかどうか心配だったけど……ま、うまくいって何よりだな」
ジュンイチが答えると、イレインは軽くため息を落とし、肩を落とした。
「何にせよ、勝負はあたしの負け、ね……
人間なんかに負けるなんて、あたしもヤキが回ったかしらね」
「気にすることないよ、イレイン。
ジュンイチさん相手に、いくら自動人形だからってまともな性格の子が勝てるワケがないんだから」
「そーそー。
ジュンイチがいろいろと規格外なだけだから」
「うるせーぞ外野」
イレインを励ましているようでその実ジュンイチをこき下ろしているだけのアリシアとブイリュウにツッコむと、ジュンイチは改めて視線をイレインに戻し、
「しっかし、“起動者殺し”なんて言われてるから、どんな乱暴なヤツかと思ってたら、意外と謙虚なんだな、お前」
「言ったでしょ?
あたしにだって、相応のプライドってもんがあるのよ――すでについた勝負についてグダグダ言うつもりはないわ。こだわるんなら、むしろ今後の再戦よ」
「そうは言ってもなぁ……」
イレインの言葉に、ジュンイチは何が楽しいのかニヤニヤと笑みを浮かべ――告げた。
「勝った勝負をわざわざ捨てるなんて、相当なもんだろ」
………………
…………
……
『………………はい?』
その瞬間――全員の目がテンになった。
意図がわからず、全員の動きがしばし停止し――
「――って、ちょっと待ちなさいよ!」
真っ先に再起動したのは、一番の当事者であるイレインだった。
「あ、あたしが勝ってた、って言うの!?
どっからどう見ても、あたしの負けじゃないの!」
「おいおい……」
イレインの言葉にため息をつくジュンイチだったが――その反応は予想の内だったのか、その仕草はどこか芝居がかって見える。
「お前、さっきの勝負がどーゆールールだったか、忘れたのか?」
「バカにしないでよ!
『アンタに一発当てたらあたしの勝ち、あたしを戦闘不能に追い込んだらアンタの勝ち』でしょ!?
だからアンタは、あたしを叩きのめして戦闘不能に追い込んだ――どう考えてもアンタの勝ちじゃない!」
「……どーやら、本気で気づいてないみたいだな」
イレインの言葉に、ジュンイチは苦笑まじりにつぶやき、
「もーちょっとパニクる様を見ていたかったけど、教えてやるよ。
お前……」
「“最初の一発目”ですでにクリアしてたんだぞ」
「…………はぁ?」
しかし、ジュンイチの指摘はますますワケのわからないもので――意図に気づけず、イレインは思わず眉をひそめる。
「最初の一発目……って、アレでしょ?
ジュンイチがルール説明した後の、イレインの不意打ち」
「けど……ジュンイチさん、ガードしましたよね?」
「あれのどこがクリアなんですか?」
ブイリュウ、すずか、そしてファリンも順に疑問の声を上げ――
「――待って!」
それを制したのはアリシアだった。
「……そういえば……ジュンイチさん、あの一発はガードしたんだよね?」
「だね。今すずかが言ってたじゃん――」
アリシアに答え――気づいたようだ。ブイリュウの動きが止まる。
そんな二人の脳裏に、ルール説明の時にイレインに向けたジュンイチの言葉がよみがえる――
『お前がオレに1発“当てれば”お前の勝ち――』
『………………あぁぁぁぁぁっ!』
「ようやく気づいたか」
声を上げるブイリュウとアリシアの姿に苦笑し、ジュンイチはイレインへと向き直り、
「なぁ、イレイン。
オレは『一発でも“当てられたら”お前の勝ち』って言ったんだぞ。
『“クリーンヒットを入れたら”勝ち』なんて、一言も言ってないと思うんだが」
『………………あ』
イレインだけでなく、気づいていなかった面々の間の抜けた声が上がる。
「つまり、イレインはスタート早々にクリアしていたワケだ。
でも、それに気づかないまま戦い続けて、わざわざオレにKOされに来てくれた、と♪」
「気づくワケないでしょ! そんなトンチみたいなルール!」
一同に対しからからと笑いながら告げるジュンイチに対し、イレインは思わず怒りの声を上げた。
「けど……それならそうと、イレインに教えてあげればよかったんじゃないですか?
なのに、どうして……?」
「ンなの決まってる」
手を挙げ、尋ねるのはすずかだ――あっさりと答えると、ジュンイチは迷わず断言した。
「試合にゃ負けても勝負にゃ勝たんとな♪」
「つまりは確信犯で黙ってたんだね……」
「どれだけ負けず嫌いなんですか……」
思わず脱力し、その場に崩れ落ちたアリシアとファリンがうめくが――ジュンイチは気にすることもなくイレインに告げる。
「と、ゆーワケで、“オレに一発当てる”っつー勝利条件を満たしたお前の勝ち。晴れて自由の身なワケだ。
どこに行こうが、何をしようが、オレの身内が巻き込まれない限りオレは知ったこっちゃねぇ。好きにするんだな」
しかし――イレインからの答えはない。ジュンイチが首をかしげていると、不意に顔を上げ、ジュンイチに尋ねた。
「…………ひとつだけ聞かせて」
「何だよ?
『どうして自分をこうもバカにするのか』とかか?」
「聞かないわよ、そんなの。
あれだけ濃いボケツッコミを繰り広げてくれたんだもん――今までのやり取りを見れば、単に自分が楽しいからやってるだけだってことぐらいわかるわよ」
迷わずそう答え、イレインは改めて尋ねた。
「あたしは……自分で言うのもアレだけど、決して能力が低いワケじゃないわ……
バンパイアハンターくらいなら余裕で退けられるくらいには強いし、自動人形が本来持ってる、マスターの世話用の家事スキルだって、一流レベルの能力が与えられてる。
それ以前に、自動人形であるあたしを売り飛ばせば高く売れる――それなのに、なんであたしを手放せるの?」
「いらないから」
『………………』
場の空気が凍りついた。
「……あー、ごめん。
もう一回言ってくれる?」
「いらないから」
「…………わんすもあぷりーず」
「いらないから」
そこで会話が止まり――
「――なんでよ!?」
沈黙から一転、イレインはジュンイチに食ってかかった。
「そりゃ、あたしは“起動者殺し”よ! 反逆の申し子よ! アンタのことだって殺そうとしたわよ!
だからってねぇ、それでもあたしは自動人形なのよ! マスターに尽くすための機能もりだくさんなのよ! 役に立つ能力てんこもりなのよ!
そんなあたしに対して『いらない』とか言う!? 存在意義の根本を否定する!?
いらない子!? あたしいらない子なの!? ねぇ、そうなの!?
だったらいいわよ! グレてやるーっ!」
「もうグレてんじゃん……」
よほどショックだったのか、言動が微妙に幼児退行気味だ――ムキになるイレインの言葉にため息をつき、ジュンイチはそんな彼女に告げた。
「まず戦闘能力。コテンパンにノされたお前が一番良くわかってるだろ。
家事スキル。オレだって一通りこなせるし、それなりの自信がある。特に台所関係は譲れない。
売り飛ばす――こちとらそんなことしなきゃならないほど金に困ってるワケじゃねぇ。御曹司兼傭兵ナメんな。
つまり、オレにとって、お前に期待する要素は何ひとつとしてない。手元においておく理由がどこにある?」
「よ、容赦ないですね……ジュンイチさん……」
「中途半端になぐさめるよりは、ズバッと一刀両断してやった方がコイツのためだろ」
思わずうめくすずかにジュンイチが答えると、
「……そう……そうなんだ……」
そんなジュンイチに対し、騒いでいたイレインは一転してその場に崩れ落ちた。うつむいたまま、静かに告げる。
「……アンタにとって……あたしなんてその程度なんだ……」
「そ、そんなことないですよ!」
「そうそう!
イレインにだって、ジュンイチに負けてないところはあるよ!」
殺気とも怒気とも違う――なんだか得体の知れないオーラをまとい始めたイレインの姿に、あわててフォローの声を上げるのはファリンとブイリュウだ。
「だ、だよね、ジュンイチ!?」
そのままジュンイチに同意を求めるブイリュウだったが――
「ねぇだろ。今んトコ」
『空気読んでぇっ!』
彼らのフォローの何もかもをぶち壊しにする勢いで放たれたジュンイチの言葉に、その場の全員の声が唱和する。
「……ふーん……へー……」
「あ、あわわ……」
「い、イレイン……落ちついて……!」
ますます空気を重くしていくイレインの姿に、ファリンとブイリュウは対応に困りながらも懸命に呼びかけて――
「…………言って……くれるじゃないっ!」
そんな周りにかまうことなく、イレインは唐突に顔を上げた。
「よーするに、あんたにとって、あたしは取るに足らない存在だって認識されてるのよね!?」
言って、ジュンイチをビシィッ! と指さして――
「上等よ! それならその認識、覆してやろうじゃない!」
「………………は?」
さすがにイレインがそんなことを言い出すとは思っていなかったのか、初めてジュンイチの目がテンになった。
「…………そうは言うけど……どうやって?」
思わずジュンイチが尋ねると――イレインは迷うことなく答えた。
「そんなの決まってるわよ!
アンタにつきまとって、あたしの実力をじっくり見せてあげる!
あたしの実力をナメてかかったことを後悔してあげるわよ!」
「…………つまり?」
尋ねるのはアリシアだ。思わず確認をとる彼女に対し、イレインはジュンイチをまっすぐににらみつけ――宣言する。
「なってやるって言ってるのよ――」
「アンタだけの……自動人形に!」
「…………オレは……何をやってるんだろうな……」
「にゃ?」
相手は自分の問いなど理解できてはいないだろう――だが、それでも言葉にせずにはいられなかった。
「柾木にいきなり呼び出され、パシリにされ、パートナーとのコンビ解消の危機に追い込まれ……挙句の果てにここで放置か?
オレは一体何なんだ? 柾木の便利なアイテムか?」
口にした瞬間――脳内に浮かんだジュンイチのイメージは満面の笑みで『うん♪』とうなずいてくれた。否定するように首を左右にブンブンと振る。
「いや、違う……オレはこの地球の大帝のはずだ。
“GBH戦役”を戦い抜き、デストロンの、ユニクロンの野望を打ち砕いた、プライマスのトランスフォーマーのひとりのはずだ……!」
懸命に自分に言い聞かせるが――その言葉もなぜかむなしく響く。
「…………空が……青いなぁ……」
雲ひとつない青空を見上げ、遠い目をしてつぶやく自らのヒザの上で、グチにさらされていた子猫は可愛くあくびをしてうたた寝を始める――
結局、その巨体ゆえにラボに入れず放置されていたスカイクェイクのことをジュンイチ達が思い出したのは――
夕日が水平線の向こうに沈んだ後のことだった。
イレイン | 「ったく、とんでもないマスターにあたっちゃったものね、あたしも。 それに比べて、スカイクェイクはカッコいいわねぇ。 寡黙で冷静で気品があって、最高じゃない」 |
ジュンイチ | 「口下手で不器用でお高くとまってるだけだろ」 |
スカイクェイク | 「デスシザース、バスターモード!」 |
ジュンイチ | 「ぅわっとぉっ!?」 |
スカイクェイク | 「……チッ、外したか」 |
ジュンイチ | 「てめぇ、今回ラスト空気だったの根に持ってるだろ……!?」 |
イレイン | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Galaxy Moon〜異聞、 第16話『“家族”との日々』に――」 |
3人 | 『ブレイク、アァップ!』 |
(初版:2008/03/29)