「はい。事前に連絡のあったひとりを除いて、全員そろってますねー。
 それじゃあSHRを始めますよー」
 黒板の前でにっこりと微笑む女性副担任こと山田真耶の言葉も、今の彼には右から左――全身から冷や汗が流れるのを制服の下で感じながら、織斑おりむら一夏いちかはガチガチに固まっていた。
 なぜか――答えは簡単。

 彼以外のクラスメイトが全員女子だからだ。

(これは……想像以上にキツイ……)
 自意識過剰、というレベルではない。本当にクラスメイトほぼ全員からの視線を感じる――もはや“プレッシャー”と言い換えてもいいほどに。
 だいたい、席も悪い。よりにもよって真ん中で最前列。どうあっても全員の視線を浴びてしまう位置取りだ。
 救いを求め、チラリと窓側へと視線を向ける――が、薄情にも幼馴染の篠ノ之しのののほうきはふいっと窓の外に顔をそらしてしまう。
 もはや助けはないのか――などと一夏が考えていると、
「……くん、織斑一夏くんっ」
 大声で呼ばれ、我に返る――顔を上げると、真耶が今にも泣き出しそうな顔で自分を見下ろしていた。
「あっ、あの、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンねっ! でもねっ、あのね、自己紹介なんだけど、“あ”から始まって今“お”の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介、してくれるかな? だ、ダメかな?」
「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」
「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。絶対ですよ!」
 必死な様子の真耶に若干気圧されながらも、しっかりと立って、後ろを振り向く。
(うっ……)
 しかし、それがいけなかった。今まで背中に感じていただけの視線が、一気に自分に向けられているのを自覚する。
「え、えーっと……織斑一夏です。
 よろしくお願いします」
 儀礼的に頭を下げ、上げる――周囲からの期待に満ちた視線は、むしろその圧力を増していた。
 「もっといろいろしゃべってよ」「これで終わりじゃないよね?」――そんな空気が教室中に満ちている。
 だらだらと背中に流れる汗を感じながら、一夏は息を吸い、口を開く。
「以上です」
 がたたっ、と思わずずっこける女子が多数。何を期待していたのかは知らないが、一夏としても緊張していっぱいいっぱいなのだから勘弁してほしいというのが本音だ。
「あ、あのー……」
 一夏の背後からかけられる声の涙声成分が二割り増しになっているような気がした、その時――パァンッ!という豪快な音と共に一夏の後頭部がはたかれた。
「いっ――!?」
 痛い、という反射的反応が出るよりも早く、一夏の中で何かが閃いた。
 今の叩き方――威力といい、角度といい、一夏のよく知るとある人物の叩き方とそっくりだったから。
「………………」
 恐る恐る振り向くと、黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身、よく鍛えられているが、決して過肉厚ではないボディライン。組んだ腕。狼を思わせる鋭い吊り目――
「げぇっ、関羽っ!?」
 パァンッ!とまた音が響いた。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
 トーン低めの声。すでに一夏の脳内ではジャーンッ、ジャーンッ!とドラの音が響いているのだがそれはさておき。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「あぁ、山田先生。クラスへのあいさつを押しつけてすまなかったな」
 尋ねる真耶に、“織斑と呼ばれた女教師”が答える――“実弟の一夏”が聞いたこともないような気遣いにあふれた声で。
「諸君。私が織斑千冬だ。キミ達を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。
 私の言うことはよく聞き、よく理解しろ。できない者にはできるまで指導してやる。私の仕事は“若干15歳”を16歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
 ずいぶんとド直球ストレートな暴論だが――この一夏の姉、織斑千冬はこの学園に通う者にとっては『超』がつくほどの有名人だ。キツイ物言いのはずなのに黄色い悲鳴が上がるのは、彼女にとって幸か不幸か。
「で? あいさつもまともにできんのか、お前は」
「いや、千冬姉、オレは――」
 直後、三度目の衝撃音。
「『織斑先生』と呼べ」
「……はい、織斑先生」
 叩かれた頭から煙を立ち上らせながら机に突っ伏す一夏が千冬に答え――教室がにわかにざわついた。
「え……? 織斑くんって、あの千冬様の弟……?」
「じゃあ、例の話もそれが関係して……?」
「あぁ、いいなぁ、代わってほしいなぁ」
 簡単に言わないでほしい――というのは直前に思い切りしばかれた一夏の感想である。
 だが、しかし――
「っていうか、久しぶりに会ったけど、ちゃんとご飯とか食べてるのか?
 洗濯物とか溜めたりしてないか? 病気とかしてないよな?」
「どこのオカンだ、貴様は。
 貴様などに心配されなくても、そのくらいちゃんとやっている」
 ため息まじりに答える千冬だが、一夏も何の根拠もなく心配しているワケではない。
 何しろたまに家に戻ってきた際には家事全般全部自分に任せきりなのだから。そんな姉が家の外ではちゃんとしているなどと言われてもイマイチ安心できないのもムリはない。
 そんな弟にかまわず、千冬は教室をグルリと見回し、
「さて、気にせず自己紹介を続けろ、と言いたいところだが……訳あって行動を別にしていたこのクラスの生徒、その最後のひとりが到着した。
 ちょうどいいので、まずはソイツから自己紹介してもらう。入れ」
 その千冬の言葉を合図に、教室前の扉が開き――入ってきた人物を見たクラスメイト達の間から戸惑いのざわめきが起こる。
 だが、それもムリはない。なぜなら、入ってきたのは――



 男だったから。



 顔立ちは高校一年という年頃の割りにやや童顔めいたところがあるが整っており、ハンサムでも不細工でもない、といった感じか。茶色がかった髪はあまり手入れされていない無造作ヘアー。そういうクセっ毛なのか、重力に逆らって無意味に逆立っている。
 身長162cmで中肉中背のその身体を一夏と同じ仕様の制服に身を包み、額には白いバンダナをまるでハチマキのように巻いている。
 戸惑いと興味、二つの感情の込められたざわめきの中、教壇の中央――すなわち一夏の席のすぐ前まで出てきて、名乗る。
「いろいろありまして、このクラスで……つか、この学校でお世話になることになった……」











「柾木鷲悟ですっ!」

 

 


 

第1話

波乱の学園生活!?
クラスメイトは女子ばかり

 


 

 

 時はしばしさかのぼる――具体的には48日ほど前。鷲悟は“この世界”に降り立った。
 ブレイカーベースでのんびりしていたところに突然正体不明の光に包まれ、気がついたら見たこともない施設のド真ん中に放り出されていたのだ。
 何が起きたのかわからないまま、それでも状況を把握しようと施設をさまよい歩いていると、見たことのない仕様の半全身鎧セミ・アーマー型パワードスーツを身にまとった少女達が空中で模擬戦をしているのを発見。情報を得ようとそちらに向かう途中、自らを見つけた千冬によって捕縛。
 お互いに情報を交換し合った結果、ここが鷲悟の知る地球とは微妙に、しかし明らかに異なる歴史を辿った地球だと判明。異端にもほどがある鷲悟を自由にしておくのはどちらにとっても危険だという結論に至り――







 鷲悟は千冬を法的後見人として、自らの迷い込んだ施設――ここ“IS学園”に入学することとなったのである。







「さて……新たに男が入ってきたのを見てお前達の考えたことはだいたい想像がつくが……柾木は別に、織斑のように男でありながら“IS”を使えるためにこの学園に……というワケではない」
 鷲悟の登場によってざわつく教室を落ち着かせようと説明を始める千冬だったが、それはただ鷲悟の立ち位置の特異性を強調するだけの結果に終わった。教室内のざわめきは収まるどころかますます大きくなっていく。
「しかし、彼は“IS”とは別技術の、そして世間には未発表のパワードスーツを有しており、しかもその力は“IS”に優るとも劣らない。
 だからこそ彼はここにいる――“IS”操縦者だからといって“IS”のことしか知らないのではなく、まったく概念の違う技術に触れること、知っておくことは、きっとお前達にとって大きなプラスになると考えたからだ。
 まぁ、技術提携のひとつの形、とでも思っておけ」
(一番の目的は、オレ達ブレイカーの技術がこの世界に不必要に流出しないようにこの学園に隔離するため、なんだけどねー)
 千冬の言葉に内心で苦笑し、鷲悟は千冬から聞かされた話を思い返した。



 IS。
 正式名称“インフィニット・ストラトス”。
 宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツ。
 しかし、“製作者”の意図とは別に宇宙進出は一向に進まず、結果このスペックを持て余した機械は“兵器”へと変わり、しかしそれは各国の思惑から“スポーツ”へと落ち着いた――という、ガンダムファイトもビックリの経歴を持つ飛行パワードスーツだ。

 そして、そのISの使い手達を育成する場は、“製作者”が日本人であったことから日本に置かれた。それが“IS学園”。

 だが――このIS。ただひとつだけ問題があった。
 いったいどういう理屈なのか、女性にしか反応しないのだ。つまり、女性にしか使えない。

 それでいて、ISを兵器として運用した時のその戦闘能力は、既存のあらゆる兵器を凌駕していた。結果、どの国でもISを運用できない男性よりも運用できる女性の方を優遇する方針を打ち出すようになるのに、さほど時間はかからなかった。

 かくして、女性よりも男性の方が社会的に強い権限を持つ“女尊男卑”の風潮が世界に蔓延。ISが世界に発表されて十年、未だその流れは変わることなく続いている――



 ――ただひとり、織斑一夏という“例外”を除いて。



 鷲悟はともかくとして、一夏がこの女だらけのクラスに放り込まれているのもそういった事情が原因だ。
 ひょんなことから、なぜか男でありながらISを使えることが判明し、一夏はIS学園へと入学することになった。だが、男でISを使えるのは一夏のみ。他のIS操縦者は全員女子。
 結果、一夏と鷲悟以外は女子ばかり、という男女比が異常に偏ったクラス編成の出来上がり、というワケだ。
(たぶん、オレもひとまとめで同じクラスになったのもその辺からだろうなー)
 おそらく「周囲は女子ばかり=仲間となり得る男子がいない」という構図の中で肩身の狭い思いをしないように、といった配慮だろう。鷲悟としてもその辺りは非常にありがたい話だった。
「柾木、改めて一言かけてやれ」
「あぁ、はい」
「ロクに自己紹介もできないバカに、自己紹介というものが何たるものかを見せてやれ」
「自己紹介ってそんな競うものだったっけ……?」
 千冬の言葉に首をかしげるが、自分の知識の中にそんな情報はない。「あれー? おかしいなー?」とイマイチ釈然としないものを感じながら、鷲悟は改めて教室を見回した。
「えっと……今先生の言った通り、オレはISを使えません。
 けど、それ以外はみんなと同じ一学生に過ぎないので、余り気にせず仲良くしてください。以上っ!」



「……ぁー……」
 一時限目、終了――しかし、一夏は早くもギブアップしたい衝動に駆られていた。
 ちなみに、IS学園ではコマ限界までIS関連教育をするため、入学式当日から普通に授業がある。学校の案内などのイベントはなく、そうした学生ならではのイベントを期待していた鷲悟は千冬から「地図を見ろ」と一蹴されて本気で凹んだ。
 しかし、一夏を疲れさせているはもっと別の理由からだ。
 自分に向けられた、興味丸出しの視線である。
 一夏が“世界で唯一ISを使える男性”というのは世界でもニュースになったらしく、学園関係者はもちろん、在校生までみんな一夏のことを知っている。
 というワケで現在、廊下には他のクラスの女子や二、三年の先輩までもが詰めかけている――しかし女子ばかりの空間になじんでしまっているのか、なかなか一夏に話しかけてくるということはしない。
 だが、それもある意味仕方のない話だ。IS学園は世界でここ一ヶ所しかないが、ここに入学するために事前学習としてIS学習を授業に取り入れている学校は多い。そしてそれらの学校は100%女子校。共学の学校でISの授業をしても男子生徒があぶれるからだ。
 つまり、この学園の女子はほとんどが男子に免疫がなく、『あなた話しかけなさいよ』という空気と『ちょっとまさか抜け駆けする気じゃないでしょうね』的な緊張感が満ちている。
 この針のむしろがずっと続くのか……そう思われたその時、
「織斑……なんか、辛そうだな?」
「……柾木か」
 苦笑まじりに声をかけてきたのは鷲悟だった。
 ちなみに、鷲悟の席は窓際の後ろから二番目。中央でイヤでも注目を浴びてしまう一夏の席とはえらい違いだ。
「お前はいいよな。最初からISが使えないってわかってるんだから」
「でもないよ。
 確かに織斑みたいな注目のされ方はしてないけど、逆に『ISも使えないのにこんなところで何してんじゃワレ』な感じで興味の視線がグサグサと」
「そうか……」
「ま、ある程度事情が知れ渡れば、物珍しさだけの連中なんてすぐに消えるって」
「そうだな……それまでの辛抱か。
 ……あ、それとさ、柾木」
「ん?」
「オレのことは一夏でいいぜ。
 その代わり……オレもお前のこと名前で呼んでm
 一夏の言葉が最後まで告げられることはなかった――それよりも早く、一夏の両手をガッシリとつかんだ鷲悟が、すごい勢いでずいっと詰め寄ってきたからだ。
「是非に……是非にっ!」
「お、おぅ……」
 すさまじい迫力に、一夏が思わずうなずく――その返事を聞くなり、鷲悟は一夏の手を放り出して天(井)を仰ぐ。
「ずっと……ずっと憧れだったんだ……っ!
 身内以外で、名前で呼び合える友達を作るのが……っ!」
「そ、そうか……」
 なんだか、暗がりの中ひとりだけスポットライトをあてられている鷲悟の姿を幻視した気がする。感涙する鷲悟のテンションに、一夏はただただ圧倒されるばかりで――
「……ちょっといいか?」
『え?』
 突然話しかけられた。一夏が、我に返った鷲悟が振り向くと、そこにいたのは――
「…………箒?」
 それは、一夏の幼なじみである篠ノ之箒であった。
「えっと……篠ノ之さん、だっけ?」
 鷲悟が話しかけたとたん、なぜかギロリとにらまれた。
「……オレ、何かした?」
「す、すまない。別ににらんだつもりはないんだが……」
 いきなりにらまれ、少しばかり傷ついた鷲悟に、箒はあわててすまなそうに頭を下げた。
「柾木……だったな。どうした?」
「いや、さっきのセリフ、主語が抜けてたからさ。
 オレと一夏のどっちに用だったのかな、って」
「あぁ、そうか。
 一夏……少しいいか?」
「あぁ」
「廊下でいいか?」
 どうやら自分ではなく一夏に用があったらしい。二人で廊下に出ていった――進路上の女子達がさぁっ、と道を開けていくのを見て、鷲悟が「モーゼの十戒?」などという感想を抱いたのは、きっと些細なことなのだろう。
 気になるのはむしろ……
「……織斑くん、なんか自然に対応してたね……」
「柾木くんが話しかけるまでガチガチに緊張してたのにね」
「前からの知り合いなのかなー?」
「お前らの目にもそう見えたんだ?」
 近くで話している女子三人組の会話に、聞きつけた鷲悟も混ぜてもらうことにした。
 鷲悟から女子に話しかけたことで教室が若干ざわつくが、すでに“一夏に話しかけた箒”という前例が現れていたためかそれほどのものではない。一夏と鷲悟では事情が違う、ということもあるのだろうが。
 だが、そんなことも鷲悟や話しかけた女子三人組にとっては今や些末事――今の彼らの興味はもっぱら一夏と箒にある。
「……気になる?」
 鷲悟の問いに、三人がうなずく――そこには男女の別などは関係なく、心をひとつにした者同士の絆だけが存在していた。
 もっとも――四人そろって扉に殺到、聞き耳を立てる様子はお世辞にも様になっているとは言えないものだったが。



「そういえば」
「何だ?」
 廊下に出たはいいが、箒は緊張しているのかなかなか話を切り出せない。仕方がないので、一夏は自分の方から話しかけることにした。
「去年、剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう」
「………………」
 一夏のその言葉に、箒は顔を真っ赤にして目を見開く――知られて恥ずかしい、というより、まさかその話題を持ってこられるとは思わなかった、といった様子だ。
「何でそんなこと知ってるんだ」
「なんで、って、新聞で見たし……」
「な、何で新聞なんか見てるんだっ!?」
 答える一夏に対しさらに声を上げるが、一夏にしてみれば正直な話そんなことを言われても困る。新聞くらい普通に読ませてほしい。
「あー、あと」
「な、何だ!?」
「ちょっと遅くなったけど……久しぶり。
 6年ぶりだけど、箒ってすぐにわかったぞ」
「え………………?」
「ほら、髪型一緒だし」
 あっさり答え、ポニーテールにまとめた自分の髪を指さしてくる一夏に対し、箒は照れくさいのかその髪をいじり始めた。
「よ、よくも覚えているものだな」
「いや、忘れないだろ。幼なじみのことくらい」
「………………」
 ごくあっさりと一夏は答える――なんだか扱いがぞんざいな気がして、一転して箒の顔が不機嫌そうに歪む。
「………………?
 どうした?」
「何でもないっ!」
 そんな箒の変化に気づかない一夏が声をかけるが、箒は不機嫌もあらわに言い放つと一足先に教室へと戻っていってしまった。



「……そっか。あの二人って幼なじみなんだ」
 箒が戻ってきたことに気づいてあわててドアの前から退避。なんとか箒に気づかれることなく彼女をやり過ごすことに成功し、鷲悟は安堵のため息と共にそうつぶやいた。
「みたいだね……
 しかも、篠ノ之さんの方は織斑くんが気になってると見たっ!」
「だよね。
 久々に再会した幼なじみが意外にカッコよくなっていてドッキドキ! って感じかな?」
「そういうもんか?」
「そーだよー。
 まったく、まさっちは女心がわかってないなー」
「そこは否定できな……って、まさっち!?」
「うん。
 “柾木”だから“まさっち”だよー」
 思わぬ呼び方をされ、驚く鷲悟に対し、女子三人組の最後のひとり――袖の長さが明らかに腕より長く、手が完全に隠れてしまっている制服を来たショートカットの女の子が答える。
「えっと……布仏のほとけさんだっけ?
 少なくとも、その呼び方はやめてもらえないかな?……なんかチンピラ臭い」
「そう?
 じゃあじゃあ……」
 鷲悟の提案に女の子、布仏のほとけ本音ほんねが考え込んで――ちょうどそこで二時限目の開始を告げるチャイムが鳴った。
「あ、時間切れだ。
 席戻らないと」
「じゃあ、柾木くん、またね」
「あぁ」
 早く席に着かないと千冬の出席簿アタックが炸裂する。そそくさと席に戻る女子達に鷲悟が答え――
「かわいい呼び方考えとくねー」
「かわいくなくていいからカッコイイのをお願い」
 去っていく本音の言葉に鷲悟は迷わずツッコんだ。



「……で、あるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は刑法によって罰せられ……」
 すらすらと教科書を読んでいく真耶の声はとりあえず聞いておく。ただそれだけ――すでに教科書を丸暗記し終えている鷲悟は、授業はそっちのけで自分の勉強にいそしんでいた。
 元々強化人間であり情報をデータとして記憶できる鷲悟にとって、こういった法規のような“覚える”科目は何の問題もない。
 それよりも今の彼が問題としているのは――
「織斑くん、何かわからないところがありますか?」
 と、そんな鷲悟をよそに、一夏が真耶に話を振られていた。
「わからないところがあったら訊いてくださいね。
 何せ私は先生ですから」
 そんな真耶に対する一夏の回答は――
「ほとんど全部わかりません」
 場の空気がピシリ、と音を立てて固まった……ような気がした。
「え、えーっと……」
 さすがにこの返しは予想外だったか、真耶もリアクションに窮している――そんな中、真耶の授業を監督していた千冬が口を開いた。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
「古い電話帳と間違えて捨てました」
 直後、パァンッ!と音が響く――言うまでもなく、一夏が千冬にはたかれた音だ。
「柾木はわからないところはあるか?」
「一応、頭の中ではわかってます」
 千冬から話を振られたので、鷲悟は素直にそう答える。
「ただ……こっちとそっちとで同じ意味でも呼び方が違う技術用語とかが多くって……そこで、ちょっと混乱してます」
 そう。今の鷲悟にとってネックとなっているのはその一点――元々ブレイカーとして“装重甲メタル・ブレスト”を運用している鷲悟にとって、こういったパワードスーツの技術概念は慣れ親しんだものだ。
 しかし、言うまでもなく“装重甲メタル・ブレスト”とISは別の技術だ。当然同じ意味でも違う用語が使われていることも多く、それが彼を大いに悩ませていた。
「やろうと思えば、教科書の内容を全部解説できますよ。
 こっちの技術用語をフル回転しての説明でも良ければ……ですけど」
「それで貴様はさっきからその用語のすり合わせに没頭しているワケか」
「はい」
 パァンッ!
「たとえ理解できていても、教師の話は聞け」
「………………はい」
 千冬の出席簿アタックに、鷲悟は一切反応できなかった。



「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
 二時限目後の休み時間、鷲悟と一夏が一夏の席で話していると、それは突然やって来た。
 話しかけてきた相手は、地毛の金髪が鮮やかな女子だった。
 名前は――
「確か……セシリア・オル……オル……
 ……そうだ、オルトロス!」
「オルコットです! セシリア・オルコット!
 どうしてそんなおどろおどろしい名前に!?」
「んー、なんでだろ?」
「いえ、わたくしに聞かれても……
 と、とにかく、今後は間違えないでくださいませ――イギリス代表候補生にして入試主席たるこのわたくしが、そのようなふざけた名前で呼ばれるのは不愉快ですわ」
「うい、りょーかい」
 あっさりと答える鷲悟の言葉に、セシリアは不機嫌そうにため息をもらし――
「あ、質問いいか?」
 言って、手を挙げたのは一夏だった。
「ふん。下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
「代表候補生って何?」
 次の瞬間、教室のあちこちでがたがたっ、と物音が――もちろん、目の前のセシリアやとなりの鷲悟、そして周りで様子をうかがっていた他の女子達がずっこけた音だ。聞き耳を立てていた箒に至っては顔面から机に突っ伏している。
「あ、あ、あ……あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」
「おう。知らん」
 声を上げ、詰め寄ってくるセシリアだったが、一夏はあっさりとそう答える。
「あ、あのさ、一夏……
 代表候補生っつーのは、言葉そのままの意味で“代表”の“候補生”だよ。
 ここまで言えば、だいたい想像がつくだろ?」
「ひょっとして……国家代表の?」
 聞き返す一夏に、鷲悟は疲れた顔でうなずいてみせる。
「へぇ……けっこうすごいんだな」
「そう! すごいんですのよっ!」
 セシリアが復活した。
「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくするだけでも奇跡……幸運なんですのよ。その現実を、もう少し理解していただける?」
「そうか。それはラッキーだ」
「……バカにしていますの?」
「オルコットさんが『幸運だ』って言ったんじゃないか……」
 セシリアに返す一夏の言葉に、鷲悟はクスリと笑みをもらす――セシリアににらまれてしまったが、そのセシリアはすぐに一夏へと視線を戻し、
「だいたいあなた、ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。
 唯一男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待外れですわね」
「オレに何かを期待されても困るんだが」
「ふん、まぁ? わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ。
 ISのことでわからないことがあれば、まぁ……泣いて頼まれたら教えてさしあげてもよくってよ。
 何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
「………………ん?」
 プライドむき出しのセシリアのセリフだったが、一夏はその言葉の中に気になる情報を見つけた。
「入試って……アレか? ISを動かして戦うってヤツ?」
「それ以外に入試などありませんわ」
「あれ? オレも倒したぞ、教官」
「は………………?」
 一夏のその言葉に、セシリアがイイ感じで硬直した。
「ほ、本当ですの?」
「まぁ……たぶん。
 いきなり突っ込んできたからかわしたら、勝手に壁にぶつかってそのまま動かなくなっただけだから、『倒した』って言い方が正しいかどうかは微妙だけどな」
「そ、そういうことでしたの……」
「ホントに微妙だな、ソレ」
 意外にあっけないオチにひとまず納得するセシリアの脇から口をはさむ鷲悟だったが――それがいけなかった。聞こえてきた声で鷲悟の存在を思い出したセシリアがギンッ!と視線を向けてきたからだ。
「そう言うあなたはどうだったんですの!?
 ご自慢のパワードスーツとやらは、どの程度のものだったのかしら!?」
「瞬殺」
 再びセシリアが、実にイイ感じで硬直した。
「開始と同時に砲撃一発、ハイ、しゅーりょー。ホントに一秒かからなかったよ。
 ま、向こうも未知の相手で勝手がわからなかったんだとは思うんだけどね」
「た、倒したのはわたくしだけと聞きましたが……?」
「“女子では”ってオチじゃないのか?」
「規格外のオレがカウントに入るかがそもそも疑問だしねー」
 一夏に、そして鷲悟に返され、顔を真っ赤にしたセシリアが言い返そうと口を開いたその時――ちょうど三時限目の開始を告げるチャイムが鳴った。
「〜〜〜〜〜〜っ!
 また後で来ますわっ! 逃げないことね、よくって?」
 そう言い残して、セシリアは席に戻っていく――それを見送り、一夏と鷲悟は顔を見合わせ、つぶやいた。
『………………どこへ?』



「それでは、この時間は実技で使用する各種装備について説明しておく」
 一、二時限目とは違い、三時限目は真耶ではなく千冬が教壇に立っていた。
「……あぁ、その前に、再来週行なわれるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
「代表者……?」
 思わずつぶやいた鷲悟のつぶやきは千冬の耳に届いたようだ。うなずき、説明を始める。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まぁ、クラス長だな。
 ちなみにクラス対抗戦は、各クラスの実力の推移を測るものだ。今の時点で大した差はないが、競争心は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで。
 自薦・他薦は問わない。誰かいないか?」
(………………うん、オレには関係ないな)
 千冬の言葉に、鷲悟はあっさりとそう結論づけた。
 別にクラス長をする分には問題はない。むしろその育ちの特殊性から“普通の生活”に飢えている鷲悟にしてみれば、そういった学生ならではの職務は大歓迎。いつでもOKばっちこーい状態だ。
 だが――クラス対抗戦というものが関わってくるなら、ISを持たない自分のからむ余地はない。今回はあきらめるしかないだろう。
 ――と、そう思っていた、その時だった。
「はいっ、織斑くんを推薦しますっ!」
「お、オレ!?」
「私もそれがいいと思いますっ!」
「他にはいないか?
 いないなら無投票当選だぞ」
「ち、ちょっと待ってくれ!
 オレはそんなの――」
「織斑、席に着け。
 『自薦・他薦は問わない』と言った――他薦された者に拒否権などない。選ばれた以上は覚悟を決めろ」
「ぐ…………っ!
 だ、だったら、オレは鷲悟を……柾木鷲悟を推薦するっ!」
「って、えぇっ!?」
 他の女子に推薦され、さらに千冬に逃げ道を奪われてしまった一夏が苦し紛れに巻き込んでくれた。思わず声を上げて立ち上がるが、そのせいで鷲悟までもが女子達の注目を浴びてしまう。
「なんでそこでオレの名前が出るんだよ!?
 クラス代表なんて、オレが選ばれたって――」
「待ってくださいっ! 納得がいきませんわっ!」
 鷲悟の言葉をさえぎり、バンっ!と机を叩いて立ち上がったのはセシリアだった。
 自分の(「自分“達”の」ではナイ)代表就任に反対してくれるのか。強力な援軍の登場に鷲悟が救いの女神を見るかのようにセシリアへと視線を向け――
「そのような選出は認められません!
 だいたい、男がクラス代表なんていい恥さらしですわっ! わたくしに、このセシリア・オルコットに、そのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですかっ!?」
「………………」
 前言撤回――こちらを完全に見下したセシリアの物言いに、ピクッ、と鷲悟のこめかみがひくついた。
「実力からいけばわたくしがクラス代表となるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東のサルにされては困ります!」
「………………っ」
 ピクピクッ、と再び鷲悟のこめかみがひくついた。
「わたくしはこのような島国までISの修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
「………………ん?」
 何かに気づいた鷲悟の顔から怒りの色が霧散した。
「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはこのわたくしですわっ!
 だいたい、文化としても後進的な国で暮らさなければならないこと自体、わたくしにとっては耐えがたい苦痛で――」











「でも……イギリスだって島国だよね?」











 突然のツッコミがセシリアの言葉をさえぎる――すぐに、全員の視線が発言者、すなわち鷲悟に集中する。
「…………それはどういう意味ですの?」
「どういう……って、何?」
「この国とわたくしの祖国が変わらない――そうおっしゃいますの!?」
「え? 実際大して変わらないでしょ?
 島国だとか、歴史が自慢だとか、それでいてその辺を観光産業にちっとも活かせてなかったりとか……」
 ちなみに、鷲悟に一切悪気はない――これが彼の双子の弟だったら、むしろ計算ずくの全力挑発だったのだろうが、彼の場合はただ気になることにツッコみ、セシリアの問いに答えただけだ。
 これが鷲悟の最大の悪癖――とある事情により8歳の頃からつい先日まで、8年間休眠状態にあった鷲悟には人生経験というものが致命的に欠けている。これまた諸事情により精神年齢こそ歳相応ではあるのだが、そういった経験の不足から、基本的に言っていいこと、悪いことのオン・オフが利かないのだ。
「あなた! 推薦されてイヤそうにしていましたのに、わたくしが代表になるのが不満だとでも言うんですの!?」
「いや、そこについては別に不満はないよ? オレがなるよりもずっといい。
 ……あ、でもひとつだけ、反論したいところはあるかな? 代表の話とは別に」
「それは何ですの?」
「いやね? さっきの話だと、自分がクラスナンバー1みたいなこと言ってたけど……」











「ぶっちゃけ、オルコットさん“程度のレベルの相手”に負ける気しないし」











 重ねて言おう。鷲悟に悪気は一切ない。ただ思ったことをストレートに口にしただけだ。
 だが――今この場でその発言はぶっちぎりのミスジャッジだった。怒髪天を衝くと言わんばかりのセシリアがギロリと鷲悟をにらみつける。
「それは……つまり、あなたはわたくしよりも強い、と?」
「うん。
 100戦もすれば一回くらいは負けると思うけど、あとの99回はまず確実に勝つ」
 何度でも言おう。鷲悟に悪気は(以下略)
「決闘ですわっ!」
 そんな鷲悟に、セシリアがとうとうキレた。バンッ!と机を叩き、鷲悟へと言い放つ。
「決闘……?」
「えぇ、そうですわ。
 そこまでの自信がおありなら、どちらが上かハッキリさせようじゃありませんか」
 思わず聞き返す鷲悟に対し、セシリアは自信タップリに胸を張ってそう答える。
「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い……いえ、奴隷にしますわよ?」
「んー、別にいいよ。挑まれた以上、手を抜くつもりなんかないから。
 ついでに、ガチで負けたら一年間、ガッツリオルコットさんの修行の相手をしてやるってオプションもつけてあげようか?」
「ずいぶんな自信ですわね」
「ただし」
 不敵な笑みを浮かべるセシリアに、鷲悟はさらに付け加えた。
「対等に勝負する以上、そっちにもペナルティがないとフェアじゃないよね?
 オレの条件と同じ――オルコットさんが負けたら、一年間オレの修行に付き合ってもらう、ってのでどう?」
「けっこうですわ。
 どうせ勝つのはわたくしですから」
「話はまとまったな。
 それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行なう。オルコットと柾木はそれぞれ準備をしておくように」
 パンッ、と手を叩いて千冬が締めるが――
「はぁ?
 先生、ナニ言ってんのさ?」
 その言葉に、鷲悟は思わず顔をしかめた。
「なんでわざわざ一週間も間をおくんですか?
 こっちはいつでもできるんスよ? 今からやりましょうよ、今から」
「い、今からですの!?」
 さすがに鷲悟のこの提案は予想外だったか、セシリアが驚きの声を上げる――そんな彼女に、鷲悟は不思議そうに振り向いた。
「え? ナニ? できないの?
 “常在戦場”って言うでしょ。戦う力を持つ以上、いつ戦いになってもいいように常日頃からいつでも戦えるように準備万端の状態を保っているのは当たり前の話じゃないのさ?
 当然、オレもいつでも戦えるようにしてるんだけど……まずかった?」
「〜〜〜〜〜〜っ!
 だ、大丈夫ですわっ! わたくしこそ今からでも一向にかまいませんわ!
 織斑先生! 今すぐにでも戦わせてくださいっ!」
 完全に頭に血が上っているセシリアの言葉に、千冬は思わずため息をつき、
「……わかったわかった。そこまで言うなら間はおかん。
 だが、授業の中断は許さん。やるなら放課後だ――それがこちらの精一杯の譲歩と思え」
「わかりました。
 オルコットさんもそれでいいよね?」
「えぇ、よろしくてよ」
「よし。ならば席に着け――授業を始めるぞ」
 パンッと手を叩いて千冬が締めた。それに従って鷲悟が席に着き、セシリアも――と、そこでセシリアは気づいた。
「…………ちょっと待ってくださいっ!
 わたくしが勝てば柾木さんがわたくしの訓練の相手をして、柾木さんが勝てばわたくしが柾木さんの訓練のお相手……どちらが勝っても同じことではありませんのっ!?」
『………………あ』
「フッ、勝っても負けても修行相手ゲットぉ〜♪」
「は、謀りましたわねぇ〜っ!」
 ばしんばしんっ!
「授業を始めると言ったぞ」
『………………はい』



にらみ合う
  二人の頭に
    出席簿


次回予告

鷲悟 「鷲悟だ。
 さっそくセシリアと対決か……代表候補生サマの実力、見せてもらおうかな?」
セシリア 「フッ、なめられたものですわね。
 このわたくし、セシリア・オルコットの実力、あなどってもらっては困りますわっ!」
鷲悟 「そっちこそ、なめてかかると痛い目みるよー。
 次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『鷲悟初陣! 激突・蒼き雫と黒き竜』
   
一夏 「鷲悟……オレもお前みたいに強くなれるのか……?」

 

(初版:2011/04/02)